卑弥呼、悲哀から目覚めへ      塩川 香世

日本の国 そして アマテラス・天照は、今・・・・←クリック

遠き飛鳥の時代に思いを向けて       ←クリック

 


今、塩川香世さんの「卑弥呼、悲哀から目覚めへ」が、「意識の流れ ホームページ」に公開されていますが、

このほかにも田池先生の許に「卑弥呼」をテーマに、自分の心を見ようとした多くのチャネリング結果が寄せられています。

現在、塩川さんのメッセージ文を中心に、これらをチャネリング資料をまとめ一冊の冊子を作ろうとしています。

前半は卑弥呼の時代から倭国の成立、巫女の役割について簡単に眺め、

この時代がどんな時代かを心に留めていただいたうえでチャネリングを読んでいただこうとしています。

この学びをしている方には必要のない措置とは思いますが、

「チャネリング」とか「意識の世界」にあまり興味がない人にも、

興味を持ってもらいやすいものをつくりたいと思っています。(UTA-BOOK)

 

 

卑弥呼という言葉に反応する人は多いと思います。

どうぞ、自分の中の卑弥呼の意識に心を向けて瞑想をしてみてください。

その世界は、意識の世界からすれば、ちっぽけな世界です。

しかし、学びに集っている人達の多くは、まだこの卑弥呼の意識をマイナスとして握っています。

それを自分の中で、プラスへ、喜びへいざなっていけるように、卑弥呼の心を聞いてください。

 

今、なぜ卑弥呼なのか。

卑弥呼の時代、特に巫女として使ってきた心を見ていくためです。

今世、学びに集っても殆どの人は、巫女の心を使い続けてきました。学びの中で闘いを繰り広げてきたんです。

それぞれの日常生活の中ではもちろんのこと、学び、つまりチャネラーとしての自分の心は、

巫女として、自分を地獄に沈みこませてきたエネルギーと何ら変わることはなかったと、

それぞれが自分の心で気付き、その修正を自分に促していくためです。

その心を抱え持ったまま、そして未だに自分を苦しめている状態では、

今はまだ、田池留吉という目の上のたんこぶがあるから、その心ははっきりと表面に出てきませんが、

いずれそのたんこぶが消えていけば、にょきにょき顔を出してきます。

それでは、せっかくの今世のチャンスを、自らどぶに捨てていく結果となることは、火を見るよりも明らかです。

中途半端に心が敏感は一番始末が悪いです。

己が偉すぎて間違いが分からない。

間違いだと感じ始めても、間違いだったと認めることができないほど己が偉い。

みんな中途半端な学び方の結果です。

 

 

卑弥呼

あなたの心の中に存在する

我一番、我を敬え、我を認めよ、我こそ素晴らしき者、

その意識の象徴です。

卑弥呼とは、それぞれが心につかんできたエネルギーです。

神より特別に選ばれたとする選民意識の象徴として、その意識を助長するものです。

我は素晴らしい、我は一番なりという、本当に高い、高いそびえ立つ意識を、

卑弥呼というエネルギーは助長していきました。


 

01

卑弥呼と言えば、どのような思いが湧いて出てくるでしょうか。

卑弥呼、卑弥呼、卑弥呼。語りたくない言葉でした。

一方では語りたかった言葉でした。卑弥呼と呼びたかった。卑弥呼を認めさせたかった。

我は卑弥呼なりと認めさせたかった。そんな思いが湧いて出てきます。

卑弥呼は素晴らしい者として、権力も何もかもその手中に収めました。

確かに卑弥呼は存在していました。卑弥呼と呼ばれる意識は存在しています。

我は卑弥呼なり。そんな思いの中で転生を繰り返してきたたくさんの意識達に、今、告げます。

卑弥呼の思いを語りなさい。卑弥呼に思いを向けなさい。卑弥呼は素晴らしき者ではございません。

卑弥呼の語る言葉、卑弥呼から出るエネルギーは真っ黒です。

しかし、卑弥呼は崇められました。崇め奉られました。

そして、その陰でどれだけの巫女が地獄の日々を送ってきたか。

卑弥呼になりたかった巫女たちの思いを今、ここに記しなさい。

卑弥呼は巫女の頂点ではありません。

しかし、巫女はそのように思い、自分を叱咤激励し、我の霊能力を高めるために、どんな苦難にも挑んでまいりました。

霊能力です。パワーです。卑弥呼の地位を我がものにしたかった。

卑弥呼は素晴らしき者とそれぞれの心に培ってきました。

卑弥呼は存在しますか。

卑弥呼はあなたの心の中に存在する我一番、我を敬え、我を認めよ、我こそ素晴らしき者、その意識の象徴です。

卑弥呼という人間は確かに存在していたでしょう。

しかし、その者もまた己の出したエネルギーの中で地獄を見てまいりました。

地獄、地獄、地獄。すべてが地獄でした。

権勢を誇ってきた、財力を手にしてきた、すべてを己の意のままに操ってきた、

その世界はたちまち闇黒の世界へと変わっていきました。

いいえ、変わっていったのではありません。そこが闇黒の世界だったことに気付けなかっただけです。

愚かな、愚かな心の持ち主。意識の世界は暗闇の世界、哀れな世界。

己を知らずにきた哀れな卑弥呼の思いを、それぞれの閉ざされた心の中から叫んでください。

卑弥呼は素晴らしい者ではございません。卑弥呼は哀れな存在です

しかし、その卑弥呼の意識も、愛に目覚める時がやってきたんです。

温もりと喜びの中にあった自分だったと、そう、それぞれの心の中の卑弥呼に伝えなさい。ともに、帰れることを伝えなさい。

卑弥呼、ああ卑弥呼。語りたくない思いがあります。語らせてくださいという思いも来ます。

心をしっかりと温もりに喜びに愛に向け、これからの時間、卑弥呼を語ってまいります。

私はたくさんの霊能者を引き入れてきました。心の中でたくさんの霊能者を使ってきました。

その霊能をもって私の権勢を誇ってまいりました。卑弥呼の力を示したかった。霊能力に長けた者を起用しました。

寵愛しました。私のもとに侍らせました。卑弥呼は素晴らしいと、そしてすべての権力をこの手の中に収めたかった。

権力を集めれば、私は素晴らしい人間になる。私は神に選ばれた者。

私のもとにすべてを侍らせていきました。私の支配下にすべてを置きたかった。

霊能力者、いわゆる神のお告げをする者、巫女。巫女を私の手中に収めました。

巫女の言葉を私は利用してきました。政治に、国を統一するために利用してきました。

私の役に立たない巫女は即刻、首を撥ねました。その命を簡単に奪い取りました。

たくさんの巫女を殺してきました。巫女を一人の人間だと思ってきませんでした。

私の奴隷、私の僕でした。私は巫女たちの思いを全く受け入れようとはしませんでした。

ただ私は、私が素晴らしい者として頂点を極めたかった。そのために巫女の力を利用してきました。

巫女の力を利用しながら、私の地位を大きく、大きく、大きく、この天まで届けと大きく伸ばしていきたかった。

そして、盤石なものにしたかった。

巫女の恨み辛みを一身に受けました。しかし、私はそんなものものともしなかった。

私は選ばれた人間です。素晴らしい、すべてをこの手中に収められる人間なんです。

巫女の一人や二人、いいえ、十人、百人、一千人、もっと、もっと私のもとに侍られました。

権勢を誇ってきました。卑弥呼の名を全国に響き渡らせたかった。

いいえ、海を越えて、あの海を越えたあの国へも私のこの名前を広めたかった。私の野望は尽きることはありませんでした。

この身をどこまでも大きく、大きくしていきました。そのためには何だって利用してきました。

私は素晴らしき者。たくさんの巫女の犠牲の上に私は権勢を欲しいままにしてまいりました。

私の人生は素晴らしいものであらねばなりませんでした。



私は卑弥呼の意識に思いを向け淡々と語ります。卑弥呼を淡々と語っていきます。

私の中に卑弥呼の思いが喜びへと変わっていく様を感じています。

田池留吉、アルバート、愛の方向に向けながら、卑弥呼を淡々と語っていける喜びを感じます。

ありがとうございます。

卑弥呼の意識は真っ暗な真っ黒などうしようもない苦しみの中に落ちて、落ちて、落ちまくりました。

しかし、私は今世、こうして肉体を持ち、卑弥呼の思いを心に感じ、

そして、卑弥呼の思いを心に語り、この思いとともに母なる宇宙へ帰れる喜びを伝えていきます。

伝えることが喜びです。

卑弥呼へ思いを喜びで向けていきます。卑弥呼を喜びで語っていきます。

どうぞ、皆さんも、淡々と卑弥呼を語ってください。

卑弥呼は間違ってきました。

それぞれの心の中に作ってきた卑弥呼の思い、卑弥呼の意識、

その切々と語る卑弥呼に心を向け、どうぞ、あなたの心から吐き出していってください。

卑弥呼は待っています。心を温もりと優しさで包んでくれるのを待っています。

それぞれの心の中の卑弥呼をどうぞ、どうぞ、優しく、優しく包み込み、卑弥呼の心を聞いてあげてください。

 

私はたくさんの霊能者を引き入れてきました。心の中でたくさんの霊能者を使ってきました。

その霊能をもって私の権勢を誇ってまいりました。卑弥呼の力を示したかった。霊能力に長けた者を起用しました。

寵愛しました。私のもとに侍らせました。卑弥呼は素晴らしいと、そしてすべての権力をこの手の中に収めたかった。

権力を集めれば、私は素晴らしい人間になる。私は神に選ばれた者。

私のもとにすべてを侍らせていきました。私の支配下にすべてを置きたかった。

霊能力者、いわゆる神のお告げをする者、巫女。巫女を私の手中に収めました。

巫女の言葉を私は利用してきました。政治に、国を統一するために利用してきました。

私の役に立たない巫女は即刻、首を撥ねました。その命を簡単に奪い取りました。

たくさんの巫女を殺してきました。巫女を一人の人間だと思ってきませんでした。

私の奴隷、私の僕でした。私は巫女たちの思いを全く受け入れようとはしませんでした。

ただ私は、私が素晴らしい者として頂点を極めたかった。そのために巫女の力を利用してきました。

巫女の力を利用しながら、私の地位を大きく、大きく、大きく、この天まで届けと大きく伸ばしていきたかった。

そして、盤石なものにしたかった。

巫女の恨み辛みを一身に受けました。しかし、私はそんなものものともしなかった。

私は選ばれた人間です。素晴らしい、すべてをこの手中に収められる人間なんです。

巫女の一人や二人、いいえ、十人、百人、一千人、もっと、もっと私のもとに侍られました。

権勢を誇ってきました。卑弥呼の名を全国に響き渡らせたかった。

いいえ、海を越えて、あの海を越えたあの国へも私のこの名前を広めたかった。

私の野望は尽きることはありませんでした。

この身をどこまでも大きく、大きくしていきました。そのためには何だって利用してきました。

私は素晴らしき者。たくさんの巫女の犠牲の上に私は権勢を欲しいままにしてまいりました。

私の人生は素晴らしいものであらねばなりませんでした。



私は卑弥呼の意識に思いを向け淡々と語ります。卑弥呼を淡々と語っていきます。

私の中に卑弥呼の思いが喜びへと変わっていく様を感じています。

田池留吉、アルバート、愛の方向に向けながら、卑弥呼を淡々と語っていける喜びを感じます。

ありがとうございます。

卑弥呼の意識は真っ暗な真っ黒などうしようもない苦しみの中に落ちて、落ちて、落ちまくりました。

しかし、私は今世、こうして肉体を持ち、卑弥呼の思いを心に感じ、そして、卑弥呼の思いを心に語り、

この思いとともに母なる宇宙へ帰れる喜びを伝えていきます。伝えることが喜びです。

卑弥呼へ思いを喜びで向けていきます。卑弥呼を喜びで語っていきます。

どうぞ、皆さんも、淡々と卑弥呼を語ってください

卑弥呼は間違ってきました。

それぞれの心の中に作ってきた卑弥呼の思い、卑弥呼の意識、

その切々と語る卑弥呼に心を向け、どうぞ、あなたの心から吐き出していってください。

卑弥呼は待っています。心を温もりと優しさで包んでくれるのを待っています。

それぞれの心の中の卑弥呼をどうぞ、どうぞ、優しく、優しく包み込み、卑弥呼の心を聞いてあげてください。


◆ 02  

遠くに眺めている二上山は、何とも懐かしい山の姿でした。

あの山をそんな思いで眺めながら、私は今世、何度、あの道を通い続けてきたことか。

何度も、何度も歩きました。大神神社から石上神宮まで。二上山を眺めながら。

卑弥呼、邪馬台国、飛鳥というほうに意識を向ければ、あの辺りが妙に懐かしい思いとともに思い出されます。

私はあの道が好きでした。あの一帯にこの肉体を運ばせました。二上山を眺めながら歩く道が好きでした。

それは肉でこの学びと出会う以前の話です。



ああ、卑弥呼よ、卑弥呼。私の中の卑弥呼の思いを心に感じています。

卑弥呼よ、あなたも苦しかったでしょう。とても、とても苦しかったでしょう。寂しかったでしょう。あなたは孤独でした。

どんなに権力を手にし、財力を手にし、すべてを支配下に置き、その名を轟かせても、あなたの心の中の闇は深遠でした。

どんなに神に選ばれた者だと自分の中から聞こえてきたとしても、それはとても、とても苦しみに違いありませんでした。



今、卑弥呼という意識に心を向けることにより、

この日本の国、そして世界中の意識の変化がうかがえます。

卑弥呼の持つ力、卑弥呼の流してきたエネルギーを、

それぞれの心の中で愛に目覚めさせていく喜びへと繋がっていけば、

心の中の重りが軽く、軽くなっていくのではないでしょうか。

卑弥呼とは、それぞれが心につかんできたエネルギーです。

神より特別に選ばれたとする選民意識の象徴として、その意識を助長するものです。

我は素晴らしい、我は一番なりという、本当に高い、高いそびえ立つ意識を、卑弥呼というエネルギーは助長していきました。

どの国においても、何時の時代においても、卑弥呼に代わる存在を、人々の心は作り上げてきたと思います。

まず卑弥呼の心をそれぞれの心の中に確認し、

その心、その意識の世界をマイナスからプラスへ変える

いわゆる反転の作業をして、愛へ目覚めさせていくこと、そのことをやってまいりましょう。


卑弥呼という存在は、ブラックです。その霊能力はブラックです。

マイナスのもとで求める霊能力はブラックです。すべては愛の中にあることを忘れ去ったからです。

己、己、己の中で、ただ我一番を競い合う中で生まれてくるエネルギーは、

本当に大きなブラック、マイナスのエネルギーでしかありません。

その間違いを今世こそ、自分の中でストップしていきましょうということで、

私達は、田池留吉のもとに集ってきたのではないでしょうか。

それぞれ、心が敏感な状態で、いわゆるチャネリングができるという肉の状態を整えて、

田池留吉のもとで学ぶチャンスを自ら用意したのではないでしょうか。

同じ轍を踏むなということを何度も聞いてきたはずです。

しかし、いかに、喜びと温もりへ自分の心を向けていくか、

マイナスからプラスへ、本当に喜びの自分を見出していくか、

ということの難しさも身にしみて感じているはずです。

その難しさを自分の中でしっかりと確認して、

だからこそ、本当に今世こそ、自分の中に、大きな方向転換を促してまいりましょう。

今、卑弥呼に心を向けるこの機会は、大きな勉強の機会だと思います。

卑弥呼に意識を向けて、卑弥呼の心を得意げに語るのではなく、

その語る自分の中の卑弥呼の思いを、どれだけ自分の中で喜びと温もりで包んでいけるか、

マイナスからプラスへ転じていけるか、そちらのほうに心を向けていってください。

得意げに語る思いを心に感じてくれば、その思いは反転です。

そういうことを学ぶために、今、卑弥呼に思いを向ける学びの機会が、それぞれに用意されているのだと思います。


◆03

卑弥呼の心を思います。


神に一番近い者。神に一番愛された者。そのように私は皆から崇め奉られた。

そのように心の記憶として残っています。

心の中に神より選ばれし者、私はその思いを強く、強く秘めたまま、この身を捨てました。

そして、私は自分の真っ暗な、真っ暗な中に真っ逆さまに落ちていきました。

そこは何も、何もありませんでした。本当に何もなかった。

何もないけれど、私の中の苦しみが私に覆いかぶさってきたんです。

私は冷たく、冷たく凍えて、凍えて、小さく、小さく凝り固まりました。

私の誇ってきたものは何だったのか。私の頼みの綱としてきたものは何だったのか。



私の母を思いなさい。お母さんを思ってごらんなさいと、そんな心に届く声があるけれど、私は母を思えずにいます。

私は母を思えずにいます。私には母はいない。いいえ、いないと思いたかった。

私の母はとてもとてもこの素晴らしい私からすれば、とても、とても、とても信じられないほどみすぼらしい母でした。

私の母親はみすぼらしい母でした。どうして、あの母を自分の母だと言えるのでしょうか。母を思うことなど私にはできません。



卑弥呼の心の中は真っ黒な、真っ黒な中にありました。

母を思えない卑弥呼がずっと、ずっと長い、長い時をかけて、存在しているんですね。

宇宙に存在しているんですね。私はその卑弥呼の心の中に、この思いを届けます。

「私の中の喜び、温もり。あなたの中の喜び、温もり。一つなんです。心の中にあったんです。

私達は一つなんです。お母さんはあなたにそのことを伝えてくれていたはずなんです。

あなたは、卑弥呼という一つのちっぽけな肉にとらわれて、そこから自分を解き放すことができませんでした。

あなたはそれから以後、何度も、何度も肉体という形をいただく、つまり転生の機会を持っていったことでしょう。

しかし、あなたの心は依然として真っ黒な中に固まったままでした。

私は、今、あなたにそのように伝えます。

卑弥呼という心を自分の中から解き放していくこと、それがあなたの喜びなんです。

幸せなんです。それしかあなたは自分で自分を救う道はございません。」



苦しい中ですが、私は本当に間違ってきたことを語りたいと思いました。

卑弥呼に心を向けなさいということです。そんな私の中を私は語らせていただける今があるんですか。

私は卑弥呼という意識をたくさん、たくさん抱え持ってきました。


「卑弥呼よ、あなたは神に選ばれし者だと自分を主張しております。

それがあなたの心の中にしっかりとあることを感じます。

それでは、あなたが神より選ばれし者という、あなたにとっての神とは何なのでしょうか。

あなたは何をもって神と言うのでしょうか。」


「神とは素晴らしい、大きな、大きなすべてを包み込む力を持った存在です。

神は目に見えません。だから、私は神に選ばれたということを自分の中から聞いたとき、

私は神になれる、私は神の化身だと思ってきました。私の中には神が存在する。神と一つになる。

神を求める思いは、とても崇高なものでした。この力をもってすれば、すべてを支配できる。

いいえ、支配というのではなく、私は喜びに導いていけることを、本当に信じていたんです。

大きな力でもって、すべてをその傘下に収めていくことが、この世の喜びに繋がっていくと思ってきました

だから、私はその大きな力を、パワーを神と思ってきました。

それが何なのか。具体的に私の心の中には分かりません。

しかし、神は存在することを、私の中にはしっかりと抱えています。

神は存在する。神とは素晴らしい崇高な存在であった。汚されてはならない。

私は神の化身でした。私は崇高な存在。崇高な心の持ち主。

崇高な私は素晴らしい、そのように自分を称えてきました。神とは私でした。

そう、私は神に成り代わって、すべてを支配下に治めるべき存在。私の存在はとても大きな存在でした。

そんな心を抱えて、私はすべての人に接してきました。

心の中には苦しい思いが溢れているのに、私は、そのことに一切気付けずに、

私は素晴らしいと心から上がってくる神の声を信じて、信じてきた愚か者です。

私はこの身を捨てて感じました。私が握ってきた神。私が信じてきた神。

私の中の苦しみは何なのか。この苦しみは何なのか。ああ、語ることすらできない。この心は固まっていきました。」


今、卑弥呼のほうに心を向けて、卑弥呼の心を語りました。

卑弥呼という特定の意識に限らず、神を、自分の中の神を信じてきた意識に、ほぼ共通する思いだと思います。

そんな中で、私達は肉を持って、田池留吉、アルバート、この喜びと温もりの波動の世界に巡り合いました。

このことは、とても、とても大きな、大きな出来事です。

卑弥呼の心を感じるたびに、私は、田池留吉、アルバートと呼べる、

心の針を向ける、向けられることがどれだけの幸せなことなのか感じずにはいられません。

だから、私は心の針を田池留吉、アルバート、愛の方向に向け、

卑弥呼の思いを心に受け、その卑弥呼の思いにこの喜びと温もりを伝えていくことを喜びと感じます。

伝えていきたい、伝えていかなければならない、そんなことを感じます。

伝えていくことが私の喜びなんです。

卑弥呼の心に、少しでも喜びと温もり、安らぎ、本当の幸せを広げて、

自分の本当のふるさとへ帰っていこうと呼びかけ、そういう思いを流してまいります。



長い、長い時をかけて心に培ってきたエネルギーを、

今ようやく明るい光の中で、しっかりと見つめることかできる今です。本当にありがとうございます。


◆04

 卑弥呼を題材にして、反省と瞑想の時間を持たれていると思います。

卑弥呼が巫女を利用して、己の権力、己というものを誇示しようとするエネルギーを、

自分の中の卑弥呼から感じてこられたと思います。

では、反対に巫女はただ利用されていっただけ、そして用無しになれば、捨て去られただけ、

哀しくて辛い巫女の心、あるいは恨みと呪いだけの心の中に自らを苦しめていっただけなのでしょうか。

巫女の心を聞いてください

巫女は確かに悲しくて苦しくて辛くても、どんな困難にも打ち勝てるように教育されてきました。

それはただひたすらに神の声を聞くという修行です。

その中で巫女として培ってきた心、エネルギーもまた凄まじいものだったはずです。

私は利用されているのではない、卑弥呼を操っているんだ。

我こそ神なり、私は卑弥呼の上に行くもの、そのようなエネルギーを流しながら、形の上では卑弥呼に仕えてきたのです。

そのエネルギーを、それぞれの心でもっと深く味わっていきましょう。

巫女の心も卑弥呼に負けず劣らず凄まじいものです。

ただ年端のいかない幼少の身で親元から引き離され、

ひたすら神の声を聞くという訓練を強いられたということかもしれませんが、しかし、巫女はしたたかです。

どんなに蔑まれても生き延びる術を自ら培ってきました。

己の呪術に身を滅ぼしていった末路ですが、その中で培ってきたエネルギーは、卑弥呼以上の巫女もありました。

卑弥呼を陰で操る巫女のエネルギー、パワー。

卑弥呼以上に、ブラックパワーをもって、すべてを牛耳ってやる、我一番なり、そんな巫女達の心の中でした。

すべては真っ暗闇、闇黒の中でした。そのことに全く気付かずに、ただ闇に心を売っていた愚かな自分達でした。

◆ 05

アルバートを呼び瞑想を重ねます。湧き上がる喜び、温もり。

私の中には、ただ、田池留吉、アルバートと呼べる私があります。

私は、田池留吉、アルバートと呼べる喜びの中にあります。

お母さん、ありがとうございます。ありがとうございます。

私の中の愛を思える喜びです。愛は私です。

愛のエネルギー、パワーは私そのものでした。愛に帰る道。自分自身に帰る道。



卑弥呼よ、私達は今、田池留吉のもとで愛を学んでいます。本当の私達を学んでいます

私達の心の中には愛、その喜びと温もり、愛のエネルギー、パワーがありました。

あなたの心の中にもあります。私達はあなたと一つなんです。

私はあなた、あなたは私、そんな一つの世界を心で学ばせていただきました。


卑弥呼の意識に語りかけます。私の中の卑弥呼の意識に語りかけます。

苦しい、苦しい中を生き抜いてきた意識でした。しかし、私の中の愛に目覚めた私はあなたの意識に語ります。


あなたは私、私はあなた、私達は一つ、ともに心を見て、ともに愛に帰ってまいりましょう。

本当の自分を呼び起こしましょう。私達は一つです。

本当の自分に帰るために、今、私はこうして肉体を持って学ばせていただいています。

そして、肉体を持たないあなたに今、伝えます。卑弥呼という意識に伝えます。

卑弥呼は素晴らしい意識ではありませんでした。

我を認めよ、我一番なり、我は素晴らしい、我は神なりの思いを抱え、

あなたは、どこまで、どこまで苦しんでいくのでしょうか。

私はあなたに伝えます。しっかりと伝えます。

あなたの心を感じてきました。それは私の心でもありました。

私とあなたは一つだからです。私とあなたは一つ。

一つの中で、私は私に目覚めました。私の中の愛に目覚めました

だからあなたに伝えることができます。しっかりとはっきりと伝えることができます。

私達は愛。愛は私達。私達の中にすべてがありました。

あなたの中の愛に目覚めてください。愛、そのエネルギー、パワーに目覚めてください。

そして、ともに、ともに、自分自身に帰る道をともに、ともに歩いてまいりましょう。

これから250年、300年、次元移行を目指して私達はともに歩いてまいりましょう。

私達は愛に帰ることを約束してきた意識です。

私はこうしてあなたに伝えられることが喜びです。

こうして肉体を持ち、あの懐かしいあなたのふるさと、私のふるさとをこの肉体を通して感じさせていただきました。

今、私はその喜びを感じています。あの地は喜びでした。

卑弥呼、あなたが生まれ育ったところは喜びでした。あなたとともに私はあります。

私はあなたとともにあります。心にしっかりと感じさせていただきました。

卑弥呼、もうあなたは愛に目覚めていく道に入っているんです。私はあなたに伝えます。

田池留吉、アルバートに心を向けなさい。

田池留吉、アルバートはあなたの中にあります。心の中にある喜びと温もり。

限りない愛のエネルギーの中に私達はあったんです。そう私はあなたに伝えます。



私は卑弥呼と呼ばれし意識。

間違って、間違って存在してきたことを伝えていただきました。

ようやく、私の中に一筋の明かりが点りました。心を見つめてまいります

卑弥呼という意識は暗闇の中に落ちました。

心の中をしっかりと見つめることをやってまいります。

卑弥呼は素晴らしき、神に選ばれた意識ではございませんでした。

私は心の中に愛を灯す意識だと知りました。

心の中に私は喜びの思いを広げてまいります。

母に思いを語ります。お母さん、間違ってきました。

母を見下げ見殺しにしてきた私の中が間違ってきました。

苦しかった、お母さん。苦しかった。母を呼べなかった。母を呼べなかった。

私の心は冷たい、冷たい氷のように冷たく、闇黒の中で苦しみ抜いてきました。

母を、母を呼んでまいります。母を呼んでまいります。

お母さん、私はお母さんを呼びたかった。心の中に呼びたかったです。

私も母のもとに帰りたかった。ただただ素直に母を呼べる私になりたかったです。

◆06

私は卑弥呼と呼ばれた意識。


心の中にある喜びを感じてくださいと伝わってきます。

心の中の喜び、温もり。それは私なんでしょうか。私は苦しい、苦しい、本当に苦しい中にありました。

心を、固く、固く、閉ざした中にあったことを伝えていただきました。

しかし、私の中にも、本当の喜びと温もり、開かれた世界があることを知ってくださいと伝わってきます。

卑弥呼の心を語ってくださるんですか。とても、とても嬉しいです。

私はこの喜びと温もりが自分であったことを信じていけることを、今、少しずつ心に感じ始めています。

私は本当に何度も何度も転生をしてきました。しかし、誰も、何も、私は何も伝えられなかった。

あなたの中のお母さんに心を向けなさいなんて、誰も教えてくれなかった。伝えてくれなかった。

だから、私は生まれて死んで、生まれて死んで、小さな中にただただ閉じ籠っていただけでした。

ようやくあなたの中を広げていきなさい、あなたの中には限りない喜びと温もりがあるんですよと、伝えていただいたんです。
 
この喜びと温もりを私だと私に伝えていけばいいんですか。

そうですよ。あなたの中に確かにある喜びと温もりを自分の中に伝えていきなさい。

そのように伝わってきます。



卑弥呼よ、卑弥呼。あなたの中をまだまだしっかりと語らねばなりません。

苦しい中にあったあなたの思いをどうぞ、しっかりと自分の中で見つめてください。

あなたの中の喜びと温もり、母の思いは確かにあなたの中にあります。

しかし、あなたがあなたの心を自分で語ることがなければ、

その喜びも温もりも、母の思いもまだまだ小さなものでしかありません。

あなたの心に作ってきた神の世界を、どうぞ、どうぞ、自分の中から崩していってください。



何も知らなくて存在すれば、ただただブラックを積み重ね、広げていくだけの人生でした。

私は卑弥呼の人生、卑弥呼自身を心に感じたとき、本当にそうだと思います。

田池留吉、アルバートという真なる自分を心に知らずにいる時間の中で、

何をどのように伝えようが、神、神と求めようが、自分の中はただただ暗闇。

真っ暗な中で己というものをしっかりと抱えて、小さな世界に閉じこもっている、それが人間の姿でした。

その中から自分を解き放していくことは、本当に大変なことだと私は心で知りました。

今だからこそ、このように一つの肉体を持って、田池留吉、アルバートの波動を心で感じられるんです。

このチャンスを、私は本当にありがとう、ありがとうと、ただただ受けていくだけです。

心の針をしっかりと向け合わせていくと

小さく凝り固まっていた卑弥呼の心の中にさえも届いていくことを私は、知りました。

すごい、エネルギー、パワー。

愛のエネルギー、パワーが卑弥呼の心に届いていくこの現実を、私はしっかりと感じています。

淡々と私は伝えていける。どうしても、どうしても、ともに帰りたいという思いがあるからです。

間違ってきたのはみんな同じです。

何も知らずに存在していただけのことでした。

今、この肉体を通して、真実の世界が明らかになってくれば、

私は、地獄の奥底に落ち、沈み込んでいる意識達に伝えてまいります。

伝えることが喜びとして私の心の中に広がっていきます。

淡々と伝えること、それは田池留吉、アルバートの中に私達があったことを信じる信の強さです。

その信を深めていくことが私の喜びです。

苦しい、苦しい真っ暗な闇黒の世界にあった意識達を感じていくことは喜びです。

心の中には何もありません。

ただ伝えていく、広げていく、自分の中に愛という喜びのエネルギーを流していく、ただただそれだけです。

私のこれからの時間はただただそのことをやり続けてまいります。

◆ 07 

卑弥呼には昼の顔と夜の顔がありました。

昼は、神に仕える身として、巫女達の力を利用し、我は神なりとその力を民衆のもとに示していきました。

その姿をみだりに公衆には見せないけれど、いかにも国を治める長としてそういう雰囲気を作り、

そういう雰囲気を醸し出す舞台背景の中、卑弥呼は素晴らしい者だと皆の心に植え付けていきました。

そして、一方、夜の顔がありました。巫女を手玉に取ったように、男どもを手玉に取った卑弥呼の姿でした。

卑弥呼は権力者と繋がっていきました。その権力者の力を利用していきました。

神がこのように私から伝わっています。私は神の化身ですと卑弥呼は男どもを手玉に取っていったんです。

この心はとても凄まじいものでした。色香に狂う男どもを冷ややかな目で見つめる卑弥呼がありました。

卑弥呼の心の中は、人を愛することができないほど冷たい、冷たいものでした。

男は私の奴隷。我にかしずけ。

ただ権利と財力をこの手に集めるための手段であると冷ややかに計画をしながら、

その者の持てるものをみんな吸収するまで、自分に心を向けさせました。神という言葉を使って。

卑弥呼は、時には己を使い、そして時には巫女達を使い、男の心を腑抜けにさせていきました。

すべては色と欲で繋がる真っ黒な世界を、卑弥呼は楽しんでいたかのようにも思います。

心の中を見ることを知らなかった卑弥呼の哀れさです

冷たい、冷たい心に成り下がったから、何も信じることはできなかった。

たとえ、心から卑弥呼に忠誠を誓う人物が目の前に現れたとしても、卑弥呼の心は動かされなかったでしょう。

卑弥呼は神だけを求めてきました。神を求める心はとても強かったです。

神は唯一私を裏切らない。神は私なのだから。私は神と一つなのだから。神とともにある私は何も必要としない。

そんな卑弥呼の心を私は今、感じて、それでもなお、卑弥呼に伝えることができます。

間違っていると。そのあなたの心は間違っている。

しかし、あなたの中の苦しみ、暗闇は、あなたの中で喜びと温もりへ帰していけることを伝えています。

◆08

 間違った神を神として伝えてきた大きな過ちは、自らを地獄の奥底の底のまだもっと底に突き落としていきました。

大罪人でした。巫女を利用してきたとか、男どもを手玉に取ってきたとか、首をチョンチョン撥ねたとか、

そんなことよりも、間違った神を神として伝えてきた大きな過ちを、

過去、繰り返し犯してきたことに対して、どれだけ自分に懺悔してきたか、そういうことだと思います。

田池留吉、アルバートを思い、卑弥呼と思うとき、泣けてきます。

どんなに大罪人であったのか、それでも私は、今こうして肉体を持って大きなチャンスを得ています。

間違った神を神として伝えてきた過ちに自ら気付き、

自らに懺悔するチャンスを自分に用意しました。

それが今世の学びでした。

田池留吉を通して、真実の波動の世界を学ぶという絶好のチャンスを用意しました。

私、田池留吉に心を向けなさいというメッセージがいかに愛であるか、本当にありがとうだけでした。



卑弥呼が語ってくれます。

私は女王、卑弥呼。卑弥呼の世界を作り続けてきました。

卑弥呼の世界を広げながら私は転生を繰り返してきました。

卑弥呼の心はそのままでした。私はいく度も、いく度も肉体をいただきました。そのたびに地獄の苦しみを味わってきました。

卑弥呼の時代はよかった と私は卑弥呼の時代を懐かしく思う時がございました。

なぜ私はこんなに苦しい目に遭うのかと、私は素晴らしいのにと、そんな思いの中で私は苦しみ続けました。

今、卑弥呼の心を語ることは私にとって、本当に喜びとなっています。

私の心の中を全部明るい温もりの中に出していくことが、本当に喜びであり温もりであることを伝えていただきました。

卑弥呼は間違っていると真正面から伝えてくれました。

そうです、私はそのように自分に伝えたかったんです。私は間違っていたんです。

間違っていたことを自分に伝えたかったけれど、私にはその勇気がありませんでした。

私は私を見つめる勇気がありませんでした。私は素晴らしい者、神の化身だとしてきたことが私の頼りでした。

私はその思いをずっと、ずっと心に秘め転生を繰り返してきました。卑弥呼は素晴らしい者ではありませんでした。

本当に地に落ちた私でした。地獄の奥底を這いずり回っていると言ってもらいました。そうです。その通りです。

私は地獄の苦しみを味わい続けました。私はすべてを、すべてを呪ってきました。

こんな苦しい私はどうしても自分で受け入れることはできませんでした。

私の苦しみは自分を受け入れることができなかった中にありました。

苦しみはそうでした。自分を受け入れることができなかった。

こんな苦しい、苦しい、みっともないみすぼらしい自分を、どうしても、どうしても、私の中で受け入れることができなかった。

私は自分自身が間違っていることを認めることができなかった。それが苦しみでした。伝えていただいた通りです。

自分を自分で受け入れることができなかったことが苦しみでした。

今、今、少しずつ、少しずつ、苦しみを吐き出しながらも、その吐き出したところから優しい思いを感じます

温もりを感じます。ああ、これで私は少し楽になれます。

自分を苦しめてきたのが自分だったということが、全く私には分かりませんでした。

◆09 

卑弥呼。長い、長い時を経て私達は出会いました。

あの飛鳥の地で、私達はともに、神に忠誠を誓った仲間です。

私達は、心を闇に向けました。もちろん、闇とは思いもしませんでした。

神に忠誠を誓う者、その思いのままに、私達は自分の肉体を動かしました。

心の中から凄まじいエネルギーを流してきました。


「我の言うことを聞け。我の語る言葉は神からの言葉。これに逆らう者は、即刻地獄に落ちろ。

我は国を統治する者。我の言うことに従えば、すべてはうまくいく。すべてを支配するこの力を見よ。

この力を以て、この国を治めん。我らはこのエネルギー、このパワーを、この国にもたらす者。」


私達はそのように、民に言葉を発してきました。

大きな力を示してきました。

その陰に哀れな巫女達の姿がありました。

あの者達を利用して、我らは、ここに、この国を大きなものにしていこうと誓い合ったのです。

卑弥呼の中には野望がありました。野心がありました。

卑弥呼の名を轟かせたい。海を越えてこの名を轟かせたい。

この国を治め、そして海を越えて我の名を轟かせたい。

そして、海の向こうの国の民もすべてこの手の中に牛耳って、己の帝国を築きたい、そんな野望がありました。

しかし、今思えば、それは、とても、とてもちっぽけな世界のことでした。

田池留吉、アルバート、私達の本当のふるさと、母なる宇宙へ心を向け、

その波動を感じていったとき、私達の心の中に作り続けてきた思い、

その支配力、エネルギー、パワー、素晴らしいとしてきたパワーは、本当にちっぽけな、ちっぽけなものでした。

卑弥呼よ、私達は間違ってきたんです。そう、私達は間違ってきました

あなたは母を呼べないと言いました。私は、母を呼んでくださいと言いました。

私も母を呼べなかった。私の中に、母は、見下す愚かな存在でしかありませんでした。

いいえ、殺して、殺して、殺しまくってきたそんな母親を、どうして心の中に呼べるものか。

母に逆らってやる。どこまでも母に逆らってやると、そのように、私は、田池留吉に伝えました。


田池留吉から返ってきました。

「そんなあなたの中に、私は母を呼びなさいと伝えます。

あなたの中の喜びと温もり、限りない優しさを私は信じています。

あなたは私、私はあなた、私達は一つ。」


その思いを心に感じたとき、私は何と愚かしい私だったことかと、本当に自分に懺悔でした。

だから、私は、今、時を経て、あなたと出会えて、

本当に私が今、学ばせていただいていることを、あなたに伝えたいと心から思いました。

そのための準備が、私がこの学びに集う前に、

私達が生まれ育ったあの地を、何度も、何度も行き交いしてきた私の心でした。


「苦しかった心をこれから見ていくよ。」


あなたに伝えていたと思います。

あの二上山を眺めながら、私はどんな思いでこの学びに集いたかったか、

この真実の、田池留吉の波動に触れたかったか。アルバートの世界に触れたかったか。

そんなこととはちっとも知らずに愚かな肉の時間を経て、ようやく私は、この学びに集えたんです。

今、私は卑弥呼の思いに心を向ける時間をいただいています。

卑弥呼は喜びです。私も喜びです。

喜びと喜びの中で、田池留吉、アルバートを思える喜びの時間を今いただいています。

ありがとう、卑弥呼。本当にありがとう。心の中に私達は喜びだった。私達は温もりだった。

ともに、ともに帰りましょう。いっしょに帰りましょう。

はい、邪馬台国、卑弥呼、そして私達のふるさと、飛鳥の地

あの二上山とともに、母なる宇宙へ帰りましょう

◆10

 神のお告げの神とは何ですか。神とは存在するのですか。


神のお告げを聞こうと、心の中にしっかりと神のお告げを聞こうと必死になって、修行をしてきた巫女達の思いを感じます。

その意識に、神とは何ですか。神は存在するのですか。と聞きました。


「初めて、初めて、そんな問いかけを自分にしてみました。

神とはいったい何だろうか。本当に神はこの世に存在するのか。

これまで、ただの一度も自分の中にそんな疑問が湧いたことがありませんでした。

神は存在する。神に向けて自分の心に神のお告げを聞く、その使命があるとばかり思ってきました。

神は存在すると確かに、確かに信じていた。信じていなければ、私というものがない。

そこまで私は神を信じてきました。そんな答えを心に返しながら、私は神を求めてきたんです。

神の声を聞くために、私は修行をしてきた。」


そんな巫女達の思いが伝わってきます。

とても、とても、苦しくて暗くて閉ざされた中で、神を、神を、神をと求めている、そんな思いを感じます。



私は自分の中を感じてきました。私の中にも、もちろん、巫女としての転生がたくさんあります。

巫女をたくさんやってきました。卑弥呼という地位に昇りたかった。

卑弥呼と崇め奉られたかった。

そして、私の霊能力でのしあがろうとする思いに、自分を苦しめてきた過去の私を感じてきました。

私はその自分の中の思いをしっかりと今世、感じさせていただき、

それが間違ってきたこと、本当に間違っていたことを知りました。

今、神とは何ですか。神は存在するのですか。

と自分に問いかければ、私の中に明確に答えが出てきます。

神は存在しません。私達が求めてきた神とはブラックのエネルギー。

もともとないものを求めてきた。求める心がブラックだったんです。

なぜ求めてきたのか。欲があったからです。

己を高め、己を高きに置きたかったんです。

己を捨て去ることができずに、己を掲げ、己を高めていく、闘いのエネルギーの中で求めてきた、その心の中は真っ黒です。

真っ暗です。そこからどんなに神のお告げだと言葉を発しても、そのエネルギーは真っ黒なエネルギー。

そのことを私は今世学ばせていただきました。

だから、卑弥呼に心を向けた時、確かに卑弥呼という意識の世界を語ります。

語るけれども、私の中には何もありません。ただそうだったと、そのことを淡々と語るだけです。

卑弥呼は、孤独でした。

卑弥呼は小さな世界に自分を押し留めて、ただ、表面だけを素晴らしき者だと作り続けていかなければならなかったんです。

そんな哀しい、哀しい人生を送り続けてきたのが、卑弥呼という意識。

卑弥呼だけではありません。

世の中に名の知れた人物はすべてにおいて孤独でした。

その己を崩すことは容易ではありません。

孤独で、孤独で、しかしそんなことは表面に決して出せないことでした。

だからこそ、余計に哀れだったんです。

神は存在するのか。いいえ。

神とは何か。本当の神。それは私達の心の中の温もり、喜び、広がり、安らぎ。

私達自身がそういう存在だった。それを私達は、今、愛と表現しています。

愛のエネルギー、パワー。私達がもともと持っていたものでした。それが私達だったんです。

そのもともと持っていた自分を捨て去って、

ブラックのエネルギー、パワーを長い、長い時をかけて求め、求め、そして積み重ねていきました。

愚かなことを繰り返してきたんです。

しかし、全くそれが愚かだったということに、ただの一人も気付けませんでした。

◆11 

卑弥呼と呼ばれた意識へ。

今、あなたは母を呼べますか。お母さんを呼べなかったあなたでした。

お母さんと、心を向けてみてください。あなたの中に何が伝わってきますか。


「ああ、お母さん。ただただ優しい、優しい思いが伝わってきます。

お母さんに抱かれていた頃の私を、今、思い出しています。

お母さんと呼べなかった心を、その中に見てごらんと伝わってきます。

私は自分の中を閉ざしてきました。

閉ざしているという感覚すらなかった。ただ私は、この私を大きなものとしてとらえてきました。

そのとらえ方が間違ってきた、そんな気がします。

神を間違ってきたように、自分自身を間違ってとらえてきました。

私は、この母の中にある安らぎ、それを忘れてきた。安らぎ、私の中にあったんですね。こんな安らぎがあったんですね。

いつも、いつも、心の中は穏やかではありませんでした。

なぜ、こんなに神、神と求めてきたのに、私の心は、落ちていくのだろうか。私には、全く分かりませんでした。

今、母を呼んでごらん。そんな思いに、私は、お母さんと自分の中に呼びました。

ただただ優しい、優しい、本当に優しい、優しい思いだけが広がっていきます。

この中にずっと、私はいたかった。こんな中にあった私を、初めて感じました。」



「はい、何もない世界がありました。静かに、静かに広がっていく。

ただただ静かに広がっていく。何もありません。

何もないけれど、私はただただ広がっていくことが嬉しい。そんな嬉しい世界を感じています。

ありがとうございます。お母さん、ありがとう。ああ、ありがとう。

お母さん、ありがとう。」



田池留吉、アルバートに出会っていってください。

あなたはこれからも幾度か転生されるでしょう。

あなたの意識の変革を私達は願っています。

意識を変えていくこと、その肉があなたではなく、私はこの意識の世界に生きていることを、

あなた自身の心で知っていくために、あなたは、これから、いく度かの転生を経て、私達との出会いを持つと思います。

どうぞ、どうぞ、その間、あなたの中の変革を推し進めてください。

私達は待っています。心の中に広がる思いはあなた自身です。

そして、それが私達です。一つだと伝えさせていただきました。

一つの世界をどんどん、あなたの中に信じていってください。

今、私達はあなたに伝えます。

嬉しい、喜びの思いはあなたの中にありました。

その喜びと温もりの中にあなたが作ってきたエネルギー、

あなたという世界を帰していきなさい。包んでいくのです。

卑弥呼は間違ってきました。

卑弥呼というエネルギーは、宇宙にそのまま真っ黒なエネルギーを流して続けてきたけれど、今、私達は伝えます。

そのエネルギーを、あなたの心の中で回収していきなさい。

あなたは出来るんです。あなたは愛だからです。

◆12 

卑弥呼に思いを向けて、卑弥呼に私の心を語ります


「私はこのまま、このまま、ずっと、ずっと、このまま、私の中の喜びと温もりを見つめ、存在してまいります。

あなたもそうしてください。  卑弥呼よ、あなたの思い、エネルギーは私の中に届きました。

私も同じブラックのエネルギーを流し続けてきました。卑弥呼という意識、エネルギーは私の中にありました。

そして、私はそのエネルギーを自分の中の喜びと温もりで包み、ともに帰ろうと伝えています。

心の中に愛、本当の自分、喜びと温もり、広がる心、広がる世界、限りない優しいあなたがあります。

そのあなたであなたを知っていってください。そのあなたであなたを包んでいってください。

愛のエネルギー、パワーは、その仕事をしていきます

心を向けていきましょう。田池留吉、アルバート、本当のあなたに心を向けていきましょう。」



地獄の奥底を這いずり回ってきた私の中に届いています。しっかりと届いています。

ありがとう。私はこのエネルギーを知っています。この思いを知っています。

母の中にあった私でした。母の中で、私はこの思いを感じさせていただいてきました。

ようやく、ようやく自分の中から、その思いが出ることを知りました。心の中を見つめてまいります。

これからの時間の中で私もともに歩かせていただきます。

ありがとうございます。ありがとうございます。心を見つめてまいります。

私は意識、エネルギー。愛を灯すエネルギー、パワーでした。

心の中を見つめてまいります。私の中を見つめていきます。

◆13

 卑弥呼を愛しく、愛しく、ただただ愛しい思いで呼べること、今、喜びです。

卑弥呼は私の心の中のエネルギーを感じさせてくれるものでした。

卑弥呼は私にとって特別な存在でした。しかし、私は、今、その卑弥呼を思い、卑弥呼に伝えることができます。

喜びと温もりを伝えることができます。卑弥呼へと心を向けてきた私の中に、喜びと温もりを伝えることができます。

私はこの喜びと温もりの中にありました。

求めなくてよかった。何も求めなくてよかったんです。ただただ自分を思えばよかったんです。

自分の中には溢れるほどの喜びと温もりがありました。

温もりです。母の温もりが私の中に生きていました。私は母の中にありました。

ただただこの喜びと温もりを心に持って、私はこれからも存在してまいります。

たくさんのたくさんの転生を経て、たくさんのたくさんの人達に間違いを伝えてきて、

それでも私は愛だから、こうして今、肉体を持たせていただきました。

肉体を持って自分の作ってきた間違ったエネルギーを心に感じ、

そのエネルギーは自分の中の愛で包んでいける、

自分の中に包んでいけることを知ったこと、私は本当に嬉しいです。

今、卑弥呼を思いながら、そして、田池留吉を思い宇宙を思いながら、

そしてUFO達と交信しながら、私は、日々、瞑想を続けています。

どんなにしても分からなかった世界。その世界を今、心に感じられるこが幸せです。

田池留吉、アルバート、心から、心から呼んで、呼んで、呼び続けていけることが嬉しいです。

幸せです。ありがとうが伝わってきます。

思いを向けるとありがとうが伝わってきます。

ありがとうございます。ありがとうございます。

◆14 

卑弥呼へ心を向けます。

私は喜びで、喜びで、卑弥呼を思い、喜びで卑弥呼を呼びます。

はい、卑弥呼は語ります。

「私の中にあった喜びと温もり、愛のエネルギー。

私はしっかりと心に感じ、そして、私は私の間違いに少しずつ、少しずつ気付き始めています。」

そんな私がありますと、卑弥呼は返してきます。



卑弥呼の意識を私はさらに思います。


たくさんの間違ってきたエネルギーを、あなたの心の中に、

ともに、ともに呼んで、そして、愛のエネルギーを流していってください。

あなたの存在を、まだまだ特別だとしている意識達はたくさんいます。

その卑弥呼の像を崩していってください。

そんなエネルギーは本当に間違いだった、

あなたの中に確かな喜びと温もり、母の思いがあることをあなた自身が伝えていってください。

卑弥呼よ、卑弥呼。私達は一つです

一つの中にあった喜びと温もりを、今、あなたに伝えます。

◆15 

田池留吉を思い、卑弥呼を思います


私は卑弥呼。私の中にあった温もりが私をいざなっています。

今、静かに、静かに広がっていく中で、私は私を見つめています。

愚かなことを繰り返してきました。申し訳ございません。

私は私を知りませんでした。私の中にあった喜びも温もりも、私は知りませんでした。

私が求めてきた神は本当の神ではありませんでした。

愚かな私が作り続けた世界。喜びとはとても、とても言えない真っ黒な中を、私は生き続けてきました。

私は神を知らないと言えなかった。私は神に逆らうことを恐れてきました。

神に逆らえば、私はこの私がどうなるのか、とても、とてもそんなことはできませんでした。

だから、私は必死に、必死に神を求めていきました。そんな私の過去でした。

私は卑弥呼という意識の世界を作り続けてきました。

ない神をあるものとして伝え続けてきた愚かな存在でした。

そのことに気付いてくださいと伝えていただいています。

あなたの中の喜び、温もり、広がる心、それがあなたですよと伝えていただいています。

それが神と言えば神なのですね。私の中にあった。私の中にあったんです。私自身でした。私は私を知りませんでした。

愚かなことをやり続けてきました。申し訳ありません。哀しい、哀しい私の思いを語らせていただきました。

哀しく辛くて苦しい中で、ようやく、私は自分の間違いを見つめることができる時期にきたんです。

伝わってきます。喜び、温もり、優しさ、目覚めてくださいと伝えていただきました。愚かな私を見つめてまいります。



田池留吉に心を向け、もう一度卑弥呼を思います。

卑弥呼を語ることは喜びでした。卑弥呼を思うことは喜びでした。

少し心を広げてくれているようです。伝わっていることを語ってくれています。

喜び、温もり、優しさの中にあったことを、もっと、もっと信じてほしいと思います。

そうすれば、どんどん意識の世界が変わっていきます。

大きな闇の部分が少しずつ変わっていけば、そこに繋がっている意識達に揺さぶりをかけることができます。

流れをせき止めるのではなく、ただ流れを素直に流していくことを卑弥呼に伝えました。

卑弥呼に伝えたことが喜びです。

伝えたことを素直に受けて、そして、ともに歩んでいこうとしてくれています。

意識の変革を促してまいります。

◆15

 私の中の卑弥呼を思い瞑想をします。


「私の中にようやくようやく、安らぎが蘇ってきます。心の中にありました。

私はああ、この安らぎを求めてきました。お母さん、お母さん、そんなふうに、ただただお母さんを呼びたかった私があります。

小さかった頃、私はお母さんと素直に呼んでいた。なのに、私は、いつの間にか、お母さんと呼べなくなってしまった。

そんなに私は偉いのですかと、私は私に尋ねてみました。

そう、あなたは偉く、偉くありました。あなたは神より言葉を賜りし者。

そのように私の中から伝わってくる私を感じてきました。全く愚かなことでした。

私はこの暗闇の中に、真っ暗闇の中に自分を落としてしまったんですね。

今、私はようやく、この静かな、静かな広がりの中で、私を思うことができます。

私は私に申し訳ない。本当に申し訳なかった。

自分を知らずに存在してきたことが愚かでした。」


「卑弥呼よ。はい、もっと、もっと心を広げていけるんですよ。

あなたの中はもっと、もっと広い世界があります。あなたは今、安らぎと言いました。

その世界はまだまだ、とても、とても小さな世界です。

もっと、もっと大きな世界に、あなたは存在しているんです。それがあなたです。

今、私達はその愛の世界を学んでいます。愛と心を向けてください。

そして、田池留吉、アルバート、お母さんと呼んでください。

愛と思い、田池留吉、アルバート、お母さんと呼んでみてください。」



「私は、何もありませんでした。私の中には何もありませんでした。

私は卑弥呼という名前にこだわっていた自分を感じます。

この広い、広い中に私はああ、存在していたんですね。

ただただ、ただただ広がっていく。優しい、優しい中に私は広がっていきます。」

◆16 

苦しくもあり、哀しくもあり、しかし、私は卑弥呼を思うこと、卑弥呼と思いを向けることが嬉しかったです。

「意識の転回」の本の朗読を終えてすぐに、卑弥呼に向けるお勉強が始まり三週間が経ちました。



私の過去は、ずっと間違った神を神としてきました。

その中で心に響いてきたものを、自分の口を通して語ってきた過去。

その過去をしっかりと見つめて、今世、私は自分の中を修正することを約束して生まれてきました。

田池留吉の出会いにより、私の過ち、間違ったものを伝えてきたという過ちを自分の中でしっかりと確認し、

そして、それがどんなに凄いエネルギーを宇宙に流し続けてきたかを確認してきました。

その自分に対して心から詫び、また、その自分を愛しく自分の中で包み、

本当の自分に目覚めるために、私はこうして、田池留吉の肉と出会い、学びをしてきました。

ありがとうございます。

徹底的に、田池留吉に歯向かい、母の温もりを否定してきた自分に出会わせていただきました。

愛の中にあったから、そんな自分と出会い、そんな自分を知り、そんな自分に本当のことが伝えることができたんです。

私は、そのことを思うたびに、本当に幸せ者だと思っています。

私は、私の中にチャネラーだという思いは今もありません。

もともと、私の思いは、自分がチャネラーになって、どうこうするというのではなく、

ただ、自分は、過去間違ってきたことを、本当に自分の中で見つめていきたかったんです。

そして、私は、田池留吉に心の針を向け合わせて語ることこそが喜びだと、本当に知ったんです。

過去、間違った神を心に信じ、神の言葉を伝えてきたことについて、今、形は、私は同じようなことをやっています。

しかし、私の心の中は知っています。

この波動、この温もり、この喜び、この安らぎ、広がり、そこからくる波動の違いを

私は今世の肉を通して確認させていただきました。これが私の学びでした。

だからこそ、私は田池留吉、アルバートのメッセージを波動として受けていますし、これからも受け続けていきます。

私が心に受けている波動は、まさしく、田池留吉、アルバート、本当の自分からの波動、エネルギーだと確信があります。

この波動、エネルギーを、ただただ伝えていく、流していく、それに喜びを感じている私です。

間違ったものを伝え続けてきた愚かな過去を学ばせていただき、

そして、私は、私の心は、250年、300年後へ続いていくことをしっかりと感じ、

ただただ心の針を向け合わせていく喜びの中にあります。

◆17 

今、私の中に卑弥呼を呼んでみます。

田池留吉、アルバート、お母さんと呼んでくださいと卑弥呼に伝え、

そして、私は私の中の卑弥呼を呼んでみます。思ってみます。


「ありがとうございます。私は卑弥呼と呼ばれた意識。その意識の世界を語ってまいりました。

私の中に喜び、温もり、母を呼べる素直な私があったことを感じさせていただきました。

田池留吉、アルバートの波動を、私の心は受けさせていただきました。

田池留吉、アルバートと呼んでごらんと言われ、私はその中に思いを向けました。

私は広がっていきました。私は広がっていきました。私はどんどん広がっていきました。

静かな、静かな優しい中に私が広がっていったことが感じられた。

私はとても嬉しかった。

小さな、小さな中に凝り固まってきた私なのに、

私は広くて、広くて、静かで、静かで、穏やかで優しくて、何とも言えない喜びを感じさせていただきました。

ともに帰りましょう。ともに、ともに歩いていきましょう。私は伝えていただきました。

卑弥呼と呼ばれたことが、私の中で、ずっと、ずっと重りになっていました。

自分を沈ませてきたんですね。

私はこの広がっていく私を、心から信じていきたいと、今、思っています。

語らせていただき、ありがとうございます。

心を語ることが喜びです。ありがとうございます。ありがとう、お母さん。

ありがとう。ありがとう。温もりと喜びの世界が私の世界だと伝えていだきました。ありがとうございました。」

◆18

 今もう一度、卑弥呼を思います。


卑弥呼よ、私はあなたに伝えました。

「あなたの中の喜びと温もり、母の思いがあなたの中にあるんですよ。そのあなたを思ってください。」と。

あなたはあなたなりにその思いを心に感じてくれたと思います。

どうでしょうか。今一度、私はあなたに思いを向けてみます。

どうぞ、今のあなたの心を語ってみてください。



「私は、卑弥呼と呼ばれてきた意識です。

はい、私は間違ってきたことがはっきりと自分の中で分かります。

私は何も分かりませんでした。何も知りませんでした。

私自身を知らなかった。そんな私を今、心に感じています。

母の思いが心に響いてきます。

私はずっと、ずっと、苦しい、苦しい暗い中で固まった状態でいたけれど、

母の思いを心に感じたとき、母の思いが伝えてくれているんです。


「待っています。待っています。どうぞ、心を広げてください。

私の中へ帰っておいで。戻っておいで。あなたの中の喜びと温もりはあなた自身。

私の思いです。私の思いです。母の思いです。」


そんな母の思いを心に感じたとき、私は本当に自分の愚かさを感じました。

ああ、申し訳ございませんでした。

何も分からないのに、さも神を知ったかのように、神がこのように申していますと、

神がこのように、私を通して伝えてきましたと、そのように己をただただ高く掲げてきただけです。

己を前に出してきただけでした。私は何も知らないで存在していたんです。

だから、私はああ、自分の中を見ることをしなかった私は、この肉体を終えたあと、

暗闇の真っ暗闇の闇黒の底に沈み込んで、そこでただただじっと、じっと固まる以外はありませんでした。

しかし、今、ああ私は、伝えていただいたことをやっています。

お母さんと呼んでごらんなさいと。そう私はお母さんを呼びました。

そうしたとき、私の中に温かい思いが広がっていくんです。お母さんの思いが伝わってくるんです。


「帰ってきなさい。帰ってきなさい。」


だから、私は、母を思います。私は自分の中をじっと、じっと、今、見つめています。

感じています。感じることができるようになったんです。

ああ、私はそれがとても不思議だけど、嬉しいです。


固まるしか私はなかったのに、私は、じっと、じっと、自分を見つめることができる。

母の中で、母の温もりの中で、私はじっと、じっと自分を感じていくことができる。

これだけ私は少し楽になりました。

また私に何か伝えてください。私はお母さんを呼び、じっと、じっと自分を見つめています

ああ、私は少し楽になりました。お母さんと呼んでいきます。」

◆19 

卑弥呼を、ようやく明るいところで語れることが喜びです。

卑弥呼と思えば喜びが広がっていきます。

「ともに帰りましょう。あなたもともに帰りましょう。」

卑弥呼に伝えることができます。

私の中の卑弥呼は、喜びで、喜びで応えてくれます。そして、私達とともに歩いていけることを感じます。

これからの時間の中で、卑弥呼の意識は肉を持つでしょう。

そして、250年後に私達との出会いがあります。

私は卑弥呼に伝えます。


「あなたも愛、愛のエネルギーです。

愛のエネルギーを自分の中にただひたすらに広げていってください。

愛のエネルギーとは、あなた自身です。

あなたの中の愛に目覚めていってください。」

今、卑弥呼にそのように伝えることができます。


卑弥呼あなたは愛です。愛はあなたです

あなたの中にあった喜びと温もり。

あなたの中で信じて、信じて、あなたの中に広げていってください。

私達と出会う時を、楽しみに待っています。

卑弥呼、あなたは間違って存在してきました。

間違って、間違って存在してきたあなたを、私は、今、愛しく、愛しく、感じます。

喜びです。喜びです。ありがとうございます。」

◆20 卑弥呼よ、語りなさい。


 「はい、思いを向けてくれてありがとうございます。

はい、ともに、ともに帰れることを伝えていただきました。ああ、ありがとうございます。

私はお母さんを思っています。お母さんと呼んでいます。

ああ、私は、ああ、本当に、本当に長い、長い間、私は私を閉じ込めてきたことを感じてきました。

お母さんと呼んで、私は自分の中を広げていっています。はい、ありがとう。ありがとう。

喜びを伝えてくれました。温もりを伝えてくれました。

私は、ああ、この喜びと温もりの中で、これからも私を見つめていきます。

お母さん、私は間違ったことをたくさく、たくさんしてきました。

ああ、それは私が私を知らなかったからです。

今、私はこの自分の中を見つめています。

私は、この中で、じっと自分を見つめていけることが喜びです。

卑弥呼よ、語りなさいと私は心を向けられた。

嬉しいです。ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとうございます。

私はああ、この中で、私を見つめていける。ああ、お母さんと呼んでいける。

嬉しい。ありがとうございます。ありがとうございます。」



卑弥呼よ、あなたが信じてきた神の実態が、心で分かりましたか。

そして、それは本当にブラックであることを、本当にあなたの心の中に伝わりましたか。

あなたは、自分がしてきた間違いがどんな間違いだったか、 心で感じていますか。

私達は間違ってきたことを、あなたが心で知った分だけ、あなたに関わってきた人達の心の世界が変わってまいります。

どうぞ、どうぞ、あなたの中をじっと、じっと、しっかりと感じていってください。



「神として崇め奉られたかった私の心の底の底を、感じさせていただきました。

間違いを伝えていただき、ありがとう。

その思いに私はしっかりと自分を寄せてまいります。

その思いの中へ、自分の心を合わせてまいります。ありがとうございます。ありがとうございます。」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆