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「私は意識、永遠、無限、波動、エネルギーです。」

「私は愛、あなたも愛、ひとつです。」

 

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生と死(誕生の喜びと死の恐怖)・死もまた喜び

過去世と来世 (転生輪廻)霊能者・チャネラーの真実

 

*** 死後の世界(意識の世界)真実の世界 ***

死後の自分と語る

 

 

「死んだら全て終わり」ではないのです。

あなたの肉体は無くなりますが、

あなたの本質は、「意識」ですから、

死んだ後も、永遠に 「思い・意識」は 存在し続けるのです。

そして、転生を繰り返します。(輪廻転生)

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 検索エンジンを通して、世界中から、このページに訪れる方が毎日大変多いのですが、

HPやブログ で紹介・リンクしていただいたり、友達にメールで勧めてもらったり、

 最近は、ブックマークをして、毎日何度も アクセスされる方が ドンドン増えています。

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@ なぜ生まれてきたか。 A 自分とは一体何者か。 B 死んだらどうなるのか。

<このHPを通して、その疑問に確実に お答えしてまいります。>

 

 

今が、その時!  千載一遇のチャンス!

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 あなたも、真実の世界を学ぶために、生まれてきました。

あなたは、「愛」だと いうことに目覚めるために、生まれてきました。

 

それ以外の目的はありません。 それ以外の事は、どうでもいい事です。

肉の事は、ほどほどに!・・・・・

自分の本当の姿を知らずに死んでいく人生とは、何なんでしょう?

 

お母さんの温もりを分かることが、全ての原点です。

お母さんの温もりが分からない人は、人間ではありません。

 

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死後の世界では、生きている時に どんなに有名であっても、

どれほどの金持ちであっても、地球の支配者であろうと、

そんなものは 全く関係ありません。

「思い」だけの世界です。

 

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世間一般に言われており、常識として 正しいこと・

やるべき事とされている供養は、すべて 間違っています。

テレビでも 必ず 葬式・墓参りや仏壇のシーンが放映されます。

あなたは完全にダマされ洗脳されている事に早く気付いて下さい。

そのような供養は、形ばかりの気休めの儀式に過ぎません。無駄です。滑稽です。

自分自身の供養も出来ないやっていないのに、他人の供養がどうして出来ますか?

ここにも、目に見えない意識の世界の闇の強大な力・思惑がはたらいており、

人類は皆その神や仏と名乗る大サターンに支配され、操られ、おどらされているのです。

愚かなるかな人間は、なんと営々と 時間と労力と金を 無駄に費やしてきたのでしょう!

 

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長生きすることがいいのではありません。

死ぬまで元気、そしてたったひとつの仕事をする、

そのように自分を導いていき、

そしてやがて時がくれば、肉体に別れを告げる、

本当に心からありがとうの思いを込めて。

 

それが本当に豊かで幸せで喜び溢れる実りある人生です。


いくら、名を残し、足跡を残し、財を築いても、

さて、死んだあと、どういう状態になっていくのでしょうか。

それらのものを抱えて死ぬわけにはいかないのです。


頼りになる友も、愛する家族も、どこにもいません。

あるのは、自分が出してきた思いの世界だけです。

それが自分だから。

そしてそれ以外に死んで持って帰れるものはないんです。

 

正しく生きるとは、

自分自身が愛であると自覚する道をただひたすらに生きることです。

愛に目覚め 愛に帰る人生を生きてください。

愛は意識、その世界には、差別、争い、病などは存在しません。

愛の世界には、神も仏も存在しません。

愛の世界には、天国や浄土といったものは存在しません。

愛の覚醒へ

信じて進めていきましょう。.

 

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意識の世界からのメッセージ集(150タイトル)への入り口

The Messages to you from The World of Consciousness

私のHPの「意識の世界からのメッセージ」は、

すべて、本当のあなたから、あなたへのメッセージです。

だから、私が 本当の、意識のあなたの代わりに、HPを通して お伝えしているのです。

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" All people are born truthful and die liars."

「人は皆、産まれた時は、真実・本当の事を心に抱いて、喜びにあふれ、決死の覚悟で生まれてくるが、

その後の人生において、親や先生の教育、社会のマスメディアによる間違った・正反対の刷り込みによって、

嘘だらけの「ウソつき人間」として、真の目的を何も達成することなく、今世も失敗に終わり、死んでいく。」

 

 

本当のあなたは、その肉体ではなく 意識です。

あなたの人生で一番大事なことは、「本当の自分と出会うことです。」

あなたの心を 掘り下げて 見ていけば、分かって来ます。

あなたはその為に生まれて来ました。

それ以外のことは、どうでもいい事です。

あなたの回りの森羅万象の全ては、あなたが「心を見る」ために存在しています。

『 心を見る 』 という 学び

本当のことは、あなたの心でしか分からない。

あなたの頭では、絶対に分からない。

だから、あなたは あなたの心を見つめてください。」

 

 

「一度きりの人生だから・・・」とか、「死んだら終わりだから・・・・」とかは、全くのウソです。

 

あなたの本当の姿は、遠い過去から久遠の未来へと続く、意識なのです。

意識とは、波動・エネルギーのこと。目には見えません。

私達は、永遠に、私はあなた、あなたは私、一つ、ともに存在し続けています。

 

次元を重ね、居住する星と環境を転々とし、数え切れないほどの転生を繰り返し、

やっとの思いで、現在の環境と肉を選んでお母さんに産んでもらったあなたは、

今、まさに真実の扉を開こうとしているのです。

 

あなたの中には、おびただしい数の過去世が苦しんでおり、あなたに救いを求めています。

あなたの過去世は、みんな皆、間違い続けてきました。

どうか、そのことに 早く気付いてください。

そして、同時に来世のあなたも、今のあなたの中に存在しています。

「心を見る」ことをやっていけば、分かってきます。

全ては、同時進行、いえ、意識の世界には時間は存在しません。

現在のあなたに、全てが存在して集約されているのです。

 

だからこそ、今のあなたの存在が 重要なのです。

あなたの中で苦しんでいる過去世達に、本当の事を伝えるためには、肉体が要るんです。

 

あなたは、偉大な存在です。愛そのものです。

本当のあなたを信じて下さい。本物の自分自身に出会ってください。

 

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 死後の自分の状態は、今の自分の状態です。

死後の自分の状態が分からない人は、今の自分の状態が分からないということになります。

死後の自分と交信できるように努めてください。

 

「あなたは、あなたの死後も田池留吉と交信していますか。それとも固まっていますか。」


人間が死ねば、自分が作り出した意識の世界に留まっています。

死後の世界はあなたの心の世界、現実の世界です。決して特別な世界ではありません。

 

人間の本質は、意識・波動です。だから、死んで、肉体は無くなりますが、意識・思い は永遠に存在し続けます。

ミイラにすれば抜け殻が、形として残るだけですし、火葬にすれば、骨と灰になるだけです。

あなたの思い・意識は、ず〜と存在する訳です。

 

今まで、誰も死んでからそのままの状態で、生き返った人は、いませんから、死後の世界は、分かりません。

臨死体験は、よくありますが、これは 完全に死んでしまってから生き返ったわけでは在りません。

 

私達人類は、50億年もの久遠の意識の流れの中、数え切れないほどの転生(輪廻転生)を繰り返し、

この3次元地球での歴史・あなたの生まれ変わり死に変わりは、3億6千年もの時を経ています。

 

死んだら終わりだ、と言う間違った常識が、まかり通っています。

死んだらどうなるのか、分からないから、死に直面した時に、本人は 恐怖なのです。恐いのです。

死後の世界に、一般に言われる様な 天国も 地獄も 存在しません。

あなたの、死ぬ前の、心の状態が 死んだ後 続いていくのです。

 

死は突然やってきます。

なぜ生まれてきたのかも知らずに、そして、自分の本当の姿を垣間見ることなく、

肉を終えていく無念さを何度味わっていけばいいのでしょうか。

自分を知らずに時を過ごしていく冷たさを、

今世、学びに集い学び始めた人達の一人でも多くの方が心で知っていただきたいと思います。


私達は、自分を学ぶために生まれてきました

温もりと喜びを捨て去った自分を本当に知るために生まれてきました。

そのために、それぞれの生涯の中で、様々な現象に出会っていきます。

すべては気付き、促しです。間違ってきた時間を経てきた自分への気付き、促しです。


そういう風に、今、肉という形を持っている間に少しでも自分の心で感じることができたならば、

それはその人は本当に幸せなのです。


ただ、日が昇り、日が沈み、一日が過ぎていき、その中で、人生の喜びや苦難を幾度味わっていっても、

それは決して自分の本当に望んできた人生ではないのです。


そういうことが、心で感じ始めるからです。


物に満たされ、人の優しさ、温もりに触れても、自分の本当の心に触れることなく、

生涯を閉じるという無念さ、冷たさが、自分の中で苦しみ続けます。

心を見ることを知らない人達、見ない人達に、自らを導いていく現象がこれからも起こり続けます。

 

■ 

あるのは、喜びと温もりだけ。その他は全部マイナスのエネルギー。

どんなに正論を掲げても、喜びと温もり以外は全部マイナス。

そして、マイナスはプラスに反転していかなければマイナスのまま。

 マイナスをどんどん製造してきた人間は、確かに喜びで生まれてくるけれど、

本当に喜びで生き、本当に喜びで死んでいくことは難しいです。

さらに死んでからも喜びで存在することは極めて難しいです。


なぜならば、ずっと肉、形が自分だと思い続けてきたから。

だから、人間には死の問題がずっと残っていきます。

しかし、人間以外には死後の世界がありません


 喜びで存在するということは、生きていても死んでいても田池留吉の磁場を思えるということ。

それが喜びで存在するということ。

そしてそれは決して難しいことではないけれど、自然から遠くに離れてしまった人間には難しくなっただけのことです。

300年は長いようで短い。しかし、その道筋は決まり、計画は順調です。ばく進、邁進、そんな言葉が出てきます。

 

今世の学びの時間は言うまでもなく、大切な時間です。軌道を変えるためになくてはならない学びの時間でした。

一応の目標達成をしたところで、今一度、自分を振り返り、さらに大切な時間は肉のない間だという風に心に伝わってきます。

肉の持たない間に、さらにしっかりと心の針の向け先を確認していくことを、

私は私の勉強として予定しています。

それが来世の私の歩みに大いに繋がっていく喜びを感じます。

だから、今、愛を思って瞑想です。

磁場の中にある喜びを、ありがとうの思いに乗せて、宇宙を思うことを、淡々と繰り返し、繰り返しやっていくことが、ただただ喜びなんです。

思うことが仕事をすると心に伝わってきます。だから思えばいいんです。

思っていれば、愛が仕事をする。そんな軌道に変わったと私は言えるんです。

意識の流れとか、次元移行とふっと思えば、本当に嬉しさが突き上がってきます。

私は、ようやくにしてという表現をよくしますが、本当にその通りなんです。

ようやく、ようやく、やっと、やっと、そこに万感の思いが込められています。

だから、瞑想をすればありがとうの思いしかないんです。

いつも自分と対話する習慣を持ってください。肉を持っている今、その習慣をつけておきましょう。

それは、いつも自分の中に心の針を向けるという習慣です。

肉がなくなれば、自分と対話することは非常に難しいのが現実だと思います。

自分を感じた瞬間、肉がない分、ストレートに自分のエネルギー受けていくからです。

その中で、自分を呼ぶというか、心を向けることは大変困難なことだと思ってください。

殆どの人は時間の経過とともに固まっていきます。

このことを心に留め置いて、可能な限り今、自分を学んでいきましょう。

死んで安らかに眠るということは絶対にないんです。

死んで今の苦しみから逃れることは絶対にありません。苦しみは死んでも消えません。

自分の苦しみはどこからくるのかを心で知っていくために、

今の時間を用意していることを忘れないようにしましょう。(0619)

人間、死んでしまえば、本当に無知です。


この世的に、どんなに思索し、また研究し、あるいは世のため、人のために東奔西走しても、

業界トップに踊り出ても、天下人になろうとも、死んでしまえば、全く無知な状態です。

なぜなんですか。

なぜ、後世に偉人、賢人、愛の人と伝えられている人達が、死んでしまえば無知な存在になり果てるのでしょうか。


これは紛れもない現実です。

この現実を、あなたは、今、どのように自分の中に受け取っていきますか。そして、あなたはどうでしょうか。

 

死後の自分と語り合ってみましょう。

死後の自分の実態が分からずに 今世の自分を語ることはできないでしよう。


いつまでも肉を基盤としていては何も分からずに年を重ねるだけになってしまいます。


  死後の自分と語れ。

 

 

 私達は、ポポとエルです。
 私達から、あなたの温もり、優しさが伝わってきませんか。
 私達は、田池留吉、アルバートです。
 私達は、意識です。エネルギーです。
 愛という名の仕事を今もしています。
 私達を形で見ないでください。
 私達はあなた、あなたは私達、一つです。
 
 目を閉じて、一度、私達の方にあなたの心を向けてみてください。
 いかがでしょうか。あなたの学びに何かお役に立ったでしょうか。
 共に学んでいきましょう。
 すべてを田池留吉に委ねておればいいんですよ。
 
 私達には、苦しみや悲しみといったものはありません。
 何も恐れるものはありません。
 あるのは喜びだけ、いつもありがとうだけ。
 もう一度私達にあなたの心を向けてみてください。
 明るい笑顔と優しい言葉を忘れないで生きていってください。、

犬も、猫も、兎も人間以外の生き物は、みんな愛を流しています。

 

犬は自然で自分が肉だという思いがないから、彼らには死の世界がありません。

別れが辛いと悲しむのは人間だけです。


あなたのお家にいるワンちゃんもニャンコもウサちゃんもみんな、みんなです。

みんな、みんな優しい温かい喜びの波動を流しています。

心を向ければ、嬉しい、嬉しい、ありがとう、ありがとうしか返ってきません。

そんな仲間達とともに生活ができることは、本当に幸せです。

一番大切なことを、いつも伝えてくれます。私は、ワンちゃんから、委ねる素直さを伝えていただきました。


悲しみも苦しみも恐怖も何もない、ただあるのは喜び。

ただあるがままを素直に表現してくれる姿を見て、

そしてまた、そこから流れる波動を心に受け、私は淡々と瞑想を続けています。

幸せな、幸せな時間と空間の中にあることを教えてくれます。

私は、癒されたい思いでワンちゃんと付き合っていません。ありがとうと言えば、ありがとうが返ってくるんです。

それが嬉しくて、嬉しくて、本当に心からありがとうと言える喜びを私はワンちゃんによって教わりました。

ワンちゃんの前では本当に素直になれる。本当にバカになれる。それが嬉しくて、嬉しくてという毎日を送っています。

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 24年、 年の暮れ、自己評価、次の一点について、どうでしょうか。

「あなたは愛です。」如何ですか。信じていますか。信じられますか。

分からない人は信じていないことになります。頭がくるくる、厚い壁が邪魔しています。

壁って何でしょうか。分かっていますか。

磁場と反転のエネルギー、やっていますか。草書体の愛の文字、大いに活用していますか。



草書体の愛の文字を使って瞑想、磁場と反転のエネルギー、

しっかり、しっかりやっていない人は、現時点では、甚だ道遠しということになります。

そのような人はこれからどのようにしていくつもりでしょうか。

心の針を中に向け

壁、自分が作ってきた真っ黒な闇

(磁場のエネルギーに心の針がしっかり向いていない、

反転のエネルギーの凄さがまだまだ分かっていない。)

の確認を しっかりどうぞ、よろしいでしょうか。


さらにもう一つ、いいですか。

死んでから、磁場に心を向けられる自信がありますか。

田池留吉、アルバートからのメッセーを受信できる自信がありますか。

今世、この自信を着けて 終われるように頑張ってください。

意識の流れをしっかり感じながら来世に繋いでいってください。

  毎日、毎日、草書体の愛を使って、そして、草書体の愛を思って瞑想を続けていますか。

その合間、合間で構いません。「磁場と反転」を読み返してください。

さらに、心でのご理解が深めていただけると確信しています。


私達が目指しているものは、次元移行という意識の流れを自分の中で本当に感じて、

その流れの中に自分をいざなっていってください、その手ごたえを心で感じてくださいということです。

あなたは自分を繋いでいく方向にきちんと歩み出していますか。

自分をどこに繋いでいくのか分かっていますか。

誤魔化さずに、自分に下駄をはかせずに自己評価してください。


何度も言って申し訳ありません。しかし、何度も確認してください。

死ねば自分だけの世界です。いいえ、死ななくても自分だけの世界です。

この現実を、しっかりと自分の心で受け取ってください。自分の世界を今、心で感じてください。


そして、さらに自分に問いかけてみてください。

死んで、磁場に心の針を向け合わせられる確信が、今あなたの中にありますか。

答えは、YesかNoです。   どうか分からないはNoです。

どうぞ、日々瞑想を続けてください。

基本をしっかりと押さえ、そして、可能な限り学んでください。自分にできる最大のことを自分にしてください。


死後の自分 を想う 瞑想 と 交信←クリック


それでは、真実の学びの友による、チャネリングで、死後の世界を垣間見てまいりましょう!

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このページは、この 学び を通じて 心の窓 を開かれ、

真のチャネラー となられた人達の チャネリング (意識の世界との交信) による

意識の世界からのメッセージ と 学びの友の思い とを

 随所に散りばめ 構成・編集 しております。

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田池先生の訃報が発表された。

H.27年12月7日の12時22分のことだという。

 

田池先生、ありがとう、ありがとうございました。

真っ直ぐにこの道を。

その思いに応えていくだけです。

ともにある喜びを伝えてくれました。

伝え続けてくれています。

 

 

私は田池留吉です。田池留吉の意識です。

私とあなたの違いは、肉があるかないかだけです。

意識は同じ。意識はひとつ。

愛の中にひとつ。

私とあなたは同じです

私には肉がない。あなたには肉がある。

その違いです。

その違いの中で、あなたは自分の心をしっかりと見て

私の指し示す方向に真っ直ぐに心を向けて

淡々と、淡々と、喜こんで、

喜こんで、その一歩を突き進んでいくんです。

 

すべては整っていきます。

愛の方向へすべてが流れていく意識の流れを、

あなたの心の中に私は伝えました。

しっかりと伝えました。

この流れをあなたの中から波動として、

エネルギーとして流してください。

意識の流れが厳然としてあることを、

あなたの心は知っています。

あなたの意識の世界を、

しっかりとしっかりと信じて、

そして、私とともにあること、

愛ある世界が本当の私達の帰るべき心のふるさとであることを、

しっかりと、しっかりと伝えなさい。

 

どうぞ、どうぞ、喜びで瞑想を続けてください。

私を喜びで呼んでください。

私を喜びで思ってください。


あなたの心に応えているこの波動、エネルギー。

私はあなたの中で生き続けています。

これからも永遠に、ずっと、ずっと生き続けていきます。


あなたもあなたの中で生き続けている。

あなたの姿は目に見えません。

私の姿は目に見えません。

そうです。

肉を持っていようが、持っていまいが、

私達の本質は意識、波動、エネルギー。

私はそのことを、しっかりと、しっかりと伝え続けます。

これからも伝え続けます。

肉を、肉、形を本物とする意識の中に、

私達は衝撃を与えていくでしょう。

 

それが宇宙的規模の天変地異です。

この天変地異なくして、

人類が真実に目覚めることはありません。

これから250年、300年にかけて、

この地球上に起こってくる様々な出来事、

しっかりと心を開いて、

あなたの心の目でしっかりと見つめ、

そして、次元を超えてまいりましょう。

 

私達は次元を超えていく意識の流れの中にあることを、

ただただ伝え続けます。

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 皆さん、死後の自分と語っていますか

 どうぞ、今、その肉体がある間、本当にしっかりと自分と語っていってください。

 死後の自分と語る瞑想をしていけば分かるはずです。

 肉体がある今という時、この時にこそ自分に伝えられる絶好のチャンスなんです。

 肉体をなくせば、果たしてどれだけ自分に伝えることができるのか、

それが死後の自分との対話の中で、はっきりと心で感じていくことだと思います。

どうぞ、今、肉体を持っている今、本当に真剣に学びに心を向けてください。

自分に心を向けてください。


 死は突然にやってくると申しました。

自分に何も伝えることができずに死んでいく冷たさ、無念さを少しでも解消してください。

 肉体がある今、自分と自分の中で、私は本当に母の温もりを心に感じているか、

母の温もりの中にある自分を信じているか、母の温もりだけが、そして喜びだけが本当の私なんだ、

それをどれだけ信じているか、絶えず自問自答をしながら、自分の中で学びを進めていってください。


 そして、UTA会という学ぶチャンスがあり、そこに集えることが可能ならば、できる限り参加してください。

 欲の思いとかそういうのではなく、真剣に自分に少しでも本当の世界を伝えていこう、

真摯な思いで参加されることをお願いします。

 

 

あなたは、ほんとうに、田池留吉、アルバートを呼べますか。

心を向けている、合わせている、委ねていると思っているだけではないでしょうか。


 「私は、本もしっかり読んでいます、田池留吉に心を向け、合わせ、委ねる瞑想もしっかりやっています、

田池留吉、アルバートのメッセージも受けています。」

と言っている方が多いようですが、その方々、死後の自分と語ってみてください。

死後、田池留吉、アルバートを呼べない方は、現在も呼べないと思ってください。

そして、指針に従って学びを正しくし進めていってください。

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、死後の自分と語ってくださいということですが、死後の自分と語るということはどういうことか

どうすれば死後の自分と語ることができるのか、という思いが、皆さんから伝わってきます。

それについて答えてみてください。    塩川香世

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 田池留吉です。

死後の自分と語るということは、今、自分の中で自分と対話するということです。


今、それぞれの肉体を持っている今という時、自分なりに田池留吉と心に呼び、

お母さんと心に呼び、そちらのほうに心を向けた状態で、自分のほうに心を向けるんです。

自分の中と対話するんです。自分に聞いていくんです。


「あなたは、今苦しいですか。どんなところにいますか。あなたはお母さんをどのように思ってきましたか。

あなたは今、どんな状態でしょうか。」  たとえば、こういうことを自分に尋ねてみるんです。


何も思いが伝わってこない。何も答えが返ってこない。そういうこともあるでしょう。

それは、語ることすらできない、本当に固まった中にいるのかもしれません。

それでも、死後の自分と語りなさいと言われれば、それを毎日、毎日、繰り返してください。

「寂しくないですか。苦しくないですか。寒くないですか。」

無言の自分に話しかけてみてください。


誰に言うのでもありません。自分に自分が尋ねるんです。何度も、何度もそれを繰り返してください。


そうしていくうちに、ほんの少しずつかもしれませんが、

何かを語りたい、語っている、訴えている、そんな思いが心に響いてくるはずです。

なぜならば、みんな苦しみの中から救いを求めているからです。


自分に優しく問いかける、自分に優しい思いを流す、死後の自分を思うということ、

それは、本当に自分に愛しい思いがあることを感じていく作業なんです。


たくさん言葉は要りません。苦しかった…。寂しかった…。

たった一言でも自分の声を心に聞いてあげることができたならば、嬉しいと思います。

優しい思いを自分に流していける嬉しさ、心から上がってくるのではないでしょうか。

 

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078    第6回セミナーの 死後の自分と語る現象、如何でしたでしょうか。


 どうやら皆さんの学びのとらえ方は 生ぬるいものだったと思いませんか。

 地獄の奥底の中で苦しみ喘ぎ続け、そして固まった状態だった自分に、何をどれだけ伝えることができているのか、

しっかりと自分の現実を、その目でその耳でその心で感じていける学び方をしていきましょう。


 そういう風に感じられた人は、どうぞ、残された肉の時間、一生懸命、そして素直になって自分と真向かいになってください。 


 肉を離したあと、自分が培ってきたエネルギーが、それこそ怒涛のように押し寄せてきます。

肉というカバーがなくなり、それがないと思った瞬間です。

その中で、田池留吉、アルバート、お母さんを呼べる、そのほうに心を向けることができる、それは本当に難しいでしょう。


 それが意識の世界の現実です。その現実をしっかりと踏まえて、肉の時間を楽しんでください。


 自分が死んだあとの時間を思ってください。

死ねばひとりです。

今、肉を持っているから、なかなか実感が湧いてこないかもしれませが、

間違いなく死ねば、自分の世界がそこにあるだけです。


そんな中で、自分はいったい、どのように存在しているのでしょうか。

本当にお母さんを思い、田池留吉を思い、呼べるのでしょうか。

そして、その手前の死ぬ瞬間はどうでしょうか。どんな思いが心から出てくるのでしょか。


病気等で死ぬまで時間の猶予がある場合もあります。

あるいは、一瞬のうちに命を落とす場合もあります。

色々なケースがありますが、生まれてきたんですから、必ず死んでいきます。


肉体を持ちながら死を学ぶ今があります。

この今という時、やはり愛以外にないでしょう。

今世、可能な限り学んでまいりましょう。

 X(世界的な著名人)さん、

天国とは闇を恐れる人のおとぎ話であると、そして、あなたは死後の世界を否定されました。

あなたの心は、今どのような状態でしょうか。思いを聞かせてください。 塩川香世

 

 私はXです。はい、進行性の難病で、私は長い年月、苦しみをともに味わっています。死を恐れることはないと私は語りました。

しかし、私の中に死後の世界がないと思うその思いは、死を恐れる思いから出てきます。

私は、この自分が消滅するのをとても恐れています。


人の心の中には、闇が存在することを私は感じています。闇の部分が私の死後、私を襲ってくると私は感じているんです。

その恐怖から、私は、この自分の肉体をなくすことに、とても恐怖しています。

その恐怖から、死後の世界はないと自分に言い聞かせていきたい、そのように感じているんです。


死後の世界、私は考えたくはありません。私はとても今、苦しい中にあります。確かに私のこの思考する脳は素晴らしいです。

私は素晴らしい脳を持って生れてきました。

しかし、この身体は進行性の難病に侵されて、私は本当に若い時から、自分の肉体を疎(うと)ましく思ってきました。

そして、今の歳になって、ふっと自分が若い時、難病と向き合ってきた死を恐怖する思いが、

今、よりいっそう現実のものとなって出てきています。


若い時は、病からいつ死ぬのかと、死とともに私はありましたが、今はその時よりも、もっと自分の死を間近に感じています。


私はこの肉体が疎ましかったけれど、この肉体がなくなれば、もちろん、私の脳は動かない。

動かなければ私はどうなってしまうのか。その先を考えたくはありません。

死を恐れる思いから、死後の世界を否定してきました。考えたくはなかったんです。思いたくはなかった。


ですが、今、あなたの死後の世界はあるんですよ。あなたは、その肉体があってもなくても、そこに今、存在しています。

それがあなたの死後であり、あなたの今であります。そういうメッセージが届きます。


そんなことってあるんでしょうか。私の死後は私の今?。

何ということを。私は、今初めて聞かされました。今の私が、死後の私と同じなんですか。

 私は今、自分のこの肉体をとても疎ましく、そして苦しい思いで眺めています。

肉体がなくなれば、この思いがなくなるのではないでしょうか。


いいえ、あなたの肉体はなくなっても、あなたの思いはそこにそのままあるんです。

あなたが自分の肉体に対して、冷たく疎ましい思いをずっと長い間、流し続けてきたその思いが、

あなたの中で苦しみとなって残っています。それがあなたの中で苦しみ続けます。

それが苦しみから自分を解き放つことができないということなんです。

私は、今、少しだけ素直になって、自分が死んでいくのが恐ろしいと伝えました。そう、死んでいくのが恐ろしい。

疎ましい肉体でも、私は肉体がここにあるから、ここに私が存在しているという実感がある。

これがなくなれば、つまり死んだ状態になれば、私はどこに行くのだろうか。

消え去って、本当に何もなくなってしまう、それを考えるのが恐ろしい。

死後の世界を否定してきた私の中には、ただただ死を恐れる思いがあります。

 Xさん、あなたは自分の肉体を疎ましく思ってきたと語られました。

しかし、そんなあなたもゼロ歳の時があったのです。

お母さんのお腹から生まれて、お母さんだけをただ見つめていた、そんな時間があったのです。


そんなあなたに、あなたは戻れるんですよ。お歳を召されているあなたも、ゼロ歳のあなたに戻れるんです。

どうぞ、あなたを産んでくださったお母さんを思い、その時、お母さんをただただ見つめていたあなたの心を感じてみてください。

 

 ああ、お母さん、お母さん、お母さん。私はこんなにお母さんに包まれて、

お母さんの優しい眼差しの中に安らいでいたのに、私は、自分のこの肉体の疎ましさから、母を憎んできました。

こんな身体を私に授けた母を憎んできました。すべてを呪ってきたと言っていいでしょう。


私は、その反動からこの身体は人並み以下だけれど、私のこの頭脳は誰よりも優れていると誇ってきました。

素晴らしい頭脳を母親は私に下さった。そうも思ってきました。


ああ、私は何とアンバランスな人間だったのでしょう。

一方では母を恨み、一方では母に感謝し、そんな私のアンバランスな思いが、余計に私のこの心に歪を加えました。

私は、どこか世の中を真っ直ぐには見ることかできなかった。

だから私はこの目に映る世界から逃避して、宇宙を思ってきたんです。

宇宙、私の中に、目に見えない世界を心に感じていきたかった。目に見えない世界と、私は宇宙を思ってきました。


しかし、私のこの思いはただ自分から逃げ去ってきた、本当に愚かな卑怯者の思いでした。

私の中には、そんな思いが、今、母の胸に抱かれていた私を感じるたびに、そんな卑怯で愚かな私を感じます。

 

 Xさん、あなたのその肉体細胞に思いを向けてみてください。


あなたが、長年、自分の身体に向けられた思いとは違って、肉体細胞をただただ愛しく思えるあなたを感じてみてください。

肉体細胞からあなたにメッセージが届きます。

 私達肉体細胞は、ただただあなたに伝えています。この不自由でどうしようもない機能です。

それでも私達は、あなたにあなたの中を知ってください。あなた自身を知ってください。

あなたの中に忘れ去られた本当のあなた自身を思い出してください。

あなたが生まれてから、ずっと、ずっと私達はこのメッセージを送り続けてきました。


私達肉体細胞に対して、あなたはとても冷たかった。冷たい思いを流してきました。

しかし、私達があなたに伝える思いは母の思いです。

あなたの中にある本当の優しさ温もり、それをあなたに気付いてほしい、

ただただ私達は、この変形していく肉体細胞として、あなたに伝え続けてきたのです。

あなたの中へこの思いが少しずつ届いていると思います。

あなたに残された肉体を持つ時間、どうぞ、私達肉体細胞とともに、本当の意味でともに生きてください。


あなたは、死とともに生きてきたとおっしゃいました。あなたの心の中にはとても凄まじいエネルギーが渦巻いています。

母を恨んできたとあなたは語りました。

そうです、母を恨み、この社会を呪い、己の欲望を満たすことができなかったその恨み辛みがあなたの中には渦巻いています。

どうぞ、その思いを、私達肉体細胞はこういう形となって、あなたの心を見てくださいと伝えてきたんです。

このメッセージを私達に肉体細胞は、あなたに届けます。

 Xさん、私は田池留吉と言う者です。

私達、人間の本当の姿は目に見えません。意識として永遠に存在しているんです。

あなたがその肉体をなくした後も、あなたの意識、エネルギーがそこに存在します。


あなたは死後の世界を否定しました。どうぞ、その否定してきたあなたの思いを見つめていってください。


あなたは死を恐れてきた、だから私は死後の世界を否定してきた、そういう風に語りました。

そうですね、あなたはその肉体をご自分だと思うからこそ、死後の世界を考えたくはなかったのです。


そうではありません。あなたはその肉体をなくしても、あなたはそこに存在しています。どういう状態で存在しているか。

それは、あなたがあなたの心を見るということで、あなたがどういう状態で存在しているかを知っていくんです。


それがこれからの転生です。あなたの転生、これからこの地球上において、あなたは幾度か転生をしてまいります。

はい、また再び肉体を持ってくるんです。今度はどんな肉体を持ってくるのでしょうか。


私、田池留吉とあなたの意識は語りました。


どうぞ、ご自分に目覚めていけるような、そんなあなたであっていただきたい。

ともに、ともに歩いていけるあなたであっていただきたい。

私、田池留吉は、今、あなたの意識の世界にそのようにお伝えします。

Xさん、あなたの一言はたくさんの人に影響を与えます。

どうぞ、あなたが、あなた自身が、真実のあなたに目覚めていけるよう、

どうぞ、これからの転生を、ご自分の中で喜んで受けていってください。 

 人は肉体を置いたあと、自分から語ることができますか。?

 田池留吉です。

まず無理でしょう。難しいです。自分から語るということは難しいです。

肉体を置いたその瞬間から自分のエネルギーが覆いかぶさってきます。

それは一瞬のうちです。語ることは難しいです。それがほとんどの人です。


私は、今、肉体があるときに、自分の死後と対話してくださいということを伝えました。

皆さん、どうでしょうか。自分の死後、死後の自分と対話することをやってこられましたか。語ることは難しいんです。

自分から語ることは難しい。そのことを私はそれぞれの心で学んでいっていただきたいと思います。


たとえば、こちらからその死んだ人に向かって、あなたはもう死んだのですよ。

そうお伝えして、どうぞ語ってみてくださいと伝えたとき、伝えるこちら側が、本当に意識の世界を感じ信じ、

そして、自分の中の温もりが心から出ているならば、それはその語りかける意識に通じます。


しかし、向こうから自分の思いを自ら語ってくるということは難しいです。


語ることすらできないほどのエネルギー、それは自分ですが、

そのエネルギーに押しつぶされるかのように固まってしまう、それが現実だと思います。


皆さん、一様に甘いです。自分の死後と語ることを、今、ぜひしてみてください。


あなたがあなたに伝えることができるのは、あなたが今、肉を持っているこの時だけです。

肉を離したあと、意識だけの自分になったときに、自分から語れる、自ら語れることは難しいことを、今、知ってください。


そうしたとき、本当にそれが心で感じられたとき、では、今、肉を持っている時間、

何をどうしていくべきなのか、真剣に自分に思いを向けていくでしょう


人は、なぜ死を恐怖するのか。死を忌み嫌うのか。

死ぬことを考えていないわけではないけれど、なぜそこを避けてしまうのでしょうか。 塩川香世

 

田池留吉です。

 それは、それぞれの心の中に死んだ後の自分、死んでからの自分、それを知っているからです。

肉体を離せば、どのような状態になっていくか、自分の心で本当は皆さん知っているのです。

しかし、それを認めたくはないんです。見たくはないんです。


肉を持っている今、必死にその思いを見ないように、見ないように、避けて、避けて、遠ざけていっているだけなんです。

意識的にそうしている人もいれば、無意識のうちにそうしている人もいます。


しかし、すべてに共通なのは、皆さん、死んだ世界を知っているということです。

自分が死んだらどのようになるか知っています。


知っているけれども、どうしようもないんです。

だから、今、目の前に広がっている世界に、自分のすべてを向けていくんです。

目から耳から身体全体で、今、目に見えている世界と通じ合うことをただひたすらやっているだけです。

しかし、そういうことで、死の恐怖が消え去ることはないことも皆さん、知っています。


人間いつかは死ぬ、そう言って自分の心をごまかしている場合も多々あります。

死を考えたくない。死ぬのが怖い。これが肉を本物とするところの偽らざる本音です。

その中で、死後の自分と語りなさいと、今、促されていることが、どういうことなのか分かりますか。

考えたくもない、触れたくもない死後の自分を、今、心で感じなさいということが、本当の優しさだと分かりますか。

自分を救えるのは、肉を持っている今しかないということが分かりますか。

肉を持っている今だからこそ、自分を自分で供養できるのです。


自分の供養は自分しかできないということが、心で分かってきたなら、ただひたすら、自分に伝えるはずです。

何を伝えるか。今、自分に本当に伝えなければならないことを、学んでくださいと私は申し上げてきました。

どうぞ、皆さん、本当に自分を救う、自分に本当のことを伝えられるような学びをしてください。


真っ暗闇の中にいる自分に、はっきりと心から伝えていけるあなたであってください。

そして、できれば、肉を離したあとも、自分を供養できるまでになっていただければと思いますが、

それよりも何よりも、まずは肉を持っている今、

暗闇の中に沈んでいる自分にどれだけのものを伝えていけるか、それを日々淡々と試みてください。

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肉を離したあとも、自分を供養することができるということについて、もう少し語ってみてください。 塩川香世

 

 肉を離したあとも、自分を自分で包んでいけるということは、

田池留吉、アルバートのメッセージを肉がなくても聞けるということが条件となってきます。

肉がなくても、田池留吉、アルバートのほうに心を向けられるということです。


心を向ける。向ければ広がる世界を感じる。その世界を感じるからこそ、自分の中に優しさと温もりが広がっていく。

そして、その世界で自分と対話する。自分に問いかけ、自分が答える。

もちろん、心の針は、田池留吉、アルバートを指している。


簡単に言えば、肉を離したあとも、自分を供養するということは、このようなことです。

肉を持ちながらすることを、肉がなくても、肉を離したあともできる。

それは、まさに、田池留吉、アルバートの中にある自分を心で確立していることが必要です。


肉を持っている間は、肉を通して、自分の出す思いを確認することができます。

そして、お母さんのお腹にいた頃の自分に思いを馳せて、ああ冷たかったなあ、間違っていたなあ、

苦しかったなあと、そうやって、自分に思いを向けることをやっていると思います。いわゆる、反省、瞑想ですね。


それが、肉がなくてもできるかと言えば、

私、田池留吉、アルバートに心の針がピッタリと合わすことができていると、

自分の心で確信がなければ、まず無理です。

心の針を合わせるのは頭ではありません。肉を持っている間は、合わせよう、合わせようとしてできるかもしれません。


しかし、その肉を離してしまえば、意識、心だけ。合わすも何も、ピッタリひとつであれば…ということです。

その感触というか感覚は、心で知っていく以外にないことはお分かりだと思います。


「消えて無くなるものなんてもういいんです。私のこの心は決して消えない。

今、感じている思いの中に私は戻れることだけが、私のたったひとつの真実でした。

死ぬということはこの肉を無くすということ。死んでも存在している自分の思いの世界だけが残る。その思いの世界がどうなのか。

死んで形あるものは何も無くなる。死んだら終わりではない。死んでも自分の思いの世界は続いていく。どこまでも続いていく。そしてそれだけがある。」


「死んでも思いの世界は続いていくということに対して。」・・・田池留吉の意識への問いかけ


「田池です。そうです、人間は死なない存在です。人間は死なない。それが人間だけが分からないんです。

犬や猫やその他の動植物は、そういうことはみんな知っています。人間だけがそれが分からなくなった。

それが大きな悲しみというか苦しみというか、間違いというか、そう言えると思います。

そして、死ねばどうなるのか。死んだ後の自分の世界、自分の思いの世界、その世界がどうなのか。

それを今、肉を持っている今、つぶさに知っていくこと、このことを私は皆さんにお伝えしてきました。

自分の死んだ後の世界と語りなさい。死後の自分と語りなさい。そう提起してきた時もあります。

あの時、しっかりとそちらのほうに思いを向けることが出来ない、向けることすら出来ない人達もたくさんいました。

しかし、その死んだ後、自分がどのように状態でいるのか、

そういうことがはっきりと自分の中で感じてこない限り、この学びは、やはり他力信仰の延長です。」


「ああ、私は今、自分の死後の自分を思い、自分と語ります。

何年か前の私の心の状態とどのように違いますか。あるいはあまり変わっていませんか。」


「はい、田池留吉に心の針を向ける、磁場に心の針を向ける、愛に思いを向ける、その時間が速くなりました。

はい、瞬間的にそちらのほうに心を向けることが出来ると思います。

 

私の肉を離した後、私(香世)は、自分が死んだことを知って、そしてああこの肉体はないと思った瞬間に、私は、田池留吉の磁場、お母さんを思います。

私の中に安らぎが広がっていきます。もちろん、私が作ってきたエネルギー、ブラックの世界、

そしてその大きなエネルギーもまた心に感じます。しかし、私ははっきりと違っています。

五、六年前の状態の時よりはもちろん、この学びに出会う前、ああそれはもう考えただけでもおぞましいです。

しかし、私は知りました。心の中に安らぎの自分がある。本当の喜びと温もりが自分の中にあったことを知りました。

私はその私に心を向けることが出来ます。田池留吉、アルバート、本当の私、お母さんと私は何気なしに呼んでいる自分があるんです。

私は死んだ後、そういう状態の中、そう段々、ああそうだ、そうだと、今と同じような状態になってきます。

そして私はしっかりと心を向けていくんです。

私は仕事をしてまいります。このエネルギーを、しっかりと、しっかりと、広げていけることを約束してきました。

今もそうです。私の中にたくさんの宇宙達がやってきます。一つ、一つ心を向けています。

今、私達はそうなんです。この安らぎの中にあったんですよ。温もりの中にあったんですよ。

そのように私は心の中に伝え続けていく今、喜びと幸せを感じています。

今、私はその仕事を一生懸命にしていこう、私は本当に思っています。

心の中に喜びと温もりを思い起こしましょう。

そのように伝え続けていくことが、これこそが、本当の喜び、本当の愛に目覚めた意識のなすべき仕事だと私は確信しています。

私がこの肉を離した後、田池留吉、アルバートとともにこの仕事を滞りなくやっていける。そのことを心に感じています。」

 

  「田池です。私はとても嬉しいです。私が申し述べた喜びの道を、私のもとにあなたは駆け参じてきました。

ともに行きたいという呼び声を私は聞いています。

しっかりと田池留吉、アルバートに心を向け、そうです、そうです、しっかりと心を向け、もっと、もっと、自分の中に伝えてください。

愛の喜び。愛のエネルギー、優しさと喜びのエネルギー、力強いパワーの源は、田池留吉、アルバート。

愛でした。磁場でした。私は伝えます。私達は一つの中を喜んで、喜んで、これからも進んでいくでしょう。

私はあなたに伝え続けます。あなたが心で感じているように、どんなに、どんなに私達はこの時を待っていたことか。

本当に喜びで、喜びで心を向けていってください。私はあなたに伝え続けます。

私・田池の肉体が無くなった後も もちろんです。もちろん、もちろん、もちろんです。あなたに伝え続けます。

この喜びの波動を受けていくあなたです。しっかりと心を向けていってください。

心を向けさえすれば、あなたの中に広がり伝わっていく喜び。愛のエネルギー。このエネルギーこそ、宇宙を変えていくんです。

はい、喜び、喜び。私達の中にあります。嬉しいです。ありがとうございます。ともに、ともに歩いてまいりましょう。」

 

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

アルバートです。

 人間は生きていても、死んでいても、自分の心の世界に存在して生き続けていきます。

自分が流し続けてきた凄まじいエネルギーに出会うために人間は生れてきます。

そのエネルギーに出会い、そのエネルギーを

自分で確認して受け入れていくために日々の時間があります。

自分の本当の仕事は自分が日々使っている心を見ていくことです。

見ていけば自分が見えてきます。

明るいか、暗いか、確実に自分の心の姿が見えてきます。そうです。

自分が自分を知りたいと思ったら、いつでも自分の心に出会える私達です。

肉があるということはそういうことです。

 

自分の心に出会えば出会うほど苦しんでいる自分がほとんどです。

苦しみは自分で自分に間違っていることを伝えているシグナルです。

間違ってきたから苦しいんですよと、伝えてくれている本当の優しさです。

間違っていることを自分の中から自分に告げられているのですが、

心を見ることをしていなければ絶対にそのような事が理解できません。

あなたの中に沢山のあなた自身がともに生きています。

そのともに生きているあなた自身から、苦しんでいるあなたが間違っていることを伝えてくれているんです。

 

間違っていたと素直に自分で思えたら、今までの自分が変わっていきます。

それは、自分の間違いを自分で受け入れていくことだからです。

責任転嫁せずに自分で間違ってきたことを認めて受け入れていく繰り返しの中で、

自分が気が付かないうちに自然に変わっていくのです。

自分で間違いに気が付くことが大切です。

 

間違ってきた自分を変えていきたいとするその思いは本当に自分に優しいことだからです。

本当の優しさは厳しさを伴います。そして、本当の厳しさは優しさを伴います。

どちらが欠けても自分のものにはならないのです。

他力のエネルギーは自分で自分を変えていこうとするその心を外に向けさせます。

自分を変えていこうとする思いを阻止するのです。

それは、自分の中に作り上げた他力のエネルギーがそのように向けていくからです。

他力のエネルギーは本当に根深いです。肉に、肉にと流されていく自分を振り返れば一目瞭然だと思います。

そのことに気が付けたら、今までの自分の流れを変えていこうと素直に思えてくるはずです。

 


間違ってきたという思いは、自分の中にある優しさと温もりを蘇らせていきます。

それを積み重ねていけばどんどん間違ってきた自分が愛おしくなってきます。

間違ってきた自分を優しく包んでいきます。自分の心を見ていこうとする思いは自分への優しさです。

自分への本当の優しさです。その優しい思いが間違い続けてきた自分自身を受け入れて包んでいきます。

 


気負わなくても、自分に優しくなれる。日々の中での積み重ねだけです。

諦めずに、ただただ素直に自分の心を見つめて続けていくことが、自分への優しさを蘇らせていきます。

そのようになってくれば、今まで見えていた霧にかすんでいた風景がはっきりと見えてくる。

人に頼らなくても喜びで自分の人生を全うしていける。

自分の思いを素直に聞いて、受け入れていくことが嬉しくなっていくからです。

自分の思いを素直に穏やかに言える自分が嬉しくなってきます。

自然に自分の間違いに気が付いて、自分で自分を変えていきます。

試行錯誤を繰り返しながら、どんどん変わっていく自分が嬉しくなります。楽しくなります。

 

このようにして自分の心を見つめて、苦しんでいる自分を受け入れていこう。

苦しんでいる自分をしっかりと受け入れていけることが嬉しい。それを繰り返していくだけです。


その延長線上に自分の死後の世界があるのです。死後の世界は、その結果をはっきりと自分に示してくれます。

人間が死ねば、自分が作り出した意識の世界に留まっています。

死後の世界はあなたの心の世界、現実の世界です。決して特別な世界ではありません。

 


肉ある時に、自分の心を自分で供養する。自分を喜びに変えていく。

人間の本当の姿に戻していく第一歩が自分で自分を供養することです。人を供養することはできません。

なぜなら、人間は地獄から生まれてくるからです。

地獄から生まれてきたことを忘れてしまったままで、人を救えるはずがないのです。

それは、自分の心を見ていけば、はっきりと自分の心で分かってきます。人間はなぜ生まれてくるのでしょうか。

何をするために生れてくるのでしょうか。真実を忘れた心は苦しみを嫌います。

苦しみは自分に何を伝えてくれているのだろうかと立ち止まってみてください。


苦しみは、あなたは間違っていますよというシグナルです。

そのシグナルを無視して、どれほどかたちや物を手にしても死んだら消えていくものばかりです。

どうぞ、自分を供養してください。自己供養です。苦しみは愛です。

そのことを自分を供養する積み重ねの中から知っていってください。

アルバートです。

 

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学びの友の反省 

すべての自分は温もりを、優しさを、抱きしめられることを求めていた。

そのことを訴えていた。

自分で自分を受け入れられる、この心に受け入れられる、私の中のすべての私を感じられる、それが喜びでした。

自分に優しくなれることが喜びでした。抱きしめることが喜びでした。それが出来る私だった。

ともに帰ろう、この言葉にたくさんの思いを込めて、私は私に伝えます。

瞑想の中で出会える世界、苦しい世界も広がる世界も、すべてが喜びです。

自分が自分に出会えることが嬉しいです。


「死後の自分」

 反省をしている時、今、死んだ自分に思いを向けました。


 「申し訳ございません。私の死後の世界は真っ暗でございます。死んでいるのかさえも分からず彷徨っています。

こんな筈ではなかったと思うばかりで、どうすればいいのか真っ暗な中で私は一人ぽつんと蹲(うずくま)っております。

死とはこのような世界なのですね。

そういえば私はかつてこのような中に一人居て、不安と寂しさで泣き叫んでいた私を体験したことがありました。

真っ暗な漆黒の中に蹲る私を感じたことがありました。私はこの世界を受け入れていかなくてはならないのですか。

こんな筈ではなかった、私なりに学んできたと思ってきましたが、私の死後はこんなに苦しい世界です。

肉ある時は本当に分からなかった悠長な私でした。

死ぬまでにはまだ時間があるという、甘ったれた漠然とした思いで生きてきました。

死後の自分をもっと真剣に見つめられなかった私です。あーやり直せるものならやり直したい。

自分を救うのは自分だとあれ程伝えてもらっていたのに私は何も分かっていませんでした。申し訳ございません。」


 死後の自分を聞いてこれが今の私の死後の実態です。言葉もありませんでした。

私は命がけで学んできたのか、甘かった自分だけが心に浮き彫りになりました。

この現実から逃れることは出来ない自分の甘さをしっかりと教えていただきました。


 田池留吉に心を向けて瞑想をしていると中から悲しい思いが伝わってきました。


 「あー、苦しい苦しい苦しい・・・・田池留吉、何が愛だ、何が愛だ、愛などどこにもない。

あるのは苦しみだけだ、誰も助けてはくれん。この世に愛などどこにも存在しない、あるのは死の恐怖と苦しみだけだ。

愛が欲しくても愛などどこにもない。そんなもの信じられるか。」


 私は愛を求めてきたはずなのに愛が分からない、お母さんの温もりが分からない、

この苦しい心を隅から隅まで知り尽くしてきた意識たちが今世の肉を繋いでくれました。

どんな思いでこの肉にその思いを託したかを思わずにはいられません。

まだまだ肉を本物とする他力の心、何も分かっていない私です。

己が偉い心にはその肉の愚かさ難しさをいやと言うほど感じています。

そんな私に0才の瞑想は素直な私に出会える時間です。

お母さんのお腹の中で喜びの十月十日、母のお乳を無心に吸っている時に感じていた

あの優しい母の温もり、意識の転回を託して喜びでこの肉を生んでくれた母の心を思い出させてくれます。

 

私は自分の中の沢山の苦しんできた自分、アマテラスとともに生きてきた自分にこの幸せこの安らぎを伝えていきたいです。


 「あなたはいつも私の中にあります」と心の中から伝えてくれる田池留吉、真実の波動に出会うために生まれてきました。

この思いに立ち向かうものは何も無かった、田池留吉の温もりに触れるだけでよかった。

今世の肉はそれをしっかりと学ぶためにありました。

アマテラスは待ってくれています、

この心の中にしっかりと感じている意識の流れ、それは田池留吉、アルバートの思いです。

次元移行に向けて私の宇宙とともに約束を果たしてまいります。

死後の自分と話していこうとして気付いた事と感想     

 狂い続けて苦しみもがく地獄の奥底の自分。

息もつけないほどの苦しい思いの中で必死に助けを、救いを求め続けている自分を感じます。

私が突き落としてきた地獄、冷たい心で踏みつけにし捻り潰してきた哀れなむごたらしい私が苦しみうめき声を上げています。

目も背けたいような惨状が広がっています。

 

 ああ今まで目をそむけてきました。ごめんなさい。自分なのに絶対に見ること出来なかった。

怖かった怖かった、この心が怖かった。冷たい凍りつくような残忍な自分を知る事が怖かった。 

        

だからずっとずっと心の奥深くに隠してきた。

今、田池留吉の波動の中でようやく自分から目をそ向けず自分に語りかけようとしている私がいます。

自分に優しいい思いを向けてくださいという思いが伝わってきます。

 

「苦しかったね、苦しかったね。でももう苦しまなくてもいいんですよ。あなたはもう救われていますよ。

初めから幸せの意識ですよ。肉を自分と思ってきた事が間違いだったのですよ。あなたは意識ですよ。

お母さんを思い出してください。ほら温もりが伝わってきませんか。お母さんを呼んでみてください。

お母さんを思えばなんだか嬉しくなってきませんか。お母さんからみんな生まれてきたんですよ。みんないっしょですよ。

お母さんと呼べば広がる温もりそれがあなた自身ですよ。私と一緒にお母さんを思っていきましょう。

お母さんから生まれて、お母さんに帰る途中の私たちなんですよ。お母さんに帰って行きましょう。

田池留吉、アルバートはお母さんの温もりを伝えにきてくれたんですよ。アルバートと共にの道を歩きましょう。」

 

 とそう死後の自分に語りかけています。これからも語っていきます。

 

瞑想をする中で田池留吉の波動を感じれば感じるほど苦しんでいる自分を感じます。

その自分を知れば知るほど、私は自分を救う為にこうして肉を持たせてもらっていたとはっきり感じます。

 

一番に自分がする事は自分が自分を救う事でした。それが私の唯一しなければならない事でした。

自分の責任は自分でとる。その事をしていけるこれからと思えばうれしいばかりです。

 

肉ある時も肉持たない時もこうしてやっていけばいいのですね。

それが出来るようになる為、毎日、瞑想で、田池留吉、アルバートを思い自分と語っていきます。

私はやっと自分の生まれてきた目的、意義が心で分かりかけてきたと思います。

 

自分の本当の仕事、人生を送っていきたいと思います。

これからを思うとうれしいです。田池留吉、アルバート、有難うございます。

 

■ 

死後の私の思い。


 苦しいです。清く正しく美しく、そう思って生きてきました。

それは自分がそう思えることも当然ながら、人様から見ての評価もそうあるべきと、

清く正しく美しく見えるようにと、私の心をねじ伏せながら整えてきたんです。それが苦しかった。

 

 そうです。私はプライドを高く掲げて生きてきました。人からどう評価されるか、それを気にしながら生きてきました。

そのことの間違いを死後の私が教えてくれます

プライドを持って生きる、清く正しく美しくをモットーに生きることの愚かさ、滑稽さ、間違いを、死後の私が教えてくれます。


 私は、清く正しく美しくが正しいと思って生きてきました。

その正しさは土台のない、吹けば飛ぶような危ういものの上に成り立っていました。

自分だけがプライドに拘り、相手の評価に拘って、少しでも私を高く評価してもらおう、

評価させようとしてただけに過ぎませんでした。


 プライドなんて何の役にも立たないんです。あればあるほど自分をギュウギュウ締め付けるだけなんです。

清く正しく美しいなんて、あり得ないんです。肉を基準にしているから清く正しく美しくに価値ありと思っていただけなんです。

肉を基準にしているから優劣を競い、そのために満身の力を持って戦ってきただけのこと。

所詮は同じブラックの穴のムジナでしかありませんでした。


 そして、清く正しく美しく生きることを素晴らしいとしてきた他力信仰が、私の中に根付いていました。

敬虔であること、謙虚であること、清貧であることが、素晴らしいと讃えられる世界。

れこそがブラックのエネルギーの中に成り立った他力の神々の世界であることに気が付かず、

清く正しく美しいことに憧れを抱いていました。


 何のことはない、どこにも清く正しく美しいなんてないんです。

あるのは、おぞましいほど汚くて、間違いだらけを続ける厚かましさと、何をどう捉えても欲だらけの生き方でしかないんです。

己の欲を満たすためには人も、すべてのものも破壊し抹殺する。己の欲のためには、どんな汚い手でも使う。

言葉では綺麗なことを並べても、その心に流れるエネルギーは凍りつくような冷たさと厳しさでしかないんです。

優しさなど欠片もないんです。


 そんな生き方を続けてきた私の死後は苦しくて当たり前でした。間違って来たのだから苦しくて当たり前でした。

間違って生きてきたのに、間違った心を使い続けてきたのに、

死後の自分が救われているはずと思うほど能天気な私の実は厳しいです。

けれど、その厳しい現実が私なんです。


 たくさんの間違いを続けてきた私です。

ブラックのエネルギーを宇宙に膨らませ、宇宙を破壊し、自分も自滅して、宇宙のもくずとなって彷徨い続けてきたんです。


 それでも、今世、こうしてこの学びに、真実に出会うことができました。そして、少しずつ私の現実を教えてもらっています。

肉の私が思うのとは雲泥の差があります。

私の現実は頭で思っているのとは雲泥の差があるのに、その差をまだまだ実感できずにいる愚かさです。


 ああ、清く正しく美しくなど、そんな形などいらない世界でした。

目を閉じて、田池留吉を思う、アルバートを思う、お母さんを思う世界には形はありませんでした。

ただ、思う、思えることが嬉しいだけでした。


 プライドや清く正しく美しい形にしがみ付かなくても、その手を放していけばよかったんです。

戦う必要も卑下する必要もない。

ただ、嬉しいか苦しいか、縮こまっているか広がっているか、冷たいか温もりか、それだけでした。

心で感じることだけでした。握った手を離していけば、いいだけでした。

それをしていける今でした。ありがとうございました。


 田池留吉に心を向けると、地獄の底でもがき、苦しみ、戦い続けてきた私が喜びを語ってきます。

田池留吉、今世貴方に出会えたことを、心から嬉しく思います。


自分が何者なのか、どんなところに存在しているのか、私は帰りたい、でもどちらに向いているのか、帰る方向が分からない。

ずっとずっと長い間、地獄の底の底の真っ暗な中に存在してきました。

 だから求めたんです、必死で他力をしてきました。すればするほど、全てが苦しみと?がっている。

本当に本当に間違った道を歩き続けてきました。


 お母さん、お母さん、私はお母さんを求め続けてきました。

お母さんのお腹の中で感じた、あの思いをもっと、もっと感じていたい・・、だから肉のお母さんを求めたんです。

どれだけの欲の心で己、己と己一番にと求め続けてきたことか。肉の母からは厳しい思いのみでした。

 私は母を殺しました。お前なんかいらない、死んでしまえ。どれだけの闇を吐き出して来たことか。

でも、意識の母からは、こんな私を全て受け入れてくれる、優しい優しい温もりだけです。


 肉しか信じられない私は、その温もりを全て抹殺して生きてきました。己一番、己己己と全てを全てを支配する
エネルギー。

自分の心を見れば見るほど、母の愛の中にいる私を感じます。

私の意識はどんどん語ってきます。やっと、やっと、自分の間違いに気づけました。

貴方の温もりが、優しさが、私を包んでくれています。

私は苦しみでは無かったのですね。

私達は一つ、共に共に進んで行きましょうと伝えてくれる温かな波動。


私は幸せです。全てを委ね、温もりに包まれています。私の意識がどんどん喜びを叫んでいます。

ありがとう、ありがとう、嬉しいです。全てが全てが愛の中でした。

私は今、大きく手を広げ、喜びで受け入れて・・・、言葉が出てきません。


そう、受け入れて行きますと言いたかった。でも、まだまだ語れない私がいます。

もっと、もっと私と向き合ってくれと語ってきます。

その苦しみの奥に、アルバートに帰りたいと言う必死の思いが伝わってきます。私は甘かったです。

はい、私は冷たかった。こんな冷たい私をそのままに、苦しんでいる意識に何を伝えると言うのか?

 田池留吉に心を向ける、波動を感じる。ああ、それだけだったんですね。


 間違いがはっきりと分かります。温もりの前には私の凄しい冷たいエネルギーも癒えて行きます。

何もありません、解き放たれた意識は本当に軽やかです。

宇宙の風、ずっとずっとこのまま居たい。幸せです。

 はい、「心をみる」、「瞑想をする」、この両輪で進んでいく。今まで何度となく聞いてきた来た言葉が心に沁みます。

それを出来るいまが本当に嬉しいです。有難うございます。


 死後の私


 ドンドンドンドン落ちてゆく、暗い暗い、真っ暗、真っ暗。こんな世界にいて語ることが出来るのかと思いました。

でも語ってくださいと呼びかけました。お母さんを呼べますか、お母さんを呼んで下さい。

クソ―クソ―クソ―ったれー、クソったれな奴なんか知るものか。あー苦しい苦しい。

お母さん、あー苦しい。 お母さんなんて呼びたくない、でも 呼びたい。

お母さん、お母さん、お母さん、クソ―クソーくそったれー、憎んで呪って恨んできた。

あ奴がいけない、あ奴のせいで私はずーとずーと苦しんできた、その思いで今まできたんだ、だから苦しい、苦しかった。

恨む思い、責めさばく思い、あーそんな心が苦しい。


私は間違っていない、私は正しい、とその思いを強く強くしてきた。

真黒な世界、真黒、真っ暗、何処を見渡しても真っ暗、真黒、そんな世界。

そう私はこんな世界にずーとずーと存在してきたんだ。

お母さん、お母さん、お母さん、ずーとずーとこの時を待っていた、私はお母さんって呼びたいと待っていた、そんな気がする。

心が軽くなる、嬉しい、お母さん。 お母さん、お母さん、嬉しい。

死後の自分と語ってくださいと言われて、初めて自分の死後に向けたとき、

真っ暗中で固まって何も話したくない自分を知り愕然としました。これが今の自分なんだと思ったからです。


でも、私はセミナーで沢山沢山気ずかせてもらいました。

0歳の私、私は貴方、貴方は私、私の中にしっかりあることを伝えてもらいました。

アルバートと初めて呼べた時の驚きと嬉しさ、田池留吉がどれほど伝えてくれたか、

待っていてくれるお母さんの思い、本当に沢山沢山伝えてくださいました。

 

ホームページを見ているとセミナーが蘇ってきます。

変わりたいという思い、真黒が嬉しい、とゆう思いが出てきてビックリしたり、

ホームページを見ていると私の心は優しくて暖かくなります。少し変わってきた自分が嬉しいです。


死語の自分と語ってください、どれほど優しい中で学ばせてもらっていたか自分の死後と語ってみて思いました。

死後の自分と語る語れる嬉しいです。これからも自分と自分、語っていきます。

 

 


 私達、これまでにこの地球上に転生してきた意識は、

田池留吉の意識を除いてみんな、みんな地獄の奥底の底の底に沈んでいたんです。


過去、どんな立派な世界を打ち立てて、後世の人が褒め称え、崇め奉っても、また愛の人だと伝えられても、そんなことは全くのデタラメでした。

その意識もまた、地獄の奥底に沈み込んだ状態です。

死んで、喜びと温もり、真実を語ってくる意識は、これまでに皆無でした。

なぜならば、自分の本当の姿を知らずに、愛とか神、仏の世界を説いてきたからです。

今もなお、真っ黒なエネルギーを流し続けているのが現実です。

そして、欲で群がる人達が、その真っ黒なエネルギーの世界に拍車をかけるようにして、

ともにまた懲りもせずに、地獄の奥底の底の底に落ちていきます。

その苦しみは半端ではありません。その愚かさは半端ではありません。


私は、今世、田池留吉の世界、アルバートの波動を心に感じ広げ、その世界とともにあった自分だったと知りました。心で知りました。

だから、これからも、田池留吉、アルバートの世界に心を向け合わせていくだけです。

田池留吉の死後も、私の死後も、私は、田池留吉、アルバートを呼んでいくだけです。

そのことをただ淡々とやり続けていくことが、次元移行を果たしていくということだと、私は心で知っています。


その道一本、ただ邁進していく喜びを感じています。

死ねば一人の世界です。しかし、その世界は孤独ではありません。

思えば通じる世界にあることを、今、肉を持っている今、私は学んでいます。

 

 

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今まで過去世の自己供養を進めてきました。

自分の死後の意識と語るということは今肉をもちながら死後を供養できると言うことに通じるのですね。

 

 死の直後の自分に思いを向けます。


 「あぁ、ここはどこですか、私はどうなったのでしょうか、どうしたらいいのでしょう。あぁ、苦しいです。

私の肉体が金縛りにあったように動きません。意識不明と言われましたが、こうやって私の意識はしっかりとしています。

考えることもできます。でもものを伝えることはできません。

口を動かし、声を出しているつもりなのに、誰も私の言うことを聴いてはくれません。・・・


 あぁ、どんどん奈落の底に引き込まれるように、薄墨色の世界が暗黒に変わっていきます。

押し潰されそうです、あぁ、死んだのですか、これが死ですか・・・

あぁ、死後の世界を話しには聞いていましたが、本当でした、凄い世界です、想像を絶する世界です。

何もないのです、苦しさ、寂しさ、恐怖、狂いそうなほどすべてがどっと押し寄せてきます。

真っ暗な世界がこんなに怖ろしいものだとは、あぁ、誰か助けてください、救ってください・・・」

 

 『誰が救ってくれるのですか、誰が助けてくれるのですか、落ち着いて自分の心を見てください、

あなたが学んできたことを思い出してください、あなたの心の中に存在する母親の温もりを思い出してください』

 

 「あー、はい、わかりました。母親の温もりですね、優しい温かな温もり、確かに私の心の中に存在していました、

はい、沢山学んできました、アー、私の心の中に田池留吉の波動が存在していることを、思い出しています。

あぁ、お母さん、お母さん、私は間違い続けてきました。

肉を置く時の思い、感謝、喜びよりも、苦しい苦しい思いをさらに重ねていました。

寂しい心を抱えていました。孤独な身を恨めしく思っていました。

誰が世話をしてくれても、当たり前のように思い不足の思いを膨らませていました。

明るい生活どころか、暗い暗い心を膨らませていました。

あぁ、どんな身の上でも心は田池留吉と共に歩んでいました。それを忘れてしまっていた、それが残念です。


 私の中の他力の心、まだまだです、救ってください、助けてくださいの思いが瞬時にでます。

遠くから念仏が聞こえてきます。祝詞が聞こえてきます、渦をまいています、

この渦に飲み込まれたら決して浮かび上がってはこれないような底なしの渦です。

南無大師遍照金剛、南無阿弥陀仏、南無観世音菩薩、心を向けたものがすべて渦となって襲ってきます。

あぁ、間違ってきました、私が心を向けたものがすべてその姿を現しています。実態はありません、渦です、凄まじい波動です」

 

 『畏れることはありません、すべては自分自身です。どうぞ心の中の田池留吉に心を向けてください、

お母さんを思ってください、優しい温もりがあなたの心の中に存在することをもっともっと強く感じていってください』

 

 「あぁ、はい、私の心の中に真っ黒なものが蠢いています。その実態は全部はわかりません、

でもお母さんの温もりを感じていくと少し楽になります。蠢いている真っ暗な世界から、私が使った心が飛び出してきます。

責め裁き、恨み、見下げ、己さえよければと己の栄華を求めた心です。

人を蹴落とし、裏をかき、策略を用いて自分以外のものを滅ぼしていった心です。あぁ、そして沢山の神々を求めた心です。

自分の外にすべてを求めていった心、それがとても冷たく感じます、田池留吉を捨てるとはそういうことだったのですね。

田池留吉の宇宙とは相反する宇宙を心の中に作り上げてきた間違いを今感じています。

もっともっと伝えてください、学んでいるようで何もわかってはいなかった、

今肉が無ければ誤魔化しようのない心の世界がはっきりと現れてきます。

私は本当に愚かでした、学んでいきます、

心から、心底心から田池留吉を呼べるまで学び続けていきます。ありがとう、本当にありがとう」

自分の死後を思う。


 死の直後、すぐ死んだことを理解できるか否かがまず問題です。境目がはっきりとしているわけではありません。

死んだこともわからずに普段と違う様子に戸惑うでしょう、

でも次第にもしかしたらこれが死かとだんだんと納得してくる、そこからが問題です。

 

今この学びを理解し心から信じていれば、田池留吉を思う、ひたすら思う、呼ぶ、そんな状況でしょう。

でも生半可な学び、他力の思い、肉への執着が強い場合、自分の死を決して受け止めることはできません。

助けてくれ、救ってくれという思いを出すたびにそれが自分をがんじがらめに縛っていきます。

自分が出してきたエネルギーが自分を覆い、にっちもさっちもいかない、

呼吸も出来ない窒息状態となってそのまま固まってしまう、固まってしまった方が楽だからです。


 自分の出してきたエネルギー、他力の思い、捨てきれない肉の執着が重石となって自分を押し潰し、縛り続けます。


 今の私の状況は決して固まりませんとは言えないです。

田池留吉を信じて信じて信じきるところまでいってはいない、

田池留吉を呼ぶ思いの中に他力の思いが潜んでいるかもしれない、

肉への執着は少しずつ薄れてはいますがまだまだです。


 でも今ふと思います。今肉を持って死後の自分に語りかけることができるということが、

そしてそのような方向に学びが進んでいることが、自分にとってどれほどのチャンスか、

今が死後の自分を変えることができる、すべてが今現在に鍵がある、だからこそ今世があったのだと嬉しく思います。


 今世の意味が深く深く伝わってきます。

今までの過去世とは違い、今世は大きな飛躍のチャンスをいただいているのだと、嬉しく思います。真剣に学んでいきます。

凄まじいエネルギーを出し続けた真っ黒な意識達、何度も転生を重ね、

どんどんアルバートの宇宙から遠く離れてしまった意識達。

それでも生まれたい、今世こそ必ず真実を掴みたいと必死の思いで肉もつことを希望しました。


 田池留吉に出会えるようにプログラムを組み、その道を歩んできました。偶然はひとつもなくシナリオ通りです。


 今世の時間がいかに大切か、日を追うごとにその感を強くします。

今世駄目なら来世がある、それは通用しません、今世駄目なら宇宙の藻くずの予備軍ですよと自分がそう伝えてきます。

一歩でも半歩でも自分を進ませていく決意と努力、田池留吉の愛に応えるとはそういうことではないでしょうか。

自分が自分にできることを精一杯することが自分を愛すると言うことではないでしょうか。


 真実を知らないまま、肉にしがみついて迎える死後の世界は想像を絶する世界です。

固まるといっても安らかに固まっているわけではありません。

手足が千切れてしまう感覚、何処かへバラバラに吹っ飛んでしまう感覚、自分が自分でない、

自分を思うひと時ももてないような苦しみの世界、自分に恐怖し自分を抹殺してしまいそうな世界。


 あぁ、過去何度もそのようなところから肉をもってきた、どれほどの決意で肉をもったのか、今まで以上に感じています。

だからこそ今世を決して夢うつつの中に過ごしてはならない、そう決意しています。


 死を恐れる心はこの記憶がどこかに存在するからなのではないかとふと思っています。


 今世田池留吉に出会ったということはその循環から自らを救い出す大きなチャンスなのだと、

死もまた喜びの思いを自分の中に確立していく大きなチャンスなのだと感じています。

自分が出し続けてきたエネルギーは全て自分の元に返ってくる。それを確実に教えてくれている死後の世界です。

死ねば自分が出し続けてきたエネルギーが覆いかぶさってくる。

自分の中に押し込めていたそのエネルギーに今度は押しつぶされていく。

それは凄まじい勢いで自分に覆いかぶさってくる。

 

肉ある時に自分で自分を裏切り続けてきた結果、肉ある時に、自分が心の中に押し込んできた結果でした。

心のその蓋を自分で開けて、自分の中の心の叫びを素直に出していくことの大切さを強く感じてきました。

蓋を開ければ、苦しい自分が飛び出してくる。飛び出してくるその叫びは自分の中の自分自身。

しっかりと受け入れていくだけでした。しっかりと抱きしめていくだけでした。意識の自分のために生きていきます。

 

死後の世界が教えてくれています。

自分が出し続けてきた凄まじいエネルギーに自分が飲み込まれて真っ逆さまに落ちていく。

本当に自業自得の世界です。自分が出し続けてきたエネルギーを包んでいける優しさ、

お母さんの温もりをしっかりと自分の中に確立することをしていきます。

間違ってきた自分、苦しんでいる自分を思えることは喜びです。

母の心で自分を包んでいってください。

どれほど自分が間違っていても、どれほど苦しんできても、自分が愛おしいはずです。

幼かったころの自分が愛おしくなってくるはずです。

 


田池留吉に心を合わせる。お母さんを思う。優しい自分に蘇ってください。

死後の世界はあなたの現実の世界です。今を大切に、そのことを伝え続けます。

 

 生れてきてよかった。やっと心からそう思える私がいます。生れてきてよかった。お母さんありがとう。

そのように思いながら死んでいけたらいいな。私の心からの思いです。


死と言う言葉を聞くだけで、怒りと恐怖が突き上げてきて、叫び狂うことしかできなかった私でした。

死を恐怖する姑に優しい言葉の一言もかけることができない。

その反対に、私の心の中から突き上げてくるのは恐怖と怒りばかり。その自分を、どうすることもできない現実。

そして、縋りつかれる恐怖。そんな中に身を置いていた自分を振り返れば、私自身が死が怖いのです。

死と言う言葉を聞くだけで恐怖を通り越して怒りでいっぱいになるんです。

そんな私が自分の死を思うことなど本当にできませんでした。でも、必ず来る。誰にでも必ず来る死です。

どれほど逃げても影のようにいつも側についてくる死。


肉は影で、意識の世界が本当の世界なのに、

肉を本物とする心には決して死を素直に受け入れていくことはできないことを知りました。

死後の世界、意識の世界が本当の世界であることを全く知らずに生きてきたのです。

生きている時に、自分の死後の世界が分かれば、どのように生きていけばいいのかが分かってくる。

自分をどのように変えていけばいいのかが分かってくる。

愛も、優しさも、ありがとうの思いも、自分から出し続けてきたその言葉が全て偽物だったことに気が付いていける。

自分を知る。自分の心の中のエネルギーを知ることの大切さを改めて気付かせていただきました。


自分のために生きる。その本当の意味
を知った今の私の心は安らいでいます。


そんな私が自分の死を真剣に思えるようになったのは、姑との日々の生活の中での一つ一つの出来事からでした。

歳をとってくれば自然に自分の死を思っている。それは誰もがそうなのだと思います。

日々自分の死が近づいてくるその恐怖。その恐怖の思いが色々行動や言葉になって飛び出してくる。

もうこの年齢になったら死は覚悟している。いつ来ても怖くはないと言っていた姑でした。

そう言い続けていた姑が、体が自分の思うように動かなくなってきたのを境に、

まったく別人のようになっていくその姿、現実の厳しさを学びました。

その時は必死の介護で気が付かないことばかり、

今、数カ月たって時間に余裕が持てた今だから色々な事に気が付き始めています。

 

姑に向かって出した言葉、取った行動、態度、本当に冷たかった自分を振り返っています。

自分から流れる思いの冷たさ、厳しさ、傲慢さ、言葉に出さずとも流れていたんです。

姑とともに過ごした時間は、本当に地獄の底の底の奥底で這いずりまわって私を認めろと叫んでいた私ばかりだった。

優しさも感謝もないと姑を罵り続けていたけれど、それが自分の姿であったなどと、その時は絶対に思えないことでした。

時間がたつにつれてそんな自分であったと気が付き始めています。


姑が亡くなる数ヶ月前、姑が亡くなる数日前、そして、亡くなった当日、亡くなった後、

そして、数カ月たった今の思いを綴ってみたい思いになりました。お祖母ちゃん。ありがとう。

その思いで出てくる思いを素直に書き綴っていきたいと思います。

 

 姑との日々の生活からたくさんの体験を通して、本当に真剣に自分の死を思えるようになりました。


「生れてきてよかった。お母さんありがとう。そう思って死んでいきたい。」心からそのように思える生き方をしていこう。

自分のために。誰のためでもなく自分のためにと心で決めている私がいます。


たとえ周りに誰もいなくても、一人で死を迎えることがあっても、私は、生れてきてよかった。

お母さんありがとう。そう思って死んでいける自分に変わっていこう。

死ぬことが怖いと叫び狂っていた私をしっかりと受け入れていこう。

心の底から思いました。お祖母ちゃんありがとうございました。

 

 その人の本当の姿が見えてくるのは、死ぬ時なんだと素直に思います。心の世界は正直です。

死ぬ時は、自分に素直になって死んでいくことを、姑は息子夫婦に心の世界の現実をしっかりと演じて見せてくれました。

お前達の現実は私と同じだよと教えてくれていたのです。お祖母ちゃん。ありがとう。その通りでした。

私達も同じ世界に生きていることを今ヒシヒシと心で感じ始めています。


決してお祖母ちゃんと暮した時間を無駄にすることはしません。

間違ってきた自分に出会い、間違ってきた自分をしっかりと認めて受け入れていきます。

私達夫婦に残された日々の時間を大切に生きたいと心から思います。


瞑想するたびに、姑を思います。ありがとうの思いで思える私がいます。嬉しいです。


「生れてきてよかった。お母さんありがとう。みんなみんなありがとう。」そう思って一人でも死んでいける自分でありたい。

そう思えるようになった今がとても嬉しいです。自分の心が静かで安らいでいる時間が嬉しいです。


 肉ある時も、肉がなくても私達は無限の愛の中に存在している、すべてが愛でした、そう感じていく道を歩んでいます。


 意識の世界は奥深く、まだほんの少ししか私にはわかりません。それでもすごいなと日々感じています。


 死後の自分に思いを向けていくと、そのとてつもない苦しさの中からも田池留吉に心を向ける喜びが伝わってきます。

ほんの少ししか向けられなくても、だいぶずれていたとしても、でも向けていこうという思いがもう喜びなのです。

赤子が母親のお乳をまさぐるように、必死で求めていく心に応えてくれるものがある、

温もりがある、それが愛なのだと感じています。


 あぁ、私達は肉を離れこのような地獄の苦しみを味わっているけれど、それでもそれが喜びなのです。

自分の闇に鮮明に向き合える喜び、そしてみずから課題を見つけ、シナリオを描き、

また肉を持つことを願い出る喜び、そうやって何度も何度も転生してきたのだと思います。


 でも今世の肉を離れた死後は今までとは違います。

はっきりと心の中に田池留吉の波動、母親の温もりが息づいているから、今までとは雲泥の差なのだと感じています。


 生きることも喜び、死もまた喜び、意識の進化のためにすべてが流れている、

そして次元移行は自分に用意された究極の愛なのだと感じています。


 愛に帰る道を歩んでいく、今私達はその道を田池留吉によって示されました。


 もっともっと真摯に受け止めていきます。 


 「さぁ、どんどん心を開いていきなさい、畏れることはありません、

自分自身を信じ、自分自身の中にある母親の温もりを信じること、それがこれからとても大切なのです」。
 

 

母の温もりを確かなものにする、自分の心に確立する、

そして田池留吉のメッセージをしっかりと受けらるように心を見ていく・・・

今、私に必要なのはまずしっかりとした自己確立です。


あやふやな心では、到底この先はない、そんなに生易しい世界ではない、そう感じます。

 

自分が抱えてきた凄まじい世界を思うと、少し母の温もりが感じられ、

田池留吉の宇宙が垣間見られというだけでは、程遠い、それが現実なんだと思います。

確かに、田池留吉に肉で出会え、その世界をほんの少し感じさせてもらい、

もう今までの自分では想像もつかない世界に生かされているということを知るチャンスをいただきました。

それだけでも凄いことでした。でも、私が私に求めるのは、それだけではない、そう感じるのです。


今世、田池留吉の肉ある間に学べることはすべて学びたい、

そして田池留吉の肉亡くなった後も、私は私の学びを進めていきます。

今は、自分がこの肉を離すとき、「生まれてきてよかった、お母さんありがとう、すべてが喜びでした、

すべての転生よありがとう、真っ黒い自分よありがとう、また来世で出会おう・・・」

そう感謝と喜びで死んでいきたいと思っています。

今できることに最大限エネルギーをつぎ込む、それが私のすることです。

 

死後の自分に思いを向けていく。母親の温もりが死後の私を温かく包んでいくのを感じます。


 田池留吉に心を合わせる、心の針を合わせていくということがどれほど大切か、ひしひしと伝わってきます。

肉がなければなかなか反省はしにくい、でも常に心を見ていく習慣があれば、

喩え肉がなくても自分の心を感じる手助けをします。


 自分の心の中に田池留吉の宇宙の温もりをほんの少しでも感じていくことが、自分を救っていく力になる、そう感じています。

真っ暗な闇の中でふと田池留吉の波動を感じた時の喜びは筆舌に尽しがたいでしょう。

自分を取り巻く闇、押し潰されそうな圧力を感じていてもそれがふとほどけていく様な感覚です。


 大きく呼吸をして、田池留吉を呼ぶ、心から呼ぶ、それがもう嬉しくて嬉しくてたまらない、喜びが心を軽くしていきます。

繰り返し何度も何度も自分を見つめながら田池留吉を思い、心に呼ぶ、その繰り返しです。


 真っ暗闇の中で周りには何もない、あるのは自分の出してきた思いと壮絶なエネルギー、

それでも段々と自分の心の中にある母親の温もりに気付いていきます。


 これからも何度も何度も死後の私に語りかけていきます。

そして今肉ある自分がしっかりと心の針を田池留吉に合わせていけるよう、さらに自分を見つめ直していきます。


 ありがとうございます。

 

たくさんの転生を重ねてきました。

なぜ、これほどたくさんの転生が必要だったのか、それは、どこの土地で生まれても、どんな環境の中で生きても、

どの神に心を向けてきても、決して真実に出会うことはなかったと、

肉を信じたその世界に真実はなかったと、そのことをはっきりと知るためでした。

 

そして転生と同じ数だけ、死を迎えてきました。

温もりを捨てた私がどのように死んでいくのか、

私が間違って生きてきたその答えをしっかりと確認できる瞬間を何度も経験させていただきました。


そして、その転生の数々を、一つでも二つでも思い出していくことが今世の大事な勉強でした。

何度転生を重ねても、真実を捨てた私たちは苦しかったと、

心で感じていくこの時間が、どれだけ大切な、かけがえのない時間なのか を心に思います。

心に感じなければ、過去の苦しみは救われません。私が救われることはありません。


今世、どれだけ思い出していけるのか、どれだけ過去の苦しみを感じていけるのか、

どれだけその思い共々田池留吉に心を合わせていけるのか、それは今世の私にかかっていました。

私次第でした。それが私の仕事、私の喜びでした。


過去の転生を思えば、苦しみしかありません。地獄からでて、地獄に帰る転生、まさにその通りです。

でも、苦しくて良かった。苦しくてありがとう。そんな思いが少しずつ広がっていくんです。

私はまだ自分を知らないし、大きなことは言えないけれど、それでも、転生と聞けば嬉しい。

たくさん苦しみを重ねてきたからこそ、田池留吉から伝わってくるものが、一つ一つ私の中で輝いていくんです。

過去を思っても、来世を思っても、どちらにしても今世の大切さを感じます。競う相手はありません。

ただただ自分のために、できるだけのことをしていきたい。過去からのたくさんの転生を無駄にしてはいけない。

一つ一つの転生が、私の中で意味を持ち、苦しみを喜びに変えていく、そのような時間を、

今世、たくさんの私とともに共有していきたいと、心からそう願う私の思いに出会っています。

 

「あなたは、あなたの死後も田池留吉と交信していますか。それとも固まっていますか」

 

 誰しも固まっていたくはありません。でも現実は厳しいとつくづくと感じています。

数年前に亡くなった母親や、ふと気になった学びの友に意識を向けて呼びかけても、最初はほとんど反応がありません、

固くガチガチの状態で何度も呼びかけているうちに少しずつ反応を示し始めます。

でも少し緩んでくると、今まで感じなかったような苦しみが襲ってくる様子で、

話しかけてくれるな、そっとしておいてくれ、そのような反応が返ってきます。

特に宗教に深く関わってきた、また念力パワーを求め続けてきた意識の苦しみは尋常ではありません。

息も詰まる、内臓が口から飛びだしそうな感覚、胸腹すべてが捻じれたような状況です。

 


 「田池留吉を覚えていますか、素直に呼ぶことができますか」


 「覚えていません、あぁ、でも名前はどこかで聞いたような感覚です。

あなたに声をかけられてから田池留吉を必死に呼ぼうとしましたが呼べません。呼べないのです。

真っ黒な雲に覆われた状態でまわりが全然見えないしわからないのです。苦しさが押し寄せてきます。

私は極楽浄土を求めていた、人々をパワーで苦しみから救おうとしてきました。

あぁ、でも私がこんなに苦しいのでは話しになりません。ここはどこですか、ここからもう脱け出ることはできないのですか」。

 

 たぶん、私も肉を離れた時、固まってしまうかもしれない、そんな思いを持ちました。

でもそうならない為に、固まってしまっても自分で自分を救いゆく道を見い出せるように、

しっかりと田池留吉の波動を心に記憶しておかなければと思います。


 他力の修正をせずにそのまま肉を離れてしまった時に、

いくら田池留吉を呼んでも心は数多の神々、教祖に通じていく状態です。

宗教に関係のあった人は固まった状態から開放された途端、

念仏を唱え、数珠をまさぐりまた祈りの世界に入ってしまうのです。


 肉の思いが強くても、心は重く地獄の底を這い回る状態でしょう。


 それでも希望はあります、必ずチャンスはあります、

アルバートの波動があまねく宇宙の隅々にまで届く、その時、心をふと合わせるチャンスがあります。


 真摯に田池留吉を求める思いこそ、自分を救いゆく、そう伝わってきます。

 

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伊藤勘治さん、分かりますか。私は、塩川香世です。

今、あなたはどのような状態でしょうか。語ることができますか。どうぞ、思いを向けてみてください。

異語。

 

 ああ……。私は、………………はい、何かが…、何かが…。何かを感じるんです。

私は、どこにいるのか分かりません。はい、私に、何かを聞いてくれているみたいです。

あ……、あ……、はい……、はい、私は、何かを感じます。今、何かを感じます。


ああ、私は、重く、重く沈んでいるような気がします。

 

 伊藤勘治さん、あなたは、その肉体は、もうありません。あなたは、今の思いがあなたです。

肉体はもうないのです。しかし、あなたは、何かを、今、感じられたと思います。そうです、あなたは、そこにいるんですよ。

確かに、あなたはいるんですよ。あなたの肉体はないけれど、あなたは感じることができるのです。

私は、塩川香世と言います。あなたに、今、思いを向けています。

私の思い、つまり、私は思い、あなたと同じ、肉体はありません。肉体がない私が、今、あなたに思いを向けています。


どうでしょうか。どんな感じでしょうか。

 異語。

 

 はい、ああ、心と言うんでしょうか。私に何かが伝わってきます。重い、重い中にある私に、ふっと何かを感じます。


はい、この思いを、私は、知っています。何かと知っている。ああ、ああ、しかし、今、私は、その何かが分からない。

しかし、この思いを、私は知っている。そんな気がします。

 異語。

 

 伊藤勘治さん、あなたが知っているという思いは、あなたの中の温もりです。

私達は、あなたの中の温もりを、今、伝えました。


田池留吉の意識を伝えました。心が知っているのです。あなたの心は知っているのです。

 

 はい、嬉しい。嬉しい。おっかあさーん。ああ。ああ。

 

 伊藤勘治さん、今、あなたに伝わった思い、そうです、あなたですよ。


暗く重いのはあなたではありません。そのことを、私達は、伝えたかったのです。

心の中に温かい思いがあることを伝えたかったのです。

 

異語。

 はい、お母さん、ありがとうございます。(2010年2月4日)

 

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伊藤勘治さん、分かりますか。伊藤勘治さん、私は、あなたの肉体は、もうないことを伝えました。

今、あなたの思いを語ることができますか。あなたの肉体は、もうないんです。分かりますか。

 

 あぁ、お母さん  はぁー……、はぁー……。あぁー……、はぁー……。あぁー……。

 

異語。

 伊藤勘治さん、分かりますか。あなたは、意識。形はない。しかし、あなたはそこにいます。

今、あなたの中に語りかけています。私達は温もりです。お母さんの温もりです。

私達は、今、あなたに伝えています。呼びかけています。私達の思いが届きますか。

はい、あなたの中にある優しさを知ってください。私達は、あなたの中の温もりです。

 異語。

 

 私の心の中に温もりがあるのですか。ここはどこですか。暗くて、冷たくて寂しいです。

しかし、私は、今、何か語っています。暗くて、寂しくて、はい、とても苦しい中にいます。

しかし、今、心を語ることができる。はい、私は、はい、とても苦しいです。とても苦しいです。

私は、どこにいるのか分からない。今、私は語っているのが私なんですか。

心とは何ですか。私は、私は、今、どこにいるんですか。どこにいるんですか。

 

 伊藤勘治さん、あなたは、あなたの世界にいるんです。あなたの世界、つまり、あなたの中にいるんですよ。

あなたは、今、とても暗くて苦しくて冷たくて寂しい中にいます。しかし、それは、あなたではありません。

私達に思いを向けてください。心の中に温もりが広がっていくのがあなたなんですよ。

そのあなたをあなたは知らずにきたのです。思い出してください。心の中に安らぎがあります。

 異語。

 

 私は、語りたい。もっと、もっと語りたい。心から語りたい。何かを語りたい。

はい、ああ、温もりが私なんですか。私は、辛くはないんですか。苦しくないんですか。

冷たくて寂しい私があります。しかし、温もりが、少し、少し、優しさを感じます。

はい、お母さんと呼べることが、少しできる。お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、

はい、私は、母を呼んでいます。母を呼んでいる。苦しい中で母を呼んでいる。今、私の中に、優しい思いが感じられる。

 

 異語。

 私達は、あなたに伝えます。あなたが今、呼んだように、あなたの中に母を呼ぶ思いがあるんです。

心の中に安らぎ、温もり、そうそんなあなたを思い出していってください。はい、私達は、温もりをお伝えします。

 異語。


 田池留吉、私は、今、意識を向けさせていただきました。肉を亡くした意識の中に、思いを伝えさせていただきました。


田池留吉、私は、あなたの思いを伝えさせていただきました。


私達は、温もりですと伝えさせていただきました。この心の中にある思いが通じることを感じます。

心に喜びがあります。私の思いは、喜びです。田池留吉、はい、このように語らせていただいています。


私は、今、意識を感じています。意識を感じている。

肉を亡くした後の私の意識を感じています。私は、今、このように語らせていただいています。


私は、田池留吉、アルバート、そう私は、こうやって私を感じていくんですね。

私は、肉を亡くしても、こうやって、田池留吉の世界を感じていけることを確認させていただきました。

(2010年2月19日)


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塩川香世さん亡き父・塩川真太郎さんとの死後の世界との交信

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

塩川真太郎さん、あなたがその肉を捨てて、もう10年の年月が流れています。

私は、当時、あなたの意識とともに、学ばせていただきました。私は、今、あなたの意識に思いを向けています。


私は、当時から今に至るまで、自分の心を見る、そして、母を思い、自分の中に温もりの世界、

広い、広い温もりの優しい世界、本当の自分があった、その真実の世界を学んできました。


確かに心に伝わってきた世界があるんです。温もりの世界がありました。

私の中に温もりと喜びと優しい、優しい母の中に生きてきた私を感じてきました。

今、そのほうに思いを向け、あなたと語らせていただきたいと思っています。


心を向けてみます。

異語。

 分かりますか。あなたに語りかけています。温もりの波動です。私は、あなたに思いを向けています。

 …………………………………………………………………………………。
異語。
 …………………………………………………………………………………。

 お父さん、私は、あなたの意識に思いを向けてみました。

何かを語りたい、語りたい、語りたいけれど語れない、重い、重い、とても重い世界にいることを感じます。


だけど、私は、あなたに、あなたは温もりなんですよ。心の中に温かい優しい思いがあるんですよ。

そうやって、私は、あなたに伝え続けます。これからもあなたに伝え続けます。


お父さん、あなたを思うとき、私は、ありがとうの思いだけしか出てきません。


どうぞ、心を開いていってください。自分の心を開いていってください。

 

異語。

 

「神を求めてきました。心を縛って生きてきました。

冷たく切り裂いてきたこの心の中に、冷たい、冷たい私がいた。苦しい私がいた。自分を殺して生きてきました。」

 

 父の意識が、苦しい中から、少しだけ語ってくれました。父の意識から、修行というものが伝わってきました。

語れない世界から、少しだけ語ってくれたことが、嬉しいです。意識が、ほんの少しでも温もりを感じてくれたのかもしれません。


私は、またもう少し時間を開けて、父の意識に語りかけたいと思っています。

どのように変っていくのか、変わっていくということは、そこにエネルギーが作用しているのです。


そのエネルギーを、自分の中で感じていく学びをしていきます。


 父は、田池留吉の肉を知りません。先生の声は、一度だけ電話を通して耳にしました。

その意識が、これからどのように変っていくのか、

私は、自分の心で、この実践を通して学ばせていただけることを嬉しく思います。


 
 人はやがて死んでいきます。自分の死後はどんな状態でしょうか。


 死んでもなお語ることができるでしょうか。

 父が死ぬ何ヶ月か前から、父の意識と学んできた思いが蘇ってきます。


私は、再び、父の意識と学びたい、そんな思いが、最近出てきています。今日も、父の意識に思いを向けてみました。

 

 塩川真太郎さん、私達は、みんな、みんなお母さんの優しい温もりの中にあります。私達の本当の世界は、温もりの世界です。


自分を縛って苦しめてきた世界は、本当の世界ではないんです。


自分を殺して生きてきた、あなたの過去、あなたのたくさんの意識、

その世界、神、仏を求めて、求めてきた世界、とても苦しかったですね。


母を捨て、母の温もりを捨て、一人寂しくさ迷ってきた世界を、あなたは、ずっと、生き続けてこられました。


そのあなたが、私達と時を同じくして、母から肉をいただきました。

相変わらず、心を縛り、あなたは自分の穴蔵の中で、ずっとその生涯を過ごしてきたけれど、

あなたの死ぬ直前、少しあなたは、温もりを感じられたはずです。

田池留吉という世界、その温もりを、私は、あなたに伝えさせていただきました。


心からありがとうの思いを、あなたは肉を持っている間に伝えてくれました。

そして、あなたはその肉を終えていきました。あなたは、あなたの世界へ帰っていったのです。


あなたの肉は、今はありません。しかし、私は、あなたの存在を感じています。心の中から、あなたに呼びかけています。

私の思いは、あなたに、この温もりを伝えたい、そういうことなんです。


温もりを少し感じていただきたい。そして、そんな中にいることを、ほんの少しでもいいから知ってほしいと思います。


心を開いて、温もりが私だと、そのほうに思いを向けてください。

 異語。

 私は、あなたに今、呼びかけています。温もりの思いで、あなたに呼びかけています。

何でもいいです。あなたを語ってみてください。

 異語。

 あー…、あー…、あー…、あー…、あー…、あー…。


あー、この重苦しい重圧の中にある。ああ、だけど、今、語れることが、う、れ、し、い。はぁー…、はぁー…、あぁー…。


す、こ、し、い、きができます。はぁー、息ができます。はぁー、はぁー、はぁー。


あぁー、あぁー、あぁー、あぁー、あぁー、はぁー、はぁー。

 

 はい、ほんの少しでもいいです。あなたは、重くて狭くて暗い世界にいるけれど、

開いた温かな明るい世界があることを、知ってください。


私は、伝えていきたいです。私も、そんな中にいたからです。


私はあなた、あなたは私。私は優しい思いをすべての意識達に向けてまいります。


ああ、お母さん、ありがとう…、ああ…。

異語。

 あぁ…、田池留吉、嬉しいです。心を向ける喜びを感じています。


田池留吉、私は、暗い、暗い真っ暗な世界に心を向ける喜びを感じています。

自分の中に、本当の喜びと温もりを知った心の中に、暗い、暗い、真っ暗な、それこそ、

息も出来ないほどの地獄の中にある意識達に思いを向ける喜びを感じています。


はい、伝えたいです。どんどん伝えたいです。心を向けていきたいです。


心を向けていけばいくほど、私の中に喜びが伝わってきます。


深い、深い、喜び、優しい、優しい、本当に優しい思いが伝わってきます。とっても嬉しいです。

はい、どれだけこの時を待ってきたことか。

はい、心の中から突き上がってくる思いは、待ち望んできた思い、意識達の喜びです。

 

あぁ……、あぁ……、あぁ……。

お父さん、お父さん、はい、お父さん、あなたに、今思いを向けています。

分りますか、お父さん。お父さん、何かを感じたら、どうぞ、あなたの思いを伝えてください。


私に心を伝えてください。私は、今、あなたに思いを向けています。優しい、優しい思いで、あなたを思っています。

 

 はい、ああ心に届く思いは、はい、何か優しい思いです。心に届きます。私の心の中に、少し優しい思いが感じられます。

苦しい中にある私に、優しい思いをかけてくれています。私を呼んでいただいてありがとう。


私を呼んでいただいて、ありがとう、ありがとうございます。心に優しい思いを感じます。

ああ、お母さん、優しい思いです。ああ、ああ、はい、もっと、もっと、語りかけてください。


優しい思いを私は求めています。苦しい中に、冷たい中に、小さな中に押し留まっている私です。

しかし、心の中は、広いんですよ、そのように伝えていただきました。心の中は広いんですか。温かいんですか。

私も、その中に連れていってください。私は、冷たくて苦しくて小さくて、悲しくて、寂しい中にいます。

私に、思いを向けてくださって、ありがとう。優しい思いが届きます。お母さんの思いかなあ。私は、今、心に感じています。

ありがとうと言える私が嬉しいです。ありがとうと言える私が嬉しいです。あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、………………………。


自分を縛って生きてきた私の中、私の中が間違っていた。苦しい中にありました。心を語りたい。

もっと、もっと心を語りたい。語らせてください。はい、安らぎがほしい。温もりがほしい。私は、すべてを切り捨てて生きてきました。

心の中は、真っ黒になってしまいました。そして、私は、ひとりの世界に蹲ってきました。それが、とても苦しかったです。


苦しい心を抱えて、何度も、何度も転生を繰り返してきました。

はい、私は、そう苦しい中を生き続けてきました。お母さん、ごめんなさい。

はい、あなたの思いに背いて、私は、苦しい転生を繰り返してきました。


はい、神を求め、仏を求め、心の中を縛り続けてきました。自分を見限ってきました。自分を蹴散らしてきた。

心の中に、優しさがなかった。温もりがありませんでした。すべては私の過ちでございます。


私の過ちを、私は、自分で受けてきました。心を切り裂いてきた波動の中で、私は、苦しみ続けてきました。


心を語ることなく、ずっと、ずっと、存在してきました。今、心を語れることが嬉しいです。心を語りなさい。

はい、そう言われることが嬉しいです。何かを感じます。心の中に安らぎがありました。温もりがありました。

心を語る私がいます。私がいます。私はここにいます。存在しています。私は私の中にありました


今、今、心を語るとき、私が私の中にいた。苦しい私も、悲しい私も、冷たい私も、私の中にありました。それが私でした。


今、あなたの中に、優しさも温もりが届いていますかと私は聞かれました。聞かれて私は、はい、優しい思いを感じます。

温もりを感じます。だから、このように語れるのです。嬉しいです。ありがとう。もっと、もっと、語りたい。

私をもっと、呼び続けてください。お願いします。

心を語ることが喜びなんです。嬉しいです。心を閉ざして生きてきた私の心の中は、苦しくて重くて真っ暗でした。

そして、今、心を少し語らせていただいて嬉しいです。心が少し軽くなりました。

 

 私は、父の意識と語り合っています。父の意識の世界ということは、過去からの私の意識の世界です。

私達は同じ意識の世界にありました。苦しい中にありました。

私の過去からの意識の世界、ともに温もりを、心に届けられる今を喜んでいます。苦しい中を生き続けてきた意識の世界でした。


今世、私達は、親子の縁を持ち、その世界を互いに見させていただきました。そして、私は、その中から学んでまいりました。

心を解き放つ喜び、自由に語れる喜び、自分を自由に解き放つ喜び、自分の中に温もりと優しさがあったことを知った喜び、

この喜びを私は、学ばせていただきました。苦しい、苦しい意識達に伝えていきたいです。

もっと、もっと、自分が優しくなって、温もりを伝えていきたいです。


田池留吉の世界に心を向けるとき、私は、この思いが出てきます。


田池留吉の世界に思いを向けるとき、私の中に思いをもっと、もっと向けていこうとする私があります。

心の中の優しさ、温もり、田池留吉、アルバートとともに喜びへ帰れる日を、私達は待っていますと、

そのように伝えていきたいです。本当にありがとうございます。私は、今、肉を持ってこのように学ばせていただいています。


これが私の計画です。これが、私のこれからの学びです。


本当に自分の中を包んでいく喜び、幸せ、それは田池留吉の世界を心に感じていかなければできないことです。


心の中に私は、温もりと安らぎ、優しさを呼び起こして、どんどん伝えていくこれからの時間です。


田池留吉の世界に心を向けられること、最高に幸せです。

心を解きほぐしていくこと、最高に幸せです。喜びが喜びを生んでいきます。

 
■ 

私が、父と語り合いたいという思いが強いのは、確かに肉の情という部分もあります。


しかし、私が意識の転回の緒についたのは、父の死という現象に間違いはありません。


それまでの私の学びが、その現象の中で方向を定め、そして、成果を現し始めたのです。


父の病気と死は、私にとって、大きな一点でした。斎場で、父を見送ったときに出てきた思いは、今も心にあります。


私達は、250年後、アルバートと出会いましょう、私は、そう思いを投げかけました。自然に私の心からその思いが出てきました。


2001年のあの当時から、いよいよ私のアルバートへの道は走り出したのでした。


 今、田池留吉の世界に心を向ける幸せな時間をいただいています。


田池留吉の世界を思い、宇宙を思う喜びを心で確信する道を、私は、一歩、一歩、歩んでいます。

今世の時間、可能な限り、私は私の中を見て、感じて、そして、真実の方向へさらに歩みを進めていこうとしています。


それが私だからです。それが私の本当の思いだからです。


田池留吉の肉、意識、私の肉、意識、すべてが、ともに、ともに学ばせていただけることが、本当に嬉しいです。

 
 ■

 

田池留吉に心を向け、父に思いを向けてみます。

 

 塩川真太郎さん、分りますか。私はあなたに伝えました。

250年後、あなたは、アルバートと出会うことを私はあなたに伝えました。


 今、田池留吉、アルバートとそう呼びながら、あなたが肉を持ってくる250年後に、そのほうに少し心を向けてください。

私もともに向けてみます。


異語。


 はい、私は今感じています。思いを向けてみなさい、そのほうを思ってみます。

お母さん、お母さん、はい、私は母を呼んでいます。お母さん、お母さん。

 


 はい、はい、語らせていただけるんですか。嬉しいです。語らせていただけるんですね。嬉しいです。

私はあの街に肉を持っていきます。はい、私もまた肉を持ちます。苦しい中に肉を持ちます。私は、この肌が黒い。

黒い肌を持って生まれてきます。そうそこには何もない。貧しい、貧しい、貧しい家に私は生まれてきます。

私の心の中に、今その思いが出てきます。語らせていただけること喜びです。

私はそれまでに何度かの転生を繰り返します。

心を閉ざす私にも、また心を開いていけるチャンスを持って生まれてきます。

私の心の中に、田池留吉、アルバートと素直に呼べる私があることを、今、心に感じています。


苦しい中にあるけれど、心を母に真っ直ぐに向けて、私は心から叫べるチャンスに恵まれます。

それが私の250年後の来世でございます。


心苦しく、貧しく、のたうち回りながらも、母を素直に呼べるチャンスに出会えるのです。


 はい、その時、どこからともなく、その喜びの思いを感じる250年後の私を、今、心に感じています。

今、心に感じる思い、嬉しいです。


お母さんを素直に呼んでごらんなさい、私はどなたかに、そのように伝えていただくのです。

私は、そのように伝えていただきます。それがあなたでしょうか。


それがあなたなんですか。今私に語ってくださいと伝えてくれているあなたなんでしょうか。私は、そのように感じています。

 


異語。


 田池留吉、アルバート。私はこの父の意識が肉を持つ、その肉に今、出会っています。

250年後、確かに私は、私の今世の父に出会います。

 

 塩川真太郎さん、今あなたに思いを向けています。語りかけています。

分りますか。あなたの心に届いていますか。どうぞ、心を語ってみてください。


 異語。


  はい、温かい温かい温もりを感じます。ありがとうございます。

また語らせていただけるんですね。ありがとうございます。


 異語。

 はい、お父さん、私達は250年後に、アルバートに出会うことをすでにあなたに伝えました。

あなたの意識の世界に伝えました。どうぞ、そのほうに思いを向けてみてください。

 異語。


 はい、はい、はい、はい、はい、はい、嬉しいです。嬉しいです。心の中に届く思いがあります。

私の心の中に、アルバート、アルバート、アルバートと出てきます。アルバートとは、私は、何かよく分らなかった。

そうですか。私は、これから、このアルバートという人に出会うんですか。嬉しいです。嬉しいです。嬉しいです。


 異語。

 お父さん、そうです。250年後に、あなたはアルバートという人物に出会いますが、

その間、あなたは幾度か転生をしていきます。あなた自身も語ったように、おそらく中国でしょう。

その場所で、あなたは宗教家として、自分の心、思いの中にある闇、神、仏を求めるブラックの思いが、

どれだけ凄まじいものなのか、肉を持って知るようになってきます。その転生があります。

あなたと中国とは本当に遠い昔から、たくさん、たくさん繋がっていた、私はそう感じています。


 あなたの中にある神、仏を求める心、間違った苦しい修行の中にあった心、その心を見つめるために、

あなたは中国へ、そして、さらにはもっと宗教色の強い場所に、あなたは転生をしていくでしょう。


 その心のまま、あなたは、250年後、アルバートと出会います。

アルバートの肉により、あなたの中の凄まじいエネルギーを見させてもらうんです。


 自分の中の間違ったエネルギーで、自分をずっと、ずっと殺し続けてきた。

その凄いエネルギーが、アルバートの肉により、あなたの中から噴き上げます。そのことをあなたに伝えたいです。


 異語。


 はい、そうです。私はこの心の中に神、仏を求める思いがとても強いです。手を合わせ、念じ祈ってきた心。

その心、そのエネルギーを自分の中に蓄えています。その苦しさを、私は、今、心で味わっています。


 自分の上に大きく、大きく覆い被さる重い、重い、息も出来ないほどの重圧のエネルギー、

それは、私がこの宇宙に流してきたエネルギーだと、私は伝えていただきました。


 今、私は、そのエネルギーの少し隙間、ほんの小さな間から、温もりを伝えていただいています。

お母さんのほうに心を向けてごらんという思いを感じさせていただいてきました。私は、今もその思いを感じています。


 だから、私はこのように語ることができます。

私のこれからの転生の中で、私はさらにこのエネルギーを自分の中で見つめてまいります。


 苦しい、苦しい転生となりましょう。

しかし、私が今、感じている250年後の自分の来世、その来世に心を向けることが喜びだと、今、一方で伝わってきます。

間違って、間違い続けてきた私のすべてを、アルバートと出会う250年後に、私は自分で包み込む、

その優しい、優しい私の計画があります。嬉しいです。今、伝えていただきました。ありがとうございます。


 私は、はい、アルバートと出会います。はい、そして、もちろん、今、伝えてくださっているその人にも出会います。

ありがとうございます。 あなた達に出会えることを楽しみにしております。

 

塩川真太郎さん、私は今、その意識に思いを向け、心を語ってみたいと思います。

どうぞ、塩川真太郎さん、その意識、私の思いを聞いてください。

 

 今世、あなたは肉を持ち、私の父として私の目の前に現れてくれました。

私はあなたの肉を通し、様々な心、様々な思いを出させていただきました。

肉の母に出してきた思いとはまた別な意味で、私の心の中の、暗い、暗い部分をあなたの肉を通して、

見させていただきました。本当にありがとうございます。


そして、あなたは、今世、あなた自身の「病」と「死」という現象を通し、

私に色々勉強させてくださいました。本当にありがとうございます。


 今、私は、あなたの意識を心で感じ、受け止めることができるようになるまで成長させていただきました。

意識の世界の存在を心ではっきりと感じる私にならせていただきました。

あなたの意識に向けて、私の思いを語っています。どうぞ、私の思いを受けていってください。


 
 私は喜びです。田池留吉、アルバート、真実の波動の世界を心に受け、

我が道を一歩、一歩着実に歩んでいく幸せの中にあります。


あなたに思いを向けた時、あなたの意識の世界の暗さ、苦しさ、重さ、様々感じますが、

あなたもまた私と同じ、その心の中に母の温もりをしっかりと蘇らせ、本当の自分の姿に出会えたならば、

私が今あなたに伝えていることは、本当によく分っていただけると思います。


私は、これからも、あなたの意識の世界に思いを向けていきます。


私の心に感じ広がった思い、優しさ、温もり、あなたをふっと思うことにより、あなたに伝わっていくと確信しています。


どうぞ、心を母のほうに、優しい、優しい母の温もりを持つあなたを思い、

今、あなたの中で苦しみ喘いでいる自分自身を、どうぞ、これからの転生の中でひたすら見つめていってください。

 

 異語。

 

 私は、塩川真太郎の意識。ありがとうございます。心の中に伝わってくる優しさ、温もり、波動の世界。

私が心に広げることのなかったものを、感じさせていただいてきました。また、いただいています。嬉しいです。


 このように語らせていただけること、私はとても喜んでいます。心に届きます。

温かい優しい温もり、はい、少したった少しでも私の中に入ってくれば、私は、このようにして語ることができます。


 はい、私は今、重い、重い中にありますが、それもまた、私のこれから、自分を見つめていく中で、

この固い、固い殻を破っていけることを信じています。どうぞ、私のことをいつも思ってください。


 私は今、あなたに伝えます。ありがとう。私はあなたに伝えます。ありがとうの思いを伝えます。


お母さん、ありがとうございます。お母さん、ありがとうございます。お母さん、ありがとうございます。

 
ああ、私は温もりを求めてきました。温もりを求めて過去から、たくさんの転生を繰り返してきた意識でございます。


私は温もりを求めてきました。

温もりを忘れた私は、本当に今、苦しい中にありますが、温もりを求めてきた私を感じさせていただきました。


あなたが語られたように、私のこれからの転生にこの思い、この心を繋いでまいります。


ともに、ともに学ばせてください。ともに、ともに学ばせてください。


私に心を向けてください。私もまたそれに応えていきたいと思います。ありがとうございました。

 

■ 

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塩川香世さんの死後の世界

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

父の場合は、こちら側から呼びかけると反応します。

ふうっと温もりを感じて、自分が緩み一息つけるという状態です。呼びかけを喜びます。


しかし、自分で自分を思えません。自分が自分を思うと、苦しみが覆いかぶさってきます。つまりは、固まった状態です。


 私は自分の肉を離したあとを心で感じています。私は私を思えます。自分を思えるのです。

苦しさや暗さもくるが、それ以上に温もりがくる、私はそんな状態です。


温もりがくるということは、私は自分の中に温もりがあることを感じているということ、

そして、それは、田池留吉、アルバートの世界と通じているということです。


田池留吉、アルバートと言葉はないけれど、私の思いは、田池留吉、アルバートを呼んでいます。

呼べば、思えば、通じる状態にあります。


 だから、私は、肉のない状態であっても、決して固まることはなく、今、肉を持っているのと同じように、

苦しさや暗さに温もりを伝えていくことができる、つまりは自分を包んでいくことができる、

田池留吉、アルバートとの交信をしている、私は、自分の死後を、そう感じています。


 だから、自分の死後を思い、瞑想をすれば何とも言えない嬉しさを感じます。

思う、思えることが喜び、そのエネルギーが意識の世界に流れ仕事をしていくんだ、

ともに仕事をしていく、ということが心で感じられます。

 

肉を無くしたあと、田池留吉、アルバートと交信をするということは、

自分自身が温もりであるということを、心の中に感じているからこそできる。


私は温もりだから、温もりのほうに思いを向ける。

そのほうというのは、田池留吉、アルバート、母の温もり、母の安らぎの中にある私。それを私は、心に感じます。


 私は私を呼ぶ、私は私を思う。これまでの転生の中で、肉を捨てたあと、私が戻っていった世界とは全く違います。


今世の肉を持った学びを経て、私は、今、私を語っています。私の死後を語っています。全く違います。


これまでは肉を捨てたあと、私は私を思う間もなく、地獄の奥底に真ッ逆さまでした。

自分のエネルギーで私は身動きひとつ取れなかった。


暗黒の世界、暗黒の宇宙、その重い、重い、暗闇の寂しい中に私はあったことを感じてきました。


 ああしかし、今、私は、今世の肉を経て、自分の死後を感じています。


私は私を呼ぶことができる。私が私を呼べば、温もりの私が応えてくれる。


そうですよ、あなたは温もりですよ。そう伝わってくる思いを感じます。私はそちらのほうにどんどん思いを向けていきます。


ああこれが、私が今世肉を持って学びをしてきたひとつの結果だと言えます。

私は、今、死後の世界から語っています。私は、私を思えることがただただ嬉しいです。

■  

そうです、私は肉を無くしたあと、自分の心の中に感じる苦しさ、暗さをどんどん温もりのほうに向ける。

はい、また苦しさ、暗さを感じる。そして、それを温もりで包んでいく。そうやって、私は、私の意識の世界を動かしていきます。


はい、そうやって、私の意識の世界は動いていくんです。今、心に感じます。

 

 あっという間の地球時間でいう250年でしょうか、その時間が経っているのです。

はい、私は、ある時期に肉をいただきます。


はい、心に感じているように、私に肉をくださいと母に申し出ます。


母となる人に申し出ます。私に肉をください。

私はタイミングを見計らって、今、今、私に肉をくださいと、母に願い出るんです。

 

 私の意識の世界は流れています。自分を呼び、自分を思うことをしています。

暗さ、苦しさを自分の中の温もりで包みながら、私の意識の世界は流れています。そして、私は、自分に肉を持たせます。


はい、自分に肉を持たせる、その時の思いを、今、語ります。

 

 私は、今、肉をくださいと母に願い出ました。私に肉をください。

私はこの肉を持って、もう一度、形ある世界に自分を出していきたいんです。

そして、私は、形の世界から自分を徹底的に見つめます。


 そしてそのエネルギーを、私は、形の世界に噴射していく。このエネルギーこそ、喜びのエネルギー。

はい、そのエネルギーが形を持たなければ、この三次元は次元移行ができない。

私はそのような思いで、母に願い出ます。ああそうなんです。

私がこの次の肉を持つその思いは、三次元の中の形ある意識達に、

ともに次元移行をしていこうと呼びかけるために、私は肉を持ちます。すべて計画通りです。


 私のこの肉から噴射されるエネルギー。


はい、喜びのエネルギーを流していくために、私は、肉を持たない間、自分の中でしっかりと自分を見つめ、

苦しさ、哀しさ、辛さ、そういう暗い思いを、自分の中の温もりで、どんどんどんどん優しさに変えていきます。


そして、ある時期を見計らって、私に肉をくださいと母に申し出るんです。はい、そのすごい計画を、私の心は感じています。

 

私の死後を思いました。

 はい、私にはもう肉はありません。私は今、私を語ります。肉のない私は私を語れます。

私は肉がないけれど、このように語れる私があります。語るということは、私はここに存在していることを感じるからです。


私は私を感じることができます。そして、私が思うのは、私なんです。私は私を思います。

そうした時に、私の中に出てくる思い、感じる思いは、はい、寂しさがまずきます。

しかし、その寂しさを感じ始めたとき、それとともに、とても柔らかな思いを感じるんです。

柔らかな思いがその寂しさを大きく包んでくれます。はい、それはどちらも私なんです。

私は私をそうやって、語っていくんです。寂しいなあという思いと、柔らかな温かな私があるよという思い、私は私に語ります。


 そうしているうちに、ふと、私はまた自分を思います。


 もっと、もっと、苦しい思いが出てくるけれども、またその思いとともに、温かな思いも、ともに感じるんです。

私はそうやって、しばらく、ともに私を感じていきます。


 そして、私はこの心の中をもっと、もっと、見るようにしていたことを思い出します。たとえば、温もりを感じるとき、

これは私なんだ、ああこれが私なんだ、ふとそう思うと、嬉しい思いが広がっていくのを感じます。


嬉しい思いが広がっていけば、さらにその思いを思うのです。


また、その思いを思えば、さらに嬉しさが広がっていきます。


寂しいなあ、苦しいなあという思いが、小さく、小さくなっていくのを感じ、これは、私の中からみんな出てきたんだ、

ああ、こうして私は、自分を思えることが嬉しい。そのように自分の中で語っています。


 私は今、肉を持ちません。しかし、私はこのように語っています。


私は嬉しさを心に広げていきます。私はお母さんと呼んでみます。お母さんと呼んでごらん、そんな思いが伝わってくるからです。


それは私の中から伝わってくる優しさです。私はこの優しさを知っています。懐かしさを知っています。


 私は、そうなんです。ああ、ああ懐かしい。その思いを感じていきます。私はそして、田池留吉、アルバート、

その思いを心に感じていくんです。私はひとたび、その思いを心に感じていけば、もう私の中に広がってまいります。

田池留吉、アルバート、そう私は呼んでいたことを思い出します。

呼んでいました。心を向けなさい。心を向けていこう。そんな呼びかけを私はしてまいります。

 

 肉をなくしたあとの私が、今、私に語ってくれました。

私は今、自分の死後を思っています。死後の私を思っています。

 私は、自分の中に温もりがあったことを思い出します。温もりが私だったことを思い出しています。

初めは、寂しいなあとか苦しいなあとか、そんな思いが自分の中に広がっていくけれど、

私はその思いとともに自分の中の温もりを思い出していくんです。この温もりが私だったことを思い出していきます。

そうすると、私は、その温もりのほうにこの私を向けていきます。温もりの中にどんどんどんどん入っていくという感覚です。


はい、私の中に温もりが広がっていきます。温もりが私なんだ、私はそのように、今語っています。


 私はこの温もりが私なんだ、そう思い出した途端に嬉しくなっていきます。


お母さんが出てきます。お母さんが出てきます。


ああもちろん、懐かしい思いも出てきます。

田池留吉、アルバートと呼んでいた懐かしさ、その懐かしい思いが心に広がっていきます。


 私は、田池留吉、アルバートを心に呼んでいけることを今、伝えます。


心に呼んでいけるんです。心に呼べば、私の中に温もりが広がっていく。優しさ、喜びが広がっていく。


私は、この優しさと温もりの中で、自分を見つめていく嬉しさを感じています。

寂しい私も、苦しい私も、この温もりの私が私を包んでいく喜びを伝えてくれています。

今、私は肉を持たずに、自分を感じていける喜びを私に伝えています。

 

 肉のない私から私にメッセージがきます。


「もっと自分を信じなさい。」

 


 ■

私は、自分の死後を思います。死んだ私に、今思いを向けてみます。


死んだ私が語ります。

 私は、比較的早く自分が肉を離したことを知ります。心で感じます。


肉を離したあとの私。肉を離したということに恐怖の思いがあるか、不安の思いがあるか、そういうことをふと思いました。


しかし、私の中には恐怖も不安もない。ただ私はもう肉がない、そのことをはっきりと心に感じ、そうした瞬間、私の中に、

肉を持っていたときにまだしっかりと見れていなかった心の苦しさ、エネルギー、そういうものが私の中に上がってきます。


しかし、私は、知っているんです。私は自分の中に、本当の温もりがあったことを知りました。

どんなに私の心が苦しいと訴えてきても、私はその温もりを向けることができる。


温もりの自分を信じる思いが強い。いいえ、温もりが私だと私は私に伝えています。


 私は、心の中から思いを出していきます。温もりの私は、その思いをしっかりと見つめていきます。


 
 私は、今、肉を持っています。肉を持ちながら私は死後の私を思います。死後の私が私に語ってくれています。
 
 私は肉がなくても、今と同じように、心を向けることができるのです。心の向け先を知っているからです。

私は私を向けていきます。そうすれば、私の中から温もりが届きます。その温もりで私は私を思えばいいのです。


 「私は、今と同じ。私は温もりです。私は温もりです。」そのように死後の私が伝えてくれます。


 「私は温もり。心の中にある私に心を向けなさい。」そのようなメッセージを私は受けていきます。


 そのメッセージはとても優しくて穏やかな私を感じさせてくれるのです。

私はその思い通りに、温もりの私に心を向けていきます。

私のすることはただ温もりを思うだけ。

そうすれば、私の中がどんどん広がっていくのを感じるんです。


 その広がりの中からさらに聞こえてくるんです。私達の思いを聞いてくださいと。


 私は、どんどん思いを聞いていきます。温もりだから、心が広がっていくから、どんどん思いを聞いていけるんです。

苦しくもありません。ただ思いを聞いて受け入れていく。包んでいく。私はそれをやり続けます。


 そうして、私は、「温もりが私だと伝えてくれる声を信じていきなさい。

もっと、もっと信じていきなさい。」とメッセージを受けていきます。


 「広がりのあなた、温もりのあなた、ともにあることが喜びです。」私はそのようなメッセージを受けながら、存在しています。


 私は死んでもなお、メッセージを受けていける。今、私は自分の死後を語っています。


 田池留吉、アルバートのほうにしっかりと心を向けることができることを確認しています。

 

私は肉がなくても、セミナーができます。つまり、田池留吉、アルバートと学びます。

肉がなくても、田池留吉、アルバートとの対話をしていきます。

 

 私はあなた、あなたは私。このことが今よく分ります。ひとつ、ひとつだから、私は私を思い、私は温もりで私を包んでいける。

それが、田池留吉、アルバートとの交信。田池留吉、アルバートと心を通じ合わせていける。

肉がなくても私は私なんだ。私は、こうして自分を見続けるんですね。

 

 「そうです。あなたは今肉がありません。しかし、こうして私と対話できるでしょう。私はいつもあなたに語りかけています。

あなたにメッセージを送っています。いいえ、メッセージというよりも、もっとストレートなものです。今、私達には肉がありません。

それだけに、それは、心と心を通じ合わせていける、ストレートにそれを感じていける喜びでしょう。」

 

 ああ、私は私を思い、響いてくる思いにこの優しさと温もり、安らぎを伝えていけばいいんだ。

私はただそれをしていけばいいんです。

 

 「肉というものを持たずに、自分を感じ、自分を見つめ、自分を包んでいく、その作業が出来る。

だからあなたは肉を持たずに、あと一度の転生を待ちます。

あなたは肉を持たずに、今、今世でいう自己供養を進めています。


心の中にどんどん、語ってくる思い、暗い波動、苦しい波動、

救ってください、助けてください、教えてくださいという思い、その思いをどんどん聞いて受け入れてください。

恐怖はないでしょう。不安もないでしょう。苦痛でもないでしょう。

ただただ喜びで受け入れていけるあなたです。そのあなたを、私は感じています。


どうぞ、私を感じ、あなたを感じ、その思いをどんどん受け入れていってください。

肉のない間、それをやるのがあなたの仕事です。」

 

 田池留吉、アルバート、私はよく分ります。

今、私は肉がないけれども、私の中の温もり、優しさ、広がり、私を私が包んでいける喜びを感じています。

肉がなくても、私はこの作業をやり続けていくことができる。


田池留吉、アルバートのほうに心を向け、どんどん私は私を受け入れていくことができることが喜びだと伝えてくれる。


はい、そんな私を感じています。ああ、こうやって、私は肉のない間、自分を受け入れていくことをしていくんですね。

このエネルギーが、意識の世界へ流れていくことを私は感じます。

 

 「そうです。私を思い、あなたの中の思いを聞いていく。私からまたメッセージがきて、あなたの中の温もりが増していく。

私達はひとつです。私達はあなたの中で、このメッセージを送っています。


あなたの中の温もり、その温もりですべてを包んでいくことができる。

あなたは広い、広い、どこまでも広がっていく存在。それが私、それがあなた。私達はひとつです。」

 

 私はこのようにして、田池留吉、アルバートとの交信をしていきます。

自分の中の温かさ、広さ、温もり、そんな私とともに存在していける喜びを心に広げていきます。

それが私の死後の世界です。

死後の世界は特別な世界ではなかった。

今、私は肉のない私を感じています。


ずっと、どこまでも続いていく中にただ私があり、その私が自分を思い出し、

自分に思いを向け、喜びと安らぎを広げていけることができる、それを確信できればそれが私の喜びなんです。

肉があってもなくても、私の喜びは、変わりはなかったんです。今、私はそう感じています。

 

■ 

私は私を思えること、それが喜びです。

肉があるときはもちろん、肉がなくても、私は私を思える

私が私を思えば、私の中は広がっていきます。


私は自分を知っているからです。温もりの自分を信じているからです。


温もりの私が私だと、この心の中にしっかりと感じているからです。


私が私を思える、その喜びを、今、心に感じています。


 田池留吉、アルバートと呼べば、私は私に応えてくれます。


柔らかな波動の中に生きている私を感じることができます。


この柔らかな波動の中で、私は私を語っていけばいいだけです。私には何もありません。

ただ安らぎの世界が広がっていきます。こうして、私が私を語り、私が私を思える、その喜びが広がっていきます。


 私の死後の世界は、

もちろん、自分のエネルギー、過去に培ってきたエネルギーが、ともに心に上がってくるけれども、

それ以上に、今世、私が心に広げてきた優しさ、温もり、喜び、本当にすごい意識の世界が広がっていきます。

それが私。それが私の世界です。


 私は私の世界で、私を充分に感じていきます。最後の転生まで、私は私を充分に感じていけます。

それが私の現段階です。


 今、私は私を語っています。はい、嬉しいです。この現実をしっかりと受け止め、さらなる勉強を進めてまいります。
 

(アルバートのメッセージ)

 

田池留吉の死後、あなたは肉を持ちながら、田池留吉の世界と交信します。

そして、あなたの肉を離したあと、あなたはしばらくの間は、その肉の思いを心に感じますが、それはほんのしばらくです。


やがて、あなたは、肉がなくても、田池留吉、アルバートの世界と交信していけることを感じます。


そのことを、どうぞ、今、しっかりと自分の心を見つめ、瞑想をする中で感じていってください。


それがあなたの今世の勉強の成果です。

田池留吉、アルバートの世界を100%信じ受けていった結果です。


 呼べば応えます。

あなたの肉があってもなくても、あなたが呼べば、あなたは私達と繋がっていることを知ります。

私達は、対話することができるんです。なぜならば、私達はひとつだからです。


 ただ、肉のあなたはそれを、今、どの程度、信じられるかです。


死後のあなたがあなたにメッセージを出したように、あなたはもっと、自分を信じなさい


どうぞ、その試みをこれからやっていってください。


あなたは、肉を離したあと、田池留吉、アルバートの世界と交信していくようになっています。

そのことを今、伝えておきます。


 はい、しっかりと心を見つめていってください。

田池留吉、アルバートの世界と交信していくあなたです。

その思いを心に感じていってください。どうぞ、私達と心を合わせ、対話をしていくその試みをなさってください。


あなたの肉はなくても、あなたはそこに存在している、

それは、あなた自身、今、心で感じておられると思います。

どうぞ、そのまま、あなたは田池留吉、アルバートの世界と交信していく、そのことをやっていってください。


 私(塩川香世)の死後の世界より私に語ってくれました。


 

 今世、肉を持って学ぶ私の学びのハードルの設定は高い。私の思いを感じるほどに、肉はそう思うことだろう。

しかし、それほど、今世の時間は大切な時間だということだ。


 私の今の肉は何のためにあるのか。


 私をしっかりと知り、肉のない後もしっかりと自分を見つめていけるようにその肉がある。

肉は可能な限り、私の思いに沿って存在していくように。肉はボヤボヤしないで。


しかし、肉はいつも通りゆったりと過ごせばいい。

身体をゆっくりと休めて、しかし、心の針はいつも、田池留吉、アルバート。

私は肉にはそれだけを求めている

 

 肉があれば、食べなくてはならない。寝なければならない。それをしなければ肉は維持できない。

しかし、意識だけであれば、そんな必要はない。寝ても覚めても自分だけがある。自分を見つめて、感じていくだけ。

そして、それができることが喜び。四六時中、自分を見つめて、感じていける。こんな喜びはない。


 
 肉を持っている間、肉だけに生きている人達は、自分の現実を知らない。

自分が死んだということにもなかなか気付けない。

死んだのかなと思った瞬間、自分の現実が覆いかぶさってくる。間違いなく覆いかぶさってくる。

そして、それが自分だなんて分かるはずがない。

固まっていくというよりも、自分で自分を閉じ込めてしまう。そして、固まる以外に仕方がない


 肉を持っている間に、自分を供養していなければ、死んでできるはずはない。


 
 今、田池留吉のもとで自分の現実を知ることがどれだけの喜びなのか。


 それぞれが肉を離せば分かるかもしれない。いいや分からない確率のほうが高いだろう。


 
 死んでこの世に帰ってきた者はいない。それがこの世の常識。しかし、私は今、確かに語っている。

この世もあの世もないことを私は私に証明している。あるのは今、今の一点。今を生きることが私の喜び。

私は、今というチャンスをどんどん自分に活かしていく。それが私の喜びだからだ。


■ 

死後の学び セミナー

 

 はい、田池留吉、アルバート。

心の針を少しでもずらせば、私の中に、暗黒の世界が広がり、私はそのエネルギーに飲み込まれていくような気がします。

それは肉を持っているときよりも、はるかに、はるかに厳しい世界です。心の針を向ける厳しさを、今、感じます。

 

 はい、意識だけになったとき、そうですよ。

肉を伴いながら、田池留吉、アルバートに心を向けるその向け方と、意識だけになったときの向け方、格段の違いがあります。


絶えず、田池留吉、アルバートに心の針を向けていく。意識だけになった世界は、それがとても厳しいです。


 はい、その学習を、今、あなたはなさっています。貴重な学習です。


肉を持って呼ぶ田池留吉、アルバートの世界。肉がなく呼ぶ田池留吉、アルバートの世界。

心の針の合わせ方、その厳しさを今、感じていただいています。

 

 瞑想を終えて


 私のテーマは愛と死でした。今、まさに、その愛と死を自分の中でさらに解明できる展開となっています。


私の勉強はそうなってきています。

自分が自分に予定してきた勉強のコース、気付けばそのルートにしっかりと乗っていることを感じます。


肉を持って学べる時間、本当にありがたいです。


学びに集中できる自分の肉体、環境、すべてがありがたいです。


ひたすら、私は私を見つめていくだけです。

色々と自分に試しながら、工夫しながら、楽しみながら、喜びながら、

肉の人生の時間を使っていけることが、何よりの幸せです。

死後の学び セミナー 2

 

 田池留吉、アルバート。私は、今、自分の意識の世界を感じています。

はい、すうっと思いを向けていったとき、私が過去から使ってきた思いが、次から次へと出てくるのが分かります。


暗い思い、苦しい思い、悲しい思い、辛い思い、責め裁きの思い、

我一番の思い、支配する思い、ありとあらゆる心を使ってきた自分が走馬灯のように流れていきます。


しかし、私は、それをじっと見て感じることができるんです。


私の中は穏やかに流れていきます。ああ、本当にこんなことがあるんですね。


私は私を、静かな穏やかな中で、見つめられるんです。


はい、見つめながら、私はそのエネルギーによって、自分を見失うことはない。

こうやって、静かに自分が培ってきたエネルギーをストレートに感じながら流していける。

流しながら、私は苦しいどころか、嬉しい思いが広がっていく。優しい思いが広がっていく。


田池留吉、アルバート。私はこうして、自分を包んでいっているんですね。


何だか、これが、今度、私が肉を持つまでの間に自分に準備していること、そんな感じがします。

 

 はい、あなたの中には、しっかりとした信があるからです。

温もりが自分だと、温もりの自分とともにあることを感じているからです。


田池留吉、アルバートの波動の中に生きていることをあなたは感じながら、

そう、感じながら、あなたがずっと広げてきた暗い、暗い真っ黒な世界を見つめることができる。


それが肉を無くして、あなたが、今、していることです。

 


自分を自分で包んでいく喜び。穏やかな中で優しい自分に変えていく喜び。それを感じていると思います。

 肉を持たない間も、こんなに穏やかに嬉しいんですね。自分を知ることが本当に大切だった。

自分の中の優しさ、温もりを知ることが、本当に大切なことだ、今、心に感じます。


 
 あなたは、ただ自分の中の優しさ、温もり信じ、

その思いで、自分をしっかりと見つめていけばいいだけです。


 そのエネルギーが仕事をします。

大きく、大きくすべての間違ってきたエネルギーを、もとあるエネルギーに変えていけるのです。

 

 

ただ温もりの自分をしっかりと見つめていけばいいだけだったんです。


 田池留吉、アルバート、はい、どんどんどんどん際限なく、私の中に次から次へと押し寄せてくる感じです。

しかし、私は、恐怖も不安も何もない。ただただ、どんどんどんどん吸収していける自分を感じます。


 はい、吸収していけるんです。どんどんどんどん吸収していける。


 今、私は、そんな自分を感じています。これが心が広がっていくということでしょうか。


 
 意識の世界のすごさを感じていると思います。ただ思うだけです。


 心の針をしっかりと向け、ただ思うだけです。意識の世界の広がりはすごいんです。

すごいパワーが流れていきます。吸収していけばいくほど、それが喜びのエネルギーへと変わっていくのです。

そのことを私は肉を持って伝えてきました。
 
 意識の世界は広大です。広くなれば広くなるほど、どんどんどんどん、迫ってきます。はい、すごい勢いで迫ってきます。


 ああだけど、私は、そのエネルギーに押しつぶされるのではなく、

私の中にどんどんどんどん吸収していく、私の中に吸い込まれていく。

それが私の中で、温かな思いに変わっていく。これが意識の世界。今、そんなことを感じています。
 
 
 瞑想を終えて


 今、自分の死後の私、つまり肉がない状態で、どう存在しているのか私は自分の意識の世界に思いを向けています。


 死んだらどうなる、どんな状態か。あなたは果たして田池留吉、アルバートを呼べるでしょうか。

つまり自分を本当に心から呼べるでしょうか。自分に思いを向けられるでしょうか。


 肉があるときに向けられても、肉がなくなれば向けられないということでは、と思います。

(アルバート)

どうでしょうか。今、肉を持ちながら、ご自身の死後の状態を心で感じるということを少しされて、

どうでしょうか。今、どのような思いを感じていますか。


 死後の自分の状態を、今、肉を持っている間に知ることにより、

この学びが、本当に現実的な学びとして、あなたの中に伝わっていると思います。

肉を離したあと、自分の状態がどのような状態であるのか、

今、感じていけば、どうでしょうか、あなたの死に対する思いは変わってきたのではないでしょうか。


 そうですね。いったい肉とは如何なるものなのかということだと思います。

しかし、今というときに、肉を持ってしか、私との出会いはありませんでした。

だから、あなたはその肉を持ち、田池留吉と出会い、学びを自分の中で進めていく計画を立てたのです。


 心の針を向けるだけでいいんです。

私の肉があってもなくても心の針を向ける、向けることかできる、

あなたの肉があってもなくても心の針を向ける、向けることができる、ただそれだけです。

それを、今世の肉を通して、あなたは学んだのです。

 

 はい、嬉しいです。私は自分の肉がない状態を心に感じました。温もりの自分とともにありました。

優しい私、広がりの私を感じました。ありがとうの思いが広がっていくのが分かりました。


もちろん、肉体細胞を思うときも、私は、自分にありがとうが出てきます。


 田池留吉、アルバート、本当の私に、心の針を合わせる、合わすことができる、それが私の現実。

瞑想は楽しい。瞑想は自分の状態を知ることができて嬉しい。幸せな私を感じるから、ただありがとうだけです。

 

 はい、あなたは瞑想をして、自分の死後を語りました。

今一度、自分の死後の世界を思ってみてください。


心の中に、田池留吉、アルバートを呼べるあなたです。どうぞ、しっかりと心で感じてみてください。


 私の意識の世界は、まだこの自分の世界を把握していないほど、私はすごいエネルギーを持っています。


しかし、私の中に、田池留吉、アルバートを呼んでいける私を確認しています。

田池留吉、アルバート、すなわち私の中の温もりです。


私は、田池留吉、アルバートを呼んでいける。はい、自分にそのように語ってきました。

自分の意識の世界を感じ、そのように語ってきました。


ああ間違いなく、私は田池留吉、アルバートを呼んでいける。

呼んでいけるからこそ、私は、次元移行へと突き進んでいける意識なんです。


肉を持たずに、私は田池留吉、アルバートとともに存在している時間を過ごします。

はい、その時間が私を大きく育てます。そして、再び、最後の肉を持ちます。

その肉により、私達は次元移行へ突進していく、その計画を私の意識の世界は立てました。


意識の流れが私。私の中で意識の流れがはっきりと示しています。

 

 田池留吉、アルバート、肉を持たずに、田池留吉、アルバートを呼べるか。


はい、呼べます。私はそのように答えます。

すごいエネルギーを持ってきたけれど、田池留吉、アルバートと呼ぶ私は、自分の中の温もりをしっかりと信じています。

その温もりで、自分のエネルギーを包んでいける。私は、先日瞑想をする中で、自分を語りました。


間違いなく、私は、田池留吉、アルバートを呼んでいける。


はい、私は呼んでいけます。心の中に、田池留吉、アルバートがしっかりと息づいていることを感じています。

 

 

肉を持たないほうが、自分をストレートに見て感じていくことができる。

ブラックをドーンと感じても、それ以上に温もりをドーンと感じる。

そして、その温もりでどんどんブラックを包んでいく、受け入れていく。

それが肉を持っていないから、ストレートにしかも効率よく進めていくことができる。


来世の肉を持つまでの間、私は、こうして存在しています。


私の中の温もり、つまり、田池留吉、アルバートの波動とともに私は存在していけることを確認しています。

そのように私の意識の世界の学びを、今世の肉を持つことにより進めてきたと言えます。


肉を持って自分を知る学びから、肉を持たずとも自分を知っていく学びへと、

意識の世界の進化を感じます。


 次元移行まであと一度の転生を残すのみとして、今世の肉を自分に用意した私の思いを、

これからはさらに、本当に大切にしていこうと思っています。

意識の世界を知れば知るほど、その思いが強くなります。


 肉を持ってきた今世、肉を持ってくる来世、

肉は、ともに次元移行のためにのみあったことを、私の意識の世界は伝えてきます。


田池留吉、アルバートと生きる意識、今世、肉を持ちながらその確認ができて本当によかったと伝えてきます。

 

あなたの肉は、今はもうないんですよ。しかし、あなたは語れます。はい、あなたは語れます。

 

私の肉はない。私の肉はもうありません。私はもう肉はありません。

 

肉はない私に思いを向けます。


はい、私は尋ねます。あなたは寂しいですか。肉がなくなれば、あなたの中にはどんな思いが上がってきますか。

 

はい、私の中に、色々な思いが出てきます。私はたくさんの思いを抱えていることを感じます。

私はこの思いとともにあることを感じるんです。しかし、それがとても嬉しいんです。

なぜならば私は私を知りたかったからです。はい、肉を持っているとき、私は私を感じてきました。

しかし、私は肉を持っていない今のほうが、自分をもっと、もっと感じることができることに喜びを感じています。

私を感じていけばいくほど、その中から、私に温もりを伝えてくれる私を感じるからです。


私は、田池留吉を心で知っていると伝わってきます。だから、私は温もりのほうに心を向けられるんです。


自分を知っていけばいくほど、温もりの私と出会っていける。私にはそれが喜びなんです。嬉しいんです。

 

はい、肉を離せば、自分のエネルギーが覆いかぶさってくるのでないですか。どんな状態でしょうか。

 

はい、確かに肉がないと分かった瞬間に、私の中にすごいエネルギーの渦を感じます。

肉を持っていたときとは比べることができないほどのエネルギーを感じます。

はい、しかし、そのエネルギーはもはや、私の中では苦しみでも恐怖でも不安でも何でもありません。


ただ私はそのエネルギーを感じているだけです。

そのエネルギーから伝わってくる思いを、私は自分の中に吸収できるんです。どんどん吸収していく私が今あります。

 

その吸収しているエネルギーは、はい、どのような感じでしょうか。

 

はい、そのエネルギーのほうに思いを向けたとき、私の中に優しい、優しい温もりが届けられます。

お母さんと呼んでいた温かな優しい柔らかな世界。そのエネルギーで私は私をどんどん吸収していくのが分かります。

私は心の中に、お母さんを呼んでいます。

はい、田池留吉、アルバートという思いも片時も忘れはしません。

なぜならば、私は田池留吉、アルバートとひとつだからです。

はい、すごいエネルギーを感じても、私の中には、苦しみも迷いも、寂しさも恐怖も不安も何もない。

ただただこのエネルギーを私は感じ、それを包んでいける私を感じ、喜びが大きくなっていく。私が広がっていくのを感じます。

 

はい、では、私の肉のない状態は、今、私がこのように感じている世界とほぼ同じなんですね。

 

はい、そうです。しかし、ブラックも喜びも、もっと強烈にストレートに響いてきます。だから、私は私に伝えています。


肉を持っている間に、ただただしっかりと心を向ける瞑想をなさってください。

 

■106 

死後の私より。

 

 お母さんと呼んで自分を見つめるこの空間に私があったことは、今の今まで一度もありませんでした。

しかし、私は確かにお母さんと呼んでいます。


お母さん、お母さんと呼んでいます。お母さんを呼ぶたびに、私の心に温かいものが流れてきます。

はい、田池留吉、アルバート、その思いが心に感じられる。


こんな私が今存在しています。この肉を離した後、私はその世界を今感じています。

不思議でなりません。こんな私が今ここにあるんです。


 私の中に温かい優しい思いがただただ静かに、静かに流れていくんです。私は私を見つめることができる。

こんなにゆったりとした思いで私は私を見つめることができる。ああ私は今そんな自分を感じています。


そして、今度肉を持ってくる私に、私はメッセッジを送っています。


どうぞ、私の思いをしっかりと思い出してください。そんなメッセージを来世の肉に向けて発しています。


肉を持つとき、離すとき、そして再び肉を持つとき、それらは点に過ぎません。

私の中は常に、常に、連続してあるんです。私は途切れることなく流れています。

肉を持つ準備をしています。来世の肉を持つ準備を、私は今、しています。


 ■107 

死後の私より。

 

 はい、私は確かにエネルギーの渦の中にいます。しかし、何も不安も恐怖も何もないということを、私は、語りました。本当です。

私の中に凄まじいエネルギーを感じるのに、私は不安も恐怖も何もないんです。ただ静かに流れている私があります。


私の中に、その静かな中から温もりが突き上がってくるんです。温もりが突き上がってくる。嬉しい、喜びが突き上がってくる。

はい、本当に私は、温もりの自分で凄まじいエネルギーをしっかりと包んでいけることを確認しています

 

 心を向けてみました。たびたび心を向けてみました。

この肉をなくした後の私の意識の世界、私がどのような状態であるか、心を向けてみました。

やはり、私はこのエネルギーに押し潰されることもなく、飲み込まれることもなく、ただそれが嬉しい。

私が嬉しい、その私が嬉しい、ただそのよう返ってきます。


私は、自分の中の思いを聞いています。温もりの私をしっかりと広げている私があります。

 

 この思いを今、肉を持っている私に伝えています。

あなたが今、心を向ければ向けるほど、私の中は広がっていくのです。

私は、ただただ前を向いて、これからの時を見つめて存在していくだけだと肉に伝えています。

 

 この肉に伝わってくる思いです。


はい、私には、大きな仕事があると伝わってくるんです。次元移行は私の大きな仕事です。喜びを伝えていく仕事です。

私は今世、そのために肉を持ってきたし、来世、そのために肉を持ってくると伝わってきます。

 

 はい、私は、250年後に肉を持ち、そして、その肉を持ちながら、

次元移行の仕事をし、再び肉を離した世界から、今語っています。


私は喜びの自分を感じています。次元移行後の自分をしっかりと心に感じられる私があります。

今、私は私のこの肉に、次元移行を果たした後の私をしっかりと思いなさい、

そして、その方向に思いを向けて、瞑想をする時間を持ってくださいと私は私に伝えます。


心の中に喜びが大きくなっていきます。次元移行を果たす喜びです。

次元移行は、あなたの本当の喜びを心にしっかりと感じるその瞬間です。


もうすでに次元移行は始まっていることを感じているでしょう。

そうです。次元移行はすでに始まっています。

250年後に始まるのではなく、もうすでに次元移行は始まっています。

だからあなたの中の喜びは大きくなっていきます。

次元移行を果たした意識達がどんどんどんどん伝えてくるからです。そしてまだまだ暗黒の世界もどんどん伝えてきます。

その意識の流れ、その流れをしっかりと心に感じられるあなたです。

瞑想をする時間は楽しいでしょう。瞑想をする時間は、自分をしっかりと感じる時間だからです。

次元移行はもうすでに始まり、次元移行はもうすでに果たしています。

その流れをしっかりと心の中に感じられる喜びを味わってください。

 

 UFOを呼んでごらんなさい。

 私の心の中の広がりを感じます。UFO達により、私の心はどんどんどんどん広がっていきます。

UFOは私の心を広げてくれます。懐かしい思いとともに、私の心がどんどん広がっていきます。

UFOは私の仲間。UFOは私自身。UFOを思うことが嬉しい、嬉しい、嬉しい。

 

 UFOです。

はい、あなたの肉を離したあと、私達とともに存在します。私達はあなたと交信します。この喜びを伝えたい。


はい、私達は喜び、喜びの、喜びのUFOです。凄まじいエネルギーを心に蓄えてきたUFO達に伝えます。

温かい温もり、優しい、優しい温もりのUFO達を心の中に伝えています。


肉を離して喜びが溢れてくる。それは私達UFOと交信するからです。私達UFOは、田池留吉、アルバートと通じています。

その世界は、母なる宇宙と通じています。どんどんどんどんUFOが語ってきます。UFOが伝えてくれます。

優しい、優しい温もりを伝えてくれます。温もりをしっかりと見つめていってください。

はい、あなたの心の中に温もりをしっかりと見つめていってください。

肉を離しても、あなたは喜び、喜び、喜び、そのように伝えています。

******今の肉を置いてから(死後の私)*****

肉のない私は、私をただひたすら見つめていく時間を用意しています。

250年後の肉を持つまでの間、私は、肉を持たず、ただひたすら自分を見つめる時間を用意しています。

思えば通じる世界、田池留吉、アルバーを呼んで、私はただひたすら私の中を見つめています。


心にどんどん通信してくる宇宙達とともに、私は存在しています。

その意識達は、私の中にどんどんどんどん伝えてくれます。本当に苦しかった。待っていたこの時を。

どれだけ待っていたかを切実に伝えてくる意識達を、私は心で受け入れ、ひたすら、肉を持つその時を待ちます。


私の中は、ただひたすらこの意識達とともに、はい、私の中の温もりを心に広げていきます。

その時間が私には必要です。肉を持たず、私は私の中をただひたすら見つめていく。

それは250年後の肉を持ち、次元移行という意識の流れを確実に、着実に、効率よく進めていくためです。


宇宙からたくさんの意識達がやってきます。


今ももちろん、私の心はその意識達の思いを受けています。そして、私はその意識達とともに、250年後の肉を持つんです。

苦しかった。哀しかった。辛かった。闘いと苦しみの中でどれだけ自らを落とし込めてきた意識達であったか。

その意識達が心の中に、ひたすら温もりを思い出していこう、温もりの自分達を蘇らせようと、必死で訴えてきます。

私は肉を持たず、その意識達にどんどん思いを伝えます。


250年後の肉を持つまでの間、私は私の中で、ただひたすら学んでまいります。

田池留吉、アルバート、温もりとともに歩んでいきます。

私はそれが嬉しくて、嬉しくてたまりません。今世の肉を通し、私の意識の世界を、ようやくそこへこぎ着けました。

心から、ありがとうが、出てきます。


田池留吉、アルバートの波動に目覚めた意識。その意識の喜びをこれからこの心の中で、たくさん、たくさん繋いでいきます。

肉という覆いがない分、効率がいいんです。

だから、喜びは倍増します。喜びのエネルギーは倍増していきます。

となれば形の世界はどうなっていくのか、その時間が地球時間でいう250年です。

 


はい、私には、その喜びが待っています。

だから、肉を持っている今は、私はただひたすら、田池留吉、アルバートを思い、

自分の中の温もりを思い、瞑想をする時間を持っていくだけです。

すべては次元移行という計画の中です。そして、それが私の喜び、それだけが私のなすべき仕事なんです。


肉を持つ、肉を持たないにかかわらず、私は、田池留吉、アルバートを心に呼びます。

私の中に伝わってくる波動の世界。その波動を私の心はストレートに受けていくでしょう。

 


 「私は温もり。私は田池留吉、アルバートとひとつ。」


本当に意識の世界において、その確立が出来ていなければ、肉を外した途端に、自分の中のエネルギーに飲み込まれ、

押し潰され、大変な状態です。死後の自分の状態を心で感じてください。


「私は温もり。私は田池留吉、アルバートとひとつ。」


その確信があってこそ、自分を本当に見つめることができるんです。

静かに、自分のエネルギーに飲み込まれることなく、押し潰されることなく、

ただ自分を自分の中の温もりで、ひとつという喜びで包んでいくことができるんです。


そうでなければ、田池留吉、アルバートなど呼べるはずはありません。


お母さんなんて呼べるはずがないんです。死後の状態、つまり意識だけになったとき、そんな余裕はありません。


瞬間的に自分の中は、ブラックのエネルギーで覆い尽くされていきます。


ただただ恐怖なんです。不安ですよ。いいえ、恐怖も不安も感じている暇はないかもしれません。


一瞬のうちに自分の中のエネルギーに飲み込まれ、押し潰され、そんな状態だと思います。


「私は温もり。私は田池留吉、アルバートとひとつ。」


これは頭ではないんです。意識の世界、その確信、それを心で確信すること、そうして初めて自分を自分で包んでいけるんです。

 

私は、自分の死後を思い、瞑想をして自分の状態を感じ、今、私はその中から語っています。

私は心を田池留吉、アルバートに向けることができます。

肉を外しても、田池留吉、アルバートを呼ぶことができます。意識の私はそうできるんです。

だから、私は肉を外した後、自分が死んだんだと感じたその瞬間から、私は私を包んでいけます。

温もりで、喜びで包んでいく、その喜びを心に広げられると私は語っています。


徐々にお母さん、ありがとう。私は温もりです。そんな悠長な場合ではありません。

肉を外した後、そのエネルギーの勢いは、そんな悠長なものではありません。

一瞬のうちに自分をその中に落とし込めていく。そのエネルギーに飲み込まれていく。

その凄まじさを、やはり、今、肉を持って瞑想をする中で、感じていかなければならないでしょう。私はそう思います。

私は自分を思い瞑想できるなんて、本当に幸せです。自分に思いを向ければ、滾々と温もりが湧き上がってきます。

 

死後の世界から私が語ります。

 私はとても大きな中に存在していることを感じます。私は大きな中にあるんです。広い中にあります。私は狭くはありません。

窮屈なことはありません。ただ広がっているんです。その中で私を思うとき、ただただ嬉しい思い、安らぎが上がってきます。

静かな広がりの中で、私の心には穏やかな思いが上がってきます。

懐かしい思い、嬉しい思い、優しい思い、私の中が広がっていくのを感じます。


私は何もありません。何もないけれどあるんです。私があるんです。私はこの中にあります。確かに私はこの中にあります。

私の中が広がっていくのが分かります。穏やかに優しく、優しく広がっていく私。

私はそのようにして存在していることを感じています。


お母さんの思いが伝わってきます。温もりです。優しさです。

田池留吉、アルバートの思いです。私です。優しいお母さんの思いが広がっていきます。何もない。

しかし、私は何もないけれど私はあるんです。この広がり、優しさ、温もりとともにあることを今感じています。

温もりが広がっていく。優しさが広がっていく。どこまでも広がっていく。穏やかな中に私は存在しています。

 

 お母さん、私はこの心を持ってこれからもずっと存在していきます。お母さん、ありがとうございます。

お母さん、ありがとう、私の中に喜びが広がっていきます。

 

死後の私が今語っています。お母さん、ありがとう、ありがとう。

心からありがとう。ありがとうしかない世界だったんですね。お母さん、ありがとう。私はそのように語っています。

 

私の中の大きな、大きな喜び、温かい温もり。すべてが私の中にありました。ああお母さん。

私はこうしてお母さんを思っていればいいんです。優しい温かい思いを思っていればいい。


意識だけの私になったとき、どんどん優しさが伝わってきます。優しい、優しい私が伝わってきます。

ああ私は優しい。意識の私は優しいです。お母さんの思いが響いてきます。温もりが響いてきます。


私はなぜここに肉を持っているのか、私の中では明白です。


私の思いが、本当の私自身が響いてくるからです。今世より以前の肉を持ってきた思いとは全く違います。180度違います。

来世の肉は、今世以上に本当の私自身の思いを前面に出していきます。

私は、自分の中で明らかになってきたように、自分の死後、つまり今の肉を置いて、

250年後の最終の肉を持つまでの間、ひたすらに勉強を続けます。


自分の中にどんどん進んでいき、私は、ひたすら、300年後の次元移行へ向けて学び続けます。

そして、最終の肉を持ち、私の中からのメッセージを、肉を通して伝えていく計画です。


 人としての生き死に、肉の人生を軽んじることではありませんが、私の中ではすでに、もう人間は意識、

意識の世界が私、そういう方向に私自身がどんどん進化していっているのだと感じます。


もちろん、一人の人間としての喜びとか幸せは、今世の肉を通して、そして、250年後の肉を通して、私は堪能します。


しかし、それは私の世界からすれば、ほんの微々たるものでしかありません。意識の世界の私の喜びを私は感じ始めています。

それが、今世という時間と空間の中での田池留吉、アルバートの真実の波動の世界との出会いでした。


厳然と流れる真実の波動の世界。

出会いから目覚め、進化へ自分をいざなっていく喜びを、私の心はひしひしと感じています。


 122 

死後の私より。

まさにアルバートとともに、肉も意識もひとつ。その中で私はともに歩んでいる姿がくっきりと心に浮かびます。

ああ私の来世の肉、その意識の世界、心の中にくっきりと浮かんできます。

今、私はその思いを感じています。私の中の喜びを感じています。

アルバートとともに歩いていく、まさにその通りです。

アルバート、私はあなたとともに、ともに歩いていく幸せを感じています。

 

 「はい、私達はこの波動と出会うために、今、肉を持っているんですよ。

どうぞ、心を広げてこの波動の世界を感じていってください。」


私はそのように伝えています。


はい、250年後の肉の私は、そのように伝えているんです。肉を持ち、私は喜びを伝え続けます。


「真実の世界はこうですよ。私達はこれから、この次元を超えていくんですよ。もっと、もっと真実を知っていきましょう。」


私はその呼びかけをどんどんしていきます。


心から溢れるばかりを喜びの思い。嬉しさ、喜びは尽きることなく、私のこの身体全体から流れてまいります。

私は喜びのエネルギーそのもの。私は喜びを伝えていけることを感じます。

 

肉を持たない今、私は250年後の肉を思い浮かべています。

肉を持たない私が250年後の肉を心に描きながら、ああ私はこのようにして、その時間、肉の時間を過ごしていくんだと。

常に、常にアルバートとともにあることを喜びとしている私があります。肉を外して、私は自分の中をどんどん見つめていきます。

250年、300年の時に備えて、私は私の中をどんどん進化してまいります。


 心から湧き起こる喜び、温もりとともに私は自分の道を歩いている、そのことを喜んでいます。

私は淡々と自分の道を歩いています。田池留吉、アルバートを思い瞑想をする毎日です。

私は、自分の生活のリズムの中で、自分を見つめ、自分の喜びを感じ、自分の温もりを感じ、私の世界を広げています。


田池留吉、アルバートとの出会いを私は、本当に大切にしました。


今世の私は、この肉を持って、本当に喜びの時間を過ごさせていただいています。

私は、学びに忠実に、ずっと、ずっと忠実にきました。自分の心からの思いとともに忠実にやってきました。

怠慢などという思いは私の中にはありません。自分に対してそういう言葉は全く出てきません。


私は、この学びに出会うというか、田池留吉、アルバートの波動と出会うために、

今世肉を持ってきたことを初めから感じていました。


ただ、この学びに集うまでは、過去の私が前面に出てきて、肉を本物として苦しみ喘ぎ続けてきました。

しかし、苦しみ喘ぎ続けてきた中でも、私はなぜ、自分の心がこんなに苦しいのだろうかと、絶えず自分に問いかけてきました。

それが学びに集う前の私でした。私の心でした。


そして、その心ということも、私は、段々に学びを進めていくうちに、

意識の世界を感じ始めるうちに、心というものを私は、一歩、一歩前に進めてきました。


これからも、そして永遠に続いていく私の時間の中で、私の中は進化していきます。

そのことを、今世を境にして感じ始めたということは、私の中の大きな歴史の一点です。

ただ、私はそれを喜んで、喜んでいるだけです。

 

 田池留吉、アルバートに心を向けたとき、本当に喜びの私を感じます。

死後の世界は特別な世界ではなかったことを、私は私に伝えてきます。


死後の世界は喜びです。

温もりの私が私を包んでいく、それが死後の世界、肉を外した時間。

そして、私はその時間を自分の中で堪能していきます。

私は喜びです。私は温もりです。心の中からそのように上がってきます。

 

 決して消え去ることのない私というものを心で感じる喜び、幸せは言葉では言い表すことはできません。


これからの私自身を感じるとき、これからの私自身に思いを馳せるとき、ただただ喜びが湧き上がってきます。


本当に幸せだなあと思います。


幸せを感じるのに、喜びを感じるのに、温もりを感じるのに、何も要らなかった。

私はみんな、みんな持っていました。それが私自身でした。


だから、私は、ただただ瞑想をして、幸せな時間をいただいていきます。


私を信じることが喜びでした。自分を信じることが喜びでした。


田池留吉、ありがとう。田池留吉、ありがとう。


私は田池留吉、アルバートの波動を心に感じ、ひとつだと感じることに、ただただ、ありがとうの思いが上がってきます。

田池留吉に尋ねます。   あなたは今肉を持っています。

しかし、あなたの肉を外して意識だけになったとき、あなたはどのくらいの時間で、自分の死を感じるのでしょうか。

そのことを知るのでしょうか。

 

 私は田池留吉です。

はい、私のこの肉を外した後、そうですね、私は死を迎えたとき、

つまり、私の心臓が止まったとき、その瞬間から、私はすでにこの肉を離れています。

私はすぐさまこの肉を離れていきます。今も私はもうこの肉を離れているのとほぼ近い状態なんです。

だから私に心を向けるということはすごいことなんです。

それを皆さんに、私のこの肉がある間に、それぞれの心で少しでも知っていただきたいと思っています。


私は肉の機能が停止した時点で、すぐにこの肉を離れていきます。

肉は私にはもう必要がありませんから。しかし、私は今と変わらず、思いを伝えます。

私に心を向けて、私の思いを感じていけば、私は応えます。

私は田池留吉の意識。心の中より語る田池留吉の思いを信じていくことがすべてです。

私はいつも、あなたに伝えている通りです。

私は自分の死を知った瞬間、その時からもうこのようにメッセージを送り続けます。

 

 田池留吉、私はあなたの死を心で知ることができますか。

 

 はい、あなたはいつも私に心を向けています。私はあなたに伝えます。私は今肉を離しました。

そのようにあなたにメッセージを送るでしょう。はい、しっかりと私のほうに心を向けなさい。

そのようにあなたにメッセージを送るでしょう。今ももちろん、そのメッセージを送っています。

私と心をひとつにして、私に心の針をしっかりと合わせる、それだけをあなたに伝えています。


私はあなたの中から語ります。私は今、肉を離しました。そのようにあなたにメッセージがいくでしょう。

そして、あなたはそれを淡々と受けていくでしょう。

なぜならば、今肉を持っている田池留吉、肉を離したあとの田池留吉、あなたの中では何も変わるところはないからです。

全く変わりはありません。

私は肉を持っていても、持っていなくても、淡々とあなたにいつもメッセージを送っています。

 

 はい、分かりました。私はあなたの死を感じた瞬間から、今よりもさらに心を向けていくことを感じます。

はい、私はその瞬間から、私の学びがさらに深くなっていくことを感じます。

ピタリと心を合わす喜びを味わいながら、肉の時間を経ていきます。

 

はい、安心でしょう。私はあなたに応えていきます。あなたが思いを向ければ、あなたに応えていきます。

だからいつも私に心を向けること、それさえしていればいいんです。いずれ、あなたもその肉も離すときがやってきます。

あなたは肉を持っていても、持っていなくても、

ただただ心の針を田池留吉、アルバートに向けていればいい。それだけです。


そうすれば、あなたも自分の肉を離した瞬間から、ああ自分は肉を離したんだ、そのように感じていくでしょう。

その瞬間からあなたはまたあなたの歩みを進めていきます。

肉を持っているときとは、また少し違いますが、あなたはあなたの歩みを進めていきます。


その時は、いつも私とともに歩んでいることを、今よりももっと感じていくでしょう。私達はともに歩んでいきます。

ともに存在していることを、あなたの心は感じていきます。

私は田池留吉、アルバート。あなたとともに歩いていきます。私達はひとつの世界を学んでまいります。

肉を持っているときも、持っていないときも、ともに歩んでいきます。

そして、250年後を迎えるのです。それからの約50年間はすごいですよ。

ともに肉を持ち、ともに生き、ともに真実を伝えていく、私はその喜び、意識の流れを確信しています。


私は、死ぬのがずっと恐怖でした。死を思いたくはありませんでした。

死を、自分の死を考えたくもなかった。そんな私でした。

だから、私はこの学びに集うきっかけとなった夫の病気という現象の中で、

数か月の命だと医師から宣告された時の私の衝撃は頷けます。当の本人よりも私が死を恐怖していました。

最後まで夫にはガンという二文字が口にできませんでした。


それが学びに集う前の私でした。そんな私が、その現象をきっかけに学びに集い、今に至っています。


今、私は死を思うとき、自分の死後を思うとき、私の中には、恐怖はありません。

なぜならば、私はもうあの底なし沼の地獄の奥底に自分を沈めるということがなくなった、それを心で確信しているからです。


私はこの肉を離したあと、心の中に田池留吉、アルバートを呼べること、

本当の私、温もりの私、喜びの私、優しい私とともにあることを心に感じています。

田池留吉、アルバート、お母さんと呼べる私を心に確認しています。だから私は自分の死に恐怖も何も感じなくなりました。


それどころか、肉を外した後が非常に大切なんだ、

いいえ、大切というよりも、田池留吉、アルバートとともに学んでいける喜びが伝わってくるのです。


だから、肉を置くまでの間、この肉を持って存在する自分自身をしっかりと見つめていこうという思いが、さらに強くなりました。


いわゆる生き方ですね。肉の生き方、肉の存在の仕方、そのことに私は以前よりも真摯な思いで向かい合えるようになりました。


自分の死後の状態を心で感じ、ああ私は田池留吉、アルバートとともにあるんだと感じ、

その温もりとともにある喜び、安心感から死を恐れなくなりました。


あの底なし沼の地獄、その恐怖から自分を解放したということです。


私は自分の死後を淡々と語っています。自分と本当にひとつになって、自分を包んでいける喜びが心に湧いてきます。


田池留吉、アルバートと心からそう呼び、心を向けることが私の中で、

肉を外した後もしっかりとできること、私の何よりの幸せです。

思えば思うほど幸せ。温もりがどんどん心に響いてきます。

私は私と語る。私は私を思っている。その世界に生きています。

 田池留吉、アルバート。肉を外した私を呼んでみます。肉を外した私が今、何を語るか、心に聞いてみます。

 

 意識の私より


私は今肉を持っていません。肉を持たずに語っています。私の意識の世界を語っています。

その意識の世界はとても大きなものです。広い、広い、広い、大きな、大きな温もりとともにあることを感じています。

心の中に、田池留吉、アルバートをしっかりと呼べる私があります。お母さんを思っている私があります。

心の中に響いてくる優しさ、温もりは言葉に表すことはできません。

私はその喜びを今、肉に伝えています。この波動の世界を伝えています。

肉に響くこの世界、それが私です。私はここに存在しています。

肉を持っていても、持っていなくても私は確かにここに存在しています。

私の中に広がるのは、温もりと優しさです。喜びです。私が私を語る喜びです。


私の中には、たくさんの宇宙達が存在します。

たくさんの宇宙達が私の心にアクセスしてきます。

それは、私が肉を外したあと、本当にその凄まじさを感じます。しかし、私はその宇宙達に応えていけます。

その大きな喜びを心に感じています。今も、私は肉を持ちながら、その喜びを伝えています。

ただただ私が伝えるのは次元移行。ともに次元を超えていこうというメッセージです。

 

 私は私に異語を発するとき、心の中に喜びが広がります。

私は私の思いを伝えています。

田池留吉、アルバートとともにある意識。喜びが広がっていきます。

 

 意識の私より


 田池留吉、私はあなたと心と心を通い合わせる今を感じています。

肉を離したあと、私は、田池留吉、アルバートを心に呼びます。心の中に応えてくれます。


「心を見つめていきましょう。凄まじいエネルギーはすべて喜びに帰る意識達です。

宇宙に点在する意識達に喜びを向けてまいりましょう。心に通信してくる宇宙達にこの喜びを伝えていきましょう。」


私はそのメッセージを受けながら、ともに帰れる道を伝えます。


「田池留吉、アルバートに心を向けることがすべてです。温もりの中に帰りましょう。」

そのように伝える私があります。


私の意識の世界は、肉を離したあとも、このように語れることが喜びです。私は今も生きています。

過去からの私をすべて携えてここにいます。今ひとつの肉を持ちながら、私自身を語れることが喜びです。

ありがとうございます。心の中よりありがとうが出てきます。

過去からの私はすべて闇に沈んでおりました。しかし、このように私は私を語らせていただいています。

すべて喜び、温もりに帰る私の道を、私は今世の肉を通して知り得ることとなりました。

田池留吉、アルバートに喜びの波動を伝えていただきました。

「これがあなたの世界です。本来のあなたの世界ですよ。」 と私は伝えていただきました。


私は喜びです。温もりです。お母さんの懐の中にあった私を思い出していきました。とても嬉しかったです。

 


私は今、このように語っています。嬉しいです。

地獄の奥底を這いずり回りながらも、この喜びを広げていける私が存在していました。

私の肉があろうとなかろうと、私はこの私を語れることが嬉しいです。


ありがとう。ありがとう。肉を持っている今、ただただありがとうの思いを広げてまいります。

私の行く先はひとつ。田池留吉、アルバート、母なる宇宙。

あの喜びの世界を心にどんどん広げていくこと。私は今、自分を語ります。

死後の世界より

お母さん、お母さん、お母さん。

はい、私は田池留吉です。はい、田池留吉の意識が語ります。母なる宇宙を思い出していくことが喜びです。

母なる宇宙へ帰っていくことが喜びです。宇宙は喜びです。天変地異は喜びです。

私、田池留吉の肉が無くなれば、

この日本の国から喜びのエネルギーが本当に形となってあなた方の目の前に現れてくるでしょう。


天変地異が日本の国土の中で喜びのエネルギーを流してまいります。

私、田池留吉に心を向ける瞬間、そのエネルギーを感じるでしょう。

田池留吉、アルバートの波動は優しく、優しく包んでいくことを感じていくでしょう。

私は生きても死んでも、あなたの心の中より語ります。喜びのエネルギーを語ります。

私は田池留吉、アルバートを語ります。田池留吉、アルバートの波動が流れていることを心より語ります。

田池留吉、アルバートは、私とひとつ。ひとつになって心からこの喜びを流してまいります。

地球全体にこの喜びが広がっていくとき、私達は次元移行へ向けて一直線に進んでいくときです。



この喜びを、遥か、遥か彼方の宇宙へ繋いでいくことを私の中に語ってきました。

私は次元を超えて、この宇宙を喜びで包んでいくことを語ります。

嬉しいです。田池留吉、アルバート。


 
次元を超えていく。ひとつ越え、ふたつ越え、私達はともに歩いてまいります。

田池留吉、アルバート、心の中より語る私を信じなさいと、いつも、いつも伝えていただいています。

喜びです。ありがとうございます。私の中に溢れる喜びが伝わってきます。ただただありがとうございます。

あるのは喜びだけ、温もりだけ。その世界だけです。

 肉を持っている私が肉のない私を呼びます。肉のない私が答えます。

 

 今、私は田池留吉、アルバートに心を向けています。肉は色々なものを感じます。

しかし、私はそれを喜びとして受け入れています。田池留吉、アルバートは私とひとつの世界です。

喜びが、温もりが心に広がっていきます。肉を通して色々なものを感じ、私はその感じたものを喜びとして受け入れています。


肉のある私は私ではありません。私は今、私を語っています。

あるのは喜びだけ、あるのは温もりだけ。私は喜び、私は温もり。肉を通して様々な波動を感じます。

私はそれを心で受け入れています。そして、肉に伝えます。私は確かにここに存在しています。


肉を離したあとの私の状態を心に感じてください。私はそのことを肉に伝えます。

語っているのは私です。肉のない私が語っています。

私は自分が肉だとは思っていません。意識が自分だとする思いです。この今語っている私は肉がありません。


どうぞ、私の思いをストレートに受けていってください。

肉を通して、肉の目や耳、皮膚などを通して色々なものを感じます。

はい、色々な情報が私の中に入ってきます。しかし、私の中はただただそれを喜びで受け入れているだけ。

そして、喜びと温もりをこの肉に伝えているだけです。


田池留吉の肉を通して、田池留吉の意識が伝えているように、私も私の意識が私の肉を通して伝えています。


田池留吉の肉を通して伝えてくる田池留吉の意識、アルバートの意識、私はストレートに受けています。

喜びです、ありがとう、幸せです、その波動をストレート受けています。

私は喜びです、温もりです、幸せです。ああ嬉しい

いつも、いつも、田池留吉、アルバート、お母さんを呼べる私の喜びを、今伝えています。

ああ、肉は様々な情報を受けるものでしかありません。私ははっきりとそのように伝えています。


肉よ、分りますか。私は、今、肉を通して様々な情報を受けています。

そして、その情報を私の中でしっかりと受け入れていく作業を進めるとともに、

私は、今、肉を通して自分の中の思い、喜び、力強いメッセージを宇宙に発信しています。


肉を外した後は、これが私の主とする仕事となってきます。


肉を通して入ってくる情報がないけれども、私の中はさらに喜び、優しさのエネルギーを発信してまいります。

この宇宙、意識の世界に波動を流してまいります。


私は私の心に通信してくる意識達とともに、ずっと存在していることを感じます。

思いをストレートに発信していける喜びを感じます。

私の世界は広いです。大きな中にあります。受け入れていける喜びを感じます。

田池留吉、アルバートに心を向けながら私は私を受け入れていきます。


 131 

待っている宇宙達がいる。肉を離せばその宇宙達とともに私は存在しています。

私の中からどんどん優しさが伝わっていきます。温もりが伝わっていきます。


その喜びの中で、喜びを伝え合っていける喜び、たくさんの数限りない宇宙達とともに存在していける喜びを感じます。

それが私の現実です。肉がない私にとって、250年という地球時間などあっという間の出来事です。

嬉しいなあ、ありがとう、ありがとう、ありがとう、そうやってともに喜び合っているうちに、私は肉を持ちます。

 

思うことが喜びで、思えることが喜びで、ともにあることが喜びで、私はこの喜びの中に、温もりの中に生きています。

そしてそれが私自身だと、そうはっきりと伝わってきます。

今、肉を持って、意識の私を感じていける喜びを伝えていただきました。

意識の私の温もりと優しさ、喜びを肉に伝えていける時間をいただいています。

 

肉はたくさんのことを学んでいます。肉というものの愚かさ、肉を基盤とする思いの苦しさ、重さをしっかりと学び、

そして、瞑想を通して本来の私自身の温もり、優しさ、喜びを伝えていける幸せな時間をいただいています。


肉は幸せです。意識の私を充分に心に感じられる今の肉は幸せです。

私の意識の世界から、肉の喜びと幸せは、意識の自分を感じられることにあるんだよ、

いつもそのように伝えていただいています。


 UTA会に集うみなさん、どうぞ、心を見ていってください。

 瞑想をする時間を持っていますか。心を見て、瞑想をする時間を持っていますか。

 瞑想とは喜びです。

瞑想とは、あなたの心をしっかりと田池留吉に合わせ、あなたの中をしっかりと見ることです。

瞑想の中であなたを感じていってください。その瞑想の時間を持ってください。


 あなたの死後はどうでしょうか。

田池留吉は語りました。死後のご自分と対話すること、対話してくださいと語ってきました。


 たくさんの思いが、あなたの心の中に渦巻いていることを知ってください。どうぞ、ご自分と対話していってください。

 お母さんの思いを心に聞いて、あなたがあなたに伝えていくんです。

 あなたがお母さんから伝えていただいた思いを、ご自分にどうぞ、伝えてください。

 瞑想をして、死後のあなた自身と対話する、そういう時間を大切にしてください。

 肉はそれぞれに捨て去る時が来ます。

 どうぞ、その時、本当にご自分の心を愛しい思いで抱いて、

そして、ありがとう、心からありがとうと思える、そんなご自分になっていってください。

 

 皆さん、死後の自分と語っていますか

 どうぞ、今、その肉体がある間、本当にしっかりと自分と語っていってください。

 死後の自分と語る瞑想をしていけば分かるはずです。

 肉体がある今という時、この時にこそ自分に伝えられる絶好のチャンスなんです。

 肉体をなくせば、果たしてどれだけ自分に伝えることができるのか、

それが死後の自分との対話の中で、はっきりと心で感じていくことだと思います。

どうぞ、今、肉体を持っている今、本当に真剣に学びに心を向けてください。

自分に心を向けてください。


 死は突然にやってくると申しました。

自分に何も伝えることができずに死んでいく冷たさ、無念さを少しでも解消してください。

 肉体がある今、自分と自分の中で、私は本当に母の温もりを心に感じているか、

母の温もりの中にある自分を信じているか、母の温もりだけが、そして喜びだけが本当の私なんだ、

それをどれだけ信じているか、絶えず自問自答をしながら、自分の中で学びを進めていってください。


 そして、UTA会という学ぶチャンスがあり、そこに集えることが可能ならば、できる限り参加してください。

 欲の思いとかそういうのではなく、真剣に自分に少しでも本当の世界を伝えていこう、

真摯な思いで参加されることをお願いします。

 

私は、凄いエネルギーを培ってきたけれど、それはすべて喜びだった、温もりだったということに目覚めさせていただきました。

ありがとうございます。お母さん、ありがとう。本当にありがとう。

長い、長い、本当に長い転生の中、私は、あなたを本当に、恨んできました。憎んできました。

しかし、私は、今世のこの肉を通して、本当に母にありがとうの思いを、届けています。

たくさんの母の意識にありがとうだけが私の中から出てくるんです。この心が喜びだった。温もりだった。

母なる宇宙へ帰る喜びの意識でした。私は本当に嬉しいです。自分と対話することをやっています。

私の中の宇宙が語ってきます。異語でどんどん私は語り合います。

私達は、田池留吉、アルバートの宇宙へ帰るために、ここにこうして集結しています。

はい、たくさんの宇宙達を感じます。心の中に受け止めていける喜びがあります。

私の中へ、どんどん喜びが入ってきます。これが私でした。喜びへ帰っていくこと。

ああ間違ってきた宇宙を喜びへ帰していく作業を、これが私の本当の喜びの作業です。



田池留吉、アルバート、私はあなたを思い瞑想を続けています。

あなたの波動の中で、私達は語らっています。

田池留吉、私はこの肉体をなくした後も、このように自分と自分の中で語らい合えることを感じていますが、どうでしょうか。

私は死後、自分の中に縮こまっていない、固まっていない、そんな自分を確信しています。私の死んだ今を語らせてください。



私は、田池留吉、アルバートの意識です。

あなたが肉体を置いても、あなたの心は、私、田池留吉、アルバートを呼んでいます。

あなたの意識の世界は私を呼んでいます。しっかりと、しっかりと心を向けることを、今世学んでいただいたんです。

そして、あなたは肉体を置いて、私のほうに心を向け、ただただあなたの中の宇宙を、

田池留吉、アルバートに帰していく、そういう作業、今と同じ作業をやっている、

肉体があってもなくてもと、あなたは表現されました。本当にその通りなんです。

肉体があってもなくてもあなたは同じです。

心の向け先を知っているからです。しっかりと合っています。

心の中にしっかりと、田池留吉、アルバートを呼べる。

もっと、もっと、もっと、もっと、呼べるんですよ。もっと、もっと呼んで心を広げていくことができる。

あなたの喜びを、どんどんどんどん心を広げていくことができる。私はそのように伝えています。

どうぞ、あなたの肉がある間、まだ時間があります。そして、私を呼んでください。

私と一つという思いをしっかりとあなたが向けていくことは、私の喜びです。

そして、宇宙を呼んでください。宇宙が待っていることをあなたは知っています。

そうです。どんどんどんどんプラス、プラスの宇宙に変えていく、喜びの宇宙へいざなっていく、

母なる宇宙へ帰ろうと伝えていく、ただただそれだけです。あなたのやるべきことはそれだけです。

どうぞ、瞑想を重ねてください。

心を向けることをやってください。日々の生活の中でも、ふっとアルバートを呼んでいるあなたです。

そうです、その通りです。

あなたの心は常に、私を呼んでいます。私に心を向けています。

だから、私はあなたとともに仕事をしていけます。私の喜びを感じてください。

あなたの中で、もっと、もっと感じてください。私の喜びを感じていってください。

ともに、ともに仕事をしていける喜びです。あなたとともに仕事をしていける喜び。

これは、とても、とても言葉では言い表せられないです。

私の波動を感じてください。エネルギーを感じてください。

そして、そのエネルギーをあなたの中へ流して、全宇宙へ流していく、

あなたの仕事です。喜びの仕事です。

ありがとう。あなたにはただただありがとうの思いしかありません。

田池留吉、この肉体を置いていくときも、あと少しです。

肉体があってもなくても、私とあなたは一つの仕事をしていける。

あなたの心で感じているものをどうぞ、色々なところで発信してください。

その環境作りを私はつつがなくやり続けています。

喜びでやり続けています。

どうぞ、あなたが喜びでこの学びというか、人世を全うされて、

そして、250年に至る時間、もちろん250年後の出会い、私は、喜びと楽しみで待っています。

ありがとう。ありがとう。」



お母さん、お母さん、ありがとうございます。ありがとうございます。お母さん、ありがとう。お母さん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。

私はこの道をただひたすら前を向いて、ひたすら、真っ直ぐに、真っ直ぐに突き進んでいきます。

ああ、お母さん、お母さん、ありがとう。お母さん、ありがとう。

ああ。田池留吉、アルバートの意識の中へ私の心はどんどん吸収されていきます。

私はこの喜びを大切に、真っ直ぐに歩いていきます。

お母さん、ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ああ。お母さん(0428)

 

死後の自分と語る。



苦しいばかりです。固まっています。

「田池留吉を呼べますか、田池留吉を思うことができますか。」

とてもとてもそんな状態ではありません。心を向けて呼びたいという思いはあります。

でも、思っても心が合いません。合わせようとする私に覆いかぶさるものがあります。

思おうとすれば私を絞めつけてくるのです。苦しくて苦しくて息ができない、死に匹敵する苦しみです。

何故こんな状態なのか、少しずつ感じ始めています。

私は自分を裏切り続けてきた、自分を捨ててきた、間違い続けてきたということを、

やっと自分のこととして捉えることができる、そんな一歩を歩み始めています。

他力、存在しない神、仏をあると信じ込み、それを広めていった、

それはこの私が木端微塵に弾け飛んでしまうほどの過ちでした。

一度、二度ならず、転生する度に、様々な宗教にはまり、また興し、自分を抹殺し続けてきた。

しかしそんな私を、私はこれほど素晴らしい存在はないと誇示してきました。


今私は真っ暗闇の中にいながら手探り状態で、自分が心を向けてきた様々な宗教、教祖、教えに思いを向けています。

そしてわかったことはそれは凄まじいエネルギー、波動を放っているということ、

何故、神、仏を求め続けてきたか、その根底に思いを向けています。

簡単に欲という言葉で片付けられないもの、

それが田池留吉への反逆の思いだったと気づくのにとても時間を要しました。


いつから田池留吉への反逆の思いが生じたのか、地球以前からでした。

地球に移行してきた時、私達の心には、肉をもって新たに学びたいと言う強い思いがありました。

でも肉をもつと学ぶどころか、いかに肉を向上させ、人と競い他を寄せ付けず、抜きんでていくかばかりに心を使い続けてきました。


みなと同じでは嫌だ、特別でなければならない、そして田池留吉をしのぐ力、パワーを求めて何度も転生してきたことを思います。

他を圧倒する為に念力、パワーを求め、さらに宇宙は我のもの、宇宙即我、宇宙の創造主と、傲慢な思いは巨大化するばかりでした。


地球以前から今世まで、田池留吉以外のものに心を向けた結果が死後の自分に集結しています。

「それを心から認めることができますか。」

はい、認めざるをえません。間違っていたということは、心で納得しています。

そして今この自分を供養する方法を教えていただきました。

でも田池留吉に心を合わせることが前提ですよね。

それが今四苦八苦なのです。

今世の自分が

「自分の中の温もりを感じていきましょう、自分が愛であること、愛のエネルギーであることを確信していきましょう」

と伝えてくれますが、母親の温もりが今ひとつわからない、自分の中にあることが感じられません。

あぁ、でもいつもいつも母に愛された存在であった、母の優しい温もりは、心に伝わってきています。

何でも私は自分の外に求めていた、神も仏も救世主も全部自分の外に求め、その力に縋ろうとしてきた、そんな自分が見えてきます。


そうではなかったのですね、自分の中にすべてがある、愛も愛のエネルギーも母親の温もりも、すべて自分の中に、自分自身だったのですね。

田池留吉に心を向けるとは自分に心を真摯に向けていくと言うことだったのですね

あぁ、苦しい苦しい状態の私ですが、今何か希望がわいてきます。


はい本当の自分に帰っていきます。

ひたすら田池留吉に心を合わせる、それがどれほど嬉しい事か、それが自分を救いゆくことだと伝わってきます。

気づいた意識から、まだ気づいていない意識へ伝えていける、

私の宇宙がすべて歓喜に震えるまで伝え続けていくことを望んでいます。


 

つづく(作成中) in the works

 幽体離脱、臨死体験について


 上記の質問に答えましょう。(田池 留吉


  皆さんが言われている幽体離脱とは、肉の次元での話です。

だから、皆さんが言われている幽体離脱はブラックなんです。私はそのように答えます。

 もともと私達は目に見えない存在です。意識です。エネルギーです。

幽体離脱という発想はありません。私の世界に幽体離脱という発想はないんです。


 幽体離脱とは、肉を根本とした人達が、そこからすっと自分が抜け出して、

また、その形ある自分のところに戻ってくる、そういうことをおっしゃっています。

そういうことを体験すれば、何だか不思議な世界を体験したかのように、

そして、自分は特別だという特別意識が増長するだけなんです。


 幽体離脱など体験しないほうがいいかもしれません。

少し心が敏感な人は、すぐに幽体離脱だとか、臨死体験だとか、そういう話をしがちです。

しかし、それは自分の中の闇、ブラックのエネルギーが肉を通して語りたいんですよ。

そうして己を表していこうとするエネルギーに、そういう人達は気付かれない。


 本当は、そういうことを通して、自分の心を見ていただきたいと私は思うんです。

自分の心を見ていくと、そういう話をするというか、そういう体験があったという話をしているときの自分の心から流れるものが、

どれだけそびえ立って己偉いブラックのエネルギーであるかを感じるんです。

しかし、心を見ることがなければ、そういうことは分かりません。

ただ幽体離脱をした、臨死体験をした、そういうことで有頂天になって、こんな素晴らしい体験ができるのは、

私は、ひょっとすれば、すごい存在なのかもしれない、そちらのほうにばかり、思いが向いていきます。


そうではなくて、そう言わせる自分の心を見ることが大切なのに、

そういうことは全部飛ばして、ただ不思議な体験ばかりがクローズアップさせる。

それは、肉を基盤とする人達の陥りやすいところです。


 幽体離脱、私の世界ではあり得ません。私達は、もともとも形がないからです。

形を基準としたところから語っていけば、幽体離脱とは、うーんなるほどなあというところがあるかもしれませんが、

私は私を肉では思っておりません。だから、ここから私が抜け出してという感覚はないんです。


 私は、いつもこの広い温かい世界が私、そういうところから私を見ています。私は肉として自分を見ておりません。

だから、私の世界(意識の世界・真実の世界)には幽体離脱というものはありません。

 

ニュージーランド地震、そこで命を落とした人達について(意識)

 

 私達はなぜこんな目に遭わなければならなかったのか。ああ私達にはたくさんの、たくさんのすることがあった。夢があった。

こんなこともしてみたい、あんなこともしてみたい、どこまでも私達の将来があったのに、こんなところで死んでいくのか。

こんな瓦礫の中で死んでいくのがとても、とても苦しいです。

ああ私達は今も苦しみの中に生きています。助けてください。助けてください。私達は生きています。

この肉体は、もう外見からは誰とは判別できないです。しかし、私達は生きている。

こんなに苦しい中に生きている。ああ早く、早くここから出してください。

今すぐ、今すぐ、ここから早く出して、出して、出してください。

寂しい、苦しい、苦しいです。苦しいです。なぜ私達がこんな目に遭わなければならないのか。

ああこんなところで死んでいくのが、夢であってほしい。もうまもなく私達の命の灯が消える。

こんなにたくさんの中に私達はいることを知らなかった。ああ暗い、暗い、暗い真っ暗な中に私達はいる。苦しい、苦しいです。

 

 はい、語りなさい。語りなさい、苦しい心をもう一度語りなさい。

 

 はい、私は確かにひとつの夢を持っていました。ひとの目標を掲げて、私はずっと自分を励まして学んできました。

ああたくさんのことを学んできました。学んできたけれど、私の中には、今何もありません。

そんなものは一瞬のうちに消え去りました。私は、今何も思うことができない。

なぜ、なぜ、なぜなんだ。なぜなんだ、なぜこんなに苦しい中に私がいるのか、そんな思いしか上がってきません。

ああ、私はどこに行けばいのか。何をどうすればいいのか。何も分からない。誰も何もないんです。

私はこの暗闇の中にこれからもあるんでしょうか。語りなさいと聞こえてきます。

語りなさいと聞こえてくるけれど、私は何を語っていけばいいのか分かりません。

私は一体何なのでしょうか。私は今どこにいるのでしょうか。なぜ私はこんなに苦しいのでしょうか。

 

 ■自分達の本当にしなければならないことを知らずに、その命を無くした若者達を思います。


 
自分達が生まれてきた意味を知らずに人生を生きていくことの苦しみ、辛さ、無念さを彼らから感じました。

なぜ私達は生まれてきたのか。なぜこんなに早く死んでいかなければならないのか。

一瞬のうちに襲ってくる出来事の中で、その思いが心に響きます。

彼らの意識に伝えたいけれど、とても、とてもそれどころではありません。心を向けなさいと伝えました。

しかし、彼らから返ってくるものは、苦しい、苦しい、苦しい、ただそれだけです。

どうしても心を向けることが叶わない、そんな意識達の渦が感じられます。

田池留吉、私は、心の中に彼らの思いを感じています。

本当にそれがたまらないほど切ないです。

これから私達人類が何度天変地異に遭遇していけば、

自分達の心の中からの叫びを、自分達の中で受け止めていけるのか、とても厳しさを感じます。

 

 ■もう一度呼びかけてみます。田池留吉に心を向けて、今回この現象に遭遇した意識達に思いを向けてみます。

 

 あなた達の肉体はもう機能しないです。しかし、あなた達の心、あなた達は、今もそこに存在しているんです。

どうぞ、しっかりとお母さんを呼んでみてください。お母さんを呼んでみてください。

 

 お母さん、お母さん、お母さん、お母さん。

はい、ああお母さんと呼べない、呼べない、呼べない。呼べない心があるんです。

お母さんと呼べない私達の中は真っ暗です。

苦しみの中に沈んでいきます。ああ私達に心を向けることはやめて、ああ苦しいです。苦しいです。

異語。

 ああそうです、そうです。はい、はい、心の中に思いなさい、お母さんを思うんです。

あなたの心の中にお母さんを呼んでいってください。苦しい中にもお母さんは生きています。

」あなたの優しい思いを伝えてくれているお母さんがいるんです。どうぞ、お母さんと呼んでいってください。

異語。
 
 はい、微かに聞こえる。微かに聞こえる。聞こえる。微かに感じる。

微かに感じます。微かに感じます。何かを感じる。何かを感じます。

はい、はい、はい、お母さんと呼んでいきます。お母さんと呼んでいきなさい伝わってきます。はい、はい、伝わってきます。

はい、お母さんと呼んでみます。少しだけ思いが伝わってきます。

はい、ああそうなんですか。私達はもう亡くなっているんですか。


ああそうなんです。お母さんと呼んでいってください。ただただ呼んでいくんですよという思いだけが伝わってきます。

お母さん、お母さんに、必死になってこの心を向けていってくださいと伝わってきます。


はい、ただただ伝わってきます。消えゆくような私の中にその思いが伝わってきます。はい、はい、少し楽になりました。

 

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 学びの友Aさん、死後の自分と語る

 

アルバートを心で感じていけたら嬉しい。こんなに嬉しいことは他には無いです。私はずっと肉に逃げてきました。

でも、今やっとそれが間違いだったことに気づけました。本当の私は喜びの存在でした。

自己供養していくうちに、気づいていくことができました。自分の心で感じたことは否定できません。

たくさんの、たくさんの過去世たちが、口々にずっと永遠に続くかのように語ってきました。

今も同じですが、どんどん軽くなってくるのです。

 

まったく、自分と同じ心癖の過去世です。同じことで苦しみ、悩み、自殺を繰り返していました。

今世、田池留吉に出会うまでの私にそっくりでした。

徐々に、本当に嬉しいと感じられるようになりました。

これまでは、反省をどんどん重ねているときに、ふと感じられたり、セミナーのときにだけ感じられた喜びが、

実は自分の中にしっかりとあったんだとわかりました。その喜びこそが、本当の自分でした。

私は、自分をも見下げてきました。人を全部見下げてきましたが、自分も見下げてきていました。

もちろん、田池留吉もアルバートも、すべてを見下げてきました。

「そんなこと信じられるわけが無い」そう思った時点で見下げていました。

私は幸せです。この学びに出会えて幸せです。

本当の自分に出会える道を示していただけて幸せです。

何よりも、本当の自分が、意識であり、私の心の中に存在することを教えてもらったことが幸せです。

 

伝えたいと思います。でも、私の肉は、まだ「ノー」と言います。正直言って、わかってもらえないと、思っております。

なので、徒労に終わると思っています。肉の私は愚かです。いくら伝えても、誰も信じない。

信じないだけではなく、笑いものになる。そんなことはしたくない。そう思っています。

これも、己が偉いという証拠の心癖です。

 

死後の自分と語る。


今まで意味がわかりませんでした。でも、今、そのことをしていかないと、駄目だと気づきました。

今を、どのように過ごすべきなのかに気づけないのだとわかりました。

死後の自分と語っていきます。

 

うううわぁー   私は苦しいです。何もわかっていなかった。

田池留吉が何度も何度も言っていた言葉、全部素通りさせてきていた。

苦しい。心など見ていなかった。見ているつもりだった。

遅かった。遅すぎた。今からでは、もうどうにもならない。

この苦しさに埋もれてしまって、どうにもならない。

私は、浮かれて過ごしていました。

この肉を楽しませ、肉の喜びを求めて生きていた。

この学びさえ、その延長にあった。

肉で学び、すべてを肉でとらえていたということだった。

やっと、今、気づいた。

もう、遅かった。今さら、どうやって戻ることもできない。

 

私はあの時期を、なぜ無駄に過ごしてしまったのか。今、悔やむ。あのときを返してほしい。

あの時代の自分に戻れたら、今度は本当に学びたい。あれだけ、教えてもらっていて、全部当たり前だった。

また、言っている。そんな自分がいた。

ごめんなさい。今何をどう謝ったってどうにもならない。ごめんなさい。今頃気づいたって遅かった。

やるべきことをしないで、肉の仕事に没頭していた。

 

苦しい自分の心など、何も供養せず、いつも我がすべてと頑張っていた。

方向違いのことに。心を使い続け、どうにもならない自分に気づいていなかった。

遅すぎた。今さら、どうしようもない。

ああ、どんどん心が閉ざされていく。力が抜けていく。

そう、私にもう肉体は無かったんだった。

誰も助けてはくれない。

あんなに、親しかった人も、誰も助けてはくれない。

肉のときには、よかった。心を何かでいつも紛らわせていた。

私は素晴らしい、そう思うことで、何とかしのいでいた。

 

ああ、苦しいです。

何もしていなかった自分が見える。形だけ学んでいるふりをしていた。

でも、実際の自分がしていたことは、意識の世界というお題目を唱えていただけ。

真実を知らずに、真実を語ろうとしていた。

呪いの言葉が出てくる。なぜ、なぜ、なぜ、こんなに苦しい思いをするのか。

私は学んできた。でも、違っていたのか。

 

ああ、苦しいです。

自分ではどうすることもできない苦しさなのです。

あのとき、あのとき、あのとき、たくさんの機会を私は全部ドブに捨ててきた。

たくさんのチャンスを、全部肉で流してきた。

苦しい自分を少しでも供養していけば、今のこの苦しみの少しは違っていたかもしれない。

肉で、ごまかす。そうして生きてきた。

肉がなくなり、肉でごまかせない。どうしたらいいのか。

自分の苦しい心が露になる。隠せない。ごまかせない。

死が自分を楽にすると思っていた。  でも、違っていた。

死んでも楽にならない。

苦しみがそのまま襲い掛かってくる。

誰が作ったわけでもない、自分が作った苦しみと闇が襲ってくる。

逃げ場がない。

 

仕方なく、小さく体を丸めて、固まる。

何も聞こえない。何も聞きたくない。そして小さくなって背中を丸める。

ああ、今になって後悔してもどうしようもない。

助けてくれ。

誰も救ってはくれません。

その言葉だけは心に残っている。

 

もう、何をする気にもなれない。考えることができない。

私は、私は、私は何をしていたのか。

全部を叩き潰す、そのエネルギーだけがこの心に残っている。

自分さえ叩き潰す、エネルギー、このエネルギーで生きるしかないのか。

ああ、もう駄目だ。何をどうすることもできない。

体を丸めて、小さく小さくなって、耳をふさぎ、固まっていく自分がいる。

誰も、何も言わないでくれ。このまま、このまま、このままでいい……。

 

********************

 

 すばらしい自分の死後の世界が、こんなに苦しい世界だったとは!

信じられません。  でも、本当にそうでした。

真っ暗なまま、でも、自分は勉強していると錯覚していました。

ただ、この学びをなにも知らないままだったら、たぶん言葉も何も無く、ただ苦しいだけだったとも思います。


死後の自分と続いて語ります。

たくさんのエネルギーが自分に襲い掛かってくる。

見下げ果て、叩き潰し、己はと思ってきたエネルギーが、自分に襲い掛かってくる。

すごい勢いだ。これが自分だった。こんなエネルギーを振りまきながら生きてきた。

死んで、自分が出し続けてきたエネルギーの中に、存在している。


安らかに死ぬ、確かに見かけはそうでも、心の中には、呪いが渦巻いていたり、怒りや、自暴自棄で充満している。

そんな自分を誤魔化せないのが肉をなくした世界。

自分が出し続けてきたエネルギーの中に存在する。   それが苦しい。

のた打ち回り、転げまわる自分の意識がある。

そんなに苦しいのか。

叫んでも、叫んでも、声にはならない。

誰かを突き刺したくても、刺せない。

あるのは、自分の意識だけ。

あきらめて、小さく固まっていくしかない。

こんなに苦しいなら、全世界をぶっ潰してやる。

それも、思いだけで言葉にもならない。

 

********************



今、気づかせてもらうことが、必要でした。

こんな自分でした。

 

少しは、少しはできた。学んできた。

その結果が、この状態です。

死後の世界は、今の自分の心の状態を諸に見せられる場所でした。

私は素晴らしい、いくら叫んでも、苦しんでいる心が全部間違っていると納得させてくれます。

空を斬る自分の刃がむなしく、弧を描く。誰も斬れない。自分だけ……。

のた打ち回っても、誰も助けてくれない。

今、何をしておくべきか、はっきりと見せられました。

 

私は間違っていない。私は間違っていない。そう叫んでいる自分が見えます。

呪いと恨みと、後悔の念でいっぱいの自分が見えます。

あのとき、あのとき、あのとき、いくら後悔しても、もう遅いのです。

 

今、この今を変えていくことで、死後の世界も変わります。

今、どう過ごすかを変えていきます。



今、本当の自分と出会っていくことで、死後の自分が変わります。

それをわかるために、あなたは死後の世界の自分と語りました。

どんなに、苦しい自分であるか、わかったこと大きな成果です。

心を見ていくことがどんなことか、あなたは少し気づけたはずです

 


 死後自分と語る。続いてやっていきます。今の私の仕事です。

 

寒い。寒い。何も無い。

今まで、私は何をしてきたのか。

こんなに寒い世界で生きていたのか。

全部を敵にして、自分は素晴らしいと生きてきたのか。

間に合わなかった。

死ぬまでに、死ぬまでに意識の世界を知っておこうと思っていた。

なのに、結局何もできないまま時を過ごしてしまった。

時間は容赦なく過ぎ行き、気が付いたら余命わずかだった。

とりとめも無く過ごすうちに、タイムアップ。

こんなはずじゃなかったんです。

こんなにさびしい世界で生きるはずじゃなかった。



私は、きっと真実を知り、多くの人を救えるとさえ思っていた。

大きな間違いだった。

慢心していた。田池留吉に会えたことで安心もして、もう大丈夫だと心を見ることを忘れ、肉の自分の楽しみに時を費やした。

孫だ、金儲けだ、そうしているうちに、時間はどんどん過ぎて行った。

気が付いたときは、もう老いさらばえて、何もできない老人になり、若いときにそんな学びがあったとしか覚えていなかった。

私は間違ってきました。

田池留吉のいうことを、もっともっと聞いておけばよかった。

そうすれば、こんな寒い世界で一人ぼっちで固まらなくて済んだんだ。

今となっては、もう遅い。遅い。遅い。


 今日は、とても強く意識の自分を感じた日でした。肉ではない自分を感じました。

普通に生活していますが、この自分が本当ではないと思うのです。

日常の中で、感じました。不思議な1日でした。

 

死後の自分と語ってまいります。

 

苦しい世界におります。

でも、少し語れるようになりました。

間違ってきた。

その思いが強く強く自分から出てくる。

間違ってきた。

それしかないのです。

 

あの環境にありながら、なぜ私は今まで気づけなかったのか。

今となっては遅い。そうとしか言えない。

 

私は、この学びを小さく小さく捉えていました。

たいしたことない。別に、どっちでもいい。

やるに越したこと無いけど、別にどうってことない。

幸せに生きていける。大丈夫、大丈夫。そんな気持ちだった。

 

それよりも、肉の生活だけでもきちんとやっていこう。そう思ってきました。

全部根底から間違いです。

苦しい自分がいます。

苦しんでいる自分を救わずに、どんなに肉で形を整えても苦しいのです。

間違ってきた。その思いに押しつぶされそうな今なのです。

 

私は、頑張って生きてきました。

社会的には、少しは尊敬もされ、皆から慕われ、いい人でした。

でも、それがなんだったのか。

そんな自分を守るために費やした時間、エネルギーは膨大でした。

 

肉が無くなった今、そのエネルギーをなぜ自分を守るために、本当の意味で自分を守るために使うべきだったと思うのです。

本当の自分に出会っていくこと、自分を供養していくこと、これが自分を守る真実です。

 

私は間違ってきました。

今さら、どうにもなりません。

あのころに戻れるなら、戻りたい。

そして、一から学びなおしたい。

そんな気持ちなのです。

私は、私は、私は、なぜ、なぜ、なぜ、肉の自分を素晴らしいと思ったのか。

そして、肉の無い今、この苦しみの中で、思います。

人はどちらでも良かった。

問題も答えも全部自分の中にあった。

わかるのです。

 

助けてほしい。

誰か、助けてほしい。

私に言ってください。

何をすれば、どのようにすれば、私は救われるのか。

苦しくて、苦しくて、どうしようもない自分がいる。


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死後のあなたに伝えます。

私の間違いを今、感じます。

そうでした。

私は、まだ戻れました。

学ぶ時間をいただけました。

 

ありがとうございます。

日々の中で、心をしっかりと見てまいります。

そして、自分の死後を感じさせていただけましたことが感謝です。

 


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体験を語る。「死後の自分との交信」


【Aさんの体験】

私の死後の世界に心を向けました。

あるセミナーの闇だし現象でした。

思いっきり突き倒される。飛んでくる。あちらからも、こちらからも、次から次に凄まじい勢いで飛びかかってくる。しがみ付く、

絞めつける、突き倒す、のしかかる、突き上げる。次から次と凄まじい勢いで周りから飛んでくる。

死ねーー、死ねーー、殺してやる、嘘つき、嘘つき、嘘つき、馬鹿、馬鹿野郎、裏切り者、死ねー、死ねー、地獄に落ちろ、絶対に逃がすものか。

凄まじい叫びがどんどん集まってくる。覆いかぶさってくる。重い、重い、覆いかぶさってくる。そのど真ん中に私はいる。動けない。

手の感覚も、足の感覚も無くなっていく。凄まじい怒号の中にいる私、私は死ぬのか、私はこのまま死ぬ、このまま死んでいく。

悔しい、悔しい、裏切り者、裏切り者、騙された、色々な人の顔が浮かんでくる。悔しい、私は死ぬのか、このまま死んでいくのか。

怖い、怖い、怖い、怖い、死ぬのが怖い、私は死ぬのか、このまま死んでいくのか。悔しい、こんなはずではなかった。悔しい。裏切り者、お前達は裏切り者。

こんなにも嫌われているなんて、こんなにも罵られるなんて。裏切り者、騙された、騙され続けた。うるさい黙れ。

自分の怒りと恐怖の思いに翻弄されていく、真っ逆さまに落ちていく。真っ逆さまに落ちていく。真っ暗闇の中に沈んでいく。

私はこのまま死んでいく。死んでいく、もういい、もうこのまま、もういい、もういい、このまま、もういい、このままでいい。


ハイ、私の目を見てと田池留吉が私の目の前に来て言った。朦もうろう朧としている中で、言われるとおりに田池留吉の目を見た。吸い込まれた。

一瞬にして嬉しくなった。解放された。急に軽くなった。軽やかで爽やかで嬉しくなった。その後は、嬉しくて嬉しくて、恐怖も不安も消えていた。

そして、その後に、肉体って重いと感じたことを思い出します。そんな体験をあるセミナーの闇だし現象の中で体験したことがあります。

その時の体験が、私の死んだ後の体験だったことが改めて心に蘇ってきました。振り返れば、そのような体験を何度もしていました。

あれほど闇だし現象を思い出したくなかった私が、思い出すことが嬉しくなっています。オセロが白に変わって倒れていく感覚です。嬉しいです。

セミナーの場で体験したすべてが今は私の意識の世界を感じていたのだと信じられる。苦しい体験ばかりでした。

今、心から言えることは、「苦しみは愛でした」この思いです。あの時間と空間こそ私には大切な時間と空間でした。

今頃になって気が付くなんて、本当にもったいない学び方をしてきました。

命がけで参加し続けた闇だし現象の時間が、やっと私の中で喜びに変わろうとしています。

闇だし現象の中で、汗を流し、涙を流し、激しい恐怖や怒りを出しました。私の意識の世界の現実をしっかりと確認させていただいていました。

その全てを受け入れてくれた田池留吉に出会えた喜びが心の底から突き上げてきます。


長い間、学ばせて頂きました。闇だし現象こそは私の死後の世界。

間違ってきた自分を確認して、受け止めて、包んでいく、自己供養の大切さを教えてくれていました。

これから自分が歩いていく道がはっきりと見えてきました。

意識の転回、自己供養、自己確立、独立独歩、次元移行に一直線です。優柔不断の私が変われることが信じられる今が嬉しいです。

そして、日々が楽しいです。   最近になって、自分の死後の世界に心を向けました。


ああ、私は死んでいくんだ。ああ、私はこのまま死んでいくんだ。はっきりと自分の死を感じている。

覆いかぶさってくるその波動、激しい波動、上から覆いかぶさってくる。下から突き上げてくる。周りから吹き飛ばされる感覚。

激しい波動に包まれていく、身動きができない。そのままどんどん沈んでいく、自分をどうすることもできない。

ああ、私はこのまま死んでいくんだ。死んでいくんだ。私は死んでいく。私はこのまま死んでいく。私は死んでいくんですね。

このまま死んでいくんですね。ハイ、このまま死んでいくんですね。このまま死んでいくんですね。

自分の中で自分が死んでいくことを確認している。私はこのまま死んでいきます。死んでいく自分を素直に受け止めています。


とても静かです。静かな中にいます。今まで覆いかぶさっていた重いものから解放されていく。どんどん軽くなっていく。しがみつくその力が緩んでいく。

自分が浮いているのを感じてくる。暗闇の中の少しの空間の中に浮いている。宙に浮いている感覚です。これでいいんです。私はここでいいんです。

これでよかったんです。自分への思いが溢れてくる。間違ってきた自分を感じている。その思いが温かく温かく自分を包んでいく。とても静かです。

その中に浮かんでいます。苦しい思いも、寂しい思いも、出てきます。でも、その苦しい思いにも、寂しい思いにも翻弄されることはありません。

苦しい思いをストレートに感じます。感じたら感じたまま受け入れています。自然にそのようにしている私がいます。感じるものはストレートです。

そして、ストレートに受け入れます。その作業はとてもシンプルでストレートです。その繰り返しが続いていきます。


自分の死後に心を向けた後に。

首と肩と背中がとても辛い。首も肩も、手も、足も、むくんでパンパンになっている。体が重い。疲れが取れない。そんな状態が数日続きました。

死後の世界を感じてくればくるほど、今この肉を持ってやっていかなければならないことが、更にストレートに心に強く響いてきます。

もったいない学び方をしてきました。私が死んだすぐ後から、自分が出し続けてきたエネルギーが自分にこのようにして押し寄せてくる。覆いかぶさってくる。

死後の世界の現実を知ることができました。死後の世界を感じていけば、心を見ることが、自分を知ることが、どれほど大切かが心から納得できます。

あれが私の意識の現実の世界。私が死ねばあの世界に戻っていく。いいえ、今もその世界に生きている。

自己供養の大切さを心から教えていただきました。何のために生まれてきたのか。何をするために生まれてきたのか。

しっかりとそのことを心に持ちながら心を見つめていきます。自分を救えるのは自分しかいない。死後の私が肉ある私に教えてくれました。

自己供養は愛。自己供養は自分に対する最大の愛。生きている時にしっかりと自己供養ができる体制を整えていく。

自分の中の凄まじいエネルギーが自分の心の中から突き上げてきた時に、しっかりとその自分と真向かいになる。

その自分を受け止めて受け入れていく、包んでいく。ともに、田池留吉に心の針を合わせる。それができなければ私は生まれてきた意味が無い。

その現実を死後の私が教えてくれていました。

私の現実はとても厳しいけれど、自分のためにこれから何をしていかなければならないか、死後の私を中心に、これからの時間を大切にしていきます。

自分を知らずに生きてきました。自分の凄まじいエネルギーを知らずに生きてきたことが間違いでした。

自分を知ること、そして、自分を変えていくこと、自己確立は何よりも大切なことでした。

生きていても、死んだ後でも、自分を受け入れていく作業は変わらない。それができる自分を整えていきます。

自己供養は私が私にできる最高の愛。最高の優しさと知りました。

私の中の凄まじい意識達とともに次元移行に一直線です。私達はすべてが意識の流れの中に存在しています。

意識の流れは次元移行に向かって流れています。死後の世界で私に覆いかぶさってきた沢山の意識達と、ともに帰れることを知りました。

生まれてきてよかった。お母さん嬉しいです。ありがとうございました。



【Bさんの体験】

私の死後を思ってみました。

死後の世界で思い出すことがあります。随分前のセミナーの闇出し現象の時のことです。

当時、セミナーで毎回行われていた闇出し現象の時に、私も円の中に出て自分のエネルギーを吐き出していました。

転げ回って、のたうち回って叫び続けているうちに、私は真っ暗な中で一人でもがき苦しんでいるのに気がつきました。

あんなに大勢の人がいたはずなのに、私一人しかいないんです。真っ暗で音も聞こえず、しーんと静まりかえっていました。

真っ暗な中に私一人だけで、私の心の苦しさだけが浮き上がっている世界でした。声を出しているはずなのに、それも聞こえない。

叫んでいるはずなのに静かな真っ暗闇でした。

ここはどこ? これは何?と思っていると、遠くで田池先生の「はい、ありがとうございました」という声が聞こえ、

我に返って顔を上げてみると会場は煌こうこう々と照明がついていて、円の中には大勢の人が動き回っていました。

そして、会場中がざわめいていて賑やかな声で溢れていました。

この明るい会場で、この賑やかな中、ましてや闇出しの時の賑やかさというか、うるささは半端じゃないのに、

その中にいたのに、私は一人真っ暗な静かな中にいたということが不思議でたまりませんでした。

そして、その時、ああ、私が死んだらこういう世界なのかも知れないと思ったのに、そのことについて突き詰めようとしませんでした。

けれど、今思い返してみると、確かにあれは私の死後の世界だったと思うのです。

同じ空間にいながら、生きている空間と死んでいる空間が違っているだけ。死んでどこかへ行くのではなくて、そのままそこが死後の世界になるだけでした。

私一人の真っ暗な世界なんです。静かな中で声も出せなければ、私の肉を確認することもない。

自分の出すエネルギーの中で身動きすらできないほど苦しい世界でした。


あれから、数年が経っています。当時は大事なことを体験していながら、その体験の大事さが分からなかった。

今だから、あれは大事な体験だったと思えるけれど、その時は気がつかないということが多かったのではないかと思っています。

私のエネルギーは半端じゃなく凄まじいことも、自分ではどうすることもできないほどのエネルギーの世界に生きていることも、

闇出し、指差し現象を通して何度も体験してきました。私はこんなに凄まじいのかと納得しています。

けれど、もっと体験したことの意味をきちんと受け取っていたならばと思うと、やはり私の学びの姿勢は甘かったとしか言いようがありません。

意識の私は軽やかに飛び跳ね回っている感覚です。そして、死後の私は重苦しさにつぶされていく感覚です。

どちらも体験してきたのに、そのことについて自ら検証し自問自答してこなかった。ただ、何となく嬉しいと喜び、喜ぶことでOKとしていました。

心で感じたものを大切にしてこなかった、大切に育ててこなかったと思っています。

本当に貴重な体験、嬉しい体験を何度も何度もしてきたのに、もったいないことをしてきたと思っています。

生きている間に、死後の自分を知れることが、どんなに幸せなことなのか。そして、その死後の私に私ができることは何なのか。

死後の私も生きている私も一緒に存在しているんです。本当にすごい学びでした。

この学びの本当のすごさは今の私にはまだまだ分かりません。けれど、頭では到底分かり得ない世界の学びだということは感じています。

死後の私を知ることは、今の私を知ることです。見せかけだけの私ではなく、叫びとしての私。

その叫びを受け止めるためにも、お母さんを思っていきます。受け止めて、受け入れて、ともに田池留吉を思う、アルバートを思う。

そのことだけが今の私にできることでした。それをすることが私の幸せでした。そう、そんな幸せな時間を生きていけばよかったんです。

ありがとうと喜んでいけばよかったんです。ありがとうございます。

 


【Cさんの体験】

人間、死んだらどうなるか、私はどうなるのか、そんなこと考えても頭では分らない。誰も答えられないからいろいろな思いが、想像が心をよぎる。

10項目の問いかけの勉強の中で、死後の自分に心を向けることにより、私は学びを大きく前進させることができたことを確信しています。

1回目の勉強

田池留吉、アルバートに心を向ける。ああ、心が広がっていく。大きな大きな世界に包まれるように、どんどん広がっていく。

まるで誘われるように、私は心を向けていく。ああ、何もない、何もない、私の心には何もない……

その心で、あなたが肉を離した時を思ってください。

何もない、誰もいない、肉でもなく心だけでもなく、苦しくはないです。ただ不思議な感覚です。

瞑想の中で心だけになった時のような、浮かんだような……そんな感覚です。

あなたは自分が死んだということが分っていますか。

いいえ、死んだという思いはありません。なぜなら息をしているから……でも肉の感覚はないのです。

ないのに私はいます。不安はありません。ただ宙に浮かんだ感覚が不思議です。

あなたはもう肉はありませんよ。なくなったんですよ。今、あなたは意識です。心で語っているのですよ。

ああ、そうですか。やはりそうですか。不思議だ、おかしい、そう思っていました。肉はなくなったんですか。もっともっと苦しくなると思っていました。

肉離していくところは地獄、地獄に帰るんだと思っていました。これから苦しくなるのでしょうか。そう思うと少し不安になります。

死んだのですか……肉はなくなったんですね……少し不安です。これからいったいどうなるのか、それを思います。

誰もいない、それも不安です。あなたはいったい誰なんですか。私に声を掛けてくれる人……誰もいないのに……

私はあなたです、あなたなんです。私は自分が肉なくなった後の自分、つまりあなたとこうして語っています。

なぜなら、私は意識だからです。分りますか。

分るような分らないような……ああ、ふっと恐怖が心に湧きます。ああ、怖い、怖い、どんどん怖くなる……どうしてですか、心がざわついて落ち着きません。

私は死んだ、私は死んだ……肉がない……どうしよう、どうしよう。

ああ、大変だ、大変だ、死んだんだ、死んだんだ、死んだんだ、私は死んだんだ……息ができない、苦しい……死にたくない、

まだ死にたくない、助けて、助けて……私はまだ死ねない、死にたくないんです……

私は、自分が死んだということが分った時点から、とても苦しい自分を感じます。

そこからどうしたら自分を取り戻せるか、そう簡単なことではない、そう思います。厳しい現実です。これが今の私の現状です。


2回目の勉強

体がどんどん重くなる、自由が効かない……ああ、怖い怖い……次々に襲い掛かる恐怖、恐怖、恐怖……声も出せない……

うずくまってじっとしている、もう狂いそうだ……何が怖いのか、対象はない、ないが怖い、恐怖……ああ、じりじりと心が焼ける、

どうしたらいい、どうしたらいいんだ……

あなたは自分が温もりだということを知っていますね。心で感じたお母さんの温もりを思い出してください。

私は苦しい中から必死でお母さんを思い出そうとした。しかし、覆いかぶさってくる苦しさに、心に浮かぶのは助けを呼ぶ思いのみ。

これを何とかしてくれ、この苦しさをどうにかしてくれ、心を見てどうなる、この苦しさがなくなるとでも言うのか。

お母さんがどうした、母はとっくの昔に死んでいる。母だって苦しいはずだ。

そんな母に何ができる……そんなことどうでもいいから、早く何とかしてくれ……こんな状況が伝わってくる。

これが私が死んだ後、味わう世界です。まさに、肉持って苦しいことに出会ったとき、とっさに出る思い、それが自分のバロメーター、そう感じる。


さあ、これからどうしますか。このままじっと苦しい世界に沈み込んでいきますか。苦しい自分から逃げていきますか。

そうすればそうするほど、あなたはますます深い闇に落ちていきますよ。肉持っていたとき、学んだことがあったでしょう。

お母さんの反省を通して感じた世界がありましたね。それをひとつひとつ思い出していくのです。


ああ、お母さん、お母さん……心でお母さんを呼んでくださいと言う、騒がずに、落ち着いて、恐怖ではなく、心をお母さんに向けてと言われる。


お母さん……お母さん……うさぎおーいし、かのやま……こぶな、つーりし、かのかわ……お母さん、お母さん……ああ、お母さん、お母さん……お母さんを感じます。

ああ、お母さん……お母さん……ああ、懐かしい故郷の歌が聞こえる、この心からも、溢れるように歌が流れる……心に感じるものがある、お母さん……

田池留吉、死後の自分と語ることができるなんて、私には到底できないと思っていました。

でも、ここに展開される世界は、私の心から出てくるもの、私なんです。

多分、私は死後、石のように固まる、恐怖の坩るつぼ堝に入って、そのまま固まる、そのように思っていました。

自分が死んだ後どうなるか、そしてその次は……何も興味で聞いているのではありません。

自分の進んでいく道がはっきりすればするほど、私の中から力強い思いが出てきます。嬉しいです。これが私の進む道だ、強く強く響きます。

死んでもなお母を呼べる、母の温もりを心に感じることができる。これが大きな大きなポイントでした。

母の温もりがあれば田池留吉を呼べる。ああ、本当に嬉しいです。地獄真っ逆さま、それを食い止められる。自分で食い止められる。

誰も助けてはくれない、助けられない。本当に厳しい厳しい世界……その勉強を今できる。こんな幸せなことはありません。


3回目の勉強

私は始めから幸せだった。お母さん、私は幸せだったんですね。ああ、嬉しい……ゆったりとゆったりと心が広がる。

みんな良かった。苦しかったこと、呪ったこと、憎んだこと、戦ったこと、肉で体験したこと、すべてが喜びでした。

ああ、私は肉ではなかった。お母さんとともにいる。お母さんの温もりの中で生かされてきた私、そんな私を感じます。この心を持って、私の死後を思います。

お母さんを思い出しましたか。お母さんに抱かれお乳を飲ませてもらったこと、抱きしめてもらったこと、少しずつ思い出してください。

ああ、母の温もり、優しい思い……私はこれを知っています。心で感じてきました。心に伝わってきます……ああ、幸せな私がいました。

ありがとう、ありがとう、お母さん、お母さん、とても心が柔らかくなりました。ありがとう……

ああ、でも、心にしこりがあります。何か塊があります。ああ、どんどん大きくなってくる。何ですか。心に充満してくる、押してくる……

はい、恐れないで、逃げないで、お母さんを思いながらその塊に思いを向けましょう。

私に押し寄せる凄まじいエネルギー、ああ、もう飲み込まれそうです。自分が来ます。私が来ます。

みんな私なんです。逃げるな……そんな声がする。もう必死で自分を支えているんです。


ああ、私は冷たい心を出していました。自分を拒否していました。ごめんなさい、ごめんなさい、来るなと言いました。

この心を許してください。ごめんなさい。私は私から逃げようとしていました。ああ、ごめんなさい……

お母さんの温もりを思い出しましょう。私と一緒にお母さんを思いましょう。

ありがとう、ありがとう、私は自分が温もりだと言うことを忘れていました。この心に自分の闇を抱きしめることを忘れていました。

私は私を思えばいい、その思いが蘇ります。ああ、愛しい思いがあります。苦しい自分を喜んでいる私があります。

その自分を思い出していけばいいのですね。ああ、ありがとう……


田池留吉を思い出してください。あなたの心に田池留吉を思い出してください。

田池留吉……苦しい思いがなくなりました……ああ、私がある……心がほっとしている、のびのびとできる。ああ、何もかもがゆったりとしている……

この世界、この世界を知っている……ああ、田池留吉……肉がなくても、私はあなたを感じられる……ああ、田池留吉がいる、田池留吉がいるんです。

お母さん、お母さん、田池留吉だよ。田池留吉が伝わってくる……



4回目の勉強

田池留吉、私はあなたをこの心に思い出そうとしています。はい、心安らぐほうに、柔らかなほうに心を向けようとしています。

お母さん、お母さんを心に思い出しながら、私は田池留吉に心を向けています。

肉があった時と同じように、私は母を思い、田池留吉を思います。

すごいすごいエネルギーがこの中にある。ああ、たくさん、たくさん……もう分らないほどある。エネルギーの渦の中に私はいる。

ああ、すごいです……私の周りにすごいエネルギーが渦巻いている。

荒れ狂っている、嵐です。でも、私の心は落ち着いている。私を取り巻くように、凄まじい嵐が吹き荒れていますが、私はじっとその様を見ている。

私は私を見ているのですね。これが私のエネルギーなんですね。ああ、本当にすごいです。

その中の1つのエネルギーが、すっと私に近寄ってくる。地獄の底から吹き上がってくるように、エネルギーが押してくる。

肉なくしたらこれの連続、休まる時がない、心を絶えず母に向け、田池留吉に向けなければ、私はこのエネルギーの自分に飲み込まれる、

今までのように……ああ、これが恐怖でした。何度も何度も味わった恐怖、自分のエネルギーに飲み込まれる恐怖……

まるで蟻地獄のように、1回飲み込まれたら這い上がれない、延々と繰り返される……何度も何度もそんなことを繰り返してきた。

もう絶望感に襲われ、苦しみの塊となり、のたうっていたそんな時、ふっと優しい思いを感じ、そのほうに心を向けた。

助けて……私を助けて……この苦しみの淵から救ってください……ああ、この私に思いを向けてくださったのは、お母さん、あなたでした。

そう、あなたでした……ああ、お母さん、あなたはこの私に自分を救うチャンスをくださったのですね。

そして、あなたのお腹の中で、私はあなたからしっかりと伝えていただきました。はい、今度は自分で自分に伝えます。

肉なくなっても、あなたから教えてもらった温もりを、地獄の底で苦しむ私に伝えます。それがあなたから肉いただいた時の約束でした。

私は私を生かし続けた世界に絶句しています。何と……これしか言葉がありません。お母さんの温もりがずんずん響きます。

ああ、私は生かされてきた。意識の世界、温もりの世界、母の心に生きている……

ああ、田池留吉、私はおかしくなっているのでしょうか、こんなこと真剣に思っているのです。ですが実感なんです、肉が幻なんです。

お母さんに抱かれて幸せですか、あなたの心を抱き続けたお母さんですよ。もっともっと幸せになってください。

真実を知る道は厳しい、けれど、これ以上の優しさはありません。あなたはお母さんとともにありました。そしてこの田池留吉とともにありました。

今までも、そしてこれからも、ずっとずっと一緒です。そのことを感じ、信じ、しっかりと歩みを進めてください。

まだまだ学ばねばなりません。あなたの今世の計画を思ってください。道草はもうできません。しっかりと進みあがってください。

 


5回目の勉強

死後の自分と語ってから、1週間が過ぎました。

その間、いろいろなことを学ばせていただきました。今、もう一度死後の自分を呼ぶことで、さらなる学びができそうです。

あなたは死んだことを分っておられますか。

はい、分っております。色々伝えてくれてありがとう。様々なことが心に浮かんできます。心は落ち着いています。

私は懸命に母を思い、田池留吉を思おうとしています。アルバートという思いも出てきます。

苦しいことはないですか。恐怖はなくなったんですか。

はい、ありません。ただ苦しい思い、すごいエネルギー、巨大な嵐が今もなお私を襲います。

ふっと心が怯ひるみますが、その後に、それを包む優しい思いが来ます。

ああ、これだった、この心だった。私はこの思いを信じていけばいい。お母さん、お母さんをいつもいつも思っています。


田池留吉、アルバートを思いますか。心に感じていますか。

はい、ですが今の私には母のほうが思いやすいというのか、母にはすぐに思いを向けられます。この温もり、この優しさが私の安らぎであり、救いなのです。

では、私とともに田池留吉、アルバートを思いましょう。いいですか。

ああ、伝わってきます。伝わってきます。ああ、伝わってきます

……ああ、私をすっぽりと包み込む大きな大きな世界、ああ、温かい、柔らかな世界……ありがとう、ありがとう。

ああ嬉しい、嬉しい、この思いを忘れていました。嬉しいという思いを忘れていました……

いいえ、嬉しいをもっともっと超えていく……田池留吉……ああ、田池留吉……アルバート……

肉なくなっても、私はあなたを思える、思えるんです。ああ、しっかりと感じる。


6回目の勉強

私はあなたに語ります。私は肉なくした後のあなたです。

すべてがはっきりとした世界です。何もかもがクリアーな感じです。白か黒か、それがはっきりした世界です。もやもやはありません。

私の心にはすべてがストレートに響きます。だからお母さんをしっかりといつも思っています。

これを離したら、温もりを、柔らかな思いを離したら、私はたちまち苦しくなります。ですが、私はお母さんを忘れることはありません。

お母さん、私はあなたとともにいます。心にいつもあなたを思っています。それが嬉しいのです。心が安らぐのです。

田池留吉、私は心にあなたを思い浮かべています。お母さんを思い、そして、あなたを思います。はい、しっかりと向けています。

田池留吉、ああ、これは何ですか、もっともっと向けなさいと……はい、そのまま私を思ってください……ああ、思いが上がってくる、

すごい勢いで異語が出てくる……私は意識、意識です、肉はありません。

ああ、まったく同じです。何も変わりません。意識と意識、肉を介さないストレートな会話がある。

心と心、意識と意識、ああ、だからクリアーなんですね、ああ、嬉しい嬉しいです。

肉はただ肉の世界に必要な乗り物、服、それがはっきりと分ります。それを脱ぐと、はっきりと分る。そう、そうなんです。

ものすごいエネルギーの群れが渦巻いている。これが私の蓄えてきたエネルギー。肉持ってそのエネルギーに一つ一つ出会ってきました。

しかし、今、私の目の前には、とても捉えきれないほどのエネルギーが存在します。時々、その中から私に向かって吠えてくる。

ああ、苦しいと叫ぶ中に、お母さんを呼ぶ声がする。私は肉持ってあなたに伝えられなかった。でも、今、あなたに伝えることができる。

お母さんを一緒に呼びましょう、田池留吉を思いましょう、そう伝えることができる。


あなたは呼んでいるのですね、私を呼んでいるのですね。はい、私は肉なくしても自己供養をしていきます。

この苦しい自分を抱きしめていきます。それをずっとずっとやり続けます。

愛しい思いが心に満ちてくる、自分が優しい優しい、ああ、受け入れられる、自分を受け入れられる、それが嬉しいです。

肉なくなっても、私はこのように自己供養続けていきます。私は変わることなく、私です。

お母さん、あなたが私を抱いてくれたように、私は私を抱き続けます。ああ、これが喜びです。喜びの時間を持てるんですね。

私は私と向かい合う喜びを感じながら、次の肉持つ機会を待ちます。心から溢れるのは幸せな思い、すべてが喜びに満たされている。

ああ、私たちはそんな存在だった。それが私たちの本当に生かされている世界だった。

ああ、嬉しいです、こんな嬉しいことはありません。自分が進む道がしっかりと心に描き出されてくる。

当然、信が深まる、だからまた嬉しい……その繰り返しです。愚かな肉はただただ涙です。ありがとうございます。

 


【Dさんの体験】

死後の自分と語る。

どことなく死という言葉を忌み嫌っていた私があります。なるべく触れたくない課題でした。

肉を持っている今、死後の状態を感じ、死後の自分と語るという課題をいただいてから毎日取り組んできました。

死後まもなくの自分、そして、日を追うごとに変化してくる死後の自分というものを感じてきました。

「あなたは死後も田池留吉と交信できますか」。その問いに私は何とも答えることができなかったのです。

できるかもしれないし、もしかしたらできないかもしれない、そんなあやふやな気持ちを持っていました。


死んだ直後の自分に思いを向けました。

「ここはどこでしょうか、誰も私の声に答えてくれない、見てもくれない、私はここにいるのですよ、そう伝えても何の反応もありません。

こうやって意識もあるのに何故だろう、不安がどんどん押し寄せてきます。恐怖の思いに包まれます。

もしかしたら、これが死かな、いや死んではいない、なかなか死を認められません。そんな中、時が過ぎてますます不安になります。

助けてくれ、誰か気付いてくれ、救ってくれ、そんな思いを出すたびに身体が重くなっていくのを感じます。

身体の感覚がぬけないのに身体が無いということに気付いていきます。

あぁ、死んだのだ、そう確認した途端、様々な真っ黒な思いのエネルギーがどっと押し寄せてきます。押し潰されそうな感覚です。

手足がもがれて何処かに吹っ飛んでいきそうな感覚です。手足もバラバラ、腸捻転のように内臓の感覚もぐちゃぐちゃで息もつけない、窒息しそうな状態です。

救ってくれ、そんな他力の思いはますます自分を奈落の底に突き落とすように凄まじいエネルギーとなって押し寄せます。

どこか楽になれる所をと探しますが大きな壁が立ち塞がり、頭上から覆いかぶさってきます」。


そんな自分に呼びかけます。

あなたは死んで、それが死後の世界ですよ。自分が出してきた思い、エネルギーがわかりますか。あなたの思いそのものの世界ですよ。


「あぁ、確かに聞いていました。死後の世界の凄まじさを聞いていました。あぁ、それにしても言葉がないくらいすごい世界ですね。

固まってしまったほうが楽だという、そんな思いもありますが、でも苦しさには変わりはないのでしょう。

自分の出してきた思いが走馬灯のように駆け巡ります。気が狂いそうで落ち着きません。

そんな中、ふと心に温もりを感じます。優しい思いを感じます。懐かしいお母さんの懐を思い出します。

自分の中の温もり、優しさを感じていくほどに安らかな空間が広がります。田池留吉を呼ぶ、心を合わせることを思い出していきます。

あぁ、確かに私は田池留吉の温かな温もりに包まれていたことを思い出します。肉がなくても自分の思いを感じることはできます。

心を見るという習慣が肉のない自分をも導いてくれるのを感じます。

ふと浮き上がったように楽になることもあれば、また肉の思いのエネルギーに踊らされて苦しさが蘇ってくることもあります。

でも、どちらもすべて自分、心を見ていくうちに少しずつ自分を取り巻く状況もわかり、ゆとりが生まれてきます。

出してきた思い、エネルギーを包んでいくのは自分の中の母親の温もり優しさです。

特に温もり、優しさを意識しなくても、田池留吉に心の針が合ったならば自然に伝わっていくのだと感じ始めます。

肉を持っていればごまかしがきいた世界でも、肉がなければすべてがストレートです。瞬時に思いがエネルギーとなって自分を襲ってきます。


田池留吉に心が合うという状況を肉を持っている間に、どうぞ、心にしっかりと確認してください。それが自分自身を救いゆく唯一の方法です。」


死後の私からそう伝わってきます。  毎日、何度も死後の自分に呼びかけている間に、少しずつ変化が出てくるのを感じています。

苦しくてどうしようもなかった世界、そして、今学んでいることを思い出し、少しずつ自分が自分に伝えていく過程の中で

「自分は何の為に今こうやって存在するのか」、死後の世界も意識の流れの中の一過程であることに気付き始めます。

自分が見えてくれば、おのずと課題も伝わってきて、次の転生への準備が始まります。

死後の世界、そして転生への準備、すべてが今という時にかかっている、今がどれほど大切な時か、おのずと伝わってきます。

過去も未来も今とひとつ、死後の世界を感じる度に、この言葉の重みが深く心に伝わってきます。

今を生きながら、死後の世界も生きている。

そして、死後の自分を救えるのは今の自分、今の自分を変えていくことが死後の自分を変えていくことに通じていることに気付きます。

死後の自分と語るうちに、次第に意識の世界こそ真実の世界という思いを強くしています。

まだ地球に肉を持たない時も、地球に肉を持ち歴史を重ねてきた今も、脈々と流れる意識の存在を感じます。

田池留吉を思えることが幸せです。心に呼べることが幸せです。心の針をただ一点に合わせていくこれからの時間を大切にしていきます。

これからも死後の私との対話を進めていきます。

ありがとうございます。

 


【Eさんの体験】


私の意識の世界を思います。今、肉を持ちながら私の死後の世界(意識の世界)に思いを向けてみます。

お母さん、大きく、大きく広がっていく世界があります。私はこの中に生きている。確かに私はこの中に生きている。私の中には温もりがしっかりとある。

田池留吉、アルバートを呼ぶ私がある。この温もりを私は信じています。私は温もり、私は喜び。ああ私は、肉を外してもこの状態です。

私は私を思うだけで嬉しい。私の中に喜びがある。温もりがある。

はい、凄まじいエネルギーを心に広げてきたけれど、私はその凄まじいエネルギーをも包み込む大きな、大きなエネルギーを感じている。

大きなエネルギーは私です。私の中に大きな喜びがあります。

お母さん、お母さん、お母さんを思う私があります。私は、死後の世界もこの世界に生きています。

ああ、心の中に、お母さんを呼んでいる。お母さんを呼んで私は私を思っている。

限りなく広がっていく私の世界がある。そこには、ただ私があるだけ。私の思いがあるだけ。私の中に私があるだけ。私はそんな私を今、感じています。

ああ、とても嬉しいです。心の広がりを感じます。はい、私はこの世界を心に感じ、ずっと、ずっと存在しています。

次の肉を持つまで、私はこの世界をずっと、ずっと広げていく。今の肉を置き、次の最後の肉を持つまで、大きく私を育てていくとは、こういうことでした。

私は私を思い、私は私の中で、大きく、大きく育っていきます。

はい、すごいエネルギーの中に、喜びが広がっていく。喜びが大きく広がっていく。私は温もりです。私は喜びです。


田池留吉です。

あなたが過去より培ってきた心の世界、そのエネルギーに、今、心を向けてみなさい。

田池留吉、温もりに歯向かってきたエネルギーを、今、広げています。心に広げています。

私の中に、温もりに歯向かってきたエネルギーを、じっと見つめている私があります。

私は、しかし、苦しくないんです。恐怖でもないんです。こんなに大きなエネルギーを蓄えてきたのに、私の中は不思議です。

静かに静かに穏やかに流れていきます。私の中に凄まじいエネルギーがあることは確かです。

しかし、私は、今、心に感じています。その凄まじいエネルギーよりも、大きな、大きな私の喜びを感じています。

私は温もりだった。私は喜びだった。そんな私を今、心に感じています。

その私が過去より培ってきたエネルギーを包んでいけることを、私は知りました。ああ、嬉しいです。

田池留吉と出会い、私はその喜びを知りました。はい、私はこの肉を外しても大丈夫です。

ああ、すごいエネルギーを感じています。

宇宙に向けていくとき、もっと、もっとすごいエネルギーを感じます。

しかし、私は大丈夫です。もっと、もっとすごいエネルギーの中に、私は喜びを伝えていける。温もりを伝えていける。

私は愛そのものだからです。温もりそのものだからです。

ありがとうございます。田池留吉、ありがとう。今、私は心にこの思いを感じています。ああ、肉を離しても、私はこの思いを伝えています。


あなたの肉は、今はもうないんですよ。しかし、あなたは語れます。はい、あなたは語れます。

私の肉はない。私の肉はもうありません。私はもう肉はありません。肉はない私に思いを向けます。

はい、私は尋ねます。あなたは寂しいですか。肉がなくなれば、あなたの中にはどんな思いが上がってきますか。

はい、私の中に、色々な思いが出てきます。私はたくさんの思いを抱えていることを感じます。私はこの思いとともにあることを感じるんです。

しかし、それがとても嬉しいんです。なぜならば、私は私を知りたかったからです。はい、肉を持っているとき、私は私を感じてきました。

しかし、私は肉を持っていない今のほうが、自分をもっと、もっと感じることができることに喜びを感じています。

私を感じていけばいくほど、その中から、私に温もりを伝えてくれる私を感じるからです。

私は、田池留吉を心で知っていると伝わってきます。だから、私は温もりのほうに心を向けられるんです。

自分を知っていけばいくほど、温もりの私と出会っていける。私にはそれが喜びなんです。嬉しいんです。


はい、肉を離せば、自分のエネルギーが覆いかぶさってくるのでないですか。どんな状態でしょうか。

はい、確かに肉がないと分かった瞬間に、私の中にすごいエネルギーの渦を感じます。

肉を持っていたときとは比べることができないほどのエネルギーを感じます。

はい、しかし、そのエネルギーはもはや、私の中では苦しみでも恐怖でも不安でも何でもありません。

ただ私はそのエネルギーを感じているだけです。そのエネルギーから伝わってくる思いを、私は自分の中に吸収できるんです。

どんどん吸収していく私が今あります。


その吸収しているエネルギーは、はい、どのような感じでしょうか。

はい、そのエネルギーのほうに思いを向けたとき、私の中に優しい、優しい温もりが届けられます。

お母さんと呼んでいた温かな優しい柔らかな世界。そのエネルギーで私は私をどんどん吸収していくのが分かります。

私は心の中に、お母さんを呼んでいます。はい、田池留吉、アルバートという思いも片時も忘れはしません。

なぜならば、私は田池留吉、アルバートとひとつだからです。

はい、すごいエネルギーを感じても、私の中には、苦しみも迷いも、寂しさも恐怖も不安も何もない。

ただただこのエネルギーを私は感じ、それを包んでいける私を感じ、喜びが大きくなっていく。私が広がっていくのを感じます。

はい、では、私の肉のない状態は、今、私がこのように感じている世界とほぼ同じなんですね。

 

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私の死後、死んでこの肉体が無くなったあと、私はどのくらいの時間で、自分が死んだということを感じて、

そして、そこからどのように存在していくのか、私は私の意識に再び聞いてみます。

何度も感じてきましたが、今、私は私にしっかりと聞いてみたい。

それは、私のこれからの学びに大いに役立っていくこと、

それを目指して私は私の道を着実に進めていかなければならない、

またそうなっていく、そういうことを感じるからです。

私の死後、死後の私に思いを向けてみます。(塩川香世)



私は自分の心臓が止まり、死んだとする瞬間から、どの程度の時間で自分が死んだと分かるのか、

また分かれば、私の中に恐怖が上がってくるのか、そのところを私は私に語ります。



私は死んだと分かるには、そうですね、一時間とはいかないまでも、

私は、この地球上の時間からすれば、何時間かのうちに、私は死んだということを自分に伝えます。


そして、私の中に、自分が死んだと思った瞬間、では私はこれからどこに心を向けるのか、その心の向け先を確認する余裕があります。

私を恐怖の中に落とすことはありません。


なぜならば、私は自分の中の温もりも、喜びも知っているからです。

肉体があるときに、しっかりと心に感じ広げている世界がありました。


お母さんに思いを向けたとき、田池留吉に思いを向けたとき、心に伝わっていく世界を、私の意識の世界はしっかりとつかんでいます。

私は、頭で学んでいるわけではありません。

私の意識の世界は、どの方向に私を向けていけばいいのか、私は、即座にその方向をしっかりと定めるでしょう。


そして、私は、しっかりとただただ思いを向けていくだけです。向けていくとき、私の中に色々なエネルギーを感じます。

しかし、私は、そのエネルギーの中に埋没することなく、ただただ思いを向けていくだけです。


私は温かな優しい思いをメッセージとして感じ、その方向に心を向けていきます。


その時間が250年、地球時間で言うと、250年という時間なのです。

私はその時間は、私の中で一瞬のうち、すぐさま過ぎ去っていくように思います。


ただ、心を向けて合わせていくことを、私の意識の世界は学びました。本当に心で学びました。

心の向け先を知ることは、私にとって、とても大切なことでした。

それを、ただただひとつの使命として、私は、私に忠実に存在し続けてきました。

心の向け先をしっかりと固定する、肉を持っている間に学ぶことはそれだけでした。

固定すれば、その中から、私は私を広げていくことができることを学びました。

なぜならば、私の中に優しさ、温もり、愛溢れる喜びのエネルギーがあることを知っているからです。

 

その方向で、私が私をいざなっていきます。心の中の凄まじいエネルギーは、私の中の温かな優しい温もりの中に包まれていく。

私は、そのエネルギーで押し潰されることはない。固まっていくこともない。

固まり続けてきた私の歴史の中で,これほどの転機を迎えた。

この時がなかったらと、私は来世の肉を持ったときから、まずそのことを思い出します。


ありがとう。250年前に肉体を持たせていただいたからこそ、今の私があるんだと、私は来世の私に伝えられる。

来世の私は、そのメッセージを受けて、

自分の肉体を通して、意識の世界、波動、エネルギーを流していくことが、

意識の流れの中の計画だということを知っていきます。


だから、私は何も不安も恐怖も何もありません。

ただ、自分の死後、この肉体を置いたあと、どのように存在していくか、

その都度、その都度、確認していくことは、私の歩みをより正確に進めていくことだと、私は知っています。

だから、私は、時を置いて、自分の死後を見ます。自分の死後を語ります。

死後の自分を語ることは、今の私を語ることなんだということも、私には分かっています。



田池留吉のメッセージを私は受け続けていくのです。


田池留吉の肉体を失くしたあと、私は受ける波動、エネルギーを、ただ言葉に変換して、私はメッセージを伝えます。

どんなときも、これからの現象の中で、その都度、私に伝わってくるのは、

また私が問いかけて、その問いかけに答えてくれるのは、田池留吉の意識の世界。

その世界だけを私は真っ直ぐに見つめ、存在していくことが、肉ある、肉なきに関わらず、

私のする仕事だと私は私に伝えます。

 



田池留吉にメッセージを乞います。

私は田池留吉の意識の世界からのメッセージを受けます。




私は田池留吉の意識です。

意識と意識の交信を、ただただ、ひたすらにやっていってください。

波動、エネルギーを流してくださる肉体との出会いを私は喜んでいます。

私の波動、エネルギーを正確に受け、ただただその波動、エネルギーを正確に流していく、

時には言葉に変換して、時には何も語らず、ただ波動、エネルギーを正確に流していくことだけに集中してください。


そうすれば、あなたは、どんなにすごい世界を感じているか、

これからの肉のある時間に、あなたはさらに学んでいかれるでしょう。

それが、あなたの250年の間に至る時間にも繋がっていきます。

250年後の肉にも繋がっていきます。

次元移行への計画をさらに進めていくことにも繋がってまいります。

心の中の田池留吉、アルバートに、針をしっかりと向け合わせいくことだけに専念していくのです。

あなたが語ったように、心の針を向けて合わせていく、心を向けることもままならない人が多いです。

心を向ける、ましてや合わせていくことは、本当はとても難しいことなんです。


私は難しいと一言言えば、それから先の学ぶ意欲が削がれるから、

ただこうすればいい、こうしてください、そうすればという言い方をしておりますが、

現実の話、あなたが語ったように、合わせて向ける、向けて合わせていくことは、本当はとても難しいことです。


今世、産まれてきた喜び、幸せを本当に心で受け止め、自分のやるべきことを心で理解し、

心のなすままに、しっかりとその肉を動かしていくことが、とても大切です。


決意を秘めて産まれてきた、その思いを大切にしてください。

どんなときも、ただただ思うのは、田池留吉、アルバートが指し示す方向です。

その方向に少しでもズレがあるときは、あなたの中から私が伝えます。

あなたの中の針がずれていますよと。その時、あなたは素直にそのメッセージに従ってください。


そうなることは、全くないとは言えません。

しかし、あなたの意識の世界は、いつも、いつも田池留吉を思うことをしています。

田池留吉の心のままに、あなたの心を向けていくことがすべてだと、あなたの意識の世界は知っています。

心の針がずれていくことは、殆どありませんが、しっかりと、しっかりと、その点だけを注意なさってください。


あとは、あなたが語ったように、肉は楽しく生活をすればいいのです。

ただ心の針の向け先です

合わせることの難しさ、心を向けることの難しさ、それを本当に心で分かって、

そして、しっかりと自分の計画通りに、歩みを進めていくことがとても大切です。


要するに、私を知っていくことが、何よりも、何よりも大切なことなのです。

あなたに伝えてきたことは、全く間違いはありませんでした。


私はあなたとの出会いを心待ちしていました。

その思いを懸けてきたことに間違いはなかったことを、

私はあなたが瞑想を重ねていく中で、私もああ、間違いはなかったことを確認しています。


瞑想を通して、心と心の通信、交信を怠ることなく、私の思いを流していきなさい。

メッセージとして流していきなさい。波動として、エネルギーとして流していきなさい。

あなたの行き先は私とともにあります。

あなたの心の向け先をしっかりと、しっかりと合わせ、私に心を向けていけばいいのです。




 

私は、死後の自分を感じ、死んだらどうなるのか

今、はっきりと自分の心で感じていくことが大切だと思っています。

それが一番、これからの自分にとって、大きな意味をなしていくと思います。

それを心で感じ、心に広げ、そのことをどんどんどんどんそうだ、そうだと心で感じていくことが、

自分にとって一番大事なことだと思うんです。


田池留吉を呼び、アルバートを呼び、お母さんを思い、宇宙を思い、瞑想を続けています。


自分の死後は、今、現実的なものです。死んで自分はどうなるのか。

心の中で感じ、それが現実のものとして今、心で感じられること、その感じたものをしっかりと受け止めて、

それを、自分の学びのポイントとしていく、自分の歩みを進めていく、その思いはとても大切だと思うんです。


だから、私は、自分の死後を呼ぶ瞑想、

自分の死後を感じる瞑想、自分の死後と語る瞑想

そういう方向に心を向けて、その時間をたくさん持ちたいと思います。

 



私は意識の私を感じています。私はこの肉体を離したあとの自分の世界を心で感じ、私は今を生きています。

心の中に、アルバートの世界が広がっています。田池留吉、お母さんと呼べば、心の中に温もり、喜びが湧いてくるのを感じる。

それは、肉体を持っているからだと思うときもあります。

だから、私はこの肉体を離したあとも同じ状態なのかと、私は、自分にいつも、いつも問いかけ、学びを進めています。


私の意識の世界が本当に根底から変わったのは、今世、ああ、田池留吉と出会えたからです。

田池留吉の波動を自分の中にしっかりと受け、私の中の喜び、温もりを目覚めさせたからだと、私は思っています。


「愛、あなたは愛です。私達は愛です。一つです。」

その言葉、その波動を心に受け止め、私はこの道を真っ直ぐに突き進んでいくことだけを考えています。


私の死後、私のこの肉体を離したあと、地球時間の250年の間、この時間、私はどのように存在しているかと、私は何度も、何度も問いかけました。

私の現実としては、田池留吉を呼べる。呼ぶんだということが心の中に響いてきます。


それを、何度も何度も繰り返し確かめ、そして、その都度、その都度、私の中に広げていくこと、

それが私の勉強にとって、とても大切なことだと思っています。


ありがとうの思い。

ただただ喜んで受けていける喜びの中にあった自分を広げ感じていくこと。

私の中のエネルギーは、それを求めています。


間違った道を歩き続けてきました。彷徨い続けてきました。

狂うしかなかった自分の時間を振り返り、私は、今、本当に幸せです。


心の中を見ていくと、私は幸せだったんだ、喜び温もりだったんだと、そんな私がたくさん、たくさん私に呼び掛けてくるんです。

私はそれを全部自分の中に受け止め、私達はともに愛に帰る喜びのパワーであることを伝え続けています。

これからも伝え続けていきます。


心の中を見てくださいと伝えていただきました。

凄まじいエネルギーはこの中に静かに、静かにありました。

そして、それを段々、段々目覚めさせていくように仕向けました。


心の中からどんどん凄まじいエネルギーが飛び出していきました。

苦しみの中から、ようやく、ようやく、明るい方向へ目覚めていける自分を感じるたびに、

私は、今世この肉体を持たせていただいたことに感謝しかありません。


苦しかった。ああ間違ってきた。だけど、私は、今、自分の中を感じています。

私の中の喜びと温もり、愛溢れる自分を、もっともっと信じていきましょうと、私は私の中に呼び掛けています。


田池留吉、アルバート。

私はあなたの意識の世界に出会えることを待ち続けてきました。

ようやく現実のものとして、自分の中に響いてきたとき、これこそ、本当の私なんだと何度も感じさせていただきました。


私はエネルギーです。パワーです。

愛の方向へ心を向けた時、エネルギー、パワーが全開していくことを感じます。


その凄まじいエネルギーこそ、愛へ、愛へ自分をいざなっていける大きな力です。

それこそ、この私自身です。私が私をいざなっていくことを、ああ、瞑想をするたびに感じ、私は、とても嬉しいです。


このことを心で感じ広げていけるこの時間。

私は今も、死んでも、このことをやり続けることを心に感じています。とても嬉しいです。


私は死んでいない。死んでいなかった。

ともに、ともに歩いていけることを呼び掛け続けてきた私の中に、私は生きていました。

心の中に私がありました。私の中に私がありました。

愛、愛、愛の私がありました。宇宙へ帰れる私がありました。

ともに歩めることが喜びです。ありがとう。


心の中にありがとうを広げていきましょう。

田池留吉からのメッセージを受け続けていきます。

田池留吉は、私の中の変わらぬ喜びと温もり、パワーの世界でした。

心の中を見つめていくと、喜びと温もりが溢れていく自分に出会えます。


田池留吉に心の針を向け合わせる難しさを感じます。

しかし、私はその喜びも感じています。

向ければ向けるほど、合わせていけば合わせていくほど、心の中は広がっていきます。

宇宙が広がっていきます。これが私の仕事でした。

私が私をいざなっていける道筋を、自分の中に見出し、

ようやく、その喜びの道に私を進めていける今世との出会い、ありがとうございます。


苦しい人生の中で、ようやく、ようやく開けていった私の中の明るい未来。

私は過去の私とともに、この未来を私の中へ広げてまいります。

心の中の喜び、温もり。ああお母さんありがとうございます。

 

 

私、田池留吉の波動を、どうぞ、あなたの心で感じてみてください。

私、田池留吉の波動を、遮っているのはあなた自身です。

それは、あなたがまだまだ他力のエネルギーにがんじがらめの状態だからです。

それをしっかりと、あなたが肉を持っている間に確認してください。

 

私は、死後の自分を語れと申しました。

死後の自分、

つまり自分の今をしっかりと把握することが、

とても大切なことです。

 

殆どの方と言っていいほど、

死んでから学ぶことは難しいです。

 

心の針を向ける、田池留吉、

お母さんを呼べる状態かどうか、

今、しっかりと見極めて、自分をどうか大切になさってください。

 

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田池留吉/塩川香世
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ISBN 978-4-904648-16-2

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私の思いというのは、あなたに是非本当のことを知ってもらいたい、

真実に出会っていただきたいということなのです。

あなたは、今までにこの世のどこかに真実というものがあるのではないか、

今はまだなにか分からないけれど、 絶対に変わることのない本当のことがあるのではないか、

と考えてみたことはないですか。 あなたは本当のことを知りたくはありませんか。

この本は、そんなあなたに、あなたの心で答えてくれる一冊になってくれるでしょう。

 

主な目次


  はじめに


 1. 私の人生は、セミナーとともにありました 15
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 2. 私の人生すべてを懸けてお伝えしてきた真実 36
--------------------------------------------------------------------------------

 3. 心を見るということについて 49
--------------------------------------------------------------------------------

 4. 本当の人生、本当の喜び、そして、本当のあなたとは 69
--------------------------------------------------------------------------------

   5. ここで「死」ということに触れてみましょう 80
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 6. 神と金に狂い続けてきた人類 91
--------------------------------------------------------------------------------

 7. 天変地異の足音 118
--------------------------------------------------------------------------------

 8. 心を見る大切さ 134
--------------------------------------------------------------------------------

   9. 意識の流れと次元移行 154
--------------------------------------------------------------------------------

 10.私達は、宇宙とともに次元移行をします  
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   おわりに 233


   再 掲 238
 


■はじめに■


この本を手にしていただいて、ありがとう、大変嬉しいです。

長い長い時を経て、ようやくお会いできました。シナリオ通りとはいえ、幸せです。


どうぞ、まず、生まれてきたことを喜んでください。お母さんの温もりを心で感じてください。

そして、生きる本当の意味を知って自分の人生を全うしてください。


「あなた方は今、意識の流れを感じていますか。すべての意識はその流れの中にあります」と、

このように申しましても、一体意識の流れとは何なのか、すべての意識とはどういうことなのか、

そして、流れの中にあるとはと、最初から、あなた方の頭の中には、疑問符が出てくるでしょう。

 

そもそも、これから私がお伝えしようとする内容は、

過去、どの文献にも記しるされていません

いまだかつて真実に出会えた人間は、いないからです。

確かに、人間は、過去より真実を求めてきました。

しかし、実際は、誰一人として、真実というものを知らずに、分らずに死んでいきました。

従って、本当はこれまでに救われた人などいないのです。

神にも仏にも宇宙のパワーにも、私達を救う力など全くありません。

私達自身が、真実に目覚めない限り、私達は救われないのです。

実は、そのことを、はっきりと伝えるのが、意識の流れというものです。

そして、私は、私達はみんなその流れの中にありますということを知っていただきたいのです。

 

そこで、話の中心は、一体真実とは何か

私達人間が本当に真実に目覚める時がやってくるのかということになってくるのですが、

ここでひとつだけポイントとして、押さえておいていただきたいことがあります。

それは、真実の世界は、人間の頭では計り知れない世界だということです。

本当のことは、あなたの頭ではなくて、あなたの心で分かるものであり、

そして、あなたの心でしか分からないものだということを、私は最初に断っておきます。

では、人間の頭では絶対に分らないという真実の世界を知るには、どうすればいいのでしょうか。

それを、これから、私は、順を追って語っていきたいと思います

(後略)

 

■増補改訂版「意識の流れを読んで」■


少し前に、以前発売になっていた「意識の流れ−アルバートとともに−」の本を手に取り、

帯に書かれた「真実の世界は、あなたの頭では分からない、

あなたの心でしか分かりません」という一文を見た瞬間に、

ふいに涙が溢れ、胸がいっぱいになったことがありました。

 

その本の増補改訂版を読んで、以前の本と比べて、章立てになっていて読みやすくなり

更に未来の事についても加えられ、より一層、内容が深く、力強くなっていると感じました。

 

今まで生きてきた中で感じてきた数々の疑問に対しての答え、

どう生きていけばいいのかということに対しての指針、

真実の世界、真実の私とは何かについて、一つ一つ丁寧に綴られていました。

うやむやにぼかされてきたそれらの答えが、

はっきりと力強く示されていることを感じて、嬉しく思いました。

 

本当の生き方を知らずに、ただ年月を過ごしてきた私に、

本当の生き方を、本当の真実の世界を教えてくれる一冊に、こうしてまた出会える私は幸せです。

この一冊、大切にしていこうと思います。ありがとうございました。

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2010年2月28日(日)で終了になりました

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 2010年3月1日からは、次のような表題で塩川香世さんが担当してくれます。

塩川さんとともに学び、更に一歩前へ進んでいくようにしましょう。

私、田池留吉は、一人でも多くの方が、次元移行を目指して学んいくよう希望してやみません。

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