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これから宇宙は 変わっていきます。

地球も 変わっていきます。

次元移行に向かって 人類も 変わっていきます。

 

令和元年の「塩川香世のメッセージ」として、

「UTAの輪のなかで ともに学ぼう」令和2年 塩川香世 を掲載。

学びの指針として、毎日更新される内容を ぜひとも確認・実行していただきたい。

 

UTAの輪 「心」の目次(田池留吉)   ←クリック

 

 

「私は意識、永遠、無限、波動、エネルギーです。」

「私は愛、あなたも愛、ひとつです。」

 

塩川香世 の メッセージ  

令和2年

田池留吉を思って
UTAの輪の中でともに学ぼう 令和2年
塩川 香世

地球規模で 世界中に蔓延する 新型コロナウイルスのメッセージ受信の 記念すべき 年

2020年・令和2年 10月 22日更新

***************************************************

今世、始まったばかりの学びです。

真実の波動の世界を知っていく学びです。

それは今世始まりました。

そしてあと300年です。

地球時間で言うと、この間に自分にしっかりと結果を出さなければなりません。

 

*******************************************************

 

学ぶ方へ

 

セミナーに参加するまでに!(田池 留吉) ←クリック

 

セミナーに参加するまでに!

このページは、「自分の心」に興味を持たれた方に、「この学びの基礎知識」を提供するためのページです。

― 心と向き合うためのガイドライン ―
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「自分の心と向き合うこと」に 興味を持たれた方のために!

 

田池留吉の意識からのメッセージ  令和/R

 

塩川香世のメッセージ 令和元・2年クリック!

 

 

令和元・2年 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

 

 

令和/R年  NPO法人・UTAの輪セミナー(塩川香世) ←クリック

 

 

令和/R年UTA ブック塩川香世・「ZOOM(ズーム)ミーティング・瞑想会

 

NPO法人・UTAの輪 (UTAの輪作り) 令和/R年 ←クリック

 

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

 

私が 伝えています学びは、

意識の転回、 愛の覚醒、 次元移行 です。

アルバート(田池 留吉)とは

アルバートからのメッセージ←クリック

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

宇宙を思って瞑想をしましょう。

 

サウンド 1.wav へのリンク

サウンド 1.mp3 へのリンク

ありがとう.mp3 へのリンク

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

 

あなたはなぜ生まれてきたのでしょうか。


何をするために今という時間があるのでしょうか。


あなたは、本当の自分を知っていますか。


あなたはどういう存在でしょうか。


そして、死んだ後、どのような状態であるかご存じでしょうか。


UTAの輪。みんな、集まれ。集まれ。


肉を持つもの、持たないもの、宇宙の友よ、


みんな、みんないっしょに、愛 、心のふるさとへ帰ろう。


 
私達は、今、肉体を持っています。肉体という形を持っています。

しかし、私達の本質は意識。愛、愛のエネルギーなんです。


波動の世界がすべてでした。

私達は形の世界を本物として、

ずっと、ずっと、長い間、気の遠くなるような長い間、転生を繰り返してきました。


すべて苦しい転生でした。間違った転生でした。真っ暗闇の転生でした。

その中に真実は何もなかったんです。真実は心に届かなかった。


このことに、誰もこの地球上に転生してきた人達、

誰一人として、心で気付いた人はいなかった。

誰一人、真実を明らかにする人はいなかった。


しかし、今、こうして、私達が肉体を持っているこの三次元の中で、

ようやく、ようやく、田池留吉、アルバートという真実の波動の世界と出会い、

三十年の学びの時間を経て、私達は、真実の道、愛へ帰る道を、

自分の心の中に見出し始めています。


だから、私達は呼び掛けます。

宇宙に彷徨う私達の仲間、この三次元にやってこれなかった私達の仲間に呼び掛けます。


もちろん、肉を持ってこの地球上に転生してきた意識達にも、呼び掛けています。

ともに、ともに、帰ろうと。


愛、心のふるさと、私達のふるさとです。

私達の心のふるさとは愛でした。

愛は、私達の心のふるさとでした。

懐かしい、懐かしい母の温もりの中へ、喜びの中へ、

ただただ広がっていく中へ帰ってまいりましょう。


私達は、これから、250年、300年かけて、この地球上に、

そして宇宙に広がっている空間の中で、私達は、呼び掛けてまいります。


波動として、存在していることを、ただただ自分達の心の中で感じ合い、

共鳴し合う喜びの道を、ともに歩いていきましょう。

 

 

あなたは目に見えません。

あなたはエネルギーだからです。


日々の生活の中で、

自分の作ってきたエネルギーを感じてください。


正しい瞑想をして、

愛のエネルギーを心に感じられるようになってください。


何を間違えたのか、なぜ間違ったのか、

あなたの心で知ってください。


次元移行という意識の流れを心で知ってください。

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

 

宇宙を思って瞑想をしましょう。

 

愛へ帰る道。

母なる宇宙を心に呼び、喜び、喜びで次元を超えていく、

すべて自分が切望してきたことでした。


肉がすべて、肉を本物として生きてきた過ちの人生。

真っ暗闇の中へ落ちていくことしかできなかった過去。


過ちの人生、過ちの過去とともに帰っていく道を選んでください。

厳しくて険しいけれど、本物の優しさ、温もり、喜びの世界を

知っていくには、それしかありません。


思うは田池留吉を日々実践、実践です。

肉の時間の終わるその瞬間まで、

思うは田池留吉一筋の道を生きていきましょう。

 

なぜ、自分に肉という形を用意したのか、

思いの世界にある自分をしっかりと学ぶためです。

学んで間違い狂い続けてきた自分の世界から

本来の明るい世界へ温もりと喜びの世界へ帰っていくために、

全部自分で計画してきたことでした。


その自分の思いをいつ、

どんなタイミングで心に感じていけるか、

そのタイミングをいつまでもどこまでも逸すれば、

もはや地獄の奥底の底のずっとずっと奥底から

自らを浮き上がらせる術はなしです。

打つ手なしです。

 

宇宙に向ける瞑想、宇宙を思って瞑想、やっていますか。


私は大変幸せです。宇宙と思うだけで嬉しい。

心から心からありがとうが響き合っています。

間違い続けて狂い続けて真っ暗な中から、

それでも母の温もりの中へ、

喜びの自分の中へ帰っていこうとする思いが、

途轍もなく嬉しい。

喜びのいざないが喜びを巻き起こしていきます。

結果、形の世界は崩れていきます。

総崩れの中から、本当に生きるとは何かと

あちらからこちらから叫びに近い声が、思いが飛び交います。

自分達の本当の姿を見出していけるこれからなんです。


形は崩れていくけれど、そこから始まりです。

ようやく本当の始まりです。

ようやくようやく真の姿に気付いていく

三次元最終のお勉強をしっかりとして、

そしてともにともに旅立っていきましょう。


喜びの出発です。

喜びの中へ温もりの中へどんどん歩みを進めていきましょう。


形のない自分達に形を持たせて、

自分達の本当の姿を自ら知っていこうと

計画してきた  三次元のお勉強でした。


それももうあと僅かとなりましたよと、

田池留吉の肉を通してメッセージをいただいたのです。

意識の流れのいざない、呼び掛けにしっかりと応えて、

今世、そして幾度かの転生を経て、

必ず、最終時期に出会いを持ちましょう。

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つづく(作成中) in the works

2020年・令和2年 10月 22日更新

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

◆2186) 

 

異語で語る、

それは、「私はエネルギーだ。肉の私とは違う私がここにいる。」

そのように感じ始めるひとつのきっかけになります。


やってください。まずはやってください。

私は異語が出ないという方もおられると思いますが、

口を動かして音を発する、まずはそこからです。


とにかく実践です。

異語を語るということは、本当に喜びです。

異語は宇宙のリズムです。

異語を通して宇宙と語る、アルバートに思いを馳せる、

もう思うだけで、ただただ嬉しいではありませんか。

 


それと、私のお勧めは、ともに、ともに帰ろう〜という 

ふるさとを口ずさむということです。


以前に愛犬がいた頃、愛犬を抱きながら、愛犬と散歩しながら、

よく私はふるさとのメロディに乗せて異語を口ずさんでいました。

自然とそうしていました。嬉しい瞑想の時間をいただきました。


やっていけば分かると思いますが、宇宙を思えば自ずと異語が飛び出てきます。

そして心に届く思いがあります。

アルバート、母なる宇宙、帰ろう、ありがとう、ありがとう、

ようやくだ、そんな思いが飛び交っている状態です。


異語で通じ合う世界に私達は生きている、

もうそれでいいではありませんか。

あとは肉の愚かさとともに心を向ける、そうして肉の時間を終えていければと思います。

 

 

2185)

 

 いつまでもあると思うな、体力、気力。

自分を学ぶには、真実の世界を知っていくには、体力、気力が必要です。

誰しもが通っていく老いへの道。

心は年齢に関係がありませんが、身体や頭は年齢を重ねていくと硬化していきます。

その肉の流れをある程度考慮して、

学ぶチャンス、旬を逸することなく、お互いに心していきましょう。


こういうことは、肉的なことですが、肉を持って学ぶということですから、

肉の調子は学びの遂行に影響を与えます。


そういうことを踏まえて、けれど、最後は何と言っても瞑想です。


老いても若くても、元気でもそうでなくても、思いましょう。

思う喜び、思える喜びを、

初めて私達は今の肉を通して学ばせていただきました。


意識の世界、真実の世界には 今という時しかありません。

だから、今学びましょう。

特に肉を持っている今、しっかりと自分を学んでいきましょう。

 

2184) 

 

何が本当のことなのか、どう生きていけばいいのか

全部自分の心が答えています。

 

初めからそうでした。

そうだったということを私達は、今世の肉を通して学ばせていただきました。

すごいことです。本当にすごいことです。

自分を知っていけばいくほどに、すごい、

そしてありがたい、ありがとう、そういう思いしか出てきません。


今世の学びの結果を引っさげて、これから何度かの転生を自分に用意しています。

学びの結果です。

心で学んだことしか、心で知ったことしか繋いでいけません。

それが自分を繋ぐということになります。


三次元最終時期に照準を合わせて、今世、可能な限り精一杯学んでいきましょう。


死んでも死なない。ずっとずっと生きている。

心で感じていますか。感じられるようになっていきましょう。

信じられるようになっていきましょう。

そして、つかの間の喜び、幸せではなくて、

永遠の喜び、幸せを心に確立していきましょう。

 

2183)

 

 自分の心を見る、瞬間出るエネルギーを感じる、確認する、

そしてそのエネルギーとともに思う、この作業を繰り返しましょう。


そして、心も身体もリラックスして瞑想です。

思う喜び、思える喜びの時間を持ってください。


肉のために、肉を生かすために生きてきた、そんな人生は人生ではなかったんです。

程々に生活を楽しんでいけばそれでいいだけで、

そこにのめり込むことだけは本当にもう止めていきましょう。

ようやくです。

山積みの真っ暗な転生を経て、ようやく今世を迎えました。

あなたの心にその思いが響いてきていますか。

全部自分で計画してきた転生でしたが、

ようやく 自分の中の思いが 実現できるかどうかの 分かれ道に差し掛かっています。


それが今世でした。 

千載一遇のチャンスと言ってきました。

分かれ道、今世こそ、本当の自分の思いを実現する方向 へ歩みを進めてください。


私達は帰ります。母なる宇宙へ帰ります。

メッセージを心で受けてください。

 

◆2182)

 

 闇。

三次元最終時期に向けて、これから さらに闇の世界が 明らかになってきます。

漆黒の闇。

心の闇が 色々な形を通して 私達に伝えてきます。

心を見ることを学ばせていただいた私達です。

心の管理、心の針の向け先の管理を怠らずにしていきましょう。


心を見る、正しい心の向け先を知らない人達にとって、

これまでにも増して苦難の時を迎えます。

例えば、人生とは何か、自分は何故生まれてきたのか、 

自分の中のこの苦しみは一体何なのかと、

心の隙間に忍び寄ってくる 言い知れぬものに自らの命を絶っていくという報道も、

最近立て続けにありました。 もちろんこれは一例です。


外目からは順風満帆の人生と映るかもしれませんが、 

とんでもない、心の世界、意識の世界は七転八倒の苦しみです。


今、肉を持っている今、そのことを学ばせていただいてきた私達は、

どれほど幸せ者かということを、これから色々なことを通して知っていくでしょう。


愛、本当の自分の世界に帰っていく以外に道はありません。

肉として、肉で生きてきたという過ち、間違いに心から気付いていく以外に、

漆黒の闇から自分を浮き上がらせることはできません。

三次元最終時期までもう時間はないことを、

それぞれの瞑想を経て心で知ってください。

 

 

2181)

 

 Zoomウェビナーを活用させていただいて、

ともに学ばせていただくこと本当にありがとうございます。

終了後、参加者名簿をメールしてくれます。

いつもながら、それを見るたびに嬉しいです。

それぞれの環境の中でああこうして学びをしようとしているんだと思うと、何かとても嬉しいです。


ひとつの肉に繋がる意識の世界、宇宙の仲間達の思いが届きます。


肉はみんな大したことはないんです。

けれどその肉を入り口にして、数知れない闇黒の宇宙達がいることを感じます。


あなたはどうですか。

異語で語り合える喜び、幸せ、それぞれの心でどんどん味わってください。

2180)

 

 自分はエネルギーだ、淡々と 感じながら、

日々 肉は淡々と 生活を繰り返していく、

そういう時間を重ねていけば、世の中の流れとは違うところに、

自分が存在すると 自ずと分かってくるのではないでしょうか。


だからといって、疎外感があるかと言えば決してそうではないと思います。 

むしろその反対です。

自分の人生、肉を持つ時間の意味を真正面からとらえ、

かえって 本当の人生を生きていこうと 力強い頼もしい思いが 出てくると思います。


今世こそ、そんな人生の時を 刻んでいきましょう。

肉に流れていくのは 簡単です。

けれどその結果は 嫌というほどに知っています。

 

肉、形の世界の明るさは偽物だった、それは漆黒の闇の世界に繋がっている、

そう学んでこられたと思います。 

もう苦しみの奥底に、漆黒の中に沈み込むのは嫌だ、そう心が叫んでいるでしょう。


その心の叫びを 今世こそ しっかりと受け止めていこう、

強くて固い決意が自分に肉を持たせたと、

ようやくようやく それぞれの中に響いてきているのではないでしょうか。


どうぞ、異語で語ってください。

自分に 語りかけてください。必ず 応えてくれます。

「帰ってきなさい。待っています。ともにあります。」

波動を 受けてください。

 

2179)

 

 自分の中の凄まじいエネルギーを、日々感じていますか。

感じられる、出会える機会があればあるほど喜んでください。

肉の自分はもういいと思うかもしれません。

辟易、うんざりかもしれません。

日々、穏やかに暮らしたいと思うしりから、

心をかき混ぜてくれる言動、出来事が続いていけば、

肉はへこみ、テンションが下がるかもしれません。

それでも、気を取り直して、自分の中へ思いを向けてみてください。

必死に訴えている自分の思いに触れてみてください。


肉を持っている間、自分が蓄えてきた凄まじいエネルギーを

確認できればできるほど、喜びなんです。幸せなんです。


そう心で実感できていますか。

真っ暗な漆黒の中にいたことが感じられて、

そんな自分がそこから這い上がってきて、

今世 本当のことを学ぶチャンスを 自分に用意してきたと心で知る、

その思いを心で知る、これほどの喜び、幸せはありません。


漆黒の世界です。

光が存在しない真っ暗闇の中。

そこから 一点の灯りを目指してきたんです。

その切なる思いが 心で分かりますか。

 

2178)

 

 思う喜び、思える喜びを味わっている毎日でしょうか。

思ってください。

何かをしているとき、それに集中、熱中のときでも、思う、思える瞬間があります。

作業を終えた次の瞬間、ふっと思う、そういう習慣をつけてください。


そしてまた作業にかかればいいんです。

日々の生活の中で、瞑想をする時間を確保するということは大切ですが、

このような習慣をつけることもまた大切なことです。


学びに触れた今世を 本当に活かしてください。

学びに触れたこと、決して偶然ではありません。

全部、自分でお膳立てをしてきました。

 

ゆったりと 自分を思う 瞑想の時間を作ってください。

自分を 思うんです。もちろん、鏡に映る自分ではありません。

目を閉じて 自分を 呼んでください。

自分に 思いを向けてください。自分と語ってください。


もうすでに何度も何度も 伝えていただいてきたのです。

必要なことは 自分の中にあると。

だから、自分に思いを向けて、自分を 知っていきましょう。

 

2177)

 

 頭で理解しようとしてできる世界は、たかがしれています。

英知と言っても所詮有限の世界のことです。

限りがあります。限界があります。


一方、私達の心で分かっていく 感じていく世界には 限りがありません。

喜びも 幸せも 温もりも どこまでも 広がっていきます。


その心が 私達自身だと 伝えていただきました。

心ひとつで生きる、生きられる。 

そんな喜び、そんな幸せは、有限の中では到底分からないことです。

その喜びも幸せも全部、全部捨て去ってきた私達なんです。

どんなに愚劣か、それは言葉ではとてもとても表現できません。

その愚劣な自分と向き合うには、相当の覚悟が要ります。

生半可な思いでは、自分が蓄えてきたエネルギーを解き放していくことはできません。


ただ、自分が蓄えてきたエネルギーだから、

変わっていこうと本当に思えたならば、

エネルギーの質の変化は必ず起こってきます。

なぜならば、自分の中核には、本当の自分、すなわち愛が息づいているからです。

それを信じていきましょうということです。


ただし、自分の中核に触れていく道は厳しく険しく遠いです。

そこへ到達するには、まず愚劣な自分と向き合うことです。


愚劣な自分に飲み込まれるのでなく、しっかりと対峙する気迫が必要です。


気迫、それは母の温もりを本当に知っていけば、自ずと芽生えてくる毅然とした思いです。

自分の中へ、愛へ帰りますという毅然とした思いが愚劣な自分を揺さぶっていきます。

目覚めよと自ら伝えてきます。

自ら伝えてくる思いをしっかりと受け止めて、

本当の自分へ帰る道、厳しく険しく遠い道を一歩ずつです。


Zoomウェビナーライブ配信、10月17日(土)午後2時

 

2176)

 

 外せない、今世は絶対に外せない、

そう心から噴き上がってくるいが嬉しい。

 

心の叫び、どんなに今世の出会いを切望してきたか、

瞑想をすれば必ず中から飛び出てきます。


愚かな肉に辟易しながらも、それでも中の思いをしっかりと受け止められたのは、

この肉を持っているからでした。


この肉の目をそして耳を活用して、自分の蓄えてきたエネルギーを確認

確認できることは幸せなことでした。


そして、アルバートを呼びます。思います。本当に嬉しい。


アルバート、ただただアルバートの波動の世界と出会いたくて出会いたくてということでした。


外せない。今世を外せば後がない。

 

固い決意、力強い思い、全部全部、自分の心で分かります。

分かるような学び方をしてください。

みんな誰一人例外なく 間違って狂って 存在してきました。

今もまだまだそうです。

 

ただ、もうその苦しみから脱却していこうと、どんな思いで生まれてきたか、

それを学ぶ機会を自分に用意してきた事実があります。

 

それをしっかりと、そして喜んで受け止めてください。

勇気が湧いてきます。

最後の最後まで諦めずに投げ出さずに、

自分と向き合っていく優しさを味わってください。

 

◆2175)

 

 学び、真実に繋がっていく学びは今世始まったのです。

今世、初めてそういう機会をいただきした。

山積みの真っ暗な転生があります。

だから、多くは望むことはできないです。

けれど、今世を転換期にということをそれぞれ肝に銘じて、

自分の生き方、向いていく方向の確認に努めていきましょう。


世の中の流れは流れでいいんです。

それにもの申してもどうにもなりません。

その中で生活をしている今は、必要最低限、最小限そこに関わって、

あとは自分の中へ中へ思いを向けて生きていきましょう。

自分の蓄えてきた、垂れ流してきたエネルギーの確認をするために肉という時間を持っています

生き方とか価値基準等、自分の中で180度切り替えていく方向に、エネルギー等を使ってください。


学びの基本、

母の反省、他力の反省、動機の修正を

一通り 済ませたならば、あとは瞑想です。

 

今は宇宙を思う瞑想をしてくださいと伝えています。

そして、異語を発してください。

とにかく自分の口を動かして音を発する、それをやってみてください。

知らないうちに異語らしきものが出てくるでしょう。

これが異語だというものはありません。

あなたがそう思うならばそれでいいんです。

音を発しているうちに、心に響く何かがあります。思いがあります。

涙、欠伸、咳等肉体的なものが出てくるかもしれません。


全部、全部、自分が自分に伝えてくるものです。

どうぞ、そういう時間を重ねていってください。


2174)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

 

セミナーの現象の時間は 今は ないけれど、

日々の生活の場が セミナー会場です。

瞬時に飛び出るエネルギーの確認を 喜びでしてください。

肉持てる 今だからこその 幸せな学びの時間です。

瞑想が深くなります。異語で語りたくなります。

 



「間違ってきました。間違い続けてきました。今も変わらずに間違っている。

何も変わっていなかった。


種水を握る手が震えて止まらない。

田池留吉の肉にぶら下がっていただけだった。

そして、田池留吉の肉が消えた後は、今度は、塩川香世さんの肉にぶら下がっていた。

だから、ホームページだけは続けてくださいの思いが強烈だった。


他力でした。他力の思い、ぶら下がる思いが私はとても強かった。

学びの動機が間違っていませんか

と何度もホームページの中で問いかけがあったのに、

他人事としてしか受け止められなかった。

だから、苦しい時、自分の思い通りにならないとき自分の思いを突き通そうとしてしまう。

自分の思いを受け止めてもらえなければ、更に苦しくなる。

その苦しい原因を責任転嫁してしまう。

お前が悪い、お前のせいだと怒り狂う自分が飛び出す。

この心癖は本当に根深かった。

老いれば老いるほどこの心癖は、しつこくしつこく突き付けてくる。

その現実の厳しさは他人ごとではなかった。

本当に気力、体力のあるうちにその現実を知っていくことの大切さを気付かせてくれていた。

頭の理解でしかないから、条件が整えば自分の中から瞬間に飛び出す

叫びは変われなかったことを気付かせてくれていた。

日々の生活の中で関わるすべては、心の投影だ。


「母なる宇宙とともに」の本、そして、朗読、深いです。


改めて本を読み返す中で、本と本の朗読に、ありがとうの思いが溢れてきました。

嬉しい嬉しい体験でした。ありがとうございました。」



2173) 

 

本当に どんなにしても 分かりませんでした。

ずっとずっと 続いてきた 自分の中の苦しみ、 

言葉に置き換えることが もどかしいと感じてきました。

 

上辺を見れば幸せそうでも中は違っていた。

何が、何故ということがもやもやした中にあって、

だから、どうすることもできない、そんな転生を繰り返してきたんだと思います。


そうです。肉が自分という思いの中では何もできません。

無力を感じ空しさが広がっていきます。


そうではなかったんです。

思いの向け先を変えずには どうにもならなかった ことを学ばせていただきました。

どうにもならない、もがけばもがくほど沈んでいく、底なし沼、そう例えてもいいでしょう。


ふわっと飛び出てきなさい、沈みたくないのに沈んでいく自分に、そう伝えてくれました。

ふわっと飛び出す術を学んできたんです。

一足飛びには難しいけれど、

けれど、今世生まれてきて 本当のことに出会ったから、それは可能なことでした。


たくさんの 言い様もない 苦しみを 抱えて生きてきたけれど、

それは本当のことが知りたいと思う自分の中の切なる思いの表れ、証だったと知りました。

それが分かっただけでも今世の大きな成果と言えるのではないでしょうか。

 

2172)

 

 アルバートと呼べる、思える、もうそれだけで嬉しい

 

私の思いが叶った、宇宙達の思いが現実のものとして心に響いてくる、

それがどんなことなのか、どんなに待って待って待ち侘びてきたかという思いを感じるから、

アルバートと呼べる今、思える今が本当にありがたくてということです。


自分の出してきた思いの間違いは、

色々な現象を通して自分に教えてくるようになっています。

 

私は 今それを肉体細胞を通して学んでいます。

どんなに肉本意で生きてきたかということでした。

身体は自由に動いて当たり前、いいえ身体だけではなく、

何でも当たり前の中で偉そうに生きてきたんです。

 

今世とあと一回の肉を持つ僅かな時間に自分を見ていく厳しさはもちろん感じています。

けれど、それにも増して喜びです。

ああやっとようやくここまで辿り着いたんだという思いとともに、

自分のこれからに大いなる喜びを感じています。


ああそんなことよりも、そうです、

アルバートと呼べる思える喜びと幸せ、

何よりも何よりもありがとうです。

 

2171) 

 

どんなにしても 分からなかったことを、

心で学ぶ機会をいただきました。

いいえ、自分で用意しました。

強い決意のなせることでした。

 

ありがとう、本当にありがとう、

肉を持ってきてくれて、私達に伝えてくださったこと、

どんなにすごいことなのか、心に染み渡ります。


肉、形を本物として己、己で生きてきた、

真っ黒な真っ暗なエネルギーを噴き出してきた、

そんな過去とともに 帰ってきなさいと真っ直ぐに伝えてくれました。


確かに受け取りました。心で受け取りました。 

目覚めを待っていてくれていた 自分の中の本当の自分を伝えてくれました。

 

あと一回、もう一度、心の中の真っ暗闇を あなたの目を見て爆発させていきます。

今世の予習があります。時間はかからないです。

一瞬で蘇る体験を させていただいて、

そして、まさに予定通り、計画通り、

全宇宙とともに次元を超えていく仕事をしていきます。

 

ありがとう。今世の出会い、本当にありがとうございました。

 

2170)

 

 心ひとつで 存在する 喜びと幸せ、安らぎを感じ、

本当の世界へ帰っていきましょう。

 

ともにあります、ともに生きています、感じ広げていく波動の中で、絶えず伝わってきます。


心の向け先を知らずにきただけのことでした。

初めからともにありました。ともに生きていました。私達はひとつだから。


肉、形を本物とする基盤では絶対に分からない真実の世界でした。

分からなくしてしまったのは誰でもない自分自身でした。


今、瞑想をする時間を自分にそれぞれ用意しています。

幸せなことです。ありがたいことです。

 

どんどん心を向けていきましょう。

思うだけです。ただ思うだけです。

 

それで幸せだった喜びだった自分の世界にあったことを知っていけるんです。

それが今世、学びに集わせていただいた私達がどんなに幸せ者かという証ではありませんか。


自分の心で学んでください。知ってください。

そして、次元を超えて歩みを進めてまいりましょう。

 

2169)

 

 令和2年3月以降 セミナーがない状態です。

セミナーがない分、時間的気持ち的にゆったりとしてきたはずです。

同時に、それぞれの環境の中で 色々とあるかと思います。

それらの現象を通して、

自分は学びと そして自分と向き合ってきたかとか、

その他 それぞれに自分に問いかける機会が 用意されているのではないでしょうか。

自分が変わっていくしかない、やっていくのは自分と、 

じっくりと 学びと自分に 向き合ってください。

コロナ様々です。


自分に用意した肉を持つ時間です。

どう生きていくか、どの方向を向いていくか、

本当の意味で人生を捉え始めようとしている今世の時間となっていますか。

ようやくそうなってきましたでしょうか。


自分を迎え入れてください。

凄まじいエネルギーの塊である 自分の叫びを しっかりと受けていきましょう。

肉体的、精神的にきついかもしれませんが、

それでも思う喜び、思える喜びを学ばせていただいた私達だからこそ、

自分を自分で受けていける喜び、幸せを感じられるんです。


何も要らない、何も持たなくていい、

もうすでに 私はこの喜びと幸せの中にあったと 心の底から思えるのではないでしょうか。

 

2168)

 

 本当の自分を捨て去り 偽物の自分を自分だ としてきた愚かさ。愚劣さ。

それを 今の肉を通して学ぶ ことを設定してきたんです。

 

立派な素晴らしい自分になるためではなくて、

どうしようもなく愚かな自分 を知るために生まれてきました。

 

設定通り、次から次へと愚かな自分が現れます。

さあ、どんどん知ってくださいと本当の自分からの計らいです。


そういうふうに、日々過ごしていきましょう。

 

生きていく方向、見ていく方向を変えていけば、

本当の幸せとか喜びとか、自ずと自分の中に響いてきます。

元々そんな自分の世界があったのに、

そこから飛び出して、自ら苦しんできたことが心で分かります。

 

そうなれば、自然と自分に詫びています。

ごめん、そしてありがとうが出てきます。

自然の流れです。


自分という存在、今ここにあることがもうそれがすでに喜びだった、

こんな簡単なことが今の今まで分からなかったんだ、気付けなかったんだとなってきます。


心を自分の中に、中に向けていきましょう。

 

どうしようもなく愚劣な自分がどんどん現れてくるけれど、

それは すなわち みんな喜びの幸せな自分だった

本当に心の底から思えるようになっていきましょう。

そうなっていけるんです。

 

私は愛、あなたも愛、ひとつということはそういうことです。

それが喜びの道です。幸せの道です。

愛、心のふるさとへ帰る道です。

 

 

2167)

 

 ふるさと、自分達の本当のふるさとへ帰る以外にないのです。

本当の喜びと幸せは自分の中にあった、そう心で知っていくことがすべてです。


簡単にはいきません。

喜びと幸せを 外に追い求めていった心癖は 根深いです。

幸せになりたい、幸せにしろ、そう叫ぶ心の奥底を知りませんでした。

 

本当の自分を捨て去って偽物の自分を大きく育てていった結果を、自ら受けてきました。

それでも 凝りません。

肉を持つと肉に執着する心が前面に出てきます。

 

それを 丁寧に温もりへ本当の世界へ 戻していく作業

をしてくださいと学ばせていただいた私達です。


今世、その学びの成果を少しでも出して、

そして、そこから自分を本当に救い上げていきましょう。


愛である自分を忘れ去った私達が、

自らに用意している三次元最終時期へと続くこれからの時間は、

厳しく険しいものだけれど、必ずその最終時期に集結してください。


意識と意識が反応し合って、壮大な計画が実行される準備はすでに整えられています。

 

どうぞ、意識の流れに思いを向けてみてください。

次元移行を思って瞑想をしてください。

 

全宇宙とともに次元を超えていこう、

アルバートからの呼び掛けを心で受けてください。

 

2166)

 

 自分に用意した学びの課題。

それをハードルと連想すれば高低の違いはあれど、

それは重要なことではなく、それぞれにクリアすることが重要です。

それが喜びの道へ繋がっていきます。


自分の中に 本当の自分が息づいていることを信じて、

そして偽物の自分とともに 喜んでハードルを越えていきましょう。


超えた先には、それよりも高いハードルを用意しているでしょう。

それは自分の中の大いなる喜びが そう仕向けていくんです。

超えて超えて、どこまでも続いていく喜びへの道を 

突き進んでいきましょうという 本当の自分からのメッセージです。


幸せです。嬉しいではないですか。

信じて待っていてくれていた、いついかなる時も支えてくれていた、

本当の自分とともに生きていくことが 心で感じ始められたんです。

この事実をしっかりと踏まえて、さらなる自分の進化へと歩みを進めてまいりましょう。

 

2165)

 

 蓄えてきた凄まじいエネルギーを体感させていただいています。

私は日々、セミナー会場の 現象の場にあります。


肉の母を通して 自分の中の凄まじいエネルギーを 確認させていただいています。

肉という形が そこにあるから それが可能なんです。 

私は今本当にありがたい自分のお勉強をさせていただいています。


瞬間飛び出るエネルギーに爽快です。

そして、ともに思いを向ける喜びは倍増です。


お母さん、あなたもあなたの意識の世界の現実を私という肉を通してお勉強なさってください。


これが私達、今世親子の縁を結ばせていただいた喜びです。

あなたには あなたのこれからが あります。

私には 私のこれからが あります。

あなたは あなたのこれからを しっかりと今世を通して知って、

三次元最終時期に自分を繋いでください。


250年後の出会いがあればと思いますが、それはあなた次第です。


どうぞ、今世残された肉を持つ時間 互いに 自分のお勉強を 進めてまいりましょう。

過去、アマテラスの中で熾烈な闘いを繰り広げてきたこと、私は喜びで受けています。

親子という肉の縁など 遙かに超えたところで互いを見ていけること、大いなる喜びです。

意識の流れよ、本当にありがとうございました。

 

2164) 

 

心で本当のことが分かれば、その思いは仕事をしていきます。

また、間違った真っ暗な思いの中に沈んでいれば、それもまたある意味で仕事をします。


つまり、思いはエネルギーです。喜びの仕事をします。

 

たとえ、ブラックのエネルギーであっても、本来は喜びなんです。

気付けよ という促しをしながら、

喜びに 本当の自分の世界に 帰っていこうとする仕事をしています。


それは喜びに違いないです。

それを苦しみとして捉えてしまうところに、新たな苦しみが生まれてきます。


その連鎖を止めて、方向転換をしていきましょうということです。


固い約束、強い決意、思い出してください。

思い出そうとしても無理ですが、宇宙を思う瞑想を継続して、

その中で異語をどんどん発しているうちに、

思い出されてくるとしたら、どうでしょうか。

まずは自分で試みてください。


とにかく、宇宙を抜きにしては自分自身を語れない、

そういうところまで自分の中で知ってください。

宇宙を思うことは喜び。

なぜならば、宇宙を思うということは、自分自身を思うことに直結しているからです。


遙か遙か彼方からやってきた意識。

こうして今、三次元の中で田池留吉、アルバートの波動を学ばせていただいてきたこと、

本当に感謝しかありません。

 

2163) 

 

宇宙が変わっていく、変わっていける様を心に感じています。

それはどんなに待ち侘びてきたことなのか、心に響きます。

だから幸せです。

待ち望んできたことが現実になったことを感じ、何とも言えない心持ちです。


本当によかったと思います。

アルバートと心から呼べる、心から思える、そんな宇宙をどんどん広げていける、

自分の目指していく方向が ようやくはっきりとして、

そこへ帰っていけばいいんだという確信は、安心感に繋がっていきます。


苦しんできました。苦しめてきました。

肉という底なし沼から抜け出ることは、簡単なことではないけれど、

それが自分を苦しみの奥底に沈めてきたんだということを学ばせていただいた今世でした。


自分の中にある真実でした。

この世のどこかにある真実をと思ってきたけれど、

それも全くの見当違いだったことを伝えていただいて、こんな幸せはありません。

本当にありがたいです。


肉ではない意識の自分の世界に自分が最初からあったことを、

心で学ぶ学びに繋がったことに、今更ながら感謝、感謝です。


自分を思います。自分の世界を思います。

それが自分に出来る最大の優しさでした。

2162)

 

 学びの友から嬉しいメールが届きます。

異語を通してどんどん瞑想を続けてください。

異語はすごいんだと私は伝えました。

どんなにすごいのか、それぞれの心で味わってください。


宇宙からやってきた私達は、異語のリズムに乗って、

異語のリズムを奏でながら、あの懐かしい母なる宇宙へ帰る旅路にあることを、

心で感じられたならば、これほど幸せ、喜びの時はないでしょう。


心に流れる田池留吉発する異語の波動。

 

セミナー会場で何度も何度も受けさせていただきました。

どうぞ、ともに帰りましょう。

250年後の三次元最終の喜びの爆発とともに、ともに次元を超えてまいりましょう。

2161)

 

 学びについて 自宅学習するにあたっての資料は

山ほどあります。


学びに触れた時間の長短にかかわらず、振り返っていくのもいいでしょう。

振り返り方がじっくりか、ざっくりかということはあると思いますが、

時間のある方はやってみてはどうですか。

自分は何を学んできたのか、

学びとは自分にとって一体何なのかを再確認するきっかけになるのではないでしょうか。


私はと言えば、私の勉強の仕方は、それらの資料を再びということはありません。

というのも、その都度、学ぶ機会を与えられた時点で

学んできたという思いが私の中にはあるからです。

今は宇宙を思う瞑想です。

日々の時間の中で自分の蓄えてきたエネルギーを確認する、そして瞑想、その繰り返しです


最後は瞑想だと私はずっと思ってきましたし、今もそれに変わりはありません。

 

自分の心で学んでいく学び、自分の心でしか分からない学び、心で分かる学び、

それを基本に、私は私の勉強をこれまでずっとしてきましたし、これからもしていきます。


と立派なことを語りましたが、実はということもあります。

資料を振り返る体力と気力の限界を感じています。

私の旬は田池留吉の肉とともにあったこと、

そこで十二分に学ばせていただいたことを痛切に感じている昨今です。

あとは、心の針の向け先を管理して、

三次元最終時期に焦点を合わせてという 私自身のお勉強を進めていけばいいと思っています。

 

2160)

 

 一点に集中して学びを進めていきましょう。

一点、愛に目覚めていく、本当の自分と心で出会っていく、意識の流れに乗っていく、

表現は色々とありますが、肉から意識への転回を遂行していくということです。


肉、形の基盤からは真実に出会えません。

真実に出会えないということは、苦しみの中から抜け出せないということです。

喜びも幸せも温もり、安らぎも時が経ち環境、条件、事情等が

違ってくれば変わってくるということでは、それは偽物だということになります。


悲喜こもごも、それが人生というのが通説ですが、そうではありませんでした。

喜び一色、それが本当の私達の世界でした。

ただし、それを心から知っていくことが、分かっていくことが肉基盤ではできない。

肉から意識への転回が絶対条件です。

その猶予期間が300年。

300年、あっという間です。

あっという間に、一瞬にして、自分の行く末を決定していくのです。

 

2159)

 

 今、セミナー会場に集まれない代わりに、

インターネットを活用してお勉強させていただいています。

 

セミナーをするということについては、私は私自身のお勉強の一環として捉えています。

形は変われど、今こうしてそれもスムーズにさせていただいていることを喜んでいます。

周りのご協力があってのこと、どれもこれも田池先生の思いが詰まっています。


布石です。

きちんと的確に打ってくれている布石通りに、

学びを進めていけばいいと、瞑想の中で確認しています。


要は、250年後の三次元最終のお勉強へということです。

 

今の ひとつの肉だけの生活云々を どうこうしようと

学んでいるわけではないことは お分かりだと思います。

速やかに今世の学びを通して、 

自分を三次元最終時に繋いでいく目処を立てていこうと、

自分の学びを進めてください。


宇宙へ帰っていきます、母なる宇宙へ、愛、心のふるさとへ帰っていきますという思いは、

形となってこれからさらに私達に迫っていきます。

険しい道のりを覚悟してください。

それでも自分の中の切なる思いを感じていけば、

必ず必ず帰っていこうと決意も新たに喜んでいけるはずです。


支えてくれていました。待ってくれていました。信じてくれていました。


ただただその思い、波動が力強く心に響いてきませんか。

どうぞ、ともに帰ろう、ともに次元を超えていこうの誘いに心から呼応してください。

 

2158) 

 

自分を裏切らないで、自分を見捨てないで、

心から悲痛とも言える叫び、必死の思いを感じていますか。

 

感じられるあなたであってください。

 

母の温もりの中で、安らぎの中でしっかりと伝えていただいたこと、

「あなたは あなたを信じていくんですよ。あなたが 信じるあなたは私ですよ。」

心に思い出していきましょう。


私は素晴らしい、私を見よ、己一番のエネルギーをみんな誰もが蓄えてきました。

それが自分の生きる術、生きる証だったからです。


大闇です。ですが、反転してください。

大闇だからこそ、真実の方向へ転換していけば、すごいんです。

次元移行への道は大きなエネルギーを必要とします。

 

肉基盤の私は素晴らしい、私を見よというちっぽけなエネルギーではなく、

基盤を変えて、大闇の仲間達よ、闇黒の宇宙よ、

ともにともに帰ろうの喜びの大いなるエネルギーに転換していきましょう。


分かりますか。

三次元最終時、集結して待ちに待った大いなる仕事を成し遂げてまいりましょう。

250年後の再会はこれを意味します。

 

2157)

 

 本当の自分を知らずに生きてきたのに、

なぜ私は素晴らしい、私を見よとやってきたのでしょうか。

そうですね、それが本当の自分を知らずに生きてきた証拠ですね。


私達は何十年と学ばせていただいたにも関わらず、

依然として己一番のエネルギーを垂れ流している現状です。


そこのところ、きっちりと心得て、学びに自分に真摯に向き合っていきましょう。

こんなこといくらやってもと思いが過ぎれば、

ああそれはもう言うまでもなく、

まだまだ他力のエネルギーにどっぷりと浸かっているということです。

自分をしっかりと管理してください。

その厳しさは本当の優しさです。

本当の自分からのいざない を感じていますか。

どんな波動を受けていますか。


心癖はしぶといでしょう。

ただ、それにも増して、いいえ比べられないほどに、

もう帰っていくんだという切なる思いは強いんです。

 

どんなに足蹴にされ、叩きのめされても、怯まない。

喜びの中へ温もりの中へ帰っていこうとする心からの叫び、

自分の心からの叫びを必ず実現していきましょう。


それぞれに自分を学ぶ環境を設定しています。

とことん苦しんでください。

ただし、苦しみだけで終わるのではなく、

自分の心からの叫びを信じていく方向に、歩みを進めてください。

 

2156)

 

 自分に自分が用意した肉、環境。

どう活用していくかで、これからの自分のあり方が変わっていきます。

 

言えば、幸せ、喜び、安心のこれからがあるのか、

これまでと同じ闘いの中で自らを落とし込めていくのか、ということでしょう。


闘いの中とはどういうことなのか。

学んでいるから、私の中は段々と穏やかになってきている、本当にそうなのでしょうか。


まだまだ条件、環境が揃えば、中から闘いのエネルギーが噴き上がってきます

油断は禁物です。

そういう体験が実生活の中であれば、それは大いなる喜びです。

もちろん、ただエネルギーを噴き上げるだけ、そのエネルギーで自らを見失ってしまう、

周りとトラブルを起こす、それでは学んでいるとは言えません。


そのエネルギーとともに、そのエネルギーが愛しい、

そうして初めて学んできた成果が見受けられるのです。


真っ黒が嬉しい。真っ黒けが何とも言えず頼もしい。

そういう心境はどこから来るのでしょうか。

そうです。

次元移行という大きな仕事を心は感じているから、

だから、どんなエネルギーもいいえ、真っ黒であればあるほど、

凄まじいエネルギーであればあるほどに大きな手応えを感じて嬉しいとなってくるのです。


みんな 間違って生きてきたのです。

けれど、今世を転換期にして本来の生きていく方向を見極めていける、

これほどの喜び、幸せなことはないです。

チャンスを みすみす 逃さないようにと思います。


Zoomウェビナー配信予定日、9月30日(水)午後2時

 

◆2155)

 

 本腰を入れて、宇宙を思う瞑想を継続してください。

肉があるから、寝て食べて適当に楽しんでという 相も変わらずの生活が

それぞれにあると思いますが、それに没頭することだけはお止めください。


肉の世界には、肉を維持するのに足るだけの関わり合いを持っていればそれでいいと思います。

関わり合いの程度の差は あるでしょうが、できれば少々。

肉の中を泳ぎ切っても仕方がないです。


比重はこちら、宇宙に帰る、母なる宇宙へ帰るという方向へ。

次元を超えてさらなる意識の世界を学んでいく、そういう態勢に自分の中を整えていきましょう。


何も要りません。思いを向けるだけです。

言うなれば心ひとつで存在していける、非常にシンプルです。

けれど、中身はすごいです。密度の濃い喜び、幸せを感じていきましょう。


見ていく方向、感じていく方向が違えば、何もかも違ってきます。


ひとつの肉を纏っている、形からすれば同じですが、

見ていく方向、感じていく方向が違えば、広がっていく世界が完全に違ってきます。

肉を持ちながら学ぶ難しさはありますが、それとともに楽しさを感じてみてください。

 

 

2154) 

 

思えば嬉しい。ただ嬉しい

それでいいではありませんか。

思える喜びです。思う喜びです。

 

こんな簡単なことにどうして気付けなかったのか、

ああそれは当然と言えば当然でした。

自分の中に思いを向けることを知らずにきたんです。

思いは自分の外に外に向いていきました。

喜びも幸せも温もりも安らぎも全部全部自分の外にあると思い込んできた、信じてきたんです。


自分の思うようにいかなければ、当然苦しみます。

自分の思うようにいく、その自分とは一体誰だったのか、何だったのか、

自分の中と対話して、ようやく、間違ってきたことを知り始めた私達の今ではないでしょうか。


なぜ私達は異語を発するのでしょうか。

異語、いわゆるデタラメ語とでも言いましょうか。

デタラメ語であって、デタラメ語でないことは、異語で語っているうちに分かります。

異語は宇宙のリズムと伝えました。

そのリズムの中にあった私達だ、ああそこへ帰っていけばいいんだ、

異語は言うなれば私達のふるさとを教えてくれています。

宇宙からやってきて宇宙へ、母なる宇宙へ帰る私達の方向を教えてくれています。


中の宇宙達とともに、ともにひとつになって、あの懐かしいふるさとへ帰りましょう。


2153) 

 

どんなに凄まじいエネルギーが瞬時に飛び出てきても、決して怯みません。

かえってそれを出させてくれることがありがたいです。

自分を知っていける喜びです。

すごいエネルギーの坩堝。

けれど全部次元移行へと繋がっていくエネルギーだと心は知っています。


半端なエネルギーではダメなんです。

 

真っ暗闇、漆黒のエネルギーが正しい方向に向けば、

そのエネルギーの大きさに比例して喜びの仕事をする、

そういうことを、今世心で学び取ってきました。


正しい方向、心の針を向け合わせる、

それを学ばせていただきました。


真っ暗闇、漆黒のエネルギーは真っ暗闇、漆黒のままでは終わりません。

それが250年後の出会いということです。

だから250年後が待ち遠しい。


あなたはどうですか。

その準備を余念無くしてくださいとお伝えしています。


真っ暗闇、大いに結構。

ともに帰っていこうと伝えていくことが肝要であり、

伝えていけることが喜びです。

 

◆2152) 

 

異語で思いを語るという瞑想の効果が現れ始めてきています。

学びの友からの嬉しいメールが届きます。


ともに学んでいきましょうと、ただただ嬉しいです。


宇宙を思ってください。

宇宙と思えるあなたであってください。

そして宇宙を呼んだとき、どんなに真っ黒な宇宙であっても、

よかった、よかったやっと出会えた出会えたと心から喜べるあなたであってください。


宇宙を思う瞑想。

そして最終的には愛です。

愛を思って瞑想。


そして今世を閉じていければ、もう最高に幸せな人生になっているでしょう。

 

2151) 

 

幸せになる道、元々幸せだったことを思い出す道、

それは田池留吉を思い、自分の心を見るという

この学びの中にしかありません。


自分の外に喜びと幸せ、温もりを追い求めてきたことが

自分を苦しみの奥底に突き落としてきた、本当にそう心で分かっていますか。


自分を自分で苦しめてきたんです。

肉、形を本物とする思いは、心の針を外に向けていきます。

その思いを変えない限り、

中へ中へ向けようとしても、心の針はなかなかそうはいきません。


なぜ自分の外に喜びと幸せ、温もりがあると思ってしまったのでしょうか。


肉、形を本物とする思いは、自分を見捨て見限り殺していく思いだと、心から知ってください。


手中に収めたと思っても、それは本当に儚い戯言でした。

けれどそんな儚い戯言にも、ある意味魅力があることは事実でしょう。

否定はしません。

それに惑わされて何度も苦渋を味わってきた、嫌というほどに苦しみの底を見てきたんです。

だから、それを今世限りに止めにしていこうと本気で思わない限りということです。


けれど、魅力はなかなか手強いです。

自分を惑わしてきたものから自分を解き放していく、

やっていきましょう。

 

◆2150)

 

 ともに学べる喜びと幸せ、瞑想の中で感じてください。

ともに帰れることを語り合いましょう。

まだまだ抵抗勢力が強いと思いますが、それでも何度も何度も伝えましょう。

自分のふるさとへ本当のたったひとつのふるさとへ帰れる喜びと幸せを伝えてください。


目に見える自分だけを自分だとする思いがどれだけ愚劣でちっぽけな思いなのか、

ともに帰れることを語り合う中で、あなたの心に響き伝わってくると思います。

詫びてください。

懺悔の涙から喜びうれし涙に変わっていく様をしっかりと心に刻み、

本当に間違ってきた人生を送ってきましたと心から知っていきましょう。


自分に詫びることが喜びです。

喜びで自分を見てください。

そして、そこからさらなる喜びへ続いていく道を歩いていきましょう。


ともにある喜びと幸せ、安らぎの世界。

ただただ喜び、温もりがどこまでも広がっていく世界。

肉から意識への転回を進めてください。

 

◆2149)

 

学びの友からのメールです。一読ください。

 


今、異語で思いを語る瞑想をやっています。

お名前を呼んだ方一人とやっているのではありません。

あなたの中の宇宙とともにという思いで私は異語を発しています。

異語は宇宙のリズム。

あなたの中の宇宙をそのリズムの中へいざなってください。



9.19 ZOOMウェビナーとともに。

核から、一人一人名前が呼ばれる。

一人一人名前を呼ばれるたびに、核の異語とともに私の中からも異語が飛び出す。


みんな私、みんなみんな私、肉を握り肉を掴んでいた思いが変わっていく。

心がどんどん軽くなっていく。そんな中で自分の名前が呼ばれた。


核の異語を聞いた瞬間、私の中から異語が飛び出す。


嬉しくて嬉しくて、お母さん、お母さん、嬉しい。


アルバート、アルバート、アルバートとともに。


ありがとう、ありがとう、ありがとう。この思いでいっぱいになりました。


嬉しいです。ありがとうございました。


宇宙を思う瞑想を続けていきます。ありがとうございました。


2148)

 

 宇宙を思う瞑想をしましょう。

宇宙です。

宇宙と思うだけでもう嬉しい、そんなあなたであってください。

私達は遙か遙か彼方、次元を超えて今のこの地球に降り立ったのです。

 

そして再び次元を超えてさらなる意識の世界を、自分達の世界を歩んでいく計画です。


この今の次元に留まることなく、ともに歩みを進めてまいりましょう。


肉という形を自分に持たせ、自分の蓄えてきたエネルギー、

つまり闇と化した自分から本当の自分へと戻していこうと数限りない転生をしてきました。


残念ながら、転生の意味を今世に至るまで知ることなくきましたが、

ようやく今世、私達の心からの思いが現実味を帯びてきました。


宇宙、母なる宇宙からの波動を受け取りました。

それは心を目覚めさせるには充分の衝撃でした。

私はそれをアルバートと叫びました。

心から待って待ち侘びてきたアルバートの波動の世界、母なる宇宙でした。


帰ります、そう固く心に誓った約束、強い決意、思い出してください。


その固い約束、強い決意に思いを向けて、

愚かな肉に引きずられることなく生きていきましょう。

 

2147)

 

? 気負うことも要らなければ、焦る必要もありません。

ただし、日々の生活の中で思う時間を確保していくように心掛けてください。


欲でするのではなくて、またしなければというのではなく、

自然と瞑想をしている、

そんな生活習慣になっていればと思います。

たとえ、色々とあって、心が揺れても、ざわついても、

それでも思うは・・・となっていれば、それはもうすでに喜びなんです。


思う喜びと 思える喜び、存分に味わってください。

 

田池留吉、そしてお母さん、

そしてアルバートと呼べる、思える、

これがどんなに幸せなことなのか、心で本当に知ってください。


そうすれば、宇宙を思う瞑想がどんなにすごいことなのか感じていくでしょう。

 

宇宙からやってきた私達だから宇宙へ帰るんです。

飛び出してきた、捨ててきた宇宙からのいざないを心にしっかりと受けて、

そして次元移行を伝える意識の流れを思ってみてください。


もうありがとうしかありません。

伝えに来てくれた意識、波動とともに帰ってまいりましょう。

 

2146)

 

 今日もまた一日が始まります。

そして時間はあっという間に過ぎ去り、一日が終わっていきます。

その中で、何を思っていくのか、肉を持つ時間をどのように思っているのかということでしょう。


本当の自分とともにある、最初からそしてどこまでも本当の自分とともにある、

そういうふうに感じられたならばどうでしょうか。

たとえ微かな感じ方であっても、それはそれは嬉しい、幸せ、安心ということになるでしょう。

 

本当の自分とともに生きている、偽物の自分がどんなに噴き出してきても、

本当の自分が心に生きていると感じているならば、

その本当の自分とともにあることを信じて、偽物の自分に伝えていこうと思いませんか。

 


本当のことを知らずに偽物の自分を作り上げてきてしまったことを、心から詫びてください。

自分に詫びてください。喜んでくれるはずです。

ようやくですねと伝えてくれるはずです。

そんな幸せな時間を、今世の肉を通して過ごしていきましょう。

もう特に何も要らないはずです。

本当の自分とともにあることを知る、感じる、広げる、何よりの幸せ、喜びです。

 

2145)

 

 未だ誰もなし得なかったこと、肉から意識への転回を学ばせていただきました。

それがなければ 苦しみから自分を解き放つことができないことも、

心で学ばせていただいた私達です。


どんなに肉の周りを固めても、それは一瞬のうちに消えていくもの、肉は影だから。

それは当然と言えば当然ですが、肉、形ある世界が実感あるから、

肉は影だとなかなか心で分からない、認めたくないという現状だと思いますが、

認めざるを得ない、形の世界の総崩れという現象が様々なところで起こってきます。


自分の解放、苦しみの底に奥底に沈んできた自分の世界をしっかりと確認して、

そこから自分を解き放していく道を選び取っていきましょう。


自分がどういう存在なのかが分からずに、

知らずに転生を繰り返してきたことにしっかりと焦点を当てて、

自分の心の叫び、切なる思いを叶えていけるよう、

今世の千載一遇のチャンスを活用してください。

 

チャンスを活用する、それは欲でなくて、ただひたむきに純粋にということです。

頭でっかちはダメ。肉の能力は関係なしです。

 

2144)

 

 何度も同じ間違いを繰り返します。肉は本当に愚かです。

けれど愚かな肉があるから、自分の瞬時に飛び出るエネルギーを確認することができます。


ああまただと思いつつ、何度も学ばせていただいていることがありがたいです。

自分のエネルギーを確認しつつ、そのエネルギーとともに思うことを繰り返していく作業です。

それは地道な作業かもしれませんが、そういう下支えはとても大切なことです。


下支えがあるから、帰ります、本当の自分のところへ帰りますと心に誓った思いが実現する、

必ず 果たすことができるそういうことでしょう。


肉、形を本物として、そこから様々な発想を飛ばしてきた、

つまり宇宙を汚しまくってきた、心から心から気付き始めることです。 

 

そして、気付き始めたならば、心に誓った思いを必ず果たす方向に実践を始めましょう。

肉を持ち難しい実践かもしれませんが、

心の中の切なる思い、愛、自分のふるさとへ帰りたい、帰ろう、帰ります

いつも思って精一杯実践していきましょう。


Zoomウェビナー配信予定日、9月19日(土)午後2時

 

2143)

 

 肉という形あるものが自分ではなかった、本当の意味で偉いならば、

それがすんなりと心で分かっていきます。


偽りの己偉しの世界を作り上げてきたから、

なかなかそこから 自分を解き放つことができなくて というのが現実だと思います。


自分を解き放つ、難しい作業です。

肉から意識の世界へポーンと飛び出す、決して簡単なことではありません。


けれど、生まれてきた意味を心で知り心で感じていったならば、

今世という時間、肉を持つ時間は徒やおろそかにできません。

 

これまでの転生とは違う転生でなければ、

そう今世を転換期にして

自分を本当に知っていく道を生きていこうと自ずと心に上がってくるはずです。


それが微かな思いであっても、その思いを信じて心に育ててください。

肉として生きる生き方は自分を裏切っていく生き方です。

そこのところ自分にはっきりと答えを出していってください。

 

2142)

 

 愛へ帰る道、つまり本当の自分の世界へ戻っていく道を歩いていこうとする生き方と、

まだまだ肉の中に埋没している生き方とでは、当然全く違います。

同じ風景を見ても、同じ現象に出会っても、心に響く世界が違います

自分の中に広がっていく思いの世界が違います


仮に、同一時間、同一空間にあって、

肉的には、心にそして身体に同じような衝撃を受けたとしても、

見ている方向、感じている方向が違うから、苦しみも辛さも悲しみなども違っています。

苦しいだけ辛いだけ悲しいだけではないということです。


私達は肉ではない、なかった、そう心に伝わってきて、

どんな状況の中に身を置こうとも、苦しみ辛さ悲しみを遙かに超えたものを感じて、

もう何とも言えない心持ちになっているでしょう。


少々具体性に欠けた表現をしていますが、

極限状態になってようやく見えてくるものがあるのではないでしょうか。

それが学びの神髄、本質に触れるということだと思います。


今できることを精一杯やりましょう。


心を見る、自分の出すエネルギーを確認する、

田池留吉を思い瞑想をする、

その他学んできたことを淡々と繰り返していきましょう。

 

2141)

 

 学びの友のメールから、

それぞれにみんな自分の学びを色々と工夫されてやっておられるんだと感じます。


セミナー会場で現象するという学び方はいつできるのか、

その見通しはなかなかつかないですが、

要は自己確立をしていけば、自ずと道はひとつだと心で分かってきます。


自己確立のないまま、どんなにセミナーに参加しても効果は無いとお分かりだと思います。


ただ、肉を密に使ってともに行こうと、ともに思いを向けていこうとする現象は、

やはり何にも代えがたいものだと私は思っています。

そういう学び方の機会を田池留吉の肉とともに可能な限り持たせていただいた、

本当にありがたいことでした。


その喜びと幸せを大切に、本当に今世を自分の転換期にして、

本当の自分へ帰る道、愛へ帰る道を淡々と歩いていきましょう。

その呼びかけだけが 繰り返し心から上がってきます。

誰一人例外なく、苦しみの奥底に沈んできた過去からの脱却を心から待ち望んでいるのは、

自分自身に他ならない、そういうことでした。

 

2140)

 

 田池留吉という肉が消えました。

そしてセミナーができない状態の今です。

そういう状況の中で、それぞれの心に問いかける事態が差し迫ってきます。

 

色々な現象を通して、学びとは何だったのか、自分は本当に学んできたのか、

それぞれに問いかける時間が これからの時間です。

これからの時間、それはもちろん、今世だけではなくて、

次の転生から250年、300年に至る時間です。


その中で肉を持ち、自分を繋ぎ、三次元最終時期へと自分を繋いで、

そして次元移行という意識の流れとともに行くのかどうなのか、

これから様々な現象を通して、自らに問いただしていくでしょう。


自分を信じるということはどういうことなのか。

自分はいったい何を信じてきたのか、そして今は何を信じているのか。


現象は厳しいものになってきます。

それは自ら真の方向に向いて生きていこうという思いの表れだと知ってください。

形からすれば厳しいけれど、中は本当に一途な思いなんです。

他力に つまり肉を本物とする思いの世界に 沈んでいくのではなく、

そこからふわっと浮き上がってくる、そんな軌道を描いて、

自分を本来の元あったところに誘っていきましょう。


元あったところへ帰る以外に道はなし、

そう心に上がってきますか。

帰る手はずは整っていますか。

 

2139)

 

 自分にとって本当に大切なことは何かということです。

すでに答えは知っています。

知っているけれど、分かっていない。

そうではありませんか。

だから、最後の最後、素直になれないんです。

思いを離せないんです。


「私はそんなことはない。全部を託しています。本当の自分にお任せです。」


断言できますか。

自分に本当の自分に嘘はつけません。

本当の自分はみんな知っています。

知っているけれど責めはしません。

嘘つきと咎めません。

ただ受けてくれているだけです。

待ってくれているだけです。

そんな世界が自分の中にあることを知ってくださいと伝えてくれているだけです。


本当の自分とともに生きていきましょう。

見捨てず、見限らず、裏切らず、責めて追い立てもしなくて、

ただひたすら信じて待っている、いついかなる時も受け入れ態勢で。


どうぞ、そんな思いの世界、波動をしっかりと受け止めてください。

受け止められるようになっていきましょう。

ふと気付けば、何とも言えない中にあることを感じていきます。

それが喜びとか幸せとか、そういうものだと私は思います。

 

2138)

 

 自分の基準を弱めていく、緩くしていく、

そうしていけば楽になれる、軽くなる、みんなそれは知っています。

だけど捨てられない。自分の基準を離せない。

分かってはいるけど止められないということ、みんな体験済みです。


自分の基準とは何でしょうか。

言うまでもなく、自分とは肉を指しますから、肉の基準です。

肉の基準、常識とか道徳とか、そういうものです。

意識の世界からすれば、そういうのはみんなブラックですが、

生活をしていく中においては、ある程度必要でしょう。

ある程度です。

言うなれば赤信号止まれ、青信号云々ということです。

もっとも、今は思わぬ時に思わぬ場所へ車が飛び込んでくるご時勢ですから、

本当に何が起こるか分からないです。


想定内はもちろん、想定外のことで色々と起こってきます。

私達が望んできたこと、形の世界の偽善を

自ら知っていくために自分達がなしていくこれからの時間です。

これまでもそうでしたが、これからさらにその思いが顕著になってきます。

すべては意識の流れ、私達の計画です。

次元移行という意識の流れの中にひとつになっていきましょう。

そう心から切望しているはずなんです。

あなたの心に確認してください。

 

2137) 

 

みんなドロドロです。真っ黒、真っ暗です。

だから条件、環境が整えば中のドロドロ、真っ黒、真っ暗が噴き出します。

それをわきまえて行動してください。

すでに意識の流れがスピードアップしています。

 

学びに触れ瞑想を継続していけば、中がうごめいてくるんです。

中からより一層凄まじいエネルギーが瞬時に噴き出します。

そういう時期に来ています

肉はびっくり、けれど止められません。

 

そういうことですから、しっかりと自分の心の針の向け先を管理していなければ、

自らのエネルギーの収拾をはかることができなくなります。


また、互いに学びに触れていれば、あとどのようにすればいいのか学んでいますから、

さして大きな問題にはならないと思いますが、そうでない場合は、特に注意が必要です。

 

日々の生活の中で色々とあると思いますが、

みんなドロドロで真っ黒、真っ暗だから、

条件、環境が整えば云々ということを決して忘れずにしてください。


人がいい、いい人、人当たりがいいと言っても、

一皮むけばみんなドロドロ、真っ黒、真っ暗

だということを心得ておきましょう。

 

2136)

 

 自分の中が総動員して自らを正しい方向へと誘おうとしている、

何とも健気ではありませんか。

真っ暗闇の奥底を這いずり回りながらも、

決して自分を見捨てず見放さず、

こうして今世もまたチャンスを用意しました。


今世のチャンスはすごいです

それほど心に誓ってきた強い思いを、瞑想の中で感じていただきたいと思います。


すごいと思います。

見捨てず見放さず、足蹴にしても悪態をついても、

自分は自分を見捨てなかった、見放さなかった、

足蹴をもろともせず、悪態は受けるだけ受けて、すごいことでした。


母の温もりの中にあることを自分の中で証しなさい、

そうして厳しいけれど 本当に優しい広い広い思いの中に さあおいでと言ってくれている、

そんな瞑想を重ねてみてください。


ただし、欲ではできません。

まず自分の中の凄まじいエネルギーの坩堝をしっかりと確認して、

本当にそこから生きていく方向を変えていこう、180度変えていこうと決断することです。

決断からすべてが始まります。

濁流の中で意識の流れに乗り換えていく決断です。

容易ではありません。

 

けれど、自分の中が総動員して

自らを正しい方向へと誘おうとしている現実を知っていけば、どうでしょうか。

 

2135)

 

 これまでの転生とは全く違う生き方を選び取っていくことは、大変難しいです。

つまり肉、肉、肉一辺倒の人生からの脱却です。

脱却、抜け出る、飛び出る、そういうことが要求されます。


もちろん、それは肉ではできません。

意識の世界のお話です。

 

肉から意識へと転回していく必要性は痛感しても、

なかなかということがありますが、

どんどん肉を肉の思いを離していく、薄くしていく、

弱めていく計画をそれぞれに立てていますので、

どうぞ、その瞬間「はい」と素直にやってください。

 

ただし、一筋縄ではいきません。

幾度となく自分に用意している計画です。

意識の転回なくして次元移行はなし、

すでにそれぞれの心に届いているはずです。

賽は投げられた、意識の流れに待ったなしです。

 

2134)

 

 日々、自分の中から噴き上がる凄まじいエネルギが確認できることを喜んでください。

蓄えてきたブラックのエネルギーが、今その肉を介して噴き上がってくる、

しっかりと確認して、そして、ともにと思ってください。

そうして、自分を学べる今を喜んでいきましょう。


喜んでいきましょう。

前を向いて意識の流れを思い、今ここにこうしてあることを喜んでください。

どんなに凄まじいエネルギーの塊である自分を知っても、それが心で感じられる、

自分の叫びを心で受け取れることを喜んで、

そんな自分とともに生きていけると知ったことにただただありがとうと応えていってください。


全く間違った生き方をしてきたことを、

今世の肉を通して学ぶチャンスに巡り合ったことを心で感じられれば、

そこから新たに生きていく方向を180度変えていきましょう。

180度です。

自分の向いている先に何があるのか、

しっかりと今、学んでください。

 

2133)

 

 体力、気力のある間に学んでください

年齢には関係ありません。

とにかく、体力、気力のある間に、学んでいこうという自分の思い、決意を固めてください。

時間はあっという間に過ぎ去っていきます。


要は、自分の中が学び一本に絞りつつあるかどうか、

体力、気力のある間に見極めてくださいということです。

見極めるということは、中心棒の確立があるかどうかを見極めるということです。


なぜ生まれてきたのかということが心で分かっているならばそれでよしです。

程々に生活を楽しみながら余裕綽々で学んでいけるに超したことはありませんが、

残念ながらそうは参りません。

どなたも余裕綽々で学べる状態とは決して言えないでしょう。


肉塗れのドロドロで今世も生まれてきました。

肉をもらいました。自分に肉を用意しました。

 

それをしっかりと確認したならば、今世その肉を活用してするべきこと、

本当に自分にとってするべきことをして、今世を閉じていきましょう。

 

2132)

 

 自分にはあとどのくらい今の肉を持つ時間が残されているのだろうか。


比較的若い人達、元気な人達はそんなこと考えもしないでしょう。


今年も後半に入っていますが、学びの友の死の連絡を何件かいただいています。

身体、頭等の肉的な機能はいつまでもというわけにはいきません。


限りがあります。それを踏まえて、

限りのある肉を持つ時間を大切にしていきましょう。


生まれてきたから、つまり肉という形を持ってきたから、

いずれは、その肉を終えていくとき、つまり死を迎えます。


いずれやってくるというのでなくて、

死というものを現実として心でとらえ

そして、学びを進めていきましょう。


そうしたとき、心に上がってくるのは、

ただ一点を思う、思えるかということだけです。

 

生まれて死んで生まれて死んでと、数限りなく繰り返してきたけれど、

死を思い今を生きる意味が、

ようやく心に届き始めた今世ではないでしょうか。

 

◆2131) 

 

ぐらぐらせずに、心を決めて、

きちんと自分との約束を果たしていきましょう。

 

喜びの自分の世界を知りたくありませんか。

幸せな自分と出会いたいと思いませんか。

肉でどんなに持てるものを持っても、肉がどんなに評価されても、

そんなものは自分にとって大したことがなかったんです。

 


心です。意識の世界です。

自分の世界がどんな世界なのか、どんな中に自分は生き続けてきたのか、

はっきりとしっかりと知って、そんな自分の世界の変革をしていこう、

そう心が叫んでいるはずです。


くそったれと言いながら、みんな消え去れと罵りながら、

それでも本当の自分の中に、温もりの中に、安らぎの中に戻っていきたい、

心の叫びを心からの叫びを救い上げていってください。


優しさです。本当の優しさです。

温もりです。本当の温もりです。

喜びです。本当の喜びです。

 

心から心からそう思えたらば、心を決めて、

ただ前を向いてきちんと自分の約束を果たしていってください。


待っているよと伝えてくれているはずです。

思いを受け取ってください。

 

2130)

 

 Zoomを活用して、異語で語る瞑想、嬉しいメールが届きます。

 

時間にすればほんの僅かだけど、何か心の深部に届くというか、

距離感が縮まっていくというか、密のある感じがします。

感じ方はそれぞれあると思いますが、私はこのお勉強、ある程度の効果を見込んでいます。


要は、それぞれ学びに対して真正面と向き合うきっかけになればいいと思います。


今は密を避けなければならないという 変な生活習慣を余儀なくされていますが、

意識の世界のお勉強は 密あるお勉強としてください。

◆2129) 

 

ともにある喜びと幸せ、そして安心感を心に広げていますか。

ともに生きています。心を向け合わせてください。

あなたの中に本当の自分があります。

いつもいつもどんなときも、ともにありました。


目に見える形ある世界を本物だとしてきた思いが、それを消し去りました。


それは、自分に対する反逆です。

自分に呪いをかけ苦しみに沈めてきたんです。

それを心で感じていますか。分かりますか。


心を見て、何を間違えてきたのかが 心で分からなければ、

自分に対する反逆などという表現はピンとこないでしょう。


肉、形を本物だとする思いがどんなに愚劣な思いなのか、

それを自分達に示していく、自分達に伝えていくためのこれからの時間です。


その時間は、過去転生を繰り返してきた時間が、

僅か300年の間にぎゅっと凝縮されてやってくるということだから、

自ずと大変厳しい険しいものとなってきます。


形を見れば、大変厳しく険しいということでしょうが、

心の針を合わせていけば、

それは大いなる喜びですと受け取れます。

 

ともにある 喜びと幸せ をあなたの中が伝えてきます。

本当の自分が伝えてきます。


自分の中には、たくさんの自分がいるようだけれど 実はいない。

本当の自分がいるだけです。

 

 

2128)

 

 Zoomを活用してのお勉強で、私も参加させていただいたときは、

UTAブックさんが参加者の名簿をあとでメールしてくれます。


その名簿をいつもさっと目を通しています。

嬉しいです。ありがとうの思いが出てきます。

それぞれのひとつの肉を通して数多くの意識達が、

宇宙達が繋がっている、そんなことを感じるからでしょう。


ともに、いっしょに田池留吉の世界に、

アルバートに心を向けていこうと思えることが何よりも嬉しいです。


どうぞ、異語で自分の中の思いを語り合ってください。

 

自分と自分の世界を異語を通して知ってください。

異語は宇宙のリズムです。

田池留吉、アルバートの宇宙から私達に伝えてくれている宇宙のリズム。


そのリズムの心地よさを心で感じてみてください。

広がりゆく中にいざなわれていく幸せを体感してください。

◆2127)

 

 ただただひたすらに 田池留吉を思う、アルバートを呼ぶ、

そういう意識の世界になっていますか。

思えることが 呼べることが、それ自体がもう喜びなんです。

どんなに思いたかったか、呼びたかったか。

 

けれど、哀しいかな、思う方向が分からなかったし、呼ぶことすらできないほど

自分の作ってきた真っ暗闇の重圧の中に自分を押さえ込んできた私達でした。


知ってください。認めてください。まず知ることです。

 

息もできない重圧の中に自分を閉じ込めてきたんです。

そのことを心で感じられればそれでいいんですが、

今の段階でまだ心にピンと来ていない人は、さあどうしましょうか。


目の前にある形の世界が自分達の現実ではないんです。

現実は、今も言いましたように、息もできない重圧の中に自分を閉じ込めているということです。


自分の現実を心で分かる、知る、これほどの愛はなし。

 

2126) 

 

賽は投げられた という表現をしていますが、

意識の流れは 確実に 着実に 仕事をしています。

大きなうねりを伴いながら、ゆっくりとゆったりと、ときには激しく流れていきます。


宇宙全体が動き始めた今世でした。

それが真実の世界から肉を持って伝えてくれたこと、

そのメッセージをそれぞれしっかりと心で受け止め、意識の流れに委ねていきましょう。

委ねる、全託です。

それしかありません。

全託していく喜びと幸せを心にしっかりと樹立してください。


形ある世界から心を離していけるよう、

自分を牛耳り縛っている思いの世界は一体どこから来ているのか自分の中で知っていけるよう、

本当に自分と真向かいになって生きていきましょう。


今世の千載一遇のチャンスを、

どうぞ自分のこれまでに、そしてこれからにしっかりと活かして

次元移行という意識の流れに乗ってください。


大きく開け放たれた真実の世界の扉です。

大きく開け放たれているんです。

ただ、その中に歩みを進めていくのは自分次第だということを心で知ってください。

自分の背中を自分で押していることも事実なら、その思いに抵抗しているのも事実。

そのように感じておられると思います。

2125)

 

 学びに繋がって自分の心を見る、

思いの向け先を自分の中に向ける、

その効用が どんなにすごいのか、

それぞれ体験、体感済みでしょう。


その一方で、肉から意識への転回の難しさもまた実感されていると思います。

反省しても言葉の羅列だけでは全く通用しません。

全く通用しないことが分かっていく、それが反省の効果だと思います。


前を向いて学んでいきましょう。

腐り切った意識の世界だけど、

自分のふるさとへ、愛へ帰るという固い固い思いを信じていくしかありません。


必ず帰ってまいりますと自分に約束してきたこと、誓ってきたことは、

それぞれの中の厳然とした事実です。そうではありませんか。


私は自分の中ではっきりとそう感じています。

だから、今世肉を持ってきたんです。

強い非常に強い決意をして。

みんなそうだと思います。いいえそうでしょう。

自分の生きる道は一本、思いを定めていきましょう。

 

2124)

 

 委ねる、全託するということに語ってみたいと思います。


学びに触れる前には、私達は委ねるとか全託するということに対して無縁だったと思います。

よしんば、委ねますと言ってみても、

欲の思いと切り離すことができないというのが現実のところだったのではないでしょうか。

ギブアンドテイクの世界に生きてきた、いいえ、テイク専門の世界に生きてきた私達には、

見返りを求める思い、心が根深く残っています。


そして、今世、学びに触れ、委ねてみようと微かに思える波動を学ばせていただきました。

全託とはいかないまでも、委ねられる喜びとか幸せとか安らぎを

それぞれの心は感じ始めたということでしょうか。


けれど、まだまだ、まだまだの感があります。


自由に活動的に動く頭、手足、見える目、聞こえる耳等々、

身体的に大体支障がなければ、なかなか委ねる、全託するということは難しいです。


肉が先に立っていきます。それが人間です。

仮にそれらの一部の機能に支障があっても難しい。

それでは全部無ければ、いわゆる肉体がない状態であればどうなのか。

これもまた難しいでしょう。


なぜなのか分かりますね。

肉体的にどうであれ、また肉体がなくても、

自分達の本質が変わらない限りダメだということです。


そのところを変えていこう、変えていきましょうということで、心を見る学びに繋がりました。


ということで、本当の意味で委ねる、全託するというのは、

意識の転回がなければなりません

 

意識の転回が捗っていけば、本当の自分の世界を知って、

本当の喜びと幸せ、温もり、広がりゆく世界に帰るには、

意識の転回あるのみだと、

改めて自分の中で認識を深めていくということになります。


委ねる、全託する、

田池留吉の世界に、本当の自分の世界に。

これだけが唯一の喜び、幸せの道。

そう心に確信できるよう日々の瞑想を重ねてください。

 

2123) 

 

自分にそして自分の周りに起こってくる出来事、

いわゆる現象は 全部愛でした。

肉、形からすれば、苦しみ悲しみ辛さ悔しさ等々かもしれません。

いいえ、そうでしょう。肉の思いに沿わない出来事はみんなそう捉えてきました。

その思い方、感じ方、捉え方が間違っていたんだ、今世、そうはっきりと知らされました。


なかなか すんなりと自分の中に取り入れることは できないでしょうけれど、 

それでも それこそが 本当のことだったんです。


そこから、自分達の間違いに、何を間違えてきたのか、 

なぜ間違えてきたのかを自分の中で学ぶ、それが肉を持って学ぶということでした。


本当に根本から違った生き方を選んできたんだと

それぞれの心でこれからの現象を通して、じっくりと自分の中で学んでください。

 

学ぶチャンスがあります。

 

そこをクリアしない限り、次元移行という意識の流れに乗ることはできません。


どうぞ、自分に聞いてみてください。

本当の自分に心を向けて合わせて、心の中に問うていってください。

 

もうぎりぎりのところに来ています。

あとはありません。

そのことをどの程度あなたの心はとらえているでしょうか。

今世を転換期に。何度も繰り返します。

あなたの転換期にしてください。

 

 

2122) 

 

学びの友からのメールは嬉しいです。

元気づけられる時もあります。長々のメールではなくて、一言でいいんです。

心に上がってきた思い、気付けたこと、

学んできてよかったと率直に思えたこと等々、本当に一言でいいんです。

反対に学びに対して消極的な思いであってもいいんです。

ああそうなんだ、自分に目覚める、真実のことを知っていく道は厳しいんだと、

確認できて、それはそれで励みになるからです。


思いを向ければ、形のないたくさんの友、思いの渦があって、

そんな中でともに帰ろうと、帰りたいと今、時間と空間を用意していることが

嬉しいということが基本にありますが、やはり同時期に肉を持たせていただいて、

学びに繋がったということはすごいことだと感じています。


よかったね、ありがとう、ともに学ぼう、

どうぞ、この思いをそれぞれに広げて、

そして、あなたの予定通りの学びの道を歩き続けてください。


Zoomウェビナー配信予定日、8月31日(月)午後2時

 

2121)

 

 みんなで帰れる、ともに生きていける、

ああ本当にそのように自分の中に響いてくる時をいただきました。

肉、形を本物として目に見える自分だけを自分として、

その自分と自分に関わる人達のためにエネルギーを注いできた生き方、

その生き方自体、その生き方の根本が違っていることを、

今世の肉を通して初めて心に伝わりました。


同じことの繰り返しでは、どんなに転生の機会を自分に用意しても、

真実には出会えなかったこと、全部それを阻んできたのは自分だったこと、

その他色々と学ばせていただきました。


あとは、自分の心で学んできたことを、

自分の中でしっかりと遂行していくことに係っています。


外に向きがちな心の針を 中へ中へと向けていきましょう。

 

そして意識の転回です。

転回が捗らなければどうにもなりません。

色々と心に感じ響いてくるでしょうが、そこから先はないんです。

ポーンと飛び出すことがなければということでしょう。

ポーンと飛び出す、その現象はそれぞれによって違うと思いますが、

それをしっかりと活かしていく、いけることが肝要です。

 

2120)

 

 どんなに間違い続けてきても、今もなお間違っていても、

こうしてまた 自分を知るチャンスを 自分に用意しました。

チャンスを悉く握り潰し踏み潰してきた私達です。

自分の中の目覚めのチャンスを逃してきました。


外に外に喜びを幸せを求めてきた結果です。

結果を受けて泥沼の中に沈んできたけれど、

泥をびっしりとつけてまた今世、這い上がってきました。


すごいと思います。すごいです。嬉しいです。

本当に幸せだと思います。

喜びに帰ろう、温もりに帰ろう、自分のふるさとへ帰ろう、

溢れる思いでその泥を流してください。

 

こびりついてしまっているからすぐには流れ落ちないけれど、

けれど、帰りたい、帰ろうの熱い思いがあれば大丈夫です。


熱い思いで溶かしてそして、本当の自分のところへ帰りましょう


本当の自分が待っている、ずっと待ってくれていた、

心にしっかりと 感じて感じた 波動の世界を信じて

日々淡々と暮らしてください。

 

2119)

 

 今日いただいた学びの友からのメールに、

自分のできる範囲で前向きに学んでいこうとする思いが感じられるのがあって、

よかったと思いました。

それぞれに環境、事情は異なりますが、学びに触れたというところは同じです。

どうぞ、このことを本当に自分のこれからに活かしていただきたいと思います。

素直になって、真摯になって、自分を思ってください。

今のひとつの肉を通して心に感じるものをしっかりと見て、

そして、形のない自分に 形を持たせた自分の思いに 触れてください。


肉の喜び、幸せを味わうために生まれてきたのではないんです。

苦しかった自分を心から知りたかったから、

そしてそんな自分に本当の喜びと幸せを伝えたかったから、

生まれてきました。肉を懇望しました。

 

本当にそうなのかどうなのか、自分に聞いてください。


もし私にはできないという方がいるならば、

どうぞ、その問いかけを思いながら異語を発してください。

発し続けてください。

しっかりと自分の中に思いを向けながら、

異語で語ってみてください。

 

心に響いてくるものがあるでしょう。伝わってくる何かがあるでしょう。

何もなくても涙が出てくるかもしれません。

欠伸が出てくるかもしれません。

咳き込むかもしれません。

それらが意識の世界の反応ととらえてみてください。

良い、悪いではないんです。

分析は要りません。

 

形の世界にではなく、形のない思いの世界に心を向ける

日々心がけていきましょう。

 

2118)

 

 生まれてきた意味を見失うことなく、

愛、母なる宇宙へ帰る道をしっかりと感じて肉の時間を終えていく、

ただ一点を心に肉の時間を終えていく、そう心が定まっている今ですか。


心の中の意識の流れにしっかりと照準を合わせて、

外にある濁流の中に自ら沈んでいかないように、

今世を境にして本来の生きる道を確立してください。


簡単なことではないんです。繰り返し繰り返し出てきます。

同じメッセージが何度も出てきます。

それほど肉に沈み溺れてきた私達なんです。


肉を生かす生き方ではなく、肉を活かして本来の生き方に自分を乗せていきましょう。

肉は何のためにあるのか、本当の自分を知っていくためにあります。

真っ暗闇の自分から本当の自分へと転回していくために、肉を自分に用意しました

 

苦しみの中に生き続けてきたことを

肉を持って自分に知らしめる、そういうことでした。

真っ暗闇の自分に気付かずに真っ暗闇を上乗せしていく転生の数々。

本当に間違ってきたんです。

けれど、誰もこのことに気付かずにきたということを 伝えていただきました。

 

2117)

 

 自分の出してきた思いを肉体細胞は受けてくれています。

スムーズに動かない重い足ですが、それでも何とか動いてくれています。

猛暑の中、一定の時間歩いています。

歩くという基本中の基本がこんなにも大変なんだと実感しながら、

何とか身体を動かし肉の用事ができることを喜んでいます。


全部当たり前でした。

そんな驕った思いを確認しながら、

そして一方で、思いを向ければ全く違う世界にあることを確認しながら、

肉の時間を過ごしています。


しっかりと自分の来し方行く末を感じ、

思いはただ一点を目指す、

こんな人生の時間の中に自分をいざなえたことを嬉しく思います。


あと一回、重い肉を、重い肉の思いを携えて、

そして予定通りに意識の流れを遂行する

日々の瞑想の中で繰り返し確認です。


皆さんはいかがお過ごしですか。

学びに出会えたこと、そして自分の来し方行く末を思える今であることを、

しっかりと確認されて喜びで自分の歩みを進めておられると思います。


合言葉、今世を転換期に。

そして三次元最終時期に必ず出会う。

日々瞑想を楽しんでください。

 

2116)

 

 私達は限りなく続いていく意識の世界にありますが、

肉を持っている時間には限りがあります。

 

肉を自分に用意して 自分を学んでいくという

本当の意味での人生の時を 充実して過ごしていきましょう。


肉でどんなに満たされても自分は満たされません。 

肉ではないからです。

肉でない自分を肉で満たす、本当におかしいことでした。

おかしいことなのに、おかしいとは思えなかった。


苦しみの奥底から抜け出していくには、

自分の本当の姿を心で知る必要があります。

 

愚かだったと 心の底から知る必要 があります。

それでも本当の自分は今もここに生きていると知る必要があります。

 

その本当の自分に懺悔する必要があります。

懺悔は喜びです。

ようやく自分の生きていく方向が見えてくるそんな喜び、幸せ、安らぎを感じてください。


誰一人例外なく真っ暗闇の中を生き続けてきました。

生き続けています。

その事実を心でしっかりと確認して、そこから自分を解き放してまいりましょう。

 

2115)

 

 本来ならば、4月から「ともに瞑想会」が新たに始まる予定でしたが、

なかなかセミナー会場に集まってということが叶いません。


そこでZoomウェビナーを活用させていただき、お勉強の時間を持たせていただいています。

今回で3回目となります。


来月9月で一巡しますが、とりあえず今のメンバーでもう一巡と考えています。

異語を通して瞑想です。

 

私は異語は宇宙のリズムだと思っています。

そのリズムの中であなたの中のエネルギーを感じてみてください。


異語であなたの思いを語ってくださいと伝えています。

どうぞ、積極的に口から音を発してください。


やってみれば分かります。心に響いてくる思いがあるんです。

それはあなたの中の宇宙の叫びです。

 

帰りたい、帰るところが分からない、本当に帰れるのか、

そんな声なき声に心を傾けてください。


宇宙からやってきた意識は宇宙に帰る、

そんな約束事をどうぞ、あなたも心で思い出してください。

 

2114)

 

 日々色々とあると思います。

たとえば体調不良のときもあれば、身体の調子はいいけれど、

心がざわつく、後ろから追い立てられるようで落ち着かないときもあるかもしれません。

色々と大波小波があるでしょう。

けれど、思ってください。幸せではないですか。

しっかりと思えなくても雑念だらけでも、思おうとするその思いが嬉しい、幸せではないですか。


周りを見渡せば、たとえ肉は元気で忙しい毎日で充実していると思っていても、

ふっと時間ができたとき、過ぎる思いがあるのを、大抵の人は感じているのでないでしょうか。

ただ、それをしっかりと確認することなく、また忙しい日常に戻っていくことを繰り返し、

肉を持つ時間を閉じていくということだと思います。


それでは、何のために生まれてきたのか、

本当の人生の目的を また 分からずに ということになります。

空しさだけ、寂しさだけ、その他真っ暗闇を置き去りにして、肉を持ち肉を置いていく、

そういう転生の繰り返しから、今世を境にして抜け出していってください。


それが今世を転換期にという実践です。

愚かな肉はそれでいいんです。

ただ心を中に向けて本当に愚かだった自分を知っていく、

そんな肉を持つ時間としてまいりましょう。

 

2113) 

 

自分と真向かいになっていきましょう。

何を間違えてきたのか、今もまだ間違えているのかということを、

本当に真剣に本気になって思ってみてください。


学びに繋がったということは

今世のその肉を通して、本当のことを、

本当の自分を知っていこうと心から思ってきたからでしょう。

 

本当の自分の存在を 心で知り その方向に 生きていかないと、

どこまでも苦しみが続いていくことを

私達は母の意識に伝えていただいてきました。


肉、形を自分だとして、肉、形の世界に心を傾けていくことを、

今世こそ、できる限り小さくしていきましょう。

 

自分の中の悲痛なる思いに耳を硬け、心を傾け、

本当の意味で優しい自分に変わっていきましょう。

 

変わっていきたい、変わっていこうとする思いを、

瞑想を通して、田池留吉を思う瞑想を通して心に確認してください。


苦しみの奥底に沈んだ自分からしっかりと学び、

元あったところへ自分を戻していきましょう。

 

温もりの中へ、安らぎの中へ、どこまでも広がっていく中へ戻っていける、

そんなチャンスが今世、今という時なんです。

 

2112)

 

 両手から溢れこぼれ落ちていくほどにたくさん、たくさんかき集めてきました。

これでも足りない、もっともっと、欲の思いは際限なく増幅していきます

また向上心と言えば、聞こえはいいけれど、とんでもありません。

 

肉を高め、肉を鍛え、肉を素晴らしいものにする

そのエネルギーの真っ黒、真っ暗を心で感じていったならば、

本当に宇宙を汚しまくってきた人間の姿が浮き彫りになってきます。


さあ、どのように幕引きをするのでしょうか。

吐き出したものは 回収しなければ 次へ進んでいくことはできません。


否が応でも、間違ってきた、狂ってきた自分達の実態を自らに知らしめる、そんな時を迎えます。 

これまでも もちろんそうでした。

そして、これからはさらにいっそう規模を大きくして自分達に促してまいります。


意識の世界の計らいです。

 

真実の波動の世界から肉を持ってきたという事実は、それをはっきりと示しています。

全部 私達が 望んできたことでした。


ふるさとへ、愛へ、母なる宇宙へ帰りたい、帰ろう、

そう心からの叫びが意識の世界から沸き起こってきました。

どうぞ、どんどん宇宙を呼んでください。

闇黒の宇宙を呼んで、そして、ともに帰ってまいりましょう。

 

 

2111) 

 

自分達が出してきた思いが

色々な形になって自分達に返ってきます。

そこから何を選び取って、どう生きていくかということでしょう。

想定内、想定外、本当に色々とあると思いますが、目指すはただ一点です。


自分の心を揺らしながらも、ただ一点を見て、

そして自分の中の思いを遂行していく、

そのトレーニングをしていきましょう。


目の前に展開する現象を見て聞いて 心が揺れないはずはありません。

色々な思いが錯綜して当たり前です。

けれど、あんな思いもこんな思いも、本当のところはどうなんでしょうか。

 

こだわり握りつかまえているときは、それがどこまでも立ちはだかり分厚い、

まさに岩盤だと感じても、実態は、吹けば飛ぶような薄っぺらなもの、

所詮はどうでもいいようなものなのではないでしょうか。


こだわり握りつかまえていることが苦しい、間違っている、

頭ではそう理解されていると思います。

そこを緩める、解き放していく、

それが難しいことも理解されていると思います。


あとはそれぞれの中の実践でしょう。

そのポイントを繰り返し突いてくる、それが肉を自分に用意して、

自分を知っていこうと決めてきたそれぞれの思いの表れです。


何のために肉という形を持ってきたか、

素晴らしい肉になるためではありませんでした。

 

2110)

 

 日々暮らしていく中で色々とあるからいいんです。

心穏やかに健やかに生活をしている、それもまたそれでいいんです。


ただ、色々とあるほうが、本当の意味で幸せだと言えるかもしれません。

 

誰しも平穏無事に過ごしたいと思っているでしょうけれど、

心揺らされて 真っ黒な凄まじいエネルギーの自分を確認する場面があるということは、

学ぶチャンスに恵まれているということになりませんか。


肉の自分の思うように事が運んでいったならば、肉は楽かもしれませんが、

それではなかなか自分の暗部を見れないでしょう。


自分の暗部を確認したい、

だからこうして肉を用意して 色々な出来事、

人と出会っていくんです。

そして、色々とあって心を揺らされると思うのが自然かもしれませんが、

そうではなくて、本当は心が揺れるような場面を自ら想定している、

自らが揺らしているととらえてみましょう。


そう とらえていくのは 難しいけれど、

学ばせていただいた私達なので、 

肉という形の世界に苦しみを上積みするのではなくて、

そこから自分にとって本当に大切なものを学び取って、

肉を置いていきましょう。

 

2109)

 

 生まれてきた意味が分かって、

生きる目的も明確で、

自ずと心を向けていく方向が定まっている、

あなたの今はどの程度でしょうか。


見て聞いて心がざわつく、揺れることがあっても、

そのざわつき、揺れは、そういつまでも続かないようになっていますか。


たとえ大揺れであっても、心を見る、思いを見る、そして思いを向ける合わせること

を学ばせていただいた人は、時間がかかろうとも、

必ず今世学んだ学びの時間に自分を戻していきます。


絶望に近い境地に陥ったとしても、

自分の中の本当の自分、田池留吉を思うしかない、

そう自分に伝えてくるでしょう。


それは、助けを救いを求めてそうするのではなくて、

それしか自分には残されていない、

学びの時間の中で自分の心に感じたものを信じていくしかない、

そういうことが窮地に追い込まれて、やっと自分のものになるというか、

学んできた手応えを感じて、そうだったんだ、そういうことだったんだと思えるということです。

それほどすごいことを学ばせていただいてきた私達です。


心を繋ぎ、自分を繋いで、今世から幾度かの転生へ、

そして三次元最終時期を迎えてください。

 

2108) 

 

学びの基本は心を見ることです。

 

頭を使ってああだこうだと分析するのではなくて、

出会う人、出来事、言葉、態度、目の前の現象によって

瞬間自分の心から飛び出る思い、エネルギーを確認していきましょう。

全部間違っている、狂っていると心で分かるようになりましょう。


分析はお止めください。

それよりも真っ暗闇の泥沼に沈んでいる自分の実態を心で知ってください。

心で知ったならば、ただただお母さんの温もりの中へ自分を戻していきましょう。

包んでいきましょう。それがすべてです。

温もりの中へ安らぎの中へ帰っていける喜びと幸せ

あなたはどの程度心で味わっていますか。


ただただそれをするために、
こうして肉を自分に用意して

間違い続け狂い続けてきた自分を知っていくということでした。


真っ暗闇の泥沼、自分の現実を心でじっくりと知ってください。

 

2107)

 

 肉を持つ時間を大切に、

本当の意味で自分のために生きていきましょう。

 

誰のための人生、そして何のための人生でしょうか。

 

そこから引き出される答えを肉、形を基盤としてとらえるならば自己中心ということでしょう。

けれど、自分の基盤を肉から意識へと転回していくうちに、

それは決してそうではないと分かります。


まさに これこそがすべて なんだと分かります。

そうしていくことこそが みんなの喜びと幸せなんだと分かります。

 

みんなというのも、これもまた 肉基盤としてとらえるならば、

その意味が 本当に狭いものになってしまいます。

適切な言葉が見つからないんです。歯がゆく感じます。


波動の世界は 言葉を介して分かっていく世界ではないけれど、

ある程度の段階までは 言葉という形を必要とします。

 

しかし、基本は言葉は必要なし、心で感じ心と心が反応し合えば、

それで すべてが通じていく、そういう世界です。


本当にシンプルです。裏も表もありません。

あるのは ただひとつ ということだけです。

そんな世界に思いを合わせて、

本当の喜びと幸せ、温もり、安らぎの世界へ帰っていけるように、

自分のために生きてください。

 

2106) 

 

とことん苦しんでとことん行き詰まって、

けれど、そこから諦めずに投げ出さずに、

自分に しっかりと問うていきましょう。

なぜ 今自分は ここにいるのかと。

自分は なぜ生まれてきたのかと。


生半可な学びではありません。

 

どの程度心で感じておられるか分かりませんが、

自分を肉から意識へと転回していくことが急務だと、

これから250年、300年の僅かな時間に自分に突きつけていくでしょう。

 

自ずと、それぞれの転生は大変、大変厳しいものになってきます。


そのつもりで、今の肉を持つ間にできる限り学んでいきましょう。


今世は今世で 色々とあるでしょうが、

これからの転生は それにも増して、

いえ比べることができないほどすごい転生だ と私は感じています。


失意のまま流れに翻弄されるのではなくて、 

心の針を自分の中に中に、今世感じた温もり、喜び、安らぎ、広がりの自分の世界に、

ただ心を向けて合わせてただ一点を思う、そういうことです。

 

それがそれぞれに何度か用意されて、

そして最終時期へと自分を進めていく、

そういう計画かどうか、自分に問うてみてください。

 

2105) 

 

今世をあなたの転換期にしてくださいというメッセージ、

心で受け取っていただいていますでしょうか。

 

どうぞ、正しい瞑想を継続してください。

そして意識の流れ、自分の中にある意識の流れを心で感じてください。


意識の流れは、あなたの中にあります。

しかし、あなたの心の針が外を向いていれば、

世の中の流れ、濁流に自らを沈めていくでしょう

これまでの転生の数々がそれを伝えています。


苦しい苦しいどんなに苦しい転生だったか、

もう心でお分かりだと思いますが、どうでしょうか。


まだまだ懲りずに肉にしがみつく思いを、

どうぞ、自分の中から解き放してあげてください。


帰るところが分からずにずっと彷徨い続けてきた、

今も彷徨い続けている自分自身に、

こっちですと、ともに帰ろうと、何度も何度も伝えましょう。

 

伝えることができる喜びと幸せをかみしめて、そして今世の肉の時間を終えてください。


今世をあなたの転換期にしてくださいのメッセージの実践をしてください。

そしてもうひとつ、

必ず250年後の三次元最終時期に

意識と意識の出会いを果たしてください。

 

 

2104) 

 

田池先生とともに学ばせていただきました。

1993年4月から2015年12月まで、20年余りの年月です。

その実績は何にも代えられません。その間、本当によく学ばせていただきました。


私は今、宇宙を思う瞑想をやっています。

嬉しくて嬉しくて仕方がありません。

今世、私は自分の思いを叶えることができました。

 

この世のどこかに本当のことがあるという思いが、

この今のひとつの肉を通して現実のものとなったんです。

全部自分で計画してきたことだけど、

宇宙を思う瞑想を繰り返し、

もうそれが嬉しくて嬉しくてというところです。


宇宙を呼びたかった、アルバートに出会いたかった、

心からの叫びにようやく自分が応えることができた今世でした。


肉は馬鹿です。肉は愚かです。

どうしようもなく馬鹿で愚かです。

けれど、そこから自分を解き放していけることを学ばせていただきました。

肉を持ったからこそ、学びと繋がったんです。

 

馬鹿で愚かな肉に引きずられることなく、

心の針を向けて合わせて、

ただひたすら三次元最終時期に思いを向けていきます。


ようやく、ようやく、ここまで漕ぎ着けた、それが実感です。


田池留吉、アルバートの意識の世界、波動の中に

ひとつに溶け込んで次元を超えていきましょう。

 

意識の流れです。

大いなる意識の流れ、宇宙が動きます。


以上が、田池先生とともに学ばせていただいた

20年余りの学びの時間の手応えを引っさげての私の今の思いです。


20年、30年、それ以上学んでこられた人が多いです。

私と同様に学びの年月の実感、手応えを感じておられると思います。

それは何にも勝るものはなし、そう断言して歩みを進めてください。

 

◆2103) 

 

今世を含む肉を持つ時間は僅かです

その僅かな時間の中で 自分の蓄えてきたエネルギーを、

自分自身を しっかりと確認していく計画 を立てました。

 

自ずと厳しい険しい時間を自分に用意しているけれど、

けれど、道は真っ直ぐに自分の中についています。


いざ行かんの思いに瞬間反応して、あとはその流れとともに移行するんです。

次元移行への計画です。


アルバートとともに、アルバートとともに私達は宇宙へ帰ります、

そんな思いを瞑想の中で繰り返し伝え合い、確認しています。


だから、瞑想は喜びです。

 

喜びで喜びで宇宙を思える、闇黒の宇宙を思える、

垂れ流してきたエネルギーを愛しいと心から思える、

間違ってきたけれど、狂ってきたけれど、

愛の中にあった自分達でしたと心から思える喜びです。


どうぞ、心で感じて そして心で証してください。

肉、形の世界の総崩れ。

そこから何かに気付いていくでしょう。

愚かな人間の姿が次から次へと明らかになっていきます。

それでいいんです。

間違ってきたことを自ら知らしめる、愛所以です。

私達は愛でしたという証です。


受けていきましょう。

そして、ともに帰っていきましょう。ともにです。

 

 

2102) 

 

足の不具合で、以前の私からは想像できないほど身体の動きが緩慢となっていますが、

なんとか日々の生活をやり過ごしています。

私は今の状態になって、つくづく肉は重いものだと感じています。


肉の思いはもちろんのこと、こんな重い身体をみんな持っているんだ、

意識の私は軽いのに、どこでも自由に飛んでいけるのにと、

身体がスムーズ動かなくなってみて、そう実感です。


そして、重い重い肉だけれど、この肉はまだ自分にとって必要なんだと、

言い聞かせている自分があって、

この状態から自分を学びなさいと伝えています。


肉からすれば不都合な状態も、

自ずと肉を楽しませ喜ばせることを 制限することになると見れば、

なるほどと思います。

 

時間あり、そこそこ元気、学びも目処がついているとくれば、

愚かな肉は 知らずのうちに 寄り道するかもしれません。

そういう意味で、この現象は一種の歯止めでもあると理解しています。


思えば、学びの門を叩き、田池先生とともに学ばせていただいた学びの時間は、

あまりにも順調で、いいえ順調過ぎました。


その中で、十二分に学ばせていただき、

あとは250年後の仕上げを待つというところまで漕ぎ着けたのだからと、

母の状態を含め、肉に惑わされることなく、

一直線を見ていくだけなんだとつくづく思っています。


Zoomウェビナー配信予定日、8月15日(土)午後2時から



2101) 

 

自分に用意してきた肉の時間です。

何のために今があるのかということが、

しっかりと自分の心で分かったならば、

本当にこの道一本に絞って生きていきましょう。


荒れ狂ってきた思いの世界、

そのエネルギーの凄まじさをしっかりと感じてみてください。

 

こんな凄まじいエネルギーを噴き上げ垂れ流してきた、つぶさに感じられる私の日常です。


肉的には色々と苦しいというか不都合というか、
そういう現象の中で、

私はしかし今、次から次へと出てくる自分の中の破壊のエネルギーと出会い、

田池留吉をアルバートを思える嬉しい時間を持っています。


凄まじいエネルギーが出てくればくるほどに、私の中は嬉しいと叫んでいます。

肉は何も分かっていません。肉は肉の中でブチブチ言っているだけです。

 

けれど、私の意識の世界は違っています。

もっと出てこい、出てこい、

ブラックを吸収すればするほどに意識の世界は広がっていく、

文字通り、自己供養の効用です。

 

宇宙に向ける瞑想をしていけば、自己供養のスケールが違ってきます。

どうしようもなく嬉しい。

ありがとう、闇黒の宇宙よありがとう、本当に愛しいです。

 

 

◆2100)

 

 どんな理屈を並べ理由を語っても、

肉という形ある自分を自分だとして、そこから周りを見て思って考える、

そういう思考回路の中では、苦しいというところから抜け出ることはできません。


一時、自分を納得させても、

自分の意識の世界、自分自身は正直です。

 

どこが、何がとは分からずとも 何かが違っている と伝えてきます。

本当の自分には 絶対に嘘はつけません。

 

本当はこうじゃないと知りつつ、

そのことに真向かいになることを 恐れてきた私達だった と私は思っています。


本当の自分と真向かいになる勇気がなかったんです。

自分を欺し欺し目をつぶって自らの苦しみから逃れようとしてきたけれど、

そのことを真正面から迎え入れない限り

苦しみは後を追ってきます。

助けて、苦しい、何とかして、自分が自分の後を追ってくるんです。


逃げ回るのはもう止めましょう。

くるりと向きを変えて、そして何とかして、助けてと悲痛な思いを発している自分と向き合って、

そして、抱きかかえ、いっしょに、ともに行こう、生きていこうという思いを流してください。

心から待ち望んできたことを、ともに実現していきましょう。

間違って生き続けてきた自分を受けていく、本当の人生の時間を過ごしていきましょう。

 

 

2099) 

 

帰りたい、帰りたい、帰ろう、帰ろう、

そんな思いが叫びとも言える思いが飛び交っています。

 

どうぞ、宇宙を思って瞑想を続けてください。

異語で語り合ってください。

頭を回さずに、肉はただ素直になろう、宇宙を呼んでいこうと思うだけでいいんです。

あとは、意識の流れが仕事をしていきます。

肉という思いは何もできません。

意識の流れの中にある自分達だったと心で感じ始めれば、それは明白です。


この世に意を決して出てきたこと、自分の中でしっかりと確認して、

そしてともに歩いてきましょう。ともに生きていきましょう。


アルバートと呼べる、アルバートと思える喜びと幸せ、存分に存分に味わってください。

どんなにアルバートの波動と出会いたかったか、宇宙を思う瞑想をして、

どんどん異語で語り合っていけば、本当にどなたの心にも響いてきます。

これは本当のことです。

何も持たなくてもいい、ただアルバートとともに、アルバートとともに、

宇宙とともに未来永劫生きていけると心から分かったならばということです。


心の体験です。あなたの心であなた自身が証してください。


待っています、待っていますと伝わってくるでしょう。

優しいどこまでも優しい広い広い温もりの中へ喜びの中へ、もう帰っていきましょう。

2098)

 

 私は、最近、同居している母を通して 思い込みの強さ を学ばせていただいています。

母はここ数日 毎朝、今日 病院へ行くと言ってきます。

大きな病院だから、予約日があって、母に今日は違うよと言っても、

母は、9月やから行かなあかんと言ってきます。

それで私は母に、改めて今何月やと聞きます。

母は9月と真面目に答えます。

新聞の日付欄、デジタル時計を示して8月だと言っても、母はピンときていないようです。

おそらく母の中には9月の予約日が頭に入っていて、

そこからスイッチがなかなか切り替えられない、そういうことだと思います。

ここ数日、この繰り返しです。

 

9月だと頑と主張する 母を目の前にして、私は何とも言えない思いでした。

それが口調、態度にエネルギーとして噴き出し

自分でも驚きましたが、さもありなんとある意味 私の中では納得でした。

 

出して痛快、後を引かない意識の世界のお勉強はいいとして、

肉の思いとしてはそうはいきません。

まさか、あの母が、ある意味しっかりしていた母がと、なかなか自分の中で受け止められなくて、

それでも今はまだその他のことは、年相応の状態だから、何とかやっていますが、

本当に年老いていくということは大変なことです。

ああ、こうして肉は崩れていくのかと決して他人事ではありません。


母の思い込み、頑固に真面目に思い込みを主張する、

それに付き合ってやればいいんだけれど、今の私の肉はそうできないところです。

肉は慣れればいいと思うけれど、母とはこういうものだという私の中の思いがあり、なかなかです。


一例挙げましたけれど、本当に肉ってやっかいですね。

意識の世界にひとっ飛びは簡単ですが、

肉は本当にくせ者、その肉のお勉強が待っています。


「肉の勉強しいや」生前の田池先生の指示通り、

とにかく 肉の成長を学びます

 

2097) 

 

学びを遂行、しっかりと成していく 大きなポイントは 何だと思いますか。

 

それぞれの心に問いかけてみてください。

そして、その答えに沿って、

自分の生き方、向いている方向を検証してみてください。


どこまでも、限りなく続いていくのは自分の思いの世界です。

自分の思いの世界があるだけです。

それは肉、形の世界から決して理解できません。

 

肉、形の世界には選択肢はそれなりにあると思いますが、

意識、本物の意識の世界には選択肢はありません。

たったひとつの真実の世界、その言葉通りです。


その真実の世界以外を選ぶということは苦しみです。

それが心で分かってこなければということになります。


狭き門のように感じられますが、そんなことはありません。

ひとたび、その門を開ければ、道が一本道が真っ直ぐに伸びています。

その道こそどこまでも広がりゆく世界に自らをいざなっていくんです。

安心安全の道です。


そういうことが、瞑想をしてそれぞれの心で感じ分かってくればいいと思います。

それともうひとつ。

私達は初めから

意識の流れという流れの中に生き続けてきたことを

自分の心で分かっていく、大切なことです。

 

2096)

 

 肉ある間に可能な限り、自分の蓄えてきたエネルギーと出会いましょう。

噴き出す機会を喜んでください。幸せな自分だと確認してください。

どんなに凄まじいエネルギーも、もうすでに自分の中の温もり、

喜びの世界へ吸収していける道はついていると思います。


自分を責めたり落ち込んだり、

中の凄まじいエネルギーに振り回されることなく、

ただ確認してそして瞑想です。

 

正しい瞑想、心の針の向け先を合わせて、そして思う、

その作業を喜びの中で繰り返してください。


その肉の終わるまで、自分が作ってきた凄まじいエネルギーを確認、

そして温もりへ喜びへ吸収していく、

肉を持ってする本業に取り組んでいきましょう。

 

2095)

 

 瞬間飛び出る凄まじいエネルギーだけど、目の前の肉は笑っています。

笑いながらそのエネルギーをもっと出しなさいと言っているようです。

私にとって最高の学びの時間です。


鬼面、夜叉のようにいきり立ってエネルギーを出します。

ああ、セミナー会場です。

どんなに出しても出しても温もりの中に吸収されていきます。

喜びへ帰りたい私自身が私の温もりの中へ帰っていきます


ああ、これが肉を持って学ぶ幸せなんだと思います。


中心棒の確立があるから、

どんなに凄まじいエネルギーと対面しても、

私は私の道を見失わない、道を踏み外すことはない、

むしろ、喜んで喜んで今の肉ある間のお勉強を進めていけることがありがたいです。


愛、優しさ、喜び、本当の自分の世界に生きている、

凄まじいエネルギーを確認すればするほどにその確信が深く強くなっていきます。


狂い続けてきた自分の世界を つぶさに感じられる今があるから、

250年後の三次元最終のお勉強がより一層密度を増してくるのです。


次元移行、大きな意識の流れの中の仕事を果たしていきましょう。

 

2094) 

 

愛へ帰る道に一歩を踏み出す、この一歩を踏み出す難しさを知りましょう。


着実な一歩は次の一歩を前に出していきます。

この感覚を自分の中で体験していけばと思います。


何のために今世この世に出てきたのか、

そして何のために学びに触れたのか、

しっかりと自分の中で確認してください。


私は宇宙を思う瞑想をしましょうと呼びかけています。

異語を発してくださいと勧めています。


どうぞ、この2点を励行してください。

心で色々と分かってきます。

分かってくるというのは、響いてくるということです。


もちろん、ああ間違ってきた、何もかも間違ってきたと、

心に自然と上がってきます。

そして、どんなに自分に対して冷たかったか、

冷酷そのものだったか、手に取るように分かります。


そして、見て聞いて という生活の中です。

瞬時に エネルギーが飛び出ます。

けれど、瞑想を重ね、異語で語り合う時間を重ねていけば、

そのエネルギーの質の変化に気付くはずです。

 

凄まじいエネルギーだけど、ジメッとしていない、心の底から出せることが嬉しい、

出すことにお手伝いしてくれる肉にありがとうの思いが同時に出る、

そしてその凄まじい自分とともに思う喜び、思える喜びを味わえる、

その他、色々なことに気付けるし、

愚かな肉だけれど、肉があってこそ学べるんだとしみじみ思えます。


そうして肉の時間を過ごしていければそれでいいではないですか。

 

肉を喜ばせて楽しませて、それで終わりの空しい時間を積み重ねてきたから、

今世この世に出てきて、学びに触れたこと、最高に幸せだと思えるでしょう。

 

2093) 

 

学びに繋がったそれぞれみんな、今の環境の中で悪戦苦闘しています。

 

自分の中に真っ暗な爆弾を抱えているということを、

生活の中で知り得る、これはすごいことです。

すごいこと、それはもちろん喜びです。

愛ゆえに、愛の自分に帰っていきましょうということで、

自ら設定してきた環境です。


ということなんですが、これを心から分かることは難しいです。

誰しも肉は穏やかに何事もなく暮らしていきたいという欲があります。

その思いとは裏腹な状況に 自らいざなっていくなんてと、

肉は頭は 全く理解できません。 

 

それでもその中で思いを向けてみてください。

田池留吉、アルバートと思いを向けてみてください。

心は反応します。

ともに歩いていきます、生きていきますと

心から上がってくる自分の思いを固く固く信じて、

喜びでただありがとうございますと今を受けていきましょう。


三次元最終のお勉強に自分を繋ぎ、

必ず次元を超えていこうと一歩を踏み出していきましょう。

 

2092)

 

 田池留吉、アルバートの波動の中に全部託して、

そして今、ゆったりと思う喜びの時間を堪能してください。


絶好の機会です。

激動の時間が待っています。

 

心を決めて心の針を向けて合わせて、

ただただ思う喜び、思える喜びの時間を持つようにしてください。


肉は何ほどのものでもありません。

肉でできることは微々たるものです。

肉では何もできないことを、

自分の中の意識の世界を進むことによって確認してください。


ともに帰ることを約束してきたんです。

思い出してください。

 

あなたの中の宇宙、苦しみ彷徨い続けてきた自分自身をしっかりと抱えて、

そしてともに帰っていけることを今、今の肉の持っている間に知ってください。


次元移行という意識の流れ、あなたの心に響いてきましたか。

 

意識の流れに乗って、限りなく続いていく歩みをありがとうと互いに伝え合える、

その喜びと幸せを共有できる現実を心に感じ、肉を持つ時間、大切に大切にいていきましょう。

 

いずれ遅かれ早かれ、肉との別れはやってきます。

ありがとうございました と心から言える自分達でありましょう。

 

2091) 

 

間違っていますとはっきりと示されています。

生きていく方向、心を向けてく方向が 間違っていることを、

様々な現象を通して 自らに伝えています。

伝えているのは 私達自身です。

私達の中の 本当の自分の世界です。


けれど、みんな本当の自分を 忘れ去って捨て去ったから、それを知りません。

ずうっと知らないまま 今の今までやってきました。


目の前に展開する出来事に、その都度その都度 
心を揺らされて、 

解決策を模索して、とりあえずここを乗り切っていこうというところに 落ち着いていきます。

もちろんそれは根本的な解決ではありません。

しかし、それもまた今のままでは分かるはずもありません。


必然的に、私達は自分を追い込んでいきます。

それがこれからの時間に用意されている現象です。

一筋縄ではいきません。

悪戦苦闘する中、明るい未来など開いていきません。

徹底的に疲弊していく心を抱えての転生が待っています。


形の世界の総崩れ。

 

愛へ、愛へと動き始めた 意識の世界、

宇宙に思いを 向けていけばいくほどに、

その現象が 強烈なものになっていきます。

 

意識の流れからのメッセージを 忠実に着実に遂行する、 

愛へ愛へと動き始めたということはそういうことです。

 

2090)

 

 コロナウイルスは 

自然に帰れ とメッセージを発しています。

 

私達は何をするためにこの世に生まれてきたのか、

自分とはいったいどんな存在か、

自分の中に追求していくために生まれてきたのではないのでしょうか。


どこでどう間違ったのか、自分の本来の姿を見失い、

肉という形ある自分の幸せ、繁栄ばかりを願ってきました。

 


豊さ、快適、利便性満載の生活空間に身を置き、

さらに肉を楽しませ喜ばせそれぞれの人生を閉じていく、

それが本当の喜び幸せな人生ではないと、

これから 益々色々な現象を通して私達にはっきりと示されていきます。


コロナウイルスはその一例です。

 

一人の人間として本当の意味で生きていくために、

いったい何が必要なのかということを伝えてくれています。


自然に帰れ、自分の中に帰っていこう、

生まれてきた本来の意味を しっかりと自分の中に 思い起こしていこう、

そうコロナウイルスは 伝え続けています。


三次元最終時期を目前にして 意識の流れはさらに仕事をしていきます。


それが意識の世界の計画だからです。

変えることも止めることもできません。

 

私達の意識を本来の意識の世界へ転回していくだけ、

それのみが、自らを救うのです。

 

救うというか、本当の自分の世界へ帰っていく道があるだけです。

肉という 狭い狭い中から 飛び出していかない限り、

苦しみは続きます。

 

 

2089)

 

 真っ暗闇のドロドロの中から這い上がってきた私達です。

そんな私達が、自分の中をきちんと定めるには、

つまり揺るぎない中心棒を打ち立てるには、

何もかもかなぐり捨てて学んでいく一定時期がそれぞれに必要だと私は思っています。

 

何もかもかなぐり捨てて学ぶには

それ相当のエネルギーが必要です。

 

体力、気力の充実が求められます。

私は、それをそれぞれの旬だと表現してきました。

その旬の時期、その人にとっての適時、そこに今世のお勉強の完成度が

かかっているのではないか、私はそういうふうに思ってきました。

 

ダラダラと学ぶのではなくて、

濃密な濃厚な学びの時間を体験して心を決める、

それでいいんだと思います。

 

私は田池留吉の肉がある間に、濃密な濃厚な学びの時間をいただき

心を決めることができたから幸せ者だと言えます。


学びと出会う、つまりそれはアルバートの波動と出会うということだったと、

田池留吉という意識の世界をその肉を通して学ばせていただいた私の結論です。

 

その結果を引っ提げて、250年後、300年後の最終時期のお勉強だと明確に心に伝わってきます。

もちろん、肉は愚か、愚か過ぎることを、十二分に踏まえていかなければなりません。

律するというより、自分の中の思いを完遂するために、それは必要不可欠のことです。


あなたの学びの道筋はどうでしょうか。

いずれにしましても、賽は投げられたのです。

意識の流れに乗るか、濁流のままでいるかということでしょう。

 

 

2088)

 

 見ていく方向を変えていけば、同じ風景であっても心に響いてくるものが違ってきます。

見ていく方向、つまり生きていく方向というのはその人の基盤です。

同じものを見て聞いて体験しても、基盤が違えば全く違います


肉、形を見れば、つまり表面的に見れば同じようでも、中身が違うということになるでしょう。

中身第一にしていきましょう。建前、飾りはいいんです。

 

心が意識の流れを感じているか、

その流れに沿って生きていこうとしているのか、

問われるのはそこです。


肉を持って肉の中にありながら、意識の流れ、本当の自分の思いに沿って

生きていこうとする唯一大切な喜びの時間としてください。


今世、生まれてきた意義を大いに感じ、

次元移行を果たしていくという大仕事に取り掛かってください。


今世から始まります。

待ちに待った思いが 見事実現できるかどうか、

異語を語りながら 思いを向けてみてください。

 

 

2087) 

 

学びの友からのメールです。一読ください。

 


異語を語る。異語で語る。


ラストチャンスです。ラストチャンスが巡ってきた。

異語を語れば語るほどこの思いが心に響き溢れてくる。

自分の為に生きていきたい、この思いが日々繰り返す。


異語を語れば語るほど、醜くて厳しくて狂気の自分の叫びが次から次に突き上げてくる。

自ら呪縛のエネルギーを巻き付けた自分が飛び出して来る。

戦いのエネルギーで作り上げた支配と破壊と殺戮の思いが次から次に突き上げてくる。

その片方で、私の心の中はどんどん軽くなって来る。

自分の中の重たい重たい思いが消えていく。異語の世界は凄い。

握りしめていた思いがはっきりと見えてくると同時に、私の中からそれが消えていく。

異語の世界は 田池留吉、アルバート、母なる宇宙に向かって

ただただ喜びて突き進んで行くのを感じてきた。何もいらなかったんです。

何も必要としなかったんです。だからすべてが崩壊していくのだと思える。

自分の意識の世界が作り出した世界の崩壊です。崩れていくんです。

疲れ果ててもう何もいらないと握っていた全てを離していくんです。

崩れていくことは喜びでした。喜びです。


戦って戦って頂点に立っても空しい悲しいだけでした。

戦いに明け暮れて勝利した瞬間に自分を守る生き方しかできない。

それが苦しかった。守る思いの凄まじさ、独占する思いと繋がっていた。

寂しい思いと繋がっていた。執着する思いの凄まじさ、今、心に溢れてくる。

始めからこの異語の世界に生きていたのに。

過去世の自分の全てとともに、この思いが流れていく。

全ての意識に異語は流れていく。肉の思いで遮っていた。

肉の思いは、神、金、祈りの世界でした。


自分の心に蓋をして自分の思いを遮っていたことを気付かせてくれている異語の世界です。 


全てに平等の意識の世界です。

異語の世界、異語のリズムの中に委ねていけることが嬉しいです。


ゼロ歳の私、子宮の中の私、大自然の中で生きている私だった。

生きることも喜び、死んでも喜び、肉には執着の思いはない。

愛犬からも学びました。愛犬は、ありがとう、さようならの世界に生きていた。

人間もそうでした。同じでした。


2085のホームページ、

嬉しくて嬉しくて嬉しくて、ホームページだけでもう何もいらない。

ともに突き進んで行く波動の世界です。厳しいけれど優しいです。


田池留吉を静かに思う。静かな中で思う。異語か溢れてくる。

異語を語れることか嬉しい。異語て語れることが幸せ。

この肉があるから今がある。このようなチャンスは今しかない。だから今なのだ。

異語とともに生き、異語とともに死んでいけばいい。

どのような現象も異語を語れば語るほど、

自分の意識の世界が、現象化していると受け止められる。

間違って間違って間違い続けた自分の意識の世界が

形となって私達の目の前に今現象化している。

異語を語ることの凄さ、異語を語れることの凄さ、崩壊に繋がっていた。


こんなにも愚かなのか、こんなにも欲深いのか、

こんなにも傲慢で欲深い生き方だったのか、

金、神、祈りの世界の中に固まっていた全てのエネルギーを今、

目の前に肉を本物として築き上げた その全ての崩壊の現象化でした。


心は叫ぶ、救えないのか、なぜ救わない、その叫びに異語とともに突き上げてくる思い。

天変地異は愛です。愛でしたの思いです。


肉があることに感謝です。間違ってこの肉を使ってきました。

心の向け先を間違えました。外に外に心を向け生きてきたことが間違いでした。

私は私を間違えました。本当の私を捨ててしまったからです。溢れてくる思いです。


異語とともにこの思いが溢れてきます。

心が軽くなればなるほど、ありがとう、ありがとう、

全てにありがとうの思いが自分の中に広がっていく。


2085のホームページ。


「間違い続けてきた自分達にもラストチャンスと言えるチャンスが巡ってきました。

どうぞ、この千載一遇のチャンスを見事生かして、本来あるべき軌道に自分を乗せて、

そして、どこまでも限りなく続いていく世界に羽ばたいてまいりましょう。」


瞑想の中で、異語を語れば語るほど

軽やかに軽やかに羽ばたいている感覚の中に私は生きている。

肉からポーンと飛び出すチャンス、飛び出せるチャンスは本当に自分の心次第でした。

肉があることに感謝です。自分に肉を持たせてくれた思いに懺悔です。

ありがとうの思いは異語とともにです。

 

2086)

 

 自分の 心次第で どんどん道が 見えてくる、

学びの おもしろいところです。


元々広い広い限りなく広い世界にある自分なんだから、

ポーンと飛び出せば、ああここが私の本当の居場所なんだと分かります。


けれど哀しいかな、肉を持っている以上、

すぐにその目は耳はどこまでも広がっていく世界から自分を遠ざけていきます。

それは確かにそうですが、だからこそ自分の愚かさがつぶさに分かって、

肉という形の世界がいかに間違っているか、

そこには明るい未来など存在しないと感じます。


形の世界に思いを寄せて傾けていっても、

所詮は 儚(はかな)く 消えていく世界だと、

もうすでにそれぞれの心に知っておられると思います。


あなたの口から異語が飛び出る、ずうっと異語で語っている、この状態をどう思いますか。 

 なぜ異語が出るんですか。

なぜ異語を語れば語るほど、自分は肉の中にあるのではないと感じるんですか。


この体験がまだない人には申し訳ありませんが、ご自分がそうなられたら分かります。

宇宙からやってきた、地球という星に降り立った、

どんな思いで、色々と自分の中に響いてくるんです。

理屈ではありません。説明などできません。

理路整然と言えないからそんなのまやかしだと言わないでください。

あなたの心は知っています。

意識のあなたは知っています。

学びを 肉でとらえないでください。

 

2085) 

 

自分の中を見る、つまり自分の使ってきた思い、流してきたエネルギー、

肉、形を本物として喜びと幸せを求めてきた心、それらを自分の中で確認して、

何を間違えてきたのか、なぜ間違えてきたのか、

生まれてきた本当の意味は何なのか

心で知っていかない限り、苦しみは続きます。


喜びと幸せを感じても 苦しみの中では つかの間の喜びと幸せにしか過ぎません。 

苦しみの中では 本物とは出会えません。


様々な現象を通して学んでまいりましょう。

愚かな愚か過ぎる私達人間の実態

さらに、さらに明らかになっていきます。


全部自分達のことです。

本当の自分を捨て去り忘れ去り、欲の塊となって生きてきた私達のことです。


けれど、間違い続けてきた自分達にもラストチャンスと言えるチャンスか巡ってきました。

どうぞ、この千載一遇のチャンスを見事活かして、

本来あるべき軌道に自分を乗せて、

そしてどこまでも限りなく続いていく世界に羽ばたいてまいりましょう。

 

2084)

 

 肉、形でない私達に一本の道が示されています。


「嬉しい。ありがとう。この道を真っ直ぐに歩いていけばいいですね。」

 

「いつもいつも、そう伝えています。私はあなたといます。

いついかなる時もあなたとともにあります。私はそれを知っています。

あなたも知っているはずです。

だから、私を思えば ただただ 何とも言えない喜び、幸せ、安らぎを感じてるんです。

広がっていく どこまでも広がっていく あなたの世界、

そして私の世界、それを私はあなたにお伝えしました。


私に心を向けていくだけです。

私はあなた、あなたは私、ひとつ。

そんな中にいると知っているあなた、 

本当のあなただけが真実です。

ともに生きていく喜び、ともにある喜びです。

いつもいついかなる時もその喜びの中にあります。」


今世、肉を用意して学ばせていただいたこと、本当に感謝しかありません。

自分を愛へ戻していく、その道をようやく自分の中に感じた今世でした。


私の、私の意識の世界、宇宙は動き始めています

愛へ、愛へ、愛へと。

愛へ帰ろうと確かに動き始めました。

 

2083)

 

 何を選び、どう生きていくか、

それはそれぞれの問題です。

 

学びに繋がり、学んできた時間がそれぞれにあります。

学びに関する資料も充分にあります。

 

あとはそれをどう活用していくかでしょう。

本気になって自分の生きていく方向を見極めていこうとする思いが大切です。


生半可な思いのままでは、愛に帰ることはできないということです。


生半可な思い、それは心に握った他力の世界をそのままにしてはという意味です。

どんなに苦しい中から這い上がってきたか、あなたも自分の心で感じておられると思います。


肉の自分だけが自分ではない、はっきりとしっかりと心に分かって、

そしてその中で、どう生きていくのか、何を思っていくのか、本当に個々の問題です。

個々の問題ですが、それとは関係なく意識の流れは仕事をします、しています。


愛へ帰る意識の流れの中で、ともに喜びと幸せ、安らぎを味わっていきましょう。

愛へ帰る、元あったところへ帰る道しかありません。

あとは全部、偽物、苦しみの世界です。

 

2082) 

 

長かった、本当に長かった。

けれど、こうして私は本当の自分のところへ帰る道を知りました。

 

長かったそして苦しかったけれど、やっと、やっとです。

苦しみの中から這い上がってきた自分をやっと、やっと、愛しく思える自分に出会えました。


250年に至る激動の時。

心で受けていきましょう。

指し示された一筋の道。

思いを向けて、集結の時を待ちます。


「いざ行かん。ともに行こう。ともに生きていこう。」


力強い呼び掛けです。

あなたの心に届く呼び掛けに必ず、必ず、針を合わせていけるように。


肉を纏ってきた私達。

その纏いを丁寧にはがして軽く軽く飛び立てるようにしてまいりましょう。

 

◆2081)

 

 「今世、伝えるべきものはすべてお伝えしました。

あとは250年後の最終のお勉強を経て、

予定通り計画通りに意識の流れの仕事を果たしていく、そういうことです。」


心に伝えていただいたこのメッセージ通り、私は私の学びを進めていけばいいだけです。

あなたもそうです。みんなそうです。幸せではないですか。


道は指し示されているのです。

その方向に自分を向けていけばというところまで来ています。


みんなでともに帰りましょう。

次元を超えてさらなる意識の世界へ、

純粋さを増した意識の世界へ進んでいきましょう。


肉、形の世界とはさようならです。

ありがとう、これまでありがとう、本当にありがとう、

そんな思いで、ひとつひとつ自分から離していってください。


あと250年、300年。

ようやくここまで辿り着いた、この思いは決して消え去るものではありません。


「ともに生きていこう。ともにあります。」

波動から伝わってくるものに響き合って、私達は帰ります。

 

2080)

 

 瞑想をしていけば分かります。

正しい瞑想をしていけば分かります。

 

損得、駆け引き、利害関係、上下関係、そんなもの取っ払ってください。


私達はそんな仲間ではないんです。

もちろん、私の言うところの仲間とは、

本当にこの道をただひたすらに 愛へ帰るこの道を突き進んでいく、

突き進んでいこうとしている思いを指します。


肉の誰それではなく、本当に心にアルバートを呼びたかった、

母なる宇宙を目指してすさまじいエネルギーとともに生きていく

喜び、幸せにようやく気付き始めている、

そういう思いの仲間がいることに、私は私の心はただただ嬉しいです。


今世、肉を持ってそんな仲間達と交差しました。

そして、私は250年後、肉を携えて再びこの交差の喜びと幸せを感じさせていただきます。


お互い肉を持って自分の愚かさを嫌というほど知る局面、最終局面を用意しています。

「アルバート、ぶっ殺してやる。」

喜びの雄叫びで250年後が始まります。

ただただ嬉しい。待っていてください。

アルバート、お前の目を真正面から見る瞬間をありがとう。

2079)

 

 私は 何をするために、何しにこの世に出てきたのか、

その答えが 今世 明確となりました。

目的達成のために時間をそしてエネルギーを使っていこうとする思い、それも心で知りました。 


今世は生きていくためのお金を稼ぐことに時間とエネルギーを割く必要がすでになく、

自分に残された肉持つ時間、

中に蓄えてきた凄まじいエネルギーと向き合う環境を用意しています。


凄まじいエネルギーを受けてくれている肉体細胞思い、

そして、捨て去った宇宙へあの宇宙へ帰ることを思い、日々何とか暮らしています。


自分を肉として思うか、自分に肉を用意したと思うかで、生きる道は違ってきます。

濁流の中で自分の心からの決意を断行することは、なかなか困難ですが、

それも目を閉じて思いを向けていけば困難なことではなく、

もう心は決まっている、答えを出していると伝わってくるはずです。


今世を自分の転換期にしましょう、してください。

思いの向け先をいつも確認です。

間違い続け 狂い続けてきた のはみんな同じです。

けれど、そこからいかに自分を転回していくかが突き付けられているのです。


繰り返します。

「自分を肉として思うか、自分に肉を用意したと思うかで、生きる道は違ってきます。」

様々な現象から学んでください。

 

そして、自分を大切にしていきましょう。

自分を見捨てることだけはもう止めていきましょう。

 

2078)

 

 田池留吉という肉の存在は確かに大きい、大きかったです。

そして、250年後のアルバートの肉もまた然りです。

 

けれど、肉の存在に頼ることでは、自分の道が開いていきません。

肉の存在にとらわれていく 他力の心をしっかりと見ることなしには、

真実に向けての歩みの一歩が踏み出せません。


自分の中に確かにある世界、それが田池留吉の世界であるという確信、 

そこをしっかりと学ぶための田池留吉という肉の存在でした。


他力の心のまま学んできた人には、これが分からないと思います。


分かっていくためには、自分の中に戻っていくしかないんです。

 

自分の中にすべての答えがあるとしっかりと思えるように、

自分の中の凄まじいエネルギーとともに学んでまいりましょう。


正しい瞑想です。正しい瞑想の励行です。

 

自ずと心から噴き上がってくるエネルギー、苦しみのエネルギーが

温もりの 喜びのそれに変わっていく様

学べる今を大切にしていきましょう。


間違い続けてきた心、間違い続けてきた自分に、

待っていますと伝えてくれている波動をしっかりと感じてください。

 

2077) 

 

元々幸せだった、喜びだった、

これは他力、肉の基盤からは到底分からないことでした。

肉基盤の心は、欲いっぱいの心です。

 

ないものねだり、あってもあってもこれでいいということはない、

これをもう少しあれをもっと、次から次へと欲の思いは膨れ上がっていきます。

そして、その状態が異常だなんてことは全く分かりません。

私達の心は異常な中で麻痺してしまっている状態が長く続いてきたということです。

その中にいては麻痺しているということが分からないから、

自分達は異常だなんて決して思えません。

 

常識、道徳、規則等から外れた行動をする人達だけを異常人種としてきたのです。

正しいという肉の基準で裁いてきただけのことです。


正しく生きることを全く知らなかった私達です。

それをきちんと踏まえて、自分の行く末、自分の歩みを真摯に思い、

検証していく必要があるのではないでしょうか。


根本が間違ってきた、やはりそこに行き着くと思います。

 

行き着いた人は間違ってきた根本の修正に取りかかるとしましょう。

人はいいんです。まず心で気付いたあなたが始めてください。

 

そうしないと、いつまでも苦しみは続きます。

嬉しい、ありがとうの思いはそんな薄っぺらなものではありません。

心の奥底から凄まじいエネルギーとともに出てくるその思いを感じてまた感じて、

そうしていくことが軌道修正に繋がっていく、そうではありませんか。

 

2076) 

 

行く手を阻むのは自分です。

真っ直ぐにただひたすら真っ直ぐに本当の自分に帰る道を歩いていけばいいのに、

それを阻む思いがまだまだ現存する心の中ではないでしょうか。


その現実を把握し、阻もうとする思いを自分の中で確認していきましょう。


肉、肉、肉という思いがいかに強いか、あなたの心はしっかりと感じているはずです。

しかし臆せずにやはりこの道、愛、本当の自分へ帰る道を歩いていこう、

そこへ戻ってください。

 

心に感じた喜び、温もり、広がり、安らぎを信じて信じて、

今世こそ、本当の自分の思いを裏切らずに生きていこうと、心に持ってください。


欲いっぱいで生きてきた心には、何か確たる証しが欲しいのです。

たとえば、この学びに関して言えば、田池先生から認められるとか、まさかと思いますが、

頑張ってるなとか そんな一言で 舞い上がってしまった人も おられたかもしれません。


形で示される確たるものを追い求めてきた私達です。

そういう思いの中で生き続けてきた心を変えていくことは難しいけれど、

もうすでに自分の中にある、あったということに気付けば、

そのことに心から気付けば、すべてが氷解していき、

行く手を阻むものは自分だ

ということが手に取るように分かります。

 

やっかいなのは、分かるけれど阻む、ここです。

このジレンマに陥っていませんか。

 

2075)

 

 セミナーの開催のない今の時間、どうお過ごしでしょうか。

それぞれに様々な波紋が投げかけられている時間となっているのではないでしょうか。

時間に余裕がある分、心の針の向け先を確認する

各自の学びの時間、大切になさってください。

一人静かに学ぶ、これ基本です


本当に自分は学んできたのだろうか、学んでいるのだろうか、

二足の草鞋を何やかやと都合のいい言い訳で誤魔化しているのではないか、

その他、色々、色々心に上がってくる思いをしっかりと検証しましょう。


そして、思うは田池留吉です

思うは田池留吉ということは、思うは意識の流れです。

 

その流れの中で今、自分はどんな思いを出しているのか、

意識の流れを本当に心で感じているのか、感じられるようになっているのか、

それとも、まずは、今の肉に関係することを優先する思いの中にいるのか、

今世は適当に学び、あとは250年後に任せようと何とも都合のいい理由付けをして、

今の肉の生活を無事終えていこうと思っているところが本音かもしれません。


なかなか肉を切り離していくことは難しいです

しかしながら、一人静かに学ぶ時間と空間に自らをいざない、

基本中の基本、自分は何をするために生まれてきたのかと心に問いかけ、

そこにいつも立ち返り確認して、肉の時間を終えていきましょう。

 

2074)

 

 委ねる、任せる、全部を託す、

その喜びと幸せの世界と出会う、

知っていく喜びと幸せの時間となっていますか。

 

今、ひとつの肉を持ってそういう時間を享受できる、本当にこれはすごいことでした。


肉は愚かだけれど、その肉を通してすごい世界を学んできた

これはそれぞれにとってかけがえのないものだと思います。

それを私は宝物と表現していますが、それもちっぽけな感じがします。

適切な表現がない、何と言っていいか分からない、それが本当のところです。


心で学んでいきましょう。

 

本当の自分が指し示してくれている方向を、

田池留吉の肉を通して学ばせていただいてきた私達です。


欲まみれの私達の心です。

他力のエネルギーを幾重にも巻き付けてきた心には、

なかなか浸透していかないけれど、

それでも、突き上がってくるでしょう、響いてくるでしょう。

微かでもいいんです。

まずはそれを信じて、真摯にやっていきましょう。

 

2073)

 

 乱暴に生きてきた、思いの世界を蹴散らし、思うことを軽んじて生きてきた、そう思います。

形の世界にのみ自分を向け、その中でいかに生きていくか、

そんな算段ばかりをしてきたと思います。


肉で生きてきた哀れな自分、みすぼらしい自分、

温もりの自分の世界、喜びの自分の世界を感じていけばいくほどに、

そんな自分の姿が露わになってきます。


取り繕っても、修復しても、空しくて切なくて何とも言えない思いを感じてきました。

それが地獄の叫びでした。

心の奥底から絞り出すような叫び、思いに重いぶ厚い蓋をして、

自分を閉じ込めてきた、それが肉として生きるということでした。


形を見ればどんなに華やかで煌びやかでも、

本当の自分を捨て去り忘れ去った心の中は、

本当にみすぼらしいものだということ、

それを心から知っていくことが待たれている、そういうことです。


全部自分の心で分かることです。

 

勇気を持って、自分と真向かいになって、

本当の自分とともに生きていく道を選び取っていきましょう。

 

2072)

 

 同じことを繰り返しやっていく、

そういうことを嫌がる人は学びはできません。

何か目新しいことはないかと思う心、思い、学びに対してそういう心、

思いが出てくるならば、その心をしっかりと見ていくことです。


私達人間に求められているのは、たった一点です。

肉から意識への転回です。

肉を本物として生きてきた心を180度転回していく、その一点です。


それをしていくためには、何をするのか、どうすればいいのか、

それを日々の時間の中で繰り返しやっていくということでしょう。


意識の世界を侮っていないでしょうか。

自分の中に田池留吉、アルバートの波動の世界を

軽んじる心の世界がまだまだ現存しているのではないでしょうか。

 

学びについて、こんなこといくらやってもという思いがチラリとでも出るならば、

中は他力の真っ黒なエネルギーが依然として優位にあると判断されていいかと思います。


意識の転回、そう容易くできることではありません。

 

学びは今世始まったばかりです。

肉を本物として生き続けてきた時間からすれば、

そして、私達に残されている猶予時間を思うと、もうお分かりでしょう。

今世肉を持って学ぶ時間、大切になさってください。

あとはそれぞれの選択です。

 

2071)

 

 自分に残された肉を持つ時間。

大切に大切に自分を思い、そして来し方行く末を思ってください。


ゆったりとして静かにゆったりと心を向けていきましょう。

喜びです。温もりです

そんな中にあることを心ゆくまで感じてください。


心から突き上がってくる思いは何でしょうか。

田池、殺してやるでしょうか。いいんです。

田池、くそったれと叫び続けてください。

それでもその叫びといっしょに何とも言えない懐かしい、温かい思いも感じるはずです。


お母さん、心から呼んでいるあなたの思いをしっかりと受け止めてください。

嬉しいですね。

本当に嬉しいですね、母の元に帰ることを思い出すはずです。

素直になって、その思いを自分の中にしっかりと育ててください。


このひとつの肉だけが 私ではない 
と心で感じ始めたならば、

その方向にどんどん進んでください。

 

幸せな自分を、喜びの自分を信じて信じて、

肉にありがとう、肉体細胞にありがとう、ともに生きていきます、

そんな瞑想の時間を重ねてください。


懐かしい、懐かしいあそこへ私は私達は帰るんだ、

今、ひとつの肉を自分に用意して学びに触れたから、

この思い、この波動の世界と出会っているんだ、

自分の中にそうお伝えください。

 

中のあなたは反発もするでしょうが、

それが何とも切ない思いだということも伝えてくるでしょう。

 

2070)

 

 次元移行という意識の流れからのメッセージは着実に動き始めています。

それが目に見えて分かるように、さらに動きを大きくそしてスピードを上げていきます。


おかしい、おかしい、何かがおかしい、どうなっていくんだ、

どうすればいい、そんな暗い真っ暗な思いが噴き上げてきます。

それはエネルギーです。

エネルギーだから仕事をします。

喜びで仕事をします。


喜びで、「そうですよ。おかしいんです。おかしいでしょう。分かりますか。

自分達が間違ってきたことにまず気付いてください。

という仕事をします。


何を間違えてきたのか、なぜ間違えてきたのか、

そこに至るにはまだまだ時間がかかると思いますが、

まずは、自分達人間はおかしい状態なんだ、

狂った状態なんだ、

そういうことにそれぞれの心で気付いてください。」


ということです。


その思いが、さらに目に見える形の世界を根底から崩していきます

逃げ惑っても、安全な場所はありません。

しかし、たった ひとつの 安全安心の場所はあります。

それは どこだかあなたならもう分かっていますね。


その思いを明確にしっかりと心から流してください。

本当の自分のところへ帰る以外にないことを

しっかりとお伝えください。

 

2069)

 

 本物の世界を心で知るためには、偽物の世界は偽物だとお伝えする必要があります。

偽物だから崩れていくのです。

形も何もない状態になっていくのです。

崩壊が苦しみではありません。

崩壊は喜びです。

偽物の世界だと自らに知らしめるように意識は流れていきます。

意識の流れです。

意識の流れからのメッセージです。


愛へ帰ることを約束してきたから、それは忠実に遂行されていきます。

喜びの世界があるだけだからです。

 

喜びに帰ろう、温もりに帰ろう、元あったところへ帰ろう、

呼び掛けいざないは、さらに大きなうねりとなって、心に迫ってきます。

喜びで迫ってきます。

「はい」と答えて「はい」と応じて

そして、私達のふるさとへともに帰っていきましょう。


母なる意識の中へひとつになって溶け込んでいける 喜びと幸せ、安らぎ、

これこそ私達がずっとずっと待ち望んできたことでした。


伝えてくれてありがとう。

田池留吉、アルバート、本当の自分からのメッセージ、

確かに確かに受け取り、私達は必ず帰ってまいります。

 

2068) 

 

肉を持って、その目を通して耳を通して、

そしてその心を通して学んでいくために、

これから さらに形の世界の崩壊が続きます。


何のために肉というものを持っているのか。

そのひとつの役目が、

本物だとして実感ある世界だとしてきた

形の世界が崩壊していく様をしっかりと確認することにあります。


なぜ形の世界は崩れていくのか。

次から次へと、想定内想定外を問わず、総崩れの状態になぜなっていくのか。


頭脳を誇るならば、その理由を解き明かしてください。

そして、修復を試みてください。やがて徒労に終わることを知るでしょう。

いったい自分達は何を守ろうしてきたのか、

そもそも自分という存在、人間とは何、なぜ生きているのか、

素朴ないいえとても大切な疑問が心に上がっては消えていくのです。


その答えを引き出すかのように、

形の世界はどんどん崩れていきます。

なす術もなく呆然と立ち尽くすという表現がぴったりの状態が

世界各地、地球上で幾度となく繰り返されます。


どうぞ、何度かの転生があるならば、

それをしっかりとその目で耳で身体で体験して、

崩れていく中で、意識が薄れていく中で何を思うか思えるか、

そのお勉強に取り組んでください。

くださいというよりも そうなっていくと 私の心には響いてきます。

 

2067) 

 

無駄なものは何ひとつありません。

そういうふうに日常を過ごし、そしていつも自分の中に戻っていく習慣をつけましょう。


私達はどこへ行くのか。どこへも行きません。

生きても死んでも自分の世界にいるだけです。

 

ただ その世界がどんな世界なのか、生きている間に、

つまり肉を持っている間にしっかりと学び、知り、

本来の世界へ戻していこうとする道

自分を乗せていこうとする生き方を選び取っていけるかで、

自分の世界が全く違ってきます。


本当の自分を思う喜び、思える喜びを確立して、

そして、肉とのお別れをしていきましょう。

自分にひとつの肉を持たせた本当の思い

しっかりと応えていける今世であってください。


数限りない母の意識、本当の自分は 

そうしてください、待っていますと いつも呼び掛けてくれています。

 

2066)

 

 現象は喜びです。

どんな現象も無駄なものはありません。

 

色々なことがあって、そこから自分の思いを見ていくことを学んできた私達とって、

今、肉を持っている今、心揺らされる現象は本当に愚かな自分達にとって

計り知れないほどの優しさ、温もり、愛です。


自分の心で受けて、そして自分の本来あるべき姿を取り戻し、

生きていく方向、歩んでいく方向をきちんと定めていきましょう。


本当の自分が待っています。心から待っています。

信じて信じて待っています。応えていきましょう。

 

本当の姿を自分の中に復活させ

そしてともに生きていく喜びと幸せを現実のものとしてまいりましょう。


意識の流れです。

大いなる意識の流れ、それを伝えていただいた私達にできることは、

自分に本当の自分に目覚めていきなさいというメッセージをしっかりと心で受け止め、

これからの時を喜びで通過していくことです。


淀みなく流れていく意識の流れにしっかりと乗って、

心から心からありがとうと宇宙にお伝えください。


Zoomウェビナー配信予定日、7月11日(土)午後2時

 

 

2065)

 

 崩れていく形の世界にしがみ付いていく、

愚かな本当に愚かな自分達であったことをそれぞれの心で認めていきましょう。


形あるものが現実の世界だとして、

その中で自分の生きる方向、生きる道、

生きがいを見つけようとしてきた、その根本をすべてご破算です。


それができない限り、何をどのように感じようとも

根本、基盤の変わらない中ではどうしようもありません。


形を本物とする基盤のもとで、生きがいを感じ、人生を謳歌していると感じて

喜び人生だとするのは、ちょっと待ってくださいということでしょう。


言葉を連ねても、こういうことはそれぞれの心で知っていくことがなければ、

これもまたどうしようもありません。


それほど形を本物としてきた思いの層は厚いんです。深いんです。

肉基盤でどれだけの時間を過ごしてきたかを思えば、それは納得です。

だからこそ、だからこそ、今世何としてでも、

自分の生きていく方向を180度転回していこうとする兆しを

自分の中に育てていく必要があります。

 

心からそうだと思えたならば、可能な限りそのことを実践していってください。

自分を救い 喜びの自分と出会える方法はそれしかありません。

 

2064)

 

 喜び 人生の構図を 自ら描いてきた、

もう それはすでに明白です。

喜び 人生。 

ああ本当に何が喜びでどういうことが幸せなことなのか、

全く取り違えてきた人生ばかりだったと振り返り、

それでもこうして本当の自分と出会う学び

自らをいざなってきたんだと思えば、もう何も言葉はありません。

言葉で言い尽くせない思いが心に広がっていきます。


世の中がどうなろうと、そしてそこに身を置くこの肉がどうなっても、

そこから思いを切り離していく術を学ばせていただきました。


元あったところへ帰ってきなさいという本当の自分からのメッセージを、

忠実に遂行していくことが喜びと幸せの道だったんだと、

瞑想を重ね心に確信しています。


肉から転回する、意識へと転回する、

たったひとつこれだけでした。


思うは田池留吉一筋の道。

 

道しるべに従って 沿って、自らに目覚めてください。

喜びと幸せの自分達の元へともに帰ってまいりましょう。

 

2063) 

 

みんな自分にひとつの肉を用意して、そしてその肉が生活をする環境を用意して、

自分を知っていこうとしている、自分はエネルギーであり、

そのエネルギーがどんなエネルギーなのかを知っていこうとしている、最高に幸せです。

 

自分を自分で苦しめておいて、

それを全部責任転嫁してきた卑怯者、愚か者の自分を心で分かる、

最高に幸せです。


その幸せをかみしめて、本当の自分へ帰る道、愛へ帰る道に辿り着く、

こんな願ってもない チャンスを 自ら用意してきました。


これから250年、300年に至る三次元最終のお勉強の時間が、

ほぼラストチャンスでしょう。

もちろん、ほぼということだから、いつの日にかチャンスは巡ってくるかもしれませんが、

それは定かではありません。


そんなことよりも、とにかく、今世、本当の自分に帰っていこうとして

生まれてきて学びに繋がった自分を信じて、

肉の時間の終わる瞬間まで 思うは田池留吉を実践していきましょう。

 

自分を本当に信じられる喜びを何度も実感してください。

 

2062)

 

 生きる本当の意味を知り 心で分からなければ、

何度転生を繰り返しても、苦しみから自分を解き放つことはできない、

そう心で知りましたでしょうか。 

 

肉でない自分の世界を肉を持って知る、

愛だからこそ そのチャンスを用意してきたんです。


そのチャンスを悉く潰し、自ら苦しみに落ちていくしかなかったと学んでこられたと思います。


180度方向転換です。

肉でない自分を知っていく方向に、肉を持ってしっかりと歩み出しましょう。

 

自分を救いましょう。

自分を苦しみから解き放しましょう。

それをできるのは自分しかありません。

 

本当の自分に蘇っていく道を知り、その道をひたすらに歩んでいきましょう。

肉は肉の法則にある程度沿って、しかしそれは従。

主は本当の自分、

愛に蘇っていく道と出会い、その道をひたすらに突き進んでいくことにあります。


主がなく、従の生き方ばかりをしてきたから、

本物の喜びと幸せとは無縁だったと、

お互い自分の心で分かっていく今世でありましょう。

 

2061)

 

 エル・ニュース、ああそう言えばありました。

感想出していたんだとすっかりと忘れていました。


思えば、私の学びは田池先生がホームページを立ち上げた頃から、本格的に始まりました。

ホームページによって、私は成長していったと言っても言い過ぎではないと思います。

幸運でした。幸せでした。

ともに歩みともに生きていこうというメッセージ、

思いとともに学んでこれたこと、私の何よりの宝物です。


肉は忘れます。

たくさん、たくさん学ばせていただいたあれもこれもという

当時の細かい記憶は忘却の彼方になっている部分も多々あります。


けれど、意識は記憶しています。

きちんと中は受け取っています。

 

波動の世界に生きてきた事実をしっかりとこれからも心に置き、

愚かな肉に惑わされることなく、

しっかりと自分の思いを切なる思いを遂行していく方向に歩みを進めます。


出会いをありがとう。この一言に尽きるんです。

同時期に肉を持たせていただいたからこそ、千載一遇の出会いがありました。

あと一回、その喜びと幸せを存分に活用して、

意識の流れとともに存在している喜びと幸せを味わい尽くします。

 

2060) 

 

思うは田池留吉一筋の道。

この道を着実に進んでいけば、あなたの心はアルバートを呼びます。

心の底の底から溢れ出てきます。アルバートと出会いたかったと叫びます。


喜びです。

喜びでアルバートを呼んでください。喜びでアルバートを思ってください。


三次元最終時期に合わせて、田池留吉、アルバートの意識の世界が肉を持ってきます。

 

最終のお勉強に思いを馳せるとき、

ようやく、ようやく、やっと、やっと、万感迫る思いが突き上げてくるでしょう。


今世の肉を通して、一足早くその喜びと幸せを学ばせていただきました。


三次元最終時期に合わせて予習をしっかりとしていきましょう。


肉ではそれぞれに色々とあるでしょう。色々と起こってくると思います。

けれど、思うは田池留吉一筋の道を指し示されたんです。

見ていくのはその方向です。

自分を信じる、信じられる喜びと幸せを確立していくように、歩みを進めてください。

 

2059)

 

 学びは頭では分からない、肉では分からない、

何度も何度もこう伝えていただきました。

それでも性懲りもなく、頭で肉で分かっていこうとするその愚かさに、

何時 気付いていくのかということでしょう。


そんなに私達は偉いのでしょうか。

本当のことを知らずに、自分を真っ暗闇の中から救い上げることもできずに、

ほぼ同じような転生を何度繰り返してきたことか。


地獄から出てきて地獄に帰る、

何度も聞いてきた文言です。

 

けれど、肉を持てば余程心を見て、自分の瞬間出すエネルギーを

心で知っていくということがなければ、右から左です。

本当にそれが自分達の現状だとは思えません。


死んだら分かる、これも聞きなれた文言です。

 

けれど、死んでからでは遅い、遅すぎる、どうにもできない、

この危機感もまた今、真に迫ってくるとは言い難いのではないでしょうか。


けれど、それでもです。

厳しい現実を前にしても、それでも自分の中の切なる思いに触れて触れて、

自分の思いをくみ上げていこうとする思いがあることを知ってください。

 

その原動力とはいったい何でしょうか。

それはどなたにもすでに備わっています。

それを信じて、いいえ確信できることが喜びの道、

自分を復活させる喜びの道です。

 

2058) 

 

学びは何を意味しているのか、

自分にとってどんなものなのか、

心で確認するチャンスをそれぞれみんな用意しています。


自分の思いをしっかりと見ましょう。

心を受けていきましょう。

 

どんなことを叫んでいるか、苦しみの奥底から這い上がってきた自分が

今どんな思いを訴えているか、平時ではそんな叫び、思いは巣通りです。


けれど、何か自分の周りで大変なこと、想定外のことが起こってくれば、

否が応でも自分の学びについて思いを寄せます。

何を学んできたのか、

私はいったい何のために生まれてきたのか、

本気になって真剣に思うチャンスを自分に用意します。


そこでしっかりと自分と向かい合い、

今世生まれてきた、産んでいただいた本当の意味を心で知る喜びと出会ってください。

 

形を見れば苦しみ、悲しみ等々かもしれませんが、

そんな局面に立ち会って、ようやく惰性で漫然と学んできた自分を知る場合もあります。

それは自分にとって大きな喜びです。

大きなチャンスです。

 

しっかりとそのチャンスを活用して、

今世、自分に決めてきた予定のコースを遂行していきましょう。

三次元最終に自分を合わせて

自分を学んでいきましょう。

 

2057)

 

 みんなで帰ろう、ともに帰ろう、

自分の中でそう語り合い確認し合える喜びと幸せ、

肉でない世界がどこまでも広がっていきます。


心でしか分からないことです。心で分かることです。


肉、形の世界は確実に崩れていきます。

それは止められない流れです。

どんなに手を尽くしても尽くしきれない、人智の及ぶ範囲を遥かに超え、

どうすることも出来ずに呆然と立ち尽くす、

そんな事態がこの地球上に何度も出現します。


それでも離せないんです。最後の砦、神を離せない愚かな人間の姿です。


自分の外に求めてきた神、その神の実態をそれぞれの心で分かっていく以外に、

自分達を救う手立てはありません。


意識の流れです。

世の中の流れではなく、意識の流れをそれぞれの心の中にしっかりと確認して、

自らの歩みを進めてください。

前に進めてください。喜びで進めてください。


みんなで帰ろう、ともに帰ろう、

大きな流れが意識の流れがうねりを増して、

私達に迫ってきます。受けてください。

そして、ひとつに溶け合っていきましょう。

 

2056)

 

 苦しい転生を積み重ねてきたけれど、

そこから方向転換を自分に促し、ラストスパートです。

もうしっかりと心に届いていると思います。

帰ってきなさいという優しくも厳しい波動の世界に、

しっかりと心で応えていきましょう。

 

肉でない自分の世界を 本当の世界を確立して、

自分を蘇らせていくその喜びと幸せを心に味わい尽くしてください。


待ってくれていました。

信じて待ってくれていた本当の自分に応えていく、それが喜びです。


これまでのたくさんの自分にありがとうです。

自分が自分にありがとうと言える、ただそう言えることが幸せです。


幸せな喜びの自分の世界へ帰っていきましょう。

それには 何も要りません。

 

ただ真っ直ぐに自分の間違いを確認して、

何を間違えてきたのか、なぜ間違えてきたのか、

心で分かればすうっと開けていきます。

 

一本の真っ直ぐの道が心に出てきます。

この道をただこの道を、ともにあるともに生きる喜びと幸せの呼び掛け、

いざないがはっきりと伝わってきます。

 

2055)

 

 宇宙に思いを馳せる、宇宙を思って瞑想、

この時間を自分に用意していることは本当に嬉しい限りです。


宇宙を思いたかった。宇宙と語り合いたかった。

封印してきました。

自分を閉ざして、そして、偽物の世界に没頭していった これまでの転生の時間でした。


心を開いて、そして、どんな闇黒の宇宙でさえも 
ともに帰ることを伝える、

約束してきたことをしっかりと果たす、果たせる今、こんなありがたいことはありません。


これもすべてアルバートの波動の世界と出会ったからです。

しっかりと心に伝えていただいたからです。

あとは、意識の流れに乗っていくことだけを

忠実に真っ直ぐにやっていけばいいということになります。


肉でない自分を感じる、知る、

すごい学びの時間と空間を自分に用意してきたことに、

みんなただただありがとうしかないと思います。


自分を間違えてきたこと、人生を間違ってとらえてきたことを知りましたか。

今はどう思っておられますか。

まずはそこからです。

そこから広がっていく本当の喜びと幸せをしっかりと学んで、

今の肉を置いていきましょう。

 

2054) 

 

形の世界から見ればプラス、マイナスと判断することも、

意識の世界、

自分を学ぶというところからは、みんなもちろんプラスです。


今、自分を学べる、自分の噴射してきたエネルギーを知っていける、

そして、その自分とともに愛の自分を思う、思える、

帰るところに思いを馳せることができる、どれもこれも嬉しいことばかりです。


未熟な肉は、ここがもう少しこうだったらという思いから

なかなか抜け出せないけれど、それもまたよしです。

 

思う、思える喜びと幸せを知った意識の世界からすれば、何のこともありません。


心を解き放つ、色々な縛りから心を自分を解き放してやれる、嬉しい作業です。

掴んだのは自分。握ったのは自分。拘ったのは自分。

その一方で、本来の本当の意味での自由な存在に帰っていこうとしているのも自分。


どちらの自分を信じ生きていけば幸せなのかは、

学んでいる人ならば、頭で理解しています。


ただ、それを心で理解し自分を転回していくことが至難の業です。


難しいけれど決して不可能ではなく、心で本当に理解してくれば、

自ずと自分を転回していく方向に歩んでいくことになります。


何を間違えたのか、なぜ間違ったのか、

五訓にもあるように、自分にいつも問いかけ確認してください。

 

2053)

 

時間は過ぎ去っていきます。一日あっという間に過ぎ去っていきます。


ただし、私達の時間は私達は限りなく続いています。

時間の経過とともに肉は衰え消えていくけれど、

私達は永遠にある存在です。

 

そこのところ、本当に自分の中で切り替えができていれば、

肉を持っている今、どうあるべきか、自ずと心で感じます。

心で感じたものを自分の中で淡々と遂行して、

自分の生きていく方向を確認していく日々でありましょう。


肉を維持するためにするべきことはして、

しかしそれもある程度に留めて、

本来のあるべき生き方を自分の中に確立することに努めていってください。


みんな幸せになりたかったはずです。

本当のことを自分に伝えたいと切望してきたから、

私達は今世生まれてきて学びに繋がったのです。


ともにある喜びと幸せを自分の中で存分に感じてみてください。

感じられる設定はすでに整えられています。

それを充分に活用して最終のお勉強へと自分を繋いでいってください。

 

2052) 

 

しっかりとした中心棒を自分の中に確立すること、これがすべてです。


やがてそれぞれ肉を置いてそれぞれの世界へ戻っていきます。

誰もいません。何もありません。

ただ自分の思いの世界があるだけです。

 

そこでどうするのか、何を思うのか、その現実を今、

肉を持っている今、学んでくださいということです。


肉という実感ある中で学んでいる学びは、

その現実から遠く離れているのではないでしょうか。

肉を持っている今は、肉に逃げることもできるし、肉で誤魔化すこともできます。

その中で学んでいると言っても本当のところどうなんでしょうか。


と言って、恐れおののくことでもないし、心を小さくする必要など全くありません。

そうです、私達の本当の世界は喜びだけです。

どんな自分の世界も受け入れて受け止めてくれている

温かな本当の優しさ、温もり、安らぎの中に生き続けていることを、

しっかりと心で分かっていけばいいのです。

 

肉を持っている今だからこそ学べるんです。

その今を本当に大切にしていきましょう。

 

 

2051) 

 

苦しみの奥底から這い上がってきたことを心で感じていますか。

何としてでも自分に伝えたかったという思いはどうでしょうか。

心の奥底から突き上がってくる叫び、思いを聞いていますか。

もう素直になりましょう。


何のために生まれてきたのか、

何をするためにここにあるのか、

本当にしなければならないのは何か、

本当にしたかったのは何か、

心からの叫び、思いにしっかりと応えて、

喜び幸せの自分を蘇らせていきましょう。


肉のことは程々に、

あと自分にある時間は心も身体もゆったりとして、

自分のために生きてください。


自分のために生きる生き方は決してエゴではないです

 

家族のため、会社のため、社会のため、

肉基盤ではそれが当たり前で立派なことかもしれませんが、

その基盤では本物の世界とは出会えません。

それが分からなくなってしまった私達でした。


基盤を変えて、肉から意識へ基盤を変えて、本物の世界を知っていきましょう。


本物の世界と出会えない限り、喜び幸せの自分と出会えない、

本当の喜び幸せを知り得ない、単純明快です。

 

2050) 

 

肉からの脱却、勇気が要ります。

 

形ある中にあって、それが現実の世界だと信じて微動だにしない流れの中で

この思いを貫いていくのには、それ相当の覚悟、決断、勇気が要ります。


けれど、自分の心で感じ響き渡ってくる波動、エネルギーにはかないません。

すごいです。寄せては返す波。

温もりです。喜びです。

しっかりとその中に抱かれているこの安心感にはかないません。


帰りたい、帰ります、帰ってきなさい、思いがひとつになって、

そしてともにある喜びと幸せが心を埋め尽くしていく、

そんな瞑想の時間を繰り返し持ってください。

持てるように今世の学びの歩みを進めてください。


元々喜びだったのに幸せだったのに

喜びと幸せを追い求めてきた愚かな私達です。

元あったところへ自分を返していく、たったそれだけなのに、

本当に遠い遠い道のりとなりました。

全部自分が選んできたこととはいえ、本当に愚劣の極という表現が浮かんできます。


愚劣の極が己一番と闘ってきた、いいえ、愚劣の極だからこそ、

そういうことを平気で得意げにやってこれたんだと、

自分の来し方をしっかりと確認してください。

 

2049)

 

 意識の流れの前には、一個人の思いなど何もありません。

肉が肉としてどんなに抵抗勢力を噴射しようとも、

意識の流れの中では何の力も発揮できません。

過去、私達はできると豪語してきました。思い続けてきました。


真の波動の世界を知らなかったからです。

 

本当に心で感じ心に響いてくれば、そんなことなど到底できることではないと明確に分かります。


抵抗勢力がいかに愚劣でちっぽけな世界なのか、

形の世界が総崩れの中で、それははっきりと示されていきます。

それでもしがみつきます。

神を恨み呪いながら肉を捨てた山ほどの転生にもかかわらず、神を求めます。


それが肉を本物としてきた人間の実態です。

 

自分達の愚かさを、一日でも早く一人でも多く心で知り分かり、

道を間違えてきたと確認すべきです。

そして、180度生きる方向を変えていく以外に、

自分を救うことはできないと確認です。


もう時間は残されていません。

気付いた人から始めてください。

 

2048)

 

 学びのステージは変わりました。

確実に変わったことをお伝えします。

 


田池留吉の肉が姿を消した時点から、学びのステージは変わったことは明らかでした。


「次元移行に至る意識の流れをしっかりと自分の中に確立しなさい。愛を思う瞑想をしなさい。」


自己確立の道を歩んでください。

次元移行を伝えに来てくれた真実の世界でした。

意識の流れがありますと伝えてくれました。


自分の中の愛に目覚める、自分の中に意識の流れを知る、

もうそれのみを目指して学びの歩みを前に前に進めてください。


過去のお勉強の資料から学ぶことももちろん大切です。

懐かしさとともに、自分は本当に学んできたのだろうかとしっかりと確認するのも大切です。


かけがえのない時間と空間を充分に活かせなかったという反省が上がってきたら、

よりいっそう気を引き締めて学んでください。


懐かしさに浸っている時間は残されていません。

本当にともに生きていくのか、

自分に問いかける様々な現象から真っ直ぐに道を見てください。

 

 

2047) 

 

異語で語り合う、私はこれが今は、

究極的最終的な瞑想だと思っています。


あとは愛を思う瞑想です。

これは一人静かにゆったりと愛を思う時間を持つ、肉を持っている間、

可能な限りそのような時間を持つ、私はそのように思っています。


私は自分が今世、特に今世肉を持ってきた意味を心でしっかりと知っています。

何をしたかったのか、何をすべきなのか、明確な答えをすでに引き出しています。

 

その思いが現象化、形として整っています。

自分の思いをストレートに見せてくれる形の世界です。


宇宙を呼びたかった、宇宙を思いたかった思いが、

アルバートと呼べる思える幸せに出会いました。

それが今世の私でした。

アルバートの波動と出会った衝撃は私の中を貫き、

ようやく長い長い眠りから自らを覚ましたのでした。

肉がどんなに未熟であっても、

アルバートとともに生きていく意識であるということは揺らがないことでした。

 

すべてがその方向を指し示しているんだと瞑想の中で響き伝わってくることを心に抱いて、

地球上での最終のお勉強に臨んでいこうという思いだけを見ていきます。

 

2046)

 

 異語でどんどん語ってください。

 

自分の中の宇宙達との通信、楽しんでください。

帰りたい、帰りたい、本当に帰れるのか、帰るにはどうしたらいい、

そんな思いが、切実なる悲鳴に近い思いが心に響いてくると思います。


「いっしょに帰ろう、今度こそ今度こそ必ず約束を果たすよ、待たせたね、

私もあなたもみんなみんな苦しかった、辛かった、寂しかった、

もう素直になっていこう、何も求めなくていいんだ、このままこのまま、

すうっとお母さんを呼んでいけばいいんだ、思っていけばいいんだ、

ほら、そうしたら、何か伝わってこないか、優しい優しい思いが、お母さんの思いだよ、

帰っておいで、帰ってきなさい、そんな優しい思い、けれど優しいだけじゃない、

はっきりとしっかりと伝えてくれているよね、間違ってきたあなたをしっかりと認めてくださいと。」


こんなふうに、いつもいつも思いを向けていこうと、肉のあなたがまず思ってください。

肉のことはある程度にして、自分の世界、自分の中の宇宙達を思う時間を持ってください。


そこには、懐かしい懐かしいあの田池留吉の意識の世界

肉を通して伝えてくれたあの思いがすうっと包んでくれます。

初めから私はあなたとともにありましたと伝えてくれます。

安心して託してください。

田池留吉、アルバート、そして母なる宇宙と呼べる喜びと幸せ、

安らぎを繰り返し、繰り返し広げていきましょう。


肉を持ったからこそ体験できることです。

その体験、実体験を心に、これからの転生の中で自分を繋いでいってください。

そして、250年後の出会いとまいりましょう。

 

2045) 

 

宇宙、思うだけで嬉しいです。

長年の念願だった思いが、ようやく現実のものとして心に響き広げていけることに、

ただただありがとうです。


待っていましたと 心に寄せてくる たくさんのUFO達。

ともにともに帰れることを伝えてください。

彷徨い続けてきたけれど、苦しみの奥底に沈んできたけれど、

ようやく、母の懐に帰れる喜びと幸せを伝えてください。


安堵の思いに心から喜んでくれるでしょう。

 

間違い続けてきた狂い続けてきた自分を責め落とし込めるのではなく、

勇気を持って力強く前進あるのみです。

みんなみんな自分の心のふるさと、本当の自分の元に帰りたいんです。

その思いを素直にストレートに出して、

肉からの脱却をしていきましょう。

 

2044) 

 

異語は波動です。

学びの友のメールを一読ください。

 


ありがとうございました。漆黒の宇宙から生まれてきました。

真っ黒な宇宙が目の前に広がりました。

そして、「私は間違っていました。」この一言に尽きました。


肉を持ち、自分の間違いに気付いていけること、これほどの幸せはありません。

「お母さん、産んでいただいてありがとうございます。」こう叫んでいました。

そして、懺悔でした。ただただ懺悔でした。

どろどろの、自分が作り上げた真っ暗な世界、その世界に、

そして今世身近に携わってくださっている人たち、

見下げ、攻め、裁き、戦い続けてきた人たち、すべてに懺悔でした。

汚れきった地べたに頭をこすりつけたまま動けません。

でも心は幸せそのものでした。こんな幸せはありません。


これからも日々怠らず焦らず淡々と瞑想を続けていきます。

ありがとうございました。

 

2043)

 

 生きる意味が心で分かった今世の肉は本当に幸せ者です。

どんなにこのことを探し続けてきたか、もうそれはしっかりと心に響き伝わってきます。

よかった、よかった、ありがとう、思いの向け先を知ったことが本当に嬉しいです。


欲いっぱい、無知とエゴで凝り固まってきた心に静かに、ゆったりと思いが流れてきます。

しみ込んでいきます。

この温もりと喜び、安らぎの中に私達はあったんだと、

ようやく今世の出会いからしっかりとそう思える運びとなりました。


何も要らないです。本当に何も要らないです。

必要なものはもうすでに整えられています。

 

250年後の肉は何ひとつ満足なものは持てないけれど、

今世の肉を通して学んだ実績を抱えています。

 

この心ひとつで見事、心に大輪の花を咲かせ、

そして、ともに次元を超えていく偉業を果たします。


宇宙が待っています。

仲間達、本当に長らく待たせました。

ともに生きていこう、そうしっかりと呼び掛けていける喜びと幸せです。

 

2042)

 

 肉を置いていく時がやってくる、現実のこととしてとらえていますか。


死後の自分を思う瞑想をしても、

まだまだ今の肉を置いていくということについては、

どこか思いを逸(そ)らしているところはありませんか。


自分の死を真向かいにとらえて、来し方行く末を思いましょう。

そして、地球という星を思い、私達のふるさと母なる宇宙を思いましょう。


遥か遥か彼方からやってきました。

ともに帰ろうの合言葉を胸に、必ず必ず、次元を超えて私達のふるさとを目指しましょう。


形ある世界の総崩れという時間を経て、

自分の本質、愛へ目覚めていく道筋が示されます。

意識の流れとともに、その道をしっかりと歩んでいける自分達でありましょう。


宇宙、UFO、仲間が待っています。

 

長い長い時を待ちました。待ち侘びています。

肉から意識への転回、

そしてたくさんの仲間達とともに宇宙へ帰る道、

どうぞ、どうぞ、心を向けてください。

 

2041)

 

 たったひとつの真実を目指して、

こうして転生を繰り返してきました。

地球上で肉という形を持ってということを繰り返してきました。


生きる意味が分からなかったです。

 

苦悩に沈む転生の数々。

けれど、どれひとつとして無駄な時間はなかったんだということでした。

自分を粗末に扱ってきました。本当に粗末に扱ってきました。

信じ続け待ち続けてくれていた本当の自分を思うとき、心からそう思います。

肉として肉で生きるということはそういうことでした。

教えていただきました。伝えていただきました。

肉を持った真実の波動の世界を通して自分に教え伝えた今世の時間はすごい時間でした。


肉は相変わらずに愚かですが、

けれど、こうして本当の自分へ、

愛へ帰る道を自分に指し示した事実をしっかりと自分の中に温めて広げて、

私は私達は愛、私達のふるさと母なる宇宙へ帰ります。


思い出そう、約束。

本当に思い出して、自分との約束を果たしてください。

 

2040) 

 

ともにともに帰ろう〜、ふるさとの歌、歌っていますか。


瞑想が習慣化されていると思いますが、

どうぞ、このふるさとの歌を歌うことも生活の中に取り入れてください。


私は朝、半身浴のときに歌っています。

ふるさとのメロディに乗せて、異語から始まって口ずさんでいます。

愛の円盤を浴槽に沈めて、ふるさとの歌を歌う、ずっと続いています。


昔は、犬の散歩のときに、よく異語で歌っていました。幸せのひとときでした。


田池留吉の肉を通して、今世アルバートの波動を伝えていただきました。

出会いたくて、出会いたくて、その思いが本当に現実のものとなった今世の時間でした。


間違い続け狂い続けてきた宇宙の意識です。

けれど、今の肉を通してその宇宙に思いを向ける、宇宙を思っていけることが、

本当に嬉しくてありがたくて、もう何と表現していいか分からない学びの時間を

いただきました、いただいています。

 

本当に出会いたかった、宇宙の果てから、今ここにはせ参じ、

そして奇跡と言っていい出会いを持たせていただきました。

ありがとう、よく出会ってくれました、

そう返ってくる思いに、ただただありがとうしかありません。

 

2039)

 

 心から突き上がってくる思い、アルバートと出会いたかった

この思いは本当に強かったです。

意識の流れはアルバートとともに、

だから「意識の流れ」の最初の出版の副題は、アルバートとともにでした。


アルバート以外にありませんでした。

アルバートの波動を待ち侘び待ち望んできた宇宙達が一斉に、

その意識の世界に飛び込んでいった、そんな感覚でした。

アルバートと出会いたかった、この思いを引っ提げて、

今の肉を用意してようやく学びに繋がったのでした。


目指すはアルバート。

この思いは250年後の肉に引継ぎました。

今はその250年後の私が、今世の肉を叱咤激励しています。


アルバートと思うことが、アルバートと呼ぶことが呼べることが、

どんなに幸せなことか、喜びなのか、この心は伝えてきます。


私の思いが爆発していく三次元最終のお勉強の時間。

ここに思いを集中して、今世の肉はよたよたしながらも、

自分の予定のコースを歩みますということです。

愚かな肉を持ってきた時間、長い長い気の遠くなるような長い時間、

それももう後僅かで終了というところまで漕ぎつけました。


ようやく、自分の目指す方向が定まった今世の結果を受けて、

愛へ帰る道は限りなく続いていきます。

 

2038)

 

 何か拠りどころとなるものが必要でした。欲しかった。

自分の支えとなっていくもの、

そういうものを神に仏に宇宙のパワーに求めてきた他力の世界

肉を鍛え、肉を高めていく生き方をよしとしてきたのも、まさにその思いの表れでした。

 

そんな他力のエネルギーの中にずっとあったと、

真っ直ぐに伝えてくれたことに対して、

当然最初は反発の思いしか出ませんでした。

何をぬかすかと、闘いのエネルギーだけを噴射し続けました。


当然、闘いのエネルギーに闘いのエネルギーで応戦してくるものと思っていました。

けれど違っていました。拍子抜けでした。腰砕けでした。

闘いのエネルギーをぶつけ合うというのがお定まりのコースだったから、

驚きと戸惑いを隠せませんでした。

ああ、本当にこんな世界があったんだ、信じていきたいけれど、けれど面子がありました。

何とか態勢を整えなければと思っていたのかもしれません。


今思えば、滑稽です。

肉で生きるということは、本当に愚かしいことだったんです。

どう生きていけばいいのか、真実とは何か、

肉を本物とするところからは全く見えてこないと、

はっきりと学ばせていただいた今世でした。

 

こんな はっきりと答えを導き出してくれる学びはありませんでした。


暗い思いが飛び出ても、信じていこうとする自分の思いを全力で信じてください。

暗い真っ暗な思いで自分を見失ってきた

過去とともに、未来とともに 今を生きていきましょう。

 

2037) 

 

ただ思う、そんな時間の積み重ねが何とも言えない幸せです。


ただ思う、田池留吉、アルバート、お母さん、

宇宙、母なる宇宙、愛、UFO、天変地異、250年後、次元移行、言葉は色々です。

 

表現は違うけれど、思いの向け先は同じ、ひとつです。

波動の世界です。


肉を持って、肉でない自分の世界にある自分を思う、思えることが嬉しい。


本当に何も要らないです。

愛であるふるさとへ、自分のふるさとへ帰っていこう、呼び掛けが続きます。

 

みんな愛、すべてが愛、そんな中にある私達だと、

瞑想の中で感じられれば、それは最高に幸せなことでしょう。


ようやく漕ぎ着けたという感があります。

本当にやっと、やっとの思いでという偽らざる思いが繰り返し響いてきます。


みんなそうだと思います。

心を向けていきましょう。

思いを馳せていきましょう。

心に感じ広がっていく波動の中に、ひとつに溶け込んでいくことが、喜び、幸せでした。

何も要らない、そう感じられるこの心があるではないですか。

呼んでください。 田池留吉、そしてアルバートと。


待ち望んできた出会いから250年、300年かけて、

意識の流れは大きな仕事を果たし、さらに流れていきます。

 

2036) 

 

間違って生きてきたことは明白です。

どなたも同じです。

私達みんな自分の本当の姿を捨て去って、

忘れ去って 偽物の自分を自分だとして生きてきたということは 明らかです。


本当の自分を捨て去って、忘れ去って、幸せも喜びも分かるはずはないということ、

こんな簡単で単純なことが分からなくなっていた私達でした。


なぜなのか。

肉の中にどどっと沈み込んでしまった私達だからです。

右を見ても左を見ても周りすべてが肉、肉、肉。

その基盤が違っていたなんてということには、到底思いもしないことだったのです。


形ある世界があまりにも自然で、当たり前で、何の思いもなく、

その中でずっと存在し続けてきたからです。


今も、それぞれの肉を通して学んでいる今でさえも、

本当に心で気付いているかと言えば、それはどうでしょうか。


肉優先、優先というよりも、今世も肉だという思いから吹っ切れることは、

難しいということになるのではないでしょうか。


そんな現状をしっかりと確認して、

それでもこの道、この愛に帰る道、本当の自分の元へ帰る道を歩いていくんだ、

そう心で選び取っていけるように、日々ただただ田池留吉を思う思える瞑想を継続してください。


それぞれに厳しい険しい岐路が待っています。

何時、どんな状況の中でかは分かりませんが、

岐路に差し掛かったとき、もう二度と本当の自分の思いを捨てることのないように、

踏みとどまれるように、日々学んでまいりましょう。


Zoomウェビナー配信予定日、6月13日(土)午後2時

 

2035)

 

 自分に用意してきた肉の時間です。

自分を知るために、苦しみ狂ってきた自分を知るために、

そしてその自分が本当の自分の元へ帰るために用意してきた肉の時間でした。

ようやく、このことが心で胸落ちした今世ではなかったでしょうか。


もう過去と同じ過ちを繰り返してはいけない、もう止めていこう、

私は私を本当の私を知っていくんだ、そんな自分の思いを切なる思いを、

一日も早く強くしっかりと思い起こしてください。


生活をしていくのにお金は必要です。

今の世の中の流れの中に肉を置きながら自分を学んでいくためには、

肉の流れにある程度沿って行く必要があります。

 

それはあくまでも自分の切なる思いを実現するために仕方がないことです。

そういうふうに、自分の中で切り替えが起こっていますか。


何が主で、何が従か、本当に自分の中で明確になっていますでしょうか。

肉のことは必要最低限度に留めて、

今世を自分の歩みの転換期にということを胸に刻み、

軌道を修正する方向に一歩を進めてまいりましょう。

 

2034) 

 

自分が蓄えてきたエネルギーをしっかりと見る、知る、

このことに徹していきましょう。

肉を持ってする仕事とは、

自分を知る、自分のエネルギーを知ることでした。

 

そのエネルギーは、

闘いのエネルギー、破壊のエネルギー、自滅のエネルギー

だと心で知ることでした。


肉を持つ意味を間違えてきた私達だけれど、

ようやく、自分の生きる方向を変えていこうとしています。

 

肉をどのように使っていくのか、

肉は何であるんだということを自分に問いかけて、

人生の本当の意味を心で知ることを選んできました。


本当の人生を生きていこうと苦しみの中から、

苦しみ悩みながらも自分をいざなっているんだということです。


幸せも喜びも温もりも何もかも本物ではなかったことを、心は知っています。

 

消えてなくなる儚いものにどれだけのエネルギーを費やし、しがみ付き、

自分を見失ってきたか、そのやるせなさ、切なさは計り知れません。

 

だからこそ、今世こそという意気込みで生まれてきたことを心で感じ、

今世という時間は、本当にかけがえのない時間だと心で分かっていけるんです。

 

2033)

 

 心のふるさと、愛

思ってください。ただ思ってください。

そして、帰ろうと伝えてください。

帰りたかった、帰りたかった、心の底からの叫びに素直になってください。

今の肉の自分を通して、自分が語ってきていることを喜んで受けてください。

凄まじいエネルギーも、寂しいと固まっているエネルギーも、

みんなみんなともに帰っておいでと伝えてくれています。


肉が肉として肉の中で誤魔化し、紛わすのではなくて、

この心、思いの世界に真正面からしっかりと向かい合うことを始めてください。


語りたいことがあれば、語ってください。

語るということは思いを発するということです。

肉を通して外へ出してあげてください。

ご自宅で現象をするというのは難しいかもしれませんが、異語でどうでしょうか。

頭を介さずにただ口から出るに任せて音を発する、

そうしているうちに心に響いてくるんです。

涙が出てくるかもしれません。思いが突き上がってくるという体験があるでしょう。


日本語で表現すれば、宇宙とかUFOとか、そういう単語が出てくるかもしれません。

とにかく、異語で自分の中と対話する、試みてください。


おそらく、はまっていくと思います。

瞑想をする時間が楽しくなってきます。

お母さんとか、田池留吉とか、アルバートとか、

自然に心は呼んでいる、そんな実体験を重ねてください。

 

2032)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。


どんどんどんどん自分と語れるようになってきました。

瞑想をして、自分と出会い、自分と語る、そんな自己供養が出来るようになってきました。


本当に誰もがみんな自分の心で感じていくことができるんですね。

自分の心で感じ、自分と自分で学んでいくことができる、ああ本当に嬉しいです。

何とも言えない嬉しさを感じます。

そして瞑想がとても優しいです。

いつもいつもお母さんの温もりの中に存在しているようです。


素直に言われたことをやっていくだけ。それだけでよかったんだと学びました。


頭を回す必要も、頑張る必要もなかったんです。

ただただ自分を信じ、学んでいくだけでした。


ありがとうございました。嬉しくて、ご報告させていただきました。

 

 

2031)

 

 意識の世界は限りがありません。

ここまでとか到達点とか、そういうものはありません。

ただ、今世はこれまでの転生とは訳が違います。


肉を用意して、田池留吉の意識の世界とともに

真実の波動を学ぶという設定のもとに集ってきた私達です。

この事実を決して軽く受け取らないでください。

 

もちろん、特別とかというのではなく、

そう設定してきた自分の思いに触れてくださいということです。


今世を転換期にして、必ず自分達のふるさと、

元あったところへ帰っていきましょう。

 

愛に目覚める、大袈裟な表現ではありません。

愛に目覚めるということは、自分の本当の姿、本当の自分を知るということです。


本当の自分を知らずに偽物の自分ばかりを追い求めてきたのがこれまでの転生でした。


愚かなことと一言では済まされません。

その愚かなことを繰り返しやってきて、

ようやく今世の絶好の時を自分に用意してきたことを、

ただただ喜んで 少しでも 自分の歩みを 正しい方向に向けていけるよう、

日々正しい瞑想を励行していきましょう。

 

2030)

 

 どんなことも、どんな状況であっても、

本当に喜びで、ただありがとうございますと受けていけるか

それぞれの実践の中で自分を見ていく学びです。

 

愛の中にあった、愛しかなかった、

自分の心がどんなに叫ぼうが、

これだけが真実のことでした。


そこへ自分を戻す、返す、帰っていく、

今世の肉、環境、時間を使って私達は学びを進めてまいりました。

本当の自分を知っていく、愛である自分に帰っていく道は限りなく続いていきます。


けれど、それにはそれぞれがまず自分の軌道を修正して、

生きていく方向転換を180度していく必要があります。


本来の軌道に自分を乗せて、そしてそこから愛へ帰る道は始まります。

どこまで、ここまで、何もありません。

限りなく続いていく愛へ帰る道を、ただひたすらに歩んでいくことが、

私達の喜び、幸せの道でした。それ以外に道はありませんでした。

 

あるとして 道を見つけようとして、

自ら地獄を見てきた過去からの自分が 必死になって伝えてくれているはずです。


帰りましょう。帰っていきましょう。

肉からの脱却、方向転換、

自らに用意してきたシナリオ通りに、

本当の自分に帰っていきましょう。

 

2029)

 

 学びをするのには体力、気力が必要です。

 

今の自分から、今の母から現実を見て、つくづくそう思います。

学びをするのに年齢は関係ないというのはその通りですが、

肉を持って学ぶ前提からはそうはいきません。


やはり、学びには旬、適時があります。

学ぶべき時、適時を逸すれば、形は学んでいるかのように見えても、中身はなかなかです。

その今世の結果を踏まえて、これからそれぞれの転生が用意されているのだから、

ああもうその転生は本当に大変、厳しい、険しいというのが現実です。

 

けれど、ここで本当に自分の心の声を聞いてください。

真剣に真摯にひたすらに聞いてください。

 

どんな思いで生まれてきたか、そして学びに繋がったか、

やはりそこにしっかりと心を向けて

自分の思いを切なる思いをしっかりと聞いていくことが大切なんだと思います。


心を空にして、難しいけれど、出来得る限り空っぽにして、

ただただひたすらに思いを向けていきましょう。

 

自分のふるさと、喜びと温もりの世界へ帰りたかった、

その思いをしっかりと思い起こし、それにはどう生きていけばいいのか、

肉でない自分を感じ、自分を繋いでいけるよう、真摯に学んでいきましょう。

 

2028)

 

 特別定額給付金の申請、もうお済でしょうか。

すでに振込があった方もあるように聞いています。

私はオンライン申請しましたが、この申請手続き、

郵送をする場合でも、お年を召された方にとっては少々難しい作業のように思います。

たとえば、預金通帳等のコピーの添付が必要です。

コンビニに行けば一枚10円で出来ますが、

お年寄りみんながみんな一人で出来るわけがないと思いませんか。

給付を辞退すれば済むということかもしれませんが、

とにかく書類一枚提出するにしても、若い時とは違って大変です。


余計なことを書いてしまいました。

今回の申請書類は単純ですが、郵便物によっては中身が複雑なものもあります。


こういうことから、思いはやはり学びへとなります。

誰しも年老いていくんだから、明日は我が身のこととして、

体力、気力のまだ残されているうちに、

しっかりと自分の行く末を定めていけるように、

学んでいくことが大事だとひしひしと感じます。


年齢に関係なく、性別に関係なく、素直ということが分からなくなった私達です。

心を空にして真っ直ぐに生きるということが大変難しくなりました。

 

心に蓄えてきた他力の神々。

そのエネルギーにがんじがらめの自分にしてやれることを今こそ真剣に学んで、

自分の行く末を正していきましょう。

 

2027) 

 

綺麗ごとでは済まされない、いい格好をして真実の世界は分からない

躓き転びながらも地べたを這いずり回りながらも学んでいきましょう。


そして、やはりこれだここだ、ここしか自分を生かすところはない、

この道だと自分の中から伝わってきたならば、

それがたとえ微かな思いであっても、声であっても、

それをしっかりと繋いでいく、繋いでいけるように、今世の時間、肉を使ってください。


肉にのみ生きる生き方で本当に幸せになったのか、

何があっても消えない喜びと温もりは感じられたのか、

もうすでに「いいえ」という答えが心に飛び出てきているはずです。


あとはその答えにしっかりと応えていくだけです。

勇気を出して、自分の生きていく方向を180度変えていくだけです。


どんな思いで今世生まれてきたのか、そして学びに繋がったのか、

何度も何度もそこへ戻っていきましょう。

馬鹿の一つ覚えだと言う人もあるでしょうが、私はそうは思いません。

そんなに簡単なことではないからです。

愚直に学びと向き合ってください。

自分と向き合ってください。

 

本当に自分は幸せなのか、大満足の今なのか、

偽物の自分は誤魔化せても、本当の自分はそうはいきません。

絶対に嘘は通用しません

本当の自分はそんなに甘くありません。

 

けれど、だからこそ私達はそこへ帰りたいんです。

帰る以外にないんだと本当はみんな知っています。

正しい瞑想をしましょう。

2026)

 

 道が見えている、本来歩むべき、生きていく道が見えて、

そしてその道を歩んでいる、そう自己評価ができていて、

そこから日々正しい瞑想を遂行して、自分の歩みを確かめていける、

こんな時間を自分に用意していると感じる、これがあなたの今ならば、

これ以上に喜び人生はないと確信があると思います。


肉で持てるだけ持って、上辺だけを飾り付けても、

空しさ寂しさ、いわゆる心の空洞を埋めることはできませんでした。

それはなぜなのか、

こんな簡単なことが分からずに、また何の疑問を抱くこともなく、

肉から自分を解き放せなかった山積みの転生を抱えて、私達は今世を迎えました。


今、その転生の総決算をし始めています。

もちろん、今世だけでは難しいです。

何度かの転生を経て、予定通り250年後に駒を進めていけるよう、

今世は大変な節目のお勉強の時間と言えるでしょう。


愚かな自分にどんどん出会っていきましょう。

愚か過ぎて笑いがこみ上げてくるという感覚であれば、いいのではないでしょうか。


喜んで楽しんで愚劣な自分を知っていけばいいんです。

ただし、それは自分の中で知っていけるように、

学びの基本をきちんと押さえた上でということをお忘れなく。


肉は本当に愚劣でどうしようもないけれど、

ひとたび思いの向け先を合わせていけば、

これまたどうしようもない嬉しくて喜びのすごい世界を感じられます。

肉から意識へ転回がすべてだ、心でひしひしと感じてくるでしょう。

 

2025)

 

 瞑想をして意識の流れを思うとき

もちろん喜びが何とも言えない喜びが、力強い思いとともに広がっていきます。

同時に、大変厳しいです。

厳しくて険しいこれからの時間を伝えてきます。


それでも自分達が用意した道を真っ直ぐに歩いてきなさい、


受け取れるかどうかは、それぞれの問題です。

待っていますという呼び掛け、いざないは絶えず変わりなく波動として流れています。

けれど流れています。

絶えず流れている波動の中に、

喜びと温もりの真実の波動の中に自らをいざなっていきましょう。


肉を持ってする仕事です。

 

それぞれに抵抗勢力を抱えながらも、

それでもこの喜び、温もりに抗えないと心に感じられる瞑想を、

瞑想の時間をしっかりと持って、そして自分を本当に救い上げていきましょう。


闇黒の宇宙達が待っています。

仲間です。

ともに帰ることを約束してきました。

その約束を必ず果たしてください。

 

2024)

 

 肉のことは本当に程々にしましょう。

年齢を重ねていくとは老いていくということです。

そのスピードはある時点を境にして急速にアップします。

脳細胞を含む身体の不調は、学びに対する自分の姿勢を見直す

きっかけになるかと思いますが、それよりも、体力、気力の低下は、

学びをしていこうとする思いを削いでいくというほうが現実でしょう。


年齢、性別に関係なく、学びに触れた人はどなたも、

気付いたその瞬間から生きる方向を変えていける、

それは確かにそうかもしれません、

いいえそうでしょう、ただ現実はかなり難しいけれど。


そもそも、物事には適時というか旬というものがあると私は思っています。

これは学びにも適用されるのではないでしょうか。

その人が学ぶべき時に学ぶべきことをクリアするのに最も適した時期、時間ということです。

時期到来、まさにその時によそ見をしていては、

千載一遇のチャンスを逃したと言ってもいいのかもしれません。


自分達の間違いに、間違った生き方に気付く促しが、これまでの転生だったんです。

そのことがなかなか分からず、根本から間違い続けてきた私達です。

その私達に、残された時間はほんの僅かです。

当然、現象は厳しいものになってきます。


数の問題ではありません。

意識の流れに呼応する意識であるかどうか

が問われてきます。

 

2023)

 

 日々、喜んで生きていく、それは心に思う向け先を確定

できていなければ意味合いが違ってきます。

思いを向ける、元あったところへ思いを向けられるかどうかです。

それにはその元あったところがどこなのか、心で知っていく必要があります。


とっくの昔に捨て去り、忘れ去ったところでした。

けれど、憶えています。

心のふるさと、私達の原点、心は憶えていることを、

今世、学びに触れ知ったはずです。

それをどんどん思い起こし、全く違う道を歩き続けてきたことを確認してください。


これでは幸せなど分かるはずはない、喜び、温もりなど程遠いところで

ずっとひとり苦しみ続けてきたんだということ、

段々に、そして一気に分かってくると思います。


間違えてきました。

道を間違えて生き続けてきたこと、確認です。

そして軌道修正です。

軌道を変えない限り、つまり意識の転回をせずには、

本当のことは何も分からない、自分の心に伝えてきているはずです。

 

その思いに素直になって軌道修正に取りかかってください。


あと300年あっという間の300年です。

 

2022)

 

 限りなく続いていく意識の世界。

この波動の中に生き続けていると、今、心に感じられる今、本当にありがたいです。


持てるものは何もありませんでした。

欲いっぱいの心です、肉で生きていくということは、そういうことでした。


そんなこと全く思いもしませんでした。

形ある世界が影の世界、実在の世界ではないということを、

今世初めて肉を通して伝えていただいて、

ああ自分達は、何も思わないで欲の中に生き続けていたんだ、

無知と欲とエゴの真っ黒なエネルギーを垂れ流してきたんだ、

心で知っていく時間となりました。


帰りたい、自分のふるさとへ、あの母なる宇宙へ帰りたい、帰ろう、帰ります

そんな思いの噴き出しを繰り返し学び、

本当にすごい出会いだったんだと、心に深く感じます。


心で感じ心で知っていくことがなければ、

自分の切なる思いを実現していくことは難しいでしょう。

 

また真っ暗闇の中に沈んでいく道筋に 変わりはないことを知ってください。

肉、形を本物とする思いでは、

自分を明るい解き放たれたところへ連れ出していくことは叶いません。


しっかりと現実を知り、今、知り得る今を喜んで、

ただただひたすらに自分と本当の自分と出会っていきましょう。

 

2021)

 

 肉は世間的には大した肉でないほうがいいです。

平々凡々な肉が丁度いいです。

平々凡々の肉を通して、

限りなく広がっていく意識、波動の世界を感じていける人生、

これってすごいことだと私は思っています。


どんなにしても叶わなかったし、分からなかったことが、

ようやく今の肉を通して現実のものとして心でとらえていける喜びと幸せでした。


愚かな肉だからこそよかったと、今世、初めて思えました。

肉、肉、肉を何とか、この肉で何とかと、

もがき苦しみ続けてききたこれまでのたくさんの歴史があるけれど、

それにもようやく今世を境にして、終止符を打ったという事実。

 

その動かせない事実を心に、限りなく続いていく意識の世界に存在していけることを感じます。


思えば通じる世界に 喜びと幸せを味わい、

いつもいつも ともにいる実感の中にあります。

 

言葉は要らない。思えばいい。

思えば応えてくれる波動。

この波動の世界だけを心にしっかりと抱え存在していくだけです。

 

 

2020)

 

 死に向かって一日、一日が過ぎ去っていきます。

肉を持った私達はいつの日にかその肉を置いていく時がきます。

突然やってくる場合もあります。

思いにそぐわない、まだまだこれからという肉の思いなど関係なくやってくる場合も多々あります。


いつも田池留吉を思い、帰ってきなさいというサインを自分なりに受け取れば、

それに「はい」とだけ答えて、さらに真っ直ぐに思う喜び、

思える喜びの道を歩いていける今なのでしょうか。


学びを片手間でやり過ごし、思いはまだまだ肉、肉、肉の中。

これが現実かもしれません。


自分の現状把握をして、本当に自分を生かす道を歩いているか、

いつも瞑想の中で確認をしていきましょう。


形で示されば実感があります。

けれど本当の世界には形はありません。

心で感じる以外に、心で確かめていく以外に術はありません。


その心とはいったい何なのか、

肉基盤の心で感じる世界は本当にちっぽけな世界だということを、

今、肉を持って瞑想をする時間の中で、それぞれの心で感じ取っていければと思います。


250年後の本番に向けて、出来得る限りの準備をしていきましょう。

今世、今、肉を持っている時間大切になさってください。

 

2019)

 

 あなたは異語を発せますか。

口を動かしてください、音を発してくださいと

セミナー会場で現象のときにお伝えしているかと思います。


異語て何だなんて上から目線で思わないで、口を動かしてください、

音を発してくださいと聞けば、それを実行しましょう。


異語が出ないなんてことはありません。

私達はみんな宇宙からやってきた意識です。

異語はその宇宙のリズム、いわば私達のふるさとです。

心は知っているんです、宇宙のリズムを。


異語を発することにより、

心に響いてくる世界、波動の世界の存在を確認することができます。


肉でなんて分かるはずはありません。

肉で思えばばかばかしいことかもしれませんが、

そう思うあなたは、自分の心の愚かさ

まだまだ気付かれていないのではないでしょうか。


とにかく、異語を出す、異語で思いを語る、

自分の中の夥しい闇黒の宇宙と語る、実践しましょう。

 

2018)

 

 250年、300年に至る次元移行への道は厳しい、

険しいということが真っ先に出てきます。

 

もちろん、喜びが基本です。

基本に喜びがあるから絶対的な信があります。

間違いのない事実です。

次元移行というのは間違のない事実です

 

一足早く心で受け取り、その方向に自分の意識の世界を、自分を乗せていく、

それが真実の意識の世界からの計らいです。


今世の肉を通して学びを進めてきました。

愚かな肉を携えながらも、その愚かな中に自分を沈み込ませないと

約束したその思いを瞑想で確認しながらの日々を送っています。


特に何も要らない。

自分との約束、本当の自分との約束を違うことなく、

ふるさとへ帰る道を歩き続ける、これ以外に何もありません。


肉で、肉を何とか、肉の人生、みんなみんな間違っていました。

ただ、250年後のあと一度肉を持つ時間には、

その間違った思いを起爆剤にして喜びの爆発というシナリオです。


自分で書いてきたシナリオ通りに進んでいくことだけを思っています。

 

心からの願いは、全宇宙の願いだと私は感じています。

真っ暗闇の宇宙総出で、アルバートの宇宙に真向かいになっていく、なっていける、

そしてひとつになって次元を超えていく

ただただありがとうしかありません。

 

2017)

 

 肉を持って学ぶということは本当に難しいけれど、

肉を持ってるから学べるということは確かなことだから、

いつもいつも真摯に素直になって自分を学んでいきましょう。


尤も素直ということがなかなか分からないというのもやっかいですが。

本当に、どれだけの闇のエネルギーをため込んできたか、

しかもそのエネルギーの中意気揚々としてきたことか、

自分の広げてきた世界、エネルギーを知っていけばいくほどに、

あきれるほどにすごいのではないでしょうか。


それでも出会いがありました。

切望してきたことが現実のものとなりました。

それは本当にすごいことです。すごいとしか言えません。


地に落ちた意識。

暗闇の真っ暗闇の奥底の底の底のまだまだずっと奥底を這いずり回ってきた意識。


あと300年。本当に時間は残されていません。

 

2016)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

 


田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思い、宇宙を思う瞑想の中で。


今がある。今があるだけでいい。

今があるから、今があるだけでいいと溢れてくる。異語とともに溢れてくる思いです。


間違って間違って、苦しで悩んで、苦しい原因を全て責任転嫁する。

その繰り返しでしかなかった自分とともに、宇宙を思える今がある。

ゆったりとした時間と空間の中で、田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思い、

宇宙を思うこと、思えることがただただ嬉しいです。異語とともに生きていこう。


私は本当の自分に帰りたい。

宇宙にさ迷うたくさんの意識達とともに、本当の自分に帰りたい。

信じて待っていてくれる。待っていてくれる。本当に待ってくれている。嬉しいです。


今があることに感謝です。私は私を繋いできました。

だから、出会いの全てにありがとうでした。


無駄なことなど何一つとしてなかった。偶然も何一つとしてなかった。

だから今があるのだと素直に思える。


自己選択、自己責任、自業自得の意識の世界は肉にとっては本当に厳しいけれど、

その厳しさがあったから自分の中の本当の優しさに出会えたんです。

自分の中にある本当の優しさを蘇らせていくこの道をただ真っすぐにと溢れてきます。

嬉しいです。だから今がある。だから今なのだ。

だから今しかないと本当の自分からの指差しを感じています。

異語とともに、温かくて、厳しくて、やさしい本当の自分からの指差しを感じている今です。

 

2015)

 

 様々なルートを経て学びに繋がりました。

今世、自分の肉、その環境を通して心を見るという学びに繋がりました。


自分の悩み、当面の問題を何とかしたいとか、大きなパワーを得て自分を認めさせたいとか、

寂しいからこの寂しさ空しさを埋めるためにとか、

その他色々な動機を持って学びに繋がりました


そしてその動機の修正を促され、

自分の中の根深い他力のエネルギーと真向かいになるには、

何が必要なのかということを学ばせていただいて、

肉というものは本当に愚かであり、

本当の自分の世界、愛の前には何もできないんだということを心で知っていくことが、

どんなに幸せで喜びなのかとそれぞれの心で実感されている今でしょうか。


本当に自分のその肉を離すまで、自分の本当に切望してきた思いと出会ってください。

 

幸せになりたかった、本当のことを知りたかった、

その心の奥底をさらに奥底を感じて、そして数知れない自分とともに、

本当に自分の生きる方向を見定めてください。


険しいです。厳しいです。

死ねば自分ひとりの世界が待っています。

 

その中で何を思えるか、今、肉を持っている今、

自分の中で繰り返し確かめてください。

 

思いの向け先が違えば、何もかも違ってきます。

 

2014)

 

 本当の自分に帰る、本当の自分の世界へ帰っていく、

それが私達に指し示されたたったひとつの喜びの道です。


本当の自分の世界には何もないんです。

ただただ喜びと温もりが広がっていく世界です

そんな世界をどうして私達は捨て去ったのでしょうか。


肉、形を本物とする思いがどんなに自分を切り捨ててきたか、

愚弄してきたか、日々繰り返し瞑想の中で感じていきましょう。


ああ、本当に間違ってきました。

間違ってきましたと思いが上がってくるとけれど、

目を開けて日々の生活が始まった瞬間から、

間違ってきた思いを飽きもせずに宇宙に流してしまいます。


その繰り返しでしょう。

それでもそのエネルギーを回収する術を喜びとして学ばせていただいているのも私達です。


自分の中の凄まじいエネルギーを確認すれば、

その瞬間 ふっと思ってください

思う喜びと思える喜びの中に自分をいざなっていきましょう。


そうして肉を離す時がくるまで、本当の意味で自分を学ぶ喜び、

学べる幸せを味わっていきましょう。


目を閉じて思ってください。短時間でもいいんです。

自分の生活の中で、思う喜び、思える喜びを知っていける人生の時間を過ごしてください。

 

2013)

 

 肉があれば、肉のことで色々とあると思います。当然です。

何もかも自分の肉の思い通りにいっていれば、何にも気付けません

聳え立ちの我の意識はそのまま。

 

色々とあるからこそ、学びに触れ心を見ること、

自分の流してきたエネルギーの間違いを

知っていくことが有益となって自分を学んでいけるんです。

 

それでも肉は愚かですから、楽なほうへ楽なほうへ流れていきます。

ああこれさえ、このことさえなければ、

もっと学びに集中できて学びが進むのではないか、

見当違いの思いが出てくるというのが現実ではないでしょうか。


それでももがき苦しみながら、一筋の灯りを目指して自分の予定通りの道を

突き進むこと以外に喜びと幸せはないことを知っていきましょう。


肉、肉で自分を誤魔化し蓋をしても、どうにもならないことを知っていきましょう。


苦しみの奥底の底のまだまだずっと奥底から這い上がってきた意識。

どの程度感じておられるか、定かではありませんが、

そんな意識の世界から復活していくには

並大抵のことではないなあというのが実感だと思います。


けれど、学んできた人は もがき苦しみながら、

もがき苦しんでいるだけではない ということも実感できていると思います。

 

2012) 

 

出会いがあれば別れがある、これは形の世界では当たり前のことであり

そこから人生の色々なシーンが醸し出されていきます。


その中でひとつ、ふたつとたくさんのドラマが展開していきます。

それが人生、人生泣き笑い、分かったような分からないような、

そんな言葉の積み重ねで真っ暗な人生が積み重ねられていきます。


分かったような分からないような、そんなあやふやなものではないと思います、

本当の人生とは。

本当の人生、自分に、本当の自分に

目覚めるためにある人生です。


人生色々と、自分の心を誤魔化すのはもう止めましょう。

人生は一本道です。

愛である自分に目覚めていく時間、それが肉を用意している時間です


間違いだらけの自分、そのたくさんの自分から教えてもらって、

そして本来の正しい自分に蘇っていく、そういう時間を積み重ねていきましょう。


真っ暗な人生を積み重ねてきた私達だけれど、それを一気に崩して、

そして明るく開けた清々しい中に自分を解き放していきましょう。


出会いがあっても別れはありません。

ずっとともにある喜びと幸せの中にあった、そんな私達でした。

あなたの心で知ってください。

 

2011)

 

 一概に私達はないものねだりをする癖があります。

あるものを喜ぶよりも、ないものを欲しがる、

いわば欲いっぱいで生きてきた、そうではありませんか。

少なくとも私はそうです。

田池先生との初対面で喜びが少ないと言われました。

あって当たり前、あることに感謝することを忘れてきた私でした。


あって当たり前からは何も見えてこないことを学んでいます。


欲いっぱい、そう言えば、両手からこぼれ落ちそうなほどにお菓子を持っていても、

片方の手にあるお菓子をあげることをしなかった子供だったと母から聞かされた記憶があります。


そんな私が何も持たずに持てずに生きていく転生を250年後に用意しています。

一瞬の出会いから心の蓋が開き、凄まじいエネルギーとともに

自分の本来生きていく方向に一気に進んでいくというシナリオですが、

それまでは苦しみの淵に沈んだ人生の時間となります。


今世と250年後の肉を持つ僅かな時間が残されていると心はとらえていくか、

僅かな時間しか残されていないととらえていくか、以前はそこのところにこだわっていたけれど、

どうとらえようが、意識の流れの中にあると確信する心にはどちらも喜びなんだと伝わってきます。


本当に待って待って待ち望んできたふるさと、

母なる宇宙へ帰るんだという思いを確認確信できた今。

ようやくここまで来たという感が強いです。

 

2010) 

以前のずっと昔の田池先生のホームページにUFOという項目で掲載があります。

ずっとずっと昔、UFOに思いを向けたいと先生に短いFAXを送ったとき、

その時の先生からの返事は時期尚早だということでしたが、

程なくUFOの項目を設けていただきました。


UFOを含む宇宙に思いを向けることは最初 恐怖しかありませんでした。

けれど、向けたいという好奇心が強く、何とも言えない凄まじいエネルギーを感じながらも、

一方で宇宙がとても懐かしくて私は、私と宇宙は切り離せられないということも感じていました。


宇宙、遥か遥か彼方からやってきた意識、

たくさんの仲間とともにやってきた、そしてああここにこの星に到着したんです。


闘いのエネルギーをため込んできた私達は、

形を纏い、そのエネルギーを散々垂れ流してきました。

 

仲間達と誓い合った約束を嘘のように忘れ、我の宇宙を次々作り続けてきた、

生み出してきた私達の心に、母なる宇宙は遠い遠い存在になってしまいました。


それを思い出させてくれたんです。

田池留吉という意識の世界は、

肉を携えて私達の次元まで下りてきて、

そして肉を通して何度も何度も伝えてくれました。


出会いでした。千載一遇の出会いに懸けてきた心に嘘はありません。

宇宙へ帰ってきなさいというメッセージは今もなおそれぞれの心の中に流れ続けています。

どうぞ聞いてください。受け取ってください。

宇宙に散らばった未だに沈んだままの仲間達とともに、

私達のふるさとへ帰っていこう、心に蘇らせてください。

固く誓い合った約束、どうぞ思い出してください。

 

2009)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

 


突然で申し訳ありませんが、今日のメッセージがとてもうれしかったので、メールしました。


私も、先生からCDをいただきました。

受け取った当初は、特に大きな喜びを感じたというわけではありませんでしたが、

1年間毎日繰り返し聞きました。

そして、一年たったときに、先生にメールをしました。

毎日聞いて、嬉しかったということをお伝えしました。

先生からお返事がきました。


「待っています」とありました。

今でも、そのCDは、一週間か二週間に一回くらいは聞いています。

自分は、全然進歩がないなとか、CDに頼りすぎかなとか、そんな思いも持ちながら、

でも、かけがえのないものなので、聞き直しています。


今回メッセージを読んで、先生からのメールを思い出したのです。


あぁそういえば、一年後に出したメールにお返事をくださったなと。


その、「待っています」が、今自分の中で大きくクローズアップされています。

嬉しいです。本当にうれしいです。


自分の中に田池先生の思いが生きていることを感じます。


自分の中で、肉の思いが岩盤のように立ちはだかっていて、

だからすべて肉でしかとらえられないのですが、

だからこそ、そのCDの中で母親の温もりをもっと心に広げなさいと言われていて、

自分にとっても今もいつも大切な課題であることを感じています。


素直にそう感じられたことが、本当に嬉しかったです。

 

2008) 

 

あなたの意識ですという冊子云々のことを

UTAブックさんのホームページで見ました。

当時を思い出します。

先生から名前を示されて、毎日毎日録音してそして、それを文字起こしして、

先生にメールして、一方、先生はCD作成して、それを封筒に入れて住所を書いて、

大宝の自宅から坂を上がり下りして郵便局へ行かれた、

雨の日もあっただろうし寒い日もあった、暑い日もあった、そういうことを思い出しました。


あなたは仇や疎かにしていませんか。

いただいた当時は嬉しくても、今は家のどこかの隅にひっそりとしているかもしれません。

何だこんなものと軽くあしらった方もいるやもしれません。


あなたの意識ではありませんかという冊子もあります。


どうぞ、自分の学びのあり方をしっかりと検証してみてください。


何を自分は学んできたのか、今、その結果は出ているのか、

どんなことも本当に喜びで受け取れる自分に成長しているのか、

自分と自分の中で学んでいきましょう。


誰も何も救ってはくれません。

けれど、確かに本物の喜びと幸せの自分に蘇っていく道筋は示されています。

その道筋を心で受け取り、心で実行し、そして本当の自分に帰っていきましょう。

 

2007)

 

 私達は今こうして肉を持って、その肉を通して自分の間違いを

知っていけるチャンスに恵まれているけれど、

肉を持てずに闇黒の中に沈み込んだままの意識達が、

仲間がまだまだたくさんいます。


ようやく自分に用意して巡ってきたチャンスです。

本当の意味で活かせているかどうか、ぜひそれぞれに検証なさってください。


何のために自分に肉を持たせたのか、

生きる意味、目的を繰り返し確認です。

 

学びに触れているからといって、自分の予定してきたものを

クリアできるかどうか定かではありません。

それほど肉に溺れてきた、埋もれてきた私達だということをご自覚ください。


肉基準では学んでいないんです。

そうは言っても少しは学んでいると自分に言いたいことも分かります。

そうでないと10年単位で学んできたあの時間は何だったのかということになります。


それでも、肉基準では学んでいないに等しいと伝えてきます。


田池留吉の意識の世界の厳しさは何ら変わりはありません。

けれど本当に温かいです。

 

厳しさは本当の優しさ、本当の世界だから厳しいんだと思います。

肉のなれ合いは一切通用しないことが分かります。

 

2006)

 

 もがき苦しむ自分にもういいよ と伝えることができる今、

なぜいいのかということも伝えることができる今、

こんな今が巡ってくることは奇跡に近いです。

 

どれだけの闇のエネルギーを垂れ流してきたか、

真っ黒に塗りつぶしてきた宇宙。

それでも信じていてくれて待ってくれていた思いに、

何としてでも応えていこうと学びの時間と空間をいただきました、いただいています。


自分にありがとうです。

信じて待っていてくれていた自分にありがとうの思いを伝え、

そしてただ真っ直ぐに前を見て存在していける喜びと幸せを広げていけばいいんだと思います。


何も要らない。もう何もかも整っています。ありがとう。

私は私達は次元を超えてさらなる意識の世界、愛の世界を見ていきます

 

肉に溺れ埋もれてきた中から這い上がり、

そしてやっと、やっと自分のあるべき生き方、方向を見出していけたこと、

このかけがえのない喜びと幸せ、本当にありがとうございます。


Zoomウェビナー配信予定日、5月16日(土)午後2時

 

2005)

 

間違えてきたなあ、生きる意味を、肉持つ意味を間違えてきた

そんな思いの繰り返しの中、今世の肉を通して自分のあるべき生き方、方向を

見定める計らいの中にあることを感じ、よりいっそう間違ってきたという思いが出てきます。


形の世界でどんなに満たされようとも、心は満たされないことを心で知った今世。

なぜ満たされないのかということも心で知りました。


自分が本当に切望してきたことを、

その思いが現実のものとして心に見えている今だからこそなんだと納得です。


肉に生きていました。

肉で持てるものを貪欲に求めてきた、それにはどうすればいいのか、

そこにエネルギーも何もかも注ぎ込んで生きてきた転生の数々でした。

 

清く正しく美しく、とんでもない、

がめつくがめつく  追随を許さず切り捨て 欲いっぱいで生きてきた 転生の山積みです。


けれど、愛へ帰る、自分のふるさとへ帰る道筋にある自分があります。

意識の流れよ、ありがとう。よくぞ出会わせていただきました。

闇黒の宇宙達とともに帰っていける喜びが現実のものとなったことに感謝です。

 

 

2004)

 

人との接触をできるだけ減らし、その距離を一定以上離す、

密な状態を避けるという基本を守りながら、

世の中の流れは自粛緩和の方向に行っています。

経済の停滞を解消しながら医療体制も整えて、

何とか今の窮地を乗り越えていこうとしています。


世の中の流れは流れとして、この今の状態を踏まえつつ、

セミナー開催していくにあたり、

やはり当分の間は特異な形になっていくことは避けられないでしょう。


たとえば、参加人数を100名にして、人との空間を開けて現象をするとか、

そうなった場合、色々と課題も見えてきます。

費用的にはどうなのか、どのように100名決定するのか、

二泊三日の基本のセミナーを一泊二日にして、

100名入れ替えるか、その他色々とあると思います。

具体的な形になってくれば、またNPO法人のほうからお知らせがあると思います。


私個人の意見としては、何もそこまでセミナーの開催を急がなくても、

来年になってもということですが、それはあくまで私個人の思いなので、

具体的な形を示されれば、私はそれを受けていきます。


けれど、それは枝葉のことです。

そんなことよりも、それぞれがそれぞれに決めてきた

自分に目覚める、愛に目覚めるという道を、

今世しっかりと見つけて知って、それを自分のこれからの転生に繋いでいけるように

学びの歩みを着実に進めていっているのか、

その検証はいかほどかということが何よりも大切です。

本末転倒では意味がないということを肝に銘じていきましょう。

 

 

 

2003) 

 

5月10日は母の日でした。

10日放送のサザエさんのように、お母さんありがとうということとは違う意味で、

本当にお母さんありがとうです。


肉の母を通して、自分の凄まじいエネルギーを確認させていただいている昨今、

本当にありがたいです。


こんな肉が自分の目の前にあること自体、すごいとしか言えません。

その肉を通して自分の培ってきたエネルギーが瞬時に分かる、恵まれています。

母を持ち上げる思いはありませんが、すごい肉だと思います。

すごい肉だということは、その意識の世界もすごい、

その意識の世界を牛耳ろうとする自分の中のエネルギーを、

言葉、態度という形となって確認させていただけることが、

私には本当にありがたいことであり、幸せなことです。


母が学びに繋がっているからこそ、

私はこのありがたみ、幸せを受けていけることになっています。整っています。


瞬間的に出るエネルギーがどんなに凄まじくても、私は、思うことを知っています。

だから表現できない喜びと幸せを感じます。

実践の場を通して自分のエネルギーを感じていけばいくほどに、

これからの爆発的な喜びの場面がよりいっそう現実味を増してきます。

宇宙を思う瞑想に弾みが出ます。

ともにある喜びは不変です。

 

2002) 

 

苦しみの奥底から這い上がり、ようやく辿り着いた真実の世界

ここからようやく、自分の歩み、生きる方向が定まった、

そんな今世の時間と空間の中にいます。

ただただ嬉しいです。何とも言えない喜びです。

 

しっかりと学んで帰ってきなさいと、

一足先に肉を置いていった田池留吉の意識の世界からの伝言を胸に、

愚かな肉とともに学びの時間と空間がまだ残されていることに感謝です。


何を思い、心は何を選び取っていくのかはそれぞれの選択です。

けれど、こうして同時期に肉を用意して学びに繋がったという事実を大切に、

ともに同じ方向を向いて生きていこうとしてください。


肉、環境、事情、様々です。

どれが学びに最適か、みんなそれぞれに最適です。

なぜならば、自分の中の切なる思いが、肉、環境、事情を整えているからです。

 

心を向けてみてください。どんなに恵まれた中にあるのか分かりますか。

物質的、人的、金銭的あるいは身体的に不足があっても、

その不足は不足ではなく、

本当の自分に帰っていくために十分に整えられた状態なんだと思えたならば、

心の中に道はすでに開かれています。


帰ってきなさい、そのいざない、呼び掛けをしっかりと感じ、

愛へ帰る道、本当の自分の世界へ帰っていく道

一歩踏み出してください。

 

 

2001) 

 

何度も、いいえ何度でも可能な限り、

自分の中に問いかけていくことをしていきましょう。

 

なぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのか、

そして肉を持たせた自分の切なる思いは、今滞りなく現実のものとなっているのか、

私は本当に田池留吉、アルバートの波動の世界を信じているのか

信じようとしているだけなのではないか等々、自分に問いかけることは山ほどあります。


どんな苦しい中で存在してきたか、喜びを感じていけばいくほどに、

その愚かさ、切なさは心に響いてくるでしょう。だから嬉しいんです。

今やっと自分の切なる思いに真向かいから応えていけるよと

自分に伝えていける喜びを感じてみてください。


肉というものを間違ってとらえてきた愚かさに、今世こそ気付いていきましょう。

とことん、その愚かさを感じ、そして、そこから自分の生きていく方向、

あるべき自分の姿を知っていきましょう。


自分達は愛だから、自分達は愛ゆえに、

生き方の、歩みの軌道を修正していけるんです。

愛だから、愛ゆえに、そうではありませんか。

 

2000) 

 

見ていくのは自分の心です。 意識の世界です。

何を思い何に重きを置いているか、

本当に生まれてきてよかったと実感できている今であるか等々、

心に問いかけるものはいくらでもあるはずです。


肉、形の中に生きているのではないと確信するまで、どうぞ、自分に問いかけ続けてください。

それでも形あるところから心を離していくことは至難の業です。

それでもいいんです。

もがきながらも間違い続けてきた自分を知っていくことがどんなに嬉しいことなのか、

心は自分の心は伝えてくれます。


出会いを喜んでくれた事実をしっかりと心に抱え、

私は愛へ帰る道をただ真っ直ぐに進んでいます。

もちろん、愚かな肉には違いありません。

 

これまでの流してきた思いの世界の間違いを、

今、自分の身体を通して自分に伝えています。

 

身体的には少々きついですが、

私の思い、意識の世界はただただ田池留吉をアルバートを、

そして次元移行を伝える意識の流れにしっかりと乗っています。

 

だから、私の未来は明るいです。

真っ暗闇の過去とともに明るい未来を今、心に感じています。


今が過去であり未来である意識の世界を、

しっかりと心に感じ広げていきましょう。

 

1999)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

 


朝、嬉しい嬉しい叫びで目が覚めた。


だから今がある。だから今なのだ。


この思いが突き上げてくる。偶然は何一つとしてなかった。

肉で見てマイナスと捉えることしかできなかった。

そのマイナスと捉えていたその全てが、あったからこそ、だから今がある。だから今なのだ。

すべてが愛でした。愛から出て愛に帰れる道を教えていただきました。

全てが自作自演、自業自得の世界です。

と伝えていただけたこと、厳しいけれど、その厳しさの中に真実が待っていてくれました。


田池留吉、アルバート、母なる宇宙から流れる波動は、

生きとし生きる全てに平等に流れていた。初めから同じでした。


肉の基盤は、全て無知とエゴと欲の世界でした。

その基準は、本当に小さな狭い世界に自らを閉じ込めて生きることしかできなくなりました。


5月7日の「死ぬまで瞑想」大自然の中から流れる異語の波動、

エネルギと一つに溶け合って、ともに私達の心のふるさと母なる宇宙へ帰れる喜び、

ともにともに帰ろう。どんどん解放されて、肉の自分は消えていました。

私達は一つ、みんな一つ、爽やかで楽しいです。


毎日、歌ってきたふるさとの歌、宇宙のリズムとともにありました。

宇宙のリズムがいつもいつも全てに流れていた。

その宇宙のリズムに委ねていける自分でありたいと心から思う。

田池留吉の肉が残してくれた宇宙のリズムと溶け合っていく今がある。


だから今がある。だから今なのだ。繰り返す思いです。


UTAブックさん、ありがとうございました。ともに学んでいける喜びを広げていきます。


塩川香世さん、異語とともに生きる、異語とともに生きて、

異語とともに死んでいける自己確立の道を命がけで歩いて行きます。

 

私の死後の世界を異語の世界に、厳しい現実を抱えている私達の意識の世界に活力を。

あの大自然の中から流れてくる異語が温かくやさしく,力強く、本当の勇気が湧いてくる。

 

私の中からも、ともにともにこの道をと、ただただこの思いだけが溢れてきます。

嬉しいです。ありがとうございました。

 

1998) 

 

手放すこと、思いを離すこと、難しいことです。

ここだけは、これだけは、誰しもそういう部分を多かれ少なかれ持たれていると思います。


何も持たずに何も持てずに生まれてきたのに、

死んでいくときは、心にはもちろん、

目に見える形の中においても、たくさんたくさん抱えています。

 

あたかもそれが生きてきた証拠であるかのように、

誇らしげに満足げに思っている、

本当に愚かな私達になってしまいました。


けれど、それを一転して、

本来の自分の生き方、あり方に変えていける、

それが今世という時です。


軌道修正に入ってください。

 

肉で、肉として生きていくことがどれだけ愚かなことであるかを学んだならば、

自分の軌道を変えてください。


金で 神で 幸せになれないことは、

あなたの心の中に繰り返し上がってくる思いだと思います。

けれど、金なんです。神なんです。

 

心にこびりついてしまった思いを手放し、離す、それは何時なんでしょうか。

刻々と期限は迫っています。

 

1997)

 

 コロナのおかげで、学びの友はそれぞれに自宅学習をされています。

ゆったりとした時間の中で瞑想を楽しんでおられるようです。


学びの友からのメールが私の目に届くのはそんなに数多くはないけれど、

とても楽しみに読ませていただいています。


変わっていこう、みんなとともに宇宙へ帰っていこう、

田池留吉、アルバート、母なる宇宙へという思いが、

それぞれの心の中に芽生え始めているのを感じさせていただいて、私も勇気百倍です。


もちろん、手に手を取ってという肉の思いではなくて、

本当に自分に目覚めていこう、あの宇宙へ、愛の宇宙へ帰ろうという思いが、

徐々に広がっていって、そしてそれが250年後の最終の学びへと繋がっていくんだと思えば、

もう嬉しくて嬉しくて、本当に田池先生ありがとうございました、

みんな仲良く学びやという思いを大切に、大切に、心からありがとうを伝えています。


私の中の田池留吉の意識の世界、波動は

いつもいつもともにある喜びと幸せをただ真っ直ぐに伝えてくれている、

もうこれ以上の喜びはありません。


みんな、本当に次元を超えて宇宙へ帰ろう、そんな思いが溢れ出てきます。

 

1996)

 

 私は、私達は帰ります。

田池留吉、アルバート、母なる宇宙の待つあのふるさとへ、私は、私達は帰ります。


今世の時を境にして心の向け先を180度転回して、

そして、我が行く道を目指して歩んでいく喜びと幸せを伝えてくれました。

 

心にしっかりと育て、そしてともにある喜びと幸せの中へ帰ってきなさいというメッセージ通り、

忠実に真っ直ぐに生きていきましょう。


たとえ濁流、激流を泳ぎ切っても、何もいいことはありませんでした。

心に空いた穴を埋めることはできませんでした。

何度も体験してきました。

ああ、ここには私の求めるものは何もなかったと、

初めて今世の肉を通して心で知るに至りました。


田池留吉、アルバート、そう呼べる、思える幸せと喜び、安らぎ、

この中に私は自分を生かしたかったと、はっきりと心で知り、

250年後の最終時期に照準を合わせて今を生きる喜び、大切さ

瞑想の中で感じます。


肉は色々とあります。体調も決していいとは言えません。

けれど、自分が切望してきた世界を波動を心で知ったからには、

もう何も要らないです。


アルバート、本当に本当に出会いたかった波動の世界でした。

 

1995) 

 

真っ直ぐに自分の本来生きていく方向を知っている、

そして、その方向に歩みを実際に進めている、

そんな人生が、唯一喜び幸せな人生です。


肉として肉で生きていく人生、何度繰り返しても飽き足らずに今世まで来ました。

 

心癖はしぶとく、なかなか肉から自分を解き放つことは難しいけれど、

それでも、それでも自分を解き放つことなしに、

喜びの本当の自分の世界とは出会えません。


たったひとつの真実の世界、波動の世界を求めて求めて、

数限りない転生を潜り抜けてきた、

そんな私達にようやく届いた一筋の灯りでした。


その灯りを目指して、今、宇宙、全宇宙は集結する方向に活発に動いています。


応えていってください。自分の心の中で応えていってください。

大きな喜びの波が打ち寄せてきます。

波乗りをしてそして、ともに次元を超えてまいりましょう。

時はすでに来たれりです。

あとは最後の詰めの段階。

心の中のアルバートの呼び掛け、いざないに、ゴーサインを待っています。


もちろん、その準備は怠りなく、一気にラストスパートをかけていきます。

 

1994)

 

 自分を学ぶために肉を持ったから、

その学びを予定通り遂行していくために、

世の中の法則にある程度従い、

肉の維持をしていく必要があります。


けれどある程度であり、それは程々です。

限度を超え、程度を超えていけば、

自分に肉を持たせた意味を全く活かすことができません。


何のために生まれてきたのかという真の意味を無視、

否定していく愚かな転生から抜け出すことはできません。


それは本当に哀しいことです。切ないことです。

自分を見捨てることなく、裏切ることなく、

真っ直ぐに本来の自分の世界を目指して強い思いで生きていきませんか。


コロナ旋風で外出自粛を余儀なくされ、

経済活動の停滞から生活の破綻等、色々と大変です。

 

新しい生活様式とやらも提言されているようですが、

何とも先行きの見えない事態はこれからも続いていくでしょう。


現象はまだまだこれからです。そして、解決策はただひとつです。


「今、目に見えている姿、形のある自分だけが自分ではないことを、

心から知ることです。自分に目覚めていきましょう。

苦しみの奥底から這い上がってきた意識である自分を救い出してまいりましょう。」


というメッセージの方向に心を向けていくことがただただ待たれているだけです。

 

1993)

 

 学びに繋がった方達は、意識の流れという言葉を聞きました。

自分の心で分かり感じているかどうかは別として、確かに耳を通過しました。


この事実、大変重要です。

重要というよりはありがたいということでしょう。

 

肉は肉の心は素通りかもしれませんが、

中の意識は大騒ぎしていると言ったらどうでしょうか、分かりますか。


心で分かるように、心でそうだと頷けるように、

それぞれの学びを進めていったならばと思います。


すごいです。

宇宙に異変が起こり、しかもそれは喜びへ喜びへと変わっていくことを指し示している、

もがきにもがき苦しみ喘いできた宇宙に、ようやく明るい兆しが見え始めた今世でした。


すごいと思います。ありがとうしかありません。

出会いたく出会いたくて、ようやくようやくその思いが確かなものとなった今、

ただただ、ただただ、ありがとうです。


意識の流れの中にあることをしっかりと知り、

そしてその流れの中にひとつに溶け込んでいけるように、

あなたの心を進めてください。

 

1992) 

 

学びの友からのメールです。一読ください。

そして、あなたも宇宙を思う喜びの瞑想を始めてみてください。

 

19回、ライブ配信とともに瞑想。


異語を語れることが嬉しいです。


異語を語れば語るほど、喜びとともに本当の勇気が湧いてくる。

言葉は少しでいいと本当の勇気は教えてくれている。


相手の顔色を見て、態度を見て、嫌われないように相手に合わせて自分から発してきた言葉、

その態度、行動は、恐怖の私、寂しい私がしていたことだった。

肉を守る、肉を認められたい、腰は低くても中の思いは我に従えでしかなかった。


宇宙を思い、自分の思いを異語で語ります。

喜びとともに勇気が湧いてきます。

何もいらなかった。誰もいらなかった。

異語の世界が教えてくれている。

頭脳、知識、経験、話す相手もいらない。

言葉は必要最低限でよかったことを気付かせてくれる。

話をする友達がいない、それは寂しいと思う思いもありました。

でも、宇宙を思い、異語を語れば軽やかに爽やかに語り合える。

そこには肉はない。

体が動かなくても、年老いても、一人でも、母なる宇宙を思い、

異語で語ればいいことに気が付いた。

そして、異語を語れば語るほど、肉でつかんでいた人、物がはっきりと見えてきて、

自分が肉で握って、一人で拘り続けていたことを気付かせてくれる。


自分が一番自分を知らなかったことを気付かせてくれる。


異語の世界は本当に自由と本当の勇気を自分の中から蘇らせる。

嬉しいです。楽しいです。


ゼロ歳の私は母の腕の中で母の目を見て異語を語っていた。

母は笑顔で頷いているだけ、そこは異語の世界と同じ、何の壁もない。

振り返れば、我が子もみんな私の目を見て何か音を出していた。

異語を語っていたんです。

その瞬間は私も笑顔で答えていた。

互いに、ありがとうの思いだけだった。

そんな思いが蘇り、愛しい愛おしい思いが溢れてきます。


異語の世界には形がない。

どんどん解放されていく。

肉の世界は本当に小さなこだわりの世界でしかなかったことを気付かせてくれています。


異語は宇宙のリズム、

嬉しくて楽しくて、どんどん広がっていく異語の世界、

宇宙のリズムと溶け合って、ただただ嬉しい宇宙を思う瞑想です。


1991)

 

 田池留吉の意識の世界が肉を持ち、

そして一旦その姿を消したということがどういうことなのか、

しっかりときちんとそれぞれの心で受け止めていけるよう、

日々、正しい瞑想を通して学んでください。


今世始まった学びは、

すでに本格的な段階に入っています。

 

もちろん、田池留吉の肉とともに学ばせていただいた時間と空間は 何よりも、

何よりも貴重な本当に喜びの時間と空間でした。

 

そしてそこからです。

そこから自分をいかに進めていくかは、

それぞれに係っているということをそれぞれの心に留め置いて、

ともに生きていく方向にしっかりと

自分の心の針を向けて合わせてください。


ともにある喜び、ともに行こうという力強い呼び掛け、いざないを、

繰り返し、繰り返し心に広げ、着実な歩みをしていきましょう。


真っ暗闇の奥底の底のまだまだずっと奥底から這い上がってきた意識。


そんな認識をあなたは持っていますか。

どうぞ、今世の千載一遇のチャンス、

喜んで喜んで自分に活かしてください。

 

1990) 

 

250年後に照準を合わせて今を生きている、

学びを進めている、

あるいは250年後云々はまだ自分の中で定かでないから信じられないでいる、

だから信じようと思うがそれは欲にしか過ぎないと返ってくる、色々だと思います。


ただ、形の世界は様々なところから崩れていくということは、誰の目にも明らかです。

それらを最小限に食い止めようと、これもまた様々な手段が講じられていきます。

けれど崩れていくんです。

じりじりと時には一気に追い込まれていくという場面も想定されます。


肉という形の世界は影の世界だと、

心底から納得するまで現象の波はやってきます。

手放すしかないんです。ポーンと飛び出るしかないんです。


愛のエネルギーは揺さぶりをかけてきます。

心の向け先が分からなければ、

それが本当の優しさ、温もり、喜びだとは絶対に分かりません。


これまでと何ら変わることなく、

呪い、恨み、苦しみの奥底に自分を沈めていくでしょう。

思いの向け先を180度変えていきましょう。

意識の流れに思いを向けて、

ともに行こうの呼び掛けに応じてください。

 

 

1989)

 

 心で気付いた方から始めてください。

私達がみんな間違って生きてきたことに気付いた方から始めてください。


宇宙、母なる宇宙へ帰る私達だったことをあなたの心で思い出してください。

私達は帰ります。その道筋はきちんと見えています。

あなたもあなたの心の中にそれをしっかりと見定めて、

これからの転生を通過していってください。

そして、合言葉、250年後の再会を必ず果たしてまいりましょう。


250年後、三次元最終のお勉強を経て、

私達の切望してきた宇宙へ帰る道をさらにしっかりと見極めていきましょう。


喜びです。

250年後の喜びの爆発を、私達の意識の世界は体感、実感できるんです。

 

間違って狂い続けてきた私達だけれど、

そんな喜びの時間と空間を自らに用意しています。

 

全宇宙とともに、

田池留吉、アルバートの母なる宇宙、真の愛の世界へ

一歩踏み出す喜びをぜひともに味わってまいりましょう。

 

待ち遠しいです。

ですが、計画を万全に遂行するために、

まだまだ飛び越えていかなければならない現象が盛りだくさん。

 

喜びで喜びで、自らを見失うことなく、喜びで受け止めていきましょう。

 

 

 

1988)

 

 本当に望んできたこと、

思いを真っ直ぐに自分に聞いていくことが待たれています。

 

肉に流れていくことは非常に簡単なことです。

みんなで渡れば大丈夫、怖くない、そんなことありません。

大丈夫ではありません。

ともに落ちていく道から自らを解き放つことです。

勇気が要ります。踏ん切りをつけなければなりません。

だらだらと肉に沿って生きていても、

それは決して自分の明るい放たれた未来には繋がらないということを、直視しましょう。


それぞれが自分の行き先を決めていきます。

誰が強制するものでもないし、強制されてうまくいくはずもありません。

ただ、正しい瞑想を重ねていけば、

もう自ずと自分の中に答えは出てきているはずです。

その思いを引き出すために、その思いと出会うために、

どれほどの困難があったかということも、心に知っているはずです。


そんな自分のために、180度生き方の方向を変えていきましょう。


中は諸手を挙げて喜んでいるはずです。

本当の喜びを知ってください。

苦しんできた狂ってきた自分とともに、

元来の喜びの自分の世界へ帰っていける喜び、幸せ、

今の肉を通して確認していきましょう。

本物の喜び人生としてください。


Zoomウェビナー配信予定日、5月2日(土)午後2時。

 

1987)

 

 何が本当のことなのか、本当のこと、

この世のどこかにある真実を知りたい、

そんな思いを抱えて生まれてきて、そして今のひとつの肉を通して、

田池留吉の意識の世界、アルバートの波動の世界

出会わせていただきました。

 

私の思いは叶ったんです。

その確かな事実を日々しっかりと確認して、

何度も何度もそこへ戻り、私自身が決めてきた予定の道筋を歩いています。


それさえしっかりと自分の中で押さえていれば、私の人生何も言うことはありません。


肉の楽しみも喜びも程々に味わっています。

ただ、それらは単独では何とも味気ないものだということを知っています。

基本に、根底に今言った自分が自分に目覚めていく予定のコースを

予定通り歩いているという確信があるから、

肉の楽しみも喜びも空しいものだけれど、それもまたよしということなんです。


何のために私は今世生まれてきたのだろうか

自分の中で問い返したとき、

しっかりとしたはっきりとした回答が返ってこない人生は、

いかがなものでしょうか。

 

どんなにお金を持っていようが、物に溢れ人に囲まれていても、

心は空しい切ない、そんな人生は本当に今世を境に終了させていきましょう。

 

1986)

 

 今、肉を持って色々と見て聞いて、様々な思いが交錯してくる今、本当にありがたいです。

 

自分を知る、自分がよしとしてきた世界から飛び出るエネルギーの凄まじさを知る、

ああこうして生きてきたんだ、存在してきたんだ、

このエネルギーの中で自ら狂ってきたんだ、

はっきりと分かる今がすごいです。


それでも、優しいあなたを私は信じていますと返ってきます

本当の自分がずっとこうして支えてくれていたんだ、

だから、どんなに間違い狂い続けても、

真実の波動の世界を知り得るチャンス

自ら用意してきたということはもう十分に分かっています。


私は幸せ者です。

どんなに宇宙を汚してきたか、闇黒の宇宙に塗り替えてきた罪は大罪です。

そんな超極悪人がようやく辿り着いた奇跡の道です。

 

この道を真っ直ぐにただひたすらに真っ直ぐに、

それしか私には残されていないと思えることが、何とも言えず嬉しいです。


今は世の中が巣ごもり状態だけど、

私は2年前の年末に仕事を辞めた時点でほぼ巣ごもり状態です。

今、巣ごもりが何か異常な状態であるかのように伝えられていますが、

外へ外へと出向いていくことが人生の喜び、楽しみであり、

そういう生活ができることが豊かな幸せな人生だとなってしまった、

その状態のほうが異常であり救いがたいのではないでしょうか。


世の中おかしいから、狂っているから、おかしいよ、

狂っているよというコロナを通しての

意識の世界からのメッセージを私達は受けています。

 

1985)

 

 日々勉強です。

日々母を通して、私は自分のエネルギーを確認しています。

 

年齢を重ねていけば、身体も頭もその機能は低下していく、

それは肉として当たり前のことです。

それをどのように受け止めていくのか、いけるのか、

肉のお勉強をしなさいという田池先生からの最後の伝言でした。


愚かしい肉の私がここにあると同時に、

繰り返し自分のお勉強をさせていただいてありがとうの私もここにいます。


愚かしい肉の私が、まだまだ私の世界に追いつけないところに

私のお勉強が残されているという現状です。

と、こんなふうに、私は私を見ています。肉を用意して、私は私を観察しています。

 

そして、その愚かしい肉は瞑想をします。

短時間です。心の針の向け先を確認。

 

そしてその世界の喜びと幸せを感じ、意識の流れの中にある自分を感じ、

だからこそ、愚かしい肉は肉の中に沈み惑わされることはありません。


瞬間凄まじいエネルギーを噴射。喜びで噴射。

噴射させてくれる肉があることに感謝です。

 

そして、噴射と言っても、自分の中の喜び、温もりの世界に

吸収させていく術を知っているから、これまでの転生とは違います。

 

宇宙を汚すだけ汚してきた転生とは違い、エネルギーを確認すれば、

即、回収という軌道の中にある違いをはっきりと感じています。

 

あとは愚かしい肉が幾分かでも優しい肉に変わっていけばということです。

肉の母には感謝です。

ひとつの肉を通して広がるお母さんという意識の世界には言うまでもありません。

 

1984)

 

 肉を持っている以上、今の肉を通して入ってくる情報は共有しています。

雑多な情報を取捨選択してそれぞれに生活をしていっていると思います。


肉はそうです。何も変わりはありません。

けれど、意識の世界は違います

 

どこに思いを向けるか、向ける先はどこなのか、

それはそれぞれに任せられています。

同じ風景の中のひとコマであっても、同じところに住んでいるわけではありません。


それが意識の世界を肉を持って学ぼうとしているか

肉は肉のままでいるのかの違いです。


外の世界は同じであっても、中の世界は違うということを知っていきましょう。

 

私達はそのどちらの存在であるのか、しっかりと見極めていってください。

心の針は中へ中へ。自分の中へどんどん進めていきましょう。


そしてともにある喜びと幸せ、本物の喜びと幸せを感じてください。


肉を持った自分にありがとう、

そう伝えることができる心の状態がどんなに幸せなのか、

自分の心で味わってください。

安らぎ、安心感、何にも代えられない喜びと幸せです。

 

1983)

 

 形の世界が崩れていくことがいいんです。

 

手放したくない、ここだけは、これだけはとしがみつく思い、

私は正しいという思いが苦しいことだと分かっているけれど、離そうにも離れない思いです。

 

けれど、私達は痛みを伴いながら手を離し、思いを離していく、

変えていく方向に自分を進めていきます。

本当の自分に目覚めるということは、そういうことです。


肉を本物とする思いに長く長く慣れ親しんできた私達だから、

それを180度転回するということ、

肉、形の世界は影の世界、実体がない世界

と心で分かることは、本当に難解です。


それをこれから250年、300年の間に遂行していこうとするのだから、

当然そこには想像を絶する現象の波が押し寄せます。

 

そして、そこにはそれにも増して、いいえそれとは比べることができない規模の

愛のエネルギーの存在があります。


その愛の中ですべてがなされていくことです。

 

心を全開にして、ともに喜びを分かち合いましょう。

私達は愛、愛のエネルギー。

宇宙にその喜びが爆発していきます。

私達は宇宙です。

私達のふるさとへ帰りましょう。

 

1982)

 

 自分を救うために、

自分の心を救うために生まれてくる私達でした。

ただ、どうしたら自分を救えるのか、自分の心を救えるのか、

全く分からなかった私達でもありました。


自分を救う、自分の心を救うとはどういうことなのか、

学びに繋がった人達は、それを学ばせていただきました。


私もそのうちのひとりです。

 

結果、私は、自分の中の本当の自分、

愛である自分に目覚めること以外に、

自分を救っていくことはできないと知りました。

 

自分が何者であるか、どういう存在であるのか、

心で知る分かることができなければ、

やはり自分の外に救いを求める他力のエネルギーと

決別できないことを学ばせていただきました。


何のために生まれてきたのか、

形がない自分に 今ひとつの肉を持たせているのはなぜなのか

形の世界が崩れていくからこそ、

本気になって真剣に真摯に自分に問いかけていけるのだと思います。

 

愛、ああこれが自分達が愛である確たる証しなのだと感じます。


自分の中へ、本当の自分の中へ帰りたかった、

帰ろうと叫ぶ思いが、これからさらに、

肉が本物だとする思いを崩していきます。

心の叫び、しっかりと受け止めていきましょう。

 

1981)

 

 思いを向ける、思う、これだけです。

 

何を思い、思う向け先が正しく確定されているか

しっかりと自分の中で確認できていれば、

肉にまつわる色々なことに、確かに一時心は揺らされますが、

瞬間で、あるいは短時間で元の軌道に自分を戻していけるということです。


どうでしょうか。

そのトレーニングをして段々にそのコツをつかんできたとすれば、

それは自分の大きな強い味方になるのではないでしょうか。


肉を持って見て聞いて実際に自分のことになってくれば、

平常心ではいらない、それは自然なことだと思います。

心は揺れます。

大揺れ、小揺れ、さざなみ、違いはあっても肉は肉の心は揺れ動くものです。

さあ、それからです。

そこからあと道は分かれていきます。


今までと同じように肉に沈み、肉に溺れ、肉に惑わされていくか、

それとも・・・ということです。


しっかりと今世の肉を活用して学びをしていきましょう。

 

自分のため、自分の宇宙のためです。

自分のため、自分の宇宙のためということは、

みんなのため、みんなの宇宙のためということになります。


肉の次元ではなく、意識の世界に次元を合わせて読み取ってください。

 

1980)

 

 学びをするにあたって、

基本的には何をしてはいけない、

こうしなければならないというものはありません。

ただし、すべてが自己選択、自己責任です。


たとえば、UTAブックさんが推奨するZoomを活用して

学びの友と瞑想をする機会がこれまで以上に増えてくると思います。

これはUTAブックさんが把握しているグループ以外ということです。


そこに参加する人はその心を見て

しっかりと自分の学びの歩みの方向性を確認することが肝要です。

 

瞑想をすればいいというものでもないし、

学びに対する基本の姿勢、動機等々

しっかりと自分の中で見直したうえで、

これからの自分の学びのあり方を見ていってください。

 

Zoomを使って少人数のお勉強もいいですが、

その場合、進行は持ち回りが望ましいと思います。


何か難しい、辛気臭いことをと思われるならば、

それもまた自己責任の元で進めてください。


私は、学びは基本的には自分ひとりだと思っています。

 

事実、私は自分ひとりで瞑想をして、

心に響き伝わってくる自分の世界と対話できる喜びと幸せを感じています。

それで十二分に幸せなんです。

 

過去、未来、今、すべてがひとつになって

母なる宇宙へ帰る道を歩いているという確信、

揺らがない確信、ぶれない歩み、それをいつも瞑想の中で確認しています。

 

ともにある喜びと幸せ、安心感、安らぎは

心に培ってきた凄まじいエネルギーをしっかりと包んでくれています。

これ以上のことは何もありません。


ということで、Zoomを使ってのお勉強の前に、

自分と自分のお勉強が捗っているかを確認することをお勧めします。

 

1979)

 

 たくさんの私が噴き出します。

中は快感です。瞬間飛び出るエネルギー、たくさんの私。

学びをしてきたからこそ味わえる喜びと幸せです。

肉を見れば愚かです。

けれどそれよりも強烈に飛び出るエネルギーに快感です。

 

肉的、道徳的には全くダメですが、そのエネルギーを噴き出す貴重な機会をもらい、

そしてそのエネルギーとともに思いを向ける勉強の時を持っている、

これはお金やそんなものでは太刀打ちできない幸せです。


今世と250年後の残り少ない肉を持つ時間を、

私は自分なりに可能な限り蓄えてきたエネルギーを確認しようとしているということを、

つぶさに感じ、やはり意識の世界の計画のすごさを感じずにはいられません。


本物の喜びと幸せ、温もりを知っている、

そして今世自分が生まれてきた意味を知っている、

意識の流れを知っている、

そういう条件が整っているからこそ、

瞬時に飛び出るエネルギーに戸惑うことなく、

溺れることなく、本道を突き進む糧にできると確信です。


凄まじいエネルギーの坩堝。大いに結構。

だからこそ次元移行の大仕事を果たしていくことができるんです。

心穏やかに小さく収まっているのはナンセンス。

凄まじいエネルギーの坩堝に快感を覚えてください。

 

1978)

 

 次元移行を果たすこと、

自分との約束、

自分の中の宇宙との約束

それをきちんと果たして、そしてともに生きている、ともにある喜びの中で、

さらなる意識の世界を進んでいくこと、

今世、ひとつの肉を自分に用意して

それを知り確かめ信を深めていく計画を立ててきたことに、

本当にありがとうしかありません。


狂ってきました。

真っ暗闇のエネルギーを噴き出し、凄まじいエネルギーで宇宙を塗りつぶしてきた意識。

それでも私はあなた、あなたは私、ひとつだ

信じて待ってくれていた波動の世界に出会えました。

 

千載一遇のチャンスを手にし、

自分の本当の世界へ帰っていける、戻っていけると知り、

その道を歩いていけばいいということを本当に心で分かる人生が、喜び人生です。


思いを変えていきましょう。

180度転回して、

本来あるべき自分の世界をしっかりと確認していきましょう。


今世を転換期に、

そして250年後の三次元最終時期を視野に

自分の生き方の修正を果たしていかなければなりません。

 

もちろん、そこには義務、強制という思いはなく、

果たしていくようになっているという喜びがあるだけです。

その喜びをともに受け取ってまいりましょう。

 

1977)

 

 ともにある喜びと安心感、それは肉、形の世界のそれとは次元が違います。

肉、形の世界のそれは、不安と恐怖の表裏一体です。

事情、情勢が変われば変わっていきます。

だから維持しようと執着の真っ暗闇のエネルギーを膨らませます。


本物の ともにある喜びは そういうものとは 全く違います。

消えない、変化しない、元々あるものだから、何にも左右されないのです。

 

限りなく広がっていく意識の世界

にただあるのは喜びと温もり、

それはどこまでもどこまでも続いていきます。


損得、駆け引きで身体と頭、心を忙しく動かしてきた私達です。

肉として、肉で生きるということはそういうことです。

けれど、その世界も 総崩れしていく時期に来ています。

どんなに頑張り英知を結集しようとも崩れていくものは崩れていきます。

歯止めは効きません。

一時持ち直したかのように見えても、それは文字通り一時のことです。

砂上の楼閣は崩れ去っていくしかありません。

何時、砂上の楼閣だと気付いていくのかということだけです。

 

肉、形の世界は堅固な世界ではありません。

意識の世界からのひと吹きであっという間に崩れていきます。

 

ともに崩れていく中で、自分の意識の世界もともに崩れることのないように、

深い闇の中に沈み込んでしまうことのないように、

今を大切に生きてまいりましょう。

 

1976) 

 

目を閉じて静かに思う、何を思うのか、

そう自分自身です。

自分の中の本当の自分の世界を思うんです。

そこには何がありますか。何もありません。

ただ嬉しいんです。

 

ありがとう、優しい温もりの中に、安らぎの中にある自分を感じ幸せでしょう。

 

嬉しいでしょう。涙が知らずのうちに出てくるでしょう。

そして何か語りたいですね。

どうぞ、異語で自分の中の思いを語ってみてください

何を語っているのかなんて頭を動かさなくていいんです。

ただ口から出るがままに、そして自分の中を感じてください。


嬉しい、嬉しい、ありがとう、お母さん、ありがとう、幸せです、嬉しいです、

ありがとう、ありがとう、そんな思いが溢れてきていると思います。


嬉しい、楽しい瞑想の時間を持ってください。

 

もちろん、中の岩盤が喚きます

何とも言えない凄いエネルギー、凄まじいエネルギーの坩堝を感じます。

 

それでも、それでもふうっと思いを向けてみてください。


今感じた優しさ、温もり、広がりの思いに触れていこうと思いを向けてみてください。

そうして、自分と自分の中でどんどん歩みを続けてください。

肉のある間に、

しっかりと自分のこれからの行く末を知ってください。

 

1975) 

 

肉は無けれども、ともに生きている、歩いている、そう確信できることが嬉しいです。

ともに、田池留吉、アルバートの意識の世界とともに、その中に溶け込んでいく喜びと幸せ。

 

今世ひとつの肉を用意したからこそ、感じていける喜びと幸せでした。

 

暗く苦しい肉の思いをできるだけ軽く軽くしていきなさい、

そう自分に伝えてくれている思いに、今世こそしっかりと応えていきましょう。


温もりの中に、喜びの中に、限りなく果てしなく広がっていく自分の中に、

安らぎの中に帰っていきましょう。


250年、300年の三次元最終のお勉強を経て、

そして、さらに自分の世界の進化を進めていく約束を、

田池留吉の意識の世界としました。

 

肉を持ち、肉を通してそう伝えてくれた意識の世界にしっかりと照準を合わせて、

そして、喜びの一本道を歩いていくこと、

それが自分に対する最大の信、それが愛でした。

 

1974)

 

 来世の肉、250年後の肉は今と比べることができないほどの劣悪な環境なのに、

何とも言えない喜びを伝えてきます。


250年後が待ち遠しい。心から叫ぶ私がいます。思うことが喜びです。

思えることが喜びです。何にも代えられない喜びです。

こんな喜びの世界を学ばせていただいた今世でした。


三次元最終のお勉強をしっかりと心で遂行して、

そして、ともに帰る道を真っ直ぐに歩いていくことだけを思います。


心に伝えてくれた波動の世界、決して忘れることはできません。


今朝の「死ぬまで瞑想会」最後のほうで参加させていただきました。

母なる宇宙へ向けての瞑想のあと、田池先生のふるさとのリズムを聴きました。

久々の田池先生の肉声でした。

心が踊りました。

あの僅かな時間だけでもすごいお勉強でした。

一瞬にしてセミナー会場、そしてともに帰る宇宙の喜びの中にありました。

私達は本当に幸せ者です。

 

1973)

 

 私達人類にとって何が一番大切なことなのか

これから さらに厳しく繰り返し問われる事態になってきます。


生命、財産、そんなものではないことを徹底的に自らに知らしめる、

そういう流れの中にあります。

ご承知の通り、意識の流れが仕事をします


私達は肉、形ではないことを心で分かっていく道筋が用意されています


肉、形の世界は影の世界だというメッセージが、

繰り返し繰り返し、しかも強烈に届けられます。


真実の波動の世界から肉という形を持ってきた事実はそういうことでした。

そして目覚めがありました。

 

それに呼応する意識の世界の動きは確実に仕事をしてまいります。

 

肉は押しなべて愚か。

 

心の針の向け先をしっかりと特定できるように、

肉を持っている今、それぞれが学んでいきましょう。


真実の波動の世界から肉を持ってきて、

肉を通して学ばせていただいて、

そしてその肉が一旦消えたということを、

心でしっかりと受け止めてください。

 

心の針の向け先を特定する学びの過程で、

ああ もう三次元最終時期は遠くないと心で感じられるはずです。

 

1972)

 

 思いの向け先を変えていかない限り、苦しみは続きます。

自分の中の苦しみは続きます。

自分の中が苦しいことさえも分からずに、

肉、肉、目の前の出来事に翻弄されていく人生を送っていく人が殆どです。


限りある時間だから、一度切りの人生だから、

それを大義名分にして、肉のみの人生を生きていく、

そういう転生から卒業しましょうということです。

 

人生は捨てたものではない、苦しいこと辛いこと哀しいこともあるかもしれないけれど、

生きているって素晴らしいんだというところから、

何か人生を達観するかのように見えても、

自分の本当の姿、本来の自分の世界を知らない限り、

それは言葉の上滑りに過ぎません。


自分の中の苦しみ辛さをしっかりと感じながら、

それでも信じて待ってくれている本当の自分の中へもう戻ろう、

帰っていこうと思う、その思いの向け先をしっかりと確認する今であってください。


散々自分を苦しめてきたから、それは自分で受けていかなければならないけれど、

学びに出会った意識は、おそらく嬉しい、ありがとうで受けていけると思います。

そうであっていただきたいと思います。


苦しんで間違って狂ってきたのはみんな同じ。

そして、思いの向け先ひとつでそれがガラリと変わっていく不思議

驚きを喜びの中で味わえる私達でありましょう。

 

1971)

 

 「あなたはどの方向に心を向けて生きていきますか。

あなたは本当に学びをしてきたと言えますか。


学びに触れた私達は、それぞれがその肉を置いていくまで、

つまり今世の肉を通して、さらにどんどんどんどん学びに対する信を

自分に問いかけていく場面を設定しているはずです。


それはみんなそれぞれ自分が望んできたことだということをお忘れなく。


本当のことが知りたかった。

自分のあるべき本当の状態をぜひとも知りたかった。

 

その思いを強く強く抱いて生まれてきたこと、だからこそ学びに繋がったこと、

すでに瞑想の中で確認されていることだと思います。


肉から意識へ自分を転回していく難しさを実感しながらも、

心の奥底から突き上がってくる帰りたい、

帰ろう、帰りますの叫びもまた現実のものだと感じているはずです。


田池留吉を思う、思える、アルバート呼ぶ、呼べる、

これがどんなにすごいことであり、喜びであり幸せなことなのか、

それぞれの心で感じていける今世なんです。

幸せ者です。本当に幸せ者です。

真っ暗闇の中からようやっと這い上がり、

そして自分の生きていく方向を伝えてもらった、

どんなにすごいことなのか、瞑想の中で何度も何度も味わってください。

 

1970)

 

 セミナーが開催できない間、みんな時間があると思います。

学びに対する姿勢、自分の生き方を振り返って、少しずつでも修正していきましょう。


今世というかけがえのない時間、

心に刻み そして250年後の集大成に向けて、

しっかりと自分を見ていきましょう。


250年後は、三次元の一応の集大成です。

もちろん、意識の世界においては、それも通過点に過ぎません

けれど、そこをきちんと自分の中で学習して、

そして次の段階へ進んでいくということです。


限りなく果てしなく続いている意識の世界。

その世界は限りない温もりと優しさ、喜び、安らぎに包まれています。

 

そこを飛び出して、我の宇宙を作り続けてきたということ、

今世の学習を通して、しっかりと心で分かっていきましょう。

心で分かれば自ずと修正が始まります。


肉を自分だとする思い、

形ある世界で何とか生きていこうとする思い、

根底から崩れ去っていきます。

 

それでもしがみつき、徹底抗戦していく可能性はまだまだ多分に残されています。

手を離し、思いを離していかない限り、ともに生きていくことは不可能。

 

本物の優しさに裏打ちされた厳しいメッセージをいかに受け止められるか、

それぞれの心に係っています。

 

1969)

 

 学びの友からのメールです。一読ください。


香世さんにメールを出さしてもらった後に瞑想をしました。

瞑想がいつもと少し違っていたように感じました。

思いがとても素直な感じがしました。

何かのアクションをした後は少しの時間でも瞑想をするのがいいと思いました。

ありがとうございました。


瞑想


お母さん、お母さん、お母さん、ずっと寂しかったです、お母さん。

寂しい心を抱えて生まれてきました。寂しい思いとともに生まれてきました。

お母さん、私は寂しかったです。この思いを見つめるために生まれてきました。

お母さん、私を生んでくれてありがとうございます。この寂しい思いとともに生きてきました。

寂しい思いを抱えて...、寂しい私に語ります。寂しい私に心を向けます。

寂しかったね。寂しさに狂ってきたよね。私は寂しかった。寂しい私に語ります。

もう帰っていこうね。帰っていこうね。寂しい私とともに帰ります。

お母さん、お母さん、ああ、生んでくれてありがとう。

私は、思いでした。思いが生きています。思いなんです。


ともに田池留吉に思いを向けていきましょう。

田池留吉、アルバート、異語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


思ってみるだけでいいんですよ。田池留吉と、思ってみるだけでいいんですよ。

田池留吉を思ってみてください。田池留吉に心を合わせてください。

田池留吉を心に広げてみてください。


心に忘れていた思いでした。心から消し去ってしまっていた思いでした。

田池留吉を思うということは、本当の自分を思い出すことでした。

忘れ去り消し去ってきた自分を思い出していくことでした。

田池留吉は応えてくれていました。

ここにいますと、田池留吉はいつもいつも心の中で応えてくれていました。

その田池留吉の存在を信じ、その田池留吉に心を向け合わせていくことだけでした。

合わせていくことだけでよかったんです。それが心を見るということでした。

それが本当の自分に帰っていくということでした。


私たちは肉ではありません。私たちは意識、永遠に存在する意識でした。

心を変えていきましょう。意識の転回です。

心を本当の自分、田池留吉に向けていきましょう。

 

1968) 

 

今を喜びの時間とするかどうなのか、

それは心の中の状態がどんな状態であるのかで決まります。

 

苦しくてもいいんです。寂しくても哀しくてもいいんです。

 

そんな自分の叫びをどのように受け止めているのか、

ともに生きていこう、ともに歩いていこうとしているのか、

それとも、そこから逃げよう、見ないで何かで誤魔化して

心の針を外に向けていくばかりなのか、そういうことです。


しっかりと自分と向き合って

そして、その中で素直に本当の自分を思う、思える、

間違ってきたたくさんの自分とともに思える、

そんな時間と空間に自らいざなっている、

そんな瞑想の時間が可能な限り持てたら

最高に幸せな人生と言えるのではないでしょうか。


肉のみの人生、肉の傍ら学びをしているという人生、

どちらも哀しいほど救われません。


喜びの自分の世界、温もりの自分の世界、

安らいでいて全托していこうと思える世界

感じ広げられる今であるかどうか、精査してください。

 

1967)

 

 まだまだ気付きの道は遠し、

けれど、意識の世界はその方向にしっかりと向いています。

 

根底から形の世界が崩れ去っていく時を、

私達人類が目の当たりにするのは、もうそんなに遠くではありません。

 

そして、それぞれの意識の世界が、

意識の流れの計画に乗り遅れている、

それが現実だということは、はっきりとしています。


形の世界だけを追っていく、求めていく愚劣な自分達だと、

どの時点で心で知っていくか、

それには250年、300年という時間はあまりにも短いでしょう。

 

ということは、必然的に

凄い現象、想像を遥かに超える現象

が待っているということになります。


みんな私達が計画していることです。

 

私達は本当に自分のふるさとへ帰りたいという切なる思いを抱えて、

この地球上で何度も転生をしてきたということ、

それを今世、学びに触れた意識は先駆的に自分の中で確認しているに過ぎません。

 

集大成は250年後の三次元最終時期です。


分からない、信じられない、学びに触れながらもそういう思いを出している方達が

残念ながらまだまだいます。

その現実を踏まえつつも、それは大したことではないとメッセージが来ます。


意識の流れは着実に粛々と流れている、ともにいざ行かん、

そんなメッセージが来ます。

 

ともにある喜びと幸せ、ともにある今を心は伝えてきます。


あとはそれぞれの選択に任せなさいということでしょう。

 

1966)

 

 思うは田池留吉。田池留吉一筋の道。

それしかありません。

 

形の世界が崩れていく様を見て聞いて感じて、体験して、

戻っていく方向をしっかりと自分の中で確かめてください。


それができるそのような学びの時間を私達は用意してきました。

宗教ではないんです。

 

救うのは自分の心です。自分です。

 

肉を本物として疑ってこなかった、

信じてきたその思いの世界を根底から崩していかない限り、

自分の心は、自分は救われません。


真の喜び、真の幸せ、真の温もり、真の安らぎの世界へ、

そんな自分の本当の世界へ一歩、一歩を踏み出していきましょう。


「今世を転換期に。そして次元移行を必ず果たす。」


合言葉を心に刻んで、肉を持つ時間を大切に、大切にしていきましょう。

 

1965)

 

 緊急事態宣言もあって、世の中コロナ、コロナで騒がしいです。

繁華街の人波は少ないようだけれど、

近所の公園には元気よく遊ぶ子供達、家族がいて、

犬の散歩をしている人達、花を愛でる人達もいて、

コンビニ、飲食店、昼前の街角のお弁当売り、何ら普段と変わらない光景です。


在宅勤務を含むテレワークというのは、仕事を離れた私には無縁ですが、

コロナの影響により、どんどん社会に変化が起きているのは確かです。


ただし、私達の心、意識の世界の変革にはまだまだ道遠しというところでしょう。

 

巣ごもりで、時間はあるけれど、はてさて何をするのか、

色々なやりたいことはあっても、どれもこれも飽きてしまいます。

 

ネット中毒、心は外へ外へ、コロナウイルスで肉体細胞は病むとともに、

意識の世界はさらに病んでいきます。


そう思えば、学びに触れている人達は本当に幸せです

 

何もなくても思うことができる、思える喜びを知っている、

自分の本当に生まれてきた意味を、

肉というものがどんな役割を果たすのか学んでいるんです。


ともに瞑想をしようと言える学びの友がいる、それこそネットを活用してください。

ネットが不得手でも、電話があります。

顔を見れなくても声を聞ければ安心という肉の思いを確認しながらも、

どうぞ、学びを心から遠ざけないでください。

 

1964)

 

 遥か遥か彼方、私達のふるさと母なる宇宙を目指して、ともに歩いていきましょう。

宇宙へ帰りたかった。

飛び出してきたけれど、帰りたくて帰りたくて、

だけどその思いを足蹴にしてきたのは自分自身でした。


ということを、心で知ってください。

そして、自分に懺悔です。本当の自分に懺悔です。

苦しい中でも辛い中でも、寂しくて寂しくて狂うしかなかった時でも、

いつもいつもともにありました。信じられなかっただけです。

こんなに苦しいのに、こんなに辛いのに、こんなに寂しいのに、

何でその時、私を救ってくれなかった、救いの手を差し伸べてくれなかったと、

恨み辛み、呪いの思いだけを膨らませてきただけでした。


救ってくれていたんです、手を差し伸べてくれていたんです。


その思いを蹴散らし、撥ね付けてきたのは自分自身でした。

己というものを間違ってきたからです。

我一番の宇宙の中で狂うしかなかった心に、何も伝わるものはありませんでした。

温もりよりもパワーだ、そうやって聳え立っていった哀しい哀しい時間の山です。


その山が崩れて崩れて総崩れにならなければということです。


自ら積み上げてきた山は、自ら崩していく、いけるんです。

それが、自分が愛であるという確かな証しです。


Zoomウェビナー配信予定日、4月11日(土)午後2時

 

1963) 

 

肉という形を持ってきた私達は、いずれその肉という形を置いていく時がやってきます。

それが何時なのか、どういうふうにそうなっていくのかは、この際問題ではありません。

 

それよりも、肉を持っている今、心の針の向け先を確認して

その方向に自分を委ねていってください。

委ねていける喜びと幸せ、安心感を心に広げていってください。


切望してきたんです。

そう自分の中が伝えてくるはずです。

本当の自分の世界へもう戻っていこう、帰ろう、

どんどんどんどん伝わってきているはずです。


今世、肉を用意してきた、

そして、田池留吉の意識の世界を学ぼうと準備してきた、

その思いを深く、深く大切に受け取ってください。


「ともに生きていこう。ともに歩いていこう。」

24時間365日、メッセージは流れています。


ともに瞑想をしてください。

田池留吉、アルバートは見えません。

けれど存在しています。

波動を受け取ってください。

優しい、優しい、そして温かい力強い呼び掛け、

いざないに心からありがとうの思いで応えていってください。

 

1962)

 

 ゆったりと真っ直ぐに自分の行く末を思う、

そして、思いを馳せられる今を思いましょう。

 

何もなくても何があってもただ嬉しい、ありがとう、

そんな中に生き続けていたんだ、じっくりと心で感じていきましょう。


肉に走っている間は、そんな喜びと幸せとは縁遠いです。

そして、いつの間にか年齢を重ねてしまいます。

けれど、その間に、何度か自分の人生とはいったい何だろうかと

思うチャンスがどなたにもあったはずです。


そのチャンスを本当の意味で活かすことなく、

死を迎える、肉という形を置いていく時がやってくる、それが殆どの方でしょう。


それではダメだということを、私達は学んでいます。


本当の人生を生きる、生まれてきた本当の意味を心で知る、分かる、

その分かったことに沿って肉を使っていく、

これまでの転生とは全く違う転生としましょうと学んでいます。

 

学びに触れたこと、どのように思っていますか。

自分をどのように思っていますか。

自分の人生、肉を持っている今どのように思っていますか。


肉を置いていくまでに自分の中でしっかりと心を決めてください。

 

1961)

 

 ぶれずに学びを進めてください。

学びとは、セミナーに参加することではありません。

スカイプやZoomのネットを駆使していくことではありません。

 

どんな思いで学びを進めているか、

本当に瞑想をしているのか、

どんな思いで瞑想をしているのか、

田池留吉、アルバートを思っているのか、

宇宙を思っているのか、

いくらでも自分に問いかけて、

自分と自分の中で学んでいくことができます。


何もなくていいんです。

自分の中にすべてがあるんですから。

肉という形だけを見れば、同じでしょう。

しかし、心の向け先、針の向け先を知らなければ、肉のみ。

肉の中で苦しみが続いていきます。

形としては同じように見えても、たとえば、コロナウイルスで大変な状態であっても、

そういう状態になるのに猶予期間があります。

 

その間に、心の針の向け先を知っているか否か、

向ける度合いがどの程度なのかということが判定できます。


あとは肉の中にある肉という形は、その中に流れていくだけです。

肉から離れた意識の行き先が違ってくるということになります。


肉は肉の法則に従っていかざるを得ません。

ただ私達が学んでいるのは、

私達人間は、意識、波動、エネルギーだということであって、

肉の法則とは無縁です。

思う喜び、思える喜びを自分のものにしてください。

 

1960)

 

弥生三月も、コロナウイルスであっという間に過ぎ去っていきました。

家の近くの公園の桜等々、人間以外の世界は淡々と喜びで時の移ろいの中にあります。


私達人間だけです、目の前の出来事に右往左往して、大切な時間を無駄にしていくのは。

その中で、自分達が生まれてきた本当の意味を心で学ぶ機会に恵まれた方達は、

その喜びと幸せを存分に心で味わっていける時間としていきましょう。


思うは田池留吉一筋の道を歩いてください。

 

肉を持てば色々とあります。心は様々なエネルギーを感じ、発します。

けれど、その中に埋没することなく、感じ発したエネルギーを思い、

そしてさらにそのエネルギーとともに、思うは田池留吉、アルバートです。


肉を持つ今だからこそ、そのお勉強ができるんです。

 

自分にとって本当に何が一番大切なことなのか、繰り返し繰り返し学んでください。

何度も何度もです。これでいいということはありません。


肉のある限り、本当の自分の思いに精一杯応えていきましょう。

そして切なる思いをぜひ実現する方向へ。

それが私達の喜び、幸せの道です。

この道をともにともに歩いていきましょう。

 

1959)

 

 肉を持っている今、今を本当に大切にしましょう。

自分を大切にする、自分の思い、切なる思いを大切にして、

そして、その切なる思いを、今世を境にして実現する方向へ舵を切っていきましょう。


なぜ生まれてきたのか、

このことが自分の中で本当に分かるということが、待たれています。


肉、肉の中で、肉、形を本物とする中で、

どんなに努力しても、生命と財産を守るためにあらゆる手段を尽くしても、ダメなんです。


ダメだということを、これからの時間、僅か250年、300年かけて自らに知らしめる、

そんな意識の流れの計画が遂行されていきます。


これは止められません。

ただ流れの中でどのように自分の思いを変えていくか、

つまりは本当の自分に目覚めていくか、それだけです。


あとは、何もありません。300年の猶予期間があります。

それを逃したら、肉を持てない環境の中で、どのように存在していくのか、

それぞれの心で知っていってください。


厳しいようだけれど、しかしあるのは喜びだけです。

本当の自分達の世界へ戻っていこう、帰ろうという呼び掛け、

いざないの思いに、その波動の世界に触れてみたら分かります。

 

どんなに待ってくれているか、信じて信じて待ってくれている思いを、

どうぞ、あなたも本当にその心で感じ深く味わってください。

 

1958)

 

 淡々と自分が決めてきた道を歩んでいく、

生きていく喜びと幸せを心でかみしめていきましょう。


今世をあなたの転換期にというメッセージ、味わっていますか。


これまでの転生と同じでは、自分を苦しみの中から救い出すことはできません。

肉として生き、肉として死んでいく転生。

散々苦渋を舐めてきました。

たったひとつの帰るところを心に確かめ

自分を大切にしていきましょう。


肉を持つ最後の最後まで、

思うは田池留吉の道です。


ともにある喜びと幸せがしっかりと信じられるように、

ただひたすらに真っ直ぐに自分の心と、

真っ黒な自分と真向かいになっていこうとしてください。

 

1957)

 

 何が間違いだったのか、今もなぜ間違い続けているのか、

心で気付き始めた方から、修正です。

気付いた方からやり始めればいいんです。

 

誰のためでもない、それが私達が本当に望んできたことでした。

愛へ帰る、心のふるさと、愛、母なる宇宙へ帰る、実行してください。


繰り返します。

あなたの頭など何の役にも立ちません。

 

意識の世界のあなたを知っていくのに、あなたの頭を使わないでください。


それは自分を愚弄する行為です。

その思いの底に眠るエネルギーを感じられたならば、もう何もありません。

どんなに愚劣な自分だったかが、手に取るように分かるからです。


意識の流れを自分の中に呼び起こし、

そしてその流れの中でしっかりと自分の行く末を感じてください。


もう待ったなしです。私は、私達は帰ります。

私のふるさと、愛へ、母なる宇宙へ帰ります。

そのために今の肉があり、田池留吉、アルバートの意識、波動の世界との出会いがありました。


あなたは手ごたえを感じていますか。

今世肉を用意して、学んできた手ごたえを感じていますか。

自分に伝えることができていますか。

250年後の出会い、必ず果たしてください。

自分の中で確認をしてください。

 

1956)

 

 Zoomウェビナー、どうでしたか。

4日の14時、楽しみにしています。何も考えていません。

ただ学びの友、宇宙の友とともに思いを向ける時間、空間を楽しんでいくだけです。


田池留吉の学びに触れさせていただきました。

その思いを大切に、喜んで今の肉を終えていきます。

まだまだこれから、250年に至る喜びの時間、空間が待っています。


必ずや、次元移行の呼び掛けに応えていきましょう。


肉は私達の本当の姿ではありません。

ただひたすらに田池留吉、アルバートの波動の世界とひとつになる道を生きてまいりましょう。

険しいです。厳しいです。

しかし、この道しかありません。

証し人になってください。

 

1955)

 

 意識の流れはスピードを上げています。

 

意識の流れの仕事は着実に粛々と、ということには変わりはありませんが、

そのスピードは250年に至る三次元最終時期を目指し、

喜びで喜びで加速していきます。

 

ボーっと生きてんじゃねえーよということではありませんが、

気を引き締めて、しかしゆったりと喜びの思いで、今を過ごしていきましょう。


なぜ生まれてきたのか、

何をするために生まれてきたのか、

もう心で分かっていますね。

 

それをただ淡々と実行してください。

 

心の針の向け先をいつも確認して、

ともにある喜びの世界をどんどん自分の中に広げていきましょう。

 

出会えるんです。

思いを向ければ、いつも、いつでもともに生きています、ともにあります、

私はあなた、あなたは私、ひとつです、

そんな波動の中にあることを感じるでしょう。


喜びではないですか。

こんな喜びで幸せな時間と空間に自らをいざなっている、

今世、この計画を立ててきたことに、

真っ暗な自分に感謝しかありません。

間違い続け狂い続け、おぞましいエネルギーの塊の自分に感謝です。

ありがとう、その思いを宇宙に広げていきましょう。

 

1954) 

 

肉ある今を喜んでそして、真剣に素直に自分を思ってください。

自分を思うんです。

 

自分のこれからを、意識の流れの中にあり、

その流れに沿って生きているかを真剣に思ってみてください。


肉を持っている時間、どれだけ真剣に生きているのでしょうか。

肉を中心に据えて、やはり肉というものに心を残している現実が浮き彫りになっていませんか。

 

そう感じて学びをしているからと後ろめたい思いもあるけれど、

正直それに違和感もなく、肉の幸せ、安定をやはり望んでいるという実情ではないでしょうか。

 

実情は実情でいいんです。

学んでいますという姿勢を押し出していくよりも、

現状把握をしっかりとして、そしてそこから、さて自分はどうしていくべきか、

ということを自分なりに真剣に学んでいきましょう。


今、世の中はコロナウイルスで揺れています。

心にある不安、恐怖を炙り出し、先行きの見えないこれからを伝えてくれています。


完全に間違って生きてきた人類に、これからも矢継ぎ早に警鐘が鳴らされます。

肉基盤の思いからすれば、現象はみんな警鐘です。

 

ですが、思いを向けるということを学んでいるならば、

そこから伝わってくる波動を感じてください。

波動を読み取ってください

そして、思いの向け先はひとつだと、自分の心で感じ広げていってください。

ともにある喜びの波動がなせる業です。

 

1953) 

 

守ろうと思えば思うほど、苦しみの中に埋没していきます。

そんな転生を数限りなく体験してきたはずです。

もう止めましょう。

守ろう、その手を、その思いを離していきましょう。

離していく方向に自分を進めてください。


そうしないと、自ら闇の真っ暗闇の中に落ちていくだけです。

そのことはもうすでに心でお分かりだと思いますが、

分かっているけれど止められないと自分を誤魔化してきたんです。


守るべきものなんてないんです。

自分の心を、本当の自分を、愛を捨てた私達に一体何を守って、

どう生きていくのか、聞いてみてください。


馬鹿だ、大馬鹿だ、だけどもう帰ろう、本当の自分のところへ帰ろう、

素直になろう、本当の喜び、本当の温もり、本当の安らぎの中へ帰ろうと伝えてくるはずです。


そんな自分の中の切なる思い、必死の思い、必死の叫びに応えていってください。

それが優しさです。温もりです。喜びです。

 

ともに生きていこう、ともに歩いていこう、

今も、今もあなたの中から呼び掛けてくれている思い、波動にしっかりと応えていきましょう。

 

 

1952)

 

楽しいです。嬉しいです。

肉では色々とあっても、そして身体の調子がいまひとつでも、

ふうっと思える喜びと幸せの中に私は生きていると感じられることが、楽しい、嬉しいです。


宇宙、宇宙を思い瞑想です。

宇宙を呼びたかった、宇宙に思いを馳せたかった。

なぜならば、私は宇宙からやってきたから、宇宙は私のふるさとだから、

そんな思いが、私の中に響き伝わってきます。


それが私の瞑想の時間です。

異語が止めどもなく出てきます。

涙とともに異語が出る、爽快です。


時間にすればそんなに長くはない。

ただアルバートと呼べる私が嬉しい、何とも心地良いです。

肉という形を纏っている私は、

私の世界に心を向けられる今がありがたくて幸せです。

肉の安全、安定を思う思いももちろん出てきます。

だけど、私は今感じている波動の中にある、

この波動とともにあることを私は知っている、感じている、

そこは絶対に揺らがないです。


心に感じているものを大切に、大切にというメッセージを発します。

 

1951)

 

 昨日のライブ配信、僅か2分ほどで遮断されました。

色々と規制があって、ネットの世界も大変です。

 

ですが、その2分の中で、今回語りたいことを語らせていただきました。

あとは、それぞれが自己確立の道を着実に進めていけばいいだけ

だという学びの段階になったということです。


1週間後の土曜日に、違う方法でネットを通して

またともにお勉強できることを心待ちしています。


できれば、セミナー会場でともに瞑想をというスタイルをと思っていますが、

それもこれもまた意識の世界の計らいに沿っていくだけです。

私達は日々正しい瞑想をしっかりと遂行していくだけです。

 

1950)

 

 元あったところへ帰るだけです。

 

その思いを今世の肉を通して確認させていただきました。

元あったところを捨ててきたけれど、飛び出してきたけれど、

何もいいことはありませんでした。

捨てて飛び出て、もっと素晴らしい世界を手に入れようとしてきた、

何とも幼稚で愚劣な中にどっぷりと生き続けてきたんです。


形がないのに、形を持てばそれを自分だとしてしまう、

何でこんな愚かな自分達になり果ててしまったのか、

ようやく今世、そのことに触れる、学ぶチャンスを用意しました。


もう限界だったのでしょう。

あまりにも苦しく切なくやり切れない中でもがき苦しんできた自分に

最後のチャンスを用意したのでしょう。


それが今世だと私は思っています。後はありません。

剣が峰と表現してきました。

何はさておき、学ぶべき時にできる限り学んできました。

旬を逃さない。そうしてきたと自負しています。

その結果を踏まえて、これから250年に至る道を歩いていくということになっています。


心で受け止め、受け止めた心が生きる方向を定めていく、

意識の流れに乗って、元あったところへ帰っていく、

それだけが本道、喜びの道だと私は知っています。

 

1949) 

 

何が起きてもおかしくない局面にすでに突入していることを、

しっかりと心で感じてください。

 

肉、肉で何とかする、何とかできるという思いは捨てていきましょう。

何もできない、ただ呆然と立ち尽くすだけ、

そういう場面にこれからそれぞれが立ち会っていくでしょう。


そのとき、そのとき、心に何を思うのでしょうか。

どこに心を向けられるでしょうか。

 

すべてをご破算にしてということがなければ、

そしてポーンと飛び出していくことがなければ、

自分の世界は、何も変わりはしないということです。


そのチャンスを自ら用意しています。

飛び出していこうと固く思っているからです。

飛び出して、そして、自分の軌道を変えていくという決意に触れてください。

 

しっかりと正しい瞑想を重ね、その決意を確認して、

そして本来の自分の元に帰っていきましょう


千載一遇のチャンス。

 

これを軽く受け止めることなく、心から自分を大切に、

そして宇宙を、帰るべき宇宙を深く深く思って生きていきましょう。

 

1948)

 

 自分と自分の中での学びです。

自分の生きていく方向をきちんと正しい方向に定めていけるように、

すべて自分が用意して整えてきた肉の、形の世界でした。

それが分かりませんでした。全く分りませんでした。

今世の肉を通して学ぶということがあったから、

ようやくそうだったんだという、本当にお粗末な自分の世界でした。


肉、肉の世の中の流れの中で、自分の中に意識の世界を呼び覚まし、

そしてその流れに乗って存在していくという中心棒の確立が何としても必要です。

それがなければ、形としては学んでいるだけで、

自分の中は殆ど何も変わってはいない、それが現実だと思います。


肉ではない、肉、形の世界は影だ、そう自分に言い聞かせても、

自分の根本が変わらなければ、それは空しい言葉の響きだけを残していきます。


だけど、切なる思い、叫びがあります。

だから、未曽有の天変地異が必然的に起こってきます。

地軸が動く、想像の範疇は超えていますが、

どういうことなのか、あなたの意識の世界はすでにご承知です。

 

1947) 

 

今世、始まったばかりの真実へ帰る道。

 

そうです、愛を知っていく、本当の自分を知っていく学びは今世始まりました。

その今世始まった学びも、田池留吉という意識の世界が肉を置いた時点で、場面が変わりました。


250年に至る三次元最終段階へと学びの歩みを進めていく準備は滞りなく整えられたから、

田池留吉という意識の世界は肉を一旦置いたのでした。

もう少し、その肉とともにお勉強をという思いはありましたが、

意識の世界からは、その必要なしということだったのでしょう。


あとは、それぞれの心の中で、

田池留吉の意識の世界との交信をして、

真実へ帰る道を進めていく段階です。


ともにある喜びと幸せ。

初めからともにあったという確信。

 

あなたの中の宇宙とともに私の元に帰ってきなさいと、

いつもいつも呼び掛けてくれている波動の存在。


肉を持てた喜びと幸せ。肉を持つことの意味。

 

日々、苦しみもがきながらも、正しい瞑想の中で、

しっかりと感じてそして、自分に本当のことを伝えていきましょう。


ライブ配信予定日、3月28日(土)午後2時

 

1946)

 

 4月志摩セミナー開催、微妙です。

今の状況からしておそらく中止の方向にいくのではないかと思います。

その先の予定も未定です。


いいではありませんか。肉、形の世界のことは不確実、不安定です。

今更というわけではありませんが、コロナウイルスの現象がそれを証明してくれています。

 

けれど、私達が住んでいる意識の世界はそうではありません。確実、安定です。


自分の中に帰る、戻る、その喜びと幸せさえ確立していれば、

それを淡々と進めていけばいいだけです。

 

自己確立の重要性、自己確立の喜び、

きちんと自分の中で確認していけるよう学びをして、

今世の肉を置いていきましょう。

 

1945) 

 

一人静かにゆったりと 今を思うことに尽きます。

それが唯一の幸せ、喜びの時間だと感じます。

 

今、自分というものが肉という形を持ってここにある意味を深く味わう時間と空間は、

大変大切なものだと思います。


目を開け言葉を発し、肉、形の中でどんなに思いを馳せても、

それはやはり、肉、肉の世界のこと。

それよりも、目を閉じるんです。

目を閉じるだけでいいとは言えませんが、まずは、ゆったりとする、

身も心もゆったりとできる環境をほんの少しでも作るということを、

肉としての努力目標にしてください。


肉でできることはそれくらいしかありません。

 

心を見ることはもちろん最重要なことだけれど、

それもまた肉基盤では、

やはり自分が正しいというところから見てしまうということになっているかもしれません。

すべてをご破算にして、心を見る難しさがあります。


他力の中に生き続けてきた私達にとって、

どれだけそれを意識へ、本当の世界へ転回していくのが

難しいことなのか痛感されているところだと思います。

 

それでも、それぞれの心でしっかりと学ぶ姿勢を継続しましょう。

継続できるか否か、それはそれぞれの心に感じた、

感じている波動の世界が左右するでしょう。

忘れられない、ここへ戻ろう、そういうことだと思います。

 

1944) 

 

学びの友からのメールです。一読ください。


ある現象に心が引っかかっている時、

ふっと、私は目に見える現象を一生懸命塗り替えようと苦心惨憺してきたんだなあと思った。

映し出された影を一生懸命に消そう、変えよう、自分の想うとおりに塗り替えようとしてきた。

元はこちらなのに...と。

この今まで何百回と聞かされてきたこのことが、ストンと自分の心の中に納まった。


なんと愚かな自分かと思った。

本当に、無知とはこういうものかと、あっけにとられるぐらいの感覚やった。

映像を変えようとする他力の思いと、

自分の心を見つめていこうとする本道とは、

まったく相いれない、全く違う道だと思った。

全く違う学びということにようやく気付き始めた今日この頃、

今まで学んでいると思っていた学びは、まったく学べていなかったのです。

でもしかし、この間違いに気付いていくための私の道のりだったのでしょう、

だから間違ってきた自分にもありがとうの思いでいます。

よかった、これからやね、厳しいけど、やっていかなな。


ただ思う、ただ心を向けてみる、肉では説明ができへんけど、

この効用というのか、ここに大きなポイントがあるように思えてくる。

ありがとうございました。

 

1943)

 

 ともにある喜びと幸せ、心で感じてください。

田池留吉、アルバートとともに、本当の自分とともに、

いつもいつもあることを、ただそれだけをしっかりと自分の中心に据えてください。


他力的な思いではなく、ただそう思えることが嬉しい、

心からありがとうの思いが噴き上がってくる、幸せだ、嬉しい、ありがとう、

そんな心を向ける時間をたくさん、たくさん持つようにしましょう。


一回の時間は短くても、

日々ふうっと思う、思える時間を増やしてください。


「私はあなたの中にいます。

ずっとずっと初めからあなたの中にいます。

私はあなたです。あなたは私です。ひとつです。」


この思いとともにいつもいつも生きていきましょう。


肉、形の世界は、さらに混迷の度を増してきます。

だからと言って、自分の中に逃げ込むのでなく、

その様子をしっかりと心で受け止めていきましょう。

 

そうしてこそ、自分の中の中心棒のありがたみ

さらに深みを増してきます。

 

きっぱりと自分の行く方向が見えてくることに、

ただただよかった、嬉しい、ありがとうだけだと思います。

 

1942)

 

 肉で肉として生きていく苦しさ、空しさ等々、

今世の肉を通してしっかりと学んでいきましょう。

そうやって過去繰り返し、繰り返し自分を苦しめてきました。

もうその苦しみから自分を解き放していきませんか。


肉、肉、肉、もういいではありませんか。

間違ってきたことを心でしっかりと感じ分かってきたならば、

そこから一刻も早く自分を本来の自分の軌道に戻すことを始めてください。


心で気付いた方から始めてください。

宇宙が変わっていく喜びを自分の中で味わい、

味わい尽くし、今世の肉の時間を終えていくとしましょう。


はっきりとしっかりと自分のするべきことを知り、

歩いていく方向、生きていく方向をきちんと定めていけるように、

肉を持つ時間、大切に有効に使ってください。

 

肉、つまり偽物の自分を生かすために肉を使うのではなく、

本物の自分を信じていけるように、肉を肉の時間を使っていきましょう。

 

1941)

 

 コロナウイルスで世の中は忙しいけれど、

見て聞いて流れていく時間の中に自分を埋没させることなく、

今ある喜びを心でしっかりと受け止めていきましょう。

肉に思いを向ければ心ここにあらず、

これからもそういう現象が目の前に展開していくと思います。


中心棒はありますか。中心棒はぐらついていませんか。

肉を救う、肉の心を救うのではなく、

もっと根本的な救いの手を自分に差し伸べていきましょう。


そうすることが、そうできることが、ただただ嬉しい、ありがとう、幸せ、

嬉しい涙とともに心からありがとうの思いが満たされていく、

宇宙が喜んでいる、宇宙とともにあった自分達だったということを、

それぞれの心の中で、意識の中で味わってください。


肉の喜び、幸せも本来の喜びと幸せにしていってください。

肉あればこそ、真実の波動の世界に触れる、

その中に生き続けてきた自分達だったと知ることができる、

こんな喜び、幸せの人生はありませんでした。

 

1940)

 

 何を思って死ねるのか。

どんな状況で肉を置いていく時が来ようとも、

死ぬ瞬間、心の針を合わせていけると確信していますか。


肉ではできません。

肉でそうしようと思っていても、その時、肉体的に苦痛を伴っているかもしれません。

意識が朦朧としている中かもしれません。


心の針を合わせていける確信とはいったいどういうことを言うのでしょうか。


肉では決して推し量れない意識の世界です。

ただ、肉でできることはいつも思うことを忘れないようにするということだけかもしれません。


日々、色々とある中で、どんなに忙しくまた心が乱れても、

それでもふうっと思える瞬間があります。

平時ではもちろんのこと、いつも思うは田池留吉の姿勢

肉を持つ時間を過ごすということになるかと思います。


形の世界を死守することはできません。

影は死守できません。

初めから何もなかったんです。

総崩れというけれど、元々何もなかった世界へ戻していくだけです。

何もない。だけどあります。

ともにある喜びと幸せは永遠に無くなりません。

 

1939)

 

 私は私との約束を果たす、ただそれだけです。

苦しみの奥底からようやっと這い上がり、自分を信じていこう、

これが最後、必ず自分との約束を果たす、

そう自分に誓ってきたから、学びに繋がったのです。


夫を殺してきたなという田池留吉の意識の世界からの一言に、

私の確たる決意が表れていました。


喜び少ない、夫を殺した、短いフレーズだけで充分でした。


それならばお前、お前が言うところの真実とやらを私に示せ、

そう決死の思いで学び始めてから30年近くの年月が流れました。


田池留吉の意識が肉を持っている間に、ほぼ予定通り今世の学びを進め

あとは自分の心の針の向け先をいつも確認して、

肉は愚かだから細心の注意を払って、

三次元最終のお勉強へと進むことだけを思っています。


選択肢はひとつ。肉での希望、要望はなし。

ただ意識の流れに忠実に自分を乗せていく

極めてシンプルな生き方があるのみです。

 

1938) 

 

思う喜び、思える喜び。

私はやはりこれに尽きると感じています。

何を思うか、思えるか、そして思ったらどうなるのか、

どんな世界が広がっていくのかを学ばせていただいています。

学びに触れ30年近くになりますが、本当によかったと思っています。


幸せってこうだったんだ、私は喜び、温もりの中にあったんだ、

私は私を知らずに、いいえ信じられずにずっと生きてきたんだと、

学ぶ時間をいただきました。


出会いをありがとう、瞑想をすればいつも応えてくれます。

そう伝えてくれます。

これって何だ、すごいなあともうそれが嬉しくてありがたくてという瞑想の時間を重ねています。


次元を超えて、私は私のふるさとへ、

愛の自分へ帰っていく道

突き進んでいきますと確認できる今が嬉しいです。


ともにある喜びと幸せ。ともに生きていける喜びと幸せ。


愚かな肉を携えて、いいえ携えることができたから、

今世に出会いがあったと確信しています。

 

1937)

 

 自分がなぜ生まれてきたのか、

本当は何をするために生まれてきたのか、

それを心で知る、分かるということ、そこのところが分かれ道になります。

 

そこのところが違えば、たとえ、夫婦、親子その他近しい関係であっても、

生きていく方向、歩いていく方向は違います。

今世、縁あって近しい間柄になったのだから、

できれば、生きていく方向、歩いていく方向が同じであればと思います。


それはさておき、学びに触れた私達です。

自分自身が、まずしっかりと学びましょう。


なぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのかを、

いつも問いかけて心の針の向け先をいつも確認しましょう。

確認できる今が幸せです。


どんなに間違ってきても、自分の中で間違ってきたことに気付いていければ、

自分の生きていく方向、軌道を修正できます。

軌道修正に取りかかってください。

 

1936)

 

 同じ映像を見ても、同じ音声を聞いても、感じ方は違います。

映像、音声、それらは形の世界のことです。

それを心が意識がどのように受け取り、そこから何に心を、

意識を向けていくか、それによって住む世界が違ってきます。

時間空間は同じかもしれませんが、

向いている先が違えば生きていく方向が違うということになってきます。


肉、形の世界を取っ払って、そしてただ自分の今ある世界に思いを向けていくことを、

日常の中で繰り返し学んでまいりましょう。


肉を持ちながら、目をしっかりと開け、耳をしっかりと開き、

そこから感じる世界をまず自分の中で確認していくことが大切です。


その世界に流される、沈むのではなく、

確認したものを自分の中の喜びと温もりへ返していく、

そうすることが肉を持っている意味であり、

そうできることが自分の喜びである、そんな時間を重ねていきましょう。


そして、目を閉じます。思います。呼びます。

田池留吉、アルバート、本当の自分、愛、心のふるさと、

母なる宇宙と思いを向けていきます。


限りなく広がっていく喜びと温もりの世界にある自分だったことの確認作業、

肉を持ちする瞑想の醍醐味です。

 

1935)

 

 何が本当のことなのか、

色々なところで形の世界が崩れていくことによって、

それぞれみんな何かを考え始めると思います。


何かおかしい、何かがおかしい、どう生きていけばいいのか、

もしかしたら、何かとんでもない間違いをしてきたのだろうか、

さらにさらに形の世界が崩れていくことによって、

祈りを救いを求める思いも増幅するけれど、

その一方で、何かがおかしいと感じ始めると思います。


何かがおかしい、そうおかしいんです。

狂った心、意識の世界が形として表れているというところまで、地球人類が行き着くには、

まだまだ時間と総崩れという現象が必要ですが、それはきちんと成してきます。


意識の流れがあるからです。

意識の流れ、その流れに沿って、その中に溶け込んでいくことしかないと心で分かるまで、

どんどんどんどんさらにさらに形の世界は崩れていきます。

必然のことです。

間違った世界は正される、ただそれだけのことです。


それだけのことですが、肉を本物とするところからは、それは到底分からないことです。

つまりは肉から意識へ自分を転回していって初めてその通りだとなってくるのです。

 

1934) 

 

日々、瞑想をしていますか。

正しい瞑想の純度は上がっていますか。


すべて自己診断です。

自分で判断してその結果を自分で受けて、

そしてまた自分の中を歩いていく、限りなくどこまでも。


自分の生き方、あり方、しっかりと精査して喜びの人生としましょう。


苦しみの中に自ら落ちていくことを止めるだけです。

難しいことだけれど、喜びを幸せを求めて自らを苦しみの中に沈めてきた事実、

現実をはっきりと知ることです。


誰のせいでもない、何のせいでもない。

自分を本物の自分を見失い捨て去ったからでした。

 

だから元あったところへ戻っていけばいいだけです。

 

帰るところはここだよと伝えてくれている思いに、

素直に沿って生きていけばいいだけです。

 

ただし、肉を本物とする抵抗勢力のすごさを心得てください。

半端なことでは元あったところへ戻れないし、

本物の自分の思いに素直に沿って生きていくことはできません。


日々、どんな思いで瞑想をしていますか

正しい瞑想とはどんな瞑想か

心で分かっていますか。

 

1933)

 

 学びは本物の自分と偽物の自分との学びです。

 

まずは本物の自分と偽物の自分があることに気付いていく必要があります。

 

肉、形を本物として生きてきた自分は紛れもなく、偽物の自分です。

 

その偽物の自分の思うこと、言うことに沿って日々の生活を送っているというのが、

この世の常識です。その常識の中で、肉、形の世界は影の世界だとは決して思えないです。


目に見え耳に聞こえ手に取れる実感があります。

到底影なんて思えるものではありません。けれど影です。


心の目を覚ましていきましょう。

 

そして、覚ました目を通して、自分の生き方、存在の仕方を

自分に問いかけていく方向に学んでいきましょう。


生れてきたことにどんな思いを持っているか、

本気になって真剣に自分に問いかけてください。


ライブ配信予定日、3月14日(土) 午後2時

 

1932)

 

 肉で生きていく時間は、

さらに先行き不透明な時間となってきます。

肉の安全、安心を求め、心は右往左往します。

当然です。

そんな転生を繰り返してきました。


肉を捨てろ、肉の思いを捨てろと言われも、肉を持っている以上難しいです。

ただ弱めていく、緩めていくことは可能です。

 

それも修行的な思いではなくて、自然にそうなっていくんです。

なぜならば、自分の心に響き伝わってくる波動の世界があるからです。

 

その波動の中にずっと生かされていた、存在していた自分達だったと心で感じ始めてくると、

もういい、もう自分を苦しみの中へ落としていくのは止めにしよう、ごめんね、

自分を知らずに生きてきましたと、自然にそんな思いが湧いて出てきます。

 

それはどこから、それは自分の中からです。

そう思えてくるんです。

 

肉、肉と肉にしがみついてきた自分の哀れさ、愚かさを感じるから、

今世こそ自分を本当に温もりの中へ喜びの中へ

いざなっていこうと心の中から突き上がってきます。


そういう時間をしっかりと持って、

今世を転換期に本道、愛へ帰る道、

本当の自分の世界へ帰っていく道を歩き出してください。

 

ともにともにということを心に、一歩歩みを踏み出していきましょう。

 

1931)

 

 私達は本当に幸せ者です。

宇宙一幸せ者と言っても決して言い過ぎではありません。

 

なぜならば、田池留吉という真実の波動の世界を学ぶチャンスに出会ったからです。

 

このことが、まだいまいちピンとこない人は、自分達がどんなに間違ってきたか、

いいえ間違ってきたことさえもまだまだ心から分かっていないかもしれません。

いいえきっとそのはずです。


肉を自分だとすること、これって本当に間違いだった、

狂ってきたとどの程度心で感じていますか。


自分を捨てたんです。本当の自分を捨て去ったんです。

 

足蹴にしてきたから苦しみの奥底に沈んだのも当たり前だったけれど、

こんな苦しい人生と、あいつがこいつが、これがあれがと

いつもいつも責任転嫁していった愚か者、卑怯者が私達人間と呼ばれる生き物でした。


もう、生きる方向を変えていきましょう。180度転回していきましょう。



もちろん、肉で生きろ、肉がお前だという思いも当然の如く、怒涛のように来ます。

自分の心の奥底から突き上がってくる叫び、悲鳴に心を傾けてください。

ですが、ですが、その真意をしっかりと組んであげてください。


組んであげられる私達なんです。信じていきましょう。

 

1930) 

 

心の針を自分の中に向ける、思いをしっかりと見ていく、

そのためには、ある程度ゆったりとした時間と

ある程度の体力気力が必要となってきます。


肉に流れていくのは本当に容易いです。

それをずっとしてきたから、そこに馴染んできたから、本当に容易いことです。


中心棒の確立、自己確立をお急ぎください。

 

あとどの程度肉を持つ時間があるか、それを念頭に、

ただ自分との約束を今世こそ反故にしないという思いで、

日々の生活を送っていきましょう。


自分に今用意されている、用意している中で、

どうぞ、しっかりと瞑想をしていきましょう。

 

思いを向ける、向けられる喜びと幸せを味わって、

そして、自分を大切に、今という時を大切に、

肉を持つ本当の意味を心から感じてください。

 

1929) 

 

今、コロナウイルスという意識の世界からのメッセージで、

それぞれにみんなゆったりと瞑想をする時間があります。

 

セミナーもいいけれど、そして学びの友と瞑想をする時間もいいけれど、

文字通り一人ゆったりと自分と自分の世界を思う時間も同様に、

いいえそれ以上にいいものです。


自分の学びに対する姿勢、生き方、これからの自分、

色々と思いを馳せる時間としましょう。


4月以降もどうなるか不透明な状況かもしれません。

ですが、自分に対する信、自己確立の道がきちんとあれば、何も案ずることはありません


自分と自分の学びです。

 

田池留吉、アルバート、母なる宇宙の波動の世界に生きている自分達だと心で知れば、

本当に何も案ずることはありません。


呼べばいいんです。思えばいいんです。

 

喜びも温もりも幸せも全部全部自分の中にあった、

今の肉を持っている間にしっかりと学んでいきましょう。

 

1928) 

 

自分に対する信、思うは田池留吉一筋

生きていくのかどうなのかが問われます。

自分と自分があるだけだということをお忘れなく。


肉と肉がツーカーと分かり合っていると思っても、それは所詮肉の世界のこと。

意識の世界ではどうでしょうか。


ゆったりと自分の世界を楽しんでください。

おどろおどろしい世界でしょう。

そんな世界を立派だ、我を見よと威張り散らしてきた滑稽な自分だったと分かっていきましょう。

 

本当は苦しい、哀しい、辛い、寂しいと叫びたかったけれど、

それを許さない自分があったと分かりますか。


もういいんです。叫びましょう。解き放していきましょう。

自分の中で、自分の中の温もりの中で、しっかりとさらけ出してください。


何も求めなくてもすでに満たされていました。

それが分からなかった、信じられなかったから、

地獄の苦しみから自分を救い上げることができなかったと、

今世学ばせていただいたのではないでしょうか。


みんな、みんな帰れるところがあった、

温もりの世界へ喜びの世界へ

元々あった中にもう帰っていこうと、自分に伝えていきましょう。


 

1927)

 

 アルバートの波動との出会い。

揺るぎのない事実、現実。

もうそれがすべてでした。

心から呼びたかった、出会いたかった、その思いが一気に噴き出し、

闇黒の宇宙の世界が動き始めました。


ただ嬉しかった。

狂い続け、苦しみの奥底の底の底を這いずり回ってきたけれど、

自分の中の真実を垣間見たから、

自分に詫びることしかありませんでした。

我の宇宙は素晴らしい、よく言えたものでした。


肉を持ってアルバートの波動を伝えにきてくれた、

次元を超えていきましょう、ともにあるんですよ、

ひとつですと伝えにきてくれた、はっきりと知ったから幸せです。


なぜ生まれてきたのか、何をするために今があるのか、

やはりここが一番大切なポイントです。

 

ここが分かれ道でしょう。

それぞれの心から導き出して、それを自分の中心に据えていってください。

自己確立をしてくださいと、繰り返しメッセージを出しています。


自分と自分の中で学ぶ、正しい方向に舵を切って、

喜び喜びの本道を突き進む、速やかにその体制を整えていきましょう。


コロナウイルスも応援してくれています。

じっくりとゆったりと自分と真向かいになる時間と空間を楽しんでください。

喜んでいきましょう。

 

1926) 

 

 

見逃せない心、思いの世界。

しっかりと肉を持っている今、自分の中で確認してください。

思いを逸らさず、蓋をせずに、きちんと自分と向き合う勇気を持ちましょう。


みんな真っ黒けのけ。みんな愚か。

それでもその真っ黒、愚かを互いの肉を通して見ていく喜びがあります。

真っ黒な自分、愚かな、愚か過ぎる自分、

どうしようもない自分をしっかりと確認していきましょう。


落ち込む必要はありません。ただ嬉しいだけです。ただ幸せなだけです。

宇宙一大バカ者が宇宙一幸せだったと心で感じてください。

お金で神で幸せになれるなら、とっくの昔になっています。

今頃、愛の人、愛の人で溢れています。もちろん、肉を持つ必要などありません。

 

なぜ形がない私達に肉があるのか、

その根本に地球人類みんな触れていかなければなりません。

まずは今世の肉を通して学びに触れた意識からです。

 

特別意識は捨ててください。

真っ暗闇の地獄の奥底から這い上がってきた意識だとご自覚ください。

そして、そこから、波動の世界に生きている、真実の波動の世界に生きている、

それこそが自分達の本当の世界

そのことに心で知っていく心で分かっていく道筋を一歩進めていきましょう。

1925)

 

 4月から始まる予定の「ともに瞑想会」の参加ご希望の方達の名簿、

途中経過ですが、その報告を受けました。

すうっと名前掲載のページを見るだけで私は嬉しいです。

ありがとうございます。

 

1924) 

 

環境、条件が整い揃えば瞬時に飛び出すエネルギー。

殺戮のエネルギー。決して他人事ではありません。


闘って闘って闘いの中でずっと生きてきた意識の世界。

その意識の世界を根底から覆す難しさがあります。

180度転回していく難しさです。

けれど、喜びだけだった、喜びが自分達の本当の姿でしたと分かっていく流れがあります。


私は愛でしたと心から知っていく道です。

愛。

愛が分からなかったから、愛を間違え続けてきたから、

闘いの中に自らを沈めるしかありませんでした。


闇黒の宇宙。私達が垂れ流してきたエネルギーの塊があります。

それが私達でした。そして、私達は、今世の肉を通して学びに繋がりました。

 

闇黒の宇宙を際限なく広げてきた中で、

喜びの世界があなたの世界ですとメッセージを受け取りました。


「喜びへ帰ろう。温もりへ帰っていこう。」

形の世界が総崩れの中で、

ただその呼び掛け、いざないだけが、響き伝わってきます。


三次元最終時、UTAとともに次元を超えてまいりましょう。

 

1923)

 

 肩の力を抜いて瞑想をしましょう。

ゆったりとゆるりとただ思うことをやってください。

幸せでしょう。嬉しいでしょう。

 

ふうっと思える喜びの中にあります。心の中から響いてきませんか。

思う喜び、思える喜び、心の針を向ける喜び、合わせていこうと思える喜び、

たくさん、たくさん、何度も何度も味わってください。


肉を持てたからこそ、学ぶチャンスに恵まれたからこそできる体験です。


みんな真っ黒けのけ。みんな愚か。

みんな自分を知らずに生き続けてきました。


けれど、その生き方の軌道を変えることはできます。

変えていきましょうとの呼び掛けをいただきました。

肉から意識へ軌道を変える、基盤を変える、

喜びで喜びでそのことを成していきましょう。

 

1922)

 

 離していこう。

しがみつく、死守する、その思いをしっかりと見ていきましょう。

文字通り身軽になっていきましょう。

 

散々自分を落とし込め、苦しめてきたことを心から知り、そんな自分に詫びていってください。

自分に懺悔です。本当の自分に懺悔です。懺悔は喜びです。

間違ってきましたと心から知っていけば、どんどん喜びが幸せが広がっていきます。

 

その体験を何度も何度もしてください。

ここまで、これでいいということにはいきません。

それほど、間違い続けてきた私達だからです。

それでもただ待っていてくれていたと心で感じます。

信じて待ってくれていた、こんなこと肉、形の世界では絶対に味わえないです。


裏切り続てきたんです。切り捨て、見限り、足蹴にしてきたんです。


それなのに、ただ信じて待ってくれていたんです。

形ある世界で、誰が何がそんなことをしてくれますか。


やられたらやり返せを合言葉に闘い抜いてきた心に、

本物の優しさ、温もり、喜びを伝えていきましょう。

根気よく抵抗勢力に伝えていきましょう。

 

1921)

 

 何も特別に望まない。何も特別に欲するものもない。

ただ、これからの自分の行く末をしっかりと見定めていく喜びと幸せ、充実感、

そこだけに思いを集中していこうとすることに、中がそうだそうだと一斉に叫ぶ。


意識の世界に生きていることを、今世の肉を通して学ぶチャンスを得ました。

 

なぜ苦しみ続けてきたのか、何を間違えてきたのか、

真っ直ぐに自分に問いかけていく学びに触れました。


肉、形を基盤とするところからは何も見えないことを、

徹底的に伝えていただきました。

自分を肉から意識へ180度転回していく難しさはあるものの、

帰ってきなさいという本当の自分からのメッセージをもう決して反故にはできないでしょう。


それしか自分を救い出す手立てがないことは、

もうすでにそれぞれの心で感じておられると思います。


本物の優しさ、温もり、喜びの世界へもう帰っていこうという思い、

決意をそれぞれがそれぞれの心でしっかりと確かめていける今です。


形の世界が崩れていくからこそいいんです。

 

これだけは、ここだけはは、全く通用しない流れに突入しています。

これからさらに、意識の流れの本領発揮という時間を迎えていくと思います。

 

1920) 

 

心からありがとう。

そう言って思って瞑想をしていける喜びと幸せ、あなたは今、満喫していますか。

肉でどんなに満たされようとも、心の中は荒み荒れ狂っている、寂しさの中で狂っている、

そんな自分の世界を、今、肉を持っている今、しっかりととらえていきましょう。


そうしていくことが、どんなに喜びであるか、幸せであるか、あなたはもう感じていることでしょう。

 

目を逸らさずに、思いを逸らさず、自分の中をしっかりと見て、

その自分と向き合っていく勇気が必要です。

 

自分の中に、自分のふるさと、愛へ、母なる宇宙へ帰りたいとする思いを

真正面からとらえていけば、肉を持って、今、自分の中を感じていけることが本当に喜びだと、

何にも代えがたい幸せだということが歴然としています。


それでも、肉を持っているから、

どうしても肉のほうに思いを向けて誤魔化し、蓋をしようとしていく心癖、

どなたにも根深く、根強くあると思います。


それでもです。

ともに生きていこう、ともに帰ろうの呼び掛け、いざないをしっかりと受けてください。

受けていきましょう。

私達の帰るところはひとつ、そうはっきりと知ってください。

知って信じられるあなたに復活してください。

 

1919) 

 

2月の志摩セミナーの終了するときに、

一回でも多くともに瞑想をする時間と空間を共有したいと思う

という思いを語らせていただきました。


くしくも、3月のUTAホール志摩セミナーは中止になり、

今月半ばの琵琶湖セミナーも、状況次第ではというところです。


一堂に会し、ともに学べる喜びを一回でも多く味わっていこうという思いで、

私はセミナーに集っています。

これから、今回のように、そういうことが難しくなっていく事態は起こってくるでしょう。


もちろん、そういう場合であっても、ネットでという手段もあります。

ですが、そのネットさえうまく機能できない事態も起こってくるでしょう。


色々な場合を想定して、しっかりと本腰を入れて、

自分と自分の学びをしていきましょう。


真実は自分の中にあります。

 

田池留吉の世界、本当のあなたがあなたにいつもいつも、伝えてくれています。

その安心感、幸福感、しっかりと自分の中で成長させていってください。

心の針が外に向いていては、学んでいるとは言えません。

 

常に針は中に。


すでに、自分に対する信を問いかける局面にあることをご自覚ください。

 

1918)

 

 肉からの脱却。

難しいことだけど、そうできる道筋を伝えてもらい、学ばせていただいてきました。

宇宙を思う、宇宙を呼ぶ瞑想が私には最高に幸せな瞑想です。

 

宇宙を呼びたかった。

宇宙に思いを向けて、帰りたいと本当に心の底から叫んでいる自分と

何度も何度も出会わせていただきました。


田池留吉の肉があったからこそ、

私は自分の中に宇宙を思える喜びと幸せを味わってきました。

母なる宇宙と心から出てきて、本当に嬉しかった当時を思い起こします。


250年後の集大成に向けて、今世の肉は可能な限り心を合わせていきます。


肉を持たずに存在する時間を経て、

再び、この世に肉を持たせていただく環境を整えています。

アルバートと心から叫べる私が嬉しい。

ただただ嬉しい。

帰ろうと心から呼び掛け、そして、私達はさらに意識の世界を歩んでまいります。

 

1917) 

 

愚か過ぎる肉は もうどうでもいいというのではないけれど、

周りと無用なトラブルさえ引き起こさなければ、

ある程度許されていると思っています。

愚か過ぎる肉だとしっかりと自覚していれば、

もう自分のすることはたったひとつなんだと思えてきます。


たったひとつ、それはそれは難しいことだけど、

自分の中がそう切望してきたから、

これは何としてでも果たしていこうという思いは、

決して揺らがないでしょう。

 

心に感じさせていただいた波動、思い、

ここから自分を逸らせるわけはありません。

心に寄せては引く波のように響き伝わってくる波動の世界です。

ああ、私は私達はこの中に生きている、いざなわれている、はっきりと感じられます。


呼び掛け、いざない、心の中に強く強く伝わってくる今ではないでしょうか。

みんな真っ暗闇の底の底の奥底のまだまだずっと奥底から

這い上がってきた意識だったということを自覚して、

それでもこうして喜びの中に、温もりの中に帰っておいでと呼び掛けてもらっている、

いざないを受けている、自分で自分に指し示していることを本当に心から分かれば、

愚か過ぎる肉にも またありがとうしかないと思います。

 

1916)

 

 母なる宇宙へ帰る、温もりの喜びの中に

ひとつに溶け合っていく喜びと幸せ、

それを私達は切望してきました。

本当なんです。宇宙に思いを向けてみてください。

どんなに帰りたいと叫んでいるか。

帰ろう、帰れるんだと伝えていけば、

本当に帰れるのか、本当なのかと何度も何度も聞いてきます。


本当に帰るところがあるのか、あったのか、

そんな思いが響き伝わってくる様を心で感じていけば、

もう何とも言えない思いです。


そうだよ、そうだよと私達が帰るところは、私達のふるさとはあったんだ

帰ってきなさいと伝えてくる温もりの中に、喜びの中に、

みんなみんな飛び込んでいこう、そうやってどんなに真っ黒な宇宙でも、

必ず帰っていけることを、繰り返し繰り返し思ってください。


もう嬉しいだけです。

肉を用意して、アルバートの波動を伝えていただいた意識は、最高に幸せです。

アルバート、心から待ち望んできた出会いが、

本当に現実のものとして心に広がっていく、

そんな時間と空間を持たせていただいたことに、感謝しかありません。

 

1915)

 

 肉を持って生活をしていく中には、それこそ色々とあります。

形の上で、肉の思いとして、これはいいこれはだめと振り分けて、

自分の思い通りになっていけばそれでよかった、

嬉しい、幸せだと単純に生きてきたのが私達だと思います。


学びをしてきたから、形も整ってきたんだと、思っていますか。

確かにそれはあるかもしれません。

学びに出会わなかったなら、私は今頃どうなっていたか分からないと、

学びに触れたことを喜んでという反省文もたくさん目にするし、話も聞きます。


いつまでも暗い心のままでいるよりも、

少しでも喜んで前向きに学んでいくことは何よりも大切です。


ただ、自分に対する信、たったひとつの真実とともに生きていこうとする信を、

これからそれぞれに何度も何度も問いかけてくるでしょう。

心の揺さぶりを自らにしていきます。

 

学びをした成果として、段々肉のほうも整ってきますという言葉を掴んで、

他力の土壌のまま私は学んでいますと思い込んでいるのではないか、

さらに厳しく自分に問いかけてください。


自分の中の本当の自分、真実の世界に目覚めていくということで、

今世、肉を用意し学びに触れさせていただいたという事実を心で味わっていきましょう。

 

思うは田池留吉一筋の道。

これ以外に自分を救い出す道はありません。

 

1914)

 

 よかった、嬉しかったです、そう笑顔で言って帰っていかれるのが嬉しいです。

色々と学びの友のご協力をいただくから、「ともに瞑想会」が開催できます。

全部お膳立てをしていただいて、本当にありがとうございます。


基本的には、土、日、祝日に会場予約をするということですが、

抽選なので、月によっては平日になる場合があります。


また、「ともに瞑想会」=大阪という感じが肉の私にありますので、

その辺のところもご理解ください。

 

もちろん、意識の世界では、そういうことは一切ございません。

どこにいようが、思えば通じる世界です。

 

ただ、肉が不器用で、あっちもこっちもと気を配ることができず

申し訳ないなあという思いがあります。


色々とありますが、「ともに瞑想会」に思いを向けてみてください。

ともに成長していきましょう。いい会場です。

100名来てくだされば私は大満足です。

その方達がよかった、嬉しいと笑顔で帰っていかれたら、それでいいんです。

そんな時間と空間を共有できれば、最高に幸せです。

あとは何も要りません。肉としてでもそう思います。

意識の世界は言うまでもありません。

「ともに瞑想会」に参加させていただきありがとうございます。

 

1913)

 

 ともに行こう、ともに生きていこう、そんな力強い呼び掛け、いざない

心で応えていける喜びと幸せを存分に味わっていきましょう。

 

今の肉を通してどんどん伝わり響いてくる波動、エネルギーの世界があります。


目を閉じてしっかりと自分の心の針を向けて合わせて、

そしてその波動、エネルギーを受け止めてください。

 

もちろん、それはあなたの外からくるものではありません。

あなたの中からどんどん湧き起り噴き上がってくる

喜びのエネルギーです。


そのエネルギーはあなたの中の間違った真っ暗闇のエネルギーをしっかりと伝えてくれます。

帰ろう、帰ってきなさいと自分が自分に伝えている様を、

しっかりと心で感じそして、伝わってくる波動の世界、エネルギーを楽しんでいきましょう。

 

よかった、嬉しい、ありがとう、そんな思いで、

自分の中の宇宙、自分自身が本当に喜んでいることを感じてください。

苦しみではなかった。

真っ暗闇の中にいたけれど、まだまだ真っ暗闇だけど、

それがたまらなく嬉しいということでしょう。

なぜならば、帰るべきところを知ったからです。

みんなとともに宇宙の友とともに帰れる喜びと幸せに

ようやく巡り合った感触があるからではないでしょうか。

 

1912)

 

 今世をラストチャンスととらえてください。

今世の学びを通して自分の心に感じたものを足掛かりにして、

それぞれにこれからの転生を迎えます。


何度かあります。

それらの転生を経て、必ず自分を250年後に繋ぐという確信を持って、

今の肉を置いていってください。


それが今世、ラストチャンスだと言っている意味です。

今世、自分の中に足掛かりをつけることなしに、

250年後の出会いは難しいと思ってください。


厳しいと思うならば、

どうぞ、正しい瞑想をしてこのことが厳しいことなのかどうなのか、

自分の心で確認してください。


あなたの中の本当の自分、

田池留吉の世界はどう語ってくるのか、

それを参考にして、自身の生きる方向を定めていってください。


次元移行という意識の流れは粛々と仕事をしている

というのは確かなことです。

これもまたそれぞれの心で確認できればと思います。

 

1911) 

 

「宇宙を呼びたかった。宇宙を思いたかった。」

どうでしょうか、あなたの心にこの思いが響いてきていますか。

 

闇黒の宇宙を作り続けてきたけれど、私達は今の肉を通して、

温もりの宇宙、喜びの宇宙の思いに触れさせていただいたのです。

だから、帰りたい、帰りたいと、どんどんどんどん心の中にその思いを訴えてきます。

 

宇宙の友はあなた自身です。

あなたがあなたに訴えているんです。

それを心で感じてくれば、ともにともに帰ろうということがどういうことなのか、

どんなに嬉しい呼び掛けなのか、心で分かります。


肉は何もできません。

ただ自分の心の叫びをしっかりと聞いてあげてください。

肉のあなたが肉のことで忙し過ぎては、それもままなりません。


色々と事情があると思いますが、できるだけゆったりとした中に肉を置いて、

そして自分の中の宇宙を呼ぶことをやってみてください。


ただし、欲の思いは禁物です。

これは宇宙を思う瞑想に限りません。

欲で学びをしないでください。

 

帰りたい、帰ろう、帰りますの思いが、自然と心から突き上がってきたら、

そこからしっかりと自分が本当に帰るべき方向を目指して学びをしてください。

 

 

1910)

 

 愚かな自分を知っていくことが嬉しい、そういうふうに心が広がっていますか。

 

道理が通っていて、物分かりがよくて、何でも器用にこなして日常生活 卒なく送っていても、

そして、この世的にはいわゆるいい人であっても、

心の中に蓄えてきたエネルギーはみんな凄まじいということを知っておきましょう。


愛を捨てた、本当の自分を捨てた、捨てて真っ暗闇の自分を

作り上げてきた歴史がどなたの心の中にもどっさりとあります。


だから、環境、条件が揃ってくれば、

それらの真っ暗闇のエネルギーが一気に噴き上がります。

収拾がつかない、歯止めが利かない状態が続きます。

 

頭を駆使した対処、対策は根本的な解決にはならないことは、

学びをしている人ならばもうお分かりだと思います。


それぞれの心の中に、安心して思いを吐露する環境を育て、

そして、その中で愚かな自分を抱きしめていこうとしない限り、

真っ暗闇の深遠な闇の世界から自分を解き放つことはできません。


心の針をしっかりと合わせていこう、向けていこう。


今、その向け先をそれぞれがしっかりと学ぶという

千載一遇のチャンスをいただいています。

 

肉から意識へ自分を転回です。

自分との約束、果たしていきましょう。

 

1909)

 

 学びに触れさせていただいたこと、繋がったこと、これが何よりも何よりも幸せなことでした。

自分が計画してきたことですが、本当に見事に的中したありがたさを感じずにはいられません。


宇宙へ帰りたい、帰ろう、帰ります、やっと心の中の思い、叫びが

現実のものとなってきた流れを感じ、喜びで思える時間にありがとうしかありません。


思う喜び、思える喜びを味わい、肉の時間を終えていく今世にしていきましょう。

今世を転換期にして、生きていく方向を変えてください。


学びに触れさせていただいたこと、繋がったこと、

その幸せを心にしっかりと感じ、自分を大切に大切にしてください。

 

そして、肉から意識へ自分を転回していきましょう。

 

それは思うは田池留吉一筋の道を生きていこうということです。

 

たったひとつの喜びの道、幸せの道です。

それぞれの心で感じてください。

感じていける自分に復活してください。

 

1908)

 

 一回でも多くともに瞑想をする時間と空間を共有したいという思いで、

2月志摩セミナーも終了しました。

セミナーの時間と空間を本当に大切にしていこうと思います。


田池留吉の意識の世界が伝えてくれていることを、

真摯に素直に真っ直ぐに自分の中で遂行していこうという決意をどなたも固めてください。

 

固く固く約束してきたこと、自分の中でしっかりとはっきりと知って、

そして肉を持っている今というときを、それぞれに大切になさってください。


肉に生きる生き方ではなく、自分の中の切なる思いを、

どんなにおぞましくむごたらしくても、自分の心の叫びを、

しっかりと受け止めて そして、

本来の軌道に戻していく生き方を 真っ直ぐに選び取ってください。


待たれています。

どんなに裏切り続けても、どんなに背を向けても、

ただ信じて待ってくれている本当の自分との出会いを果たしてください。

 

1907)

 

 ただ一点を思い、その一点とともに肉を流していく生き方を始めましょう。

今世が初めてだから大変難しいけれど、

やっと何をするために自分は生まれてきたのかということを心で知ったならば、

そういう生き方に自ずとなっていきます。

 

自分に肉を持たせたということ、その思いに触れてみてください。

全く違った観点から生まれてくるということを思っていけるようになっていきましょう。

そこを変えていかなければ、これまでの転生と何ら変わることのない転生です。

あっという間に年月が流れ、

年老いて肉体細胞の機能も低下してまた

真っ暗闇の奥底に沈んでいく経路をたどっていくでしょう。


心で 自分の声を 聞いてください。

 

なぜ自分は今ここにこうして肉を持っているのかと。

肉がどんなに恵まれ喜び幸せの時間を持っても、どうでしょうか、

自分の中の切なる思いを叶えられなかったならば、

どんな思いでその肉を離していくかということです。

 

その思いを心で感じられるあなたに今、変わっていってください。

宇宙が、たくさんの宇宙の友が待っています。

あなたが変わっていけば、

たくさんの宇宙が変わっていきます。

ともに生きていきましょう。

 

1906)

 

 頭がいいと思っている人は、頭が納得しない限り、

学びの中で伝えていただいていることは半信半疑だと思います。

半信半疑というのは、半分信じて半分疑っているということでしょうが、

学びについては全部疑っているということになります。


頭では分からない、肉では分からないと何度聞かされても、

心で感じる本当の喜びとか幸せに巡り合っていないから、

どうしても、頭、肉が先行します。

納得、納得というのは頭が納得ということです。


胸落ちという言葉を知っていますか。

目から鱗という言葉はどうですか。


頭で納得が先行する人は、瞑想で、または現象参加で

例えばそういう体験があれば少しは、

学びの本質に触れていこうと素直に思えるかもしれません。

ただ、実際のところ、頭でっかちの人は、

瞑想で現象参加でそういうことを体験するのは難しいでしょう。

むしろ、日常でということのほうが確率は高いかもしれません。


一方、敏感がいいということでもないと思います。

敏感なだけに難しいという場合もあります。

正しく敏感であれということです。

敏感イコール意識を受ける、受けられるということではありません。

敏感で意識を受けても、つまり色々と感じられても、

正しく敏感でなければ、過去と同じ轍を踏む可能性は高いです。

似て非なる学び方になるということです。


過去において、神の声を聞いてきた私達です。

その過去を引きずらずに、互いに自己管理に努め、

細心の注意を払って学んでまいりましょう。

 

1905)

 

 どんな自分でも許されてきました。受け入れてもらってきました。

けれど、愚かな肉は許さない、受け入れない、認めないと叫び続けてきました。


その苦しみ辛さ、心で感じていますか。

苦しことでした。辛いことでした。哀しいことでした。

 

愚かなことを繰り返し繰り返しやってきたんだということ、

自分の中でしっかりと知っていきましょう。


誰一人例外はありません。

真っ黒だから、どうしようもないから、肉を自分に持たせてくるんです。

 

苦しみから自分を救い上げたいと心からそう望んで生まれてきます。

 

何でそれを綺麗さっぱり忘れ去ってしまうのか、

本当にそこのところを学びに繋がった今世こそ、しっかりと自分に問いかけて、

そしてはっきりとした答えを出していくべきでしょう。

もうその時期はすでに来ています。


学びを進めていけば、

いつまでも真っ黒を垂れ流し状態がどういうことなのか、

心で感じるでしょう。

その結果を自ら受けてきたけれど、

もうその軌道を変えていこうと決断が待たれています。


ともに行こうという呼び掛け、

いざないを しっかりと受けてください。

 

1904)

 

 苦しみながらもがきながら、自分の中で必死になって答えを見つけ出していく、

あっちにぶつかりこっちにぶつかり、絶望を幾度も味わいながら、

それでも自分の中の思いに応えていこうとする、

粘り強くそれを遂行していこうと転んでは立ち上がる、

あなたもそんな学びの過程を経てきましたか。

 

私は、そういうことを繰り返してきました。

徹底的に抵抗しました。

死んでもお前の言うことなど信じない、腸が煮えたぎるそんな思いで、

温もりに闘いを挑んできました。


それでも、それでも、びくともしなかった。

ただ、待っていますと伝えてくるだけだった。

信じられなかった。信じられなかった。何だこれは。

そんな思いが駆け巡った挙句、

心の底の底の奥底から突き上がってくる申し訳ありませんでしたという思いに、

私はびっくりしたのでした。


そんな学びの時間をいただいたから、

もう四の五の言っている暇などないと私は思っています。

自分の行く末をきっちりと見定めていきましょう。

それにはどうすればいいのか、それぞれに答えは出ているはずです。

 

1903)

 

 次の反省文を一読ください。


「徹底的に膿を出す。心の底から膿を吐き出す。

決して綺麗ごとでは済まされない。

今、肉を持っている今だからこそ、自分の闇の世界と対峙できる。

千載一遇のチャンスだ。私はこれを望んできた。

地獄の奥底の底の底のまだまだずっと奥底から這い上がってきた。

自分をしっかりと見ていけと自らそう背中を押した。

どんな環境でもどんな肉でもよいと言った。


生ぬるい中で学びを進めてきたことを知った。

私は本当に地に落ちた意識だと、さらに自ら自覚を持って学ばなければならない。

それが目の前の肉を通して自分に伝えているメッセージだ。


ありがとうと言えるか。本当に生まれてきてよかったと心からそう思えるか。

生ぬるい中で学んできたのではないかと自分に問う。


もっと真摯に 素直に 喜びで 自分を見ていく。


肉を持たせてくれたからこそ、産んでもらったからこそ、自分を知っていけるのではないか。

自分の地獄を苦しんできた真っ黒けのけの自分を見つめていけるのではないか。


心を吐露する喜び。心から吐き出す安心感。

決して自分を責めずに落ち込まずに、

ただ前を向いて自分で決めてきた予定のコースを淡々と歩く。


それが喜びなんだと思う。私は私であればいいと思う。

肉は互いに愚か。愚かな肉を通して、愚か過ぎる自分を知る。


嬉しいではないか。ありがとうと言える。

そう、相手に闘いを挑むのではなく、ただ淡々と自分から出る思いを見ていこう。

それが肉を持つ私のたったひとつのできることだ。

私は意識の私の存在を知っている、信じている。

意識の世界に存在している私だけをただ真っ直ぐに見ていけばいい。

それをしっかりとやりなさいと自らに告げる。すごいと思う。


肉の言動を見て聞いて、そしてそこから色々と対処方法を模索するのではなく、

ただ自分が今どんな心の状態なのかをしっかりと確認すればそれでいい。

あとは自分の中の田池留吉、

本当の自分がしっかりと仕事をする。


そういう意識の世界をあなたは自分の中に知っているかと問いかけます。」

 

1902)

 

 今世、始まったばかりだと伝えました。

愛、心のふるさとへ帰る道筋を今世の肉を通して、初めて示されたのでした。


難しいはずです。

 

気の遠くなるような間違いだらけの道を歩いてきたのだから、

方向転換をしていきましょうと伝えていただいても、

なかなかすんなりとはできないというのが現実のお話です。


それでも、それでも、瞑想をして田池留吉を思い、アルバートを思い、来し方を思えば

もうどれだけ間違ってきた自分だったかということは、

どなたの心にも響いてきているはずです。


間違ってきたけれど、帰るべきところがあったということが心で感じられて、

ただただ何とも言えない喜びと安らぎを感じているということも事実だと思います。


やっていこう。みんなみんな間違ってきたのは同じです。

真っ暗闇の奥底からようやっと這い上がってきたのも同じです。

同じならば、みんなみんな本当の意味で、

素直になって喜んで、愛へ帰る道、自分のふるさとへ帰る道を歩いていきましょう。

 

決めるのはあなたです。  決断をしてください。

 

心の中にすべてがあったから、

見ていくのはその自分の心だけだということを知っていきましょう。

 

1901) 

 

真剣に、真摯に、素直に、ただひたすらに、

という表現しか出てきません。

愛、心のふるさと愛へ帰る道は険しくて厳しくて、けれど喜びです。

いいえ、喜びだけなんです。

険しい、厳しいと感じるのは、

それだけ私達が本来の軌道から遠くに外れたところにあるということでした。


もう帰らなければなりません。心がそう叫んでいます。

これからの時間の中で、さらにその叫びは大きく強くなっていくでしょう。


それが私達の本当に望んできたことだからです。

意識である私達は意識の流れの中にひとつになって存在していくことが自然なんです。

自然に逆らっては何も見えてきません。真っ暗闇の中に自ら沈んでいくだけです。


はっきりとしています。意識の世界ははっきりとしています。

目を覚ましましょう。

肉、形の世界から自分を解き放していく勇気は喜びです。

喜びの世界へ飛び込んでいく喜び。

 

その喜びこそが私達のあるべき世界でした。

 

1900)

 

 肉から意識への転回。

250年、300年の時間を必要とするでしょう。

激動の時間。

肉の思いをきっちりと転回していく喜びの時間でもあります。


それがなければ、次元を超えていくことはできません。

 

三次元から自分を解き放つことができないということで、

もはや今のように肉を持つ環境もなく、肉を持つことさえできないところで、

暗闇の奥底に自分を沈めていくしかないということになります。


宇宙のもくずと表現しています。

 

しっかりと現実を心でとらえていきましょう。

何も恐れるとはありません。

 

ただ、自分の帰るべきところを心で知って、

その方向に自分を合わせていけばいいだけです。


素直に喜んで 温もりの世界へ、

愛である自分を目指してともに帰ろうの呼び掛け、

いざないに応じてください。

 

1899) 

 

あなたの周りの人達、世の中の人達が何を語り、どんな思いで日々生活をしようとも、

あなたの心の向け先は自分の中です。

 

自分の中の自分、本当の自分をしっかりと知って、

そしてその本当の自分と向き合う時間を過ごしましょう。


本当の自分と向き合うということは、偽物の自分と向き合う、

偽物の自分をどんどん本当の自分に吸収させていくということです。


それが自分と自分の中で生きていく醍醐味です。

これこそが肉を持ってするたったひとつの仕事です。


その喜びと幸せ、そこからくる充実感、これは形ある世界からは決して出会えないものです。


どんなにお金を持っていても、形の世界での立派な看板を背負っていても、

絶対に喜び人生とはならないことを、

今世こそしっかりと心で知っていく、そんな今世としてください。


それでなければ、今世生まれてきた意味がありません。

今世をそのように位置付けてください。

 

そして、心から望んできた本当の自分との出会い

心で果たしていくというこれからの転生を大いに楽しんでいきましょう。

 

1898)

 

 心を向ける、向けられる喜びをどんどん感じていますか。

瞑想をする時間を生活の中で確保してくださいとお伝えしています。

そういう生活習慣の中に身を置くということは、

学びをしていくについて絶対に必要なことです。

そして、瞑想をするのが当たり前ということになっていけば、

あと何をしていても、ふっと瞬間思うというのも当たり前となってきます。


友と歓談していても、テレビを前にしていても、スマホを片手に持っていても、

例え仕事、家事等で忙しくしていても、ふうっと思える瞬間は絶対にあります。

そういう瞬間を大切にそして楽しんでください。


何を思うか、思えばいいのか、心で分かってきたならば、

元々自分は幸せだったんだと自ずと分かります。


肉に生きて、あれもこれもと触手を伸ばし、

ああでなければこうでなければと

自分勝手に苦しみの中へ落ちていった私達だったと言えると思います。

 

肉の自分を高め、肉の世界を極めていけばいいという生き方は、

決して自分が望んできた生き方ではなかったと言えるのではないでしょうか。


帰りたかった。もう帰っていこう。

自分の中でその思いをしっかりと聞いてください。

 

1897)

 

 2020年4月以降の「ともに瞑想会」についてです。


現在、大阪会場として利用しているセミナーホールに参加ご希望の方は

すべて原則として抽選となります。

よって、「ともに瞑想会」の元メンバーというのは、3月で無くなります。

また、介護等の優先枠の条件も大幅に縮小します。


なるべく特別枠を設けずにやっていこうと思います。

また、自分のお住いの近くに学びの場が定期的に設けられている方は、

どうぞ、そちらのほうをまず優先してください。

そのうえで、余力のある方でともに学ぼうと思われる方は参加してみてください。

許容人数の関係から、抽選ということになるかもしれませんが、

私としましては、できるだけ抽選をせずにいければそれに越したことはないと思っています。


数よりも学び一本に生きていこうという思いを共有したいというのが本音です。

 

1896) 

 

真実に目覚めていこう、本当の自分に帰っていこう、

そう思いを決めた意識とともに歩みを進めていく、私の中はそうです。


他力はもういいです。

欲で学びをしても、自分の思いを本当の自分の思いを叶えることはできません。

自分のふるさとへ帰りたい、帰っていこうとする切なる思い、

心の奥底から絞り出すような思いで今世を迎え、

学びに集ってきたことを、心でしっかりと知ってください。


誰のためでもない、自分のために生きていきましょう。

それが結局は本当の幸せになっていくのです。


肉ではできません。

肉は影だからです。影は影です。実体がありません。

あるとしてきた大きな思い違い、間違いに気付き、

愚かにもずっと自分を粗末にしてきたことを自分に詫びてください。


詫びれば詫びるほどに嬉しくなってきます。

ようやく、やっと、やっと私というものを知っていこうとしているんだね、

信じてください、信じてください、待っています、いつまでも待っています、

そんな思いが繰り返し返ってくるだけです。

 

本当の喜び、幸せは、本当の自分の世界へ帰ることです。

今世、その一歩を歩み出しましょう。

 

1895) 

 

あなたにはあなたの、私には私の愛へ帰る予定のコースがあります。

ともに今世、肉をもらって学びに集わせていただきました。

どうぞ、自分の予定のコースを遂行してください。

みんな本当のことが知りたかったはずです。


「何が本当のことか分からないけれど、どこかに真実は絶対にある。」


この自分の思いを私は、ようやく現実のものとして今世とらえることができました。

確かにありました。真実はありました。

ここをしっかりと心に抱えて私はこれから生きていけばいいんだと思える学びをしてまいりました。


肉は愚か。本当にバカです。

愚かで下らないし、何の取柄もありません。だからよかったんです。

今世の肉に秀でたところがひとつでもあれば、

学び一本に生きていくことは難しかったでしょう。

肉に何の取柄もないのと同じく、私は大して敏感ではありません。

ただ、私は、宇宙を思うとき、本当にアルバートを求めてきた自分をしっかりと感じています。

これが私の望んできたことだったんだということを知っています。


私の愛へ帰る道は、これまで闇黒の宇宙を作り続けてきた超極悪ですから、厳しいです。

まだまだ甘い、甘いと自分から叱咤されています。


それでも行先は見えています。

次元移行へ至る道筋が感じられる心とともにある喜びと幸せは本物だと言えるから、

急斜面の道もまた楽しからずやです。


自分の切望してきた道を 絶対に見失わないと心に秘めて存在していくだけです。

 

1894)

 

 本当のことを知ってその道をしっかりと生きていこうとしているのか、

それとも、まだまだ肉、形ある世界に思いの比重を傾けている、

いいえ、やはり形あるものから抜け出せないでいるのか、

見た目は同じようであっても、全く違う世界に別れていきます。


思い、意識の世界は目に見えません。

目に見え実感できるものだけを信じてきた長い時間があります。

 

肉という魔物の世界。

 

そこから自分を解き放していく難しさを

まだまだしっかりと自分の心で体験しなければならないでしょう。


そんなに意識の転回は容易いものではありません

けれど、不可能ではありません。

だからこそ、田池留吉の意識の世界が肉を持ってきたし、

私達もまた相当の決意で生まれてきたのです。


肉の喜び、幸せ、楽しみは本当に程々にして、全く違う生き方をしていきましょう。

本当の意味で自分を大切にする生き方を今世始めましょう。

 

1893)

 

 学びをしていけば形が整ってくるということを、

自分はどのようにとらえているか、

それもまた自分の中の他力のエネルギーを確認するのにいい問いかけだと思います。


肉で何もなければ、確かに気分よく学びをしていこうと前向きになるでしょう。

けれど、肉で何もないことはないんです。

表面に出てきているか、水面下かということで、

いずれは形を通して自分の心に自分が伝えてきます


肉で何かがあるからいいんです。

 

学びをしていれば、そこで自分なりに立ち止まって色々と思いを馳せていくでしょう。

学びをしていない人は、心を外に向けるだけです。

 

そこが違います。

 

心を外に向けていくのと、中へ向けていく大切さ、喜びを知っているのとでは、

同じような現象があっても、そこから思い描く世界が違ってくということです。


それを本当に喜んでいけるかどうか、

やはり肉、形で言うところのプラスだけをプラスとして捉えたいとしているのか、

そこに他力のエネルギーが見え隠れてしています。


思うは田池留吉一筋の道。

それだけが喜びの道ですが、極めて難しいということも、

それぞれの時間の中でしっかりと学び取ってください。

 

1892) 

 

かけがえのない時間、空間、そして肉、環境です。

本当の自分と出会うために、

すべて自分で用意してきた今です。


やっと、今世、そのことを明確に自分に伝えられる運びとなったこと、喜んでいきましょう。

愚かにも、自分を深い深い闇の中に落とし込めてきた私達です。

それでも自分を救っていける、本当の意味で救っていける手立てを伝えていただきました。


本当に幸せ者です。私達は本当に幸せ者です。

何も要らないではありませんか。

もうすべて大切なことは自分の中にあることを感じておられるでしょう。

外へ外へ向けてきた心を自分の中に向けて生きていく喜び、幸せを心から感じていきましょう。

安らぎの道を歩いていきましょう。

みんなみんな全部自分の中の出来事でした。

だから、思いの向け先を変えれば、

もうそこは全く違う世界になるということです。

 

意識の世界のすごさ、ありがたさを心に感じて、

自分をどんどん解き放していく喜びを

味わう時間を重ねてください。

 

1891) 

 

自分の決めてきた予定通りの道を歩いている今か、

それぞれに検証が必要です。

自己判断のもと、これからの生きていく方向がきちんと定まっていれば、それでいいです。

検証もせずに、自己判断もおぼつかなくて、自分の行く方向に靄がかかっている状態ならば、

自分はなぜ何をするために生まれてきてここにこうしているのか、真剣に自分に問うてください。


分からないという答えで自分から逃げすに、自分の今を目を逸らさずに見てください。

感じてみてください。

自分の中の切なる思い、心からの叫び、呻きに心を傾けられる自分に蘇ってください。

ひとつの肉を以てそれを自分だとしてしまう哀しみ、愚かさを、

しっかりと心に感じていける今世にしていきましょう。


必ず、これからの転生を繋いで250年後の出会いを果たすという強い意志のもと、

今世の肉を持つ時間を大切に、大切にしてください。

 

1890)

 

 自分に用意してきた肉、環境、その他本当の自分に帰る道を確立するために

用意してきたもの、それらを今世こそしっかりとその目的に沿って最大限に活用して、

予定通り、望み通り、250年後の三次元最終のお勉強に備えましょう。


次元を超えてやってきた私達です。

再び次元を超えて、自らの愛の世界をしっかりと広げていく学びを計画しているはずです。

肉、欲ではなく、自分の中の切なる思いに沿って、その計画をそれぞれに進めてください。


三次元のお勉強、大変、大変難しかったです。

まだまだ道遠し、道半ば、そういう表現が適切だと思います。


しかし、意識の流れの計画では、それもあと僅かです。

それぞれに自分の中で結果を出して、

その出した結果を自ら受けていくという意識の世界は、何も変わりはありません。


全部自分で選んでいくことです

その中で自分は何を本当に望んできたのか、今世、明確に自分に伝えています。

今という時、今世の肉を通して、意識の世界の岐路に差し掛かっていることを感じてください。

 

1889) 

 

肉の繋がりがあってもなくても、ともに思うは田池留吉一筋の道を歩いていこう、

肉はよたよたしながらも、ともに自分達のふるさと、愛、母なる宇宙へ帰る道

ともに歩いていこう、そんな仲間の輪が広がっていけば、こんな幸せなことはありません。


もう何も要りません。

自分の思い描いた通りの道を生きている、歩いているという実感が肉にあれば、

肉のことで少々の揺れがあっても、すうっとそこへ自分を戻していけるんです。


本当に幸せです。思うは田池留吉。思うはアルバート。

呼びたくて呼びたくて、出会いたくて出会いたくて、

それがようやっと、ようやっと、今世の肉を通して実現できたこと、

ただただ、ただただ嬉しい。ありがとうです。


すべてが整えられています。

用意万端整えて、あとは三次元最終のお勉強へと思いを馳せていけることが幸せです。


ともに学びましょう。

ともに思いを向けていきましょう。

 

嬉しいですね、本当に嬉しい。幸せですね、本当に幸せです。

ありがとう、ありがとう、そう言って、肉は一旦お別れして、

そして250年後の再会へとまいりましょう。

 

1888)

 

 ようやくここまで辿り着いた、率直な私自身の思いです。

長かった。本当に長かったです。

けれど、今世、ようやく私の中の思いが実現の方向に

しっかりと動き出したことを感じるにつけ、本当に感慨深いです。

ありがとう。ようやく、ようやく、私は私の中へ帰ることができます。

待ってくれていた、何も変わらずに帰ってくるのを待ち侘びて、

待ち続けてくれていた思いでした。

その思いと出会わせていたただきました。

田池留吉の意識が肉を持ってくれたからです。

そして同時期に私も肉を待たせていただいて、

約束通り肉との出会いをまず果たせたからです。

そして学ばせていただきました。

学ぶきっかけを用意して、周りがみんなお膳立てをしてくれた、

本当にこれで学びの成果を出すことができなければ、私は本当に大馬鹿者です。

何もかも整えられた中で、存分に予定通り学びを進め、

あとは250年後の本番にすべてを任せていきましょうという約束で、

肉とのお別れをさせていただきました。

 

「色々あって決して平坦な道ではないけれど、この道をただ真っ直ぐにな。」

「はい、分かりました。」


約束です。喜びの約束です。

250年後、肉での再会からドーンと突き進んでいくその喜びの足音、

もう私の中には響き渡っています。


約束です。

250年後、再会を果たして、そしてともに歩みを、

ともに次元を超えていく意識の流れの中を生きていきましょう。

 

1887)

 

 思うは田池留吉です。これしかないんです。

 

どんな理屈、思いを語ろうとも、

「あなた、田池留吉の世界を知っていますか、信じていますか。」

のメッセージにどのような返答ができるかだけです。

口先ではなく、心の底かの思いを語れますか。


語れるのなら、

「本当にその通りです。私が全部間違っていました。」

という返答しかありません。


思うは田池留吉一筋の道。

この道をただひたすらに真っ直ぐに喜んで喜んで歩いていける人生、

これがたったひとつの喜び幸せの人生です。


その通りだとあなたの心で頷いているならば、それをただ決行していくだけです。


たった一本の道を突き進むという揺らがない思い。

喜びで次元を超えていきましょう。

そしてさらなる進化を遂げていきましょう。

まだまだ遥か遥か遠いです。

しかし、見えているんです。感じられるんです。

この道を歩いていけばいい、この世界にひとつに溶け込んでいけばいいと。


肉から意識へ自分を転回していきましょう。全く次元が違っていました。


今世の出会いを本当に大切にしてください。

 

1886)

 

 数え切れない真っ暗な転生を重ねてきて、

三次元最終時期をもう間近に迎える段階となっています。

 

肉としてどんな人生を描いていくかということだけに心を砕くことは、私としてはもう卒業です。

どんな人生であっても、間違いだらけの人生に喜びも幸せも何もなかったことを学習しました。


意識の世界では、あと一回の肉を持つ時間だから、

しっかりと自分の計画、意識の流れを遂行していくという計画を果たす、

もうそこに焦点が絞られています。

そこへ向けて、今世のこの肉もしっかりと照準を合わせていくことに何の迷いもありません。


意識の流れにひとつに溶け込んで生きていく喜びと幸せこそが、

全宇宙が待ち望んできたことだったと、思いを向けていくとしっかりと感じられます。


肉を生かす私ではなく、意識の私を生かす私であれと心から伝わってきます。

 

自分を導いていくその波動だけを信じて、

ともに生きていく喜びと幸せを広げていけばいいと、教えてくれています。

 

1885)

 

 どんなに苦しくてもいい、もがきながら苦しみながら、

それでも私はここに今肉を持って学びの時間と空間の中にあるんだと思うならば、

苦しみながらも、もがきながらも、嬉しい、ありがとうの思いが、涙とともに出てくるはずです。


何もない、ただすべてを委ねてそれで幸せだった時をどなたも体験しています。

何度も何度も。

肉を持ってくるたびに、そんな中に自分をいざなっていました。


たとえ、肉をくれた人がどんなに愚かであっても、

またそこからどんなに大変な事情、環境の中に自分を置いたとしても、

何もなく、ただすべてを委ねて幸せだった時が確かにあった

心は自分の意識はしっかりと憶えています。


そこへ戻っていきましょうということなんです。

 

頭ではなく、肉の力でもなく、自分を喜びと幸せ安らぎの世界へいざなっていくのは、

あの温もりの世界、自分の中の愛だけです。

 

何も要らない。

本物は全部自分の中にあることを、

日々、正しい瞑想を継続して、

心にしっかりと確信してください。

 

1884)

 

 ただ真っ直ぐに自分の決めてきた道、

約束してきた道を突き進んでいく喜びと幸せを感じていますか。

自分が決めてきたんです。自分と約束してきたんです。

ふるさとの歌詞に思い出してくださいとあります。思い出せましたか。


瞑想をしましょう。正しい瞑想をしましょう。

まずゆったりとした時間が要ります。

肉体的な疲労を重ねていれば、瞑想などできません。


最低限度、それらの条件を満たし、

瞑想ができる環境を生活の中で確保すること

肉としてできることです。


ただし、闇雲に瞑想をしないように。

正しい瞑想と言っています。

正しい瞑想には、母の温もりを自分の中にしっかりと感じているという確信が必要です。

 

そうでなければ、瞑想をして思いを向けていけばいくほどに、苦しくなるだけです。

気持ちが不安定になります。

寝られない、食べられない、結果 病院、薬のお世話になるというパターンです。


母の温もりが自分の中に確立していて、なぜ自分は生まれてきたのか、

何をするために今ここにいるのかが、しっかりと心で分かっているならば

どんなに凄まじいエネルギー、おぞましいエネルギーを心に感じようとも、

瞬間噴き出すそのようなエネルギーの塊だと分かることが、

もう嬉しくて嬉しくてありがたくて、

だからこそ、私は今、肉を持って学ばせていただいているんだということが納得できて、

今世を外せば私のこれからはないということも感じてきます。


ただ、ただ田池留吉、アルバートと呼べる、思えることがどんなに幸せか、

どんなに喜びか、そんなことは自ずと自分の中が伝えてきます。


そのようにして、正しい瞑想を可能な限り継続していくことが、

本当の喜び人生です。

思うは田池留吉一筋の道。

その道しかないことを、どなたの心にも伝えてきます。

 

1883)

 

 今世、始まったばかりの学びです。

真実の波動の世界を知っていく学びです。

それは今世始まりました。

そしてあと300年です。

地球時間で言うと、この間に自分にしっかりと結果を出さなければなりません。


今世は適当に、その次がある、そのまた次のチャンスがあると

思っているならば、それはとてもとても甘いです。

今世、自分の計画通りに学べない人に、

250年の間にある転生でそれをクリアできるとは思えないし、

ましてや250年後の最終時期に辻褄を合わせることなど不可能に近いと私は感じます。


それぞれに日々の生活を送りながら瞑想をする時間を持って、

自分の中に伝わってくるものがあるでしょう。

私に伝わってくるのは、今語ったような内容が殆どで 厳しいものです。


厳しいからいいと思っています。

それほど間違って生き続けてきたことを

しっかりと自分に伝えてくれる波動の世界がありがたいです。


私達みんな自分の中に愛を持っている、

だから愛である自分を信じて信じていくことだけだ、

自分で自分の背を押してきたんだと感じてくれば、

厳しいと思えるメッセージは、

しっかりと現実を伝えてくれているから限りなく優しいと私は、そう感じています。


肉と二足の草鞋は肉。はっきりとしています。

 

1882)

 

 300年なんて本当にあっという間です。

学びをしてどのくらい年月が流れていますか。

あっという間に20年、30年、40年ではないでしょうか。


その結果、今、あなたはどんな世界を感じていますか。

確かに、喜びも温もりも幸せも肉でないところで感じておられるかもしれません。

それではもう一歩踏み込んでそれは不動のものとなっていますか。

その肉体を離して自分ひとりの中で、どうなっていくのかはっきりと感じておられますか。

手取り足取り肉を通して学ばせていただいた私達です。

そのような中で、あっという間に20年、30年、40年経ちました。

その結果はどうなのか、それを思うと、300年というのは、

どうでしょうか、決して長い時間ではないと思います。


焦っても仕方がないけれど、真剣に自分の行く末を思ってみてください。

 

1881) 

 

自分の中に思いを向ける。

宇宙にはたったひとつの自分の世界が存在することを感じ、

ああ、ここだこの世界だったんだと思えるようになっていけば、

もうそれだけでいいと分かってきます。


形ある中で、肉という形を持って自分がどんなに賢く泳ぎ回っても、

それで心が満たされることはあり得ませんでした。

一時の充足は次の瞬間、暗い真っ暗闇の中へ吸い込まれていきます。

 

そんなことをずっと繰り返して繰り返して生き続けてきたことを知りましょう。


今だからこそ、自分の過ちに気付いていけるのです。

ただ、気付いていこうという思いはあっても、

なかなか素直にすんなりと他力の思いを離していくことは難しいのが実際です。

何が他力なのか、それすら分かっていないかもしれません。

何が他力か、全部他力でした。

本当の自分を捨て去り忘れ去ったから他力の中に

ずっとあったということを、しっかりと知るべきではないでしょうか。

そして、それがどういうことなのか、それはそれぞれの心で学んでいくしかありません

学んでいくために300年が用意されています。ラストチャンスです。

 

1880)

 

 学びを進めていてどうでしょうか。

自分の物の見方、とらえ方、価値基準変わってきたと感じておられますか。

それともその変化をまだまだ実感できませんか。


なぜ自分は生まれてきたのか、

何をするために生まれてきたのというところから始まって、

自分にとって仕事とは何か、家族とは何か、

これからどう生きていけばいいのか、色々と思いを見ていってください。


具体的な答えを自分の中で出してください。

自分の中をはっきりとすることです。中途半端は一番困ります。

今は肉に埋没していてもいいではないですか。

そのうち、自らに警鐘を鳴らし続けます。

 

愛だからです。愛しかないからです。

 

間違いは必ず正されます。

間違いを間違いだと分かるまで時間がかかるかもしれません。

 

痛みを伴いながらも、正しい方向に自らをいざなっていく

愛の力が自分の中にあることを知らしめていきます。


自ら地獄に突き落としてきた過去とは違うんだ、

この痛みはそういう痛みなんだと心で感じられるようになっていけば、万々歳です。


過去と決別しなければ、新たな一歩は踏み出せません。

過去と決別するといっても、切り捨てるのではありません。

ともに方向を変える、そういうことです。

 

1879)

 

 「ともに瞑想会」、参加希望の方全員参加していただくことが

ベストですが、現実はなかなかそうはいきません。

昨日、クレオ大阪中央の会場近くの物件をあたりましたが、音漏れが壁となってダメでした。


UTAブックさんのほうでは、参加ご希望に100%沿えないというのは

申し訳ないと思っておられるようですが、

私は「ともに瞑想会」が継続できればそれでいいと思うだけで、

あとのことはあまり考えていません。


ただ、UTAブックさんのホームページにも書かれている通り、

末永く「ともに瞑想会」を開催するにあたっては、

たくさんの学びの友のご協力が要ります

その点につきましては、どうぞよろしくお願いします。


みんなで学べる場を設けて、

みんなで学んでいこうという思いが、私には嬉しいです。

ともに学ぶ喜びと幸せをそれぞれの心に感じて、

ありがとうと笑顔で集まってきて、ありがとうと笑顔で別れて、

また機会があればともに瞑想をしようと集まってくる、

そういう時間が継続できれば、それでいいじゃないと思っています。


それは、地域でともに学ぶ場があるという方達は、

同じように感じておられることだと思います。

「ともに瞑想会」もそのうちのひとつだという位置付けでいいのではないでしょうか。

 

1878)

 

 漆黒の闇が広がっていることを感じていますか。

それでも臆せずに真実の自分と出会っていく道を行きましょう。

見限らず、肉を持っている最後の瞬間まで、

自分の決めてきたことを果たしていこうと真摯に学んでいきましょう。


喜び、温もりの中にあったことを伝えていただきました。

喜びも温もりも幸せも外へ外へ求めてきた結果を私達は受けてきました。


愛へ帰るということは、自分の中へ帰るということでした。

 

自分の中の愛を捨てたから、帰るところが分からなくて、

彷徨い苦しみ続けてきたけれど、捨てても愛へ帰ることができると知ったんです。


帰ろう、帰っておいで、ようやくそんな思いが行き交う今を迎えています。


心を向けてください。

欲の思いで向けるのではなくて、ただ向けてください。

そうすれば、どなたの心にも響き伝わってくるはずです。


それを大切に大切に自分の中で育んでいけばいいのです。

もっととかさらにとか思わなくても、

待っているたくさんの漆黒の闇、自分がどんどん訴えてきます。

帰りたい、帰れるのか、本当に帰れるのかと。


今世の肉がどんなに大切な肉であるか、

今がどんな時なのか、

それぞれの心でしっかりと感じてください。

 

1877) 

 

2月の「ともに瞑想会」にも、たくさんの方が申込みしてくれました。

ありがとうございます。

収容人数の関係で全員とはいきませんが、またともに瞑想をする機会をいただいて嬉しいです。


子育て、介護等で宿泊を伴うセミナーに参加できない方達に参加枠を優先しています。

お住いの近辺で定期的にしっかりとした学びの場が用意されている方達は、

どうぞそちらをまずは活用してください。


それでもやっぱりあの上町台地でという方は、どうぞ来てください。


私はここがこの場所が好きなんです。

ここで学びの友と思いを向けていく時間と空間を

用意していただけることが嬉しい、ただそれだけです。


あと、収容人数全部を使って、例えば、50歳未満の方どうですかとか、

50代の方等、年代別に集まっていただくのもいいかなあと、今思っています。

とにかく、「ともに瞑想会」継続していきたいと考えています。

 

1876) 

 

12、3年前に母と同居を始め、1年前に仕事を辞め母と接する時間が長くなりました。


いい反省の機会をもらった。素直に嬉しいと思う。よかったと思う。

間違って狂って生き続けてきたから、

それをしっかりと今世の肉を通して学べることがありがたい。

 

愛である自分に帰っていこうと固く決意して今世生まれてきた事実は、

私の中で絶対に揺らがない。いい意味での岩盤だ。


だからこそ、今世の肉を持つ時間、

本当に真っ直ぐに自分の大闇と向き合っていこうと思える。

私の肉はそのためにあることを心から感じる。


生ぬるい学びではダメだと自ら言っている。

私は私に課したハードルがある。

それを超えていきなさいと、250年後の来世の私が伝える。


250年後の私。

今、私は過去の私とともに250年後の来世の私ととともに生きていることを感じている。


肉でない私。おぞましい凄まじいエネルギーを蓄えてきた私。

そのエネルギーを見事転換して、意識の流れを達成していく計画。

計画は外せない。


田池留吉、アルバート。私の中にある真実の私。


捨てない。裏切らない。

私は真実の私とともに生きていく覚悟で、今世の肉を用意した。

その決意をいつも心に思い起こし、自分の決めてきた予定をしっかりとこなしていこう。

 

揺らがない不動の心。

 

いい意味での岩盤を私は知っている、心に感じている。

信じていこう。平坦な道ではない。厳しく険しい道。

それでも私は突き進んでいく。

 

それほどの決意を秘めて、私は生まれてきた。

その確認を今、いいえこれから何度も何度もしていくだろう。

 

1875)

 

 宇宙。

大きな課題でした。

 

今の肉を通してようやく、その大きな課題に向けて自分を進めていける確信を持てたこと、

それは真実の波動との出会いがあったからでした。

計画してきたこと、望んで望んで心から望んできたことが、

現実のものとして自分の中に響き伝わってくる喜びと幸せ、ありがたさです。

これは言葉を尽くしても言葉を重ねても、尽くしきれない表現できない感覚です。


ああ、本当に宇宙を思える今がやってきたんだと、

思いを向けていけばそう繰り返し、繰り返し伝わってきます。


ともに思いを向けよう、ともに思いを馳せていこう。

肉、形の中には何もなかった。

何もなかったのに、偽物の自分が作り出してきた世界

自分を苦しみの奥底に突き落としてきたんです。

 

そんな自分を本来の自分に返していきましょう。

温もりの喜びの安らぎの世界へ帰っていきましょう。


真っ暗闇の中から這い上がってきた意識、それが私達です。

ようやっと這い上がってきたから、

今世を足掛かりにして、

必ず、自分達のふるさと、母なる宇宙へ帰る道

しっかりと歩いていきましょう。

 

1874)

 

 「ともに瞑想会」、ありがとうございました。

開催にあたり多くの方にお世話していただいて感謝です。


場所は大阪、上町台地。

北は大阪城、難波宮跡あたりから、南は住吉大社くらいまで南北に延びる台地。

この場所でともに瞑想ができる喜びを感じます。

不都合がなければ何とか継続していきたいと思っています。


今回、最後にみんなでふるさとを歌ってと思っていましたが、

もう一部屋の音楽室の方達のことを思うと、少々無理があると感じたので止めました。


その辺りのことが、ひとつ課題として残りました。


例えば、最後にセミナーホールの移動式の椅子席を収納させて、

場所を広くして、そこへ音楽室の方達に来てもらって、みんなで一斉に瞑想をして、

ふるさとを歌って終了とか、そういうふうにできればいいなあとか、

椅子席の収納が施設側でしかできないならばそれはダメかとか、

肉は下らないことを思ってしまいます。


なにはともあれ、学びの友と学べる時間と空間を共有できることが嬉しいです。

またチャンスがあれば「ともに瞑想会」にご参集ください。

 

1873)

 

 ともに学んでいこうと、

ともに同じ方向を向いてしっかりと学んでいこう

とする輪が広がっていけばいいし、固くなっていけばいいと思います。


今、肉を持って学ぶということを共有しているのだから、

それは形の上からも心丈夫だと思います。

 

そういう中において、肉は互いに喜んで学び、

そして、それぞれがそれぞれの中で自己確立を目指していけば

さらに喜びが大きく広がっていく、輪が広がっていく固くなっていくということです。


そこには誰彼の垣根はありません。

意識と意識の交信の中で、愛へ帰ろうの呼び掛け、

いざないの波動を受け取り、流していくんです。


それを宇宙の目覚めと私は感じています。

 

まずはアマテラスの目覚めがあって、

そして、そこから闇黒の宇宙の目覚めが起きていく、

それはすなわち現象界では、未曽有の天変地異をもたらすものとなっていきます。


宇宙、母なる宇宙へともに帰ろうの呼び掛け、いざない。


意識の流れが、さらに顕在化してきます。

 

UTAの輪の中で、

それをしっかりと 喜びで受けてまいりましょう。

 

1872)

 

 正しいものなんて何もありませんでした。

何もありませんでした。

ここはここだけは、これだけはと頼みの綱がそれぞれにあるのではないでしょうか。

ですが、ひとつ離しふたつ離していく方向に自分を進めていきましょう。

 

完全に離していくことは難しくても緩めていく、弱めていくことは可能でしょう。

とらわれなく、こだわりなく、自分を解き放していく生き方、

そんな生き方が徐々に出来ていけば、

楽に生きていくことが幸せなんだ、喜びなんだと感じてきます。


正しいものなんて何もなかったと心で気付いていく難しさと同じくらい、

私達は元々幸せでしたと心で分かっていくことも難しいです。


幸せも喜びも温もりも形で示されてこそ実感を伴うという中に生き続けてきたから、

心で感じ感じたものを信じていくことも実際は難しいのではないでしょうか。


本当に肉に生きてきた心に、

波動、意識の世界だけが真実を物語るということが

しっかりと浸透していくには、まだまだ時間がかかりそうです。

と言っても猶予期限は300年です。

まさに天変地異という展開は半端なものではありません。

文字通り天変地異です。

地軸が傾くんです。

想像を遥かに超えた現象と言えるでしょう。

1871)

 学びの友からのメールです。一読ください。


私、本当に肉の世界で、そして『完璧』というアマテラスの世界で、生きてきました。

その中身は、戦い、戦い、戦い、冷たい、冷たい、本当に冷たい中で生きてきました。

そしてそれを素晴らしいと信じてきたんです。

卑弥呼にあこがれ、卑弥呼を目指し、

私は決して誰にも負けない完璧を求めて生きてきたんです。

これを崩していける今世でした。これを崩していくための肉でした。

形が崩れていくこと。肉が崩れていくこと。

こんな嬉しいことはないと今日の瞑想で心から思いました。

苦しいことさえ分からなかった私が、

ゼロ歳の自分を通して教えてもらっていました。

戻っていく場所を間違え、歩いて行く方向を完全に見失い、

真っ逆さまに生きてきた自分を教えてもらっています。

真っ逆さまに生きてきたこと。

その世界は本当に真っ暗な苦しい世界であったこと。

それをすべて許されて今があること。

今世私は本当に自分が許されて許されて生きていたことを知りました。

ゼロ歳に帰っていこう、ゼロ歳の自分に戻ろう、

もうそれしかありません。

そのことを自分に伝えていくことしかなかったです。

1870) 

 

学びを進めていくひとつの好条件に、若いということがあります。

意識の世界には年齢など何も関係しませんが、

肉を持って学ぶという設定の中においては、

若いというのはやはりひとつの大きな条件です。


ただ、若いということは、仕事にせよ家族形成にせよ、色々と忙しい時期です。

けれど、若さということを大きな味方につけて、

自分が生まれてきた本当の意味を心で知って

人生を生き直していける可能性をしっかりと活用できるという時期でもあるから、

比較的に若い時に学びに出会って学んでいこうと思ったならば、

それぞれに工夫しながら、

学びを中心に据えた生き方を選び取っていけたらと思います。

 

若さゆえ学びをしていくのは難しいというのはありますが、

若いから学べる部分も多々あります。


できるならば、人生半ば、50歳前後には、

本当の意味での自己確立の道が見えているような今世であればと思います。


自身の体験により語らせていただいていることで他意はありませんが、

言い得て妙だとは思っています。


私には私の、あなたにはあなたの、

それぞれに愛へ帰る計画があります。

その計画を遂行していくことにお互い努めてまいりましょう。

 

1869)

 

 今、肉を持っているから、その肉を通して色々なことを見て聞いて

瞬間出るエネルギーを学ぶことができます。

 

瞬間出るエネルギーを確認して、

そのエネルギーとともに瞑想をする時間をしっかりと持つ、

そういう日常を繰り返していける今がありがたいということです。


清く、正しく、美しく なんて全くのでたらめです。

そんな人など この世に存在しません。

みんな 凄まじい、おぞましいエネルギーを垂れ流してきたんです。


真っ黒、真っ暗を吐き出して吐き出してきたことを、

今、肉を持っている今、しっかりとはっきりと心で知ってください。


そうすれば、それでもこうして肉を自分に用意してきたことがどんなにすごいことなのか、

これこそ愛の中にある自分達だからなんだと、自ずと心に響いてきます。


それが自分の中で分からない、感じられない限り、

自分の行く先は依然として真っ暗闇の中だということは明白です。


愛を捨てた、愛である自分を捨てたことがどういうことなのか、

私達は心で知らなければなりません

 

1868)

 

 学んでいるならば、決断すれば真っ直ぐに突き進む、ただそれだけです。

そういう生き方をしていきましょう。少なくとも学びについてはそうです。

一度決断すれば断行です。

 

もちろん、他力の中を生き続けてきた私達ですから、そう一筋縄ではいきません。

その心を溶かし、ともに生きていこうと思いを向けていけるのは、

自分の中に温もりがあるからです。

 

怯むことなく、恐れることなく、

ただ真っ直ぐに自分の中の真実、愛に向かっていこうと、

自分に力強い呼び掛け、いざないをしてください。


道は自ずと開けていきます。

肉を生かす道ではありません。

肉を生かす道ではないけれど、中がこの道、ここだ、ここだと信が深まっていけば、

同じことを肉が体験しても、楽に生きていけるから、結果として、肉も幸せということになります。

 

形を見れば大変だ、厳しいということも、

自分の行く先を確定できている心強さは、

そういうものをちっぽけなものとしてしかとらえません。

 

所詮は肉のこと。

そんなことよりも、比べることができない大切なものを心はとらえたという充実感で、

何とも言えない幸せ、喜びが感じられます。

1867)

 

 ともに歩いていく、ともに生きていく喜びと幸せを確かなものとしてください。

肉の自分を自分だとしていては、そんな喜びと幸せは絶対に分かりません。

自分の中の苦しみ、慟哭、心で知ってそれが自分だったと、

たくさんの自分がまだまだ闇の奥深くにいることを感じていけば、

そこに温もりを安らぎを伝えていくことが

もう何にも変えることができない喜びと幸せだと分かります。

自分なんだから。

自分を自分で救い上げていく、

その楽しみ、ありがたさを今世の肉を通して学んできたんです。

学ばせていただいたんです。

こんな嬉しいことはありません。こんな幸せはありません。


ある程度年齢を重ねている人は、

何をするでもない、ゆったりとゆったりと時を過ごすということが

幸せなんだと思える人生にしていきましょう。

肉は特段何もしなくても、ゆったりとした中で

心の針を向けて合わせていくだけで、充分、

いいえ十二分なんだなあと実感しているならば、

あなたの人生幸せなはずです。


思う喜び、思える喜び、何にも優る宝物でした。

 

1866) 

 

自分に用意してきた肉、環境、時間です。

形ある中で、自分もまた形を持っているという

その本当の意味、訳を心で知るということは、

大変難しいことでした。

 

180度違ったところから何もかも見直すことがなければ、

何度転生を繰り返しても、同じところをぐるぐる回っているだけに過ぎないと知りました。

 

千差万別の人生があってよし、どう生きていくか、

人それぞれ価値基準が違うから、喜びも幸せの基準も違って当たり前、

そんな転生の中で生き続けてきたことを思うと、

本当に哀れで本当の自分に申し訳なく思います。


視点を変える、自分の中の基盤を変える、

それ以外に偽物の自分から自分を解き放す術はありません。

 

それが分からなかった。

 

どこまでいっても苦しみを引きずったまま、

苦しみの中で、喜びを幸せを温もりを探し求めてきた

と言っても決して言い過ぎではないと思います。


今世を転換期にしましょう。必ずしましょう。

苦しみの奥底から少しでも浮き上がってくる道筋を自分の中に見つけてください。

 

1865)

 

 今日からまた世の中は動き出します。

東奔西走、泣き笑いのうちに、あっという間に時間が過ぎ去り年齢を重ねていきます。


自分はいったい何をするために生まれてきたのか、

自分とはいったいどんな存在なのか、

歩みをしばし留めて振り返る、

思い起こす余裕もなければ、その術を知らない、

そんな時をずっと過去から刻んできたんだなあと思います。

 

目の前の出来事に一喜一憂して、それで店じまいだったのでしょう。


思いの向け先ひとつで

すべてが変わってくる意識の世界のすごさを、

今の肉を通して学ぶという機会に恵まれました。


心から、心の奥底の底の底から突き上がり湧き起ってくる思いに触れ、確認して、

それをしっかりと育んでいく時間を、今、肉を持っている今、自分に用意してきました。


今度こそ、今度こそという思いにようやく応えていける手ごたえを感じながら、

思いを向ける瞑想の時間を大切にしています。

心の針の向け先の確認、どなたも自己管理に努めてまいりましょう。

 

1864)

 

 寝ても覚めても田池留吉一筋の道

それでもまだまだ不十分でしょう。それほど肉に塗れてきた私達です。

肉、形を本物として生きてきた気の遠くなるような時間です。

それを心に抱え肉から意識へ自分を転回していくのは、

そんなに容易いことではありません。

ここをしっかりと留め置いてください。

 

それを踏まえて、少しでもほんの少しでも自分の歩みに、

これからの時間に、明るい兆しが心に感じられたら、

素直にただ素直に喜んでいきましょう。


たとえ、道遠し、道半ばであっても、

愛へ帰る道、田池留吉一筋の道を生き抜いていく心意気で

今世の学びを終えてください。

他力の道を歩いてきた私達です。

本当の自分を裏切る、捨てる中に生きてきた私達です。

今世を疎かにしては、自分のこれからはないというところまで、

しっかりと自分の中を確認してください。


厳しく、しかし、ゆったりと喜んで自分を知っていける時間をお過ごしください。

「今世を自分の転換期にします。」

自分との約束果たしてください。

1863) 

 

思うは田池留吉です。

思うは田池留吉一筋の生き方を自分は本当にしているか、

確認、確認の日々をお過ごしください。


肉を持てば、やがてその肉を置いていく時がやってきます。

その時まで、その瞬間まで、田池留吉を思う、

自分が生まれてきた意味を心から知る、

自分に肉を持たせた思いにありがとう、

繰り返しそこへ戻っていきましょう。


肉のことは程々に。

肉の喜びと幸せが本物の喜びと幸せになるように。

 

1862) 

 

2020年、年明け早々、学びの友とともに瞑想をする時間空間を用意していただき、感謝です。


久々にノートを広げペンを持ち、思いを書きました。


あなた、今、幸せですか。」それにまず答えて、そこからなぜそう思うのか、

つぶやいてくださいという時間を持ちました。


昨年の暮れには、「ともに瞑想会」の復活もあり、

こういうことをきっかけにして、

気持ち新たに学びを真剣に進めていこうと思える友もあるように聞いています。


肉は程々に楽しみ、しかし、思いは一本です。

自分で決めてきた愛へ帰る道をしっかりと見つけてください。


ともに同じ方向を目指して突き進んでいく喜びと幸せの中で、

肉も繋がりを持てたら、最高に幸せな人生です。

 

思うは田池留吉一筋を知らずに、

どんなに肉の繋がりを深めても、所詮空しい人生です。


激動の転生が待っています。

今世、学べることを心から喜んで、精一杯自分を学んでまいりましょう。

 

1861) 

 

学びに触れて思う喜びと思える喜びを心で知ったから、

それぞれの心に係っているとはいえ、

やはりともに学んでいこう、ともに歩みをと呼び掛けます。

他力の道を歩き続け、真っ黒を垂れ流してきたのはみんな同じです。


ただ、そこからどういうふうに自分の世界を転回していくか、

正しい方向に、愛へ帰る道へ舵を切っていくか、

その決意はいかほどかということです。


それぞれに肉、肉の環境、様々です。

 

全部自分で選んできたこと、

こういうシナリオで私は私を本当の私を知るために学んでいきます

決意してきたこと、それも固い固い決意であったこと、

それぞれに心に思い起こしてください。


思い出そう約束と、ふるさとの歌通りに 自分の駒を進めてください。


喜びで進めてください。

そして、必ず、必ず、今世の学びを次の転生に、

その次の転生に繋いでいって、

本番の250年後の出会いを果たしてください。

 

塩川香世 の メッセージ  

令和元年

田池留吉を思って
UTAの輪の中でともに学ぼう 令和元年
塩川 香世

2019年・令和元年 12月 31日終了

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

2019年・令和元年 12月 31日終了

 

1860) 

 

数日前の瞑想で、唐突に「私は核です。」と上がってきました。


田池留吉の意識が肉を持っている時に、そう伝えていただきました。

当時も今もそうですが、それがどういう意味であるのか、

私は頭でごちゃごちゃ考えていません。

そんなことをしてもどうなるものではないし、

いいえかえってそれは自分に対して、

意識の世界に対して愚劣な行為だと感じてきました。


ですが、核だと伝えていただいたのは事実です。

この事実をしっかりと受け止めていこうと思うだけです。


さて、それはそれとして、私もあなたも真っ黒、真っ黒です。

温もりに徹底抗戦してきました。

三次元にやってきたのはいいけれど、

全く何も変わらずに今の今まで転生を繰り返してきました。


今、私は今世の閉めに向けて、

自らの瞬間に出る凄まじいエネルギーを確認させていただいています

肉の母は私の協力者です。年老いた母です。

肉的には何とも申し訳ありませんが、瞬間出るエネルギーが痛快です。

たまらない快感です。それで暗くなることはありません。

こうして私はすべてを闇の中に突き落としてきた、切り捨ててきたことを確認しています。

そして突き落とし、切り捨てたのは相手ではなく自分だったことも確認しています。

 

ありがたいことに、母も自ら作ってきたアマテラスの世界が強固です。

少々火花を散らしても、腕に止まった蚊をパチッと叩いて、

あとは何食わぬ顔をして、次の会話をしているという感じなので、助かっています。

私とのやり取りで、母の心に起こった大波小波は母のものです。

私も同様です。

何だ、それは母の反省が不十分なだけじゃないか

ということかもしれませんが、私自身そう思っていません。

私は母の温もり、自分の中の温もり、喜びの世界を知っています。

だから、確認作業をしっかりとして、そして現状把握をしっかりとして、

エネルギーの質の変換を進めていく作業に支障はありません。


250年後の本番を残すのみということなので、

今世の閉めに向けてのお勉強は私にとって非常に大切な学びの時間です。

エネルギーの質の変換にひたすら努め、

時来たれば一気に噴き出していく喜びのシナリオが待っています。


意識の流れが伝える次元移行を遂行するためには、

大きな大きなエネルギーが必要です。

真っ黒、真っ黒でいいんです。

ですが、そのエネルギーの質の変換をどうぞ、あなたもしっかりとやってください。


どんなに真っ黒であっても、愛へ帰る、本当のことを知る

その思いが桁外れに強いから、

こうして田池留吉の意識の世界を学ぶ機会を

自ら用意してきたという確認

それぞれの心でしっかりとできるような学び方をしてください。


2019年、令和元年、亥年も今日で終了です。

明けて2020年、令和2年、子年。

時間は飛ぶように過ぎ去っていきます。

 

1859)

 

 男も女もそして年齢に関係はありません。

ただ自分の生まれてきた意味、訳を心で知り、

本当の自分が指し示す方向に心の針を向けて合わせて、

間違ってきたたくさんの自分とともに

生きていくことが喜びだと知っているか、

心で分かっているか、それだけです。


金で幸せになれません。神は言うまでもありません。

散々苦い体験、苦しい体験を重ねてきたはずです。

結果、心に残ったものは何ですか。


呪いと恨みを募らせ、どうしようもない空しくて寂しくて重苦しい中に自分を閉じ込めてきたんです。


どんなにしてもここから抜け出すことはできない絶望感が何度自分を襲ったでしょうか。

肉にかまけている間は、そういうことも全く感じられないけれど、

肉体を離せば、それはもろに自分に覆いかぶさってきます。


お母さんなんて、田池留吉なんてとてもとても呼べる、思える状態ではありません。

厳しい現実を今、肉を持っている今、

心に感じ、肉を本物として生きてきた

はるかはるか聳え立ってきた自分と真向かいになってください。


それがたったひとつの愛です。

愛だからこそ、むごたらしい自分の世界と向き合うんですよ

という本当の自分からのメッセージを、自分に発しているんです。

ありがたくありがたく受け止められる人間に蘇っていきましょう。

1858)

 

 今日、第一回の「ともに瞑想会」が無事終了しました。

UTAブックさんそして多くの方のご協力に感謝です。

ともに学ぶ友がいる、最高に幸せだと思いました。

 

もちろん、私達には肉を持たないたくさんのたくさんの宇宙の友がいます

みんな心をひとつにして、あのふるさと、懐かしい懐かしいあそこへ帰ろう、

待ってくれている、待ってくれていると、互いに思いを交わす喜びを感じてみてください。


どんなにすさまじいおぞましいエネルギーを吐き出しても大丈夫。

田池留吉、アルバートの波動の中だから、何の不安も恐怖もありません。

心を開いて思いの丈を語ってください。

ただし、出しっぱなしではいけません。

どんどん自分の中の温もり、喜びで吸収してあげてください。

喜んで喜んで出して、そして喜んで喜んで吸収していくんです。


ともに瞑想できることが嬉しいです。

ともに田池留吉、アルバートを思えることが嬉しいです。

母なる宇宙を思い、帰る道を心にしっかりと見てください。

「ともに瞑想会」、ありがとうございました。

1857)

 

 自分にとって何が一番大切なのか、

それぞれの時間の中で起こってくる色々な現象から自分に問いかけてくるでしょう。


現象を収拾させることだけにエネルギーを消費することは程々にして、

あとは自分の中に思いを向ける時間を持ちましょう。


今、心を見るという学びに触れている私達には、

それが何よりも大切であり、そうすることによってしか自分は救われない

自分に明るい兆しは見えてこないことが、ひしひしと伝わってくるでしょう。


何のために生まれてきたのか。

何をするために今があるのか、この肉があるのか。

 

世の中の流れ、その濁流を見事泳ぎ切ることが決して喜び、

幸せの人生ではないと、今世、しっかりと自分に言い聞かせてください。


今世を自分の転換期にして、

長い長い真っ暗闇のトンネルをもう抜け出していきましょう。

肉を本物として生きていく人生では、

真っ暗闇のトンネルの出口は見出せません。

 

死んで終わりではないことを、

肉を持っている今、心で知ってください。

知っていけることによって、道は開けていきます。

 

1856) 

 

みんなとともに、たったひとつの方向を目指して生きていける、

そんな嬉しい楽しい喜びの中にいます。

もちろんそこに至るまで、それぞれに厳しい険しい道のりがあります。

心を外に向けていては脱落していきます。

自らを苦しみの奥底に落としていく危険性はまだまだ多々あります。


ですが、喜びも計り知れない。

いいえ、これからの300年はすごいすごい展開になっていきます。

どうぞ、意識の流れにしっかりと乗って、250年後に標準を合わせて、

ともにともに生きていける喜びを確実なものとしてください。


間違い続けてきた、狂い続けてきた、

今もその間違いを狂いをやり続けている私達ですが、

それでもこうして自分に目覚める、

真実の波動の中にある自分達だったと知る、

そんな絶好のチャンスを自ら用意しました。


ただただ、ただただ嬉しいです。

狂いに狂い、間違い続けてきた、

苦しみの奥底の底のまだまだずっと奥底から這い上がってきた意識にとって、

本当に今世は千載一遇のチャンスでした。

千載一遇のチャンスです。

 

もう二度と、私の前には現れない、

そんな思いで、今までも学んできましたし、

これからもその心意気で学んでいきます。


道がようやく見え、確定している喜びと幸せ、何にも変えられません。

 

1855)

 

 アメリカに在住の方達と少々瞑想をする時間を持たせていただきました。

距離的、経済的その他の理由で日本でのセミナー参加は難しいけれど、

お互い定期的にZOOMを使って瞑想をされているということなので、ぜひ継続してください。

私もまた参加させていただきます。

現地でともに瞑想をということになればいいんですけれど、

今のところその予定はありません。

確かに、三次元最終のお勉強の地は、アメリカ、ニュージャージーということですが、

だからと言って何が何でもアメリカへ行かなければという思いは、正直私の中で弱いです。


一番の理由は、そんなことをしなくても、

意識の世界、250年後の私はアメリカにすでに先行している感覚があり、

思うだけでいいという思いがあるからです。

すでに田池留吉の肉とともにアメリカセミナーを体験し、

その時点で意識の世界の交信はなされていると思っているからです。


まず意識の世界からはそのような理由で、

それが私のアメリカ行きの思いを弱めているベースとなっています。


そこに、肉の思いとして、足の不具合から身体の動きが緩慢だという現状が乗っかっています。


今現時点では、このような思いでいますが、身体の動きがもう少し改善されれば分かりません。

やはり行きたい、ハドソン川のほとりを散策したい、そんな思いに駆られます。

ハドソン川を実際に見て、空気を感じて、今世の肉とともに来世の私が瞑想をする、

肉の思いですが、そんな時間と空間を持てるならそれもまた嬉しいです。

もちろん、なくても思いの世界は250年後も同居していますから、無理はしません。

 

1854)

 

 「ともに瞑想会」、

肩に力を入れてよしやろうという思いはありませんが、何かやはり嬉しいです。

慣れ親しんだ場所ということもあると思います。


大阪、上町台地、ふうっと思いを向ければ私には何とも言えない思いが感じられます。

肉的な表現で申し訳ありませんが、ただ単にそれだけではないように思えます。


それはさておき、学びの友と学べる時間と空間がありがたいです。

そのような時間と空間を設定いただき、感謝です。

 

ともに田池留吉を思える、アルバートを思える、

そして宇宙に思いを馳せることができる、幸せな時間と空間です。


誰がというわけではありません。

みんなとともに帰ろう、待っている、宇宙、私達の友が待っている、

だからあなたもあなたも心を向けてみよう、そんな思いです。

肉を見れば、それぞれに環境、事情があります。言い分もあります。

しかし、それは真実の波動の世界の前には本当にちっぽけなものです。

なかなか一気に自分の世界から飛び出すことは難しいかもしれませんが、

私達の目指すところはたったひとつです。


愛へ帰ろう。ふるさと、母なる宇宙へ帰ろう、その呼び掛けに、

いざないに真摯に喜びで応えていきましょう。

1853) 

 

学びの友からのメールです。一読ください。

 


毎日のホームページ本当にありがとうございます。

すべての答えがそこにあります。

肉で忙しかった時は流し読みが多く、

目を通しても「ハイハイ、なんか今日も意識ベースの似たようなことが載っていた」と、

読んだことで「今日の学びのノルマを一つ達成した」と片付けてしまっていました。

本当にお粗末でした。

今、少々ゆったりとした時間を持てるようになり、

落ち着いて読み進める時間を持ってみると、

すべての答えがそこに載っていると感じられます。

肉でも意識ででもです。あとはそれをどこまで実践できるかどうか。自分次第です。


目を開けていると肉の濁流に自ら飛び込み、被害者の悲鳴をあげています。

心の針を自分の中に向ける。

すぐに忘れます。忘れてしまいます。簡単なようで本当に難しい。でもだからやっていきます。

そのために生まれてきました。

お母さんから肉をいただきました。今の肉、肉の時間があります。


夫と過ごす休みの日、穏やかでゆったりとした時間のはずだけど、

何か心の疼きを感じ思いを中に向けてみました。のたうち回ってました。

出してくれ、出してくれ、ここから出してくれ。

自分自身を小さな箱の中に織の中に閉じ込めてました。

被害者どころか、とんだ加害者です。


先日の瞑想会で『自分の中の岩盤に思いを向ける瞑想』がありました。

何が出てくるのだろうと思ってやってみたら半狂乱の叫びでした。

そして驚いたのは岩盤の下にも岩盤があるということ。

そして肉に戻ったらその岩盤をまた塗り固めようとしている自分がいたのです。

それも丁寧に丁寧に。

「おいおい、何をやっているんだよ。」

「えっ?穴が開いたから塞がないと」一瞬そんなやりとりがありました。

岩盤を塗り固めようする自分にはまったく悪気がないのです。

それどころか良かれと思ってやっている。ヤバい、ヤバい。

良かれのエネルギーはプラスじゃない。マイナスのエネルギー。

肉の母が今世体を張って伝えてくれた、最大のキーポイント。再確認です。


良かれと思ってやっていたんです。

卑弥呼という頂点を目指すのも、真っ黒をな自分を押し隠すために岩盤を塗り固めるのも。

肉が基盤だったから間違ったことをしているつもりなんて一つもない。

良きこと、素晴らしきこと、生きていくためには必要なことだと思って

全精力を注ぎこんで一生懸命にやっていました。結果苦しいと悲鳴をあげていました。

被害者の悲鳴をあげていました。でも私は被害者ではありませんでした。

私は加害者でした。


以前からこうして反省文を打っていると被害者と加害者という構図、単語がよく出てきます。

私の心の中は裁判所だったのかもしれません。それで秩序を保っていたように思います。

さしづめ学んでいる私は裁判官といったところでしょうか。

苦しんできた過去からの叫びという意識の被害者、

良かれと思って間違いを犯してきた肉の加害者を、学びという法でジャッチしていた。

判決を下していた。上から目線で温もりなどありませんでした。

正しいか正しくないか。それは基準を意識にしても同じでした。

田池留吉を基準にして正しいか正しくないか。自分の中をジャッチしていました。

判決を判断を下していました。判決は「田池留吉に向けるしかない。反転をするしかない」。

答えは合っているけど冷たかった。


先日のzoom青年会の最後の瞑想かなんかで、

250年後アルバートとともに学んでいる自分に思いを向ける瞑想みたいのがあって、

「待ってますよ」という思いが伝わってきて号泣しました。待ってくれている。


愚かでどうしようもない、やっているつもりで全然出来てない

勘違いばかりの学びをしている自分だけど、待ってくれている。

やっていこう。やっていきます。嬉しい力強い思いになれました。


「時は来たれりをゆっくりと待つ」から始まり

「すでに賽は投げられたということです。

心して今世を学び、終えてください。終えてきましょう。」

の今日のホームページ。

肉の理不尽なことも(←まだ根に持ってる)すべてひっくるめて、

腹を据えて覚悟を決めて学んでいく必要性を感じました。

そして肉の事はほどほどに。今までの私にとっての命懸けは奔走することでした。

これからは命懸けでゆったりとしてまいります。

今できつつあるゆったりとした時間を無駄にすることなく大切に学んでまいります。


ありがとうございました。

 

1852) 

 

時来たれりをゆっくりと待つ。

思うは田池留吉一筋の道を着実に喜んで歩みを進め、

時来たれば、一気に心から喜びの雄叫びを放つ。


ということで、田池留吉の意識の世界がすでに打った布石通り生きていけば、それでよし。


想定内、想定外の出来事、全部引っくるめて、

意識の流れが誰の目にも明らかになる時が到来します。

形を見れば、阿鼻叫喚の構図です。


そこから何かが間違ってきたと気付いていく人もあれば、

心を落とし真っ暗闇に沈んでいく人もあります。

ふたつにひとつです。

 

厳しい分かれ道が待ち構えているけれど、

肉、形を本物とする思いから意識を本物とする思いに転回していくために、

どなたも避けては通れない道です。

 

一足早く、300年の猶予期間があると伝えていただいた私達です

信じる、信じないは別として、すでに賽は投げられたということです。

心して今世を学び、終えてください、終えていきましょう。

 

1851)

 

 形ある中に、私達は肉というひとつの形を持って生活をしています。


肉、形の世界は、区別差別の世界です。

その中で、公平、平等を求めても叶いません。

元々区別差別の中で自分を知るという設定だからです。

区別差別を無くそう、それはできません。

みんな平等、みんな公平、形ある世界では、そんなことがあるはずはありません。


では、そんな苦しい中に、なぜ自分達は生まれてきたのかということかもしれませんが、

肉を持って初めて、自分の苦しみに出会えるのです。

苦しみと表現していますが、

本当の自分を忘れ捨て去った私達には、

生活をしていく中で心に上がってくる思いはすべて苦しみでした。


辛い、悲しい、寂しい、不安、恐怖、妬み、執着、闘い、責め裁き等々、

いわゆるマイナスのエネルギーだけが苦しみではありません。

 

本当の自分を忘れ捨て去ったことが、

苦しみの中に自分を沈めていったことを知りましょう。

 

例え、今嬉しい、幸せ、ありがとうという満ち足りた生活があっても、

思うは田池留吉一筋の道を自分の中に見出せなければ、

それらの思いは、一瞬にして苦しみの真っ暗闇に埋没してしまいます。


肉を持たずでは、そういうこともああいうことも全くに分からず、

真っ暗闇の奥底に沈んだ状態から、自分を浮き上がらせることは不可能です。


だから、肉というものを切望してきました。

真っ暗闇から自分を救い出していきたい、心からそう願ってきました。

それが私達です。


今更、くどくどとこんなことを書かなくてもいいのですが、

それぞれ、今心を見るという瞑想を通して、

自分の中の切なる思いにしっかりと触れて、

自らの基盤を変えていく以外にないことを確認してください。

1850) 

 

ゆるりとゆったりとした中に身を任せ、思う喜びと思える喜びを味わう、

特に何をするでもなく、ただその喜びの時を重ねていく、

幸せな人生の終わり方だと思います。


何も持たずに心ひとつで生まれてきたから、

何も持たずに心ひとつで死んでいきましょう。


心ひとつで死んでいける準備を淡々としていきましょう。

心の底から突き上がってくるありがとうの思いに触れていってください。


もう それがすべてです。

 

こんなにも待たれていた、こんなにも愛されていた、

そしてこれからも待ってくれている、愛してくれている、

決して見限りはしない、決して裏切りはしない、

確たる思いを感じて感じていきましょう。


田池留吉と思うことが、アルバートと呼ぶことが、

どんなに嬉しかったか、

宇宙と思いを馳せる今が どんなに幸せか、

あなたの心で感じ味わい尽くしてください。

 

1849)

 

 本当のことを心で知って生きていく人生と、そうでない人生、

一人の人間としてそれぞれ同じように時間と空間を共有しているかのように見えても、

実際は全く違います。

 

学びに触れた私達には、それぞれの実体験を通して、

そのことを心で知るチャンスが今あります。

今のチャンスをしっかりと活かして、本当の人生を生き抜いていきましょう。

 

心の針を自分の中に向けていくことを知らなければ、

いつまでも無知なまま苦しみの奥底に沈んだままの状態です。


外に向く心を中に向ける

これを実践していくことが、唯一自分を明るい方向へいざなっていく方法です。


自分の中の本当の自分を知る。

 

どんなに苦しみの中にあっても、本当の自分はずっとずっと私を支えてくれていた、

待ってくれていた、そして今もただただ優しい思いで凛とした思いで、

温もりへ喜びへ帰ってきなさいと迎え入れてくれている、心で知りましょう。

 

心を中へ向けて、

本当の自分の存在を知って、

信じて信じて生きていきましょう。

 

1848)

 

 250年後の来世のキーワード、

ニュージャージー、ハドソン川、黒人、貧困、そしてアルバート

反響が大きいと感じています。


日本からアメリカの地へ、学びの集大成に向けて意識の世界は、すでに動いています。

舞台設定はもうすでに整えられており、時が来るのを待っているという感じです。


多宗教、多民族の国、区別差別が著しい国。

そこで、社会の底辺から真実の波動の世界の発信というシナリオが待っています。

真実の波動の世界から、再度肉を持って伝えにきてくれる、三次元最終のお勉強です。


シナリオ通り、今世の学習の結果を見事花咲かせ、

そして新たなステージへと進んでいきます。


地球という星に別れを告げ、

壮大な意識の流れの旅立ちです。

 

このことは、自分の心に感じ響いてこなければ、

到底信じられないことかもしれませんが、

決して絵空事ではないとだけお伝えしたいと思います。

 

1847) 

 

学びの友からのメールです。一読ください。

 


心を縛る心癖 


以前田池先生から頂いたメッセージを思い出した。


「ゆったりとしたあなたを思い、

そのあなたに向けて、どんどん思いを語っていってください...‥、

感じよう、そうするのではなく、ただゆったりと瞑想を続けていくこと、......」


ゆったりとした自分を思った。


まったく心を縛ることなくただ思いを広げた。何にもなく気持ちがよかった。


広い中に自分を委ねさせていく...、何にもない、こんな世界があったんだ。


今まで何をしてきたんやろうと思った。


こんな世界があったのに、何をあくせくやってきたんやろうか!? と思った。


ふっと思いが上がってきた。


「サイトパス」???


なんのこと? って、自分に聞いてみた。


「次元の違う世界...」このような感覚の思いが来た。


ふ〜ん、...、この程度にしとこと思った。


まあ、これがどうのこうのというのはちょっと置いといて、

自分に聞けばいいという実践を詰めたことが嬉しかった。

自分の中はいつも語ってきてくれるんやなって、今まで少しも信じてなかった。

でも、肉の思いの色々を外していけば

こんなに簡単に自分と語っていくことが出来るんやなって思った。

今まで反対やったと思った。

頑張り、力み、分かりたい...いっぱいの肉の思いで自分を遮ってたんやな、

反対、反対、反対やったって。


嬉しかったなあ、心を縛らずに瞑想をしてみた。

何が語ってきてもよし、どんな瞑想になってもよし、

そんなこともこんなことも何にも思わないで瞑想をする。

言われた方向にただ思いを向けてみようとする。

それだけ。後はお任せ。


ああ、心がとても楽なんです。

何にもないので、心が楽。

そして思いがストレートに伝わってくる。

それをただ言葉や異語で語る。

何にも伝わってこなくてもよし。

ただ思いをそこから逸らさないようにしようとした。


巫女の時の自分の思いが伝わる。

距離がなく、本当に今ともに存在しているという思いがした。

ああ本当に今も生きてる。

嬉しかった。一つだった。

私たちは一つ、ともに存在していた。

距離なんてなかった。

ああこれが意識の世界なんだと思った

思いを向け、思いを語り、それだけでよかった。

愛の中でそれが出来ることを喜んでいけばよいだけだった。

 

1846)

 

 難しいことなんて何もありません。

むしろ、肉の世界は複雑怪奇でややこしくて難しい。非常に重たい。

幸せと喜びを感じるのに、こんな重たい中を生きてきたのかと思います。

 

それもつかの間の幸せと喜びで、永遠に続くものではなかったと、何度転生を繰り返しても、

本当の幸せと喜びを知らずだから、そういうことが心の底から分かりませんでした。


その数々の転生を経て、今世は自分の心を見るという学びに触れました。

 

一生懸命生きてきたと思っても、所詮は消えてなくなる幸せと喜びの世界だったと、

自分の心で本当に分かっていけば、本来の進むべき道が見えてくるはずです。


重い肉、重い肉の思いを脱ぎ捨て、

軽やかに軽やかに生きていく術を学ばせていただいています。


愛へ帰る、本当の自分に戻っていく、ようやく明確な目的を持って、

これからの時を刻んでいける喜びの中にある私達です。


自分の中の真実をしっかりと学んでいきましょう。

目指すはただ一点です。

 

1845)

 

 どんなに愚劣な自分がここにあっても、今ここにあることが嬉しい。

ここにあることが幸せです。思えるからです。

ふうっと思いを馳せることを知っているからです。

肉、形の世界には何もありませんでした。

求めてきたものは全部自分を裏切りました。

自分を自分で裏切り続けてきたことを、

今の肉を持って感じ始めた今世の学びでした。

こんな幸せで喜びはありません。

 


帰れる、帰れる、やっとやっと帰れる道に出会った、その道を今私は歩いている。

ときには揺れながらも、それでも歩みは確実に前へ、

前へという力強い思いが本当に嬉しいです。


念願でした。心から切望してきたことでした。

 

宇宙へ、母なる宇宙へ帰りたい、帰ろう、帰ります、帰れるんだ、

この思いだけを引っ提げて、私は250年後に再び肉を自分に用意しています。


嬉しい。本当に嬉しい。

 

地球よ、あなたにはお世話になりました。

むごたらしいエネルギーを幾度も幾度も受け止めていただき、

ようやく私は私に目覚めることができた今世の時間でした。


心からありがとう。私は帰ります。

宇宙とともに母なる宇宙へ帰ります。

 

1844) 

 

この世にはいい人など存在しません。

肉的には確かにいい人はいるでしょう。

けれど、心、意識の世界は真っ暗闇です。

肉を持ってくるということはそういうことです。

例外はただの一人もありません。


真っ暗闇の意識が肉を持って、真っ暗闇の自分を知っていく、

知って真っ暗闇の自分に本当のことを伝えていく、

今世学びに繋がった人達は、その喜びを自分の心で納得されていると思います。


自分の真っ暗闇を心で知ることがどんなにすごいことなのか、

それを温もりへ喜びへ反転していけると知ることがどんなにすごいことなのか、

学びの醍醐味です。

学びを進めていくと真っ暗闇の質の変換が起きるんです。

 

これもまたそれぞれ心で感じておられると思いますが、

次元移行を達成するエネルギーは半端ではありません。


宇宙を汚しまくってきたエネルギーが宇宙へ母なる宇宙へ帰ろうとしているんです。

それは半端なエネルギーで完遂できるものではありません。

あなたは、宇宙を汚しまくってきたエネルギーが、

次元移行を達成する原動力になると本当に感じていますか。


肉を満たす、肉を現す、肉を認めさせる等々、

そんな肉の次元のちっぽけな世界に留まらず、宇宙に思いを馳せてください。


そうすれば、これから肉を持つ時間はそんなに多くを必要としないことが分かります。


肉、形を持って自分の流してきたエネルギーの凄まじさを心で知り、

そのエネルギーの質の変換を遂行してただ一点を目指す、

それが三次元最終のお勉強です。

250年、300年に至る時間、ともに学びましょう。

 

1843)

 

 UTAブックさんのホームページの中、あずけーる、読者投稿のコーナーに、

Aさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさん、Gさんのそれぞれの反省文が掲載されています。

読んでいただいていますか。


お声掛けをして作業を始めていただきました。

誰彼の思いの世界でなく、あなたの意識の世界です。

参考にしてください。


また、お声掛けをした方達にプレッシャーをかけるつもりではないのですが、

この機会にさらにご自分の心の奥底を文字という形にしてみてください。

長文は要りません。

瞑想をして

心に感じる波動の世界を

文字にしてみてください。

お声掛けしたのは、決して思いつきや偶然ではありません。


更新されるのを楽しみにしています。

 

1842) 

 

学び一本に自分の肉を持つ時間、

つまり人生をそこに集中させる、

ある程度の年齢になれば、そういう方向に自分を進めていきましょう。


まだまだ若い、体力気力まだまだある、それはそうかもしれません。

そのまだまだ若い、体力気力まだまだある余裕の時に、

本気になって自分の本当の意味での行く末を

真剣に思ってください。


肉の維持にある程度のお金は必要ですが、

それ以上にお金に向ける思いがあるならば、その思いを弱めていきましょう。

金に縛られる人生、最低最悪です。

お金では幸せにはなれないと思いつつ、金、金行進曲、殆どの人が流しています。

ここにある財産は私の物、それはそうでしょうが、

その思いを弱め、軽くしていければいいと思いませんか。


お金にしろ、その他のことにしろ、何でもそうだと思いますが、

持っていてもそこに執着がなければ、心は軽い。

持てなくて心が重いのと、持っていて心が重いのと、両方ありますが、

どちらにしても心を軽くする方向に生きていきましょう。

 

持てる、持てない、持っている、持っていないは形の世界のお話です。

形の世界に生きていない私達が元々持っているものだけを信じて大切にしていきましょう。

尤も、形の世界に生きていると信じて疑わない人にとっては、このことはチンプンカンプンです。

 

分からないものは分からない、当然です。

生きていく方向は全部自分で決めていきます。

そして、すべてにおいて公平、平等だから、

自分で決めた生き方の結果は自分で受けていきます

 

 

1841)

 

 全く予定通りとはいえ、今世学びに繋がったことを本当に嬉しく思います。

 

次元移行という意識の流れを心に感じて、

本当に宇宙に母なる宇宙へ帰れるんだという喜びと幸せを知りました。


くそ田池を どれだけその肉に向かって 吐き出したか、

噴き上げてくる 死にさらせ、目障りだ のエネルギー、

すごいすごい体験でした。

 

身体全体で自分の流してきたエネルギーを

色々な形で体験させていただいたあの現象の時間が私にはすべてでした。

 

そこに田池留吉の意識の世界を伝えてくれる肉が目の前にあったからこそ、

思いっきり吐き出すことができました。


あの体験をもう一度、もう一度味わえる来世

本当にありがたい幸せ者です。

そこから今世の学習がありますから、一気に発信します。


すごい時間と空間を用意している自分に鳥肌が立ちます。

1840) 

 

今世、学びに触れた人達、一人でも多くの方と250年後の最終時期に出会いたい、

そして、ともに喜びを共有したい、そう思います。


250年、300年に至る時間にはどなたも厳しい転生が用意されています。

 

本当の自分に出会うために自分自身が用意しています。

 

厳しい転生を経て、だからこそ、心に響き伝わってくる懐かしい、

懐かしい思いがある瞬間一気に噴き出してくるのです。


私は知っている、知っている、ここを私は知っている、

会いたかった、会いたかった、

心から一斉に叫び出す不思議で嬉しい驚きの出会いです。


ともに帰ろう、ともに行こう、もうそこには誰彼はありません。

ただ心と心が呼応し合う喜びの渦の中にあることを感じます。


こうお伝えしても、信じる、信じない、信じられる、信じられないと、

学びに触れていてもまだまだ色々とあると思います。

要は自分の中に響いてこなければということになります。


ただ、250年後、そして次元移行という意識の流れは

決して絵空事ではないことだけは、

学びに触れた以上、そうだろうなあという程度であっても、分かっていただけたら、

そしてその方向に今世の生き方を少しでも

修正していこうと実践を始められたらいいなあと思っています。

 

1839)

 

 意識の流れを思うともう嬉しくてありがたくて、

本当に何と幸せなことかと思います。

 

こうして、今肉を持って宇宙を思える、

宇宙に思いを馳せる時間がある、

それはそれはすごいことでした。


帰りたい、何度そう願ってきたことでしょうか。

ようやくそれが現実のものとして自分の中に響いてくる幸せと喜びを感じて、

肉がどんなに愚かであっても、肉があればこそ感じられることだったと感慨深いものがあります。


アルバートの波動と出会いたかったという心の叫びは、宇宙を呼びたかった、

宇宙に心を向けたかった、闇黒の宇宙を作り続けてきた心に、

温もりを喜びを安らぎを伝えたかった、その切なる思いでした。

今世の肉を通して、それを実現できたことが私の愛へ帰る第一歩でした。


田池留吉というひとつの肉を通して、

そして私の肉を通して私はアルバートの波動と出会えました。

宇宙を思うことがただただ、ただただ嬉しいです。

アルバートと発することがただただ、ただただ嬉しいです。

 

1838)

 

 喜んで楽しんで、今、自分を学べる時を過ごしていきましょう。

どんなむごたらしい自分の世界であってもいいんです。

それをはっきりと心に感じられることが喜びです。

 

そしてそのむごたらしいおぞましい自分の世界に、

待っていてくれているからもう帰ろう、素直になってもう帰ろう、

あそこへ帰ろう、優しい優しい思いで伝えていけるなら、

こんな幸せで喜びの時はないでしょう。


どんなに真っ暗闇の中に、冷たく閉ざされた中に自分を閉じ込めてきたかということを、

死後の自分を思う瞑想の中で、今まず確認してください。


そして閉塞感、重圧感のある自分の世界にほんの少しでも、

隙間を灯りを見出してください。

温もりの中に生きていた、そこは開け放たれている、少しでもいいから、

そんな世界が本当の自分の世界なんだと、

今世心で知ったならば、本当に幸せだと思います。


今世、予定通りアマテラスの国日本に肉を持ちました。

大和は、国のまほろば・・・という歌が好きで、

学びに集う前から、二上山を眺めながら山の辺の道を

幾度も歩いていたということは、こういうことだったんだと納得です。

 

そして、予定通り、田池留吉、アルバートの波動の世界との出会いを果たし、

次元移行という意識の流れを確認させていただきました。


日本の国から始まった学びは、アメリカの地で三次元の集大成を迎えます。


ニュージャージー、ハドソン川、黒人、貧困、そしてアルバート、

これが私の250年後の来世のキーワードです。

皆さんもそれぞれにあると思います。

 

ようやく、ここまで漕ぎつけたんだ、

日本の国へ向けて、そしてアメリカに向けて、

さらには地球に向けてありがとうしかありません。

1837) 

 

私は恵まれています。

物質的に何の不自由もなく、そして私の周りにいる学びの友にも恵まれています。

学びの環境は申し分なく整えられています。


あとは私の心次第です。

次元移行に至る歩みを着実に進んでいけるか、私の心次第です。

すでに打たれている布石通りに歩んでいけばいいことで、

何の問題もなく難しいことはないけれど、

心の針の向け先の管理を怠らずに

という自分からのメッセージを肝に銘じています。


250年後の出会い、そして発信という仕事を計画通りに遂行していくために、

細心の注意を払うということを、日々の瞑想の中で確認しています。


万が一、道を外せば、私にはもう永遠に自分を浮き上がらせることはないでしょう。

それほど急傾斜の学びの途上です。

厳しい、険しいけれど、それだけに喜びもまた計り知れないものがあります。


愚かな肉を携えての学びの時間です。

慎重に慎重に、そしていい意味で気を引き締めて

学ぶことが何よりも大切だと伝えてもらっています。

 

1836) 

 

またひとつ、セミナー、学びの友とともに学ぶ時間と空間を通過しました。

あなたの肉を通して私はセミナーをしますという田池留吉の意識の世界からのメッセージを、

セミナーを最初に進行させていただくようになった2015年3月に受信し、

とりわけ田池先生の肉がなくなった後には、

肉は愚かですから、幾度もそれを確認しながらやっています。

 

意識の私の世界は、一度受信すれば、それで「はい」なんですが、

何せ肉は下らないから、ついつい、幾度も聞いてしまいます。


おしなべて、肉の程度はその程度です。お粗末です。

そんなお粗末な肉を携えてのお勉強ということだから、やはり細心の注意を払って、

どなたも、それぞれ自分の学びの歩みを進めていくことが何よりも大切だと感じます。


せっかくの自分の計画を、下らない肉の思いで自ら頓挫しないように、

今世の予定は今世で無事終了とお互いいきましょう。


 

1835)

 

 ふるさとへ帰る、母なる宇宙へ帰る

その道筋をしっかりと心に見極めた今、

どんなに間違った世界を広げてきたかを感じられることがただただ喜びです。

 

苦しい、苦しい、なにくそ、なにくそと自分が作った闇と独り相撲をしてきた愚かな自分を

しっかりと感じ受け止め、そしてそんな自分に生きていく正しい方向を伝えることができる、

こんな幸せな時をいただいている私達です。

幸せ者です。

自分が垂れ流してきた闇の大きさ、深さを思えば、

こんな私を私は待ってくれていたということが、もうそれがすでに喜びでした。


瞑想をしましょう。

ただひたすら田池留吉、アルバートを思う瞑想をしていきましょう。

言葉など要らない。

 

思えば通じる世界に元々あったことを心に感じれば、

もうこんな喜びと幸せはありません。


「ありがとう、ありがとう、本当に出会いをありがとう、出会っていただいてありがとう。」

私達のほうから流す思いなのに、田池留吉の意識の世界は、そう伝えてくれました。

それはそれはすごいことでした。

 

1834) 

 

今日からセミナーです。また嬉しい学びの時間と空間を共有できます。

ただただ幸せだと思います。

どんなにしても分からなかったことが、ようやく今世の肉を通して

明らかになるというシナリオをそれぞれ自分に用意しています。

あの人、この人、肉は色々とあるけれど、本当のことが知りたくて、

本当の自分と出会いたくて、

こうして今、肉を持って学びに繋がっているという幸せを味わってください。

 

見るのは自分の心です。

 

自分の流すエネルギー、

瞬間的に噴き出していく凄まじいエネルギーを確認してください。

確認して、そして、そのエネルギーを反転です。

その作業を死ぬまで淡々と喜んでしてまいりましょう。


肉を自分に持たせた真の意味を心にしっかりと感じておられると思います。

 

何をするために生まれてきたのか、これまでの転生があったのか、

心で本当に分かってくると、

こんな恵まれた幸せな存在はないということが自ずと心に響いてきます。

 

それでも肉は愚かだから、間違いを繰り返していくけれど、

その中でやはり中の自分の思いに素直に生きていこう

思える日がどなたにも必ずやってきます。

それはそう遠くないでしょう。


意識の流れは粛々として仕事を遂行しているからです。

厳然としてあるその流れに全託する喜びと幸せをどなたも心で味わい尽くしてください。

 

1833)

 

 自分が肉を持って生活をしている場所が仮に沈んでいっても、

自分の心、意識の世界は沈み込むことのないように、

日々、学んでいきましょう。


もう真っ暗闇の中へ沈み込んでいく生き方は、今世を限りに方向を転換してください。

 

濁流の中から顔を出し、息をつき、そして意識の流れに

しっかりと乗っていく生き方、存在の仕方を学び取っていきましょう。


自分に用意したチャンスを活かし、本当の喜びと幸せの道を確立してください。

 

肉、形の中に真実はありません。

 

肉、形を持たない私達とって、

いったい何が本当のことなのか

どんなに探し求めても行き当たらなかった数々の転生から学び、

自分を本当の自分を取り戻していきましょう。


苦しい転生でした。辛い哀しい転生でした。

それでも自分に何度もチャンスを用意してきたその心、

その思いをしっかりと受け取っていける人間に蘇っていくことで、

数知れない真っ暗な転生もまた明るい方向へ出ていけるのです。

 

長い真っ暗なトンネルの出口をそれぞれの心で見つけてください。

 

 

1832)

 

 日本列島、揺れています。

今の揺れなど大したことはありません。

断層の有無も関係なし。

日本列島、至る所で揺れる、亀裂が入り、そして、あとは海の底というシナリオです。

 

もちろん、日本列島だけではありません。

底で繋がっていますから、あちらで揺れれば、こちらも揺れる、沈むところもあれば、

浮き上がってくるところもある、とにかく、世界地図は大きな変わりようです。


その中で、三次元最終のお勉強が始まります。

肉を持つ意識、持たない意識、宇宙総出で、意識の流れを遂行していきます。


全く頭の理解は必要なしです。

ただ、それぞれの心に届く波動が伝えてくれています。

しっかりと心を向けてください、愛である自分にしっかりと心を向けて、

そしてともに生きていきましょう、そんな呼び掛け、いざない、それぞれの心に届いていきます。

いいえ、もうすでに届いているんです。

一足早く受け取るという計画もあるし、まだまだだという計画もあるでしょう。

そんなことは些細なことです。

それぞれの計画、予定を着実に遂行していけば何も問題はありません。

喜んで喜んで心をひとつにして、ともに今世の学びをまずは進めてまいりましょう。

 

 

1831)

 

 生き方は単純でいい、シンプルが一番です。

複雑怪奇は御免です。

学びについて、はい、いいえの意思表示も明確に。

 

何を考えているのか、思っているのか、思慮深いということかもしれませんが、

学びについて下らない頭でこねくり回しても、中は全く納得しないでしょう。

そんな暇があるなら、私達の思いを聞いてというところだと思います。


ひとつの肉、形を自分だとしてきた愚かさを、日々の中でどんどん感じていきましょう

肉がどんなに満たされても、中の数知れない自分は満たされない、

だから肉はどんどん暴走してしまう、

中の凄まじいエネルギーに肉は操られていく、そういうことだったんです。


自分の中に思いを向けるということが、どんなに優しいことなのか

外に思いを向けて生きてきた肉の人間には、到底分からないことでした。


自分しか存在しない、

自分は自分の世界でのみ生きているんだ、

ここをしっかりと学んでいきましょう。


住む世界が違うという表現がありますが、同じものを見て聞いても、

心の針の向け先で格段の違いがあることを知りましょう。

格段の違い、いいえ、次元が違うということです。

 

肉の次元から意識の次元を推し量ることは絶対に不可能です。

それが分からずに、頭でっかちの人間が殆どです。

そのエネルギーが自らを破壊していくことなど想像もできないでしょう。

 

あとは、

現実だと思っている形の世界の総崩れという現象

を待つしかありません。

1830) 

 

頑張らなくても気張らなくても、淡々と学んでいけばいい。

ただし、自己流は効果なしで、やはりそこに素直さというか、

真摯さというか、真っ直ぐというか、そういうことは絶対条件でしょう。


素直ということひとつを取ってみても、なかなか難しいです。

表面上は素直に見えても、中に岩盤があるはずです。

特に私達は地に落ちてきた意識なんです。

地に落ちてきた意識というのは、言い方を変えれば、

神、仏、宇宙のパワーの存在をいかにも知ったように

感じたように語り、伝え、人を導くことをよしとした、

人の心を救うことを崇高なものとした生き方をしてきた、

そんな転生が数え切れないほどあるということです。


巫女として生きてきた転生かそれを如実に物語っています。


その心癖を引きずったまま、今、それぞれが生活をしている

と言っても決して言い過ぎではないとお伝えしています。


巫女、それも卑弥呼になりたくて、頑張ってきたんです。

気張ってきたんです。どんな転生でもそうでした。

頂点を目指して生きていくことが素晴らしい、

それを自分の生きる糧、存在意義としてとらえてきた心を、

どなたもみんなしっかりと見て確認して、

それがどんなにおぞましい波動を垂れ流してきたかを

愛である自分に詫びてください。


愛である自分が待ってくれています。

全部を託していける広がり、温もり、安らぎ、

そんな世界の中にただあることを感じられる瞑想をしてみてください。

 

1829)

 

 学びに上も下もありません

学びはいわゆるピラミッドではありません。

頂点など存在しません。

ただ、UTAの輪、輪があります。

輪の中心は愛です。その輪には軌道があります。

 

その輪を仮に上から見れば、どこまでも限りなく広がっています

仮に横から見れば、上下なく水平です。


また、UTAの輪の中心から近い輪の軌道、遠い輪の軌道があります。


仮にと言いました。

形の世界から表現すれば、上とか横とかになりますが、

意識の世界、波動の世界だから、

もちろん上とか横の感覚はありません。


輪の中心から遠い軌道でもいいんです。

同心円上の軌道であるかどうかが問題です。

中心から伸びる輪の軌道から外れることのないようにとだけお伝えします。


その前に中心から伸びる輪の軌道に乗っているかどうかを

きちんと検証していくことが学びの歩みです。


そして、言うまでもなく、みんな輪の中心に向かって

学びの歩みを進めていきましょうということです。


UTAの輪の軌道から外れて、

真実の道を行く、

真実の世界に帰っていくことは絶対にありません。

 

1828)

 

 それぞれが自分で決めてきた真実への道のルートがあります。

真っ暗闇の中から這い上がってきたという事実は共通しています。

ただし、本当にその真っ暗闇から抜け出していけるかどうかは、それぞれが決めていきます。


すべてに公平、平等に自分を変えていく機会を自分に用意しています。

その機会を活かしていけるかどうかは、

やはり、なぜ自分は生まれてきたのか、

何をするために今があるのかを

心の底から分かってくるということに係っていると思います。


心から切望してきたことに、どれだけ真摯に真正面から応えていけるか、

結局は生まれてきた本当の意味が心で分からなければということに尽きます。

 

千載一遇の学びが従来の他力信仰の延長線上にあるなんて、本当にとんでもないことです、


どうぞ、学びの動機をしっかりと見つめ直し、

自分の切なる思いと真正面から向き合ってください。


誰彼の問題ではありません。あなたの問題です。

あなたが真実の波動に目覚めていけば、

それだけ宇宙が変わっていくということをお忘れなく。

宇宙が変わっていけば、どんなにすごいことなのか、

これからの時を経て知っていくことになります。

 

1827)

 

 嬉しいですよね。

自分の中へ帰れることを知った心に、

間違い続けてきた自分が次から次へと顔を出します。

肉に塗れ肉に溺れてきたなれの果てを、心で感じられることが、それが喜びなんです。


愛の中にあるからこそ、どんどん出てくるんです。

それが心で分かるという学びに、今世の肉を通して触れさせていただいているんです。


こんな幸せなことはありません。

愛を心の中の愛をしっかりと確認してください、

さらにさらに深めていくんですよと、それぞれに現象が用意されています。


地球上におけるこれまでの転生の時間からすると、

あと残された時間はごくごく僅かとなりました。

今世、最終のお勉強に向けて予習をできる限りやっていきましょう。

もちろん、それは自分と自分の学びです。

本物の自分と偽物の自分の中で学んでいける喜びを味わってください。


250年後の最終のお勉強に向けての布石はすでに打たれています。

舞台設定はすでに整えられていますので、

あとは、喜んで喜んでその幕開けを待てばいいんです。

それには、それなりの準備を滞りなく進めていくことが必要ですが、

それを淡々とやっていけばそれでいいことです。


同時期に肉を持たせていただき、学びに触れたそれぞれの予定、計画を喜んでいってください。

 

1826)

 

「ともに瞑想会」の復活にあたり、動いてくださる学びの友に感謝です。


年明け早々の1月13日開催予定の瞑想会は、

セミナーホールの他に音楽室も借りてということになっているようです。

当日の通信状態によって状況は変わると思いますが、

ぶっつけ本番で二部屋同時進行を試みます。

近場の人でご都合がつく方は、参加申し込みをしてください。

150人前後の方が当日に集まるとしたら、

その交通整理が大変ですが、お互い気持ちよく学んでまいりましょう。


目指すは、田池留吉、アルバートの世界

ともに行きましょう、ともに生きていきましょうと、

たくさんの宇宙達とともに思いを向けられる時間と空間

共有できることに、ただただ喜びを感じます。


肉は愚か。

愚かな肉を携えて、真実の波動の世界を極めていく厳しさとともに喜びを感じてまいりましょう。


待っているんです。あなたの中の闇黒の宇宙が待っています。

伝えてください。私達は帰れることを。

あのふるさと、母なる宇宙へ帰れることをしっかりと、

しっかりと肉を持っているあなたがあなたに伝えてください。

 

1825)

 

 瞑想は喜びです。瞑想はただ嬉しいだけです。

アルバートと呼べることが現実となっている今、本当に嬉しい、幸せです。


アルバートと出会いたかった。

アルバートの波動と出会いたかった。実現できたこと、ただただ幸せです。

肉の喜びと幸せ、ほんの薄っぺらなものでした。


アルバートの波動が私の中を貫通した衝撃を受け、

私の中の宇宙はすごいことになっていました。

帰ろう、帰ります、その叫び、歓喜の叫びはエネルギーとして

確実に喜びの仕事をしていくとすでに心は受け取っています。

 

250年後、再び肉を持って出会い、ともに仕事ができることを私はただただ嬉しく思っています。


田池留吉、アルバートと呼べる、思える喜びと幸せです。


波動を伝えてくれました。波動を受け取りました。

繰り返し今再現できることを通し、ともに生きている証しを瞑想の中で感じています。


だから瞑想は喜び。瞑想はただ嬉しいだけです。

 

1824) 

 

心に届けてくれた波動の世界。

心に届いた波動の世界。

幸せな人生です。


学びに触れた人達、みんなそう感じておられるでしょう。と私は思っています。

それぞれ日々の生活では色々とあるでしょう。

 

ですが、やはり、私達、学びに触れた私達には、

思う喜びと思える喜びという力強い味方があります。

 

どんなに間違ってきても、どんなに苦しい中を生きてきたとしても、

今こうして思えるんだ、田池留吉を、お母さんを、温もりの自分を思えるんだ、

それはそれは本当にすごいことです。

そう実感されていると思います。私は実感しています。


どうぞ、目を閉じて思いをしっかりと向けていきましょう。

心の奥底から沸き起こってくる心の叫びをしっかりと受け止めていきましょう。


帰りたい、帰りたい、温もりの中へ、母の中へ、

ただただその思いだけで何度も何度も生まれてきたんだと、

しっかりと心に感じてください。

 

そして今世を境に自分の生きていく方向を変えていきましょう。

自分の中の愛をただひたすら信じていく方向に自分を向けていってください。

 

1823) 

 

それぞれ自分の今世の閉めに向けて、時間を過ごしていきましょう。

限りある肉の時間です。

私達の時間は限りなく続いていきますが、肉の世界は違います。

 

今世の肉を通して学ぶべきことは学び、

肉という周辺の諸々は段々にシンプルにしていきましょう。


心ひとつで、思いを向けるということで、

自分はどの方向に生きていくのかが決まるんです。

 

肉、形の中にあっては、そのことが一切分かりません。

心が大切だということはみんな否定しないと思いますが、

心がどの程度、いいえ思うということがすべてなんだということなんて、

肉、形の世界では到底納得できないでしょう。

 

基準、基盤が違えばそうなんです。

目に見えること、目に見えるものによって、

生き方、思い方が違ってきて、それも千差万別でいいんだと理解しています。


真実の波動の世界は、千差万別の生き方、思い方があっていいという世界ではありません。

真実はたったひとつです。

 

たったひとつの真実の世界を心で分かる道しか喜びの道はありませんが、

それだけに大変厳しい険しいです。

肉に生きてきた私達には、大変厳しい険しい道だけれど、

もう方向転換をしていく時期が来ています。

自分の中に目覚めを呼び起こしていきましょう。

 

1822)

 

 肉の愚かさを並べ立てても仕方がないことです。切りがないからです。

けれど、その愚かな肉を持っているからこそ、自分の心の叫び、心からの叫び、

私は切なる思いと語らせていただいていますが、その思いを知っていくことができるんです。


求めてきました。探してきました。

だから、自分を落としても落としてもそれでも、

こうして、地獄の奥底の底のまだまだずっと底の底から這い上がってきたんです。

ようやっと、ようやっと、念願だった出会いを果たせました。

しっかりと心に感じ広げ育んでいく喜びと幸せの中にあります。


道が見えている、たった一本真っ直ぐに伸びていく道です。

今世の肉は道しるべをいただきました。本当に嬉しかったです。

道しるべが本物の道しるべが私の目の前にありました。

その道しるべに沿ってというより、食らいついて学ばせていただきました。


ただただ嬉しい喜びの時間と空間の中で、私の中はどんなに喜んでいたことか。

宇宙が宇宙が本当に闇黒の宇宙が帰れることを知ったから、

もう私は何も望むことはありません。


ただ今世の肉を持って学ぶ時間を最大限活かして、

そしてともに学んでいる250年後の私、宇宙とともに生きていきます

 

1821)

 

 お互い愚かな肉を持って学びを進めていこうとする喜びの中にあります。

それぞれ自分の心の針を正しい方向に向けて合わせてする、

いわゆる正しい瞑想をしていけば、

肉を持っている今がどんなに自分にとって幸せ、喜びか、

その喜びと幸せのエネルギーが宇宙を変えていく仕事をすると、

どなたも心で分かります。


愚かな肉同士が、その肉を通して波動を学んでいく過程にある私達です。

瞑想は基本的にはそれぞれお一人おひとりの作業ですが、

学びの友とともに瞑想をする機会があれば、それもまたよしということでしょう。


ただ、そこで注意すべきことは、人が集まれば、

色々とトラブルが発生する場合があるということです。


できるだけスムーズに学びに集中しようと各自心掛けてください。

そのためには、その場その時の守るべき約束事があります。

自分のちょっとしたうっかり、怠慢に気を付けていきましょう。


宿泊を伴うセミナーもそうです。

大宝や志摩ホールを利用する場合もそうです。

各地域で学びの友とのお勉強会もそうです。

 

そこには必ずお世話していただく学びの友の存在があります。

どんな場合もお世話は大変です。

どうぞ、学びに集中できるように、守るべき約束事は守り、

互いに気を付けるべきところは気を付けて、

ともに学べる時間と空間を喜んで共有してまいりましょう。

1820) 

 

思うは田池留吉一筋の道喜びの合言葉です。

一人ひとり 様々な環境の中にありますが、

それぞれに 自分を学べる幸せな人生の時間を 過ごされていると思います。


自分の中に意識の流れを見てください、感じてください。

そんな瞑想の時間をたくさん、たくさん持ってください。

肉を持った醍醐味を味わっていきましょう。 

 

肉を持つ喜びと幸せです。肉の喜び幸せもまた本物としましょう。


自分の中へ帰っていく喜びです。

肉という形を持って、肉という形のない自分の世界を知る、本当にすごい学びです。


なぜ自分に肉を持たせたのか、

学びに触れ正しい瞑想を継続していけば、

自ずとどなたの心にも響き伝わってきます。

生きる意味を間違えてきたことがはっきりと分かります。

心に感じる自分の間違いを素直に認め

受け入れていきましょう。


肉に生きる人生は苦しみの人生です。

私達は無限、肉は有限。

有限の中では、苦しみの人生という意味もまた軽くとらえてしまいます。

自分を裏切る、自分に抵抗するということがどんなに愚劣なことなのか、全く分からないでしょう。

 

1819)

 

 ともにある喜びをあなたもどうぞ心に広げていってください。


幸せですよ。本当に幸せです。

待ち望んできた、心から待って待ってきた思いが現実のものとして

心に響き伝わってくるんですから、これほど幸せ、嬉しいことはありません。


どうぞ、瞑想をしてください。正しい瞑想ができるようになってください。


頭、肉の習慣、慣習、知識等々、それらを全部取っ払って心を空っぽにして、

ただただ田池留吉の意識の世界に全託してください。

 

委ねていけない色々な思いが出てきたならば、

それは間違いなく他力のエネルギーで自分を縛っているということだから、

その思いを全部、全部吐き出し、認めてください。


どんなに優秀な肉であっても、

自分の本質を見失ったという自覚がなければ、ぼんくらです。

そこのところ、どうぞ正しく理解できるようになってください。


本当に地に落ちてきた意識

それが自分達だったと心から知っていきましょう。

それは苦しみではありません。そこから喜びの道が段々と見えてくるんです。

地に落ちた狂った意識だから、今世、学ばなければならない、

学ぶように自らを誘導している、

その自らの思いに触れて、触れて、触れ尽くしてください。

心からありがとうと自分に言える喜び、幸せ、嬉しさを味わっていきましょう。

 

1818) 

 

学びの友がいる。

肉の有り無しに関わらず、私には学びの友がいる。

それを心に感じられる自分自身が一番幸せだと思います。


熾烈な闘いのエネルギーだけをまき散らしてきた。

宇宙の覇者の座から滑り落ちることのないようにと、宇宙時代を経てこの地球にやってきました。


どこまでいっても真っ暗、真っ暗だった。しかし、その真っ暗が心地良かった。

真っ暗を飲み込んで飲み込んで、それでさらに自分を大きくしようとしてきたし、

できると思ってきた本当に愚劣としか言いようがない自分でした。


その宇宙時代に思いを馳せることが恐怖から喜びへと変わっていたとき、

ああ本当に今肉を持たせていただいている今が、

どんなに嬉しかったか、ありがたかったかを幾度も感じさせていただきました。


だから宇宙に思いを向ける瞑想をしてくださいとお伝えしています。


母の温もりが自分の中にしっかりとあると感じたならば、どうぞ、宇宙と思いを向けてください。


宇宙の覇者を争う世界は本当にちっぽけな世界でした。

田池留吉、アルバートの波動がそう教えてくれました。

そんな小さな存在ではないこと、あなたはあなたを知らないと教えてくれました。


「あなたは私、私はあなた、ひとつ」

知っていく道をさらにさらに歩いていきましょう。

1817)

 

 12月28日開催予定の「ともに瞑想会」の参加予定者が決定しました。


会場の許容人数の関係上、希望者全員参加というわけにはいきませんが、

次回は、2020年1月13日に予定していますので、その方達を優先するということでご容赦ください。


思いがけなく「ともに瞑想会」の復活の運びとなり、スタッフの方達に感謝します。

私は何もせずに、自身の身体を運べばいいだけです。

ともに学べる機会をいただき本当にありがとうございます。


今回、会場が大阪市内で大阪メトロ(地下鉄)の最寄り駅から近いということで、

できるだけ電車をご利用ください。


初回ですから、何かと混乱するかもしれませんが、

できるだけスムーズに行動して、学びに集中していきましょう。

私は今から楽しみにしています。

 

1816)

 

 生れてきた本当の意味、肉を自分に用意してきたという事実、

それらが心で分かれば、こんなに幸せな自分はなかったとしみじみ思えます。


間違い続けてきたこととは思ってもみませんでした。

だから私のどこがどう間違ってきたかなんてとてもとても理解に苦しむことでした。


田池先生に喜び少ないと、初対面で言われたけれど、

その意味を心で分かるには時間がかかりました。

何でも当たり前だった私には、この人何言っているんだくらいにしかとらえられなかったです。

そんなお粗末な自分の世界だったと、懐かしく振り返っています。


それでも、自分の予定通り、計画通り、出会いを果たし、

心の中、意識の世界の変革を遂行させていくルートに

きちんと自分を乗せることができた今世には、本当につくづくありがたいと思います。

ありがとう、意識の流れを知って本当にありがとう、そんな思いの中に生きています。


肉、形の総崩れ。

 

心から自分に詫びていく、懺悔していく喜びの時間と空間が

これから用意されていると思うと、ただただ嬉しい、ありがとうです。

 

1815)

 

 限りある肉を持つ時間です。

意識の私達はどこまでも、どこまでも永遠に存在していますが、

肉は形あるものですから、いつまでもというわけにはいきません。

 

自分に肉という形を用意してきたこれまでだったんだ、それはなぜだったのかと、

心で感じ始めると、肉を持っている今、生き方が少しずつ変わってくるでしょう。


あれもして、これもして、こんなこともあんなこともと、頭と身体をフル回転させていくことが、

実りある人生の時を約束すると、何の疑問も抱かずに生きてきた私達ではなかったでしょうか。

少なくとも私はそうでした。


私は、今世、学びに触れる前は、自分のための人生を生きたい、

誰かのため、何かのために生きる人生なんて人生ではないと思っていました。


もちろん、この場合の自分とは、目に見える形ある自分だと思っていましたから、

全くとんでもない思い違い、考え違いを

過去からずうっとしてきたんだと学びに触れ学び始めて納得でした。

小さな世界で小さく生きてきた自分でした。


持てる者は持たざる者よりも絶対に幸せ者だと信じて疑わなかった私に、

250年後の私は、私は何も持っていないけれど、こんなに幸せだよと言っているんです。

まだ肉を持っていない250年後の私。

けれど、すでに過去の自分にそう伝えています。

意識の世界の不思議です。

 

1814)

 

 自由に伸び伸びと喜んで喜んで学んでいきましょう。

肉、形の世界には色々と制約があります。窮屈です。


自分を落とすだけ落としてきた現実をしっかりと真正面からとらえ、

それでも今こうして肉を用意してきた自分の中の切なる思いに、

今世こそはきちんと応えてください。応えていけるような学び方をしていきましょう。


もう自分を落とすのは止めにして、自分を大切に大切に育ててください。


肉に塗れ肉に沈み、自分を切り裂いてきた思いを心に感じ、自分に詫びてください。

ごめんなさい、そしてありがとうです。


自分にごめんなさい、ありがとうを伝えることができる人生、みんなこんな人生、初めてです。


人として本当の人生を生きる。

自分は肉、形ではないと心から知ることによって

人として本当の人生を生きていくことができます。


ひとつの肉を通して限りなく広がっていく自分の世界を知っていける今。

それが今世でした。実証済みだからあえて過去形にしました。


今世を自分の転換期に

というメッセージを繰り返し伝えます。

 

1813) 

 

思う喜び、思える喜びです。

どうぞ、あなたもそしてあなたも、この喜びをしっかりと自分のものにしてください。


思う喜び、思える喜びが自分の中で確立していけば、

どこにいても、何をしていても、どうなっても、大丈夫です。


文字通り心ひとつで生きていけることを感じます。

実際は肉を持っている以上、その肉を維持する必要がありますから、

それはそれなりに肉の環境を整えるに越したことはありません。

ただ、そのことにずうっと思いを傾け、

エネルギーを注入していく生き方というのはいただけません。


肉のみで生きている時間の中では、それはそれで仕方がありません。

地獄の道まっしぐらに生きていくことを自ら選び取っていくんですから、

その結果を自ら受けて、そしてそこからまた生き直し、やり直していけばいいだけです。

250年、300年に至る意識の流れの計画を逃せば、

生き直し、やり直していくには気の遠くなるような時間を必要としますが、

意識の流れに逆流していくことを選んだ結果を結果としてしっかりと受けていく、

これもまた愛の中にあるという証しです。

 

1812)

 

 今日、学びの友との談笑の中で、確認しておく必要があると思ったことがあります。

以下の文章は、NPO法人UTAの輪の会報第一号に掲載された私の原稿です。


  私はこれからもこの思いで、学びの友と学んでいく所存です。

セミナーにしても、ZOOM瞑想会にしても、学びの場というのは、

NPO法人UTAの輪からも、UTAブックさんからも独立しています。

どこにも属さない、ただあるのは、真実の波動の世界をともに学んでいこうとする思いだけです。

あってはならないことですが、万が一、不具合が生じて

従来通りの学びの場が提供されなくても、

私は何らかの方法でともに学ぼうと発信し続けます。

学びの場は形ではなくて、それぞれの心の中にあることを発信し続けます。

それに呼応する意識達が集えば、そこに新たに目に見える形が出現します。

そして、みんなで真実の波動の世界を学んでいけばいいのです。


  (参考まで)


  NPO法人UTAの輪の会報第一号を出すにあたり、原稿を依頼されました。

さて、何を書こうかとしばらく思案していましたが、丁度いい機会なので、

NPO法人UTAの輪とセミナーについて、私の思いをここで記したいと思います。


  皆さんもご承知の通り、セミナーというのは、

昨年2015年12月に亡くなられた田池留吉氏が、

三十年余りに渡ってまさに心血を注ぎ、

私達に「意識の転回をしてください」ということを伝え続けてくれたセミナーを指します。

私は、その田池留吉氏の思いを波動としてしっかりと受け止め、

皆さんとともに、真実の波動の世界、意識の世界

ただひたすらに真っ直ぐに学んでいこうという思いでいます。


名称こそ、NPO法人UTAの輪のセミナーということですが、

セミナーがNPO法人の傘下にあるわけではないし、セミナーは独立しています。

そこには何の縛りもありません。

あるのは、真実の波動の世界をともに学んでいこうという思いだけです。

ただ、たくさんの人達がともに学んでいこうと集ってくるわけですから、

学びに支障がないように、セミナーを運営していただくいわゆる組織が必要となってきます。

会場の設定等様々なところで動いていただくスタッフの皆さん(学びの友)がおられるから、

私達は、二泊三日、楽しみながら喜びの時間と空間を共有できるのです。


そこのところを正しくご理解いただき、皆さんのご協力をお願いしたいと思います。

田池先生の「みんな仲良うにな」という思いを心にしっかりと刻み、

これからもともに真実の波動の世界をともに学んでいきましょう。

 

1811)

 

 お金で繋がっている関係ほどみじめで哀れで哀しいことはありません。

同様に実体のない神、仏、何とかのパワーを求める生き方もそうです。


そのような転生、もう嫌というほど重ねてきました。

そんな私達ですが、本当の喜びと温もり、幸せを心で知る、分かるチャンスに恵まれています。

心の針の向け先を変えていけば

どんどん感じられる、広がっていく世界があります

 

それを阻止しているのは、そうその通り、自分に他なりません。

阻止している思いを外していけばいいんです。

難しいけれど、それぞれが自分ですることです。

自分というのはもちろん肉の自分ということではありません。

肉は何もできません。

何もできないということが心で分かればいいんです。

頑張る必要もなければ、気張る必要もなし。


心を見ることに徹しましょう。

心を見るということは、心の針を自分の中に向けるということです。

心の針を外に向けては心を見ることはできません。

外に向いていては、自分の中の苦しみの原因が分からないからです。

本当の自分とずれた思いを出せば、必ず自分の中から教えてくれます。

苦しい、間違っている、その他色々な表現で、ずれていることを自分が自分に伝えてきます。


肉という形を自分に持たせて、

自分の間違いを自分に教えている

そういうことだったと、今世初めて学ばせていただきました。

 

1810) 

 

学びの友からのメールの中に、次の一文がありました。


「これからも変らずにどこまでも流れていく、流れに素直に乗ってともに帰ります。」


流れに素直に乗って・・・、

意識の世界の大いなる計画、

その流れに素直に乗って生きていく、

これしか喜びと幸せの道はないということを、

それぞれの心に刻んでいきましょう。


肉に生きてきました。

肉、形を本物として、頭を誇ってきた私達人間の愚かさが、

これからさらに次から次へと様々なところから噴き出してまいります。

言わずと知れたことです。

私達人間の生き方がすべて間違っているからです。

間違っているものはいずれ、修正されていきます。


それは苦しみ、悲しみ、恐怖、怒りではなく、

それこそが本当の優しさであり温もりであり喜びなんだ

心から知っていくようになっています。


大変です。大変ですけれど、

愛に目覚める、本当の自分に帰っていく道を

喜んで喜んで歩いていきましょう。


ともに同じ方向を向いて、

ともにある喜びと幸せを心に広げてまいりましょう。

 

1809)

 

 「ともに瞑想会」について、少し語らせてください。


すでに語ってきましたが、「ともに瞑想会」を始める動機は不純でした。


田池先生から5年ほど前にセミナーをやりやというお言葉をいただいてから、

その準備段階として、予行演習として、大宝ホールを使わせていただきました。

当時、何らかの事情で私の近くにいた人達からお誘いして、

学び始めてからお世話になったと私が勝手に思っている人達に、

あとはその時々の成り行き、気分で来ませんかとお声掛けして、

4年ほどともに瞑想をする時間をいただきました。


そして、2019年12月にその「ともに瞑想会」が復活します。

思いがけない運びとなりましたが、私は嬉しくこのお勉強する機会をいただきます。


不純な動機で始めたけれど、その4年は私にとっていい時間だったと振り返っています。

そしてこれから始まる時間もまた、私を育ててくれると感じます。


互いに愚かな転生を繰り返し、苦しみ抜いてきたけれど、

こうして今肉を持ってその愚かな自分を思っていく時間と空間の中にいざなわれている幸せを、

ともに味わっていこうという思いでいます。


二泊三日のセミナーにも、大宝ホールや志摩ホールを活用させていただく

セミナーにも恵まれているうえに、さらに「ともに瞑想会」の復活です。


何かワクワクします。

 

1808)

 

 肉では色々とあるでしょう。

またいつも元気でというわけにはいかないかもしれません。

その中においても、やはり思うは田池留吉一筋の道です。

田池留吉、もちろん人の名前ではありません。

たったひとつの真実の波動の世界です。

自分自身です。田池留吉は自分自身です。

それが本当に心で分かったならば、もう何も言うことはないでしょう。

 

思う喜び、思える喜びです。


苦しい、苦しい、何とも言えない転生を潜り抜けてきました。

幸せも喜びもほんの一瞬で消え去っていった砂を噛むような苦しい転生の積み重ねの中、

ようやく出会った出会い、出会うべくして出会った出会いでした。


だから思えばありがとうしかないんです。

信じて待ち続けてくれていた温もりの世界でした。


一度感じた波動の世界は、とてもとても揺るぎのないもの。

波動を感じるとはそういうことでした。

それほどの衝撃を私の意識の世界は受け取りました。

もう前を向いて歩んでいくだけだと感じてきました。


だからと言って肉は聖人君子にはなり得ません。

肉は愚かでいいんです。

本当の自分を知っていれば、肉は愚かだと流していけます。

苦しまない、落ち込まないです。

肉のことは所詮どうでもいいことで、

学ぶように仕向けていることだけを感じられれば、それで充分です。


肉は平々凡々で十二分、何をするために生まれてきたのか、

心にしっかりと知る肉であれば、それが最高に幸せな時間を自分に提供しています。

 

1807)

 

 今日(11月15日)、12月から復活する「ともに瞑想会」の会場を見てきました。

不都合が出るか実際にやってみないと分かりませんが、

許容人数100名全部椅子席でという方向で行う予定です。

その会場の隣室も50名〜60名位ならば十分の広さがありました。


自分の家から近いという利便さもあって、

将来的に継続して、そこを活用させていただくかもしれません。


以前、有馬かどこかで、会場をふたつに分けてのセミナーがあったということをふと思い出し、

ここも会場を二つ借りてやればいいかもという突拍子もない思いが上がってきました。


とにかく、私にはなじみがある場所なので、

そこに学びの友が来てくれて、肉あるなしに関わらず、

思いを向ける時間と空間を持たせていただくことに嬉しさを感じています。

 

1806) 

 

自分の本質を知っていく学びです。

無知とエゴと欲で凝り固まってきた自分を本来の自分に返していこうとする学びです。


肉、形を本物とするところでは、

無知とエゴと欲で凝固まってきたということも現実のものではありませんでした。


目を覚まさなければなりません。

強い衝撃を自らに用意して自らを覚醒させるという手段を選んでいます。

それが地球人類の選択です。


それは愛のエネルギーに触れた意識の存在があるからです。


帰ろう、帰ろう、意識の世界へ呼び掛けが続きます。

いざないが続きます。

どんなに愚劣であっても、自分達のふるさと、

愛へ帰れることをいついつまでも伝え続けていくでしょう。


愛を、愛に、愛へ、そんな波動が地球という星を包んでいきます。

地球という星は、もちろん、

愛の中にある意識、エネルギーですが、

その呼び掛け、いざないに素直に喜んで呼応していきます。

喜びで喜びでエネルギーを受け入れていきます。

そして、母なる宇宙よ、ありがとう、そんな思いを繰り返し繰り返し伝えてきます。

 

1805)

 

 楽しく喜んで学びの時間を持つことが幸せなことです。

ですが、同時に愛へ帰る道は厳しく険しいことをしっかりと感じていくことが大切です。


中途半端な思い方では、とてもとても難しいです。

まずは自分の中の切なる思い、心から絞り出す叫びをしっかりと知っていくことに尽きます。


肉を用意して本当に何をしたかったのか

心からの叫びを聞いてください。


肉に生きろ、お前は肉だという思いも同時に感じると思います。

それでもそう叫びながらその思いが泣き叫んでいる、

寂しい、苦しい、助けてくれ、どうにかしてくれと訴えている、そういうことでしょう。


肉に生きろ、肉の喜びと幸せでいいなんて本心から言うわけはないんです。


暗く真っ暗な冷たい狭い狭い中でじっと生き続けてきた思いを、

どうぞ、温かい温もりの中へどこまでも広がっていく明るいところへ連れていってあげてください。


本当の優しさです。本当の温もりです。

それは人としての優しさ、温もりとは比べることができないものです。

本当の優しさ、本当の温もり、そして本当の喜び、心で感じて感じて味わっていきましょう。


肉を持てた今だからこそ、それが現実のものとなるんです。

肉を持っている今、本当の幸せを知ってください。

 

1804)

 

 私は本当の喜び、幸せを知っています。

あなたはどうですか。そう断言できますか。

断言できることが喜び、嬉しい、ありがとうのエネルギーをどんどん宇宙へ流していきます。

愛へ帰るエネルギーです。


それ以外、肉に塗れ、肉の中でどうのこうのと生きている間、

ましてやそれをよしとしている間は、どんなに肉、形が整えられているように見えても、

砂上の楼閣に過ぎません。

儚く消えていく影を影とも思わないで生き続けていく愚かさは、

やがてそれぞれの心にそれぞれがしっかりと伝えていきます。


愛しかないからです。

本物の愛のエネルギーを存分に知っていくこれからだということです。

それはもうすでにお伝えしている通り、

形の世界の総崩れという現象です。

地球上のどこへ逃げても、地下深く潜っても、

その愛のエネルギーを避けることはできません。

それよりも、道が示されているんだから、

その意識の流れに沿って自分を生かしていきましょう。

それ以外は、破滅の道まっしぐらです。


全部自分が選んでいくことです。

喜び、永遠の生命か破滅、宇宙のもくずか、ふたつにひとつです。

 

1803)

 

 あなたは今世の閉めに向けて学びを遂行していますか。

今世をどのように閉めていくか、それぞれに大きな課題です。

老いも若きも関係ありません。

年齢に関係なく、今元気であるかどうか関係なく、

みんな死に向かっていることは確かです。

肉を持っている以上、肉を置く時が来ます。


今世、心で学んだことを自分の次の転生へと繋ぐことを念頭に置いて学んでください。

250年後の最終時期まで、真実を肉を持って伝えることはありませんが、

三次元最終のお勉強まで自分の中を整えていくことは、今世の学び方次第で可能です。


250年後の舞台設定はすでに整えられています。

そこに予定通りに駒を進めていけるかどうかはそれぞれに係っています。

舞台設定はすでに整えられていますから、駒不足の懸念はありません。

意識の流れは計画通りに、予定通りに遂行されます。

それを確認でき見届けたから、田池留吉という肉を使っての仕事は終了、

一幕が下りたという段階だと前に語らせていただきました。


出会うべくして出会った今世の出会いでした。

それをはっきりと心に知る意識の世界だけを見ていけばいいのだと伝わってきます。

 

1802) 

 

満を持して今世に臨んできたと心で感じられる、

それが本当の意味で敏感な心と言えると思います。


どんなに何を感じても、根本の変革がなければ空しい結果となります。

 

根本の変革、基盤を変える、意識の転回です。


そして、その上で、自分の行く先を確定して、

その方向にしっかりと歩みを進めている今かどうかということだけが問われます。


満を持して今世に臨んできた、どの程度心で感じていますか。

250年後が本番であることは確かですが、

今世、学びに触れた意識にとって、

今世の学びはその予習の時間をいただいているということなので、

それをおざなりにして、次の転生、その次の転生へと自分を繋いでいくことは至難の業です。


肉を通して学ばせていただいた幸せにも関わらず、

予習の時間をおざなりにするということは、一体どういうことなんでしょうか。

その辺のところ、事の重大さに気付いていない人もまだまだ少なくないかと思います。


今世、学びに繋がっていない意識のほうが、

あるいはひょっとしてということがあるかもしれません。


意識の流れの計画は壮大です。

すべての意識を目覚めへといざなっていく大いなる流れです。

頭脳を誇ってきた人間の哀れさ、愚かさをあらわにしていきます。

それは自らの行先を決める正念場と言えるでしょう。

1801)

 

 何でもそうです。物事にはポイントというものがあります。

枝葉のところでごちゃごちゃやっていても効率は上がりません。

ごちゃごちゃするのもまた楽しからずやという方もおられると思いますが、

学びについては、特に結果を出していくことが必要です。


いったい私達は何を学んでいるのか、学びのポイントはいったい何なのか、

それをまずは明確にして、着実な足取りでそれぞれの

学びを進めていくことが大切だと私は思います。


年月はあっという間に過ぎ去っていきます。

2019年も残すところ50日余りです。

それだけみんな体力も気力も減退していきます。

若いうちの1年は何ということもありませんが、

年齢を重ねていくと、1年、いいえ1か月の間に、

どんどん肉の体力、気力は減退していきます。

 

それに連れて自分の中の凄まじいエネルギーも減退、

薄く弱くなっていけばいいけれど、なかなかそうはうまくいきません。

凄まじいエネルギーは燃え盛るまま、

その処置に肉はついていけない、

それが現実ではないでしょうか。


それを踏まえて、やはり、いったい自分は何のために生まれてきたのか、

学びはいったい何を伝えてくれているのか、

いつもいつもそこに戻って、喜びながら学びましょう。

 

厳しく厳しく自分を見ていく姿勢、生きる姿勢

失ってはいけないのではないでしょうか。

 

1800) 

 

250年後が待ち遠しいです。

今が250年後、250年後は今、意識の世界はそうなんですけれど、

けれど、やはり地球上の肉の時間を経て、互いに肉という形を用意して、

そしてそこから発信していく喜びと幸せを

味わい尽くしていこうというのが意識の流れの計画の一端です。


様変わりに変わっている地球という星にありがとうの思いを込めて、

そして私達はさらなる世界へ旅立っていきます。


苦しい転生もすべてにありがとうの思いを伝えて、

そして私達が目指す先、それはさらなる愛の世界です。

 

限りなく限りなく広がっていく喜びと温もりの中へ

ともに行こうという合図で一斉に飛び立っていきます。


ただただただただ嬉しいです。

三次元最終のお勉強をしっかりと遂行していくために、

こうして、今、肉を持って学ばせていただいている私達です。

今世をありがとう、本当にありがとう、肉に塗れてきた愚かな自分に

ただただただただその思いを伝え続けていくこれからの時間です。


どんなに形の世界が崩れ去っていっても、

たったひとつの世界に私達は生きていることを、

心にしっかりとはっきりと感じていく学びをしていきましょう。

 

1799) 

 

肉を持つ時間を自分に用意した、

その喜びと幸せ、かけがえのない現実を、

限りある肉持つ時間の中で味わって味わっていくだけです。


そして、250年後の肉にバトンタッチして、

その肉を使って、宇宙とともに次元移行を果たす

壮大な意識の流れの中の計画を、

私は着実に遂行していくことに徹していきます。


待ってくれている、喜びで待ってくれている、

一足早く生まれてきて一足早く肉を置いていって、

そして予定通りにという合図を発してくれます。


ありがとう、ありがとうしかありません。

あなたの喜びは私の喜び、あなたの苦しみは私の苦しみ

そう伝えてくれました。

ひとつだとしっかりと力強く伝えてくれた波動だけを信じて、

私は私の勉強を推し進めていくだけです。


肉のあるなしに関わらず、たくさんの友がいる。

真っ暗闇の中で苦しみ喘いできた友がいる。

だから私達はもう私達のふるさとへ帰ろうとただただ呼び掛け合うことができます。

それが嬉しくて幸せです。

 

1798)

 

 ともに心を向ける喜びをあなたもどうぞ、しっかりと自分の中に育んでいってください。

肉を持って今何をするべきなのか、心に問いかければ、もうすでに答えは出ているはずです。


肉に生きろと出てきても、あなたはそれが決して本心ではないことを知っています。

それが抵抗勢力だとすでに、あなたの心は関知しているということです。


だから安心してどんどんその思いを受け止めていけばいいだけです。


肉は傀儡(かいらい=操り人形)であってはならないんです。

 


「もう分かっているよ。あなたの思いを私はもうずっとずっと前から知っているよ。

私達は愚かだから、その気付きを素直に受け止めていくことができなかったんだ。

もう素直になろう。帰りたいんだろう。あそこは私達のふるさとだからね。

あの温もりの中へ、喜びの中へ、いっしょに帰ろう。ようやく、そう伝えることができて嬉しいよ。

だからあなたもこの嬉しさ、喜びを素直に受け止めて伝えてあげて。

たくさんのたくさんの友が待っているんだ。それをいっしょにしていこう。

そうすれば、遥か彼方と思っているふるさとはそうでもなかったことが分かってくると思うんだ。」

 

こうして、あなたの中で呼び掛けてください。

自分達がしてもらったように、どうぞ、どうぞ、心で伝え合ってください。

 

◆1797)

 

 歩みをともにする喜びを心に広げていきましょう。

心を向ける喜びと幸せを今世の肉を通して知りました。

その喜びと幸せを、どんどん自分の中に広げていってください。


どんなにそれを待っているか。

すんなりと受け取れない現実を目の当たりにしながらも、

心の奥底から聞こえてくる本音をしっかりと受け取っていけばいいんです。

 

もう苦しむのは止めよう、

元あった安らぎの温かい温もりの中へ帰っていこう、

しっかりと力強く伝えてください。


伝えていけるだけのものを自分の中で育んでください。

一歩歩みを前に進めていく勇気は、喜びのエネルギーの中で育っていきます。

 

喜びが自分の中に無尽蔵にあることを、

無尽蔵にあるブラックから教えてもらったらいいんです。


それは嬉しいだけです。

 

自分を見捨て切り裂いてきた自分自身に、

ようやく、ようやく温かい安らぎの思いを向けられる機会に恵まれました。


温もりに背き、苦しみ抜いてきたけれど、

全部自分で選び取っていっただけのことでした。


今ももちろんそうです。

何を選ぶか、どう生きていくか、全部自分にかかっています。

愛ゆえのこと、それが「自分は愛でした」の確たる証しです。

 

◆1796)

 

 自分のこれからが見えている、心に感じられる、

その喜びをあなたも、そしてあなたも味わっていますか。


もう言葉はありません。

悪の限りを尽くしてきた意識にとって、

こんな幸せ、喜びの道がずっと示されていたことを感じれば、もう何も言葉ありません。


真っ直ぐに続いていく愛へ帰る道。

 

その道を今世の肉を通して、どうぞ、どうぞ、心で感じ始めてください、

いつまでも肉、肉、肉の真っ暗な中に自分を沈めるのではなく、

そこからふわっと、そしてしっかりと浮かび上がっていきましょう。


そういうチャンスが目の前にぶら下がっているんです。

自分次第です。

いつ、どこで、自分の生きていく方向を180度変えていくかです。


もちろん、学びに触れた人はみんなそうしたいと思っているはずです。

これまでと同じ生き方ではダメだと感じていると思います。


それを、現実のものとするんです。

強い、強い決意のもとで肉をいただいたこと、

そして学びと出会わせていただいたこと、

しっかりと自分の中で味わってください。

 

1795)

 

 私には選択肢がありません。

意識の私の世界はもちろんもう言うまでもありません。

そして、肉の私の世界にも選択肢がないんです。


まだまだ意識と肉の乖離(かいり)という課題を抱えていますが、

根本のところではもう肉は引いています。

 

肉では決して推し量れない意識の世界を心に感じているから、

日々の生活においても、非常にシンプルです。

 

あれやこれやと触手を伸ばさない、伸ばす気がない、

もう今の生活で十二分に満たされています。


田池留吉の意識の世界が打った布石の通りに学んでいくだけです。

次元移行へ至る250年、300年の準備はすでに万端整えられています。


その波動の世界に触れ、そして波動の世界を

しっかりとした足取りで進んでいく喜びと幸せを感じていきましょう。

感じていけるそれぞれに蘇ってまいりましょう。


心の針を向けて合わせていけば、

自ずと仕事をしていきます。

思う思いの向け先の正確さと信の深さがすべてです。


これまでの転生の延長線上に今世を置かないでください。

全く違う軌道を歩いていく第一歩に今世をしてください。


今世を自身の転換期に。繰り返します。

今世は自身の転換期という位置づけを確かなものにしてください。

 

1794)

 

 想定内、想定外を問わず、色々な出来事が起こってきます。

それぞれに自分の心を揺さぶる現象が用意されています。


心は揺れるでしょう。大揺れに揺れる場合も多々あるでしょう。

大変な時を迎えるわけですから、心が揺れないなんてことは考えられないことです。

 

それでも、そんな中でも、心に感じた波動の世界を信じて、

田池留吉、アルバートと思える、呼べる幸せと喜びへ自分を戻してください。


幸せも喜びも外に求めてきたことを心から知って、そうではなかった、

自分の中へ戻っていこうと、自らの舵を切ってください。


もうすでに意識の流れは大いなる仕事をしています。

 

みんな、みんな宇宙の友みんな、その意識の流れの中でともに行こうと喜び合える瞬間を、

今か今かと待っています。


心で感じてください。宇宙を思う瞑想の中で、あなたの心に響いてきているはずなんです。

もうすでにそういう時期を迎えています。


だから、真実の世界から、田池留吉というひとつの肉を持ってきてくれて、

そして、今はその肉がない状態なんです。


ひとつの幕が下りました。

最終の幕開けまで、幕間の学びを、しっかりと進めてまいりましょう。

喜びで進めてまいりましょう。

 

1793) 

 

お互いに肉は愚かです。

ただ、真の正しい方向へ自分をいざなっていくか否かの違いにより、

互いに愚かな肉を携えてきたけれど、愚かな肉は愚かでなくなります。

確かにこれは難しいです。

今世瞑想を重ね、自分が肉を持ってきた意味を心で感じていくことが必要です。


生れてきた決意を、どこまで心で深く強く感じているかでしょう。

ドロドロの中から肉を持ってきたことが明確に心で分かるまで、

本当に心に響いてくるまで、肉に引きずられる時間となります。

意識だといっても、肉優先の時間を費やしていくでしょう。


それでもいいんです。もがきながら、自分を褒めてください。

自分を現す方向にいくのではなくて、

自分の中で苦しんできた自分をしっかりと認めていきましょう。


誰からも何からも救いの手は届きません。

届くのは真っ暗な自分の中からです。

中がもう本当に求めていることを、本当の自分に戻っていきたいと求めていることを、

真摯に受け止めて喜んで喜んで真っ暗な自分と生きていきましょう。


学びの友、肉あるなしに関わらず、

ともに同じ方向を向いて生きていっているという実感、

手ごたえがあれば、その喜びに勝る喜びはありません。

 

1792)

 

 心の針を向ける、合わせる、このトレーニングに励みましょう。


日々、穏やかに生活をしているようでも、

瞬間出すエネルギーを確認する機会は、皆さん多々あるでしょう。

心中、決して穏やかでないことを確認です。

確認して、ふっと思う、その繰り返しを訓練していますか。


そのうえで、それぞれの生活の中で、

静かにゆったりと思う瞑想の時間を持つようにしましょう。


思うこと、思えること、それ自体がすでに喜びです。

思う思いの向け先を伝えていただいた、何よりの何よりの幸せです。


信じる、信じられる喜びが仕事をすることを知っていますか。

心で感じていますか。思うだけでいいんです。

 

宇宙を思い、愛を思い、

本当に心の向け先が合ってくれば、

大きな喜びの仕事をしています。


言葉など要りません。ただ思うことです。

そうやって、時が来るのを待てばいい。

もちろん、大波、小波、肉を持てば様々ありますが、

中心棒はぐらつかない、そういうことです。


そして、いよいよ250年後の時期到来となります。

心から噴き上がってくるエネルギーとして出会える瞬間を、

どうぞ、どなたも見逃さないでください。


今世、あなたはあなたの学びを進め、着実な一歩を歩んでください。


自分の中の愛、愛である自分を信じる信を強くしていってください。

 

1791)

 

 どうしようもない地に落ちた意識だから、

だから、今世の肉を通して、田池留吉を呼べる、アルバートを思えることが、

ただただそれだけがただただ嬉しいです。


ブラックに沈んできた意識の世界に、

手を差し伸べてくれて、それをようやっとしっかりととらえようという方向に

自分の舵を切っていく計らいの中にありました。


何も持たずに、何も持てずに、しかし、出会いがありました。

本当に出会いがありました。

思う喜び、思える喜びの中に自分をいざなえる、

そんな時間と空間を自分に用意してきたことに、ただただ感謝です。


アルバート、アルバート、心から呼びたかった。

思いの丈をぶつけられる喜びを用意しました。

250年後の肉を通し、真っ黒を噴き出します。


すべては次元を超えていく原動力です。

それをはっきりと知ったから、肉のことなど本当に程々でいい。

程々で十二分に幸せです。

それよりも何よりも大切な大切な出会いを持たせていただいて、

本当にありがとうしかありません。


ライブ配信予定日、10月31日(木)、午後2時です。

 

1790)

 

 出会うべくして出会ったことを確信していますか。

偶然に、何となく、幸運にも、それらの表現は、

田池留吉の意識の世界との出会いに関しては、どれも不適切です。

私達は出会うべくして出会ったんです。

そういう自覚があなたの中にありますか。

自覚して確信になって、その確信が喜びを大きく広げていきます。


私の今世の肉は何ということもない、平々凡々の肉です。

だからよかったんです。

中途半端に肉の能力、特技等々を持って生まれてきたら、

それを伸ばすというか、そこに固執するというか、それで人生を生きていくというか、

そんな本当のルートから大きく道を外れた生き方をやはり選んでいくでしょう。

向上心を持ち高めることをよしとしてきました。

固執してきたと言ってもいいかもしれません。

それは私一人だけではないと思います。

それが人間、私達がこれまで生きてきた道筋において、

何の疑問も抱かなかったことだと思っています。


違う、そうではなかったと、これまで正しいと思って生きてきた様々な生き方の

どこがどう違っていたのかということを、今世の肉を通してはっきりと知るべきです。

知って、自分の生きていく方向を真に正しい方向に変えていくことです。

ただそれだけが待たれています。

自分に待たれています。

本当の自分に待たれています。

愛である自分からのメッセージを聞いてください。

そして素直に真っ直ぐに受けてください。

 

1789) 

 

地に足をつけて、着実に自分の学びの歩みを進めていくことが大切です。


生れてきた本当の意味を心で知り、

喜びの中で自分の蓄えてきたエネルギーを感じ、

そのエネルギー、自分自身が本来の自分に戻っていける今を喜んでいけること、

これが最高に幸せな人生です。


肉、肉で生きてきた砂を噛むような虚しい人生、

寂しい人生だけにはもうしたくない、中が叫びます。


今の肉だけが私ではない、

私は私の時間は途切れることなくずっと続いていたんだ、

これからもずっと続いていくんだ、

しっかりとはっきりとこの思いを抱えて、

みんなみんな学んでいきましょう。


ようやく、やっと、やっと巡り合えたという喜び、

その実感をどうぞ、あなたもあなたの心で深く、深く味わってください。


宇宙、懐かしいあの宇宙へともに、ともに帰ろう。

1788)

 

 私は、田池留吉の意識の世界の証し人です。

それは確かなことです。

それは自分が作ってきた闇黒の宇宙を心に感じ始めたことから始まりました。

闇黒の宇宙を心で感じていけばいくほどに、そこからすうっと道が開いていったのです。

一斉に叫ぶ声、思いはアルバートでした。

目指すは一点だけでした。


あなたもすでに田池留吉の意識の世界の証し人だと思いますが、

学びに繋がったからには、一人でも多くの方に、

無数に存在する闇黒の宇宙に優しい思いを向けていただけたらと思います。


私は最初、それはどのくらい前か、20年くらい前か、

学びに集いようやく自分の中のエネルギーが肉に届き始めた頃、

宇宙を思うことは恐怖でした。


しかし、当時、UFOという感じがする、思いを向けてみたいと、

田池先生にFAXしたのを憶えています。


その時の先生の返事は、今は時期尚早だということでした。

それでも先生は、タイミングを見計らって、宇宙を思うことを学習させてくれました。


最初、恐怖、狂う恐怖というか、何か分からない恐怖の渦だったけれど、

やがて、宇宙を思うことが嬉しくて、懐かしくてというふうに変わっていきました。

ああ、私は遥か遥か彼方から、この地球にやってきたという感覚の中にありました。

帰りたい、そう思いました。

帰るために私はこうして学んでいるんだとも思いました。


宇宙と私達は切り離せない、そんなことを強く感じながら今に至っています。

異語を発する時がやはり嬉しい、異語で語り合えることが嬉しいです。

 

1787) 

 

長い、長い、気の遠くなるような長い時間の中で、

自分を落としに落としてきたけれど、けれど、そんな地に落ちた意識も今世、

千載一遇の出会いを用意して、ようやくです。


ようやく夜明けを迎えたという感じです。

 

肉、形の世界の総崩れは、

文字通り、肉基盤で見れば、悲劇としてしか受け取れないけれど、

意識を基盤とすれば、

それは願ってもない喜びの、喜びの出来事だと言えるでしょう。

 

本当の自分達は永遠に生き続ける生命だと、

心で感じ始めたならば、もう言葉も何もありません。

この道真っ直ぐに突き進むことのみが、

自分達の幸せ、喜びの道だとはっきりと感じます。


肉、肉で生きてきた私達です。

今世、学び始めるという自分の計画を計画通りに進めていくことはなかなか難しいです。


学び始めるというのは、肉からの脱却をひとつひとつ済ませていく過程にあって、

そしてそれは意識の転回を意味しますが、

そういう過程に自らの立ち位置があってということです。

形の上で学び始めるというのとは違います。

 

それらの実践を伴ってこそ、ようやく学び始めるということになるでしょう。

肉からの脱却、意識の転回という実践です。


よって、どんなに意識を受けて、それを言葉に変換できても、

つまりチャネリングができても、

基盤が肉ならば、従来の宗教の世界と何ら変わりはないということになります。

 

1786) 

 

アルバートの波動と出会ったこと、

アルバートと心の底から奥底から喜びで、喜びで呼べること、

250年後の予習を今世の肉はさせていただきました。

 


言うまでもなく、250年後の出会いは凄まじいものです。

アルバートの目から発する波動の世界を、私の肉の目は真っ直ぐに受けます。


そのために、250年後の時を経て、同時期に肉を持つわけですから、

それはそれは一瞬の出会いにより始まると言っても決して大げさではない出会いです。


「私がまずあんたの波動をキャッチする。」そうはっきりと田池留吉の肉は言いました。

当時、「ほんとかな。ちゃんと私を見つけてくださいね。」そう私は返答したと思います。


お見事、この通りの展開になれば拍手喝采です。


とにかく、これから地球上は大変な時間を迎え

様変わりした地球上で、今一度出会いを持たせていただけることは嬉しい限りです。


心の奥底の底の底から喜びのブラックの雄叫びを噴き上げてまいります。


もう思うだけでただただ嬉しいです。本当にありがとう。

ともに次元を超えていく喜びを感じています。

 

1785) 

 

宇宙に思いを向ける瞑想、

楽しんで喜んでその肉のある限り継続してください。

意識の世界は限りがありません。

つまり、私達の世界はどこまでも続くどこまでも広がっていく世界です。


ちっぽけな限りのある肉、形の中に自分を押し込めていく苦しさは、もう本当に終わりにしましょう。


自分を解き放していきましょう。肉の中では無理です。限界があります。

温かい安らぎの中に、何の縛りもなくゆったりと自分を解き放していけるのは、

瞑想の中で、自分の世界をどんどん感じていくことに尽きます。


宇宙。私達のふるさと、母なる宇宙。

長き時を経て、今世、ようやく自分の中に現実のものとして見えてきた道筋です。


アルバートの波動と出会いたかった心の叫びを、今世の肉を通して、

ようやく表面に出せたこと、出会わせていただいたこと、嬉しく思います。


幸せです。アルバート、どんなにどんなにこの心の中に呼んできたことか。


田池留吉というひとつの肉が出会わせてくれました。

出会いを本当にありがとう。

 

1784)

 

 「ブラックのエネルギーがあるから、次元移行を伝える意識の流れは達成される。

私の世界がいくら真実であっても、それだけでは難しい。

すべては私の世界とブラックのエネルギーとが成していくことだ。」


一言一句そのままではないけれど、そういう意味のことを伝えてもらいました。

だから出会いをどんなに喜んでいただいたか、

待っていました、待っていたよ、そんな思いを感じさせていただきました。


意識の流れ。

宇宙が変わっていく意識の流れなんだと、本当に心から喜びました。

出会いを本当にありがとうございましたと、

そんな波動の中でともに学ばせていただいた幸せ、喜びは、私を引導しています。


肉の愚かさに辟易することも多いですが、ふうっと思いを向ければ、

道がしっかりと見えその道を歩いていることを感じるにつけ、

肉の愚かさにただただありがとうです。


自分のこれからが見えている、感じている、それはただただ嬉しい限りです。

今世の肉を持つ時間、250年後の肉を持つ時間、

それはもうほんの僅かですが、楽しんでいきます。

 

1783) 

 

学びの友からのメールです。少々長いですが一読ください。

この学びで、あなたは一体何を信じていますか。

学びに触れながら、田池留吉の意識の世界に反逆するエネルギーに同調する、

それはどんなに愚劣なことなのか、心で分かりますか。

 

こんにちは。先日のホームページ1775の

第一の危機、第二の危機の反省をというメッセージを読み、

メールを送らせていただいています。


私は第一の危機、第二の危機を体験しました。

私の歳で実際にこの危機を体験したのは私くらいではないかと思います。

第一の危機は直接の体験、第二の危機は間接的な体験でした。


私にはしっかりこの二つの危機の当事者という思いがあります。

折に触れ、反省を繰り返してきましたが、9月の本セミナーから、

やはりまだまだ第一の危機、第二の危機の反省ができていない、

自分の中にしっかりと根付く他力の反省をしなければという思いが強く強く湧き上がり、

反省を始めたところに、1775のメッセージを通じて促しがありました。

正直、これまで何度か反省を試みたものの、

何が間違っていたのか、なぜ自分が第一の危機、

第二の危機に向いていったのか、が明確にわかりませんでした。


田池留吉への反逆、逆賊、抵抗勢力等々、何度もセミナーで聞きました。

反省もしました。でもわかっているようでいて、全くわかっていませんでした。

欲一杯だったから、パワーが欲しかったから。早く何かを感じられる自分になりたかったから。

力を得て、誰からも一目置かれる、認められる素晴らしい自分になりたかったから。

田池先生の教えてくれる内容より、

チャネラーならチャネリングしてくれて具体的でわかりやすいから。

色々理由はありました。でも決定的な何かが欠けていました。


先日、心を見ていてふっと波動がわからなかったと思いました。

自分がどこに向けていたのか、自分が向けた先にあるもの、

その世界がどんな世界なのかが全くわかっていませんでした。

だから、チャネリングの本当の意味もわかりませんでした。

第一の危機、第二の危機を先導していた

チャネラーの方たちがどんなエネルギー、波動を流していたか。

自分が掴んでいった波動、エネルギーとはどんなものか。

そして自分が流していた波動はどんなものか。

そういうところがわかっていませんでした。


今日、母と妹と共に勉強する機会があり、

自分のテーマとして1,2,3で第一の危機、第二の危機に向けてみました。

凄まじかった。凄まじいとしか言いようがありませんでした。

第一の危機に向けたときは瞑想中、ひたすら田池を殺せと叫んでいました。

田池を殺せ、その思いしかなかった。


田池留吉を殺しにいく思い、その思い一色でした。

槍を持ち、銃を持ち、ありとあらゆる武器を持ち、

大群で押し寄せて田池留吉を殺しにかかるような、

凄まじいエネルギーが心の底から吹き上がってきました。


第二の危機も同じようなエネルギーでした。

咆哮、咆哮、咆哮。

田池留吉を殺す思い、全てを破壊し、殺戮するエネルギー

愛に真っ向から刃向かい、温もりを叩き潰すエネルギー。


言葉にできない程、それはそれは凄いエネルギーでした。

そのエネルギーを体感して、やっと自分が向けてきた先、

第一の危機、第二の危機という世界がどんなものかわかりました。

波動の問題でした。頭での反省ではダメでした。

第一の危機、第二の危機に向けた後、田池留吉に向けました。


波動がわかりましたか、とあなたが向けてきた世界がどんなものかわかりましたか、

とこのエネルギーを握ったままで、愛に帰ることはできません、


母なる宇宙に帰ることはできませんと、はっきり伝わってきました。


納得です。愛とは相反するエネルギーです。

田池留吉を真っ向から否定するエネルギーを抱えたままで

田池留吉を真っ直ぐに呼ぶことなんてできません。

心の針を合わせることなどできません。

次元移行など、とてもとても、です。厳しい。

瞑想を通じて大変厳しい自分の現実を確認しました。


しかし、それでもその凄まじいエネルギーとともに、瞑想と反省を重ねるしかありません。

私の現実はとても厳しいのに、瞑想した後、なぜかとても清々しく、

今までわからなかったものがすとんと落ちたような感じです。


今回、瞑想を通して確認できてよかったです。


(この感想を送ろうと読み返して誤字を確認していたら、

心の底に蠢く、田池留吉を信じていない思い、侮る思い、

見下げている思い等々がちらちら見えてきましたので引き続き、瞑想と反省を続けます)。

反省の促し、ありがとうございました。

 

1782)

 

 「私は帰ります。」「どこへ。」

「私のふるさと、母なる宇宙へ。」

はっきりと自分の中で確認できていますか。


「帰りたい、帰ろうではないんです。帰ります。帰る道がすでに見えています。

その道に沿って生きていくことが、たったひとつの喜びです。」自分に宣言できますか。


これらのことを自分の中で確認でき、宣言できているかどうか、学びの歩みのポイントです。


未だに肉のあれこれで悩み苦しみ、

そんな中で学びをしていこうとしている現状であるのかどうなのか、精査が必要です。


本当の意味で敏感になりましょう。

 

心の中に真っ直ぐに届く田池留吉、アルバート、

母なる宇宙の波動の世界に生きていることを感じられる、

そんな敏感な心を蘇らせていきましょう。


闇に、自分の作ってきた闇の世界に自らを落としていく苦しみ、辛さ、

哀しみ、空しさ、哀れさ、どうぞ、今の肉を通してじっくり学んで

そして、心を次元移行へと繋いでいけるようなそれぞれに自分を成長させていってください。

 

1781)

 

 帰りたい、帰ろう、みんなどんな人もそんな心の叫びを抱えて肉をもらいます。

ただその声、思いは、肉を持ち時間が経つにつれて自分の中に隠れていきます。

その声、思いを引っ張り出してくれる現象は、

人生の時間の中で数々あるけれど、

所詮肉というものは愚かだから、

そんなことではなかなか出会えません。


やはり、今世の学びに触れた意識のように、その愚かな肉を通して、

何度も何度も繰り返し伝えていただかないと、肉に埋もれた中から、

自分の切なる思いを拾い上げていくことは、殆ど不可能だと言えるでしょう。


ほんの一握りの人達かもしれません、今世学びに触れたのは。


そのほんの一握り人達も、

自分の作ってきた他力の世界を

自分の中で崩していくことは難しいという現実を目の前にして、

本当にこの道、この道真っ直ぐに一本と生きていくと

意識の世界を変えていっている人は数少ないです。


その今世の学びを踏まえて、

これからそれぞれに大変厳しい転生が幾度か用意されています

果たして、250年後の本番に心を繋いでいけるかどうか不確実性のところもありますが、

そういう個々の事情は意識の流れの前には微々たるものです。

悠然と粛々として流れる意識の流れです。


そういう中で同時期に肉を用意し、

ともに学ばせていただいていることを喜んで、

どうぞ、自分の中の切なる思いをしっかりと現実のものとしていきましょう。


肉なき自分の世界を今、肉ある今、しっかりとはっきりと感じていけることを喜んでください。

 

 

1780) 

 

あなたが幸せならばそれでいいんです。

幸せ、あなたの思う幸せとは何ですか。

物に溢れ金に満たされ人との繋がりがあってという

そんなちっぽけなものではないことは分かっておられると思います。


どんなに肉が満たされようとも、それでは心の空洞を埋めることはできません。

本のどこかに書いたように、真実を知らずに生きている人間は心に空洞を抱えています。

それを埋めようと四苦八苦しているんです。

肉を基盤としていては埋められないと知らずに

必死にしているから、四苦八苦の人生となります。

人生の目標を定めそれに向かってチャレンジ、あるいは夢を追う人生、

聞こえはいいかもしれませんが、所詮四苦八苦の人生です。


あなたの心の空洞、今、どんな状態ですか。

ふつふつと湧いてくる喜び、幸せで満たされていますか。

それともまだ空洞のままですか。


心に空いた穴。

空しくて苦しくて寂しくて、底知れぬ不安、恐怖、

あるいは怒りのエネルギーが渦巻いているのではないですか。


真っ直ぐに自分と向き合う勇気、喜びに出会える人生にしていきましょう。


何かを手に入れなくても、もうすでに本来は満たされているのです。

愛に満たされているんです。

それを空洞と感じてしまっている愚かな偽物の自分が現存していることに

心で気付いていけるようなそれぞれに蘇ってまいりましょう。


1779)

 

 宇宙を思って瞑想をしていますか。

自分の中に母の温もりが確立しているとはっきりと感じておられる方は、

どうぞ、宇宙に思いを向けてください。


闇黒の宇宙。

まだまだ真っ暗闇に閉ざした中で苦しみ続けている闇黒の宇宙に、

帰るところがあることをしっかりと伝えてください。

もう帰ろうと心から伝えてください。


ただし、くれぐれも確認です。

自分の中に母の温もりが確立しているということを確認です。

不確実な方は、むやみやたらと宇宙に向ける瞑想をしないことです。


おそらくそういう方は、宇宙に向ける瞑想をすることに対して、

不安とか恐怖の思いを感じておられると思います。


違うんです。宇宙は喜びです。

どんなに闇黒の凄まじいエネルギーを噴き上げていても、

それは喜びの雄叫びに必ず変わっていけると確信していれば、

宇宙は喜び、その通りです。


闇黒の宇宙から喜びの宇宙にどんどん目覚めていく時期はすでに到来しています。

意識の流れの顕在化です。

形を本物とするブラックの世界は、そう遠くない時間の中で、総崩れです。

粛々と意識の流れが流れている大きな証を、

しっかりとそれぞれの心で喜んで受けていってください。


久々のライブ配信です。10月21日(月)午後2時に予定しています。

 

1778) 

 

先にも語りましたが、

学びの灯は消え去ることなく、

世代を超えて引継ぎが行われていくことに期待しますが、

残念ながら、その方向は段々にずれていくという現実は確かにあります。


それでも、これから意識の顕在化がもたらす様々な現象を見て聞いて、

体験しながら、心を田池留吉の指し示す方向に向けていこう、

それしかないという声、思いは途切れることはないでしょう。


他力的にそういう声、思いが上がってくるのではなくて、

学びに触れていく新たな意識達が、

自分達の心の中から自ずと突き上がってくる声、

思いをしっかりと心で受け止めていく方向に、

それぞれがそれぞれの歩みを進めていかれるということになると思います。


自分の心で感じた波動の世界を信じ、そこから自分の歩みを進めていくという、

すべてが自分の心の中で、自分と自分の中で学んでいく難しさはあるものの、

しっかりと自己確立の道が見え始めたならば、

こんな喜びで幸せなことはないと、しみじみ思う肉の時間となるでしょう。


そうして、自分に用意した肉持つ時間を過ごし、

心を次の転生、その次の転生へと繋いでいければいいんです。


今世をあなたの転換期にという言葉をしっかりと心に刻んで、

250年後の出会いに臨んでください。

 

1777) 

 

本当の意味で賢い人になりましょう。

頭がどんなに切れても、頭の回転かよくても、

世間に通用する心得があっても、そんなものはほんのつかの間のものです。

そんな儚い喜びや幸せはもういいんです。と私は思います。


一時の喜び、幸せでもいいですか。

肉はなるほど心地良いかもしれません。

色々なことに恵まれ、肉の思い通りに生きていければ、

万々歳の人生だと本心から思っておられる人が圧倒的でしょう。


しかし、私達は肉という形を持っていないから、

肉の喜びとか幸せをどんなに重ねようとも、私達の深部には届きません。


一瞬のうちに消え去っていく儚いものを追い求め、

結果、呪いや恨みや、不安、恐怖、空しさ等の底なしの真っ暗闇へ

自分を落としていった数々の転生を心にどっさりと抱えて、

今世、大切なひとつの肉を自分に用意してきたという事実を、決して軽く受けてはなりません。


今世です。

今世をあなたの転換期にしてくださいというメッセージを繰り返します。


私は、私達は帰ります

 

もうすでに250年後、300年後を射程距離に、

母なる宇宙を目指していく喜びの中にあります。


どうぞ、ご自分の歩みを確かなものに。

そして必ず、必ず、次元移行をともにしてまいりましょう。

 

1776)

 

 肉から意識へ、私達に示された課題です。

難しいけれど、そのハードルを飛び越えていくしかありません。

飛び越えていって初めて見えてくる真実の世界です。


肉を基盤として蓄えてきたエネルギー、

思いの世界を自分の中で解き放していくことにすべてがかかっています。


喜んで前向きに学んでいきましょう。

間違い続けてきたのはみんな同じです。

 

ただ、そこからどのように自分を真に正しい方向にいざなっていくかは、それぞれ次第です。

今世に懸けてきた思いの強さを心に感じていけばいくほどに、

もう後がないと心で知っていきます。


それは自分を追い詰めていくというのではなくて、

ただただ本当に恵まれた幸せ者の自分達だと心に知っていくということです。

後がない私達に用意してきたチャンスです。


だからこそ、ここで問題となるのは、学びに触れ学びを始めた今世に、

田池留吉という意識の世界に真っ向から反逆のエネルギーで立ち向かっていったという事実です。

 

その事実は決して見逃すことができない重要なことです。


たとえ、それが学びの過程だからであっても、

仕方がなかったということでうやむやにはできません。


私は部外者だとしている方達も決して少なくはないと思います。

本人が部外者だと思っているならば、当然反省は滞っています。

その辺り、お心当たりのある方は、今一度精査してください。

 

1775) 

 

長く学ばれてきた学びの友の現状が耳に入ってきます。


大変厳しいです。

大変厳しい現状、それはそれぞれの責任のもとで、自分の中で受けていくしかありませんが、

私の心に上がってきている思いを、この際はっきりと申します。


学びの時間の長い人達。田池先生が命がけで伝えてくれた学びです。


真実の波動の世界を田池留吉というひとつの肉を通して学ばせていただきました。

 

もちろん田池先生も約50年のブラックの時間を持っておられました。

もちろん学びの中心部分は揺らがないものですが、

ともに学ばせていただいた時間の中では色々とありました。


つまり、第一の危機、第二の危機等の中で、

いわゆる学びの雑音部分が大きくなっていた時期があったようにお聞きしています。


中でも、第一の危機と言われるものに関与されてきた方達、

たくさんおられるようですが、

その方達の反省がまだまだおざなりになっているという現実が、

今、それぞれに形となって表れている時期です。

これもまた意識の流れの顕在化というところに起因していると思います。

とにかく、歪み、正しくないものは修正を絶対に促されます。


第一の危機に私は関係ないとそっぽ向いておられる方もあるように思います。


それぞれの問題です。

闇に心を落としたままでは、真実の波動の世界とひとつに溶け込むことは不可能です。


みんな、心して学んでいきましょう。

学びはそんなに容易いものではありません。

 

これから250年に向けて、さらに厳しい転生が用意されているということを、

どの程度心で感じておられるのか分かりませんが、

今という時、今世の学びをまずはしっかりとしてください。

 

1774) 

 

自分の本当の姿を見失い愚かに生き続けてきた私達です。

どんなに苦しい中を生きてきたか。

しかし、それはみんな自分の愚かさを自らに示していただけのことでした。


それが分からずに、分かる術もなく、今の今まで転生を繰り返してきました。

地球という星を汚しに汚して、そして自分の中の宇宙もまた闇黒の中に沈めてしまいました。

そんな長い長い時間を経て、ようやく、ようやく出会いがあったのです。

 

千載一遇のチャンスの出会いです。


出会いをどんなに待ち望んできたか、

そしてその出会いをどんなに喜んでくれたか、

学びに触れた意識ならば、もうすでに自分の心で感じ味わっていることだと思います。


肉を持って学ぶという難しさをはるかに超えて、

肉を持って学ばせていただける喜び、幸せがそれぞれの心に広がっていると思います。


帰ります。帰りたいのではなく、帰るんです。

私達は帰れるんです。

 

その道筋を、どうぞ、それぞれご自分の心の中に確立してください。

そして、250年後の出会いを果たしていきましょう。

 

1773)

 

 嬉しいお話を聞かせていただきました。

今学びに触れておられる方達のお子さん、若い世代ですね、

そういう方達が近い将来セミナー参加ということになるかもしれません。


親御さんが無理に引っ張ってくるのではなくて、

あくまでも本人達の意思でセミナー参加ということになれば、

それは嬉しいです。


学びの道筋、250年後に至る道筋はすでに出来上がっていますが、

学び発信の日本の国において、次世代へ引き継ぐということは嬉しい限りです。


もちろん、将来的に例え引き継ぎがあっても、

その方向性は微妙にずれていくということは否めないけれど、

とにかく学びの灯が消え去ることがないようにと思います。


とにかく、今世学びに触れる計画のある意識は、

肉の老若男女に関わらず、その計画通りに遂行できれば万々歳です。

いいえ、肉、形からは決して推し量れない意識の世界の計画に狂いはないので、

学ぶ意識は学ぶということになるでしょう。

 

1772)

 

 意識の流れの顕在化。

それは形の世界を崩していくことです。

その勢いはスピードを増していきます。

そこに働くエネルギーの大きさも私達が未体験のものになっていくでしょう。


すべては気付き、促し、警告です。

 

そのエネルギーがプラスのエネルギーであること

気付いていかない限り、自分を落としていきます。

自らを落としていくんです。

 

なぜならば愛とは逆流の流れを自分の中に引き起こしていくことに気付いていないからです。


自分の中の愛。

確かに確かに存在する愛のエネルギー。

本当の自分。

 

その自分に目覚めていきなさいという本当の自分からのメッセージ

それをどのタイミングで真っ直ぐに受け取っていけるか、ただそれだけです。


肉の人生云々の問題ではありません。

本当に心が敏感であれば、

肉からの脱却をする時期がすでに到来していることを受信し、

その方向にどんどん自分を進めているはずです。


肉としてしか生きられない愚かさ、哀れさを、色々な形を通して、

これからさらにさらに私達に教えてくれます。

 

1771)

 

 それぞれに今世、学びに触れ学び始め、学びの時間を経過してきました。

その中で、何を選び何に重きを置いて

自分に残された肉を持つ時間を費やしていくかは、それぞれの問題です。


互いに肉を持って学ぶ時間と空間を共有している学びの友が

身近にいることについては、確かにいいことだと思います。


ただ、どういう状況にあろうとも、見るのは自分の心です。

 

自分の心の針の向け先の管理を怠らずに、

自分と自分の中で学びを進めてください。


すなわち、自己確立がどの程度捗っているのかということを、

いつも心に留め置いてください。


肉体を離せば、

つまり死ねば自分の世界が広がっているだけということが、

はっきりとします。


それを肉を持っている今、

自分の中ではっきりと認識できているかどうなのかを学んでいきましょう。


死は現実です。遠いお話ではありません。

いつまでもあると思うな肉の時間ということを忘れずに、

肉を持って何をしたかったのか、

何をするべきなのか

心して学んでください。

 

1770)

 

 自分に用意した時間です。

こんなありがたいことはありません。

肉を用意して、自分の培ってきたエネルギーをつぶさに感じ取れる、

そしてそのエネルギーの本来帰るべきところも感じている、

こんな環境の中に自分を置いているなんて、本当に私達は幸せ者です。


何を選び取っていくかを自己選択し、

その結果を自ら受けていけばいいんです。

いたって公平で平等なことです。


正しい心の向け先も伝えていただきました。

実践するかどうか、できるかどうかの問題ではありません。


意識の流れからのメッセージは確かに受け取ったのです。

そういう学びの段階です。

「確かに伝えました。」「はい、確かに受け取りました。」

そういうやり取りがあっての今の学びです。


この道真っ直ぐに、思うは田池留吉一筋の道を淡々と歩いていくことが、

自分の中で、粛々と意識の流れを遂行していくことになります。


その確信のもと、学びの輪が成長しています。

学びの輪の中心、愛に向けて心をひとつにして、それぞれの予定を完遂してください。

 

1769) 

 

自分を学ぶために、

そして、自分を地獄の奥底から救い上げたい、

本当の自分の世界へ帰っていこう、

そういう思いで、自分に肉という形を持たせたということです。

 

瞑想を重ねその思いをしっかりと確認してください。


確認出来ていますか。

 

正しい瞑想をしていくことが

自分を救いゆくたったひとつの術であることを、

今一度、いいえ何度も何度も確認してください。


肉に流れる、肉に流される、今までそうして生きてきたから、

それは容易いことだし、心地よいかもしれません。


しかし、私は学びに触れた意識には、それは肉に逃げ帰ることだと思っています。

自分に背を向けて自分を裏切っていく哀しい哀しいことだと感じます。


今世こそはという思いを、本当に今世こそ少しは現実のものとなさってください。


肉に生きても誰も責めはしません。

ただ、本当の自分を裏切り続けても、どんなに自分を見限っても、

愛の中にあるということは確かなことです。

 

愛の中にある、愛が自分なのに、愛に反逆するエネルギーを噴き出していては、

そこに大きな歪が生じていくのは自然なことです。

 

それを、色々な形を通して自分にメッセージを送っている

というのが意識の世界の仕組みです。


「自分の中の愛をまたしても捨て去っていくのか。」

これからも何度もそれぞれの心に問うてきます。

 

1768)

 

 何を選び何を本当に自分の中心に据えて生きていこうとしているのか、

どうぞ、肉を持って学びに触れている間に、自分にしっかりと問いかけていってください。


肉に生きる、今の目に見える形ある肉を自分だとして物事を推し量り、

右へ左へと交わして生きていく生き方、

そんな空しくて儚い生き方から、自分を取り戻していく一歩を踏み出していきましょう。


「どんな肉でもいい、どんな環境でもいい、とにかく私に肉をください。

私をこの世に出してください。そして、真実の波動の世界を学ぶチャンスをください。」


そう切望してきた自分自身の思いに触れてみてください。

そんな瞑想ができてくれば、

心の奥底からの自分の叫びにしっかりと応えていこうという思いになります。

 

自分を救い出したい、

自分のこれからをしっかりと明るい方向へ向けていこう、

そんな思いが次から次へと溢れ出てきます。


これは理屈ではありません。

頭、肉の自分には到底理解できないことです。

そして、肉はやはり愚かだから、肉の方向へ進んでいこうとします。

ですが、一度感じた心の疼き、心のもやもやは、

どうしても、どうしても、何としてもという思いに変わっていくでしょう。


温もりの中へ、喜びの世界へ自分を帰していこう、

素直にしっかりと自分に宣言して、そして、その道を一歩進めていきましょう。

 

1767)

 

 またひとつ、セミナーという学びの時間、空間を体験させていただきました。

250年後の本番に向けて、どなたも自分を必ず繋いでください。


次元移行という意識の流れを心にしっかりと感じ、

それぞれ、今の環境の中で、喜んで喜んで自分を学んでいきましょう。


あなたの中のたくさんの宇宙、闇黒に沈み込んできたたくさんの宇宙達が、

250年後を待っている、心から待ち望んでいることを、

今の肉を通して心に響いてきていますか。


異語が飛び出てきます。ともに帰ろうの思いで呼びかけています。


苦しい真っ暗な転生を繰り返し、宇宙に闇を振りまいてきたのはみんな同じです。

しかし、今世を境にして変わっていけることを学ばせていただきました。

伝えていただいた真実の波動の世界を心に育み、

真っ直ぐに、田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思う瞑想を楽しみます。


田池留吉の肉とともに学んだ大変貴重な時間と空間。


出会いたかったアルバートの波動の世界でした。

心を貫通した衝撃は、そのまま250年後の来世の私に届き、

まだ肉持たない来世の私が引導してくれています。

 

1766) 

 

肉基盤と意識基盤は全く違います。

瞑想をして感じる世界にその違いははっきりと表れます。


と言っても、意識の世界は目に見えない、形はない、色も匂いも何もない

ただそれぞれの心で感じ広げていく世界です。


だから、自分の心で感じそして感じたものを信じていく学びの姿勢が問われます。

波動の世界を信じる信の強さがどの程度のものなのかということです。

そしてその信が強く深くなってくれば、どうでしょうか、

肉のことに思い、エネルギーを傾けていく生き方、考え方は自ずと弱まっているでしょう。


二足の草鞋では絶対に意識の世界、真実の波動の世界を進んでいくことはできません。

肉はできると思っているんです。できません。

そんなに意識の転回、真実の波動の世界を学んでいくことは簡単なことではありません


肉、肉の中に生きてきた意識、私達にとって、それが現実です。


しかし、今世です。

今世を転換期にということで、意識の流れがいよいよはっきりと顕在化してくるのです。

そういうことを、瞑想の中で、自分の心に響いてくればいいと思います。

あとはそれぞれの選択です。そしてその結果はもちろんそれぞれのものです。


ふるさと、たったひとつの自分達のふるさと、愛へ帰る道をともに歩いていきませんか。

 

1765)

 

 宇宙を思う瞑想。

果てしなくどこまでも広がっていく意識の世界に心を向けて合わせる。

思いを馳せる、馳せられる今の幸せをどなたも心に深く感じてまいりましょう。


私達は、肉、形というちっぽけな世界の中に生きているのではありません。


そうかといって、肉を持って学ぶ時間を用意している今、

やはり肉の法則にはある程度沿って生活をするということは必要です。


最低限度、肉の掟を守り、無用なトラブルは避け、

自分に肉を用意してきた本当の意味を心からしっかりと味わい、

本当に喜び喜びの人生の時を迎えていきましょう。


もう苦しみの奥底に沈み込んでいくだけの転生は終わりにしましょう。


ふわっと浮き上がって、そして遥かなる宇宙、

温かい温もりの喜び、安らぎの宇宙

を目指してそこへ自分を帰していきましょう。


ありがとう、本当にありがとうございましたと心から自分に伝えて、

さらなる進化を果たしていくことが喜びです。

 

1764) 

 

一番大切な、いいえたったひとつの大切な大切なことを心で感じ知り得る、

こんな幸せな転生は初めて、本当に幸せだと思います。


存在しない神、仏を追い求め、宇宙のパワーもまた然りでした。

苦しい、苦しい転生の数々。自分を落とすことしかできなかった転生の数々。

這い上がってきました。奈落の底の底から這い上がってきて、ようやく心に灯した灯りです。


心が叫びます。

心の底から奥底から叫びます。

「やっと、やっと、やっとだ。」


嬉しくてありがたくて、本当にこれは現実なんだと、

長い時間を経てここに行き当たったことを実感しています。


もちろん、本当の自分へ愛へ帰る道はようやく始まったばかりです。

しかし、ようやく巡り合えたことに何はさておいても喜びです。


ブラックのエネルギーだけを量産し垂れ流してきたことを、

しっかりと心で反省し、

それでもこうして生き直すことを待たれていると思えば、

大きな大きな励みとなります。

 

1763)

 

 UTAブックさんのホームページに掲載されていますが、

10月17日、9時15分から15分程度、ともに瞑想をしていただく方を待っています。


基本的には短い原稿を送付された方達の中からということになりますが、

物事には例外がありますので、そこはご了承ください。


基本は、UTAブックさん主催の「死ぬまで瞑想会」と考えています。


原稿送付という条件、その原稿送付がメール送付という条件、

色々と条件がありますが、そういうことに関係なくあなたどうですかと

お声掛けさせていただく場合があるかもしれません。


連絡させていただいてご都合よろしければ、ともに瞑想をしましょう。

 

1762) 

 

田池留吉、アルバート、そして宇宙を思うことがどんなに喜びで幸せか、

それは心で感じるということがなければ、到底分からないことです。

分からないから信じられない、信じようとしない、

そして結局は肉に逃げ帰っていくことになります。


もうそういうことは止めにしませんかとお伝えしています。


肉に逃げ帰る、何て失礼な、私は決してそんなつもりはない、

私は私の人生これで大満足なんだということかもしれませんが、

それは肉の世界しか知らないから、そんなことが言えるんだと思います。


本当に心で田池留吉、アルバート、どこまでも広がっていく温かな喜びを感じたならば、

決してそんなことは言えないし、思えないはずなんですが、

それは、それぞれがそれぞれの心で感じなければ仕方がありません。


自分の心で感じ感じたものを信じ、

そこから自分の生きていく方向を自分で決定していってくださいということになります。


意識の流れは厳然として存在しているし、

粛々として仕事をしていることは動かせない事実だから、

それがやがて形となって、それぞれに公平に平等に割り当てられていくでしょう。


そこから心が何を受け取っていくか、

どう自分が流れていくのか、

決定権はそれぞれにあります。

1761)

 

 自分が自分に用意した肉を持つ時間。

本当の自分が偽物の自分に用意した肉を持つ時間。

さて、あなたはどのようにその持ち時間を過ごしていますか。


偽物の自分の思いを少しでも本当の自分の思いに変えて、

自分の中の壁を取っ払い隔たりをなくし、

少しでも住み心地の良い、風通しの良い、安住の地を広げていけるような、

そんな時間となれば幸せの道、喜びの道は自ずと見えています。


壁を作り閉鎖的なじめじめとした中にいたと分かるには、

開けた明るい爽やかな空間を感じることが必要でしょう。


そんな空気、風を心に感じ始めれば、

いかに閉鎖的な重苦しい中で固まるしかなかったかを心で知り、

そんな自分にどんどん届けたくなります。


頭も五官も何も要らない。

ただ目を閉じて思う思いの方向が定まってくれば、

意識の世界が自ずと仕事をします。

 

1760)

 

 私の中では明確な線引きがあります。できています。

それは田池先生の肉がある間の学び、肉がなくなってからの学び。


その肉がある間に学ばせていただいた段階は、予定通り無事終了という認識でいます。

それを土台に今自分の肉がある間の学びの段階に取り組んでいます。

そして、その後、肉がない間の段階、再び肉を持って出会い、

三次元最終段階の仕上げという計画です。


今世、同時期に肉を持たせていただき、ドンピシャの学びをさせていただきました。

的に的中したという感覚です。


それを経て、あとは私の心掛けひとつです。

三次元最終のお勉強を見事クリアして、

そして、さらに意識の世界を学んでいく旅路は限りなく続いていく

そう思いを馳せれば、本当に幸せだと思います。


闇黒の宇宙に成り下がってきた意識の世界に巡ってきた千載一遇のチャンス

そのご自覚のもとに、それぞれの歩みをしっかりと前に一歩出していきましょう。


「ともに帰る、いざ行かん。」深く心に刻んでください。

 

1759)

 

 心から叫んでいる自分自身をしっかりと受け止めて、

そしてもう帰りましょう

散々自分を苦しめてきました。

奈落の底で苦しみ喘いできた時間は長いです。

長い、長過ぎました。

自分は肉だとする真っ暗な中から抜け出して、

明るくて温かい安らぎの空間に自らをいざなってください。


心の叫び、それは色々な事を通し、現象という形で自分に自分が伝えます。


その時、自分の心を見るということを知らなければ、

つまり、心の針の向け先が自分の外ではなくて、

中に向けるということを実践していなければ、

今、自分に起こっている様々な事に対して、

形の中で最善の処理をするという方向にのみ行きます。


もちろん、ある程度の対策は必要でしょうけれど、

それで終わり、万全というのは違っています。


学びに触れた私達には、

現象というのは心を見る、自分を見るチャンスなんです。

肉として色々な苦痛、困難を伴う現象かもしれませんが、

それ以上に意識の世界、心は悲痛な状態だということです。


思いを向けるその向け先が全部外だったことに、まず気付きましょう。


形の修復は副として、

主は思う思いの向け先はどこなのかをしっかりと確認です。

 

1758) 

 

心の体験を重ねてください。

学びの場であるセミナーは、それぞれがそれぞれの心で感じ体験して

そして、そこから自分の歩みを前に進めていくということに重点を置いています。


もうひとつの学びの場は、それぞれの日常生活の中です。

様々な出来事、人との関わりを通して、瞬時に自分の中に感じるエネルギーを確認して、

そしてそのエネルギーの質の変換をする作業を淡々としていく、それが私達の日常の時間です。


お金儲け、人助け、世間からの評価を求める、家族の形成等々、

それらは肉を持ってする本来の仕事ではありません。


はっきりとしてください。

自分の中をはっきりとさせて、学びをするのかそれとも、

肉一色のこれまでと同じ生き方をするのか、それぞれの心で選択してください。


あなたが自分の決断をするんです。

自分の人生、自分の生きる道です。


その道がどんな道なのか、とっくりとこれからの時間をかけて自分に伝えてくれるでしょう。


自分が思いの世界に生きているということを、

色々な形を通して自分に知らしめます。

それが愛のパワー、愛ゆえの自分からのメッセージです。

 

1757)

 

 欲に塗れ、金に塗れ、神、仏の世界があると信じ、宇宙のパワーを追い求め、

自分を見失ってきた結果を、これまでに嫌というほどに味わってきました。

 

誰一人例外はありません。

 

そんな自分の実態を知っていこうと勇気を振り絞って生まれてきたんです。

学びに触れているんです。そこのところ、はっきりと心で知ってください。


今世、どんなに肉塗れの中で肉一色で生きてきたとしても、

ひとたび学びに触れたその瞬間から、

心から離すことなどできなかったのではないでしょうか。

遅々として進まない学びかもしれませんが、

これしかない、この学びだと心から突き上がってくること、しきりでしょう。

 


くそ田池と叫びながら何とも言えない喜び、嬉しさ、幸せを味わってきましたよね。


心の体験、大切になさってください。

そして、田池先生とともに学ばせていただいた方は、

とんでもない大きな宝物を自分に持たせたと心から喜んでください。

その喜びの思いで、今世の肉ある限り喜んで自分を学んでいきましょう。

そして、次の転生に自分を繋いでください。


「いざ行かん」250年後の出会いから力強い発信があります。

心のど真ん中でしっかりと受け止めて、そして、そして、ともにともに帰りましょう。

 

1756) 

 

肉の世界は複雑怪奇であっても、

自分の住む意識の世界、思いの世界は出来るだけシンプルにしましょう。


出来るだけシンプルには、控えめな表現です。

限りなくシンプルにを、心掛けてください。


意識の世界には選択肢などなく、ただ一点を目指して生きていくだけです。

一点以外は、全部ブラックです。


あなたの中の田池留吉の世界に心の針を向けて合わせていって、

心に広がっていく波動の世界、意識の世界を感じていれば、

肉の心、表面的な部分は揺れることはあっても、修正は容易いです。

一時揺れても、すうっとまた心の針のぶれを正していくはずです。


揺れっぱなし、ぶれっぱなしなどあり得ません。

そのトレーニングを重ねていく時間が、今世の肉を持って学ぶ時間です。


中心棒の確立、自己確立、どの程度捗っていますか。


それぞれに自ら用意してきた教材を通して、しっかりと学ばせていただきましょう。

 

1755)

 

 「出会いをありがとうございます。」

目を閉じて思いを向けると、そんな思いがいつも上がってきます。


今度こそはという思いとともに喜びで生まれてきたのに、

喜びでは死ねなかった苦しい心の歴史が山積みです。


本当のことを知らずに真っ暗闇の中へ帰っていった数々の自分。


真っ暗闇の中に沈み込んでいくしかなかった転生だったけれど、

今度こそはという思いが、今世ようやく実現の方向に動き出しました。


それもこれも、千載一遇の出会いを持たせていただいたからこそです。


自分の心に感じ響き伝わってくるということがなければ

、250年後、300年後、次元移行と言われても、雲をつかむようなお話でしょう。


しかし、どんなに肉の中に生きようとしても、

肉、形の世界は悉く崩れ去っていく総崩れの時を体験していけば、

それも何度もそういう体験をすれば、

何かが違っているのではないかというところに行き当たると思います。


「意識の流れは厳然としてある。

そして粛々として仕事をしている。」


さらに目に見える形を通して証明されていきます。

 

1754) 

 

みんな愛に、本当の自分に帰ることを切望しています。

気付いているかいないかだけのことです。


心で気付いた方から軌道修正を始めればいいんです。

 

自分の生きていく方向はこっちだと明確に心に響いてくれば、

ただひたすらにその方向に心の針を向けて合わせていく作業を淡々とやっていくだけです。


自ずと幸せを感じます。喜び、嬉しさ、安らぎを感じます。


もちろん、自分の中に蓄えてきた凄まじいエネルギーも感じます。


しかし、もうそれによって、

自分を苦しみの底に沈めていくことはないという確信もまた芽生えているから、

どんどんその凄まじいエネルギーを吸収していけるんです。


一点は絶対に揺らがない。

ぶれずにただ一点をしっかりと見て生きていくことが自然になってきます。


今世、肉を持って学びに繋がるという自分の計画が何を意味するのか、

どんなにすごいことなのか、自分の心で分かってきたならば、ただただ嬉しいだけです。

 

その嬉しさは何があっても揺らぐことはない、そういうものです。

 

喜んでいるのに、いたのに、

何かのきっかけでそれが崩れていく、

それは喜びが違っていたのです。

意識の世界ははっきりとしています。

 

1753) 

 

学びは誰彼の境なく積極的に勧めるというものではないと私は思っています。

ましてや強制するものではありません。


肉一筋、肉一色で生きてきた意識にとって、

肉から意識へ自分の基盤を変えていくことは生易しいものではありません。


相当の覚悟と決意が必要です。そして、それは自分で決めていくことです。


濁流の世の中の流れの中で、いかに自分の本意を極めていくか、

あなたにはその自信がありますか。確信がありますか。


肉の中では人と人との繋がり、関わりがあります。

そのなかで愛しく近しいとしている人達と生きていく方向が完全に違っているということであっても、

あなたは、自分の信じた生き方を貫いていくことができますか。


肉は愛しく近しくても、生きていく方向、見ていく方向が違うということであれば、

住む世界が違っているということです。

その現実をはっきりと認識して生活をしてください。


自分に用意してきた肉を持つ時間、人生の時を大切にしていきましょう。

肉に生きる生き方は苦しみです

しかし、それはそれぞれの心で気付いていく必要があります。

心で気付いたならば、軌道修正に取り組むはずです。

どんなに自分を粗末に、みんなを粗末に扱ってきたかを知るからです。

 

1752)

 

 自分の中の落ちた意識、自分を確認して、そして瞑想。

それが幸せだと感じられるのは、自分のこれから先を心で知っているからです。


肉に生きてきたこれまでの時間はなかったことにはできないけれど、

しかし、やり直し、生き直しができることを学ばせていただきました。


本来の自分の軌道に自分を乗せて、これからを生きていくと思えば、

どこを向いていけばいいのかと、真っ暗闇の中を苦しみ続けてきた苦しみ、

哀しみからようやく自分を解き放していける安堵感が

自分を支えていると分かるから、幸せだと思います。


思いの世界に生きていた自分だったと本当に心から分かっていけば、

その思いの世界が少しでも住み心地のいいところにしたいと思うはずです。

どうすればそうなるのかと、色々と学ばせていただいているのが今世です。


健康で長生きしても、自分の本来生きていくべき方向を知らなければ、

そしてそれに確信が持てなければ、空しい人生だとはっきりと感じます。

 

1751) 

 

みんな中がドロドロのまま転生を繰り返してきました。

そんな意識が自らのドロドロをしっかりと確認しようと、

今世、肉を用意し学びに集う計画を立ててきました。

しっかりと確認しようとしつつ、同時に自らの過ちを認める口惜しさ、恐怖が、

もちろんあったから、なかなかすんなりとは心で受けていくことはできない学びでした。

肉は学ぼうとしても、中が徹底抗戦の構え、それを崩すということが難しかった。


ああ、こいつがそれを私達に促していくやつなんだ。肉はぼんくらでも中は知っていました。


私は、自分の中に蓄えてきた凄まじいブラックのエネルギーが、

肉を突き破っていくだけでは大変な状態になるということを、

中が素早く察知し、早く分かりたいとする肉の思いに、母の温もりを確立するまではと、

自らに歯止めをかけていたことを知ったとき、ありがたいと思うと同時に、

今世は本当に大切な時なんだと実感してきました。

 

そしてまた、限りがある肉を通しての学びの時間だから、

その時間内に今世は今世の予定を滞りなく終了させる計らいがあると感じてきました。

そう田池留吉の意識の世界は語ってくれていました。

肉をともにして学ばせていただいたことに感謝しかありません。


意識の流れに委ねていくだけなんだ、

肉は何ほどのものでもない、そう思います。

 

1750) 

 

ともに行こうと呼び掛けています。

ともに意識の流れからのメッセージに従って

次元を超えてまいりましょうと、ただその思いでいます。


この次元を超えて、そして遥かなる宇宙を目指して、ともにともに生きていこうと、

私達は今世という時に肉を自らに用意し、

そして念願だった真実の波動の世界を学ぶチャンスに恵まれました。


田池留吉という一人の肉の人間を通し、

その波動の世界を学ばせていただいた事実を、

それぞれの心でしっかりとかみしめてください。


すごいことでした。

 

そして今、その肉がない今ですが、心に響き伝わってくる波動をしっかりと受けて、

自分達の心の向け先を合わせられるように精進してまいりましょう。


ああ、もうすぐです。

 

三次元最終の学びの時間を経て、

そしてともに生きていく喜びの流れの中に溶け込んでいきましょう。


道を大きく踏み外し自ら苦しんできたけれど、

それもみんなようやく自分のこれからの糧にできることを心で確信して、

今の肉を終えてください。

 

1749) 

 

肉が必要だったんです。どうしても今世生まれたかった。

それまでの転生以上に肉がほしいと申し出ました。

何としても肉を持ち、そして出会うんだという思いを固く持ってきました。


強い非常に強い決意を感じる、そう田池先生からも言ってもらいました。

出会うべくして出会った出会いを心から私は喜んでいます。


全部意識の流れの中の出来事です。

その流れに逆らい続けてきたのがこれまでの転生でした。


幸せなど分かるはずはありませんでした。

喜びとは程遠い世界に沈み込んできた自分の世界でした。


あなたも同じです。

どんな環境でもいい、肉を持たせてくださいと願い出たことが心に響いてくれば、

これからの厳しい転生も必ず乗り切れることを知ってください。


闇に沈むだけの転生はもう卒業です。

まだまだ真っ暗闇の中かもしれないけれど、

しかし、遠くに遠くに薄らぼんやりと灯っている灯りがあることを信じて、

そして自分の中のその灯りを自ら消し去らないように、生きていきましょう。

 

1748) 

 

闇に沈むのは簡単、というかまだまだ闇に沈んだ状態だというのが現実でしょう。

厳しい査定で学びと取り組んでいきましょう。


肉から意識への転回の進捗度を試すチャンスがそれぞれに用意されています

まずはそういう時間がこれからの肉を持つ時間だということを確認です。


これからは肉を持って肉の人生を生きていくのではないということ、

まず今世はそこを正していきましょう。生きる目的です。

肉を持つ意味をはっきりと自覚できているかどうかです。


生きていく方向、見定めていく方向を確認、

さらに確認してください。


皆さん、それぞれに学びの仲間達とともにお勉強する時間を持っておられるようです。

その時間を有効に活用して、自分の学びを前に進めてください。

学びはここまでというものではありません。


まだまだ、まだまだに違いないけれど、必ず、必ずという思いを持ち続けてください。

諦めて投げ出せば、もうそこで自ら幕を引いていくことになります。

そんな哀しい幕引きとは今世を限りに決別してください。

 

1747)

 

本気になって学びと取り組む、つまりは自分と取り組む、

そんな思いを心に自ら感じてこなければ、学びを完遂することは難しいでしょう。


私達みんな過去より他力の道を歩いてきました。他力の道、欲の道です。


神の世界を求め仏の世界に帰依することとはどういうことなのか、

全く、全く何も分からずにきた私達でした。

真っ暗闇のドロドロの波動を垂れ流したまま、

数限りない転生の機会を持たせていただいて今世に至っています。


このことをどう思っていますか。

どういうことなのか、まだ心で分かりませんか。

心で感じることができませんか。

 

どんなに愚かな私達なのかということを

心にしっかりとはっきりと感じることからすべてが始まるのではないでしょうか。


今世、私は心酔した宗教はないと言わないでください。

肉のあなたには記憶はないかもしれませんが、

あなたの心の中、意識の世界にずっしりと重なり合わさっている

神、仏への思いを抱えて、今のその肉を自分に用意した事実は絶対に動かせません。


知っていきましょう。認めていきましょう。

そうしないと、いつまで経っても何も変わりません。

ただ心が少々敏感になっただけです。

その敏感な心で、自分を本当に救い出していくことができますか。

 

愛という本当の自分に目覚めていく道はそんなに生易しい道ではありません。


本当の自分の存在を信じず、信じられずでは、まだまだ真っ暗闇の中。

それが偽らざる自分達の現実です。

 

1746)

 

形の世界の総崩れ。

これは意識の転回に必至の出来事です。

 

形の世界が総崩れしていく、

自分達のここは絶対に離せないというものが自分達の目の前から消え去っていく、

そんな現実を目の前にして茫然自失の状態に自らを落としていく過程の中で、

もう後がない状態の中で、ふわっと心に浮き上がってくるものがある、それは一体何なのでしょう。


肉、形を本物とする中では、そういう状態になれば自ら落ちていくしかありませんが、

本当に学んでこられたかどうかの結果がそこで出てきます。


ポーンと飛び出ていく瞬間です。

そこからが意識の世界のお勉強の始まり、始まりです。


その予習を今世、私達はさせていただいています。

意識の流れに同化していくというフレーズが出てきます。

頭では分かりません。説明などできません。

ですが、そうしていくんだなあと心に感じます。

本当の自分に帰る、愛に帰るとはそういうことだと感じます。


今の私達がすることは、思うは田池留吉、田池留吉一筋に生きていく、

ゆったりと喜んで生きていく、それしかありません。

 

1745)

 

 何のために生まれてきたのか、やはりいつもそこに戻ってください。

そこからいつも始めてください。


本当のこと、真実の波動の世界を心で知っていくためには、

今の私達には肉が必要です。

 

肉を通して自分の蓄えてきた闇黒のエネルギー、

すなわち自分自身を知っていくという学びの段階です。


色々な出来事に遭遇します。色々な人との出会いがあります。

日々の生活を通して、

自分が生まれてきた本当の意味を心で知っていく時間。

それが自分が自分に用意した肉を持つ時間、すなわちいわゆる人生と呼ばれる時間です。


人生の目的を大きく逸脱してきた私達のこれまでの転生だったと、

あなたはどの程度、自分の心で分かっておられますか。


今世を自分の転換期にするということは、意識の転回に取りかかるということです。


学びは宗教ではないんです。

 

自分の存在意義を見極めていく、

つまり本当の自分を取り戻していくため、

私達は生まれてくることをお忘れなく。

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 これまでと同じ轍を踏むことのないように、

今世の肉を持って学ぶ時間を大切になさってください。

自分のために大切になさってください。


それぞれの心の中に作ってきた闇黒の宇宙が

本来の温もりの宇宙へ変わっていけることを信じてください。

信を深めていくこと、喜びで信を深めていくこと、ただそれだけです。


「宇宙へ帰りたかった。宇宙へ帰ります。」

心の叫びをしっかりと受け止めて、肉という壁を崩してください。


全部自分が堰き止めていることを心で知っていけば、ただただ嬉しいだけです。

その堰き止めている思いを緩め弱めていけばいくほどに、

心に喜びが幸せが安らぎが広がっていきます。


宇宙をさらに思える喜びと幸せの中にあることを感じ、

どんどんその中に入っていきます。

よかった、よかった、嬉しい、嬉しい、

ただただそう響き伝わってくる思いの中で、

肉という形を持っている今にありがとうだけで