NPO法人・UTAの輪 会員として、今なにをなすべきか?

 毎日 指針がよせられているので、必ず チェックしてください。

 

枠が黒く表示される方は、上のメニューバーの中心にある 「破れたページの形をしたアイコン」をクリックして下さい。

 

「私は意識、永遠、無限、波動、エネルギーです。」

「私は愛、あなたも愛、ひとつです。」

 

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これから宇宙は変わっていきます。

地球も変わっていきます。

次元移行に向かって人類も変わっていきます。

 

 

田池留吉 ・ UTAの輪 ・ 塩川香世

U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

 

  UTA会  ⇒ UTAの輪

田池留吉: NPO法人・UTAの輪  令和/R年

(UTAの輪作り)  

2019年・令和元年 7月 18日更新

学ぶ方へ

 

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田池留吉の意識からのメッセージ  令和/R

田池留吉の意識からのメッセージH.29・30・31

 

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塩川香世のメッセージ H.31クリック!

塩川香世のメッセージ H.30クリック!

塩川香世のメッセージ H.29・28クリック!

 

令和元年 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

H.31 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

H.30 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世


H.29・28「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

 

 

令和/R年  NPO法人・UTAの輪セミナー(塩川香世) ←クリック

平成31・30・29・28.27年NPO法人・UTAの輪セミナー(塩川香世) ←クリック

 

 

令和/R年  UTA ブック塩川香世・「ZOOM(ズーム)ミーティング」・瞑想会

平成31・30年UTA ブック塩川香世・NEW スカイプ反省・瞑想会

平成29・28・27・26・25年 UTA ブック ・ 塩川香世・スカイプ瞑想会

 

 

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 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

私が 伝えています学びは、

意識の転回、 愛の覚醒、 次元移行 です。

アルバート(田池 留吉)とは

アルバートからのメッセージ←クリック

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U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

U T A

 U、T、A、文字通り、UTAを心で感じる喜びに、あなたもその第一歩を踏み出してください。


 U=宇宙・UFO。  T=田池留吉・天変地異。  A=アルバート・


250年後に至る大きなキーワード。

そのキーワードを大切に、これからあなたの時間を使っていきましょう。


たくさんの私達の仲間、UFOとともに次元移行していく時を楽しみにしています。

「田池留吉に心を向ける。」ことが、全てです。

肉の田池留吉ではなく、意識のタイケトメキチ(本当のあなた)のことです。


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つづく(作成中) in the works

2019年・令和元年 7月 18日更新

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 学びの動機を確認すること、

そして学びの動機はみんなが間違っていますから、その修正を速やかに進めること

これは学びの成果を出すうえで大変大切なことです。


学びに対して熱心というのは形ではありません。


他力、すなわち欲の思いで学びをしても、殆ど効果は出てこないでしょう。


学びに触れた喜びは何となく感じているかもしれませんが、

それはやはり表面上のことでしょう。

根本的に間違いを正さなければ、

殆ど何も変わりはないという現実をしっかりと認識する必要があります。


そういう意味で、学びは難しいということだと思います。


いかに純粋にひたむきに学びと向き合えるか、

つまりは自分と、愚かな狂い続けてきた自分と向き合えるかということに尽きます。


何度も何度も次から次へと出てきます。愚かな自分が出てきます。


それを本当に心からありがとうと受け止めていける自分は幸せだと思えるのは、

その作業を自分の中で淡々と進めていくことにより、味わえるものです。

実践です。自分の中で実践です。

学びの動機の修正の度合い、そして母の温もりを感じている度合いが左右します。

 

 

同じことを言ったりしたりしても、それぞれの心の世界は違います。

もっと端的に言えば、その人が本当に自分の基盤を、

生き方の方向を変えていこうと心から思っているのかどうなのか、

他力の心のまま学びに繋がっているだけなのかどうなのか、ということです。


形を見れば、セミナー参加、現象参加、同じかもしれません。

ただし、今語ったように、その人が、自分の中をどれだけ正しい方向に

解き放していこうとしているか、あるいは旧態依然のままで、

惰性でセミナー参加、現象参加をしているのか、

それは、これからの250年、300年の間にきちんと結果を出してきます。

全部自分が選び取っていった結果です。

誰に何に原因があるわけではありません。


厳しいんです。意識の世界は正確なんです。

素直なんです。

肉の世界、そして、偽物の意識の世界とは次元が違います。

優しさ、温もり、喜びは単なる優しさ、温もり、喜びではありません。


愛へ帰るということは、大変なことです。

裏切り続けてきた意識にとって、

相当な決意、思いで向き合っていかなければならないことです。

お遊びではありません。

なれ合い、じゃれ合い、心を見ないままでは、愛へ帰る道を歩いていくことなどできません。


 

 

 本気で真剣に自分の人生を思ってください。

何のために生まれてきたのか、そこにいつも戻ってください。


生きるということを間違えてきました。

いい人生だったと死んでいった転生もあったでしょう。


しかし、自分の本当の姿を見失ったままでは、いい人生などあり得ませんでした。

ということを死後の自分から学んでください。


どんなにお金があっても、どんなに頭が良くても、どんなに家柄が良くても、

どんなに頑強な肉体を持っていても、自分を見失ったままでは、

真っ暗闇の中から抜け出すことはできなかったんです。


神に祈りを捧げても忠誠を誓っても、真っ暗闇の中から抜け出すことができなかったと、

たくさんの死んだ自分が伝えてきていると思います。


肉という形を自分に用意して、本当に何をしたかったのか、

何を知りたかったのか、自分に問いかけを続けてください。


形を本物だとしてきた心、思いの世界を崩していくことは、

決して容易いことではありません。


しかし、本気になってこの学びで伝えていただいたことと向き合っていきましょう。

残された時間は300年。転生は数回。

しかもこれまでにない厳しい転生です。

今世、本気で学んでください。

 

 

 学びに触れるということは、偶然でもなく何となくでもなく、

自分の計画してきたことです。

環境、事情色々とあってその中で学びを推し進めていくのは容易いことではありませんが、

自分の計画してきたことだということを知ってください。


今世はこれまでの転生とは訳が違うという自覚のもとで、

はっきりとした生きる方向性を確認していきましょう。


今世を転換期に。

これまでの暗くて真っ暗な苦しい転生を、

何とか今世を境にして変えていこうとそれぞれがそれぞれに計画してきたことは確かです。


ただ、このことは自分の心で感じてそして知っていく必要があります。


いいえ、このことだけではなくて、学びについてはどれもこれも、

それぞれの心で感じ知っていくことが必要です。


心が知っているから、自分の中に響き伝わってくるんです。

それを肉で拒否し否定し打ち消してしまうのか、

それとも、ああそうだったんだ、やっぱりそうだったんだと

思いを向けていくかということでしょう。


同時期に学ばせていただいていることを嬉しく思い、

互いに声を掛け合い、思いを同じ方向に向けていきましょう。

そういう仲間があなたの周りにいれば、

それはそれは幸せなことではないでしょうか。


仲間です。上も下もありません。

 

 

 

 学びを生活の中心に置いていこうとしたとき、

NPO法人UTAの輪から配布されているカレンダーをきちんと活用してください。


そこにはセミナーの予定が記入されています。

受付開始日、受付終了日をきちんと確認して、

参加する予定のセミナーの入金日もまたそこに各自記入する習慣をつけてください。


入金したつもりでいて遠いところからセミナー会場にやってきて、

その時あなたの名前がありませんと言われて初めて、

自分のうっかりミスに気づかされるといったことがあるように聞いています。


たとえばこのように、誰しも思い込み、うっかり、ぼんやりはあると思いますが、

ある程度の自助努力でその回数は減らせるのではないでしょうか。


年だから、色々とあって忙しかったから、それも分かりますが、

自分の側からすればそうでも、やはり各自注意確認することが必要だと思います。


肉を持って肉の中で学んでいるのだから、

守るべきところはきちんと守ってそして確認を怠らず、

お互いにできるだけ気持ちよく関わっていきましょう。

下らないことでスタッフの手を煩わせずに、

学びに集中できるセミナー参加でありたいものです。

 

 

 

 セミナー会場で、あるいはインターネットを活用し、

ともに学ぶ環境にあることを喜んでいます。

特にセミナー会場に出向きともに瞑想をする顔ぶれがほぼ定着していることは、

いいことだと思います。


私は、学びの中心核、そこから波及する輪が安定した状態で、

今世の学びを終了できればそれで上出来だと思っています。


本番の250年後に向けてその予習段階である今世の学びの時間を、大切になさってください。


今世、心に伝えていただいた波動の世界を、

本番に見事大輪の花を咲かせることができるように、

真っ直ぐに思うことをやっていきましょう。


学びは自分の心で感じていくということですから、

自分の中にたとえば250年後ということが具体的に響いてこなければ、

次元移行など荒唐無稽のお話としてしか受け取れないと思います。


しかし、感じる方にはそうではありません。

たとえばアルバートと思いを向ければ、自然に中が反応します。

出会いたかった、本当に出会いたかった、

そんな思いが心の底から噴き上がってくる体験を重ねていくでしょう。


説明などできません。

ですが、噴き上がってくる思いは確かにあるんですから、

そういうことを瞑想の中で繰り返し体験して、

そして、肉の自分と意識の自分の違いをはっきりと知って、

本物を選び取っていくという学びの時間になっていくと思います。


そこで確認です。今世の転生は違うんです。

その違いはすでにそれぞれの中で明確になっていますか。

自己評価して、そこからそれぞれに学びを進めてください。

 

 

ともに学んでいこうという空気、雰囲気があなたの身近にあれば、

それを互いに進化させていってください。

ともに学んでいこうと

心から喜んで呼び掛け合ってください。


もちろん、自分の中にというのは言うまでもないことですが、

こうして今互いに肉を持ち、自分を学ぶというチャンスを用意しているんだから、

本来の生きる意味、道筋を確認し合いながら、

そして合言葉通り、250年後の再会を果たし、ともに次元を超えてください。


こんなチャンスはこれから250年の間にそうそうあるものではありません。

 

互いに自分を繋いでいく、繋いでいけるように、

互いから心を、自分の発してきたエネルギーを見させていただきましょう。


実際に田池先生とともに学んでこられた方は幸せ者です。

確かに、そこには時間の長短、肉との関わり合いの違いはありますが、文句なしに幸せ者です。

そして、残念ながら、先生とともに学べなかった方もおられると思いますが、

今、学びに触れているということは確かなことですから、

学びの友とともにしっかりと歩んでいく方向に、自分の生きていく舵を切ってください。


250年後が本番です。

本番に心を向けていけるように自分を学んでいきましょう。

 

 

学びは自分の心で学んでいく、

自分の心でしか分からない、これはその通りです。

 

だから、瞑想なんです。

 

単なる瞑想ではなくて正しい瞑想をそれぞれが学び取っていかなければなりません。


それとともに、心で感じたものをはっきりと表現する

ことも大切なことだと思います。

はっきりと表現するということだから、言葉で語るということになります。


立派なことを、優等生の思いを語るのではなくて、

自分のその時感じたものを一言でもいいからはっきりと言えるようにしましょう。


だらだらと語るのではなく、一言でいいんです。


よかった、嬉しかった、ありがとう、幸せでした、あるいは苦しかった、

どうしていいか分からない、怖い、不安だ、くそばかりが出る、色々とあると思います。


絶対評価のもとで、自分を学ぶ時間を自ら用意しているんだから、

それを最大限活用して、本当の自分との出会いを果たし、

さらなる意識の世界へ進んでいくべきです。


肉、形の世界を本物だとしてきた数々の転生の歴史。

もうそこから自分を軽やかに解き放していく時がきています。


意識の流れの流れとともに生き続けていける自分達でありましょう。

 

 

 何を選び取っていくか、それはそれぞれの課題です。


平時では、田池留吉、アルバート、この道だと思っていても、

さてそれが本物かどうかは、これからの時間、転生で見極めるということになります。


心の闇、くそを吐き出して吐き出して、

それでも次から次へと出てくるくそのエネルギーに尻尾を巻いて退散するのか、

それとも、真っ直ぐに勇気を持って淡々と優しく受け止めていくのか、

それは本当にそれぞれが選び取っていくことです。


道はすでに示されています。

正しい道しるべはどなたの心の中にもあります。

気付くか気付かないか、気付けるか気付けないか、

本当に学んできたのか学んでいるのか、

その真価が問われていくこれからだと思います。


何が自分の基盤になってきたか、なっているか、

これからそれぞれに幾度かの呼び掛けを自分にします。


本当の自分に帰りたい、帰っていこう、帰っていきますの思いが、

自らに呼び掛けを起こしていきます。


なぜだか分かりますか。分かりますよね。


そこを信じて信じて自分の切なる思いを現実のものにしていきましょう。

 

 

 田池留吉と思えることが幸せです。

頼るとか何とかという思いではなく、

ただ田池留吉と思える、呼べる

今世ほど幸せな転生はありません。


初めて、生まれてきてよかったと思えるんです。

肉を用意してきた自分にありがとうが真っ直ぐに言えるんです。


こんな幸せな転生はないです。

環境その他色々とあり心がまだまだ揺れると思いますが、

それでもそれでも学びに触れた私達は幸せ者です。


この喜びと幸せを、

必ずそれぞれ自分の次の転生に繋いでいってください。


そして、250年後に必ず再会を果たしましょう。


もうその思いだけで、これからの学びを進めていきましょう。

みんながみんな間違ってきた、狂い続けてきたんです。

今もなお、肉を本物とする思いの狭間にいるでしょう。


しかし、それも意識の流れが顕在化するこれからの時を経て、

大きく変わっていかなければなりません。いいえ、いくようになっています。


肉を本物とする思いをいかに転回していくか、正念場です。

 

 

 

2019年も後半の6か月を切りました。

時間が飛ぶように過ぎ去っていく中で、

日々淡々とご自分の学びを進めておられると思います。


今の目に見える自分だけが自分ではないと、

どなたも心ではっきりと知っていけるように、日々学んでください。


何のために今という時があるのか、

いつもいつも絶えずそこに戻って、

本当に生きていくとはどういうことなのか、

日々の生活の中で思いを馳せる時間を確保していきましょう。


ということは、

瞑想をする時間をしっかりと確保

してくださいということになります。


日々の生活で楽しみや喜びを味わいながらも、

ただそれだけでは何とも味気ない空虚な人生だということは、

もう学びに触れている方ならばどなたも、自分の心で納得されているでしょう。


本当の喜び人生を歩いていく、広げていく、今世はそれが可能だとお伝えしています。

 

尤もそれはそれぞれ次第ですが、心の向け先ひとつで、

自分の過去も未来も変わっていける不思議とありがたさを、

どうぞ、今世のその肉を通して学んでいくようになさってください。


そして、合言葉、250年後の出会いを果たすを味わってください。

 

 

UTAブックさん主催の「死ぬまで瞑想会」、第一回目無事終了ということです。

どうぞ、参加資格のある方、これからも自分の学びとして、この機会をご活用ください。

どんな企画もご自分の学びの歩みを進めるということを

基本にしていけばいいのではないでしょうか。


ということで、今ふうっと心に上がってきた思いは、

セミナー参加される方達の中で、50代、60代の方達とともに瞑想をする時間を、

セミナーの中で持つ機会を増やそうかなあということです。


もちろん、50歳未満の方達も視野に入れてというのは変わらない思いです。


学びをするのに年齢は関係がありませんが、

しかし、体力、気力のまだあるうちにということも見逃せません。


そういう意味で、50代、60代、そろそろ身体的にも衰えが見え始める時期に差し掛かります。


セミナーで、そういう機会があれば積極的にご参加ください。

 

 

 自分に決めてきた愛へ帰る道をしっかりと歩いていくこと、

いつもそのことを心に留め置いて肉の時間を流していけばいいと思っています。


学びをして、自分の価値基準を変えていかない限り、どうしようもないことを実感してきました。

価値基準を変える、つまり自分の基盤を変えるということです。


そこをしっかりと遂行していかないと話にならないということでしょう。


肉、形を本物としてきた大バカ者の自分をしっかりと確認して、

そんな大バカ者の自分だから何度もチャンスを用意してきたことも、しっかりと確認して、

そのうえで、今、こうして学べる千載一遇のチャンス

自分に用意しているありがたさを感じてください。


心の針を外に向けて生き続けてきたことを心で知っていきましょう。


自分の外に喜びを温もりを真実を探し続けてきたという自覚をしっかりとして、

自分の人生を生き直していく覚悟で、これからの転生を迎えてください。


今世学んだことを心で繋ぎ、

必ず250年後の意識の出会いを果たしていこうの思いで、

どなたも今世を終えてください。


一人ひとりの問題です。

 

 

学びに触れる時期はそれぞれ違います。

殆どは、20年、30年と長く学んでおられますが、そうでない人もいます。

大事なのは、それぞれ学び始めてから、

どれだけ学びの基本に沿って学んできたか、学んでいるかでしょう。


学びの中心部分をしっかりと伝えるという仕事を終えたから、

田池留吉の意識の世界は、一旦肉という形を消しました。


肉を持ってする仕事の終了とともに、今世の肉を捨て、

あとは250年後を待つのみということです。


今世初めて伝えてくれた真の波動の世界に

しっかりと呼応していく喜びと幸せを学ばせていただいた事実があります。


「私達の本当の姿は目に見えません。

波動、エネルギーとして永遠に存在しています。

肉、形を本物とする思いから、

意識、波動を本物とする思いに

180度転回していってください。

すなわち意識の転回を速やかに遂行して、

本当の人生を生きてください。」


意識の流れからのメッセージは確実に現象化してまいります。


天変地異という形で、肉、形の世界が総崩れしていく中で、

何を思っていけるか、何に心の針を向けて合わせていけるか、

一人ひとりの課題となってきます。

250年後の本番に向けて動く 意識の世界を感じてください。

 

 

 体力、気力のある間に学んでください。

学ぼうとする肉の思いはあっても、ある程度の体力、気力がなければ、

その肉の思いを叶えることはできません。

哀しいことですが、如何せん肉を持っている以上、それはどうしようもないことです。

肉を持って学ぶという条件だから、

肉の状態をできる限り学びに適う状態にしていくのも大きなポイントです。


年齢を重ねていくことは避けることができないし、

加齢がもたらす様々な肉的変化を受けながら学んでいくということになってきます。


だから、できればまだまだ体力、気力の充分にある時期に、

自分の学びの道を確立する、つまり自己確立を目指してください。


私自身の経験からそうお伝えしたいと思います。

自己確立さえきちんと出来ているとするならば、

あとは、ぼちぼちまさに自分のペースで学びの歩みを進めていけるのです。


もちろん、日々の生活の中では色々とあるでしょうが、

基本的にはそれは些細なことでしかないと、中から伝えてきます。

そして、本来自分が切望してきたことを淡々と遂行していく喜びと幸せを、

日々の瞑想の中で感じていける喜びを伝えてきます。

 

 

 物質的に何不自由のない生活であっても、

心が不自由であれば決して幸せであるとは言えないでしょう。


では、心が不自由であるとはどういう状態をいうのでしょうか。


不自由、自由でない。

ただ単に自由でないというのではなく、

自分の心の世界、意識の世界は本当に自由なんだろうかと振り返ってみてください。


本来、私達は自由に羽ばたく意識の世界にあったのに、

自ら狭いちっぽけな中に押し込めていったのはなぜなんでしょうか。


自らを押し込めていったという思いはないかもしれません。

そして、その世界が狭いちっぽけな世界とは分かっていなかったかもしれません。

今も分かっていないかもしれません。


しかし、肉、形を本物とする思いの世界は、狭いちっぽけな暗い真っ暗な世界です。

たとえ、物に溢れ人の優しさ、温もりを受けても、肉、形を本物とする思いの世界にいては、

本当のことは何ひとつ分からない、知らない状態だということだから、

本当の幸せ、喜びの人生にはなり得ません。

大事なことは、そのことに、いつ心で気付けるかということだと思います。


何事も自分の心で気付くということが大切です。

頭で知るのではなくて、心で気付いていきましょう。

気付いていけるように学びましょう。

 

 

どなたもこれより、

自分の250年に至る転生に思いを向けて瞑想をする時間を持ってください。


死んだ自分から伝わってくる思いとともに、

これから肉をいただく自分の思いにもしっかりと触れてみてください。


繰り返し、そういう瞑想をしていくと、

今、今肉を持っている今という時がどんなに自分にとって大切な時であり、

かけがえのない時なのか分かってきます。


これまでの転生と同じ価値基準で今世の転生を終えていくことはあってはならないと、

あなたの心にその思いが響いてきますか。


ゆったりと心を向けていく中に、その凛とした思いを感じていきましょう。


あってはならないと心を縛るのではなくて、

真っ直ぐに本当の自分の思いを通していく強さに目覚めていきましょう。


学びに触れたことをどう思っていますか。

本当にすごいことなんだと心で分かっていますか。


死ぬまで瞑想、いいじゃないですか。

今世の肉を通して、しっかりと自分を学んでまいりましょう。

そして、死んでからも瞑想ならなおさらいいですけれど、これは甚だ難しいです。

 

 

自分自身を含む身の回りで

起こってくる現象に不必要なものはありません。

現象だから肉的には不都合なことでしょう。

不都合なことかもしれないけれど、そして、不都合なことだから

ありがとうと受け止めるにはなかなかですが、

そこは肉の心を広げていくことをしなければなりません。


そうしたとき、ある時思えるんです。

これがあったからこうなって、ああなって、結果的にはよかったんだと。


もっと具体的に例を出して言えば分かりやすいと思いますが、私はそう思っています。


ただ、肉の心を広げていくこと、これは難しいですね。

 

意識の世界は本当にすごいから、

ぱっと思えばそれで通じていくんです。

 

ですが、肉はそう簡単にはいきません。

その辺り、私も自分自身の学びとして課題を残しています。

もう少し、愚かな肉を携えて愚かな肉のことを学ぶ予定です。


250年後の来世の私は歯がゆく感じているでしょう。

何やってるの、そう思いながらも、私を全力で応援してくれています。

なぜならば、今の肉を離して、肉のない状態で自分を学んでから

最終の肉を自分に用意するという一連の流れを意識の私はすでに知っているからです。


その流れをすでに知っている意識が、肉という形を持つ、

それが250年後の来世の私です。


その来世の私からのメッセージ。


「今の肉の環境は、恵まれ過ぎている。何をごちゃごちゃやってるの。

さっさと受けていけば何の問題もないじゃない。」と軽くあしらわれています。

その通りです。皆さんも今世の環境の比ではないですよ。

これからの転生の状況は。

だから精一杯今世学んでまいりましょう。

そして今世の結果を必ず250年後に繋いでいくという心意気でいてください。

 

 

 

自分の世界に生きている、自分の思いの世界に生きているということを、

どなたも心で知ってください。確認してください。


その世界がどんな世界なのか、自らに肉という形を用意して自らに見させています。

周りの出来事、人、それによって自分の世界に上がってくる思いを、

つまり自分をしっかりとはっきりと知っていくこと、

それが肉という形を持っている、つまり生まれてきた訳です。

 

このことをはっきりと知るべきです。

肉という意味を取り違えてきたことを、心ではっきりと知って、

本当の人生の時を刻んでいきましょう。


肉体というものは年とともに疲弊していきます。

もちろん、それ以外にも肉体細胞を傷つけて肉体細胞が疲弊、

死滅していく出来事が起こってくる場合があります。

 

今の世の中、健康的に命を長らえさせることが幸せ人生というふうになっていますが、

それは違っています。違うとはっきりと言えますか。


学びに触れた人達は、自分の本質、本当の自分の姿を知らずでは、

到底幸せ人生にはなってこないことを知っています。

 

そして、本当の幸せ喜び人生を歩いていくためには、今何をすべきなのかを知っています。

それだけでももう幸せなことです。

 

だから、その本当にするべきことを、肉を持っている今真摯に淡々とやっていくことです。


その結果、ふと気が付けば本当に幸せな自分がここにあることを、心が教えてくれます。

心を見て、正しい瞑想が継続できる私達でありましょう。

 

 

 

 ともに歩む、自分の中とともに歩む、

そして肉体細胞の思いを感じながら、ともに歩む

簡単なようで難しいことかもしれません。


みんな自分で決めていくこと、行く先の舵を切っていくのは自分だということ、

つまりは全部自分次第だということです。


手を引いてこっちですよと形で示されたならば、話は簡単ですが、

何もかもあなた次第だ、自己選択、自己責任だというのは、縛りもなく強制もなく自由ですが、

他力の中にどっぷりでは、何とも冷たく突き放された感覚があるのではないでしょうか。


そう思う心をそれぞれに見ていけばいいけれど、見ないようにする、

見えなくしているというのも他力の中に落ち込んでしまっている証です。


それほど他力の思いにとらわれている状態だということなんですが、

その認識が甘いのではないでしょうか。


自分勝手にしておいて、その結果はあなたのものだというところは抜きにしている、

私も悪かったけれど、あなたもそしてこれも悪いんじゃないかと責任を転嫁する心癖が、

あなたの心に残っていませんか。


他力のエネルギーのしぶとさを確認しましょう。

 

 

 

 学びの本番は250年後です。

今世はその予習段階です。

とは言え、今世の学びがいかに大切であるか、それぞれの心でお分かりだと思います。


今世をいい加減にして、250年後に飛べません。

今世の学びの結果を受けて、これからの転生が展開されていきます。


誰が決めたわけでもなく、みんな自分で計画してきたことだということを、

どうぞ、日々の瞑想を通して確認してください。


自分が出したものは自分に返ってきて、そして、そのことにより、心を見て、瞑想をして、

さらに自分の生きていく方向、選び取っていくものを決定していくだけのことです。


今世、私達は初めて真なる学びに触れさせていただきました。

今世を境にして180度自分を変えていきましょうというメッセージのもと、

自分の本来生きていく方向、本来選び取っていくものを確認、確認しているのが、

田池先生没後のセミナーの学びの時間です。


それぞれの心で受け止めていくしかありません。

心で受け止めた波動の世界を信じてそして育んでいく、

私もあなたもともにやり続けてまいりましょう。

そして、それぞれ肉を置いていく時期が来れば、

250年後の再会を必ず果たしていこうの合言葉で、肉はお別れしていけばいいんです。


肉が無くなったからと言って、存在が無くなったことではないということについて、

心の理解を深めていきましょう。

 

 

 心も身体も余裕を持って学びと向き合ってください。

気張らなくていいんです。リラックスして、伸び伸びと瞑想を続けてください


瞑想を習慣づけるのは大事なことですが、

しなければならないと構えることはよくありません。

 

学びは修行ではありません。楽しく学んでください。


もちろん、楽しく学ぶとはいい加減な思いで、軽い思いで学ぶということではありません。


素直に真っ直ぐに自分のエネルギーを感じていく、

つまり自分に自分が辟易するのではなくて、自分を楽しんでいきましょう。


こんな凄まじいエネルギーを瞬時に噴き出してしまうんだから、

幸せになんかなれるはずはない、

喜びなど温もりなど分かるはずもない、

自分で心から納得できることを喜んでください。


そして、それでも自分の底の底の奥底には喜びと温もりのエネルギーがあることを

信じなさいと伝えてくれている本当の自分に対して最敬礼です。


そうやって、自分と自分の中で楽しんでください。


ふるさとの歌を口ずさみながら、涙してください。

帰ろう、帰ろうの大合唱に心で応えていきましょう。

 

 

色々な形で、学びの友が積極的にともに学んでいこうと動き出される最近を嬉しく思います。

私は我関せずというところがありますので、積極的には情報収集はしていませんが、

何かの折にそういう動きを感じさせていただいて、何かいいなあと思っています。


それぞれの動きには水先案内人がいるでしょうが、あくまでも水先案内人に徹してください。


ともに学んでいこうという思い、姿勢は絶対に忘れてはいけないでしょう。


みんな間違ってきたのです。みんな狂い続けてきたのです。

正しく生きてきた人など存在しません。


みんな真っ黒だけを宇宙に垂れ流してきたということ、

そして、その回収はそれぞれがやっていく必要があるということ、

そこをぶれずにともに学んでいきましょう。


誰が上、誰が下、そうではなくて、愛へ愛へ帰れる道があることを知って、

その道を自分の足で歩いていく喜びと幸せを、

どなたも心に感じ広げていけるような、

そんな今世の学びの結果にしていこうと呼び掛けます。

 

 

 

 大切なこと、一番大切なことを大切にしてください。

決死の覚悟で生まれてきたことをどなたもお忘れなく。


自分で計画してきたことを、

心を見ることにより、

正しい瞑想をすることにより、

自分で分かっていくことが肝心でしょう。


肉塗れの中ではそれは困難です。

学びが難しいというのは、肉があるからです。

肉があるから、肉と一体化している思いがあるからです。


それを剥がし取っていくことができるかどうかです。上塗りは簡単です。

磨いて磨いて艶を出して、形を整えて、そうすること、そうできることが幸せ、喜びの道、

生きている証だとしてきたんですから、剥がし取っていくことはどれだけ難しく、

エネルギー必要とするかは実感されていると思います。


肉の道を極めるのではなく、肉の道を消していくのです。

消し去ろうとしても消せないけれど、

自分の中から薄く薄くしていくように、

心を見ていきましょう。


何も持たない、何も持てない、ただ思いの世界があるだけ


この事実を肉ある今、心で確認してください。

 

 

今世、学びに触れた方達は、これから250年、300年の間に何度かの転生があります。

必ず肉という形を持ちます。


生れたくない思いを遥かに超えて、肉をくださいと今まで以上に切望してきます。


その思いが、今回のライブ配信の来世、肉を持つ思いに触れる瞑想から感じ取れましたか。


どなたもボロボロの心の状態の中で、

三次元最終の時を迎える計画を立てていることを心で知ってください。


私は、先にホームページに載せた通り、

アルバート殺してやる、アルバート愛していますの凄まじいエネルギーを噴射します。


そして全宇宙とともに次元移行を達成していく意識の流れの中にある喜びをしっかりと確認して、

さらに愛に向かって意識の世界を進んでいきます。

 

それを私は、田池先生の肉がある間に、その意識の世界を学び確認しています。

心で受け取ったから、あとは愚かな肉の思いをしっかりと見て、

自分の計画が頓挫しないように、思いを向けていくだけです。


身体には少々不具合がありますが、

心で受け止めたものを遂行していくことには支障がございません。

 

 

私もあなたもともに学びます。

田池先生の肉を通して、真実の波動の世界を学ばせていただいた私達に残されていることは、

道しるべが指し示した方向を真っ直ぐに見ていくことです。

その方向だけを見ていくことです。


もうやるしかありません。

きちんと心に残してくれた確かな足跡を、しっかりと歩いていきましょう。


「待っています。必ず出会ってください。」


どなたの心にもそう響いてくるはずです。

ただただ待ってくれている思いに、それぞれの心でしっかりと応えていってください。


思えば響く波動の世界を心に感じ、本当の喜びと温もりの道を進んでいきましょう。

 

そして、250年後の意識と意識の出会いを果たし、

心の奥底からアルバート殺してやる、

アルバート愛していますのエネルギーを噴き上げてまいりましょう。


ただただ嬉しい。その舞台設定はすでに整っています。

三次元最終のお勉強です。喜んで喜んで受けていこう。

 

 

これからさらに、想定内、想定外の出来事が起こってくる中で、

心は揺れてももう自分を見失うことなく、道を間違えることなく、

真っ直ぐに前を見て生きていきましょう。


信じる信が問われるこれからです。

何を選び取っていくかでしょう。


田池留吉を選び取ってください。

次元移行を伝える意識の流れに心を委ねてください。

 

肉は何ほどのものでもありません。

肉でできることなど微々たるものです。

 

意識の世界にある自分というものをしっかりと心に感じ、

必ず自分の中で次元移行を果たしてまいりましょう。


心の針の向け先を絶えず確認、管理して

どんなに間違い続けてきても、

帰ってきなさいという呼び掛け、いざないがなされてきたことを、

心から心から知っていただきたいと思います。


帰るところはひとつです。もう帰らねばなりません。

帰りましょう。ひとつになって帰ってまいりましょう。

 

 

 

もう迷うことはないと思います。

心は揺れるかもしれませんが、その揺れが大揺れのまま自分を見失うことはないと思います。


揺れがどこからきているのか、この揺れをどうすればいいのか、

その対処の方法はどこにあるのか、

その問いかけに対する答えは、それぞれの心で出てくるでしょう。

あとはその出てきた回答に対して、どの程度の角度で向き合うことができるかだけです。


どの程度の角度、真正面からしっかりと向き合えるか、

その角度が段々に大きくなって、

結局は自分の心の針の向け先

とんでもない方向に向いていくのか、そういうことでしょう。


それを左右していくのは、それぞれの心の中に巣くう他力のエネルギーの程度であり、

それと並行して感じている母の温もりの厚み、深さ、広さの程度

だと言えると思います。


心の針の向け先の正しい方向を知って、

その方向に針を向けて合わせていく以外に、

本当の自分の生きる道が見えることはありません。


互いに肉は愚かですが、

本当の自分の生きる方向がしっかりと定まっていくように、

学んでまいりましょう。

 

 

半端な思いで学びをしていませんか。

真っ直ぐに学びと向き合えているあなたでしょうか。

そして、今、あなたはあなたの環境その他を通して、

学びに触れている今を心から喜んでいますか。


あなたは特別ではありません

真っ黒だから、どうしようもない状態だから、今世、学びに触れているんです。

 

先日の琵琶湖セミナーの最終日に、

セミナー資料から読ませていただいた中に、

決死の覚悟という文言がありました。

 

決死の覚悟で、自分を救いあげていこうとして、

今世の肉、環境を用意して、学びの時間と空間を自分に用意しました。

 

それは今語った状態だからです。

今世を逃しては難しいということを、今一度、どなたも心に留め置いて、

それぞれの責任のもと、生きていく道を選択してください。


決死の覚悟をしてきた自分は、

あれとこれを平行に進めていくことなどできないということを知っているんです。

心は知っています。中は知っています。知らないのは肉のあなただけです。

 

肉のあなたは色々と言い訳、尤もらしい理由を並べ、正当化します。

しかし、中から決死の覚悟という思いが伝わってきているならば、

それに忠実に肉は沿っていく方向に取捨選択が必要です。


肉の仕事は中の思いを、切なる思いを最大限活かしていくことにあります。


肉を活かすために肉があるのではありません。

 

 

 

 田池留吉の意識の世界が肉を持ち、その肉を通して、

田池留吉の意識の世界をつぶさに学ばせていただいた、感じさせていただいた、

この事実の重みをあなたの心にしっかりと感じて、

そして本来歩んでいく方向に、自分の心の針を向けて合わせてください。


しっかりと向けて合わせてください。欲は一切通用しません。

真摯な思い、ただひたすら真っ直ぐに、

喜んで喜んで真っ黒に作り上げてきた自分の宇宙の崩壊をしてまいりましょう。


崩しても崩してもまだまだです。ですが、その方向に明るい兆しは感じられるはずです。


もう決して狂うことない、不安も恐怖も闘いも何もない、

ただそこに広がっていく安らぎ、温もりを感じ、

その中に生き続けてきた自分達でしたと、

はっきりと知っていくことが、たったひとつの自分を救い上げる道です。


帰ろう、帰りましょう。私達のふるさとへ。

愛、心のふるさとです。

待ってくれています。本当の自分が待ってくれています。

 

 

心、定まっていますか。

生きていく中で色々なことが起こってきますが、その中で一喜一憂せずに、

しっかりと自分の生きていく方向を確認しながら、歩みを着実な歩みを前に進めてください。


見て聞いて心が揺れる状況は、肉を持てばみんなに平等に公平に配分されています。

お分かりのように、そこから肉塗れの自分をどうしていくかが問題です。


形の上での解決策は、模索すればそれなりにあると思いますが、

肉塗れの自分から自分を解き放していく術は、そう簡単なものではありません。


今世、学ばせていただいた私達です。

このチャンスを無駄にすることなく、

自分が本当に生きたかった道を勇気を持って喜んで進んでいきましょう。


自分が一番望んできたことは何だったのか、

静かにゆったりとそして真摯に自分に問いかけていける時間と空間を用意してください。


雑事に自分を紛らわすことなく、しっかりと自分と向き合うことをしてください。

 

 

 

 これからさらに心を揺さぶる大変な時間を用意していますが、

どうぞ、自分の中に確立している信を、その大変な時間を活かして大きく成長させていきましょう。


地獄の奥底に逆戻りするのではなく、

明るい温もりの世界へ自らの一歩を踏み出していきましょう、

踏み出していってください。


どんなにしても出会えなかった、分からなかった本当のこと


心から心から待ち望んできたことが、今それぞれの手が届くところに見えています。

心の目でその事実をしっかりととらえ、

ともに愛へ本当の自分へ帰る道を真っ直ぐに、

ひたすら真っ直ぐに進んでいきましょう。


愛、愛を思えば宇宙。宇宙は愛でした。

私達の宇宙は愛でした。


喜びと温もりに満ち満ちていたあの宇宙へ帰りたいという心から叫ぶ思いに、

それぞれがそれぞれの心でしっかりと応えていくべきです。


私達は応えていけます。

私達の中にある喜びと温もりのエネルギー

しっかりと確認できるこれからなんです。


形の世界の総崩れで、自らを見失うことなく、

喜んで喜んでありがとうと心で受けていける私達に蘇ってまいりましょう。

 

 

 

 何をするために生まれてきたのか

これまでの転生と今世との違いを自分の中で、

はっきりとくっきりと線引きをすることが大切です。


今世を自分の転換期にするということは、ある決断をして、

それを実行しなければならないということになりませんか。


決断、そして実行です。

世の中の流れ、価値基準などどうでもいいんです。


形の上では、ある程度世の中に縛られることがあっても、

それによってこれまでと同じように自分の心を売る、ないがしろにしてはならないんです。


不器用な生き方でもいい、損得勘定など抜きにして、

自分と自分の愚かさと真向かいになって

生きていく生き方を真摯に選び取っていくことが大事です。

それはけれど、本当のことは何か、何をするためにここにあるのかが、

自分の心で分かってこなければできないことです。


肉は金と欲に走る傾向にあります。

欲の垂れ流しをしてきたにもかかわらず、

まだまだそのことに心から気付けていない私達なのではないでしょうか。

 

 

今世は、学びに触れている私達にとっては、大変大切なかけがえのない転生です。

これは確かなことです。

学びに触れたことは、決して偶然でも何となくでもなく、自分自身で強く望んできたことであり、

決死の覚悟という表現も使いましたが、全部自分で計画してきたことでした。


それにもかかわらず、途中で学びから離れるということを選択する人達も確かにいます。


それらは全部、今の肉の都合です。

肉を優先して、そして自分の中の切なる思いにまた蓋をしてしまう心癖から

自分を解き放つことができない哀しい状態を引きずっていると言ってもいいと思います。


けれど、私は基本は
去る者追わずと思っています。

その基本姿勢で、全部自己選択、自己責任だと思っています。


ただ、呼び掛け、いざないはどんな時も絶えずなされている

ということだけはどなたも知っていただきたいと思っています。


そのことに気が付かない、無視する、軽く受け流す、本当に肉は愚かだと思います。

互いに愚かな肉ですけれど、もう意識の流れは着実に動き出しています。

だから、ともに同じ方向を向いて、ともに歩いていきましょう、

喜びと幸せを共有できる喜びを味わっていきましょうと、

宇宙の仲間達とともに、次元移行という意識の流れをしっかりと果たしていこうと、

私はただただそう思うだけです。

 

 

 

 決死の覚悟、決して大げさではないと思います。

決死の覚悟で今世生まれてきた、肉をいただいた、用意した、

正しい瞑想の純度が上がってくると、それがどういうことなのか、はっきりと心で分かります。


何をおいても今世なんです。

学びに触れた方達は今世を逃せば、

次元移行という意識の流れに乗っていくことは難しいというのが実際のところだと思います。


それが決死の覚悟ということだと思います。

自分がいかに愚かであり、他力のエネルギーに自らをがんじがらめにしてきた愚劣さに、

本当に心で気付き知っていきたいと思ったのです。

 

そして、自分を苦しみの奥底から救っていこうという決死の覚悟で、

学びに繋がるという計画を立てました。


どうでしょうか。あなたの心に問いかけて、自分から返ってくる思いはどんな思いでしょうか。


もしこの通りならば、では今、
あなたの学びの進捗度はどうでしょうか。

自分の予定してきたことをクリアしていますか。

クリアしていると答えが出たら、それはそれでいい、

自己評価のもと、しっかりと自分の歩みを進めていってください。


そうでなければ、
しっかりと厳しくそして優しく

自分のこれからを見定めていくような生き方の軌道修正をしてください。

 

 

 繰り返しになります。

大事なことだから、そしてここを違えば、ここが心で分からなければ、

生きていく方向が全く違ってくることは明らかだからです。


それは、なぜ自分は生まれてきたのかということが、

本当に心で感じ分かっているかということです。

頭ではなくて心でです。

 

今世の時間がどんな時間なのか、自分にとってどんな時間なのか、

しっかりと心で分かっていますかといつも自分に問いかけてください。


他力の中に、欲の中に塗れてきた意識の世界です。

その自覚はどの程度ありますか。


面白おかしく適当に生きていくのは容易いことだけど、

学びに触れ心に感じ始めた今世は、

これまでとは少々いいえ、随分事情が違っているはずです。

自分との約束を違えて生きていくと心が疼きます。ざわつきます。


そうじゃないでしょう、

違っているねと伝えてくる本当の自分からのメッセージを聞く耳、心を育成しつつあるからです。


形ある中に自分を置いて、この形の世界から本当に学ぶべきことがあると心で知り得たならば、

目を閉じるだけでいいんです。

目を閉じて思いを向けていく時間の中で、

何とも言いようのない喜びと幸せが心に広がっていきます。


何も要らない。

正しい思いの向け先が分かれば、それでよかったんです。


心の針の向け先をいつもチェックするようにしてください。


次回ライブ配信予定日は、5月30日(木)、午後2時です。

 

 

単純に、シンプルに生きていこう、そして学んでいこう。


はい、いいえを明確に。学びを進めていくについて、これはとても大切なことです。

能書きは要りません。

心の問いかけに、はい、あるいは、いいえを一番に答えてください。


ダラダラ語っているうちに焦点がぼやけます。

言い訳とか言い分とかあると思いますが、学びは単純かつ明確でなければなりません。


1+1=2、1+2=3の世界です。

肉基盤からすれば何とも味気ない、面白みがないというふうに

感じるかもしれませんが、とんでもありません。


1+1=2、1+2=3の世界だから、信じられるのです。

絶対に揺らがない、何があろうとも、どんなに時を経ても決して色褪せない、

変わることのない真実の世界の法則です。それが意識の世界です。


肉基盤からは推し量れない世界です。

そこから推し量り、言い分を通そうとする思いを

心でしっかりと見て反省に繋いでいかなければならないでしょう。


学びは今世が最初です。まだまだ学び始めた段階です。

しかし、本物だから、学びの道筋にしっかりと素直に沿っていけば、

どなたもみんなみんな感じ分かっていくのです。

全部自分の中は知っていたということになります。

本当の自分というものはたったひとつだからです。

 

 

 

本当のことを自分の心で知る、その術、学びの手順を教えていただきましたので、

あとはそれぞれが学びを素直に真摯に進めていくだけです。


肉に塗(まみ)れるのも自分の選択だし、

困難な意識の転回に真正面から向き合う生き方も自分の選択です。


強制もなければ何もありません。あるのは自分の世界だけです。

肉、形は色々とあり、その中においては千差万別、人それぞれでいいと思いがちですが、

そこは言うまでもなく影の世界で実体はなく、千差万別の闇、

ブラックがあるだけで、それがいいということにはなりません。

ただ、自分が肉、形を本物とする思いの中にあれば、その世界は確かに実感があります。

しかしそれだけです。確かな実感があると思っている自分の世界があるだけです。

その世界がどんな世界なのかは別問題であり、それは言わずと知れたことでしょう。


肉から意識への脱却を図る

たったひとつの大きな課題をみんな自分に突きつけて、

何を選び取っていくか自ら決めていくようになっています。

 

 

 60歳を超えても、様々な理由付けをして、

学び一本に絞って生きていくことをしていない人もいます。


自分なりに大義名分はあるのでしょうけれど、後悔しないように再考してみてください。


意識の転回はそんなに容易いものではありません。

そして、意識の転回が起こってこない限り、愛へ帰る道は見えてこないです。


心は色々と感じるでしょうけれど、

生きていく基盤が変わっていく感じ方でないと、

一進一退の歩みではないでしょうか。


前へ半歩、一歩です。

前に踏み出した足は後ろへは戻らない、そんな歩みを心掛けていきましょう。


今世に懸けてきた思いをしっかりと自分の中に思い起こすことが待たれています。

正しい瞑想を通して、いかに大切な今世であるか知ってください。

 

 

肩の力を抜いて、肉はリラックスしてください。

学びに対する姿勢は真剣ですが、心と身体はゆったりとです。


瞑想をする習慣をつけるということは何よりも大切なことですが、

私のお勧めはその他にぼぉーとする時間を持つということです。

 

何をするでもない、ぼぉーとするんです。

 

生活をしていく中においてすることは、

いわゆる用事、雑事はそれぞれに色々とあると思いますが、

それもある程度のところで線を引いてみませんか。


いつまでも独楽鼠のように身体を動かすのではなくて、

何もしない、ぼぉーとする贅沢な時間を持ってみましょう。


ただし、若い人達は、生活資金を稼がなくてはいけませんので、

しっかりと働いて、がっちりと稼いでください。


50歳を超えて60歳を目途に経済的にも時間的にも余裕を持てるようであれば、

それもある意味学びをする環境が整っているということになるでしょう。

 

体力、気力の充実ということについては、若い時には及びませんが、

何もしない、ぼぉーとする贅沢な時間があるというのもいいものです。

 

何もしない、ぼぉーとしていると言っても、

ふっと思いを馳せるということを知っていますので、

結局は瞑想三昧の日々ということでしょうか。

 

 

学びを進めていく原動力になるのは母の温もりです。

どんなに凄まじいエネルギーを感じようとも、

温もりの中へ返していける確たる思いがあれば、

そのエネルギーに翻弄されて道を見失うことは絶対にあり得ないことです。


心が不安定な人は、まず何よりも
母の反省です。

今世自分に肉体をくれた母親に対して使ってきた心、思いをしっかりと見てください。


母親に対しては思いがストレートに出ます。

真っ黒な思いがストレートに出ます。それが自然です。

ストレートに自分の闇の部分を教えてくれる存在が母親だからです。

 

かえって母親を美化し崇めている人は危険です。

そんな立派な母親など存在しません。肉というのは互いに愚かなんです。


その愚かな母を通して愚かな自分から瞬間出る

ブラックのエネルギーを学ばせてもらえるということだから、ありがたいです。


母親の欠点を責めて指摘したときに発する凄まじいエネルギーを確認すれば、

あとやることは、そのエネルギーの反転です。

 

自分の中の温もりへ戻していかない限り、自分の心は軽くならないし、平安はやってこないです。


母の反省を通し、そしてゼロ歳の瞑想を通して

母の温もりが自分の中に確立できれば、

他力の反省が捗ります。

 

粘り強くその作業を進めていく原動力になっているのは、言うまでもなく母の温もりです。


両輪がうまく動き出すと、

凄まじいエネルギーが出てくればくるほどに温もりは広がっていき、

温もりが広がっていけばいくほどに、

瞬間出るエネルギーの凄まじさを感じるという相乗効果をもたらします。

なぜ、相乗効果なのか。

それはその凄まじいエネルギーが喜びのエネルギーだと分かるからです。

そうしていくと正しい瞑想の純度が上がってきて、

次元移行を伝える意識の流れをはっきりと感じてくるということになります。

今世がいかに大切な時間なのかがはっきりと分かります。


千載一遇のチャンス、肝に銘じてください。

 

 

 

 5月の志摩セミナーも無事終了し、思いは6月の琵琶湖セミナーです。

ともに学べる時間と空間がありがたいです。

自らの肉をセミナー会場に運び、そして、自分を学ぶ、波動の世界を学ぶ

これはどんなにお金を積んでも手に入れられない幸せと喜びです。


肉体を離しても持って帰れるものを大切に、

今、肉体を持っている今、しっかりと学ぶべきです。

学べる環境にあり、それを最大限活用できれば、もう何も言うことはありません。


苦しみ狂い長い長い間彷徨い続けてきた私達です。

もちろん、その状態がすべて解消されている訳ではありませんが、

ようやく苦しみの奥底の底の底から

浮かび上がってきた状態をキープできるに至っている現実は確かにあります。

自らの意識の世界を本来の状態に戻していく術を学ばせていただきました。

あなたの学びは進化していますか。


幸せとはどういうことなのか、喜びとはどんな世界なのか、全部自分の心が知っていました。

その自分の心を信じそして大切に育んでいくことだけに専念していきましょう。


帰りたい、帰ろう、帰ります、段々に思いを強くしてください。

一進一退の歩みではなく、前へ前へ一歩、一歩、着実な一歩を出してください。


他力は自滅の道。

自らを破滅破壊していく、つまり自滅の道。

目覚めてまいりましょう。

 

 

今、学べることを喜んでいこう。

素直になって本気で自分を見ていきましょう。

思いの世界に生きている私達です。

自分の目を通し、耳を通し、様々な情報が得られます。

いつも心穏やかに過ごしていくことは難しいです。


大きな揺れ、小さな揺れ、ざわつき、そして一瞬にして突き上がってくるエネルギーの凄まじさ、

目の前の出来事、肉、そして自分の肉体細胞は、それを伝えてくれます。


様々な現象を通して自分を見る、自分の意識の世界、住んでいる世界を確認する、

そして、揺れた心、ざわついた心をしっかりと自分の中の温もりの中に帰していく、

それは肉を持っている今だからこそできることです。


そうして、
学べる今を喜んでいきましょう。


間違い続け狂い続けてきた転生の数々。

ようやく今世、自分の歩み、生き方の方向を

正しい方向に向けていけるチャンスを用意しました。


まだまだ正しい方向に心の針を向けてきちんと合わせるということは難しいでしょうけれど、

それでもやっていくしかありません。やっていきましょう。

強い気持ちで本当の喜びと幸せの世界に帰ってまいりましょう。

 

 

何が大切で、何がどうでもいいことなのか、取捨選択を誤ることのないようにする、

これは当たり前のことですが、当たり前のことがとても難しいです。

 

本当はどうでもいいことなのに、どうでもいいとは思えない、

ついつい引きずってしまう心癖が根深く残っているからです。


間違った生き方をしてきたという自覚、どの程度ありますか。


生き方の根本を変えることを、全力を傾けてやっていく必要があります。


道遠しとため息をつかずに、
道遠しを喜んで学んでいきましょう


道遠しと感じているだけでも幸せなことです。

 

自分が生き続ける生命(いのち)だとも知らずに、

つかの間の喜び、幸せにうつつを抜かし、

実は地獄の奥底の底の底から抜け出せないでいる現実を知らないことが、

どんなに不幸せなことか、もうお分かりだと思います。


肉を持って真実の波動の世界を学ぶチャンスに恵まれたということがどういうことなのか、

さらに心で知ってまいりましょう。

 

 

みんなで歩んでいく道です。

今世、私達の目の前に正しい道しるべを用意していただきました。

私達と同じ次元の肉という形で示していただきました。

今はその肉はないけれど、私達の心の中にはしっかりとその道しるべがあるではないですか。

それをどなたも自分の心を見て、そして日々正しい瞑想を継続して、心で感じ知ってください。


私達は、自分の心を見て、そして日々正しい瞑想を継続していく以外に、

本当の喜びと幸せの自分に出会う術はありません。


今世、その足跡を自分の中に確立して、そして次の転生、さらに次の転生へと自分を繋ぎ、

250年後の最終時期に再会を果たしてください。


それは単なる再会ではありません。

心の中の凄まじいエネルギーを噴き上げる喜びの再会となるに違いありません。


ともに次元を超えていくというはっきりとした思いを、

互いの目の中に、心の中に確認し合い、

文字通りひとつになって更なる意識の世界へと

旅立っていくという大いなる計画にあなたも参加してください。


もちろん、欲では参加できません。

意識の転回を速やかにして、

ただひたすらに真摯に素直に自分の軌道を元に戻すという思いが必要です。

 

 

 

 いい加減な気持ちで学んでいる人はいないと思いますが、

それはどうだか分かりません。

いい加減な気持ちというのはどんな気持ちでしょうか。


決して 
いい加減には学んでいない、

真面目に真剣に学んでいこうとしているということかもしれませんが、

いい加減かどうかは、それぞれが岐路に立ったとき自ずと出てきます。


その時、肉を離せない現実、肉を掴んでいる現実をはっきりと知ることになるかもしれません。

 

決していい加減な気持ちで学んではいないと思ってきたが、

甘かった、やはりいい加減だったと思い知るかもしれません。


しかし、その現実を前にして落ち込んでいる場合ではありません。


肉を離せないとなると、肉を掴んでいるとなると、

そう知った時から総力を傾けて自分の心をしっかりと見ていく必要があります。

自分に問いただすことが必要です。強い気持ちが必要でしょう。


自分が自分にした固い決意、約束を実現していくために、

最後の最後まで諦めずにやっていくしかありません。


誠心誠意自分を生きる、そんな生き方を学んできたのではないでしょうか。

 

 

学びの歩みは一進一退ではダメです。

 

一歩進んだかと思えば、また後戻りしている、

それはおそらく一歩進んでいなかったのでしょう。


一歩進むということは、一歩前に足を踏み出すということです。

踏み出した足はもう後へ戻らないということが、一歩進むということになるかと思います。


そもそも、後へ戻るということはおかしなことです。

波動を感じたから一歩前に歩み出そうとしたのでしょう。

それがまた何らかのことで後ずさりするというと、

あなたが感じた波動の世界とはいったいどんな世界だったのでしょうか。


本当に田池留吉、アルバート、温かい優しい温もりの世界に触れたならば、

もう何があっても歩みは前へ前へしか行きません。と私の体験上、そう語ります。


意識の世界の心の体験は、

肉の世界のそれとは全く次元が違うことが歴然としています。


意識の世界の心の体験をどうぞしっかりと重ねてください。

 

死ねば頭を含む肉体はありません。

まだ肉体があると思っている肉の思いが消えた途端、

奈落の底に真っ逆さまということがないように、

互いにしっかりと学んでまいりましょう。

 

 

今、元気な人もそうでない人も、喜んで喜んで今を思いましょう。


元気な人だけがスムーズに喜んで田池留吉を思えるかというと、そういうものではありません。

元気ということは、肉に向くことも元気ということだからです。

そこが思うは田池留吉一筋に生きる難しさです。

また、今は元気でもこの先、ずっと元気だという保証はないのだから、

元気な時にこそ、つまり何もない時にこそ、しっかりと学びを進めていくべきです。


ところで、生れてから死ぬまで順風満帆の人生であればと思いますが、

なかなかそうはいきません。


みんな
学びに集うきっかけがそれぞれにあったはずです。

きっかけは色々とあるでしょうが、言わば人生における躓きを本当の意味で活かしていくには、

そのきっかけから学びに繋がったことがすごいことだと、心で知っていくことが大切です。


学びに繋がったことが特別なことなのではなくて、

よくぞよくぞ繋がってくれたと心から喜んでいけば、必ず道は見えてきます。


そして、はっきりと自分の進むべき道が見えてくる、感じてくると、

それは相乗的に喜びを広げていく方向に作用していきます。

意識の世界はすごいと納得、納得していきます。

肉は何ほどのものでもないと分かります。

 

 

 すべては自分の心の中の出来事です。

 

今、肉を持っているあなたが自分の心を見る、瞬間流すエネルギーを確認する、

そして、心を田池留吉、アルバートの意識の世界に向けて合わせようとする、

何の欲もなく、ただそうすることが、そうできることが嬉しい、ありがとうとなってくる、

そういう手順通りに自分の中で学んでいますか。


誰も何もあなたを救ってくれません。

自分を救い上げるのは自分だと、しっかりと分かっていきましょう。


肉、形を本物とする思いから自分を解き放していく、

すなわち、意識の転回を成していくことが絶対条件です。


それなくして、
次元移行は果たせません。当たり前のことです。

次元移行を伝える意識の流れに乗る、愛へ帰る道にはその選択肢しかありません。


あと300年の猶予の中、決断の時が迫っています。

300年、あっという間です。

それはこれまでの転生の時間からお分かりだと思います。

それで自分の行き先が決まっていくと言っても決して言い過ぎではありません。

 

 

 

世の中には私達が知り得ない、また想像もつかない悲惨な事が

起こっているという現実があると思います。


ただ、それらに共通するのは闘いのエネルギーです。

闘い、究極的には我らの信じる神と神の闘いです。

そしていつの世も、結局は闘いのエネルギーの中で、

それをもろに受けるのは社会的弱者です。


闘いのエネルギーを心に蓄えたまま、

平和を唱えている本当に愚かで滑稽な人間の生きざまがどんどん露わになっています。


ブラックのエネルギーで自らを操り、自滅破滅の道へ一直線という構図です。

それを全部自分達自身が回収することなしには、

人間は永遠に救われないということでしょう。


人間、肉を本物としてきた思いを宇宙に垂れ流してきた愚か者です。


その一方で、それぞれの心の奥底の慟哭が解き放たれる時が待たれている幸せ者です。

そんな私達です。

私達は自分達の本質、愛に目覚めていかなければなりません。

 

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最後まで 読んでいただいて ありがとうございます。

松岡儀典(まつおかよしのり 1946年・昭和21年の戦後生れです。

(メッセージの分類・編集人)

 


面白いかたちの名刺