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「私は意識、永遠、無限、波動、エネルギーです。」

「私は愛、あなたも愛、ひとつです。」

 

 

「自己供養」 + 田池留吉の磁場

・・・遠き飛鳥の時代に思いを向けて

 塩川香世 

 

自己供養とは  ←クリック

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田池です。

あなたが、私に心を向けていけばいくほど、どんどんあなた自身を感じていきます。それは喜びです。

私は、超、超、超、超大きな闇と申し上げました。しかし、闇とは喜びなんです。

あなたの中にあるエネルギー、すべては田池留吉、アルバートと一つ。心で感じていく喜びです。

その喜びを、私はあなたに心よりさらに感じていただきたい。

その思いから、自己供養というテーマーで本を出してほしいのです。


あなたの中に語りたいあなたがあるんです。あなたはまだまだそれを出しておりません。

あなたの中から出てきます。さらに深くあなたが出てきます。

今、あなたが飛鳥の時代に思いを向けて、感じているあなたがありますね。そこから始まります。

そこから始まって、あなたの中の心が語り出すんです。意識の世界が語り出すんです。

肉のあなたは何も分からないと言ってもいいでしょう。しかし、心が語ることは止めることはできません。

肉のあなたはそれを素直に出していきなさい。田池留吉からのメッセージです。

 

 

 人の人生を一掴みにして狂わせていった過ちを犯してきたと心から出てきます。

何の容赦もなく、冷酷に顔色ひとつ変えず首を刎ね、そして、神の生贄にしてきたそんな自分を感じます。

すべては神のお告げ。そこから発している私の思いがあります。神とはいったい何だろうか。ずっと私の中で感じてきました。

むごいことをしてきました。冷酷なことをしてきました。血も涙もなく本当に心は殺人鬼でした。

母の温もりに通じ合わなかった心。その心はどんなことでもします。

中から聞こえる声によって、私は動かされていったんです。

それが私の神への忠誠でした。愚かしいことを繰り返してきました。

 

 

 私は自分の心の中にどんなに凄まじいエネルギーを感じても、

それが私自身だったと本当に愛おしく受け入れる心の準備があります。

準備というよりも、それが私だったんです。私は、私を心から受け入れることができます。

そんな優しくて、広くて、温かい私を感じさせていただきました。

今世の肉を通して知りました。だから、私は、田池留吉にさらに心を向けてまいります。

 田池留吉というのは、本当の私です。真実の世界を知っていた本当の私です。

その私に大きくずれた私。その私を感じ知り、受け入れて、そして、本来あった私に戻っていく喜びを心から感じられます。

それを一つひとつ、さらに一つひとつ体験させていただきます。

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このページは、全て、この 学び を通じて 心の窓 を開かれ、

真のチャネラーとなられた塩川香世さんの チャネリング(意識の世界との交信)によるものです。

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 あなたはなぜ生まれてきたのですか。あなたはなぜ今そこにいるのですか。

私は、瞑想をするたびに、このことを自分に問いかけてきました。

一つの肉を持った私がここにいます。私は今の社会の中で生活をしています。

しかし、瞑想をする時間の中で、私はなぜ生まれてきたのか、なぜ、今、ここにこうしているのか、

なぜ日本の国なのか、今世の転生がなぜ日本の国だったのか、田池留吉との繋がりはどういったものなのか。


そんなことを思いながら、ずっと瞑想を続けてきました。

今は、私の中で答えが出ています。

私は私を見つめ、私に本当のことを伝えるために、そう自分を自分で救う、

本当の私を伝えるために、ここにこうしていることを、私は心の中で知りました。


 今世私の自己供養は始まりました。

だから、私の今世の人生は幸せな人生です。

田池留吉との繋がりが分かりました。田池留吉という一つの肉、その意識。

私達が自分の心の中から呼び寄せた意識の世界でした。それがこの三次元で肉という形となって実現したのでした。

私は特に自分の中のアマテラス、そのエネルギーを本当の自分に誘導したかった。

いざないたかった。本当の自分を伝えたかった。

なぜならば、アマテラスの心のままでずうっと転生をしてきた私だったからです。

言葉にすればアマテラス

その意識の世界は己を忘れ去った、狂いに狂ったエネルギー、闘いに明け暮れたエネルギー。

それを私はアマテラスという言葉で表現しています。

私の中の凄まじいエネルギーを今世こそ、しっかりと自分の中に受け入れたかったです。

私はそのアマテラスの心を、一つの時代を通して、もう一度振り返ってみようとしています。

 

 私の今世、この日本の国に、さらには大阪(難波)の地に生を受け、育ち、ここを生活の拠点としていること、

これまでに奈良(大和)の地をたびたび訪れてきたことに、大きな意味がありました。

心の中のアマテラスは伝えてくれました。

凄まじいエネルギーながら、真実の世界を求めてきたエネルギーとともに、

この日本の国で肉を持つことを果たしてくれたと。

それが意識の流れでした。それが田池留吉の世界でした。

アマテラスの心を感じています。アマテラスの喜びを感じています。

心の中にアマテラスを呼ぶとき、アマテラスの喜びを感じます。

 

 

 飛鳥の時代に心を向けるとき、アマテラスの思いが広がっていきます。

アマテラスの心の中に、私達は、嬉しい、ありがとう、喜びと、思いが広がっています。

「本当に飛鳥の時代のことを、私達は語りたかった。

私達は苦しみの中に沈んできたけれど、今この時間の中で私達の心が解きほぐされていきます。」

血で血を洗う闘いの中で、アマテラス同士が傷つけあってきた。

その愚かな裏切りを、もう二度と繰り返すことなく、私達は本当の平和を望んできたけれど、

なかなか人間の心の中はそうたやすくは変わらないことを、今現在の時間の中で感じさせていただいています。

しかし、アマテラスは、今世のこの時を境に、喜びへと転じていった事実が、

これからこの日本の国を様変わりにしてまいります。

本当の温もり、本当の喜びを知った心の中で、自分を紐解いていく喜び、

それは、それぞれの心の中で感じていく以外に何もありません。


ただこのようにすれば、その道を自分の中で見つけ、一歩足を踏み出すことかできることを、私は伝えたいです。

真実の自分に歯向かい、手向かい、闘いを挑んできた心の中を見つめるために、今という時があることを知ってください。

どんな環境の中においても、自分の心の中から闘いのエネルギーを流していることを感じていってください。

安らかな人生、喜びの人生を歩んでいる人など一人もいませんでした。

心の中で、自分をしっかりと見つめなければ、そんな人生は歩めないことを、私の心は語ってきます。

 

 「真実を知りたい」その思いが田池留吉という肉を通して、

真実を私達に知らしめるような運びとなったことを感じるにつけ、

私は自分の心の中をその方向にしっかりと合わせていくだけ、それだけだと感じています。


ああ、瞑想をする時間、心を向ける時間、自分の今の生活の中に可能な限り、

その時間を確保していくことが私の唯一の喜びです。

 

田池留吉です。

 自己供養は、あなたが肉を持っていても持っていなくても、ずっと続けていく作業だと、私はあなたに伝えました。

あなたは それができるんです。


心の針を真実の世界に向けて、喜びと温もりを感じる中で、自分を紐解いていく喜びを感じていけるんです。

それが、自分を救うたった一つの手立てです。

肉のことは程々にしていきなさい。

あなたの生活ができるならば、あなたの肉の仕事から身を引き、

自分の心の中と対話する時間を集中的に持っていくことです。

私はあなたに伝えます。これからの日本の国の様子はすでに伝えました。

それが、あなたの中にしっかりと現実のものとして広がっていくでしょう。


それを形にするかどうかは別として、あなたの心の中に感じているものを あなたは、

しっかりと自分の中で広げ、そして あなたはあなたを しっかりと見つめていってください。


心の中に喜び、温もり、本当の自分の世界を広げ、あなたはあなたの中を しっかりと見つめていくんです。

自己供養があなたを喜びへさらに、喜びへといざなっていきます。

自分を供養する喜びを心に感じ、あなたの中に、ただただその喜びが広がっていくんです。

あなたがあなたを感じていけばいくほど、喜びが広がっていきます。

心を向けるだけでいいんです。私達は喜びでした、温もりでしたと心を向けるだけでいいんです。


心を向けていけば、どんどんどんどん喜びの自分が目覚めていくんです。

それが心を通して、エネルギーを発していきます。


宇宙へ喜びのエネルギーを発していく、その放射塔になってくださいと心より伝え続けてきた私の思いを、

あなたは素直に受け取っていただき、あなたの中で実行していただいています。


どんどん自分を見つめていきなさい。喜び、温もりの中にあった自分を見つめていくんです。

喜びで、自分を語りなさい。あなたの中にはすごいエネルギーが蓄えられています。

しかし、その凄まじいエネルギーは、ともに本当の喜びをこの宇宙に流すエネルギーへと変わっていくんです。


これから250年の間、あなたはその仕事をなさるでしょう。

今世、肉を持って自己供養を始められました。

私、田池留吉の心に思いを向けてください。どんどん心から語ります。

あなたの中には優しい、温もりが広がっていくでしょう。


例えようもないほどの喜びを感じ、その喜びがまたあなたの中を目覚めさせていくのです。

田池留吉の世界を心で感じて、感じて、その肉を終えなさい。

私は、あなたの中からいつもこのように伝えています。

肉があるときは、肉を通して喜びを感じていくんです。自己供養を通して、喜びを感じていくんです。

そして、肉か無くてもその喜びはあなたの中に広がっていきます。

あなたの中にある喜びが、私、田池留吉です。温もりが田池留吉です。

真実のあなたに出会えた喜びを今、伝え続けています。

 


 桜井から天理まで、何度も、何度も歩きました。

いわゆる山の辺の道。私は何度も、何度も歩きました。あの二上山を眺めながら…。

 

 私の中に飛鳥の時代の頃を思い出すとき、妙に懐かしい、本当に懐かしい思いが広がっていきます。

懐かしい…。懐かしいというのは、良い意味でも悪い意味でも懐かしいということです。

大和は私のふるさと。大和朝廷は私のふるさと。私が権勢を振るった時代があります。

大和朝廷、あそこに都があったとき、私は神のみ仕えとして政治に大きな影響力を与えてまいりました。



私は、毎夜、毎夜、身体を清め、心を清め、そして、私は心を向けていました。

どこへ心を向けていたか。神、神、神、神、神…。はい、私の崇拝してきた神、それはアマテラスでした。

アマテラスのほうに心を向け、私は毎夜、毎夜、神からのお告げを聞いておりました。

そのお告げにより、私は大きな支配力を持ってきました。私の申し上げることが、その当時の政ごとを牛耳っていくのでした。


私は、身も心もアマテラスに捧げてきました。すべてはアマテラスの御許で、私は、この命さえも捧げてきたつもりです。

私の出す預言は、大きな支配力を生んでまいりました。

 当時の女帝を牛耳る力。その背後から牛耳る力。その力こそが我の力なり。

アマテラスの力なり。私はそのように政ごとを牛耳ってきました。


私がそのような地位に昇り詰めるまで、どれだけ苦しくて辛い時間を過ごしてきたことか。

耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んできた自分。そしてまた屈辱の中に身を沈めてきた自分も感じます。

 私の中に、巫女としての悲しくて辛い、本当に悲しくて辛くて寂しい思いが詰まっておりました。

母を慕い、母の懐がまだ恋しいそんな小さな時から、私は、大変厳しい訓練を受けたことも思い出しました。

厳しかったです。母にとって、私は、母の子ではなかった。

あなたは、このお方のお力になるんですよ。あなたの成長がこの方のお力になるんですよ。

母はそうして、私を小さな私を置いて、姿を消しました。

私は母が恋しかった。恋しくて、恋しくて、なぜ私を一人にしたのか。母を恨みました。

恨んで、恨んで、恨んで、そして、私は、この心の中に恨みを残したまま、

その片一方で、母を恋しく思う思いを自分の中に抑え込み、閉じ込めながら、厳しい訓練に耐えました。


そんな巫女の思いを、私の一つの転生ですね、そんな思いを今、振り返っています。

私はその心を、この田池留吉の学びの中でしっかりと見つめてきました。

巫女として、何度も転生をしてきました。

巫女として転生をしてきた私を、辛くて寂しくて苦しい巫女の思いを私の心の中で、ずっと見てきました。

その巫女の当時の思いに心を向け、私は、これまでにその思いをしっかりと自分の中で包んでまいりました。

そんな私がたくさんあったことを知り、たくさんの私に母の思いを伝えてきたんです。

母は私を捨てたのではなかった。私の心を見なさいと言ってくれたことを母の思いとして受け取りました。

心で受け取ったんです。

そのとき、私の中に、母を恨む思い、母を切り捨てる思い、

母恋しやと嘆き悲しむ思いは、みんな自分の中で温もりに帰っていくことを知りました。

今、もう一度、あの飛鳥の時代に生きてきた私を、心に感じ広げ、その私を語っていこうと思います。

学び始めて数年の頃の私とは違っています。

当時の私は、苦しい中で、ただ苦しい私を知っていっただけでした。

今は違います。

私の中に、温かい、温かい、優しい、優しい温もりの私を感じ、

そして、それが私だと知り、その私が私の中で自分を語る喜び、その喜びを広げていける違いがあります。

だから同じことを語っても、私の中は喜びなんです。

お母さん、ありがとうございました。心から、たくさんの私がそのように伝えています。

母を恨み、呪い、そしてまた、母恋しやと嘆き悲しみ、

しかし、すべては狂ってきた私を知っていくために、母が演じてくれたことでした。

その思いに触れたとき、私は、ただただありがとうございます、そんな思いが広がっていくのでした。


 「倭は国のまほろば たたなづく青垣 山隠れる倭しうるはし」

学校の教科書に出ていたこの歌が私は好きでした。

倭は国のまほろば…歌碑を眺めながら、心の中でその文言を繰り返しながら、

そして、二上山を眺めながら歩いていた頃の私を思い、

そして、あの飛鳥の時代を思い瞑想をしています。


ようやく、ようやく、今世、飛鳥の時代を自分の中で語ることができるようになったことが、ただただ嬉しいです。

自分の中で喜びで紐解いていけるように、学びに集う前より、アマテラスの原点地の飛鳥一帯にこの肉体を運んでいました。

陽の光を浴びて遠くに霞む二上山を目にしながら、

当時は、あの山の向こうに目指す相手がいようとは、思いも寄りませんでした。


血は水よりも濃し。その思いを心にたたき込みながら、飛鳥の時代を生きてきました。

アマテラスの冷酷さも、厳しさも、寂しさも、みんなみんなあの飛鳥の地とともにありました。

今、飛鳥と思い瞑想をすれば、その時代に生きてきた私に喜びと温もりを伝えることができます。

心に響いてくる。私は私が愛しい。アマテラスが愛しくて、愛しくて、苦しみの淵に沈んでいた私の中に、

今世の肉を通して、こんな思いを広げていけることができるなんて信じられないくらいに嬉しいです。


そして、また嬉しさとともに不思議を感じます。不思議です。

田池留吉氏の住まいが、近つ飛鳥と呼ばれている一帯。

私が深く関係してきたのは、大和飛鳥。遠つ飛鳥と呼ばれている一帯。

そして近い、遠いという基準は、当時、都があった難波宮だと言われている。

それは、私が今、居住している一帯です。

近つ飛鳥と遠つ飛鳥。そして二つの飛鳥の間に二上山があったのです。

■ 

当時の政ごとには、祀(まつ)りごとが絶対に必要でした。

祀りごとが中心でした。吉凶を占う。呪術。その力。神のお告げ。

民を治める力は、アマテラスでした。

アマテラスの御許に一心に心を向け、国の平定を祈ってきました。

豪族が乱立する時代。昨日の友は今日の敵。いいえ、すべてが敵。何時この首をかき切られるか。

 

 私は、本当はこんなことはしたくはなかった。私は、もっと、もっと普通に暮らしたかった。

だけど私には神の声を聞く力があったんです。飛鳥の時代に、私はその力を見こまれました。

神の声を聞く者として、私は厳しい訓練を受けてきたと申しましたが、その通りです。

しかし、私は、ちっともそれを喜びとは出来なかった。

人々からどれほど称賛を浴びようとも、私の心の中に、寂しさと空しさが広がっていくだけでした。

私は生きる屍でした。心の中に母を思う思いを切り捨てた私は殺人鬼となり、すべてを牛耳ってまいりました。

この心の中を見透かされてはならぬ。私は、神の声を聞く素晴らしい人物であらねばなりませんでした。

心が休まることはなかった。いつも、いつも、私は自分の心を張り詰めた状態にしておりました。

心の中に安らぎはありませんでした。

 

 私の末路は哀れでした。心安らかに眠る日は少なかった。夜な夜な私は、心の中をかき乱されておりました。

あれほど、神、神、神と求めてきた、忠誠を誓った私なのに、この心の中に吹きすさぶ寂しさ、

恐怖、底なし沼のような心は、誰にも分かってもらえず、一人ひっそりと息を引き取りました。

 

ああ、お母さん、苦しいです。悲しいです。お母さん…。

私は、みんなが寝静まった頃、母を思い、母を偲び、息を殺して、声を殺して泣き続けました。

この手に、どれほどの権力を握り、財宝を手にし、人々の称賛を浴びようとも、私の心は苦しみのたうち回っておりました。

母を呼べども、呼べども、母の思いは遠くにありました。

寂しい、寂しい、苦しい、これが神を求め、神に忠誠を誓った私の末路です。

 

 私は私を淡々と語ります。そして、今、私は私に伝えることができます。

飛鳥の時代に生きてきた私の心に、今の肉を通して、田池留吉の世界を伝えることができます。

田池留吉を思い、飛鳥を思います。

私の心の中に生き続けてきた飛鳥の時代を思い、その思いとともに、私は今、瞑想を続けています。

間違ってきた自分を思い起こし、私は私に伝えています。

私には、自分が哀れだったとか、こんな自分が哀しくてたまらないとか、そういう思いはありません。

本当のことを知らずにきた自分に、今、自分自身が、本当の温もりだとか安らぎを伝えていけることが、

それだけがただただ嬉しくて幸せなんです。

 

「私が今のあなたのように、心の中からお母さんと呼んでいたら、私の生きている時間は変わっていたでしょう。

私は、心の中に母を思うことなくこの世を去りました。

母を恋しいとは思いました。母を思い、泣き続けたと私は語りました。

しかし、私は母を恨みながら、母を呼び続けた。

私のこの心の中から、お母さんと、ただひたすらに、母を呼ぶことはなかった。

今、あなたを通して、私の心の中に響いてくる思いが、そのことを私に伝えてくれました。

私は、母を恨んできました。恨みながら、お母さんと思い続けてきたのでした。」

 

 飛鳥の時代に、巫女として肉体を持ってきた私が、今の私に伝えてくれた思いです。

私は私に本当のことを伝えたんです。温もりと喜びを伝えました。

「あなたの思いを受け取っています。私は今、幸せです。」と伝えました。

そうすれば、私は私の中で気付いていくんです。間違ってきたと気付いていくんです。

その気付きは、本当の優しさと温もりが促すものなんです。

言葉でありません。

そうして、自分の中が、ひとつ気付き、ふたつ気付いていくことが喜びに繋がっていくことを体験しています。

 

 私は、今、死んだ自分と語っています。

ひとつの時代に生きてきた私の心を、今、私は自分の中で受け取り、そして、私が今、心に感じている世界を伝えます。

私の中に、過去、肉体を持ってきた私がたくさん、たくさんあるんです。

私は、その私自身をしっかりと感じて、自分が今、広げている世界を、意識の世界の中で伝えています。

田池留吉の心を受けながら、淡々と語ってくる私を、淡々と受けていける私があります。

過去の苦しい私を心で受け止めていくことは喜びです。

温もりが自分だと、喜びが自分だと本当に知ったから、過去の自分も未来の自分も喜びで語れるんです。

語れることが喜び。それを聞き受け止めていけることが喜びです。

 

 日々の忙しさ、また雑事の中では、決して本当の喜びにも本当の幸せにも出会えません。

自分の中と対話する時間をどれだけ持てるか、それがその人の人生の幸、不幸を左右していくと言ってもいいでしょう。

自分の中を変えていく、つまりは、自分の中のたくさんの自分に本当のことをどれだけ心から伝えることができるか、

そのために、そのためだけに、今の時間があることを知っていけば、自ずと身の処し方が決まってきます。

 たくさんの自分を一つひとつ喜びへ帰していくということは、数の上から考えてみれば気の遠くなるようなお話です。

しかし、たとえば、一時代に生きてきた一つの過去世を、本当に今、心で受け止めて、

その自分に本当のことを伝えることができたならば、その事実は、

同じように苦しみ喘いできたたくさんの私に一瞬のうちに伝えることができる、

それが自己供養のすごさです。意識の世界のすごさです。


私にとって、一時代というのが、まずは飛鳥の時代ということになるのでした。

私は、あの飛鳥の時に自分の中に作り上げてきた苦しみ、

神を間違ってとらえてきた愚かな自分と対面していこうと、

今世の時間を着々と整えていたことを感じてきました。


すべては、そこに繋がってきたことを、学びと出会い、

田池留吉氏の指し示す方向に自分の学びを進めていった結果、そう確信しました。


まずは飛鳥でした。まずは私の中のアマテラスでした。

すべてはここにあったことを私の心の中から響いてきたときには、

本当に何も無駄なことは何一つとしてなかったと、今世の私の人生を思わざるを得ませんでした。

 

アマテラスを自分の中で受け入れて喜びへと帰していったこと、それは大きな出来事でした。

本当に大きな出来事でした。だからこそ、本当に心に広がっていく田池留吉の世界でした。


だからこそ、飛鳥の時代を思い瞑想をする喜びは、

たとえば、イエスや仏陀の時に肉体を持ってきた私を思えば、

同じように、私の中ですうっと喜びが広がっていくのです。

自己供養が簡単に楽しくできるのです。そのために、今世の肉があることが本当に幸せです。

 

私には、もう人生は色々ではなくなりました。人生は一つでした。

文字通り、私の人生はあと一つです。

その人生をより幸せに、より喜びへといざなうために、今世、私は喜びで自分を学んでいます。

私には学んでいける時間がまだ用意されていることが本当にありがたいです。


私はすでに色々な人生を生き尽くしてきました。色々な役柄を演じてきた。

盗人、殺人鬼、高僧名僧から女郎等々、貧富、身分等の隔たりこそ大きく違う数限りない転生でしたが、

たったひとつ共通してきたものは、何も知らない自分だったということでした。


生い立ちや環境等がむごたらしいのではなくて、本当の自分を捨て去ったことが地獄の苦しみでした。

姿、形は麗しくても、また、たとえ殿上人になろうとも、大富豪となろうとも、

そして、神として崇め奉られても、本当の自分を知らずにいることは地獄の中にいるということでした。

明るくて安らいで温もりのある本当の世界を心で知ったからこそ、地獄の暗さ、恐怖、冷たさが心で分かるのでした。

過去と同じ過ちは絶対にしない、それが自分に対する限りない優しさだと私は思っています。

■ 

地球上に転生をしてきた時間からすれば、20年足らずの今世の学びの時間はあまりにも短いです。

超、超、超、超大闇の意識の世界を抱えてきた私に、本当の自分を伝えることができたことは、ほぼ奇跡に近いことでした。

今世、狂うことなく今まできたことに心から感謝します。

十二分に学んでいける環境設定があったればこその偉業だと私は思っています。

偉業…、私は決して大げさではないと思っています。

私は、心を向ける、合わせることを知りました。


「死ねば自分一人です。

肉体が無くなった状態の時に何も思えなくては、やがては自分の重圧に押しつぶされていきます。

思えない…。自分が温もりであり優しさであり喜びであることを思えない。

だから、自分に心を向けられない、合わすことができない。

だから自分の中から出てくる凄まじいエネルギーに一気に飲み込まれていく。」


 死んだ私が私に伝えてくれたことでした。


私は私の思いを受け取りました。だから、今世の肉を通して、自分に心を向ける、自分を思うことを学ばせていただきました。

田池留吉氏がその肉を通して、私に心を向けなさい。向けてごらんと言ってくれました。

それは、田池留吉氏の肉ではなくて、その肉を通して田池留吉の意識の世界に心を向けなさい、向けてごらんということでした。


もちろん、最初は、田池留吉の世界に心を向けてみても、出てくるのは、闇、闇、真っ黒闇で、苦しい自分ばかりでした。

しかし、やがて、田池留吉の世界を通して自分を感じていることを心で知った私でした。

それは言葉にはならない例えようもない喜びでした。

自分を感じ自分を知っていく喜びが広がっていくにつれて、苦しみは苦しみではなくなりました。

闇は闇ではなくなりました。

20年足らずの学びの時間の中で、私はその喜びを重ねてきました。

そして、今、さらにそれを完成度の高いものにしています。

私の中の信、田池留吉の世界を、私自身を信じていく信、

それを、瞑想を重ね深めていくこと、自己供養を通して学ばせていただいています

 

「自分のために生きたかった。

民の幸せ、国の平定を祈願、祈祷してきた私でした。

疫病が蔓延し、その禍を断ち切るために、私は一心不乱に祈祷し続けてきました。

そんな私なのに、たった一人の母親さえも助けることが出来なかった。

はやり病であっけなくこの世を去ったと風の便りに聞きました。

痛恨の極みでした。」


今日の瞑想で、心に響いてくる思いでした。

 

「自分のために生きたかった。どうすることが自分のために生きることなのか、分からなかった。」

遥か昔の飛鳥の時代に心の中に叫んできた思いを、今世までずっと持ち続けてきました。

 

自分を思って瞑想をすれば、今しかないことが分かります。

過去に生きてきた自分も未来に生きている自分も、今の自分がどんな状態であるかを精査していけば、

そこに、過去の自分も未来の自分も見えてきます。


精査するということは、

本当に自分は今、幸せであるか、本当の喜びを知っているか、

温もりの中にあった自分だと本当に心で知ったか、

それらを一つひとつ自分の中でチェックしていくことです。

今、自分の中でそれらがクリアできているならば、過去も未来もクリアできているんです。

自分の過去からも、そして自分の未来からも、喜びが伝わってきます。

今しかないからです。過去も未来もない、意識の世界は今しかないからです。


過去の自分が苦しいと言うならば、今の自分は、まだまだ苦しみの中から自分を解き放していないことになります。

未来の自分が苦しいだけならば、それもまた同様です。

だから、今、肉を持っている今、できることをしていかなければならないんです。

それは、ともにお母さんを思って瞑想をしよう、素直に田池留吉を思って瞑想をしよう、そう自分に呼びかけていくことです。


そうしていくとき、「自分にそのように呼びかけていける絶対なる信があるか、優しさがあるか。

欲ではなく、ただひたすらに自分に言える信があるか、優しさがあるか。」そこへ行き着くと思います。


そして、きちんとしっかりと瞑想をする時間を、今の生活の中で確保する必要があることを痛感していきます。

瞑想を重ねていけばいくほど、瞑想をする時間を確保することがいかに大切であるか、

そして、ただ時間を確保するだけではなくて、しっかりと瞑想をしていこうと思えば、

色々な面において余裕がなければならないことも感じます。


ゆったりとした中で、ゆったりと瞑想をしていけば、

ともに母に向けて、そして田池留吉の世界に心を合わせていける喜びと幸せだけが広がっていきます。

私は、まさに、飛鳥の時代の心の叫び、

「自分のために生きたかった」を今、現実のものとしています。

自分のために生きる喜びと幸せを味わい、それを私に伝え、喜びと幸せを共有しているのです。

 

「私は、何とちっぽけな心で生きてきたのか。ちっぽけな世界を大きな世界だとしてきた心でした。

今、私に響いてきます。私の中に響いてきます。」

 

「あなたの世界は、そんなちっぽけな世界ではありませんよ。どんどんどんどん広がっていくんですよ。

はい、こちらのほうに心を向けてごらんなさい。はい、そうです。

あなたの中に、もっと、もっと大きく広がっていく世界があるでしょう。安らかな柔らかな中にあなたはあったんですよ。

はい、もっと、もっと心を広げて、もっと、もっと、こちらへ心を向けてごらんなさい。

はい、あなたの中に優しい、優しい母の思いがあったんですよ。お母さんはあなたをいつも、いつも抱き抱えてくれていました。

はい、そうです。はい、はいそうです。もっと、もっと心を向けてごらん。」


 「私の中にそのように伝わってきます。私は本当に小さな、小さな世界の中で生きてきたんですね。

はい、はい、分かります。嬉しいです。今、そんな自分を感じています。ああ、心の中に喜びがどんどん伝わってきます。

温もりがどんどん伝わってきます。はい、ありがとうございます。

私の中にあったんですね。私は自分を小さな、小さな中に閉じ込めてきました。

暗くて苦しくて寂しくて、とても不安で恐怖で、そんな中に私はずっとありました。ああ、嬉しいです。

今、私は長い、長い時を超えて、心に感じさせていただいています。

はい、ありがとうございます。ありがとうございます。」

 

 私は飛鳥の時代に生きてきた私に、ずうっと心を向けています。飛鳥が大好きでした。

飛鳥は私のふるさとだと、私はずっと、ずっと思ってきたんです。

そして、今、この肉体細胞を通して、今という時、私はその大好きな、大好きな飛鳥に心を向けていけるようになりました。

嬉しいです。田池留吉との出会いがあったからです。

自分の中に本当の温もりと優しさがあったことを伝えてくれたからです。

私は、今、自分にその思いをしっかりと、さらにしっかりと伝えています。

私の中の苦しみが本当に和らいでいっていることを感じています。


 私は私の肉体細胞を通して、波動の世界をさらに学んでまいります。

私の心は、田池留吉の世界から流れてくる波動をより正確に受け取っていきます。

そしてそれが、この宇宙に流れていくのです。宇宙が一体化していく真なるパワーの世界を、私はさらに学んでいきます。

私は、今、自己供養という作業を通して、さらに自分の心を見つめています。

もちろん、これまでにその作業は私の中で進めてきました。

そして、私は、今、それをさらに深く自分の中で進めていき、田池留吉の波動、その真なるパワーを私の心は受けていくのです。

田池留吉の世界、そこから流れてくる波動の世界を心はさらに受けていきます。波動を高めていきます。

 田池です。

ともに、ともに存在していく喜びを、肉があってもなくても、ともに、喜びを感じてまいりましょう。

「私の中に田池留吉、アルバート。」あなたがそのように語っています。

「あなたの中に、田池留吉、アルバート。」それだけが私達の真実です。


 これからさらに感じていくであろう田池留吉の磁場に心を向けてみます。

 私の中の喜びと温もり。

田池留吉の磁場を感じることにより、その層が厚くなることは確かです、喜びと温もりがさらに大きく厚く深くなっていきます。

田池留吉の磁場の中に私はすっぽり収まっていく喜びです。

はい、私は田池留吉の磁場の中にすでにあります。

はい、すでに私の中でさらに田池留吉の磁場を学んでいける喜びを今、感じています。

私の中を一つにして、田池留吉の磁場をさらに深く感じてまいります。

磁場は、私の心が測定するんです。私の心で感じていく世界です。

磁場の喜び、磁場の温もり、すべては私の中で感じていきます。感じていけるんです。

すごいパワーが心の中で感じられるでしょう。

すごいエネルギー、すべてを生かすエネルギーをさらに、さらに感じさせていただきます。

 

田池留吉の磁場に思いを向けた時、私は肉体細胞の喜びを感じます。

肉的に言えば、肉体細胞が磁場のエネルギーを吸収して、活性化されていく感覚です。

たとえば、たとえばの話。

今、私の肉体細胞のどこかに異常があって、この田池留吉の磁場の中で、

私自身が心の針をピッタリと向けていけば、肉体細胞は間違いなく回復していくだろうという感じです。


しかし、これはあくまでたとえばの話で、今の私には現実味がありません。

ただ、少し前に、私は、自分について死ぬまで大病はしない、私はおそらく死ぬまで元気だろうと言ったのは、

私自身、すでに田池留吉の磁場にすっぽりと収まっているからなんだと分かりました


田池留吉の磁場に心を向け合わせて、

いつも喜びを感じていれば、

肉体細胞に異常をきたすことはないでしょう。

もちろん、田池留吉の磁場に心を向ければ、私は限りなく広がっていくのを感じます。

限りない広がりの中で、温もりが湧いて出てくる感覚は、

幸せ、喜びを通り越して、ただただすごいエネルギー、ただただすごいパワーという感覚です。


 田池留吉の磁場にすっぽりと収まっていると分かればいいだけです。

それではその分かるとはどういうことなのか。どうすれば、自分の心で分かるようになるのか。

田池留吉の顔を穴のあくほど眺めても、耳にたこができるほど話を聞いても、分かるものではありません。

結局は、自分の側の問題です。

母の反省と瞑想、他力の反省を丹念に繰り返し、まずは己の偉い自分に気付くことです。

なぜ己が偉いのか。肉という基盤を抱えているからです。

それでは自己供養はなかなか捗りません。

自己供養が捗らないということは、田池留吉の磁場も信じられないということになります。

だから、目の前の悩み事、問題事を解決するために、

この学びをしていくという他力信仰の延長をいつまでもやってしまうのです。

田池留吉の磁場を思って瞑想をすれば、安心なんです。心が安心なんです。まさに預けていける母の懐です。

肉体細胞という小さな宇宙も、限りなく広がっていく宇宙、意識の世界も喜んでいます。


その思いのまま、私は、今は特に飛鳥に心を向けています。

みんな、みんな、私の中で一つなんです。

飛鳥の私を思っていれば、そこに来世の私がいます。

ああ、私は、私の中でみんな一つになって、一つの方向を向いていることが感じられて、それが嬉しいです。

田池留吉の世界、田池留吉の磁場の中で、温かくて優しい中で、ただ思えることが嬉しいです。

そうです、思うこと、思えることが嬉しいです。

心の針を向け合わせていけば、そこに大きな喜びと温もりの世界があります。

遮るものが何もなく、どこまでも広がり続けていく世界です。

私はその中にある、田池留吉の磁場の中にある、心の中に安心感が広がっていきます。

 

田池留吉のという固有名詞が付いているから、肉をつかんでいく確率は高いのは確かです。

しかし、そんなところで引っかかっていては、本当にもったいないです。

田池留吉の肉は、学びについて心を向けていけば、懇切丁寧にどなたにもお話をされます。

しかし、肉は肉。愚かです。

確かに言葉に乗せて波動は流れています。

波動は流れていますが、それを受け取れるかどうか、肉が基盤であれば殆ど素通りに近い状態です。

頭は納得しても、心は納得していない状態です。

納得させるのは田池留吉の言葉ではなくて、自分が自分を納得させるようにしていかなければならないのです。

しかし、真実の世界を感じてくれば、田池留吉の磁場という波動の世界はただ一言「すごい」となってきます。

磁場の中で、一つになって溶け合っていく喜びの世界をどんどん感じていく、感じていける喜びだけが広がっていくのです。

私は何のために、ここにこうしているのか。肉体を持っているのか。

 私は私に真実を伝えるため。私は私に本当の喜びと温もりを伝えるため。

今ここに肉体を持っています。

 その成果はどうか。

 私は私に本当の喜びと温もり、真実の世界を伝えることができました。

私の中は大いに変わりました。今世を境にして大いに変わりました。

私の転換期でした。私は今世を境に、これからの私はさらに変わってまいります。

どのように変わっていくのか。

喜び溢れる私がまだまだ真実を知らない私をどんどん目覚めさせていける。

その真なるパワーを私は自分の中に見出しました。

だから、私は、どんどん変わっていくんです。中から私はどんどん変わっていきます。

私は私をいざなう喜びと幸せ、その私を今、心に感じています。

 

 飛鳥に生きてきた私を思い、瞑想をします。田池留吉の磁場の中で、私は私を思い、瞑想をします。

お母さん、ありがとうございます。私の心の中に母の思いが広がっていきます。

田池留吉のパワーの中で、私は喜びを感じています。

心は広がり続けていく。優しい、優しい中に広がっていく。

「お母さん、ありがとう。」自然に私の心がそう叫びます。

私にとってこの時間は本当にかけがえのない時間でした。

自分に用意してきたこの時間を私は、本当に堪能しています。ありがとうございます。ありがとうございます。

 「ともに帰れることを伝えていただきました。ああ、嬉しいです。嬉しいです。ともに帰ろうと伝えていただきました。」

思いを向ければ、私が私にそう語ってくれました。

 田池留吉の磁場にどんどん心を向けていきなさい。

そうすれば、あなたの自己供養は、さらに捗ります。

なぜならば、あなた自身が温もり、あなた自身が喜び。それをあなたは心で感じ知っているからです。

そういう意識の世界にあるあなたが、田池留吉の磁場に心を向けるとき、

さらに、あなたの心は広がり、喜び、温もりが大きく、大きく深くなっていくでしょう。


  
 今朝の瞑想のメッセージです。その通りだと思います。

田池留吉の磁場に心を向けていけば、ただただ広がっていく私を感じます。

肉体細胞の喜びとともに、私が広がり、そして温もりと喜びが広がっていきます。

そうする時間を持つことが、私の自己供養だと言ってもいいと思います。

ふっと心を向けることが、すでに、喜びの中に、温もりの中に自分をいざなっている、

そういう世界が私の中に確立していることを、田池留吉の磁場に思いを向けることより、感じています。

学びの成果は、私の中で確実なものとなっています。

凄まじいエネルギーに振り回されることなく、踊らされることなく、私の中で大きく吸収していける温もりと喜びの世界です。

田池留吉の磁場、ますます私の中で、その効果を発揮していくでしょう。

ありがとうございます。

 

 さらに、今日は、次のようなことも明確に私の中に伝わってきました。

私は、田池留吉の肉がこの世から消える日を心待ちしているわけでは決してありません。

しかし、その時点から、私の学びはさらに始まり、深まっていくことは確かです。

今世の肉を持ってする私の勉強の完成を必ずクリアして、250年後の来世の肉にバトンタッチです。

 

磁場を活用した治療方法を行っている人に向ける。

 

「私が研究してきた中で、不思議に思っていることがあります。

どうしてこの磁場を使っていけば、ガン細胞が増殖しないのか。

私のこの目で見ました。実験しました。本当にその結果が出ているんです。しかし、しかし、まだまだ途上です。

しかし、結果が出ていることは確かなんです。私のこの頭、能力、自分の経験、すべてから考えてみました。

私の中では、何も答えが出てきません。何故なのか分かりません。

何故なのかは分からないけれども、現実としてガン細胞が増殖しない。ある程度、一定のところで留まっている。

いいえ、留まっているどころか、そのガン細胞が変化しているんです。正常とは言わないまでも変化しているんです。

悪い方向ではなくて、良い方向に変化しています。

これは何なのでしょうか。何が作用しているのでしょうか。

私はそのところを、もう少し、自分の時間の中で研究していきたいと思っています。

しかし、私の能力は限界に来ています。

私がどれだけの時間をこれからかけようが、研究に勤しんでも、たぶん、たぶんですが、

この答えは私の中では引き出せない。それを私は少し感じ始めています。

これを世間に発表すれば、医学の世界は本当に根底から揺るがすようになります。

私の功名心ではありません。こうして、治療が出来るんだ。

本当にこうして治療が出来るんだ。私はそのことを皆さんに伝えたいんです。

私の功名心ではありません。不思議な、不思議な現象を私は目の前にしております。

はい、不思議です。患者さんも不思議だと思われていると思います。

患者さんに身体的、肉体的にあまり負担をかけずに治療が出来る。

このことを、私は一刻も早く発表したいのですが、まだ研究半ば。私自身がまだ信じていない。

そういう段階で発表することはできません。

ただ私は不思議なことを目の当たりにして、不思議だ、不思議だと、そんな思いが私の中に広がっています。」

 

 はい、お名前は存じません。しかし、あなたの中に私達は伝えます。不思議でも何でもないんです。

はい、あなたの目にしていることは不思議でも何でもありません。

あなたが、心を見ていくことをされたら分かります。私達の言っていることが分かるんです。

私達は、意識、エネルギーです。そして、磁場も意識、エネルギーです。

そこに喜びのエネルギーを加えていけば、もっと不思議なことが起こるでしょう。

それを私達はあなたに感じていってほしいんですが、あなたが自分自身で感じているように、

あなたの今の段階では、限界です。限界を超えることはできません。

しかし、私達はその限界を超えることができることを、あなたに知っていただきたい。

ただそのことをお伝えします。

私達は意識、エネルギー。喜びのエネルギーがガン細胞とともに働いていけば、

その先にあるのは、本当に治っていくという現象です。

ガン細胞が喜びのエネルギーを受けて、喜びの状態に戻っていく。

ということは、つまり正常な状態に戻っていく。そういうことなんです。

私達には不思議でも何でもありません。ただ、しかし、これは現実的には難しいことです。

それは、患者さんが心を見ることをしてくれなければならないからです。

それを行うあなた自身も心を見ることをしていかなければならないからです。

心を見る者同士が行う中で、私達はその不思議なことが不思議でなくなることを、今、お伝えしています。

 


 私は波動、あなたも波動。はいそのほうに意識を向けてみます。


 
 はい、このメッセージ、そのほうに心を向けたとき、私の中に喜びが広がっていきます。

私は波動、あなたも波動。一つを感じています。

田池留吉の喜びの波動が伝わってきます。

ああ私達は一つなんですね。そのように伝わってきます。

田池留吉の磁場に思いを向けて、私は瞑想をしています。

そして、私の肉体細胞を思い瞑想をしています。

過去からの私、来世の私、今の私が心をひとつにして、磁場を思い瞑想をしています。

その中で私の心に響いてくる思い、それは喜びです。はい、ありがとうございます。

この時を大切に、大切に思います。

 今、私は波動、あなたも波動と思い瞑想をした私の中を、大切に、大切にしていきます。

 これからの私の勉強に大いにプラスになっていくと思います。

今の瞑想をした感覚、私の中の信をさらに深めていくような感じでした。

 


 私は、今、良質のお水を飲んでいます。

良質というのはそのお水の質、物質的なものもそうですが、

お水を物質ととらえるのではなくて、私はお水に意識を向けながら口にしています。

私は、私が作ったお水、そうです、田池留吉の世界、田池留吉の磁場に心を向けてお水を作っています。

そのお水を、私は自分の心の針を田池留吉の世界、田池留吉の磁場に向けて合わせて飲んでいます。

お水は、私の肉体細胞にすうっと浸透していきます。

そのようにして、約3ケ月がまもなくやってきます。

お水を作って、お水を飲む。そして、肉体細胞とともに瞑想をする。

飲む喜びもさることながら、私はお水を作る喜びを日々感じています。

自分で作って、自分で飲んで、そして瞑想をして、私は私の勉強を進めていけることを感じています。

 今は、それらがワンセットとなっています。

 今そのようにして思うこと。

「喜びでお水を作って、喜びでそれを口にする。それが喜びなんだ。

その喜びで瞑想をして、自分に心の針を向ける。喜びが返ってくる。

私の中で良い循環が出来ている。肉体細胞とともにある今、ともに心を向けられる喜びにありがとう。」


 身体の不調、精神の不調、それを治すことが私達の目的ではありません。

私達の目的ではないけれど、今、そういうものが不調な状態であれば、

しっかりと自分の心を見ることなどできないというのが現実でしょう。


身体がしんどいとか、気が散るとか、そういう肉的なことはありますが、

それよりも、心を見るその先にあるものは、他力の心なんです。

そういう状態では、やはり、今の自分の不具合な状態を改善したいという思いが根底にあります。

その中から自分を解き放していくことは、難しいと思います。

それこそ、すべてをかなぐり捨ててという勢いというか、

そういうエネルギーが自分の中からほとばしるほど湧いて出てくる感触があれば、

そこからポーンと自分の世界が開けていくでしょう。


私達は心を見るために今、肉体というものを持っています。

心を見るために、今、身体があって精神、心があります。


それらが不調ならば、いくらそこから心を見ていこうとしても、大変難しいことです。

理想的には、病んだ肉体細胞に心を向けて、その肉体細胞とともにということです。

しかし、現実はそう簡単にいかないのです。


ある程度の回復の兆しが見えていて、そこから肉体細胞とともに瞑想をしましょう、

肉体細胞を思いましょう、それは比較的容易い作業です。

 そういう理想と現実があることは確かですが、しかし、やはり、そこに肉体がある以上、

自分と向かい合っていく誠実さを最後まで持ち続けなければならないと思います。

自分に対する誠実さと、すべてをかなぐり捨てて喜びで突き進むエネルギー、

これが自分の道を開いていくのだと思います。

飛鳥の時代。

神の思いを一身に受け、ひたすら思いを向けて祈り続けてきました。

我こそ一番なり。我こそ神の声を聞く大きな使命を持った者。そのような思いで私は神の声を聞く者として勢力を張ってきました。

我にひざまずけ。我にかしずけ。私の心から、そして私のこの口から発する言葉は神のお言葉。

我こそ素晴らしい。私に逆らう者に未来はない。私は後ろで糸を引く者でした。私の思うように政ごとは、なされていきました。

私にお伺いを立ててくるんです。時の権力者はみんな私の言いなりでした。

私は、我こそ素晴らしい。我に力あり。我は神なり。その思いを広げてきました。巫女として頂点に立ってきました。



特にあの飛鳥の時代、長く、長く私は政ごとを牛耳っておりました。

みんな私の操り人形でした。私は、自分に権力を集中させていきました。

私の思いを中心にすべてが回っていきました。

世の中のすべてが私を中心に回っていった、そんな飛鳥の時代を、今振り返っています。

心は冷酷でした。

私の中の寂しさ、空しさ、苦しさ、味気無さ、そういうものを押し殺し、

ひた隠しに隠し、私は権力者、影の大物、そのように私は自分をたたえてきました。

しかし、心の中は、今、語ったように、寂しく苦しく何とも味気ない人生を繰り返してきました。

そうです。私は飛鳥の時代に、この日本の歴史を象徴する時代に何度も、肉を持ちました。

肉を持つたびに、私は自分の心の中のエネルギー、闇を前面に押し出し、

すべてを牛耳る力を神に求め、その力により民を支配してきました。

私の一声で、首は吹っ飛んでいきます。情けはかけません。容赦なく切り捨てます。

私の逆らう者は容赦なく切り捨てます。そんなエネルギーを流してきました。

 

今。

今、私は、ゆったりと自分に思いを向けて瞑想ができることが、ただそれが嬉しいです。

心を向ければ、心が広がっていく。その中で、淡々と自分を語る。語るだけでいい。

そして思う。自分の中を思う。私の中には溢れるほどの喜びと温もりがありました。

それが田池留吉の世界、真実の私の世界でした。だから思うだけで幸せなんです。


肩に力を入れず、自然な状態で、ただ心の針を向け合わせる。

ゆったりと穏やかな中で、しかし、すごいエネルギーを感じます。

そのすごいエネルギーを自分の中で包んでいく喜びです。温もりが広がっていきます。

異語が自然と出てきます。田池留吉と出てきます。アルバートと出てきます。

そうですね。アルバートと呼んでいる時が私の最高に幸せな時です。まさに、宇宙と一体という感じです。

田池留吉の磁場は、その宇宙と一体化していく喜びのエネルギー、喜びのパワーを心に呼び起こしてくれるのです。


田池留吉の磁場、そのエネルギー、真なるパワーを感じ、アルバートと呼ぶ喜び。

私は、ただ淡々とこの瞑想を重ねていけばいいだけ

何も思うことはない。

小さな宇宙の肉体細胞は、田池留吉の磁場の中で喜びを吸収して自然に活性化されていくだろうし、

私の中の宇宙は、田池留吉の磁場の中で、さらに喜びに目覚めていくでしょう。

それが、肉を離したあとの私の時間。

自己供養元年の今世を喜びで迎えることができたことを心から感謝します。


 田池留吉を思い、田池留吉の磁場を思って瞑想をすれば、私の心の中には、やはりアルバート、アルバートと出てきます。

アルバートと出会いたかったたくさんの私を感じます。

アルバートの宇宙と出会いたかった。それは待って、待って待ち続けてきた思いです。

その思いが、心の底から突き上がってきます。

アルバートの波動を強烈に感じた十年くらい前の瞬間に私の心は戻ります。

アルバートの波動、それを田池留吉の肉は伝えてくれました。


今、田池留吉の磁場を思って瞑想をしています。

田池留吉の世界、そのエネルギー、パワーを心に感じていけばいくほど、やはり懐かしい、

懐かしいと、アルバート、アルバート、そして私の心は、やはり宇宙に向かっていきます。

凄まじいエネルギーの坩堝(るつぼ)の中でも、

私は、心から心の底からアルバートと呼び続けていけることが、たまらなく嬉しくて幸せなんです。

アルバートの波動と出会いたくて、出会いたくて、本当に今世、それが、

田池留吉との出会いにより現実のものとなった喜びを、私は変わらずに感じ続けています。

もちろん、十年前の私と今の私が感じる世界、その波動の世界には格段の違いがあります。

私の中で広く深く強くなっていく喜びと温もりの世界だと思います。

しかし、時を経ても変わらないのは、私の中に、田池留吉の世界、アルバートの世界が生き続けていることを、

瞑想をするたびに感じ、確認できる、今肉を持ってそんな時間を過ごせることが本当に幸せだという思いです。

 


 私は、今、本当に幸せなんです。田池留吉と思うだけで幸せです。

また、田池留吉の磁場と思いを向ければ、安心感が広がっていきます。

身体が健康でということもあるけれど、私には瞑想ができるゆったりとした時間と気持ちが用意されているからです。

これは、今の私にとって、最大の贈り物です。

ゆったりとした時間の中で、ゆったりとした気持ちで、自分に思いを向けられる。

そして、私の中で、田池留吉、アルバートと語れる。今、肉を持って、これほどの幸せはないです。

私は、肉的に充分に満たされているからと言ってしまえばそうかもしれません。

ただ、肉はどこまでも欲です。ないものねだりをします。

あるものに満足しないで、ないものに不足の思いを出します。それが愚かな肉の常です。

私は、その愚かな肉の中でも、やはり、自分は本当に幸せだとしみじみ思ってしまうほどに、幸せなんです。

それは、私の意識の世界が、田池留吉の世界をきちんととらえているからです。

瞑想をして感じる喜びと幸せは、何にも代え難いです。

肉を離しても、この状態でずっといけることを感じています。

そして、私には、今世の肉を持って、瞑想をする時間がたっぷりと残されている、こんな幸せはないと思います。

どうぞ、皆さん、田池留吉を思い瞑想を続けましょう。田池留吉の磁場と心に思い瞑想を続けましょう。

磁場とは何などと言わないで、ゼロ歳の瞑想で心に温もりを感じ、心の中に優しさが広がっていったならば、

田池留吉の磁場と素直にすうっと心を向けるようにしてください。

何でも素直が一番です。

分かる、分からない、感じる、感じないというところで、ゴチャゴチャしないで、

ホームページで磁場と出てくれば、磁場と思っていけばいいんです。

自然治癒力、肉体細胞に思いを向けてとあれば、その通りにやっていけばいいんです。

それが、今、田池留吉の肉、そしてその意識とともに学ぶということです。

田池留吉の肉があるときは、あるときの学び方があります。


それを無視したり、おざなりにしたり、軽くあしらっているのでは、何とももったいないです。

 皆さん、誰ひとり例外なく、我は神なりのエネルギーを宇宙に垂れ流してきたんです。

今、その思いを自分の中で、どれだけ受け入れて、そして温もりへ喜びへ帰していますか。

私は、田池留吉を思い、田池留吉の磁場を思い瞑想をしたとき、もう我は神なりの思いは出てこないです。

私は喜びでした。私は温もりでした。私達は一つです。その思いしか出てきません。

それが私の今世の学びの成果なんです。

その結果を出して、私は、さらにこれからの時間、ともに学ばせていただける喜びと幸せの中にあります。

三次元から四次元へ、さらに次の次元へと続いていく喜びが広がっていきます。

その喜びの中で、今、肉を持ちながら、田池留吉の磁場を学んでいます。

 


 田池留吉の磁場に向けて瞑想をしています。

もちろん、これは波動の世界の話だから、一人ひとりが自分の心で感じていく、体験していくしかありません。

自分の心で感じたものを信じていく、大切に育てていく、それがこの学びの基本中の基本です。

そして、それはすべての人に公平、平等です。心で感じられる世界だから、みんなに公平、平等です。

素直に心を向けていけばいくほど、幸せな自分、喜びの自分、温もりの自分と出会えるのだから、

こんなありがたいことありません。そんな学びの環境が、それぞれに用意されているのだから、こんな幸せはないはずです。


要は、喜びと温もりの中にひとつに溶け合っていく瞑想の時間を持てればいいんです。

そういう時間を持つことができるように、学んでいけばいいだけのことです。

そのような瞑想を重ねていけば、次元移行への流れをはっきりと感じます。

田池留吉の肉というのは、真実の波動を伝えるために出現した形。

私は、その出現を知っていたから、どうしても今という時、肉が必要であり、

しかも、真実の世界を十二分に学ぶための環境も絶対に必要だったことを知っています。


今世の転生は、これまでの転生とは全く違うという計画で私は肉を持ったのでした。

私は、今世を自分の自己供養元年と書きましたが、

それを絶対に現実のものとして自分の中で遂行するべく、自分に肉を用意したことを感じています。

来世、肉を持つのも、なぜ肉を持つのかということを、私の中で知っています。

次元移行が、もう目の前に来ている。

今、田池留吉を思い、田池留吉の磁場を思い瞑想を重ねていけば、それがひしひしと伝わってきます。

アルバートを目指して次元を超えて集結してくる意識達とともに、心を向けていく喜び、それを瞑想の中で感じています。

意識の流れを心で感じる。次元移行が心に響いてくる。

田池留吉の磁場に思いを向けて瞑想をすれば、だから喜びだけが広がっていきます。

過去、どんなに地獄の底を這いずり回ってきても、

今、自分をこんなに喜びと温もりの自分にいざなっていることが、心に響いてくるばかりです。

 

 田池留吉に対する信を、何度も何度も自分に問い続けてきました。

田池留吉に対する思いを徹底的に吐き出し、そして自分の中で確認して、

自分の中で受け止めて、そして私は私の中を変えていったのでした。

田池留吉に対する思いとは、自分に対する思いでした。

自分を呪い恨み、温もりを徹底的に否定してきた自分の中に作ってきた他力の世界

私の意識の世界は、その他力の世界がどんなに凄いものなのか、

田池留吉の肉を通して響く真実の世界から、つぶさに感じさせていただいてきました。

 

 私は、もう過去形で表現しても大丈夫です。

私の意識の世界は、もう後戻りすることは絶対にありません。

闇のエネルギーを、私の中でどんどんどんどん喜びへ、温もりへいざなう作業が進んでいるからです。

それは瞑想という作業です。

瞑想をするということは、心の針を合わせるということ、合わせていけばどうなっていくか、

それを私は淡々と今、肉を持っている時も、そうでない時もやっていくだけという流れになっています。

その流れ、次元移行へ流れていく流れを、今、田池留吉の磁場に思いを向けて瞑想をして感じています。

こんな幸せなことはありません。

■ 

心が証明する確かな世界。波動の世界。自分の心が証明しています。何度も、何度も確かめています。

私は広がっていきます。温もりの中に、喜びの中に、どんどんどんどん広がっていきます。

自分に針を向ける。自分を思う。それがたまらなく嬉しい。喜びです。

何度も、何度も、何度も体験できるから、瞑想をする時間がたまらなく嬉しい。

そして、磁場と思えば、私はやはり宇宙と出てきます。アルバートと出てきます。

宇宙を思うことが喜び。宇宙を呼べることが喜び。

磁場のエネルギー、パワーの世界を、私の心がさらにとらえていけば、宇宙はもっと、もっと深く大きく広がっていくでしょう。

私は、田池留吉の磁場を学ぶ喜びは、そこにあることを感じています。

宇宙です。アルバートです。その波動の世界を体験できる喜び。それが磁場を学ぶ、学びたい私の思いです。

「次元を超えてやってくる意識達とともに」と私の中からそう伝わってきます。

そうです。たくさんの肉を持たない意識達を心に感じます。

磁場の温もり、喜びを、伝えていける喜び。私は、それをどんどんやっていくだけです。

 そういうところから思いを向けていくと、磁場を活用した研究が行われているということを、少し前に書きましたが、

そういう人達が、本来の磁場というものを心で知っていかれたならば、と思わざるを得ません。

今、すごいと思っている世界が、どんなにちっぽけな世界のことであるのか、そ

の中の誰か一人でも知っていただけたならと思います。

 


 心を向ける喜び。自分に思いを向ける喜び。そして、自分に真実を伝えることができる喜び。

今、肉を持っていて本当によかった、本当にありがとうと、その思いを私は私に伝えています。

自分が温もりであり、喜びのエネルギーであること、この思いは、250年後に肉を持つまで、

引き続き私の中をどんどん、駆け巡っていくでしょう。

そして、そんな意識の世界、宇宙を抱えて、私は満を持して250年後に生まれてきます。

今世も、満を持して生まれてきて、今世の計画を滞りなく遂行しています。



「私の転生はなぜあと一回なのか。」

それは、あと一回だけを残す転生というのは自分の中から出てきた思いだったけれど、

ずっと前に、私は自分に問いかけたことがありました。

答えは、明確に出てきました。

「今度、アルバートが肉を持つのが250年後。だから、私はそれまでに肉を持つ必要がない。」

最近、田池留吉の磁場を思って瞑想を重ねていると、この問いかけが浮かんできます。

そして、やはりその通りだったと感じています。

アルバートを、アルバートの波動を待ち続けてきた私。

田池留吉の世界、その磁場の世界を思えば、アルバートの波動の世界を大きく開花させるために、

最終の肉を持ってくる私の計画に何の狂いもないことを感じます。

次元を超えてやってきた私が、次元を超えることができなかった意識達に伝えていきたい、

いいえ伝えていくんだ、そんな思いが響いてきます。

肉を持っている今も、肉を持たない間も、そんな流れの中にあることが感じられて、

それはもう嬉しい、幸せどころの話ではありません。

決定した事実が、私の意識の世界をさらに喜びへと広げていきます。

だから、肉は毎日を淡々と通過していけばいいだけのこと、

こんな幸せな肉の時間はありません。

■ 

もう私は、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、本当に嬉しい。

自分の深部に突き当たるというか、田池留吉の磁場、その波動の世界は、そんなことを私に思い出させてくれました。

やはり、アルバートです。宇宙です。

温かい、温かい 温もりの中に、たくさんの宇宙達をいざない、

そしてともに母なる宇宙へ帰る、本当にそんな喜びだけが心に広がっていきます。

三次元にやってきた私が、長い、長い時へ経て、

今ようやく、ようやく、この次元をあとにしていける喜びだけが心に広がっていきます。

田池留吉の世界、田池留吉の磁場、そのエネルギー、パワーこそが探し探し求めてきた私達の世界でした。

 三次元にやってきた私の意識の世界が、今世、ようやくアルバートの波動と出会えることができた喜び。

それを、今、田池留吉の磁場に心を向けることによって、

そうだ、そうだ、本当にそうだ、ありがとう、ありがとうと私の中に上がってきます。

私の中には喜びしかない。温もりしかない。

宇宙にさ迷うたくさんの意識達とともに帰れる喜び。

田池留吉の磁場に思いを向ければ、そんな喜びの道筋がはっきりと感じられます。

そのために、私はこの三次元にやってきたんだ。

この次元にやってきた意識達も、次元を超えることができなかった意識達も、

今度はともに超えていこう、私は、これからの300年、そう呼びかけ続けるでしょう。

 


 田池留吉の磁場と思うだけで嬉しいです。

私の中の意識達は待っていましたと心の底から喜びを伝えてきます。

温もりと広がり、そんな喜びの中にあった自分達だと、どんどんどんどん心の中に伝えていくような、そんな動きを感じます。

自己供養、ああそうです。私は、肉がなくてもこの波動の中で私に伝えることができる。

こんな嬉しいことはありません。こんな幸せなことはありません。

すべては次元移行を目指した意識の流れの中の出来事。

本当にありがとう。本当にありがとうございます。

 私は、喜びでどんどん自分を進めていきます。本当に嬉しいです。心に湧き起こる喜び、温もりです。

宇宙を喜びで埋め尽くしていけます。それが250年、300年に至る道筋。私は、はっきりと感じます。

田池留吉の世界、田池留吉の磁場を思い瞑想をしていけばいいだけ。

そして、250年後の目と目の出会いを待つのみ。

心で分かる、心でしか分からない。そんな学びをさせていただき、本当にありがとうございます。

心を向けられる喜びです。向けることを知った喜びです。

その喜びだけが私を支えています。そして、そこには限りない優しさと温もりがあります。

変わらぬ優しさと温もりでした。本当にありがとう。こんな私と出会わせていただきました。

私の中には、田池留吉の磁場という言葉も何も要りません。

ただ肉を持っている私達には、最初は、何か言葉で示さなければなりません。



だから、田池留吉の世界であるとか、田池留吉の磁場であるとか、

アルバートとか言っているだけで、要は自分を向ければいいだけです。

向ければ分かります。それだけです。私は私の中に響いてきます。伝わってきます。

喜びが温もりが広がっていきます。ああ、これが私なんだと感じます。

学びの最初の取っ掛かりは、それぞれに色々な問題の解決であるとか、

その他、チャネラーになりたいとか、そういうことです。


つまり、学びをするに至る動機は殆どみんなそんなところにあります。

それは仕方がないことでしょう。誰しも自分の悩み、心配事、問題をどうにかしたいと思います。

また、目に見えない世界を自分が知っていけたら、

そしてそれを看板に自分を認めさせていけたらと思うのは、誰しもがはまるところです。


しかし、たとえ、目の前の悩み事、問題がある程度解消する方向にいっても、

そして、自分の心が敏感になっても、それは大したことではないんです。

そこから、どのように自分を学んでいくか。

まだまだ手つかずの部分が山のように残っている現実といつ向き合うのか。

それを先延ばし、先送りにしては、せっかく、今世、学びとの出会いがあったにも関わらず、

なあなあのところで満足していく羽目になってしまいます。

みんなが仲良く幸せになるということは、一人ひとりが、自分の本質に目覚めていく方向に進んでいかなければなりません。

その一歩も二歩も前で留まりながらでは、本当にもったいないと思います。

悩み事や問題を解決するために、そしてまた自分の心を敏感にさせるために、

田池留吉との出会いがあったわけではないのですから。

一日も早く、本来の学びの軌道に自分を乗せていただきたい、私はそのように感じています。

 

 
  田池留吉の磁場を思い、その中にある喜びを心に感じ、

の思いをふうっと肉体細胞に向ければ、

肉体細胞は癒されていきます。活性化されていきます。

田池留吉の磁場、そのエネルギーは喜び100%だからです。温もり100%だからです。


喜びだけなんです。温もりだけなんです。

そこには、通常の医療の現場のように、治してください、治してあげたい、

治しましょうという一種の教祖と信者の欲の関係は一切ありません。

本来の磁場は、欲とは一切合わない。ただ喜びだけ。


そして、本当に喜びと温もりの波動の中で一体化していけば、

そこにすごいエネルギー、パワー、つまり本来の磁場を集中させていけるんです。

私は、田池留吉の磁場に心を向け合わせたとき、そのように感じます。

そのエネルギー、パワーの世界、波動、田池留吉の磁場を心で学ぶことによって、

肉体細胞の活性化はもちろんのこと、

さらに宇宙、意識の世界へ喜びのエネルギーが放射されていくスピードが加速されていくでしょう。

田池留吉の意識の世界にどんどん思いを向けて、

磁場のエネルギーをどんどん感じ吸収して、次元移行の流れをアップしていける喜び。

今、田池留吉の肉がある今、その喜びを学んでいきます

まずはゼロ歳の瞑想からです。基本はきちんと押さえてください。

母の反省と同時進行でゼロ歳の瞑想。そして、他力信仰の反省。

そのもっと前は、「意識の流れ 増補改訂版」を読み込むこと。


これらをきちんとしていないと、学びは結局、空回りです。


空回りということは、今は、形はどうにかこうにか学びに繋がっていても、

やがては、心を離していく結果となる可能性が大きいということです。

それほど個々の他力の心は根深いです。本当に根深いです。

しかし、それとは全く無関係に、意識の流れは滞りなくどんどん流れています。

次元移行へ向けて流れています。今は磁場です。喜んで、喜んで、心を向けていきましょう。



 私達には喜びしかない、温もりしかないと、本当に心の底から知ったならば、

今、こうして肉を持って学ばせていただいていることが無条件にありがたいと、本当に心に響いてきます。

そんな波動の世界を心で感じれば、行きつ戻りつ、一歩進めば二歩後退、そんなことは絶対にあり得ません。

前進あるのみです。

過去、どんなに凄まじいエネルギーの坩堝の中にあったとしても、そんなものは雲散霧消していくほどのものだ、

私は、田池留吉の磁場、そのエネルギー、波動の世界を心に感じ、それを実感しています。

あとに残るものは、喜びだけ。温もりだけ。ああそうだ、これが私だったんだ。

それを実感できるからすごい、田池留吉の磁場はすごいに尽きるんです。

 

 田池留吉の磁場を思い瞑想をすれば、私には次元移行の意識の流れしかないことを感じます。

意識の流れとは、次元移行です。

その流れの中で今という一点があり、今、田池留吉の世界、その磁場のエネルギー、パワー、真なる波動を心に感じています。

私の中では、これが次元移行へ大きなはずみをつけている、さらにつけていくことが明らかです。

私はそれがたまらなく嬉しいです。

田池留吉とともに思いを向ける、磁場を感じていく、宇宙に点在する数限りない意識達とともに磁場を感じていく、

その壮大なる流れ、学び、私の心をとらえて離しません。

300年に至る時間と空間、磁場を思い瞑想をする喜びの中で、今その様を感じています。

■ 

一人でも多くの人が、田池留吉の世界、田池留吉の磁場に少しでも触れてその肉を終えていっていただきたい。

田池留吉からのメッセージです。

 

 磁場は温もり。磁場は喜び。私の中に広がっていく。

磁場を思い瞑想を続ける。たくさんの、たくさんの意識達を感じる。

ありがとう、ありがとう、ありがとうと、心から溢れてきます。

肉ができることは、心の針を向け合わせていくことだけ。

そうすれば、磁場の温もりと喜びの中で、たくさんの意識達がありがとうと喜んでくれる。

自己供養は簡単な作業でした

私は幸せです。アルバートと心から呼べる私は幸せです。

田池留吉、本当にありがとう。本当にありがとう。

田池留吉を思えば思うほど、アルバートが私の中に広がっていきます。

田池留吉の磁場はすごい

心が一瞬にして広がっていく。心が温かくて嬉しい。決して変わらない世界でした。

遠くに捨て去ったと思っていたのに、全く変わらずに、何も変わらずに、私の中にありました。

田池留吉の磁場を感じる。温もりと喜びと安心が広がっていきます。

 田池留吉の磁場と思って瞑想をすれば、なぜこんなに嬉しいのだろうか。

本当に嬉しいです。温かい、温かい温もりの中で、本当に心が喜んでいることを実感します。

自己供養が私の中で本当に滞りなく進んでいることを感じています。

温もりにほだされて、優しさの中に包まれて、たくさんの、たくさんの意識達の喜びが、心に充満していくという感じです。

ああ、本当に肉ができることは、この瞑想をする時間を持つことだけ。

肉は磁場と思えばいいだけ

そうすれば、自然に心が広がっていく。温もりと喜びの中で広がっていく。

 もちろん、私は、こういう瞑想は、これまでにたくさん重ねてきました。

だから、瞑想をする大切さ、喜びは心に染み渡っています。

しかし、ここにきて、磁場、田池留吉の磁場という言葉、

そしてその波動の世界を心に感じ広げていく学びが、私の中でさらに始まりました。

これは、私の中で、さらに新しい発展というか、進化というかそういう方向に早くも進みつつあります。

磁場、田池留吉の磁場。

本来の磁場のエネルギーを、喜びのエネルギー、喜びのパワーを私の意識の世界は、確実に受けています。

「死ぬまで元気」、田池留吉の磁場と一体化していれば、それはごく自然なことだと納得です。

死ぬまで元気で、私は私の中とともに次元移行という意識の流れの中を流れていく、本当に嬉しいです。


 磁場を思って瞑想をしていると、母からいただいたこの身体、大切にしていこう、改めてそう思います。

肉体細胞とともに、自分の中の宇宙を感じていく喜びを広げていけることに、改めて感謝の思いが出てきます。

磁場は温もり。磁場は優しさ。そして磁場は喜び。磁場は真なるパワー。

自分の中の磁場を高めていくことが喜び。高めていけることが喜び。

その時間を今、用意していることが喜びです。

次元移行の流れを感じる心には、肉はそれに沿って生活できることこそが、肉の喜びであり幸せだと伝わってきます。

次元移行という意識の流れとともに存在する肉でしたと分かれば、肉は、もう自然に幸せなはず。

ふっと思えばいいから。ふっと思えば、喜びと温もりの世界にある自分を感じるから。

あとは、淡々と時を刻んでいけばいいだけなんだ。

その中で瞑想を重ね、自分の宇宙をどんどん広げ、

そして自分の宇宙に伝えていく作業を続けていけば、知らない間に、さらに喜びと幸せが心に広がっています。

そういう状態まで、自分の意識の世界はなっているんだなあと、磁場を思い瞑想をする中で感じるところです。

磁場を思い瞑想をすると、自分の成長が感じられます。確実に変わった自分の意識の世界を感じます。

だから、どんどん前に進んでいけばいいだけ。自分の中の磁場を高めていく方向に、喜びの方向に進んでいけばいいだけです。


田池留吉の磁場を思い瞑想をする。

 私は限りなく広がっていく。喜びとか温もりとかそういうものを全部ひっくるめて、私は限りなく広がっていきます。

どこまでも限りなく広がっていくことが喜び。それがただただ嬉しい。

そして、広がる私の心からパワー、喜びのエネルギーが限りなく、無尽蔵に心から湧いて出てくる

ああこれが私なんだ。そう思えばまた私はどんどん広がっていきます。

私の肉体細胞からすごい熱量が発散されるのを感じます。身体が熱い。

そして、心はというと、宇宙と一体化している喜びを感じます。

私の中で、たくさんの数限りない宇宙が、田池留吉の磁場から発せられるエネルギーを吸収して 、

喜びへと一つの方向を目指して進んでいっている、そんな喜びが私の心をさらに広げていきます。

 今、一つの肉体を通して、こういう体験をさせていただいていることが本当に嬉しいです。

磁場に思いを向ければ、間違いなくすごいエネルギー、パワーが心に充満して、私の世界をどんどん開いていってくれます。

温かい、温かい温もりの中で、一体となっている喜びだけが心に大きく広がっていきます。

 


 田池留吉の磁場を思い瞑想をすれば、私の心の中には喜びしか出てきません。

そうです。喜びです。意識の世界には喜びしかないからです。

言葉にすれば、次元移行の喜び。宇宙達の喜び。

そういう表現になってしまうけれど、適切に表現する方法がないことがもどかしいです。

そうです、喜びだけなんです。


だから、その喜びと温もりの波動、エネルギー、パワーを100%心に受けていけば、

肉体細胞の不都合など解消されることに納得します。

しかし、そんなことは大したことではない。

そのエネルギー、パワーはそんなちっぽけなものではないからです。

田池留吉の磁場を思えば、意識の流れがはっきりと心に感じられるのです。

だから、この上もなく嬉しい。その意識の流れの中で、たくさんの意識達の喜びが伝わってきます。

どこまでも限りなく広がっていく意識の世界の素晴らしさを、田池留吉の磁場は伝えてくれます。

一体化する喜び。一つになっていく喜び。時間も空間もなく、そこにあるのはただ喜びだけ。

 

田池留吉の磁場を思い、自己供養です。

たとえば、私の心が鮮明に現れた飛鳥の時代。

今、田池留吉の磁場の中で、飛鳥の時代に生きた私の心に思いを向けてみます。

 

 血塗られた心の歴史、心の記憶、私の中に山のようにあった記憶。

その一つひとつが本当にちっぽけな世界に感じられます。

心を広げて自分を受け入れていける喜びです。愛しいです。

敵味方に分かれて、明日をも知れぬ運命の中で、どれほど自分の心を落としてきたか。

しかし、その思いはあまりにもちっぽけでした。

だけど、それらのたくさんの意識を抱えて、その時間を経てきたからこそ、

今、私は自分の中に温もりを伝えることができます。喜びを伝えることができます。

この喜びのエネルギー、広い、広い世界が私。温もりが私。

だから、一つひとつを、心に感じ広げともに帰ることを伝えることができます。

血で血を洗う殺戮の時間、本当に間違った時間を経てきました。

心の中から、喜びとともに懺悔の思いが湧き起こってきます。

懺悔は喜びです。喜びのエネルギーを感じるから懺悔の思いがどんどん出てきます。

自分が愛しいです。狂ってきた自分が愛しいです。

喜びと温もり、優しさが自分だった、磁場のエネルギーはそれを自分に伝えてくれていました。

 

そんなことを心に感じながら、瞑想の時間を経ていくうちに、もう、私の中には、飛鳥はありませんでした。

私の中は、ただアルバートと呼んでいます。田池留吉の磁場を思えば思うほど、やっぱり、やっぱりアルバート。

アルバートを呼ぶ喜びが広がっていきました。

昔、昔、太古の昔から、神を求め、神を仰ぎ、神の声を聞いていた。

そんな過去世が私の心の中にはある。

私は、田池留吉のメッセージを求めてきたはず。

しかし、私の過去はすべてそのメッセージを正しく受信することができなかった。


たとえば、私の過去世、巫女。当時、私は大きな権勢を誇ってきました。

巫女として大きな権勢を誇ってきた。心の中に響く神の声を私は聞いてきた。

その声で私は民を操り、己の欲望を膨らませ、権勢を欲しいままにしてきた。大きな権勢を敷いてきました。


そんな過去です。私は確かにこの心を神に向け、神の声を聞いてきた。

私の口から発する言葉を私は神の声として、世の中の人達に広めた。

たくさんの過去、そんな経験がある。そんな体験を持って、私はこの肉体を終えていった。私の過去は凄まじいものでした。

今で言うチャネラー、霊能者。私はまさしくそのチャネラーでした。

たくさんの神を求めてきた。神の声を聞いてきた。しかし、私が聞いてきた神とはいったい何なのか。



田池留吉は、今世、私の肉体を通し語ってきます。

私の言葉を受けなさい。私の波動を受けなさい。波動を受けて言葉に変換していくんです。

心の中に広がる思いはどんな思いですか。

田池留吉に心を向けた時に広がる思いをしっかりと感じ、そこからあなたが過去に広げてきた過ちを見つめていくんです。

心が受けたメッセージは言葉としては同じかもしれません。

しかし、そこに流れるエネルギーを、全くあなたは間違って受け取りました。



たくさんの者達をその支配下に置き、我と我の一族をただただ繁栄させるために、神に心を売った。

凄まじいエネルギーの中で、欲望の渦が渦巻いている中で、私は己を表し、権勢を欲しいままにしました。

たくさんのものを手に入れた。

何度転生をしても私は心に神を求めてきた。仏を求めてきた。宇宙のパワーを求めてきた。


しかし、私の中にずっと初めから、もともとメッセージが来ていたのだ。

母の温もりとして、私の中にあった。本当の私からのメッセージ。

心を見なさいというメッセージ。あなたは、今、あなたが思っているあなたではない。

はっきりと伝えてくれたのに、私はこの心からすぐさま打ち消し、否定し、それを心の奥底に沈めた。


今、田池留吉が語る。

「私は、ずっとずっと、ずっと、ずっと、遙かずっと昔から、メッセージを送っていたんですよ」と。

ああ、だから、私は、今世の出会いをどれだけ待ち望んできたか、心に染み渡っていきます。

そうでした。それは、私が求めてきた本当の私からのメッセージでした。


こんな過去の体験を多く持ち、そしてそれを心はしっかりと握ってきたからこそ、今世の出会いと学びがありました。

私の基本は、「この世の中のどこかに真実は必ずある」でした。

この思いを胸に、私はひたすらに田池留吉に向かっていきました。

途中、その行く手を妨げると感じれば、即座にそれを切りました。

私にはどうしても、今世やらなければならないことがあったからです。

人の心の中を操り、牛耳っていく恐ろしさ、愚かさを私はいやというほど、体験済みです。

言葉ひとつでどうにでもなるのが神、仏、宇宙のパワーの世界でした。

そしてまた念じる恐ろしさ、念を入れる愚かさ、これらもまたすべて我が身、我が心で体験済みです。


肉からの脱却、このハードルを自分が飛び越せなくては、私の中は何も変わらないことを、今世の学びで知りました。

今世の学びは私を変えました。

真実のものが肉を通して入ってくる幸せを感じながら、だからこそ、よりいっそう自分の思いが心に響いてくるのでした。

「私には今世しかありません。絶対に今世は外せない。」

一人の人間としての幸せよりも、真実を追求してきたたくさんの私の思いを実現させることが私の喜び、幸せとなることは間違いのないことでした。

この思いは、250年後の来世の私にももちろん共通する思いです。

過去、三次元以前の私の思いが今世の私と来世の私に集約されています。


今、私が心に受けている、田池留吉、アルバートのメッセージは、そうです、その通りです、初めから私の中に送信されていました。

ただ、私が受信できなかっただけなんです。

あるいは受信していても、己の保身のために、それを体よく歪めて利用してきました。

そこのところを私自身がもっと明らかにするべきだと感じています。

そうすることにより、今、私達が田池留吉、アルバートの意識の世界を学ばせていただいていることが、

どんなにすごいことなのか、また心で感じ始める人達も出てこられるのではないかと思います。

しかし、私にはそんなことは大したことではないんです。

私は、私が瞑想をすることにより、自分の中をさらに見つめ感じていく、意識の世界のすごさを心に感じていく、

そんな時間を、今世の肉を持っている間、持たない間、そして250年後に出会ってからと、ずっと持っていければいいと思うだけです。

それが、意識の流れが順調に遂行されていくことに繋がっていくことを感じています。

過去の間違いに心で気付けるのは、今、自分の中に本物はこれだと分かるからです。

本来の磁場のエネルギーを心が受け、そこから私はまた自分の作ってきたエネルギーの質の変換をやっていきます。

いつの世もエネルギー満載でした。そのエネルギーを正しく受信できる器ではなかったことを、つくづく感じています。

 

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・・・・・続く(作成中)・・・・・

 

 

■ 真実は、あなたの心でしか 分からない。そして、あなたの心で必ず分かる。

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人間の本質は 意識・波動、その事に目覚める事こそ

本当の 幸せなのです。

あなたを救えるのは アナタしかいない!!

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意識の流れの学び 

学びの進め方・手順

意識の流れの学びを進める

T 入門

  1.学びを始めた動機を確認する。

  2.自分の宗教遍歴を振り返る。

  3.本、意識の流れ増補改訂版と続意識の流れ改訂版を繰り返し読む。

  4.ホームページ意識の流れあなたに話しかけましょう田池留吉を毎日開いて読む。


U 実践・じっくり基本を

  1.母親の反省

    母親にしてもらったこと、してもらえなかったこと、してあげたことを ノートに書き出す。

    母親に使ってきた心を思い起こす。

  2.0歳の自分に向ける瞑想

    母親の温もりを感じる。

  3.田池留吉を思う瞑想

    田池留吉に心を向ける、合わせる、委ねる。

    田池留吉の世界、温もり、優しさ、大きさ、広がり、パワーを感じる。


V 実践・しっかり応用を

  1.田池留吉のメッセージを受ける。本物かどうか波動を確認をする。

  2.自己供養

    自分の闇・過去世を受け入れる。

    自分の闇と共に、母親に、田池留吉に心を向ける。

    自分の闇が喜びに変わる。

  3.来世との出会いと供養

    250年後の自分、300年後・次元移行した自分と出会う。

  4.死後の自分との交信


W 実践・愛の放射塔

  1.田池留吉と交信・質疑応答する。

  2.意識の転回、更に更に進める。

  3.田池留吉と「私はあなた、あなたは私、一つ」だと確信する。

  4.UFOに心を向ける。UFOと交信する 

  5.宇宙に心を向ける。宇宙と交信する。愛が宇宙に流れる。

  6.一切はエネルギー、愛・温もり、優しさ、喜びだったと悟る。

 

 

あなたの心の中に

真実が・ 全てが・ 宇宙が ・ 意識の流れ

厳然と 存在しているのです。

 

そして、私達を取り巻く森羅万象・宇宙と、

住む場所も肌の色・言葉・文化・姿形の違う人類の全てが、

たった一つの喜びの意識なのです。  全ては一つの存在なのです。

 

区別・差別・格差・すべてが違って見えているこの肉の世界、

その本質は、みんな一緒・何の分け隔ても無い 自由自在の意識の世界。

そして、意識の世界は 言葉ではなく、波動の世界なのです。

 

心の中で待ち続けている、「本当のあなた自身」の存在に気付いて下さい。

あなたは、始めから 素晴らしく偉大な存在であり、

初めから「幸せな存在」・喜びしかない意識・波動なんです。

 

あなたは そのことに気付き あなたの心で 感じるだけで いいのです。

 

あなたの心の中から 出てくる思いを 見つめて下さい

 

久遠なる意識の流れの中で、

あなたが 間違い続けてきた 無数の過去世達の 

心の叫びが 聞こえてくるはずです。

日々心に感じながら生活しているのです。

そして、それが現象化します。

様々な出来事(病気や事故・天変地異)となってあなたにふりかかります。

それが今世あなたが気付きの為に選んだ人生です。

誰のせいでもありません、全てあなた自身が悪い・あなたが原因なのです。

 

心から出てくる思いを、

拒否することなく、責め裁くことなく、憂うことなく

自分自身の事として 全て認め・受け入れ・優しく許していくのです。

 

あなたのやるべき仕事は、ここまでです。

肉をまとった不自由なあなたには、ここまでしか出来ません。

その後は、本物のあなた自身に全てを 委(ゆだ)ねるのです。

全知全能・自由自在な真のあなたが、全てをやるのです。

 

本当のあなたとの約束を、あなたは破ることはできません。

あなたは、自分の心に ウソがつけますか?

 

あなたの時間は永遠です。  あなたは、あなたを、見捨てることはありません。

 

誰もあなたを救うことはできません。あなたは、あなたでしか救えない。

 

自分の中に本当の世界がある、本当の自分が存在している

 

真実への答えは、すべてあなたの心の中にあります。

あなたの心は、自分の存在の真実に対する疑問への、すべての答えを持っています。

 

自分自身の中に答えがあるのに、それを自分の心の外に探し求めないでください。

あなたが今まで抱えてきた疑問のすべてを解く鍵は、あなたの心が握っています。

あなたはただ自分自身に聞いていくだけです。

ただ自分の心と、その存在の真実を信じていくだけです。

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あなたは今、「意識の流れ」を感じていますか?

全ての意識は その流れの中にあります。

私達は今、最高に幸せです。

現在の私達にとって、生も死も ただ ありがとう、幸せ、喜びです。

人生は 苦ではなく、喜びだということです。

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