NPO法人・UTAの輪 会員として、今なにをなすべきか?

 毎日 指針がよせられているので、必ず チェックしてください。

 

枠が黒く表示される方は、上のメニューバーの中心にある 「破れたページの形をしたアイコン」をクリックして下さい。

 

「私は意識、永遠、無限、波動、エネルギーです。」

「私は愛、あなたも愛、ひとつです。」

 

UTAの輪 「心」の目次(田池留吉)   ←クリック

 

 

これから宇宙は変わっていきます。

地球も変わっていきます。

次元移行に向かって人類も変わっていきます。

 

 

田池留吉 ・ UTAの輪 ・ 塩川香世

U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

 

  UTA会  ⇒ UTAの輪

田池留吉: NPO法人・UTAの輪 (UTAの輪作り) H.30

2018年・平成30年 11月 29日更新

 

学ぶ方へ

 

セミナーに参加するまでに!(田池 留吉) ←クリック

田池留吉の意識からのメッセージH.29・30

塩川香世のメッセージ H.30クリック!

H.30 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

平成 30・29・28.27年  NPO法人・UTA の 輪 セミナー (塩川香世) ←クリック

平成30年 UTA ブック ・ 塩川香世・NEW スカイプ反省・瞑想会

平成29・28・27・26・25年UTA ブック・塩川香世・スカイプ瞑想会

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U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

U T A

 U、T、A、文字通り、UTAを心で感じる喜びに、あなたもその第一歩を踏み出してください。


 U=宇宙・UFO。  T=田池留吉・天変地異。  A=アルバート・


250年後に至る大きなキーワード。

そのキーワードを大切に、これからあなたの時間を使っていきましょう。


たくさんの私達の仲間、UFOとともに次元移行していく時を楽しみにしています。

「田池留吉に心を向ける。」ことが、全てです。

肉の田池留吉ではなく、意識のタイケトメキチ(本当のあなた)のことです。


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つづく(作成中) in the works

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

肉から意識へ基盤を変えていくことが唯一待たれていることです。

基盤を変える、そのために250年の間に転生を用意します。

それがあなた達が自分に課した喜びの選択です。


何としても帰りたい、帰ろう、その思いの実現に向けて、日々を過ごしましょう。


肉の喜びと幸せは儚いものです。

実感あるそれらだと思うその思いの底の底のもうひとつ底を感じ、

どんどん自分の思いを明るい元あったところへ返していきましょう。


自分を解き放つ喜びと幸せこそ、何にも代えられないものだと知ってください。

それには何も必要としません。全部自分の中にあります

愛、心のふるさとへ帰ろうといざなってくれている本当の自分の存在に気付き、

その世界に沿って生きていくことだけをやっていけばいいんです。


肉は何のためにあるのか。何のための今なのか。


繰り返し自分に問いかける必要があります。

 

それぞれ自分に用意した時間、肉の時間です。

その中でどう生きていくか、何を選んでいくか、

何に思いを馳せていくか、それはそれぞれの選択です。


私はこう生きます、これを選びます、ここに思いを馳せていきますと、

自分に宣言したならば、その通りにやってください。


そして、その結果を踏まえて、自分なりに生きていけばいいと思います。


その良し悪しを判定するのは自分です。

そのような中に私達は存在しているということを知っていきましょう。


愛の中にあります。

愛の中にあるから、間違い、過ちは必ず正されます。


それが意識の世界です。

その意識の世界に真っ直ぐに生きていくことが、

もうお分かりと思いますが、たったひとつの喜びの道です。


いずれ、どなたにもこのことが心で分かる、感じられる時がやってきます。


今世、学びに触れた幸せ者の私達としては、

「私達は間違い続けてきた」これだけは、

今世の肉を通して知るようにしてください。

 

 

 

田池留吉、そしてアルバートと心から呼べる今があることに、

喜びと幸せを感じていますか。


ともに行きましょう。ともに歩いていきましょう。ともに生きていきましょう。

みんなそれぞれに環境の違いがあります。

環境を始めとして肉はそれぞれ自分を知るために、自ら用意してきたものです。

自分の愚かさを知るために用意してきた肉です。

そこをしっかりと確認して、もう自らの思いを裏切ることなく、どうぞ、幸せを知っていきましょう。


私達は帰ります。帰れることを心で知って、その道をともに生きていく喜びを広げてください。


田池留吉、そしてアルバート。

母なる宇宙へ帰る道しかないことを、

一人でも多くの方が心で分かっていけば、こんなすごいことはありません。

 

 

学びに何を求めているか、

いわゆる学びをしている動機をしっかりと確認してください。

そしてその動機が間違いだと確認したときは速やかに修正に取り掛かってください。

そうしないと学んでいるつもりでも、実は学んでいないということになります。


動機の確認そして修正、これは非常に重要です。

学びに何を求めているか。本当に喜びだけで学んでいるのか。

しっかりと自分に問うてください。


そのうえで、瞑想を継続して、これだ、この道しかないと自分の中ではっきりと感じたならば、

もう真っ直ぐにその感じたものをより深くより強くより広く、自分の中で育むようになさってください。


真っ直ぐです。

寄り道をしないでただひたすらに真っ直ぐに自分の決めてきた道筋を

力強く歩んでいくことに専念です。


もう時間は残されていません。

まだまだあると何となく思っているかもしれませんが、

本来の軌道に自分を乗せていく難しさを思えば、

そんな悠長なことは言ってられないのが現実だと思います。

 

 

それぞれみんな本当のことを自分に伝えるために

今、こうして肉を持って学ぶチャンスを用意してきました。


それは自分の計画です。

何としても本当のことが知りたい、そして何としても本当のことを自分に伝えたい、

そんな思いをそれぞれに抱えて生まれてきたのではないでしょうか。

ああそうなんだと聞いてそう思うのではなくて、

そのことをあなたの心で感じてみてくださいということです。


しかし、本当に感じていくには瞑想、正しい瞑想ができてこなければなりません。


そうでないと、そんな切なる思いが響いてきても、

それをかき消すエネルギーがまだまだ優位にある状態から脱し切れないから、

同じところをぐるぐる回っているだけなんです。

その状態はぐるぐる回りながら上がっていくというものではなく、ただ回っているだけ。

つまりは歩みの一歩を踏み出せていない状態ということです。


一歩踏み出したかと思えば一歩後退。

同じところで足踏み状態ならまだいいほうで、場合によっては後退しているかもしれません。


半端な思いで学びに集ってきたのではないことだけは確かなことだと、

それぞれの中で自覚を深めてください。


いつまでも苦しいとか分からないとか言っている場合でなく、

苦しかったらなぜ苦しいのか、分からないというのはどういうことなのか、

真剣に自分と向き合ってください。

 

 漫然と学ぶのでなく、漠然とした喜びではなく、しっかりと学んでいきましょう。

自分の肉を通して様々な肉の情報が入ってきます。

それらを肉を生かすために、肉を高めるために、肉を認めさせるために活用するのではなく、

自分の中の地獄を確認するために活用してください。


今世、学びと出会い学び始めたという事実はすごいことなんです。


全部、自分の計画ですが、その計画を予定通り遂行していくことに専念してください。


自分と自分の学びです。誰も救いにきてくれません。

地獄の奥底から脱出する目途が立たなければどうすることもできません。


一応、今世の学びによりその目途を立てても、1392のメッセージ通り、

250年の間にある何度かの転生では、真っ黒の上塗りをしてしまいます。

ですが、今世の学びの出来次第で250年後が見事に変わっていくということです。


それほど、250年後、最終転生の喜びの発信はすごいということです。

特に、肉を持たない意識の集団の目覚め、

いわゆる闇黒の宇宙の目覚めの勢いはすごいです。


だから、母の温もりをしっかりとして、

今世、自分が生まれてきた意味を本当に心で分かりつつある方は、

宇宙に向けてどんどん瞑想をしてください。

 

 本来の自分の生き方、存在の仕方をしっかりと思い起こし、

その思いとともに生きていけるようになれば、そこから新たな喜びが感じられるでしょう。

今までとは全然違う喜びの中にあったこと、

それは全部自分の中にあったこと、

はっきりと感じると思います。


いつも見ている風景、それは変わらないけれど、

自分の中が変わっていくから、

見ているようで見ていない、聞いているようで聞いていない、

そんな生活ができてくるのではないでしょうか。


肉、形の中に深みにはまらない、掴まない、握らない、

こだわらないということが自然になってくると思います。


楽に生きましょう。そうです。

自分の中に思いを向けて、どこまでも広がっていく意識、

波動の世界にある自分をただ思っていけばいいのです。

 

生きていれば色々とみんなあります。あっていいんです。あって当たり前です。

ただ、それを掴んで苦しんで悩むということが違っているんです。


あるのは喜びの世界だけ。

ここをしっかりと信じられる自分に変わっていきましょう。


そうしないと、ひとつ悩みが解決してもまた次、形を変えて問題が発生してきます。

それらは何のために起こってくるのかという根本的なところを解決しない限り、

事が起こっては苦しみ悩み解決しては喜ぶ、けれど喜んでいたのもつかの間、

また次の難儀な事態が沸き起こってくるということでしょう。

そして、また苦しみ悩む。この繰り返しの中で人生の幕を閉じていきます。

暗い循環の中で、人生の幕が開き、幕を閉じていくことを永遠とやってきたのです。


その循環を明るい流れにしていきましょう。どうすればいいのでしょうか。

難儀な事態だと思う思いを変えていくんです。

これは難しいことだけれど、その暗い循環から抜け出していくには、それをする必要があります。


つまりは意識の転回です。

肉から意識へ基盤を変えていく以外に方法はありません。


人生は喜びです。

これをしっかりと自分の中心に据えて、自分の根本を見直してまいりましょう。

 

 

 自分の生き方、存在の仕方

きちんと見直していく時間はゆったりとあったほうが幸せでしょう。


今世、自分に用意したひとつの肉であり、今の環境です

肉を生かすために肉があるのではないことは、それぞれもう感じておられると思います。


感じておられると思いますが、肉を持っている時間を

本来の目的に十分に費やしていくことが、最も幸せな人生だと言い切れますか。


肉を生かすことに飽きない欲望を膨らませている人達、

あるいはまた生きていくことに精一杯の人達の中で、

そのように言い切り、それを淡々と実践していくには、

やはり自分の中の固い強い決意に触れるということが必要でしょう。


今世こそという思いに触れていけばいくほどに道は見え、

そして中心棒の確立ができていくという確かな手ごたえを、

あなたも自分の中で感じてみてください。


自分の世界があるだけです。

その世界がどんな世界なのか、

しっかりとはっきりと知っていくことが肝要です。

話はそれからです。

 

 

 異語について。

 

思いを語るとき、日本語で語るときと異語で語るときがあります。

特に使い分けをしているわけではなく、自然とそうなっています。


ただ、日本語は万能ではないと思うし、

異語は思いをストレートに語っているという感覚があります。


だから、ここぞというときに出るのは異語です。

異語でしか語れない、伝えられないということです。


また、私は、田池留吉、アルバートを思うとき、宇宙を思うとき、

異語で語る心地良さを味わっています。心地良いんです。

特に宇宙を思うとき、ああ私は宇宙とともに生きているんだと実感しています。

異語で通じ合う波動の世界に生きていると感じられることが幸せということでしょう。


私はずっと以前から、ふるさとの歌も異語で歌っていました。

犬を抱いているとき、犬と散歩しているとき、

異語でふるさとを歌いながらの時間を過ごしていたなあと懐かしく振り返っています。


学びの友と異語を介してのお勉強を以前はよくやられていたと思いますが、

今はどうですか。ほんの短い時間でいいんです。またやってみてください。

 

 

 

UTAの輪の中でともに学ぶ喜びと幸せ、

どうぞ、あなたもご自分の心で味わってください。


輪の中心は愛です。

中心へ向かってともに歩みを進めてまいりましょう。


その歩みは自己確立の歩みです。

自分の心で感じて感じたものを信じていく、

自分と自分の中で歩みを続けていく、

真にそうなってくれば、自ずと波動の世界が変わっています。


宇宙を変えていくのは、その波動の世界です。

波動を学んでまいりましょう。

ぶれずにしっかりと自己確立の道を目指してください。

 

 

 自分の心を見て、流すエネルギーを感じて、

そこから自分の間違いに心で気付いて本来の軌道に戻していこうとする、

そのための時間を肉を持って自分に用意してきました。

肉を持ったのは、自らの間違いに気付いていくためでした。


何を間違ってきたのか、なぜ間違ってきたのか

きちんと自分の中で答えが出ていますか。


肉を持ってきた本来の目的を、

肉を終えるその時まで違えずに遂行していければ、その人生は〇です。


本来の目的を早い段階で思い出して、

そしてその目的を遂行していく時間を確保できれば一番いいんですが、

そう簡単にはいきません。

はっと気付いた時は、もう人生の先が見えているということかもしれません。

それでも気付いたその時からやってください。


自分が本当に望んできた人生を生きているか、

その都度しっかりと確認して、もう二度と自分を裏切ることがないように。

 

 

 みんな田池留吉の方向へ向いていこう

素直に真っ直ぐにただひたすら欲も何もなく、喜びで向いていこう。


それしかありません。

苦しみ喘いできた私達ではなく、喜びと温もりの中で

伸び伸びと存在していた私達に戻れるのはそれしかありません。


お母さんと心の底から呼ぶ喜びです。幸せです。

一人でも多くの方が、その喜びと幸せを心から味わっていただきたいと思います。


呼んでいるんです。求めているんです。

母の中へ帰ることを心から望んできたこと、

何をおいてもそれをしっかりと心に感じてください。


そこがしっかりとしていれば、ぶれないです。

それぞれに色々と心が揺れることはあるでしょうが、

基本的にはぶれずに、生きていく方向を見失うことはないはずです。

 

 

肉で、肉として生きるということは、

自分を裏切るということです。


それを聞いて、今に至っても、そんな大げさなという思いが出てくるならば、

もうそれはあなたの意識の世界がまだまだ地獄の奥底に

沈み込んでしまっているという状態だと言ってもいいと思います。


本当に救いようのない状態の中から、こうして這い上がってきた意識。

そんな自覚もないまま、またその肉を置いていくということでしょうか。


本当にもったいないです。

千載一遇のチャンスという表現を思い起こし、自分を大切に思って生きてください。


自分の中の優しさ、温もりを捨て去ってきたことを心から心から自分に詫びてください。


誰も何もそんなあなたを責めはしません。信じて待っているだけです。


そんな波動の世界を心が受け取っていけば、もう何とも言えない思いになります。

肉として生きてきた膨大な時間を作ってきたけれど、

それでもそれでも帰っていこう、戻っていこう、愛の中へ、

本当の自分の中へ、どんどんその思いを広げていってください。

 

 

日々、自分の心と向き合う、それだけです。

それをおざなりにしては、決していい人生にはなりません。

どんなに物心に恵まれても、残念ながら、それでは本当の人生が分からないんです。

本当の人生が分からないということは不幸せなことです。


要はなぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのか、

自分の心でしっかりと分かる、知ることです。


心でしっかりと知って分かっていけば、どう生きていけばいいのか、自ずと分かります。

そうしていけば、道が見えてくるんです。


そして、見えてきた道を、これだこれだとさらに着実な歩みを進めていく手立ては

正しい瞑想でしかありません。


正しい瞑想の純度が上がってくればくるほどに、

自分がどんなに幸せな存在であるかはっきりとしてきます。

幸せな存在だと感じてくればくるほどに、正しい瞑想の純度も上がるというわけです。


心地よい循環を作ってください。

 

 

 みんなよかった、どんなこともみんなよかった、

そのように心で受けていくことはなかなか難しいと思います。


ですが、みんなよかった、どんなこともみんなよかったんです。

それは意識の世界からすれば本当のことです。


少しずつでも、みんなよかった、どんなこともみんなよかったと

自然に思えたら、心は随分軽くなっているはずです。

そして、嬉しい、幸せだなあと自ずと感じてくるでしょう。


何がどうとかではなくて、今思える今が嬉しい、幸せだなあということだと思います。

暗い思いが次から次へと出てきても、だから嬉しい、幸せなんです。

間違って生きてきた自分を感じられる今が何とも幸せだということが心で感じ始めると、

みんなよかった、どんなこともみんなよかったと、段々に思えてくるでしょう。


不必要なことは何もない、そう思って日々瞑想を継続してください。

 

 

年齢を重ねている人も比較的まだお若い人も、今世こうして学びと出会った仲間です。

それぞれに決めてきた予定のコースがあります。


心を見ることを通して、自分の出してきたブラックのエネルギーを

本来の温かい喜びのエネルギーに変えていく生き方

それぞれに望んできた、切望してきたはずです。


その思いに素直に真摯に向き合って、それぞれの肉の時間を終えてください。


心から待ち続けてくれている思いの世界があります

必ず帰ってきなさい、戻ってくるんですよと待っています。


そんな思いにどうぞ、日々の瞑想で触れてください。

微かでも心に届いたと感じたならば、それを大切に育んでください。


もう自分を裏切ることはあってはならないと

自分に伝えてくれている思いをしっかりと受け取ってください。

 

 

 心で感じること、心で感じられる喜びと幸せ。

あなたはどの程度感じていますか。どんどん自分の中へ思いを向けてください。


あなたの外には何もありません。肉を生かす手立てはいくらでも入手できます。

そういうことが生きていくということではないんです。


自分の中がいかに真実の世界に近づき目覚めていくか、

それを肉を持って知っていく、学んでいくというのが本当の人生です。


肉を生かすために生まれてきたのではないことを

しっかりと自分に伝え、肉を持っている今というかけがえのない時を大切に、

そして喜んで自分と向き合ってください。


250年後の同時期にまたともに肉を持って出会っていこうと、呼び掛けています。

ともに次元を超えていく意識の流れの中で、ともに喜びと幸せを味わっていきましょう。

 

 

ゆったりと自分を振り返る時間、

その作業がどなたにも必要です。


ゆったりと生きていきましょう。

たとえ、日々時間に追われている人であっても、

必ずどこかに空き時間というのがあるはずです。


身体を休めると同時に、意識の世界も緩めてください。


そんなとき、なぜ自分は生まれてきたのだろう、

何をするために今があるのかという思いを自分に向けてみてください。


そして思いましょう。素直に真っ直ぐにただ思いましょう。


思うは田池留吉です。

素直に真っ直ぐに思えるかどうか、

思うことがただただ喜びとなっているか、それぞれに検証してください。


自分の中に帰っていくんです。戻っていける喜びを確信してください。


外には何もありません。真実は自分の中にあります。

自己確立の道をしっかりと打ち立ててください。

そして、ともに学べる幸せと喜びを共有しましょう。

 

 

 帰っていくところを知らずに分からずに彷徨い、苦しみの底に沈んできたこと、

それぞれに自分の心で感じておられると思います。


言いようもない寂しさ、空しさの中で、

必死に生きてきた自分の哀れさをもっともっと心で感じてみてください。

そして、そんな自分をしっかりと抱きしめてください。


生き直してください。生き直していきましょう。


肉に塗れ、肉に沈み、それでもこうして何度も這い上がってきた思いに触れてみてください。

どんなにしても幸せが分からなかった、

喜びが分からなかったと心からの叫びを真っ直ぐに受け止めてください。


真っ直ぐに受け止めていける今があります。

あなたさえその気になれば、真実の世界への扉は

大きく開け放たれている現実が心に響きます。


どんなにこの時を待っていたか、

苦しみ続けてきたたくさんの自分とともに、

幸せを味わってみてください。

 

 

あるのは喜びの世界だけです。

そうしっかりと思えない心、

他力のエネルギーがそれぞれの中にまだまだ根深く残っています。

言うまでもなく肉を本物とする心です。


焦ったり、落ち込んだり、諦めたりせずに、

真摯に喜んでその現状と向き合っていきましょう。

向き合える今が喜びであり、幸せなんです。


喜んで喜んで心を見ていく、自分の作ってきた闇の世界、

そのエネルギーを感じていく、そのことに専念してください。


心を見て、作ってきた闇のエネルギーを感じていったならば、

それを膨らますのではなくて、エネルギーの質を変えていくことが仕事だと心得てください。

質を変えていくのは、あなたの肉ではありません。

肉はできません。

ただ、心の針の向け先を知って、

そちらのほうに向けよう、合わせようと

ひたすらに真摯にやっていこうとする生き方に徹してください。

 

 

 言葉は要りません。

肉、形の世界では、意思疎通をするのには言葉が要るでしょう。

自分の気持ち、思い、考えをできるだけ正確に伝えるために、人は言葉を選びます。


しかし、意識の世界は違います

針の向け先ひとつで流れる波動が違い、

そしてその波動こそが意識の世界を物語っていくんです。

言葉は何の役にも立ちません。かえって無用な混乱を引き起こしていきます。


人は嘘をつきます。誤魔化します。言葉で自分を修飾します。

波動の世界はそれが全く通用しません。


あなた田池留吉を信じていますかと聞かれて、

答えていくのは言葉ではありません。波動です。


波動を学んでください。

日々の瞑想の中で学ぶのは波動の世界です。


肉として生きる術に長けても、

正しく思うことに長けていなければ、

肉があってもなくても地獄です。

 

 

 

思うは田池留吉です。

これをしっかりと心に刻んで、いついかなるときもこのことを忘れないように。


肉の采配など全く役に立たないときがこれから頻繁にそれぞれの周りで起こってきます。

委ねていくことを自ら学習していくようになっています。


思うは田池留吉。

思っていればそれでいいのかということを言われるかもしれませんが、

思うは田池留吉を心から実践していけば、その真意がお分かりになると思います。


決して軽んじることのないように、思うは田池留吉をただひたすらに実践してください。

そして、あるのは喜びだけだということを心から心から信じられる自分に蘇っていきましょう。

 

 

田池留吉です。

私のほうに心を向けて日々お過ごしください。

私、田池留吉のほうに思いの針を向けて合わせていくことが

何よりも何よりも肝要です。

しっかりとそして喜んで自分の中の

他力のエネルギーを見ていってください。

ともに帰る道があなたのただひとつの喜びの道であること、

私、田池留吉はただただそのことをお伝えするだけです。


どんなときも私、田池留吉を思うこと。

思うは田池留吉です。

どうぞ、どうぞ、しっかりと実践をしてください。

 

 

 

 一人ひとりが選択決断そして実行していく道です。

愛に帰る道は大変険しいです。厳しいです。

しかし、この道は同時に喜びです。

そして喜びの道は愛へ帰る道だけです。


肉、形を本物としてきた世界が、あちらからもこちらからも崩れていくことを通して、

その世界が違っていることをはっきりと示します。


肉、形の世界が本物の世界であるならば、形を崩す必要がどこにあるのでしょうか。


崩れていく形の世界を見て聞いて体験して、

それぞれの心に上がってくる思いを確認して、

ああ自分達は何もかも間違えてとらえて生きてきたんだと、

一人ひとりがその心で気付いていく時間が必要です。


闇に沈んだままなのか、そこから抜け出して本来の明るい温もりの喜びの世界に戻っていくのか、

ふたつにひとつの選択がどなたの目の前にも突き付けられます。

自らに突き付けてそして自ら選んでいく道は、

愛ゆえの厳しさであり本当の優しさではないでしょうか。

 

何ひとつ不必要なものはない、

真実の道を歩くことを果たすために、

肉、形の世界において起こってくることで不必要なものは何ひとつないということを、

それぞれの心でしっかりと学んでください。


喜びだけだったんです。

喜びだけの意識の世界に様々な本当に様々な思いを作ってきました。

作ってきたんです。思いの世界を作ってきました。

自分が作ってきたから、その世界は自分で崩していかなければなりません。


そして元々あった喜びの世界だけを、

どんどん前面に出して、どんどん喜びを感じていきましょう。


喜びの世界を奥に奥に閉じ込めてきた過ちに心で気付き、

なぜそのようなことをしてしまったのか、自分に詫びてください。


懺悔です。本当の自分に懺悔です。

そしてもう止めよう、自分を落とし込めていくのは止めにしよう、

今世の肉を通してしっかりと自分に誓ってください。

私は喜び、私は愛

素直に自らが伝えてくるメッセージを受け取ってください。

 

 

 

信じる信を養い、深めていくことに尽きます。

肉、形の世界は影の世界であり、意識、波動の世界、もちろんその世界は、

田池留吉、アルバートの世界を言いますが、

その世界こそがたったひとつの真実の世界だったと、

どこまで、どの程度、どのような思いで信じているのかということでしょう。


田池留吉、アルバートを思う思いの先には何もありません。

ただ思う、思える、呼べることがただ嬉しい、幸せということです

たったひとつの真実だった、それが自分の中にあった、

その自分の中の真実、本当の自分とともに生きていく、ひとつになっていく、

そのような思いをどんどん広め深めていくことが、喜び、幸せの道でした。


三次元最終に向けて、滞りなくご準備をなさってください。

自分との約束、今世こそ破らずにいてください。


待っていますの思い、呼び掛け、もうすでにあなたの心に届いているはずです。

250年後の本番に向けて、最大限の努力をしてください。

 

瞑想をしていますか。楽しんで喜んで瞑想をしていますか。

瞑想をするゆったりとした時間、気持ち、そういうものを確保すること、

その方向に可能な限り、自分の生活のリズムを組み立ててください。


自ずとどのような生活をしていけばいいのか分かってくるし、

そうだなあと心から思っていると、そのように周りがなってきます。


無理に無理をしてするのではなく、自然に瞑想をしよう、

したいとなってくれば、気が付けば思いを向けています。


向けることが、思うことが嬉しいからです。安心だからです。

欲でそうするのではなくて、瞑想をしようと思う思いの中には何もありません。


ただ思いたい、思うことが嬉しい、幸せ、

そうやりながら日々の生活を流していけば、知らずのうちに心は軽くなっています。


その心とは肉の心ですが、肉の心は軽ければ軽いほどいいです。

それで意識の世界に極端な変化が見られるかということはないかもしれませんが、

心の手かせ足かせはなるべく外していきましょう。

何でも掴んでいれば苦しいはずです。

離す、心を離すように努めてください。

 

 それぞれに残されている肉の時間

思い残すことのないように自分を大切に過ごしていきましょう。

月日はあっという間に過ぎ去っていきます。


ひとつの肉を通して学べる今を心から喜んで、

そして本来の自分の生きる道を歩く喜びをしっかりと感じていくようにしましょう。


みんな大切な仲間です。

学びの友との出会いを嬉しく思っています。


ともに瞑想、ともに思う、ともに凄まじいエネルギーを確認し合う、

そしてともにふるさとの歌を歌う。

こんな嬉しい学びの時間と空間を持てる私達は本当に幸せ者です。


どうぞ、250年後に思いを馳せて、日々瞑想を続けてください。


250年後出会って、喜び、喜びの時を共有したい、心からそう思います。


今世、同時期に肉を持ち、学びに集ってきたこと

それぞれの心でしっかりと味わってください。

 

 肉を持っていれば、肉を維持するためにお金は要りますが、

自分の生活を見渡して、ある程度お金の目途がついているならば、

今世の残りの肉を持つ時間を、できる限りゆったりとお過ごしください。


肉の心、身体をゆったりとさせて、ゆったりと流れる時間の中で、

250年後に、三次元最終の時に思い馳せてください。


そうできる時間を少しでも長く持つことが幸せなことだと思います。


目の前の欲の世界は魅力的かもしれませんが、

次元移行という意識の流れに思いを向ければ、

それは本当にちっぽけなちっぽけな世界でしかありません。

くれぐれもそんなちっぽけなものに惑わされないようにしましょう。


今世はこれまでの転生とは違う、今を境に方向を転換していくんだ、

その思いをしっかりと持って、あなたの人生を閉じてください。

 

 

思うは田池留吉です。

このことをどのようにとらえているか、私は、思うは田池留吉を実践しているか、

それぞれに判定してください。


田池留吉の世界以外の世界は、みんなブラックです。


今更、こんなことをと思われる方もあるでしょうが、

田池留吉の世界以外の世界は、みんなブラックだということが、

まだまだ心で分かっておられない人が少なくないという現実があります。


二股で学ばれている方達、いずれその決着は自分の中で付けていかなければなりません。


もう少し、具体的な話をすればいいのでしょうが、

とにかくどなたも学びの動機をもう一度しっかりと確認してください


そして、学びに対する姿勢を確認

学びと欲は合わないこと、

他力の世界の延長線上に学びをとらえていないか、

しっかりと見直してください。

 

 

 思う喜びと大切さを学んでください。思う喜びとそしてその大切さです。


肉を本物とする思いの中で、何の疑問も抱かずに生きてきた長い時間があります。

その中で、どんなに頑張ってみても、その結果として得たと思った幸せや喜びは

泡と消えていくという体験は山ほどあるでしょう。


また、俗世間から断絶して修行と称して、神に、仏に身命を賭する生涯であっても、

行き着く先は真っ暗闇だったということも、もうそれぞれの心で感じておられる頃でしょう。


今世の肉を通して学びに繋がっている今、

この今を大切に、自分の本当に生きていく方向を見極めてください。

見極めていきましょう。


それが喜びなんです。それが本当の幸せの道なんです。


神も仏も何も要らないんです。

何の役にも立たない、いいえ役に立たないどころか、それが諸悪の根源です。

お金があれば幸せになれるといった話も全部嘘です。


狂い続けてきた中にいました。

どうぞ、そのことに早く心から目覚めてください。

 

 

自分が出してきたものはみんな自分で回収していかなければなりません。


自分が出してきたもの、出してきた思い、エネルギーです。


学びに集った今世も、学びに集う前の時があります。

肉として生きることしか知らなかった時間があります。

もちろん、学びに集ってからも、ああこういうことがみんな違っていたんだなあと

自分の心で気付くまで、闇のエネルギーの垂れ流し状態は続きます。


回収作業に取りかかるまで、時間がかかります。

それでも、心で気付いた人からその作業を始めましょう。


そして少しずつでも、本当の喜び、幸せの道を歩き始めましょう。


まずは自分からです

自分自身が本当に喜び、幸せとはこういうものだと心で分からない限り、

状況は何も変わらないということを知ってください。

根本的に何も変わっていないことを、形を変え色々なところから自らに示していきます。

自らが自らに示していくということ、それも忘れてはいけないことです。

愛ゆえに歪みは必ず正されるということでしょう。

 

 

肉に流れるのは簡単です。

心を見ることを疎かにすれば、流れている自覚もないまま、

肉の中に沈み込んでいく生き方をまたしても選んでいってしまうということでしょう。

余程の決意と実践がなければ、学びを自分のものにすることは難しいです。


学びを自分のものにするとは、

学びとともに、学び一本で生きていく人生を生き抜くということ、そういうことです。


肉のあれこれを思っていたならば、今世もまた確実に失敗です。


そこにはあなたなりの言い分、考えがあるでしょうが、

もう時間はないんですという情報も同時に提供されています。

それをどのようにとらえておられるのでしょうか。


それを知りながら、肉に生きる、肉で自分を誤魔化していく、

そうは言ってもなあと言い訳がましいことばかりに明け暮れている現状であるならば、

どうしようもありません。


すべては自分が選び取っていくことです。

そして定石通り、その結果は自分で負ってください。

 

 

 いつまでもどこまでも引きずっていくことは止めにしましょう。苦しい思いは出ます。

肉を持っている今、苦しい暗い重い思い、そうブラックですね、

そのエネルギーを確認できれば、さっさと切り替えていきましょう。

切り替えていく術はもうご承知のはずです。


こだわって、掴んで、引きずって、何もいいことはありません。


自分の本当の世界はそんな世界ではないことをしっかりと知って、

そして切り替えのスイッチを素早く入れて、どんどん自分の中を転換していきましょう。


私達が見ていく方向は、ただ一つです。

思いを向けていく方向はただ一つです。

それを知るために、そして、それを自分の中できちんと実践するために、

自分に肉という形、環境を用意してきました。


何のために生まれてきたのか、その目的を決して誤ることなく、今世を全うしてください。

そうでなければあなたに明るい未来はないと言っても言い過ぎではないことを分かってください。


金の力、神の力、そんなもの一切通用しないことを知るべきです。

そして薄っぺらい肉の喜び、温もり、優しさに惑わされることなく、

本当の人生を生き抜いていきましょう。

 

 

母の中へ帰る、愛の中へ戻っていくとも表現しています。


最終目的、自分達の心のふるさと、愛へ帰っていく道を今世から一歩進めてください。


そのためにあなたは生まれてきたのでしょう。

 

そのためにあなたは学びに集い、

自分の中のエネルギーを確認する時間と空間を用意してきたのでしょう。


自分の切なる思いから目を逸らさずに、真っ直ぐにしっかりと見つめて、

そしてもう決して自分を裏切ることのないように今世を終えてください。


なぜ自分は生まれてきたのか、いつもいつもそこへ戻って、

そして、今、肉ある今を大切にしてください。


日々世の中騒がしいです。色々とテレビ、新聞、ネット等で情報が入ってきます。

まさしく濁流なんだなあと実感してください。

その中で、いったい自分は何をするべきなのか、どうぞ、心から真剣に思ってください。

 

自分を解き放つ、簡単なようで難しいです。

ですが、こだわりだとか掴む心、少しでも弱めていかなければなりません。


苦しいはずです。

苦しいことは止めよう、苦しんでいる自分が間違っているんだというフレーズ、思い出してください。


苦しみの上澄みをするのではなくて、苦しみから自分を解き放していく生き方をしていきましょう。


ここだけは絶対に譲れない、そういうものを一つ離し、また一つ離し、

何もない本当に何もない世界に生きていければ、どんなに幸せであるかということでしょう。


何もない世界ではないんです。あるんです。

広がっていく温もり、喜び、本当の自分がそこにちゃんといるではないですか。


その本当の自分とともに生きていく、ひとつになって存在していく喜びと幸せを、

今肉を持っている今、心にどんどん感じていきましょう。


それが喜びの人生です。そうは思いませんか。

 

 瞑想です。正しい瞑想です。

正しい瞑想ができなければ何も分かりません。

頭を回す下らないことをしても、それは下らないことだから、下らない結果しか出ません。

意識、波動の世界を学んでいるんです。

その世界を頭で分かろうとする、解釈しようとする、

それがどれだけ己が偉いことなのか、まだまだよく分かっていない人がいます。


頭優先に生きてきた人生が長かったから、それも当然と言えば当然ですが、

それではいつまでたっても自分の中が好転しません。


実り多き人生とはかけ離れた人生でしょう。


いいえそんなことはないと思っておられる人があるかもしれませんが、

もしあなたがそう思っておられるならば、

人生の意味そのものが全くお分かりになっていないということです。


あなたの人生、どんな人生ですか。

何を基盤としていますか。

ふたつにひとつの答え、しっかりと答えてください。

 

 

どんなに足掻いても苦しみを膨らませていくだけです。

肉で何とか何とか、それは苦しみの一途を辿る道です。


そこから心を離していきましょう。

肉で何とかならないことが、これから続出してきます。

何とか何とかできるうちはまだまだです。

何ともできない事態に遭遇したとき、

自分達ができることはいったい何だろうかと、初めて真剣に思っていくでしょう。


思う、心を向ける、心の針を合わせる、そのトレーニングを日々続けてください

何を思うか、何に心を向けるのか、どこに心の針を合わせていけばいいのか、

知識で知っています。


それを具体的に日々の時間の中で実践してください。

あなたのその肉がなくても、自分に今やっているトレーニングをしっかりと伝えていけるように、

闇黒の中に固まっていくことのないように、寂しさ苦しみの痛みを感じながらも、

それでも温かい広がりのある世界に自分を解き放していけるように、

今、肉を持っている今、しっかりと学んでいきましょう。

 

台風12号も過ぎ去り、さて次はいかなる現象と出会えますでしょうか。


その時々の心の動きを確認です。

もちろん、日々の生活において瞬間飛び出る思い、エネルギー、喜んで受けていきましょう


心の針の向け先を確認。

ずれていればずれていることを確認して、速やかに向け先を確認。

ずれているか否かをどう判断するのか。

それはそれぞれの心にきちんと伝えてきます。しっかりと伝えてきています。


それを見逃していては、方向が大きくずれているのに、

何の手立ても打たないということで、苦しみを積み上げていく結果となってしまいます。


自己判断を誤っていけば、自ら苦しみの中に沈んでいくことは必至です。

すべては自分の世界があるだけです。自己確立の大切さを知ってください。

 

 人も周りの現象も気象もみんなみんな伝えてくれています。

もう時間はないことを。

変わっていきなさい、変わっていくんですよ、

そう意識の流れをしっかりと心に感じて喜び、喜びの人生を広げていってくださいと。


すべては喜びの中の出来事。何ひとつ不必要なことはありません


人間の心の狂気が露わになってくるのも、気象状態に異変が生じているのも、

みんなみんな喜びの雄叫びなんだと心で分かるまで、荒れ狂っていきます。

それが意識の流れの指し示す方向です。


目覚めを促す力強い本当の優しさの波動です。

心で受けて受けてしっかりと受けてまいりましょう。


250年後に繋いでいく準備、捗っていますか。


待ってくれている大きくてどこまでも広がっていく喜びの波動の中で、

ともに生きていく喜び、ともにある喜びを共有できるよう、

今世の準備を怠りなく進めてください

 

 

自分がどんなに幸せで恵まれているか、学びを知り母の反省、他力の反省を通して

自分の流してきたエネルギーを心に感じていけばいくほどに、伝わってくるでしょう。

そんなことは自然なことです。当たり前なんです。

自分の中がどんなに荒れ狂い続けてきたかを感じられる今がどんなにありがたいか、

今世ほど幸せな人生はないはずです。


お金じゃないんです。物でもありません。人でもありません。

そんなもので幸せになれなかったことを心から知っていける今世でした。


それは、自分の中の宇宙、その凄まじい宇宙のエネルギー

を肉体を通して知っていけたからです。なぜ知っていけたのか。

温もりの波動に触れたからです。微々たるものでもいいんです。

本来の自分の中の温もり、喜びのエネルギーに

触れていけるチャンスが今世にはあったんです。


それが今世という時間でした。

どうぞ、今の肉体を持っているこの時、そして学びに触れているこの時、

本当に大切になさってください。

 

 自分を見失ってきた、見誤ってきた、苦しみ悲しみの元はここです。

喜び、幸せ、温もりを追い求めてきたけれど、

苦しみ悲しみの元をそのままにしてきたから、それらは儚(はかな)いものでした。


それでも生まれてくればまた同じことを繰り返していきます。

儚く消え去っていくものに思いをかけていく人生を展開していくしかできませんでした。

苦しみ悲しみの元はこうだ、元がこうだから、

苦しみ悲しみを引きずっていくんだと誰も伝えてくれませんでした。


自分を見失ってきた、見誤ってきたなんて、到底思えませんでした。


そして、今世を迎え学びに集い、自分の肉を通して学んできたということですが、

どの程度学んできたのか、学んでいるのか、それはそれぞれ自己採点してください。


肉からの脱却は難しいという現実は確かにありますが、

それでも、今、様々な現象から私達に気付きを促し、

修正を促しているんだということは、読み取れると思います。

しっかりと読み取っていきましょう。

そして、本来苦しみ悲しみは何もなかったことに心から知っていきましょう。

 

今学べる素晴らしい環境の中に私達はあります。

学びに集わせていただき、それぞれに学んでまいりました。

その時間はたっぷりとありました。


とこのように、すでに過去形の文章になっています。

そうです。あとはそれをどのように活かしていくかというところです。


よって、今それぞれがそれぞれに持てるものを総動員して、今世の学びをしてください。


とはいえ、肉の心と身体はゆったりとすることをお勧めします。

ポイントを外した学び方では、がつがつしても結果は出ません。


真摯に、素直に、ひたむきに、という姿勢が大切です。


学びはいわぱ反復トレーニングです。しかし堂々巡りではありません。

中心がぶれずに着実に前進という軌跡を描く、そんな学びの歩みを目指してください。

螺旋階段を思い浮かべてみてください。

上から見ればぐるぐる回っていますが、横から見れば確実に上がっている、

そういう学び方を心掛けていきましょう。

 

 今世という時に自分を繋いできた重みは、

学びに触れた人であるならば、心に感じているはずです。


これまでの転生とは全く違う人生の時間にしてください、

今世を自分の転換期にしてください、

このメッセージがあなたの心に届いていますか。


メッセージ通りにあなたの今世をお過ごしください。

田池留吉、アルバートからのメッセージをしっかりと心で受け取って

ということはその波動を心で受け取って、

どうぞ、本当にご自分を大切になさってください。


そして、ともにある喜びを、波動の世界を心に感じ、次元移行の流れに乗って、

さらに真実の世界を極めてまいりましょう。


肉、肉で自分を苦しめてきた間違いを心から詫び、

自分を見誤り見失ってきた過去の自分とともにしっかりと生きていくことが、

自分の未来を変えていくことを知ってください。


過去も未来も今という一点にひとつであると心で知っていけば、

目の前が開けてきます。

感じる嬉しさを禁じ得ません。

 

 

 思うは田池留吉です。

どんなときも忘れずにいてください。

どんなときもです。生活をする中では、それぞれに様々なことがあります。

受け入れがたい事も起こってくるでしょう。受け止めていくことに時間を要する現象もあります。

それでも事実を事実として受け止めて受け入れて、そして、思うは田池留吉だけです。


間違って生きてきた自分を認めながら、そんな自分の中に田池留吉の世界、

母の世界だけが真実なんだと、真っ直ぐに思っていけるかによって、その後が全く違ってきます。

 

肉から意識へ自分を解き放つ、それしか自分を救う道はありません。


今世、そしてそれから250年に至る時間の中での転生。

自分の中の愛、本当の自分に目覚めていく計画を織り込んでいます。

当然これからの転生は、今世と比べられないほどの厳しい転生です。


それは必然です。それだけ私達は切望しているんです。

自分に本当の自分に目覚めていくことを。


自分に目覚めていくために立てた計画です。

自分の中の愛が仕事をしているんです。

自分にしっかりと応えていきましょう。

 

 

今世の出会いを本当に大切にしてください。出会いです。

田池留吉の肉との出会い、そして学びとの出会い、

もちろん、そこからしっかりと学んでいくという大前提がありますが、

とにかく、自分自身の今世の計画を心で分かってください。


どんなに緻密に計画してきたか、それはひとえに本当のことを知りたいと、

自分の中の思いが切望してきた証しです。


自分の中に蓄えてきた真っ暗な真っ黒なエネルギーをどんどん感じて、

そしてその思いが何を叫んでいるか、本当のところ何を叫んでいるか

どうぞ、心で受け止めてください。


母の温もりがそれを可能にします。

温もりが溢れてくればくるほどに、真っ暗闇の思いが語るんです。

叫ぶんです。帰りたい。帰れるのか。本当に帰れるのかと。


何度も何度も聞いてきます。

そのたびにあなたが肉を持っているあなたが

しっかりとそれに応えてあげられないようではダメなんです。


ともに帰ろう。しっかりとはっきりと応えてください。

それがただひとつの喜びの道だということを、本当に学んでください。

 

 アマテラス、何が何でもアマテラスの供養に取り組んでください。

愛しい、愛しいアマテラス。

ともに帰れる喜びをあなたの心に深く深く広く広く感じてください。


田池留吉、アルバート。

ともにともに生きていくことをあなたの心にしっかりと蘇らせてください。


私達は帰ります。母なる宇宙へ帰ります。

愛を捨てた私達でした。ですが、今世出会わせていただきました。

田池留吉の肉を通しアルバートの波動の世界に出会わせていただきました。

私の中の確かな現実でした。


ともに行く道しかありません。

一本道が真っ直ぐに続いていることを心は感じています。


波動の世界に、田池留吉、アルバートの波動の世界に

ひとつだと心から伝えてくれた思いに応えていく道だけが喜びの道です。


繰り返します。今世をあなたの転換期に必ずしてください。

必ずしてください。自分との約束を果たしてください。

 

 田池留吉を思っていればいい、究極はそうです。

それさえきちんとできていればということです。


思うは田池留吉です。思うはアルバートです。

思うは母なる宇宙です。


肉を持っている限り、肉の思いはあります。

しかし、弱めていくことは可能です。それは肉ではできません。

田池留吉を思う瞑想を重ねていくことによって、知らずのうち弱まっていくんです。


また、田池留吉を思う瞑想を重ねていくといっても、欲では続かないでしょう。

田池留吉を思うことが嬉しいとまずなってください。呼びたくなるんです

何とかしてくれといって呼ぶのではなくて、ただ呼びたくなる、

アルバートと叫びたくなる、そのことをそれぞれに体験してください。


嬉しいだけです。嬉しいんです。思うことが呼ぶことが嬉しい。


思いを馳せることが嬉しい。

ともにある幸せを、どんどん自分の中で広げ深めていってください。

 

 

何ひとつ不必要なものはありません。

どんなことも学びの機会だととらえて、自分の中に心の針を向ける訓練を重ねていきましょう。


心を開いていく、意識の世界の中にどんどん入っていく、

そしてそれはただ喜びの思いだけで、ここが大きなポイントでしょう。


ただ喜びだけがあるということ、意識の世界には喜びしかないということ

しっかりとしっかりと学んでいくだけです。


そして、委ねていけるのは、全部を託していけるのは、

田池留吉、アルバートの波動の世界、意識の世界しかないということ、

それを知る、確認する、確信する、学びのハードルを喜んで喜んで超えていきましょう。


愚かな肉を持って学ぶ難しさと、愚かでも肉を持っているから学べる喜びを感じながら、

ひたすらに自分が決めてきた愛に帰る道を歩いていこうとする思いを着実に育んでいきましょう。

 

肉は厄介です。肉は複雑です。意識の世界はシンプルです。

厳しいけれど、絶対に裏切らないです。

肉の優しさは状況が変われば簡単に裏切っていきます。

意識の世界の厳しさに裏打ちされた優しさこそが本当の優しさでした。

肉基盤ではそういうことが絶対に分かりません。


今世をあなたの転換期にしてくださいというメッセージを、

あなたはどの程度自分の中で咀嚼できているか定かではありませんが、

今一度真剣に真摯にこのメッセージの重みを受取っていただければと思います。


ワン・ツー・スリーの瞑想で色々とそれぞれに心で試してみてください。


ただ自分のエネルギーを肉体を通して感じていく、それで精一杯というのではなくて、

そこから、そこから次の一歩をどう踏み出していくのか、

あなたの中は苦しいエネルギーはみんなそれを待っています。

舵の切り方を誤らないでください。

正しい舵の切り方を、その肉を持って教わってきたのです。

 

心の針をどこに向けているかを確認する出来事が

これからそれぞれの身の回りに頻繁に起こってきます。

向け先を知っていることがまず大事なことです。

向ける方向は、思う方向はただ一点です。


あとどんな状況になろうとも、それらは全部、肉、形の世界のことだから、

そこから瞬間的にすばやく心を、思いを離していけばいいということになります。


いつまでも引きずっていく必要はなく、ただ思いの向け先だけをひたすら定めていこうとする、

それが何よりも何よりも大切なことです。


実践です。

今世の学びの成果を知っていく実践の機会を用意している、

何から何まで至れり尽くせりの中で、学びを進めています。


本当に信じているのか、本当に意識の世界を信じているのか、

田池留吉、アルバートの意識の世界にひとつだと、本当に信じているのか、

実践を通して自ら学びを進めていくということ、

真っ直ぐに真っ直ぐにただひたすらに自分の歩いていくべき道を

見つめながらの時間、大切にしていきましょう。

 

今世は大切な大きな岐路です。

自覚のあるなし、あるいは感じている程度の違いはあります。

ただ、大切な大きな岐路の今世だということは間違いのないことです。

今世、学びに触れたあなたにとってはそういうことです。

それが何を意味するのか、このことによって何を知っていただきたいのか、

どうぞあなたはあなたに聞いてみてください。


正しい瞑想がすべてであり、だから正しい瞑想ができるように

なってくださいと繰り返し発信しています。

あなたの頭ではなく、心で知ってください。

心に感じたものを頭で分かろうとする、分析しようとする、無駄なことです。

本当のことはそうです、心でしか分からないんです。

なぜならば、本当の世界は波動の世界だからです

 

しかも、田池留吉、アルバートの波動の世界だけがたったひとつの真実の世界です。


これが本当だと分かってくるのは、感じてくるのは、あなたの中からです。

中からどんどん響いてくるんです。中からどんどん突きあがってくるんです。

それってどういうことですか。

あなたの中のあなたが激しく切実に訴えていることに心を傾け、耳を傾けてください。

 

 

 

 今世の時間がいかに大切なのか分かっていただいていますでしょうか。

学びに集い心を見るということを学び始めたということは、本当にすごいことなんです。

特別だとか偉いとかそういう意味ですごいのではなくて、

自分達の意識の世界の実情がすごいということ、

それをそれぞれがしっかりと自覚するチャンスを自ら用意したということ、

これは本当にすごいことでした。


肉に生きることなんて容易いことでした。

肉を持っている間は自分を誤魔化して、一時の喜びや幸せに逃げ込んで、

そして死んだあとは自分の現実が容赦なく覆いつくす、

その繰り返しを懲りずにやってきました。

どんなにしても地獄の奥底で蠢いているに過ぎませんでした。


その流れを変えるということ、

本当の意識の世界に目覚めるということは、

並大抵ではありません。

誤魔化しは一切通用せずに、真っ直ぐに自分と向き合う勇気が要ります。

誤魔化して騙して逃げてきた私達にとって、一番難しいことです。


しかしこの道しかありません

自分の中の流れを変える、逆流を見事泳ぎ切って自ら浮上していきましょう。

浮上して見えてくる世界があることを知ってください。

 

今あなたがあなたにできること、してあげれること、やってください。


肉のあなたの思いばかりを優先するのではなくて、

あなたの中のたくさんのあなたの思いをしっかりと聞いて受け止めて、

そしてともに生きていく方向に、自分の舵を切ってください。


それが本来進むべき道です。

肉のあなたの役割、仕事をきちんと把握して、

そして今世こそ、あなたの転換期にぜひぜひしてください。


幸せ、喜び、温もり、愛、どれもこれも分かるはずはありませんでした。

分かったように錯覚をしていただけでした。錯覚です。

早く目を覚まして、本物の幸せ、喜び、温もり、愛の波動を知っていきましょう。

全部自分の中にあったことを知っていきましょう。

 

 

 しっかりと心の指針を確立していれば、もう肉に沈み肉に溺れていくということはあり得ません。

ただ、真実に目覚めよという意識の流れは確実に仕事をしていますから、

私達人間の心の奥底に眠っているブラックのエネルギーを容赦なく露わにしていきます。

ですから、無差別的な事件は頻繁に起こってきます。

テロという特殊な組織ではなくても、日常の中に非日常的なことが起こってくるんです。


社会不安が渦巻く中においても、

決して見失ってはいけない本来の私達人間が生きる道をしっかりと生き抜いていくことです。


それは、自分の中にしっかりと心の針を向けて、

自分の中の温もり、愛のエネルギーを信じ切る、信じ切れるように、

日々正しい瞑想を重ねていくことに尽きます。


その術を私達は学ばせていただいています。

どうぞ、真摯にひたむきに学びましょう。

もう自分を裏切ることなく、

本当の自分とともに生きていく本当の喜びと幸せを知ってください。

 

学びの年月の長い人で、30年を超えている人もたくさんおられます。

私が学び始めた頃1993年頃は、チャネリングというのが全盛期の頃でした。

2000年頃までにチャネリング講習会というのもあって、

当時は特にイエスや仏陀の時代に思いを向けてという、

いわゆる自分の過去世を通して学んでいくという試みもありました。


それは、過去世を語ることが主流ではなく、あくまで学びの基本、

心を見る、母の温もりを心に蘇らせ、

自己供養をするためのひとつの学びの手立てに過ぎませんでしたが、

チャネリングだとかチャネラーにとらわれていく人が多かったという弊害も否定できませんでした。


学びの道の回り道、寄り道ならまだしも、

学びの道を外れていく危険性を含みながらだったということでしょう。

その他にも学びの初め頃は色々とあって、本当に田池先生は大変だったと思います。

ですが、田池留吉の意識の世界が、

学びを中途半端な状態でその肉を置いていくことはあり得ないことでした。

きちんと学びの基盤を整えて、

そして250年後の最終時期に託すという目途が立ち自身の今世の仕事を終えたから、

一旦肉を消したということです。


ということで、すでに学びの基盤は確立していますので、

あとはそれぞれがどれだけ真摯に学びと向き合っていくか、

つまり自分と向き合っていくかという課題だけが残されています。


250年後、昔、昔日本という国で、ともに学んだことを思い出すということで、

これは250年後からすれば過去世です。

しかし、この過去世を思い出すということは、

一連の過去世から学ぶということとは訳が違います。

非常に大切かつ有効です。

日本という国を思い出す、つまりは田池留吉を思い出すということで、喜びが爆発するんです。

そして、そのまますごいスピードで次元移行へ向かって突き進む、そういうシナリオになっています。

 

肉として、肉を本物として、肉を掲げて生きてきた歴史があまりにも長いです。

肉を基盤とする人生には、苦しいことや悲しいこと辛いこともたくさんあるかもしれないけれど、

なじみがあって親しみがあって居心地がよくて、

やはり古巣という感があるのが実際のところではないでしょうか。


意識の世界こそがすべてだ、肉、形は本当の世界でない、

影の世界だと言われても、どこか空しくなってくるかもしれません。


それが他力のエネルギーです。

あなたの中の他力のエネルギー、染み付いている他力のエネルギーです。


だからこそ、余程しっかりと注意深く、そして真摯に心を見るということが大切なことなんです。


他力の中に引き戻そうとするその力を甘く見ないでください。


自分が蓄えてきた肉を本物とする思い、肉の中に埋没して苦しみを味わってきたのに、

いまだにその苦しみの淵から抜け出ることに躊躇している思い、

あなたの中はどの程度解消が進んでいますか。

しっかり自分と向き合ってまいりましょう。


ひと踏ん張り、そしてまたひと踏ん張りです。

 

 

 自分の愚かさにどんどん涙を流してください。どんどん叫んでください。

そして悔し涙から喜びの涙へ、苦しみの叫びから喜びの雄叫びへ変えていきましょう。


肉はなぜあるのか。

肉の中で肉を通して自分が瞬間流すエネルギーを知るため。

そして、そのエネルギーを肉を通してしっかりと確認するために、

今、あなたはセミナー会場という場所に肉を運んでいます。


だから、その時間と空間を大切にしてください。

目から涙が溢れ出ます。鼻から鼻汁が出ます。喉から咳が出ます。

口から叫び声、唸り声、異語が出ます。

手は上に上がり、足は飛び跳ね、バタつかせるかもしれません。

身体全体が激しく動く場合もあります。


どうぞ、あなたのその肉体を通して、思う存分に蓄えてきたエネルギーを確認してください。


言うまでもありませんが、日常生活の中でそれをすると、大変なことになります。

セミナー会場、あるいは条件の整った一定の場所だからそれが可能なんです。

それ以外ではトラブッてしまいます。

結果不必要な時間とエネルギーを使ってしまうことになります。


できる限り効率的に自分の今世の計画を遂行してください。


自分に残された肉の時間をしっかりと考慮に入れ、

本当の自分に帰る道、愛へ帰っていく道に至るあなたの今世の計画を

予定通り達成していただきたいと思います。

そして、250年後の出会いを必ず果たしてください。


あなたのご事情が許せるならば、喜んでセミナーに参加してください

 

 意思表示ははっきりとしてください。この学びについての意思表示です。


学ぶならば学ぶ、止めるならば止める。

学びついては、特に中途半端はダメです。

イエス、ノー、はっきりとさせて自分の生き方を定めてください。


学びは宗教ではありません。

自分を救うのは自分の中の愛です

自分の外に求める心をしっかりと見てください。

他力信仰の延長線上にいては、学びの本質に触れることは絶対にあり得ません。

真似事はできます。ですが、真似事は真似事であって、学びとは似て非なるものです。


あなた、田池留吉を信じていますか。究極はここです。


田池留吉の何を信じていますか。田池留吉って何ですか。

 

 肉を持っている今、自分の思いの世界を知ること、

その今の自分の肉体を通して、自分の流してきたエネルギーを知ること、

こんな幸せはありません。

どんどん自分の流してきたエネルギー、

自分の中に蓄えてきたエネルギーの凄さ、凄まじさを喜んで喜んで知って感じてください。


それができる時間と空間を学びに集っている人達は用意されています。


凄まじいブラックのエネルギーが温もりと喜びのエネルギーに変わっていく

んだということを知らずに、ブラックのエネルギーのまま噴き出し、

周りとトラブって、大切な肉の時間を無駄にしないようにしましょう。


心の中の闇は自分の中の愛のエネルギーに変えていく、変わっていく術

しっかりと今世こそ学んで、その作業をただひたすらに継続していく時間を迎えてください。


喜びの道を一歩、一歩たゆまず焦らず真摯な思いで歩いていく、

そんな歩みをあなたも始めてください。

 

 肉終えるその瞬間まで、しっかりと自分を学んでいきましょう。

喜んで喜びで自分を感じていきましょう。

自分が流してきたエネルギーをしっかりと確認していくことです。

確認すればするほどに今どんなに幸せな時を自分に用意しているか、分かります。


それでも待ってくれていた本当の自分の思いにどんどん触れてください。


それでも信じて待ってくれていた本当の自分の存在をしっかりと知って、

苦しみの奥底に沈んできたのは、この本当の自分を捨て去ってしまった

からだったことに気付いていきましょう。


本当の自分

本当の自分と出会えるチャンスを自ら用意してきたのは事実です。


これまでの転生も、もちろんみんなそうでしたが、

肉を通してはっきりと伝える術を持たなかったから、過去全部失敗に終わりました。


今世は違います。だから今世を本当に大切にしてください。大きな分かれ道です。

 

 

明確な生きる目的を心で感じている人は、本当の意味で強いです

明確な生きる目的、それは言うまでもなく、肉を基盤としたものではありません。


肉を基盤とした生きる目的は、肉がなくなってしまえば、泡のように消えていきます。

肉は影、当然その基盤の目的も影です。

影は影でしかありません。実体がありません。


意識を基盤にして生きる。その中で明確な目的を知っていく。

意識は永遠不滅です。決して消え去ることはありません。


その意識の世界をマイナスからプラスへ変換していけばいいんです。

プラスへ変えて、喜びと幸せを増幅させていきましょう。

自らの愛の世界を大きく広く厚く広げてまいりましょう。

それが私達の存在する明確な目的です。

 

日々の生活の中で自分が発するエネルギーを確認して

日々思いを向けて、そしてホームページを読んだり

その他学びの教材を活用したりして、自宅学習を淡々とこなしていく。

そして何よりも大切なことは、セミナー参加を試みて波動の世界を体験する。


これらをそれぞれの生活のパターンの中で、練って練って練りこんで、

今、肉を持っている今という時間、自分を学ぶことに喜んで使っていく。


これが最大唯一の幸せの肉の人生の過ごし方です。


どなたもみんなあと肉を持つ、持てる回数は数回です。

その数回へ経て、自分の行き先を決定するということをお忘れなく。


この次元移行という意識の流れに乗り切れず、宇宙のもくずとなって

苦しみの奥底に沈んでしまったあとは、どれだけの時を経るか分かりません。


どうぞ、それもこれもみんなあなたの心で知っていけるということを学んでください。

 

 肉を持って自分を感じる喜びです。

自分を感じる、自分の流すすさまじいエネルギー、

一瞬にして飛び出てくるすさまじいエネルギーを感じることは喜びなんです。

苦しみではなくて喜びなんです。

あなたもそのように自分の中の変化を確認していますか、楽しんでいますか。


すでに愛に帰れることを知っているから、

すさまじいエネルギーは喜んで喜んで出てきます。

苦しみのブラックのエネルギーを垂れ流すのではなくて、

愛へ帰るために、喜びの自分に帰るために飛び出てきます。


今、肉を持ってそのことを自分の中で確認できることが喜びです。


中心棒の確立、いわゆる自己確立がきちんと出来てくれば、

どんな状況、どんな場面にあっても、絶対に自分を見失うことはない、

自分の中の愛を信じるということはそういうことです。

 

あなたは学びに出会ったんです。

どんなルートを辿ってそうなったのかは問いません。

学びに集い、心を見ることを伝えていただきました。

なぜあなたは生まれてきたのかということを心で知ってくださいということでした。


「人生の本当の目的を今世こそしっかりと知って、本当の人生を生きていきましょう。

本物を心で知ったからこそ肉もまた喜びなんです。」


このようなメッセージは、あなたの心にすでに繰り返し届いているはずです。


あなたの中の本当のあなたの思いに、メッセージに、

しっかりと沿って、その肉の人生を終えてください。

肉の人生は終わっても、本当のあなたはあなたといつもいっしょです。

それが私達です。


「あなたと私は一つです。文字通り一体となっていきましょう。」

これもまた本当のあなたからのメッセージです。

 

 自分に自分が用意したもの、肉、環境、時間、それらを総動員して、

必ず自分の決めてきた予定を滞りなく遂行してください。

自分の決めてきた予定、それは肉のことを言っているのではなく、

意識の世界の変革です。


それぞれに予定、計画を立ててきました。

その自分が設定したハードルを超えて、

次の段階に進んでいく準備を滞りなくこなしていくことが

喜びの道を一歩前に踏み出すということです。

次元を超えていくという大きな仕事があります。

肉から意識へ基盤を変えて、そして、真実の道を一歩、また一歩進んでいきましょう。


意識の転回です。

意識の転回を遂行していくことがすべての始まりです。


肉、形を本物としてきた思いから、その思いを緩め弱めていこうとする思いへ、

そしてそれでもなかなかつかんで握っている手を離すことはできないけれど、

最終的にはポーンと飛び出していく必要があります。


ポーンと飛び出していけば、見えてくる世界がどんどん広がっていくでしょう。

 

あなたの中にいい循環を作ってください。

そのためには、まず素直になることです。

素直に学びと向き合うことです。

解釈、持論、屁理屈、言い訳、そんなものは通用しません。

空っぽにして、自分の生きていく方向、歩んでいく方向をしっかりと見定めていこうと、

学びの道しるべに沿って学んでください

それ以外に幸せになる道、幸せな自分、喜びの自分と出会える道はありません。

漆黒の中に沈み込んでいく道だけが残されています。

田池留吉の肉は道しるべでした

こっちですとはっきりと指し示してくれました。

その方向以外の方向は、漆黒の闇の中へ落ちていくんです。

すべては自己選択、自己責任です。


学びの中で、すべては自己選択、自己責任ですという表現がたびたび出てきます。

突き放したような言い方と感じる人は、本当にそうであるのか、

自分の心、他力の心をしっかりと見直してください。

 

「あなたは幸せですか。」

何度となく自分に聞くことを勧めています。

あなた自身が本当に幸せだと答えられない限り、何もどうすることもできません。


自分を自分で幸せにいざなっていく、元々幸せな自分を知っていく、

それをするために、今肉体を持ってそこにいることを忘れてはいけません。


自分の本当の姿、自分の中に愛があった、

私は愛ですと心で分かることが、みんなを幸せにできるんです。

あなたから流れる波動が仕事をします。

多くを語らなくても、立派なことを語らなくても、あなたの心の針が、

本当にあなたの中の愛に合っていれば、愛というエネルギーが流れるんです。

それが「あなた」です。

それを本当に心で分かるために、こうして肉体という形を持っているということ

、それをいつも心に留め置いて、そして自分に確認してください。

「今、あなたは幸せですか。」


自分には決して嘘はつけないことを知るでしょう。

真っ直ぐに本当に真っ直ぐに存在していく喜びを知ってください。

 

 

次元移行という意識の流れを心で知り感じ、

そして日々の生活を淡々と送っていく、

こんな肉の時間が多くあれば幸せです。


愛の中にあった自分を知り感じ、愛へ帰っていこうと自分をいざなっていく作業の中で、

肉を持っている今を愛しく思い、日々の生活を淡々と送っていく、

こんな肉の人生最高に幸せな時間です。


何もかもすべてが整えられていることを感じ、

馬鹿な肉も、意識の世界のすごさをはっきりと知るでしょう。


肉で頭で何とかしようとしている間は、あまりうまくいきません。

何とかできると思っているから、

その肉で何とかという思いを緩め弱めていくことができないからです。

それを緩め弱めていくと、見えてくるものがあります。

本当のあなたが少しずつ顔を出してくるのです。

心を思いを離していくほどに、それが感じられます。

ここに任せていけばいいんだ、委ねていけばいいんだ、

どっちになったってすべてよかったんだと自然に思えるんです。

楽に生きていきましょう。

そして、心の針を向けて合わせていくことは真剣にひたすら真っ直ぐに、

そんな生き方を学んでいきましょう。

 

 

心はみんな知っています。

なぜ生まれてきたのかも、何をするために今ここにあるのかも、

本当はみんな自分の心で知っています。

知っていながら、知らないと思っているだけです。

知らないと思っている壁を取り除けば、たちまちのうちああそうだった、

そうだった、ごめん、ごめん、間違って生きてきたよ、でも嬉しい、嬉しい、

こんな自分の世界と出会えて嬉しい、ありがとう、ありがとう、

本当にありがとう、そんな思いが広がっていくんです。


しかし、壁と言った通り、分厚い壁で自分の世界を仕切ってしまいました。

区切ってしまいました。

その壁を取り除く、取り払う、風通しをよくする、

日当たりをよくするということが大変なことなんです。


そして、大変な作業をしない限り、壁は取り除けません。

知らずのうちになくなっているなんてことはないんです。

誰が作ったのでもなく、紛れもなく自分が作り積み上げた壁です。

母の温もりがその壁を撤去する唯一の手段です。

母の温もりのパワーだけがそれを可能にします。

そして母の温もりというパワーはすべての人がその心に持ち合わせています。


信じるか信じないかはあなたの選択です。

だけど信じていただきたいと思います。

そして、みんなみんな幸せへ、喜びへ帰っていきましょう。

 

 

ともに、UTAの輪の中でともに学んでまいりましょう。

UTAの輪を見失っては、愛へ帰る道は絶対に分かりません。

真っ暗闇の中でどれだけの時へ経てきたか、

もう同じ過ちを繰り返すのは本当に止めてください。

真っ暗闇の中で薄らぼんやり灯された光を目指してください。

それぞれの心に映る光の度合いは違うかもしれません。

しかし、確かに一筋の鮮明な光の道が差し込んでいます。

そして、その道は真っ直ぐにしっかりとついています。

その道を一歩、一歩歩んでいくことがすべてだと心で分かります。

懐かしいふるさとへ続いていく道は、

歩みを進めていけばいくほどに、温もりと喜びに出会えます。

母なる宇宙へ帰る道を真っ直ぐに突き進みましょう。

250年後の出会い、本当に楽しみです。

心から爆発するエネルギーは、宇宙とともに次元を超えていく私達の心の叫びです。

雄叫びです。

アルバートと心から叫びながら、

ともに、ともに次元を超えていく壮大なドラマが展開されていきます。

本当に待ち遠しいです。準備万端整えて、その瞬間を待ちます。

 

 

自分の心を見ることに尽きます。

自分の流している思い、エネルギーを今、肉を持っている今、しっかりと確認してください。

肉を持っている今だから確認できます。そしてその修正もできます。


私達は、形の世界に生きているのではありません。

自分の流している思い、エネルギーの中に、つまり思いの世界に生きています。

その世界を快適にすることが自分の幸せ、喜びです。

形で示されて、たとえば物であるとか、人、言葉、態度、

そういうものがなければ、感じられない幸せ、喜びは、本物ではありません。

何はなくとも幸せ、喜びこそが本物なんです。

では、どうすれば、どうなればそれが分かるのかということは、

自分の心を見ていく必要があります。

自分の中にしか本当のことはないことを知っていくことが待たれています。

外ではありません。

みんな自分の中にあったことを心で知っていけば、

それはそのまま自分を本物の幸せ、喜びの世界へいざなっていくということです。

 

 

琵琶湖セミナー、ありがとうございました。

ワン・ツー・スリーの瞑想はもちろんですが、

ふるさとの歌をみんなでともに歌いながら、

喜びのエネルギーの中にあることを感じていくことも大きな、大きな喜びです。


大きな声でふるさとを歌ってください。

心の中からどんどんエネルギーが飛び出てきます。

「帰ろう、ふるさとへ。」そんな思いをしっかりと確認してください。

狂いに狂い続けてきた私達に、帰ろう、帰ろうと呼び掛けてくる思い、

波動の世界を、どうぞあなたの心で味わってみてください。


この学びは波動を学ぶ学びです。

流し続けてきた波動がどんな世界を生み出してきたのか、

どなたもご自分の心でしっかりと確認してください。

確認して、そしてそれでもこうして肉を持たせていただいたことを喜んでいきましょう。

私は異語を発します。異語は波動です。

波動を受けてください。

UTAの輪の中でともに学べる喜びと幸せを共有してまいりましょう。


「田池留吉、アルバート、私達は必ず必ずあなたとともに帰ってまいります。

固く約束してきたことをあなたの心で思い出してください。

 

 

 思うは田池留吉です。思うはアルバートです。

思うは宇宙、母なる宇宙、愛です。

UTAの輪の中で、ともに心を向けてまいりましょう。

決してUTAの輪から離れていくことのないように、

しっかりと自分の心を見て、喜んで自分の流してきたエネルギーを受けていってください。


UTAの輪

それがどんな仕事をしていくか、そこから流れ出すエネルギーのすごさを、

それぞれの心できっと感じられるこれからだと思います。

宇宙

汚しに汚してきた宇宙ですが、本来の宇宙の輝きに戻っていけることを知りました。

温もりと喜びの世界、そんな本当の宇宙にしっかりと心を向けられる私達に蘇っていきましょう。


ともに帰ろう、ともに、ともに、そんな呼び掛け、いざないは益々その勢いが増していきます。

スピードアップして、そしてそのスピードもさることながら、

パワーアップも目を見張るものがあります。


どうぞ、過去のあなたとともに、未来、来世のあなたとともに、今をしっかりと生きてください。

思うは田池留吉です。思うはアルバートです。思うは宇宙、母なる宇宙、愛です。

 

 

欲に塗れ自分を見失ってきた過去とはもう本当に決別しましょう。

肉を持てば欲は消えることはありません。

ただ、欲に塗れる愚かなことを止めることはできます。

汚れに汚れ切った自分の意識の世界だと知って、そしてそんな自分にも関わらず、

見捨て見限ることなく、こうしてチャンスを用意してきたことも知ってください。

しかも、もう残り少ないチャンスだとあなたは本当は知っています。


肉に生き自分を見失ったまま彷徨い苦しみ続けても、

そんな自分を見捨てることなく見限ることのない本当の自分はずっとそこに存在していました。

本当の自分からのメッセージはどんどん来るけれど、全く気付かずにいただけです。

今世こそ、本当の自分と出会って、本当の自分に沿って生きていきませんか。

幸せも喜びも全く次元が違っていたことを心から知っていきましょう。


間違い続けてきたことが喜びでした。

間違い続けてきたから、どうしようもなかったから、

今世、こんな素晴らしい計画を立ててきたんです。

背水の陣です。もうあとはありません。

しかし、必ず次元移行を達成すると私の中では目途はついています。

どうぞ、ともに歩みを、歩みをともに。

喜びと温もりの世界へ帰っていきましょう。

 

 

 

心に広がる思い、広がっていく喜びは、

何度でも味わうことができます。


繰り返し、繰り返し、何度味わってもいいものです。

決して消えない、薄れていきません。

思えばそこへ通じていると感じられる喜び、幸せ、安心感です

周りがどんな状況であろうとも、自分の中にしっかりと広がりゆく世界が

厳然としてあると確信していれば、心は右往左往しません。

見て聞けば思いは出てきますが、その思いは瞬間温もりへ返していけばいいことだし、

またそれをするために、今、肉を持っているわけだから、それは自分自身の大切な仕事です。

だから、もうそういうことで自分が右往左往しないことが嬉しいとなってくるでしょう。

それよりも、思いを向けて心に広がっていく世界、

波動を感じる喜びと幸せに出会えている今に、

ありがとう、嬉しいということです。


来世のあなたからのメッセージをどんどん受けて、

過去のあなたとともに、来世のあなたとともに歩みをしてください。

今のあなたがすべてです

今、しっかりと田池留吉、アルバートを呼べるあなたになってください。

 

 

 あの人もこの人もみんなみんな、本当は田池留吉を思って、

そして母を思っていくことに出会わなければならないんです。

自分が犯してきた過ちの数々を心で知っていくべきなんです。

しかし、今の時点で、学びに出会っている人は多くはないし、

しかも、その中で本当に自分の間違いに心で気付いて自分の生きていく、

向いていく方向を真剣に変えていこうとしている人は、まだまだ少ないです。


心を見ることを知らない世の中の殆どの人は、

目の前の生活に、形ある世界に心を向けて、何とか、何とか、生きていこうとしています。

それが自分達の幸せに繋がっていくことを信じて疑っていないと思います。

とりあえず、今が楽しければいい、あるいは、今を乗り切ればまた道が開けてくる、

そんな感じで、いつの間にか時間は矢のように過ぎていく毎日だと思います。

そのような考え方、生き方を180度変えていこうというのが学びで言わんとするところです。


「人生は喜び。お母さんありがとう。

生まれてきた本当の意味を心で分かって、私は本当に生まれてきてよかったよ。

生きていく方向、見ていく方向を必ず変えていくよ。お母さん本当にありがとう。」


そんな思いがそれぞれの心で大きく育っていくのを、本当のあなたが心待ちしています。

 

 

自分が生まれてきた意味を心で知ったならば、

その自分の中の思いを淡々と遂行していく喜びを感じながら生きていけます。

本来の自分のあるべき道を見つけたのだから、

肉、形の世界で彷徨っている人とは生き方が違ってきます。

どんなに近しい間柄であろうとも、生きていく、向いていく方向が違ってくれば、

自ずと距離は離れていきます。

肉からすれば、少々寂しいことですが、それは致し方のないことです。

生きる方向、向いていく方向にズレがあることを淡々と受けて、日々の生活をなさってください。


私達は自分の思いの世界に生きています。

肉、形の中にあっても、思いの中に生きていることを確認してください。

その思いの世界を少しでも快適に風通しよく日当たりよくしていけば、

肉もまた楽しい日々になること間違いはありません。

心からありがとう、本当に幸せですと思えるのは、

本来あるべき道を淡々と歩いていることを確信できてこそです。


田池留吉、アルバートの波動の中に生きている喜びと幸せを、

心で感じて感じて、今世の肉を終えてください。

 

宇宙に思いを馳せる、宇宙を思う瞑想を重ねていく、

そして私は愛でしたと思いを向けていく、

そんな時間を肉を持つ間、何度も何度も持ってください。

喜びで喜びで持ってください。

ありがとう、あなたの中のたくさんのあなたが必ずそう伝えてくれます。

苦しい中にあったけれど、今、何か嬉しい、温かい、そんな思いを伝えてくれると思います。


本当の優しさと温もりの中で、自分をどんどん解き放していきましょう。


田池留吉、アルバート、お母さんと自然に呼びたくなります。

ときには叫んでいます。

嬉しくてありがたくて、本当に信じて待っていてくれていた波動を

感じ広げていくことが何よりも何よりも幸せなんです。


心の体験です。

帰りたいから帰ろう、絶対に帰ります、

そんな思いの変化に驚きそして喜んでいってください。

喜びしかありません。

喜びの先は喜び、そしてその先もまた喜びの世界です

そんな中に私達はありました。

そこへ帰っていこうといざないを受けてきました。

素直にそのいざないに応じてください。

 

 

 

 学びの時間は限られています。

肉を持って学ぶ時間は限られています

その時間のうち、本当に体力、気力のある間に喜んで学んでいきましょう。


自分が生まれてきた意味、訳、しっかりと確認しながら、日々喜びの中でお過ごしください。

いつも田池留吉、アルバートを思う時間の中で、

肉もまたゆったりと楽しくそれぞれの肉の仕事をなさってください。


本当に今ここにこうしてあって、田池留吉を、アルバートを思えることを、

過去とともに未来とともに喜んでいきましょう。

未来、来世のあなたはすでに存在しています

過去のあなたからの思いととともに、来世のあなたの思いを感じて、

そしてひとつになって、ともに歩みを進めてください。


肉の自分だけではなく、たくさんの自分の存在を知っていくことは、本当に喜びでした。

そこから、生きること、死ぬこと、その他色々と思ってみてください。

思い方、感じ方、そして生き方、喜び、幸せ、色々なものが違ってくることを実感してください。

 

大切なこと、大切なもの、本当に自分にとって何が大切なことなのか

大切なものなのか、絶えず問いかけることが必要だと私は思っています。


もうそんなのはすでに自分の中で答えが出ているということかもしれませんが、

ですがどうでしょうか。

自己確立の度合い、程度、日々の生活の中でしっかりと確認するようにしてください。


目を閉じていても、目を開けていても、田池留吉を思うことには違いはないはずです。

瞑想をする時だけ思うのではありません。

いつも思っているんです。

思いながら、肉のことはできないと思いますか。

もちろん、生活の中での色々な仕事をきちんとするのは当たり前ですが、

その仕事をしている間でも、ふっと思える瞬間があります。

必ずあります。

仕事に集中しているときは別として、その瞬間、瞬間はいくらでもあるでしょう。

目を開けているとき田池留吉を思うとはそういうことを言っています。


いつも心の針の向け先の確認です。

心の管理を怠らずに、田池留吉とともにある喜びを感じてください。

 

あなたの心の中は、今どんな状態でしょうか。

綱引き状態が続いていますか。

学びをやっていこうと思っているのだけれども、なかなかだ、

自分の中の他力のエネルギーの収拾がつかないことに辟易している等々、

色々とあると思いますが、学びに触れた以上、

肉終える最後まで、決して諦めずに学びを継続してください

らずに、ゆったりと、そして一番は喜びを忘れずに、

自分との約束を果たしていこうとなさってください。


難しいのは承知で、しかし、必ず帰っていきます、

戻ってまいりますと、自分に誓ってきた約束でした。

ふるさとの歌詞にもあります。思い出そう、約束と。

その通りなんです。約束して決意して今世を迎えたということです。

今世は だから これまでの転生とは違うはずなんです。

その違いを心から知って、自分の予定を予定通りに遂行してください。

 

どんな時も、思うのはただ一点です。

その一点を自分の中で知っていくことを、何よりも、何より優先してください。

一点が分からなければ、どうしようもありません。

しっかりと自分の中で確認、確認の日々をお過ごしください。

すべてはそれぞれの意識の世界の出来事です。

確かに、意識の世界はひとつです。

しかし、それは心の針をきちんと合わせているのか否か

全く違う世界を広げていることをお忘れなく。


田池留吉、アルバート、母なる宇宙と言っても、

あなたが感じているそれと私が感じているそれとは違うかもしれません。

また喜び、温もり等の厚み、深さはどうでしょうか。

意識の世界、波動の世界は限りなく広いんです。

限りがありません。どんどん思いを向けていくだけです。

喜びで純粋に思いを向けていくだけです。

ともにある喜びをひとたび感じていけば、肉を持つがゆえの愚かさを感じても、

それによって、自分を見失うことはあり得ません。

揺れる心を今感じられるから幸せなんです。

愚かな自分が浮き彫りになってくるのを知っていけることが喜びなんです。


待ち侘びてきた波動の中に生きていることを、あなたの心で知ってください。

 

想定内、想定外、様々なことが起こってくる中で、

どうぞ自分を見失わないように、自己確立に努めてください。

自分を捨てないでください。裏切らないでください。

ともにある喜びを心にしっかりと感じられるようになってください。

母なる宇宙へ必ず、必ず帰っていきましょう。

母なる宇宙、私達のふるさとです。母なる宇宙は喜びです。

それが私達の宇宙でした。

闇黒の宇宙に塗り替えてしまったけれど、帰れるんです。

帰れることを伝えていただきました。

帰ってきなさいと伝えていただきました。

みんなとともに帰ろう。母なる宇宙へ。

苦しみの奥底の底のまだずっと奥底からどんな思いで這い上がってきたか。

感じてください。知ってください。

だから、私達は田池留吉の意識の世界を学ぶ計らいの中にあったんです。

田池留吉、狂いに狂ってきた意識にようやく、その世界の波動が届きました。


それが今世、今という時間でした。

 

 思いを純粋に向けると書きましたが、それはどういうことか分かりますか。


この学びをするにあたって、それぞれどなたも程度の差こそあれ、

突き当たる問題があります。冠婚葬祭です。

いかに周りに自分の思いを伝えているかで、あなたの学びに対する姿勢が分かります。

自分の思いを真っ直ぐに伝える、言える、それは自分の中の信の問題です。

周りとの協調を取りながら、この学びはできません。

はっきりとした明確な意思のもとで、学びを遂行していく、そんな覚悟でないと、

あなたの今世の転生は過去の転生と何ら変わることはありません。

確かに、色々と感じることもあるでしょう。

しかし、この学びのたったひとつのポイント意識の転回です。


これから、それぞれどのような転生を自分に用意しているか、

それはそれぞれの課題ですが、今世、自分に肉を用意して、

学びに繋がったという事実を、自分の中で本当に大切になさってください。


自分を裏切り続けてきた私達です。もうそんな愚かなことは止めてください。

 

それぞれに学べる環境が違います。色々と事情もあるでしょう。

ですが、そういうことを言い訳にして、自分から目を背けずに、

きちんと自分の流してきたエネルギーを確認してください。

無理をせずに学んでください。

ゆったりとしかし心の向け先は揺ぎなくただ一点です。

自分に用意してきた今世の時間です。大切に大切にしてください。

本番250年後に向けてできる限りの準備をしていくことが、

自分にとって最も喜ばしいことです。

もう次元移行は始まっています。

あとは最終の詰めをするために250年後に集結しましょうということです。


心を田池留吉に、アルバートに、そして愛、母なる宇宙にしっかりと向けて

ともにともに帰る道を確認してください。

喜びです。喜び以外に何もありません。

ともに次元を超えて、そして限りなく広がっていく意識の世界を学んでいきましょう。

ともにある喜び、ともに生きる喜び、ひとつになっていける喜びです。

 

肉を持つ時間は限られています。

肉を離す時が突然にやってくる場合もあります。

今はもう何が起こってもおかしくありません。

想定内、想定外、様々な現象が起こってくる中で、学びに触れた私達は、

瞬間、心を向ける合わせる、向けられるか合わせられるか、それだけです。


なぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのか。

苦しみや悲しみはなぜあるのか。

人間はみんな幸せにならなければならないのに、なぜそうならないのか。

本当の自分を知らずに生きて死んで、何度繰り返してきたのでしょうか。

けれど、それももうまもなくピリオドです。

今のような肉を持てなくなるからです。

少なくともこの地球上においてはそのような環境は残されないでしょう。

それではどうなるのでしょうか。

意識の流れに乗り切れない意識達は、

漆黒の中に沈み込んでいくしかないかもしれません。

意識の流れ。

どうぞそのいざないにしっかりと応えていけるように生きてください。

 

 

 

意識の転回。

大きなたったひとつの大切な大切な仕事です。

困難と厳しさを伴いますが、クリアする以外にありません。

難しいですが、不可能ではありません。

喜んで自分の意識の世界の転回を試みていきましょう。


どんなに苦しい中で転生してきたか、死後の自分が教えてくれます。

自分が自分に伝えてくれるんです。

死んでも死んでいないたくさんの自分です。

みんな心の開放を待ち望んでいます。

手を差し伸べ、こっちだよと伝えてくれることを待ち望んでいます。

ひとつの肉を足掛かりに、どんどん自分を解き放していきましょう。

もう苦しむのは止めましょう。

自分で自分を追いつめるのではなくて、抱きかかえ抱きしめて、

そしてともに行こう、ともに帰ろうとしっかりとメッセージを伝えましょう。

反逆、抵抗の思いもまた嬉しいです。

今だからようやく出会えたのです。

そんなに自分を傷つけてしまったのかと心から詫びて、

帰るところはここしかないことを、しっかりと伝えてください。

 

 

 体力、気力のある間に学んでください。どちらも大切です。

単に生き永らえることが幸せなことではありません。

幸せの条件は学びに触れることです。

学びに触れて、学びで言われていることを素直に実践することです。

それがない人は、どんなに満たされた人生であっても本当の人生には巡り合えないです。

なぜ生まれてきたのかを心で知らずに生きても、行き着く先は決まっています。

なぜ生まれてきたのかを心で知らずでは、

地獄から出て地獄へ帰る循環から自分を解き放していけないからです。

本当は地獄など存在しません。

地獄は、愛を、本当の自分を捨て去った私達が作ったものです。

私達は地獄という苦しみの世界を自分達で作り上げて、

そこへ自分達を沈み込ませたという愚かなことをやってきました。


愛を、本当の自分を捨て去った、つまり、私達は愛から出てきてしまったのです。

愛の中にいればよかったのに、飛び出していきました。

飛び出してきたけれど、愛はずっとそのまま私達を待ち続けています。

だから、その愛の中へ帰っていけばいいんです。

素直に喜んで帰っていけばいいだけです。

こんな簡単なことが分からず、苦しみ続けてきた私達だったことを、

あなたも自分の心で感じて、そして自分に心から懺悔してください。

 

 暮らしていくにはある程度のお金が要ります。

仕事をして収入を得るか、年金か、相続等で確保するか色々とあるでしょう。

後ろめたいものでなければ、それらを活用してまず生活のリズムを整えていきましょう。

生活のリズムを整える、学びをしていくのにはひとつの大切な条件です。

体力、気力の面からもそうですし、実際にやってみればお分かりになると思います。

肉の世界に少々足をかけて、そして学んでいくということが

学びをしていくうえにおいて、最も効率的です。

少々足をかけるためには、それなりの生活が要ります。

基本的には、自分のことは自分でということです。

自分の意識の世界を変えていくために、ひとつの肉を持ってきたという大前提のもと、

肉は肉の生活を楽しみながら、しかし思いはひとつだから、

少々肉の世界に足をかけていくだけでいいんです。

時期がくればその足を引っ込めて、自分の思いの世界に戻っていくだけです。

その思いの世界がどんな状態なのか、

それが何よりも重大です。

 

 楽しく日々生きていますか。

不平、不満、愚痴、暮らしていれば出てくると思いますが、

できるだけ短時間に反転してください。

悲しいことや、辛いこと、苦しいことも起こってくるでしょう。

ですが、ずるずると引きずることなく、その中に巻き込まれるのでなく、

悲しみや辛さ、苦しみっていったい何だろうかと自分に問いかけながら、

自分の中で包んでいきましょう。


目を閉じて思えば、すべてよし、すべてよかったんだ、心が広がっていけば、

そして自然に嬉しさが、喜びが広がっていけば、それは学びの成果だと思ってください。

無理に思おうとしなくても、寂しい中、悲しい中、苦しい中、ふうっと思えば

自分の中に、自ずとそのような世界が広がっていっていると感じてくれば、

意識の世界ってすごいなあと思わざるを得ないと思います。


そういう心の体験をひとつ、ひとつ重ねてこそ、

自分の住処である思いの世界を大切にしようとなってくるのではないでしょうか。

その思いがまた自分を喜びへといざなっていきます。

自分の中の愛が仕事をしている、そう自ずと感じるでしょう。

それが波動となって宇宙へ流れていくんです。


肉のあなたは何もできません。

肉のあなたがすることは、ただひたすらに、

真摯に素直に田池留吉を思うこと、心の針の向け先を確認することだけです。

 

瞑想をしてください。瞑想をしましょう。

正しい瞑想ができるようになれば、本当に分かってくるんです。

今が、そして自分がどんなに幸せなのか、どなたの心にも響いてきます。

まずはそれが感じられるかどうかです。

そのためにはどうすればいいのか、たくさんのお勉強の材料は揃えられています。

そういうものをいい加減にして、本当のことが知りたい、

本当の幸せを、喜びを知りたいというのは欲だけです

自分の心の貧しさをまずは知ることです。

欲だけで生きてきた自分の心の歴史がどなたにもあります。

本当の自分を捨て去ったからそれは当たり前のことでした。

欲でしか生きられなかった

欲を欲とも思わずに生きてきたと言ってもいいと思います。


どんな大義名分があろうとも、本当の自分、自分が愛だということを捨て去った

忘れ去った意識の世界は愚劣以外のなにものでもないことを、

私達はもっと知っていかなければならないでしょう。


そのために、これから250年、300年の中で何度かの転生が用意されているのです。

 

 はっきりとした意思表示をしてください。

自分は、私はこうして生きていくんだ、こっちのほうに心を向けて、

思いを大切に生きていくんだ、そう決断すれば、それを淡々と遂行していくだけです。

その決断に間違いがなければ、必ず分かります。

喜びが幸せ感がふつふつと沸き起こってくるからです。

自然に嬉しい、ありがとう、よかった、今日も一日ありがとう、そんな思いが出てきます。

それが私達の本来の状態だからです。

何の不思議もないけれど、愚かな肉としては不思議であり、驚きであり、

だからこそ喜びが広がっていきます。

もともと幸せな自分だったこと、喜びを知りたい、感じたい、

本当のことを知りたいと思わずとも、すでに知っていたことを知るからです。

どうして生きていけばいいのか、自分の心で本当に分かれば、

こんな幸せなことはないです。

文句なしに嬉しいです。ただ嬉しいだけです。

自分の本当の世界に帰っていける道が分かれば、

それはもうただただ嬉しいだけ。そうではありませんか。

 

本当のことを知って、自分はなぜ生まれてきたのかを心で知って、

本当に自分は自分の予定したコースを歩いているだろうかと精査して、

自分の今の肉の時間を終了するように努めてください。

 

今世は千載一遇のチャンス、このことをしっかりと覚えておいてください。

今世はこれまでの転生と同じであってはならないんです。

基準をほんの少しでも変えて、今の肉の時間を終了させていくこと、

そこに、あなたのエネルギーを注いでください。

世間はどうでもいいんです。

どうせみんな濁流の中にどっと飲み込まれていくだけです。

そこから、ふうっと浮き上がってこなければ、

自分の中で次元移行を達成することは大変難しいです。


自分との固い約束、どこまで誠実に果たしていくか、

それぞれの心次第です。どうぞ、ともに歩みを。

 

 愛へ帰るしかないんです。

愛へ帰ることが私達のすべてです。

肉のことは本当に程々になさってください。

時間の経つのは早いです。

肉を置いていくとき決して後悔なさらないように。

自分の人生です。誰も替わりはできません。

真実を知っていくのも、苦しみの奥底から抜け出せないのも、全部自分のことです。

自分しかいない世界だということ、どうぞ、肉を持っている間に、しっかりと学んでください。

助けを救いを求めても、誰もきません。

その一方で、田池留吉、アルバートとともにあることを確信していれば、

そこはただ安らぎ、温もりの世界があります。

あなたの今は、どちらでしょうか。

肉、肉で生きていれば、こんなこと絶対に分かるはずはありません。

どこまでも聳(そび)え立ちの自分がそこにいるだけです。

その中で、やれ幸せだ、いや苦しいと言っているに過ぎません。

肉からの脱却がない限り、本当のことは絶対に分かりません。

 

 

 あなたのこれからの転生、何度あるかしれません。

ですが共通することは、今までにない厳しさであるということです。

今世、学び繋がった人は

必ず、今世の学びを自分の次の転生に繋げるように学びを進めてください。

意識の流れの指し示す方向にきちんと照準を合わせて、

自分の中へ中へ思いを向けていくようになさってください。

外に向けてそれなりの生活をしても、決して本当の喜び、幸せに巡り合えないです。

幸せだと感じるのは錯覚に過ぎません。

それは吹けば飛ぶような喜び、幸せでしかありません。

本当の喜び、幸せに出会ってください。

出会えるように、私達は今世、設定してきました。

その自分の計画をしっかりと遂行してください。

ひたすらに田池留吉、アルバートを思い、

ひたすらに愛を思って、

前を向いて歩いていきましょう。

 

私達の中には溢れるほどの喜びがあります。

それを全部押し込んで苦しい思いばかりを膨らませてきました。

肉で生きることはそういうことで、自分達の心を自分達の思いを踏みつけにしてきた暗さ、

間違い、自分に詫びても詫びても詫びきれません。

しかし、それもみんな許しの中にあります

許されているから、受け容れてもらっているから、

今もこうして肉という形を持って、自分の間違いに気付けるときを用意しています。

お母さん、ありがとうと心から思える喜びと幸せをじっくり味わっていきましょう。


何が間違ってきたのか、何を間違えてきたのか、

ゆったりと静かに心を向けて、そしてこれからの転生に思いを馳せてください。


形は変われど、中の思いを必ず繋いでください。

そして、ともに次元を超えていきましょう。


田池留吉、アルバートの意識の世界の中で、

ともに生きる喜びを味わってまいりましょう。

それが本当の私達のあるべき姿なんです。

田池留吉、アルバートの意識を知らない意識の世界は苦しみでしかありません。

喜びとは程遠いです。

 

田池留吉: NPO法人・UTAの輪 (UTAの輪作り) H.29

2017年・平成29年 12月 15日更新

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 信じています。信じています。待っています。待っています。

途切れることなく伝わってくる思いに応えていける喜びをあなたも感じていますか。


私は、今世、田池留吉の宇宙、アルバートの波動の世界を心に感じました。

真っ直ぐに伝えてくれた思いは決してもう自分を裏切りません。

確かにある喜びと温もりの世界。

私達はあの宇宙に、愛へ帰ることを本当に心から望んできました。

 

肉を見て、形の世界の中でどのように生きていこうかと心を外に向け続けているうちは、

決して自分の中の叫びに素直に心を向けることはできません。

聞かないように聞かないように心を逸らしていく冷たさの中から、抜け出してください。


偽物でなく本物の優しさ、喜び、温もり、幸せを自分の中に思い出していきましょう。

自分の中へ中へ戻っていけばいいだけです。

そうすれば、中から尽きることなく喜びが、温もりが、幸せが湧いて出てくるんです。


「お母さん、本当にありがとう。

あなたの伝えてくれた通り、私は愛でした。

私はあなたのもとに帰ります。

田池留吉、アルバートの世界にひとつだと伝えてくれた思いを

心に広げ深めていくだけでした。」

と、そのようにどなたの心にも感じられるはずです。

 

 

肉のことは基本的にはどうでもいいことです。

どうでもいいからおざなりにしてもいいということではなく、

どうでもいいから、右に左に流して自分の中につかまないことという意味です。

そんなことよりも、こだわる心、つかまえる思いに注目して、

自分の心が外に向いていることを確認です。


外に向いたままでは何も分かりません。

本当のことが何ひとつ分かりません。

ただ心が敏感になって、その処理をしないまま時間が過ぎ去っていくだけです。

その間、苦しいのは自分です。そこではたと気付けばいいんです。

はたと気付いて自分の歩みを真っ直ぐにしていく以外に手段はありません。

誰も好き好んで苦しみを広げ深めたくはありません。

喜びと温もりの安らぎの中に自分をいざなっていきたい、

いざなっていこうと思っているはずです。

ただし、それにはそれ相当の覚悟でいかなければということです。


本当の人生を生きましょう。

たったひとつの真実、その真実は自分の中にあったんです

目には見えないけれど感じる心、

肉基盤の心ではなく意識基盤の正真正銘の心をしっかりと育んでいきましょう。

 

 

幸せな自分、喜びの自分をどんどん復活させて、ありがとう、ありがとうと自分に伝えましょう。

苦しかった自分に、「もう苦しむのは止めにしましょう。素直になろう。」と伝えましょう。


お母さんの腕の中に抱かれていたゼロ歳の自分から出発です。

ゼロ歳のあなたの思いを何度も感じてください。

母の温もりの中、その意識の世界からのメッセージを思い起こし、全託してください。


待って待って待ち続けてくれている波動があります。

あなたの心でしっかりとキャッチして、

そしてあなたの心を、あなた自身をすべて任せてください。

それを阻止しようとする思いは根深くありますが、

その思いは温もりに帰りたい、帰っていこうとする思いなんだと、心で気付いてください。


田池留吉、アルバートと心から素直に呼べるようになれば分かります。

呼びたいんです。

呼びたい、ただただ田池留吉、アルバートと呼べる、

思えることが、ただただ幸せなんです。


どうぞ、心の針の向け先を確認してください。

いつも確認してください。

自分の外に針を向けている以上、何も分かりません。

何も変わりません。


母に使ってきた心を確認し、学びの動機を確認し、

自分が産まれてきた意味を確認してください。

 

 

180度違う生き方、存在の仕方を自分に伝えたんです。

初めてです。だから当然難しいです。反発です。

最初から素直にストレートに受け容れられるはずはありません。

しかし、180度違う生き方、存在の仕方を自分の中で実践しない限り、

苦しみから自分を救い出すことはできません。それは確かなことです。

偽物の自分を自分だと思うところからは、本物の喜びと幸せには出会えません

分からないんです。

何が本物の喜びが幸せが分からなくなってしまった現実を、自分の中で認めてください。

確認してください。そして、本物の喜びと幸せを思い出していきましょう。


「愛でした。私達は愛でした。」

そのようにはっきりと言える自分に蘇っていきましょう。

愛を外に求めてきた間違いに心で気付き、自分に詫びてください。

外と内、全く次元が違います。

私達は愛だから、愛に気付いていくように自らを促していくんです。

自らの促しです。

ただただ喜んで受け取っていけるように、日々瞑想を続けていきましょう。

 

 

生きにくい世の中かもしれません。

泥水だと知っていても飲まなければならない時があるかもしれません。

それでも自分を落とし込めることはもう止めましょう。


温もりの中にあったこと、愛を捨て去ってしまったけれど、

愛は自分の中に確かに息づいていること、

そしてその愛が愛に目覚めようとしていること、信じて信じて生きていきませんか。

 

心の重荷、引っ掛かりをなるべく外して、

自由自在に動いていく心の軽やかさを体験してみてください。

こだわる思い、譲れない思い、離せないこと、離せないもの、

全部全部基盤の問題だと頭では理解していると思います。

外す努力を、試みを前向きに。

そして、あとはただひたすらに真っ直ぐに、田池留吉を思うことです。


それは絶対に裏切らない波動の世界です。

信じられる、信じている、その人は本当に幸せな人だということになります。

 

 

 思うは田池留吉です。思うはアルバートです。

それは自然のことでした。

他力の神を作り続けてきたから、田池留吉を思いなさい、アルバートを思いなさい

ということが素直にストレートに心に届くことが難しい状態になってしまいました。

 

他力の神、仏の世界は人間のエゴと欲と無知が作り上げた世界でした。

手を合わせ拝む、また祈る思い、そして一心不乱に修行する思いは、自分を愚弄する思いです。

自分を愚弄しながら、幸せにしてください、幸せになれますように、

パワーをくださいと願ってきたのです。

 

もう本当の自分に目覚めていきましょう

拝まなくても、祈らなくても、修行をしなくてもいいんです。

素直になって、ただひたすら田池留吉の世界、

田池留吉の波動を感じていけばいいだけです。

どうすればそのようになるのか、それを学んでいるのです。

 

素直になればすべてが氷解していくはずです。

ですが、なかなか素直になれないんです。

素直になるということが分からなくなってしまっているからです。

 

心に感じる喜びとか温もり、幸せを、なぜ育んでいけないのでしょうか。

感じたあとからふっふっと否定、疑いの思いが出てくるのはどうしてなんでしょうか。

それは素直ではないからです。そこのところ分かりますでしょうか。

素直ということ、それは単に従順ということではありません。


なぜ生まれてきたのかとしっかりと自分に問いかけ、

肉体を持たせた自分の思いに触れてください。

自分の心が何を語り、何を叫んでいるのか、

今こそしっかりと心を傾けるべき時なんです。

傾ければ傾けるほどに応えてくれる時なんです。

 

 

今世、学びに集ってきた私達が、今、学び訓練していることは、

正しい方向に心の針を向け合わせていくこと、正しく思えるか否かということです。

正しい方向、正しく思うとはどういうことなのかということです。

 

どうしていけばそうなっていくのかを自分の中で検証していく時間が、

今の肉を持っている時間です。それぞれに自分に予定してきたことがあります。

今世だめなら、次の転生でさらに厳しい条件を自らに出すでしょう。

それは言い換えれば、それだけあなたの中は必死だということです。

そのあなた自身の思いにどんどん触れて、自分としっかりと向き合っていきましょう。

自分は愛なんだ、愛でしたを信じられるまで。

 

 

あなたはなぜ今世日本の国に生まれてきて、学びに集えるチャンスを用意してきたのか、

その問いかけをどうぞ、何度もことあるごとに、自分にしてみてください。


間違い続けてきた過去からの自分、未来の自分とともに今、変わってまいりましょう。

 

田池留吉の意識の世界はあなたの心の中に現存します。

 

温かい母の温もりの中へ帰る道を、自分の中で確立してください。

本当の自分の世界に触れていけば、

何も望まなくても今あることが喜び、幸せだと心で分かります。

 

そして、何も望まなくても、肉のことは自ずと整ってくることも感じられます。

 

 

肉を持っている今だからこそ学べるんです。

それは肉を離した自分、つまり死後の自分を知っていけば分かるはずです。

日々の生活の中で自分の出すエネルギーを確認してそして瞑想をする、

そういうふうにして間違い続けてきた自分に伝えることができる今が、

自分にとってどんなにありがたいか感じておられると思います。


自分に本当のことを伝えたくて生まれてきたことを、

今世の肉を通して実感したならば、その思いのままに真っ直ぐに行きましょう。

右を見て左を見てとぐるぐる目を回していたら、元の黙阿弥です。

いいえ、さらに闇奥深くに沈んでいくかもしれません。

ただ一点を見つめ、今という時、自分の思いを大切にしていきましょう。

 

 

今のあなたの苦しみ、悩み、もやもやを解消する方法は、

瞑想、正しい瞑想の断行しかないんです。

心を中に向ける習慣をつけてください。

 

自分の外には何もありません。

全部自分の中にあります

心の針を中に向けることをしっかりとやっていきましょう。

 

そして、本当の自分を捨てたすさまじいエネルギーとともに、

今 田池留吉を思える、田池留吉、アルバートを

呼べる幸せの中にあることを本当に心から知ってください。


間違い続けてきた、狂い続けてきたけれど、

本当の自分は待ち続けていることを確認してください。

素直になって本当の自分の思いを受け止めてください。

 

 

 意識の世界はすごいとしか表現できません。

いい意味でも悪い意味でもとにかくすごいんです。

そのすごさが体感できるのは、瞑想でしかありません。

 

頭でどんなにこねくり回してみても、それは所詮ちっぽけな世界です。

それよりも本当に母の反省を通して、

そしてゼロ歳の瞑想を通して、

温もりの中にあった自分の世界の確立をしていきましょう。

 

そして、どんどんどんどんすごいすさまじいエネルギーを感じていきましょう。

感じていけばいくほどにすごい、すごいと喜びしかないんです。

それが新たな苦しみとなっていくということは、あり得ません。

そうならないというのは、自分の学び方に問題ありということになります。

単純なことです。

純、明快、ストレートに学びを進めていきましょう

 

ありがとう、嬉しいなあ、思う思える喜び、幸せってすごいなあと、

自分のすごいエネルギーを感じては喜びを幸せを広げていきましょう。


今という時を大切に、かけがえのない時なんだと実感できるように学びを進めてください。

もう自分を裏切り見捨てることだけは止めにしましょう。

全部自分が決めて選んでいくことだけれど、

まずは自分に素直に、本当の自分の思いに素直になろうと心掛けてください。

自分を誤魔化すことができないとあなたは知っています。

 

 

学びの友を大切にしてください。

この場合の学びの友とは、日頃いっしょに学んでいるあなたの周りにいる人達です。

お互い学びの一歩を前に進めていけるような関係を作っていってください。

当然、そこには上も下もありません。

馴れ合う、慰め合う、従う、あるいは引きずり落とす、

そんな愚かな下らない空気が漂えば、直ちにそこから退散してください。

いつまでもずるずるそこに関わらず、

さっと離れていけるような思いで学びと自分と向き合ってください。


これは難しいと思いますが、本当に学びをしていこうと決断し、

意識の流れを感じていけば、それは自然にそうなっていきます。

 

 

あれもしなければ、これもしなければ。あれもしたい、これもしたい。

分かります。分かりますけれど、

人生折り返しの年齢に到達されている方は、もういいじゃないですか。

ゆったりとした時間、ゆったりとした気持ちの中で

ただひたすらに正しい瞑想を継続できるような人生の時間、自分に用意してください。

 

自分の中の切なる思いにほんの少しでも触れて、

そして本当にその自分の思いに素直に応えていきましょう。

もう二度と、こんなチャンスは訪れません。

 

正しい道しるべをどうぞ、

自分の中で見失わないように日々の時間をお過ごしください。

意識の流れは粛々と流れ、その計画は着実に遂行されていきます

 

本当のことが知りたい。今はまだどこにあるのか分からないけれど、

何が本当のことか分からないけれど、きっと本当のことがある。」

こんな思いを持ち続けている人は、どんなに肉に塗れていても、

必ず自分の中の促しを現実のものとする方向に自らをいざないます。

 

それはすなわち学びと出会う、

田池留吉、アルバートの意識の世界、波動の世界

体感する方向に自らをいざなうようになっているということです。

 

ただ、潮時、タイミングというものが大きく左右するし、

本当のことが知りたいという素直な思いが

どの程度のものなのかということも、大きく影響します。

 

だから、250年300年の猶予期間があります。

何度かの転生のチャンスがあります。

意識の流れの計画は狂うことはありません。

 

 

 自分が喜んでいるか、それともまだまだ旧態依然のままなのか、それだけです。

要は自分が幸せになればいいんです。幸せであればいいんです。

幸せとはどういうものなのか、喜びとはどういうものなのか、

本当に心で分かればいいんです。

それは何はなくとも幸せ、喜びということになるでしょう。


幸せな人は、その喜び、幸せをどんどん感じて自分の中にどんどん広げていきましょう。

一方、まだまだ苦しみあぐねている人は、さあどうしましょうか。

何がそんなに苦しいのか、とことん自分に聞いてみてください。

苦しむ自分に付き合えるのは自分しかいません。

 

 

学びに集っている人でまだ比較的若い人、仕事、

家族等々で時間的経済的にきついかもしれませんが、

ぶれずにしっかりと学びを進めてください。

 

肉を持っている時間が年齢的にまだあるということは、

これから起こってくる肉、形の世界の出来事を

色々色々見聞きする機会がまだあるということだし、

自分の周辺についてもそれは例外ではありません。

 

そういう学びの機会をしっかりと活用して、

自分の今世の計画を遂行してください。


九州北部を襲った豪雨。

「神も仏もない」そんな事態に直面します。

私達の意識の世界の現実をしっかりと感じてまいりましょう。

 

 人生色々、人の考え思い価値観色々と結局はそこに留まって、

自分の根本的な生き方に真正面から向き合えないというのが現実かもしれません。


人生色々ではないんです。本当の人生は色々ではありません。

自分が何をするべきなのか、何に気付いていくべきなのか、

自分の中で本当に分からない限り、本当に人生を生きたということにはなりません。

 

肉、形の世界が現実だとする思いの根底をひっくり返すことは本当に至難の業です。

しかし、次元を超えていく意識の流れはどんどん私達に迫ってきます。

現象界を通して、その目で耳で、そして身体と心で体験してください。

意識の世界が現実なんです。

 

 学びに触れ心を見ることを知ったからには、

これは本当に無駄にすることなく、今、肉を持っている今、

自分にとってどんな意味があるのか

日々瞑想をする中でしっかりと確認してください。

本当にこんな絶好のチャンスはありません。

それは全部自分が予定してきたことだから、

その自分の切なる思いにしっかりときちんと応えていくべきでしょう。

そうしないと、もう二度と本当の自分に帰っていくことはできないかもしれません。

絶対にということは申し上げられないけれど、

今世の計画、予定はそれほど自分にとって大切、大事だということです。

その自覚があるかないかということになります。

 

 

形ある世界では、どんなに公平、平等を求めてもそれは叶わないことです。

形の世界は自分の出すエネルギーを確認するための現象の世界ですから、

それはそれでいいんです。

その基盤の上では、どんな正論にも限界があります。

主張が通らないとか、そんなところで苦しみ抜くということが、そもそも馬鹿げているんです。

また思い通りにいって満足げというのも薄っぺらなものです。

だから、そういうことは本当に程々にして、、もっと自分の真相に思いを向けていきましょう。


自分の真実の世界は、まさしく公平、平等です。

何の区別差別もなく、境目もありません。

そんな世界を感じ知っていけるチャンスをみすみす無駄にしないでください。

 

 

何が起こっても決しておかしくはありません。

想定内、想定外に関係なく、そこから自分の現状を確認して、

いつも自分の中へ戻っていき、自分の中からどんな思いが出てくるのか

自分と自分の中で確認を怠ってはいけないと思います。

まずはしっかりと自分の中を定めて、そこから引き出されてくる思いに沿っていきましょう。


問題解決、形の修復ばかりに時間とエネルギーを注いでいくのではなくて、

何が一番肝心なことなのかをしっかりと押さえて

それから対処すべきことにはきちんと対処する、そうすべきなのではないでしょうか。

一番大切なものを忘れ去ってきた心に、一番大切なものを取り戻していきましょう。

 

 

 こんなこと今更言うまでもないことと思いますが、

頭をカラッポにして学んでください。

形の世界では通常のことも、それがそのまま学びに適用しません。

形ある世界から形無き世界を推し量ることはできません。

頭先行の方には、学びは難しいと思います。

たとえば宇宙を思う瞑想ということも、

頭、つまり肉が前面に出てくれば、もうそこから先は進みません。

しかし、素直になって、自分の中が反応していると僅かでも感じられるようになれば、

学びに触れている今がどんな今なのか、心に感じ始めるでしょう。

そうなってくれば頭など要らないんだと自然になってきます。

 

 寝ても覚めても学びを思ってください

本当の人生を生きていこうと誓ってきた自分の思いを大切にしてください。

学びに触れたんです。それは決して偶然ではないんです

自分の中のすさまじいむごたらしい思いに触れていけばいくほどに、

本当の自分に帰りたい、帰ろうの思いが際立ってきます。

肉、他力のエネルギーは最後の最後まで歯向かってきます。

闇へ帰ろうと引っ張っていくエネルギーもすごいです。

そんな自分の現実をどんどん確認してください。


そして、そこからポーンと飛び出てきてください。

 

助けてくれ、救ってくれ、何とかしてくれという思い。

それはまさしく他力の思いであり、いくら叫んでも誰も助けにきてくれないし、

何ともしてくれないということは、ちょっと学べば誰もが知っています。

出してはならない、言ってはならないではなくて、

自分の中から出る思いはどんどん出し、そして確認してください。

それからそこから落ち込んだりするのではなくて、

確認すればどんどんどんどん自分の中を見ていくんです。

私達にあるのは喜びと温もりだけだと強い強い思いで自分を信じていってください。

どこまでその思いでもって引導していくかは、

あなたがどれだけ母の温もりに触れてきたかということに係っています。

だから母の温もりなんです。

母の温もりに本当に触れたかどうか、キーポイント、分かれ道です。

 

 

自分の心で感じる、感じたものを信じていく、素直に淡々と真摯に。

学びを継続していくポイントとなるべき事柄は他にもあります。

色々と自分で工夫してできる限り学んでいきましょう。

迷い憂い苦しみ続けるのも自分です。

自分の中の温もりと喜びを信じ、

肉からの脱却を目指し愛だった自分だと確信していくのも自分です。


あなたは自分に何を伝えていますか。

自分から何が伝わってきますか。

あるのは自分の心、自分の意識の世界だけです。

そうあなたは感じておられますか。

 

 

「愛、心のふるさとへ帰ろう。」一人で瞑想をする時も、

学びの友と瞑想する時も、瞑想の最後には必ずこのメッセージを自分の中に流してください。

伝えてください。

あなたの中からそれに呼応してくる思いがどんどん伝わってくる、響いてくると思います。

瞑想は喜びで終えてください

心の中にモヤモヤを残したまま終わらずに、

必ず母の温もりに心を向けて終えるようにしてください。


本当の自分の思いに素直に生きていきたい、生きていこう、

自分との固い約束に触れていく瞑想の時間は、最高に幸せな時間です。

何も信じられなかった、そんなあなただったのではないでしょうか。

 

 

 心で気付いた人から始めてください。

心を向けていく方向が本当に間違ってきたと心で気付いたならば、

それはもう言葉では言い表せられない嬉しさ、喜びを感じるでしょう。

同時に安心感が広がっていきます。

こうして存在していけばいいんだと伝わってきます。

もちろん、それは世の中の流れとは違います。

濁流、激流の凄さを感じるけれど、いっしょに流れていくとか、

飲み込まれていくとか、そういう思い、危惧は無くなっています。


思いを向ける喜び、幸せだけが自分の中の現実なんだと、

はっきりと心で感じられたならば、あと何が必要ですか。

何も要らないことが分かります。

何も要らないから求めないけれど、全部整えられているはずです。

何を思うか、思えるか、これ一番大切です

 

 

 

 瞑想をする時間がゆったりと取れる環境、

今がある人は、自分の今を喜んで受けてください。

自分の中に思いを向けられるゆったりとした時間があることは、何よりもいいことです。

思う喜び、思える喜びを心に本当に感じ始めれば、お分かりだと思います。

あれが、これがと言っている間は、

自分が生まれてきて今学びに繋がっている本当の喜び、幸せには、まだまだだと思います。

あれも、これも結局はどうでもいいことなんです。

自分が本当に望んできたことを果たしていくことが、やはり一番の幸せです。

自分の持ち時間を大切にしましょう。

田池留吉、アルバートに思いを馳せる喜びを堪能していきましょう。

 

 

正しい瞑想ができるようになって、

自分の中でどんどん実践していくことが学びの本筋ですが、

その最初の正しい瞑想で躓けば、学びの本筋どころの話ではありません。

たとえばそういう人は、「意識の流れ 増補改訂版」一冊でさえ繰り返し読んでいません。

斜め読みして読みましたということになっています。


今、ポッドキャストで「宇宙の風」を不定期に朗読させていただいていますが、

この本にいたっては目さえ通していない人達が、

案外学びの年月の長い人達の中にいるのではないでしょうか。

近々、その「宇宙の風」は少々書き足したものが出版されますので、

心新たにして何度も読み返してください。


本は何度も読んでください。熟読してください。

その内容は決して薄っぺらなものではありません。

 

 

自分の中に母の温もりの確立を。

母の温もりの中にあった自分をまず思い出し蘇らせていく作業を怠りなく。


そして、母の温もりをしっかりと心で感じられたならば、

どんどん宇宙を思って瞑想です。

苦しく辛く冷たく孤独で恐怖いっぱいの宇宙をどんどん感じて、

そしてともに帰ろうと呼び掛ける喜びを広げてください。

宇宙を思う瞑想は、限りなく意識の世界を広げてくれます。

感じるエネルギーのすごさは半端ではありませんが、

その分受け止めていける喜びも半端ではありません。

ただし、それは自分の中の母の温もりの確立があればのことです。

不用意にそして欲だけで瞑想をすれば、

それは必ず自分に返ってきます。

どうぞ、自己責任のもとで、瞑想を楽しんでください。

 

 

学ぶ人はどんどん自分の歩みを前に前に進めていってください。

学びに触れるということは、

今世で言えば、本に出会うとか、セミナーに参加するとか形はそうでしょう。

それは今世の場合です。

今世、学びに触れた人達は、そういう形で自分の歩みを確認する計画を立ててきました。

ただそれはあくまで計画でありまして、

計画通り遂行していくかどうかという課題がそれぞれにあります。


一方、これからの転生を経て次元移行の意識の流れに目覚める意識もあります。

本があるわけでもなく、セミナーがあるわけでもないけれど、

とにかく意識の世界の扉が開いていくんです。

それほどこれからの転生は激動の瞬間、瞬間を体験するということでしょう。


宇宙が動くということはそういうことです。

到底頭の範疇でありません。

 

 

目を通して入ってくる映像、耳を通して入ってくる音声により、

人間の愚かな所業を確認し、自分の中のエネルギーを確認し、

肉基盤で生きてきたことを確認し、

その現実から目を逸らすのではなくて、確認してその思いとともに瞑想です。

間違い続け狂い続けてきた心の叫びに触れていけばいくほどに、

嬉しさが喜びが広がっていきます。

間違い続けてきたからこそ、狂い続けてきたからこそ分かるんです。

思える喜びを知ったことがどんなに幸せなことなのかということが。


田池留吉、アルバートと呼べる、思える、委ねていける幸せは、

地獄の奥底の底の底で苦しみ続けてきたからこそ、

感じられる幸せ、喜び、温もりです。


自分の外に求め続けてきた愚かさを実感してください。

自分の中にあったことを実感してください。

 

 

人生の本当の目的、心で分かってそして淡々と実践している人ほど

幸せな人はいないと思います。

もちろんそういう人は瞑想をする喜びを知っています。

瞑想ができる今を喜んで楽しんでいます。

生活はそれなりに整い、心を見せてくれる学びの友がいます。

一人であっても孤独は感じておられないでしょう。


人生の本当の目的、あなたは心で分かっておられますか。

肉を持つ限りある時間、自分を大切にそして本当の喜び人生の時間としていきましょう。

 

「ともに歩みを」「ともにあります」素直に喜んで受けていけるかどうかだけのことなんです。

どなたの中にも響き伝わっているメッセージです。


信じているかいないか、信じられる状態であるかそうでないか、

いつも絶えず検証してください。

あなたはあなたの人生を大切にしてください。

あなたはあなたを大切にしてください

これは決して自己中心ではありません。

正しい瞑想をしてください

自分の心で分かります。

人生の本当の目的を遂行していきましょう。

そして、自分との約束を思い出し、しっかりと果たしていきましょう。

それが喜び、喜びの人生です。自分の心で証明できます。

 

肉の終わるその瞬間まで自分の決めてきたことを見失わずに、

自分に誠実に真摯に学んでいきましょう。

もちろん、肉がなくてもと言いたいけれども、

それぞれみんなその厳しさ難しさは感じておられるでしょうから、

あえてそこまでは言いません。

だから肉を持っている間にしっかりとやるべきことをやってください。

250年後に必ず自分を繋いでいくという強い思いを育ててください。

欲ではなくて純で強い思いです。

しっかりと田池留吉を思い、伝えてくれた思いに誠心誠意応えていきましょう。

 

 真実はひとつ。

本当のことはたったひとつだから、どんな持論で抗っても所詮は空しい結果になります。

意識の流れの中に淘汰されていきます。それは自然なことなんです。

意識の世界に肉は一切通用しません。

温もり、喜び、広がりと言っても基盤が違えば違うのです。

どこがどう違うのか、

それはそれぞれの心で正しい瞑想を重ねていけば、

あなたの心が納得するんです。

極端な言い方をすれば、本当に心を見て、

自分の心の針の向け先をしっかりと定めていこうと思えたならば、

肉は取り立てて何もしなくても、その思いがエネルギーが仕事をしていきます。

宇宙、意識の世界は今そのように動いているからです。

 

 

本当の意味で賢い、賢明でなければ学びを継続していくことができません。

みんな自分は賢いと思っています。

だけど、本当に賢いとは意識の転回にただひたすら努めていこうとする人です。

真摯さ、素直さが欠落して頭優先では、

自分が本当にしたい、しようと思ってきた学びがままなりません。

自分の中で自分を操っているエネルギーを確認して

真摯に、そして素直に自分の過ちに気付いていきましょう。

操っているのは自分です。

自作自演、そのことに気付いていけば、案外道は見えてきます。

 

 

 一人ひとりが背負っている背景があります。

同じ現象を体験しても、見方、考え方、思い方微妙に違います。

違っていていいのです。違っていて当然です。

大事なのは、いつも自分の中に思いを戻していく、

つまり自分の心の針の向け先の確認だけです。

現象云々に重点を置くのではないということです。


あと、自分で決断したことはきちんと責任を取っていきましょう。

色々とアドバイスを受けてという場合もありますが、最後決断したのは自分です。

あの人が言ったから、ここにこう書いてあったから、それは責任転嫁です。

自分で決めたことは自分で背負っていかなければなりません。

 

 

どなたも学びの動機の確認は必要です。

全部と言ってもいいほど動機が違っていますので、その修正が絶対条件です。

最初の第一歩が違っていれば、あとは全部ずれていきます

そのずれ、歪みの修正に時間とエネルギーを割いてください。

そしてその修正の唯一のポイントが母に使ってきた思い、エネルギーです。

つまりは母の反省です。

母の反省とは温もりに徹底抗戦してきた思いを自分の中で確認して修正していくことです。

温もりを足蹴にしていては、軌道修正は不可能です。

 

 

 今、自分がここにあることを本当の意味で知っていくことが喜びなんです。

どんなに嬉しいか、どんなに幸せか、それはそうなればみんな絶対にそう思います。

自分の本当の姿、真実を心に垣間見れるだけで変わってくるんです。

垣間見るだけですよ。

そうすればそれをさらにどんどん感じ広げて深めていこうと自然に思えます。

そこには、もちろん欲などありません。

ただただ嬉しいだけだからです。

ありがたいだけだからです。

ありがとうが響き伝わってくる中にあることを知っていく人生なんて、

本当に素晴らしいと思いませんか。

それを夫婦、親子、兄弟姉妹、その他学びの友と共有する人生にしてください。

 

 

 

生活のリズムが乱れていませんか。

身体を酷使している、心を酷使している、その反対にぐうたらな生活をしている、

該当するならば、早急に改善されるべきでしょう。

また、寝られない人、食べられない人は、まず病院に行ってください。

寝れて食べれる状態にしてください。


生活は普通でいいんです。

夜寝て朝起きて食事をきちんと取って、

適当に身体を動かして身の回りを清潔にして、

それだけできていれば肉の準備はOKです。

あとは学びにエネルギーを注いでいきましょう。

心や身体が忙し過ぎて、あるいは暇過ぎて疲れている状態では、

学びにエネルギーを注いでいくことはできません。

 

 

 

不平、不満、愚痴、文句、そしてイライラや怒り、妬み、不安や恐怖、

寂しさ、支配欲、暗い思いはまだまだあるでしょうが、どの程度弱く薄くなっていますか。


瞬間出すエネルギーをしっかりと確認してください。

どんなに穏やかな日々であっても、

どこかで必ず自分のエネルギーを確認する場、瞬間が用意されています。

自分を学ぶために肉を持っているのだから、それは喜ばしいことです。


心の底から湧いて出てくる喜びのエネルギーを知っていったならば、

そういうことも、ああいうことも、ちっぽけな世界のことだと自然になってきます。

瞬間出すエネルギーは、その瞬間ありがとうに変わっていく、

この体験を積み重ねていきましょう。

 

 

 今はどんなに苦しくても、そして学んでいくことに難しさ、

大変さを感じても、諦めたり、投げ出したりしないでください

放棄する、逃げる、後悔しか残りません。

自分を自分で葬り去ることは二度としないと、

それぞれの心で自分に誓ってきたことを思い出していきましょう。


思い出していくようにいくように、自分をいざなっているんです。

そんな中にあることが微かでも心に響いてくれば、それはもう本当に嬉しいはずです。

ただ、目を開ければ、微かな思いだから濁流にかき消されていくでしょう。

だから、瞑想をする時間を持つんです。

瞑想をする時間を持つといっても、

それを継続していくことに対して、

自分の中に色々な思いが出てきます。やってみれば分かります。

自分を愛へいざなう自分がある一方で、それを阻止する自分もまた現にある、

その綱引き状態がどれだけ続いていくか、そういうことだと思います。

そこから半歩、一歩抜け出せるかどうか、分かれ道です。自分次第です。

 

 

本当の意味で賢い人は学びに触れたことを無駄にしません。

学んでいくほどに今を千載一遇のチャンスととらえ、

それを自分に用意してきたことを心から喜べます。

中心棒の確立に勤しみます。

田池留吉を思う瞑想をしていけば宇宙が心に響きます。

アルバートと心の底から呼んでいる自分を感じます。

どんなに出会いたかったか、ここに触れていけば、

思いを向ける大切さと喜びが倍増します。

アルバートと呼べる喜びを満喫しながら、

次元を超えていくことも自分の中に伝わってきます。

響き合う喜びの中に喜びが大きくなって、出会いをありがとうとなってくるでしょう。

 

 

 

生半可なものではないんです、私達が作り続けてきた他力の世界は。

しかし、今世を境にして次元移行へ向けて宇宙が動き出しているということは確かだから、

その意識の流れに逆流する流れ、つまり私達が作り続けてきた他力の世界は、

色々な形を通して促しを受け続けます。それは愛しかないからです。

助けてくれ、救ってくれ、何とかしろの声、思いは意識の流れの中にかき消されていきます。

ということはどういうことになるのでしょうか。

宇宙のもくずということを思い起こしてください。


このようにお伝えすれば、厳しさだけしか伝わってこないという方もあると思いますが、

本当に本当にそうなのでしょうか。本当の愛を知らない心にはそうかもしれません。

あなたの心が冷た過ぎるのではないでしょうか。

 

 

毎日、楽しんでいますか。今の自分を喜んで感じていますか

苦しんだり悩んだり嘆いたり、全部全部間違っています。

生きていれば色々とあるから、

だから苦しんだり悩んだり嘆いたりぶつぶつ言っていいということにはなりません。

全部全部間違ってきたんです。

これは正しいと思ってきたことも全部です。

そこからスタートしないと、根本的に何も変わらないでしょう。

だから、ちょっと喜びを感じても、いいえかえって喜びを感じて後戻りすることも結構多いのです。

なかなか中心棒の確立は難しいというのが現実ではないでしょうか。

本当にこの道を進んでいけば、幸せとはどういうことなのか、

喜びとはどういうことなのか、はっきりと感じます。自分で明かしてください。

 

 

頭で色々と考えて策を練って思いを巡らせて何とかなっていくというのが、

形の世界の常識かもしれませんが、意識の世界はそうはいきません。

シンプルだけに難しいです。

一点が違えばみんな違う、これの代用にあれを使うことは通用しない、

その他形の世界で大丈夫だったものがそうではないと知るまで、相当時間を要します。

心にこびりついている他力のエネルギー。本当に一体化しています。

それでも中からどんどん起こってくる、溢れてくる思いは現にあるのだから、

懲りずに投げ出さずに真摯にやっていきましょう。

喜びで思いを感じていく、感じていける、それが喜びなのだから。

 

学びをするにあたって強制されるものではないし、

義務でするものでもありません。

どう生きていこうがそれぞれが決めていくことだし、

もちろん何に重きを置いて何を選択していくかもみんな自由です。

そして、その結果もみんな自分に返ってきます

必ず返ってきます

どう返ってくるか、何を通じて返ってくるか、千差万別です。


ただ、共通なのは返ってくるものは自分の発した思いです。

形ではありません。現象ではありません。

返ってきたものを自分の心が、意識の世界がどのように受け止めていくかだけです。

形、現象はマイナスでもそこから何かに気付き喜びが溢れ出せばそれで○です。

形、現象がいわゆるプラスであっても、

不平不満、欲、そびえ立つエネルギーを発すれば×です。

すべては思いの世界。

すべては自分から流れる波動の問題です。

 

 

 くそ田池、そしてありがとう田池留吉。

瞑想の喜びと幸せを感じていますか。

一体化したアマテラスが愛しいですか。

アルバートと呼ぶことが何とも言えずに嬉しいでしょうか。

体力、気力の続く限り、どうぞセミナー会場に学びの場に、

あなたの肉を運ぶようになさってください。

自分の流してきた思い、エネルギーを確認して、

これからの自分のあり方、行き先をしっかりと見定めていきましょう。

次元移行の呼び掛けに必ず呼応する

自分の中に確信を持てるような学び方をしてください。

 

 全部、一人芝居でした。

自分の中を引っかき回すものを特定して敵だと総攻撃をかける。

それがいつの間にか苦しみではなくて快感になっていく。

攻撃と破壊のエネルギーに酔いしれてしまう。

そして、それは美酒ではなくて泥水でした。

こんな転生を数限りなく積み上げ、

ようやく、あなたが闘ってきたものはこれですよと知らされました。

影と闘い、鏡に映った自分と闘い、本当に滑稽を通り越して哀しいまでに愚かでした。


真っ直ぐに伝えてくれた田池留吉の意識の世界。

ありがとう。アルバートの波動に触れさせていただいたから、

私はもう大丈夫です。ともに歩みます。

 

 

 シンプル、そう単純でいいんです。

何もかもなるべくシンプル、単純に生きていきましょう。

利害と損得で成り立っている中で生活をしていますが、

それも程々にして、つまり軽くタッチするだけにしておきましょう。

そういうことよりも、本分を忘れずにやっていくことにエネルギーを注いでください。

ふと見れば生活は整っているから、あら不思議となってきます。

そして、ああそうだ、これって不思議でも何でもないんだ、

ああこういうことだったんだと、本当に頷けるはずです。


頭の回転がよくてうまく人生を乗り切っているかのように見えても、

意識の流れに逆流していれば、それは必ず自らの間違いに警笛を鳴らしてくれます

鳴らし続けてくれます。それはなぜだか分かりますか。

 

 

 日々の生活はお互い様ということで、できるだけスムーズに流していけば

それで済むことですが、自分の中の他力の神々を離すということはそうはいきません。

自分で気付かない限り、自分が本当に間違ってきたと気付かない限り、どうにもなりません。

離そうとしない自分の思いを認めしっかりと向き合う根気が必要です。


誰かの力を借りて、何かを支えにして頼りにして、

自分の中の他力の神々を一掃できるなんていうことはないんです。

膨らませ続けてきた他力の世界

ですが、そこから必ず抜け出してまいりましょう。

 

 死後の自分、肉体がない自分の状態を瞑想の中で感じておられますか。

肉体を持っている私達はいずれその肉体を置いていく時がきます。

問題なのは、肉体を置いてすうっとその肉体から思いを離すことができないことです。


あなたは、肉体がない状態で何を思うか、何を思えるか、

その辺りのことが曖昧模糊ではないですか。

死後の自分の状態をしっかりと確認しながら、

今という時を大切に、心を向けるということを真剣にやっていきましょう。

 

 心で感じ気付いた方から実践です。

自分の中の変革の実践です。

周りの人達に学びのことについて説法するのではなくて、

自分の心で感じた自分の間違いにどのように接しているか、

学びのことについて話し合うならば、まずそれです。

そしてそこには上下関係はありません。

上から下、下から上の繋がりは全く違っています。


何をどのように感じようとも、自分の中心棒がなければどうしようもありません。

真っ直ぐに田池留吉を思えるか

素直に真っ直ぐにともにという喜びを深く大きく広げているか、

そこへいつも戻ってください。

絶対評価をくれぐれも忘れないようにしましょう。

 

 

アルバートの波動を待ち侘びてきた意識、

私は毎日の瞑想の中で繰り返し確認、実感しています。

満を持して今の肉体を持ち、そしてアルバートの波動と出会うということでした。

意識の流れはきちんとそれを実行して、そして250年後の肉にという計画です。

どこにそんな根拠があるのかと問いただされても、

あなたの心で感じてください、知ってくださいとしか答えることはできません。

心で分かっていくしかありません。

意識の流れはどなたの心にも必ず響いてくるものなんです。

だからそれを自分の心で明かしていけばいいんです。

心に響いてくれば、瞑想は楽しいし、ありがたいし、嬉しい、喜びです。


田池留吉、アルバート、お母さんと呼べる、

そして宇宙を思える、こんな幸せはありません。

 

ゆったりと楽しんで喜びとともに瞑想をしていきましょう。

継続していきましょう。

何があってもなくても、淡々と瞑想

思いを田池留吉、アルバートに向けていこうとする瞑想を繰り返ししてください。

自然にそうなっていくことが幸せなことだと思います。


肉体が無くなってもあるんだから、肉体がある今、

どう存在していけばいいのか、

何が本当に必要なのか、真剣に自分に聞いてください。

 

 私達は自分の思いの世界に存在しています。

その自分の思いの世界がどのような状態であるか、

今自ら形を持って自分に伝えています。

これほどの優しさはありません。

そしてまた、今の状態を少しでも柔らかく温かく住み心地のいいところにするために

どうすればいいのかということを伝えていただきました。


あとは本当に自分次第です。

思いの世界にのみ存在していることをしっかりと確認して、

もとあった幸せな自分、喜びの自分を呼び起こしましょう。

 

自分の心で感じたものをしっかりと確認して学びを進めていく難しさが分かりますか。

心で感じるもの、それは色々とあります。

闇、ブラックの思いから嬉しい、ありがとうという思いまで、実に様々です。

正真正銘、闇、ブラックの思いならばさもありなんとすんなりいくけれども、

嬉しい、ありがとう、喜びとくれば、

信じたいけれどどうかな、確認がほしいということになっていませんか。


嬉しい、喜びと感じたならばまずは喜んでください。

それだけでいいんです。そこで完結です。

そして喜びが継続できるかどうか、しているかどうか自己観察をしっかりとすることです。

学びに触れたこと、瞑想ができる今の環境を喜んでいれば、

生活は自ずとシンプルになり一定のリズムの中で整ってきます。

肉での無駄な動きが少なくなり、バカな肉も

本当の自分の思いに沿っていこうと素直になります。

つまり肉の心も軽くなっていくということです。

意識の世界の軽やかさを感じれば、さらにそうなっていくでしょう。

体験してください。体験がなければ何とも言えないと思います。

 

同じ映像を見ても、同じ音を耳にしても、

それぞれみんな自分の中に響いてくるものは違います。

たとえ、同じような思いが出ても、そこにどの程度かかわっているか、

自分の中にどの程度入れていくか、その処置の仕方によって広がっていく世界が違ってきます。

第一に目の前の状況を映像だとしているか、

自分に発せられた言葉を音としてとらえているか、もうそこから違っているでしょう。


映像をしっかりととらえ、言葉をしっかりと握り、それで自分の中が揺れている、

そしてその揺れる心を見ようとしているというところだと思いますが、

本来は、しっかりととらえ、しっかりと握っている、

そこのところを確認すべきなのではないでしょうか。どうですか。

あなたの学びのポイントずれていませんか。検証をお願いします。

 

 ただひたすらに思う、田池留吉をアルバートを、そして宇宙を思う、

何の欲もなくただ喜びでひたすらに思う、これって簡単なようで難しいのではないでしょうか。

継続して淡々と、肉を持ってきた本来の目的に沿ってやるべきことをする、

自分の中の強い思いに触れることなくして、これも難しいでしょう。


時が流れ周りの状況に変化があっても、決して変わらない、

決して色褪せないものがあったと、意識の世界の結びつきがどんどん響いてくる、

何度も何度も繰り返し繰り返し。変わらない、不変の喜び、そんな瞑想を楽しんでください。

 

心に響いてくる世界を大切にしてください。

大切にしていきましょう。

大切にというのは、響いてきたり感じたものを頭で解釈することなしに、

響いてくる、感じるということを、喜びで育んでいきましょうということです。

間違ってもそれを己を表す手段にするのは止めましょう。

喜びだとしながら、己を表していくことほど、みじめで滑稽なことはありません。

私達はその失敗を散々やってきました。

その残骸をしっかりと回収しながら、

心に響いてくる世界を大切にそして、成長させていきましょう。


真っ暗闇の中で、一本の希望の道が厳しく指し示されました。

頭でなく心で受け止めてください。

 

 

 本当にいい学びの友を作ってください

競い合う、慣れ合う、もたれ合う、そうではなくて、

本当の喜び、本当の幸せ、本当の温もりを追求し共有していけるような、

そんな友に互いになっていこうと、ともに学んでください。

もちろん、目の前にいる友だけがあなたの友ではないけれど、

肉の中に生き続けてきた、生き続けている私達にとって、

学びをしっかりと継続していくために、互いに言葉を掛け合うことも時には必要です。

そうしながら、自己確立に努めてください。

中心棒の確立を大きく深くしていく方向に舵を取ってください。

 

 

 肉を持って肉の中で生きていく難しさ、大変さは確かにあるでしょう。

だけどもう難しいこと、面倒なことはいいんです。

肉で不誠実はいただけないけれど、肉のことは程々にしましょう。

そんなことよりも、本当に田池留吉を思って、

お母さんを思って、そして宇宙を思っていきましょう。

自分の中が応えてくれる幸せを感じてください。


自分自身の切なる思いに触れてください。

あなたの中は、本当に田池留吉を呼んでいるんです。

お母さんを呼んでいるんです。

その凄まじい思いを受け止めてください。


肉が自分だとする思い、形の世界が本物だとする思い、

これは完全に間違っているんです。

あなたは本当にそう感じていますか。

 

◆ 

 

素直になってください。素直に自分の心を開いていきましょう。

現象の時間に前に出られて身体がじっとして動かない人は、

自分のエネルギーを確認する手始めとして、自分の口を開いてください。

意識的に開いてみてください。音を発してください。

アーでもウーでもいいです。まず口を動かしてみましょう。

泣きたくなったら泣けばいいんです。

素直になる喜びと幸せを味わえる場所です、セミナー会場は

どうぞ、あなたの心で体験してみてください。


 

真実の世界は限りがありません。

従って、ここまで行けばという到達点はもちろんありません。

あるのは喜びだけです。

喜びといっても喜び、喜び、嬉しいと大はしゃぎするような肉的な喜びとは全く違います。

それを言葉で表現するには限界があります。できません。

私達はひとつ、私達は愛、私達は宇宙ということも同じです。


ですから、
自分の心で感じる、分かっていくということに尽きます。

そして、本当に心で感じ分かっていけば、歩みが逆戻りすることはありません。

行きつ戻りつなんていうことはあり得ないのです。

行きつ戻りつしながらどこかへ消えていった、

元の黙阿弥ということがないように、

自分の歩みを確立してください。


 

 

ぶれずに学びを進めていきましょう。

学びの本質からぶれずに、ポイントを外さずにということです。

道徳や修行ではないんです。

もちろん肉の喜びと幸せを目指す宗教でもありません。

自分の心を縛るのではなくて、自分を解き放していくんです。

その解き放ち方を学んでいます。

それには、自分はなぜ生まれてきたのか、

何をするために今があるのかということを知る必要があります。

自分の心の叫びをしっかりと受け止めていく土壌を作る必要があります。

覚悟が要ります。決断もしなければなりません。

本当に強くて優しくなければ自分を解き放つことはできません。


 

 

どんなにしても分からなかったはずです。

本来の自分を見失った状態だったということも知らずに、

なぜ、なぜの思いばかりが膨らんでいって、結局は何をしてもどう生きても、

苦しみから抜け出すことはできなかったこれまでだったと、はっきりと知った今世でした。

自分の心に神宿ると信じて、本当に愚かな思いを流し続けてきました。

神を知らなかった、神を見誤った。

言い換えれば愛を知らなかった、愛を見誤った、

自分を完全に愚弄してきたということです。


意識の転回をする、自分の軌道を変える以外に、

苦しみの奥底から完全に脱却することはあり得ないことでした。


 

 

瞑想をする喜び、幸せを感じていますか。

瞑想は喜びです。

瞑想をすれば喜びを感じる、幸せを感じる、だから瞑想をする。

そうではありません。瞑想自体が、もうすでに喜びなんです。

思う喜び、思える喜びって分かりますか。

その最たるものが田池留吉、アルバート、その宇宙です。


田池留吉の世界はその肉を通して、瞑想をする喜びと幸せをしっかりと伝えてくれました。

たったひとつの限りなく広がっていく波動の世界の真実を、

どんどんどんどん感じていきなさいと、もちろんこれからも伝え続けてくれます。

ともにある喜びをどうぞ、あなたも心で堪能してください。

 

 

 学びに触れ、心を見ることを知り、瞑想する楽しみ、喜びを感じ、あと何が要りますか。

あなたが今、本当にそういう状態であるならば、当然生活は整っています。

何不自由なく生活ができ、安定した環境とともに、

今あることを本当に喜べるはずではないでしょうか。


そして、そういう人達は、もう決して少なくありません。

現象を前向きに、つまり喜びでとらえ、

今世、自分の中を少しでも明るい方向へ向けていこうと、

ただひたすらに田池留吉、アルバートを思う瞑想に取り組んでおられると思います。


田池留吉、アルバートをひたすらに思う、ただ思う、これはすごいことなんです。

ただ思う、思えばいい、思える本当の意味を知れば、分かってきます。

 

 

学ぶ動機の修正。絶対に軽んじないでください。

特に変に敏感な状態で学びに触れ、安易に我流に瞑想をしていくと益々変になっていきます。

もちろん、その人達だけというわけではありません。

肉、肉で覆われていて、自分の中のすごさが表面に響いてこないだけということもあります。

ただ、そういう人のほうが学びをしやすいと思います。

鈍感な間にしっかりと自分の中の温もりを広げて、

決して消えることがない温もりを確信していけばいいんです。


敏感がいいのではありません。

正しく敏感にならないと、学びでいうところの本質に触れることができないから、

もしかすると学びに触れたことを後悔することになるかもしれません。

 

 

焦らなくてもいいから、だけど真剣に真摯に、

そして素直に自分と向き合っていってください。

形も何もない世界のことだから、自分の中に響いてこなければ、

250年後、300年後どうだとか、次元移行がどうだとか、

そういうことは決して信じられないでしょう。

自分の中で今ひとつ分からないものは信じられないはずです。


無理をしなくていいんです。無理に分かろうとしなくてもいいんです。

いずれは、やがては自らに伝えてくれる現象をみんな自分に用意しています。

現象、それらは自分と向き合うことでしかどうにもならないと自らに伝えてきます。

それは必然的に厳しい現象です。

しかしそれこそが自分が愛だったという動かせない証拠なんです。

 

 

私達は肉、肉で生きてきました。それは確かなことです。

形の世界を本物として、自分の本当の姿を見誤って、

それなのに私は偉い、私は正しい、我に従えとやってきた私達でした。

ですが、それは全くの間違いです。だから、絶対に修正を促されていきます。

自分の間違いに自ら気付くまでそれは永遠と続きます。

それが言うなれば地獄の奥底ということでしょう。


以上のことを田池留吉の世界は、波動を通してはっきりと伝えてくれました。

その波動、エネルギーが三次元最終に向けて仕事をしていくんです。


学びを去るのも学びに来るも、すべては自分次第です。

もちろんその結果は自分のものです。


嘘か真か正しい瞑想を心掛けて、自分の心で受けてみてください。


 

 

嬉しい思いはどんどん広げていきましょう。

私達の中には尽きることなく無限に湧き出てくる愛の源泉があります。

これまでの転生ではそこにしっかりと蓋をして何重にも鍵をかけることばかりをしてきました。

そして偽物の真っ黒な真っ暗な愛を追い求めて来たんです。

本当に馬鹿な生き方をしてきたものです。


心で気付き始めた方から、まっすぐに自分の進むべき道を歩んでいってください。

一歩前進二歩後退の歩みはいただけません。

歩みは前に出すものです。

どうぞ、本当に幸せな自分をどんどん知っていきましょう。

 

 

 肉に流れながら流されない生き方、存在の仕方をぜひとも身につけてください。

それが自分の中で自然になっていけばいいのではないでしょうか。

自分の周囲と無用なトラブルは起こさず、

つまりは自分の心を見る

心の針を自分の中に向けてさえいればいいんです。

 

形の世界でどんなに自己主張しても、

そこに流れるエネルギーを確認していけば空しさだけが残ります。

そのような中で張り合っても決して自分にいい結果は返ってきません。

苦しみから喜びへ自分を解き放していくことを学んでいるのだから、

本当に幸せだった自分、喜びだった自分をしっかりと感じていきましょう。

そのような自分とどんどん出会っていくことが本来の私達の生き方です。

 

 なぜ自分は学ぼうとしているのか、

どういう理由から学ぼうとしているのか、

いわゆる学びの動機はどこにあるのか、

自分の中で精査していくことが絶対に必要です。

そこを曖昧にしていくら学びたいと思っても学べないんです。

セミナーにどんなに参加しても向いている方向が違っていたら、

残念ながら効果は上がりません。


田池先生が、瞑想に関してのコメントされている最初にありました。

闇雲に瞑想をしても・・・。そうです。

学びのポイントをしっかりと押さえて、効果的に学んでいきましょう。

本当に学べば、どれだけ幸せな自分だったかつぶさに分かります。

宇宙が感じられるからです。

肉、形の世界でない波動の世界に存在している

自分達の喜びがひしひしと伝わってくるからです。

 

 落ち着いてゆったりとした時間の中で、

自分を産んでくれた母に使ってきた思い、

出してきたエネルギーを思い起こしてください。

まずは母です。

その他の自分の周りの人達に使ってきた思い、

出してきたエネルギーはほぼそれに準じています。

何と言っても産んでもらった母には自分の中がストレートに出るのです。


母の反省とは、思い返すことではなくて、

母と接する中で瞬間的に出すエネルギーを確認することを言います。

道徳的な反省は要りません。

中のすごいエネルギーを確認して認めていくにつれて、心が広がっていきます。

本当の自分の思いが響いてくるからです。


 

今、学びに触れて嬉しいんだと素直に思っている人もあれば、そうは思えない人もいます。

同じようにセミナーに参加されて、田池留先生とともに学んできたのに、

この差はいったいどこからくるのでしょうか。

同じでないよ、私の環境は厳しいんだということは理由になりません。


学んでいけば、どなたも必ず自分がどんなに幸せな

存在だったかということが手に取るように分かります。

本当に学んでいきましょう

今、学ぶチャンスにある人が今学ばなければ、

いつ学んでいけるのでしょうか。

愛に帰る道、次元移行を自分の中で果たしていく道は、

そんなに生易しい道ではありません。

ということを心で分かってください。

 

 みんな狂う要素はまだまだしっかりと持っています。

条件が重ねっていけば、ある瞬間引き金が引かれて、

中のエネルギーが飛び出してくる危険性は充分にあります。

飛び出す前に自分の中でエネルギーの変換が

すばやくスムーズに行われるならばいいのですが。


それは自分の思いを抑えるのではなくて、

エネルギーの質を瞬間に変える業といいますか、術です。

それはひとえに日々の瞑想、正しい瞑想に掛かっています。


狂い続けてきた自分は哀しくも彷徨い続けてきた自分です。

受けてください。本当に受けてください。

自分を変えてやれるのは自分だけです。


 

 間違えずに正しく生きてきた人などいません。

しかも何を間違えてきたのか全く分からずじまいにこの世を去っていく人が殆どです。


心を見なさいというメッセージが最大の愛だとあなたの心で本当に分かりますか。

暗く自分を小さくして心を見るのではなくて、喜びで自分の心を見てまいりましょう。


人、出来事、そして肉体細胞を通して学ぶ時間を大切にしましょう。

濁流、激流の中ですが、自分の切なる思いを本当に大切にしてください。

 

 学びを前向きに進めてください。自分を明るく喜びで見てください。

今の時間は大変大切なかけがえのない時間です。

正しい瞑想をしていけば、このことが手に取るように分かります。

田池留吉もアルバートも全く呼ぶことを知らなかった、

そんな自分の意識の世界、そんな自分に、

今呼べる、思えることがどんなに幸せなことなのか、

死んで真っ暗な中に沈んできた自分から教えてもらってください。

肉、形の世界には真実はありません。

 

 あなたがもし学びをして苦しんでいるならば、

あなたがしている学びはポイントを大きく外しています。

学んでいるようで全く学んでいないと言ってもいいと思います。

本来の学びをしていけば、誰でもみんな幸せと喜びを感じるんです。

生まれてこれてよかった、ありがとう、お母さんとなっていくんです。

何も特別なことはありません。そして、これは絶対に間違いのないことです。


学びをしたから自分は苦しくなった、学びをする前よりも状況が悪くなった、

もしそう感じておられるならば、

この学びでいうところの母の反省を全くしておられないということになります。

この学びははっきりと結果が出るんです。

直ちに母の反省にひたすらに取り組むしかありません。

あとは学びを去るかです。

決めるのは自分。その結果も自分のものです。

 

 

アマテラスとともに母なる宇宙へ帰りましょう。

闇黒の宇宙を母なる宇宙へ。

自分の中の温もりと優しさに触れ、

そしてそれをどんどん広げて宇宙をどんどん呼んでください。

宇宙、それは喜びです。闇黒の宇宙は喜びでした。

帰りたくない、帰りたくないから帰りたい、帰りたいへ。

そして、帰ろう、帰ろうから必ず帰りますへ。


ただ一点、田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思い、

瞑想を楽しんでください。

瞑想ができる今を大切にしてください。

 

 

今までもそうでした。これからは益々学びに繋がって嬉しい

ありがとうと感じていく人達と、

やはり泥沼の中から抜け出せなくてもがき苦しむ人達の差が歴然としてきます。

みんな自分の問題です。

 

いかに真摯に素直にただひたすらに自分と向き合っていくか、

今世肉をいただいたことに対して自分に誠実に応えていくか、

それによって自ずと歩んでいく方向が全く違ってきます。

救ってください、何とかしてください、何とかしろ、見限っていくのか、

冷たいという思いが出てくるならば、それは全く間違っています。

もう甘えるのは止めましょう。

自分を本当に信じていく喜びと厳しさを心に蘇らせてください。

 

 何度も何度も戻ってください。

肉を持ってこの世に出現してきたこと、

その本当の意味を何度も何度も確認してください。

人生の目的を違わずに、自分の人生を全うしましょう。

自分の真実に目覚めることなくして、

私は正しい、間違っていない、精一杯生きてきたはあり得ないことです。


今世、肉を通して波動を真実の波動を伝えていただいたんです。

これがどういうことなのか、本当に心で分かる自分になっていきましょう。

宇宙に彷徨うたくさんの自分から教えてもらうことになるでしょう。

 

 

私達には時間がありません。

今世は、田池先生とともに学ばせていただいたということがすべてでした。

ではそれに当てはまらない人達、

たとえば、新しく集ってこられる人達についてはどうなのかということになりますが、大丈夫です。

そういう人達はその予定で自分の学びを進めていかれるのだから、問題はないのです。


実際にセミナー会場で田池先生とともに学ばれた方達こそが問題なのです。

大きなチャンスを自ら用意していたから、

それをしっかりと活かすことが次の転生に繋がっていくことを自覚してください。

だから、そうならなければというところが問題なのです。

学びでいうところのポイントをしっかりと押さえ、

自分の心で感じる学び方をしてください。

ズレがあると思ったならば、基礎からやり直し。

そしてセミナー会場に臨んでください。

セミナーは自分の心で感じることを主眼として進めています。


言葉云々ではなく波動の世界をともに学んでまいりましょう。

 

 肉で生きる、肉に生きる、学びに触れたからこそ、

そういう生き方は本来の生き方ではないと少なくとも頭では理解している私達です。


ただし、世の中全般はそうではありません。

肉で生きることにも、肉に生きることにも全く無頓着です。

何の違和感も疑問も感じていません。それが通常だからです。

そういう通常の中から、飛び出してくるというのは大変なことです。

染みついた思いの根本を全く変えていく難しさはそれぞれに痛感されていると思います


それでも厳然としてある意識の流れに乗ってください。

乗っていこうと強い強い思いを日々の瞑想の中で育んでください

約束、忘れないでください。

 

もうそろそろ喜びと幸せというものについて思い、考えが変わっておられるでしょうか。

長い間追い求めてきたけれど、自分が求めてきたものとは質が違うとはっきりと言えますか。

また自分の軌道についてはどうですか。

いまだに過去と同じ道筋を歩いていませんか。

そのことについて少々の違和感を感じながらも目をつぶっているのではないでしょうね。

そしてこれからもそれを続けていくつもりでしょうか。

素直になる、勇気を持つ、決断する、方向転換に欠かせないものです。

それは一人ひとりの問題です。

そしてそれとは関係なく厳然としてある意識の流れです。

 

 経済的にゆとりがあって、時間も充分にあって、

身体もそこそこ元気であってもそれだけではダメ。

またどんなに仕事に恵まれ、家族に恵まれていても、それだけではダメ。

なぜダメなのか、なぜ自分の中からノーが出てくるのかということでしょう。

なぜなのかと疑問が出てこない人はお気の毒だと思います。


本当に幸せな人生を生きていきましょう。

本当に自分に誠実に生きていきましょう。

生まれてきた意味にしっかりと応えていきましょう。

 

 

ともに歩む仲間がいる。

ともに母を思い、田池留吉を思い、アルバートを呼び、

そして母なる宇宙に思いを馳せる今がある。

幸せです。長い、長い、気の遠くなるような長い時を経てきました。

方向転換、軌道修正の意識の流れからのメッセージ

素直にそして真摯に受け取ってください。


もう300年しかありません。あっという間です。

ともに肉を持ち、出会いを本当に喜んでくれた思いに、

しっかりと応えていくことがすべてだと、

私は瞑想をするたびに自分に伝えています。

温かくて優しくて力強いけれど厳しいです。

愛を思って瞑想です、いつもそう伝えてくれます。

 

どうぞ、250年、300年に至る道を自分の中で見つけ、

確立の方向へ一歩歩み出してください。

肉の生活は本当に程々でいいです。

何よりも大切な最重要課題にしっかりと取り組んで、

自分の今の肉を置いていきましょう。

肉の時間はあっという間に過ぎ去っていきます。

まだ若いといって悠長に構えている余裕なんて本当はないと思います。

それほど間違い続けてきた、何もかも見失ってしまった自分達だったんです。

 

 

毎日、毎日、失敗の連続ですよね。

本当に愚かな自分と毎日、出会っていけることが幸せだというふうになっていますか。

自分が作ってきた間違った真っ暗な自分が毎日、心を揺らしてくれます。

そのために今肉を持って存在しているのですから、

心が大波小波揺れるのが幸せなんです。

ただし、中心棒が確立していなければ、

それによって、右往左往してやがては沈没です。

一旦浮上したものの沈没していくということが、肉を持って学ぶ難しさです。

難しいけれどやるしかありません。

地獄街道まっしぐらは今世で終わりにしましょう。

 

 

学びは実践です。

実践なくして田池留吉が伝えようとしてくれたことを分かることは絶対にありません。

決して傍観者にならないでください。

前向きに自分の作ってきたエネルギー、

つまり間違い彷徨い続けてきたエネルギーを感じてください。

それを感じさせてくれるのが日常です。

そして、その感じさせていただいたものを自分の中に戻して、

それらのエネルギーとともに田池留吉を思う、

愛を思っていくのが、肉を持ってする本当の唯一の仕事です。

それをしていない、滞る、それでは幸せと喜びが分かるはずはありません。

自分の幸せと喜びの中身を検証しましょう。



 

 意識の流れを肉を持って伝えにきてくれた田池留吉の意識の世界です。

その肉とともに学ばせていただいたことを最大の宝物と感じ入っています。

私の意識の世界は大きく飛躍させていただきました。

その意識の流れを感じながら、

「意識の流れ 増補改訂版」の朗読をポッドキャストでそろそろ始めたいと思います。


少しずつですが読み進め、ともに瞑想をする時間を持ってまいりましょう。

意識の流れはアルバートとともに、

この思いをずっとずっと宇宙の奥深くに広げてまいりましょう。

 

これまでに学んでこられた方達、今、学びに対してどのように向き合っておられますか。

大抵は学んでこられてよかったという感想を持っておられると思いますが、

何がどのようにいいのでしょうか。

そして、自分は本当に学びに忠実に、本当の自分に対して誠実に真摯だろうか、

二足のわらじはどの程度だろうか、現状把握に努めてください。

全部自己判断です。

そして、それは全部自分の結果として引き継いでいくものです。

自分の出したものに自分で検証して、

また自分の中に戻っていくという繰り返しですが、

その繰り返し、循環を経ながら、

正しい軌道に乗っていく学びの道筋が、あなたには見えていますか。

 

本にもホームページにおいても、もうすでに充分に書かせていただいていますが、

結局は自分の心での気付きが必要です。自分で気付く必要があります。

言われたこと、書いてあることを鵜呑みのままでは、右から左です。

頭では納得するものの意識の世界ではそうではなく反発、反抗、抵抗というところでしょう。


やはり、正しい瞑想ができるようにするにはどうすればいいかということになると思います。


まずは生活のリズムを整えることです。そこからまず始まります。

そして、本当に真摯に自分の意識の世界の修正に取り組んでいこうと、

いつそう決心するかということだと思います。

 

 

 たったひとつの明確な目的を持って日々の生活をすること、

できることに幸せを感じています。

どうして生きていけばいいのか、ようやく今世はっきりと分からせていただきました。

おそらくあなたもそうでしょう。そうではありませんか。

自分の中にすべてがあったということを、

日々の瞑想の中で実感していきましょう。

そして、それぞれの転生を経て、

必ず次元移行の意識の流れに乗ってください。

今世、自分に用意した肉の時間を大切に

必ず自分を繋いでいけるように学んでまいりましょう。

 

 学びをするならする、やらないならやらない。思いは明確に。

中途半端に学びに関わっても結果は出ません。

それならば、きっぱりと肉で生きていけばいいのです。

どっちつかずが一番やっかいです。

なるようになる、それは肉の次元の話です。

学びに関してははっきりとしたしっかりとした思いが必要です。


学びをしていきましょう、してくださいという表現をしますが、

別にお願いしている訳ではありません。

そんなことをする必要はどこにもありません。

それぞれが本当に瞑想をしていけば、それは自分の心で分かると思います。

そういう方達とともに歩みを進めていけたらと思っています。

 

 

それぞれみんな自分に用意してきた今の時間、

本当に自分を大切にしてともに歩みを進めていきましょう。


取捨選択をするのはそれぞれですが、

自分に真摯に誠実に向き合うことだけはどんな時も忘れないようにしましょう。

いつも原点、何で生まれてきたのか、ここにいつも戻りましょう。



 

 

瞑想をする時間は絶対に確保してください。

毎日瞑想してください。

日々の雑事に流れて瞑想をする時間が取れないという生活は、即刻止めてください。


とにかく、忙し過ぎるというのはよくないことです。

瞑想をする時間をゆったりと取れるように、生活を工夫してください。

 

人は喜びや幸せ、生きる意味を感じるのに色々なものを必要とします。

それが物であったり人であったり、お金、地位名誉であったり、その他まだまだあると思います。

それが世の常です。

その中で、お母さんを思う、田池留吉を思う、アルバートを思う、

そして自分の中で語り合うことを実践している私達はどうでしょうか。


あなたが本当に思う、思えることの喜びを知っていたならば、

世の中の流れとは違う方向に歩みを進めていけるでしょう。

そうすることが、できることが本当に喜びなんだ、

幸せなんだと心から感じていかれると思います。

そうしたとき、絶対的に必要なものはすでに自分の中にあったことが分かってくるはずです。

そんな人生の時間を少しでも長く持つことが、喜び、幸せの道ではないでしょうか。

 

日本各地で世界各地で色々なことが起こっていて、

そこでは色々な思いが錯綜し、

それらすべてが宇宙を汚していくどす黒いエネルギーだけど、

本当のことを何もかも忘れ去ってしまった私達人間が最終的に辿り着けるように、

愛のエネルギーはただ待っているだけなんだとしみじみ感じます。

いいえただ待っていると言っても、

厳しくて優しくて力強いいざないを伴って、

いつまでも待っている存在なんだと感じます。


自分の心で気付き始めた人から、実践を始めましょう。

汚しまくってきた宇宙を吸収できる自分を解き放していく実践です。

 

自分を思う幸せ、喜びを感じていますかということですが、

それは、自分の動く心を見て、自分の瞬間出すエネルギーを感じて、

そしてまた自分の中に戻っていくということ、そのとき苦しみを増幅させるのではなくて、

喜びと出会い喜びに変換していく、していける自分だったと知ることです。


だから、どんどん自分の中と語り、自分を感じて、

そうたくさんの自分を感じていくことが、もうそれは喜びなんです。

それらみんなお母さんをそして田池留吉を、

アルバートを呼んでいることを、しっかりと感じてあげてください。

肉が自分だとする思いは冷酷な思いです。

 

自分のこれまでに疑問があるからいいんです

人生の行き詰まりというのは、少々大袈裟かもしれませんが、

何か自分は忘れてきた、大切なものがない、そんなふうに微かにでも感じられたならば、

その人に今起こっている出来事は愛ということになるでしょう。

形云々のお話ではなくて、自分の存在そのものを見つめる絶好のチャンスなんです。

そのタイミングでこの学びに触れたならば、おそらくこれほど幸せなことはないでしょう。

と、私は自分の体験からそのように言えます。


ただ単に日常の惰性から何か新しい自分の道を見つけるんだというところからは、

この学びを長期間に渡って続けていくことは難しいと思います。


自分なりに悩んで苦しんで、悶々としながらも、

自分の中にすべての回答があることを

しっかりと信じられるようになるのがこの学びの成果です。

偉い自分がさらに聳え立っていくために学びがあるわけではありません。

馬鹿な自分の発掘、崩壊、

これこそが真実の道に自分をいざなっていくんです。

 

田池留吉: NPO法人・UTAの輪 (UTAの輪作り) H.28

このたび、「UTAの輪」は2015年11月6日から

「NPO法人・UTAの輪」として、新しく発足することになりました。

 

はじめに

*********************************

NPO法人 UTAの輪 定款

(目的)


第3条

この法人は、多くの人々が抱えている夫婦の問題、子供の問題、

広くは社会に関わる諸問題などを通し、

「どのように生きていけばいいのか」について共に考え、

それぞれが自分自身でその答えを見出し、

人間が本来持っている優しさ・温もりに気付くことにより、

明るい未来、明るい社会を作り出していくことを目標とし、

そのための支援や活動を行い、

もって社会教育の推進並びに福祉の増進を図るとともに、

多くの人々が、充実した人生を生きることに寄与することを目的とする。

 

(特定非営利活動の種類)

第4条

この法人は、その目的を達成するため、

次に掲げる種類の特定非営利活動を行う。


(1)社会教育の推進を図る活動

2)保健、医療又は福祉の増進を図る活動

 

(事業)

第5条

この法人は、第3条の目的を達成するため、

次の特定非営利活動に係る事業を行う。

(1)セミナーの開催

(2)グループ活動等支援事業

(3)機関誌(WEB)による普及・啓発事業

4)サービス付高齢者向け住宅支援事業


*********************************

設立趣旨書


 現代社会は、物質的には豊かになり、生活は便利になりましたが、心はかえって貧しくなったのではないかと思われます。人間社会のゆがみや愚かさを露呈するニュースが次々と報じられています。いじめや児童虐待、若者の雇用や高齢者対策などの社会問題も、毎日のように報じられています。
それに対し、対処療法的な対策が講じられてはいますが、根本的な解決にはならず、しばらくすれば忘れ去られていき、また問題は起こってきています。


 ではどうしたら人は幸せな人生を送ることができるのか、根本的な解決策はないのだろうか、私たちは心のあり方を、自分の内を見ることから始め、どんな思いを日々使っているかを見て、自分を変える作業を進めます。夫婦の問題、子供の問題、健康、広くは社会に関わるたくさんの問題などを通し、自らが気づき、変わっていくことが一番大切なことであると考えます。
「どのように生きていけばいいのか」について共に考え、それぞれが自分自身でその答えを見出し、母に産んでもらった時の優しさ、温もり、喜びを取り戻していくこと、蘇らせることが本当の人生だと考えます。
一人一人の心のあり方が、大きな解決策になると確信し、啓蒙することを活動の目的としています。


 これまで、全国各地で、北海道から沖縄まで、約30年間、セミナーを開催してきました。最初はほんの少数の集まりでしたが、人数が増えて、現在では、全国から800人を超える人々が集まって来ています。現在、関西を中心にセミナーが開かれています。
セミナーでは、講話を聴くだけではなく、自分がどんな苦しい思いを出し続けているか、実践を通してその間違いに気付き、自分自身で修正するように学んでいます。また、家庭の中で、仕事の中で、日々使っている思いを見る実践を重ねています。
その結果、明日にでも離婚しようと思っていた夫婦が仲良くなったり、不登校の子供が登校するようになったり、外に出るのが怖くて働けなかった人が働くようになったりすることも、一人や二人ではありません。自殺したいと思っていた人が自殺を止めただけではなく、日々楽しく過ごしている人もあります。夫婦や親子で、嫁姑の間で諍(いさか)いが絶えなかった家庭で、だんだん仲良くなっていく人たちも増えています。


 上記のような趣旨の活動を、セミナーの開催だけでなく、WEBによる広報活動、冊子の配布等を今日まで続けてきました。この活動には、拝む対象物はなく、宗教的活動は一切しておりません。
この法人のめざしているところは、自分以外の誰かに頼って、事態を改善し、問題を解決してもらうというものではなく、一人一人が自分の考えを見つめ、皆で共に考えながら問題の解決を図ることを、多くの人々に発信し啓蒙することを活動の目的としています。
しかし、現状ではまだ十分に発信できていない状況ですので、この活動をさらに多くの人達に伝えていくために、NPO法人として組織化し、広く一般希望者が参加できる体制を整え、次世代、次々世代の子供たちが、これから様々な問題が山積みされていく中で、自分で自分のことを解決する力を養ってもらい、明るい未来、明るい社会を作り出していくためにも、この法人が必要であると考えます。


NPO法人・UTAの輪  理事長 久保徹夫

 

〒585-0005 大阪府南河内郡河南町大宝2-4-7
Tel / Fax 0721-55-2141
E-mail utanowa2015@gmail.com      HP  http://npo-utanowa.com/

 

*******************************************************

U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

U T A

 U、T、A、文字通り、UTAを心で感じる喜びに、あなたもその第一歩を踏み出してください。


 U=宇宙・UFO。  T=田池留吉・天変地異。  A=アルバート・


250年後に至る大きなキーワード。

そのキーワードを大切に、これからあなたの時間を使っていきましょう。


たくさんの私達の仲間、UFOとともに次元移行していく時を楽しみにしています。

「田池留吉に心を向ける。」ことが、全てです。

肉の田池留吉ではなく、意識のタイケトメキチ(本当のあなた)のことです。



*******************************************************

 

UTAの輪。みんな、集まれ。集まれ。


肉を持つもの、持たないもの、宇宙の友よ、

みんな、みんなこの三次元にやってこれなかった

私達の仲間に呼び掛けます。


もちろん、

肉を持ってこの地球上に転生してきた意識達にも、

呼び掛けています。ともに、ともに、帰ろうと。


愛、心のふるさと、私達のふるさとです。

私達の心のふるさとは愛でした。

愛は、私達の心のふるさとでした。

懐かしい、懐かしい母の温もりの中へ、

喜びの中へ、

ただただ広がっていく中へ帰ってまいりましょう。


私達は、これから、250年、300年かけて、

この地球上に、そして宇宙に広がっている空間の中で、

私達は、呼び掛けてまいります。


波動として、存在していることを、

ただただ自分達の心の中で感じ合い、

共鳴し合う喜びの道を、ともに歩いていきましょう。

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

どうぞ、UTAの輪の中心、

愛へ心をしっかりと向けていきましょう。

向けていける喜びと幸せを共有しませんか。

♪ともに、ともに帰ろう・・・。 

♪愛へ帰る喜び、愛を思う喜び・・・。

 

 

いつもいつもどんなときも、

私、田池留吉を思っていてください。

そして、

私、田池留吉の世界を本当に知ってください。

喜びがあなたです。

本当のあなたへ帰っていきましょう。

 

田池留吉を思う瞑想、

喜んでなさっていますか。

田池留吉はあなた方の心のふるさと、

愛です。

心で分かっていますか。

 

愛へ帰る道は険しいけれど喜びの道です。

さあ、みんな、

私、田池留吉のもとに帰ってきてください。

待っています。

*******************************************************

 

2016年、申年。そして、酉、戌。

2015年田池留吉氏没後、

3年くらいの間にセミナーもそう、

志摩での仕事もそう、

状況が段々と整い、そしてその後は順調に流れていくでしょう。

 

そして、亥年を迎えます。

学びを去る人は去り、

学びに集う人は集ってということが、

はっきりとしてきます。

 

愛へ向かって、次元移行へ向けて、

ともに歩んでいこうとする純粋な思いだけを共有していきます。

田池留吉、自分の中の本当の自分に応えるべく、

誠実にそして猪突猛進で行きます。

 

みんな、その気になって、

本当に自分の残りの時間を見つめながら、

その気になって、思いを向ける時間を持てば、

どんなに幸せな自分だったか、

どんなに幸せな時を用意しているか、

自ずと感じていきます。

 

もう瞑想をすることがただただ嬉しいとなってきます。

最後は瞑想だということが、心で分かります。

そして、いつも呼べば、思えば、通じている喜び

というか安心感が心に広がっていくようになってきます。


どうぞ、自己確立の道を歩んでください。

それは得手勝手な肉基盤の自己確立ではもちろんありません。

波動です。

形はない、音もない、匂いもない、しかし確かにある。

どこにあるのか。確かな手ごたえを感じていきましょう。

 

「ともにある、ともに生きる、ともに歩む、ともにセミナーをする。」

繰り返し伝えてくるメッセージは嬉しい限りです。

「私(田池留吉)に心を向けて、

私を流していきなさい。」

と伝えてきます。

自分の中に生き続ける温かくて優しくて、そして力強い波動。

響いてくる世界は田池留吉の世界だと私は確信しています。


そして、いつも伝えてくるメッセージとして、

「あなたの肉は愚かです。肉は何もできません。

あなたができることは私を思うことです。

私(田池留吉)を思えばいい。

そうすればあなたから流れていく波動が仕事をします。

私が仕事をします。」

というものがあります。その通りです。

また、「伝えるべきことは、伝えるべき時に伝えます。」もそうです。


そこに肉がないだけなんだということを実感しています。

あと、病室で、ひとつ、ふたつ言われたことがありますが、

これは私のこれからの学びの励みとしていきます。

 

 私は、月に一度、クボハウスでともに瞑想をする時間をいただいています。

学びの友がその時の様子を録音したものを、

文章にして送ってくれています。

今回、その一部を掲載させてください。


「NPO法人UTAの輪 第1回セミナー」から3週間経ちましたけど、どうでしょうか。

みなさん、日々、瞑想をして頂いているでしょうか。


あの時もセミナーで読ませていただいたんですけど、

田池先生が亡くなられて、これからは、文字通り自分の心をみて

自分のエネルギーを知って

ともにふるさとに帰ろうというその思いを

しっかりと自分の中に届けていくということが、

今世肉を持って学ばせて頂いている

私たちの大きな大きな仕事だと思います。

しっかりと前を向いて

田池留吉に心の針を合わせていけるような、

それぞれに蘇ってください。


田池留吉を心から呼ぶということは大変難しいです。

呼んでいる、合わせている、

合っていると思われているかもしれませんが、どうでしょうか。

 

他力のエネルギーは、

そう簡単に自分の中で愛へ帰すことはとても難しいんです。

 

しかし、難しいけれどそれが可能だから、

私たちはこうして今世肉体を持って

田池留吉と出会わせて頂きました。

田池留吉の肉と出会い、

肉を通して真実、本当の世界を学ばせて頂いてきました。

これを自分の中で250年、300年に絶対に繋いでいってください。

250年、300年です。目標は次元移行です。


今世のちっぽけなところで囚われないでください。

私はできている、私は心が敏感だ、私はチャネラー、

あの人は素晴らしい、この人はどうだ、

そういうちっぽけな世界で

自分の心をもう落としていかないでください。

 

次元移行を目指して、

大きな大きな仕事をしていきましょう。

私たちは素晴らしい存在です

誰一人劣っている者も、優れている者もありません。

みんなひとつの意識の中で愛へ向かって進んでいこう。

田池留吉の思いをしっかりと心に

受け止めていける今世であってください。

今の肉体を離すまで、しっかりと心をみていってください。

離した後、とても難しいですけど、

しかし、その足掛かりというか、手がかりというか、

それは今世あなたの肉体を持っている間に掴んでいってください。

そのために、まだともにセミナーを、

ともに瞑想をする時間が残されている、

このことを喜んでまいりましょう。


△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 


私は田池留吉の意識です。

どうぞ、みなさん心をしっかりとみつめてください。

ご自分の培ってきたエネルギーをその肉体を通し、

しっかりと感じていきなさい。

あなたと私は一つです。

心の中で私を呼びなさい

私に心を向けることをあなたは拒否してきました。


あなたは己が偉すぎます。

あなた方は己が偉すぎます。

どうぞ田池留吉の世界へ

一歩一歩あなた方の歩みを進めてください。

心から待っています。

 

私は田池留吉、

私の肉体はもうないけれど、

あなたの中にいつも私は語っています。

 

どうぞ、私の波動をしっかりと感じられる

あなた方になっていってください。

それには母の反省、母の温もりがとても大切です。

 

心をどうぞ、どうぞ一つにして歩みをともにしてください。

あなたの中のたくさんの意識たち、

すべてあなた自身です。

そのあなたを見捨てないように、

私は一歩一歩あなた方の中で一歩を待ち望んでいます。

 

心から心から待ち望んでいます。

私は死んでも死んでおりません。

私(田池留吉)は存在しています。

あなた方ももちろんそうです。

 

肉形はありません。私は目に見えません。

文字通り私はあなたの中の田池留吉、

この波動をしっかりと心に感じて、

これからも学びを続けていってください。

学びを続けていくこと、

まっすぐに、まっすぐにこの道を、

この道をまっすぐに、ともに心を向けてまいりましょう。

 

私は田池留吉、

心から心から待っています。

あなた方の250年後を今、

今あなた方の心の中に伝えます。

 

250年後は喜びです。

喜びで私を思ってください

喜びで母なる宇宙へ帰りましょう。

母なる宇宙へ、

はい、母なる宇宙へ思いを向けてください

 

愛へ帰ろう。愛へ帰ろう。みんなともに愛へ帰ろう。

ふるさと、あの優しい温かな広い、広い宇宙に帰りましょう。

 

ああ、私達の帰る場所を伝えてくれた喜びを心に感じてください。

ふるさとを、ああ、あなたの中で心から、

心から待っていることを知ってください。

愛はあなた自身でした。

あなたが愛でした。

そのあなたの中へ戻っていく時間を、

これから用意しています。

すべての意識達に伝えなさい。

 

この時間こそがとても、とても大切な時間です。

この時がとても大切な時間です。

この時を逃せば、ああ、どうでしょうか。

宇宙に沈む。

ああ、ああ苦しみの中から、

ああ、ああ、自分を解き放つことが、

とてもとても難しいことを伝えなさい。

私達は愛。

愛のエネルギーに逆らって存在することはできません。

逆らって存在していることを、

自らに知らしめるこれからなんです。

 

田池留吉と素直に喜びで、

ただただ喜びで呼ぶ、呼べること、

思う、思えることだけが、幸せに、

喜びへと自分をいざなっていきます。

 

これ、あなたの中で納得ですね?。

本当の喜びと幸せを知るには、

これ以外に何もないと断言できますね?。

もちろん、もちろん、そして言い切れると即答ですか?。

 

言い切れる喜びを味わってください。

自分なりに学んでこられて、

結果、田池留吉を呼ぶことに、

思うことに多少なりとも抵抗があるならば、

学びをすっぱりとやめたほうがいいです。

 

この学びは既存の宗教ではないのだから。

この道を本当に行く、行けるのはいわゆる狂人のみ。

今の段階では。

それほど世の中が狂っているということなんですけれど。

 

瞑想は至福のときです。

温もり、優しさ、安らぎ、そんな世界との出会いがあるからです。

肉を信じてきた真っ暗闇の自分の中に、

微かに灯った世界を手さぐりに、だけど、思いを向けていけばいくほどに、

ぼんやりがはっきりとくっきりと灯し出されることに驚いて、

嬉しくての繰り返しでした。

 

くそったれと叫び続けてきたのに、

自分の中から、ありがとうが返ってくるなんて、

何とも信じ難い、しかし嬉しい心の体験を重ねてきました。


決して忘れることができない心の体験、

衝撃的な波動との出会いがあったからこそ、

ここまで学んでこれた。

これからも真っ直ぐに学んでいく。

瞑想を通して自分の思いをを確認する日々、

時間は大切だと思っています。

 

自分の中に戻っていける喜びを味わいながら、

自分の中に戻っていくだけだったと学んでいます。


「ともに行こう。」呼び掛けに、

どこまで素直に応じていけるか、

委ねていけるかで、

響き感じるものは違います。

学んでいきましょう。

 

どうぞ、自分の生活のリズムをなるべく一定にして、

肉体細胞の思いに沿っていきましょう。

瞑想をしていると、自然に肉体細胞の思いが伝わってくると思います。


オーバーワークは禁物です。

自分の本来やるべきことに支障をきたすようなことは、考えものです。

忙し過ぎても、暇過ぎても、身体によくありません。

もちろん、学びをしていくについても、同じです。


また、瞑想をするということは、

日々欠かせないものですが、

瞑想は喜びでなさってください。

ゆったりとした時間の中で、

ゆったりとした気持ちで、

身体もゆったりとして、

そして、しっかりと心の針を合わせることについては、

真剣にという瞑想です。

 

愛を信じていこう。私は愛でしたということは、

なかなか、なかなか心から信じることは難しい

というのが現状だと思いますが、

それでも、日々、淡々と愛を信じていける方向に、

喜びの瞑想を続けていきましょう。


ワンポイントメッセージ、大切になさってください。

「これからワンポイントメッセージを言います。」という形では、

あまり言わないかもしれませんが、

学びについて、その人に、セミナー会場等で言うポイントは、

言うまでもなく私から発せられたものではありません。

形からすれば、私の口を通してということですが、

それはどこから来ているのかということを、

あなたの心で分かっていただきたいのです。

その時の私には己がありません。


「ワンポイントを素直に受けていく人は、一歩進む。

そうでない人は、足踏み状態が続く。

せっかくの今世を無駄にしている人が多い。

なかには、私は反省も瞑想もきちんとしているし、

田池留吉に心の針を合わせていると言う人もいるだろう。

しかし、それは私(田池留吉)からすれば、

とてもとてもおぼつかないと言わざる得ない。

だから、私は、これからもはっきりともの申します。」

田池留吉は伝えてきます。


 

 「ともに次元を超えていこう」というページを作成しましたので、

読んでいただければと思います。

下記の青文字の文章の次の、

ともに次元を超えていこうをクリックしてみてください。

同時に、意識の流れ、次元移行、アルバートとともに、

思いを向けて瞑想をしてみてください。

 

new!!  ともに次元を超えていこう H.28  塩川香世←クリック

 

私達は愛でした。

肉、形を本物として、肉、形を自分だとして、

ずっと生きてきた私達の心の中は、真っ暗闇でした。

明るくて、優しくて、温かい人間など存在しませんでした。

間違って、間違って生き続けてきたけれど、

間違っていること自体、何が間違っているのか全く分かりませんでした。


私は明るいと思っている人、私は優しいと思っている人、

温かい心の持ち主だと思っている人、本当に本当にそうなんでしょうか。


あなたは、自分の本当の姿を知っていますか。

自分を語ってくださいと言われたとき、

あなたは自分の何を語ることができるのでしょうか。


おそらく、ほとんどの人は、今の名前の付いている自分、

目に見えている自分を中心にして、色々と語っていくでしょう。

それは、自分を語っているのではないと言えば、語弊がありますが、

しかし、実際は、それだけでは、ほとんど自分を語っていないということなんです。


誰しも、全く疑いすら持たなかったんです。

今鏡に映っている、ここにあると思っている自分が自分でないなんて。


そもそも、みんな人生一度切りだと思っています。

死んでしまったら終わり、そこで人生はジ・エンドだと思っています。


だから、限りある時間の中で、何とか、何とか生きていこうと四苦八苦していきます。

そして、世の中は、もともと不公平、不平等なんです。

優劣があって、不公平、不平等、理不尽なことがまかり通って当たり前なんです。

本当は、何が正しいかなんて、誰にも分からないはずなんです。


なぜならば、みんな自分の本当の姿を知らない、

きれいさっぱり捨て去り、忘れ去った中にずっとあったからです。

今もそうです。

自分がどんな存在であるのか、自分自身を見失ってしまった人間に

なり下がってしまった現実にも、未だに出会えていないんです。


世の中、地球人類ほとんどすべてが、そういう状態です。

そんな中で、冒頭、「私達は愛でした。」ということを、

自分の心の中で知り学んでいく難しさを承知のうえで、

それでも、自分の人生を、自分というものを本当に根底から崩していこうとしています。


計り知れない莫大な時間の中で、肉、形を本物とする思いを培ってきたのです。


その基盤の上に、神、仏、パワーの世界を求め続け、

膨らませてきた自分達の愚かさは、

ちょっとやそっとのことでは、ご破算にできないけれど、

しかし、それを全く白紙に、ご破算にしてからでないと、

ともにこの三次元を超えていくことはできません。


「三次元を超えていこう。」というメッセージに、違和感を覚えるかもしれません。

何、それ?と言われるかもしれません。


今、学びに触れている人の中にも、

自分の中で、このメッセージを真っ直ぐに、現実のものとして受け止めている人は、

さてどのくらいおられるかというところだと思いますが、

それでも、これは、間違いなく、

これから地球時間で言うところの250年、

300年の間に遂行されていく事実だと、お伝えします。


それを、私達は意識の流れと言っています。

この意識の流れは、もちろん、可視できません。

可視できない意識の流れを、

私達の目に見える形となって現れていく現象は、天変地異です。

太古の昔から、天変地異という現象は、

地球上のあちらこちらで起こってきました。

地は揺れ、沈み、山は噴き、崩れ、海は大波で一掃、

海底から隆起等々の歴史を繰り返してきました。

私達はみんな、

何度も天変地異と遭遇してきた体験、経験があります。

一瞬のうちにすべてを失った悲痛、

恐怖等々の思いを味わってきたのです。

そして、その中で、最も大きな、いいえ唯一の過ち、

愚劣な思いを、私達は吐き出してきたのです。

 

 

自分がどれほど幸せな状態であるか、

段々と心で分かってきているでしょうか。

田池留吉を思う瞑想を重ねていけば、

田池留吉を思う瞑想をしていきましょうと伝えていただいたこと自体、

それはそれはすごいことだとなってくるはずです。


田池留吉とは、ご承知の通り、

肉という形を持つ必要のない意識の世界の総称です。

本来、肉という形を持つ必要のない意識が肉を持って、

肉を通して伝えていただいたからこそ、

その意識の世界とコンタクトできたのです。

そうでなければ、次元移行という意識の流れを、

私達は知る由もなかったのです。


「自分に目覚めなさい。あなたは愛です。私達はひとつです。」

真っ直ぐに、真っ直ぐに伝えていただいた私達でした。

そうです。すでに伝えていただいたのです。

そして、今も、これからも、ずっと、ずっと伝えてくれています。

だから、しっかりと心を向ける

向けられる自分に蘇っていくだけなんです。



◆ 

 

意識の流れに沿って生きていこう、

歩んでいこうと、あなたの中は伝えてきませんか。

伝えてきているはずなんです。

今その肉を持っている時間を大切に、

自分に本当に優しくなっていきましょう。

厳しく大変だけれど、

喜び、喜びの舞台設定は整えられています。

250年後の再会を、

あなたも現実のものとしてください。

 

ともに同じ方向を向いて、ともに喜びと幸せを。

本当の喜びと幸せと温もりの世界を、

波動の世界を味わっていきましょう。

波動の世界は無限大です。

どこまでもどこまでも、限りなく広がっていく世界。

田池留吉の肉を通して伝えてくれた田池留吉の世界、

アルバートの波動。

田池留吉の肉がない今、そしてないからこそ

よりストレートに鮮明に響いてくるのではないでしょうか。

ともに学ばせていただける喜びが伝わってきます。

ありがとう、ありがとうが響いてきます。

 

形のない中に本当のことがあって

それは自分の心でしか分からないことであり、

また自分の心で感じているものが真実の世界と通じているのかどうなのかも、

自分の心でしか分からないとなると、

余程しっかりとした中心棒が必要となります。


そんな中心棒を自分の中で育んでいってください、

いきましょうということです。

今のその肉を持ったのは、そして学びに集ったのは、

自分の中の切なる思いからです。


中心棒の確立にひたすら努めてください。

自分の中を変えていくこと、意識を転回していくことは、

今、あなたが思っているほど簡単なことではありません。

 

母なる宇宙が待っています。

大きく、大きく心を広げなさい。

母なる宇宙が伝えてくれています。

「心の中の喜び、温もり、あなたです。

愛、愛。愛があなたです。」

母なる宇宙がそのように伝えてくれています。

 

宇宙へ帰ってきなさい

帰ってきなさい。帰ってきなさい。」

そのようにどんどん伝わってきます。


はい、はい、はい、はい。

私はこの道を真っ直ぐに歩いてまいります。

母なる宇宙へ帰れる喜びだけを感じながら、

私はこの道を真っ直ぐ、真っ直ぐ、

ただひたすらに歩いてまいります。

 

それが私との約束でした。

田池留吉、アルバート、ありがとう、ありがとう。

伝えてくれてありがとう。

約束でした。

ああ、ああお母さん、お母さん、ありがとう。

待ってくれていました。

お母さん、ありがとう。

お母さん、ありがとう。

ああ、ああ、お母さん。ああ、ああ、ああ。ああ。ああ。


「真っ直ぐに、真っ直ぐにこの道を。

たたひたすらに真っ直ぐにこの道を。

それがあなたの喜び、私の喜び。

私達はひとつ。

ただただこの道を、ただただこの道を。

真っ直ぐに真っ直ぐに歩んできなさい。」

 

肉の世界に軸足を置きながら、

私は学んでいます、

学んでいるからとやっていませんか。

過去はどうであれ、

私は学びに触れているのだからと、

どこか安直に考えていませんでしょうか。

学びに触れているから、

何か自分のこれからが明るいものになってくると簡単に思っていませんか。


どの程度学んでいるのか

どの程度学びに触れているのか、

絶えず自己評価をしましょう。

厳しく見積もっても、厳し過ぎるということはないと思います。


肉の世界に置いた軸足をいかにして抜いていくのか。

それがレベルアップの条件です。

日々、淡々と正しい瞑想の継続を

欲では正しい瞑想はできません。



 

私は、今の肉を通して、

田池留吉氏の指し示してくれた方向に

自分の針を向けて存在していく術

を学ばせていただきました。

 

ある現象が、愚かな私を有無を言わせずに引導しました。

自分を自分でこれではダメだと判断したから、

鈍感な私は試行錯誤しながらも、

学びに、田池留吉氏に食らいついていきました。


まだ肉でも充分に元気だった田池留吉氏とともに

学ばせていただいた時間が、私を育ててくれたと思っています。

それもみんな予定通りですが、

そのお勉強を通して残してくれた波動の世界は、

もう二度と自分を裏切らないと言い切れるほどのもの、衝撃でした。


今、瞑想をしていても、そこへ必ず戻るんです。

これしかない。ここしかない。

その思いが愚かな私をいつも引導しています。

 

肉の世界は、不公平で不平等で、

優劣があってというのが当たり前で、

だからこそ、その中で競い合い、闘い、

雌雄を決することに全エネルギーを傾けてきたんです。

 

今思えば、真っ黒なエネルギーに酔いしれていたということです。

そして、私達は真っ暗な真っ黒な

エネルギーを垂れ流したまま、今世を迎えたのでした。


今世、大決心をして生まれてきたのに、

しかもただひとつの真実に通じる学びに集えているのに、

未だに真っ暗で真っ黒なエネルギーしか流せていない状態であるならば、

何とも情けないとは思いませんか。申し訳ないとは思えませんか。


過去と同じ基盤ではどうにもならないことを、

また、付け焼刃的な学びの姿勢ではとてもとてもということを本当にそうだと思って、

真実に背を向けてきた自分自身を受け容れていくべきなのではないでしょうか。

 

いい学びの友を作ってください。

そして、本当に学びをともにやっていこうと思うならば、

学びに関連することで互いに気付いたことは、

真っ直ぐに言えるようにしましょう。

もちろん、その前に自分の心を見てということは忘れないように。

 

上下関係等のない全くシンプルな中で、

ともに瞑想を通じて喜びを共有できれば、

肉としても最高に幸せだと思います。

そして、そこからさらに瞑想の醍醐味を自分の心で味わっていく時間を、

できるだけたくさん持っていければと思います。

 

自分の心のふるさと、愛を捨て去り、

忘れ去った私達人間社会は、

益々生きにくくなっていきますが、

それでも、こうして、今ひとつの肉を持って、

自分の心を見ることを伝えていただきました。

 

自分の培ってきたエネルギーを

本来の愛のエネルギーの中に帰していきましょう

という呼び掛け、いざないを真っ直ぐに受けている幸せを思い、

ともに歩みを進めてまいりましょう。


田池留吉を思い、愛を思い、

そして宇宙を思う瞑想の中で、

本当にどれだけ自分達が幸せ者であるのか、

しっかりとしっかりと感じていきましょう。

 

感じ響き合う心が私達でした。

ひたすら田池留吉を思い、

アルバートを思う日々

波動を感じて幸せな日々を重ねていきましょう。

 

 250年、300年に心を向けていけば、

今、本当にするべきこと、

喜びで伝えてくれると思います。

 

ともに帰ろうと思いを向けていける優しくて温かな自分を、

自分は本当に待っていたんだとはっきりと心に感じられるでしょう。

どこへ帰っていけばいいのか、

帰るべきところがあるのか、

全く分からなかった状態の中で、

こっちだよと優しく、しかしはっきりと力強く伝えられることは、

この上もない喜びでした。


喜びと温もりが尽きることなく湧いて出てくる、

それがあなたですよと、

田池留吉の意識の世界が

その肉を通して真っ直ぐに伝えてくれたことには、

本当に最初面食らいました。

 

どんなに闘いを挑んでも、

私はあなたを信じていますとだけ返ってきた思いにも、

私は戸惑い驚きを隠せませんでした。


田池留吉を思う瞑想の中で、

そんな意識のやり取りがあったことに、

懐かしさとありがたさが込み上がってきます。



 

ともに、ともに歩みを進めていこうという

田池留吉からの思いを感じるがゆえに、

昨日の学びの友との勉強でも厳しいことしか語れませんでした。

 

そこには、ともに次元を超えていこうの呼び掛けに、

しっかりと応じていこうという思いがあるからです。

田池留吉の世界を知っていけばいくほどに、

意識の世界の厳しさが心に響いてきます。

 

だから、どうしても口を通して出る言葉は厳しくなってきます。

ですが、波動、意識の世界からとらえていただければ、

その厳しさはどこからくるのかきっと感じられると思います。

千載一遇の学びのチャンス、逃さないでください。

自分の心だけを見ていきましょう。

 

 何だかんだと理由づけをしてみても、

本当にするべきことはひとつしかないのです。

なんやかんやしているうちに、

あっという間に年を重ねていきます。

体力気力のあるうちに、

自分の基礎をしっかりと作りましょう。

後悔先に立たずです。



◆ 

 

思いはエネルギーです。

思うことはエネルギーを流すということです。

そして、エネルギーだから仕事をします

 

必ず現象化します。

形の世界では、プラスの現象、マイナスの現象と判断します。

マイナスの現象には、

いわゆる崩壊とか嫌なイメージがあります。

マイナスの現象はマイナスとしてしか受け取れません。

従って、マイナスの現象によって、

さらにマイナスのエネルギーを増幅させていきます。 

 

そして、そのエネルギーはまた仕事をしていきます。

それが従来の私達の生き方でした。


一方、崩壊とかというマイナスの現象を、

プラスとして受け容れていったならば、

つまり現象的にはマイナスなんだけれども

それを自分の中でプラスのエネルギーに

変換していったならば、事態は一変します。


マイナスのエネルギーを増幅させることしかできなかった私達に、

マイナスだと思ってしまう心があるでしょう、

その心とはいったい何なのか、

しっかりと学んでくださいということでした。

 

 

 喜び、幸せ、温もりを感じるのに、

いったい何が必要なのでしょうか。

何も要らないんです。

思えばよかっただけでした。

今、思えることが、それが喜びでした。

幸せでした。

温もりの中にあったことを本当に知っていけば、

瞑想をすることが嬉しくて、

幸せとなっていきます。

 

波動を感じて嬉しい、幸せ。

異語で語り合えることが嬉しい、幸せ。

宇宙を思えば嬉しい。幸せ。

 

瞑想は至福の時です。

思えば通じる喜びの時です。

思うことはどこにいても、いつでも、誰にでもできます。

ということは、本当に思うことをしたならば、

みんな喜びだった、幸せだったと分かるということなんです。


そんな喜び、幸せの中で暮らしていけばよかっただけでした。

喜び、幸せを求めて生きても、

喜び、幸せに出会えることはありませんでした。

真逆に生きてきたのでした。

 

愛が私達でした。


前を向いて愛に向かって、一歩、一歩前進しましょう。

私達の中には喜び、温もりがたくさんたくさんあります。

溢れるほどに、尽きることなく温もりと喜びのエネルギーを抱えてきた私達です。

そのエネルギーをしっかりと感じていけるこれからなんです。

しっかりと、心を田池留吉、アルバートに向けて存在していってください。

肉は愚かです。

肉を通して感じるエネルギー、

そのエネルギーをこの愛のエネルギーの中に解き放していってください。

そのエネルギーの中に埋没するのではなく、

愛のエネルギーの中に解き放していくのです。

ともに帰ろう、愛へ帰ろう。

すべてはひとつ

愛の中にひとつということを、あなたの心を通して伝えていくのです。

宇宙が待っていることを伝えなさい。

愛は私達でした。

愛を求めてきた私達。

その愛を求めてきた私達の心が、あなたの心にもあります。


次元を超えていくのはすべての意識達です。

この三次元にやってきた意識達だけではございません。

すべての意識達が挙って、

次元を超えていける今という時を共有している喜びを伝えていきましょう。


私、田池留吉に心の針を向けて合わせていけばいくほどに、

あなたの心に響いてくる波動の世界があります。

波動を感じて、波動を伝えて、

あなたがさらなる一歩を進められることを、私達は待ち望んでいます。

ありがとうございます。ありがとうございます。

下記の文章は、

先日のクボハウスでの勉強会のもので、

録音したものを書き起こしてくれてメールしてくれました。

その一部で、少々長いですが、一読してみてください。


何故あなたは毎日毎日瞑想をしているのでしょうか。

第1回UTAの輪のセミナー、NPO法人UTAの輪のセミナー

でも学びの動機の修正をと言いました。

 

どうぞ瞑想をしているその意味、

その動機をもう少し厳しく見つめてください。

学びに繋がっていれば、自分の中に何かしら明るいものが、

安らぎが広がっていくと安直に考えているのならば考え直してください。

自分の心の針をしっかりと田池留吉に向ける、

その厳しい、厳しい思いをしっかりと心に感じてください。

瞑想、正しい瞑想の程度が深まってくれば、

意識の世界の厳しさも、また心に響いてきます。

 

嬉しい、ありがとう、喜びだ、

その思いは確かにそうなんですけども、

その奥には厳しい、厳しい思いが残っています。

厳しい、厳しい思いが自分を引っ張っていくんだというところまで、

瞑想を掘り下げていってください。


自分の心を見ることについてもそうです。

自分の心を上っ面だけで、

「ああ、こんな思いが出た、あんな思いが出た、ごめん、ごめん、ありがとう、ともに帰ろう。」

そういう表面的な反省はもういいんです。

もっともっと掘り下げて、

もっともっと自分の中をずっとずっと進んでいってください。

正しい瞑想の継続、

正しい瞑想が本当に出来ているかどうか

それは250年300年に至る時間の中で、

自分の中で答えを出していきます。


どうぞ、宇宙の藻屑にならないでください。

宇宙の藻屑」簡単に考えないでください。

私たちはずっと宇宙の中で苦しんできました。

もう、その苦しみを本当にジ・エンドしていきましょう。

それが私たち今世肉を持ってきた大きな、大きな約束でした。

その約束は厳しい、厳しい思いを伴っていきます。

安直に考えないでしっかりと自分の歩みを一歩、

確実に一歩、前に進めて行ってください。



動機の修正がとても大事というのをいつも聞いているんですけど、

家で「心の底の底」に向けるとき、動機の修正をしないまま向けてもいいのか、

動機の修正が自分の中である程度整った状態で

「底の底」の瞑想をした方がいいのかという質問。


セミナー会場では「底の底」に向ける瞑想はもちろんするんですけど、

自宅で、一人でする時にどうなのか。



基本的にはどこで瞑想をしようとも、

やはり、動機の修正ということに、

どれだけ自分の思いが向いているかっていうか、

本当に修正がなされているかということを先に自分の中で確認してからです。

家で動機の修正をしないままに瞑想をしようが、

みなさんとこういう所でやろうが、

その結果は全く同じなんですね。

動機の修正をしないまま家でやったら狂うとか

後の処置が出来ないとか、そういうなんていうか、

不安、恐怖とか、その人におありなら、止めた方がいいですね。

 

家でするとか、みんなが集まっている所でするとかという問題じゃなくて、

動機の修正がなされていないと、その人が自分の中で思うならば、

そのほうに先に集中して、

自分の中でしっかりと動機の修正をしていっていただきたいと思います。


動機の修正がなければ、

どれだけ何を感じようとも、どれだけ敏感になろうとも、

田池留吉を呼ぼうとも、全く心の針の向け先が違っているんですね。

 

ただ敏感だから、これだけエネルギーを感じているから、

ああ、お母さん、ありがとうと言ったら心の中に喜びとか温もりとかが伝わって、

何か自分が学びをやっているような気分になるっていうのは、

それは全く間違っているんじゃないんですけど、

学びの、何ていうのかな、本筋から言えば、それは本当に微々たるものなんですね。

 

本当に動機の修正、

なぜこの学びをしているのか、

自分は他力の道を歩いてきたけれど、

この学びについて、

本当に自分の中で心構えが変わっているのかというところを厳しくっていうか、

本当に自分の中で見つめていかないと、

進んでいる、進んでいる、一歩前を行っている、私は学びをやっていると言っても、

もう後はお分かりのように、

肉体を離せば、もう、それは自分の中で確実に回答が出てくるんですね。

 

肉を持っているから、分からないというか、

やはり、やっぱり、甘くとらえがちなんですね。

肉体があるからこそ学べるんですけど、

また、その肉体を通して喜びだ温もりだと感じるんですけど、

果たしてそれが真実、田池留吉の方向に

心を向けているかというのは非常に難しいっていうか。

こう言うたらなんか学びをしていこうという思いがそがれるかもしれませんけど。


それでも私達の心の中には確かに

お母さんから教えてもらった温もり優しさ本当の自分があるんだから、

そこにやはりそれをやっぱり信じて、信じていこうとする

真摯な思いというのをいつまでもどこまでも忘れないようにしないとと思います。

そうでないと、これだけやっている、これだけ感じてきている、

そういうところばかりが先走りしていきます。

なんか先ほどもありました「肉のない田池留吉」に心を向けていきたいとする思い、

そういう思いがふっふっと出てきたときに、

果たして自分が本当にこの学びをやっていこうとする

原点に立っているかどうかを見極めないで、

その欲の思いばかりが先走ったら、

せっかく学びに集ってきた今世のこのチャンスを

やはりふいにしてしまうっていう恐れ、その危険度は大変高いと思います。


私の口を通して言ってくる言葉はとても厳しい言葉というか、

そういうことしか出てこないんですけど、

それは、それだけ私達は、もう何億年と間違い続けてきた

っていうその思いをしっかりと心に感じていかなければということです。

これから250年、300年の僅かな、まあ、肉の時間にして僅かな時に、

転生を繰り返していくんですけども、

その中で、次元移行という意識の流れに乗っていくのは本当に厳しいっていう、

そういうことを心で感じる瞑想を続けてほしいなと思います。

ただ、やって行こう、やって行こう、ワッショイ、ワッショイ、お祭り気分だけでは、

ちょっと、だんだんと、やはり自ら逸れていくような気がしてなりません。


元に戻りますけど、動機の修正が自分で出来てないと分かっているならば、

その動機の修正に向けて、もっと自分の心を見つめてください。

家で瞑想をするとか、どこそこで瞑想をするとかというところじゃなくて、

そのほうに心っていうか、エネルギーを注いでいってほしいなと思います。


あと、何かありませんか。

それでは気を取り直して。

厳しいことばっかりなんですけど、

でももう本当に、やっていくしかないというか、

もう日々、田池留吉を呼んで正しい瞑想をしていく

以外に道は残されていないということだけは確かなんで、

自分に厳しく、厳しくしてください。


そうですね。田池留吉に思いを向けた時、

田池先生が病室で書きとめられた

「病室にて」っていうホームページに載っていますけど、

やはり、厳しい言葉を残されています。

やっている、やっている、学んでいる、

でも、それがつもりにならないように、

ならないようにという田池先生の思いが伝わってきます。


ともに、ともに、ともにこの次元を超えていきたいという田池留吉の思いを、

やっぱり、しっかりと感じていってほしいなと思います。

厳しくて当たり前なんです。

肉を自分だと思ってきた歴史はそう容易くは覆せないんです。

意識の転回、軽く、軽く捉えている方が多いです。

意識の転回とは、そんなに簡単なものではありません。

母を捨ててきました。愛の自分を捨ててきたんです。

その思いをもっともっと日々の瞑想の中で感じていって頂きたいと思います。


えー、これは田池留吉からの思いなんです。

田池留吉は真実の波動の世界です。

肉を持つ必要のない意識の世界が肉を持ってきてくれたんです。

そして今は、肉はありません。

肉を持ってきた僅かな時間にともに学ばせて頂いた私達だからこそやり通せる、

それだからこそ、

田池留吉は肉を持って私達に真実の方向を指し示してくれたということを、

もっともっとそれぞれの心で感じ味わって頂きたいと思います。

 

今、瞑想ができる喜びを心でしっかりと感じていきましょう。

素直に真摯にただひたすらに、

そして喜びとともに心を向けていきましょう。

 

心を向けていけばいくほどに、

本当に幸せな自分の今が心に響いてくるでしょう。

あなたの心で味わってみてください。

波動を感じてください

 

喜び、温もり、広がっていく波動の世界が伝わってきますか。

繰り返し、繰り返し、感じていきましょう。

波動の世界は限りがありません。

感じ響く厚み、広さに限りはありません。

 

私は愛でしたという信が芽生え、

それが成長していくにつれて、

次元移行は自分の中で現実のものとしてはっきりと響いてきます。

 

それは喜び一色です。

なぜならば、それはふるさと愛、

本当の自分の中に帰っていける道筋だからです。

 

「次元を超えて、愛へ帰っていこう」

田池留吉を思い瞑想をすれば、

中から思いが溢れ出てきます。

アルバートと自ずと飛び出してきます。

たまらなく嬉しい。

 

宇宙という思いももちろん、

必然的に浮かんできます。

次元移行という意識の流れを伝えに来てくれたことが、

ただただ嬉しい。

ありがとうしかないとなってきます。


 

「ともに次元を超えていこう」のページ、

読んでいただいているでしょうか。

時々更新しますので、よろしくお願いします。

 

そしてその際、

意識の流れ、次元移行、アルバート

心を向けて瞑想をしてみてください。

心に響いてくるものがどんなものであれ、

そこからまた自分自身の学びを進めてください。


私達は本当のことを知ることを切望してきました。

その思いをしっかりと受け止めて、

限りある肉の時間を大切にしていきましょう。

 

 思う喜び、思える喜び

しっかりと心に広げていきましょう。

そして、自分の中に戻っていける喜びと幸せを感じていきましょう。

日々の生活の中で、色々とあっても、

ふうっと丹田呼吸をして、心を中へ向けることを習慣づけてください。


心を外に向けて多くの時間とエネルギーを消費して、

人の、世の中の動向に重きを置いて、

瞑想はその合間にするという日常ではないと思いますが、

肉に流されてきたのが私達ですから、

舞い戻っていく可能性は低くはないと思います。

 

肉に流れながら流されない生き方はどんな生き方なのか、

いつも自分の心と向き合っていましょう。

自分の中に響き伝わってくるものを

信じ切れることが喜びではないでしょうか。

 

 「嬉しいね。よかったね。思える喜びを知ったことがこんなに幸せだったとは。」

自分の外の世界に喜びとか幸せ、

温もり、安らぎを求めてきたたくさんの私から、

そのような思いが返ってきます。

 

何かがあるから、誰かがいるから、喜び、幸せの時間を

過ごしていけるのではないことは、はっきりとしています。

そうではないとはっきりと分かるから、自分の中に自ずと思いが向きます。

自分の中に響き伝わってくるものを感じて過ごしていく喜び、

幸せに代替するものはありません。


田池留吉は波動です。

アルバートは波動です。

今、私に肉があるからこそ、

その波動の世界と出会えたことだけが、

ただただ嬉しいです。


「私を思いなさい。思っていればそれでいいんです。」

ともにある喜びを伝えてくれます。

瞑想は喜び以外のなにものでもありません。

心の体験を重ねていきましょう。

思い、意識だけが引き継がれていくのです。

あとは消えて無くなります。

 

 絶対に変わらないものを大切にしてください。

絶対に変わらないものとは何ですか。

目に見える世界にはないですね。

目に見えない世界、心の世界はどうでしょうか。

心はころころと変わる場合があります。

心変わりという言葉もあるように。

それでは、絶対に変わらないものはいったいどこにあるのでしょうか。

 

瞑想は退屈ですか。

義務であるいは惰性でやっていませんか。

こんなことやっていてもという思いが心の片隅にありませんか。

どんな現実でもいいんです。

どんな思いが出てきてもいいんです。

だけど、それらから目を逸らし、

誤魔化していくのだけはもう止めにしましょう。

自分を冷たくあしらわないで、

自分の中で悪戦苦闘してください。

そしてそれが喜びであり、優しさであると知っていきましょう。

 

何度でも、繰り返し、繰り返し感じられるから、心に響いてくるから、

この温もりの世界、喜びの世界、ともに行こうといういざない、

それらが自分の中の現実だとなってくるのではないでしょうか。

 

たまたまではないんです。

昨日は感じられたのに、今日は空振りなんていうことはあり得ません。

また、何度感じても、これでいいなんていうこともありません。

何度でも、何度でも、この波動と触れていたい、思いを語り合いたい。

それが瞑想の醍醐味というところでしょうか。

 

来月、3月を皮切りにして、2016年のセミナーが、本格的に始まります。

3月、6月、9月、12月のセミナーは従来通りの条件をクリアすれば、

どなたでも申し込めます。

 

5月、7月、8月の橿原での二泊三日のセミナーは

昨年の種水の判定が条件となります。

その他に、4月〜12月の各月に一度、

大宝のクボホールで2時間のお勉強。


10月と11月は志摩で二泊三日のセミナーを予定しています。

大宝と志摩は、それぞれに参加条件があります。

 

詳細は、近いうちに、NPO法人UTAの輪のホームページで

お知らせする予定ですので、そちらで確認してください。


なお、今年後半より、種水の判定(反転のみ)を実施して、

それを来年・2017年1月以降の橿原セミナーの条件にしたいと思います。

また、2017年1月以降の大宝でのお勉強についても、

参加条件が変わるかもしれません。


セミナーに参加することが学びではありません

学びは自分の心を見ることです。

正しい瞑想をすることです

真摯に学んでいこうとする方達とともに喜びを共有していきたい、

いこうというのが私の思いです。

自分を繋いでいきましょうということです。

 

自分の中に戻っていこう

自分の中の優しさと温もり、そして喜びに触れていこう。

もっともっと知って、触れて、そして信じていきましょう。

ここにしか帰る場所はないんです。

寂しいとき、悲しいとき、そして、不安な思い、恐怖、怒り、迷い、

その他諸々の思いが出てきても、どうかそこから目を逸らさずに。

そして、そんな諸々の思いを抱えている自分を、もう一度思ってください。

 

丹田呼吸をしながら、懐かしい、優しい、

あの思いとともに、自分を思ってみてください。

あの思いです。

そうです。いつもあの思いを忘れないように。

 

アマテラス

あなたの中のアマテラス、今どのような状態でしょうか。

これからともに歩んでいく喜びを感じていますか。

アマテラスを思う思いに変化が起こっていますか。

喜び、愛しさ、ともに、そんな思いをアマテラスに向けたとき、

あなたの中のアマテラスは、何を伝えてきますか。


意識の世界は限りなく広いんです。

そして、愛、真実に帰る道はまだまだ、

まだまだ、その道のりは遠いです。

ただ、私は、愛へ帰る道を着実に歩いているという確信があります。

だから、ひたすらにこの道を真摯に行くだけです。


あなたはどうですか。

自分の中心棒はありますか。

本物でしょうか。

どの程度のものでしょうか。


 

 従来の条件をクリアすれば

どなたでも申し込めるセミナー以外に、

もう少し人数を絞って、

ということは従来の条件にある条件を追加して、

ともに学ぼうという場を設けて、

ともに喜びの時間を持ちたいと思っています。

 

今、その準備をしていただいています。

大宝、志摩、橿原と三か所とも関西なので、

遠方の方達には申し訳ありませんが、

条件が合えば、ご参加くださればと思います。


UTAの輪の中心

愛の波動をあなたの意識の世界へどんどん流していきましょう。

あなたは、肉のあなたではありません。

あなたの中の意識の世界とどんどん通じ合ってください。

田池留吉は波動です。

田池留吉の世界をともに感じてまいりましょう。

 

肉の中に埋没してきた私達にとって、

ひたむきに真摯に学んでいくということは難しいものです。

余程しっかりと自分の心の管理をしていなくてはと、

私はいつも自分に言い聞かせています。

 

瞑想

心を向けて感じられる喜びもさることながら、

意識の世界の厳しさはひとしおです。

今世の出会いを本当にありがとうと言ってくれた思いの深さを感じながら、

味わいながら、喜びで一歩前に学んでいくことを心掛けています。

 

今はもう何が起こっても決しておかしくない時を迎えています。

世の中の色々な狂った出来事を見聞きしながら、

やはりどこか他人事のように思っていませんか。


歩道を歩いていても車が突っ込んできます。

ぼぉーと信号待ちもできません。

年寄りから順番に死ぬんじゃないんです。

若い人だって、突然の死を迎えます。

幼い子も老人も動物も虐待されている現実があります。

 

これからまだまだこんなものではないという現象の中で、

私達は学んでいかなければなりません。

愛へ帰っていこうとする思いを温めて、温めて、

見事250年後に花咲かせていきましょう。

それには、まず今世です

 

今。今にすべてがあることを瞑想の中で感じておられますか。

今の一点に集約されている意識の世界です。

肉から意識へ自分を転回していく喜びを実感していますか。

それともまだまだ苦しみが次から次へと出てきて、

喜びも感じるけれど、

そして温もりとか広がりも感じるけれどというところでしょうか。


「愛へ帰ろう。」

あなたの中で、このメッセージをしっかりと受け取ってください。

呼び掛け、いざないは、はっきりとしっかりとされています。

優しい温もりの中で喜びを伝えてくれています。

その波動の世界とどうぞ、出会ってください。

 

愛へ帰る道

そのたったひとつの道をひたすらに、

ひたむきに歩いてきてください。」

波動を受け取っていきましょう。

 

私達は、いつもいつも田池留吉とともにあります

本当はこのことは、どなたの心にももうすでに伝えてあります。

だから正しい瞑想をすれば、必ず響いてくるはずなんです。

田池留吉の意識の世界は、

その肉を使ってそこまで仕事をして肉を置いてくれました。

それをしっかりと自分のこれからに活用していけるかどうかは、

私達それぞれの課題です。


生活をしていれば、肉的な問題もあるだろうし、

悩むことも、迷うことも出てくると思いますが、

それでもまずはこの道を歩いていくという基本姿勢をしっかりと確認してください。

そのうえで、諸問題に対処しましょう。

そうしたとき、結局は何で悩んでいるのか、

何を迷っているのかということになり、

どちらに転んでも所詮大したことではなく、

それよりもまずはこれだこれだというように、

自分の心の中が変わっていることを感じるでしょう。

その手ごたえを喜びとして、

驕らず淡々として一歩、一歩

歩みを進めていくことが大切だと思います。



 

学びについて、学びに関連する肉的なことについて、

自分が決断すべき時にはきちんと決断し、

それを断行するということでなければ、

どんなに学びを一生懸命にしようとしても、

どんなに心が敏感で意識を受け語ることができても、

それは真実に通じていく道ではありません。

 

従来の他力の中から抜け出せていないということは明らかです。

肉を握りながら、真実の波動の世界を極めていくことはできません

一生懸命学び、多少でも真実の波動に触れたというならば、

このことははっきりと自分の中に伝わってきます。

 

私達は地獄の底の底のもっとずっとずっと奥底から、

今、こうして一つの肉体を持って這い上がってきたんです。

それをいつも忘れることのないようにと思います。

そうでないと、いつの間にか心のたがが緩み、

気が付けば肉に流されていくのではないでしょうか。


そしてその一方で、そんな私達だからこそ、

本当の世界、真実の世界の波動に本当に触れようものならば、

もう二度と地獄の底の底のもっとずっとずっと奥底に

舞い戻っていくはずはないということも言えると思います。

なぜならば、その波動の世界は全く違うからです。

どんなに地獄の奥底に沈んでいたとしても、

自分の本当の波動は知っていたんです。

その波動と出会ったのだから、もう二度と舞い戻りはしないということです。


ここから引き出せることは、

行きつ戻りつの学びの歩み方というのは、

真実の波動と出会っていないということになります。

本当のところは行きつではなくて、

一歩もいいえ半歩さえも行っていないということになるのではないでしょうか。

千載一遇のチャンスに恵まれながら、

それを活かせないのは自分に最も酷なことだと思います。

 

「自分の中心棒、感じていますか。」心棒です。

それは、肉的な頑固で意固地な芯ではなくて、

愛に帰りますという心棒です。


愛に帰りたいと言うのは簡単です。

そういう願望ではなく、現状はどうですかということです。

愛に帰る準備はどうですか、その目処は立っていますか、

手ごたえはどの程度ありますかということで、

自分の中心棒を感じていますかと、自分が自分に問いかけてください。


自分の中で自分に責任を持ってこれからを迎えていきましょう。

愛に帰ろう。」の呼び掛け、いざないだけを、

ストレートに感じ受け止めていける人間復活が必要です。

 

肉を持っている今、

喜んで喜んでただ一点を思い瞑想をしましょう。

お母さんと心の底から呼んでください。

心の中から湧き起こってくる、

突き上がってくるエネルギーをしっかりと受け止めてください。

私達は意識、波動、エネルギーです。

すべては意識、波動、エネルギーです。

そうだと心で分かるまで苦悩は続きます。


 

思う喜び、思える喜びを味わっていますか。

「田池留吉を思って瞑想。」

このすごさを心で感じていますか。

「田池留吉を思って瞑想。」

これは難しいことだけれど、そうしなさい、

そうしてごらんと肉を通していざないを受けている私達ほど

幸せな者はいないということなんですが、実感はあるでしょうか。


田池留吉を思うことを知らない人生は闇黒の人生だと

断言できる場面に、みなさん出会っていくと思います。

その際、一見、静かで穏やかで平和そうでも、

意識の世界は真っ暗闇ということを知っていけば、

自分にとっていい勉強になるかと思います。

すでに闘いのエネルギーが表面化していれば、

もうそれは言うまでもありません。



 

意識の世界は言うまでもなく限りがありません。

従って最後は瞑想ですという学びについても限りはありません。

来る日も、来る日もひたすらにひたむきに正しい瞑想をやっていきましょう。

そして、心の管理は超厳しく。

慢心は自らを滅ぼします。自滅します。

そうした過去の苦い経験を自らの糧にしていきましょう。


愛へ帰る確かな道筋を感じているからこそ、

厳しいメッセージが届きます。

メッセージは厳しいけれど、

それは心を縛るものではなく、

ともに帰る喜びから発せられたものだと感じます。

田池留吉は確かに存在する真実の波動、

愛のエネルギーです。

喜びと温もりの世界はただ単に優しい温かいだけではなく、

そこには凛とした力強さがあります。

それはたったひとつの真実だからです。

 

私達を繋ぐものは波動です。

波動の中で感じ合い響き合う喜びと幸せを味わっていますか。

田池留吉は波動として、絶えず、

そしていつもどなたの心の中にも伝えてくれています。

それをストレートに受けていったならば、

もう何も言うことはありません。


愛へ一直線にいざないを受けていることを感じるからです。

肉を持たずに意識の世界から

ストレートにメッセージを流してくれている今。

その今をただただありがとうと受けていくだけなんです。

ともにある喜びを広げていきましょう。

 

 
瞑想

瞬間的に思えばそれでいいし、それが非常に大事です。

それに加え30分から1時間ほどの一人で行う瞑想は日々欠かせませんが、

グループででもやってみてください。

 

 

 本当の自分に復活していこうと

自分でみんな計画を立ててきたことに納得していますか。

自分自身の確たる決意に行き当たっていますか。


正しい瞑想は、

当然そのことをしっかりとあなたの中から引き出してくれるはずです。

だから正しい瞑想ができることがもうすでに喜びなんです。


瞑想は瞑想でも、正しい瞑想をしてください。

 

 死ぬまで自分としっかりと向き合っていきましょう。

心で感じられない、分からないと諦めたり投げ出したりせずに、

また感じている、分かっていると有頂天にならずに、

みんな一人ひとり超厳しく自分を見つめていきましょう。


心で感じられないと思っている人も、

心で感じていると思っている人も、

私達みんな自分を裏切り続けてきたのです。

この始末をどうつけていくのか、

250年、300年に至る課題です。

ともに次元を超えていこうという呼び掛けに真正面から応えてください。

その思いだけで、

日々正しい瞑想を継続していきましょう。

 

「異語を出してください。異語で語ってください。」

私は、こんなふうに語り掛けるときが割とあります。

それは自然にそう語っているんですけれど、

これはひとつの大きなポイントだと思います。


そういえば、15,6年くらい前、

丁度田池先生が初めてホームページを立ち上げた頃、

先生から、「異語がそろそろ出えへんかなあ。」と言われたことがありました。

初めは何を言われているのか分からなかった私も、

自然に異語を語り出し、それから田池先生の発する異語には、

それはもう瞬間的に本当に気持ち良く反応する体験を重ねてきたから、

今では異語で語ることは大事なことなんだと認識しています。


異語を出す、異語で語り合うことによって、

爽快感、解放感、喜びをあなたもどうぞ味わってみてください。

 

 自分の中の中心棒の成長だけを念頭に、

日々学んでいきましょう。

真の意味で自分の人生のとき、

肉体を持っている時間、大切にを心掛けていこう。


心、思いの世界しか残りません。

あとは消えていきます。

しかし、掴み握った心、思いは消えません

心、思いの世界はどこに通じているのか確認できるのは今。

肉体を持っている今です。

今、死後の自分と語っていきましょう

それは自分に対する最大の優しさです。



 

お母さんに産んでもらって、

今こうして学びに繋がっているんだから、

もうどんなに恵まれている私達なのでしょうか。

本当に幸せですよ。

「私、田池留吉を思ってごらん。」

あなたの中に聞こえませんか。

届いているはずです。

みんなが幸せになるにはこれしかないんです。

思うことです。

思うことが幸せ、喜びなんです。

それが私達自身だからです。

それをしっかりと波動で伝えてくれたんです。

もちろん今も惜しみなく伝えてくれています。

 

 

自分の中に田池留吉の世界が息づいているということを、

瞑想の中で感じていますか。

思うことがすべてなんだと心で感じていますか。

様々な出来事や人の言動により、心を見させてもらい

自分の愚かさや肉として生きる愚かさを学習していきましょう。

そして、その愚かな自分とともに、

今、田池留吉を思おうとしていることを喜んでください。


思うこと、それ自体がもうすでに喜びなんです。

どうなる、ああなる、こうなりたい、ああなりたいは余計なことです。

思うことが目的であり、思う先には喜びしかないんです。

 

セミナーは現象中心です。

自分の心で感じることを主眼にしています。

だから、なるべく全員の方に現象に参加していただき、

そこから自分の学びを進めていただきたいと思っています。

組分けの表を作成していきます。

死ねば自分の世界があるだけです。

自分の心が何を感じ何をとらえ、

どこを向いているのか、

セミナー会場でぜひ体験してください


何も感じない、何も響いてこない、

それはなぜなんでしょうか。

独学で田池留吉の波動を感じられる

と思っておられる方もあるようですが、

果たしてどうなんでしょうか。

 

人が集まって何かを始めようとすると、

そこには、それぞれの思惑もあり、

ちょっとした行き違いの積み重ねにより様々な軋轢が生じます。

それは、学びに関連することを学んでいる人達がすることについても例外ではありません。

ただ、世間とは違うのは、互いに心を見ることを知っており、

自分の心を見ていけばいいだけなんだと知っていることです。

 

胸に一物あっても、学びをしていこうという思いは、双方共通しています。

だから、胸に一物ある自分が間違っていることを、

自分の中はきちんと伝えてくるはずです。

そんなものを抱えている自分は、

学びをしていこうとする本当の自分の思いを阻止していることも、

そしてそれは自分を裏切ることになることも、

きちんと伝えてきます。

その思いを無視すると、それはみんな自分に返ってきます。


そもそも、何かを始めればそれについて、

必ず賛否両論が出ます。

無責任な言動も起こります。

しかし、そういうものには程々に対処して、

まずは学びに着眼点を持っていくことが何よりも大切です。


 

心を向ける喜びを感じていけば、瞑想をしたくなります。

目を閉じて思いを向ければ、

心の中から突き上がってくる喜びのエネルギー、

温かい温もりをはっきりと感じるからです。

そんな瞑想の時間を日々持つことが幸せなんだと自ずと思うでしょう。

自分の心に感じ広がっていく波動、エネルギーに、

自然と田池留吉、アルバート、お母さんと出ます。

もちろん、異語は立て続けに出ます。

異語で語ることがどんなに幸せであるか

そうして心と心が通じ合っていることが実感してくれば、

瞑想はさらに違ってきます。



 

喜びはパワーです。喜びこそがパワーです。

喜んで学びを進めていれば、

自分の感じている喜びは、

本当のところどうであるのか分かってきます。

それをまた喜んでいけばいいんです。

見ていくのは自分の心、自分です。


ともに行こう、ともに学んでいきましょうという呼び掛けは、

外に向かってすることは分かり易いし、

それもまた大事なことだと思いますが、

その何倍も何十倍も何百倍ものエネルギーで中に向けてしてください。

思いを向けていく瞑想の時間を大切にしてください。



 

 

 「みんな仲良うになあ。」

その思いで、その言葉で、どんなときも締めくくりをされていた田池先生でした。

学びの仲間の間で、ましてや学びをしていない家族の中で、

本当の意味で仲良くしていくことは難しいことかもしれないけれど、

互いに心を見ることを教えてもらって、

そして正しい瞑想をしましょうということなのだから、

そのことに触れた人達だけでも実践に励みましょう。


肉の愚かさはお互いです。

そこをつつき通すのではなくて、

自分の中を変えることにエネルギーを注ぎましょう。

自分に優しくなれば、

相手にしっかりとした優しさを伝えることができます。


 

数え切れない転生の中で、限りなく積み重ねてきた肉という思い。

何の疑問も持たずにずっときたんです。

だからそれが間違いの根源だということも分かっているようで分かっていない実情です。

しかし、それを打破し肉というところから自分を解き放していく流れは必至です。


ゆえに、これからの転生には必ず天変地異という現象が用意されています。

転生をするということは、天変地異に遭遇するということです。

今世、可能な限り学んでいきましょう。

自らが作ったハードルを超えてください。



 

 「ともに行こう。愛しかない世界です。

私達は愛しかない世界にあるのです。」

波動、意識、エネルギーとして伝え続けている田池留吉、アルバートの世界です。


肉で覆われた、肉に塗れた中へ浸透していくのには、

まだまだ時間を必要としますが、

肉を通して学ばせていただいた私達の中には、

風穴が開いていることを信じてください。

信じていけるように学びを進めてください。

微かな風穴です。

それを広げてくか、閉じてしまうか自分次第です。


広げていけば、そこから新鮮な風とともに様々なものが飛び込んできます。

それをどうしていくかも自分次第です。

また、閉じてしまえば、もう体験済みです。

淀む一方、沈み込んでしまうしかありません。

いわゆる宇宙の藻屑です。


 

自分に用意した肉を持つ時間。

どうぞ、自分の納得のいくように、後悔しないように、

絶えず自分の中と対話しながらお過ごしください。

あなたの肉の思いとは全く関係なく、

意識の流れは厳然としてあり、

そして粛々と次元移行へ向けて遂行中です。

 

目には見えないけれど心で感じてください。

やがてはっきりと目に見える形となってそれぞれに迫ってきます。

否が応でも、自分を見つめ直す時がやってまいります。



◆ 

 

心で感じる世界、

感じられる世界をどうぞ堪能していきましょう。

自分の頭など何の役にも立たないことに気付いてください。


意識の世界、目に見えない、形のない、匂いもない、

音もない世界のことを、ごちゃごちゃ頭を回して頭で解釈してみても、

所詮空しい作業です。それよりもです。

思いを向けることを、真摯に真剣にやっていきましょう。

よろしいでしょうか。今世が最初なんです。

長い長い歴史の中で今世が初めてなんです。

比較検討するものはどこにもありません。



 

今を喜んで生きる喜びを、

瞑想を通して心から知っていきましょう。

目を閉じてすうっと心を向けていく喜び、

幸せを感じていけるのは、

こうして産んでもらったからです。

 

アルバートと心から呼べる喜びを感じ知っていけば、

今が本当に幸せであることが分かります。

何がなくとも幸せ。

アルバートの波動と出会うということは、

母なる宇宙を呼べるということはそういうことです。

瞑想。正しい瞑想をあなたもどうぞ。

 

「ありがとう」を読み返しています。その中に下記の一節がありました。


「日々の生活の中で、無為に過ごしても、

また肉の喜びと楽しみだけを追い求めていっても、誰も何も咎めません。

しかし、みんな心の底での疼きはあると思います。

その疼きが、日々の生活の中で具体的な形となって現れてきます。

事件、事故、病気、その他様々なルートで疼いてきます。

その実態が何なのかそれが分からないから、

人生の終焉までその疼きを抱え、結局は自分を偽って人生は閉じられていきます。


どの方もそれぞれに自分の持ち駒と持ち時間があります。

そしてそれは全部狂うことなく配置されているのです。

ただし、その価値に気が付かずに通り過ぎてしまう場合はあります。

どの駒もみんな何かを告げてくれているのだけれど、

悲しいかな、肉を本物とする意識は、とても偉いのです。

だから自分へのメッセージとして、

素直に真っ直ぐに受け取ることができません。

 

余程の警笛が鳴らない限り、真実に目を向けるということは難しくなりました。

肉を信じる思いが、持ち駒と持ち時間を無駄に使ってしまいます。

自分が用意してきた持ち駒と持ち時間を使って、

自分がどのように成長を遂げていくか、

それがそれぞれの人生だと私は思っています。

成長を遂げていくというのは、立派な人物になったり、

財を成したりという意味ではなく、

生まれてきた本当の意味を知っていく自分に生まれ変わることだと思うのです。」


どうでしょうか。どのように思いますか。あなたの思いを語ってみてください。

 

 あなたは、あなたの中とともに瞑想を続けていますか。

下記の文章を一読してから、母なる宇宙を呼んでみてください。


「迷った時、心が落ち込んでいく時、心がイライラする時、

もうどうでもいいやと自暴自棄になりそうな時、

それでも、そんな中から、いつも、いつもここへ戻ってください。


なぜ私達は生まれてきたのか、なぜお母さんに肉体を貰ったのか、

どうぞ真摯な気持ちで、思いで、いつも、いつも、ここに戻ってください。


肉に流されるのは簡単です。

流されるというよりも、肉の中に生き続けている私達です。

その中からしっかりと自分の進むべき方向を見定めていかなければ、

どうしても肉に、肉に埋没してまいります。

これからの転生は本当に厳しいです。

ホームページにも書かせていただきました。

転生、生まれてくるということは、

天変地異に遭遇するということです。

天変地異しか残されていません。

自分の中の愛のエネルギーを

しっかりと自分の中に見出す手段は天変地異です。

天変地異の愛のエネルギーを心に感じて、

250年後、必ず、必ず、必ず出会ってください。

私達は心からお待ちしております。

私達の思いをどうぞ心に広げ、感じ、

瞑想を積み重ねてまいりましょう。」

 

 

 「みんな仲良うになあ。」

田池先生の思いを肝に銘じてください。

その中には、ひとえに、

「学びをしっかりとしていくんやで。」

という思いが込められていることお分かりでしょうか。

一時の感情を爆発させて学びに支障をきたすような

トラブルを自ら起こすほど愚かなことはありません。

それは学ぶチャンスを自ら摘んでいるということです。

取り返しのつかない状態に自ら陥れて、

悔やんでも、悔やんでも、もう後の祭りかもしれません。

お互い気をつけましょう。

 

自分の心と真向かいになれる今、

つまり自分の中に思いを向けようとしている今、

どんなに幸せなときであるか、どんどん心に感じ広げていきましょう。


心の針を中に向けていく喜びと、

大切さが実感してくれば、

逆に心を外に向けて生きていく空しさ、寂しさ、愚かさが

ひしひしと伝わってくるのではないでしょうか。


ああ、間違って生きてきたんだ、

下らないものばかりを追い求めてきたんだと、

それぞれの心で分かってくるでしょう。

それはこの上もなく嬉しいことではないですか。


やっと、やっと、ようやく、ほんの僅かながらでも、

自分の本当に生きていく方向に触れたのだから。

ただただ喜んでいきましょう。

 

 死ぬまで元気に、ただひたすら正しい瞑想

できるような自分達でありましょう。

その他のことは大したことはありません。

どのような状況であっても、

自分の心の針はどこを向いているのか

それだけを絶えず確認して、

自分の中の本当の自分の思いをしっかりと受けていきましょう。


みんな愛へ帰る道を探し続けてきました。

肉に溺れながらも、そんな自分達だったと、

母の温もりの中で気付いてください。



 

 今こうして同時期に肉を持って、

お母さんを呼べる幸せ、

田池留吉に心を向けていこうとする

幸せを学ばせていただいていることが嬉しいです。


田池留吉の世界、その波動の世界に触れていける

チャンスを自ら作ってきたことを喜んでいきましょう。

真っ暗闇の中から出てきて、

また真っ暗闇の中へ帰っていく転生は、

もう本当に終わりにしませんか。

真っ暗闇の暗さ、冷たさ、重さをほんの少しでもいいから、

明るく、温かく、軽くするために、

今、肉を持っている今、大切にしましょう。

自分に優しくなりましょう。

 

 

日々、ゆったりと喜んで正しい瞑想が継続できる

そんな時間空間にいざなわれている、

それぞれ実体験がおありだと思いますが、

これほど幸せなことはないと私は心から思います。

本当に思う喜びと思える喜びを、

今の肉体を通して確実なものとした幸せをしみじみ感じています。

これさえ自分の中で確立していれば、

もう自分の道を見失うことはないと分かります。

心から切望してきたことを遂行していくだけです。


 

 「あなたは今、幸せですか。」

私はこれまでに何度か田池先生から聞かれたことがありました。

だからというわけではありませんが、

私はこの問いかけを自分にする習慣がついています。

今思えば、タイムリーに聞かれていたと思います。

「心を見ていきや。こっちやで。こっち見てたらいいねん。」

という思いがそこに込められていました。

先生の指し示す方向に心の針を合わせていく

いける喜びをどんどん深めていく歩みを、

着実に進めていくだけだと心に伝えてきます。


ともに同じ方向を向いて、ともに喜びを共有していこう。

 

 

自分の道が見えていますか。

あなたにとって自分の道とは何ですか。

それはどんな道ですか。今どんな道を歩いていますか。

毎日の生活を淡々と繰り返しながら、

そこに決して流されることなく、いつも自分に問いかけていきましょう。

これでいいのか。本当にいいのか。

いつも自分の中の自分と対話しながら、

真っ直ぐに一点を見つめて生きていますか。

枝葉のことにとらわれていませんか。

かけがえのない時間です。大切にしましょう。

 

 

 「我は神なり。我に従え。我の宇宙は一番なり。」

自覚があるかないか関係なく、

私達は誰一人例外なくこの思いでずっと存在し続けてきたことは確かなことです。

学びに繋がりながらその自覚がない方は不幸せです。

自分にどれだけ冷たいのか猛反省です。

また、その思いを自分の心でしっかりと確認している方であるならば、

あとどうしていけばいいのか、もう言わずと知れたことです。

分かっているけど止められないをいつまでもやっていては、

今世失敗です。

そうあなたには伝わってきませんか。

 

何で生まれてきたのか、産んでもらったのか、

その答えを自分の心で知らない人生は闇黒の人生です。

そんなことには思いを向けずに、

頑張って一生懸命、そして賢く生きても、

所詮は真っ暗闇から自分を解き放すことはできません。

何度も何度も性懲りもなく繰り返してきました。

お母さんのお腹の中にいた頃は、

今度こそ、今度こそ、

この温もりと喜びを忘れないぞと思っていたんです。

事実、私達は忘れていません。

ただ、肉を持ってしまえば、

その思いに到達することがとても難しいだけなんです。

自分の中の肉を基盤とする思いが立ち塞がっている現実があるからです。

その現実をしっかりと知るために、生まれてくるのに、

産んでもらうのに、目的を違えれば、どうしようもありません。

幸せな人生などどこにもありません。

 

私は田池留吉氏とともに22年間学ばせていただきました。

ともに肉を持って学ぶという時間が22年間でした。

もちろん、学びは肉があるなしに関わらず永遠に続いていくものであって、

肉はないけれどその意識の世界は自分の中に厳然としてあるのだから、

しっかりと自分の心の針の向け先を確認して、

喜んで瞑想を続けていけばいいだけなんです。

 

その自己確立の道を着実に歩んでいくことが、

それぞれに待たれていることだと思います。


私達は本当に幸せ者です。

少なくとも、私はそう実感しています。

心を中に向けていくことを伝えていただいたからです。

 

田池留吉をいつも思っていますか

いつも喜びで思っていますか。

色々な出来事を目にし耳にし、

そしてまたその渦中にあっても

、何よりも思うのは田池留吉です。

出来事を現象としてのみとらえるところから、

波動を感じていく方向に心を向けていきましょう。

肉を持っているからこそ、その学びができるのです。

心を外に向けると、そして心を中に向けると、

その違いを自分の中でしっかりと学習しましょう。

 

なぜ、ここ日本の国から最初に学びが発信されているのでしょうか。

なぜ真実の意識の世界が初めて肉を持ったのが日本の国なのでしょうか。

そして、その意識の世界が今世の私達に最後に残してくれた課題は何でしょうか。

みんなアマテラスを指しています。

それぞれの心の中に培ってきたアマテラスの意識の変革にまず全力を傾けてください。

アマテラスとともに愛、心のふるさとへ帰ろうと、

まずしっかりと伝えていけるようになってください。

そこに力点を置いて、どんどん意識の世界を進んでいきましょう。

アマテラスが本当にあなたの中で変わってくれば、

喜びのエネルギー、パワーはすごいと心から頷けます。

どんなに真っ暗闇の中に沈んだ意識にも、

優しくそして力強く呼び掛けていけるのです。

そして、そうなったとき、そこにはもうアマテラスという思いはなく、

言ってみれば宇宙、愛、波動の世界が広がっていくだけなんです。



 

 日々、自分に用意した肉とその環境、この時間の中で、

自分はこれまで間違ってずっと存在し続けてきたと、

はっきりと心で分かるほど幸せなことはありません。

言うまでもなく、学びに繋がり自分の流してきたエネルギーが

どんなものなのかを心で体験できるチャンスに恵まれたから、

自分はずっと間違えてきたと実感できるんです。

自分の流してきたエネルギーのすごさを知っていけばいくほどに、

今という時が、そして自分というものが、かけがえのないものだと分かります。


心を中に向けて出会うエネルギーを感じていきましょう。

心を中に向けて出会える喜びを感じていきましょう。


 

帰るところ、帰れるところ、戻っていくこと、戻っていけること、

しっかりと自分の中で確認、確認、そして確信、確信してください。


もう彷徨うことなく、沈んでいくことなく、ともに行こうの呼び掛け、

思いに呼応できるように、今世の学びを自分の中で繋いでいきましょう。

自分の中の愛、本当の自分を信じ切る喜びと厳しさを、

それぞれの実生活を通して、

そして何よりも大切な瞑想を通して、学んでいきましょう。


道は一本道です。

真っ直ぐに伸び続いていく道があなたの心に見えていますか。

 

あなたの今世の時間で、何が一番よかったですか。

幸せを一番に感じたものは何ですか。

仕事の成功を収めひと財産築いたことですか。

家族、友人に恵まれたことですか。

「愚問だよ。田池留吉氏との出会い、学びとの出会いに決まっているよ。」と言う方、

では、田池留吉氏と出会って、

学びと出会って何がどうよかったのでしょうか。

肉基盤の思いを一掃するべく、

意識の流れはこれまでも、

今も、そしてこれからも働きかけています。

思いの向け先を変えていきましょう。

 

 肉を持っている間、学ぶチャンス、学べるチャンスを大いに活用して、

たくさんの自分とともに喜び、喜びの道を歩いていきましょう。

本当の自分のいざないに素直に真摯に、

そして喜びで応じていきませんか。

心の中の愛に触れていくこと

それはずっと自分が本当に待ち望んできたことだったと心で分かるチャンスが、

あなたの目の前にあるんです。

それをみすみす見逃すことは、大変残念なことです。

枝葉のことにとらわれず、

肝心なことをしっかりと自分の中に吸収してください。

自分に用意した時間です。

自分を見つめていきましょう

 

自分は愛でしたと心から分かれば、

自ずと向いていく方向は同じです。

何も言わなくても、何も語らなくても、もう心はすべてを知っています。

意識の世界で呼吸が合うというか、だから愚かな肉であっても、安心なんです。

そうでなければ、肉は所詮肉。

絶対に信頼できるということはありません。

ということを、田池先生は、何度も教えてくれました。

意識の世界で呼吸が合う、そんな喜びの瞑想をしていきましょう。

そういう瞑想ができれば本当に幸せですよ。



 

 私達は自分が愛だったと心から知るために、

この肉体を持って、ここにいます。

お母さんに生んでいただきました。

いつも、いつも、そこに、その原点に戻ってください。

どんな時も、どんな状況の中でも、

その原点に戻ってください。

何のために生まれてきたのか

、なぜ、今、自分はここにいるのか、

何をするために、この時間があるのか、

自分に残された時間の中で、

喜びはどんな時も、どんな時でも感じられるのです。

喜びしかない世界、愛しかない世界をご自分の心で感じ信じていきましょう。

自分自身が愛でした。

私達は愛の中に存在しています。

以下、種水に思いを向けての現象を掲載します。

参考にしてみてください。



A:

なんやねん、それは。なんや、それは。それは一体なんや。

どうせーいうねん。(叫び声)


田池なんか、見たくもない、田池留吉、見たくない。

会いたくもなかった。クソッ、クソッ、バカヤロー、おまえなんかクソッタレ。

クソッ、クソッ、クソッタレ。よくも、よくもここに引き出しやがって、クソッタレー。

ああ、よくも、よくも。


ああ、逃げたかった、逃げたかった、ああ、どこまでも、どこまでも逃げたかった。

ああ、苦しかった、苦しかった、死んでやる、死んでやる、死んでやる、

死んでやる、死んでやる、死んでやる、死んでやる。クソッタレ、クソッタレ。(異語)

 


B:

お母さーん。何でー、何で生んだんや。

お母さん、何で生んだー。なんで生んだんやー。

ああ、なんでー。なんで生んだんやー。


A:

何が何だか分からない世界で生きてきた。


B:

ああ、怒りでいっぱい、怒りでいっぱいやった。

ああ、この世に真実なんてあるものか。

ああ、ああ、お母さん、地獄やったー。地獄やったー。

ああ、地獄の底で生きてきた。ああーお母さん、ああー。



Aさん、もう一度、この種水を見てください。

顔をあげてみてください。思いを向けてみてください。



A:

そこへ心を向けるくらいなら(?)、死んだ方がましだー


B:

地獄の底から生まれてきた。

苦しかった、苦しかった、苦しかった。

お母さん、お母さん、お母さん。会いたかった、会いたかった。

お母さん、呼びたかったよー。お母さん。


A:

苦しくて、苦しくて、生まれてきたー。

地獄の底から生まれてきました。

ああー、ああー(叫び)地獄、地獄の底から生まれてきました。

ああー、ああー、苦しくて、会いたくて生まれてきました。

探して、探して、探し続けて、真っ黒、真っ黒な中にいました。

地獄、地獄、地獄、地獄の底の奥底にうずくまっておりました。

お母さんにて、この肉体を頂き、

やっとやっと私は今やっとここにたどり着き、ありがとうございました。

本当に申し訳ありませんでした。

ああ、地獄の思いはとてもとても苦しくて地獄です。

地獄、肉持っているから分かりませんでした。

ああ、地獄です。本当に地獄の底の底の底の底の底の奥底に小さくなっています。


ああ、帰りたかった。お母さん、ごめんなさい。

偉かった、偉かったです。本当に偉かった。大バカ者でした

申し訳ありませんでした。申し訳ありませんでした。

(会場騒然)申し訳ありませんでした。



ありがとうございました。ありがとうございました。


あの今、AさんとBさんのご姉妹に前に出ていただいて、

現象をして頂いたんですけど、他人ごとではありません。私達の姿です。


私達は、本当に、本当に地獄の奥底、奥底、ずっとずっと、

もう、もう本当にもう言葉では言えない奥底から生まれ出てきました。

こうして肉体を持ってきました。

その自覚をどうぞ現象の田池留吉、

1.2.3の瞑想の中でほんの少しでも感じて頂きたい、

そうすれば瞑想することが、愛を思う瞑想することが、

田池留吉のこのセミナーに集えることが、

どんなにどんなに幸せなことなのかということが、本当に心から分かります。

分かれば変わっていくんです。

本当に心で分かれば変わっていきます。

ちっぽけなエネルギーに振り回されず、

それにとらわれず、

もっともっと大きな世界、暖かい優しい温もりの世界の自分に、

もっともっと目覚めていきたい、本当にそう思えるようになります。

それが自己確立の道です。

どうぞ、地獄の奥底、底、底、底、底、

ずっとずっとずっと奥底から生まれてきた私達だったことを知っていきましょう。

 

 

 今年の10月、11月に志摩のUTAホール(仮称)で、

二泊三日のセミナーの予定があります。

それぞれ40名募集の予定です。

内訳としまして、各月最大15名、計30名の枠を、

北海道、東北地方、新潟県、九州、沖縄、

そして海外在住の方に設けたいと考えています。

いずれNPO法人UTAの輪のホームページで案内があると思いますので、

そこにお住まいの方で、参加ご希望であれば、

ホームページの指示通りになさってください。

出来るだけ遠方の方達とともに学ばせていただきたいと思っています。

 

 田池先生が亡くなられて思うことは、

色々の意味で防波堤になってくれていたんだということです。

意識の世界については十二分に学ばせていただいたことは、

もう本当に感謝しかありませんが、こうして振り返ってみると、

肉的にも本当にサポートしてくれていたんだと思います。

そういうこともああいうこともみんなひっくるめて、

学んでいきなさいと常々言っていただいていたことの意味が分かります。

肉的にもあなたの成長を待っていますのメッセージが届きます。



 

2016年も4か月が過ぎようとしています。

1/3年終了。2017年1月〜のセミナーの計画を検討しています。

それぞれの環境の中でしっかりと自分の心を見て、

ゆったりとした喜びの瞑想の中で、

たくさんの自分とともに生きていくというのが学びの基本的な姿勢です。

ですから心の針の向け先が正しくて、

つまり自己確立ができていれば、

自分の中でどんどん瞑想を深めて意識の世界を進んでいけばいいのです。


しかし、それでは、自分の現状は果たしてどうだろうかということがありますから、

ともに学ぼう、学びませんかとセミナーがあります。

ともに学べる喜びを、それぞれの肉を通して、

宇宙へ語り掛けていっていただきたいと思います。

 

どんなことがあっても、見て聞いたときに自分の中に瞬間上がってきた思い

出すエネルギーを確認していくことが心を見ることであり、

それが学びのすべてです。

 

そして、自分の心の針のズレを確認して、

自分の基盤を変えていくことに専念です。

繰り返します。学びは今世始まったばかりです。

間違い続け狂い続けてきた意識の世界を引きずっている私達だから、

そう簡単にはいきません。

真摯な思いで自分をしっかりと見ていきましょう。

心の針を外に向けるのでなく、自分の中に向けていきましょう。

 

肝心なことに自分の中で確信が持てたら

あとはどうでもいいことです。

AであろうがBであろうがそれによって、

肝心要のところが変わるわけではないからです。

そして、そういった状態になれば、

あとはどうでもいいという意味が分かります。

どうでもいいからおざなりにというのではなく、

とらわれやこだわりから解放される心地良さから、

軽くタッチしていけるようになります。

そうなってくれば、

何が本当に自分にとって必要なことなのかが自ずと分かり、

さらに確信を深めていこうとします。

思いを、エネルギーを喜んで集中できる今がどんなに幸せな今なのか、

それはそれは自分の心にしっかりと響いてくる瞑想のときなんです。

 

ゴールデンウィークの最中、みなさんどのようにお過ごしでしょうか。

身体を動かすのには丁度いい時期、家の片づけも捗ります。

しばし休憩もごろ寝に最適。

そして、肝心の瞑想を楽しみましょう。

心の中の整理、怠ければ家の中と同じ。

すぐに埃、塵まみれ。

スカッと爽やかに自分の中の汚れを落としていきましょう。

頑固な汚れほど嬉しいです。



 

 「どんなときも、どんなときも、何よりも、何よりも私を思いなさい。

私、それは田池留吉です。

そしてそれはあなた自身です。

あなたの中の愛、本当のあなたを信じて信じて、

思うはそれだけです。

あとは全部ブラックです。

いいでしょうか。死ぬまで、ただひたすら私を思ってください。

思いの向け先はただひとつです。」


田池留吉を思う思えることは喜びです。

あなたの中にそうはっきりと伝わってきているはずです。

素直に真摯になってください。

死ぬまで、ただひたすらに田池留吉を思っても、

難しいかもしれません。難しいでしょう。

しかしやるしかありません。

それしか道はないからです。

 

 昨日、クボハウスで約2時間、

学びの友とともに瞑想をさせていただきました。

後半のアマテラスに向ける瞑想で感じさせていただいたことは、

まだまだアマテラスにがっちりという方が多かったということでした。

昨日来られた方達のうち何人かは、志摩に移住されるようなので、

その方達はそこで存分に勉強を進めてください。


どうぞ、皆さん、私達のお勉強の課題であるアマテラスとともに

愛へ帰る道を確立していきましょう。

それが私達の突破口です。

 

今年の10月、11月の志摩での勉強会に、

北海道、東北、新潟、九州、沖縄そして海外在住の方達で

参加ご希望された学びの友が来られます。私は楽しみにしています。

人数は少ないですが、こじんまりと二泊三日、ともに瞑想をしていきましょう。

もちろん、意識の世界は頭数など問題ではありません。

しかし、それぞれ、遠いところ、ご都合をつけられて、

周囲の人達のご理解を得られて参加されるのだから、

どうぞ、喜んで素直にともに学びましょう。

思うはただ一点。

田池留吉、アルバートそして愛、母なる宇宙です。

 

心癖、思い癖、基準、しぶといと思います。

元の木阿弥、喉元過ぎれば・・・ということは往々にしてあります。

心は何かを感じているけれども、

意識を転回させていく確実な波動、

メッセージを受け取り切れていないということでしょう。

それはとりもなおさず、

過去に培ってきた他力のエネルギーの凄まじさを証明しています。

温かい温もり、優しさは確かに感じるけれども、

それを覆い尽くすブラックのエネルギーが

まだまだ計り知れなく渦巻いているという現実が横たわっています。

可能な限り学んでいきましょう。



 

学びの友が、クボハウスでの勉強の録音したものを文字にしてくれました。

4項目にしてみました。



@

瞑想というのは欠かせない。

最後は瞑想とあるように瞑想でしか

自分の心に響いてくる世界、感じる世界は分からない。

瞑想という手法でしか学んでいけません。

目で見て、耳から聞いて、いろいろな思いが出てくると思いますけど、

そうじゃなくて目を閉じて自分の心の針を田池留吉のほうに向けたときに、

心に響いてくる思い、心の針の向け先、それをしっかりと確信。

これがそうだと確信できるまで瞑想を継続してください。

難しいです。私達は本当に間違って存在してきました。

もうずうっとずうっともう気の遠くなるような長い時間、

間違って存在してきたんです。

肉、形を本物とする中で生きてきましたから、

今世こういう学びに集えても実際のところ難しいと思います。

出来た、分かったの世界ではありません。

出来た、分かったというところから自分を出発すれば、

もうそこで落ちていきます。

簡単に言えば、その自分の感じたものを誇るというよりも、

ただただ素直に喜んでいけばいいだけなんです。

反対に言えば難しいんやけども、簡単なことかもしれません。

しかし肉というのがありますから、

肉を中心にする思いからすれば、

出来た、分かった、感じた、これだけやってるという、

そこをやっぱりどうしても認めてほしいっていう思いがやっぱり出てきます。

今は田池先生はいらっしゃいません。

田池先生の肉がある間は

やっぱり「田池、認めろ!」という思いが

みなさんの中にものすごく強かったと思います。

もちろん私も例外ではありません。

「田池先生、私を認めてください。」

そういう思いを、ずうっとみなさん広げてきたと思います。

ただしその先生も今は肉を持っておりません。

どんなに「田池認めろ」といっても、

「よっしゃ!認めたる、あんた認めたる」

というその声は聞こえてこないと思います。

それよりも自分の中の田池留吉、

本当の温もりっていうか、愛っていうか、

そういう方向にしっかりと自分の心の針を向けて、

淡々と瞑想を継続していくその姿勢がとっても大事だと思います。



A

アマテラスに思いを向けて、

ともに帰ろうと呼びかけることは本当に大切なことなんです。

それはこの日本の国に田池留吉という意識の世界が肉を持ってきてくれたこと、

そのことからも明らかです。

アマテラスの供養をしていきましょう。

アマテラスこそ私達に目覚めを約束してくれた意識なんです。

苦しいとき、悲しいとき、辛いとき、どんなときもアマテラスと一緒でした。

そのアマテラスとともに宇宙へ母なる宇宙へ帰っていきたいと、

私達は願って今世肉体をいただきました。

どうぞアマテラスの供養をしっかりとしていってください。


上からアマテラスにもの申すんじゃなくって、

ともに歩む仲間です。

アマテラスを愛しい思いで呼んでください。


アマテラスです。大好きな大好きなアマテラスです。



B

自分の心に感じたものを信じて、

それを自分のこれからの学びにも繋げていく、

この姿勢がとっても大切です。

外に回答はありません。

全ては自分の心の中にあります。

心に響いてくる、肉にまで響いてくるというのは、

言えば敏感な方なんです。

鈍感では頭がぐるぐる回るだけで、

本当は感じてるんですけど、

それが肉に響いてこないから、

どうだろうか、ああだろうと、いったりきたりだと思います。

敏感な方はどんどん臆せず自分が母の温もりを心の中に広げていけると思ったなら、

もうその母の温もりの中で自分の凄まじいエネルギーをしっかりと抱き抱えてください。

自分にしかできません。宇宙には自分があるだけです。


C

どうぞ今世の学びをしっかりと転生に繋げてください。

次の転生に繋げてください。

どうぞ本当にその思いで今世の学びをやってください。

私達と250年後どうぞ出会ってください。

出会って、出会って、そして自分のもとに帰りましょう。

自分達は愛の中にあることを、どうぞどうぞ今世の学びの中でしっかりと確立してください。

 

クボハウスを活用、あるいはそれぞれのお住まいのところで会場を用意して友とお勉強。

もちろん、セミナー以外普段は一人でお勉強という方もおられるでしょう。


どのようなパターンであっても、きちんと結果が出ればそれでいいんです。

学ぶチャンスがたくさんある人、あまりない人、それは確かにあります。

そこだけを見れば不公平かもしれません。

学ぶチャンスがたくさんある人達は、

確かに学んでいこうという雰囲気の中にありますから、

あたかも一歩前に歩み出しているというふうにも受け取れますがどうでしょうか。

案外かもしれません。

要は結果が出なければということです。

結果を出すには、いつも基本に立ち戻って、

ポイントを外さない学び方を心掛けることです。



◆ 

 

セミナーに一度来てそれっきりの人、

何度か来られて熱心かなあと思っていたら何かがあって突然パッタリ来なくなった人、

振り返ればそんなこと、あんなことありました。

もったいないと思います。

そうかと思えば学びに繋がっているけれど惰性になってしまっている人も多いです。

それももったいないと思います。

ですが、もったいないと思うこの思いも肉の思いです。

そんなこととは一切関係なく、

意識の流れの計画は着実に進んでいるということなので、

250年、300年に向けて中とともに予定のコースを

歩んでいけばいいということしかいつも返ってきません。


「ただただ心の針を私、田池留吉に向けて合わせていれば、

愛の波動が流れます。

そのエネルギーが仕事をします。

ともに仕事をしてまいりましょう。」



 

日々、幸せを実感していますか。

もちろん、瞑想を通して、幸せ、喜びはじわじわ、

あるいはどんどん心に響いてくるということは、

殆どの方が体験済みだと思います。

一過性の幸せ、喜びではなくて、何度も何度も

、繰り返し体験できていると思います。

そして、瞑想をしているときだけではなくて、

日々の生活の中でふっと思えば、幸せだと実感する、

何があるから、誰がいるから、そういうのではなくて、

ただ今が幸せだと思う

そんな時間を積み重ねていければいいのではないでしょうか。


本当のことを心で知っている、感じている、

こんな幸せな人生はありません。

 

2017年のセミナー予定。

宿泊を伴うセミナーの会場の内訳は

琵琶湖グランドホテル2回、

橿原ロイヤルホテル2回、

伊勢志摩ロイヤルホテル6回の計10回です。

人数の関係で抽選になる時があります。

無理は禁物。頑張る必要もなし。

ただひたすらに真っ直ぐに真摯な思いで、

喜びと温もりの道をともに歩いていくだけです。


思えば嬉しい。思うことが喜び。

田池留吉、アルバートを思う、愛が仕事をします。

 

 忙し過ぎても、暇過ぎても、学びに適した環境とは言えません。

身体も頭も程よく動かせる生活、そして体力気力がまだある間、

しっかりと学びを進め、学びのポイントを見極め、

喜びと幸せの自分と出会っていきましょう。

 

もともと、私達は喜びと幸せの中、

温もりの中にあったんですから、

そこへ帰っていくことは自然なことなんです。

不自然な状態から自然な状態へ戻していく、

これが愛のパワーでしょう。

それは愛しかできないことです。

愛だからできるんです。



 

 私は、朝、半身浴のときにふるさとの替え歌を歌うことが日課です。

浴槽に沈めた愛の円盤とともにいい時間をいただいています。

今朝も、ただひたすら真っ直ぐに田池留吉、アルバートとともにのメッセージを確認。

皆さんもどうぞ、半身浴を楽しんでください。

これから暑くなりますが、真夏でもシャワーと半身浴を併用しましょう。

暑いからシャワーだけというのはよくないと思います。

 

みんなとともに会場で思いを向けられる喜び。

田池留吉を思い、アルバートを思い、宇宙に思いを馳せる喜び。

セミナー参加には条件があり、

それをクリアしていただかなければなりません。

また会場の関係から抽選ということもあります。

無理をしない範囲でできるだけ学びをともにしましょう。

あなたの中のたくさんの宇宙達とともに歩みを進めていってください。

こうして肉という形を持っている今を最大限活用していきましょう。

 

学びは修業でないから、あれをしたらいけない、

これをしたらいけないと自分の生活を縛ることはありません。

時間のメリハリがなく、だらしないということはどうかと思いますが、

ぼぉーとする時間も必要です。

ただ、学んでいこうと本当に思ったならば、

生活はシンプルになってきます。

生活のリズムは自然に整ってきます。

また、欲、肉を持つ限り欲とは縁切りはできないけれど、

あれもこれもと触手を伸ばしません。

心を向けて感じる世界の確かさを知っていれば、

肉は程々で十二分に幸せだと分かるからです。

 

 

一週間後の橿原セミナー、参加人数約200名ということなので、

全員参加で現象を楽しみましょう。

アマテラスが待っています。

どうぞ、しっかりと心の中に伝えてください。

ともに帰ろうと。そして宇宙です。

まだまだ光が届かない宇宙達に、

肉を持たない私達の仲間達に思いを向けていきましょう。

優しい母の温もりの中にあったことをしっかりと伝えていけるあなたになってください。

もう肉のあなただけに思いを凝らすのは止めにして、

もっと広い、広いあなたの世界に心の針を向けてみてください。


そんな瞑想をしましょう。

そんな学びをしよう。

昨日、クボハウスでともに学んだときにそう思いました。

 

今年7月以降、種水の判定を実施して、

それをもとに2017年の橿原セミナー2回を募集します。

抽選なしの方は判定7以上。

5以上で参加ご希望の方は抽選となります。

どの時点で判定を受けるかは、NPO法人UTAの輪のホームページで確認してください。

志摩もいいけれど橿原もまたいいところです。

二上山を眺めながらの瞑想、いいですよ。

種水の判定をぜひ受けて橿原セミナーに参加しましょう。

 

 

 人それぞれの環境、事情があります。

それを充分に考慮して無理をせずに、だけど真摯に誠実に、

学びに、人生の目的に、真っ直ぐに向き合ってください。


学ぶ教材は周りに溢れています。

また、学びの友とともに学ぶ時間と空間ということでセミナーも用意されています。

UTAブックさんからも色々と学びやすい環境を提供してくれます。

どうぞ、まずはそういう学びの輪から外れないように心掛けてください。

どのように学ぶかは自己選択ですが、波動は騙せないのです。


みんな例外なく我一番の世界を作り出してきました。

今世学びに集いながらも、

そこから抜け出せないという愚かなことがないように心して学んでいきましょう。

 

昨日、第3回NPO法人UTAの輪セミナーの参加名簿をいただきました。

UTAブックさんからは復刻版「ありがとう」が届きました。

田池留吉氏が私達に示してくれた道筋をみんなでともに進んでいく喜びを感じています。

間違い続けてきた私達に根気よく伝え続けてくれた田池留吉氏の思いに、ただただ感謝です。


互いに肉を持ち学ぶというところから、

新しい局面の中で学びをしていける今を喜びながら、

ただ真っ直ぐに歩いてきなさいというメッセージを忠実に遂行します。


宇宙を思い、ともにアルバートを呼べる幸せの中にあったことを伝えてくれました。

「ともに行きましょう」と伝え続けてくれています。

 

「我が人生もセミナーとともに」どうぞ、

田池留吉氏の思いに沿って、田池留吉氏の思いとともに、

セミナーを中心にして我が人生を楽しみ喜んでいきましょう。


目を開けて自分の日常をある程度整えたら、

あとは目を閉じて自分の中に思いを向けていく時間をしっかりと持ちましょう。


肉を持っている以上、肉としての管理は必要です。

だらしないけじめのない生活から、意識の世界は学べません。

規律等で自分を縛るのではなくて、

本当に波動を感じてくれば、

生活は一定のリズムで整えられてくるのです。

肉も決しておざなりにはできないのです。

肉を持って意識、波動を学べる喜びがそうさせるからです。

 

 頭を先行させていませんか。

自分の頭で納得しなければ、

学びで伝えられていることを信じられないとなれば、どうでしょうか。

この先どんなに学んでもという思いがします。


そもそも、意識、波動の世界を頭で理解しよう、

納得しようということ自体が、すでに間違っているんです。

両者は全く比べることができない次元のものだからです。

肉という形を持ちながら、

真実の世界をどんどん進んでいく難しさはそこにあると思います。

中が感じているものに、もっと素直になればいいのでしょうけれど、

肉という壁が立ち塞がっているのが現実です。

素直になるとはどういうことなのでしょうか。

 

 

 喜び、喜びだけです。

喜びがさらに愛の中に喜びを作っていくんです。

喜び以外に何もありません。

喜びが喜びの仕事をします

喜びが喜びを膨らませていきます。

喜びが喜びを生み出していきます。

その様子を肉を通して見れる人生は、ただただ喜びの人生です。


 

みんなとともに学べる時間と空間を用意していただいて、本当にありがとうございました。

ともに思いを向けていけることが嬉しいと学ばせていただいています。


田池留吉の意識の世界が肉を持ちきちんと道筋をつけてくれました。

ただただありがたいと思いました。

ありがとう、ありがとう、よかったとそれぞれの心の中から

思いが飛び出てきたセミナーではなかったでしょうか。

どうぞ、自分の中の喜びと温もり、お母さんの思いを信じて、

信じて、ともに歩みを進めていきましょう。


来月の琵琶湖セミナーが楽しみです。



◆ 

 

大阪府在住の方、及びその近辺にお住まいの方へ。


防音設備が整ったクボハウスで、瞑想等をする学びのグループが増えました。

それはいいことですが、

同時に複数のグループに属してという方も多くなって、

地域で学ぶというパターンが崩れつつあります。

そこでこのあたりで、各地域の中で学びの友と学ぶというところに戻していきましょう。

そして、それぞれにお住まいのところで、

瞑想等をするのに適した会場があれば、

その場所を活用しましょう。

行き帰りの時間が短いほうが身体が楽です。

どうしても適当なところが見つからない場合に限って、

クボハウスを地域ごとに活用させていただいたらいいと思います。


どうぞ、学びを真剣にするという意味を、もう一度それぞれに考えてみてください。

複数のグループに顔出しして、どれだけ結果を出しているか検証が必要です。

 

先日(5月22日(日)〜 5月24日(火))の橿原セミナーで、

アマテラスに向ける瞑想の時に巫女という言葉を出しました。

アマテラスに向けたとき、

我一番なり、我に心を向けよという猛々しいエネルギーを確認する一方、

巫女の時に出してきた思いにしっかりと触れていただきたかったからです。

優しい母の温もりの中に、巫女の時に出してきた思いをもう帰してあげてください。

セミナーに参加された方の反省文を掲載します。参考にしてみてください。



巫女の思いが愛おしいです。

心から心から田池留吉の肉に出会いたかったのは巫女の私でした。

お母さんに産んでくださいと懇願したのは巫女の私でした。


巫女の私の心の底の底の底の奥底の叫び、

慟哭の叫び、この叫びを幾重にも重ねての転生、

二上山の巫女の心の叫びを確認できたことが本当に嬉しいです。

真っ暗闇の中で息を殺して殺して死んでいった。

苦しくて悲しくて寂しくて怖くて、

この思いを心の中に押し込めて押し込めて、

心が重たくて重たくてどうしたらいいのか分からなくて、

命を終えていった巫女の意識が、幾重にも重なって私の中に固まっていました。


今回の橿原のセミナーで、

心の中に押し込めてきた慟哭の叫びを、

素直に素直に出せたことが本当に嬉しかったです。


そして、死後の自分も心の底の底の底の奥底の叫びも同じなのだと思いました。

この意識の世界が自分の今の現実です。

確りと心で感じ確認できたことが嬉しいです。


最後にアマテラスを思う瞑想の中で、

慟哭の中から祈りのエネルギーが突き上げてきました。

その時、異語が流れてきます。

静かに優しく優しく温かく流れてきます。

少しずつ異語のほうに心が向いていきます。

底の底の底の奥底から響く祈りのエネルギーがどんどん変っていくのを感じました。

そして、祈りの思いが母への思いに変わっていきました。

母への思いが中から溢れてきました。

素直にお母さんを呼びました。

その瞬間から、お母さん、お母さん、お母さん、

どんどん突き上げてくる母への思い、幸せでした。

お母さんと呼べることが幸せでした。

心からお母さんを呼べる私は幸せの中にいました。

このままでいたい。初めてそう思いました。


心から素直にお母さんを呼べたことが嬉しくて嬉しくて、

巫女の意識もアマテラスの意識も、お母さんを心から心から呼びたかった。

私が求めていた幸せはこれだったのです。

心から、お母さんを呼べる自分に出会うことでした。

お母さんを心から呼べた後から気が付きました。

私が今まで幸せです、喜びですといっていたのは

偽物の喜び幸せだったことを心に感じてきました。

幸せも喜びも外にはない。

私の中にあることを気付かせてもらいました。


二上山の巫女に思いを向けた瞑想を通して、

その心の叫びを心で確認できたことが本当に嬉しかったです。

巫女の叫びはみんなみんなお母さんを呼びたかった。

素直に心から心からお母さんを呼びたかった。

お母さんを心から呼び続けた後から、

私の中の巫女の思いが、田池留吉の肉に出会いたかった。

溢れてきました。

だから、だから、慟哭のエネルギーの中から

母の意識に産んでくださいと懇願したんです。

苦しんできた自分に懺悔です。

アマテラスにごめんなさい、ありがとう。

ともに帰ろうと心から伝えます。


必ず必ずともに帰れることを伝えます。

振り返れば、私が言っていたありがとうは全部外に向かって言っていた。

全部偽物でした。

偽物のありがとうの壁が巫女のエネルギーとともに崩壊していきます。

崩れていく事は喜びでした。


私達は一つ、私達は一つでした。ともに帰りましょう。


お母さんを素直に心から呼び続けていける喜びの道、愛へ帰る道、

次元移行に向かって、自己確立の道を意識達とともに歩いていきます。

ありがとうございました。

橿原セミナー、本当にゆったりと楽しく、そして真剣に、

充実した学びの時間を頂きました。

嬉しかったです。


塩川香世さん、そして、セミナーのお世話をしてくださった皆さん、ありがとうございました。

 

私はこれだけ感じているんだ、これだけ分かっているんだ、

そのような思いでせっかくのチャンスを握りつぶすのは止めにしましょう。

その反対に、私はダメだ、肉の殻が厚いからと自分を卑下するのも止めにしましょう。

みんな母の意識から大切なことはすでに伝えてもらっています。

母の意識は、自分を大きく見せることも、小さく閉じ籠ってしまうことも、

間違いでそうではありませんと伝えてくれているはずです。

どうぞ、母の意識から学んだことに素直になっていきましょう。

みんな学習済みです。

母のお腹から生まれてきたということはそういうことです。

母を思う瞑想、大切な作業です。



◆508) 

 

後期高齢者と言われる年齢あたりになってくると、

踏ん張りがきかなくなってきます。

意識には年齢がありませんが、肉体は確実に衰えていきます。

その中で死ぬまで何とか元気に瞑想をしていってください。

死の恐怖は年齢を重ねても同じようにあるでしょう。

その思いを確認しつつ、自分に用意している時間、

ありがとうの思いを中心に据えて、

自分を愛しいと思えるような瞑想を重ねてください。


10代〜40代の方達、今は元気はつらつでも分かりません。

ある日突然ということもありますから、

体力、気力の充実している間に、

しっかりと学びの道筋を自分の中に確立できるように時間をお使いください。

経済的にも家庭的にもなかなか安定しない時期かもしれませんが、

その年代だからこそ学べることはたくさんあると思います。

しかし、無理は禁物です。


両者の年代に属さない年代の方達、私も含めてですが、

それぞれに色々と決断する事柄を抱えているのではないでしょうか。

言うまでもなく学び一本をベースに自分で答えを出して、

幸せな第二の人生を送りましょう。

 

 

 田池留吉氏との出会いがあったこと、

学びに繋がったこと、そのありがたみをじっくりと味わいながら、

自分の肉を持つ時間を大切にしていきましょう。

そして、学びに繋がったことに対して、

自分に誠実に答えを出していきましょう。

自分に誠実に答えを出すということは、

結果を出すということです。

 

今世をこれまでの転生と明らかに違う転生にして、

そして自分を必ずや次元移行に繋いでいける今世であるかどうかということです。

心して学んでいきましょう。


あるのは自分の世界だけです。

その世界が変わらない限り、次元移行は難しいです。

このメッセージが厳しいかどうか、

自分の心で判断してみてください。

 

次元移行云々を言われても、

確かに自分の心に響いてこない限り、ピンときません。

既存の他力信仰、言えば肉の喜びと幸せ、

そしてそのためにパワーをと希ってきた延長線上で、

どんなに学んでも、その延長線上に自分の軌道があるだけです。

これは本当にはっきりとしているんです。

同じ線上に自分の軌道があれば、出る結果もまた同じです。

そして、それは学びに繋がっていても繋がっていないことになります。

精査してください。

 

 私達の世界には限りがありません。

しかし、殆どの方が自分が作った小さな穴蔵に閉じ籠っています。

そして、その自覚もないままに数限りない転生をしてきましたし、

これからもしていきます。

ただ肉を持って過ごしていける条件が、

やがてこの地球上では皆無になりますので、

転生と言っても・・・ということになります。


どうぞ、今を喜んで、自分と向き合いましょう。

千載一遇の時という言葉を、思いを味わってください。

 

 学びに繋がった方、まずはどなたも敏感になってください。

理想を言えば、学びに集う前から敏感よりも、

学びに集ってからどんどん敏感になるパターンがいいんです。

学びに沿って敏感になっていけば、

敏感になっていけばいくほどに楽しいからです。


自分の中から凄まじいエネルギーが噴き上げてきても、

それは即座に温もりに喜びに帰っていく、

そのすごさというか楽しみというか、

不思議を心で味わっていけるような敏感になってください。

それにはもうお分かりのように、

母の意識に向かって吐き出してきた思いに

しっかりと出会っているかどうかが分かれ道です。

その思いに心で出会ったなら、もうどなたも分かるんです。

どうぞ、自分の心で分かる学びをして、

肉を置いていきましょう。



 

「お母さん、ありがとう。」

心から噴き出してくる叫びです。

噴き出してくるんです。

それは道徳的な「お母さん、ありがとう。」ではありません。

自分の奥底から突き上がり、噴き出してくる思い、叫びは、

だから当然、自分の中の凄まじいブラックのエネルギーとともに飛び出してきます。

その体験を何度も何度も重ねていきましょう。


他力のエネルギーの中にすっぽりと納まった状態では、

この心地良さとは無縁です。

我が作った世界ほど素晴らしいものはないと

自分で自分を骨抜きにしてしまった状態、

酔いしれている状態であることに気付くことです。

そして、一日でも早く抜け出してください。

自分の中が泣き叫んでいることに気付いてください。

叫びを、慟哭をぜひとも、ぜひとも受け容れてください。

そのために肉を持って今そこにいます。

自分の叫びを感じてください。

 

思えば嬉しい、思えば喜び。

田池留吉、アルバートと呼べることが嬉しい。

どんなときもどんなときも、ただただひたすらに田池留吉、アルバートを思い、

愛を思える自分達だったと本当に心の底から思えたならば、

決してもう道を見失うことはないでしょう。

そして、ただただ宇宙を思い、異語を語り、そうすることが、

そうできることがどんなに幸せな人生であるか、自分の心で分かります。


「私はともに歩いています。次元移行を目指してともに進んでいます。」と、

どうぞ、しっかりと言えるあなたに蘇ってください。

田池留吉の肉を通してアルバートの波動を伝えてくれたと、

あなたの心で本当に感じているならば、

喜び、幸せは揺るぎのないものです。

真っ直ぐにこの道一本があるだけです。

 

学びに触れながら、基準がこの世の流れにあるならば、

学びをすればするほど苦しくなり、矛盾を感じ、

やがては学びから離れていきます。

自分を裏切ることを相も変わらずに選んでしまいます。

しかし、この世の流れ(常識)を度外視しては、

学びを円滑に進めていくことはできません。

濁流に流れながら流されないように生きていく術を心得て、楽しみながら、

しかし思いはただ一点を見つめて、力強く歩みを一歩前に進めてください。


「何のために生きているのか。何のために学んでいるのか。」

中心棒が育たない、あるいは中心棒がぶれてくると、

ひとつの意識体でありながら、やがて軌道が外れ接点がなくなります。

だからといって、誰がどうこうできることはありません。

宇宙には自分しかいないからです。

自分が気付かない限りどうすることもできません。


 

宇宙には自分しかいないと語りながらも、

こうして、肉を持ってともに学ぶという幸せは十二分に感じています。

肉の思いはそれぞれにあり、心癖も互いにあります。

その中においても、少しでも真実の方向を向いて学んでいこう

とする友の存在が嬉しいのは言うまでもありません。


それをしっかりと踏まえながら、それにもまして、

いいえ比較などできない喜びと幸せを、

瞑想の中で感じ知っていきましょうということなんです。

宇宙には自分しかいないということがどういうことなのか、

心で感じ始めたならば、もうありがとうしか出てきません。

宇宙を思えることがただただ幸せということなんです。

 

 

人生の目的、

なぜ生まれてきたのか、

なぜ死んでいくのか、

自分はどんな存在なのか、

学びの指針に沿って真摯に学んでいけば、

自分の中から明確に答えが出てくるはずです。

欲と学びは合わないということは承知しているはずです。

学びに集ってきた動機、

学んでいこうとする心の底にある欲

、肉の喜びと幸せを追い求めながら、学んでいこうとする愚かさ、

徹底的に見つめ直してください。

学びは宗教ではありません。

未だに、あなたは神、仏、宇宙のパワーが現存すると思っているのではないでしょうね。

自分を精査してください。

 

 何を思っているか、思えるか、とても大切なことです。

何をしててもいい、どんな生活でもいいんです。

本当に田池留吉の世界を感じ、真っ直ぐに思っているならば。

そして、本当にそうならば、何をしててもいいと言われても、

何をすべきなのか分かります。

どんな生活であってもいいけれど、生活に乱れはなくなります。


何のとらわれもなく、自由に伸び伸びと生きる本当の意味が分かり、

そしてそれは自分の中に田池留吉の世界があり

その世界に心を向けることなくしてはあり得ないことだと実感します。

田池留吉という中心棒がない中で、自由奔放に生きても、

本当の喜びと幸せを知ることは絶対にありません。



523) 

 

今年、6月から12月計7回、大宝のクボハウスで

50歳未満の方達とともに瞑想をする時間を設けていただいています。

学びをするのに年齢は関係なしとはいうものの、

やはり体力、気力のある間にしっかりと学びの基礎を作り、

自分の進むべき方向を見定めていけるに越したことはありません。


若いがゆえに肉的に色々なことをこなしていかなければなりません。

その一方で若いがゆえにその気になれば、

学びの本質を吸収できるスピードもあるんです。


変に賢くならずに、本当の意味で賢く生きる術を見つけてください。



524) 

 

学びに至る道は一本道です。

中心、愛を目指していく道筋、ルートが放射線状的にあちらからもこちらからも伸びてきて、

そしてそのままそれらが愛を目指していくわけではありません。

多方向から伸びてきたものが、正規の軌道と合流せずして、

それぞれの軌道で中心、愛を目指していくことはあり得ないことです。

それは宇宙の流れにそぐわないのです。

宇宙、意識の流れはたったひとつの道を指し示しています。

たったひとつです。道は一本道です。


さてそこで問題は、その指し示している道をどのようにして知っていくのかということです。

 

 あなたは、自分の肉の思いと関係なく、自分の頭とは全く関係なく、

自分の中から突き上がり、噴き出してくるエネルギーと出会っていますか。

それはもう止めることができない瞬間的なものです。

爆発的なものです。

ここを体験すれば、ああ、自分はエネルギーなんだと何とはなしに感じてきます。

それで学んでいるということではありませんが。


残念ながら、本を読むだけでは、ホームページを見るだけでは、

また自宅で反省と瞑想をするだけでは少々難しいです。

そういうことをしっかりとしながら、セミナー会場等で実体験を重ねていけば、

本を読み、ホームページを読むことで、

さらにその体験は自分の中で活かされていきます。

相乗効果です。


両輪がうまくかみあってこそ、一歩を前に出していけるんです。

もちろん自分の心を見ることを軽く見れば、前にどころか自分を落としていきます。

 

早い、早い、時間が経つのが早いです。

今年ももう半分が過ぎ去ろうとしています。

日々、喜びながら楽しみながら愛しみながら、

田池留吉を思い、アルバートを思い、そして次元移行を思いましょう。

ひとつの肉体を持っている時間だけに留まらずに、

ずっと限りなく続いていく時間、自分を思い、今、自分を変えていきましょう。


誰も何も変えてはくれません。

転回して変革を促していくのは、

自分の中の愛のエネルギー、パワーです。

発掘してください。

埋もれていては、永遠に変わりません。

光も温もりも届かない真っ暗闇の中で固まっていると誰も伝えてくれません。

 

肉を持つ時間には限りがあります。当たり前です。

肉というのは形だから、どなたもいずれはその形は消えていきます。

そして、ご承知のように、形が消えても残るものがあります。

それは自分の世界です。文字通りそれが自分自身です。

その自分の世界をどう変えていくか

どの方向に向けていくかを、学びに繋がった人達は見聞きしました。

しかし、こういうことは、今世が初めてなんです。

だから、なかなか、なかなか自分の中に浸透していきません。

上辺だけの学びでは、肉を外せば・・・ということです。

そして、その肉を持つ時間には限りがあります。

あなたには右を向いて、左を向いている余裕があるのでしょうか。

間違いを積み重ねてきた私達です。

そう容易くはいかないと思います。

 

お母さんを思う瞑想、本当に大切です。

お母さんを思う瞑想、できない人いませんか。

いるはずです。

母を、温もりを素直に思えない、思う前には途轍もない部厚い他力の壁がある、

そんな中に、今自分がいるとほんの少しでも感じているならば、

何はさておき、なりふりかまわず学ばなければなりません。


肉で凝り固まっている間は、中の大変さも響いてきませんが、

それが少し緩んできたときに、

母の温もりにしっかりと触れているという体験がなければ、

その肉は肉として苦しみを味わっていきます。

意識の苦しみはそんなものではないですが、

肉が正常な状態でなければ、意識の苦しみは苦しみのまま沈んでいくだけです。

意識の苦しみを喜びへと転回していくには、肉として正常な状態が必要です。

正常な状態とは、昼と夜の逆転なく、

きちんと眠れてきちんと食べれて、

生活のリズムが一定している状態を言います。

 

それぞれがこれから、どのように自分の学びを進めていくかは、

それぞれの問題ですが、意識の流れはすこぶる順調に推移しており、

その意識の流れからのメッセージは、

250年後、必ず、必ず、私達と出会ってくださいというものです。

 

はっきりとしっかりと力強く、出会ってください、出会ってくださいと伝えてきます。

それは言うまでもなく、ともに次元を超えて、

ともに歩んでいきましょうという力強い呼び掛けです。


愚かな肉を引っ提げて、この呼び掛けにしっかりと応じていくことは大変難しいですが、

それでも、それでもその肉の終わるまで、ただひたすらに自分の学びを進めていきましょう。



◆531) 

 

今世、このようにして生まれてきて、色々なルートから学びに繋がり、

自分の心を見る、母の反省、自己供養をする

という人生の唯一の目的を教えていただきました。

これ以上の幸せはありません。

こんな幸せな人生、あなたのこれまでにありましたか。

私はありませんでした。

心を向ける喜び、心を向けられる喜び、ひとつだと伝えてくる存在、

確かな足取りを心に知っていけば、

どんなに幸せな私達だったか手に取るように分かります。

だから、それ以外は枝葉的なものです。

影です。実体がありません。


本当に学んでください。学んでいきましょう。

目を閉じて思い、そして広がっていく世界を堪能していきましょう。

 

大切なことだから、何度も何度も自分の中で確認してください。

それは、死ねば、肉体がなくなれば何もないということです。

あるのは思いの世界だけです。

自分が出し続けてきた思いだけがそこにあるのです。

そこがどんなに苦しくて重くて辛くても、

そこから自分を遠ざけることはできません。

それが自分だからです。


肉を持っている間、心を自分の外に向けるだけの生き方は、

そんな現実に目をつぶって、自分を誤魔化しているだけです。

もうそんな人生止めにしましょうと学んでいるのではないのでしょうか。

今、肉体を持っている今、自分のために生きましょう。

本当の意味で自分のために生きることを、

母の意識は、愛は教えてくれていました。


田池留吉に心を向ければ、もうお分かりのはずです。

大切なことはみんなすでに伝えてくれています。

 

もともと間違った偽の世界(世の中)に肉という形を持って出てくるわけだから

、心を見ることを知らない限り、何が間違いかなんて分かるはずはありません。

周りはみんな真実から遠くに離れてしまっている中で、

そこで生きる価値というか生きる方法を見つけるには、

外から色々な方法で情報(知識)を吸収するしかありません。

しかしそれもまた根本が違うから、

どんなにそれらを得たところで、

自分の中の真実には出会えません。

なぜ生まれてきたのか分からないのは、

自分にとって最大の不幸せです。

 

昨日の朝、ホームページに挿入した音声は、

「ありがとう」の復刻版の中の「Fさんの反省」から選んだものです。

これは、UTAブックさんが企画されるポッドキャストと言われるものではありません。

瞑想をしていて、ふと、「Fさんの反省」を朗読してみたいと思ったので、

まあ、これから始まるポッドキャストを視野に入れながら、

「Fさんの反省」のひとつを読んでみました。


ポッドキャスト、私もそうですが、

パソコンに不慣れな方はちょっと面倒かもしれませんが、

そこは何とかそれぞれ工夫して新しいことに挑戦してみてください。


ホームページは文字を通して、

そしてポッドキャストは音を通して、

波動を発信していくことに活用させていただきたいと思っています。

 

 学びは宗教ではありません

その認識を新たにしてください。

何を今更と言われる方も、それでは自分は本当に純粋に、

真っ直ぐに学んでいますかと、自分に問いただしてください。

端的に言うならば意識の転回の進捗度です。

自分の中の愛、自分の中の真実に本当に触れていけば、

それは波動として流れていきます。

その波動が、エネルギーが仕事をするんです。

それを堰き止めているのは肉という思いです。

使う言葉は同じでも、する仕事が違うということになります。


まずは、自分の中に母の温もりをしっかりと確立させてください。

自己供養に徹していきましょう。

 

あなたの事情が許せるならば、できるだけセミナーにご参集ください。

ともに瞑想をしてまいりましょう。


以下、種水の現象を通してともに学ばせていただいたものを掲載します。



こういうこと(種水の現象)も絶対に自分の頭では理解できないんですけども、

身体が勝手に動くとか、何かエネルギーが突き上げてくるとか、

何か嬉しいとか、苦しいとか、クソッタレとか、バカにするなとか、

己一番だとか、まあ色々思いが出てくると思うんですね。

そういうことだと思うんです。そういうのを楽しんでいけば、いいんじゃないですか。

ただ、まあ楽しむっていうか、そういうことで終わっていかないで、

その出てきたエネルギーとか思いとか、そういうものをしっかりと、

今度はともに帰ろうと優しい思いを伝えていける自分に蘇っていく、

それがこの学びの本質っていうか、そうなんですよ。


だから偉いとか、出来ているとか、分かっているとか、

私は田池留吉に認められたとか、そういうくだらないところでゴジャゴジャする暇があったら、

合わせるのが難しいながらも、やっぱり、お母さんとか、田池留吉とか、ありがとうとか、

肉体細胞ごめんなさいとか、そういう思いを持って、毎日毎日瞑想をする、

もうこれは地道な作業です。

これをしたからこうどうなるとか、そういうものではないですね。

でもしなければなりません。

そのために、私達は肉体を持って、こうやって生まれてきたんですから。

それは自分と自分の約束。固い、固い、固い、固い約束。

もう自分を決して裏切らないと、こうやって出てきたんですよ。

地獄の、もう本当に奥底からお母さんに生んで頂いたという、

やっぱりそこの原点にどうしても、いつもいつも戻っていくっていうのが大切です。

どうしても何かこう前に進んで、前、前、前、前というふうに思いがちですけど、

やっぱり、いつもその原点に戻って一日瞑想を始めていく、

また次の日も瞑想をしていくという、淡々とした地道な作業を積み重ねてください。


そして、こうやって今クボハウスとかセミナーとか、

ここで今度、橿原へ行く方はいらっしゃいますかね。

あそこは、今度は120名で、前回来られた方は分かると思うんですけど、

あのセミナー会場はものすごくゆったりしています。

そこへ120名の人数しか来られませんので、

ものすごくゆったりした空間で思う存分瞑想ができると思うんですね。

そういう恵まれたチャンスを自分のものにした人は、

どうぞ、その時間と空間を活用してください。


また、そうでない方は、また8月もありますし、伊勢志摩もありますし、

まあ、自分の都合がつく限り、

やっぱり、セミナー会場に自分の肉体を運ぶっていうのは、とっても大切です。

あの、まあ、無理無理で来ても効果はないんですけども、

都合がついて、出来るならば、毎回出席されたら良いのではないでしょうか。

もうそんなに、それぞれ残された時間もないし、

やっぱり身体が元気なうちに、その自分の元気な肉体を通して意識の世界、

自分の出してきたエネルギーをしっかりと知っていくっていうのは、

これほど幸せなことはないと思います。


本当に幸せです。

自分の肉体を通して、自分が出してきたエネルギー、

宇宙に垂れ流してきたエネルギーを知って感じていける、

こんな幸せな存在はないと思います。 

田池留吉の意識が肉を持ってきてくれたからこそ、

私達はその幸せな時間に巡り会ったということをやっぱり心に留め置いて、

自分の学びを喜んでしていってください。

 

みんなとともに学べる時間、空間に自分の肉を運べる、

これほどの喜び、幸せはないと感じられたのではないでしょうか。

橿原セミナーも無事終了させていただきました。

どうぞ、日々正しい瞑想を重ね、

自分の意識の世界の変革に真剣に取り組んでまいりましょう。


今回も最後にお伝えしましたが、

私達の目指すところは、250年、300年に至る次元移行です。

母なる宇宙に帰る道筋を、

どうぞ、自分の中で確立、確信して、

喜んで、喜んでその道を歩いていきましょう。

同時期に肉を持った今、

ともに瞑想をする喜びを味わっていきましょう。

 

自分の年齢、環境、色々なことを考えながら、

自分の予定してきた学びのルートを見失わないように、

日々喜んで生活をしていきましょう。


何が一番大切なことなのでしょうか。

きちんとしっかりと自分の心を見ることをしていかなければ、

知らずのうちに予定計画してきたルートから外れていきます。


意識の転回を自分の中で着実に進めていくことはとても難しいことです。

ポーンと飛び出ることがない限り、

同じ土壌の上で行ったり来たりを繰り返します。

 

自分の今の状態がどんな状態であろうと、

またどんなに凄まじい思いを垂れ流してきたとしても、

心をこちらに向けなさいと伝えてもらった機会に巡り合ったことは

、何にも代えられない幸せだと思いませんか。

 

ここがあなたの帰るところですよ、

これがあなたの本当の世界ですよと、

信じる信じないは別として、また、心を向けられる向けられないは別として、

その肉を通して自分の中に伝えられる機会に巡り合った今という時でしたと、

本当にあなたは心から感じておられますか。


心から感じられるあなたになっていきましょう。

そうなれば、ふうっと喜びに包まれていることが分かります。

どうぞ、今を大切にしましょう。

かけがえのない今世です。



 

 一にも二にも正しい瞑想

だと病室においても伝え続けてくれた田池留吉氏の思いを、

心でしっかりと受け止めていきましょう。

 

肉ではない意識だと

心を見なさいと伝え続けてくれた思い、波動、エネルギーに、

それぞれがそれぞれの心で触れていかなければなりません。


同じ方向を向いて存在し続ける喜び、幸せを味わえるのは、

正しい瞑想の中でしかありません。

ともに行こうの呼び掛けと真っ直ぐに向き合ってください。

その呼び掛けは、すべての意識達になされています。

すべての意識達、肉のあるなしに関係はありません。

呼び掛けに気付き真っ直ぐに応じていく意識達の目覚めが、

これからの250年、300年に至る現象を起こしてまいります。

 

 学びに繋がっている、学んでいるということは、

決して特別なことではありません。

もうここに至って、そういうことで自分達は特別だという思いを

持っている人はいないと思いますが、

ゆめゆめ学びに触れていない人達、

触れようとしない人達を見下さないようにしましょう。


みんなそれぞれに予定計画があります。

そして、意識の世界は公平、平等です。

今世、愛に帰りましょうとはっきりとしっかりと示されたのだから、

そのエネルギーは着実に仕事をしていきます。

今、自分は学びに繋がって喜んでいるならば、

その感じている喜び通りに、

自分の心を見て、針の向け先を少しでも愛、中心へ

近づけていくことに専念しましょう。

 

学びに繋がってくるのは決して特別なことではないけれど、

学びをしていく、本道を歩いていくということは大変なことです。

肉、形の世界を本物とする流れ、濁流の中で、

その濁流に流れながら軸足がぶれない生き方をしていくことが問われるからです。


しかし、ひとたび、自分の中に決して変わらない優しさ、温もりがあり、

いつもともにある本当の自分(田池留吉、アルバート、お母さん)の存在を確信しているならば、

その見方も変わってきます。

学びに繋がったことを素直に喜べるし、

絶好のチャンスだと感じるはずです。

濁流に流れながら流されない生き方を選び、

自分を大切にしましょう。自分を取り戻していこう。

 

あなたが250年後、どのようなところから、

ともに次元を超えていこうというメッセージに触れられるか分かりませんが、

私達は250年後、このメッセージを肉を持ちしっかりと発信していきます。

そのとき、どうぞ、それを自分の中で瞬間的に感じられるようになっていてください。

そして、ただただ喜んで、喜んで、訳が分からないけれど、

自分の中から喜びのエネルギーが突き上げ、

噴き上がってくる瞬間を味わいましょう。

訳が分からないけれど、私の中は知っているんだと、

歓喜のエネルギーを爆発させてください。

さらに次元移行の波が打ち寄せてきます。

 

正しい方向にきちんと針を向けていく、合わせていくことは難しいことですが、

向けていこう、合わせていこうと素直に真摯にやっていくことは、どなたでもできます。

本当にやってください。やりましよう。

何度心の中から向けるな、こんなことをやってもどうなるんだとか、

反発、白けた思いが出てこようとも、何度でもやってください。


肉ができることはそれしかないからです。

そして、本当に母の反省をしてください。

温もりを否定してきた、温もりを見下してきた思いを徹底的に見てください。


もう自分を見捨てることは絶対にないように。

産んでくださいと懇願した思いに触れてみてください。



◆ 

 

私達はあのふるさとを捨てたんです。

お母さんの心を捨てました。

お母さん、お母さんを、お母さんをもう本当に見捨ててきました。

しかし、お母さんは見捨てなかったんです。

お母さんは待ち続けてくれる存在でした。

気付いてください。お母さんの中に帰っていきましょう

田池留吉の中に帰っていきましょう。

 

田池留吉を素直に呼べるあなたに蘇ってください。

他力の思いを心に抱えたままでは、呼んでも呼んでも届きません。

その心の底の底に欲があるからです。

もっと純粋になって、もっと真摯になって、この学びを進めてください。

全ては宇宙のためです。全ては自分の中の宇宙のためです。

たくさんのたくさんの宇宙達があなたの心の中で待っています。

待っています。

肉を持っているあなたが目覚めなければ

あなたの中の宇宙達は、

いつまでもいつまでも闇黒の中に沈み込んでいる状態です。

どうぞ肉を持った本当の意味を心で感じてください。

 

 肉を持っている間に、どうぞ、自己確立に努めてください。

瞑想をして心に感じ響いてくるならば、

なおさらに自己確立に専念してください。

何をどのように感じようとも、その感じたものをどのようにすればいいのか、

自分はどのように存在していけばいいのかということを、

肉を持っている間にきちんと自分の心で分からなければ、

本当に学んでいることにはなりません。


死後の自分の世界をしっかりと今、肉を持っている間に感じていきましょう

どんどん感じていきましょう。死後の自分からしっかりと学んでいきましょう。

肉を持っている今だからこそ、学べるのです。

本当の優しさ、本当の温もりを確立して、

ただひたすらに自分に伝えていきましょう。



 

自分の心で分かっていくしかありません。

色々、色々自分なりに試行して、肉の終える最後の最後の瞬間まで、

肉を持ってきたありがたさを感じて、自分と向き合っていきましょう。

自分を放棄する、苦しみの中に沈み込んできた自分を放棄するのは、もう止めましょう。

今も待ち続けてくれている思いを信じて、思いを逸らさずに、

ともに生きていく本当の優しさと温もりを育んでいってください。

 

田池留吉と呼ぶことが嬉しくて、

アルバートと呼ぶことがただただ嬉しくて、

これに勝る喜びも幸せもないことは、

目を閉じて心を向ければはっきりと伝わってきます。

私を思うだけですよと、それだけを伝えてくれる波動。

それを忘れ去ってしまったから、どんなに幸せになりたくてもなれませんでした。


思いの世界に生きている、その思いが自分だったと、

真っ直ぐに伝えられたことは衝撃的でした。

そして、本当に根底から違っていたんだと、

今の肉を通して知ったことはすごいことでした。


真実一路、誠心誠意伝えてくれたことに、

ただありがとうしかありません。

 

 

何はさておき、自分に本当のことが心から伝えられている今であるか、

そういう状態の意識の世界であるか、自分を精査することが肝心です。

後の生活のこと、日常に起こり来る色々な雑事がありますが、

それは程々に受けて流していきましょう。

こで出る心、瞬間的に流すエネルギーを確認すれば、

それをまた自分の学びの糧にして、雑事云々にとらわれずに、

ただひたすら、自分のエネルギーの向け先を修正していきましょう。

肉を持つ時間には限りがあります。

自分を知っていくのに大切な時間です。

その大切な時間をしっかりと活用していくことが自分を愛することです。

まず自分を愛してください。ドロドロの自分を愛してください。

 

本道を真っ直ぐに進んでいこう、

やっていこうと欲得なしで学んでいく人達と学んでいきたいです。

救ってくれ、何とかしてくれ、我を見よ、もうそういう思いとは決別してください。

今世の残された学びの時間を足掛かりに、

本当に自分を250年後に繋いでいける確信がありますか。

想像を絶する過酷な転生を、それぞれが自分に予定しています

心に響いてくるならば、今学んでください。

心に響いてこない人は、響いてくるまで学んでください。

やるかやらないかは自己選択です。そして自己責任です。

楽しく喜びながら、本道を真っ直ぐに見定めて、着実な一歩を踏み出してください。



 

 夫をやりながら妻を演じながら、その他様々な肉の状況の中で、

それぞれの役をこなしながら、ただ見ていくのは自分の中

自分の思いの世界、意識の変革に努めましょう。

切望してきた自分の中の思いと出会っていくために今があることを、

正しい瞑想を重ねることにより確認してください。

確認、確認、そしてまた確認。

何度も何度も、自分の中で確認してください。



 

「あなた、幸せですか。」時折、自分に聞いてみてください。

自分に聞いて自分が答えたものを参照にして、

自分の学びを進めていってください。


心を中に向ける習慣を身につけてください。

肉のことはどんなことも程々に留めていきましょう。

いい加減に、おざなりに済ませるということではなくて、

やることはきちんとして、しかし思いを留める、

こだわるということは薄く薄くしていきましょう。

あなたの頭の中には、やりたいこと、やらなければと思っていること、

まだたくさんあるかもしれませんが、段々に整理してなるべく身軽になってください。

そして、何よりも心に響く波動の世界を大切に育んでいってください。

 

 自分達が狂い続けてきたことは、

それぞれ自分の心の底の底の底の

またずっと奥底を垣間見ることで、感じているでしょう。

神は偉大なりと叫びながら無差別攻撃を繰り返すテロ事件等、

凄まじい凄惨なエネルギーがこれからも噴き上がり吹き荒れるでしょう。

自分達の本質を全く見失い、闇黒の中に沈み込んできたことが

はっきりと形となって現象化していくこれからの時間。

 

私達人間が作り続けてきた愚かな世界をしっかりと見つめて、

しかし、そこから本当のことに気付いていく道が示されています。

愛が仕事をしていく意識の流れは、止めることはできません。

粛々と流れる流れを感じていける喜びです。

 

喜んで喜んで今という時を過ごしていきましょう。

自分の凄まじいエネルギーを感じられることは、

それはもう喜びでしかありません。

自分の中に作り溜め込んできたどす黒い真っ黒な思いを、

今こうして肉を通して自分に見させていることはすごいことなんです。

それでも自分はこうして存在していることを思うとき、

湧きあがってくる思いはどんな思いでしょうか。

もう戻りましょう。帰る場所があるんです。

心で知ってください。

 

肉はみんな愚かです。馬鹿です。ひと癖もふた癖もありす。

ただ、そんな愚かで、それぞれに癖があっても、正しい瞑想をしましょう、

してくださいと伝えてもらって、

そしてそれをそれぞれが真摯に素直に取り組んでいくならば

愚かで馬鹿な肉もまた少々変わってきます。


心を外に向けている空しさを感じながら、

心を中に向けていく喜びを感じながら、

結局はどうあればいいのかというところに落ち着きます。

 

自分はどうすべきなのか、何を思っていくのか、

誰も何もいざなってくれません。

自分を自分がいざなっている意識の世界の仕組み

一日も早く自分の中で気付いていくことが待たれているだけです。

 

 

 あなたは自分の進むべき道が見えていますか。

その道に沿って着実な一歩を歩み出していますか。

本当に生まれてきてよかった、産んでくれてありがとうと思っていますか。

心を向ける時間をしっかりと持っていますか。

思う喜び、思える喜びはあなたの中で広がっていますか。

次元移行を思うとき、そして宇宙を思うとき、

あなたの中に湧き起こってくる思い、エネルギーはどんなものですか。

いつもいつも私達とともに瞑想をしてください。

 

ただひたすらに瞑想です。

正しい瞑想ができるようになってください。

正しい瞑想とは、真っ直ぐに田池留吉、アルバートを呼べる状態になることです。

何の欲もなく、ただひたすらに、

そして心の底の底から湧き起こり突き上がってくる思い、

エネルギーに触れていける喜びをただただ堪能してください。


どんなに待ち詫びてきたことか。

本当に出会いたかった、本当に叫びたかったたくさんの自分を心に受け止めてください。

正しい瞑想をして

本当にお母さんに産んでもらった幸せ、喜びを心から味わってください。

瞑想は喜び

正しい瞑想をすること、できることがたったひとつの喜びです。

 

「どんなときも何よりも私を思ってください。

どんなときも私を思えるようなあなたであってください。」

伝わってくるメッセージです。

波動として心が受け取る喜び、幸せを感じます。

日々、自分の中に戻り瞬間出すエネルギーを感じ、

そのエネルギーとともに存在している喜びを喜びとして、

ただ思うはともに行こうといういざないです。


伝えていただいた波動の世界をしっかりと育んでいくだけです。

育んでいく喜びだけでいいんです。

どんなに幸せな存在であるか、きちんと伝えていただいています。


真摯に本当に真摯に歩んでいきましょう。

今世、ラストチャンスです。

学びに集ったということはそういうことです。

自分に聞いてみてください。

中から厳しいメッセージが届くのではないでしょうか。

それは激励と受け取っていきましょう。

 

朝、ストレッチ体操をしているとき、

「今を生きる」という短い言葉が過りました。

今、何を思っているか。

今、瞬間に田池留吉を思い心はどうなのか。

今、今がすべて。

生活のリズムをできる限り整え、

ゆったりとしたリズムの中で、意識の世界は宇宙のリズムを楽しんでいく、

こんな人生が幸せな人生だと私は思います。


目を閉じて自分の今を感じる時間を持てることが、

本当に幸せな人生だと思います。

田池留吉とともに、アルバートとともに。

瞑想は喜びです。

 

 今世、学びに触れるということは、

千載一遇のチャンスだとしっかりと自分の中で確認をお願いします。

まだまだ学びを軽く見ている人が多いように思います。

学びを軽く見ているということは、自分を軽く見ている、

自分をないがしろにしているということがお分かりでしょうか。


偉く聳え立っているというのは、自分を知らない証拠なんです。

肉として生き続けてきた思いは、尽きることなく出てきます。

尽きることなく出てくるから、喜びもまた尽きることはありません。

それらはみんな喜びだからです。

喜び以外は存在しないことを、

正しい瞑想の中で繰り返し感じていけるなんて、

私達はどれだけ幸せ者なのか分かりますか。

ただひたすらにそして真摯に、学びと向かい合いましょう、

自分と向かい合いましょう。

 

自分の心で感じ、学び、そして自分の心で分かっていきましょう。

頭ではないんです。

どんなに頭で分かっていても、それは分かっていることにはなりません。

また、分かるといっても、意識の世界は無限、

つまり限りがありませんので、分かるということについても限りがありません。


だからひとつ気付けたことを喜んでいけばいいし、

自分の中が何か前と比べたら緩んできたなあと感じれば、

それもまた喜んでいればいいだけです。

人に認めてもらおう、人と比べるその他、

喜び以外の思いが出れば、それはまた違ってきます。

またしっかりと心を見て軌道修正に努めましょう。

 

今どんな環境であろうがいいんです。

その中で逃げずに思いを逸らさずに、

ただひたすらに自分の出してきた思い、

エネルギーを知っていきましょう。

自分が本当に望んできたことを素直に遂行していきましょう。

もちろんこれは自分の中の切なる思いに触れなければ、

実践不可能ですが、本当の自分に出会いたくて、みんな生まれてくることは事実です。

どうぞ学びに触れた方達、千載一遇のチャンスを逸しないでください


また、今世は学びに触れるということは自分の中で予定していなくても、

意識の世界はすべてにおいて平等かつ公平ですから、

必ずすべての意識に千載一遇のチャンスが用意されています

意識の流れを確実に自分の中で確認できるチャンスがあるのはすべてにおいて平等です。



 

 ポッドキャストを活用するにあたり、いくつかのメールをいただきました。

ありがとうございます。まもなく第1回目が流れると思います。

いただいたもの全部をポッドキャストでというわけにはいきませんが、

このホームページ上で、あるいはセミナー会場等で

さりげなく思いを伝えさせていただく場合もあると思います。


それぞれの環境、事情があります。

それでも、何をおいてもきちんと自分の本当に歩むべき道を確立して人生を終えていきましょう。

自分の中に少しでも明るく、柔らかく、温かい広がりを作っていけるように、

肉を持っている間を大切にしましょう。

 

 『田池先生が生前、

「私が肉を脱いだら一時間以内に塩川さんを通してメッセージをおくります」

と言われていたように記憶しているのですが、

田池先生が肉を脱がれてすぐのメッセージとはどのメッセージでしょうか。』

というメールをいただきました。


田池先生の場合、心肺停止になって医者が死亡宣告をする前より、

もうその意識はとっくに肉体を離れていました。

ベッドに横たわっているけれども・・・という時間が1カ月ほどあったように思います。

だから肉を脱いだらという時期が特定できません。

強いて言えば、ホームページ上で

田池留吉からのメッセージとして掲載されている12あたりではないかと思います。

それではなぜ1カ月ほどの時間が必要だったのかと私は聞きました。

田池留吉は答えました。

肉としての汚れをお掃除する時間が必要だったと。


ということで1時間以内というのがこれですとは言えませんが、

「ホームページを通して、セミナーを通して、

みんなとともに真実の波動の世界、田池留吉の世界を学んでいきなさい。」

というのが、田池先生のたったひとつの思いです。

ただ真っ直ぐに田池留吉に心を向けていくだけです。



◆573)

 

 思えば本当に月日の経つのは早いもので、

田池先生が入院されて第1回目の手術を受けられたのが去年の8月でした。

あれから1年。1年の間にそれぞれ身の周りで色々なことがあったかと思います。

そして、あなたの学びに対する思い、あなたの中はどうでしょうか。

順調に自分の計画通りに進んでいますか。


生活のリズムはなるべく一定にして、

日々正しい瞑想を継続する中で、

絶対評価でいつも自分の歩みを振り返っていきましょう。


正しい瞑想の完成度を少しでも高めていく方向に、

真剣に学びの一歩を踏み出してください。

 

 丹田呼吸をして、軽く目を閉じて思う

この思うというのは学びでいうところの思うです。

そうしても、実際のところ何も自分の中に響いてくるものがない方、おられますか。

もちろん、母の反省、他力の反省を一応されてという前提があっての話です。

 

本を読むだけ、ホームページを見るだけ、セミナーに参加するだけではダメです。

この学びは実践あるのみです。

まずやってみることです。

一連のことを実践されたのに、

何も自分の中に響いてくるものはない方などいないと思います。

白けた思い、反発する思いは大歓迎です。

その思いをどんどん突いていけば、

やがて自分の中に新たな展開があると思います。

まあそこまで辛抱強く学んでいこうと思えるかどうかという問題はありますが・・・。

この世の流れに沿って生きていくのは容易いことだけれど、

もうそれでは自分の中は黙っていないはずです。


 

学びのポイントは、自分が今学んでいることを、

本当に自分の次の転生に繋いでいくことができるかにあります。

そのまた次の転生、次の転生があります。

よしんば、250年後の転生があったとして、

そこまで自分を繋いでいけるのかどうなのかです。

そして、それは頭での理解ではできないことです。

心、意識の世界が本当に真実の波動の世界に融和していこうとしているのか、

それとも肉の思いを弱めていくことができずに、

やはり肉だというところに留まってしまうのか、ということです。

頭ではみんな答えは知っています。

しかし、あなたの意識の世界はどうですかということなんです。


そのために、今の肉を持っている時間があるとするならば、どうでしょうか。

今、肉を持っていることが、

どれほどこれからの自分を左右していくかということは確かなことだと思います。



 

全部、全部自分で用意してきたものばかりです。

本当のことを知ろうと、本当の自分の存在に気付くために、

みんな、すべてすべて整えてきました。

こんな環境、こんな中で、本当に学べるのか

という思いを出されている方もおられるかもしれませんが、

そんな環境もあんな環境も、みんな自分で用意してきたんです。


真摯な思いで瞑想をしていけば、

今の自分、今の環境にありがとうの思いがどなたの心の中にも湧いて出てきます。

それが本来の私達なのだから。


本当の自分に目覚めていくために、

自分自身が用意してきたもの、

その思いを心にしっかりと受け止めて、

自分を大切にしていきましょう。

 

真実の世界からひとつの肉体を持って伝えてくれたという事実があります。

分かる、分からない、信じる、信じないに関わらず、その事実があります。

だから、これからの現象の世界は、さらに大変な様相を示していきます。

天変地異の規模もさることながら、

人間の心に眠るすさまじいエネルギーが噴き出してきます。


自分達が何を間違ってきたのか

自分達はいったいどういう存在なのか、

大きなうねりの中で知っていくように計らわれています。


嘆いて、悩んで、苦しんで、苦しんで、そうです、

そんな中から微かに、そして怒涛の如くに出会っていくのです。

それが300年に至る意識の流れの計画です。

 

 何を信じていくか、どこに自分を向けていくか

確信するまで、できるまでになってください。

そしてもちろんそんなことで終わりではありません。

 

そこからがスタートです

まずはスタートラインにきちんと自分を立たせることです。

スタートラインからまだまだ離れているあなたではないでしょうか。


どこまでも、どこまでも続いていく限りない道を、

喜びながら、楽しみながら、一定のリズムの中で進んでいきましょう。

思うのは何か。

思いの中に何があるのか。

瞑想を楽しんでいきましょう。


 

田池留吉を思い、宇宙を思い、限りない世界の一端を垣間見れる喜び。

こうして肉を持っているからこそ、

そのような幸せの時間と空間に自分をいざなっていけるんです。

ともに真実の波動の世界を学んでいこうと、

ただその思いだけでいいんです。

 

今、自分の中に優しくそして力強く伝えていける喜びと出会ってください。

どんどん出会ってください。

宇宙一愚かだった自分が宇宙一幸せだった、

何度感じてもいいものです。

何度も何度もその喜びを味わっていきましょう。

 

 田池留吉と心から呼べる幸せを味わっていますか。

アルバートと心から叫ぶ喜びを味わっていますか。

宇宙には私達の友がいます。

たくさんの友です。みんな私達です。

彷徨続けてきた彷徨い続けているたくさんの仲間達とともに、

どうぞ、しっかりと田池留吉を呼び、アルバートを呼んでいきましょう。


自分達の帰るところはここだよ、こっちだよ、

そう伝え合える喜びを感じてください。

響いてくる波動を繰り返し味わっていけるなんて、

すごいことだと思いませんか。

そんな喜びのときを、喜びの人生を私達はみんな用意してきたのです。

自分を転回していきましょう。

宇宙に心を向ける喜びを現実のものとしてください。

 

 8月橿原セミナー、ありがとうございました。

みんなとともに瞑想、思いを向けることが嬉しかったです。

宇宙を呼ぶ、宇宙を思う、やはり本当にいいですね。

田池留吉、アルバートの意識の世界とともにセミナーを進めていけること、

これに勝る喜びはありません。


ちっぽけな肉の殻を突き破り、広大な世界にともに舵を取ってまいりましょう。

1+2=3しか通用しない、≒は通用しないという厳しい世界ですが、

この呼び掛けにぜひとも呼応していただきたいと思います。

9月の伊勢志摩セミナー、楽しみです。

 

あなたに、ともに瞑想をしよう、

ともに田池留吉、アルバートをお母さんを思いましょうと

言えるお友達、そして家族がいれば、もうそれは最高に幸せなことでしょう。

一方、残念ながら自分の日常にそういう人がいない人も、

落ち込んでいる暇はありません。

あなたには友がたくさんいます。

本気になって、自分の中で自分の宇宙と語り合ってください。


また、心が沈んでいるとき、中に閉じ籠っていこうとするとき、

どうかその真っ暗闇の流れに流れていかないように。

真っ暗闇が居心地がいいかもしれませんが、毅然として決別してください。

切り捨てるのではなくて、はっきりとそれは間違っていると自分に言えるようになってください。

闇のささやきは、絶えずどなたにも届いています。

だから、いつも心を見て、自分の思いの向け先を管理することを忘れてはおしまいです。

学びに触れた以上、これまでの転生とは違う転生の今世であってください。

そうです。そうでなければならないんです。

自分に誠実に。自分を大切に。

自分を本当に愛していきましょう。

 

夜、薬なしでは眠れない。したがって昼間はぼぉーとしている、食欲がない。

こういう症状の方は、瞑想をしないでください。

まず適切な治療を受けて、夜、薬なしで眠れて、

過食拒食なくという生活のパターンを取り戻してください。

瞑想をしないでと言いましたが、

治療を受けつつ母の反省は続けてください。

意識のお母さんとまではいかなくても、

とにかく肉のお母さんに対して、

少しでも自分の頑なな心を開いてください。

己偉い自分がどっかりとあっても、

ゼロ歳の自分も確かにあったんです。

今、ゼロ歳の自分の目を通してお母さんを見てください。

 

8月橿原セミナーに参加された方の反省文です。一読してください。


ワン、ツー、スリー(アマテラス、暗黒の宇宙)を思う。

アマテラスを思う瞑想の時、呼ばれた方は輪になって座ってください。

そのように伝えて頂きました。

中から「一つ、私達は一つ」の思いが溢れてきて涙が止まりませんでした。

自分の組が呼ばれた時、この思いと一緒に輪になり座りました。

田池留吉を思い、愛を思い、アマテラスを思った瞬間

「グワーーー、グワーーー、バーーン、バン・バン・バン」自分の中のエネルギーが飛び出して、

何が起きているのか分からない中で宙に浮いている自分を感じました。

厳しいと思いました。やさしいと思いました。

母への思いが溢れてきて、おかあちゃん、おかあちゃん、おかあちゃんと素直に呼べました。

おかあちゃんありがとうの思いで、心がいっぱいいっぱい満たされていきました。

席に戻ってから、みんな同じだった、特別なんてない、

凄まじいエネルギーを抱きしめていこう、

一つの輪が自分だったと思えた時、嬉しくて嬉しくて、心は弾け飛んでいました。

ともに帰れると信じられることが嬉しかったです。

今もセミナーが続いていることがありがたいです。

そして、私の今があることもありがたいです。


塩川香世さん、そして、セミナーに参加されている学びの仲間に

ありがとうの思いが溢れてきました。こんな思いになれたことは初めてです。

自分のことばかり、本当に狭くて小さな中に、

凝り固まって戦い続けてきた自分を感じ、愚かで哀れな自分が素直に愛おしいと思いました。


田池留吉をこのエネルギーで蹴散らし、

殺戮のエネルギーを周りの全てに流し続けて今がある。

「あなたは愛です。」本当の自分からのメッセージを蹴散らし続けての転生、

その現実を心で確認できたことを大切にしていきます。

次元移行に向かって一直線、厳しいけれど喜びの道、

改めて改めてセミナーがあることに感謝です。


異語で語り合える流れの中にある私達でした。

みんな同じ流れの中に一つです。

エネルギーの自分を心に感じれば感じるほど、

それが凄まじければ凄まじいほど、

田池留吉が指し示してくれた方向を見据えて歩いていこう。

力強い決意が溢れてきます。これからが本当の一歩です。

外に向け握り締め続けた思いを解放していくだけでいい。

戦いは終わりです。自分との約束をはたしていきます。

どんな時も本当の自分に許され愛され生かされて今がある。

橿原セミナーありがとうございました。

 

 この学びは単純明快です。

自分の心で感じ感じたものを信じていく姿勢を確立してください。

自己選択、自己確立の道。

自分の中から出てきたものに従って、自分の歩みを進めていってください。

それが方向がズレていればズレていますと自分の中に返ってきます。


そこで肝心なのは、素直ということです。

真摯ということです。

チャネラーであるとか、そういうことは一切関係がありません。

素直、真摯、いかに自分の中に母の温もりを育てているか、そこがポイントです。

そして、本当に自分を転回して、

次元を超えていこうという意識の流れに乗っていこうと

本当に思うならば、思えたならば、すべてに素直にそして真摯になるでしょう。

すべてというのは、それは意識の流れに乗るために必要なことであればということです。

何の躊躇もなく、真っ直ぐに、喜びで受け取っていけるはずです。

 

たとえばセミナーに参加する場合、

色々と周りの人達のご協力が必要であるかもしれません。

だから学びする以上、それなりの思いで、いいえ必ず結果を出してください。

中途半端な学び方では、自分に申し訳ないです。

学ぶならば精一杯学びましょう。


肉として安穏と暮らしていくのは簡単です。

これまでの蓄積がありますから、

こういう場合はこうしておいたほうがということは何となく心得ています。

それで無難に生きてみても、必ず自分を清算する時期がどなたにもやってきます。


 

 自分の心で感じ感じたものを信じていく

これは簡単なようで難しいです。

肉を自分だと思い込んでしまった私達は、

自分を信じるということがどういうことなのかを忘れ去ったからです。

しかも、その結果はみんな自分のもの、

つまり自己責任を必ず伴うとなれば、肉基準の心は失敗を恐れます。

本当に自分の心で感じたものを信じていけばいいのだろうかと思います。

そういう迷いや不安は、学びをしていく中で誰しも一度は味わっているのではないでしょうか。

 

しかし、それはそれぞれがそれぞれの中でクリアしなければならないことです。

信じていきたい、信じていこうと掛け声だけに留めるのではなくて、

今、自分に何が足りないのかと自分に聞いてみてください。


「あなた、本当に田池留吉を信じていますか。

本当に田池留吉の世界を心に広げていますか。」

「はい」と即答ですか。

 

立派に生きてきた、賢く生きてきた、それなりに幸せだ、

あなたの人生そうだったかもしれません。

そして、今世、学びに触れそれなりに学んでこられた方は、

失意、絶望の中で人生を終えていくことはないかもしれません。

むしろ、学びに触れたことを喜び、ありがとうございます

と言って死んでいける方のほうが圧倒的に多いでしょう。

ですが、もう一歩、半歩でもいいんです。

前に踏み出していきましょう。

その一歩、半歩とは、250年後に必ず呼び掛けに応じていけるという確信です。


今の自分の意識の世界を、少しずつ、少しずつ、風通しをよくしていきましょう。

真っ暗な穴蔵に針先ほどの風穴でもいい、開けてください。

 

私達は、今世、自分の中に思いを向ける、

自分の中に戻っていくということを学ばせていただいています。

自分の外に思いを向けてみても、結局は何も得られなかった、

自分が本当に納得するものはどこにもなかったと、

しみじみ心に感じておられるのではないでしょうか。

自分の中に戻っていく、戻っていける喜びはどうでしょうか。


心の中から昏々と湧き起こってくる波動の世界です。

田池留吉、アルバートそして宇宙を思える幸せに出会ってください。


肉はいかほどのものでもありません。

今、心から田池留吉、アルバート、宇宙を思える喜びだけが実在するんです。

 

 すべてにありがとうと言えますか。

これはなかなか難しいです。だけど、本当にすべてにありがとうなんですね。

すべてをありがとうと受け取っていける状態になるには、

やはり、自分の中に真実の波動の世界を

しっかりと確立する方向に歩みを進めていく必要があります。

それでも肉を持っていますから、すぐさま肉の思いが過ります。

ただ、思いを向ける方向を知っているから、

思いを向ける喜び、向けられる喜びだけでよかったんだと瞬時に変えていけます。


ともにある喜び、これは肉、形の世界のそれとは全く違うものです。

あなたの心で分かっていますか。


 

 

瞑想はゆったりとしてください。

心も身体もリラックスして楽しんでやってください。

何かを感じなければ、こう感じなければ、感じたい、

そんなことで自分を縛りつけてする瞑想は瞑想でもないし、

従って、自分の中が少しも楽になりません。

楽ということは、自分を解き放して、

そしてしっかりと力強い歩みを前へ前へ踏み出していくということです。

さあともに行こうと、あなたの心の中から、

喜びのそして温かい力強い呼び掛けが感じられませんか。


波動は流れています。

愛へのいざないに、どうぞ、素直に沿ってください。

いつまでも我を立てていても仕方がありません。

また、いつまでも縋っていても仕方がありません。

喜びの一歩をあなたもどうぞ。

 

 色々なしがらみがあります。複雑怪奇な社会に身を置いています。

本当のことを見失ったまま、目先の幸せと喜びをみんな求めています。

自分が生きている証、達成感、充実感をどんなに得ても、

本当のことを見失った状態だと自分の心で気付かない限り、

結局は闇黒の中から抜け出ることができません。


今、学びに触れているあなた、自分はいったい何を学んでいるのか、

学ぼうとしているのか、本当にぶれずに自分を管理してください。

すべての回答はあなたの中に。

自己確立に努めてください。



 

 ただ心を向けるだけ

心を向けていけば、広がっていきます。

温かい温もり、優しい思い、そしてともにという力強い呼び掛け。

外には何もなかったことを本当に感じます。

こんなに心が叫んでいます。

こんなに田池留吉、アルバートと呼べる、思える喜びに湧いています。

それもこれもみんなみんな間違い続けてきた自分があったからです。

闇黒の宇宙に君臨してきた思いがどんなにちっほけだったか、

私は今世の肉を通して自分の心で知ったことがたまらなく嬉しいです。

肉は何ほどのものでもありません。

それがたまらなく嬉しい。

ずっとずっと長い間、呼びたかったアルバートを、心から呼べる今にありがとうです。

 

第4回の伊勢志摩セミナー、ありがとう。

田池留吉、アルバートの意識の世界とともに学べることがただ嬉しいだけです。

学びの友が嬉しいと、その思いを波動として受け取ってまた私も嬉しくなります。

セミナー、同じだと伝えてくれた友もいます。

田池留吉の肉があってもなくても、いいえ、

ないから余計にその波動の世界が強烈にストレートに響いてくる体験を、

それぞれがしていると思います。


私達は本当に幸せ者です。

肉を通して真実の方向を指し示してもらいました。

セミナー、ともにさせていただけることが私には何よりも喜びです。

伝えてくれたこと、本当にありがとう。



 

セミナーはやっぱりいいですね。

セミナー中一言も話さずとも、また失礼ながら名前も知らずとも、

こうして、セミナー会場へ遠くからやってきて、

そして、ともに心を向けようとしてくれる肉がそこにあります。

私にはそれが何だかとても嬉しいです。

それぞれの肉はそれぞれに肉の思いを抱えていますが、

その肉を通して、意識の世界へ語りかけられることが私には嬉しいです。

肉が少しでも崩れていくこと、そこから意識の世界を開けていくこと、

肉を持っている間、全力でやっていきましょう。



 

 喜びの状態が自然でした。

怒ったり、悲しんだり、悩み落ち込んだり、得意げになったり、寂しい思いを抱えたりと、

私達は本当に忙しくやってきましたが、本来は喜び一色だったと伝えてもらった今世でした。

喜び以外は真っ暗な世界ですとはっきりと示していただきました。

その真っ暗な世界にあまりにも慣れ親しんできた時間が長いので、

ともすれば、その古巣へ戻っていこうとしますが、どうでしょうか、

ともに旅立っていきませんか。


古巣にありがとうを残して、本当のふるさと、

自分の帰るべきところを目指して行きましょう。

 

思う、瞑想をする時間を持つ、持てる、こんな幸せな人生はありませんでした。

本当にありませんでした。

温かく広がっていく思いの世界に委ねていける喜びは何物にも代えられない幸せです。

欲いっぱいで生きてきた過去からの自分があったからこそ、

真実の波動の世界を学べるチャンスに恵まれました。

ともにある喜びだけを心に、前へ一歩一歩突き進んでいける手ごたえを感じています。


「私は全部用意しました。

そのことが分かるのはまだ先だけれど、そのときはきっと随喜の涙を流すよ。」

田池先生の言葉通りに、

意識の流れは順調に遂行しているのだと思います。

 

学びに触れながら、

しかし、何らかの理由で学びを捨て相当期間学びから心を離した状態で、

今また学びに集っているという方が何人かおられると思います。

学びを捨て学びを心から離したこと、軽く受け流ししないでください。

それぞれに反省されていると思いますが、その反省、軽いのではないですか。

これは重要案件です。


そこを疎かにしては、瞑想を重ねてもということになります。

どんな理由があるにせよ、

学びに反逆したという事実は軽いものではありません。

自覚してください。



◆ 

 

あなたは一日に何度、田池留吉を思っていますか。

田池留吉に心を向けていますか。

瞑想です、正しい瞑想をする時間を持ってくださいということだから、

瞑想をしないという日はないでしょう。

しかし、瞑想をするときだけ、田池留吉を思うのではないのです。

心の管理は絶えずです。

心の管理をきちんとするためには、何かをするたびに、何かを言うたびに、

つまりは日々の生活の中で絶えず、瞬間思うという習慣が身についているということが必要です。

絶えず心の針の向け先を確認しながら、

生活をしていく、生きていくことが要求されます。


私達はこれまでずっと自分を野放し状態にしておきながら、

苦しいだの何だのと好き勝手なことを言ってきました。

そんな無責任な愚かな生き方をしっかりと見直して、

まっとうに生きていきましょう。

自分を本当に愛しいと思える、自分にありがとうが湧いて出てくる、

そんな人間らしさを取り戻しましょう。

 

 

 肉、形あるものが本物だとして、

どこまでも形の世界の中で喜びと幸せを追い求めてきた心。

その思いの世界を180度転回していくのは、

至難の業と言っても言い過ぎではないでしょう。

肉の基盤がこびりついているということだと思います。

そのところをしっかりと認識して、

そのうえで真摯に前向きに喜んで自分の学びを進めていきましょう。

進めていく強い思いがあなたの中にありますか。


肉に流れて生きていくのは容易いこと、

しかしそれでは真実の方向へ自分の一歩が踏み出せないことははっきりとしています。

あなたも瞑想の中で確認してみてください。

 

 ポイントを外した学び方をしていないでしょうか。

心に感じるからいいのではないのです。

もともと私達人間は心に感じる生き物です。

どんなに肉、肉で生きていようが、

学びに触れてどんなに肉の壁が厚くて鈍感でも、

感じる心を持っています。

この心というのは、もちろん、肉を基盤とする心です。

そして、学びのポイントはただひとつ、その基盤を変えることにあります

そこに全力を傾けて学びをしているか、していこうとしているかということです。


いつまでも枝葉にとらわれている学び方をしていませんか。

本当に自分を精査してください。体力、気力のあるうちに。

 

学びは難しい、こんなこといくらやってみても・・・という思いが過(よぎ)り、

自分に対する本当に真摯な誠実な喜びの思いが萎えていくという人が出てくると思います。


みんなそれぞれ自分の選択、歩み、誰もその責任は取れません。

ただ、本当に母の反省をして、

自分に肉を持たせた思いに触れていく瞑想をしていけば、

どういうふうに存在していけばいいのか、

自ずと自分の中に答えが返ってきます。

その思いとともに生きていくしかないこと、

そしてそれがたったひとつの喜びなんだとなってきます。


自分を救うのは自分。

変えられない法則です。

 

あなたの中心棒、芽吹きの兆しがありますか。

まだまだ岩盤のひび割れはありませんか。

はたまた粘土層に四苦八苦ですか。

ほんの数ミリでもいいんです。芽吹いてください。

開けた柔らかな温かいところで、新鮮な空気を気持ちよく吸い込み、

真っ直ぐに真っ直ぐに育っていきましょう。

根なし草ではなくて、

いい循環を繰り返して大きく太く、

そしてしなやかに育っていきましょう。

 

 クボハウスセミナー、ありがとうございました。

今回も言わせていただきました。

「10年、20年、30年、あっという間に過ぎていきます。

まだまだ私達には時間があると思わずに、

体力、気力の充実している今だからこそ、

学び一本の道筋を自分の中に確立してください。」


幸い、私は、田池留吉の肉とともに、田池留吉の世界を学ばせていただきました。

その肉のある間に自己確立の道を歩み出しました。

ともに次元を超えていくという喜びの道です。

私と条件が違いますが、それもまたそれぞれが決めてきたことです。

どうぞ、ともに歩み出していきましょう。

私達はひとつ。

私達はアルバートと出会いたいと今世生まれてきたのです。

心でしっかりと感じてください。


 

 あなたの肉の思いとは一切関係なく、

意識の流れはすこぶる順調に推移しています。

真実の世界から波動を伝えるべく田池留吉の名を持った肉が現れました。

本来ならば、肉という形を持つ必要のない意識が肉を持った現象が起こったのです。

同時期に肉を持って学びに集って、

そしてそこから自分を学ぶ、

真実の波動の世界を学ぶという意識の流れでした。

その意識の流れはすこぶる順調に次元移行を目指して粛々と流れています。


どうぞ、それぞれの中に
母の温もりを蘇らせてください。

ともに行こうの呼び掛けに力強く応じてください。


 

学びは頭で分かることはありません。

苦しみから喜びへと意識の転回を促されているのです。

だから実践あるのみです。

分かっちゃいるけど止められないでは、どうにもなりません。

それぞれの環境の中で動く心を見て

ゆったりとした時間の中でその心をひも解いていく実践を通していけば、

どなたの心の中にも響き伝わってくるものがあります。

正しい瞑想の純度が高くなればなるほど、

自分の中の凄まじいエネルギーを感じることがただただ嬉しいとなってくるんです。

そのエネルギーに振り回されて云々、

肉の生活がまともにできないなんてことは決してありません。

そうならないのは、心の針の向け先が大きくズレているからです。


間違い続け狂い続けてきた気の遠くなるような時間を重ねてきた私達です。

それをしっかりと確認しながら着実な歩みを。

 

喜び幸せの人生を全うしましょう。

自分に用意してきた時間、環境。

その中で自分を感じ自分を知り、

自分をたったひとつある真実の方向にいざなっていく喜び、

幸せをそれぞれの心で体験、そして堪能してください。

「私は幸せです。私は喜びです。ありがとう。」

心の底から自分に言える現実にどんどん出会ってください。


アルバートの波動を感じていますか。

宇宙に向ける瞑想、心が広がっていきますか。

アルバートと出会いたかった心の叫び、しっかりと受け止めてください。

 

今更でもありませんが、セミナー参加が学ぶということではありません。

学びは日常の中にあります。

それぞれの人生が学びです。

では、なぜセミナー会場に肉体を運ぶのでしょか。

運ぶ必要があるのでしょうか。

あるんです。

それはそれぞれの自宅学習、自主学習の確認です。

波動の確認です。

波動を学ぶために、ともに瞑想をという時間を設けています。

学びは言葉で語れません。

波動で語るんです。

波動が仕事をします。

心で分かるお勉強です。



 

2016年もあと3カ月を残すのみとなりました。

時間はたちまちのうちに過ぎ去ります。

一日、一日、肉はリラックスしながら、

しかし意識の世界はただ一点をしっかりと見定める生き方の進捗度はどうでしょうか。


体力、時間、経済、その他の事情が許せるのならば、

あなたもそしてあなたもセミナー会場に集合して、ともに学びませんか

あなたの肉云々ではなくて、

あなたの抱える意識の世界をきちんと解き放してください。

肉で凝り固まった生き方から、

自分を解き放していきましょう。

そのための今、それができる今なんです。

 

生活はシンプルに、シンプルに。

質素という意味ではありません。

贅沢をしてもいいけれど、学びを進めていけば限度が分かります。

学びは修業ではないのだから、肉は楽しい時間を過ごして、

肉でも生まれてきてよかったと思えたらいいのではないでしょうか。

 

そして、意識の世界に思いを馳せれば、

もうこんな幸せな人生はないと言えるはずです。

それが私達が予定してきた今世という時間なんです。

田池留吉を思い、アルバートを思い、

宇宙を思える今という時です。

心から感じていってください。



◆621) 

 

ポッドキャスト(第13回目)で語らせていただいている通り、

あなたのレベルアップをお願いします。

日々の自宅学習、そしてセミナー会場でのお勉強、

波動の確認を繰り返しながら、

自分のレベルアップに努めてください。

その段階の中で私の本を読み返してください。

あるいは聞き直してください。

きっと響いてくるもの伝わってくるもの、

あなたの中で段違いに変わっていると思います。

本は文字の羅列ではありません。

波動を感じてください

 

悩んで憂えて苦しんで暗い顔をして不平不満愚痴、

そして不安な思いの中で暗い涙を流してという状況、

境遇の中という場合も、現実多々あると思います。


そんな中に埋没した状態では、到底届かない呼び掛けかもしれませんが、

それでも、心の針の向け先ひとつで、状況が、

事態が変わってくるという明確なメッセージが絶えず流れています。

目の前に展開している状態をどのように受け止めていくのか、

要は受ける側の問題で、心の針の向け先を知らない、

知ってはいるが実践できなければ、埋没状態を解消することができません。

どんなに嘆き悲しんでも、呪っても恨んでも、縋っても、祈ってもどうにもなりません。

 

 ゆったりと静かに伸び伸びと自分の思いの世界と向き合えることが、

何よりも幸せなことでした。

見たくない、触れたくない、避けて遠ざけて嫌悪してきた自分の思いの世界に、

今、しっかりとした揺るぎのない思いを伝えられること、

そこからどんどんどんどん溢れてくる優しさと温もりに触れていけること、

それは肉を持ち真実の波動を知り得たからでした。

田池留吉の世界がその肉を持ち伝えてくれた波動の世界

感じ得たものは微々たるものかもしれませんが、

しかし次元移行を果たしていくのに余りあるものでした。

ここを突破口に限りない意識の世界を広げていこうとそう思えます。

 

意識の世界には老いも若きも男も女もありません

ただ今の段階では、肉という形を持ってしか学べないというのが現状です。

そうなってくると年齢というのは大きなハードルです。

体力的に気力的に学ぶ時間は限られています。

ご承知のように、肉を本物とする思いは、

何重にも何重にも自分達の中に巻きついていますので、

本当に学んでいこう、自分の人生とは何かを学んでいこうとするには、

生活の中で現象が必要です。

ある程度の生活体験を経て、そこから自分の中で考え始めるという現象です。

言うなれば、その人がどのタイミングで学びの門を叩くかということが、

学びを進めていく上で大きく左右されます。

若ければいいというものではありません。


ただ単に、幸せになりたい、満たされたい、パワーが欲しいという思いでは、

せっかく学びの門を叩いても、己、己と己を捨て去ることは難しく、

結局は肉の中で、頭でっかちだけの学びになってしまいます。

要は、いつ真剣になるか。

そういう意味において、

老いも若きも男も女もない意識の世界をともにと呼び掛けています。

 

何を選択して、どう生きていくか、それはあなたの自由です。

誰も何もあなたを縛ることはできません。

仮にあなたが縛られている、拘束されていると感じるならば、

それは誰でもなく自分を自分で縛って拘束しているに過ぎません。

私達はすべてにおいて自由でした

ただ私達がその自由の中で、本当の自由を知らなかったから、幸せではなかったのです。

本当に自分が自由であると心で分かれば、

その自由を楽しみながら自分に対する責任をきちんと果たしていきます。

果たしていくことが喜びだと感じるからです。

何を選択して、どう生きていくか

これからさらに加速して一人ひとりに厳しい問いかけがあるでしょう。

それが意識の流れです。

 

 学びをする材料は、日常のあちらこちらにゴロゴロ転がっています。

心を見る材料はふんだんにあります。

その中できちんと自分の心の針の管理をしていくことを学ばせていただいています。

そして、何よりも、思いを向ける喜びを体感できるんです。

今こうしてここにあることの喜びです。

何をするために生まれてきたのか、

絶えず学びの原点に戻り

自分に誠実に真摯に学んでいくことが要求されます。

1+2=3の意識、波動の世界を学んでいく難しさと喜びを実感してください。

肉の法則は通用しません。

 

 

 自分の中の愛に目覚めていく。

自分の中の愛の復活に全エネルギーを注いでいく。

真実の道、本道を歩くとはそういうことです。

学んでいくとはそういうことです。


そのために何が必要か。必要なものはすでに自分の中にある

それを信じているか否か、信じる度合いがどの程度なのかということだけです。

ふと、田池先生が言われた狂人という言葉が浮かんできました。

以下、意識の流れのホームページから抜粋しました。


狂人について


コペルニクス的転回の話を思い起こしてください


コペルニクス 狂人 地動説 彼は命を懸けて提唱した (意識が基盤)


ほとんどの人 常人 天動説 彼らこそ狂人だったかも (肉が基盤)



◆640) 

 

気付き、促しと受け取ってください。起こることはみんなそうです。

幸い、私達は心を見ることを学んでいます。

、心を自分の中に向ける大切さを学んでいます。


自分の外には何もなかったことを、

自分の心で気付いていく、知っていく喜びを学んでいます。

死ねば自分の思いの世界だけがあって、その他には何もないこと、

肉体を持っている間に、その自分の思いの世界がどんな世界であるか

感じられる喜びと幸せを学んでいます。


人生の本当の目的に沿って生きてまいりましょう。

 

それぞれの日常、それぞれの環境の中で、

絶えず自分が生まれてきた意味、ここにいる意味、

つまり人生の本当の目的とは何かを絶えず自分に問いかける思いを継続していくことは、

なかなか難しいことなのではないでしょうか。

そんなめんどくさいことを突き詰めて考えなくても、

適当に学びの友と瞑想して、適当にセミナーに参加していれば、

なるようになるのではないか、それはとんでもないことです。

そういう思い方が肉基盤の思い方ということです。

それすらもピンとこないほど、肉の中に埋もれてしまっている現状なんです。

意識、波動の世界を軽く見ないようにしましょう。

 

 

心で感じたものを信じるとはどういうことかということなんですけれど、

それは瞑想をしたときに、自分の中に響いてくる温もり、優しさ、喜び、

そして心の広がりを信じていくということです。

これって簡単なようで難しいのではないでしょうか。

 

なぜならば、そういうものを感じた瞬間に

それを否定し打ち消すエネルギーがあることもまた同時に伝わってくるからです。

つまり、プラスのエネルギーとマイナスのエネルギーはそれぞれ別個にあるのではないのです。

一体化しているんです。別物ではありません。

肉が本物だ、やはり肉だというところから転回がないから、

マイナス部分のみが大きく出てきているだけなのです。

温もりだ、喜びだと感じても、時間が経過していけば薄れていく温もりや喜びもあります。

表面になかなか現れてこない真の自分の姿を本当に信じていく難しさがあります。

 

田池留吉、アルバートを思う瞑想をしてともにある喜びが波動として伝わってくる、

響いてくる、それが信じられる、それが自分の現実なんだ、

そんな今があることが喜び、幸せだと言えば、あなたはそうだと深く頷いていただけますか。

それとも分からないと返しますか。


形の世界、形で示されれば実感がありますが、

本当にそこにあなたの切望してきたものがあるのでしょうか。

自分の人生です。自分の行き先は自分で決めていくだけです。

肉を持っている間に、しっかりと自分に問いかけていってください。

肉の時間には限りがあります。大切にしていきましょう。

 

学びを継続していくには、基本的に真面目ということが必要です

真面目、それは肉的な生真面目、堅物というのではなくて、

本当のことを追求していく思いに真面目ということです。

 

つまりは、自分て何なんだ、自分の人生これでいいのか

というようなことをいつも思いながら生きている人種でなければ、

自分の心を見るという地道な学びは長続きしません。

 

救いを、助けを、パワーをという欲の思いに応えるべく学びでないから、

動機の修正がない人達は、

一時盛り上がった思いも萎みやがてはまた肉の中に消え去っていくでしょう。

ともに行こうというのは数の問題ではありません。

思いの深さ、愛に向かって突き進んでいく思いの深さを言っています。

 

あなたは人生の目的を知らない。

人生の本当の目的をずっと知らずにきた。ずっと間違えてきた。」

あなたの中で、このメッセージを受け取ってきましたか。

そして、それに対して、「はいそうでした。」と素直に答えることができていますか。


向く方向、歩いていく方向が完全に違っていたと喜びで感じていますか。

これまでと同じパターンで生きていては、

第一歩を踏み出していくことができないと認識がありますか。

次元を超えていこうという意識の流れに乗っていくということはそういうことです。

学びはそれを伝えています。精査して認識を新たにしてください。



 

 私達人間は感じる心を持っています

ただし、心というのは、私達の身体の中、

たとえば、胸であるとか、頭であるとかそういうところにありません。


では、本当に感じる心というのはどこにあるのでしょうか。

それはあなた自身が、自分で解き明かしていく必要があります。

それが自分の人生です。

自分に用意してきた人生という時間の中で、

解き明かしていく必要があるのです。

何も持たなくても感じる心さえあればそれでよし

ということが人生万歳に繋がっていきます。



◆ 

 

日々瞑想をして、そして暮らしていく。

その中で、意識の転回は難しいと実感があると思います。

しかし、意識を転回していくことが絶対必要です。

それが意識の流れが伝えてくる波動の世界です。

だから、300年に至る時間は超厳しいというのは自ずと分かります。

宇宙のもくずということも現実味を帯びてきます。


真実の世界から肉を持ってきたという事実は大変なものでした。

それをあなたの心で感じられる瞑想ができるようになってください。



 

何の欲もなくただひたすらに、田池留吉をお母さんを思うのは難しいかもしれません。

学びをどのようにとらえているか、学びに集った動機の修正

依然としてできていなければ、思うことに欲があります。

思うことが喜び、思えることが喜びとはなりません。

それが長続きしないんです。

本当の喜びとは、一時の気分の高揚とは違います。

もう嬉しいんです。

間違い続けてきた生きる方向が、

本当に自分の中で間違ってきたと分かることが嬉しいんです。

自分の中に真っ直ぐに続く道が見える喜びとは、

そんじょそこらにある喜びとは違います。

歩みは遅くともいいです。ただ着実な歩みを。

行きつ戻りつしている間に、どこかへ行ってしまいます。

惰性で学びをして肉のままということにはならないように。

 

肉として、一人の人間として、いい人、立派な人は星の数ほどおられると思いますが、

本当のところはそうではありません。

そこのところきちんと分かっていなければ、結局は学びに触れているあなた自身も、

本道を行っていないということになるでしょう。


四方八方に拡散する思いの向け先を、ただ一点に集中していく心の強さを、

あなたは自分の中で育んでおられますか。

それは修行の厳しさではなくて、本当の喜びを伴う厳しさだと心で知っていますか。

本当だから厳しい。

厳しいけれど温かい。

自分の心で確認してみてください。


 

意識の世界のしっかりとした道筋。

それはもちろん、目に見えるはずはありません。

自分の心で感じていく以外にはありません

それを感じ分かるために、こうして今、

肉をもらい学ぶという時間を自分に用意しています。

すべては自分のためです。

何を自分は本当に求めてきたのか

肉という形を持ち形の中で生きていきながら、

自分に問いかけていく難しさはありますが、

伝えていただいたことは本当のことでした。

 

自分の苦しみの中から這い出してくるのは自分にしかできません

その苦しみは全部自分で作ったものであって、

だから自分で崩していく以外に、苦しみの自分から解き放たれることはないのです。

その方法を真っ直ぐに伝えていただいたから、

あとはそれを素直に実践していく勇気、覚悟だけでいいんです。


自分の中の本当の自分を信じられずにきたんだと、

本当に分かっていけばそのエネルギーが仕事をします

私ってすごいなあ、人間ってすごいなあ、

愛の存在を確認できるようになっています。



 

本当に学んでいこう、自分の人生今度こそ本当の人生にしていこう、

真っ直ぐに思うならば、それぞれの学びの環境は整い、

その自分の真っ直ぐな思いを実現できるように自ら計らっていきます。

愛が私達だからです。愛は決して裏切ることはありません。

愛を裏切ってきたのは、肉を本物とする思いです。


だから、ひやかし半分、二股では、当然その結果も自分のものです。

それが意識の世界の現実です。非常に分かりやすいのです。

 

限りがある肉の時間の中で、自分を学ぶ、

真実の波動の世界を学ぶ計画を自ら立ててきたことについて、

あなたはどう思われていますか。

自分に誠実に忠実に、学びを実践してください。

間違い続けてきたんです。何を。自分をです。

自分を知らずにきたんです。

最大唯一の間違いです。

これほど愚かで悲しくてやるせないことはないと思いませんか。

あなたはまた自分を知らずにその肉を置いていくのでしょうか。

 

 

 忙殺のとき、あるいは人と群れて楽しいひとときを過ごしているとき、

私達は自分の中の根源的な寂しさに触れずにいます。

心を見る学びに繋がった今も、

自分の中の奥底の底にある寂しさに気付けていない現実があるのではないでしょうか。


何も思わない、何も考えないことというのは、実は案外難しいものです。

これまでずっと、何かを考え、何かを思い、目の前のことに奔走してきた、

それが生きることだと思い続けてきた歴史があまりにも長いからです。

長過ぎました。長過ぎたから、そこから道を変えていく、

方向を変えていくことは非常に大変でありエネルギーが要ります。

しっかりと正しい瞑想を積んで実感してみてください。

 

 

 自分の人生です。それはあなた自身です。

あなたの人生、あなた自身に責任を持ってください

このあなたというのは肉のあなたではありません。

そこを取り違えると学びは絶対に分かりません。

宗教の延長線上にあるのではありません。

全く次元が違います。

と言って肉のあなたは平凡でいいのです。

肉を持って何をするべきなのか

はっきりとしっかりと分かっていればいいのです。

けれどそれが分からなければ本当のことが見えてこない、

つまり永遠に幸せとは程遠いところにあります。

 

 

 毎日の生活の中で、自分のエネルギーを感じられることが喜びです。

目に見えて、あるいは耳に聞こえて、肉があるからこそ動く心、

一瞬出すエネルギーを確認できるんです。

心の針を中に向ける大切さを伝えてもらい、

肉、形の自分ではなくてエネルギーとしての自分に触れていくことを学んでいます。


正しく生きてきた人など存在しなかったんです。

自分の本当の姿を知らずに正しく生きることなどできません。

自分を誤魔化していく空しさ、今世、しっかりと学習してください。

終止符を打って真っ直ぐに自分を受けていける喜びとともに生きていきましょう。

 

「本当にこれでいいのか。これでよかったのか。」

誰しも死ぬまでに一度は自分の人生を振り返る時がきます。

死ぬまで順風満帆の人生であるはずがありません。


けれど、本当は順風満帆なんです。

自分の生まれてきた訳を本当に知っていれば

楽しくてありがたくて仕方がないということなんでしょうけれど・・・。


「本当にこれでいいのか。これでよかったのか。」

何度も自問自答しながら、心ゆくまで学びをしていきましょう。

 

当然のことながら、それぞれに家庭環境が違い、

年齢等の肉的条件が違います。

どのような環境なら、どのような肉的条件を整えていれば、

学びをしていくのに有利かということはありません。

仮に全く同じ環境で、全く同じ肉的条件であっても、

両者が学びの効果を同じにように上げることはできません。

学びに取り組む思いの深さ、純粋さが大いに関わってきます。


しかし、さあ、学びなさい、学びましょうと

自分に自分が呼び掛けていることについては、

みんな平等、公平です。

その声、思いをどれだけ真摯にそして喜んで受けていけるかに、すべてが係っています。

このすべてというのは、あなたのこれからということです。


これから。宇宙のもくずとなるか、

それとも次元を超えてさらに自分を学んでいくのかという分かれ道です。


 

私達の時間は限りなく続いています

そして、それが私達なんです。

肉体というひとつの形を持っている時だけが大切なのではありません。

肉体があってもなくても、限りなく存在し続ける私達です

日々、正しい瞑想を繰り返し、どうぞ、自分の心で感じてみてください。

 

そうしたとき、この肉体とは何だ、何で私は今肉体があるのか

自ずと答えが見えてきます。

どういうふうにして生活をして、どういうふうにして生きていけばいいのか、見えてくるんです。

それは、心が一点に定まってくるという感覚です。

そのことが、本当の喜びと幸せに繋がっていくんだと思います。


 

死んでも持っていけるものを大切にしていきましょう。

死ねばお金は要らないんです。

健康も容姿云々も要りません。

名誉も家族も仕事もそこに存在しません。


死んでもあるものを生きているときにしっかりと知って、

その成長を計っていくことにエネルギーを傾けていきましょう。

そうすることが本当の優しさです。

そうすることが真の平和への道です。

愛に目覚めていく過程にあることを確信することが待たれています。

心で気付いた方から実践をお願いします。



◆ 

 

何かと忙しいときは、忙しい、忙しいと言いながら、

それで結構毎日が充実しているように錯覚します。錯覚です。

本来はゆったりとしてゆっくりと流れていく中で、

自分をゆったりと見る生活こそが、

充実の喜びの人生の時と言えるのではないでしょうか。


本当の人生を生きる。

本当の人生の目的に沿って、本当の人生を生きる。

ぜひぜひ、あなたも実現に漕ぎつけてください。

産まれてきてよかったと心から感じていきましょう。

 

思いを溜め込まずに、素直に自分の思いを語ることは必要です。

しかし、口は災いのもとです。

言葉を発しながら、自分の心を見ることを疎かにしないで。


互いに肉は愚かなのです。

愚かな部分を突っつきあっても結果はしれたことです。

それよりも自分から流れ出す波動、エネルギーを

しっかりと自分の中で確認することが肝要です。

私は正しいと主張するとき、必ず自分の中に戻ってみてください。

結局どうでもいいこと、大したことがないことに

躍起になっている愚かな自分の姿を見ると思います。

学びの本筋から遠くにある自分を確認してください。

 

 生活が成り立たない限り、学びを充分に進めていくことはできないでしょう。

肉一色で生きてきた私達には、悲しいかなそれが現実です。

それを踏まえて、まずは肉の安定をある程度考えてください。

安定です。安住ではありません。


自分を学ぶために生まれてきたのに、

その目的を果たせない人生は失敗の人生です。

それははっきりとしています。

タイムリミットは300年。

自分を大切にしてください。

 

 2017年、さらなる飛躍をしていきましょう。

志摩から発信できる喜びとともに、さらなる歩みをともに進めていきましょう。


あなたの歩みを一歩前へ。後ろ向きにならないでください。

たくさんの暗い真っ暗なエネルギーが押し寄せてきます。

しかし、それもまたともに帰りたい思いを伝えているんです。

温もりに、本当の自分に背いてきた思いとともに、

しっかりと本当の喜びと温もりを目指して進んでいきましょう。

 

楽しみながら、喜びながら愚かな肉を通して、

真実の波動の世界に触れていける今、それはもう喜びでしかありません。


「あなたは意識ですよ。あなたの本当の姿は目に見えないんですよ。」

そうはっきりと真っ直ぐに伝えてくれたこと、

何度も何度も自分の中に戻して、

素直に真摯に学んでいきましょう。

 

田池留吉の世界、アルバートの世界だけが実在する世界です。

愛を見誤った私達がその事実に到達する道のりは厳しいけれど、

必ず帰ってくることを信じてくれています。

田池留吉と、アルバートと、そしてお母さんと心から呼べる喜びと出会ってください。

 

宇宙を思う瞑想、あなたの中で手ごたえはありますか。

宇宙と思えばどんなエネルギー、波動を感じるでしょうか。

それはすなわち自分の中の宇宙に繋がっていきます。

アマテラスその他闇黒の宇宙を作り続けてきた私達ですが、

その宇宙がどんな変化を遂げているか、遂げていくか、

それはもう瞑想の醍醐味でしかありません。


形の世界を本物としてきた人間が神、仏、宇宙のパワーと崇め奉り、

そして威張り散らしてきた世界がいかにちっぽけで下らない世界だったのか、

宇宙を心に感じていけばいくほどに、自分の中に響き伝わってきます。

本当の自分に、本当の愛の宇宙に帰ってまいりましょう。

 

目に見えない世界、真実の波動、エネルギーの世界が

実在するのを証明するのは、自分の心です。

証明できるのは、自分の心です。


よって、心で感じられなければどうにもなりません。

感じていけば分かるのです。感じなければ分からない。

分からないから、そうだと言えません。

そうだと言えないから、信じたい、信じていこうとする思いも次第に萎えてきて、

やはり肉に流されていく結果となります。


信じる者は救われるなんて馬鹿なことは申しません。

全部自分で証明すればいいんです。

証明できる素晴らしいものを私達はみんな初めから持っているのですから。



◆ 

 

思える幸せを堪能してください。

何を思っていればいいのか、何だけを思っていればいいのか、

十二分に自分の中に伝わってくれば、もうあなたは本当に幸せなはずです。

それで不幸せだという方があれば、どうぞ、お知らせください。

田池留吉、アルバートそして、

愛そのものの母なる宇宙を思える喜びに巡り合える幸せを享受してください。

それがただひとつの喜びの道です。

一日も早く愛へ帰る道を見つけることです。

そして、たくさんの意識達とともに思いをひたすらに向けていける態勢を整えてください。

 

 自分をいたぶらないでください。

いたぶるとは、いじめる、痛みつけるという意味です。

自分を小さくしたり大きくしたりして、粗末に扱うなということです。


本当の自分と出会いたくて、たったひとつの我がふるさとへ帰りたくて、

しかしその叫びは遠く届かずに泥沼の転生を繰り返してきたんです。

自分を落として落としてきたんです。

もうこの辺で、浮上しましょう。

自分を受け容れて許して、しっかりと自分を信じていける幸せを広げていきましょう。

 

私達は友です。あなたは一人ではありません。

あなたの中から優しい母の温もりと呼び掛けが伝わってくるはずです。

優しいけれど厳しい呼び掛けです。


どうぞ、本当に素直に素直に、何の欲得もなく、

ただひたすらに田池留吉、アルバートを思ってください

私はあなたを絶対に裏切りません。

背を向け続けてきたのはあなたです。

どうぞ、素直に認めて、私を受け容れてください。

 

 

これから益々住みにくい世の中になっていくけれど、

自分の中の真実だけは絶対に変わることなく現存します。

目を閉じて思いを向けると応えてくれる波動の世界です。

確かに確かに存在する波動の世界

ここに私達はいつもともにあったんだと自分の中に伝わり響いてくれば、

もう何も言うことはないでしょう。

ただひたすらにそれだけを思って感じていけばいいんです。


田池留吉は存在します。アルバートは存在します

どんどん思いを向けてみてください。

あなたの中で応えてくれる手ごたえをどんどん感じてください。

そして、己一番の世界をどんどん崩していってください。

次元が違うことを感じていってください。


 

死ぬまで元気で楽しく学びを継続していきましょう。

私達は思いの世界にのみ生きていることを片時も忘れないようにしましょう。

思いの世界、

その自分の思いの世界が快適であればそれでいいのではないでしょうか。

まさに安全安心の世界をどんどん広げていきましょう。

どうすればいいのか、もうあなたは知っているはずです。


あなたの中心棒は健やかに順調に育っていますか。



 

 瞑想、単なる瞑想ではなくて正しい瞑想がいかに大切であるか、

日々自分の瞬間出るエネルギーを感じながら、しっかりと学んでいるでしょうか。


正しい瞑想です。

本当に自分の歩いてきた軌跡を振り返り、

自分の流してきたエネルギーをしっかりと感じ、

ブラック一色の世界にあったことを知ってください。

過去、偉業を達成されたかもしれません。

ですが偉業とはいったい何でしょうか。

自分の本質に触れずに存在してきたということが、

ブラック一色の世界にあったということなんです。

肉基準はすべてブラックです。

偉業も何もありません。

 

喜んで前向きにあなたの中のアマテラスを供養してください。

あなたの中のアマテラスをはじめとする闇黒の宇宙が、

ほんの少しでも本当の温もりに触れていけば、それは本当にすごいことなんです。

闇黒の宇宙。

それは文字通り途轍もない闇ですが、臆することなく、しっかりと向き合いましょう。

莫大な闇こそ莫大な喜びです

田池留吉、アルバートに心を向けていけばいくほどに、

あなたの心に響いてきます。

臆することなく、堂々と受け容れていきなさいと。

 

睡眠を十分取っていますか。遅くとも23時には消灯しましょう。

7時間睡眠を心掛けましょう。決して昼夜逆転の生活はしないように。

きちんと食べて、適当に身体と頭を動かしましょう。

特に適度な運動を日常的に。

肉を持つ時間、しっかりと正しい瞑想ができるように、

できる限りその環境を整え維持しましょう。

そして、自分が生まれてきた本当の意味をかみしめて、

本当の喜びと幸せを享受してください。

 

 本当に充実した幸せの人生を築いてください。

肉の喜びも幸せも、真実の道をしっかりと自分の中に見出せなければ味わえないものです。

それを欠かした人生は、どんなに喜びや幸せや達成感を感じても、

それは薄っぺらなものでしかありません。


自分を誤魔化すのだけはもう止めにしましょう。

心の底から自分が生まれてきたことに本当によかったと思えるような自分であってください。

欺瞞から自分を解き放ちましょう。

 

限りのない意識の世界、波動の世界に思いを馳せていけばいくほどに、

肉は絶えず原点、基本に戻り、真摯な思いで自分の今を見つめることが大切だとなってきます。

今、こうして肉を持っている今こそ、

どんなに自分にとってありがたい時間なのか、

真実の世界に触れてその中を進んでいくほどに感じます。


肉、形の中にどんなに何を求めようとも、

絶対に真実には出会えないことが明確に分かるから、

本当に肉のことは程々でいいんです。

おざなりではなくて程々です。

肉がおざなり、なおざりでは、意識の世界もおざなり、なおざりです。

 

 毎日が日曜日で悠々自適の生活をしている方は別として、

日頃時間に追われている方達は、

年末年始のまとまった時間はありがたいと思います。

ゆったりとお過ごしください。

瞑想をするにしても、ぼぉーとするにしても、ゆったりとお過ごしください。

学びは修行ではないんです。

ゆったりと流れる時間の中で、

しかし肉に流されることなく真っ直ぐに自分の道を歩いていく喜びを感じてください。

確実な喜びと幸せをどうぞ自分のものにしてください。

今世こそ決して後悔のない人生を。

 

 「結果を出してください。本当に学べば結果が出ます。

田池先生は生前、繰り返しおっしゃいました。

では、結果とは何なのでしょうか。


あなた、今幸せですか。

何々があるから、誰それがいるから幸せだという幸せではありません。

思えば幸せ、思えることが喜び、幸せというふうになっていますか。

つまり、自分を思う幸せ、喜びを感じていますか。

どうぞ、幸せな自分と出会っていきましょう。

死ねば何もありません。

自分の思いの世界があるだけです。

 

 

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最後まで 読んでいただいて ありがとうございます。

松岡儀典(まつおかよしのり 1946年・昭和21年の戦後生れです。

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