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令和元年の「塩川香世のメッセージ」として、

「UTAの輪のなかで ともに学ぼう」令和元年 塩川香世 を掲載。

学びの指針として、毎日更新される内容を ぜひとも確認・実行していただきたい。

 

UTAの輪 「心」の目次(田池留吉)   ←クリック

 

 

「私は意識、永遠、無限、波動、エネルギーです。」

「私は愛、あなたも愛、ひとつです。」

塩川香世 の メッセージ  

令和元年

田池留吉を思って
UTAの輪の中でともに学ぼう 令和元年
塩川 香世

2019年・令和元年 10月 22日更新

 

 

学ぶ方へ

 

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田池留吉の意識からのメッセージ  令和/R

田池留吉の意識からのメッセージH.29・30・31

 

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令和元年 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

H.31 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

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令和/R年UTA ブック塩川香世・「ZOOM(ズーム)ミーティング・瞑想会

平成31・30年UTA ブック塩川香世・NEW スカイプ反省・瞑想会

平成29・28・27・26・25年 UTA ブック ・ 塩川香世・スカイプ瞑想会

 

 

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 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

 

私が 伝えています学びは、

意識の転回、 愛の覚醒、 次元移行 です。

アルバート(田池 留吉)とは

アルバートからのメッセージ←クリック

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

宇宙を思って瞑想をしましょう。

 

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ありがとう.mp3 へのリンク

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

 

あなたはなぜ生まれてきたのでしょうか。


何をするために今という時間があるのでしょうか。


あなたは、本当の自分を知っていますか。


あなたはどういう存在でしょうか。


そして、死んだ後、どのような状態であるかご存じでしょうか。


UTAの輪。みんな、集まれ。集まれ。


肉を持つもの、持たないもの、宇宙の友よ、


みんな、みんないっしょに、愛 、心のふるさとへ帰ろう。


 
私達は、今、肉体を持っています。肉体という形を持っています。

しかし、私達の本質は意識。愛、愛のエネルギーなんです。


波動の世界がすべてでした。

私達は形の世界を本物として、

ずっと、ずっと、長い間、気の遠くなるような長い間、転生を繰り返してきました。


すべて苦しい転生でした。間違った転生でした。真っ暗闇の転生でした。

その中に真実は何もなかったんです。真実は心に届かなかった。


このことに、誰もこの地球上に転生してきた人達、

誰一人として、心で気付いた人はいなかった。

誰一人、真実を明らかにする人はいなかった。


しかし、今、こうして、私達が肉体を持っているこの三次元の中で、

ようやく、ようやく、田池留吉、アルバートという真実の波動の世界と出会い、

三十年の学びの時間を経て、私達は、真実の道、愛へ帰る道を、

自分の心の中に見出し始めています。


だから、私達は呼び掛けます。

宇宙に彷徨う私達の仲間、この三次元にやってこれなかった私達の仲間に呼び掛けます。


もちろん、肉を持ってこの地球上に転生してきた意識達にも、呼び掛けています。

ともに、ともに、帰ろうと。


愛、心のふるさと、私達のふるさとです。

私達の心のふるさとは愛でした。

愛は、私達の心のふるさとでした。

懐かしい、懐かしい母の温もりの中へ、喜びの中へ、

ただただ広がっていく中へ帰ってまいりましょう。


私達は、これから、250年、300年かけて、この地球上に、

そして宇宙に広がっている空間の中で、私達は、呼び掛けてまいります。


波動として、存在していることを、ただただ自分達の心の中で感じ合い、

共鳴し合う喜びの道を、ともに歩いていきましょう。

 

 

あなたは目に見えません。

あなたはエネルギーだからです。


日々の生活の中で、

自分の作ってきたエネルギーを感じてください。


正しい瞑想をして、

愛のエネルギーを心に感じられるようになってください。


何を間違えたのか、なぜ間違ったのか、

あなたの心で知ってください。


次元移行という意識の流れを心で知ってください。

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

 

宇宙を思って瞑想をしましょう。

 

愛へ帰る道。

母なる宇宙を心に呼び、喜び、喜びで次元を超えていく、

すべて自分が切望してきたことでした。


肉がすべて、肉を本物として生きてきた過ちの人生。

真っ暗闇の中へ落ちていくことしかできなかった過去。


過ちの人生、過ちの過去とともに帰っていく道を選んでください。

厳しくて険しいけれど、本物の優しさ、温もり、喜びの世界を

知っていくには、それしかありません。


思うは田池留吉を日々実践、実践です。

肉の時間の終わるその瞬間まで、

思うは田池留吉一筋の道を生きていきましょう。

 

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つづく(作成中) in the works

2019年・令和元年 10月 22日更新

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1782)

 

 「私は帰ります。」「どこへ。」

「私のふるさと、母なる宇宙へ。」

はっきりと自分の中で確認できていますか。


「帰りたい、帰ろうではないんです。帰ります。帰る道がすでに見えています。

その道に沿って生きていくことが、たったひとつの喜びです。」自分に宣言できますか。


これらのことを自分の中で確認でき、宣言できているかどうか、学びの歩みのポイントです。


未だに肉のあれこれで悩み苦しみ、

そんな中で学びをしていこうとしている現状であるのかどうなのか、精査が必要です。


本当の意味で敏感になりましょう。

 

心の中に真っ直ぐに届く田池留吉、アルバート、

母なる宇宙の波動の世界に生きていることを感じられる、

そんな敏感な心を蘇らせていきましょう。


闇に、自分の作ってきた闇の世界に自らを落としていく苦しみ、辛さ、

哀しみ、空しさ、哀れさ、どうぞ、今の肉を通してじっくり学んで

そして、心を次元移行へと繋いでいけるようなそれぞれに自分を成長させていってください。

 

1781)

 

 帰りたい、帰ろう、みんなどんな人もそんな心の叫びを抱えて肉をもらいます。

ただその声、思いは、肉を持ち時間が経つにつれて自分の中に隠れていきます。

その声、思いを引っ張り出してくれる現象は、

人生の時間の中で数々あるけれど、

所詮肉というものは愚かだから、

そんなことではなかなか出会えません。


やはり、今世の学びに触れた意識のように、その愚かな肉を通して、

何度も何度も繰り返し伝えていただかないと、肉に埋もれた中から、

自分の切なる思いを拾い上げていくことは、殆ど不可能だと言えるでしょう。


ほんの一握りの人達かもしれません、今世学びに触れたのは。


そのほんの一握り人達も、

自分の作ってきた他力の世界を

自分の中で崩していくことは難しいという現実を目の前にして、

本当にこの道、この道真っ直ぐに一本と生きていくと

意識の世界を変えていっている人は数少ないです。


その今世の学びを踏まえて、

これからそれぞれに大変厳しい転生が幾度か用意されています

果たして、250年後の本番に心を繋いでいけるかどうか不確実性のところもありますが、

そういう個々の事情は意識の流れの前には微々たるものです。

悠然と粛々として流れる意識の流れです。


そういう中で同時期に肉を用意し、

ともに学ばせていただいていることを喜んで、

どうぞ、自分の中の切なる思いをしっかりと現実のものとしていきましょう。


肉なき自分の世界を今、肉ある今、しっかりとはっきりと感じていけることを喜んでください。

 

 

1780) 

 

あなたが幸せならばそれでいいんです。

幸せ、あなたの思う幸せとは何ですか。

物に溢れ金に満たされ人との繋がりがあってという

そんなちっぽけなものではないことは分かっておられると思います。


どんなに肉が満たされようとも、それでは心の空洞を埋めることはできません。

本のどこかに書いたように、真実を知らずに生きている人間は心に空洞を抱えています。

それを埋めようと四苦八苦しているんです。

肉を基盤としていては埋められないと知らずに

必死にしているから、四苦八苦の人生となります。

人生の目標を定めそれに向かってチャレンジ、あるいは夢を追う人生、

聞こえはいいかもしれませんが、所詮四苦八苦の人生です。


あなたの心の空洞、今、どんな状態ですか。

ふつふつと湧いてくる喜び、幸せで満たされていますか。

それともまだ空洞のままですか。


心に空いた穴。

空しくて苦しくて寂しくて、底知れぬ不安、恐怖、

あるいは怒りのエネルギーが渦巻いているのではないですか。


真っ直ぐに自分と向き合う勇気、喜びに出会える人生にしていきましょう。


何かを手に入れなくても、もうすでに本来は満たされているのです。

愛に満たされているんです。

それを空洞と感じてしまっている愚かな偽物の自分が現存していることに

心で気付いていけるようなそれぞれに蘇ってまいりましょう。


1779)

 

 宇宙を思って瞑想をしていますか。

自分の中に母の温もりが確立しているとはっきりと感じておられる方は、

どうぞ、宇宙に思いを向けてください。


闇黒の宇宙。

まだまだ真っ暗闇に閉ざした中で苦しみ続けている闇黒の宇宙に、

帰るところがあることをしっかりと伝えてください。

もう帰ろうと心から伝えてください。


ただし、くれぐれも確認です。

自分の中に母の温もりが確立しているということを確認です。

不確実な方は、むやみやたらと宇宙に向ける瞑想をしないことです。


おそらくそういう方は、宇宙に向ける瞑想をすることに対して、

不安とか恐怖の思いを感じておられると思います。


違うんです。宇宙は喜びです。

どんなに闇黒の凄まじいエネルギーを噴き上げていても、

それは喜びの雄叫びに必ず変わっていけると確信していれば、

宇宙は喜び、その通りです。


闇黒の宇宙から喜びの宇宙にどんどん目覚めていく時期はすでに到来しています。

意識の流れの顕在化です。

形を本物とするブラックの世界は、そう遠くない時間の中で、総崩れです。

粛々と意識の流れが流れている大きな証を、

しっかりとそれぞれの心で喜んで受けていってください。


久々のライブ配信です。10月21日(月)午後2時に予定しています。

 

1778) 

 

先にも語りましたが、

学びの灯は消え去ることなく、

世代を超えて引継ぎが行われていくことに期待しますが、

残念ながら、その方向は段々にずれていくという現実は確かにあります。


それでも、これから意識の顕在化がもたらす様々な現象を見て聞いて、

体験しながら、心を田池留吉の指し示す方向に向けていこう、

それしかないという声、思いは途切れることはないでしょう。


他力的にそういう声、思いが上がってくるのではなくて、

学びに触れていく新たな意識達が、

自分達の心の中から自ずと突き上がってくる声、

思いをしっかりと心で受け止めていく方向に、

それぞれがそれぞれの歩みを進めていかれるということになると思います。


自分の心で感じた波動の世界を信じ、そこから自分の歩みを進めていくという、

すべてが自分の心の中で、自分と自分の中で学んでいく難しさはあるものの、

しっかりと自己確立の道が見え始めたならば、

こんな喜びで幸せなことはないと、しみじみ思う肉の時間となるでしょう。


そうして、自分に用意した肉持つ時間を過ごし、

心を次の転生、その次の転生へと繋いでいければいいんです。


今世をあなたの転換期にという言葉をしっかりと心に刻んで、

250年後の出会いに臨んでください。

 

1777) 

 

本当の意味で賢い人になりましょう。

頭がどんなに切れても、頭の回転かよくても、

世間に通用する心得があっても、そんなものはほんのつかの間のものです。

そんな儚い喜びや幸せはもういいんです。と私は思います。


一時の喜び、幸せでもいいですか。

肉はなるほど心地良いかもしれません。

色々なことに恵まれ、肉の思い通りに生きていければ、

万々歳の人生だと本心から思っておられる人が圧倒的でしょう。


しかし、私達は肉という形を持っていないから、

肉の喜びとか幸せをどんなに重ねようとも、私達の深部には届きません。


一瞬のうちに消え去っていく儚いものを追い求め、

結果、呪いや恨みや、不安、恐怖、空しさ等の底なしの真っ暗闇へ

自分を落としていった数々の転生を心にどっさりと抱えて、

今世、大切なひとつの肉を自分に用意してきたという事実を、決して軽く受けてはなりません。


今世です。

今世をあなたの転換期にしてくださいというメッセージを繰り返します。


私は、私達は帰ります

 

もうすでに250年後、300年後を射程距離に、

母なる宇宙を目指していく喜びの中にあります。


どうぞ、ご自分の歩みを確かなものに。

そして必ず、必ず、次元移行をともにしてまいりましょう。

 

1776)

 

 肉から意識へ、私達に示された課題です。

難しいけれど、そのハードルを飛び越えていくしかありません。

飛び越えていって初めて見えてくる真実の世界です。


肉を基盤として蓄えてきたエネルギー、

思いの世界を自分の中で解き放していくことにすべてがかかっています。


喜んで前向きに学んでいきましょう。

間違い続けてきたのはみんな同じです。

 

ただ、そこからどのように自分を真に正しい方向にいざなっていくかは、それぞれ次第です。

今世に懸けてきた思いの強さを心に感じていけばいくほどに、

もう後がないと心で知っていきます。


それは自分を追い詰めていくというのではなくて、

ただただ本当に恵まれた幸せ者の自分達だと心に知っていくということです。

後がない私達に用意してきたチャンスです。


だからこそ、ここで問題となるのは、学びに触れ学びを始めた今世に、

田池留吉という意識の世界に真っ向から反逆のエネルギーで立ち向かっていったという事実です。

 

その事実は決して見逃すことができない重要なことです。


たとえ、それが学びの過程だからであっても、

仕方がなかったということでうやむやにはできません。


私は部外者だとしている方達も決して少なくはないと思います。

本人が部外者だと思っているならば、当然反省は滞っています。

その辺り、お心当たりのある方は、今一度精査してください。

 

1775) 

 

長く学ばれてきた学びの友の現状が耳に入ってきます。


大変厳しいです。

大変厳しい現状、それはそれぞれの責任のもとで、自分の中で受けていくしかありませんが、

私の心に上がってきている思いを、この際はっきりと申します。


学びの時間の長い人達。田池先生が命がけで伝えてくれた学びです。


真実の波動の世界を田池留吉というひとつの肉を通して学ばせていただきました。

 

もちろん田池先生も約50年のブラックの時間を持っておられました。

もちろん学びの中心部分は揺らがないものですが、

ともに学ばせていただいた時間の中では色々とありました。


つまり、第一の危機、第二の危機等の中で、

いわゆる学びの雑音部分が大きくなっていた時期があったようにお聞きしています。


中でも、第一の危機と言われるものに関与されてきた方達、

たくさんおられるようですが、

その方達の反省がまだまだおざなりになっているという現実が、

今、それぞれに形となって表れている時期です。

これもまた意識の流れの顕在化というところに起因していると思います。

とにかく、歪み、正しくないものは修正を絶対に促されます。


第一の危機に私は関係ないとそっぽ向いておられる方もあるように思います。


それぞれの問題です。

闇に心を落としたままでは、真実の波動の世界とひとつに溶け込むことは不可能です。


みんな、心して学んでいきましょう。

学びはそんなに容易いものではありません。

 

これから250年に向けて、さらに厳しい転生が用意されているということを、

どの程度心で感じておられるのか分かりませんが、

今という時、今世の学びをまずはしっかりとしてください。

 

1774) 

 

自分の本当の姿を見失い愚かに生き続けてきた私達です。

どんなに苦しい中を生きてきたか。

しかし、それはみんな自分の愚かさを自らに示していただけのことでした。


それが分からずに、分かる術もなく、今の今まで転生を繰り返してきました。

地球という星を汚しに汚して、そして自分の中の宇宙もまた闇黒の中に沈めてしまいました。

そんな長い長い時間を経て、ようやく、ようやく出会いがあったのです。

 

千載一遇のチャンスの出会いです。


出会いをどんなに待ち望んできたか、

そしてその出会いをどんなに喜んでくれたか、

学びに触れた意識ならば、もうすでに自分の心で感じ味わっていることだと思います。


肉を持って学ぶという難しさをはるかに超えて、

肉を持って学ばせていただける喜び、幸せがそれぞれの心に広がっていると思います。


帰ります。帰りたいのではなく、帰るんです。

私達は帰れるんです。

 

その道筋を、どうぞ、それぞれご自分の心の中に確立してください。

そして、250年後の出会いを果たしていきましょう。

 

1773)

 

 嬉しいお話を聞かせていただきました。

今学びに触れておられる方達のお子さん、若い世代ですね、

そういう方達が近い将来セミナー参加ということになるかもしれません。


親御さんが無理に引っ張ってくるのではなくて、

あくまでも本人達の意思でセミナー参加ということになれば、

それは嬉しいです。


学びの道筋、250年後に至る道筋はすでに出来上がっていますが、

学び発信の日本の国において、次世代へ引き継ぐということは嬉しい限りです。


もちろん、将来的に例え引き継ぎがあっても、

その方向性は微妙にずれていくということは否めないけれど、

とにかく学びの灯が消え去ることがないようにと思います。


とにかく、今世学びに触れる計画のある意識は、

肉の老若男女に関わらず、その計画通りに遂行できれば万々歳です。

いいえ、肉、形からは決して推し量れない意識の世界の計画に狂いはないので、

学ぶ意識は学ぶということになるでしょう。

 

1772)

 

 意識の流れの顕在化。

それは形の世界を崩していくことです。

その勢いはスピードを増していきます。

そこに働くエネルギーの大きさも私達が未体験のものになっていくでしょう。


すべては気付き、促し、警告です。

 

そのエネルギーがプラスのエネルギーであること

気付いていかない限り、自分を落としていきます。

自らを落としていくんです。

 

なぜならば愛とは逆流の流れを自分の中に引き起こしていくことに気付いていないからです。


自分の中の愛。

確かに確かに存在する愛のエネルギー。

本当の自分。

 

その自分に目覚めていきなさいという本当の自分からのメッセージ

それをどのタイミングで真っ直ぐに受け取っていけるか、ただそれだけです。


肉の人生云々の問題ではありません。

本当に心が敏感であれば、

肉からの脱却をする時期がすでに到来していることを受信し、

その方向にどんどん自分を進めているはずです。


肉としてしか生きられない愚かさ、哀れさを、色々な形を通して、

これからさらにさらに私達に教えてくれます。

 

1771)

 

 それぞれに今世、学びに触れ学び始め、学びの時間を経過してきました。

その中で、何を選び何に重きを置いて

自分に残された肉を持つ時間を費やしていくかは、それぞれの問題です。


互いに肉を持って学ぶ時間と空間を共有している学びの友が

身近にいることについては、確かにいいことだと思います。


ただ、どういう状況にあろうとも、見るのは自分の心です。

 

自分の心の針の向け先の管理を怠らずに、

自分と自分の中で学びを進めてください。


すなわち、自己確立がどの程度捗っているのかということを、

いつも心に留め置いてください。


肉体を離せば、

つまり死ねば自分の世界が広がっているだけということが、

はっきりとします。


それを肉を持っている今、

自分の中ではっきりと認識できているかどうなのかを学んでいきましょう。


死は現実です。遠いお話ではありません。

いつまでもあると思うな肉の時間ということを忘れずに、

肉を持って何をしたかったのか、

何をするべきなのか

心して学んでください。

 

1770)

 

 自分に用意した時間です。

こんなありがたいことはありません。

肉を用意して、自分の培ってきたエネルギーをつぶさに感じ取れる、

そしてそのエネルギーの本来帰るべきところも感じている、

こんな環境の中に自分を置いているなんて、本当に私達は幸せ者です。


何を選び取っていくかを自己選択し、

その結果を自ら受けていけばいいんです。

いたって公平で平等なことです。


正しい心の向け先も伝えていただきました。

実践するかどうか、できるかどうかの問題ではありません。


意識の流れからのメッセージは確かに受け取ったのです。

そういう学びの段階です。

「確かに伝えました。」「はい、確かに受け取りました。」

そういうやり取りがあっての今の学びです。


この道真っ直ぐに、思うは田池留吉一筋の道を淡々と歩いていくことが、

自分の中で、粛々と意識の流れを遂行していくことになります。


その確信のもと、学びの輪が成長しています。

学びの輪の中心、愛に向けて心をひとつにして、それぞれの予定を完遂してください。

 

1769) 

 

自分を学ぶために、

そして、自分を地獄の奥底から救い上げたい、

本当の自分の世界へ帰っていこう、

そういう思いで、自分に肉という形を持たせたということです。

 

瞑想を重ねその思いをしっかりと確認してください。


確認出来ていますか。

 

正しい瞑想をしていくことが

自分を救いゆくたったひとつの術であることを、

今一度、いいえ何度も何度も確認してください。


肉に流れる、肉に流される、今までそうして生きてきたから、

それは容易いことだし、心地よいかもしれません。


しかし、私は学びに触れた意識には、それは肉に逃げ帰ることだと思っています。

自分に背を向けて自分を裏切っていく哀しい哀しいことだと感じます。


今世こそはという思いを、本当に今世こそ少しは現実のものとなさってください。


肉に生きても誰も責めはしません。

ただ、本当の自分を裏切り続けても、どんなに自分を見限っても、

愛の中にあるということは確かなことです。

 

愛の中にある、愛が自分なのに、愛に反逆するエネルギーを噴き出していては、

そこに大きな歪が生じていくのは自然なことです。

 

それを、色々な形を通して自分にメッセージを送っている

というのが意識の世界の仕組みです。


「自分の中の愛をまたしても捨て去っていくのか。」

これからも何度もそれぞれの心に問うてきます。

 

1768)

 

 何を選び何を本当に自分の中心に据えて生きていこうとしているのか、

どうぞ、肉を持って学びに触れている間に、自分にしっかりと問いかけていってください。


肉に生きる、今の目に見える形ある肉を自分だとして物事を推し量り、

右へ左へと交わして生きていく生き方、

そんな空しくて儚い生き方から、自分を取り戻していく一歩を踏み出していきましょう。


「どんな肉でもいい、どんな環境でもいい、とにかく私に肉をください。

私をこの世に出してください。そして、真実の波動の世界を学ぶチャンスをください。」


そう切望してきた自分自身の思いに触れてみてください。

そんな瞑想ができてくれば、

心の奥底からの自分の叫びにしっかりと応えていこうという思いになります。

 

自分を救い出したい、

自分のこれからをしっかりと明るい方向へ向けていこう、

そんな思いが次から次へと溢れ出てきます。


これは理屈ではありません。

頭、肉の自分には到底理解できないことです。

そして、肉はやはり愚かだから、肉の方向へ進んでいこうとします。

ですが、一度感じた心の疼き、心のもやもやは、

どうしても、どうしても、何としてもという思いに変わっていくでしょう。


温もりの中へ、喜びの世界へ自分を帰していこう、

素直にしっかりと自分に宣言して、そして、その道を一歩進めていきましょう。

 

1767)

 

 またひとつ、セミナーという学びの時間、空間を体験させていただきました。

250年後の本番に向けて、どなたも自分を必ず繋いでください。


次元移行という意識の流れを心にしっかりと感じ、

それぞれ、今の環境の中で、喜んで喜んで自分を学んでいきましょう。


あなたの中のたくさんの宇宙、闇黒に沈み込んできたたくさんの宇宙達が、

250年後を待っている、心から待ち望んでいることを、

今の肉を通して心に響いてきていますか。


異語が飛び出てきます。ともに帰ろうの思いで呼びかけています。


苦しい真っ暗な転生を繰り返し、宇宙に闇を振りまいてきたのはみんな同じです。

しかし、今世を境にして変わっていけることを学ばせていただきました。

伝えていただいた真実の波動の世界を心に育み、

真っ直ぐに、田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思う瞑想を楽しみます。


田池留吉の肉とともに学んだ大変貴重な時間と空間。


出会いたかったアルバートの波動の世界でした。

心を貫通した衝撃は、そのまま250年後の来世の私に届き、

まだ肉持たない来世の私が引導してくれています。

 

1766) 

 

肉基盤と意識基盤は全く違います。

瞑想をして感じる世界にその違いははっきりと表れます。


と言っても、意識の世界は目に見えない、形はない、色も匂いも何もない

ただそれぞれの心で感じ広げていく世界です。


だから、自分の心で感じそして感じたものを信じていく学びの姿勢が問われます。

波動の世界を信じる信の強さがどの程度のものなのかということです。

そしてその信が強く深くなってくれば、どうでしょうか、

肉のことに思い、エネルギーを傾けていく生き方、考え方は自ずと弱まっているでしょう。


二足の草鞋では絶対に意識の世界、真実の波動の世界を進んでいくことはできません。

肉はできると思っているんです。できません。

そんなに意識の転回、真実の波動の世界を学んでいくことは簡単なことではありません


肉、肉の中に生きてきた意識、私達にとって、それが現実です。


しかし、今世です。

今世を転換期にということで、意識の流れがいよいよはっきりと顕在化してくるのです。

そういうことを、瞑想の中で、自分の心に響いてくればいいと思います。

あとはそれぞれの選択です。そしてその結果はもちろんそれぞれのものです。


ふるさと、たったひとつの自分達のふるさと、愛へ帰る道をともに歩いていきませんか。

 

1765)

 

 宇宙を思う瞑想。

果てしなくどこまでも広がっていく意識の世界に心を向けて合わせる。

思いを馳せる、馳せられる今の幸せをどなたも心に深く感じてまいりましょう。


私達は、肉、形というちっぽけな世界の中に生きているのではありません。


そうかといって、肉を持って学ぶ時間を用意している今、

やはり肉の法則にはある程度沿って生活をするということは必要です。


最低限度、肉の掟を守り、無用なトラブルは避け、

自分に肉を用意してきた本当の意味を心からしっかりと味わい、

本当に喜び喜びの人生の時を迎えていきましょう。


もう苦しみの奥底に沈み込んでいくだけの転生は終わりにしましょう。


ふわっと浮き上がって、そして遥かなる宇宙、

温かい温もりの喜び、安らぎの宇宙

を目指してそこへ自分を帰していきましょう。


ありがとう、本当にありがとうございましたと心から自分に伝えて、

さらなる進化を果たしていくことが喜びです。

 

1764) 

 

一番大切な、いいえたったひとつの大切な大切なことを心で感じ知り得る、

こんな幸せな転生は初めて、本当に幸せだと思います。


存在しない神、仏を追い求め、宇宙のパワーもまた然りでした。

苦しい、苦しい転生の数々。自分を落とすことしかできなかった転生の数々。

這い上がってきました。奈落の底の底から這い上がってきて、ようやく心に灯した灯りです。


心が叫びます。

心の底から奥底から叫びます。

「やっと、やっと、やっとだ。」


嬉しくてありがたくて、本当にこれは現実なんだと、

長い時間を経てここに行き当たったことを実感しています。


もちろん、本当の自分へ愛へ帰る道はようやく始まったばかりです。

しかし、ようやく巡り合えたことに何はさておいても喜びです。


ブラックのエネルギーだけを量産し垂れ流してきたことを、

しっかりと心で反省し、

それでもこうして生き直すことを待たれていると思えば、

大きな大きな励みとなります。

 

1763)

 

 UTAブックさんのホームページに掲載されていますが、

10月17日、9時15分から15分程度、ともに瞑想をしていただく方を待っています。


基本的には短い原稿を送付された方達の中からということになりますが、

物事には例外がありますので、そこはご了承ください。


基本は、UTAブックさん主催の「死ぬまで瞑想会」と考えています。


原稿送付という条件、その原稿送付がメール送付という条件、

色々と条件がありますが、そういうことに関係なくあなたどうですかと

お声掛けさせていただく場合があるかもしれません。


連絡させていただいてご都合よろしければ、ともに瞑想をしましょう。

 

1762) 

 

田池留吉、アルバート、そして宇宙を思うことがどんなに喜びで幸せか、

それは心で感じるということがなければ、到底分からないことです。

分からないから信じられない、信じようとしない、

そして結局は肉に逃げ帰っていくことになります。


もうそういうことは止めにしませんかとお伝えしています。


肉に逃げ帰る、何て失礼な、私は決してそんなつもりはない、

私は私の人生これで大満足なんだということかもしれませんが、

それは肉の世界しか知らないから、そんなことが言えるんだと思います。


本当に心で田池留吉、アルバート、どこまでも広がっていく温かな喜びを感じたならば、

決してそんなことは言えないし、思えないはずなんですが、

それは、それぞれがそれぞれの心で感じなければ仕方がありません。


自分の心で感じ感じたものを信じ、

そこから自分の生きていく方向を自分で決定していってくださいということになります。


意識の流れは厳然として存在しているし、

粛々として仕事をしていることは動かせない事実だから、

それがやがて形となって、それぞれに公平に平等に割り当てられていくでしょう。


そこから心が何を受け取っていくか、

どう自分が流れていくのか、

決定権はそれぞれにあります。

1761)

 

 自分が自分に用意した肉を持つ時間。

本当の自分が偽物の自分に用意した肉を持つ時間。

さて、あなたはどのようにその持ち時間を過ごしていますか。


偽物の自分の思いを少しでも本当の自分の思いに変えて、

自分の中の壁を取っ払い隔たりをなくし、

少しでも住み心地の良い、風通しの良い、安住の地を広げていけるような、

そんな時間となれば幸せの道、喜びの道は自ずと見えています。


壁を作り閉鎖的なじめじめとした中にいたと分かるには、

開けた明るい爽やかな空間を感じることが必要でしょう。


そんな空気、風を心に感じ始めれば、

いかに閉鎖的な重苦しい中で固まるしかなかったかを心で知り、

そんな自分にどんどん届けたくなります。


頭も五官も何も要らない。

ただ目を閉じて思う思いの方向が定まってくれば、

意識の世界が自ずと仕事をします。

 

1760)

 

 私の中では明確な線引きがあります。できています。

それは田池先生の肉がある間の学び、肉がなくなってからの学び。


その肉がある間に学ばせていただいた段階は、予定通り無事終了という認識でいます。

それを土台に今自分の肉がある間の学びの段階に取り組んでいます。

そして、その後、肉がない間の段階、再び肉を持って出会い、

三次元最終段階の仕上げという計画です。


今世、同時期に肉を持たせていただき、ドンピシャの学びをさせていただきました。

的に的中したという感覚です。


それを経て、あとは私の心掛けひとつです。

三次元最終のお勉強を見事クリアして、

そして、さらに意識の世界を学んでいく旅路は限りなく続いていく

そう思いを馳せれば、本当に幸せだと思います。


闇黒の宇宙に成り下がってきた意識の世界に巡ってきた千載一遇のチャンス

そのご自覚のもとに、それぞれの歩みをしっかりと前に一歩出していきましょう。


「ともに帰る、いざ行かん。」深く心に刻んでください。

 

1759)

 

 心から叫んでいる自分自身をしっかりと受け止めて、

そしてもう帰りましょう

散々自分を苦しめてきました。

奈落の底で苦しみ喘いできた時間は長いです。

長い、長過ぎました。

自分は肉だとする真っ暗な中から抜け出して、

明るくて温かい安らぎの空間に自らをいざなってください。


心の叫び、それは色々な事を通し、現象という形で自分に自分が伝えます。


その時、自分の心を見るということを知らなければ、

つまり、心の針の向け先が自分の外ではなくて、

中に向けるということを実践していなければ、

今、自分に起こっている様々な事に対して、

形の中で最善の処理をするという方向にのみ行きます。


もちろん、ある程度の対策は必要でしょうけれど、

それで終わり、万全というのは違っています。


学びに触れた私達には、

現象というのは心を見る、自分を見るチャンスなんです。

肉として色々な苦痛、困難を伴う現象かもしれませんが、

それ以上に意識の世界、心は悲痛な状態だということです。


思いを向けるその向け先が全部外だったことに、まず気付きましょう。


形の修復は副として、

主は思う思いの向け先はどこなのかをしっかりと確認です。

 

1758) 

 

心の体験を重ねてください。

学びの場であるセミナーは、それぞれがそれぞれの心で感じ体験して

そして、そこから自分の歩みを前に進めていくということに重点を置いています。


もうひとつの学びの場は、それぞれの日常生活の中です。

様々な出来事、人との関わりを通して、瞬時に自分の中に感じるエネルギーを確認して、

そしてそのエネルギーの質の変換をする作業を淡々としていく、それが私達の日常の時間です。


お金儲け、人助け、世間からの評価を求める、家族の形成等々、

それらは肉を持ってする本来の仕事ではありません。


はっきりとしてください。

自分の中をはっきりとさせて、学びをするのかそれとも、

肉一色のこれまでと同じ生き方をするのか、それぞれの心で選択してください。


あなたが自分の決断をするんです。

自分の人生、自分の生きる道です。


その道がどんな道なのか、とっくりとこれからの時間をかけて自分に伝えてくれるでしょう。


自分が思いの世界に生きているということを、

色々な形を通して自分に知らしめます。

それが愛のパワー、愛ゆえの自分からのメッセージです。

 

1757)

 

 欲に塗れ、金に塗れ、神、仏の世界があると信じ、宇宙のパワーを追い求め、

自分を見失ってきた結果を、これまでに嫌というほどに味わってきました。

 

誰一人例外はありません。

 

そんな自分の実態を知っていこうと勇気を振り絞って生まれてきたんです。

学びに触れているんです。そこのところ、はっきりと心で知ってください。


今世、どんなに肉塗れの中で肉一色で生きてきたとしても、

ひとたび学びに触れたその瞬間から、

心から離すことなどできなかったのではないでしょうか。

遅々として進まない学びかもしれませんが、

これしかない、この学びだと心から突き上がってくること、しきりでしょう。

 


くそ田池と叫びながら何とも言えない喜び、嬉しさ、幸せを味わってきましたよね。


心の体験、大切になさってください。

そして、田池先生とともに学ばせていただいた方は、

とんでもない大きな宝物を自分に持たせたと心から喜んでください。

その喜びの思いで、今世の肉ある限り喜んで自分を学んでいきましょう。

そして、次の転生に自分を繋いでください。


「いざ行かん」250年後の出会いから力強い発信があります。

心のど真ん中でしっかりと受け止めて、そして、そして、ともにともに帰りましょう。

 

1756) 

 

肉の世界は複雑怪奇であっても、

自分の住む意識の世界、思いの世界は出来るだけシンプルにしましょう。


出来るだけシンプルには、控えめな表現です。

限りなくシンプルにを、心掛けてください。


意識の世界には選択肢などなく、ただ一点を目指して生きていくだけです。

一点以外は、全部ブラックです。


あなたの中の田池留吉の世界に心の針を向けて合わせていって、

心に広がっていく波動の世界、意識の世界を感じていれば、

肉の心、表面的な部分は揺れることはあっても、修正は容易いです。

一時揺れても、すうっとまた心の針のぶれを正していくはずです。


揺れっぱなし、ぶれっぱなしなどあり得ません。

そのトレーニングを重ねていく時間が、今世の肉を持って学ぶ時間です。


中心棒の確立、自己確立、どの程度捗っていますか。


それぞれに自ら用意してきた教材を通して、しっかりと学ばせていただきましょう。

 

1755)

 

 「出会いをありがとうございます。」

目を閉じて思いを向けると、そんな思いがいつも上がってきます。


今度こそはという思いとともに喜びで生まれてきたのに、

喜びでは死ねなかった苦しい心の歴史が山積みです。


本当のことを知らずに真っ暗闇の中へ帰っていった数々の自分。


真っ暗闇の中に沈み込んでいくしかなかった転生だったけれど、

今度こそはという思いが、今世ようやく実現の方向に動き出しました。


それもこれも、千載一遇の出会いを持たせていただいたからこそです。


自分の心に感じ響き伝わってくるということがなければ

、250年後、300年後、次元移行と言われても、雲をつかむようなお話でしょう。


しかし、どんなに肉の中に生きようとしても、

肉、形の世界は悉く崩れ去っていく総崩れの時を体験していけば、

それも何度もそういう体験をすれば、

何かが違っているのではないかというところに行き当たると思います。


「意識の流れは厳然としてある。

そして粛々として仕事をしている。」


さらに目に見える形を通して証明されていきます。

 

1754) 

 

みんな愛に、本当の自分に帰ることを切望しています。

気付いているかいないかだけのことです。


心で気付いた方から軌道修正を始めればいいんです。

 

自分の生きていく方向はこっちだと明確に心に響いてくれば、

ただひたすらにその方向に心の針を向けて合わせていく作業を淡々とやっていくだけです。


自ずと幸せを感じます。喜び、嬉しさ、安らぎを感じます。


もちろん、自分の中に蓄えてきた凄まじいエネルギーも感じます。


しかし、もうそれによって、

自分を苦しみの底に沈めていくことはないという確信もまた芽生えているから、

どんどんその凄まじいエネルギーを吸収していけるんです。


一点は絶対に揺らがない。

ぶれずにただ一点をしっかりと見て生きていくことが自然になってきます。


今世、肉を持って学びに繋がるという自分の計画が何を意味するのか、

どんなにすごいことなのか、自分の心で分かってきたならば、ただただ嬉しいだけです。

 

その嬉しさは何があっても揺らぐことはない、そういうものです。

 

喜んでいるのに、いたのに、

何かのきっかけでそれが崩れていく、

それは喜びが違っていたのです。

意識の世界ははっきりとしています。

 

1753) 

 

学びは誰彼の境なく積極的に勧めるというものではないと私は思っています。

ましてや強制するものではありません。


肉一筋、肉一色で生きてきた意識にとって、

肉から意識へ自分の基盤を変えていくことは生易しいものではありません。


相当の覚悟と決意が必要です。そして、それは自分で決めていくことです。


濁流の世の中の流れの中で、いかに自分の本意を極めていくか、

あなたにはその自信がありますか。確信がありますか。


肉の中では人と人との繋がり、関わりがあります。

そのなかで愛しく近しいとしている人達と生きていく方向が完全に違っているということであっても、

あなたは、自分の信じた生き方を貫いていくことができますか。


肉は愛しく近しくても、生きていく方向、見ていく方向が違うということであれば、

住む世界が違っているということです。

その現実をはっきりと認識して生活をしてください。


自分に用意してきた肉を持つ時間、人生の時を大切にしていきましょう。

肉に生きる生き方は苦しみです

しかし、それはそれぞれの心で気付いていく必要があります。

心で気付いたならば、軌道修正に取り組むはずです。

どんなに自分を粗末に、みんなを粗末に扱ってきたかを知るからです。

 

1752)

 

 自分の中の落ちた意識、自分を確認して、そして瞑想。

それが幸せだと感じられるのは、自分のこれから先を心で知っているからです。


肉に生きてきたこれまでの時間はなかったことにはできないけれど、

しかし、やり直し、生き直しができることを学ばせていただきました。


本来の自分の軌道に自分を乗せて、これからを生きていくと思えば、

どこを向いていけばいいのかと、真っ暗闇の中を苦しみ続けてきた苦しみ、

哀しみからようやく自分を解き放していける安堵感が

自分を支えていると分かるから、幸せだと思います。


思いの世界に生きていた自分だったと本当に心から分かっていけば、

その思いの世界が少しでも住み心地のいいところにしたいと思うはずです。

どうすればそうなるのかと、色々と学ばせていただいているのが今世です。


健康で長生きしても、自分の本来生きていくべき方向を知らなければ、

そしてそれに確信が持てなければ、空しい人生だとはっきりと感じます。

 

1751) 

 

みんな中がドロドロのまま転生を繰り返してきました。

そんな意識が自らのドロドロをしっかりと確認しようと、

今世、肉を用意し学びに集う計画を立ててきました。

しっかりと確認しようとしつつ、同時に自らの過ちを認める口惜しさ、恐怖が、

もちろんあったから、なかなかすんなりとは心で受けていくことはできない学びでした。

肉は学ぼうとしても、中が徹底抗戦の構え、それを崩すということが難しかった。


ああ、こいつがそれを私達に促していくやつなんだ。肉はぼんくらでも中は知っていました。


私は、自分の中に蓄えてきた凄まじいブラックのエネルギーが、

肉を突き破っていくだけでは大変な状態になるということを、

中が素早く察知し、早く分かりたいとする肉の思いに、母の温もりを確立するまではと、

自らに歯止めをかけていたことを知ったとき、ありがたいと思うと同時に、

今世は本当に大切な時なんだと実感してきました。

 

そしてまた、限りがある肉を通しての学びの時間だから、

その時間内に今世は今世の予定を滞りなく終了させる計らいがあると感じてきました。

そう田池留吉の意識の世界は語ってくれていました。

肉をともにして学ばせていただいたことに感謝しかありません。


意識の流れに委ねていくだけなんだ、

肉は何ほどのものでもない、そう思います。

 

1750) 

 

ともに行こうと呼び掛けています。

ともに意識の流れからのメッセージに従って

次元を超えてまいりましょうと、ただその思いでいます。


この次元を超えて、そして遥かなる宇宙を目指して、ともにともに生きていこうと、

私達は今世という時に肉を自らに用意し、

そして念願だった真実の波動の世界を学ぶチャンスに恵まれました。


田池留吉という一人の肉の人間を通し、

その波動の世界を学ばせていただいた事実を、

それぞれの心でしっかりとかみしめてください。


すごいことでした。

 

そして今、その肉がない今ですが、心に響き伝わってくる波動をしっかりと受けて、

自分達の心の向け先を合わせられるように精進してまいりましょう。


ああ、もうすぐです。

 

三次元最終の学びの時間を経て、

そしてともに生きていく喜びの流れの中に溶け込んでいきましょう。


道を大きく踏み外し自ら苦しんできたけれど、

それもみんなようやく自分のこれからの糧にできることを心で確信して、

今の肉を終えてください。

 

1749) 

 

肉が必要だったんです。どうしても今世生まれたかった。

それまでの転生以上に肉がほしいと申し出ました。

何としても肉を持ち、そして出会うんだという思いを固く持ってきました。


強い非常に強い決意を感じる、そう田池先生からも言ってもらいました。

出会うべくして出会った出会いを心から私は喜んでいます。


全部意識の流れの中の出来事です。

その流れに逆らい続けてきたのがこれまでの転生でした。


幸せなど分かるはずはありませんでした。

喜びとは程遠い世界に沈み込んできた自分の世界でした。


あなたも同じです。

どんな環境でもいい、肉を持たせてくださいと願い出たことが心に響いてくれば、

これからの厳しい転生も必ず乗り切れることを知ってください。


闇に沈むだけの転生はもう卒業です。

まだまだ真っ暗闇の中かもしれないけれど、

しかし、遠くに遠くに薄らぼんやりと灯っている灯りがあることを信じて、

そして自分の中のその灯りを自ら消し去らないように、生きていきましょう。

 

1748) 

 

闇に沈むのは簡単、というかまだまだ闇に沈んだ状態だというのが現実でしょう。

厳しい査定で学びと取り組んでいきましょう。


肉から意識への転回の進捗度を試すチャンスがそれぞれに用意されています

まずはそういう時間がこれからの肉を持つ時間だということを確認です。


これからは肉を持って肉の人生を生きていくのではないということ、

まず今世はそこを正していきましょう。生きる目的です。

肉を持つ意味をはっきりと自覚できているかどうかです。


生きていく方向、見定めていく方向を確認、

さらに確認してください。


皆さん、それぞれに学びの仲間達とともにお勉強する時間を持っておられるようです。

その時間を有効に活用して、自分の学びを前に進めてください。

学びはここまでというものではありません。


まだまだ、まだまだに違いないけれど、必ず、必ずという思いを持ち続けてください。

諦めて投げ出せば、もうそこで自ら幕を引いていくことになります。

そんな哀しい幕引きとは今世を限りに決別してください。

 

1747)

 

本気になって学びと取り組む、つまりは自分と取り組む、

そんな思いを心に自ら感じてこなければ、学びを完遂することは難しいでしょう。


私達みんな過去より他力の道を歩いてきました。他力の道、欲の道です。


神の世界を求め仏の世界に帰依することとはどういうことなのか、

全く、全く何も分からずにきた私達でした。

真っ暗闇のドロドロの波動を垂れ流したまま、

数限りない転生の機会を持たせていただいて今世に至っています。


このことをどう思っていますか。

どういうことなのか、まだ心で分かりませんか。

心で感じることができませんか。

 

どんなに愚かな私達なのかということを

心にしっかりとはっきりと感じることからすべてが始まるのではないでしょうか。


今世、私は心酔した宗教はないと言わないでください。

肉のあなたには記憶はないかもしれませんが、

あなたの心の中、意識の世界にずっしりと重なり合わさっている

神、仏への思いを抱えて、今のその肉を自分に用意した事実は絶対に動かせません。


知っていきましょう。認めていきましょう。

そうしないと、いつまで経っても何も変わりません。

ただ心が少々敏感になっただけです。

その敏感な心で、自分を本当に救い出していくことができますか。

 

愛という本当の自分に目覚めていく道はそんなに生易しい道ではありません。


本当の自分の存在を信じず、信じられずでは、まだまだ真っ暗闇の中。

それが偽らざる自分達の現実です。

 

1746)

 

形の世界の総崩れ。

これは意識の転回に必至の出来事です。

 

形の世界が総崩れしていく、

自分達のここは絶対に離せないというものが自分達の目の前から消え去っていく、

そんな現実を目の前にして茫然自失の状態に自らを落としていく過程の中で、

もう後がない状態の中で、ふわっと心に浮き上がってくるものがある、それは一体何なのでしょう。


肉、形を本物とする中では、そういう状態になれば自ら落ちていくしかありませんが、

本当に学んでこられたかどうかの結果がそこで出てきます。


ポーンと飛び出ていく瞬間です。

そこからが意識の世界のお勉強の始まり、始まりです。


その予習を今世、私達はさせていただいています。

意識の流れに同化していくというフレーズが出てきます。

頭では分かりません。説明などできません。

ですが、そうしていくんだなあと心に感じます。

本当の自分に帰る、愛に帰るとはそういうことだと感じます。


今の私達がすることは、思うは田池留吉、田池留吉一筋に生きていく、

ゆったりと喜んで生きていく、それしかありません。

 

1745)

 

 何のために生まれてきたのか、やはりいつもそこに戻ってください。

そこからいつも始めてください。


本当のこと、真実の波動の世界を心で知っていくためには、

今の私達には肉が必要です。

 

肉を通して自分の蓄えてきた闇黒のエネルギー、

すなわち自分自身を知っていくという学びの段階です。


色々な出来事に遭遇します。色々な人との出会いがあります。

日々の生活を通して、

自分が生まれてきた本当の意味を心で知っていく時間。

それが自分が自分に用意した肉を持つ時間、すなわちいわゆる人生と呼ばれる時間です。


人生の目的を大きく逸脱してきた私達のこれまでの転生だったと、

あなたはどの程度、自分の心で分かっておられますか。


今世を自分の転換期にするということは、意識の転回に取りかかるということです。


学びは宗教ではないんです。

 

自分の存在意義を見極めていく、

つまり本当の自分を取り戻していくため、

私達は生まれてくることをお忘れなく。

1744)

 

 これまでと同じ轍を踏むことのないように、

今世の肉を持って学ぶ時間を大切になさってください。

自分のために大切になさってください。


それぞれの心の中に作ってきた闇黒の宇宙が

本来の温もりの宇宙へ変わっていけることを信じてください。

信を深めていくこと、喜びで信を深めていくこと、ただそれだけです。


「宇宙へ帰りたかった。宇宙へ帰ります。」

心の叫びをしっかりと受け止めて、肉という壁を崩してください。


全部自分が堰き止めていることを心で知っていけば、ただただ嬉しいだけです。

その堰き止めている思いを緩め弱めていけばいくほどに、

心に喜びが幸せが安らぎが広がっていきます。


宇宙をさらに思える喜びと幸せの中にあることを感じ、

どんどんその中に入っていきます。

よかった、よかった、嬉しい、嬉しい、

ただただそう響き伝わってくる思いの中で、

肉という形を持っている今にありがとうだけです。

 

この形ある私は私であって私でないんだ、

その思いを大きく育てていってください。

 

1743)

 

 もう時間はありません。

感じておられると思いますが、1年あっという間に過ぎ去っていきます。

あなたは学びに触れて何年経ちますか。

その結果、今どうですか。あなた幸せですか。

向いていく方向、大丈夫ですか。


死後の自分から、そして再び肉を持ってくる自分から、

今のあなたへ何を伝えてくれていますか。


それぞれにあと何回かの転生があると思います。

厳しい転生です。

その転生を経て、必ず250年後の再会、意識の再会を果たしてください。


安穏と暮らしていける転生ではないですが、

その心の体験は、250年後の呼び掛けにしっかりと反応してくれるでしょう。


250年前、ここ日本の国でともに学んだことを思い出し、

最終転生の残りの肉を持つ時間、

意識と意識の出会いを大いに喜んで楽しんでまいりましょう。

 

疲弊しきった心の奥底から噴き上がってくるエネルギーは、

宇宙、母なる宇宙を目指します。

喜びで喜びでただただ母なる宇宙、

自分達のふるさとへ帰れることを伝え合ってきます。

 

 

1742)

 

 肉という狭い小さな中で自分が苦しみ続けていく愚かさに、

一日でも早く 心で気付いてください。


肉の中にいれば、どうしても目に見えて耳に聞こえるものに対して心が向きます。

だから、肉を持ちながら、五官を閉じる瞑想の時間を確保することが必要となってきます。


その瞑想の時間を充分に活用してください。

活用できる環境を整えてください。

若いときは少々身体が疲れていても、気力が落ちることは殆どありません。

自分の中の凄まじいエネルギーを受け止めていける体力、気力のあるうちに

自分の学びをしっかりとやってください。


そして、今世、肉のある間に様々な現象を体験して、

それでも学びをひたすらに真っ直ぐに進めていけるかどうか、自分の心で学んでください。


肉、形の世界は悉く崩壊してまいります。

 

崩壊し尽くしていく中で、それぞれがそれぞれの心を見て心に突き上がってくるエネルギーを、

喜び、温もり、真なる波動の世界へと返していく喜びを味わいましょう。


肉、形を見ていては、自分を見失います。

肉、形の世界を通して、

本当の自分の世界を見る、感じる、

本当の自分の中の愛へ戻っていく、

その道筋をきちんと確立してください。

 

1741)

 

 自分の切なる思いを絶対に今世こそ実現する。

固い決意のもと肉を用意してきたんです。

私もあなたも同じです。

ただその自覚があるかどうか、どの程度の自覚なのか、それはみんな違います。


自覚して、予定通り、計画通りに歩んでいると確信があれば幸いです。


全部用意してきました。

それらを活用して意識の流れの中、

次元移行を果たしていくという確たる思いを確認し、

育んでいくことを学んでいます。


宇宙。宇宙へ帰る。心からの願いでした。

この地球上に降り立った瞬間から、私達はその思いを秘めていたのでした。


それを心で感じ始めていくと、ただただ嬉しいだけです。

なぜならば、ようやくその秘めたる思いが実現の方向へ進んでいると心で知るからです。


生きていく方向が定まり、思う方向が定まり、

帰るべきところがあったことを知った、

それは喜び以外のなにものでもありません。


あなたの心が知っています。

どうぞ、正しい瞑想を始めてみてください。

純度が上がってくると、どなたの心にも響いてくることです。


アルバート、そうアルバートを呼んでいるあなたの心が、

あなた自身が心の奥底から突き上がってくるでしょう。

 

1740) 

 

心ここにあらず。最近特にそんな思いが心に上がってきます。

肉のことについて、強く心惹かれるものは何もなし。

肉については、日々やるべきことを淡々と済ませていけば、もうそれで充分。


特にどこかへ行きたいわけでもなく、

何か美味しいものを食べたいわけでもなく、

購買意欲も生活必需品以外については随分弱まったという感じ。


と言ってさあこれから瞑想をしましょうと意気込んでいるわけでもなし。


瞑想をしましょうとしなくても、

ふうっと思いを馳せる術を心得ているのかなあと思う。

 

そんな中にいることがやはり心地いいから、

肉は取り立てて何もしなくても、幸せ安らぎを感じます。


逆に段取りを整えて心と身体、頭を使う日常は

何て哀しい日常なんだというふうに感じてきます。

肉100%の時は、それが心地よかったけれど、

こうして自分を学ばせていただく時間に恵まれている今は違います。


自分の本来の行き先を今、肉を持っている今、

はっきりと確認できることが何よりも幸せです。

私はともに帰ります。

元あった私のところへ、喜びで帰ります。

アルバートの波動が私の中を貫通した衝撃で目が覚めたのでした。

それが今世の結果です。

 

1739)

 

 心のふるさと、母なる宇宙へ。

すべてはその思いの表れでした。

苦しみ続けてきたけれど、ようやく、ようやく今世の肉を通して、

自分の生きていくべき方向が定まりました。


あとは、肉を持っている間は肉の中で流れていくだけです。

流されるのではなく、自分の中の流れに流れながら肉は肉の中に流れていくのです。


もちろん、自分の中の流れと肉の流れは違います。逆流を感じます。


ですが、自分の中の流れ、意識の流れに乗っている

自分自身を感じる心には、何よりも力強い思いが存在します。

ひとつだという思いです。

この流れの中にひとつに溶け合って存在していくことだけが、

喜びと幸せの道だと心に知っているから、ただひたすらに真っ直ぐです。


私達は肉ではありません。

自分の中の自分へ、愛の自分へ蘇っていくことだけが、

私達に残されたたったひとつの喜びの道です。

 

1738)

 

 嬉しい。嬉しい。思いをキーで打ち込みます。それが嬉しい。

田池留吉、アルバートとひとつの思いが嬉しい。


ただただ嬉しい。何も要らない。

こうして出会いを持たせていただいている今があることに、

ただただ嬉しさ、喜び、幸せを感じます。


瞑想をすると仲間が響き合ってきます。宇宙の仲間達です。

ともにある喜びの中へ、ひとつになって進んでいける喜びだけです。


宇宙を思う瞑想。

こうして私達はひとつだと互いに伝え合っていけるんです。

形の世界は自ずと崩れていきます。


崩れていくことにどんな思いが飛び出していくか、

そんなことには関係なく、形の世界の崩壊は続いていくでしょう。


何もない、だけどある。

ここに、ここのところに行き当たるまで、

肉という人間は、自分を肉だという思いから自分を救い出すことは不可能です。

「そこから飛び出してきなさい、あなたの住んでいるところはそこではないんですよ。」

絶えず、絶えず、そのいざない、呼び掛けは続いていきます。


「目を覚ましなさい。」

愛というエネルギーが心の奥底から揺さぶりをかけ続けます。

 

1737)

 

 田池留吉を思う、アルバートと呼ぶ、思える、呼べる、

どんなに幸せなことなのか、どんなに喜びなのか。

これはそれぞれがそれぞれの心で、体験実感しないと、到底分かるものではありません。


どんなにアルバートと出会いたかったか、

田池留吉の肉を通してアルバートの波動の世界

学ばせていただいた私達は、どんなに幸せ者なのでしょうか。


私ははっきりとそう知っています。感じています。

宇宙へ帰りたかったんです。

ずっと苦しみの奥底に彷徨い沈み喘ぎながら、

それでも待っていたんだと思います。

だから何度も何度もチャンスを用意しました。

だけど、そのチャンスを活かすことは叶いませんでした。


呼びました。求めました。

ようやく、その思いが実現の方向へ動き始めたのだと思います。

真実の世界から肉という形を持って、その形を通して学ぶという方向へ。


もうすごいと思いました。

アルバートと出会った衝撃は、私の中を貫通しました。

決して大げさな表現ではありません。

それほどアルバートを待っていた、出会いたかったということだったんです。


だから、250年後のあと一回の転生はすごい展開になります。

同時期に肉を持たせていただいて、エネルギーが出会いを持たせていただいて、

そしてひとつになって次元を超えていく、壮大な計画に身震いします。

 

 

1736)

 

 出会いを喜んでください。喜んでいきましょう。

たったひとつのふるさと、自分達のたったひとつのふるさとは、愛です

母なる宇宙です。


到底頭では分かりません。ですが、どなたの心にも響き伝わってくるんです。

私達はひとつだからです。肉はバラバラ。一人、一人です。


そこからは真実の世界は何も見えてきません。

その中で、私達は散々苦しんできました。己、己を掲げて自滅してきました。

忘れましたか。どうぞ、しっかりと思い起こしてください。


そんな最低の低、ていたらくの自分達だった、自分達だ、まずそこからです。

それを心で知れば知るほどに気付いていきます。

愛に、本当の自分に引導されていることに。


それは初めからそうでした。

初めから幸せだった、何もなくとも幸せだった、それが私達だった、

そう気付くか気付けないか、その違いだけでした。


その違いは天と地ですが、ようやく、今世を境にして転換していく流れとなりました。

いざないを素直にしっかりと真っ直ぐに受け取ってください。


私達は帰ります。愛へ、母なる宇宙へ帰ります。

250年、300年かけてそのいざない、呼び掛けは怒涛の如くなされていきます。

 

1735)

 

 何を求めてきたか、何を探してきたか、

そして、どの方向に心を向けていけばいいのか、

みんな自分の中に答えがあるから、

その答えを紐解いていけるように学びなさいと伝えていただきました。

 


手順は母の反省、他力の反省、学びの動機の修正というふうな感じで、

学びを進めてこられたといます。


これらは互いに相乗効果をもたらします。

 

まず母の反省、母を思う瞑想、

ゼロ歳の瞑想を通して母の温もりを

自分の中に確立していけば、

他力の反省が捗ります。

 

他力の反省が進んでいけば、

動機の修正は自ずと進んでいくし、

そうなっていけば、

さらに温もりの世界が確立していきます。

 


そして、最後の詰めは瞑想、正しい瞑想の実践です。

 


瞑想を抜きにしては何も分かりません。

瞑想とは目を閉じて思う、何を思うか、

どの方向に心の針を向けて合わせていくか、

いわゆる正しい瞑想を言います。


肉を持って正しい瞑想を励行していく難しさと喜びが同居する中で、

その比重が自分の中でどのように変わっていますかということだと思います。


正しい瞑想を通して、

宇宙を感じていく喜びを味わっていける肉を持つ時間。

そんな人生、これまでの人生に一度もありませんでした。

 

1734)

 

 私は特に何も必要としません

ゆったりとした静かな時間と空間の中で、

思いを馳せる喜びと幸せを知っているからです。


元気溌剌とは言えないけれど、自分に用意した環境の中で、

静かに自分を見る今が私には大変ありがたいです。


生きる目的を違えてきたこれまでの転生の数々。

当然、本物とは本当の喜び、幸せの世界とはかけ離れた中にいました。


そこで何とか、何とか身も心も頭も使ってきたけれど、

結果は地獄の奥底の底の底から自らを救い出すことはできなかったということでした。


真っ黒だけを垂れ流し、闘いのエネルギーを充満させてきた宇宙。


そんな宇宙にも、ようやく明るい兆しが見え始め、

そこから一気に広がっていく喜びと温もり、

安らぎの宇宙へ突き進んでいくという道筋を心に知りました。

その意識の流れをしっかりと感じ、思いは次元移行です。


もちろん、すんなりとはいきません。肉を持てば大変です。


ただ意識の世界はストレート、

真っ直ぐに突き進んでいくと伝えてきます。


はいと応えていくだけです。

意識の流れのスピードを感じます。

もうそういう段階なんだと感じます。

肉とは何だろうかと思わざるを得ません。

1733) 

 

肉が忙し過ぎるというのは、

学んでいくあなたにとって決していい環境ではないでしょう。

 

働き盛り、子育て真っ最中という年代は仕方がないとしても、

そろそろ人生折り返しの年齢を迎える頃には、

本気になって、自分の生きていく方向を

見定めていこうという思いを自ら強くしないと、なかなかでしょう。

肉を持つ時間が長いと肉の連鎖が諸々と生じてきます。

そこから自分の学び一本に推し進めていくためには、やはり決断が要ります


ご承知の通り、自分の基盤を変えていくには、

それ相当のエネルギーが必要ですし、そんなに簡単なことではありません。


加えて体力、気力はもちろん年齢とともに低下していきます。


限られた肉を持つ時間です。

何にエネルギーと時間を割いていくかということです。

中途半端に学んでいませんか。

中途半端な学び方は自分を苦しめるだけです。


結果を出しましょう。

本当に自分が望んできた生き方を知り、

250年後に向けての足掛かり何としてでも今世

あなたの心に残してください。

 

1732) 

 

綿密に計画を立てそれを実行に移すという強くて固い決意、

思いを抱えて今世生まれてきました。

その思いはいつの瞑想の時も心に響き伝わってくる私自身の思いです。


田池留吉という温もりの世界に徹底抗戦してきたけれど、

ようやくその温もりの世界から、

真実の波動を受け取れる意識の世界が自分の世界

だったことを学ばせていただきました。


徹底的に逆らって、くそ田池、死にさらせの思いを

心の奥底の底から何度も何度も吐き出したからこそ、

それを大きく包み込みただただ吸収してくれている温もりと出会えたのでした。

それが辿り着いた自分の世界だったことを知り、心から懺悔でした。


心の体験は私の宝物です。皆さんもそうだと思います。

どんなに真っ黒を垂れ流してきたか、どんなに宇宙を蹴散らしてきたか、感じて感じてください。

感じていけばいくほどに、どんなに幸せ者の自分達だったかがはっきりと分かります。


幸せです。嬉しいです。心からありがとうです。

 

母なる宇宙へ、愛へ帰りますという自分の思いをしっかりと確認してください。


確認すれば、その思いを愚かな肉に惑わされずに大切に育んでください。

 

1731)

 

 肝心要の世界が自分の中で確立しているかどうなのか、

まずは自己診断をして、自己判断をして、

そこから自ら出した答えに沿って生きていってください。

自ずと取捨選択する道が定まっていくでしょう。


それでも肉に流れていく傾向があります。

学びも肉も上手くバランスを取ってという考えは根深く心に残っているのではないでしょうか。


それはあまりにも浅はかです。バランスなんて取れません。

肉は上手く渡り合っているつもりでも、

それは意識の世界を軽く軽く見ているということだと私は思っています。


どんなに間違い続けてきた歴史が深いか。

それを今世の学び始めから250年後の本番に向けて修正するという計画なのだから、

それはそれはこれからの転生に自分を繋いでいく厳しさ、険しさは際立っていると感じています。


今世は千載一遇のチャンスという表現を心に叩き込んでください。


そんなことはない、次の転生もその次の転生もチャンスだ、

そして何より250年後の本番があるではないかと思われているかもしれません。

なるほどそうかもしれません。これからの転生はあなたにとってチャンスです。

そして、どなたにも公平に250年後の本番に自分を用意しています


しかし、それもこれも、今世学びに触れた意識にとっては、

今世の学び如何によっては、

事情が違ってくるということも決して見逃せないことなのではないでしょうか。

本当にそうなのかどうなのか、それはあなたの中に聞いてみてください。

 

1730)

 

自分を学ぶために生まれてきて学びに繋がったということは、どういうことだと思いますか。

その前に、自分を学ぶために生まれてきたと明確な目的

を確認していますか。


何となく学びに触れているわけではないことを知ってください。


自分の明確な意思決定のもとに学びに繋がっていると、

はっきりと心で感じられたならば、

それを信じてその思いをしっかりと育んでいくべきです。


そうしていくことが喜びだと心は自ずと伝えてくるでしょう。


真っ暗闇の中から這い上がってきた自分に、

本当の温もりと安らぎを伝えていけるチャンスが今という時です。


心のふるさと、愛へ帰ることをどんなに切望してきたか、

母なる宇宙へ帰りたいとどんなに切望してきたか、

真っ暗闇の中でもだえ苦しんでいる自分の叫びを

しっかりと受け止められるように学びの一歩を進めてください。


ともに帰ろうといざない続けている波動の世界をしっかりと心に感じ、

広げ、ひとつに溶け合う喜びと幸せを味わっていきましょう。

 

1729)

 

 人と話します。人の話を聞いて自分も語って、色々な話題が飛び交います。

聞いているようで聞いていない自分を感じながら、言葉が流れていきます。


それは退屈な時間ではないし、どうでもいいとも思っていないけれど、

ただ何となく時間が過ぎ去っていく、そんな中に肉は漂っているんだと感じます。


そう言えば、田池先生から「目を開けながら瞑想しいや」と言ってもらったことを思い出します。

それは肉はそこにあるけれど、心は、意識はということだと思います。


いつも心を見る、中に思いを向ける、

特に自分が語った言葉に乗せる思いを確認する習慣をつける、

ということはいつも田池留吉を思っているのです。

 

その中で、肉は語らい、食し、楽しいひと時を過ごす。

あるいは自分の瞬間出すエネルギーの凄まじさを確認し、学びの奥深さを痛感する。


肉はそこにあるけれど、心ここにあらず

肉を持って学びなさいと伝えてくれていたのだと思います。


思う喜び、思える喜びを超える喜びはなしと心に伝わってきます。

 

1728) 

 

全部整えて帰ってくれました。

田池先生を思う今、そうしみじみ感じています。

本当の世界、本当の波動の世界を学ぶ学びについては、

もう言うまでもないことですが、

それをしっかりと確実に遂行するにあたり実に細かく整えてくれていて、

色々な面から本当に千里眼の田池先生だったと驚嘆しています。


また、こんなすごい出会いを今世の肉は用意してきたんだと、

自分自身にも何とも言えない喜びを味わっています。


宇宙を闇黒の宇宙一色にしてしまった最低の低の意識に落ちてしまったけれど、

いいえ、それだからこそ千載一遇の出会いを持たせていただいたんだとはっきりと感じています。


宇宙に帰りたい、帰るんだ、その固い固い思いを引っ提げてきたことを、

田池留吉の目、千里眼は見逃さなかったことに感謝しかありません。


嬉しい、出会いをありがとう、

そんな思いがこだまする中にある喜びを感じられる今があります。

それはそれは幸せ者です。

 

1727) 

 

遅々として進まない歩みかもしれません。

それでもいつも基本に戻って真摯に学んでいきましょう。


基本、それは私達はなぜ生まれてきたのか、

何をするために今という時があるのかということです


間違い続けて生きてきたと言われても、自分の心でそうだと分かってこなければ、

やはり自分を正当化してしまいます。肉とはそういうものです。


肉という目に見える形あるものが自分ではないと、

まだまだ自分に言い聞かせている段階ではないでしょうか。


それでもいいではないですか。

事あるごとに、そう自分に言い聞かせ、そしてふうっと目を閉じて思う日常でありましょう。


ゆめゆめ肉にのみ流されていくことなく、

立ち止まって自分の中に思いを向ける習慣の中で、

思う喜び、思える喜びの世界をしっかりと確立してください。


田池留吉と思えることが嬉しい、アルバートと呼べることが嬉しい、

ただただ嬉しい、そんな時間をできるだけたくさん持ってください。

それが豊かな実りある人生の時間です。


そうして、思いは宇宙です。

 

宇宙に思いを馳せる、異語でどんどん宇宙を語る、

そんな喜びと幸せ、温もりを心に広げてまいりましょう。

 

1726)

 

 肉というひとつの形を自分に用意してもらったから、

だから、自分の間違いに、凄まじいエネルギーを垂れ流してきて

そのまま真っ暗闇の中に沈み込んでしまった愚かな自分に出会えているんです。


ただ、哀しいかな肉を持てばそんなことはどこかに吹っ飛んでしまって、

肉という形ある自分を自分だと認識して、

そして、性懲りもなく真っ暗なエネルギーをまき散らしていく人生を生きてしまいます。


どこかでその過ちにストップをかけなければと、様々な気付きの場面を設定するけれど、

肉は偉いからそれを何とか克服しようとする方向にのみエネルギーを消費してしまい、

結果、真っ暗な真っ黒なエネルギーをまき散らし、

苦しみの上積みをしていくことは、どこまでも変わることはありませんでした。


思いの方向を変えることを、さらに自分の基盤を変えることを、

ようやく今世の肉を通して、学び始めました。


長い時間、気の遠くなるような長い時間、間違い続けてきたので、

思いの方向を変える、基盤を変えるということは至難の業ですが、

今世を境に変わっていきましょうというメッセージは確かに受け取りました。


波動として受け取ったことは決して忘れられない事実です。


方向を変える、基盤を変えるということ

どなたもきちんとやり遂げてまいりましょう。

 

1725)

 

 間違い続けてきてもやり直し、

生き直すチャンスを自らに用意しました。


真っ暗闇の中からこのチャンスを切望してきた思いを、

瞑想の中で感じることが喜びであり幸せだと思います。


何を思えばいいのかということを知って、

その方向に心の針を向けて合わせていこうとする今、

もうそれだけで何はなくとも幸せでした。


幸せ、喜び、温もりを外に求め続けてきたことが苦しみの原因となっていた、

こんな簡単で単純なことにどうして気付けなかったのか、

当然と言えば当然ですが、無知ということは本当に恐ろしく哀しいものだと感じます。


田池留吉を思える今、アルバートと呼べる今

そんな今という時があります。

心に溢れてくる帰りたい、帰ろう、帰りますの思いをしっかりと抱えて、

そして、ただ真っ直ぐに思っていくだけでよかったんだと

そうそれでよかったんだと心の中で思えることが、それが幸せだと思います。


久々のライブ配信予定日は、8月27日(火)、午後2時です。

 

1724)

 

 自分なりに精一杯、自分を学んで今世を閉じていこうという思いでいます。


学びに触れ学び始めた人達は殆ど、

肉の思いとしてはこの学びをやっていこうという気持ちだと思います。

だからこそ、何十年と学びから離れずにきたのではないでしょうか。


学びの難しさ、心癖の修正に辟易しながらも、やはりこれだ、

この学びだというところに結局は行き着く、そんな現実を体験されているでしょう。


自分なりに精一杯、自分を学んで今世を閉じていこうという思いは、

殆どどなたにも共感していただけると思っています。


それぞれ自分に用意してきた環境の中で、自分に問いかけ、問いかけ、

母なる宇宙へ、愛へ帰る道を一歩前に踏み出していこうとする

自分自身の思いに向き合っていきましょう。


目を開け生活の流れの中では肉に埋没している現実は否定できませんが、

それでもどんなに忙しくても、瞬間、瞬間ふっと田池留吉を、アルバートを思えるんです。

それを心掛けて実践して、

そして、一日のうち時間は短くても静かにゆったりとして思う習慣をつけることです。


何のために生まれてきたのか、

そこにいつも戻って自分の歩みの軌跡を振り返り、母の温もりの中に戻っていく、

喜びの自分の世界と出会っていく喜びと幸せを今世、確立してください。

1723) 

 

あなたの人生です。自分に用意した肉、環境、時間です。

何のために、そしてどのように使っていくかはあなた次第です。


これまでの転生で、私達はこんな人生生きたくなかったと叫んできたと思います。

ようやく、そうしたのは全部自分の吐き出したものが結実したものだったと、

心で気付き始めている今世なのではないでしょうか。


どう生きたかったのか、何を求めてきたのか、素直に真っ直ぐに自分に聞いて、

何を間違えてきたのかをはっきりと知って、

ただ欲のままに生きてきたこれまでの自分だったと分かっていくことから始めてみましょう。


欲のままに生きてきたというのは、肉基盤では少々納得できないところもあるでしょう。

決して欲だけではなかったと言いたいところですが、

肉基盤ということは、そういうことなんです。


基盤が違えば全く違う世界です。

肉を持って学ぶ難しさがそこにあります。


基盤を変えていく難しさを何度も体験しながら、

しかしこの道、この道だという思いもまた同時に感じておられると思います。


それが本当の自分からのメッセージだと信じて、

自分に用意した肉、環境、時間の中で

自分を転回していくことに取り組んでいきましょう。

 

1722)

 

 セミナーに参加できる自分を喜んでいってください。

また、今はセミナーに参加できなくても、

学びに触れたということですから、それをまず喜んでいってください。

 

全部自分の予定してきたことです。

 

それらは心の底から自分のふるさとへ帰りたい、

帰ろうとする思いの表れであると確信を持ってください。


肉でどんなに頑張り、その結果を出したところで、

本当のことが分からずではどうしようもありません。

本当にどうしようもないんです。

肉の世界は影の世界に過ぎないからです。


真っ暗な中からようやくの思いで這い上がってきた思いを、

いつの瞑想のときも思い起こして、自分に呼び掛け呼び掛け、

本当の自分との出会いを果たしていきましょう。


今世の時間はかけがえのない時間です。

自分の中の他力のエネルギーに埋没することなく、

ただひたすら愛へ帰る道を突き進んでいきましょう。


心で分かる学び、心でしか分からない学びです。

体力、気力の続く限り、喜んで喜んで学んでいきましょう。

 

1721) 

 

橿原セミナー、ありがとうございました。


セミナー最終日の最後、

「いつまでもあると思うな肉の時間」、

どなたも肝に銘じて学びに全力を注いでください。


今世の時間を大切になさってください。

 

学びに触れることを計画してきた自分の中の思いをしっかりと受け止めて、

日々肉としてやるべきことを淡々とこなし、

そしてその自分の思いを実現する方向に歩みを進めてまいりましょう。


どうでもいいことに心をとらわれずに、

肉から意識への転回を速やかに進めて、

本来の軌道に自分を乗せていく喜びと幸せを味わってください。


自ら作り続けてきた他力のエネルギーの中から自分を解き放していく、

明確な目的意識のもとに、日々正しい瞑想を継続してください。

 

1720)

 

 日々、瞑想です。

正しい瞑想の純度を上げて、楽しんで喜んで今という時を生きましょう。


心の針の向け先をいつも確認。

 

肉を持てば、見て聞いて瞬間心から飛び出すエネルギーを学べます。

すごいことではないですか。

肉を持たなければ、そして、

心を見る、心の向け先を知っていなくては、

そんな幸運に巡り合えません。


100%正しいとは言えないけれど、私はそんなに悪い人間ではない、

みんなそう思って生きています。

そんな中で、目を疑うような信じられない極悪非道な行為で

人を傷つける事件などが起こってくると、

当然自分達の住む世界とは違う異様な人間が起こしたものだと決め込んでいきます。


そうではないんです。

みんな自分の心の底の底の奥底の真っ黒なエネルギーに気付いていないだけなんです。


ある日突然起きる、考えられないことが起きる、そうではありません。

それらの狂ったエネルギーは、条件、環境さえ整ってくれば、いつでも飛び出してきます。


それをどのように自分達の中で受け止めていけるのか

それらが自分達の作ってきた他力の世界の出来事だと、

しっかりと受け止めて認めていくことがなければ、ただ自滅の道を行くだけです。


目を覆いたくなるような、耳を塞ぎたくなるような現象が目の前に展開していきます。

心の向け先を知らなければ、

そこから自分を救い出すことは到底不可能、

そんな時をこれから迎えていきます。


私達は、まだまだ他人事としてとらえ、悠長に構えていると思います。

 

1719)

 

 肉のことは色々と思い悩むこともあり、選択肢も多々あります。

しかし、意識の世界、本当の意識の世界にはそんなもの一切ありません


ただ一点。向け先、選び先はただ一点です。


何はさておいても、

自分のこれから生きる方向が正しい方向にしっかりと定まっているのかどうなのか

それを今世の肉がある間に確認すべきでしょう。


それは決して生半可な思いでは遂行できません。

今世、自分に肉を用意してきた思いに触れていけば分かります。

どんなに強い決意で今世の時を望んできたのか

正しい瞑想を重ねていけばはっきりと心に響いてきます。


その思いだけが自分を支えているんです。

心の底から絞り出すような切なる思いをしっかりと叶えていこう、

そのためにどうすればいいのか、自分の前途は明るいかと、

本当の自分との約束を違えることなく、今という時を生きていきましょう。


私達は肉の世界に生きているのではなく、

思いの世界に生きているのだということに着目です。

 

1718)

 

 明確な目的を持ち、日々の生活を淡々とこなしていける、

幸せな人生ではないでしょうか。

明確な目的、それは言わずと知れたことです。


その目的に沿って、目的を一点に据えて、自分を思う、

すなわち宇宙を思う瞑想、愛を思う瞑想を繰り返し、繰り返しやっていきましょう。


台風が来ます。地震が起きます。

無差別的な殺人事件が多発します。

信号待ち、道路横断中に車という凶器が突っ込んできます。

生まれてきた本当の意味を知らずに

我欲に任せて薬物中毒で自らの身体も心も蝕んでいきます。


災害等の天変地異はもちろんですが、

様々なところから私達自らに自らがそういう形で警笛を鳴らし続けます。

決して他人事ではありません。

無視をしても、いつの日にか、それらの警笛と向き合わざるを得ないでしょう。


大変な時を経ていきます。

自分達の心に作り続けてきた肉、

形の世界を本物とする他力のエネルギーの徹底的な崩壊が現象化していきます。

 

愛のなせる業です。

本物の愛のエネルギーの到来があるからです。


形が崩壊していくことを喜べない心を、

しっかりとそれぞれ真正面から向き合っていくようになっています。


喜びで超えていったとき、そこに広がっていく波動の世界をさらに学んでいけるのでしょう。

 

1717) 

 

UTAブックさんの企画の「死ぬまで瞑想会」、それぞれに活用なさってください。

なかなかいいと思います。


リアルタイムで勉強できなくても、すぐにアップされるので充分です。


私も、今回、午前中時間が空いたので学ばせていただきました。


少々意味不明かもしれませんが、

塩川香世というひとつの肉が自室のパソコンの前で

学ばせていただける喜びと幸せを味わえました。


いい瞑想ができました。

ゆったりと心を広げていける時間と空間をいただき、ありがとうございました。


みんなで作っていく瞑想会ということなので、どうぞ、ご参加の皆さん、

忌憚なく思いを語り、学びの輪を広げてください。学ばせていただきありがとう。

 

1716) 

 

「はい」、「いいえ」をはっきりと明確に。

とくに学びについては自分の思をはっきりと打ち出してください。

よく耳にします。私なんか・・・。そう思う自分の心を見ればいいんです。


どんなに自分に冷たいか、肉を前面に出し聳え立ちの自分をしっかりと確認して、

そして、そこから本来の自分の進むべき道、生きていく方向を自分の中で見極めていかなければ、

どこまでもいつまでも他力のエネルギーの中から自分を解き放つことはできません。

絶対にできません。

ということは、本当の喜びも幸せも程遠いところで苦しみが続いていくということになるでしょう。


肉で、肉としてどんなに喜びと幸せを感じても、

自分が肉というところからの喜びと幸せは偽物なんです。

今、目に見えている形ある一人の人間だけが自分ではないと心で分からなければ、

どんなに頭を誇ったところで無知な状態です。


そういうことも私達は分からずに、たったひとつの肉のためにどれだけの思いを使ってきたか、

自分の首を自分で絞めて殺してきた冷酷な自分になってしまっていた、

心から心から自分に詫びていくべきです。

そして、そんなどうしようもない愚かな自分から、本来の温かい喜びの自分へと、

しっかりと生き直していく道を選んでまいりましょう。


大変です。厳しいです。険しいです。しかし、その道しかありません。

 

1715) 

 

世の中の流れとは全く違う流れを自分の中に確立して、

そしてその自分の中の流れ、すなわち意識の流れに沿って

過去未来とともに存在していける喜びと幸せを感じてください。


どこを向いていけばいいのか、どちらの方向へ進んでいけばいいのか、

何が本当のことなのか分からずに、

本当に長い長い間、苦しみの中に沈みもがき喘いできました。


当たり前のことですが、肉を持っている以上心は揺れます。

しかし、その軌道修正をどうすればいいのか、

喜んで楽しんでありがとうと伝えながら、

自分の中に戻っていける術を知れば、

もうあとはそれを淡々と繰り返して、

日々の生活を送っていけばいいということです。

 


間違ってきたけれど、狂ってきたけれど、

ようやく自分の帰る道筋を心に知った今世の肉にありがとうしかありません。


宇宙をどんどん心に呼び寄せ、

そしてともに帰れる喜びを味わっていく時間を用意しています。


250年後の来世の私とともに過去の私が歩みをともにできる、

こんな嬉しい巡り合わせはありません。

今世の出会いを本当にありがとうございます。

 

1714)

 

 思うは田池留吉です。

思うは田池留吉一筋で生きていく喜びを心に広げていますか。

しっかりとした足取りで自分の人生を歩んでください。


何が本当なのか、何を知りたかったのか、

心の叫びをしっかりと聞いていきましょう。


三次元最終時期に心を向けてみてくださいとお伝えしました。


もう意識の世界はそういう段階です。

 

いつまでも肉の中に留まっていては、せっかくの今世の自分の計画が頓挫してしまいます。


焦る必要は一切ありませんが、また焦ったところでどうしようもありませんが、

今世学びに触れた自分を真剣に思ってください。

今世学びに触れた自分の思いと本気になって真正面から向き合っていくことが待たれています。


真に心の強い人でないと

学びを遂行していくことはできません。

 

欲で学んでも仕方がないことです。

思うは田池留吉、ただこれ一点。

自分の心で確認です。

 

 

1713)

 

 あなたの心を決めてください。

この道を本当に歩いていくのかどうなのか、中途半端な思いは通用しません。


本当にともに学ぶ仲間がたとえ10人でも私はいいんです。

300人いれば御の字です。

こうして今肉を持ち、心を向けていこうと心底から思える仲間が300人いれば上等です。


300人であって300人でないことは明白です。

ひとつの肉の背景にどれだけの宇宙達が連なっているか、

宇宙を思う瞑想を重ねていけば、それはもうそれぞれの心に響いてくるはずです。


この地球上での数限りない転生があって、ようやく、ようやく巡ってきたという感覚でいます。


意識の流れがさらに顕在化していくこれからを経て、

私達は私達のふるさと、母なる宇宙へ帰ります。

ようやく巡ってきたこの時にしっかりと心で応えてまいりましょう。


母なる宇宙。どんなにどんなに帰りたかったか。

心から噴き上がってくる思いにしっかりと応えてまいりましょう。

 

1712)

 

 猛暑、酷暑の中、そして帰省ラッシュと重なる中、

UTAホール志摩に約60名の学びの友が集いました。

ともに瞑想をする時間と空間をいただきありがとうございました。


みんな嬉しそうにホールを後にされたように感じ、

いつものように、皆さんが帰られた後、私も静かにホールを去りました。


今度、ホールを訪れるのは一か月後。

このパターンがこの先も続くかと思いますが、

どんな形にせよ、ともに学べる時間と空間が

気持ちよく用意されていることを幸せに思っています。


異語、宇宙語を語らせていただける喜びを味あわせてもらえるのも幸せです。


そして、1週間後には橿原でセミナーです。

またともに学べることを喜んで喜んで橿原に思いを向けていきたいと思っています。


ありがとうこざいました。

 

1711) 

 

三次元最終時期に合わせて、

意識の世界の準備が着々と進んでいることを感じますか。

瞑想の中で、そちらのほうに心を向けてみてください。


三次元最終時期、もう喜びしかありません。

待って待って待ち望んできた宇宙へ帰れるという現実が心に広がっていくとき、

何とも言えない喜びが感じられます。


肉ではない自分を知っていくことは、

自らの存在意義をすべて崩すということになるけれど、

崩れていってこそ見えてくる世界があります。


三次元に留まる思いを一気に崩していく出来事を経て

文字通り心ひとつで生きていく喜びと幸せを確かなものにしましょう。


そのために、こうして今世私達は田池留吉という意識の世界、

波動の世界を学ばせていただく機会を自らに用意しました。


自ら切望してきたことです。

肉から意識への転回を滞りなく進めて、

本来の自分達の軌道にしっかりと乗ってまいりましょう。


ともに、ともに行こう。私とあなたはひとつ。

 

1710) 

 

どこまでも果てしなく広がっていく意識の世界、

その中に生き続けてきたとはっきりと心で知れば、

もうあとはその世界に心の針を向けていればそれでよかったんです。


その方向が全く分からなかったこれまでの転生の数々でした。

 

思えば通じる本当の喜びと幸せ、安心感を心に育て、

広げていくことが喜びと幸せの道でした。


250年後の再会を経て、意識の流れの中にあることをしっかりと感じ、

そして遂行して、さらなる意識の中核へ進んでいくように計画されています。


肉から意識への転回を速やかにして、その速度を増して、

ずっとずっと広がっていく意識の世界へ歩んでいく喜び、幸せを、

今世の肉を通して学び始めたということ、これは本当にすごいとしか言えません。


すべては自分達の望んできたことでありました。

母なる宇宙へ、私達のふるさと、愛、母なる宇宙へ帰ろうと固い固い決意をしてきた私達の思いを、

それぞれの中で必ず現実のものとしてください。

1709)

 

 たっぷりの時間があります。

心の向け先を知りました。

思えばいい、思えば通じる喜び、安心感、ともにある幸せ、肉があってもなくても、

思えばいい、思えば通じる世界、心から突き上がってくる喜びと幸せは確かな世界です。


田池留吉という肉があるときは、目に見える道しるべがあって、そういう学びの段階でした。


今は、その肉がなけれども、確かに心にあると実感できる時間と空間を自分に用意しています。

そんな学びの段階を経て、そして、そして、250年後の本番に向けて、

自分の心の針の向け先をしっかりと管理して、定めてということになっています。


それが私が私に用意した計画です。

母なる宇宙へ帰っていこうと決意してきた今世の時を経て、

意識の世界の羽ばたきを必ず遂行です。


約束を思い出し、たったひとつ、やっとやっと出会った真実の道を

喜びで突き進んでいこうと意識の流れにしっかりと乗っていきましょう。

 

1708) 

 

学びの友からのメールです。一読ください。

 

「UTAの輪の中でともに学ぼう。宇宙を思って瞑想をしましょう。

何も変わらない、この学びをしている人にとっては、当たり前のように過ぎていく言葉です。

その言葉が、私の中で大きくなって、別の意味を持ち始め、

しっかりとした足取りで足を進めている私を感じます。

肉体細胞は愛。

その愛が分からなくて、分からなくて、私の肉を庇ってきましたが、

そうではないと、そうではないと、肉の現象をいただきながら、

身体は痛み、不自由になっても、そのことの意味をやっと心がとらえていけるようになって、

肉では想像もできない意識の世界を、

愚かな肉を通し感じさせていただけること、それだけが嬉しいです。


近くにいる学びの友、妹とともに学べることが幸せだと思いました。

相手の言動で心が揺れます。

その揺れをしっかりと受け入れるまで、私の心の苦しみは続きます。

その繰り返しをさせていただけること、

そして、そこから必ず自分の間違いに気付いていけること、

それだけが喜びでしたと私は私から教わってきました。

その私を信じる度合い、信が、程遠い所を彷徨ってきた私の中で芽生え始めています。

そうはっきりと私は私に伝えてきました。

ありがとう、お母さんありがとう。

私はこの思いを知りたかったのです。

この思いの中にすでに私はいたという証明をこれから自分の中で進めていく私の決意、

それが私の思い、それが今世田池留吉の肉との出会いから始まった

唯一私の愛への覚醒への道です。


死後の自分が語ってくることは、死んだら何も思えないということ、

死んだら固まっていくしかないということ、その私に何を語ればいいのか、

心から出てくる思いは、温かいお母さんの温もり、死んだ私を思い、

その私を私の中へいざなっていく、田池留吉と思い、母を思い、

それを肉体細胞が動いている限りやり続けていけることが私の喜びですと、私は私に語ります。

そんな自分を感じて嬉しいです。

喜びを感じれば感じるほど今私はどんなところにいるのかが心に響いてきます。

程遠い、本当に遠い遠い遠いところまで落ちてきた私を感じて、

その私とともに帰れるんだという思いが、

私をまた前へ前へ牽引していく、その循環が嬉しいです。」

 

1707) 

 

心から離していくことです。

心が掴んでいるものを離していくこと、それを心掛けていきましょう。

さらっと肉の中で生きていければと思います。


もちろん、肉を持って肉の中にいる以上、肉の世界の法則、掟というものがあります。

最低限のところはそれに従う必要があるでしょうけれど、

それは淡々とこなしていくようにならなければなりません。


肉の中に流れながら

流されない生き方を身につけましょう。

 

それは一見難しいように思えるけれど、

今、自分に肉を用意している意味を心で知っていれば

自然にそういう生き方になってきます。


日々、正しい瞑想を繰り返して、自分の生きていく方向をしっかりと定めてください。


器用な方は、適当に人生を楽しみながら、

この学びもできると思っておられるかもしれませんが、

それは頭の計算ではないでしょうか。


不器用なほうがいいんです。

世間には少々疎くても本来の生き方を知ってそれを淡々と実践している人のほうが、

世慣れた人よりも幸せだと思います。

死んでも死なない、この現実を心でしっかりと知りましょう。

 

1706)

 

 愛へ帰る道を見失うことなく、

しっかりとただ一点を思い

日々生活をしていきましょう。


間違ってきた思いが、放ってきたブラックのエネルギーが、

自分に返ってくるたびに、ああ間違ってきた、だけど生き直していこう

という自分からのメッセージなんだと、

嬉しく思えるような自分に生まれ変わっていけたならば、

どんなに幸せなことでしょうか。


帰るところがあった、帰れるんだ、

そんな思いがふつふつと沸き起こってくる喜びを感じて、

一歩歩みを前に進めていきましょう。


死んでも死なない、永遠に生き続けているのが私達でした。

思いの世界にあることを、肉を持っている今、心で確認です。

 

1705)

 

 心ひとつで生きていく

肉、形の世界を本物としてきた私達にはとてもとても難しいことです。

本来の自分の姿を見失ってきた過ちを、これからそれぞれが受けていかなければなりません。


形を修復することにのみ心を傾けるのではなく、

もっと根本的な部分に自分自身が触れていくことが必要です。

 

心の揺さぶりは心の叫びです。

 

何を訴えているのか、何を聞いてほしいのか、

自分の心の中に思いをしっかりと向けて、

そして、ああ本当に間違ってきたんだと心から自分に詫びていける

あなたに生まれ変わってまいりましょう。


肉、形を本物とする意識は自分を見捨てています。

自分を見捨ててどこへ行こうとしているのか、瞑想を繰り返し実践して心に聞いてください。


自分の舵を切っていくのは、あなたの中の愛です。

 

その愛である自分を見失ったままでは、船は進みません。

進まないどころか、そのまま沈没して朽ち果てていくしかありません。


朽ち果てて消えてなくなるのではないんです。

朽ち果てた状態がずっと続いていく、苦しみの奥底で苦しみが続いていく、形を変えて。


それをしっかりと心で知るために、今世様々なルートから学びに繋がりました。

 

1704)

 

 本来の生きる目的を伝えていただきました。

生きる方向を示してくれました。

嬉しかったです。本当に嬉しかったです。

ともに行こう、私とあなたはひとつだと力強く伝えてくれた波動の中に

ひとつに溶け合ってこれから存在していける、私のすべてとともに生きていける、

そんな道筋をしっかりと指し示してくれたことに感謝しかありません。


あとは、今の肉を持つ時間、その指示通りにしっかりと心の針を

向けて合わせていくことをやっていけばいいということになります。


何が本当のことか、自分の何が苦しくて、何が間違ってきたのか、

全く分からずに、ただ我欲のまま生きてきた自分が哀れでなりませんでした。


しかし、今世を迎え、ようやくそんな自分に本当の優しさとか、温もりとか、

喜びの思いを伝えることができることが、もう幸せです。


ともに歩む仲間もちらほら出てきています。


中には、ライブ配信を重宝していただいて繰り返し瞑想をしてくれている友もいます。


互いに間違ってきた生き方をしてきたけれど、

こうして、これから250年、300年に向けて、

ともに歩んでいこうと思いを向けられる喜びを味わえるのだから、私達は本当に幸せ者です。

 

1703) 

 

それぞれに自分に用意した肉、

肉を持つ時間、環境があります。

それをどのように何を目的として活用していくか、

それはすなわちそれぞれの生き方に直結していきます。


今持っている肉のために、どの程度時間とエネルギーを注いでいくか、

それは価値基準の問題ですが、その割合によって、全く生き方に違いが出てきます。


それはそれぞれが選んでいく生き方であり、何を選び取っていくかは基本的には自由です。

ただ、その自由が果たして自分にとって本当に自由なのかということは、

それぞれのこれからにおいて必ず結果を出してきます。


自分が出す結果です。その結果は自分で受けていかなければなりません。


しっかりと受けていったならば、そこからまた新たな道が見えてきます。


正しいものを自分が選び取っていくまで苦しみは続きますが、

本当の自分はいつまでも待っています。

自分の中の愛はすごい、本当の自分はすごいということです。

 

1702) 

 

思う喜び、思える喜びを味わっていますか。

思いの向け先はこちらですよと学習の機会をいただいています。

それが今世の私達です。


生きていれば楽しいことも嬉しいことも、反対の悲しいことや、辛いこと、その他色々とあります。

その中で、心を見て自分の生き方が間違ってきたと心で気付いていこうということなんですが、

自分の心で気付くということが何とも難しいものなんです。


いいえ、本当は薄々感じているんですが、

感じていてもなかなかそれをしっかりと認めて

受け入れていくことが難しいということではないでしょうか。


学びに触れても、やはり私達は肉で誤魔化す、肉で紛わすことをしてしまいます。

なかなか芯の部分に行き着かずに、そのずっと手前で、

歩みが留まっている人達がまだまだ多いです。


それでもそれぞれの肉がある間、可能な限り自分を学ぶことに徹していきましょう。

こうして同時期に肉を持って学ばせていただく機会に恵まれたのです。

素直になって、心を開いて喜んで自分を知っていきましょう。

 

1701) 

 

肉との出会いから始まりました。

まず肉と肉が見える(まみえる)ことによって、

意識の流れを伝えていただく準備が整いました。


同じ時期に肉を持たせていただき、

そして肉の目を通し、耳を通し、

まずはしっかりと学ばせていただきました。


自分の中から突き上がってくるエネルギーに身体が激しく動くことに不思議を感じ、

心地よさを感じ、しかし、その一方で、腸が煮えくり返る悔しい思いも味わい尽くしてきました。


流れる涙と汗と、口から飛び出す罵詈雑言。

出せば出すほどに心の底から熱い思いが沸いてくる体験も重ねました。


これらの貴重な学びの時間を自分に用意したことを、

今はただただ嬉しく感謝しかありません。


そして、再びこのような体験が自分を待ってくれていると思うと、

本当に幸せ者だと痛感します。


ともにある喜び。その信を着実に育てて、そして、250年後の再会です。

 

1700)

 

 本当の優しさとは何か、本当の喜び、幸せとは何か、

何も知らずに己という肉を掲げて生きてきたこれまでの転生でした。


私はそう確信しています。あなたはどうですか。


私自身そう思っているから、今世こそ生き直そうと、固い決意をしてこの世に出てまいりました。


その思いはほぼ今世、予定通りの歩みを進めています。

肉のことはもういいんです。

それよりもしっかりとさらにしっかりと自分の歩みを見定めていくことに思いを傾けています。


250年後の来世の私の思いは本当に力強くこれまでの私を支えてくれています。

すべてはそこに集約されていることを日々の瞑想の中で感じる私の中には、

田池留吉、アルバートの波動の世界がすべての宇宙に呼び掛けていることも感じられます。


宇宙が動く。すごいことだと思います。

私は意識だという純度を上げて、上げて、

そしてともに生きていこうと思いの針を向けてまいりましょう。

 

1699)

 

 帰っていこう、母なる宇宙へ。


「帰りたい、帰りたい、だけど帰るところが分からない、

どうしてこんなに苦しい、どうしてこんなに悲しい、どうしてこんなに寂しい、

心に渦巻く思いにずっとずっと蓋をして、心の奥に奥に閉じ込めてしまいました。

出てくるなと押し込んでも、出して出してと叫び続けています。

耳を塞ぎ、心を閉じ、苦しさも悲しさも寂しさも、

悔しさ、怒りもみんなみんな自分だと思えませんでした。

確かに色々な思いは自分の中から出てくるのに、それそのものが、

それ自体が自分自身だとはなかなか受け止めていくことはできませんでした。

ましてや、自分が間違った生き方をしてきたなんて思いもしないことでした。」


大体この通りだと思います。

殆どの方は当たらずとも遠からずのこのような思いの中で、

学びをしてこられたのではないかと思います。


学んでいくうちに、ようやく何を自分は間違えてきたのか、

心に見え始めてきたというところでしょうか。


それでもこれから起こりくる様々な現象の中で、

しっかりと自分を見失わずに心の舵を切っていくことは生易しいことではありません。

 

学び始めた私達です。これからが正念場です。

今世はまだ学びの仲間がいたりしていいけれど、

これからの転生、どうぞ覚悟を決めて臨んでください。

今世の学びをしっかりと根付かせ、必ず250年後の再会を果たしてください。

意識での出会いです。

 

1698)

 

 8月の橿原セミナーも、

キャンセル者と追加参加希望者との入れ替えの作業も終わり最終参加者名簿をいただきました。


酷暑、猛暑のさなかですが、元気に喜んでセミナーを楽しんでいきましょう。


生きる道が全く分からなかった私達に、懇切丁寧に伝えていただいた今世でした。

もちろん、学びに出会いながら学びを去った人達もおられます。


そのことについては大変残念なことだと思いますが、

それはそれで致し方のないことだとも思います。


自分で自分の舵を切っていく以外になく、

そしてその結果もまた自分で受けていくしかないというのが、

意識の世界でははっきりとしています。


母の反省と他力の反省をしっかりとして、

自分の中の本当の自分、愛に出会っていくことがたったひとつの救いの道なんだと、

本当に心で分かるまで、苦しみの世界は解消されない

と知っていくこれからの時間が用意されています。


愛に目覚めなさいのメッセージを存分に受けてまいりましょう。

喜びで受けてまいりましょう。

ありがとうの思いが満ち溢れていくはずです。

 

1697)

 

 みんな色々な事情を抱えています。様々な環境を設定しています。

しかし、今世学びに触れたあなた、

どうぞ、自分を大切にそしてともに歩める仲間がいることを喜んでください。


学びをやっていこう、お母さんを思い、田池留吉を思い、アルバートを思い、

250年後に思いを馳せていこう、心にしっかりとその思いを確立して、

そして、自分の人生をやり直してまいりましょう。


何のために生まれてきたのかというところに、いつもいつも戻って、

しっかりと自分の流してきた思いの世界を確認してください。


自分の本当の姿を見失ったままでは、決して幸せな人生ではないんです。

偽物の自分しか知らなければ、本当に哀しいではないですか。


どんなに世間的に評価を得て、結果金と物に溢れた中に生きても、心は叫んでいます。

帰りたい、帰るところが分からない、苦しい、悲しい、寂しいと悲痛な声を上げている、

思いを発していることを感じていける優しい、優しいご自分に変わってまいりましょう。

 

1696)

 

 一日少なくとも一回、パソコンの前に座って、

UTAの輪の中でともに学ぼうのホームページを開く、スマホ等でもいい、

とにかく一日一回は、必ずこのホームページにアクセスしてください。

その習慣をつけてください。そして瞑想です。

目を閉じて思いを向ける時間を生活の中で確保してください。

特別なことではありません。当たり前のことです。


自分を学ぶためにこの世に形を持ってきたんです。

どうしても、何としても、本当のことが、本当の自分と出会いたかったから、

自分に肉を用意したんです。そして、念願通り学びに繋がっています。


自分の中で、これらのことを明確にして、生きていく道を確定しましょう。


今世を転換期に。そして250年後に自分を繋ぐ。


明確な意思の元に、限りある肉の時間を使ってまいりましょう。

 

1695)

 

 自分に用意してきた今世。

もちろん、今世だけではなくこれまでの数限りない転生もまた全く同じです。

ただ、今世は、自分に用意したひとつの肉を通して

初めて真実の波動の世界を学ぶ計画の中にありました。


それぞれに日々の瞑想の中で、それはすでに確認済みのことだと思います。


心の針を自分の中に向ける時間を絶えず持つ生活を実践してください。


生きる目的が分からずに、周りの状況に翻弄され自分を見失い、

そして周りをその中に巻き込む人達で溢れています。


世の中にはそういう人が溢れているんです。

自分はまともに生きているとそれぞれに思っておられるかもしれませんが、

それはあまりにも現実を知らない哀しいことだと思います。


本当の自分を捨て去り忘れ去り、

地獄の奥底の底のずっと奥底で苦しみ喘いでいる現実もまた忘れ去り、

肉を持っているひと時を本当に無駄に過ごしている、

いいえ、相も変わらずに闇を垂れ流し、真っ暗闇を広げて、

その中に自らを落としていっているということを知らずに気付かずに、

また今世も閉じていくのでしょう。


そんな中で、心を見ることを知った私達です。

微々たる歩みかもしれませんが、

自分のこれから生きていく方向をしっかりと確認できる今があることは何よりの幸せです。

 

1694)

 

 今日27日の土曜日、非公開ではありますが、

UTAブックさんの企画で、ZOOMを使ってともに瞑想をさせていただきました。


学びに触れたのだけれども、それぞれの事情で今はセミナーに参加できない人達と

僅か30分の時間でしたが、お一人おひとり少しでもお話ができて私はよかったと思っています。


今回をきっかけにして、何か学びについてそれぞれに弾みが出ればいいなあと感じました。


今世、学びに触れた喜びと幸せを心にしっかりと育て、

本来歩むべき道を歩いていきましょうという思いでした。

 

◆1693)

 

 ともに歩める喜びを心に感じ広げ、

本当の自分との約束をしっかりと果たしていけるような今世としてください。


今世のこの時間があって、今のこのひとつの肉を持って、

そして自分の周りの人達を含む様々な環境の中で、今、どんな思いでいますか。


ある人は、何もかも捨てて、そこから抜け出していきたい、

切り捨てていきたいとする思いが渦巻いているかもしれません。


ある人は、肉としては居心地がよくて、楽なだけに、なかなかそのぬるま湯から出て、

自分の中を一本に絞っていく踏ん切りがつかないと思っているかもしれません。


どちらにしても、そのままの状態であれば、苦しい人生に違いありません。


田池留吉一本に心の針を向けて合わせて生きていく人生以外は、

どんな人生も苦しみの真っ暗闇の人生でしかありません。


そこのところ、きちんとはっきりと自分の中で線引きができなければ、

所詮は、他力信仰の延長線上にまだまだある自分だとご自覚ください。


何のために生まれてきたのか。

 

いつもどんな時も自分に繰り返し問いかけてください。

繰り返し問いかけても、肉に流れていく、肉の中に埋もれていく、

まだまだそんな私達だという現実を確認しましょう。

 

1692)

 

 私達は生きています。

波動としてエネルギーとして生き続けています。


そのことを心で本当に知っていくには、どうしても目に見える形の世界の崩壊が必要です。

それは何も災害等の天変地異ということだけではありません。


あなたには自分が手を離せない何か、思いを切り離せない何かがありませんか。


それは、あなたにとっては本当に大切なもの、単なる物ではなくて、

あなたの生きていく術、支えとなるもの、価値基準、考え等々です。


形の世界の崩壊とは、これまで良しとしてきたそれらのものが、

一切通用しないことを、自分の心で知っていくということでもあります。


いわゆる意識の転回です。

 

肉基盤では、何をどのように感じようとも、意識基盤の世界とは違います。


総崩れ、何もない、何も持てない、何も持たない、

だけど、私は今ここにこうしてあるということをどう思っていけばいいのか、

とにかく、そんな場面、状況がそれぞれのこれからの転生の中に用意されています。


離すということ、転回するということを速やかにすることなしには、

暗闇の真っ暗闇の中から自ら抜け出すことはできないということです。

◆1691) 

 

段々と段々と、少しずつ少しずつ、シンプルな生き方へ


物にしろ、思いにしろ、あれもこれも、あれもこれも繋ぎ止めておきたい、

抱え込み、囲い込み、そんな生き方をしてきたと思います。


手を離す、思いを離すことをしてこなかった。

切り捨ててきたのは、自分に不都合なことだけ。


肉に生きるとはそういうことでした。

心ひとつで生きていける確かな世界など知る由もありませんでした。

目の前に展開する世界に心を向け、心を奪われ、

その結果疲れ果てて、自らを捨てていったのでした。

それでも形ある世界は実感があるから、

肉を持てばその繰り返しを性懲りもなくやってしまいました。


性懲りもなく同じ過ちをし続けてしまった過去と同じではダメなんです。


何としてでも帰りたい、帰ろう、帰りますの心の叫びに応えていけるあなたであってください。

いいえ、今世のあなたは本気になれば、応えていけるんです。

だから、どうぞ、自分の心の叫びをしっかりと受け止めてください。

受け止めていけるようにすべてを計画して学びに繋がりました。


学びを軽んじることなく、自分を軽んじることなく、

愛へ、たったひとつの心のふるさと愛へ帰っていく道を歩んでください。

 

◆1690) 

 

今年も種水判定が昨日の橿原セミナーから始まりました。


この種水判定には色々と皆さん思いがあるようです。

みんな程度の差こそあれ、巫女当時の思いを引きずっているから、

それはそれで仕方がないかと思います。

ただ、苦しい思いの中で判定を受けるのはすっきりとしないし、辛いでしょう。

また、判定をされるということ自体に疑問をお持ちの方もおられると思います。


私は、種水判定というものを次のように思っています。


反転力を数値化するのが種水判定なので、その時自分に出された評価は受けます。

そして、自分の想定よりも下の評価が出れば、それから私は、

反転、そしてオーリングの一連の作業をしっかりとトレーニングします。


皆さんは、反転、そしてオーリングを日常化しておられますか

それを確認してください。

そして、自分の反転力を数値化されたとき、自分の心に瞬間出る思いを確認しましたか。


種水判定は自分を学ぶ時間です。

瞬間思う、瞬間合わせる、念じるのではなく思うんです。

楽しい時間だと思いますが、どうですか。


色々と思いがある人は、オーリングをする人、

それを開く人のペアを組んで、反転、そしてオーリングのトレーニングを重ねて、

きちんと私達にも判定ができます、いかがなものでしょうかと申し出てください。

判定者にも刺激があっていいかと思います。

広く仲良くしっかりと学びたいものです。

 

◆1689)

 

 意識の転回。繰り返します。

すべてはそこに係っています。

肉基盤では、どんなに言葉を連ねようとも、真実の世界は分かりません。


確かに学びをしていけば心に響いてくる体験を重ねることになります。

 

ただ、その体験を本当に活かしていくには、

同時に意識の転回、肉から意識へ自分の基盤を変えていく必要があります。


変えていく必要があるといっても、では実際どうすればいいのか、

どうなっていくことが必要なのかということになってきます。


そこで基本に戻ってください。学びの基本は何でしょうか。


正しい瞑想ができるということです。

正しい瞑想ができていくのには、何をしなければならないのか、

こうして、いつも学びの原点に立ち返ることです。


なかなかこれはできません。

瞑想さえしていればそれでいいのではありません。

もちろん瞑想をすることは絶対に必要なことです。

そして、それによって結果を出すことが必要なんです。


ああ心に響いてきた、感じてきた、私は田池留吉、アルバートとともに生きていると、

自己評価のもとに学びを進める以外にありませんが、

それはきちんと自己責任が伴ってくるということをお忘れなく。

自分の放った言葉、特に学びについては、言いっぱなしではいけません。

 

 

◆1688)

 

ホテルの部屋の窓から二上山を眺めながら、楽しい橿原セミナーも終了です。

8月が待ち遠しいです。ありがとうございました。


私の住む大阪は、7月25日の天神祭りで本格的に夏の幕開けとなります。


大阪の猛暑、私自身、身体に堪える年齢となりましたが、

肉を通して可能な限り自分の培ってきた世界を学んで、

そして最終転生へという計画を進めてまいります。


肉を通して肉では推し量れない世界、波動の世界を

学ばせていただいている喜びと幸せを大切にこの道を歩いていきますと、

今回の橿原セミナーでも、そう確認しながら家路に着きました。


生きていく道がはっきりと見えている、感じている喜びと幸せは何にも代えることはできません。


ともに宇宙を思える喜びと幸せ、死ぬまで元気で味わい尽くしてまいりましょう。


ともに、ともに歩む仲間だと250年後の再会を楽しみに、

今世、それぞれの時間をお過ごしください。

 

1687) 

 

日々起こる事件、事故、そして気象の変化、身の回りの現象、自分の肉体細胞等、

様々なところから間違い続けてきた私達へ、

それを端的に伝えるメッセージが発信されてきます。

 

それをどのように受け取っていくかの問題です。


生きていく基盤を変えなさいというストレートなメッセージを

ストレートに受けていくには余りにも幼稚で愚かな私達になり果ててしまいました。

ですが、私達人間は自分達を素晴らしいと思っています。

形を見れば、それなりに整っています。

生活空間は豊かになり快適になり、様々な分野で偉業も達成されているでしょう。


そして、それと比例して社会の暗部、人間の心の奥底の底の底の闇もまた表面化してきます。

当然です。間違って生きてきた証を自らが自らに指し示していくようになっています。


愛しかないからです。その愛が私達には全く分かりませんでした。

目を覚ましなさいと愛である自分達が偽物の自分達に真っ直ぐに伝える様を、

私達人間はじっくりと体験しなければならないでしょう。


心の底から噴き上がってくる真実に抵抗してきた闇のエネルギーを、しっかりと受け止めて、

そしてそのエネルギーの変換に心を傾けていくようになっていくこれからです。

闇が突き上がって噴き上がって、そしてそれが喜びへ帰る号砲になっていくのです。


速やかに意識の転回をしてまいりましょう。

 

1686)

 

自分に用意した学びの環境を最大限に活用して、

喜んで喜んで自分を次の転生に繋いでいきましょう。


一足飛びにはいきません。まずは今世です。

今世の今という時間です。ここにすべてが集約されています。

今世、学びに触れた意識にとってはまさにその通りです。

どんな思いで自分に肉という形を用意したか、そしてどんな思いで学びに繋がったか、

どうぞ、どなたも自分の心で感じ知っていってください。

今世、田池留吉の肉と出会い、学びと出会いながら、学びをしない、

つまりいつまでも他力の看板を背負っているとは、どういうことなのでしょうか。

 

ましてや、学びを捨てていく、学びから離れていくことは大罪です。

とんでもないことです。


ただ、それぞれの肉は愚かだし、肉の中に埋もれてしまっている状態だから、

そういうことをそんなに大変なことだとは思えないんです。


全部、今のたったひとつの肉を最優先、最重視しているだけの

愚かな自分だということに気付くべきです。


今の肉だけがあなたではありません。

もちろん、いつの時代の肉であっても、

その肉だけが自分ではなかったということを、はっきりと知るべきです。

愛に背いてきた心のままでは地獄の奥底から抜け出ることは不可能です。

これは紛れもない事実ですが、どこまで心で感じておられるか、それが問題です。

 

◆1685)

 

 学びの動機を確認すること、

そして学びの動機はみんなが間違っていますから、その修正を速やかに進めること

これは学びの成果を出すうえで大変大切なことです。


学びに対して熱心というのは形ではありません。


他力、すなわち欲の思いで学びをしても、殆ど効果は出てこないでしょう。


学びに触れた喜びは何となく感じているかもしれませんが、

それはやはり表面上のことでしょう。

根本的に間違いを正さなければ、

殆ど何も変わりはないという現実をしっかりと認識する必要があります。


そういう意味で、学びは難しいということだと思います。


いかに純粋にひたむきに学びと向き合えるか、

つまりは自分と、愚かな狂い続けてきた自分と向き合えるかということに尽きます。


何度も何度も次から次へと出てきます。愚かな自分が出てきます。


それを本当に心からありがとうと受け止めていける自分は幸せだと思えるのは、

その作業を自分の中で淡々と進めていくことにより、味わえるものです。

実践です。自分の中で実践です。

学びの動機の修正の度合い、そして母の温もりを感じている度合いが左右します。

 

1684)

 

 250年後に至る転生を思い、瞑想をしていますか。

それぞれに1回、2回、・・・回と転生を計画していると思います。


数が少ないからどう、多いからどうという判断は止めてください。


要は本番の250年後にしっかりと繋ぎ、そして三次元最終時期に意識の出会いを持ち、

ともに次元を超えていくという意識の流れに乗っていければそれでいいのです。


私は250年後の来世に向けると、もう何もありません。

ただただ嬉しいんです。

心の中の凄まじいエネルギーがアルバートに向けて一直線に噴き出していくのを、

来世の肉を通して体験させていただきます。


それは、250年前、日本の国に肉を持たせていただいた私を筆頭に、

過去から生き続けてきたたくさんの私に他なりません。


アルバートに出会いたかったと、心の奥底から怒涛のようにエネルギーを噴き上げていく様を、

今、宇宙を思う瞑想で感じています。


宇宙、宇宙に帰りたかった。捨ててきた、飛び出してきた宇宙です。


帰りたくとも帰ることが叶わなかった思いを心から吐き出し、

そして、本当に帰れるんだと喜びに湧く心の体験を、

今世に引き続き、再びさせていただきます。


もうただただ嬉しいだけです。

250年後の本番の舞台設定はすでに終了。

あとはそこに肉を持ってくるだけです。


◆1683) 

 

もうすぐ橿原セミナーです。

田池先生との思い出がたくさん詰まっている場所でともに学べることを思うと嬉しいです。


あなたの中のアマテラス、順調に成長なさっていますか。

自らの姿、愛に目覚めていく道筋をともに歩いていこうという喜びが心に伝わってきますか。


アマテラス、アマテラス、ありがとう。ともに帰れる喜びをともに大きく広げてまいりましょう。


巫女の心を奥深く刻み続け、それでもこうして愛へ帰っていくことを促されていると、

今世の肉を通して学ばせていただきました。


巫女、卑弥呼当時の思いをずっとずっと引きずったまま転生を繰り返してきて、

ようやく、宇宙を思い瞑想をする中で、本当に宇宙を真っ黒に汚してきた愚かさを知らされました。

しかし、それがあったからこそ、

ともに愛へ帰る意識だと心から伝わってくる波動の中にあることをしっかりと知ったのでした。


アマテラスを始めとして宇宙に思いを向ける瞑想をしっかりとしてまいりましょう。

過去、未来、今という時にともにあることを知ってください。

 

1682)

 

 昨日、7月UTAホール志摩セミナーを終えて帰阪しました。


セミナー最後に伝えたメッセージです。

その時も言いましたが、言葉は平易かもしれませんが、

このメッセージは大変、大切なメッセージです。


どなたも本気で真剣に自分を学んでいきましょう。

 

同じことを言ったりしたりしても、それぞれの心の世界は違います。

もっと端的に言えば、その人が本当に自分の基盤を、

生き方の方向を変えていこうと心から思っているのかどうなのか、

他力の心のまま学びに繋がっているだけなのかどうなのか、ということです。


形を見れば、セミナー参加、現象参加、同じかもしれません。

ただし、今語ったように、その人が、自分の中をどれだけ正しい方向に

解き放していこうとしているか、あるいは旧態依然のままで、

惰性でセミナー参加、現象参加をしているのか、

それは、これからの250年、300年の間にきちんと結果を出してきます。

全部自分が選び取っていった結果です。

誰に何に原因があるわけではありません。


厳しいんです。意識の世界は正確なんです。

素直なんです。

肉の世界、そして、偽物の意識の世界とは次元が違います。

優しさ、温もり、喜びは単なる優しさ、温もり、喜びではありません。


愛へ帰るということは、大変なことです。

裏切り続けてきた意識にとって、

相当な決意、思いで向き合っていかなければならないことです。

お遊びではありません。

なれ合い、じゃれ合い、心を見ないままでは、愛へ帰る道を歩いていくことなどできません。


◆1681)

 

 本気で真剣に自分の人生を思ってください。

何のために生まれてきたのか、そこにいつも戻ってください。


生きるということを間違えてきました。

いい人生だったと死んでいった転生もあったでしょう。


しかし、自分の本当の姿を見失ったままでは、いい人生などあり得ませんでした。

ということを死後の自分から学んでください。


どんなにお金があっても、どんなに頭が良くても、どんなに家柄が良くても、

どんなに頑強な肉体を持っていても、自分を見失ったままでは、

真っ暗闇の中から抜け出すことはできなかったんです。


神に祈りを捧げても忠誠を誓っても、真っ暗闇の中から抜け出すことができなかったと、

たくさんの死んだ自分が伝えてきていると思います。


肉という形を自分に用意して、本当に何をしたかったのか、

何を知りたかったのか、自分に問いかけを続けてください。


形を本物だとしてきた心、思いの世界を崩していくことは、

決して容易いことではありません。


しかし、本気になってこの学びで伝えていただいたことと向き合っていきましょう。

残された時間は300年。転生は数回。

しかもこれまでにない厳しい転生です。

今世、本気で学んでください。

 

◆1680)

 

 学びに触れるということは、偶然でもなく何となくでもなく、

自分の計画してきたことです。

環境、事情色々とあってその中で学びを推し進めていくのは容易いことではありませんが、

自分の計画してきたことだということを知ってください。


今世はこれまでの転生とは訳が違うという自覚のもとで、

はっきりとした生きる方向性を確認していきましょう。


今世を転換期に。

これまでの暗くて真っ暗な苦しい転生を、

何とか今世を境にして変えていこうとそれぞれがそれぞれに計画してきたことは確かです。


ただ、このことは自分の心で感じてそして知っていく必要があります。


いいえ、このことだけではなくて、学びについてはどれもこれも、

それぞれの心で感じ知っていくことが必要です。


心が知っているから、自分の中に響き伝わってくるんです。

それを肉で拒否し否定し打ち消してしまうのか、

それとも、ああそうだったんだ、やっぱりそうだったんだと

思いを向けていくかということでしょう。


同時期に学ばせていただいていることを嬉しく思い、

互いに声を掛け合い、思いを同じ方向に向けていきましょう。

そういう仲間があなたの周りにいれば、

それはそれは幸せなことではないでしょうか。


仲間です。上も下もありません。

 

◆1679)

 

 学びを生活の中心に置いていこうとしたとき、

NPO法人UTAの輪から配布されているカレンダーをきちんと活用してください。


そこにはセミナーの予定が記入されています。

受付開始日、受付終了日をきちんと確認して、

参加する予定のセミナーの入金日もまたそこに各自記入する習慣をつけてください。


入金したつもりでいて遠いところからセミナー会場にやってきて、

その時あなたの名前がありませんと言われて初めて、

自分のうっかりミスに気づかされるといったことがあるように聞いています。


たとえばこのように、誰しも思い込み、うっかり、ぼんやりはあると思いますが、

ある程度の自助努力でその回数は減らせるのではないでしょうか。


年だから、色々とあって忙しかったから、それも分かりますが、

自分の側からすればそうでも、やはり各自注意確認することが必要だと思います。


肉を持って肉の中で学んでいるのだから、

守るべきところはきちんと守ってそして確認を怠らず、

お互いにできるだけ気持ちよく関わっていきましょう。

下らないことでスタッフの手を煩わせずに、

学びに集中できるセミナー参加でありたいものです。

 

◆1678)

 

 セミナー会場で、あるいはインターネットを活用し、

ともに学ぶ環境にあることを喜んでいます。

特にセミナー会場に出向きともに瞑想をする顔ぶれがほぼ定着していることは、

いいことだと思います。


私は、学びの中心核、そこから波及する輪が安定した状態で、

今世の学びを終了できればそれで上出来だと思っています。


本番の250年後に向けてその予習段階である今世の学びの時間を、大切になさってください。


今世、心に伝えていただいた波動の世界を、

本番に見事大輪の花を咲かせることができるように、

真っ直ぐに思うことをやっていきましょう。


学びは自分の心で感じていくということですから、

自分の中にたとえば250年後ということが具体的に響いてこなければ、

次元移行など荒唐無稽のお話としてしか受け取れないと思います。


しかし、感じる方にはそうではありません。

たとえばアルバートと思いを向ければ、自然に中が反応します。

出会いたかった、本当に出会いたかった、

そんな思いが心の底から噴き上がってくる体験を重ねていくでしょう。


説明などできません。

ですが、噴き上がってくる思いは確かにあるんですから、

そういうことを瞑想の中で繰り返し体験して、

そして、肉の自分と意識の自分の違いをはっきりと知って、

本物を選び取っていくという学びの時間になっていくと思います。


そこで確認です。今世の転生は違うんです。

その違いはすでにそれぞれの中で明確になっていますか。

自己評価して、そこからそれぞれに学びを進めてください。

 

◆1677)

 

 ともに学んでいこうという空気、雰囲気があなたの身近にあれば、

それを互いに進化させていってください。

ともに学んでいこうと

心から喜んで呼び掛け合ってください。


もちろん、自分の中にというのは言うまでもないことですが、

こうして今互いに肉を持ち、自分を学ぶというチャンスを用意しているんだから、

本来の生きる意味、道筋を確認し合いながら、

そして合言葉通り、250年後の再会を果たし、ともに次元を超えてください。


こんなチャンスはこれから250年の間にそうそうあるものではありません。

 

互いに自分を繋いでいく、繋いでいけるように、

互いから心を、自分の発してきたエネルギーを見させていただきましょう。


実際に田池先生とともに学んでこられた方は幸せ者です。

確かに、そこには時間の長短、肉との関わり合いの違いはありますが、文句なしに幸せ者です。

そして、残念ながら、先生とともに学べなかった方もおられると思いますが、

今、学びに触れているということは確かなことですから、

学びの友とともにしっかりと歩んでいく方向に、自分の生きていく舵を切ってください。


250年後が本番です。

本番に心を向けていけるように自分を学んでいきましょう。

 

◆1676) 

 

学びは自分の心で学んでいく、

自分の心でしか分からない、これはその通りです。

 

だから、瞑想なんです。

 

単なる瞑想ではなくて正しい瞑想をそれぞれが学び取っていかなければなりません。


それとともに、心で感じたものをはっきりと表現する

ことも大切なことだと思います。

はっきりと表現するということだから、言葉で語るということになります。


立派なことを、優等生の思いを語るのではなくて、

自分のその時感じたものを一言でもいいからはっきりと言えるようにしましょう。


だらだらと語るのではなく、一言でいいんです。


よかった、嬉しかった、ありがとう、幸せでした、あるいは苦しかった、

どうしていいか分からない、怖い、不安だ、くそばかりが出る、色々とあると思います。


絶対評価のもとで、自分を学ぶ時間を自ら用意しているんだから、

それを最大限活用して、本当の自分との出会いを果たし、

さらなる意識の世界へ進んでいくべきです。


肉、形の世界を本物だとしてきた数々の転生の歴史。

もうそこから自分を軽やかに解き放していく時がきています。


意識の流れの流れとともに生き続けていける自分達でありましょう。

 

1675) 

 

間違い続け狂い続けてきても、こうしてやり直す、生き直すチャンスを

今世もまた自分に用意してきたことを思うと、本当にすごいことなんだ、

意識の世界はすごいんだ、本当の自分に帰ろうとする思いは

どこまでもすごいんだと思わざるを得ません。


肉から意識への転回はそう簡単なことではありませんが、

日々、瞑想をする時間をきちんと確保して、

やり直そう、生き直していこうとして生まれてきた自分の思いに触れ続けてください。


中は叫んでいます。本当の自分と出会いたいと叫んでいます。

その叫びはなかなか真っ直ぐに素直に思いを語ることはないかもしれないけれど、

母の温もりに触れていけば、必ず真っ直ぐに素直に語ってきます。


帰りたいけれど帰るところが分からなかった、どうしていいか分からなかった、

まずはその思いをしっかりと受け止めていくところから始めてください。


そうしていくうちに、段々と帰るところがあったんだ、本当に帰れるんだね、

そんな思いが心に伝わってきます。あちらからもこちらからも。


中がそのような状態になれば、

あとはその思いにしっかりと応えていけばいいだけです。

しかし、その時肉がぼんくらでは、せっかくのチャンスを自ら逃してしまいます。

くれぐれもそうならないように。


次回ライブ配信予定日は、7月10日(水)、午後2時です。

 

1674)

 

私は瞑想がただただ嬉しいです。

瞑想とは心を向けていくことです。

心を向けていけば、私の中に広がっていく田池留吉、アルバートの世界です。


「待っていました。待ち続けてきました。ともに学んでくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。」

私の中に伝わってくるメッセージです。


私はこの波動に出会いたかったんです。

今世の肉を通して、その私の思いが現実のものとなりました。


肉は何ほどのものでもありません。

ですが、意識の世界、意識の私は本当にすごいんだなあと感じています。


長い長い転生の結果、ようやく出会った波動の世界でした。


私の中は、すでに250年後の最終時期に焦点を合わせて動き出しています。

ふうっと250年後と思うだけで、その実感があって、だから、言葉にはできない喜びがあります。

ともに歩いていく意識だとはっきりと心に伝わってくる思いを私は信じています。

出会いたくて、出会いたくて、本当に今世、

その思いだけで生まれてきたんだと肉に伝わってきます。


たったひとつの真実にようやく出会えた今世。

ふるさとの歌詞通り、実感できている今があります。

思う喜びと思える喜びがすべてでした。

 

◆1673)

 

 何を選び取っていくか、それはそれぞれの課題です。


平時では、田池留吉、アルバート、この道だと思っていても、

さてそれが本物かどうかは、これからの時間、転生で見極めるということになります。


心の闇、くそを吐き出して吐き出して、

それでも次から次へと出てくるくそのエネルギーに尻尾を巻いて退散するのか、

それとも、真っ直ぐに勇気を持って淡々と優しく受け止めていくのか、

それは本当にそれぞれが選び取っていくことです。


道はすでに示されています。

正しい道しるべはどなたの心の中にもあります。

気付くか気付かないか、気付けるか気付けないか、

本当に学んできたのか学んでいるのか、

その真価が問われていくこれからだと思います。


何が自分の基盤になってきたか、なっているか、

これからそれぞれに幾度かの呼び掛けを自分にします。


本当の自分に帰りたい、帰っていこう、帰っていきますの思いが、

自らに呼び掛けを起こしていきます。


なぜだか分かりますか。分かりますよね。


そこを信じて信じて自分の切なる思いを現実のものにしていきましょう。

 

◆1672)

 

 田池留吉と思えることが幸せです。

頼るとか何とかという思いではなく、

ただ田池留吉と思える、呼べる

今世ほど幸せな転生はありません。


初めて、生まれてきてよかったと思えるんです。

肉を用意してきた自分にありがとうが真っ直ぐに言えるんです。


こんな幸せな転生はないです。

環境その他色々とあり心がまだまだ揺れると思いますが、

それでもそれでも学びに触れた私達は幸せ者です。


この喜びと幸せを、

必ずそれぞれ自分の次の転生に繋いでいってください。


そして、250年後に必ず再会を果たしましょう。


もうその思いだけで、これからの学びを進めていきましょう。

みんながみんな間違ってきた、狂い続けてきたんです。

今もなお、肉を本物とする思いの狭間にいるでしょう。


しかし、それも意識の流れが顕在化するこれからの時を経て、

大きく変わっていかなければなりません。いいえ、いくようになっています。


肉を本物とする思いをいかに転回していくか、正念場です。

 

1671) 

 

2019年も後半の6か月を切りました。

時間が飛ぶように過ぎ去っていく中で、

日々淡々とご自分の学びを進めておられると思います。


今の目に見える自分だけが自分ではないと、

どなたも心ではっきりと知っていけるように、日々学んでください。


何のために今という時があるのか、

いつもいつも絶えずそこに戻って、

本当に生きていくとはどういうことなのか、

日々の生活の中で思いを馳せる時間を確保していきましょう。


ということは、

瞑想をする時間をしっかりと確保

してくださいということになります。


日々の生活で楽しみや喜びを味わいながらも、

ただそれだけでは何とも味気ない空虚な人生だということは、

もう学びに触れている方ならばどなたも、自分の心で納得されているでしょう。


本当の喜び人生を歩いていく、広げていく、今世はそれが可能だとお伝えしています。

 

尤もそれはそれぞれ次第ですが、心の向け先ひとつで、

自分の過去も未来も変わっていける不思議とありがたさを、

どうぞ、今世のその肉を通して学んでいくようになさってください。


そして、合言葉、250年後の出会いを果たすを味わってください。

 

◆1670)

 

 今世、学びに集っているのは決して偶然でもなく、

そして、何となくでもありません。

それぞれにその自覚がどの程度あるか知りませんが、

少なくとも私は、自分の綿密な計画、今世に懸けてきた思いのもとで、

自分の学びを進めてきましたし、今もそう、そしてこれからもそうです。


田池先生とともに学ばせていただいた貴重な時間があります。

私の宝物です。確かにたくさんたくさん学ばせていただきました。

学ぶチャンスを持たせていただきました。

精一杯応えたつもりでいましたが、先生没後時間の経過とともに、甘かったという反省しきりです。


ですが、ともに学ばせていただいた貴重な時間は確かなものであり、

自分の計画とはいえ、千載一遇の出会いを果たしたという事実を大切に、

計画の頓挫なきよう、正しい瞑想をしっかりとやっていくという思いでいます。


250年後の出会いを伝えていただき、田池留吉の意識の世界からは、

今世肉を持ってする仕事を終了しましたというメッセージをいただきました。


だから、あとは私次第です。

今の肉を通して学び、

次元移行の意識の流れの計画を

真っ直ぐに遂行していくことのみです。

厳しいけれど、それが私が私に約束してきたことなのだと感じます。

 

1669) 

 

UTAブックさん主催の「死ぬまで瞑想会」、第一回目無事終了ということです。

どうぞ、参加資格のある方、これからも自分の学びとして、この機会をご活用ください。

どんな企画もご自分の学びの歩みを進めるということを

基本にしていけばいいのではないでしょうか。


ということで、今ふうっと心に上がってきた思いは、

セミナー参加される方達の中で、50代、60代の方達とともに瞑想をする時間を、

セミナーの中で持つ機会を増やそうかなあということです。


もちろん、50歳未満の方達も視野に入れてというのは変わらない思いです。


学びをするのに年齢は関係がありませんが、

しかし、体力、気力のまだあるうちにということも見逃せません。


そういう意味で、50代、60代、そろそろ身体的にも衰えが見え始める時期に差し掛かります。


セミナーで、そういう機会があれば積極的にご参加ください。

 

◆1668)

 

 自分に決めてきた愛へ帰る道をしっかりと歩いていくこと、

いつもそのことを心に留め置いて肉の時間を流していけばいいと思っています。


学びをして、自分の価値基準を変えていかない限り、どうしようもないことを実感してきました。

価値基準を変える、つまり自分の基盤を変えるということです。


そこをしっかりと遂行していかないと話にならないということでしょう。


肉、形を本物としてきた大バカ者の自分をしっかりと確認して、

そんな大バカ者の自分だから何度もチャンスを用意してきたことも、しっかりと確認して、

そのうえで、今、こうして学べる千載一遇のチャンス

自分に用意しているありがたさを感じてください。


心の針を外に向けて生き続けてきたことを心で知っていきましょう。


自分の外に喜びを温もりを真実を探し続けてきたという自覚をしっかりとして、

自分の人生を生き直していく覚悟で、これからの転生を迎えてください。


今世学んだことを心で繋ぎ、

必ず250年後の意識の出会いを果たしていこうの思いで、

どなたも今世を終えてください。


一人ひとりの問題です。

 

1667) 

 

肉は馬鹿だから、色々なことで、それは些細なことであっても、

そして些細なことかもしれないけれど、色々なことで、とにかく、へこみやすいです。


へこむというのは、落ち込んだり威張ったり、

言ってみれば晴れ晴れとしない心持という状態です。


そこから思いを切り替えていこうとするんだけれど、

引きずってしまうことが往々にしてあるのが実情かもしれません。


心の針の向け先を確認して、

正しい方向に向けていこうと思うけれど、

なかなかすっといかないでしょう。


長い転生の間に沁みついた心癖です。

文字通り沁みついていますから、それを薄くして消していくには相当の思い、根気が必要です。


ですが、大丈夫です。心の中に母の温もりがあることを知った私達です。


根気よく自分の作ってしまった心癖と向き合いましょう。


そして、今度こそ自分を見捨てることなく、本当の自分に帰れる道を選んでいきましょう。

根気も勇気も要ります。

しかし、その道だけが自分の喜びの道だと私達の心は知っています。

肉は影。実体はありません。

 

1666) 

 

学びに触れる時期はそれぞれ違います。

殆どは、20年、30年と長く学んでおられますが、そうでない人もいます。

大事なのは、それぞれ学び始めてから、

どれだけ学びの基本に沿って学んできたか、学んでいるかでしょう。


学びの中心部分をしっかりと伝えるという仕事を終えたから、

田池留吉の意識の世界は、一旦肉という形を消しました。


肉を持ってする仕事の終了とともに、今世の肉を捨て、

あとは250年後を待つのみということです。


今世初めて伝えてくれた真の波動の世界に

しっかりと呼応していく喜びと幸せを学ばせていただいた事実があります。


「私達の本当の姿は目に見えません。

波動、エネルギーとして永遠に存在しています。

肉、形を本物とする思いから、

意識、波動を本物とする思いに

180度転回していってください。

すなわち意識の転回を速やかに遂行して、

本当の人生を生きてください。」


意識の流れからのメッセージは確実に現象化してまいります。


天変地異という形で、肉、形の世界が総崩れしていく中で、

何を思っていけるか、何に心の針を向けて合わせていけるか、

一人ひとりの課題となってきます。

250年後の本番に向けて動く 意識の世界を感じてください。

 

◆1665)

 

 私は出来る限り一定のリズムの中で生活をするようにしています。


肉でできることはその程度のものです。

一定の生活のリズムを刻みながら、思う喜び、思える喜びの時間を大切にしています。


時間はそんなに長くはありません。だけど回数は多いです。

ふうっと思う中に私は喜びを感じるからです。


250年後、300年後に焦点を合わせてこれからの時を通過していく、

肉を持っていても持っていなくても、250年後、300年後の意識の流れ

粛々と遂行されていくことを感じ、肉は本当に愚かだと思います。


ただ、今世を境にして意識の世界を変えていける事実もまた肉を通して

学ばせていただけるということだから、愚かな肉は愚かなりに喜んでいます。


それは意識の世界の喜びとは雲泥の差ですが、

今世の肉はゆったりと静かに過ごす時間の中にあるということで、それも喜ばしいことです。


肉でできることがたくさんあり、そうすることが喜び、幸せな人生にしていくんだ

という思いが粉々になっていくことは喜ばしいことなんだと、初めて思える今世でした。

 

◆1664)

 

 体力、気力のある間に学んでください。

学ぼうとする肉の思いはあっても、ある程度の体力、気力がなければ、

その肉の思いを叶えることはできません。

哀しいことですが、如何せん肉を持っている以上、それはどうしようもないことです。

肉を持って学ぶという条件だから、

肉の状態をできる限り学びに適う状態にしていくのも大きなポイントです。


年齢を重ねていくことは避けることができないし、

加齢がもたらす様々な肉的変化を受けながら学んでいくということになってきます。


だから、できればまだまだ体力、気力の充分にある時期に、

自分の学びの道を確立する、つまり自己確立を目指してください。


私自身の経験からそうお伝えしたいと思います。

自己確立さえきちんと出来ているとするならば、

あとは、ぼちぼちまさに自分のペースで学びの歩みを進めていけるのです。


もちろん、日々の生活の中では色々とあるでしょうが、

基本的にはそれは些細なことでしかないと、中から伝えてきます。

そして、本来自分が切望してきたことを淡々と遂行していく喜びと幸せを、

日々の瞑想の中で感じていける喜びを伝えてきます。

 

◆1663)

 

 物質的に何不自由のない生活であっても、

心が不自由であれば決して幸せであるとは言えないでしょう。


では、心が不自由であるとはどういう状態をいうのでしょうか。


不自由、自由でない。

ただ単に自由でないというのではなく、

自分の心の世界、意識の世界は本当に自由なんだろうかと振り返ってみてください。


本来、私達は自由に羽ばたく意識の世界にあったのに、

自ら狭いちっぽけな中に押し込めていったのはなぜなんでしょうか。


自らを押し込めていったという思いはないかもしれません。

そして、その世界が狭いちっぽけな世界とは分かっていなかったかもしれません。

今も分かっていないかもしれません。


しかし、肉、形を本物とする思いの世界は、狭いちっぽけな暗い真っ暗な世界です。

たとえ、物に溢れ人の優しさ、温もりを受けても、肉、形を本物とする思いの世界にいては、

本当のことは何ひとつ分からない、知らない状態だということだから、

本当の幸せ、喜びの人生にはなり得ません。

大事なことは、そのことに、いつ心で気付けるかということだと思います。


何事も自分の心で気付くということが大切です。

頭で知るのではなくて、心で気付いていきましょう。

気付いていけるように学びましょう。

 

1662) 

 

どなたもこれより、

自分の250年に至る転生に思いを向けて瞑想をする時間を持ってください。


死んだ自分から伝わってくる思いとともに、

これから肉をいただく自分の思いにもしっかりと触れてみてください。


繰り返し、そういう瞑想をしていくと、

今、今肉を持っている今という時がどんなに自分にとって大切な時であり、

かけがえのない時なのか分かってきます。


これまでの転生と同じ価値基準で今世の転生を終えていくことはあってはならないと、

あなたの心にその思いが響いてきますか。


ゆったりと心を向けていく中に、その凛とした思いを感じていきましょう。


あってはならないと心を縛るのではなくて、

真っ直ぐに本当の自分の思いを

通していく強さに目覚めていきましょう。

 


学びに触れたことをどう思っていますか。

本当にすごいことなんだと心で分かっていますか。


死ぬまで瞑想、いいじゃないですか。

今世の肉を通して、しっかりと自分を学んでまいりましょう。

そして、死んでからも瞑想ならなおさらいいですけれど、これは甚だ難しいです。

1661)

 

 

ライブ配信、どうでしたでしょうか。楽しめましたか。


死後の自分と250年後の来世の自分を思ったときに私の心に上がってきた思いです。


私は、今世死ぬまでお金に困りません。60歳になる前に仕事を辞めました。

自分の計画通りですが、実は50歳でと思っていましたから、10年も余計に働きました。


あとは死ぬまで元気に、死ぬまで瞑想を楽しんで、この世とお別れしていこうと思っています。


250年後を思うと嬉しい、楽しいんです。

今世に比べると格段に厳しい環境ですが、

それでも私はアルバートと出会うことを知っていますから、

心の中からアルバート死ねのエネルギーを噴き上げる250年後が待ち遠しいです。


今世も、この肉を通して田池死にさらせのエネルギーを存分に学ばせていただきました。

身に余る光栄です。


田池留吉、アルバートの意識の世界に、

波動の世界にあることを、

心から伝えてくれた今世の学びに加え、

最終の肉を通して再び学ばせていただくことに感謝しかありません。


しっかり打たれた布石を大切に、歩みを進めてまいります。

1660)

 

 自分自身を含む身の回りで

起こってくる現象に不必要なものはありません。

現象だから肉的には不都合なことでしょう。

不都合なことかもしれないけれど、そして、不都合なことだから

ありがとうと受け止めるにはなかなかですが、

そこは肉の心を広げていくことをしなければなりません。


そうしたとき、ある時思えるんです。

これがあったからこうなって、ああなって、結果的にはよかったんだと。


もっと具体的に例を出して言えば分かりやすいと思いますが、私はそう思っています。


ただ、肉の心を広げていくこと、これは難しいですね。

 

意識の世界は本当にすごいから、

ぱっと思えばそれで通じていくんです。

 

ですが、肉はそう簡単にはいきません。

その辺り、私も自分自身の学びとして課題を残しています。

もう少し、愚かな肉を携えて愚かな肉のことを学ぶ予定です。


250年後の来世の私は歯がゆく感じているでしょう。

何やってるの、そう思いながらも、私を全力で応援してくれています。

なぜならば、今の肉を離して、肉のない状態で自分を学んでから

最終の肉を自分に用意するという一連の流れを意識の私はすでに知っているからです。


その流れをすでに知っている意識が、肉という形を持つ、

それが250年後の来世の私です。


その来世の私からのメッセージ。


「今の肉の環境は、恵まれ過ぎている。何をごちゃごちゃやってるの。

さっさと受けていけば何の問題もないじゃない。」と軽くあしらわれています。

その通りです。皆さんも今世の環境の比ではないですよ。

これからの転生の状況は。

だから精一杯今世学んでまいりましょう。

そして今世の結果を必ず250年後に繋いでいくという心意気でいてください。

 

◆1659) 

 

学びの友からのメールです。一読ください。


私は間違ってきました。学び始めて30年余り、ずっと間違ってきました。

それ以前も含めればどれ程!? というくらい間違ってきました。

ものすごくものすごく間違ってきました。


そんな私が、学べる環境を維持するためにと、必死でお金を確保しようとしてきました。

その思いがとても重荷だったと気付きました。欲でした。まったくの欲でした。

本当に浅はかでした。


そうではなかった。

例えセミナーに行ける回数が極端に減る、ゆったりとした環境を確保することが出来ない、

そういう環境が整わなくなっても、喜んで自分の間違ってきた結果を受け入れていく、

そういうことでした。

自分でやろう、自分でやろうとしてきた愚かさを感じました。それこそ肉の思いでした。


ただひたすら自分を見つめていくこと。

自分の間違いに気付いていけること、そしてそんな自分を受け入れていけること、

そして意識の世界を信じていけること、田池留吉とひとつ、

そんな自分だと信じる信を強め深めていけること、

そういうことを喜んで喜んで日々歩いていけばいい、

重荷だった思い、少し軽くなっていけそうです。


ありがとうございます。

喜び、すべては喜び、明るく、喜んで日々を暮らしていける、それが意識の世界でした。

そして、自分が学んでいくのに必要なもの必要な環境は、必ず必ず整っていく、

それが意識の世界、本当の私の世界でした。

それは安らぎと、喜びの世界です。


気付かせていただきました。ありがとうございます。

1658)

 

 自分の世界に生きている、

自分の思いの世界に生きているということを、

どなたも心で知ってください。確認してください。


その世界がどんな世界なのか、自らに肉という形を用意して自らに見させています。

周りの出来事、人、それによって自分の世界に上がってくる思いを、

つまり自分をしっかりとはっきりと知っていくこと、

それが肉という形を持っている、つまり生まれてきた訳です。

 

このことをはっきりと知るべきです。

肉という意味を取り違えてきたことを、心ではっきりと知って、

本当の人生の時を刻んでいきましょう。


肉体というものは年とともに疲弊していきます。

もちろん、それ以外にも肉体細胞を傷つけて肉体細胞が疲弊、

死滅していく出来事が起こってくる場合があります。

 

今の世の中、健康的に命を長らえさせることが幸せ人生というふうになっていますが、

それは違っています。違うとはっきりと言えますか。


学びに触れた人達は、自分の本質、本当の自分の姿を知らずでは、

到底幸せ人生にはなってこないことを知っています。

 

そして、本当の幸せ喜び人生を歩いていくためには、今何をすべきなのかを知っています。

それだけでももう幸せなことです。

 

だから、その本当にするべきことを、肉を持っている今真摯に淡々とやっていくことです。


その結果、ふと気が付けば本当に幸せな自分がここにあることを、心が教えてくれます。

心を見て、正しい瞑想が継続できる私達でありましょう。

 

 

◆1657)

 

 

 7月の橿原セミナーの受付が早々と終了して、参加者名簿が届きました。


いつもこの位早い段階でセミナー参加が決まればと思いますが、そう都合よくいかないです。


7月の橿原セミナーまで1か月ほどあります。

橿原も琵琶湖と同様に、田池先生との思い出がたくさんある場所です。

諸般の事情が許されるのならば、セミナーの場として残しておきたいと思っています。


ホテルの窓から二上山を眺め、そしてセミナー会場に肉体を運ぶ、それがやはり嬉しいです。


あなたの中の巫女の思い、喜びへ温もりへ帰っていますでしょうか。


心に沁みついている巫女当時の思いを、出来るだけ聞いてそして受け止めていってください。


そして、巫女を思ってする瞑想が、とてもとても愛しいと思えるようになっていきましょう。

心をズタズタに切り裂いてきたけれど、それを救い上げていける安堵感とようやく出会っている

そんな瞑想を繰り返して、そして、7月、橿原の地にてともに心を向けてまいりましょう。


次回ライブ配信予定日は、6月27日(木)、午後2時です。

 

◆1656)

 

 ともに歩む、自分の中とともに歩む、

そして肉体細胞の思いを感じながら、ともに歩む

簡単なようで難しいことかもしれません。


みんな自分で決めていくこと、行く先の舵を切っていくのは自分だということ、

つまりは全部自分次第だということです。


手を引いてこっちですよと形で示されたならば、話は簡単ですが、

何もかもあなた次第だ、自己選択、自己責任だというのは、縛りもなく強制もなく自由ですが、

他力の中にどっぷりでは、何とも冷たく突き放された感覚があるのではないでしょうか。


そう思う心をそれぞれに見ていけばいいけれど、見ないようにする、

見えなくしているというのも他力の中に落ち込んでしまっている証です。


それほど他力の思いにとらわれている状態だということなんですが、

その認識が甘いのではないでしょうか。


自分勝手にしておいて、その結果はあなたのものだというところは抜きにしている、

私も悪かったけれど、あなたもそしてこれも悪いんじゃないかと責任を転嫁する心癖が、

あなたの心に残っていませんか。


他力のエネルギーのしぶとさを確認しましょう。

 

◆1655)

 

 学びに触れた喜びをしっかりと心に感じていますか。


学びを通して自分の生きていく方向が定まったことを確認して、

そしてそれを心からあなたの喜びとしてください。


道を指し示してくれたこと、こんなにすごくてありがたいことはありません。

厳しくて険しい道だけれど、たったひとつの真実に繋がっていく道です。


ともに帰っていこう、ともに行こうといついかなる時も呼び掛けていただいています。

その意識の世界に心の針を向けて合わせて、波動を感じ広げてください。

素直に真っ直ぐにそうしていけば、どなたの心にも響き伝わってきます。


それぞれの心の体験を重ねて、波動の中に生き続けている自分をしっかりと知っていきましょう。

 

喜びと温もりの中に溶け込んでいく幸せ、安らぎは、

瞑想、正しい瞑想を通してしか出会えません。


肉に傾く心、肉だと言ってのける心、その思いの世界を丹念に見ていき、

そして本当の優しさと温もりの中へ、その心を戻していきましょう。


心から待っていますと力強い呼び掛け、いざないを心でしっかりと受け止めてください。

 

◆1654)

 

 学びの本番は250年後です。

今世はその予習段階です。

とは言え、今世の学びがいかに大切であるか、それぞれの心でお分かりだと思います。


今世をいい加減にして、250年後に飛べません。

今世の学びの結果を受けて、これからの転生が展開されていきます。


誰が決めたわけでもなく、みんな自分で計画してきたことだということを、

どうぞ、日々の瞑想を通して確認してください。


自分が出したものは自分に返ってきて、そして、そのことにより、心を見て、瞑想をして、

さらに自分の生きていく方向、選び取っていくものを決定していくだけのことです。


今世、私達は初めて真なる学びに触れさせていただきました。

今世を境にして180度自分を変えていきましょうというメッセージのもと、

自分の本来生きていく方向、本来選び取っていくものを確認、確認しているのが、

田池先生没後のセミナーの学びの時間です。


それぞれの心で受け止めていくしかありません。

心で受け止めた波動の世界を信じてそして育んでいく、

私もあなたもともにやり続けてまいりましょう。

そして、それぞれ肉を置いていく時期が来れば、

250年後の再会を必ず果たしていこうの合言葉で、肉はお別れしていけばいいんです。


肉が無くなったからと言って、存在が無くなったことではないということについて、

心の理解を深めていきましょう。

 

◆1653)

 

 心も身体も余裕を持って学びと向き合ってください。

気張らなくていいんです。リラックスして、伸び伸びと瞑想を続けてください


瞑想を習慣づけるのは大事なことですが、

しなければならないと構えることはよくありません。

 

学びは修行ではありません。楽しく学んでください。


もちろん、楽しく学ぶとはいい加減な思いで、軽い思いで学ぶということではありません。


素直に真っ直ぐに自分のエネルギーを感じていく、

つまり自分に自分が辟易するのではなくて、自分を楽しんでいきましょう。


こんな凄まじいエネルギーを瞬時に噴き出してしまうんだから、

幸せになんかなれるはずはない、

喜びなど温もりなど分かるはずもない、

自分で心から納得できることを喜んでください。


そして、それでも自分の底の底の奥底には喜びと温もりのエネルギーがあることを

信じなさいと伝えてくれている本当の自分に対して最敬礼です。


そうやって、自分と自分の中で楽しんでください。


ふるさとの歌を口ずさみながら、涙してください。

帰ろう、帰ろうの大合唱に心で応えていきましょう。

 

◆1652)

 

 瞑想、正しい瞑想をしてください。

 

正しい瞑想をしていけば、自ずとはっきりとしてきます。

肉に逃げずに、肉で誤魔化さずに、しっかりと自分の歩いていく道を知って

そしてその道をひたすら真っ直ぐに歩いていくことだけが、

自分の幸せ、喜びなんだということが、心にはっきりと響き伝わってくるのです。


自分が自分に伝えてくる思いを真摯に受け止めていけることが幸せであり、

嬉しいことだと分かります。


心からありがとうです。自分にありがとうです。

真っ黒にしてしまったけれど、けれど、喜びと温もりの中に帰っていけることを

伝え続けてくれている自分に心からありがとうしかないでしょう。


知りたかったんです。本当に知りたかったんです。

帰るところを探し続けてきたんです。

 

どなたも正しい瞑想を継続して、自分に問うてみてください。

そのように返ってくるはずです。

その思い、その切なる思いの波動を心に受けて、愚かな肉を通して、

その思いを実現できる今をただただ喜んでください。

 

◆1651) 

 

色々な形で、学びの友が積極的にともに学んでいこうと動き出される最近を嬉しく思います。

私は我関せずというところがありますので、積極的には情報収集はしていませんが、

何かの折にそういう動きを感じさせていただいて、何かいいなあと思っています。


それぞれの動きには水先案内人がいるでしょうが、あくまでも水先案内人に徹してください。


ともに学んでいこうという思い、姿勢は絶対に忘れてはいけないでしょう。


みんな間違ってきたのです。みんな狂い続けてきたのです。

正しく生きてきた人など存在しません。


みんな真っ黒だけを宇宙に垂れ流してきたということ、

そして、その回収はそれぞれがやっていく必要があるということ、

そこをぶれずにともに学んでいきましょう。


誰が上、誰が下、そうではなくて、愛へ愛へ帰れる道があることを知って、

その道を自分の足で歩いていく喜びと幸せを、

どなたも心に感じ広げていけるような、

そんな今世の学びの結果にしていこうと呼び掛けます。

 

◆1650)

 

 大切なこと、一番大切なことを大切にしてください。

決死の覚悟で生まれてきたことをどなたもお忘れなく。


自分で計画してきたことを、

心を見ることにより、

正しい瞑想をすることにより、

自分で分かっていくことが肝心でしょう。


肉塗れの中ではそれは困難です。

学びが難しいというのは、肉があるからです。

肉があるから、肉と一体化している思いがあるからです。


それを剥がし取っていくことができるかどうかです。上塗りは簡単です。

磨いて磨いて艶を出して、形を整えて、そうすること、そうできることが幸せ、喜びの道、

生きている証だとしてきたんですから、剥がし取っていくことはどれだけ難しく、

エネルギー必要とするかは実感されていると思います。


肉の道を極めるのではなく、肉の道を消していくのです。

消し去ろうとしても消せないけれど、

自分の中から薄く薄くしていくように、

心を見ていきましょう。


何も持たない、何も持てない、ただ思いの世界があるだけ


この事実を肉ある今、心で確認してください。

 

◆1649) 

 

今世、学びに触れた方達は、これから250年、300年の間に何度かの転生があります。

必ず肉という形を持ちます。


生れたくない思いを遥かに超えて、肉をくださいと今まで以上に切望してきます。


その思いが、今回のライブ配信の来世、肉を持つ思いに触れる瞑想から感じ取れましたか。


どなたもボロボロの心の状態の中で、

三次元最終の時を迎える計画を立てていることを心で知ってください。


私は、先にホームページに載せた通り、

アルバート殺してやる、アルバート愛していますの凄まじいエネルギーを噴射します。


そして全宇宙とともに次元移行を達成していく意識の流れの中にある喜びをしっかりと確認して、

さらに愛に向かって意識の世界を進んでいきます。

 

それを私は、田池先生の肉がある間に、その意識の世界を学び確認しています。

心で受け取ったから、あとは愚かな肉の思いをしっかりと見て、

自分の計画が頓挫しないように、思いを向けていくだけです。


身体には少々不具合がありますが、

心で受け止めたものを遂行していくことには支障がございません。

 

◆1648)

 

 思いは250年後。

そして次元移行を伝える意識の流れの中にある自分をはっきりとしっかりと感じることです。


その思いを大切に、その思いとともに、今、肉を持っている今、

肉を通してしっかりと学んでいきましょう。


思うは田池留吉一筋の道を、どなたも心に確立して、

250年、300年に至る次元移行への道を遂行してください。


肉、形の世界が崩れ去っていく中で、何を思うのか、何に心を向けられるのか。

 

大変厳しいけれど、しかしたったひとつの

真実の波動の中に溶け込んでいく喜びの道がどなたの心にも開いています。


その道を歩んでいくのかどうかは、それぞれの心が選び取っていくことです。


はい、いいえを明確に、喜んで喜んで本来あるべき自分の姿、世界を復活させていきませんか。


肉に埋没していては、絶対に明るい喜びの道は見えてきません。

真っ暗な真っ黒な長いトンネルを抜け出していくことを始めてください。


本当の自分が先導してくれていることを

素直に真摯にそして勇気を持って受けてください。

 

◆1647) 

 

学びの友、UTAブックさんが色々と企画を出してくれます。


死ぬまで瞑想、死ぬまで勉強、70歳以上の学びの友が対象ですが、いい企画だと思います。


こんなことをしますと前もって連絡がありました。いい企画だと返事しました。

ただ私は傍観者であり、後日アップされたものを観させていただいて、

私なりに感じるところがあれば、何らかの形でともにお勉強させていただきたいと思っています。


私もそうですが、加齢とともに身体に不調が出てきます。

もちろん加齢だけではなく、自分の出してきた思いの結果が例えば、

肉体細胞を通して現れてくるということで、そこで後ろ向きにならずに、

肉体細胞とともに学べる喜びをしっかりと味わっていきましょう。


元気溌剌で学びをぐいぐい進めていけた時期はそれはそれでよかったんです。

その昔を懐かしみつつ、ようし、死ぬまで瞑想だ、死ぬまで勉強だと自らを鼓舞して、

思うは田池留吉一筋の喜びの人生を生き抜いていきましょう。

 

1646)

 

 私もあなたもともに学びます。

田池先生の肉を通して、真実の波動の世界を学ばせていただいた私達に残されていることは、

道しるべが指し示した方向を真っ直ぐに見ていくことです。

その方向だけを見ていくことです。


もうやるしかありません。

きちんと心に残してくれた確かな足跡を、しっかりと歩いていきましょう。


「待っています。必ず出会ってください。」


どなたの心にもそう響いてくるはずです。

ただただ待ってくれている思いに、それぞれの心でしっかりと応えていってください。


思えば響く波動の世界を心に感じ、本当の喜びと温もりの道を進んでいきましょう。

 

そして、250年後の意識と意識の出会いを果たし、

心の奥底からアルバート殺してやる、

アルバート愛していますのエネルギーを噴き上げてまいりましょう。


ただただ嬉しい。その舞台設定はすでに整っています。

三次元最終のお勉強です。喜んで喜んで受けていこう。

 

◆1645)

 

 学びに触れている私達ほど幸せ者はありません。

あなたもそう思うでしょう。なぜならば、ふうっと目を閉じて思えることを知っているからです。


思える方向を心に知っているからです。これはすごいことです。


田池留吉とかアルバートとか次元移行とか意識の流れという言葉を

知っているだけでも幸せなんです。


他力的に欲ですがりつくのではなく、ただ思うとする、思える、

そうすることがこんなにも心を広げてくれる、

思いの向け先を段々に絞っていけばいくほどに、

嬉しさ、喜びが増してくるのです。


思うことはパワーです。

 

正しく思う、真っ直ぐにただ真っ直ぐに思う、学びに触れさせていただいて、

思うこと、思えることの大切さと喜びを知りました。


形の世界では到底分からないことでした。

ひとたび知っていけば、感じていけば、消すに消せない、消えない喜びと温もりの世界です。


形の世界の喜びとか幸せとは全く違います。

喜びと幸せの裏に、不安とか恐怖その他のブラックの思いがあるのとは全く違います。


何もない。ただ喜びだけ。ただ温もりだけ。

 

そんな世界に存在しているあなたですよと伝えてくれたんです。

受け取りました。受け止めました。


信じる信を深めていくことが、

さらにひとつに溶け込んでいくことだと承知しています。


次回ライブ配信予定日は、6月18日(火)、午後2時です。

 

◆1644)

 

 これからさらに、想定内、想定外の出来事が起こってくる中で、

心は揺れてももう自分を見失うことなく、道を間違えることなく、

真っ直ぐに前を見て生きていきましょう。


信じる信が問われるこれからです。

何を選び取っていくかでしょう。


田池留吉を選び取ってください。

次元移行を伝える意識の流れに心を委ねてください。

 

肉は何ほどのものでもありません。

肉でできることなど微々たるものです。

 

意識の世界にある自分というものをしっかりと心に感じ、

必ず自分の中で次元移行を果たしてまいりましょう。


心の針の向け先を絶えず確認、管理して

どんなに間違い続けてきても、

帰ってきなさいという呼び掛け、いざないがなされてきたことを、

心から心から知っていただきたいと思います。


帰るところはひとつです。もう帰らねばなりません。

帰りましょう。ひとつになって帰ってまいりましょう。

 

1643) 

 

もう迷うことはないと思います。

心は揺れるかもしれませんが、その揺れが大揺れのまま自分を見失うことはないと思います。


揺れがどこからきているのか、この揺れをどうすればいいのか、

その対処の方法はどこにあるのか、

その問いかけに対する答えは、それぞれの心で出てくるでしょう。

あとはその出てきた回答に対して、どの程度の角度で向き合うことができるかだけです。


どの程度の角度、真正面からしっかりと向き合えるか、

その角度が段々に大きくなって、

結局は自分の心の針の向け先

とんでもない方向に向いていくのか、そういうことでしょう。


それを左右していくのは、それぞれの心の中に巣くう他力のエネルギーの程度であり、

それと並行して感じている母の温もりの厚み、深さ、広さの程度

だと言えると思います。


心の針の向け先の正しい方向を知って、

その方向に針を向けて合わせていく以外に、

本当の自分の生きる道が見えることはありません。


互いに肉は愚かですが、

本当の自分の生きる方向がしっかりと定まっていくように、

学んでまいりましょう。

 

◆1642) 

 

半端な思いで学びをしていませんか。

真っ直ぐに学びと向き合えているあなたでしょうか。

そして、今、あなたはあなたの環境その他を通して、

学びに触れている今を心から喜んでいますか。


あなたは特別ではありません

真っ黒だから、どうしようもない状態だから、今世、学びに触れているんです。

 

先日の琵琶湖セミナーの最終日に、

セミナー資料から読ませていただいた中に、

決死の覚悟という文言がありました。

 

決死の覚悟で、自分を救いあげていこうとして、

今世の肉、環境を用意して、学びの時間と空間を自分に用意しました。

 

それは今語った状態だからです。

今世を逃しては難しいということを、今一度、どなたも心に留め置いて、

それぞれの責任のもと、生きていく道を選択してください。


決死の覚悟をしてきた自分は、

あれとこれを平行に進めていくことなどできないということを知っているんです。

心は知っています。中は知っています。知らないのは肉のあなただけです。

 

肉のあなたは色々と言い訳、尤もらしい理由を並べ、正当化します。

しかし、中から決死の覚悟という思いが伝わってきているならば、

それに忠実に肉は沿っていく方向に取捨選択が必要です。


肉の仕事は中の思いを、切なる思いを最大限活かしていくことにあります。


肉を活かすために肉があるのではありません。

 

 

◆1641)

 

 学びの友からたくさんのメールをいただいています。

みんなセミナー嬉しかった、ありがとうと喜びを伝えてくれています。


ともに学ぶ時間と空間を大切に、そして、日々それぞれ正しい瞑想を心掛けて、

それぞれ自分の計画、予定してきた愛に帰る道の遂行に努めてまいりましょう。


250年後の再会を果たしてくださいとお伝えしています。

意識と意識の喜びの出会いを持ちましょう。


今世、アマテラスの国、日本より学びは発信されました。

小さな島国日本です。

250年後には海の底に消えていますが、アマテラスの目覚めにより、

宇宙が大きく変わっていく仕事の場を設けていただいたことを嬉しく思います。

アマテラスの思いが国を形成し、

そしてアマテラスの思いの成長とともに国が崩壊していくのです。


次元移行という意識の流れを心で真っ直ぐにとらえ、

自分達の真実を心で明らかにしていきましょう。


帰るところ、帰るべきところがあったんです。

心で感じて感じて、さらに奥深く進んでいこう。

形ある世界に真実はありません。

 

1640) 

 

厳しくて難しい学びだけど、ともに田池留吉を思い、母を思い、宇宙を思い、

心を向けようとする時間と空間を持たせていただいて嬉しいし、ありがたいです。


形の世界で、物や心にどんなに恵まれていても、

心に響く波動の世界には太刀打ちできません。

いいえ、比べることのできないことです。喜びとか幸せの質が違います


田池留吉を思う、アルバートを思う、意識の流れを思う、思えることが

どんなにすごいことなのか、ああ私達は本当に幸せ者です。


どんどん自分の中の凄まじいエネルギーと出会っていきましょう。


狂ってきた凄まじいエネルギーは、みんな喜び、温もりへ返していける、

そんな喜びと幸せの中にあったことを、はっきりと自分の心で確認してください。

 

尽きることのないブラックのエネルギーは、

尽きることのない喜び、温もりのエネルギーでした。

 

元々ブラックのエネルギーなどなかったんです。

元々あったのは喜び、温もりのエネルギーだけでした。


それをブラックにしてしまったのは、喜びと温もりを捨て去った私達です。


そんな私達が、喜びと温もりの中へ帰っていこうと一念発起して、この世に出てまいりました。

厳しくて難しい学びだけど、

元あった本当の世界へ帰っていく思いを確認して、

日々をお過ごしください。

 

1639) 

 

ゆったりと静かにゆっくりと流れる時間の中に身を置いています。


あなたはいつも何に思いが向きがちですか。


仕事の段取り、家族のこと、自分の身体のこと、

お金と時間があって元気ならば、どこへ行こうか、何を食べようか、何を買おうか等々。


目を開けて活動する中で、目は耳は心は忙しく動きます。それが私達の日常です。


そこで、目を閉じて瞑想をする時間を持つようにする

そういう習慣をつけるということなんですが、どうでしょうか、功を奏していますか。


心を外に向けて生きてきた時間が余りにも長いので、

その癖を修正することは容易いことではないけれど、

中へ向けていく喜びと幸せを実感できれば、段々に分かってきます。


自分の外には本当のことはないことが。


心の針を中へ中へ向けていくことが、自分の幸せなんだと。


もっと言えば、思うは田池留吉一筋で生きていくことだけが

喜びと幸せの道に繋がっているということです。


ただ、それは形がないから、自分の心の体験がないと、全く信じることができません。

しかし、心で感じる人がいるということ、それも数人ではないということも事実です。


そこであなたの場合はどうでしょうか。

心の体験をなさってください。

 

◆1638)

 

 ともに心を向けていこう。明日(6月9日)から琵琶湖セミナーです。

参加予定の方もそうでない方も、どうぞ、ともに心を向けていきましょう。


どんな思いで日々、暮らしていますか。


生きていくのがやっと、精一杯かもしれません。

尽きることのない欲の渦に辟易しているかもしれません。

やっぱり、肉だ、肉だという思いが後から後から出てくるかもしれません。


形の上では幸せ、しかしその一方で思いがとらわれていくのが苦しい、

この執着の思いを見ていかなければと思うけれど、とりあえずはと先延ばしにしようとしている、

甘いなあと感じるけれども、どうしようもないと思っているかもしれません。


日々、色々な思いを抱えて生活をされていると思います。

 

ただ、しかし、私達は道を間違えてきた、道を見失ってきたということは、

どなたもどんなときも心に留め置いてください。


道を間違えてきたから、道を見失ってきたから、

本当の喜びも幸せも知らなかったんだと、どの程度自覚があるでしょうか。


間違えてきたのは自分、見失ってきたのは自分。


それを素直に真っ直ぐに認めて、本来の軌道に自分を乗せていこうと、

今世、学び始めていきましょう。

 

◆1637)

 

 たったひとつの喜びと幸せの道を、

一歩、一歩喜びながら歩いていくこと、これほどすごいことはないです。


何がすごいって、肉、肉で生きてきて、それが当たり前で普通で、

その中で喜びとか幸せ、温もりを貪欲に求めてきた私達に、

こんなチャンスが目の前にぶら下がっている今世だから、すごいとしか言いようがありません。


みすみすそれを無駄にしていくどうかは、あなたの問題ですが、

本当にすごい宝物を散りばめた学びに触れているんです。


それをそれぞれが自分の心で感じていったならば、うーんすごいということになってきます。


どんなにありがたいか、それすらももう私達の心にはしっかりと届かなくなっていたことを

併せて思っていくと、ますます幸せな超恵まれた私達だと分かってくるでしょう。


お金、生活をしていくのにある程度目途がつけば、もういいじゃないですか。

それよりも、肉体がない自分、死後の自分から今伝えてもらっている現実

しっかりと心で受け止めて、その現実を少しでも、明るく軽く爽やかにしていく方向に、

思いを、エネルギーを傾けていきましょう。

 

◆1636)

 

 田池留吉の意識の世界が肉を持ち、その肉を通して、

田池留吉の意識の世界をつぶさに学ばせていただいた、感じさせていただいた、

この事実の重みをあなたの心にしっかりと感じて、

そして本来歩んでいく方向に、自分の心の針を向けて合わせてください。


しっかりと向けて合わせてください。欲は一切通用しません。

真摯な思い、ただひたすら真っ直ぐに、

喜んで喜んで真っ黒に作り上げてきた自分の宇宙の崩壊をしてまいりましょう。


崩しても崩してもまだまだです。ですが、その方向に明るい兆しは感じられるはずです。


もう決して狂うことない、不安も恐怖も闘いも何もない、

ただそこに広がっていく安らぎ、温もりを感じ、

その中に生き続けてきた自分達でしたと、

はっきりと知っていくことが、たったひとつの自分を救い上げる道です。


帰ろう、帰りましょう。私達のふるさとへ。

愛、心のふるさとです。

待ってくれています。本当の自分が待ってくれています。

 

◆1635)

 

 自分の来し方を思い、行く末を思う、どうでしょうか。

明るい方向に自分のいざないを感じますか。

それとも過去と変わりなく、いいえ、さらに暗い方向に自らを落としていく現実でしょうか。


肉を持っている間に、しっかりと自分を学んで、

ということは自分の垂れ流してきたエネルギーを確認、回収を進めていきましょう。


その作業をしない限り、喜びと幸せの愛に帰る道は見えてきません。


どんなに優しさを感じ、どんなに嬉しいと感じても、

肉基盤の上に立っているならば、その優しさも嬉しさ喜びも本物ではありません。


肉を持っている間、それでも何とか自分を誤魔化していけるけれども、

心は知っているから、学びに触れ、心を見始めた私達に、

その心の叫びが響いてくるんです。

心の底から本当に嬉しいありがとうと言えない、

本当に自分を偽って誤魔化して生きていくことは哀しいことだと、はっきりと感じます。


そんなことをしっかりと確認しながら、自分を偽ることなく誤魔化すことなく、

正真正銘私は幸せですと言える自分に復活していく道を、選び取ってください。

勇気が要ります。本当の勇気が要ります。

強い心でないとそれを実践継続していくことはできません。


あなたの心で問うてみてください。

 

◆1634) 

 

私は特別ではありません。

私を特別だと思っている方は自分をないがしろにしているから、

あなたの学びの歩みは滞っているはずです。


そうかと言って、私はあなたに下に見られることもありません。

そうなさっている方も、自身の学びの歩みは滞っています。

私を嫌っている方、疎ましいと思っている方も然りです。


ではどうすればいいのか。

あなたはあなただけを見ていればいいんです。

自分の心の針の向け先の管理をしっかりとやっていけばいいだけです。


自分の中に確たる道しるべがあると本当に心から思えたならば、

私という肉の存在もまたあなたの中で違ってくると思います。


学びは、何を学ぶのか。

波動です。波動の世界を学びます。

波動が正しく受け取れて、そしてその波動の中に生き続けている自分達だったことが、

心から分かってくれば、こういうことは敢えて言わなくても、

万事心で了解済みということになるでしょう。


学びは進化しています。もうすでにそれぞれの心に委ねられています。


どのように舵取りをしていくか、それもまたそれぞれの心に伝えられています。

正しい瞑想の純度を上げてください。

自分の心で感じ 分かっていくことです。

今世肉を持ち学ばせていただくチャンスを自ら用意してきたことに

すべてがあったと心から気付いていってください。

 

◆1633)

 

 心、定まっていますか。

生きていく中で色々なことが起こってきますが、その中で一喜一憂せずに、

しっかりと自分の生きていく方向を確認しながら、歩みを着実な歩みを前に進めてください。


見て聞いて心が揺れる状況は、肉を持てばみんなに平等に公平に配分されています。

お分かりのように、そこから肉塗れの自分をどうしていくかが問題です。


形の上での解決策は、模索すればそれなりにあると思いますが、

肉塗れの自分から自分を解き放していく術は、そう簡単なものではありません。


今世、学ばせていただいた私達です。

このチャンスを無駄にすることなく、

自分が本当に生きたかった道を勇気を持って喜んで進んでいきましょう。


自分が一番望んできたことは何だったのか、

静かにゆったりとそして真摯に自分に問いかけていける時間と空間を用意してください。


雑事に自分を紛らわすことなく、しっかりと自分と向き合うことをしてください。

 

◆1632)

 

 これからさらに心を揺さぶる大変な時間を用意していますが、

どうぞ、自分の中に確立している信を、その大変な時間を活かして大きく成長させていきましょう。


地獄の奥底に逆戻りするのではなく、

明るい温もりの世界へ自らの一歩を踏み出していきましょう、

踏み出していってください。


どんなにしても出会えなかった、分からなかった本当のこと


心から心から待ち望んできたことが、今それぞれの手が届くところに見えています。

心の目でその事実をしっかりととらえ、

ともに愛へ本当の自分へ帰る道を真っ直ぐに、

ひたすら真っ直ぐに進んでいきましょう。


愛、愛を思えば宇宙。宇宙は愛でした。

私達の宇宙は愛でした。


喜びと温もりに満ち満ちていたあの宇宙へ帰りたいという心から叫ぶ思いに、

それぞれがそれぞれの心でしっかりと応えていくべきです。


私達は応えていけます。

私達の中にある喜びと温もりのエネルギー

しっかりと確認できるこれからなんです。


形の世界の総崩れで、自らを見失うことなく、

喜んで喜んでありがとうと心で受けていける私達に蘇ってまいりましょう。

 

◆1631)

 

 何をするために生まれてきたのか

これまでの転生と今世との違いを自分の中で、

はっきりとくっきりと線引きをすることが大切です。


今世を自分の転換期にするということは、ある決断をして、

それを実行しなければならないということになりませんか。


決断、そして実行です。

世の中の流れ、価値基準などどうでもいいんです。


形の上では、ある程度世の中に縛られることがあっても、

それによってこれまでと同じように自分の心を売る、ないがしろにしてはならないんです。


不器用な生き方でもいい、損得勘定など抜きにして、

自分と自分の愚かさと真向かいになって

生きていく生き方を真摯に選び取っていくことが大事です。

それはけれど、本当のことは何か、何をするためにここにあるのかが、

自分の心で分かってこなければできないことです。


肉は金と欲に走る傾向にあります。

欲の垂れ流しをしてきたにもかかわらず、

まだまだそのことに心から気付けていない私達なのではないでしょうか。

 

◆1630) 

 

私とあなた、肉も環境も抱えている課題、問題も違います。

ただ、私とあなたは、今世学びに繋がりました。

学びに触れて学ぶという時間と空間の中にあります。そこは共通しています。


私達を繋いでいるのは、この事実、現実です。

そこを軸にして学びの輪の中で繋がっていきましょう。

それ以外で繋がりを求めても、結果は芳しくないでしょう。


学びを自分の中でどのようにとらえ、いかに学びに沿った生き方をしていくかは、

それぞれの課題ですが、肉を同時期に持って同時期に学びに繋がった友として、

できればともに同じ方向を向いて、幸せと喜びの世界をともに味わっていけたら、

互いにとって喜ばしいことではないでしょうか。

こんな素晴らしい繋がりは、肉、形の世界では決して成立しないでしょう。


思う思いの向け先を限りなくゼロに合わせていこうとするときに、

自分の中に広がっていく波動の世界があります。

その波動を感じ合う仲間が宇宙に広がっていけば、

当然の如く肉、形の世界が崩れていくという現象が起こってきますが、

同時にそれは更なる波動の広がり、伝達を意味し、

宇宙が挙って次元移行の意識の流れの中で目覚めていくということになっていきます。

 

◆1629)

 

 ライブ配信、もう少し頻度を多くしてやっていけばいいだろうなあとは思いますが、

定期的にというと少々堅苦しいので、

ふっと思いが上がってきたときにお声掛けさせていただくということでお許しください。


毎回、200名以上の方がリアルタイムでアクセスしていただいているようです。

数云々ではなくて、私はその中の一人でも今日の瞑想よかった

と思ってくださるのならば、それでいいと思っています。


なぜならば、一人の肉の背景には夥しいほどの意識の世界、宇宙達があるからです。

ひとつの肉を通してたくさんの宇宙達が思いを向けていける計らい

の中にあることが嬉しい、幸せだと思います。


肉は何ほどもありません。

死後の自分の世界を感じる、知る瞑想を大切になさってください。

それがそれぞれの現実の世界です。


肉体を離すということは、もちろん頭もないんです。

頭で理解していることと、実際の自分自身の意識の世界との隔たり、どうでしょうか。


厳しくしっかりと
自己評価をして自分の学びを進めてみてください。

 

◆1628) 

 

今世は、学びに触れている私達にとっては、大変大切なかけがえのない転生です。

これは確かなことです。

学びに触れたことは、決して偶然でも何となくでもなく、自分自身で強く望んできたことであり、

決死の覚悟という表現も使いましたが、全部自分で計画してきたことでした。


それにもかかわらず、途中で学びから離れるということを選択する人達も確かにいます。


それらは全部、今の肉の都合です。

肉を優先して、そして自分の中の切なる思いにまた蓋をしてしまう心癖から

自分を解き放つことができない哀しい状態を引きずっていると言ってもいいと思います。


けれど、私は基本は
去る者追わずと思っています。

その基本姿勢で、全部自己選択、自己責任だと思っています。


ただ、呼び掛け、いざないはどんな時も絶えずなされている

ということだけはどなたも知っていただきたいと思っています。


そのことに気が付かない、無視する、軽く受け流す、本当に肉は愚かだと思います。

互いに愚かな肉ですけれど、もう意識の流れは着実に動き出しています。

だから、ともに同じ方向を向いて、ともに歩いていきましょう、

喜びと幸せを共有できる喜びを味わっていきましょうと、

宇宙の仲間達とともに、次元移行という意識の流れをしっかりと果たしていこうと、

私はただただそう思うだけです。

 

◆1627)

 

 決死の覚悟、決して大げさではないと思います。

決死の覚悟で今世生まれてきた、肉をいただいた、用意した、

正しい瞑想の純度が上がってくると、それがどういうことなのか、はっきりと心で分かります。


何をおいても今世なんです。

学びに触れた方達は今世を逃せば、

次元移行という意識の流れに乗っていくことは難しいというのが実際のところだと思います。


それが決死の覚悟ということだと思います。

自分がいかに愚かであり、他力のエネルギーに自らをがんじがらめにしてきた愚劣さに、

本当に心で気付き知っていきたいと思ったのです。

 

そして、自分を苦しみの奥底から救っていこうという決死の覚悟で、

学びに繋がるという計画を立てました。


どうでしょうか。あなたの心に問いかけて、自分から返ってくる思いはどんな思いでしょうか。


もしこの通りならば、では今、
あなたの学びの進捗度はどうでしょうか。

自分の予定してきたことをクリアしていますか。

クリアしていると答えが出たら、それはそれでいい、

自己評価のもと、しっかりと自分の歩みを進めていってください。


そうでなければ、
しっかりと厳しくそして優しく

自分のこれからを見定めていくような生き方の軌道修正をしてください。

 

◆1626)

 

 繰り返しになります。

大事なことだから、そしてここを違えば、ここが心で分からなければ、

生きていく方向が全く違ってくることは明らかだからです。


それは、なぜ自分は生まれてきたのかということが、

本当に心で感じ分かっているかということです。

頭ではなくて心でです。

 

今世の時間がどんな時間なのか、自分にとってどんな時間なのか、

しっかりと心で分かっていますかといつも自分に問いかけてください。


他力の中に、欲の中に塗れてきた意識の世界です。

その自覚はどの程度ありますか。


面白おかしく適当に生きていくのは容易いことだけど、

学びに触れ心に感じ始めた今世は、

これまでとは少々いいえ、随分事情が違っているはずです。

自分との約束を違えて生きていくと心が疼きます。ざわつきます。


そうじゃないでしょう、

違っているねと伝えてくる本当の自分からのメッセージを聞く耳、心を育成しつつあるからです。


形ある中に自分を置いて、この形の世界から本当に学ぶべきことがあると心で知り得たならば、

目を閉じるだけでいいんです。

目を閉じて思いを向けていく時間の中で、

何とも言いようのない喜びと幸せが心に広がっていきます。


何も要らない。

正しい思いの向け先が分かれば、それでよかったんです。


心の針の向け先をいつもチェックするようにしてください。


次回ライブ配信予定日は、5月30日(木)、午後2時です。

 

◆1625)

 

 託する、委ねる、ただそうする、そうできる転生ではありませんでした。

これまでの転生みんな、託する、委ねる喜びと幸せ、安らぎを知らなかった転生でした。


何に託していけばいいのか、何に委ねていけばいいのか、託するとは、

委ねるとはどういうことなのか、分からないことばかりでした。

そして、託すること、委ねること、それもみんな全部、それができない哀しさの中にありました。

損得、駆け引きの中に生きてきた哀しい心の中でした。


それでは決して幸せにはなれなくて当たり前でした。


心を全開にしていける波動の世界。

 

そんな波動の世界があなたの中にある、それがあなた自身だとはっきりと伝えてくれた、

そんな学びの時間と空間に自らをいざなってきた私達です。


今世ほど大切なすごい転生はないと言えるでしょう。

だから、今世を転換期にして、これからの転生に繋いでいきましょう。


世の中の流れは濁流です。

濁流の渦の中に飲み込まれないように、しっかりと心を見て、そして生き直していきましょう。

本当の意味で自分を大切に生きていく、

もう本当の自分を裏切らない、そんな人生を歩いてください。

ただ、肉塗れの心では難しいことです。

生き方の根本が違うからです。

 

◆1624)

 

 今、私は足が少々不自由なので、とんとこと外に出向いていく気持ちは弱いです。

これで丁度なのかもしれません。

さっさと思う存分気ままに動けていたら、時間、金、利便さをいいことにして、

毎日外に出歩いているかもしれません。

当然、思いは外に、外に、肉も楽しまなくては、

楽しんでいいよという自分勝手な言い分を盾にしてしまうかもしれません。


何かで、どこかで自らストップをかけて、そして、外に向きがちな心を、

中へ、中へという時間と空間に自らをいざなっているということを感じれば、

やはり肉は愚かだけど、自分の中の意識は必死なんだと思わざるを得ません。


お金を出せばある程度色々なものが手に入ります。

しかし、どんなにお金を積んでも手に入れられないものがあります。


波動です。

真実の波動の世界は、母の反省と他力の反省を通して、

自分の中の本当の自分と出会う術を知らなければ、

そして意識の転回が捗ってこなければ、

心で分かる、心で知るということにはなってきません。


心で分かる、心で知るということになってこなければ、

今の肉体を離せば、すなわち死んでしまえば、真っ暗闇の奥底に真っ逆さまです。


そこには、何かで、どこかで自らをストップしてくれるような優しさ、温もり、喜びはありません。

ただ落ちていく、そして固まっていくだけです。

そんな体験を何度もしてきた私達だからこそ、今、肉体を持っている今、

そして学びに触れている今がどんなにありがたいかが分かるのではないでしょうか。

瞑想、正しい瞑想を継続してください。

 

◆1623)

 

 単純に、シンプルに生きていこう、そして学んでいこう。


はい、いいえを明確に。学びを進めていくについて、これはとても大切なことです。

能書きは要りません。

心の問いかけに、はい、あるいは、いいえを一番に答えてください。


ダラダラ語っているうちに焦点がぼやけます。

言い訳とか言い分とかあると思いますが、学びは単純かつ明確でなければなりません。


1+1=2、1+2=3の世界です。

肉基盤からすれば何とも味気ない、面白みがないというふうに

感じるかもしれませんが、とんでもありません。


1+1=2、1+2=3の世界だから、信じられるのです。

絶対に揺らがない、何があろうとも、どんなに時を経ても決して色褪せない、

変わることのない真実の世界の法則です。それが意識の世界です。


肉基盤からは推し量れない世界です。

そこから推し量り、言い分を通そうとする思いを

心でしっかりと見て反省に繋いでいかなければならないでしょう。


学びは今世が最初です。まだまだ学び始めた段階です。

しかし、本物だから、学びの道筋にしっかりと素直に沿っていけば、

どなたもみんなみんな感じ分かっていくのです。

全部自分の中は知っていたということになります。

本当の自分というものはたったひとつだからです。

 

 

◆1622) 

 

すべて田池先生、田池留吉の意識の世界が

布石を打ってくれています。

 

残してくれた足跡、学びの道筋です。それは具体的にはセミナー開催を意味します。

ともに学ぶ時間と空間が必要です。

セミナーはワン・ツー・スリーの現象中心です。

それぞれがそれぞれの心で波動を学びます。

また、異語、種水を通して波動を学びます。

 

学びを滞りなく予定通り進めていけるように、適材適所ということが感じられます。

誰がとか何がとかそういうのではなく、みんなで学んでいこうとする思いの表れが

適材適所という形となって学びの時間と空間が提供されています。

そこで己を前に出せば、必ずトラブってきます。

肉の力、頭で学びの環境は整えられません。


みんな
意識の流れの計らいです。

肉、それぞれはその計らいを喜んで受けていけばいいだけです。

ただ、喜んで受けていくということが、愚かな肉には難しいんです。

肉は、肉の思いはどこまでも愚かです。


肉ですることは、ただひとつしかありません。

自分の心を見て、そして正しい瞑想が少しでもできるように努めることです。


こんなこと何度やってもという思いがちらりとでも感じたならば、

その背景には他力の神々が鎮座する闇黒の世界が

ドーンとあることは間違いなし、確かなことです。


学びを軽んじないでください。

学びを軽んじるということは、自分を軽んじるということです。

それでは本当の自分の世界とは絶対に出会えないということになります。

肉を本物とする思いが行く手を阻むのです。

行く手を阻んでいるのは、愚かな自分だとしっかりとご自覚ください。

 

 

◆1621)

 

 肉を持てる今が嬉しい、そうです、

単純に肉を持って思いを向けられる今があることが嬉しいです。


色々なこと、
本当の世界を知っていくために

色々なことを整えてきた今世だったと心に繰り返し上がってきます。


ひとつの肉を用意して、こんなに幸せな人生の時間を持ったことはありません。

あと一度の転生は、環境劣悪だけれど、

意識の流れの計画を滞りなく遂行していくには申し分ありません。


予習はすでに済ませているという設定のもと、もうまもなく本番の幕が開きます。


田池留吉の意識の世界は、アルバートという肉を通して再び、

私達の前に明確にしっかりと提示されていきます。


真実の波動の世界は、用意万端整えてその時が来るのを今か今かと待ってくれています。


あとは、それにしっかりと応じられるように、それぞれが心で学んでいけばいいのです。


いざ行かんの呼び掛け、いざないを意識の世界でしっかりと受けて、

そして歩みをともにしていきましょう。


肉の時間は刻々と過ぎ去っていきます。

2019年明けたと思ったら、もう半ば近くになりました。

梅雨を迎え、梅雨が明け、真夏、秋の訪れ、初冬、そしてまた一年が暮れていきます。

自己確立の進捗度は如何。

 

◆1620) 

 

本当のことを自分の心で知る、その術、学びの手順を教えていただきましたので、

あとはそれぞれが学びを素直に真摯に進めていくだけです。


肉に塗(まみ)れるのも自分の選択だし、

困難な意識の転回に真正面から向き合う生き方も自分の選択です。


強制もなければ何もありません。あるのは自分の世界だけです。

肉、形は色々とあり、その中においては千差万別、人それぞれでいいと思いがちですが、

そこは言うまでもなく影の世界で実体はなく、千差万別の闇、

ブラックがあるだけで、それがいいということにはなりません。

ただ、自分が肉、形を本物とする思いの中にあれば、その世界は確かに実感があります。

しかしそれだけです。確かな実感があると思っている自分の世界があるだけです。

その世界がどんな世界なのかは別問題であり、それは言わずと知れたことでしょう。


肉から意識への脱却を図る

たったひとつの大きな課題をみんな自分に突きつけて、

何を選び取っていくか自ら決めていくようになっています。

 

◆1619) 

 

ひとつの現象を通して、自分の生き方、選択が間違っていた、

頭では肉ではどうしようもないことがある、そう心で知ったから学び始めました。


それまで母に幾度となく学びに誘われていたけれど、

どうしても素直に聞くことができませんでした。


学び始めても長く鈍感だったけれど、それは肉の壁がぶ厚かっただけで、

私の中は知っていたんだ、学びに集えたことに、

ようやく肉の重い腰を上げてくれたと喜んでいたと思います。


初めての宿泊のセミナーに行く新幹線の中から、

富士の山が綺麗に気高く聳え立っているのを確認して、

アマテラスの意識が田池留吉の意識の世界に宣戦布告するために、

セミナー会場へ行ったと、あとあとの学びを通じて分かりました。


田池留吉の意識の世界に徹底的に逆らって、闘いのエネルギーを出させていただきました。

しかし、田池留吉の意識の世界は、闘いのエネルギーで向かってくるのではなくて、

全部見事に吸収されていく不思議な何とも言えない体験を重ねました。


なにくそ、悔しい、腹立つ、首を絞め、死にさらせ、

目障りだとどんなに思いを吐き出しても、全部吸収されていきました。

そして、あろうことか、私はあなた、あなたは私、ひとつですよ、私はあなたを愛しています

そんな思いが伝わってくることが、とてもとても信じられないことでした。


信じられない、信じたくない、だけど信じたい、本当なのか、

自問自答の中で、たくさんの学びのチャンスをいただきました。


しっかりとはっきりと響き伝わってくる喜びと温もりの波動の中で、

私は、ようやく、自分の今世に懸けてきた決意が本物だったと知ったのでした。


田池留吉の意識の世界をその肉を通して、

十二分に学ばせていただいた事実は、私の中の宝物です。

今世、ようやく自分の思い通りの生き方ができると確信ができました。

あとは250年、300年に至る次元移行の計画を予定通り自分の中で遂行していくだけです。

そのために、今があることを感じています。

 

◆1618)

 

 60歳を超えても、様々な理由付けをして、

学び一本に絞って生きていくことをしていない人もいます。


自分なりに大義名分はあるのでしょうけれど、後悔しないように再考してみてください。


意識の転回はそんなに容易いものではありません。

そして、意識の転回が起こってこない限り、愛へ帰る道は見えてこないです。


心は色々と感じるでしょうけれど、

生きていく基盤が変わっていく感じ方でないと、

一進一退の歩みではないでしょうか。


前へ半歩、一歩です。

前に踏み出した足は後ろへは戻らない、そんな歩みを心掛けていきましょう。


今世に懸けてきた思いをしっかりと自分の中に思い起こすことが待たれています。

正しい瞑想を通して、いかに大切な今世であるか知ってください。

 

◆1617) 

 

肩の力を抜いて、肉はリラックスしてください。

学びに対する姿勢は真剣ですが、心と身体はゆったりとです。


瞑想をする習慣をつけるということは何よりも大切なことですが、

私のお勧めはその他にぼぉーとする時間を持つということです。

 

何をするでもない、ぼぉーとするんです。

 

生活をしていく中においてすることは、

いわゆる用事、雑事はそれぞれに色々とあると思いますが、

それもある程度のところで線を引いてみませんか。


いつまでも独楽鼠のように身体を動かすのではなくて、

何もしない、ぼぉーとする贅沢な時間を持ってみましょう。


ただし、若い人達は、生活資金を稼がなくてはいけませんので、

しっかりと働いて、がっちりと稼いでください。


50歳を超えて60歳を目途に経済的にも時間的にも余裕を持てるようであれば、

それもある意味学びをする環境が整っているということになるでしょう。

 

体力、気力の充実ということについては、若い時には及びませんが、

何もしない、ぼぉーとする贅沢な時間があるというのもいいものです。

 

何もしない、ぼぉーとしていると言っても、

ふっと思いを馳せるということを知っていますので、

結局は瞑想三昧の日々ということでしょうか。

 

◆1616)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。



ただただ、心の中の喜びを確認していくだけ。

それを、セミナーで、家で続けていくだけ。

これでお終い。出来上がりというゴールはないのですね。


「せっかち」「欲張り」「心配性」というレッテルを幾つも付けている私の肉の思いでは・・・

「はい!貴方は出来ました!良かったね!」と言ってもらいたいのです。

誰に言って貰いたいのか?亡くなった先生?塩川さん?皆に?そんな愚かな事は有り得ない

と確信している自分もしっかりあるのに、認めてほしいという自分がしぶとくいます。


でも、何かが変わったのです。

いつ、どこで、何が変わったのか私には分からないので表現出来ません。


この一年、身体の不調が続き、ただ肉体を治すのに必死だった筈の私でした。

タイケトメキチ、お母さんに心向けても欲で向いていた私でした。


でも、何かが変わったのです。

私の中では「認めろ!己一番!」はしぶといです。ドカンとあります。

けれど、何か、私がその闇を思う時、今までと違います。

頭では分からないことなのですね。

心が嬉しければ全て良し。指標が見つかった様な感覚です。

でも、又、どこかで「いつまで続くか!」という冷ややかな、そして心配する思いも出てきます。


先生がよく言ってくださっていた・・・ふんどし担ぎからその上その上と、

沢山の闇が私も私もと出てきます。闇の私が溢れるように出てきます。

本当に切ないです。

受け入れていける優しさと温もりが私の中にあると信じて、瞑想していきます。

タイケトメキチ、アルバート、お母さんを思います。

 

◆1615)

 

 学びを進めていく原動力になるのは母の温もりです。

どんなに凄まじいエネルギーを感じようとも、

温もりの中へ返していける確たる思いがあれば、

そのエネルギーに翻弄されて道を見失うことは絶対にあり得ないことです。


心が不安定な人は、まず何よりも
母の反省です。

今世自分に肉体をくれた母親に対して使ってきた心、思いをしっかりと見てください。


母親に対しては思いがストレートに出ます。

真っ黒な思いがストレートに出ます。それが自然です。

ストレートに自分の闇の部分を教えてくれる存在が母親だからです。

 

かえって母親を美化し崇めている人は危険です。

そんな立派な母親など存在しません。肉というのは互いに愚かなんです。


その愚かな母を通して愚かな自分から瞬間出る

ブラックのエネルギーを学ばせてもらえるということだから、ありがたいです。


母親の欠点を責めて指摘したときに発する凄まじいエネルギーを確認すれば、

あとやることは、そのエネルギーの反転です。

 

自分の中の温もりへ戻していかない限り、自分の心は軽くならないし、平安はやってこないです。


母の反省を通し、そしてゼロ歳の瞑想を通して

母の温もりが自分の中に確立できれば、

他力の反省が捗ります。

 

粘り強くその作業を進めていく原動力になっているのは、言うまでもなく母の温もりです。


両輪がうまく動き出すと、

凄まじいエネルギーが出てくればくるほどに温もりは広がっていき、

温もりが広がっていけばいくほどに、

瞬間出るエネルギーの凄まじさを感じるという相乗効果をもたらします。

なぜ、相乗効果なのか。

それはその凄まじいエネルギーが喜びのエネルギーだと分かるからです。

そうしていくと正しい瞑想の純度が上がってきて、

次元移行を伝える意識の流れをはっきりと感じてくるということになります。

今世がいかに大切な時間なのかがはっきりと分かります。


千載一遇のチャンス、肝に銘じてください。

 

◆1614)

 

 季節は初夏から真夏へ日ごとに身体に堪えていきますが、

それぞれご自分の体調管理をなさって、

今世の予定通りの学びの遂行に全力を注いでください。


切望して、切望して、今世ひとつの肉をいただいてきました。

本当のことを知りたかったからです。自分に伝えたかったからです。


温かく優しくて広くて安らぎの波動の世界に生き続けていることを思い出したかったからです。


素直になりましょう。

もう偽りの自分の思いを弱めていきましょう。

そして、本当に帰れるところ、戻れるところがあったことをしっかりと知っていきましょう。


待ってくれていました。

愚かな自分は自分を見捨て裏切り続けてきたけれど、

本当の自分はそんな自分を心から待ってくれていました。

それを伝えていただきました。

 

母のお腹の中で伝え続けてくれていた事実を、

ひとつの肉を通して学ばせていただいた今世でした。


もう自分を見捨てることなく、裏切ることなく、

たったひとつの真実の世界へ、私達のふるさとへ

帰る道をしっかりと生きてまいりましょう。

 

◆1613)

 

 セミナーはいいなあ、やっぱりいい。

学びの友のメールを読ませていただき、

それぞれがそれぞれの歩みをしっかりとしていこうという思いが伝わってきます。

ともに学べる私達は本当に幸せ者だと実感です。


上も下もなく、ともに愛へ向かって、自分達の帰るふるさと、

愛へ思いを向けていこうとする動きが、徐々に育っているように思います。


他力のエネルギーにがんじがらめの意識の世界が、

温もりへ喜びへようやく解けていく流れの中にあります。

 

厳しく険しい道だけれど、しっかりと前を向いて、

そして帰っていこうと力強い呼び掛け、いざないに、

どなたも心でしっかりと応じてください。


自己確立こそ喜びと幸せの道です。

 

田池留吉の意識の世界が、

その肉を持って指し示してくれた方向にきちんとしっかりと心の針を向けて、

そしてともにある喜びを心に広げていけるようになってください。


今世の学びの時間と空間の中で、その確信を強め、

そして三次元最終時期、250年、300年にそれぞれの心を繋いでいってください。


必ず
250年後の意識と意識の出会いを果たしてください。

 

◆1612)

 

 5月の志摩セミナーも無事終了し、思いは6月の琵琶湖セミナーです。

ともに学べる時間と空間がありがたいです。

自らの肉をセミナー会場に運び、そして、自分を学ぶ、波動の世界を学ぶ

これはどんなにお金を積んでも手に入れられない幸せと喜びです。


肉体を離しても持って帰れるものを大切に、

今、肉体を持っている今、しっかりと学ぶべきです。

学べる環境にあり、それを最大限活用できれば、もう何も言うことはありません。


苦しみ狂い長い長い間彷徨い続けてきた私達です。

もちろん、その状態がすべて解消されている訳ではありませんが、

ようやく苦しみの奥底の底の底から

浮かび上がってきた状態をキープできるに至っている現実は確かにあります。

自らの意識の世界を本来の状態に戻していく術を学ばせていただきました。

あなたの学びは進化していますか。


幸せとはどういうことなのか、喜びとはどんな世界なのか、全部自分の心が知っていました。

その自分の心を信じそして大切に育んでいくことだけに専念していきましょう。


帰りたい、帰ろう、帰ります、段々に思いを強くしてください。

一進一退の歩みではなく、前へ前へ一歩、一歩、着実な一歩を出してください。


他力は自滅の道。

自らを破滅破壊していく、つまり自滅の道。

目覚めてまいりましょう。

 

 

◆1611) 

 

「この道を真っ直ぐに。」

心に響き伝わってくる思いを繰り返し確認できる幸せがあります。

目を閉じると広がっていく世界、感じる波動の世界です。

だから目を閉じて静かに思う、ゆったりとした中でゆったりと思う、

そんな今があることに心からありがとうです。


自分を落とすだけ落としてきたけれど、こうして這い上がってきて、

最後と言えるチャンスを自分に用意してきたこと、

それを私は自分の心で何度も感じてきましたので、

愛へ帰る私の道は不動です。


今世の肉を通して学び感じさせていただいた波動の世界です。

「この道を真っ直ぐに。」という約束が鮮明に浮かび上がってきます。


千載一遇のチャンスを逃さずに、約束通り、予定通り、

250年後の出会いから始まる計画を遂行してまいります。


温かくどこまでも広い懐の中に抱かれていく

喜びとともに生きていく幸せ、喜びを伝えていただきました。

 

◆1610) 

 

今、学べることを喜んでいこう。

素直になって本気で自分を見ていきましょう。

思いの世界に生きている私達です。

自分の目を通し、耳を通し、様々な情報が得られます。

いつも心穏やかに過ごしていくことは難しいです。


大きな揺れ、小さな揺れ、ざわつき、そして一瞬にして突き上がってくるエネルギーの凄まじさ、

目の前の出来事、肉、そして自分の肉体細胞は、それを伝えてくれます。


様々な現象を通して自分を見る、自分の意識の世界、住んでいる世界を確認する、

そして、揺れた心、ざわついた心をしっかりと自分の中の温もりの中に帰していく、

それは肉を持っている今だからこそできることです。


そうして、
学べる今を喜んでいきましょう。


間違い続け狂い続けてきた転生の数々。

ようやく今世、自分の歩み、生き方の方向を

正しい方向に向けていけるチャンスを用意しました。


まだまだ正しい方向に心の針を向けてきちんと合わせるということは難しいでしょうけれど、

それでもやっていくしかありません。やっていきましょう。

強い気持ちで本当の喜びと幸せの世界に帰ってまいりましょう。

 

◆1609)

 

 もう後がない。今世を逃しては私にはもう後がない。

この思いは学びに繋がって心が敏感になっていけばいくほどに

私の中に強く響いてくる思いでした。

この思いがあったからこそ、田池留吉の肉がある間に、

確実な歩みを自分の中に確立することが最重要課題でした。

最優先するべきことはこのことでした。


それが私の望み、そしてそれが意識の流れの中の

確かな計画だと言えると私は思ってきました。


すべては計らいの中にありました。

どんなに愚かな意識の世界だったか、

それでもすべては意識の世界の計らい、それを感じるから、

やはり意識の世界の正確さ、緻密さに脱帽です。


肉の私は何ということもない平々凡々です。

平々凡々の肉だからよかったです。

田池留吉の意識の世界が肉を持つ同時期に

肉を持ち学ばせていただいた肉ということでよかったんです。

目的は達成されました。


私は、来世の250年後の最終転生を思うとき、

言いようもない喜びが突き上がってきます。

肌の色は真っ黒でない黒人女性に姿は変えていますが、

心の目はアルバートの目と出会う、

そんな瞬間の出会いを用意していることを私の心は知っています。


心が知っているから、何の迷いもなく250年後の来世の喜びが

今世を含む数限りない過去の私を牽引していると感じるんです。

 

 

◆1608) 

 

何が大切で、何がどうでもいいことなのか、取捨選択を誤ることのないようにする、

これは当たり前のことですが、当たり前のことがとても難しいです。

 

本当はどうでもいいことなのに、どうでもいいとは思えない、

ついつい引きずってしまう心癖が根深く残っているからです。


間違った生き方をしてきたという自覚、どの程度ありますか。


生き方の根本を変えることを、全力を傾けてやっていく必要があります。


道遠しとため息をつかずに、
道遠しを喜んで学んでいきましょう


道遠しと感じているだけでも幸せなことです。

 

自分が生き続ける生命(いのち)だとも知らずに、

つかの間の喜び、幸せにうつつを抜かし、

実は地獄の奥底の底の底から抜け出せないでいる現実を知らないことが、

どんなに不幸せなことか、もうお分かりだと思います。


肉を持って真実の波動の世界を学ぶチャンスに恵まれたということがどういうことなのか、

さらに心で知ってまいりましょう。

 

 

◆1607)

 

 苦しい学びではありません。

難しい学びかもしれませんが、

250年に至る道筋が心に見えてきたならば、

もうそれはそれは嬉しい、嬉しい学びです。

 

なぜならば、この道が自分自身のずっと待ち望んできた道だと心で知るからです。


ふるさとの歌にもあるように、
やっと、やっと出会えた真実の道なんです。


学びを苦しいところで留めておくにはあまりにももったいないです。


確かに自分の凄まじいエネルギーに翻弄されてまだ行く先が見えていない人にとっては、

学びは苦しいだけかもしれません。


ですが、そうでない人にとっては、よくぞよくぞという思いが心を埋め尽くして、

こんなに幸せな自分達があったんだと心で知るでしょう。


すべてはそれぞれの
意識の世界の出来事です。

過去と同じ風景を見ても、同じ状況下に身を置いても、心に響いてくるものは違っています。

それが学びの確たる成果だと言えると思います。


肉に自分を誤魔化さずに、真っ直ぐに自分の世界を感じていく喜びは、

今世の肉を持って学びに集い、真剣に学び始めた賜物だと私は思っています。


ただただ嬉しい。自分の思いが叶えられてただただ嬉しいです。

 

◆1606)

 

 時には苦しみながら、そして時には落ち込みながら、

それでも今世こうして生まれてきて学びに繋がって学んでこれたことを嬉しく思い、

これからも焦らずに、真摯に学んでいきます

という学びの友からのメールをちらほら頂いています。


素直に嬉しいと思います。

その背景には、それぞれの環境、事情のもとで学び、

今こうしてあることを喜んで、そして250年、300年に思いを馳せようとしている、

そんな学びの友がたくさんいることを感じ、厳しく険しい愛に帰る道だけれど、

ともに学んでまいりましょうという思いに満たされていきます。


どう生きていけばいいのか分からなかったし、

思うということの大切さも分かりませんでした。

心の向け先にすべてがあったなんて、

今世初めて知り得たことでした。

何もかも初めて尽くしだったけれど、

確かな道しるべを得た心に届く波動だけを信じて生きていける、

その確信が幸せ、喜びを広げていくと思っています。

 

◆1605)

 

 自分の来し方を思い、行く末を思い、今どんな気持ちでしょうか。


あなたの行く末はしっかりとはっきりと開けていますか。希望を持てる今ですか。


しっかりと自分を学んでそして今の肉の人生を終えていきましょう。


心よりずっと待ち続けてくれている
本当の自分の思いに沿って、

その思いだけを心に広げて生きていきましょう。


本当の自分を裏切り続けてきたけれど、

もう今世こそその方向を180度変えて、

自分に素直に素直に生きていきましょう。


金、神、もうたくさんです。

それで幸せになれなかったことは、心で証明済みです。

ただし、学びをしていくためには肉が必要であり、

その肉の維持には、ある程度のお金が必要です。

そこのところを間違えずに、そしてお金はある程度必要ですが、

神、仏の世界は全く必要でないことをしっかりと心で知って、

ただひたすらに愛、本当の自分に帰る道を歩いていく心意気を持ってください。

 

◆1604) 

 

みんなで歩んでいく道です。

今世、私達の目の前に正しい道しるべを用意していただきました。

私達と同じ次元の肉という形で示していただきました。

今はその肉はないけれど、私達の心の中にはしっかりとその道しるべがあるではないですか。

それをどなたも自分の心を見て、そして日々正しい瞑想を継続して、心で感じ知ってください。


私達は、自分の心を見て、そして日々正しい瞑想を継続していく以外に、

本当の喜びと幸せの自分に出会う術はありません。


今世、その足跡を自分の中に確立して、そして次の転生、さらに次の転生へと自分を繋ぎ、

250年後の最終時期に再会を果たしてください。


それは単なる再会ではありません。

心の中の凄まじいエネルギーを噴き上げる喜びの再会となるに違いありません。


ともに次元を超えていくというはっきりとした思いを、

互いの目の中に、心の中に確認し合い、

文字通りひとつになって更なる意識の世界へと

旅立っていくという大いなる計画にあなたも参加してください。


もちろん、欲では参加できません。

意識の転回を速やかにして、

ただひたすらに真摯に素直に自分の軌道を元に戻すという思いが必要です。

 

◆1603)

 

 10日間の長いGWも今日で終わりです。

私は毎日が日曜日ということになりましたので、

明日から仕事かという一種憂鬱な束縛から解放されて気楽です。


退位、即位の行事を経て平成から令和へと時代が変われども、

アマテラスの国日本の行く末はもう決まっています。


それぞれの心の中のアマテラスの供養をどうぞしっかりとしてまいりましょう。

日本の国に肉を持たせていただいて、そして250年、300年に至る意識の流れを

心でしっかりと知っていく道筋に自らをいざなっていることを、大いに喜んでください。


アマテラスとともに次元を超えていく宇宙の喜びのエネルギーに、

闇黒の宇宙が挙って呼応していくこれからです。


まだまだ闇黒の宇宙の勢力は強いけれど、どうぞ、ともに本来の宇宙へ帰る道、

喜びの温もりの宇宙へ帰る道をしっかりと確認していきましょう。


肉を持って今世学びに集わせていただいたこと、心から心から感謝です。

 

◆1602)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

昨日のskype瞑想会を見させてもらって、みんなが自分の心を見て、

自分の心と向き合って、すごい形相をしながら、自分と向き合う姿が、本当に光輝いて見えた。

これが田池先生が残してくれた道なんやなあって思った。

己を表し、我を見よの世界ではなく、ともに帰ろう、ともに帰ろう、

ともに帰っていこう、そういう仲間なんだと、愛の道なんやなあ。

本当に本当に素晴らしい世界に、今、居合わせてもらってるんやなあって、心に響いてきた。

肉のつまらないことに捕らわれていないで、

この幸せをもっともっと喜んでいける自分になっていきたいと思いました。

誰、彼じゃないんですね。

みんなひとつ、みんなひとつ、よく分からないけれど、

そういう思いが自分の中に伝わってきて、嬉しいです。

本当に本当に学びの友は素晴らしい仲間なんですね。ありがとうございました。


いつもこういうお世話をしていただいている、UTAブックさんにも、本当にありがとうございます。

 

◆1601)

 

 いい加減な気持ちで学んでいる人はいないと思いますが、

それはどうだか分かりません。

いい加減な気持ちというのはどんな気持ちでしょうか。


決して 
いい加減には学んでいない、

真面目に真剣に学んでいこうとしているということかもしれませんが、

いい加減かどうかは、それぞれが岐路に立ったとき自ずと出てきます。


その時、肉を離せない現実、肉を掴んでいる現実をはっきりと知ることになるかもしれません。

 

決していい加減な気持ちで学んではいないと思ってきたが、

甘かった、やはりいい加減だったと思い知るかもしれません。


しかし、その現実を前にして落ち込んでいる場合ではありません。


肉を離せないとなると、肉を掴んでいるとなると、

そう知った時から総力を傾けて自分の心をしっかりと見ていく必要があります。

自分に問いただすことが必要です。強い気持ちが必要でしょう。


自分が自分にした固い決意、約束を実現していくために、

最後の最後まで諦めずにやっていくしかありません。


誠心誠意自分を生きる、そんな生き方を学んできたのではないでしょうか。

 

◆1600) 

 

学びの歩みは一進一退ではダメです。

 

一歩進んだかと思えば、また後戻りしている、

それはおそらく一歩進んでいなかったのでしょう。


一歩進むということは、一歩前に足を踏み出すということです。

踏み出した足はもう後へ戻らないということが、一歩進むということになるかと思います。


そもそも、後へ戻るということはおかしなことです。

波動を感じたから一歩前に歩み出そうとしたのでしょう。

それがまた何らかのことで後ずさりするというと、

あなたが感じた波動の世界とはいったいどんな世界だったのでしょうか。


本当に田池留吉、アルバート、温かい優しい温もりの世界に触れたならば、

もう何があっても歩みは前へ前へしか行きません。と私の体験上、そう語ります。


意識の世界の心の体験は、

肉の世界のそれとは全く次元が違うことが歴然としています。


意識の世界の心の体験をどうぞしっかりと重ねてください。

 

死ねば頭を含む肉体はありません。

まだ肉体があると思っている肉の思いが消えた途端、

奈落の底に真っ逆さまということがないように、

互いにしっかりと学んでまいりましょう。

 

◆1599) 

 

今、元気な人もそうでない人も、喜んで喜んで今を思いましょう。


元気な人だけがスムーズに喜んで田池留吉を思えるかというと、そういうものではありません。

元気ということは、肉に向くことも元気ということだからです。

そこが思うは田池留吉一筋に生きる難しさです。

また、今は元気でもこの先、ずっと元気だという保証はないのだから、

元気な時にこそ、つまり何もない時にこそ、しっかりと学びを進めていくべきです。


ところで、生れてから死ぬまで順風満帆の人生であればと思いますが、

なかなかそうはいきません。


みんな
学びに集うきっかけがそれぞれにあったはずです。

きっかけは色々とあるでしょうが、言わば人生における躓きを本当の意味で活かしていくには、

そのきっかけから学びに繋がったことがすごいことだと、心で知っていくことが大切です。


学びに繋がったことが特別なことなのではなくて、

よくぞよくぞ繋がってくれたと心から喜んでいけば、必ず道は見えてきます。


そして、はっきりと自分の進むべき道が見えてくる、感じてくると、

それは相乗的に喜びを広げていく方向に作用していきます。

意識の世界はすごいと納得、納得していきます。

肉は何ほどのものでもないと分かります。

 

◆1598)

 

 すべては自分の心の中の出来事です。

 

今、肉を持っているあなたが自分の心を見る、瞬間流すエネルギーを確認する、

そして、心を田池留吉、アルバートの意識の世界に向けて合わせようとする、

何の欲もなく、ただそうすることが、そうできることが嬉しい、ありがとうとなってくる、

そういう手順通りに自分の中で学んでいますか。


誰も何もあなたを救ってくれません。

自分を救い上げるのは自分だと、しっかりと分かっていきましょう。


肉、形を本物とする思いから自分を解き放していく、

すなわち、意識の転回を成していくことが絶対条件です。


それなくして、
次元移行は果たせません。当たり前のことです。

次元移行を伝える意識の流れに乗る、愛へ帰る道にはその選択肢しかありません。


あと300年の猶予の中、決断の時が迫っています。

300年、あっという間です。

それはこれまでの転生の時間からお分かりだと思います。

それで自分の行き先が決まっていくと言っても決して言い過ぎではありません。

 

◆1597) 

 

世の中には私達が知り得ない、また想像もつかない悲惨な事が

起こっているという現実があると思います。


ただ、それらに共通するのは闘いのエネルギーです。

闘い、究極的には我らの信じる神と神の闘いです。

そしていつの世も、結局は闘いのエネルギーの中で、

それをもろに受けるのは社会的弱者です。


闘いのエネルギーを心に蓄えたまま、

平和を唱えている本当に愚かで滑稽な人間の生きざまがどんどん露わになっています。


ブラックのエネルギーで自らを操り、自滅破滅の道へ一直線という構図です。

それを全部自分達自身が回収することなしには、

人間は永遠に救われないということでしょう。


人間、肉を本物としてきた思いを宇宙に垂れ流してきた愚か者です。


その一方で、それぞれの心の奥底の慟哭が解き放たれる時が待たれている幸せ者です。

そんな私達です。

私達は自分達の本質、愛に目覚めていかなければなりません

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田池先生、ありがとう、ありがとうございました。

真っ直ぐにこの道を。

その思いに応えていくだけです。

ともにある喜びを伝えてくれました。

伝え続けてくれています。

 

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U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

U T A

 U、T、A、文字通り、UTAを心で感じる喜びに、あなたもその第一歩を踏み出してください。


 U=宇宙・UFO。  T=田池留吉・天変地異。  A=アルバート・


250年後に至る大きなキーワード。

そのキーワードを大切に、これからあなたの時間を使っていきましょう。


たくさんの私達の仲間、UFOとともに次元移行していく時を楽しみにしています。

「田池留吉に心を向ける。」ことが、全てです。

肉の田池留吉ではなく、意識のタイケトメキチ(本当のあなた)のことです。


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UTAの輪。みんな、集まれ。集まれ。


肉を持つもの、持たないもの、宇宙の友よ、

みんな、みんなこの三次元にやってこれなかった

私達の仲間に呼び掛けます。


もちろん、

肉を持ってこの地球上に転生してきた意識達にも、

呼び掛けています。ともに、ともに、帰ろうと。


愛、心のふるさと、私達のふるさとです。

私達の心のふるさとは愛でした。

愛は、私達の心のふるさとでした。

懐かしい、懐かしい母の温もりの中へ、

喜びの中へ、

ただただ広がっていく中へ帰ってまいりましょう。


私達は、これから、250年、300年かけて、

この地球上に、そして宇宙に広がっている空間の中で、

私達は、呼び掛けてまいります。


波動として、存在していることを、

ただただ自分達の心の中で感じ合い、

共鳴し合う喜びの道を、ともに歩いていきましょう。

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最後まで 読んでいただいて ありがとうございます。

松岡儀典(まつおかよしのり 1946年・昭和21年の戦後生れです。

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