NPO法人・UTAの輪 会員として、今なにをなすべきか?

 毎日 指針がよせられているので、必ず チェックしてください。

 

枠が黒く表示される方は、上のメニューバーの中心にある 「破れたページの形をしたアイコン」をクリックして下さい。

 

「私は意識、永遠、無限、波動、エネルギーです。」

「私は愛、あなたも愛、ひとつです。」

 

UTAの輪 「心」の目次(田池留吉)   ←クリック

 

 

これから宇宙は変わっていきます。

地球も変わっていきます。

次元移行に向かって人類も変わっていきます。

 

 

田池留吉 ・ UTAの輪 ・ 塩川香世

U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

 

  UTA会  ⇒ UTAの輪

 

田池留吉: NPO法人・UTAの輪  令和2年

(UTAの輪作り)  

2020年・令和2年 5月 30日更新

 

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今世、始まったばかりの学びです。

真実の波動の世界を知っていく学びです。

それは今世始まりました。

そしてあと300年です。

地球時間で言うと、この間に自分にしっかりと結果を出さなければなりません。

 

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学ぶ方へ

 

セミナーに参加するまでに!(田池 留吉) ←クリック

 

セミナーに参加するまでに!←クリック
― 心と向き合うためのガイドライン ―

「自分の心と向き合うこと」に 興味を持たれた方のために!

 

田池留吉の意識からのメッセージ  令和/R

 

塩川香世のメッセージ 令和元・2年クリック!

 

令和元・2年 「UTAの輪の中でともに学ぼう」 塩川香世

 

 

令和/R年  NPO法人・UTAの輪セミナー(塩川香世) ←クリック

 

 

令和/R年  UTA ブック塩川香世・「ZOOM(ズーム)ミーティング」・瞑想会

 

NPO法人・UTAの輪 (UTAの輪作り) 令和/R年 ←クリック

 

 \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

私が 伝えています学びは、

意識の転回、 愛の覚醒、 次元移行 です。

アルバート(田池 留吉)とは

アルバートからのメッセージ←クリック

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U T A ⇒ ユー ・ ティー ・ エー と読みます。

U T A

 U、T、A、文字通り、UTAを心で感じる喜びに、あなたもその第一歩を踏み出してください。


 U=宇宙・UFO。  T=田池留吉・天変地異。  A=アルバート・


250年後に至る大きなキーワード。

そのキーワードを大切に、これからあなたの時間を使っていきましょう。


たくさんの私達の仲間、UFOとともに次元移行していく時を楽しみにしています。

「田池留吉に心を向ける。」ことが、全てです。

肉の田池留吉ではなく、意識のタイケトメキチ(本当のあなた)のことです。


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つづく(作成中) in the works

2020年・令和2年 5月 30日更新

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 日々、喜んで生きていく、それは心に思う向け先を確定

できていなければ意味合いが違ってきます。

思いを向ける、元あったところへ思いを向けられるかどうかです。

それにはその元あったところがどこなのか、心で知っていく必要があります。


とっくの昔に捨て去り、忘れ去ったところでした。

けれど、憶えています。

心のふるさと、私達の原点、心は憶えていることを、

今世、学びに触れ知ったはずです。

それをどんどん思い起こし、全く違う道を歩き続けてきたことを確認してください。


これでは幸せなど分かるはずはない、喜び、温もりなど程遠いところで

ずっとひとり苦しみ続けてきたんだということ、

段々に、そして一気に分かってくると思います。


間違えてきました。

道を間違えて生き続けてきたこと、確認です。

そして軌道修正です。

軌道を変えない限り、つまり意識の転回をせずには、

本当のことは何も分からない、自分の心に伝えてきているはずです。

 

その思いに素直になって軌道修正に取りかかってください。


あと300年あっという間の300年です。

 

 

 限りなく続いていく意識の世界。

この波動の中に生き続けていると、今、心に感じられる今、本当にありがたいです。


持てるものは何もありませんでした。

欲いっぱいの心です、肉で生きていくということは、そういうことでした。


そんなこと全く思いもしませんでした。

形ある世界が影の世界、実在の世界ではないということを、

今世初めて肉を通して伝えていただいて、

ああ自分達は、何も思わないで欲の中に生き続けていたんだ、

無知と欲とエゴの真っ黒なエネルギーを垂れ流してきたんだ、

心で知っていく時間となりました。


帰りたい、自分のふるさとへ、あの母なる宇宙へ帰りたい、帰ろう、帰ります

そんな思いの噴き出しを繰り返し学び、

本当にすごい出会いだったんだと、心に深く感じます。


心で感じ心で知っていくことがなければ、

自分の切なる思いを実現していくことは難しいでしょう。

 

また真っ暗闇の中に沈んでいく道筋に 変わりはないことを知ってください。

肉、形を本物とする思いでは、

自分を明るい解き放たれたところへ連れ出していくことは叶いません。


しっかりと現実を知り、今、知り得る今を喜んで、

ただただひたすらに自分と本当の自分と出会っていきましょう。

 

 

 死に向かって一日、一日が過ぎ去っていきます。

肉を持った私達はいつの日にかその肉を置いていく時がきます。

突然やってくる場合もあります。

思いにそぐわない、まだまだこれからという肉の思いなど関係なくやってくる場合も多々あります。


いつも田池留吉を思い、帰ってきなさいというサインを自分なりに受け取れば、

それに「はい」とだけ答えて、さらに真っ直ぐに思う喜び、

思える喜びの道を歩いていける今なのでしょうか。


学びを片手間でやり過ごし、思いはまだまだ肉、肉、肉の中。

これが現実かもしれません。


自分の現状把握をして、本当に自分を生かす道を歩いているか、

いつも瞑想の中で確認をしていきましょう。


形で示されば実感があります。

けれど本当の世界には形はありません。

心で感じる以外に、心で確かめていく以外に術はありません。


その心とはいったい何なのか、

肉基盤の心で感じる世界は本当にちっぽけな世界だということを、

今、肉を持って瞑想をする時間の中で、それぞれの心で感じ取っていければと思います。


250年後の本番に向けて、出来得る限りの準備をしていきましょう。

今世、今、肉を持っている時間大切になさってください。

 

 

 あなたは異語を発せますか。

口を動かしてください、音を発してくださいと

セミナー会場で現象のときにお伝えしているかと思います。


異語て何だなんて上から目線で思わないで、口を動かしてください、

音を発してくださいと聞けば、それを実行しましょう。


異語が出ないなんてことはありません。

私達はみんな宇宙からやってきた意識です。

異語はその宇宙のリズム、いわば私達のふるさとです。

心は知っているんです、宇宙のリズムを。


異語を発することにより、

心に響いてくる世界、波動の世界の存在を確認することができます。


肉でなんて分かるはずはありません。

肉で思えばばかばかしいことかもしれませんが、

そう思うあなたは、自分の心の愚かさ

まだまだ気付かれていないのではないでしょうか。


とにかく、異語を出す、異語で思いを語る、

自分の中の夥しい闇黒の宇宙と語る、実践しましょう。

 

 

250年、300年に至る次元移行への道は厳しい、

険しいということが真っ先に出てきます。

 

もちろん、喜びが基本です。

基本に喜びがあるから絶対的な信があります。

間違いのない事実です。

次元移行というのは間違のない事実です

 

一足早く心で受け取り、その方向に自分の意識の世界を、自分を乗せていく、

それが真実の意識の世界からの計らいです。


今世の肉を通して学びを進めてきました。

愚かな肉を携えながらも、その愚かな中に自分を沈み込ませないと

約束したその思いを瞑想で確認しながらの日々を送っています。


特に何も要らない。

自分との約束、本当の自分との約束を違うことなく、

ふるさとへ帰る道を歩き続ける、これ以外に何もありません。


肉で、肉を何とか、肉の人生、みんなみんな間違っていました。

ただ、250年後のあと一度肉を持つ時間には、

その間違った思いを起爆剤にして喜びの爆発というシナリオです。


自分で書いてきたシナリオ通りに進んでいくことだけを思っています。

 

心からの願いは、全宇宙の願いだと私は感じています。

真っ暗闇の宇宙総出で、アルバートの宇宙に真向かいになっていく、なっていける、

そしてひとつになって次元を超えていく

ただただありがとうしかありません。

 

 

 肉を持って学ぶということは本当に難しいけれど、

肉を持ってるから学べるということは確かなことだから、

いつもいつも真摯に素直になって自分を学んでいきましょう。


尤も素直ということがなかなか分からないというのもやっかいですが。

本当に、どれだけの闇のエネルギーをため込んできたか、

しかもそのエネルギーの中意気揚々としてきたことか、

自分の広げてきた世界、エネルギーを知っていけばいくほどに、

あきれるほどにすごいのではないでしょうか。


それでも出会いがありました。

切望してきたことが現実のものとなりました。

それは本当にすごいことです。すごいとしか言えません。


地に落ちた意識。

暗闇の真っ暗闇の奥底の底の底のまだまだずっと奥底を這いずり回ってきた意識。


あと300年。本当に時間は残されていません。

 

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

 


田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思い、宇宙を思う瞑想の中で。


今がある。今があるだけでいい。

今があるから、今があるだけでいいと溢れてくる。異語とともに溢れてくる思いです。


間違って間違って、苦しで悩んで、苦しい原因を全て責任転嫁する。

その繰り返しでしかなかった自分とともに、宇宙を思える今がある。

ゆったりとした時間と空間の中で、田池留吉、アルバート、母なる宇宙を思い、

宇宙を思うこと、思えることがただただ嬉しいです。異語とともに生きていこう。


私は本当の自分に帰りたい。

宇宙にさ迷うたくさんの意識達とともに、本当の自分に帰りたい。

信じて待っていてくれる。待っていてくれる。本当に待ってくれている。嬉しいです。


今があることに感謝です。私は私を繋いできました。

だから、出会いの全てにありがとうでした。


無駄なことなど何一つとしてなかった。偶然も何一つとしてなかった。

だから今があるのだと素直に思える。


自己選択、自己責任、自業自得の意識の世界は肉にとっては本当に厳しいけれど、

その厳しさがあったから自分の中の本当の優しさに出会えたんです。

自分の中にある本当の優しさを蘇らせていくこの道をただ真っすぐにと溢れてきます。

嬉しいです。だから今がある。だから今なのだ。

だから今しかないと本当の自分からの指差しを感じています。

異語とともに、温かくて、厳しくて、やさしい本当の自分からの指差しを感じている今です。

 

 

様々なルートを経て学びに繋がりました。

今世、自分の肉、その環境を通して心を見るという学びに繋がりました。


自分の悩み、当面の問題を何とかしたいとか、大きなパワーを得て自分を認めさせたいとか、

寂しいからこの寂しさ空しさを埋めるためにとか、

その他色々な動機を持って学びに繋がりました


そしてその動機の修正を促され、

自分の中の根深い他力のエネルギーと真向かいになるには、

何が必要なのかということを学ばせていただいて、

肉というものは本当に愚かであり、

本当の自分の世界、愛の前には何もできないんだということを心で知っていくことが、

どんなに幸せで喜びなのかとそれぞれの心で実感されている今でしょうか。


本当に自分のその肉を離すまで、自分の本当に切望してきた思いと出会ってください。

 

幸せになりたかった、本当のことを知りたかった、

その心の奥底をさらに奥底を感じて、そして数知れない自分とともに、

本当に自分の生きる方向を見定めてください。


険しいです。厳しいです。

死ねば自分ひとりの世界が待っています。

 

その中で何を思えるか、今、肉を持っている今、

自分の中で繰り返し確かめてください。

 

思いの向け先が違えば、何もかも違ってきます。

 

 

本当の自分に帰る、本当の自分の世界へ帰っていく、

それが私達に指し示されたたったひとつの喜びの道です。


本当の自分の世界には何もないんです。

ただただ喜びと温もりが広がっていく世界です

そんな世界をどうして私達は捨て去ったのでしょうか。


肉、形を本物とする思いがどんなに自分を切り捨ててきたか、

愚弄してきたか、日々繰り返し瞑想の中で感じていきましょう。


ああ、本当に間違ってきました。

間違ってきましたと思いが上がってくるとけれど、

目を開けて日々の生活が始まった瞬間から、

間違ってきた思いを飽きもせずに宇宙に流してしまいます。


その繰り返しでしょう。

それでもそのエネルギーを回収する術を喜びとして学ばせていただいているのも私達です。


自分の中の凄まじいエネルギーを確認すれば、

その瞬間 ふっと思ってください

思う喜びと思える喜びの中に自分をいざなっていきましょう。


そうして肉を離す時がくるまで、本当の意味で自分を学ぶ喜び、

学べる幸せを味わっていきましょう。


目を閉じて思ってください。短時間でもいいんです。

自分の生活の中で、思う喜び、思える喜びを知っていける人生の時間を過ごしてください。

 

 

 肉があれば、肉のことで色々とあると思います。当然です。

何もかも自分の肉の思い通りにいっていれば、何にも気付けません

聳え立ちの我の意識はそのまま。

 

色々とあるからこそ、学びに触れ心を見ること、

自分の流してきたエネルギーの間違いを

知っていくことが有益となって自分を学んでいけるんです。

 

それでも肉は愚かですから、楽なほうへ楽なほうへ流れていきます。

ああこれさえ、このことさえなければ、

もっと学びに集中できて学びが進むのではないか、

見当違いの思いが出てくるというのが現実ではないでしょうか。


それでももがき苦しみながら、一筋の灯りを目指して自分の予定通りの道を

突き進むこと以外に喜びと幸せはないことを知っていきましょう。


肉、肉で自分を誤魔化し蓋をしても、どうにもならないことを知っていきましょう。


苦しみの奥底の底のまだまだずっと奥底から這い上がってきた意識。

どの程度感じておられるか、定かではありませんが、

そんな意識の世界から復活していくには

並大抵のことではないなあというのが実感だと思います。


けれど、学んできた人は もがき苦しみながら、

もがき苦しんでいるだけではない ということも実感できていると思います。

 

 

出会いがあれば別れがある、これは形の世界では当たり前のことであり

そこから人生の色々なシーンが醸し出されていきます。


その中でひとつ、ふたつとたくさんのドラマが展開していきます。

それが人生、人生泣き笑い、分かったような分からないような、

そんな言葉の積み重ねで真っ暗な人生が積み重ねられていきます。


分かったような分からないような、そんなあやふやなものではないと思います、

本当の人生とは。

本当の人生、自分に、本当の自分に

目覚めるためにある人生です。


人生色々と、自分の心を誤魔化すのはもう止めましょう。

人生は一本道です。

愛である自分に目覚めていく時間、それが肉を用意している時間です


間違いだらけの自分、そのたくさんの自分から教えてもらって、

そして本来の正しい自分に蘇っていく、そういう時間を積み重ねていきましょう。


真っ暗な人生を積み重ねてきた私達だけれど、それを一気に崩して、

そして明るく開けた清々しい中に自分を解き放していきましょう。


出会いがあっても別れはありません。

ずっとともにある喜びと幸せの中にあった、そんな私達でした。

あなたの心で知ってください。

 

 

以前のずっと昔の田池先生のホームページにUFOという項目で掲載があります。

ずっとずっと昔、UFOに思いを向けたいと先生に短いFAXを送ったとき、

その時の先生からの返事は時期尚早だということでしたが、

程なくUFOの項目を設けていただきました。


UFOを含む宇宙に思いを向けることは最初 恐怖しかありませんでした。

けれど、向けたいという好奇心が強く、何とも言えない凄まじいエネルギーを感じながらも、

一方で宇宙がとても懐かしくて私は、私と宇宙は切り離せられないということも感じていました。


宇宙、遥か遥か彼方からやってきた意識、

たくさんの仲間とともにやってきた、そしてああここにこの星に到着したんです。


闘いのエネルギーをため込んできた私達は、

形を纏い、そのエネルギーを散々垂れ流してきました。

 

仲間達と誓い合った約束を嘘のように忘れ、我の宇宙を次々作り続けてきた、

生み出してきた私達の心に、母なる宇宙は遠い遠い存在になってしまいました。


それを思い出させてくれたんです。

田池留吉という意識の世界は、

肉を携えて私達の次元まで下りてきて、

そして肉を通して何度も何度も伝えてくれました。


出会いでした。千載一遇の出会いに懸けてきた心に嘘はありません。

宇宙へ帰ってきなさいというメッセージは今もなおそれぞれの心の中に流れ続けています。

どうぞ聞いてください。受け取ってください。

宇宙に散らばった未だに沈んだままの仲間達とともに、

私達のふるさとへ帰っていこう、心に蘇らせてください。

固く誓い合った約束、どうぞ思い出してください。

 

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

 


突然で申し訳ありませんが、今日のメッセージがとてもうれしかったので、メールしました。


私も、先生からCDをいただきました。

受け取った当初は、特に大きな喜びを感じたというわけではありませんでしたが、

1年間毎日繰り返し聞きました。

そして、一年たったときに、先生にメールをしました。

毎日聞いて、嬉しかったということをお伝えしました。

先生からお返事がきました。


「待っています」とありました。

今でも、そのCDは、一週間か二週間に一回くらいは聞いています。

自分は、全然進歩がないなとか、CDに頼りすぎかなとか、そんな思いも持ちながら、

でも、かけがえのないものなので、聞き直しています。


今回メッセージを読んで、先生からのメールを思い出したのです。


あぁそういえば、一年後に出したメールにお返事をくださったなと。


その、「待っています」が、今自分の中で大きくクローズアップされています。

嬉しいです。本当にうれしいです。


自分の中に田池先生の思いが生きていることを感じます。


自分の中で、肉の思いが岩盤のように立ちはだかっていて、

だからすべて肉でしかとらえられないのですが、

だからこそ、そのCDの中で母親の温もりをもっと心に広げなさいと言われていて、

自分にとっても今もいつも大切な課題であることを感じています。


素直にそう感じられたことが、本当に嬉しかったです。

 

 

あなたの意識ですという冊子云々のことを

UTAブックさんのホームページで見ました。

当時を思い出します。

先生から名前を示されて、毎日毎日録音してそして、それを文字起こしして、

先生にメールして、一方、先生はCD作成して、それを封筒に入れて住所を書いて、

大宝の自宅から坂を上がり下りして郵便局へ行かれた、

雨の日もあっただろうし寒い日もあった、暑い日もあった、そういうことを思い出しました。


あなたは仇や疎かにしていませんか。

いただいた当時は嬉しくても、今は家のどこかの隅にひっそりとしているかもしれません。

何だこんなものと軽くあしらった方もいるやもしれません。


あなたの意識ではありませんかという冊子もあります。


どうぞ、自分の学びのあり方をしっかりと検証してみてください。


何を自分は学んできたのか、今、その結果は出ているのか、

どんなことも本当に喜びで受け取れる自分に成長しているのか、

自分と自分の中で学んでいきましょう。


誰も何も救ってはくれません。

けれど、確かに本物の喜びと幸せの自分に蘇っていく道筋は示されています。

その道筋を心で受け取り、心で実行し、そして本当の自分に帰っていきましょう。

 

 

 私達は今こうして肉を持って、その肉を通して自分の間違いを

知っていけるチャンスに恵まれているけれど、

肉を持てずに闇黒の中に沈み込んだままの意識達が、

仲間がまだまだたくさんいます。


ようやく自分に用意して巡ってきたチャンスです。

本当の意味で活かせているかどうか、ぜひそれぞれに検証なさってください。


何のために自分に肉を持たせたのか、

生きる意味、目的を繰り返し確認です。

 

学びに触れているからといって、自分の予定してきたものを

クリアできるかどうか定かではありません。

それほど肉に溺れてきた、埋もれてきた私達だということをご自覚ください。


肉基準では学んでいないんです。

そうは言っても少しは学んでいると自分に言いたいことも分かります。

そうでないと10年単位で学んできたあの時間は何だったのかということになります。


それでも、肉基準では学んでいないに等しいと伝えてきます。


田池留吉の意識の世界の厳しさは何ら変わりはありません。

けれど本当に温かいです。

 

厳しさは本当の優しさ、本当の世界だから厳しいんだと思います。

肉のなれ合いは一切通用しないことが分かります。

 

 

間違えてきたなあ、生きる意味を、肉持つ意味を間違えてきた

そんな思いの繰り返しの中、今世の肉を通して自分のあるべき生き方、方向を

見定める計らいの中にあることを感じ、よりいっそう間違ってきたという思いが出てきます。


形の世界でどんなに満たされようとも、心は満たされないことを心で知った今世。

なぜ満たされないのかということも心で知りました。


自分が本当に切望してきたことを、

その思いが現実のものとして心に見えている今だからこそなんだと納得です。


肉に生きていました。

肉で持てるものを貪欲に求めてきた、それにはどうすればいいのか、

そこにエネルギーも何もかも注ぎ込んで生きてきた転生の数々でした。

 

清く正しく美しく、とんでもない、

がめつくがめつく  追随を許さず切り捨て 欲いっぱいで生きてきた 転生の山積みです。


けれど、愛へ帰る、自分のふるさとへ帰る道筋にある自分があります。

意識の流れよ、ありがとう。よくぞ出会わせていただきました。

闇黒の宇宙達とともに帰っていける喜びが現実のものとなったことに感謝です。

 

 

苦しみの奥底から這い上がり、ようやく辿り着いた真実の世界

ここからようやく、自分の歩み、生きる方向が定まった、

そんな今世の時間と空間の中にいます。

ただただ嬉しいです。何とも言えない喜びです。

 

しっかりと学んで帰ってきなさいと、

一足先に肉を置いていった田池留吉の意識の世界からの伝言を胸に、

愚かな肉とともに学びの時間と空間がまだ残されていることに感謝です。


何を思い、心は何を選び取っていくのかはそれぞれの選択です。

けれど、こうして同時期に肉を用意して学びに繋がったという事実を大切に、

ともに同じ方向を向いて生きていこうとしてください。


肉、環境、事情、様々です。

どれが学びに最適か、みんなそれぞれに最適です。

なぜならば、自分の中の切なる思いが、肉、環境、事情を整えているからです。

 

心を向けてみてください。どんなに恵まれた中にあるのか分かりますか。

物質的、人的、金銭的あるいは身体的に不足があっても、

その不足は不足ではなく、

本当の自分に帰っていくために十分に整えられた状態なんだと思えたならば、

心の中に道はすでに開かれています。


帰ってきなさい、そのいざない、呼び掛けをしっかりと感じ、

愛へ帰る道、本当の自分の世界へ帰っていく道

一歩踏み出してください。

 

 

何度も、いいえ何度でも可能な限り、

自分の中に問いかけていくことをしていきましょう。

 

なぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのか、

そして肉を持たせた自分の切なる思いは、今滞りなく現実のものとなっているのか、

私は本当に田池留吉、アルバートの波動の世界を信じているのか

信じようとしているだけなのではないか等々、自分に問いかけることは山ほどあります。


どんな苦しい中で存在してきたか、喜びを感じていけばいくほどに、

その愚かさ、切なさは心に響いてくるでしょう。だから嬉しいんです。

今やっと自分の切なる思いに真向かいから応えていけるよと

自分に伝えていける喜びを感じてみてください。


肉というものを間違ってとらえてきた愚かさに、今世こそ気付いていきましょう。

とことん、その愚かさを感じ、そして、そこから自分の生きていく方向、

あるべき自分の姿を知っていきましょう。


自分達は愛だから、自分達は愛ゆえに、

生き方の、歩みの軌道を修正していけるんです。

愛だから、愛ゆえに、そうではありませんか。

 

 

 学びの友からのメールです。一読ください。

 


朝、嬉しい嬉しい叫びで目が覚めた。


だから今がある。だから今なのだ。


この思いが突き上げてくる。偶然は何一つとしてなかった。

肉で見てマイナスと捉えることしかできなかった。

そのマイナスと捉えていたその全てが、あったからこそ、だから今がある。だから今なのだ。

すべてが愛でした。愛から出て愛に帰れる道を教えていただきました。

全てが自作自演、自業自得の世界です。

と伝えていただけたこと、厳しいけれど、その厳しさの中に真実が待っていてくれました。


田池留吉、アルバート、母なる宇宙から流れる波動は、

生きとし生きる全てに平等に流れていた。初めから同じでした。


肉の基盤は、全て無知とエゴと欲の世界でした。

その基準は、本当に小さな狭い世界に自らを閉じ込めて生きることしかできなくなりました。


5月7日の「死ぬまで瞑想」大自然の中から流れる異語の波動、

エネルギと一つに溶け合って、ともに私達の心のふるさと母なる宇宙へ帰れる喜び、

ともにともに帰ろう。どんどん解放されて、肉の自分は消えていました。

私達は一つ、みんな一つ、爽やかで楽しいです。


毎日、歌ってきたふるさとの歌、宇宙のリズムとともにありました。

宇宙のリズムがいつもいつも全てに流れていた。

その宇宙のリズムに委ねていける自分でありたいと心から思う。

田池留吉の肉が残してくれた宇宙のリズムと溶け合っていく今がある。


だから今がある。だから今なのだ。繰り返す思いです。


UTAブックさん、ありがとうございました。ともに学んでいける喜びを広げていきます。


塩川香世さん、異語とともに生きる、異語とともに生きて、

異語とともに死んでいける自己確立の道を命がけで歩いて行きます。

 

私の死後の世界を異語の世界に、厳しい現実を抱えている私達の意識の世界に活力を。

あの大自然の中から流れてくる異語が温かくやさしく,力強く、本当の勇気が湧いてくる。

 

私の中からも、ともにともにこの道をと、ただただこの思いだけが溢れてきます。

嬉しいです。ありがとうございました。

 

 

手放すこと、思いを離すこと、難しいことです。

ここだけは、これだけは、誰しもそういう部分を多かれ少なかれ持たれていると思います。


何も持たずに何も持てずに生まれてきたのに、

死んでいくときは、心にはもちろん、

目に見える形の中においても、たくさんたくさん抱えています。

 

あたかもそれが生きてきた証拠であるかのように、

誇らしげに満足げに思っている、

本当に愚かな私達になってしまいました。


けれど、それを一転して、

本来の自分の生き方、あり方に変えていける、

それが今世という時です。


軌道修正に入ってください。

 

肉で、肉として生きていくことがどれだけ愚かなことであるかを学んだならば、

自分の軌道を変えてください。


金で 神で 幸せになれないことは、

あなたの心の中に繰り返し上がってくる思いだと思います。

けれど、金なんです。神なんです。

 

心にこびりついてしまった思いを手放し、離す、それは何時なんでしょうか。

刻々と期限は迫っています。

 

 

私は、私達は帰ります。

田池留吉、アルバート、母なる宇宙の待つあのふるさとへ、私は、私達は帰ります。


今世の時を境にして心の向け先を180度転回して、

そして、我が行く道を目指して歩んでいく喜びと幸せを伝えてくれました。

 

心にしっかりと育て、そしてともにある喜びと幸せの中へ帰ってきなさいというメッセージ通り、

忠実に真っ直ぐに生きていきましょう。


たとえ濁流、激流を泳ぎ切っても、何もいいことはありませんでした。

心に空いた穴を埋めることはできませんでした。

何度も体験してきました。

ああ、ここには私の求めるものは何もなかったと、

初めて今世の肉を通して心で知るに至りました。


田池留吉、アルバート、そう呼べる、思える幸せと喜び、安らぎ、

この中に私は自分を生かしたかったと、はっきりと心で知り、

250年後の最終時期に照準を合わせて今を生きる喜び、大切さ

瞑想の中で感じます。


肉は色々とあります。体調も決していいとは言えません。

けれど、自分が切望してきた世界を波動を心で知ったからには、

もう何も要らないです。


アルバート、本当に本当に出会いたかった波動の世界でした。

 

 

真っ直ぐに自分の本来生きていく方向を知っている、

そして、その方向に歩みを実際に進めている、

そんな人生が、唯一喜び幸せな人生です。


肉として肉で生きていく人生、何度繰り返しても飽き足らずに今世まで来ました。

 

心癖はしぶとく、なかなか肉から自分を解き放つことは難しいけれど、

それでも、それでも自分を解き放つことなしに、

喜びの本当の自分の世界とは出会えません。


たったひとつの真実の世界、波動の世界を求めて求めて、

数限りない転生を潜り抜けてきた、

そんな私達にようやく届いた一筋の灯りでした。


その灯りを目指して、今、宇宙、全宇宙は集結する方向に活発に動いています。


応えていってください。自分の心の中で応えていってください。

大きな喜びの波が打ち寄せてきます。

波乗りをしてそして、ともに次元を超えてまいりましょう。

時はすでに来たれりです。

あとは最後の詰めの段階。

心の中のアルバートの呼び掛け、いざないに、ゴーサインを待っています。


もちろん、その準備は怠りなく、一気にラストスパートをかけていきます。

 

 

 自分を学ぶために肉を持ったから、

その学びを予定通り遂行していくために、

世の中の法則にある程度従い、

肉の維持をしていく必要があります。


けれどある程度であり、それは程々です。

限度を超え、程度を超えていけば、

自分に肉を持たせた意味を全く活かすことができません。


何のために生まれてきたのかという真の意味を無視、

否定していく愚かな転生から抜け出すことはできません。


それは本当に哀しいことです。切ないことです。

自分を見捨てることなく、裏切ることなく、

真っ直ぐに本来の自分の世界を目指して強い思いで生きていきませんか。


コロナ旋風で外出自粛を余儀なくされ、

経済活動の停滞から生活の破綻等、色々と大変です。

 

新しい生活様式とやらも提言されているようですが、

何とも先行きの見えない事態はこれからも続いていくでしょう。


現象はまだまだこれからです。そして、解決策はただひとつです。


「今、目に見えている姿、形のある自分だけが自分ではないことを、

心から知ることです。自分に目覚めていきましょう。

苦しみの奥底から這い上がってきた意識である自分を救い出してまいりましょう。」


というメッセージの方向に心を向けていくことがただただ待たれているだけです。

 

 

 学びに繋がった方達は、意識の流れという言葉を聞きました。

自分の心で分かり感じているかどうかは別として、確かに耳を通過しました。


この事実、大変重要です。

重要というよりはありがたいということでしょう。

 

肉は肉の心は素通りかもしれませんが、

中の意識は大騒ぎしていると言ったらどうでしょうか、分かりますか。


心で分かるように、心でそうだと頷けるように、

それぞれの学びを進めていったならばと思います。


すごいです。

宇宙に異変が起こり、しかもそれは喜びへ喜びへと変わっていくことを指し示している、

もがきにもがき苦しみ喘いできた宇宙に、ようやく明るい兆しが見え始めた今世でした。


すごいと思います。ありがとうしかありません。

出会いたく出会いたくて、ようやくようやくその思いが確かなものとなった今、

ただただ、ただただ、ありがとうです。


意識の流れの中にあることをしっかりと知り、

そしてその流れの中にひとつに溶け込んでいけるように、

あなたの心を進めてください。

 

 

学びの友からのメールです。一読ください。

そして、あなたも宇宙を思う喜びの瞑想を始めてみてください。

 

19回、ライブ配信とともに瞑想。


異語を語れることが嬉しいです。


異語を語れば語るほど、喜びとともに本当の勇気が湧いてくる。

言葉は少しでいいと本当の勇気は教えてくれている。


相手の顔色を見て、態度を見て、嫌われないように相手に合わせて自分から発してきた言葉、

その態度、行動は、恐怖の私、寂しい私がしていたことだった。

肉を守る、肉を認められたい、腰は低くても中の思いは我に従えでしかなかった。


宇宙を思い、自分の思いを異語で語ります。

喜びとともに勇気が湧いてきます。

何もいらなかった。誰もいらなかった。

異語の世界が教えてくれている。

頭脳、知識、経験、話す相手もいらない。

言葉は必要最低限でよかったことを気付かせてくれる。

話をする友達がいない、それは寂しいと思う思いもありました。

でも、宇宙を思い、異語を語れば軽やかに爽やかに語り合える。

そこには肉はない。

体が動かなくても、年老いても、一人でも、母なる宇宙を思い、

異語で語ればいいことに気が付いた。

そして、異語を語れば語るほど、肉でつかんでいた人、物がはっきりと見えてきて、

自分が肉で握って、一人で拘り続けていたことを気付かせてくれる。


自分が一番自分を知らなかったことを気付かせてくれる。


異語の世界は本当に自由と本当の勇気を自分の中から蘇らせる。

嬉しいです。楽しいです。


ゼロ歳の私は母の腕の中で母の目を見て異語を語っていた。

母は笑顔で頷いているだけ、そこは異語の世界と同じ、何の壁もない。

振り返れば、我が子もみんな私の目を見て何か音を出していた。

異語を語っていたんです。

その瞬間は私も笑顔で答えていた。

互いに、ありがとうの思いだけだった。

そんな思いが蘇り、愛しい愛おしい思いが溢れてきます。


異語の世界には形がない。

どんどん解放されていく。

肉の世界は本当に小さなこだわりの世界でしかなかったことを気付かせてくれています。


異語は宇宙のリズム、

嬉しくて楽しくて、どんどん広がっていく異語の世界、

宇宙のリズムと溶け合って、ただただ嬉しい宇宙を思う瞑想です。

 

 

 田池留吉の意識の世界が肉を持ち、

そして一旦その姿を消したということがどういうことなのか、

しっかりときちんとそれぞれの心で受け止めていけるよう、

日々、正しい瞑想を通して学んでください。


今世始まった学びは、

すでに本格的な段階に入っています。

 

もちろん、田池留吉の肉とともに学ばせていただいた時間と空間は 何よりも、

何よりも貴重な本当に喜びの時間と空間でした。

 

そしてそこからです。

そこから自分をいかに進めていくかは、

それぞれに係っているということをそれぞれの心に留め置いて、

ともに生きていく方向にしっかりと

自分の心の針を向けて合わせてください。


ともにある喜び、ともに行こうという力強い呼び掛け、いざないを、

繰り返し、繰り返し心に広げ、着実な歩みをしていきましょう。


真っ暗闇の奥底の底のまだまだずっと奥底から這い上がってきた意識。


そんな認識をあなたは持っていますか。

どうぞ、今世の千載一遇のチャンス、

喜んで喜んで自分に活かしてください。

 

 

250年後に照準を合わせて今を生きている、

学びを進めている、

あるいは250年後云々はまだ自分の中で定かでないから信じられないでいる、

だから信じようと思うがそれは欲にしか過ぎないと返ってくる、色々だと思います。


ただ、形の世界は様々なところから崩れていくということは、誰の目にも明らかです。

それらを最小限に食い止めようと、これもまた様々な手段が講じられていきます。

けれど崩れていくんです。

じりじりと時には一気に追い込まれていくという場面も想定されます。


肉という形の世界は影の世界だと、

心底から納得するまで現象の波はやってきます。

手放すしかないんです。ポーンと飛び出るしかないんです。


愛のエネルギーは揺さぶりをかけてきます。

心の向け先が分からなければ、

それが本当の優しさ、温もり、喜びだとは絶対に分かりません。


これまでと何ら変わることなく、

呪い、恨み、苦しみの奥底に自分を沈めていくでしょう。

思いの向け先を180度変えていきましょう。

意識の流れに思いを向けて、

ともに行こうの呼び掛けに応じてください。

 

 

 心で気付いた方から始めてください。

私達がみんな間違って生きてきたことに気付いた方から始めてください。


宇宙、母なる宇宙へ帰る私達だったことをあなたの心で思い出してください。

私達は帰ります。その道筋はきちんと見えています。

あなたもあなたの心の中にそれをしっかりと見定めて、

これからの転生を通過していってください。

そして、合言葉、250年後の再会を必ず果たしてまいりましょう。


250年後、三次元最終のお勉強を経て、

私達の切望してきた宇宙へ帰る道をさらにしっかりと見極めていきましょう。


喜びです。

250年後の喜びの爆発を、私達の意識の世界は体感、実感できるんです。

 

間違って狂い続けてきた私達だけれど、

そんな喜びの時間と空間を自らに用意しています。

 

全宇宙とともに、

田池留吉、アルバートの母なる宇宙、真の愛の世界へ

一歩踏み出す喜びをぜひともに味わってまいりましょう。

 

待ち遠しいです。

ですが、計画を万全に遂行するために、

まだまだ飛び越えていかなければならない現象が盛りだくさん。

 

喜びで喜びで、自らを見失うことなく、喜びで受け止めていきましょう。

 

 

 本当に望んできたこと、

思いを真っ直ぐに自分に聞いていくことが待たれています。

 

肉に流れていくことは非常に簡単なことです。

みんなで渡れば大丈夫、怖くない、そんなことありません。

大丈夫ではありません。

ともに落ちていく道から自らを解き放つことです。

勇気が要ります。踏ん切りをつけなければなりません。

だらだらと肉に沿って生きていても、

それは決して自分の明るい放たれた未来には繋がらないということを、直視しましょう。


それぞれが自分の行き先を決めていきます。

誰が強制するものでもないし、強制されてうまくいくはずもありません。

ただ、正しい瞑想を重ねていけば、

もう自ずと自分の中に答えは出てきているはずです。

その思いを引き出すために、その思いと出会うために、

どれほどの困難があったかということも、心に知っているはずです。


そんな自分のために、180度生き方の方向を変えていきましょう。


中は諸手を挙げて喜んでいるはずです。

本当の喜びを知ってください。

苦しんできた狂ってきた自分とともに、

元来の喜びの自分の世界へ帰っていける喜び、幸せ、

今の肉を通して確認していきましょう。

本物の喜び人生としてください。


 

 

肉を持っている以上、今の肉を通して入ってくる情報は共有しています。

雑多な情報を取捨選択してそれぞれに生活をしていっていると思います。


肉はそうです。何も変わりはありません。

けれど、意識の世界は違います

 

どこに思いを向けるか、向ける先はどこなのか、

それはそれぞれに任せられています。

同じ風景の中のひとコマであっても、同じところに住んでいるわけではありません。


それが意識の世界を肉を持って学ぼうとしているか

肉は肉のままでいるのかの違いです。


外の世界は同じであっても、中の世界は違うということを知っていきましょう。

 

私達はそのどちらの存在であるのか、しっかりと見極めていってください。

心の針は中へ中へ。自分の中へどんどん進めていきましょう。


そしてともにある喜びと幸せ、本物の喜びと幸せを感じてください。


肉を持った自分にありがとう、

そう伝えることができる心の状態がどんなに幸せなのか、

自分の心で味わってください。

安らぎ、安心感、何にも代えられない喜びと幸せです。

 

 

 形の世界が崩れていくことがいいんです。

 

手放したくない、ここだけは、これだけはとしがみつく思い、

私は正しいという思いが苦しいことだと分かっているけれど、離そうにも離れない思いです。

 

けれど、私達は痛みを伴いながら手を離し、思いを離していく、

変えていく方向に自分を進めていきます。

本当の自分に目覚めるということは、そういうことです。


肉を本物とする思いに長く長く慣れ親しんできた私達だから、

それを180度転回するということ、

肉、形の世界は影の世界、実体がない世界

と心で分かることは、本当に難解です。


それをこれから250年、300年の間に遂行していこうとするのだから、

当然そこには想像を絶する現象の波が押し寄せます。

 

そして、そこにはそれにも増して、いいえそれとは比べることができない規模の

愛のエネルギーの存在があります。


その愛の中ですべてがなされていくことです。

 

心を全開にして、ともに喜びを分かち合いましょう。

私達は愛、愛のエネルギー。

宇宙にその喜びが爆発していきます。

私達は宇宙です。

私達のふるさとへ帰りましょう。

 

 

 自分を救うために、

自分の心を救うために生まれてくる私達でした。

ただ、どうしたら自分を救えるのか、自分の心を救えるのか、

全く分からなかった私達でもありました。


自分を救う、自分の心を救うとはどういうことなのか、

学びに繋がった人達は、それを学ばせていただきました。


私もそのうちのひとりです。

 

結果、私は、自分の中の本当の自分、

愛である自分に目覚めること以外に、

自分を救っていくことはできないと知りました。

 

自分が何者であるか、どういう存在であるのか、

心で知る分かることができなければ、

やはり自分の外に救いを求める他力のエネルギーと

決別できないことを学ばせていただきました。


何のために生まれてきたのか、

形がない自分に 今ひとつの肉を持たせているのはなぜなのか

形の世界が崩れていくからこそ、

本気になって真剣に真摯に自分に問いかけていけるのだと思います。

 

愛、ああこれが自分達が愛である確たる証しなのだと感じます。


自分の中へ、本当の自分の中へ帰りたかった、

帰ろうと叫ぶ思いが、これからさらに、

肉が本物だとする思いを崩していきます。

心の叫び、しっかりと受け止めていきましょう。

 

 

思いを向ける、思う、これだけです。

 

何を思い、思う向け先が正しく確定されているか

しっかりと自分の中で確認できていれば、

肉にまつわる色々なことに、確かに一時心は揺らされますが、

瞬間で、あるいは短時間で元の軌道に自分を戻していけるということです。


どうでしょうか。

そのトレーニングをして段々にそのコツをつかんできたとすれば、

それは自分の大きな強い味方になるのではないでしょうか。


肉を持って見て聞いて実際に自分のことになってくれば、

平常心ではいらない、それは自然なことだと思います。

心は揺れます。

大揺れ、小揺れ、さざなみ、違いはあっても肉は肉の心は揺れ動くものです。

さあ、それからです。

そこからあと道は分かれていきます。


今までと同じように肉に沈み、肉に溺れ、肉に惑わされていくか、

それとも・・・ということです。


しっかりと今世の肉を活用して学びをしていきましょう。

 

自分のため、自分の宇宙のためです。

自分のため、自分の宇宙のためということは、

みんなのため、みんなの宇宙のためということになります。


肉の次元ではなく、意識の世界に次元を合わせて読み取ってください。

 

 

 学びをするにあたって、

基本的には何をしてはいけない、

こうしなければならないというものはありません。

ただし、すべてが自己選択、自己責任です。


たとえば、UTAブックさんが推奨するZoomを活用して

学びの友と瞑想をする機会がこれまで以上に増えてくると思います。

これはUTAブックさんが把握しているグループ以外ということです。


そこに参加する人はその心を見て

しっかりと自分の学びの歩みの方向性を確認することが肝要です。

 

瞑想をすればいいというものでもないし、

学びに対する基本の姿勢、動機等々

しっかりと自分の中で見直したうえで、

これからの自分の学びのあり方を見ていってください。

 

Zoomを使って少人数のお勉強もいいですが、

その場合、進行は持ち回りが望ましいと思います。


何か難しい、辛気臭いことをと思われるならば、

それもまた自己責任の元で進めてください。


私は、学びは基本的には自分ひとりだと思っています。

 

事実、私は自分ひとりで瞑想をして、

心に響き伝わってくる自分の世界と対話できる喜びと幸せを感じています。

それで十二分に幸せなんです。

 

過去、未来、今、すべてがひとつになって

母なる宇宙へ帰る道を歩いているという確信、

揺らがない確信、ぶれない歩み、それをいつも瞑想の中で確認しています。

 

ともにある喜びと幸せ、安心感、安らぎは

心に培ってきた凄まじいエネルギーをしっかりと包んでくれています。

これ以上のことは何もありません。


ということで、Zoomを使ってのお勉強の前に、

自分と自分のお勉強が捗っているかを確認することをお勧めします。

 

 

次元移行を果たすこと、

自分との約束、

自分の中の宇宙との約束

それをきちんと果たして、そしてともに生きている、ともにある喜びの中で、

さらなる意識の世界を進んでいくこと、

今世、ひとつの肉を自分に用意して

それを知り確かめ信を深めていく計画を立ててきたことに、

本当にありがとうしかありません。


狂ってきました。

真っ暗闇のエネルギーを噴き出し、凄まじいエネルギーで宇宙を塗りつぶしてきた意識。

それでも私はあなた、あなたは私、ひとつだ

信じて待ってくれていた波動の世界に出会えました。

 

千載一遇のチャンスを手にし、

自分の本当の世界へ帰っていける、戻っていけると知り、

その道を歩いていけばいいということを本当に心で分かる人生が、喜び人生です。


思いを変えていきましょう。

180度転回して、

本来あるべき自分の世界をしっかりと確認していきましょう。


今世を転換期に、

そして250年後の三次元最終時期を視野に

自分の生き方の修正を果たしていかなければなりません。

 

もちろん、そこには義務、強制という思いはなく、

果たしていくようになっているという喜びがあるだけです。

その喜びをともに受け取ってまいりましょう。

 

 

ともにある喜びと安心感、それは肉、形の世界のそれとは次元が違います。

肉、形の世界のそれは、不安と恐怖の表裏一体です。

事情、情勢が変われば変わっていきます。

だから維持しようと執着の真っ暗闇のエネルギーを膨らませます。


本物の ともにある喜びは そういうものとは 全く違います。

消えない、変化しない、元々あるものだから、何にも左右されないのです。

 

限りなく広がっていく意識の世界

にただあるのは喜びと温もり、

それはどこまでもどこまでも続いていきます。


損得、駆け引きで身体と頭、心を忙しく動かしてきた私達です。

肉として、肉で生きるということはそういうことです。

けれど、その世界も 総崩れしていく時期に来ています。

どんなに頑張り英知を結集しようとも崩れていくものは崩れていきます。

歯止めは効きません。

一時持ち直したかのように見えても、それは文字通り一時のことです。

砂上の楼閣は崩れ去っていくしかありません。

何時、砂上の楼閣だと気付いていくのかということだけです。

 

肉、形の世界は堅固な世界ではありません。

意識の世界からのひと吹きであっという間に崩れていきます。

 

ともに崩れていく中で、自分の意識の世界もともに崩れることのないように、

深い闇の中に沈み込んでしまうことのないように、

今を大切に生きてまいりましょう。

 

 

目を閉じて静かに思う、何を思うのか、

そう自分自身です。

自分の中の本当の自分の世界を思うんです。

そこには何がありますか。何もありません。

ただ嬉しいんです。

 

ありがとう、優しい温もりの中に、安らぎの中にある自分を感じ幸せでしょう。

 

嬉しいでしょう。涙が知らずのうちに出てくるでしょう。

そして何か語りたいですね。

どうぞ、異語で自分の中の思いを語ってみてください

何を語っているのかなんて頭を動かさなくていいんです。

ただ口から出るがままに、そして自分の中を感じてください。


嬉しい、嬉しい、ありがとう、お母さん、ありがとう、幸せです、嬉しいです、

ありがとう、ありがとう、そんな思いが溢れてきていると思います。


嬉しい、楽しい瞑想の時間を持ってください。

 

もちろん、中の岩盤が喚きます

何とも言えない凄いエネルギー、凄まじいエネルギーの坩堝を感じます。

 

それでも、それでもふうっと思いを向けてみてください。


今感じた優しさ、温もり、広がりの思いに触れていこうと思いを向けてみてください。

そうして、自分と自分の中でどんどん歩みを続けてください。

肉のある間に、

しっかりと自分のこれからの行く末を知ってください。

 

 

肉は無けれども、ともに生きている、歩いている、そう確信できることが嬉しいです。

ともに、田池留吉、アルバートの意識の世界とともに、その中に溶け込んでいく喜びと幸せ。

 

今世ひとつの肉を用意したからこそ、感じていける喜びと幸せでした。

 

暗く苦しい肉の思いをできるだけ軽く軽くしていきなさい、

そう自分に伝えてくれている思いに、今世こそしっかりと応えていきましょう。


温もりの中に、喜びの中に、限りなく果てしなく広がっていく自分の中に、

安らぎの中に帰っていきましょう。


250年、300年の三次元最終のお勉強を経て、

そして、さらに自分の世界の進化を進めていく約束を、

田池留吉の意識の世界としました。

 

肉を持ち、肉を通してそう伝えてくれた意識の世界にしっかりと照準を合わせて、

そして、喜びの一本道を歩いていくこと、

それが自分に対する最大の信、それが愛でした。

 

 

 私達人類にとって何が一番大切なことなのか

これから さらに厳しく繰り返し問われる事態になってきます。


生命、財産、そんなものではないことを徹底的に自らに知らしめる、

そういう流れの中にあります。

ご承知の通り、意識の流れが仕事をします


私達は肉、形ではないことを心で分かっていく道筋が用意されています


肉、形の世界は影の世界だというメッセージが、

繰り返し繰り返し、しかも強烈に届けられます。


真実の波動の世界から肉という形を持ってきた事実はそういうことでした。

そして目覚めがありました。

 

それに呼応する意識の世界の動きは確実に仕事をしてまいります。

 

肉は押しなべて愚か。

 

心の針の向け先をしっかりと特定できるように、

肉を持っている今、それぞれが学んでいきましょう。


真実の波動の世界から肉を持ってきて、

肉を通して学ばせていただいて、

そしてその肉が一旦消えたということを、

心でしっかりと受け止めてください。

 

心の針の向け先を特定する学びの過程で、

ああ もう三次元最終時期は遠くないと心で感じられるはずです。

 

 

思いの向け先を変えていかない限り、苦しみは続きます。

自分の中の苦しみは続きます。

自分の中が苦しいことさえも分からずに、

肉、肉、目の前の出来事に翻弄されていく人生を送っていく人が殆どです。


限りある時間だから、一度切りの人生だから、

それを大義名分にして、肉のみの人生を生きていく、

そういう転生から卒業しましょうということです。

 

人生は捨てたものではない、苦しいこと辛いこと哀しいこともあるかもしれないけれど、

生きているって素晴らしいんだというところから、

何か人生を達観するかのように見えても、

自分の本当の姿、本来の自分の世界を知らない限り、

それは言葉の上滑りに過ぎません。


自分の中の苦しみ辛さをしっかりと感じながら、

それでも信じて待ってくれている本当の自分の中へもう戻ろう、

帰っていこうと思う、その思いの向け先をしっかりと確認する今であってください。


散々自分を苦しめてきたから、それは自分で受けていかなければならないけれど、

学びに出会った意識は、おそらく嬉しい、ありがとうで受けていけると思います。

そうであっていただきたいと思います。


苦しんで間違って狂ってきたのはみんな同じ。

そして、思いの向け先ひとつでそれがガラリと変わっていく不思議

驚きを喜びの中で味わえる私達でありましょう。

 

 

 「あなたはどの方向に心を向けて生きていきますか。

あなたは本当に学びをしてきたと言えますか。


学びに触れた私達は、それぞれがその肉を置いていくまで、

つまり今世の肉を通して、さらにどんどんどんどん学びに対する信を

自分に問いかけていく場面を設定しているはずです。


それはみんなそれぞれ自分が望んできたことだということをお忘れなく。


本当のことが知りたかった。

自分のあるべき本当の状態をぜひとも知りたかった。

 

その思いを強く強く抱いて生まれてきたこと、だからこそ学びに繋がったこと、

すでに瞑想の中で確認されていることだと思います。


肉から意識へ自分を転回していく難しさを実感しながらも、

心の奥底から突き上がってくる帰りたい、

帰ろう、帰りますの叫びもまた現実のものだと感じているはずです。


田池留吉を思う、思える、アルバート呼ぶ、呼べる、

これがどんなにすごいことであり、喜びであり幸せなことなのか、

それぞれの心で感じていける今世なんです。

幸せ者です。本当に幸せ者です。

真っ暗闇の中からようやっと這い上がり、

そして自分の生きていく方向を伝えてもらった、

どんなにすごいことなのか、瞑想の中で何度も何度も味わってください。

 

 

セミナーが開催できない間、みんな時間があると思います。

学びに対する姿勢、自分の生き方を振り返って、少しずつでも修正していきましょう。


今世というかけがえのない時間、

心に刻み そして250年後の集大成に向けて、

しっかりと自分を見ていきましょう。


250年後は、三次元の一応の集大成です。

もちろん、意識の世界においては、それも通過点に過ぎません

けれど、そこをきちんと自分の中で学習して、

そして次の段階へ進んでいくということです。


限りなく果てしなく続いている意識の世界。

その世界は限りない温もりと優しさ、喜び、安らぎに包まれています。

 

そこを飛び出して、我の宇宙を作り続けてきたということ、

今世の学習を通して、しっかりと心で分かっていきましょう。

心で分かれば自ずと修正が始まります。


肉を自分だとする思い、

形ある世界で何とか生きていこうとする思い、

根底から崩れ去っていきます。

 

それでもしがみつき、徹底抗戦していく可能性はまだまだ多分に残されています。

手を離し、思いを離していかない限り、ともに生きていくことは不可能。

 

本物の優しさに裏打ちされた厳しいメッセージをいかに受け止められるか、

それぞれの心に係っています。

 

 

学びの友からのメールです。一読ください。


香世さんにメールを出さしてもらった後に瞑想をしました。

瞑想がいつもと少し違っていたように感じました。

思いがとても素直な感じがしました。

何かのアクションをした後は少しの時間でも瞑想をするのがいいと思いました。

ありがとうございました。


瞑想


お母さん、お母さん、お母さん、ずっと寂しかったです、お母さん。

寂しい心を抱えて生まれてきました。寂しい思いとともに生まれてきました。

お母さん、私は寂しかったです。この思いを見つめるために生まれてきました。

お母さん、私を生んでくれてありがとうございます。この寂しい思いとともに生きてきました。

寂しい思いを抱えて...、寂しい私に語ります。寂しい私に心を向けます。

寂しかったね。寂しさに狂ってきたよね。私は寂しかった。寂しい私に語ります。

もう帰っていこうね。帰っていこうね。寂しい私とともに帰ります。

お母さん、お母さん、ああ、生んでくれてありがとう。

私は、思いでした。思いが生きています。思いなんです。


ともに田池留吉に思いを向けていきましょう。

田池留吉、アルバート、異語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


思ってみるだけでいいんですよ。田池留吉と、思ってみるだけでいいんですよ。

田池留吉を思ってみてください。田池留吉に心を合わせてください。

田池留吉を心に広げてみてください。


心に忘れていた思いでした。心から消し去ってしまっていた思いでした。

田池留吉を思うということは、本当の自分を思い出すことでした。

忘れ去り消し去ってきた自分を思い出していくことでした。

田池留吉は応えてくれていました。

ここにいますと、田池留吉はいつもいつも心の中で応えてくれていました。

その田池留吉の存在を信じ、その田池留吉に心を向け合わせていくことだけでした。

合わせていくことだけでよかったんです。それが心を見るということでした。

それが本当の自分に帰っていくということでした。


私たちは肉ではありません。私たちは意識、永遠に存在する意識でした。

心を変えていきましょう。意識の転回です。

心を本当の自分、田池留吉に向けていきましょう。

 

 

今を喜びの時間とするかどうなのか、

それは心の中の状態がどんな状態であるのかで決まります。

 

苦しくてもいいんです。寂しくても哀しくてもいいんです。

 

そんな自分の叫びをどのように受け止めているのか、

ともに生きていこう、ともに歩いていこうとしているのか、

それとも、そこから逃げよう、見ないで何かで誤魔化して

心の針を外に向けていくばかりなのか、そういうことです。


しっかりと自分と向き合って

そして、その中で素直に本当の自分を思う、思える、

間違ってきたたくさんの自分とともに思える、

そんな時間と空間に自らいざなっている、

そんな瞑想の時間が可能な限り持てたら

最高に幸せな人生と言えるのではないでしょうか。


肉のみの人生、肉の傍ら学びをしているという人生、

どちらも哀しいほど救われません。


喜びの自分の世界、温もりの自分の世界、

安らいでいて全托していこうと思える世界

感じ広げられる今であるかどうか、精査してください。

 

 

 まだまだ気付きの道は遠し、

けれど、意識の世界はその方向にしっかりと向いています。

 

根底から形の世界が崩れ去っていく時を、

私達人類が目の当たりにするのは、もうそんなに遠くではありません。

 

そして、それぞれの意識の世界が、

意識の流れの計画に乗り遅れている、

それが現実だということは、はっきりとしています。


形の世界だけを追っていく、求めていく愚劣な自分達だと、

どの時点で心で知っていくか、

それには250年、300年という時間はあまりにも短いでしょう。

 

ということは、必然的に

凄い現象、想像を遥かに超える現象

が待っているということになります。


みんな私達が計画していることです。

 

私達は本当に自分のふるさとへ帰りたいという切なる思いを抱えて、

この地球上で何度も転生をしてきたということ、

それを今世、学びに触れた意識は先駆的に自分の中で確認しているに過ぎません。

 

集大成は250年後の三次元最終時期です。


分からない、信じられない、学びに触れながらもそういう思いを出している方達が

残念ながらまだまだいます。

その現実を踏まえつつも、それは大したことではないとメッセージが来ます。


意識の流れは着実に粛々と流れている、ともにいざ行かん、

そんなメッセージが来ます。

 

ともにある喜びと幸せ、ともにある今を心は伝えてきます。


あとはそれぞれの選択に任せなさいということでしょう。

 

 

思うは田池留吉。田池留吉一筋の道。

それしかありません。

 

形の世界が崩れていく様を見て聞いて感じて、体験して、

戻っていく方向をしっかりと自分の中で確かめてください。


それができるそのような学びの時間を私達は用意してきました。

宗教ではないんです。

 

救うのは自分の心です。自分です。

 

肉を本物として疑ってこなかった、

信じてきたその思いの世界を根底から崩していかない限り、

自分の心は、自分は救われません。


真の喜び、真の幸せ、真の温もり、真の安らぎの世界へ、

そんな自分の本当の世界へ一歩、一歩を踏み出していきましょう。


「今世を転換期に。そして次元移行を必ず果たす。」


合言葉を心に刻んで、肉を持つ時間を大切に、大切にしていきましょう。

 

 

 緊急事態宣言もあって、世の中コロナ、コロナで騒がしいです。

繁華街の人波は少ないようだけれど、

近所の公園には元気よく遊ぶ子供達、家族がいて、

犬の散歩をしている人達、花を愛でる人達もいて、

コンビニ、飲食店、昼前の街角のお弁当売り、何ら普段と変わらない光景です。


在宅勤務を含むテレワークというのは、仕事を離れた私には無縁ですが、

コロナの影響により、どんどん社会に変化が起きているのは確かです。


ただし、私達の心、意識の世界の変革にはまだまだ道遠しというところでしょう。

 

巣ごもりで、時間はあるけれど、はてさて何をするのか、

色々なやりたいことはあっても、どれもこれも飽きてしまいます。

 

ネット中毒、心は外へ外へ、コロナウイルスで肉体細胞は病むとともに、

意識の世界はさらに病んでいきます。


そう思えば、学びに触れている人達は本当に幸せです

 

何もなくても思うことができる、思える喜びを知っている、

自分の本当に生まれてきた意味を、

肉というものがどんな役割を果たすのか学んでいるんです。


ともに瞑想をしようと言える学びの友がいる、それこそネットを活用してください。

ネットが不得手でも、電話があります。

顔を見れなくても声を聞ければ安心という肉の思いを確認しながらも、

どうぞ、学びを心から遠ざけないでください。

 

 

 遥か遥か彼方、私達のふるさと母なる宇宙を目指して、ともに歩いていきましょう。

宇宙へ帰りたかった。

飛び出してきたけれど、帰りたくて帰りたくて、

だけどその思いを足蹴にしてきたのは自分自身でした。


ということを、心で知ってください。

そして、自分に懺悔です。本当の自分に懺悔です。

苦しい中でも辛い中でも、寂しくて寂しくて狂うしかなかった時でも、

いつもいつもともにありました。信じられなかっただけです。

こんなに苦しいのに、こんなに辛いのに、こんなに寂しいのに、

何でその時、私を救ってくれなかった、救いの手を差し伸べてくれなかったと、

恨み辛み、呪いの思いだけを膨らませてきただけでした。


救ってくれていたんです、手を差し伸べてくれていたんです。


その思いを蹴散らし、撥ね付けてきたのは自分自身でした。

己というものを間違ってきたからです。

我一番の宇宙の中で狂うしかなかった心に、何も伝わるものはありませんでした。

温もりよりもパワーだ、そうやって聳え立っていった哀しい哀しい時間の山です。


その山が崩れて崩れて総崩れにならなければということです。


自ら積み上げてきた山は、自ら崩していく、いけるんです。

それが、自分が愛であるという確かな証しです。


 

 

 

肉という形を持ってきた私達は、いずれその肉という形を置いていく時がやってきます。

それが何時なのか、どういうふうにそうなっていくのかは、この際問題ではありません。

 

それよりも、肉を持っている今、心の針の向け先を確認して

その方向に自分を委ねていってください。

委ねていける喜びと幸せ、安心感を心に広げていってください。


切望してきたんです。

そう自分の中が伝えてくるはずです。

本当の自分の世界へもう戻っていこう、帰ろう、

どんどんどんどん伝わってきているはずです。


今世、肉を用意してきた、

そして、田池留吉の意識の世界を学ぼうと準備してきた、

その思いを深く、深く大切に受け取ってください。


「ともに生きていこう。ともに歩いていこう。」

24時間365日、メッセージは流れています。


ともに瞑想をしてください。

田池留吉、アルバートは見えません。

けれど存在しています。

波動を受け取ってください。

優しい、優しい、そして温かい力強い呼び掛け、

いざないに心からありがとうの思いで応えていってください。

 

 

 ゆったりと真っ直ぐに自分の行く末を思う、

そして、思いを馳せられる今を思いましょう。

 

何もなくても何があってもただ嬉しい、ありがとう、

そんな中に生き続けていたんだ、じっくりと心で感じていきましょう。


肉に走っている間は、そんな喜びと幸せとは縁遠いです。

そして、いつの間にか年齢を重ねてしまいます。

けれど、その間に、何度か自分の人生とはいったい何だろうかと

思うチャンスがどなたにもあったはずです。


そのチャンスを本当の意味で活かすことなく、

死を迎える、肉という形を置いていく時がやってくる、それが殆どの方でしょう。


それではダメだということを、私達は学んでいます。


本当の人生を生きる、生まれてきた本当の意味を心で知る、分かる、

その分かったことに沿って肉を使っていく、

これまでの転生とは全く違う転生としましょうと学んでいます。

 

学びに触れたこと、どのように思っていますか。

自分をどのように思っていますか。

自分の人生、肉を持っている今どのように思っていますか。


肉を置いていくまでに自分の中でしっかりと心を決めてください。

 

 

 ぶれずに学びを進めてください。

学びとは、セミナーに参加することではありません。

スカイプやZoomのネットを駆使していくことではありません。

 

どんな思いで学びを進めているか、

本当に瞑想をしているのか、

どんな思いで瞑想をしているのか、

田池留吉、アルバートを思っているのか、

宇宙を思っているのか、

いくらでも自分に問いかけて、

自分と自分の中で学んでいくことができます。


何もなくていいんです。

自分の中にすべてがあるんですから。

肉という形だけを見れば、同じでしょう。

しかし、心の向け先、針の向け先を知らなければ、肉のみ。

肉の中で苦しみが続いていきます。

形としては同じように見えても、たとえば、コロナウイルスで大変な状態であっても、

そういう状態になるのに猶予期間があります。

 

その間に、心の針の向け先を知っているか否か、

向ける度合いがどの程度なのかということが判定できます。


あとは肉の中にある肉という形は、その中に流れていくだけです。

肉から離れた意識の行き先が違ってくるということになります。


肉は肉の法則に従っていかざるを得ません。

ただ私達が学んでいるのは、

私達人間は、意識、波動、エネルギーだということであって、

肉の法則とは無縁です。

思う喜び、思える喜びを自分のものにしてください。

 

 

弥生三月も、コロナウイルスであっという間に過ぎ去っていきました。

家の近くの公園の桜等々、人間以外の世界は淡々と喜びで時の移ろいの中にあります。


私達人間だけです、目の前の出来事に右往左往して、大切な時間を無駄にしていくのは。

その中で、自分達が生まれてきた本当の意味を心で学ぶ機会に恵まれた方達は、

その喜びと幸せを存分に心で味わっていける時間としていきましょう。


思うは田池留吉一筋の道を歩いてください。

 

肉を持てば色々とあります。心は様々なエネルギーを感じ、発します。

けれど、その中に埋没することなく、感じ発したエネルギーを思い、

そしてさらにそのエネルギーとともに、思うは田池留吉、アルバートです。


肉を持つ今だからこそ、そのお勉強ができるんです。

 

自分にとって本当に何が一番大切なことなのか、繰り返し繰り返し学んでください。

何度も何度もです。これでいいということはありません。


肉のある限り、本当の自分の思いに精一杯応えていきましょう。

そして切なる思いをぜひ実現する方向へ。

それが私達の喜び、幸せの道です。

この道をともにともに歩いていきましょう。

 

 

 肉を持っている今、今を本当に大切にしましょう。

自分を大切にする、自分の思い、切なる思いを大切にして、

そして、その切なる思いを、今世を境にして実現する方向へ舵を切っていきましょう。


なぜ生まれてきたのか、

このことが自分の中で本当に分かるということが、待たれています。


肉、肉の中で、肉、形を本物とする中で、

どんなに努力しても、生命と財産を守るためにあらゆる手段を尽くしても、ダメなんです。


ダメだということを、これからの時間、僅か250年、300年かけて自らに知らしめる、

そんな意識の流れの計画が遂行されていきます。


これは止められません。

ただ流れの中でどのように自分の思いを変えていくか、

つまりは本当の自分に目覚めていくか、それだけです。


あとは、何もありません。300年の猶予期間があります。

それを逃したら、肉を持てない環境の中で、どのように存在していくのか、

それぞれの心で知っていってください。


厳しいようだけれど、しかしあるのは喜びだけです。

本当の自分達の世界へ戻っていこう、帰ろうという呼び掛け、

いざないの思いに、その波動の世界に触れてみたら分かります。

 

どんなに待ってくれているか、信じて信じて待ってくれている思いを、

どうぞ、あなたも本当にその心で感じ深く味わってください。

 

 

 淡々と自分が決めてきた道を歩んでいく、

生きていく喜びと幸せを心でかみしめていきましょう。


今世をあなたの転換期にというメッセージ、味わっていますか。


これまでの転生と同じでは、自分を苦しみの中から救い出すことはできません。

肉として生き、肉として死んでいく転生。

散々苦渋を舐めてきました。

たったひとつの帰るところを心に確かめ

自分を大切にしていきましょう。


肉を持つ最後の最後まで、

思うは田池留吉の道です。


ともにある喜びと幸せがしっかりと信じられるように、

ただひたすらに真っ直ぐに自分の心と、

真っ黒な自分と真向かいになっていこうとしてください。

 

 

 何が間違いだったのか、今もなぜ間違い続けているのか、

心で気付き始めた方から、修正です。

気付いた方からやり始めればいいんです。

 

誰のためでもない、それが私達が本当に望んできたことでした。

愛へ帰る、心のふるさと、愛、母なる宇宙へ帰る、実行してください。


繰り返します。

あなたの頭など何の役にも立ちません。

 

意識の世界のあなたを知っていくのに、あなたの頭を使わないでください。


それは自分を愚弄する行為です。

その思いの底に眠るエネルギーを感じられたならば、もう何もありません。

どんなに愚劣な自分だったかが、手に取るように分かるからです。


意識の流れを自分の中に呼び起こし、

そしてその流れの中でしっかりと自分の行く末を感じてください。


もう待ったなしです。私は、私達は帰ります。

私のふるさと、愛へ、母なる宇宙へ帰ります。

そのために今の肉があり、田池留吉、アルバートの意識、波動の世界との出会いがありました。


あなたは手ごたえを感じていますか。

今世肉を用意して、学んできた手ごたえを感じていますか。

自分に伝えることができていますか。

250年後の出会い、必ず果たしてください。

自分の中で確認をしてください。

 

 

意識の流れはスピードを上げています。

 

意識の流れの仕事は着実に粛々と、ということには変わりはありませんが、

そのスピードは250年に至る三次元最終時期を目指し、

喜びで喜びで加速していきます。

 

ボーっと生きてんじゃねえーよということではありませんが、

気を引き締めて、しかしゆったりと喜びの思いで、今を過ごしていきましょう。


なぜ生まれてきたのか、

何をするために生まれてきたのか、

もう心で分かっていますね。

 

それをただ淡々と実行してください。

 

心の針の向け先をいつも確認して、

ともにある喜びの世界をどんどん自分の中に広げていきましょう。

 

出会えるんです。

思いを向ければ、いつも、いつでもともに生きています、ともにあります、

私はあなた、あなたは私、ひとつです、

そんな波動の中にあることを感じるでしょう。


喜びではないですか。

こんな喜びで幸せな時間と空間に自らをいざなっている、

今世、この計画を立ててきたことに、

真っ暗な自分に感謝しかありません。

間違い続け狂い続け、おぞましいエネルギーの塊の自分に感謝です。

ありがとう、その思いを宇宙に広げていきましょう。

 

 

肉ある今を喜んでそして、真剣に素直に自分を思ってください。

自分を思うんです。

 

自分のこれからを、意識の流れの中にあり、

その流れに沿って生きているかを真剣に思ってみてください。


肉を持っている時間、どれだけ真剣に生きているのでしょうか。

肉を中心に据えて、やはり肉というものに心を残している現実が浮き彫りになっていませんか。

 

そう感じて学びをしているからと後ろめたい思いもあるけれど、

正直それに違和感もなく、肉の幸せ、安定をやはり望んでいるという実情ではないでしょうか。

 

実情は実情でいいんです。

学んでいますという姿勢を押し出していくよりも、

現状把握をしっかりとして、そしてそこから、さて自分はどうしていくべきか、

ということを自分なりに真剣に学んでいきましょう。


今、世の中はコロナウイルスで揺れています。

心にある不安、恐怖を炙り出し、先行きの見えないこれからを伝えてくれています。


完全に間違って生きてきた人類に、これからも矢継ぎ早に警鐘が鳴らされます。

肉基盤の思いからすれば、現象はみんな警鐘です。

 

ですが、思いを向けるということを学んでいるならば、

そこから伝わってくる波動を感じてください。

波動を読み取ってください

そして、思いの向け先はひとつだと、自分の心で感じ広げていってください。

ともにある喜びの波動がなせる業です。

 

 

守ろうと思えば思うほど、苦しみの中に埋没していきます。

そんな転生を数限りなく体験してきたはずです。

もう止めましょう。

守ろう、その手を、その思いを離していきましょう。

離していく方向に自分を進めてください。


そうしないと、自ら闇の真っ暗闇の中に落ちていくだけです。

そのことはもうすでに心でお分かりだと思いますが、

分かっているけれど止められないと自分を誤魔化してきたんです。


守るべきものなんてないんです。

自分の心を、本当の自分を、愛を捨てた私達に一体何を守って、

どう生きていくのか、聞いてみてください。


馬鹿だ、大馬鹿だ、だけどもう帰ろう、本当の自分のところへ帰ろう、

素直になろう、本当の喜び、本当の温もり、本当の安らぎの中へ帰ろうと伝えてくるはずです。


そんな自分の中の切なる思い、必死の思い、必死の叫びに応えていってください。

それが優しさです。温もりです。喜びです。

 

ともに生きていこう、ともに歩いていこう、

今も、今もあなたの中から呼び掛けてくれている思い、波動にしっかりと応えていきましょう。

 

 

何が起きてもおかしくない局面にすでに突入していることを、

しっかりと心で感じてください。

 

肉、肉で何とかする、何とかできるという思いは捨てていきましょう。

何もできない、ただ呆然と立ち尽くすだけ、

そういう場面にこれからそれぞれが立ち会っていくでしょう。


そのとき、そのとき、心に何を思うのでしょうか。

どこに心を向けられるでしょうか。

 

すべてをご破算にしてということがなければ、

そしてポーンと飛び出していくことがなければ、

自分の世界は、何も変わりはしないということです。


そのチャンスを自ら用意しています。

飛び出していこうと固く思っているからです。

飛び出して、そして、自分の軌道を変えていくという決意に触れてください。

 

しっかりと正しい瞑想を重ね、その決意を確認して、

そして本来の自分の元に帰っていきましょう


千載一遇のチャンス。

 

これを軽く受け止めることなく、心から自分を大切に、

そして宇宙を、帰るべき宇宙を深く深く思って生きていきましょう。

 

 

自分と自分の中での学びです。

自分の生きていく方向をきちんと正しい方向に定めていけるように、

すべて自分が用意して整えてきた肉の、形の世界でした。

それが分かりませんでした。全く分りませんでした。

今世の肉を通して学ぶということがあったから、

ようやくそうだったんだという、本当にお粗末な自分の世界でした。


肉、肉の世の中の流れの中で、自分の中に意識の世界を呼び覚まし、

そしてその流れに乗って存在していくという中心棒の確立が何としても必要です。

それがなければ、形としては学んでいるだけで、

自分の中は殆ど何も変わってはいない、それが現実だと思います。


肉ではない、肉、形の世界は影だ、そう自分に言い聞かせても、

自分の根本が変わらなければ、それは空しい言葉の響きだけを残していきます。


だけど、切なる思い、叫びがあります。

だから、未曽有の天変地異が必然的に起こってきます。

地軸が動く、想像の範疇は超えていますが、

どういうことなのか、あなたの意識の世界はすでにご承知です。

 

 

ともにある喜びと幸せ、心で感じてください。

田池留吉、アルバートとともに、本当の自分とともに、

いつもいつもあることを、ただそれだけをしっかりと自分の中心に据えてください。


他力的な思いではなく、ただそう思えることが嬉しい、

心からありがとうの思いが噴き上がってくる、幸せだ、嬉しい、ありがとう、

そんな心を向ける時間をたくさん、たくさん持つようにしましょう。


一回の時間は短くても、

日々ふうっと思う、思える時間を増やしてください。


「私はあなたの中にいます。

ずっとずっと初めからあなたの中にいます。

私はあなたです。あなたは私です。ひとつです。」


この思いとともにいつもいつも生きていきましょう。


肉、形の世界は、さらに混迷の度を増してきます。

だからと言って、自分の中に逃げ込むのでなく、

その様子をしっかりと心で受け止めていきましょう。

 

そうしてこそ、自分の中の中心棒のありがたみ

さらに深みを増してきます。

 

きっぱりと自分の行く方向が見えてくることに、

ただただよかった、嬉しい、ありがとうだけだと思います。

 

 

 肉で肉として生きていく苦しさ、空しさ等々、

今世の肉を通してしっかりと学んでいきましょう。

そうやって過去繰り返し、繰り返し自分を苦しめてきました。

もうその苦しみから自分を解き放していきませんか。


肉、肉、肉、もういいではありませんか。

間違ってきたことを心でしっかりと感じ分かってきたならば、

そこから一刻も早く自分を本来の自分の軌道に戻すことを始めてください。


心で気付いた方から始めてください。

宇宙が変わっていく喜びを自分の中で味わい、

味わい尽くし、今世の肉の時間を終えていくとしましょう。


はっきりとしっかりと自分のするべきことを知り、

歩いていく方向、生きていく方向をきちんと定めていけるように、

肉を持つ時間、大切に有効に使ってください。

 

肉、つまり偽物の自分を生かすために肉を使うのではなく、

本物の自分を信じていけるように、肉を肉の時間を使っていきましょう。

 

 

 コロナウイルスで世の中は忙しいけれど、

見て聞いて流れていく時間の中に自分を埋没させることなく、

今ある喜びを心でしっかりと受け止めていきましょう。

肉に思いを向ければ心ここにあらず、

これからもそういう現象が目の前に展開していくと思います。


中心棒はありますか。中心棒はぐらついていませんか。

肉を救う、肉の心を救うのではなく、

もっと根本的な救いの手を自分に差し伸べていきましょう。


そうすることが、そうできることが、ただただ嬉しい、ありがとう、幸せ、

嬉しい涙とともに心からありがとうの思いが満たされていく、

宇宙が喜んでいる、宇宙とともにあった自分達だったということを、

それぞれの心の中で、意識の中で味わってください。


肉の喜び、幸せも本来の喜びと幸せにしていってください。

肉あればこそ、真実の波動の世界に触れる、

その中に生き続けてきた自分達だったと知ることができる、

こんな喜び、幸せの人生はありませんでした。

 

 

何を思って死ねるのか。

どんな状況で肉を置いていく時が来ようとも、

死ぬ瞬間、心の針を合わせていけると確信していますか。


肉ではできません。

肉でそうしようと思っていても、その時、肉体的に苦痛を伴っているかもしれません。

意識が朦朧としている中かもしれません。


心の針を合わせていける確信とはいったいどういうことを言うのでしょうか。


肉では決して推し量れない意識の世界です。

ただ、肉でできることはいつも思うことを忘れないようにするということだけかもしれません。


日々、色々とある中で、どんなに忙しくまた心が乱れても、

それでもふうっと思える瞬間があります。

平時ではもちろんのこと、いつも思うは田池留吉の姿勢

肉を持つ時間を過ごすということになるかと思います。


形の世界を死守することはできません。

影は死守できません。

初めから何もなかったんです。

総崩れというけれど、元々何もなかった世界へ戻していくだけです。

何もない。だけどあります。

ともにある喜びと幸せは永遠に無くなりません。

 

 

 自分がなぜ生まれてきたのか、

本当は何をするために生まれてきたのか、

それを心で知る、分かるということ、そこのところが分かれ道になります。

 

そこのところが違えば、たとえ、夫婦、親子その他近しい関係であっても、

生きていく方向、歩いていく方向は違います。

今世、縁あって近しい間柄になったのだから、

できれば、生きていく方向、歩いていく方向が同じであればと思います。


それはさておき、学びに触れた私達です。

自分自身が、まずしっかりと学びましょう。


なぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのかを、

いつも問いかけて心の針の向け先をいつも確認しましょう。

確認できる今が幸せです。


どんなに間違ってきても、自分の中で間違ってきたことに気付いていければ、

自分の生きていく方向、軌道を修正できます。

軌道修正に取りかかってください。

 

 

同じ映像を見ても、同じ音声を聞いても、感じ方は違います。

映像、音声、それらは形の世界のことです。

それを心が意識がどのように受け取り、そこから何に心を、

意識を向けていくか、それによって住む世界が違ってきます。

時間空間は同じかもしれませんが、

向いている先が違えば生きていく方向が違うということになってきます。


肉、形の世界を取っ払って、そしてただ自分の今ある世界に思いを向けていくことを、

日常の中で繰り返し学んでまいりましょう。


肉を持ちながら、目をしっかりと開け、耳をしっかりと開き、

そこから感じる世界をまず自分の中で確認していくことが大切です。


その世界に流される、沈むのではなく、

確認したものを自分の中の喜びと温もりへ返していく、

そうすることが肉を持っている意味であり、

そうできることが自分の喜びである、そんな時間を重ねていきましょう。


そして、目を閉じます。思います。呼びます。

田池留吉、アルバート、本当の自分、愛、心のふるさと、

母なる宇宙と思いを向けていきます。


限りなく広がっていく喜びと温もりの世界にある自分だったことの確認作業、

肉を持ちする瞑想の醍醐味です。

 

 

何が本当のことなのか、

色々なところで形の世界が崩れていくことによって、

それぞれみんな何かを考え始めると思います。


何かおかしい、何かがおかしい、どう生きていけばいいのか、

もしかしたら、何かとんでもない間違いをしてきたのだろうか、

さらにさらに形の世界が崩れていくことによって、

祈りを救いを求める思いも増幅するけれど、

その一方で、何かがおかしいと感じ始めると思います。


何かがおかしい、そうおかしいんです。

狂った心、意識の世界が形として表れているというところまで、地球人類が行き着くには、

まだまだ時間と総崩れという現象が必要ですが、それはきちんと成してきます。


意識の流れがあるからです。

意識の流れ、その流れに沿って、その中に溶け込んでいくことしかないと心で分かるまで、

どんどんどんどんさらにさらに形の世界は崩れていきます。

必然のことです。

間違った世界は正される、ただそれだけのことです。


それだけのことですが、肉を本物とするところからは、それは到底分からないことです。

つまりは肉から意識へ自分を転回していって初めてその通りだとなってくるのです。

 

 

 

日々、瞑想をしていますか。

正しい瞑想の純度は上がっていますか。


すべて自己診断です。

自分で判断してその結果を自分で受けて、

そしてまた自分の中を歩いていく、限りなくどこまでも。


自分の生き方、あり方、しっかりと精査して喜びの人生としましょう。


苦しみの中に自ら落ちていくことを止めるだけです。

難しいことだけれど、喜びを幸せを求めて自らを苦しみの中に沈めてきた事実、

現実をはっきりと知ることです。


誰のせいでもない、何のせいでもない。

自分を本物の自分を見失い捨て去ったからでした。

 

だから元あったところへ戻っていけばいいだけです。

 

帰るところはここだよと伝えてくれている思いに、

素直に沿って生きていけばいいだけです。

 

ただし、肉を本物とする抵抗勢力のすごさを心得てください。

半端なことでは元あったところへ戻れないし、

本物の自分の思いに素直に沿って生きていくことはできません。


日々、どんな思いで瞑想をしていますか

正しい瞑想とはどんな瞑想か

心で分かっていますか。

 

 

 

学びは本物の自分と偽物の自分との学びです。

 

まずは本物の自分と偽物の自分があることに気付いていく必要があります。

 

肉、形を本物として生きてきた自分は紛れもなく、偽物の自分です。

 

その偽物の自分の思うこと、言うことに沿って日々の生活を送っているというのが、

この世の常識です。その常識の中で、肉、形の世界は影の世界だとは決して思えないです。


目に見え耳に聞こえ手に取れる実感があります。

到底影なんて思えるものではありません。けれど影です。


心の目を覚ましていきましょう。

 

そして、覚ました目を通して、自分の生き方、存在の仕方を

自分に問いかけていく方向に学んでいきましょう。


生れてきたことにどんな思いを持っているか、

本気になって真剣に自分に問いかけてください。

 

 

肉で生きていく時間は、

さらに先行き不透明な時間となってきます。

肉の安全、安心を求め、心は右往左往します。

当然です。

そんな転生を繰り返してきました。


肉を捨てろ、肉の思いを捨てろと言われも、肉を持っている以上難しいです。

ただ弱めていく、緩めていくことは可能です。

 

それも修行的な思いではなくて、自然にそうなっていくんです。

なぜならば、自分の心に響き伝わってくる波動の世界があるからです。

 

その波動の中にずっと生かされていた、存在していた自分達だったと心で感じ始めてくると、

もういい、もう自分を苦しみの中へ落としていくのは止めにしよう、ごめんね、

自分を知らずに生きてきましたと、自然にそんな思いが湧いて出てきます。

 

それはどこから、それは自分の中からです。

そう思えてくるんです。

 

肉、肉と肉にしがみついてきた自分の哀れさ、愚かさを感じるから、

今世こそ自分を本当に温もりの中へ喜びの中へ

いざなっていこうと心の中から突き上がってきます。


そういう時間をしっかりと持って、

今世を転換期に本道、愛へ帰る道、

本当の自分の世界へ帰っていく道を歩き出してください。

 

ともにともにということを心に、一歩歩みを踏み出していきましょう。

 

 

 私達は本当に幸せ者です。

宇宙一幸せ者と言っても決して言い過ぎではありません。

 

なぜならば、田池留吉という真実の波動の世界を学ぶチャンスに出会ったからです。

 

このことが、まだいまいちピンとこない人は、自分達がどんなに間違ってきたか、

いいえ間違ってきたことさえもまだまだ心から分かっていないかもしれません。

いいえきっとそのはずです。


肉を自分だとすること、これって本当に間違いだった、

狂ってきたとどの程度心で感じていますか。


自分を捨てたんです。本当の自分を捨て去ったんです。

 

足蹴にしてきたから苦しみの奥底に沈んだのも当たり前だったけれど、

こんな苦しい人生と、あいつがこいつが、これがあれがと

いつもいつも責任転嫁していった愚か者、卑怯者が私達人間と呼ばれる生き物でした。


もう、生きる方向を変えていきましょう。180度転回していきましょう。



もちろん、肉で生きろ、肉がお前だという思いも当然の如く、怒涛のように来ます。

自分の心の奥底から突き上がってくる叫び、悲鳴に心を傾けてください。

ですが、ですが、その真意をしっかりと組んであげてください。


組んであげられる私達なんです。信じていきましょう。

 

 

心の針を自分の中に向ける、思いをしっかりと見ていく、

そのためには、ある程度ゆったりとした時間と

ある程度の体力気力が必要となってきます。


肉に流れていくのは本当に容易いです。

それをずっとしてきたから、そこに馴染んできたから、本当に容易いことです。


中心棒の確立、自己確立をお急ぎください。

 

あとどの程度肉を持つ時間があるか、それを念頭に、

ただ自分との約束を今世こそ反故にしないという思いで、

日々の生活を送っていきましょう。


自分に今用意されている、用意している中で、

どうぞ、しっかりと瞑想をしていきましょう。

 

思いを向ける、向けられる喜びと幸せを味わって、

そして、自分を大切に、今という時を大切に、

肉を持つ本当の意味を心から感じてください。

 

 

今、コロナウイルスという意識の世界からのメッセージで、

それぞれにみんなゆったりと瞑想をする時間があります。

 

セミナーもいいけれど、そして学びの友と瞑想をする時間もいいけれど、

文字通り一人ゆったりと自分と自分の世界を思う時間も同様に、

いいえそれ以上にいいものです。


自分の学びに対する姿勢、生き方、これからの自分、

色々と思いを馳せる時間としましょう。


4月以降もどうなるか不透明な状況かもしれません。

ですが、自分に対する信、自己確立の道がきちんとあれば、何も案ずることはありません


自分と自分の学びです。

 

田池留吉、アルバート、母なる宇宙の波動の世界に生きている自分達だと心で知れば、

本当に何も案ずることはありません。


呼べばいいんです。思えばいいんです。

 

喜びも温もりも幸せも全部全部自分の中にあった、

今の肉を持っている間にしっかりと学んでいきましょう。

 

 

自分に対する信、思うは田池留吉一筋

生きていくのかどうなのかが問われます。

自分と自分があるだけだということをお忘れなく。


肉と肉がツーカーと分かり合っていると思っても、それは所詮肉の世界のこと。

意識の世界ではどうでしょうか。


ゆったりと自分の世界を楽しんでください。

おどろおどろしい世界でしょう。

そんな世界を立派だ、我を見よと威張り散らしてきた滑稽な自分だったと分かっていきましょう。

 

本当は苦しい、哀しい、辛い、寂しいと叫びたかったけれど、

それを許さない自分があったと分かりますか。


もういいんです。叫びましょう。解き放していきましょう。

自分の中で、自分の中の温もりの中で、しっかりとさらけ出してください。


何も求めなくてもすでに満たされていました。

それが分からなかった、信じられなかったから、

地獄の苦しみから自分を救い上げることができなかったと、

今世学ばせていただいたのではないでしょうか。


みんな、みんな帰れるところがあった、

温もりの世界へ喜びの世界へ

元々あった中にもう帰っていこうと、自分に伝えていきましょう。

 

 

アルバートの波動との出会い。

揺るぎのない事実、現実。

もうそれがすべてでした。

心から呼びたかった、出会いたかった、その思いが一気に噴き出し、

闇黒の宇宙の世界が動き始めました。


ただ嬉しかった。

狂い続け、苦しみの奥底の底の底を這いずり回ってきたけれど、

自分の中の真実を垣間見たから、

自分に詫びることしかありませんでした。

我の宇宙は素晴らしい、よく言えたものでした。


肉を持ってアルバートの波動を伝えにきてくれた、

次元を超えていきましょう、ともにあるんですよ、

ひとつですと伝えにきてくれた、はっきりと知ったから幸せです。


なぜ生まれてきたのか、何をするために今があるのか、

やはりここが一番大切なポイントです。

 

ここが分かれ道でしょう。

それぞれの心から導き出して、それを自分の中心に据えていってください。

自己確立をしてくださいと、繰り返しメッセージを出しています。


自分と自分の中で学ぶ、正しい方向に舵を切って、

喜び喜びの本道を突き進む、速やかにその体制を整えていきましょう。


コロナウイルスも応援してくれています。

じっくりとゆったりと自分と真向かいになる時間と空間を楽しんでください。

喜んでいきましょう。

 

 

見逃せない心、思いの世界。

しっかりと肉を持っている今、自分の中で確認してください。

思いを逸らさず、蓋をせずに、きちんと自分と向き合う勇気を持ちましょう。


みんな真っ黒けのけ。みんな愚か。

それでもその真っ黒、愚かを互いの肉を通して見ていく喜びがあります。

真っ黒な自分、愚かな、愚か過ぎる自分、

どうしようもない自分をしっかりと確認していきましょう。


落ち込む必要はありません。ただ嬉しいだけです。ただ幸せなだけです。

宇宙一大バカ者が宇宙一幸せだったと心で感じてください。

お金で神で幸せになれるなら、とっくの昔になっています。

今頃、愛の人、愛の人で溢れています。もちろん、肉を持つ必要などありません。

 

なぜ形がない私達に肉があるのか、

その根本に地球人類みんな触れていかなければなりません。

まずは今世の肉を通して学びに触れた意識からです。

 

特別意識は捨ててください。

真っ暗闇の地獄の奥底から這い上がってきた意識だとご自覚ください。

そして、そこから、波動の世界に生きている、真実の波動の世界に生きている、

それこそが自分達の本当の世界

そのことに心で知っていく心で分かっていく道筋を一歩進めていきましょう。

 

 

環境、条件が整い揃えば瞬時に飛び出すエネルギー。

殺戮のエネルギー。決して他人事ではありません。


闘って闘って闘いの中でずっと生きてきた意識の世界。

その意識の世界を根底から覆す難しさがあります。

180度転回していく難しさです。

けれど、喜びだけだった、喜びが自分達の本当の姿でしたと分かっていく流れがあります。


私は愛でしたと心から知っていく道です。

愛。

愛が分からなかったから、愛を間違え続けてきたから、

闘いの中に自らを沈めるしかありませんでした。


闇黒の宇宙。私達が垂れ流してきたエネルギーの塊があります。

それが私達でした。そして、私達は、今世の肉を通して学びに繋がりました。

 

闇黒の宇宙を際限なく広げてきた中で、

喜びの世界があなたの世界ですとメッセージを受け取りました。


「喜びへ帰ろう。温もりへ帰っていこう。」

形の世界が総崩れの中で、

ただその呼び掛け、いざないだけが、響き伝わってきます。


三次元最終時、UTAとともに次元を超えてまいりましょう。

 

 

 肩の力を抜いて瞑想をしましょう。

ゆったりとゆるりとただ思うことをやってください。

幸せでしょう。嬉しいでしょう。

 

ふうっと思える喜びの中にあります。心の中から響いてきませんか。

思う喜び、思える喜び、心の針を向ける喜び、合わせていこうと思える喜び、

たくさん、たくさん、何度も何度も味わってください。


肉を持てたからこそ、学ぶチャンスに恵まれたからこそできる体験です。


みんな真っ黒けのけ。みんな愚か。

みんな自分を知らずに生き続けてきました。


けれど、その生き方の軌道を変えることはできます。

変えていきましょうとの呼び掛けをいただきました。

肉から意識へ軌道を変える、基盤を変える、

喜びで喜びでそのことを成していきましょう。

 

 

 何も特別に望まない。何も特別に欲するものもない。

ただ、これからの自分の行く末をしっかりと見定めていく喜びと幸せ、充実感、

そこだけに思いを集中していこうとすることに、中がそうだそうだと一斉に叫ぶ。


意識の世界に生きていることを、今世の肉を通して学ぶチャンスを得ました。

 

なぜ苦しみ続けてきたのか、何を間違えてきたのか、

真っ直ぐに自分に問いかけていく学びに触れました。


肉、形を基盤とするところからは何も見えないことを、

徹底的に伝えていただきました。

自分を肉から意識へ180度転回していく難しさはあるものの、

帰ってきなさいという本当の自分からのメッセージをもう決して反故にはできないでしょう。


それしか自分を救い出す手立てがないことは、

もうすでにそれぞれの心で感じておられると思います。


本物の優しさ、温もり、喜びの世界へもう帰っていこうという思い、

決意をそれぞれがそれぞれの心でしっかりと確かめていける今です。


形の世界が崩れていくからこそいいんです。

 

これだけは、ここだけはは、全く通用しない流れに突入しています。

これからさらに、意識の流れの本領発揮という時間を迎えていくと思います。

 

 

心からありがとう。

そう言って思って瞑想をしていける喜びと幸せ、あなたは今、満喫していますか。

肉でどんなに満たされようとも、心の中は荒み荒れ狂っている、寂しさの中で狂っている、

そんな自分の世界を、今、肉を持っている今、しっかりととらえていきましょう。


そうしていくことが、どんなに喜びであるか、幸せであるか、あなたはもう感じていることでしょう。

 

目を逸らさずに、思いを逸らさず、自分の中をしっかりと見て、

その自分と向き合っていく勇気が必要です。

 

自分の中に、自分のふるさと、愛へ、母なる宇宙へ帰りたいとする思いを

真正面からとらえていけば、肉を持って、今、自分の中を感じていけることが本当に喜びだと、

何にも代えがたい幸せだということが歴然としています。


それでも、肉を持っているから、

どうしても肉のほうに思いを向けて誤魔化し、蓋をしようとしていく心癖、

どなたにも根深く、根強くあると思います。


それでもです。

ともに生きていこう、ともに帰ろうの呼び掛け、いざないをしっかりと受けてください。

受けていきましょう。

私達の帰るところはひとつ、そうはっきりと知ってください。

知って信じられるあなたに復活してください。

 

 

母なる宇宙へ帰る、温もりの喜びの中に

ひとつに溶け合っていく喜びと幸せ、

それを私達は切望してきました。

本当なんです。宇宙に思いを向けてみてください。

どんなに帰りたいと叫んでいるか。

帰ろう、帰れるんだと伝えていけば、

本当に帰れるのか、本当なのかと何度も何度も聞いてきます。


本当に帰るところがあるのか、あったのか、

そんな思いが響き伝わってくる様を心で感じていけば、

もう何とも言えない思いです。


そうだよ、そうだよと私達が帰るところは、私達のふるさとはあったんだ

帰ってきなさいと伝えてくる温もりの中に、喜びの中に、

みんなみんな飛び込んでいこう、そうやってどんなに真っ黒な宇宙でも、

必ず帰っていけることを、繰り返し繰り返し思ってください。


もう嬉しいだけです。

肉を用意して、アルバートの波動を伝えていただいた意識は、最高に幸せです。

アルバート、心から待ち望んできた出会いが、

本当に現実のものとして心に広がっていく、

そんな時間と空間を持たせていただいたことに、感謝しかありません。

 

 

肉を持って生活をしていく中には、それこそ色々とあります。

形の上で、肉の思いとして、これはいいこれはだめと振り分けて、

自分の思い通りになっていけばそれでよかった、

嬉しい、幸せだと単純に生きてきたのが私達だと思います。


学びをしてきたから、形も整ってきたんだと、思っていますか。

確かにそれはあるかもしれません。

学びに出会わなかったなら、私は今頃どうなっていたか分からないと、

学びに触れたことを喜んでという反省文もたくさん目にするし、話も聞きます。


いつまでも暗い心のままでいるよりも、

少しでも喜んで前向きに学んでいくことは何よりも大切です。


ただ、自分に対する信、たったひとつの真実とともに生きていこうとする信を、

これからそれぞれに何度も何度も問いかけてくるでしょう。

心の揺さぶりを自らにしていきます。

 

学びをした成果として、段々肉のほうも整ってきますという言葉を掴んで、

他力の土壌のまま私は学んでいますと思い込んでいるのではないか、

さらに厳しく自分に問いかけてください。


自分の中の本当の自分、真実の世界に目覚めていくということで、

今世、肉を用意し学びに触れさせていただいたという事実を心で味わっていきましょう。

 

思うは田池留吉一筋の道。

これ以外に自分を救い出す道はありません。

 

 

 ともに行こう、ともに生きていこう、そんな力強い呼び掛け、いざない

心で応えていける喜びと幸せを存分に味わっていきましょう。

 

今の肉を通してどんどん伝わり響いてくる波動、エネルギーの世界があります。


目を閉じてしっかりと自分の心の針を向けて合わせて、

そしてその波動、エネルギーを受け止めてください。

 

もちろん、それはあなたの外からくるものではありません。

あなたの中からどんどん湧き起り噴き上がってくる

喜びのエネルギーです。


そのエネルギーはあなたの中の間違った真っ暗闇のエネルギーをしっかりと伝えてくれます。

帰ろう、帰ってきなさいと自分が自分に伝えている様を、

しっかりと心で感じそして、伝わってくる波動の世界、エネルギーを楽しんでいきましょう。

 

よかった、嬉しい、ありがとう、そんな思いで、

自分の中の宇宙、自分自身が本当に喜んでいることを感じてください。

苦しみではなかった。

真っ暗闇の中にいたけれど、まだまだ真っ暗闇だけど、

それがたまらなく嬉しいということでしょう。

なぜならば、帰るべきところを知ったからです。

みんなとともに宇宙の友とともに帰れる喜びと幸せに

ようやく巡り合った感触があるからではないでしょうか。

 

 

今世をラストチャンスととらえてください。

今世の学びを通して自分の心に感じたものを足掛かりにして、

それぞれにこれからの転生を迎えます。


何度かあります。

それらの転生を経て、必ず自分を250年後に繋ぐという確信を持って、

今の肉を置いていってください。


それが今世、ラストチャンスだと言っている意味です。

今世、自分の中に足掛かりをつけることなしに、

250年後の出会いは難しいと思ってください。


厳しいと思うならば、

どうぞ、正しい瞑想をしてこのことが厳しいことなのかどうなのか、

自分の心で確認してください。


あなたの中の本当の自分、

田池留吉の世界はどう語ってくるのか、

それを参考にして、自身の生きる方向を定めていってください。


次元移行という意識の流れは粛々と仕事をしている

というのは確かなことです。

これもまたそれぞれの心で確認できればと思います。

 

 

「宇宙を呼びたかった。宇宙を思いたかった。」

どうでしょうか、あなたの心にこの思いが響いてきていますか。

 

闇黒の宇宙を作り続けてきたけれど、私達は今の肉を通して、

温もりの宇宙、喜びの宇宙の思いに触れさせていただいたのです。

だから、帰りたい、帰りたいと、どんどんどんどん心の中にその思いを訴えてきます。

 

宇宙の友はあなた自身です。

あなたがあなたに訴えているんです。

それを心で感じてくれば、ともにともに帰ろうということがどういうことなのか、

どんなに嬉しい呼び掛けなのか、心で分かります。


肉は何もできません。

ただ自分の心の叫びをしっかりと聞いてあげてください。

肉のあなたが肉のことで忙し過ぎては、それもままなりません。


色々と事情があると思いますが、できるだけゆったりとした中に肉を置いて、

そして自分の中の宇宙を呼ぶことをやってみてください。


ただし、欲の思いは禁物です。

これは宇宙を思う瞑想に限りません。

欲で学びをしないでください。

 

帰りたい、帰ろう、帰りますの思いが、自然と心から突き上がってきたら、

そこからしっかりと自分が本当に帰るべき方向を目指して学びをしてください。

 

 

 愚かな自分を知っていくことが嬉しい、そういうふうに心が広がっていますか。

 

道理が通っていて、物分かりがよくて、何でも器用にこなして日常生活 卒なく送っていても、

そして、この世的にはいわゆるいい人であっても、

心の中に蓄えてきたエネルギーはみんな凄まじいということを知っておきましょう。


愛を捨てた、本当の自分を捨てた、捨てて真っ暗闇の自分を

作り上げてきた歴史がどなたの心の中にもどっさりとあります。


だから、環境、条件が揃ってくれば、

それらの真っ暗闇のエネルギーが一気に噴き上がります。

収拾がつかない、歯止めが利かない状態が続きます。

 

頭を駆使した対処、対策は根本的な解決にはならないことは、

学びをしている人ならばもうお分かりだと思います。


それぞれの心の中に、安心して思いを吐露する環境を育て、

そして、その中で愚かな自分を抱きしめていこうとしない限り、

真っ暗闇の深遠な闇の世界から自分を解き放つことはできません。


心の針をしっかりと合わせていこう、向けていこう。


今、その向け先をそれぞれがしっかりと学ぶという

千載一遇のチャンスをいただいています。

 

肉から意識へ自分を転回です。

自分との約束、果たしていきましょう。

 

 

学びに触れさせていただいたこと、繋がったこと、これが何よりも何よりも幸せなことでした。

自分が計画してきたことですが、本当に見事に的中したありがたさを感じずにはいられません。


宇宙へ帰りたい、帰ろう、帰ります、やっと心の中の思い、叫びが

現実のものとなってきた流れを感じ、喜びで思える時間にありがとうしかありません。


思う喜び、思える喜びを味わい、肉の時間を終えていく今世にしていきましょう。

今世を転換期にして、生きていく方向を変えてください。


学びに触れさせていただいたこと、繋がったこと、

その幸せを心にしっかりと感じ、自分を大切に大切にしてください。

 

そして、肉から意識へ自分を転回していきましょう。

 

それは思うは田池留吉一筋の道を生きていこうということです。

 

たったひとつの喜びの道、幸せの道です。

それぞれの心で感じてください。

感じていける自分に復活してください。

 

 

 ただ一点を思い、その一点とともに肉を流していく生き方を始めましょう。

今世が初めてだから大変難しいけれど、

やっと何をするために自分は生まれてきたのかということを心で知ったならば、

そういう生き方に自ずとなっていきます。

 

自分に肉を持たせたということ、その思いに触れてみてください。

全く違った観点から生まれてくるということを思っていけるようになっていきましょう。

そこを変えていかなければ、これまでの転生と何ら変わることのない転生です。

あっという間に年月が流れ、

年老いて肉体細胞の機能も低下してまた

真っ暗闇の奥底に沈んでいく経路をたどっていくでしょう。


心で 自分の声を 聞いてください。

 

なぜ自分は今ここにこうして肉を持っているのかと。

肉がどんなに恵まれ喜び幸せの時間を持っても、どうでしょうか、

自分の中の切なる思いを叶えられなかったならば、

どんな思いでその肉を離していくかということです。

 

その思いを心で感じられるあなたに今、変わっていってください。

宇宙が、たくさんの宇宙の友が待っています。

あなたが変わっていけば、

たくさんの宇宙が変わっていきます。

ともに生きていきましょう。

 

 

 

 頭がいいと思っている人は、頭が納得しない限り、

学びの中で伝えていただいていることは半信半疑だと思います。

半信半疑というのは、半分信じて半分疑っているということでしょうが、

学びについては全部疑っているということになります。


頭では分からない、肉では分からないと何度聞かされても、

心で感じる本当の喜びとか幸せに巡り合っていないから、

どうしても、頭、肉が先行します。

納得、納得というのは頭が納得ということです。


胸落ちという言葉を知っていますか。

目から鱗という言葉はどうですか。


頭で納得が先行する人は、瞑想で、または現象参加で

例えばそういう体験があれば少しは、

学びの本質に触れていこうと素直に思えるかもしれません。

ただ、実際のところ、頭でっかちの人は、

瞑想で現象参加でそういうことを体験するのは難しいでしょう。

むしろ、日常でということのほうが確率は高いかもしれません。


一方、敏感がいいということでもないと思います。

敏感なだけに難しいという場合もあります。

正しく敏感であれということです。

敏感イコール意識を受ける、受けられるということではありません。

敏感で意識を受けても、つまり色々と感じられても、

正しく敏感でなければ、過去と同じ轍を踏む可能性は高いです。

似て非なる学び方になるということです。


過去において、神の声を聞いてきた私達です。

その過去を引きずらずに、互いに自己管理に努め、

細心の注意を払って学んでまいりましょう。

 

 

 どんな自分でも許されてきました。受け入れてもらってきました。

けれど、愚かな肉は許さない、受け入れない、認めないと叫び続けてきました。


その苦しみ辛さ、心で感じていますか。

苦しことでした。辛いことでした。哀しいことでした。

 

愚かなことを繰り返し繰り返しやってきたんだということ、

自分の中でしっかりと知っていきましょう。


誰一人例外はありません。

真っ黒だから、どうしようもないから、肉を自分に持たせてくるんです。

 

苦しみから自分を救い上げたいと心からそう望んで生まれてきます。

 

何でそれを綺麗さっぱり忘れ去ってしまうのか、

本当にそこのところを学びに繋がった今世こそ、しっかりと自分に問いかけて、

そしてはっきりとした答えを出していくべきでしょう。

もうその時期はすでに来ています。


学びを進めていけば、

いつまでも真っ黒を垂れ流し状態がどういうことなのか、

心で感じるでしょう。

その結果を自ら受けてきたけれど、

もうその軌道を変えていこうと決断が待たれています。


ともに行こうという呼び掛け、

いざないを しっかりと受けてください。

 

 

苦しみながらもがきながら、自分の中で必死になって答えを見つけ出していく、

あっちにぶつかりこっちにぶつかり、絶望を幾度も味わいながら、

それでも自分の中の思いに応えていこうとする、

粘り強くそれを遂行していこうと転んでは立ち上がる、

あなたもそんな学びの過程を経てきましたか。

 

私は、そういうことを繰り返してきました。

徹底的に抵抗しました。

死んでもお前の言うことなど信じない、腸が煮えたぎるそんな思いで、

温もりに闘いを挑んできました。


それでも、それでも、びくともしなかった。

ただ、待っていますと伝えてくるだけだった。

信じられなかった。信じられなかった。何だこれは。

そんな思いが駆け巡った挙句、

心の底の底の奥底から突き上がってくる申し訳ありませんでしたという思いに、

私はびっくりしたのでした。


そんな学びの時間をいただいたから、

もう四の五の言っている暇などないと私は思っています。

自分の行く末をきっちりと見定めていきましょう。

それにはどうすればいいのか、それぞれに答えは出ているはずです。

 

 

 次の反省文を一読ください。


「徹底的に膿を出す。心の底から膿を吐き出す。

決して綺麗ごとでは済まされない。

今、肉を持っている今だからこそ、自分の闇の世界と対峙できる。

千載一遇のチャンスだ。私はこれを望んできた。

地獄の奥底の底の底のまだまだずっと奥底から這い上がってきた。

自分をしっかりと見ていけと自らそう背中を押した。

どんな環境でもどんな肉でもよいと言った。


生ぬるい中で学びを進めてきたことを知った。

私は本当に地に落ちた意識だと、さらに自ら自覚を持って学ばなければならない。

それが目の前の肉を通して自分に伝えているメッセージだ。


ありがとうと言えるか。本当に生まれてきてよかったと心からそう思えるか。

生ぬるい中で学んできたのではないかと自分に問う。


もっと真摯に 素直に 喜びで 自分を見ていく。


肉を持たせてくれたからこそ、産んでもらったからこそ、自分を知っていけるのではないか。

自分の地獄を苦しんできた真っ黒けのけの自分を見つめていけるのではないか。


心を吐露する喜び。心から吐き出す安心感。

決して自分を責めずに落ち込まずに、

ただ前を向いて自分で決めてきた予定のコースを淡々と歩く。


それが喜びなんだと思う。私は私であればいいと思う。

肉は互いに愚か。愚かな肉を通して、愚か過ぎる自分を知る。


嬉しいではないか。ありがとうと言える。

そう、相手に闘いを挑むのではなく、ただ淡々と自分から出る思いを見ていこう。

それが肉を持つ私のたったひとつのできることだ。

私は意識の私の存在を知っている、信じている。

意識の世界に存在している私だけをただ真っ直ぐに見ていけばいい。

それをしっかりとやりなさいと自らに告げる。すごいと思う。


肉の言動を見て聞いて、そしてそこから色々と対処方法を模索するのではなく、

ただ自分が今どんな心の状態なのかをしっかりと確認すればそれでいい。

あとは自分の中の田池留吉、

本当の自分がしっかりと仕事をする。


そういう意識の世界をあなたは自分の中に知っているかと問いかけます。」

 

 

 今世、始まったばかりだと伝えました。

愛、心のふるさとへ帰る道筋を今世の肉を通して、初めて示されたのでした。


難しいはずです。

 

気の遠くなるような間違いだらけの道を歩いてきたのだから、

方向転換をしていきましょうと伝えていただいても、

なかなかすんなりとはできないというのが現実のお話です。


それでも、それでも、瞑想をして田池留吉を思い、アルバートを思い、来し方を思えば

もうどれだけ間違ってきた自分だったかということは、

どなたの心にも響いてきているはずです。


間違ってきたけれど、帰るべきところがあったということが心で感じられて、

ただただ何とも言えない喜びと安らぎを感じているということも事実だと思います。


やっていこう。みんなみんな間違ってきたのは同じです。

真っ暗闇の奥底からようやっと這い上がってきたのも同じです。

同じならば、みんなみんな本当の意味で、

素直になって喜んで、愛へ帰る道、自分のふるさとへ帰る道を歩いていきましょう。

 

決めるのはあなたです。  決断をしてください。

 

心の中にすべてがあったから、

見ていくのはその自分の心だけだということを知っていきましょう。

 

 

真剣に、真摯に、素直に、ただひたすらに、

という表現しか出てきません。

愛、心のふるさと愛へ帰る道は険しくて厳しくて、けれど喜びです。

いいえ、喜びだけなんです。

険しい、厳しいと感じるのは、

それだけ私達が本来の軌道から遠くに外れたところにあるということでした。


もう帰らなければなりません。心がそう叫んでいます。

これからの時間の中で、さらにその叫びは大きく強くなっていくでしょう。


それが私達の本当に望んできたことだからです。

意識である私達は意識の流れの中にひとつになって存在していくことが自然なんです。

自然に逆らっては何も見えてきません。真っ暗闇の中に自ら沈んでいくだけです。


はっきりとしています。意識の世界ははっきりとしています。

目を覚ましましょう。

肉、形の世界から自分を解き放していく勇気は喜びです。

喜びの世界へ飛び込んでいく喜び。

 

その喜びこそが私達のあるべき世界でした。

 

 

 肉から意識への転回。

250年、300年の時間を必要とするでしょう。

激動の時間。

肉の思いをきっちりと転回していく喜びの時間でもあります。


それがなければ、次元を超えていくことはできません。

 

三次元から自分を解き放つことができないということで、

もはや今のように肉を持つ環境もなく、肉を持つことさえできないところで、

暗闇の奥底に自分を沈めていくしかないということになります。


宇宙のもくずと表現しています。

 

しっかりと現実を心でとらえていきましょう。

何も恐れるとはありません。

 

ただ、自分の帰るべきところを心で知って、

その方向に自分を合わせていけばいいだけです。


素直に喜んで温もりの世界へ、

愛である自分を目指してともに帰ろうの呼び掛け、

いざないに応じてください。

 

 

あなたの周りの人達、世の中の人達が何を語り、どんな思いで日々生活をしようとも、

あなたの心の向け先は自分の中です。

 

自分の中の自分、本当の自分をしっかりと知って、

そしてその本当の自分と向き合う時間を過ごしましょう。


本当の自分と向き合うということは、偽物の自分と向き合う、

偽物の自分をどんどん本当の自分に吸収させていくということです。


それが自分と自分の中で生きていく醍醐味です。

これこそが肉を持ってするたったひとつの仕事です。


その喜びと幸せ、そこからくる充実感、これは形ある世界からは決して出会えないものです。


どんなにお金を持っていても、形の世界での立派な看板を背負っていても、

絶対に喜び人生とはならないことを、

今世こそしっかりと心で知っていく、そんな今世としてください。


それでなければ、今世生まれてきた意味がありません。

今世をそのように位置付けてください。

 

そして、心から望んできた本当の自分との出会い

心で果たしていくというこれからの転生を大いに楽しんでいきましょう。

 

 

心を向ける、向けられる喜びをどんどん感じていますか。

瞑想をする時間を生活の中で確保してくださいとお伝えしています。

そういう生活習慣の中に身を置くということは、

学びをしていくについて絶対に必要なことです。

そして、瞑想をするのが当たり前ということになっていけば、

あと何をしていても、ふっと瞬間思うというのも当たり前となってきます。


友と歓談していても、テレビを前にしていても、スマホを片手に持っていても、

例え仕事、家事等で忙しくしていても、ふうっと思える瞬間は絶対にあります。

そういう瞬間を大切にそして楽しんでください。


何を思うか、思えばいいのか、心で分かってきたならば、

元々自分は幸せだったんだと自ずと分かります。


肉に生きて、あれもこれもと触手を伸ばし、

ああでなければこうでなければと

自分勝手に苦しみの中へ落ちていった私達だったと言えると思います。

 

肉の自分を高め、肉の世界を極めていけばいいという生き方は、

決して自分が望んできた生き方ではなかったと言えるのではないでしょうか。


帰りたかった。もう帰っていこう。

自分の中でその思いをしっかりと聞いてください。

 

 

真実に目覚めていこう、本当の自分に帰っていこう、

そう思いを決めた意識とともに歩みを進めていく、私の中はそうです。


他力はもういいです。

欲で学びをしても、自分の思いを本当の自分の思いを叶えることはできません。

自分のふるさとへ帰りたい、帰っていこうとする切なる思い、

心の奥底から絞り出すような思いで今世を迎え、

学びに集ってきたことを、心でしっかりと知ってください。


誰のためでもない、自分のために生きていきましょう。

それが結局は本当の幸せになっていくのです。


肉ではできません。

肉は影だからです。影は影です。実体がありません。

あるとしてきた大きな思い違い、間違いに気付き、

愚かにもずっと自分を粗末にしてきたことを自分に詫びてください。


詫びれば詫びるほどに嬉しくなってきます。

ようやく、やっと、やっと私というものを知っていこうとしているんだね、

信じてください、信じてください、待っています、いつまでも待っています、

そんな思いが繰り返し返ってくるだけです。

 

本当の喜び、幸せは、本当の自分の世界へ帰ることです。

今世、その一歩を歩み出しましょう。

 

 

あなたにはあなたの、私には私の愛へ帰る予定のコースがあります。

ともに今世、肉をもらって学びに集わせていただきました。

どうぞ、自分の予定のコースを遂行してください。

みんな本当のことが知りたかったはずです。


「何が本当のことか分からないけれど、どこかに真実は絶対にある。」


この自分の思いを私は、ようやく現実のものとして今世とらえることができました。

確かにありました。真実はありました。

ここをしっかりと心に抱えて私はこれから生きていけばいいんだと思える学びをしてまいりました。


肉は愚か。本当にバカです。

愚かで下らないし、何の取柄もありません。だからよかったんです。

今世の肉に秀でたところがひとつでもあれば、

学び一本に生きていくことは難しかったでしょう。

肉に何の取柄もないのと同じく、私は大して敏感ではありません。

ただ、私は、宇宙を思うとき、本当にアルバートを求めてきた自分をしっかりと感じています。

これが私の望んできたことだったんだということを知っています。


私の愛へ帰る道は、これまで闇黒の宇宙を作り続けてきた超極悪ですから、厳しいです。

まだまだ甘い、甘いと自分から叱咤されています。


それでも行先は見えています。

次元移行へ至る道筋が感じられる心とともにある喜びと幸せは本物だと言えるから、

急斜面の道もまた楽しからずやです。


自分の切望してきた道を 絶対に見失わないと心に秘めて存在していくだけです。

 

 

 本当のことを知ってその道をしっかりと生きていこうとしているのか、

それとも、まだまだ肉、形ある世界に思いの比重を傾けている、

いいえ、やはり形あるものから抜け出せないでいるのか、

見た目は同じようであっても、全く違う世界に別れていきます。


思い、意識の世界は目に見えません。

目に見え実感できるものだけを信じてきた長い時間があります。

 

肉という魔物の世界。

 

そこから自分を解き放していく難しさを

まだまだしっかりと自分の心で体験しなければならないでしょう。


そんなに意識の転回は容易いものではありません

けれど、不可能ではありません。

だからこそ、田池留吉の意識の世界が肉を持ってきたし、

私達もまた相当の決意で生まれてきたのです。


肉の喜び、幸せ、楽しみは本当に程々にして、全く違う生き方をしていきましょう。

本当の意味で自分を大切にする生き方を今世始めましょう。

 

 

学びをしていけば形が整ってくるということを、

自分はどのようにとらえているか、

それもまた自分の中の他力のエネルギーを確認するのにいい問いかけだと思います。


肉で何もなければ、確かに気分よく学びをしていこうと前向きになるでしょう。

けれど、肉で何もないことはないんです。

表面に出てきているか、水面下かということで、

いずれは形を通して自分の心に自分が伝えてきます


肉で何かがあるからいいんです。

 

学びをしていれば、そこで自分なりに立ち止まって色々と思いを馳せていくでしょう。

学びをしていない人は、心を外に向けるだけです。

 

そこが違います。

 

心を外に向けていくのと、中へ向けていく大切さ、喜びを知っているのとでは、

同じような現象があっても、そこから思い描く世界が違ってくということです。


それを本当に喜んでいけるかどうか、

やはり肉、形で言うところのプラスだけをプラスとして捉えたいとしているのか、

そこに他力のエネルギーが見え隠れてしています。


思うは田池留吉一筋の道。

それだけが喜びの道ですが、極めて難しいということも、

それぞれの時間の中でしっかりと学び取ってください。

 

 

かけがえのない時間、空間、そして肉、環境です。

本当の自分と出会うために、

すべて自分で用意してきた今です。


やっと、今世、そのことを明確に自分に伝えられる運びとなったこと、喜んでいきましょう。

愚かにも、自分を深い深い闇の中に落とし込めてきた私達です。

それでも自分を救っていける、本当の意味で救っていける手立てを伝えていただきました。


本当に幸せ者です。私達は本当に幸せ者です。

何も要らないではありませんか。

もうすべて大切なことは自分の中にあることを感じておられるでしょう。

外へ外へ向けてきた心を自分の中に向けて生きていく喜び、幸せを心から感じていきましょう。

安らぎの道を歩いていきましょう。

みんなみんな全部自分の中の出来事でした。

だから、思いの向け先を変えれば、

もうそこは全く違う世界になるということです。

 

意識の世界のすごさ、ありがたさを心に感じて、

自分をどんどん解き放していく喜びを

味わう時間を重ねてください。

 

 

自分の決めてきた予定通りの道を歩いている今か、

それぞれに検証が必要です。

自己判断のもと、これからの生きていく方向がきちんと定まっていれば、それでいいです。

検証もせずに、自己判断もおぼつかなくて、自分の行く方向に靄がかかっている状態ならば、

自分はなぜ何をするために生まれてきてここにこうしているのか、真剣に自分に問うてください。


分からないという答えで自分から逃げすに、自分の今を目を逸らさずに見てください。

感じてみてください。

自分の中の切なる思い、心からの叫び、呻きに心を傾けられる自分に蘇ってください。

ひとつの肉を以てそれを自分だとしてしまう哀しみ、愚かさを、

しっかりと心に感じていける今世にしていきましょう。


必ず、これからの転生を繋いで250年後の出会いを果たすという強い意志のもと、

今世の肉を持つ時間を大切に、大切にしてください。

 

 

 自分に用意してきた肉、環境、その他本当の自分に帰る道を確立するために

用意してきたもの、それらを今世こそしっかりとその目的に沿って最大限に活用して、

予定通り、望み通り、250年後の三次元最終のお勉強に備えましょう。


次元を超えてやってきた私達です。

再び次元を超えて、自らの愛の世界をしっかりと広げていく学びを計画しているはずです。

肉、欲ではなく、自分の中の切なる思いに沿って、その計画をそれぞれに進めてください。


三次元のお勉強、大変、大変難しかったです。

まだまだ道遠し、道半ば、そういう表現が適切だと思います。


しかし、意識の流れの計画では、それもあと僅かです。

それぞれに自分の中で結果を出して、

その出した結果を自ら受けていくという意識の世界は、何も変わりはありません。


全部自分で選んでいくことです

その中で自分は何を本当に望んできたのか、今世、明確に自分に伝えています。

今という時、今世の肉を通して、意識の世界の岐路に差し掛かっていることを感じてください。

 

 

肉の繋がりがあってもなくても、ともに思うは田池留吉一筋の道を歩いていこう、

肉はよたよたしながらも、ともに自分達のふるさと、愛、母なる宇宙へ帰る道

ともに歩いていこう、そんな仲間の輪が広がっていけば、こんな幸せなことはありません。


もう何も要りません。

自分の思い描いた通りの道を生きている、歩いているという実感が肉にあれば、

肉のことで少々の揺れがあっても、すうっとそこへ自分を戻していけるんです。


本当に幸せです。思うは田池留吉。思うはアルバート。

呼びたくて呼びたくて、出会いたくて出会いたくて、

それがようやっと、ようやっと、今世の肉を通して実現できたこと、

ただただ、ただただ嬉しい。ありがとうです。


すべてが整えられています。

用意万端整えて、あとは三次元最終のお勉強へと思いを馳せていけることが幸せです。


ともに学びましょう。

ともに思いを向けていきましょう。

 

嬉しいですね、本当に嬉しい。幸せですね、本当に幸せです。

ありがとう、ありがとう、そう言って、肉は一旦お別れして、

そして250年後の再会へとまいりましょう。

 

 

 ようやくここまで辿り着いた、率直な私自身の思いです。

長かった。本当に長かったです。

けれど、今世、ようやく私の中の思いが実現の方向に

しっかりと動き出したことを感じるにつけ、本当に感慨深いです。

ありがとう。ようやく、ようやく、私は私の中へ帰ることができます。

待ってくれていた、何も変わらずに帰ってくるのを待ち侘びて、

待ち続けてくれていた思いでした。

その思いと出会わせていたただきました。

田池留吉の意識が肉を持ってくれたからです。

そして同時期に私も肉を待たせていただいて、

約束通り肉との出会いをまず果たせたからです。

そして学ばせていただきました。

学ぶきっかけを用意して、周りがみんなお膳立てをしてくれた、

本当にこれで学びの成果を出すことができなければ、私は本当に大馬鹿者です。

何もかも整えられた中で、存分に予定通り学びを進め、

あとは250年後の本番にすべてを任せていきましょうという約束で、

肉とのお別れをさせていただきました。

 

「色々あって決して平坦な道ではないけれど、この道をただ真っ直ぐにな。」

「はい、分かりました。」


約束です。喜びの約束です。

250年後、肉での再会からドーンと突き進んでいくその喜びの足音、

もう私の中には響き渡っています。


約束です。

250年後、再会を果たして、そしてともに歩みを、

ともに次元を超えていく意識の流れの中を生きていきましょう。

 

 

 思うは田池留吉です。これしかないんです。

 

どんな理屈、思いを語ろうとも、

「あなた、田池留吉の世界を知っていますか、信じていますか。」

のメッセージにどのような返答ができるかだけです。

口先ではなく、心の底かの思いを語れますか。


語れるのなら、

「本当にその通りです。私が全部間違っていました。」

という返答しかありません。


思うは田池留吉一筋の道。

この道をただひたすらに真っ直ぐに喜んで喜んで歩いていける人生、

これがたったひとつの喜び幸せの人生です。


その通りだとあなたの心で頷いているならば、それをただ決行していくだけです。


たった一本の道を突き進むという揺らがない思い。

喜びで次元を超えていきましょう。

そしてさらなる進化を遂げていきましょう。

まだまだ遥か遥か遠いです。

しかし、見えているんです。感じられるんです。

この道を歩いていけばいい、この世界にひとつに溶け込んでいけばいいと。


肉から意識へ自分を転回していきましょう。全く次元が違っていました。


今世の出会いを本当に大切にしてください。

 

 

どんなに苦しくてもいい、もがきながら苦しみながら、

それでも私はここに今肉を持って学びの時間と空間の中にあるんだと思うならば、

苦しみながらも、もがきながらも、嬉しい、ありがとうの思いが、涙とともに出てくるはずです。


何もない、ただすべてを委ねてそれで幸せだった時をどなたも体験しています。

何度も何度も。

肉を持ってくるたびに、そんな中に自分をいざなっていました。


たとえ、肉をくれた人がどんなに愚かであっても、

またそこからどんなに大変な事情、環境の中に自分を置いたとしても、

何もなく、ただすべてを委ねて幸せだった時が確かにあった

心は自分の意識はしっかりと憶えています。


そこへ戻っていきましょうということなんです。

 

頭ではなく、肉の力でもなく、自分を喜びと幸せ安らぎの世界へいざなっていくのは、

あの温もりの世界、自分の中の愛だけです。

 

何も要らない。

本物は全部自分の中にあることを、

日々、正しい瞑想を継続して、

心にしっかりと確信してください。

 

 

 ただ真っ直ぐに自分の決めてきた道、

約束してきた道を突き進んでいく喜びと幸せを感じていますか。

自分が決めてきたんです。自分と約束してきたんです。

ふるさとの歌詞に思い出してくださいとあります。思い出せましたか。


瞑想をしましょう。正しい瞑想をしましょう。

まずゆったりとした時間が要ります。

肉体的な疲労を重ねていれば、瞑想などできません。


最低限度、それらの条件を満たし、

瞑想ができる環境を生活の中で確保すること

肉としてできることです。


ただし、闇雲に瞑想をしないように。

正しい瞑想と言っています。

正しい瞑想には、母の温もりを自分の中にしっかりと感じているという確信が必要です。

 

そうでなければ、瞑想をして思いを向けていけばいくほどに、苦しくなるだけです。

気持ちが不安定になります。

寝られない、食べられない、結果 病院、薬のお世話になるというパターンです。


母の温もりが自分の中に確立していて、なぜ自分は生まれてきたのか、

何をするために今ここにいるのかが、しっかりと心で分かっているならば

どんなに凄まじいエネルギー、おぞましいエネルギーを心に感じようとも、

瞬間噴き出すそのようなエネルギーの塊だと分かることが、

もう嬉しくて嬉しくてありがたくて、

だからこそ、私は今、肉を持って学ばせていただいているんだということが納得できて、

今世を外せば私のこれからはないということも感じてきます。


ただ、ただ田池留吉、アルバートと呼べる、思えることがどんなに幸せか、

どんなに喜びか、そんなことは自ずと自分の中が伝えてきます。


そのようにして、正しい瞑想を可能な限り継続していくことが、

本当の喜び人生です。

思うは田池留吉一筋の道。

その道しかないことを、どなたの心にも伝えてきます。

 

 

今世、始まったばかりの学びです。

真実の波動の世界を知っていく学びです。

それは今世始まりました。

そしてあと300年です。

地球時間で言うと、この間に自分にしっかりと結果を出さなければなりません。


今世は適当に、その次がある、そのまた次のチャンスがあると

思っているならば、それはとてもとても甘いです。

今世、自分の計画通りに学べない人に、

250年の間にある転生でそれをクリアできるとは思えないし、

ましてや250年後の最終時期に辻褄を合わせることなど不可能に近いと私は感じます。


それぞれに日々の生活を送りながら瞑想をする時間を持って、

自分の中に伝わってくるものがあるでしょう。

私に伝わってくるのは、今語ったような内容が殆どで 厳しいものです。


厳しいからいいと思っています。

それほど間違って生き続けてきたことを

しっかりと自分に伝えてくれる波動の世界がありがたいです。


私達みんな自分の中に愛を持っている、

だから愛である自分を信じて信じていくことだけだ、

自分で自分の背を押してきたんだと感じてくれば、

厳しいと思えるメッセージは、

しっかりと現実を伝えてくれているから限りなく優しいと私は、そう感じています。


肉と二足の草鞋は肉。はっきりとしています。

 

 

 

 300年なんて本当にあっという間です。

学びをしてどのくらい年月が流れていますか。

あっという間に20年、30年、40年ではないでしょうか。


その結果、今、あなたはどんな世界を感じていますか。

確かに、喜びも温もりも幸せも肉でないところで感じておられるかもしれません。

それではもう一歩踏み込んでそれは不動のものとなっていますか。

その肉体を離して自分ひとりの中で、どうなっていくのかはっきりと感じておられますか。

手取り足取り肉を通して学ばせていただいた私達です。

そのような中で、あっという間に20年、30年、40年経ちました。

その結果はどうなのか、それを思うと、300年というのは、

どうでしょうか、決して長い時間ではないと思います。


焦っても仕方がないけれど、真剣に自分の行く末を思ってみてください。

 

 

自分の中に思いを向ける。

宇宙にはたったひとつの自分の世界が存在することを感じ、

ああ、ここだこの世界だったんだと思えるようになっていけば、

もうそれだけでいいと分かってきます。


形ある中で、肉という形を持って自分がどんなに賢く泳ぎ回っても、

それで心が満たされることはあり得ませんでした。

一時の充足は次の瞬間、暗い真っ暗闇の中へ吸い込まれていきます。

 

そんなことをずっと繰り返して繰り返して生き続けてきたことを知りましょう。


今だからこそ、自分の過ちに気付いていけるのです。

ただ、気付いていこうという思いはあっても、

なかなか素直にすんなりと他力の思いを離していくことは難しいのが実際です。

何が他力なのか、それすら分かっていないかもしれません。

何が他力か、全部他力でした。

本当の自分を捨て去り忘れ去ったから他力の中に

ずっとあったということを、しっかりと知るべきではないでしょうか。

そして、それがどういうことなのか、それはそれぞれの心で学んでいくしかありません

学んでいくために300年が用意されています。ラストチャンスです。

 

 

 

 学びを進めていてどうでしょうか。

自分の物の見方、とらえ方、価値基準変わってきたと感じておられますか。

それともその変化をまだまだ実感できませんか。


なぜ自分は生まれてきたのか、

何をするために生まれてきたのというところから始まって、

自分にとって仕事とは何か、家族とは何か、

これからどう生きていけばいいのか、色々と思いを見ていってください。


具体的な答えを自分の中で出してください。

自分の中をはっきりとすることです。中途半端は一番困ります。

今は肉に埋没していてもいいではないですか。

そのうち、自らに警鐘を鳴らし続けます。

 

愛だからです。愛しかないからです。

 

間違いは必ず正されます。

間違いを間違いだと分かるまで時間がかかるかもしれません。

 

痛みを伴いながらも、正しい方向に自らをいざなっていく

愛の力が自分の中にあることを知らしめていきます。


自ら地獄に突き落としてきた過去とは違うんだ、

この痛みはそういう痛みなんだと心で感じられるようになっていけば、万々歳です。


過去と決別しなければ、新たな一歩は踏み出せません。

過去と決別するといっても、切り捨てるのではありません。

ともに方向を変える、そういうことです。

 

 

「ともに瞑想会」、参加希望の方全員参加していただくことが

ベストですが、現実はなかなかそうはいきません。

昨日、クレオ大阪中央の会場近くの物件をあたりましたが、音漏れが壁となってダメでした。


UTAブックさんのほうでは、参加ご希望に100%沿えないというのは

申し訳ないと思っておられるようですが、

私は「ともに瞑想会」が継続できればそれでいいと思うだけで、

あとのことはあまり考えていません。


ただ、UTAブックさんのホームページにも書かれている通り、

末永く「ともに瞑想会」を開催するにあたっては、

たくさんの学びの友のご協力が要ります

その点につきましては、どうぞよろしくお願いします。


みんなで学べる場を設けて、

みんなで学んでいこうという思いが、私には嬉しいです。

ともに学ぶ喜びと幸せをそれぞれの心に感じて、

ありがとうと笑顔で集まってきて、ありがとうと笑顔で別れて、

また機会があればともに瞑想をしようと集まってくる、

そういう時間が継続できれば、それでいいじゃないと思っています。


それは、地域でともに学ぶ場があるという方達は、

同じように感じておられることだと思います。

「ともに瞑想会」もそのうちのひとつだという位置付けでいいのではないでしょうか。

 

 

漆黒の闇が広がっていることを感じていますか。

それでも臆せずに真実の自分と出会っていく道を行きましょう。

見限らず、肉を持っている最後の瞬間まで、

自分の決めてきたことを果たしていこうと真摯に学んでいきましょう。


喜び、温もりの中にあったことを伝えていただきました。

喜びも温もりも幸せも外へ外へ求めてきた結果を私達は受けてきました。


愛へ帰るということは、自分の中へ帰るということでした。

 

自分の中の愛を捨てたから、帰るところが分からなくて、

彷徨い苦しみ続けてきたけれど、捨てても愛へ帰ることができると知ったんです。


帰ろう、帰っておいで、ようやくそんな思いが行き交う今を迎えています。


心を向けてください。

欲の思いで向けるのではなくて、ただ向けてください。

そうすれば、どなたの心にも響き伝わってくるはずです。


それを大切に大切に自分の中で育んでいけばいいのです。

もっととかさらにとか思わなくても、

待っているたくさんの漆黒の闇、自分がどんどん訴えてきます。

帰りたい、帰れるのか、本当に帰れるのかと。


今世の肉がどんなに大切な肉であるか、

今がどんな時なのか、

それぞれの心でしっかりと感じてください。

 

 

 ともに学んでいこうと、

ともに同じ方向を向いてしっかりと学んでいこう

とする輪が広がっていけばいいし、固くなっていけばいいと思います。


今、肉を持って学ぶということを共有しているのだから、

それは形の上からも心丈夫だと思います。

 

そういう中において、肉は互いに喜んで学び、

そして、それぞれがそれぞれの中で自己確立を目指していけば

さらに喜びが大きく広がっていく、輪が広がっていく固くなっていくということです。


そこには誰彼の垣根はありません。

意識と意識の交信の中で、愛へ帰ろうの呼び掛け、

いざないの波動を受け取り、流していくんです。


それを宇宙の目覚めと私は感じています。

 

まずはアマテラスの目覚めがあって、

そして、そこから闇黒の宇宙の目覚めが起きていく、

それはすなわち現象界では、未曽有の天変地異をもたらすものとなっていきます。


宇宙、母なる宇宙へともに帰ろうの呼び掛け、いざない。


意識の流れが、さらに顕在化してきます。

 

UTAの輪の中で、

それをしっかりと 喜びで受けてまいりましょう。

 

 

 正しいものなんて何もありませんでした。

何もありませんでした。

ここはここだけは、これだけはと頼みの綱がそれぞれにあるのではないでしょうか。

ですが、ひとつ離しふたつ離していく方向に自分を進めていきましょう。

 

完全に離していくことは難しくても緩めていく、弱めていくことは可能でしょう。

とらわれなく、こだわりなく、自分を解き放していく生き方、

そんな生き方が徐々に出来ていけば、

楽に生きていくことが幸せなんだ、喜びなんだと感じてきます。


正しいものなんて何もなかったと心で気付いていく難しさと同じくらい、

私達は元々幸せでしたと心で分かっていくことも難しいです。


幸せも喜びも温もりも形で示されてこそ実感を伴うという中に生き続けてきたから、

心で感じ感じたものを信じていくことも実際は難しいのではないでしょうか。


本当に肉に生きてきた心に、

波動、意識の世界だけが真実を物語るということが

しっかりと浸透していくには、まだまだ時間がかかりそうです。

と言っても猶予期限は300年です。

まさに天変地異という展開は半端なものではありません。

文字通り天変地異です。

地軸が傾くんです。

想像を遥かに超えた現象と言えるでしょう。

 

 

 学びの友からのメールです。一読ください。


私、本当に肉の世界で、そして『完璧』というアマテラスの世界で、生きてきました。

その中身は、戦い、戦い、戦い、冷たい、冷たい、本当に冷たい中で生きてきました。

そしてそれを素晴らしいと信じてきたんです。

卑弥呼にあこがれ、卑弥呼を目指し、

私は決して誰にも負けない完璧を求めて生きてきたんです。

これを崩していける今世でした。これを崩していくための肉でした。

形が崩れていくこと。肉が崩れていくこと。

こんな嬉しいことはないと今日の瞑想で心から思いました。

苦しいことさえ分からなかった私が、

ゼロ歳の自分を通して教えてもらっていました。

戻っていく場所を間違え、歩いて行く方向を完全に見失い、

真っ逆さまに生きてきた自分を教えてもらっています。

真っ逆さまに生きてきたこと。

その世界は本当に真っ暗な苦しい世界であったこと。

それをすべて許されて今があること。

今世私は本当に自分が許されて許されて生きていたことを知りました。

ゼロ歳に帰っていこう、ゼロ歳の自分に戻ろう、

もうそれしかありません。

そのことを自分に伝えていくことしかなかったです。

 

 

学びを進めていくひとつの好条件に、若いということがあります。

意識の世界には年齢など何も関係しませんが、

肉を持って学ぶという設定の中においては、

若いというのはやはりひとつの大きな条件です。


ただ、若いということは、仕事にせよ家族形成にせよ、色々と忙しい時期です。

けれど、若さということを大きな味方につけて、

自分が生まれてきた本当の意味を心で知って

人生を生き直していける可能性をしっかりと活用できるという時期でもあるから、

比較的に若い時に学びに出会って学んでいこうと思ったならば、

それぞれに工夫しながら、

学びを中心に据えた生き方を選び取っていけたらと思います。

 

若さゆえ学びをしていくのは難しいというのはありますが、

若いから学べる部分も多々あります。


できるならば、人生半ば、50歳前後には、

本当の意味での自己確立の道が見えているような今世であればと思います。


自身の体験により語らせていただいていることで他意はありませんが、

言い得て妙だとは思っています。


私には私の、あなたにはあなたの、

それぞれに愛へ帰る計画があります。

その計画を遂行していくことにお互い努めてまいりましょう。

 

 

 今、肉を持っているから、その肉を通して色々なことを見て聞いて

瞬間出るエネルギーを学ぶことができます。

 

瞬間出るエネルギーを確認して、

そのエネルギーとともに瞑想をする時間をしっかりと持つ、

そういう日常を繰り返していける今がありがたいということです。


清く、正しく、美しく なんて全くのでたらめです。

そんな人など この世に存在しません。

みんな 凄まじい、おぞましいエネルギーを垂れ流してきたんです。


真っ黒、真っ暗を吐き出して吐き出してきたことを、

今、肉を持っている今、しっかりとはっきりと心で知ってください。


そうすれば、それでもこうして肉を自分に用意してきたことがどんなにすごいことなのか、

これこそ愛の中にある自分達だからなんだと、自ずと心に響いてきます。


それが自分の中で分からない、感じられない限り、

自分の行く先は依然として真っ暗闇の中だということは明白です。


愛を捨てた、愛である自分を捨てたことがどういうことなのか、

私達は心で知らなければなりません

 

 

 学んでいるならば、決断すれば真っ直ぐに突き進む、ただそれだけです。

そういう生き方をしていきましょう。少なくとも学びについてはそうです。

一度決断すれば断行です。

 

もちろん、他力の中を生き続けてきた私達ですから、そう一筋縄ではいきません。

その心を溶かし、ともに生きていこうと思いを向けていけるのは、

自分の中に温もりがあるからです。

 

怯むことなく、恐れることなく、

ただ真っ直ぐに自分の中の真実、愛に向かっていこうと、

自分に力強い呼び掛け、いざないをしてください。


道は自ずと開けていきます。

肉を生かす道ではありません。

肉を生かす道ではないけれど、中がこの道、ここだ、ここだと信が深まっていけば、

同じことを肉が体験しても、楽に生きていけるから、結果として、肉も幸せということになります。

 

形を見れば大変だ、厳しいということも、

自分の行く先を確定できている心強さは、

そういうものをちっぽけなものとしてしかとらえません。

 

所詮は肉のこと。

そんなことよりも、比べることができない大切なものを心はとらえたという充実感で、

何とも言えない幸せ、喜びが感じられます。

 

 

 ともに歩いていく、ともに生きていく喜びと幸せを確かなものとしてください。

肉の自分を自分だとしていては、そんな喜びと幸せは絶対に分かりません。

自分の中の苦しみ、慟哭、心で知ってそれが自分だったと、

たくさんの自分がまだまだ闇の奥深くにいることを感じていけば、

そこに温もりを安らぎを伝えていくことが

もう何にも変えることができない喜びと幸せだと分かります。

自分なんだから。

自分を自分で救い上げていく、

その楽しみ、ありがたさを今世の肉を通して学んできたんです。

学ばせていただいたんです。

こんな嬉しいことはありません。こんな幸せはありません。


ある程度年齢を重ねている人は、

何をするでもない、ゆったりとゆったりと時を過ごすということが

幸せなんだと思える人生にしていきましょう。

肉は特段何もしなくても、ゆったりとした中で

心の針を向けて合わせていくだけで、充分、

いいえ十二分なんだなあと実感しているならば、

あなたの人生幸せなはずです。


思う喜び、思える喜び、何にも優る宝物でした。

 

 

自分に用意してきた肉、環境、時間です。

形ある中で、自分もまた形を持っているという

その本当の意味、訳を心で知るということは、

大変難しいことでした。

 

180度違ったところから何もかも見直すことがなければ、

何度転生を繰り返しても、同じところをぐるぐる回っているだけに過ぎないと知りました。

 

千差万別の人生があってよし、どう生きていくか、

人それぞれ価値基準が違うから、喜びも幸せの基準も違って当たり前、

そんな転生の中で生き続けてきたことを思うと、

本当に哀れで本当の自分に申し訳なく思います。


視点を変える、自分の中の基盤を変える、

それ以外に偽物の自分から自分を解き放す術はありません。

 

それが分からなかった。

 

どこまでいっても苦しみを引きずったまま、

苦しみの中で、喜びを幸せを温もりを探し求めてきた

と言っても決して言い過ぎではないと思います。


今世を転換期にしましょう。必ずしましょう。

苦しみの奥底から少しでも浮き上がってくる道筋を自分の中に見つけてください。

 

 

 寝ても覚めても田池留吉一筋の道

それでもまだまだ不十分でしょう。それほど肉に塗れてきた私達です。

肉、形を本物として生きてきた気の遠くなるような時間です。

それを心に抱え肉から意識へ自分を転回していくのは、

そんなに容易いことではありません。

ここをしっかりと留め置いてください。

 

それを踏まえて、少しでもほんの少しでも自分の歩みに、

これからの時間に、明るい兆しが心に感じられたら、

素直にただ素直に喜んでいきましょう。


たとえ、道遠し、道半ばであっても、

愛へ帰る道、田池留吉一筋の道を生き抜いていく心意気で

今世の学びを終えてください。

他力の道を歩いてきた私達です。

本当の自分を裏切る、捨てる中に生きてきた私達です。

今世を疎かにしては、自分のこれからはないというところまで、

しっかりと自分の中を確認してください。


厳しく、しかし、ゆったりと喜んで自分を知っていける時間をお過ごしください。

「今世を自分の転換期にします。」

自分との約束果たしてください。

 

 

思うは田池留吉です。

思うは田池留吉一筋の生き方を自分は本当にしているか、

確認、確認の日々をお過ごしください。


肉を持てば、やがてその肉を置いていく時がやってきます。

その時まで、その瞬間まで、田池留吉を思う、

自分が生まれてきた意味を心から知る、

自分に肉を持たせた思いにありがとう、

繰り返しそこへ戻っていきましょう。


肉のことは程々に。

肉の喜びと幸せが本物の喜びと幸せになるように。

 

 

2020年、年明け早々、学びの友とともに瞑想をする時間空間を用意していただき、感謝です。


久々にノートを広げペンを持ち、思いを書きました。


あなた、今、幸せですか。」それにまず答えて、そこからなぜそう思うのか、

つぶやいてくださいという時間を持ちました。


昨年の暮れには、「ともに瞑想会」の復活もあり、

こういうことをきっかけにして、

気持ち新たに学びを真剣に進めていこうと思える友もあるように聞いています。


肉は程々に楽しみ、しかし、思いは一本です。

自分で決めてきた愛へ帰る道をしっかりと見つけてください。


ともに同じ方向を目指して突き進んでいく喜びと幸せの中で、

肉も繋がりを持てたら、最高に幸せな人生です。

 

思うは田池留吉一筋を知らずに、

どんなに肉の繋がりを深めても、所詮空しい人生です。


激動の転生が待っています。

今世、学べることを心から喜んで、精一杯自分を学んでまいりましょう。

 

 

学びに触れて思う喜びと思える喜びを心で知ったから、

それぞれの心に係っているとはいえ、

やはりともに学んでいこう、ともに歩みをと呼び掛けます。

他力の道を歩き続け、真っ黒を垂れ流してきたのはみんな同じです。


ただ、そこからどういうふうに自分の世界を転回していくか、

正しい方向に、愛へ帰る道へ舵を切っていくか、

その決意はいかほどかということです。


それぞれに肉、肉の環境、様々です。

 

全部自分で選んできたこと、

こういうシナリオで私は私を本当の私を知るために学んでいきます

決意してきたこと、それも固い固い決意であったこと、

それぞれに心に思い起こしてください。


思い出そう約束と、ふるさとの歌通りに 自分の駒を進めてください。


喜びで進めてください。

そして、必ず、必ず、今世の学びを次の転生に、

その次の転生に繋いでいって、

本番の250年後の出会いを果たしてください。

 

 

田池留吉: NPO法人・UTAの輪  令和元年

(UTAの輪作り)  

2019年・令和元年 12月 31日終了

 

2019年・令和元年 12月 31日終了

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数日前の瞑想で、唐突に「私は核です。」と上がってきました。


田池留吉の意識が肉を持っている時に、そう伝えていただきました。

当時も今もそうですが、それがどういう意味であるのか、

私は頭でごちゃごちゃ考えていません。

そんなことをしてもどうなるものではないし、

いいえかえってそれは自分に対して、

意識の世界に対して愚劣な行為だと感じてきました。


ですが、核だと伝えていただいたのは事実です。

この事実をしっかりと受け止めていこうと思うだけです。


さて、それはそれとして、私もあなたも真っ黒、真っ黒です。

温もりに徹底抗戦してきました。

三次元にやってきたのはいいけれど、

全く何も変わらずに今の今まで転生を繰り返してきました。


今、私は今世の閉めに向けて、

自らの瞬間に出る凄まじいエネルギーを確認させていただいています

肉の母は私の協力者です。年老いた母です。

肉的には何とも申し訳ありませんが、瞬間出るエネルギーが痛快です。

たまらない快感です。それで暗くなることはありません。

こうして私はすべてを闇の中に突き落としてきた、切り捨ててきたことを確認しています。

そして突き落とし、切り捨てたのは相手ではなく自分だったことも確認しています。

 

ありがたいことに、母も自ら作ってきたアマテラスの世界が強固です。

少々火花を散らしても、腕に止まった蚊をパチッと叩いて、

あとは何食わぬ顔をして、次の会話をしているという感じなので、助かっています。

私とのやり取りで、母の心に起こった大波小波は母のものです。

私も同様です。

何だ、それは母の反省が不十分なだけじゃないか

ということかもしれませんが、私自身そう思っていません。

私は母の温もり、自分の中の温もり、喜びの世界を知っています。

だから、確認作業をしっかりとして、そして現状把握をしっかりとして、

エネルギーの質の変換を進めていく作業に支障はありません。


250年後の本番を残すのみということなので、

今世の閉めに向けてのお勉強は私にとって非常に大切な学びの時間です。

エネルギーの質の変換にひたすら努め、

時来たれば一気に噴き出していく喜びのシナリオが待っています。


意識の流れが伝える次元移行を遂行するためには、

大きな大きなエネルギーが必要です。

真っ黒、真っ黒でいいんです。

ですが、そのエネルギーの質の変換をどうぞ、あなたもしっかりとやってください。


どんなに真っ黒であっても、愛へ帰る、本当のことを知る

その思いが桁外れに強いから、

こうして田池留吉の意識の世界を学ぶ機会を

自ら用意してきたという確認

それぞれの心でしっかりとできるような学び方をしてください。


2019年、令和元年、亥年も今日で終了です。

明けて2020年、令和2年、子年。

時間は飛ぶように過ぎ去っていきます。

 

 

男も女もそして年齢に関係はありません。

ただ自分の生まれてきた意味、訳を心で知り、

本当の自分が指し示す方向に心の針を向けて合わせて、

間違ってきたたくさんの自分とともに

生きていくことが喜びだと知っているか、

心で分かっているか、それだけです。


金で幸せになれません。神は言うまでもありません。

散々苦い体験、苦しい体験を重ねてきたはずです。

結果、心に残ったものは何ですか。


呪いと恨みを募らせ、どうしようもない空しくて寂しくて重苦しい中に自分を閉じ込めてきたんです。


どんなにしてもここから抜け出すことはできない絶望感が何度自分を襲ったでしょうか。

肉にかまけている間は、そういうことも全く感じられないけれど、

肉体を離せば、それはもろに自分に覆いかぶさってきます。


お母さんなんて、田池留吉なんてとてもとても呼べる、思える状態ではありません。

厳しい現実を今、肉を持っている今、

心に感じ、肉を本物として生きてきた

はるかはるか聳え立ってきた自分と真向かいになってください。


それがたったひとつの愛です。

愛だからこそ、むごたらしい自分の世界と向き合うんですよ

という本当の自分からのメッセージを、自分に発しているんです。

ありがたくありがたく受け止められる人間に蘇っていきましょう。

 

 

自分にとって何が一番大切なのか、

それぞれの時間の中で起こってくる色々な現象から自分に問いかけてくるでしょう。


現象を収拾させることだけにエネルギーを消費することは程々にして、

あとは自分の中に思いを向ける時間を持ちましょう。


今、心を見るという学びに触れている私達には、

それが何よりも大切であり、そうすることによってしか自分は救われない

自分に明るい兆しは見えてこないことが、ひしひしと伝わってくるでしょう。


何のために生まれてきたのか。

何をするために今があるのか、この肉があるのか。

 

世の中の流れ、その濁流を見事泳ぎ切ることが決して喜び、

幸せの人生ではないと、今世、しっかりと自分に言い聞かせてください。


今世を自分の転換期にして、

長い長い真っ暗闇のトンネルをもう抜け出していきましょう。

肉を本物として生きていく人生では、

真っ暗闇のトンネルの出口は見出せません。

 

死んで終わりではないことを、

肉を持っている今、心で知ってください。

知っていけることによって、道は開けていきます。

 

 

学びの友からのメールです。一読ください。

 


毎日のホームページ本当にありがとうございます。

すべての答えがそこにあります。

肉で忙しかった時は流し読みが多く、

目を通しても「ハイハイ、なんか今日も意識ベースの似たようなことが載っていた」と、

読んだことで「今日の学びのノルマを一つ達成した」と片付けてしまっていました。

本当にお粗末でした。

今、少々ゆったりとした時間を持てるようになり、

落ち着いて読み進める時間を持ってみると、

すべての答えがそこに載っていると感じられます。

肉でも意識ででもです。あとはそれをどこまで実践できるかどうか。自分次第です。


目を開けていると肉の濁流に自ら飛び込み、被害者の悲鳴をあげています。

心の針を自分の中に向ける。

すぐに忘れます。忘れてしまいます。簡単なようで本当に難しい。でもだからやっていきます。

そのために生まれてきました。

お母さんから肉をいただきました。今の肉、肉の時間があります。


夫と過ごす休みの日、穏やかでゆったりとした時間のはずだけど、

何か心の疼きを感じ思いを中に向けてみました。のたうち回ってました。

出してくれ、出してくれ、ここから出してくれ。

自分自身を小さな箱の中に織の中に閉じ込めてました。

被害者どころか、とんだ加害者です。


先日の瞑想会で『自分の中の岩盤に思いを向ける瞑想』がありました。

何が出てくるのだろうと思ってやってみたら半狂乱の叫びでした。

そして驚いたのは岩盤の下にも岩盤があるということ。

そして肉に戻ったらその岩盤をまた塗り固めようとしている自分がいたのです。

それも丁寧に丁寧に。

「おいおい、何をやっているんだよ。」

「えっ?穴が開いたから塞がないと」一瞬そんなやりとりがありました。

岩盤を塗り固めようする自分にはまったく悪気がないのです。

それどころか良かれと思ってやっている。ヤバい、ヤバい。

良かれのエネルギーはプラスじゃない。マイナスのエネルギー。

肉の母が今世体を張って伝えてくれた、最大のキーポイント。再確認です。


良かれと思ってやっていたんです。

卑弥呼という頂点を目指すのも、真っ黒をな自分を押し隠すために岩盤を塗り固めるのも。

肉が基盤だったから間違ったことをしているつもりなんて一つもない。

良きこと、素晴らしきこと、生きていくためには必要なことだと思って

全精力を注ぎこんで一生懸命にやっていました。結果苦しいと悲鳴をあげていました。

被害者の悲鳴をあげていました。でも私は被害者ではありませんでした。

私は加害者でした。


以前からこうして反省文を打っていると被害者と加害者という構図、単語がよく出てきます。

私の心の中は裁判所だったのかもしれません。それで秩序を保っていたように思います。

さしづめ学んでいる私は裁判官といったところでしょうか。

苦しんできた過去からの叫びという意識の被害者、

良かれと思って間違いを犯してきた肉の加害者を、学びという法でジャッチしていた。

判決を下していた。上から目線で温もりなどありませんでした。

正しいか正しくないか。それは基準を意識にしても同じでした。

田池留吉を基準にして正しいか正しくないか。自分の中をジャッチしていました。

判決を判断を下していました。判決は「田池留吉に向けるしかない。反転をするしかない」。

答えは合っているけど冷たかった。


先日のzoom青年会の最後の瞑想かなんかで、

250年後アルバートとともに学んでいる自分に思いを向ける瞑想みたいのがあって、

「待ってますよ」という思いが伝わってきて号泣しました。待ってくれている。


愚かでどうしようもない、やっているつもりで全然出来てない

勘違いばかりの学びをしている自分だけど、待ってくれている。

やっていこう。やっていきます。嬉しい力強い思いになれました。


「時は来たれりをゆっくりと待つ」から始まり

「すでに賽は投げられたということです。

心して今世を学び、終えてください。終えてきましょう。」

の今日のホームページ。

肉の理不尽なことも(←まだ根に持ってる)すべてひっくるめて、

腹を据えて覚悟を決めて学んでいく必要性を感じました。

そして肉の事はほどほどに。今までの私にとっての命懸けは奔走することでした。

これからは命懸けでゆったりとしてまいります。

今できつつあるゆったりとした時間を無駄にすることなく大切に学んでまいります。


ありがとうございました。

 

 

時来たれりをゆっくりと待つ。

思うは田池留吉一筋の道を着実に喜んで歩みを進め、

時来たれば、一気に心から喜びの雄叫びを放つ。


ということで、田池留吉の意識の世界がすでに打った布石通り生きていけば、それでよし。


想定内、想定外の出来事、全部引っくるめて、

意識の流れが誰の目にも明らかになる時が到来します。

形を見れば、阿鼻叫喚の構図です。


そこから何かが間違ってきたと気付いていく人もあれば、

心を落とし真っ暗闇に沈んでいく人もあります。

ふたつにひとつです。

 

厳しい分かれ道が待ち構えているけれど、

肉、形を本物とする思いから意識を本物とする思いに転回していくために、

どなたも避けては通れない道です。

 

一足早く、300年の猶予期間があると伝えていただいた私達です

信じる、信じないは別として、すでに賽は投げられたということです。

心して今世を学び、終えてください、終えていきましょう。

 

 

 形ある中に、私達は肉というひとつの形を持って生活をしています。


肉、形の世界は、区別差別の世界です。

その中で、公平、平等を求めても叶いません。

元々区別差別の中で自分を知るという設定だからです。

区別差別を無くそう、それはできません。

みんな平等、みんな公平、形ある世界では、そんなことがあるはずはありません。


では、そんな苦しい中に、なぜ自分達は生まれてきたのかということかもしれませんが、

肉を持って初めて、自分の苦しみに出会えるのです。

苦しみと表現していますが、

本当の自分を忘れ捨て去った私達には、

生活をしていく中で心に上がってくる思いはすべて苦しみでした。


辛い、悲しい、寂しい、不安、恐怖、妬み、執着、闘い、責め裁き等々、

いわゆるマイナスのエネルギーだけが苦しみではありません。

 

本当の自分を忘れ捨て去ったことが、

苦しみの中に自分を沈めていったことを知りましょう。

 

例え、今嬉しい、幸せ、ありがとうという満ち足りた生活があっても、

思うは田池留吉一筋の道を自分の中に見出せなければ、

それらの思いは、一瞬にして苦しみの真っ暗闇に埋没してしまいます。


肉を持たずでは、そういうこともああいうことも全くに分からず、

真っ暗闇の奥底に沈んだ状態から、自分を浮き上がらせることは不可能です。


だから、肉というものを切望してきました。

真っ暗闇から自分を救い出していきたい、心からそう願ってきました。

それが私達です。


今更、くどくどとこんなことを書かなくてもいいのですが、

それぞれ、今心を見るという瞑想を通して、

自分の中の切なる思いにしっかりと触れて、

自らの基盤を変えていく以外にないことを確認してください。

 

 

ゆるりとゆったりとした中に身を任せ、思う喜びと思える喜びを味わう、

特に何をするでもなく、ただその喜びの時を重ねていく、

幸せな人生の終わり方だと思います。


何も持たずに心ひとつで生まれてきたから、

何も持たずに心ひとつで死んでいきましょう。


心ひとつで死んでいける準備を淡々としていきましょう。

心の底から突き上がってくるありがとうの思いに触れていってください。


もう それがすべてです。

 

こんなにも待たれていた、こんなにも愛されていた、

そしてこれからも待ってくれている、愛してくれている、

決して見限りはしない、決して裏切りはしない、

確たる思いを感じて感じていきましょう。


田池留吉と思うことが、アルバートと呼ぶことが、

どんなに嬉しかったか、

宇宙と思いを馳せる今が どんなに幸せか、

あなたの心で感じ味わい尽くしてください。

 

 

 本当のことを心で知って生きていく人生と、そうでない人生、

一人の人間としてそれぞれ同じように時間と空間を共有しているかのように見えても、

実際は全く違います。

 

学びに触れた私達には、それぞれの実体験を通して、

そのことを心で知るチャンスが今あります。

今のチャンスをしっかりと活かして、本当の人生を生き抜いていきましょう。

 

心の針を自分の中に向けていくことを知らなければ、

いつまでも無知なまま苦しみの奥底に沈んだままの状態です。


外に向く心を中に向ける

これを実践していくことが、唯一自分を明るい方向へいざなっていく方法です。


自分の中の本当の自分を知る。

 

どんなに苦しみの中にあっても、本当の自分はずっとずっと私を支えてくれていた、

待ってくれていた、そして今もただただ優しい思いで凛とした思いで、

温もりへ喜びへ帰ってきなさいと迎え入れてくれている、心で知りましょう。

 

心を中へ向けて、

本当の自分の存在を知って、

信じて信じて生きていきましょう。

 

 

250年後の来世のキーワード、

ニュージャージー、ハドソン川、黒人、貧困、そしてアルバート

反響が大きいと感じています。


日本からアメリカの地へ、学びの集大成に向けて意識の世界は、すでに動いています。

舞台設定はもうすでに整えられており、時が来るのを待っているという感じです。


多宗教、多民族の国、区別差別が著しい国。

そこで、社会の底辺から真実の波動の世界の発信というシナリオが待っています。

真実の波動の世界から、再度肉を持って伝えにきてくれる、三次元最終のお勉強です。


シナリオ通り、今世の学習の結果を見事花咲かせ、

そして新たなステージへと進んでいきます。


地球という星に別れを告げ、

壮大な意識の流れの旅立ちです。

 

このことは、自分の心に感じ響いてこなければ、

到底信じられないことかもしれませんが、

決して絵空事ではないとだけお伝えしたいと思います。

 

 

 難しいことなんて何もありません。

むしろ、肉の世界は複雑怪奇でややこしくて難しい。非常に重たい。

幸せと喜びを感じるのに、こんな重たい中を生きてきたのかと思います。

 

それもつかの間の幸せと喜びで、永遠に続くものではなかったと、何度転生を繰り返しても、

本当の幸せと喜びを知らずだから、そういうことが心の底から分かりませんでした。


その数々の転生を経て、今世は自分の心を見るという学びに触れました。

 

一生懸命生きてきたと思っても、所詮は消えてなくなる幸せと喜びの世界だったと、

自分の心で本当に分かっていけば、本来の進むべき道が見えてくるはずです。


重い肉、重い肉の思いを脱ぎ捨て、

軽やかに軽やかに生きていく術を学ばせていただいています。


愛へ帰る、本当の自分に戻っていく、ようやく明確な目的を持って、

これからの時を刻んでいける喜びの中にある私達です。


自分の中の真実をしっかりと学んでいきましょう。

目指すはただ一点です。

 

 

この世にはいい人など存在しません。

肉的には確かにいい人はいるでしょう。

けれど、心、意識の世界は真っ暗闇です。

肉を持ってくるということはそういうことです。

例外はただの一人もありません。


真っ暗闇の意識が肉を持って、真っ暗闇の自分を知っていく、

知って真っ暗闇の自分に本当のことを伝えていく、

今世学びに繋がった人達は、その喜びを自分の心で納得されていると思います。


自分の真っ暗闇を心で知ることがどんなにすごいことなのか、

それを温もりへ喜びへ反転していけると知ることがどんなにすごいことなのか、

学びの醍醐味です。

学びを進めていくと真っ暗闇の質の変換が起きるんです。

 

これもまたそれぞれ心で感じておられると思いますが、

次元移行を達成するエネルギーは半端ではありません。


宇宙を汚しまくってきたエネルギーが宇宙へ母なる宇宙へ帰ろうとしているんです。

それは半端なエネルギーで完遂できるものではありません。

あなたは、宇宙を汚しまくってきたエネルギーが、

次元移行を達成する原動力になると本当に感じていますか。


肉を満たす、肉を現す、肉を認めさせる等々、

そんな肉の次元のちっぽけな世界に留まらず、宇宙に思いを馳せてください。


そうすれば、これから肉を持つ時間はそんなに多くを必要としないことが分かります。


肉、形を持って自分の流してきたエネルギーの凄まじさを心で知り、

そのエネルギーの質の変換を遂行してただ一点を目指す、

それが三次元最終のお勉強です。

250年、300年に至る時間、ともに学びましょう。

 

 

学び一本に自分の肉を持つ時間、

つまり人生をそこに集中させる、

ある程度の年齢になれば、そういう方向に自分を進めていきましょう。


まだまだ若い、体力気力まだまだある、それはそうかもしれません。

そのまだまだ若い、体力気力まだまだある余裕の時に、

本気になって自分の本当の意味での行く末を

真剣に思ってください。


肉の維持にある程度のお金は必要ですが、

それ以上にお金に向ける思いがあるならば、その思いを弱めていきましょう。

金に縛られる人生、最低最悪です。

お金では幸せにはなれないと思いつつ、金、金行進曲、殆どの人が流しています。

ここにある財産は私の物、それはそうでしょうが、

その思いを弱め、軽くしていければいいと思いませんか。


お金にしろ、その他のことにしろ、何でもそうだと思いますが、

持っていてもそこに執着がなければ、心は軽い。

持てなくて心が重いのと、持っていて心が重いのと、両方ありますが、

どちらにしても心を軽くする方向に生きていきましょう。

 

持てる、持てない、持っている、持っていないは形の世界のお話です。

形の世界に生きていない私達が元々持っているものだけを信じて大切にしていきましょう。

尤も、形の世界に生きていると信じて疑わない人にとっては、このことはチンプンカンプンです。

 

分からないものは分からない、当然です。

生きていく方向は全部自分で決めていきます。

そして、すべてにおいて公平、平等だから、

自分で決めた生き方の結果は自分で受けていきます

 

 

今世、学びに触れた人達、一人でも多くの方と250年後の最終時期に出会いたい、

そして、ともに喜びを共有したい、そう思います。


250年、300年に至る時間にはどなたも厳しい転生が用意されています。

 

本当の自分に出会うために自分自身が用意しています。

 

厳しい転生を経て、だからこそ、心に響き伝わってくる懐かしい、

懐かしい思いがある瞬間一気に噴き出してくるのです。


私は知っている、知っている、ここを私は知っている、

会いたかった、会いたかった、

心から一斉に叫び出す不思議で嬉しい驚きの出会いです。


ともに帰ろう、ともに行こう、もうそこには誰彼はありません。

ただ心と心が呼応し合う喜びの渦の中にあることを感じます。


こうお伝えしても、信じる、信じない、信じられる、信じられないと、

学びに触れていてもまだまだ色々とあると思います。

要は自分の中に響いてこなければということになります。


ただ、250年後、そして次元移行という意識の流れは

決して絵空事ではないことだけは、

学びに触れた以上、そうだろうなあという程度であっても、分かっていただけたら、

そしてその方向に今世の生き方を少しでも

修正していこうと実践を始められたらいいなあと思っています。

 

 

 

 喜んで楽しんで、今、自分を学べる時を過ごしていきましょう。

どんなむごたらしい自分の世界であってもいいんです。

それをはっきりと心に感じられることが喜びです。

 

そしてそのむごたらしいおぞましい自分の世界に、

待っていてくれているからもう帰ろう、素直になってもう帰ろう、

あそこへ帰ろう、優しい優しい思いで伝えていけるなら、

こんな幸せで喜びの時はないでしょう。


どんなに真っ暗闇の中に、冷たく閉ざされた中に自分を閉じ込めてきたかということを、

死後の自分を思う瞑想の中で、今まず確認してください。


そして閉塞感、重圧感のある自分の世界にほんの少しでも、

隙間を灯りを見出してください。

温もりの中に生きていた、そこは開け放たれている、少しでもいいから、

そんな世界が本当の自分の世界なんだと、

今世心で知ったならば、本当に幸せだと思います。


今世、予定通りアマテラスの国日本に肉を持ちました。

大和は、国のまほろば・・・という歌が好きで、

学びに集う前から、二上山を眺めながら山の辺の道を

幾度も歩いていたということは、こういうことだったんだと納得です。

 

そして、予定通り、田池留吉、アルバートの波動の世界との出会いを果たし、

次元移行という意識の流れを確認させていただきました。


日本の国から始まった学びは、アメリカの地で三次元の集大成を迎えます。


ニュージャージー、ハドソン川、黒人、貧困、そしてアルバート、

これが私の250年後の来世のキーワードです。

皆さんもそれぞれにあると思います。

 

ようやく、ここまで漕ぎつけたんだ、

日本の国へ向けて、そしてアメリカに向けて、

さらには地球に向けてありがとうしかありません。

 

 

またひとつ、セミナー、学びの友とともに学ぶ時間と空間を通過しました。

あなたの肉を通して私はセミナーをしますという田池留吉の意識の世界からのメッセージを、

セミナーを最初に進行させていただくようになった2015年3月に受信し、

とりわけ田池先生の肉がなくなった後には、

肉は愚かですから、幾度もそれを確認しながらやっています。

 

意識の私の世界は、一度受信すれば、それで「はい」なんですが、

何せ肉は下らないから、ついつい、幾度も聞いてしまいます。


おしなべて、肉の程度はその程度です。お粗末です。

そんなお粗末な肉を携えてのお勉強ということだから、やはり細心の注意を払って、

どなたも、それぞれ自分の学びの歩みを進めていくことが何よりも大切だと感じます。


せっかくの自分の計画を、下らない肉の思いで自ら頓挫しないように、

今世の予定は今世で無事終了とお互いいきましょう。

 

 

 ふるさとへ帰る、母なる宇宙へ帰る

その道筋をしっかりと心に見極めた今、

どんなに間違った世界を広げてきたかを感じられることがただただ喜びです。

 

苦しい、苦しい、なにくそ、なにくそと自分が作った闇と独り相撲をしてきた愚かな自分を

しっかりと感じ受け止め、そしてそんな自分に生きていく正しい方向を伝えることができる、

こんな幸せな時をいただいている私達です。

幸せ者です。

自分が垂れ流してきた闇の大きさ、深さを思えば、

こんな私を私は待ってくれていたということが、もうそれがすでに喜びでした。


瞑想をしましょう。

ただひたすら田池留吉、アルバートを思う瞑想をしていきましょう。

言葉など要らない。

 

思えば通じる世界に元々あったことを心に感じれば、

もうこんな喜びと幸せはありません。


「ありがとう、ありがとう、本当に出会いをありがとう、出会っていただいてありがとう。」

私達のほうから流す思いなのに、田池留吉の意識の世界は、そう伝えてくれました。

それはそれはすごいことでした。

 

 

今日からセミナーです。また嬉しい学びの時間と空間を共有できます。

ただただ幸せだと思います。

どんなにしても分からなかったことが、ようやく今世の肉を通して

明らかになるというシナリオをそれぞれ自分に用意しています。

あの人、この人、肉は色々とあるけれど、本当のことが知りたくて、

本当の自分と出会いたくて、

こうして今、肉を持って学びに繋がっているという幸せを味わってください。

 

見るのは自分の心です。

 

自分の流すエネルギー、

瞬間的に噴き出していく凄まじいエネルギーを確認してください。

確認して、そして、そのエネルギーを反転です。

その作業を死ぬまで淡々と喜んでしてまいりましょう。


肉を自分に持たせた真の意味を心にしっかりと感じておられると思います。

 

何をするために生まれてきたのか、これまでの転生があったのか、

心で本当に分かってくると、

こんな恵まれた幸せな存在はないということが自ずと心に響いてきます。

 

それでも肉は愚かだから、間違いを繰り返していくけれど、

その中でやはり中の自分の思いに素直に生きていこう

思える日がどなたにも必ずやってきます。

それはそう遠くないでしょう。


意識の流れは粛々として仕事を遂行しているからです。

厳然としてあるその流れに全託する喜びと幸せをどなたも心で味わい尽くしてください。

 

 

 自分が肉を持って生活をしている場所が仮に沈んでいっても、

自分の心、意識の世界は沈み込むことのないように、

日々、学んでいきましょう。


もう真っ暗闇の中へ沈み込んでいく生き方は、今世を限りに方向を転換してください。

 

濁流の中から顔を出し、息をつき、そして意識の流れに

しっかりと乗っていく生き方、存在の仕方を学び取っていきましょう。


自分に用意したチャンスを活かし、本当の喜びと幸せの道を確立してください。

 

肉、形の中に真実はありません。

 

肉、形を持たない私達とって、

いったい何が本当のことなのか

どんなに探し求めても行き当たらなかった数々の転生から学び、

自分を本当の自分を取り戻していきましょう。


苦しい転生でした。辛い哀しい転生でした。

それでも自分に何度もチャンスを用意してきたその心、

その思いをしっかりと受け取っていける人間に蘇っていくことで、

数知れない真っ暗な転生もまた明るい方向へ出ていけるのです。

 

長い真っ暗なトンネルの出口をそれぞれの心で見つけてください。

 

 

日本列島、揺れています。

今の揺れなど大したことはありません。

断層の有無も関係なし。

日本列島、至る所で揺れる、亀裂が入り、そして、あとは海の底というシナリオです。

 

もちろん、日本列島だけではありません。

底で繋がっていますから、あちらで揺れれば、こちらも揺れる、沈むところもあれば、

浮き上がってくるところもある、とにかく、世界地図は大きな変わりようです。


その中で、三次元最終のお勉強が始まります。

肉を持つ意識、持たない意識、宇宙総出で、意識の流れを遂行していきます。


全く頭の理解は必要なしです。

ただ、それぞれの心に届く波動が伝えてくれています。

しっかりと心を向けてください、愛である自分にしっかりと心を向けて、

そしてともに生きていきましょう、そんな呼び掛け、いざない、それぞれの心に届いていきます。

いいえ、もうすでに届いているんです。

一足早く受け取るという計画もあるし、まだまだだという計画もあるでしょう。

そんなことは些細なことです。

それぞれの計画、予定を着実に遂行していけば何も問題はありません。

喜んで喜んで心をひとつにして、ともに今世の学びをまずは進めてまいりましょう。

 

 

 

 生き方は単純でいい、シンプルが一番です。

複雑怪奇は御免です。

学びについて、はい、いいえの意思表示も明確に。

 

何を考えているのか、思っているのか、思慮深いということかもしれませんが、

学びについて下らない頭でこねくり回しても、中は全く納得しないでしょう。

そんな暇があるなら、私達の思いを聞いてというところだと思います。


ひとつの肉、形を自分だとしてきた愚かさを、日々の中でどんどん感じていきましょう

肉がどんなに満たされても、中の数知れない自分は満たされない、

だから肉はどんどん暴走してしまう、

中の凄まじいエネルギーに肉は操られていく、そういうことだったんです。


自分の中に思いを向けるということが、どんなに優しいことなのか

外に思いを向けて生きてきた肉の人間には、到底分からないことでした。


自分しか存在しない、

自分は自分の世界でのみ生きているんだ、

ここをしっかりと学んでいきましょう。


住む世界が違うという表現がありますが、同じものを見て聞いても、

心の針の向け先で格段の違いがあることを知りましょう。

格段の違い、いいえ、次元が違うということです。

 

肉の次元から意識の次元を推し量ることは絶対に不可能です。

それが分からずに、頭でっかちの人間が殆どです。

そのエネルギーが自らを破壊していくことなど想像もできないでしょう。

 

あとは、

現実だと思っている形の世界の総崩れという現象

を待つしかありません。

 

 

頑張らなくても気張らなくても、淡々と学んでいけばいい。

ただし、自己流は効果なしで、やはりそこに素直さというか、

真摯さというか、真っ直ぐというか、そういうことは絶対条件でしょう。


素直ということひとつを取ってみても、なかなか難しいです。

表面上は素直に見えても、中に岩盤があるはずです。

特に私達は地に落ちてきた意識なんです。

地に落ちてきた意識というのは、言い方を変えれば、

神、仏、宇宙のパワーの存在をいかにも知ったように

感じたように語り、伝え、人を導くことをよしとした、

人の心を救うことを崇高なものとした生き方をしてきた、

そんな転生が数え切れないほどあるということです。


巫女として生きてきた転生かそれを如実に物語っています。


その心癖を引きずったまま、今、それぞれが生活をしている

と言っても決して言い過ぎではないとお伝えしています。


巫女、それも卑弥呼になりたくて、頑張ってきたんです。

気張ってきたんです。どんな転生でもそうでした。

頂点を目指して生きていくことが素晴らしい、

それを自分の生きる糧、存在意義としてとらえてきた心を、

どなたもみんなしっかりと見て確認して、

それがどんなにおぞましい波動を垂れ流してきたかを

愛である自分に詫びてください。


愛である自分が待ってくれています。

全部を託していける広がり、温もり、安らぎ、

そんな世界の中にただあることを感じられる瞑想をしてみてください。

 

 

 

 学びに上も下もありません

学びはいわゆるピラミッドではありません。

頂点など存在しません。

ただ、UTAの輪、輪があります。

輪の中心は愛です。その輪には軌道があります。

 

その輪を仮に上から見れば、どこまでも限りなく広がっています

仮に横から見れば、上下なく水平です。


また、UTAの輪の中心から近い輪の軌道、遠い輪の軌道があります。


仮にと言いました。

形の世界から表現すれば、上とか横とかになりますが、

意識の世界、波動の世界だから、

もちろん上とか横の感覚はありません。


輪の中心から遠い軌道でもいいんです。

同心円上の軌道であるかどうかが問題です。

中心から伸びる輪の軌道から外れることのないようにとだけお伝えします。


その前に中心から伸びる輪の軌道に乗っているかどうかを

きちんと検証していくことが学びの歩みです。


そして、言うまでもなく、みんな輪の中心に向かって

学びの歩みを進めていきましょうということです。


UTAの輪の軌道から外れて、

真実の道を行く、

真実の世界に帰っていくことは絶対にありません。

 

 

 それぞれが自分で決めてきた真実への道のルートがあります。

真っ暗闇の中から這い上がってきたという事実は共通しています。

ただし、本当にその真っ暗闇から抜け出していけるかどうかは、それぞれが決めていきます。


すべてに公平、平等に自分を変えていく機会を自分に用意しています。

その機会を活かしていけるかどうかは、

やはり、なぜ自分は生まれてきたのか、

何をするために今があるのかを

心の底から分かってくるということに係っていると思います。


心から切望してきたことに、どれだけ真摯に真正面から応えていけるか、

結局は生まれてきた本当の意味が心で分からなければということに尽きます。

 

千載一遇の学びが従来の他力信仰の延長線上にあるなんて、本当にとんでもないことです、


どうぞ、学びの動機をしっかりと見つめ直し、

自分の切なる思いと真正面から向き合ってください。


誰彼の問題ではありません。あなたの問題です。

あなたが真実の波動に目覚めていけば、

それだけ宇宙が変わっていくということをお忘れなく。

宇宙が変わっていけば、どんなにすごいことなのか、

これからの時を経て知っていくことになります。

 

 

 嬉しいですよね。

自分の中へ帰れることを知った心に、

間違い続けてきた自分が次から次へと顔を出します。

肉に塗れ肉に溺れてきたなれの果てを、心で感じられることが、それが喜びなんです。


愛の中にあるからこそ、どんどん出てくるんです。

それが心で分かるという学びに、今世の肉を通して触れさせていただいているんです。


こんな幸せなことはありません。

愛を心の中の愛をしっかりと確認してください、

さらにさらに深めていくんですよと、それぞれに現象が用意されています。


地球上におけるこれまでの転生の時間からすると、

あと残された時間はごくごく僅かとなりました。

今世、最終のお勉強に向けて予習をできる限りやっていきましょう。

もちろん、それは自分と自分の学びです。

本物の自分と偽物の自分の中で学んでいける喜びを味わってください。


250年後の最終のお勉強に向けての布石はすでに打たれています。

舞台設定はすでに整えられていますので、

あとは、喜んで喜んでその幕開けを待てばいいんです。

それには、それなりの準備を滞りなく進めていくことが必要ですが、

それを淡々とやっていけばそれでいいことです。


同時期に肉を持たせていただき、学びに触れたそれぞれの予定、計画を喜んでいってください。

 

 

それぞれ自分の今世の閉めに向けて、時間を過ごしていきましょう。

限りある肉の時間です。

私達の時間は限りなく続いていきますが、肉の世界は違います。

 

今世の肉を通して学ぶべきことは学び、

肉という周辺の諸々は段々にシンプルにしていきましょう。


心ひとつで、思いを向けるということで、

自分はどの方向に生きていくのかが決まるんです。

 

肉、形の中にあっては、そのことが一切分かりません。

心が大切だということはみんな否定しないと思いますが、

心がどの程度、いいえ思うということがすべてなんだということなんて、

肉、形の世界では到底納得できないでしょう。

 

基準、基盤が違えばそうなんです。

目に見えること、目に見えるものによって、

生き方、思い方が違ってきて、それも千差万別でいいんだと理解しています。


真実の波動の世界は、千差万別の生き方、思い方があっていいという世界ではありません。

真実はたったひとつです。

 

たったひとつの真実の世界を心で分かる道しか喜びの道はありませんが、

それだけに大変厳しい険しいです。

肉に生きてきた私達には、大変厳しい険しい道だけれど、

もう方向転換をしていく時期が来ています。

自分の中に目覚めを呼び起こしていきましょう。

 

 

お互い愚かな肉を持って学びを進めていこうとする喜びの中にあります。

それぞれ自分の心の針を正しい方向に向けて合わせてする、

いわゆる正しい瞑想をしていけば、

肉を持っている今がどんなに自分にとって幸せ、喜びか、

その喜びと幸せのエネルギーが宇宙を変えていく仕事をすると、

どなたも心で分かります。


愚かな肉同士が、その肉を通して波動を学んでいく過程にある私達です。

瞑想は基本的にはそれぞれお一人おひとりの作業ですが、

学びの友とともに瞑想をする機会があれば、それもまたよしということでしょう。


ただ、そこで注意すべきことは、人が集まれば、

色々とトラブルが発生する場合があるということです。


できるだけスムーズに学びに集中しようと各自心掛けてください。

そのためには、その場その時の守るべき約束事があります。

自分のちょっとしたうっかり、怠慢に気を付けていきましょう。


宿泊を伴うセミナーもそうです。

大宝や志摩ホールを利用する場合もそうです。

各地域で学びの友とのお勉強会もそうです。

 

そこには必ずお世話していただく学びの友の存在があります。

どんな場合もお世話は大変です。

どうぞ、学びに集中できるように、守るべき約束事は守り、

互いに気を付けるべきところは気を付けて、

ともに学べる時間と空間を喜んで共有してまいりましょう。

 

 

思うは田池留吉一筋の道喜びの合言葉です。

一人ひとり 様々な環境の中にありますが、

それぞれに 自分を学べる幸せな人生の時間を 過ごされていると思います。


自分の中に意識の流れを見てください、感じてください。

そんな瞑想の時間をたくさん、たくさん持ってください。

肉を持った醍醐味を味わっていきましょう。 

 

肉を持つ喜びと幸せです。肉の喜び幸せもまた本物としましょう。


自分の中へ帰っていく喜びです。

肉という形を持って、肉という形のない自分の世界を知る、本当にすごい学びです。


なぜ自分に肉を持たせたのか、

学びに触れ正しい瞑想を継続していけば、

自ずとどなたの心にも響き伝わってきます。

生きる意味を間違えてきたことがはっきりと分かります。

心に感じる自分の間違いを素直に認め

受け入れていきましょう。


肉に生きる人生は苦しみの人生です。

私達は無限、肉は有限。

有限の中では、苦しみの人生という意味もまた軽くとらえてしまいます。

自分を裏切る、自分に抵抗するということがどんなに愚劣なことなのか、全く分からないでしょう。

 

 

 ともにある喜びをあなたもどうぞ心に広げていってください。


幸せですよ。本当に幸せです。

待ち望んできた、心から待って待ってきた思いが現実のものとして

心に響き伝わってくるんですから、これほど幸せ、嬉しいことはありません。


どうぞ、瞑想をしてください。正しい瞑想ができるようになってください。


頭、肉の習慣、慣習、知識等々、それらを全部取っ払って心を空っぽにして、

ただただ田池留吉の意識の世界に全託してください。

 

委ねていけない色々な思いが出てきたならば、

それは間違いなく他力のエネルギーで自分を縛っているということだから、

その思いを全部、全部吐き出し、認めてください。


どんなに優秀な肉であっても、

自分の本質を見失ったという自覚がなければ、ぼんくらです。

そこのところ、どうぞ正しく理解できるようになってください。


本当に地に落ちてきた意識

それが自分達だったと心から知っていきましょう。

それは苦しみではありません。そこから喜びの道が段々と見えてくるんです。

地に落ちた狂った意識だから、今世、学ばなければならない、

学ぶように自らを誘導している、

その自らの思いに触れて、触れて、触れ尽くしてください。

心からありがとうと自分に言える喜び、幸せ、嬉しさを味わっていきましょう。

 

 

 限りある肉を持つ時間です。

意識の私達はどこまでも、どこまでも永遠に存在していますが、

肉は形あるものですから、いつまでもというわけにはいきません。

 

自分に肉という形を用意してきたこれまでだったんだ、それはなぜだったのかと、

心で感じ始めると、肉を持っている今、生き方が少しずつ変わってくるでしょう。


あれもして、これもして、こんなこともあんなこともと、頭と身体をフル回転させていくことが、

実りある人生の時を約束すると、何の疑問も抱かずに生きてきた私達ではなかったでしょうか。

少なくとも私はそうでした。


私は、今世、学びに触れる前は、自分のための人生を生きたい、

誰かのため、何かのために生きる人生なんて人生ではないと思っていました。


もちろん、この場合の自分とは、目に見える形ある自分だと思っていましたから、

全くとんでもない思い違い、考え違いを

過去からずうっとしてきたんだと学びに触れ学び始めて納得でした。

小さな世界で小さく生きてきた自分でした。


持てる者は持たざる者よりも絶対に幸せ者だと信じて疑わなかった私に、

250年後の私は、私は何も持っていないけれど、こんなに幸せだよと言っているんです。

まだ肉を持っていない250年後の私。

けれど、すでに過去の自分にそう伝えています。

意識の世界の不思議です。

 

 

 自由に伸び伸びと喜んで喜んで学んでいきましょう。

肉、形の世界には色々と制約があります。窮屈です。


自分を落とすだけ落としてきた現実をしっかりと真正面からとらえ、

それでも今こうして肉を用意してきた自分の中の切なる思いに、

今世こそはきちんと応えてください。応えていけるような学び方をしていきましょう。


もう自分を落とすのは止めにして、自分を大切に大切に育ててください。


肉に塗れ肉に沈み、自分を切り裂いてきた思いを心に感じ、自分に詫びてください。

ごめんなさい、そしてありがとうです。


自分にごめんなさい、ありがとうを伝えることができる人生、みんなこんな人生、初めてです。


人として本当の人生を生きる。

自分は肉、形ではないと心から知ることによって

人として本当の人生を生きていくことができます。


ひとつの肉を通して限りなく広がっていく自分の世界を知っていける今。

それが今世でした。実証済みだからあえて過去形にしました。


今世を自分の転換期に

というメッセージを繰り返し伝えます。

 

 

思う喜び、思える喜びです。

どうぞ、あなたもそしてあなたも、この喜びをしっかりと自分のものにしてください。


思う喜び、思える喜びが自分の中で確立していけば、

どこにいても、何をしていても、どうなっても、大丈夫です。


文字通り心ひとつで生きていけることを感じます。

実際は肉を持っている以上、その肉を維持する必要がありますから、

それはそれなりに肉の環境を整えるに越したことはありません。

ただ、そのことにずうっと思いを傾け、

エネルギーを注入していく生き方というのはいただけません。


肉のみで生きている時間の中では、それはそれで仕方がありません。

地獄の道まっしぐらに生きていくことを自ら選び取っていくんですから、

その結果を自ら受けて、そしてそこからまた生き直し、やり直していけばいいだけです。

250年、300年に至る意識の流れの計画を逃せば、

生き直し、やり直していくには気の遠くなるような時間を必要としますが、

意識の流れに逆流していくことを選んだ結果を結果としてしっかりと受けていく、

これもまた愛の中にあるという証しです。

 

 

今日、学びの友との談笑の中で、確認しておく必要があると思ったことがあります。

以下の文章は、NPO法人UTAの輪の会報第一号に掲載された私の原稿です。


私はこれからもこの思いで、学びの友と学んでいく所存です。

セミナーにしても、ZOOM瞑想会にしても、学びの場というのは、

NPO法人UTAの輪からも、UTAブックさんからも独立しています。

どこにも属さない、ただあるのは、真実の波動の世界をともに学んでいこうとする思いだけです。

あってはならないことですが、万が一、不具合が生じて

従来通りの学びの場が提供されなくても、

私は何らかの方法でともに学ぼうと発信し続けます。

学びの場は形ではなくて、それぞれの心の中にあることを発信し続けます。

それに呼応する意識達が集えば、そこに新たに目に見える形が出現します。

そして、みんなで真実の波動の世界を学んでいけばいいのです。


(参考まで)


NPO法人UTAの輪の会報第一号を出すにあたり、原稿を依頼されました。

さて、何を書こうかとしばらく思案していましたが、丁度いい機会なので、

NPO法人UTAの輪とセミナーについて、私の思いをここで記したいと思います。


  皆さんもご承知の通り、セミナーというのは、

昨年2015年12月に亡くなられた田池留吉氏が、

三十年余りに渡ってまさに心血を注ぎ、

私達に「意識の転回をしてください」ということを伝え続けてくれたセミナーを指します。

私は、その田池留吉氏の思いを波動としてしっかりと受け止め、

皆さんとともに、真実の波動の世界、意識の世界

ただひたすらに真っ直ぐに学んでいこうという思いでいます。


名称こそ、NPO法人UTAの輪のセミナーということですが、

セミナーがNPO法人の傘下にあるわけではないし、セミナーは独立しています。

そこには何の縛りもありません。

あるのは、真実の波動の世界をともに学んでいこうという思いだけです。

ただ、たくさんの人達がともに学んでいこうと集ってくるわけですから、

学びに支障がないように、セミナーを運営していただくいわゆる組織が必要となってきます。

会場の設定等様々なところで動いていただくスタッフの皆さん(学びの友)がおられるから、

私達は、二泊三日、楽しみながら喜びの時間と空間を共有できるのです。


そこのところを正しくご理解いただき、皆さんのご協力をお願いしたいと思います。

田池先生の「みんな仲良うにな」という思いを心にしっかりと刻み、

これからもともに真実の波動の世界をともに学んでいきましょう。

 

 

 お金で繋がっている関係ほどみじめで哀れで哀しいことはありません。

同様に実体のない神、仏、何とかのパワーを求める生き方もそうです。


そのような転生、もう嫌というほど重ねてきました。

そんな私達ですが、本当の喜びと温もり、幸せを心で知る、分かるチャンスに恵まれています。

心の針の向け先を変えていけば

どんどん感じられる、広がっていく世界があります

 

それを阻止しているのは、そうその通り、自分に他なりません。

阻止している思いを外していけばいいんです。

難しいけれど、それぞれが自分ですることです。

自分というのはもちろん肉の自分ということではありません。

肉は何もできません。

何もできないということが心で分かればいいんです。

頑張る必要もなければ、気張る必要もなし。


心を見ることに徹しましょう。

心を見るということは、心の針を自分の中に向けるということです。

心の針を外に向けては心を見ることはできません。

外に向いていては、自分の中の苦しみの原因が分からないからです。

本当の自分とずれた思いを出せば、必ず自分の中から教えてくれます。

苦しい、間違っている、その他色々な表現で、ずれていることを自分が自分に伝えてきます。


肉という形を自分に持たせて、自分の間違いを自分に教えている、

そういうことだったと、今世初めて学ばせていただきました。

 

 

学びの友からのメールの中に、次の一文がありました。


「これからも変らずにどこまでも流れていく、流れに素直に乗ってともに帰ります。」


流れに素直に乗って・・・、

意識の世界の大いなる計画、

その流れに素直に乗って生きていく、

これしか喜びと幸せの道はないということを、

それぞれの心に刻んでいきましょう。


肉に生きてきました。

肉、形を本物として、頭を誇ってきた私達人間の愚かさが、

これからさらに次から次へと様々なところから噴き出してまいります。

言わずと知れたことです。

私達人間の生き方がすべて間違っているからです。

間違っているものはいずれ、修正されていきます。


それは苦しみ、悲しみ、恐怖、怒りではなく、

それこそが本当の優しさであり温もりであり喜びなんだ

心から知っていくようになっています。


大変です。大変ですけれど、

愛に目覚める、本当の自分に帰っていく道を

喜んで喜んで歩いていきましょう。


ともに同じ方向を向いて、

ともにある喜びと幸せを心に広げてまいりましょう。

 

 

「ともに瞑想会」について、少し語らせてください。


すでに語ってきましたが、「ともに瞑想会」を始める動機は不純でした。


田池先生から5年ほど前にセミナーをやりやというお言葉をいただいてから、

その準備段階として、予行演習として、大宝ホールを使わせていただきました。

当時、何らかの事情で私の近くにいた人達からお誘いして、

学び始めてからお世話になったと私が勝手に思っている人達に、

あとはその時々の成り行き、気分で来ませんかとお声掛けして、

4年ほどともに瞑想をする時間をいただきました。


そして、2019年12月にその「ともに瞑想会」が復活します。

思いがけない運びとなりましたが、私は嬉しくこのお勉強する機会をいただきます。


不純な動機で始めたけれど、その4年は私にとっていい時間だったと振り返っています。

そしてこれから始まる時間もまた、私を育ててくれると感じます。


互いに愚かな転生を繰り返し、苦しみ抜いてきたけれど、

こうして今肉を持ってその愚かな自分を思っていく時間と空間の中にいざなわれている幸せを、

ともに味わっていこうという思いでいます。


二泊三日のセミナーにも、大宝ホールや志摩ホールを活用させていただく

セミナーにも恵まれているうえに、さらに「ともに瞑想会」の復活です。


何かワクワクします。

 

 

 肉では色々とあるでしょう。

またいつも元気でというわけにはいかないかもしれません。

その中においても、やはり思うは田池留吉一筋の道です。

田池留吉、もちろん人の名前ではありません。

たったひとつの真実の波動の世界です。

自分自身です。田池留吉は自分自身です。

それが本当に心で分かったならば、もう何も言うことはないでしょう。

 

思う喜び、思える喜びです。


苦しい、苦しい、何とも言えない転生を潜り抜けてきました。

幸せも喜びもほんの一瞬で消え去っていった砂を噛むような苦しい転生の積み重ねの中、

ようやく出会った出会い、出会うべくして出会った出会いでした。


だから思えばありがとうしかないんです。

信じて待ち続けてくれていた温もりの世界でした。


一度感じた波動の世界は、とてもとても揺るぎのないもの。

波動を感じるとはそういうことでした。

それほどの衝撃を私の意識の世界は受け取りました。

もう前を向いて歩んでいくだけだと感じてきました。


だからと言って肉は聖人君子にはなり得ません。

肉は愚かでいいんです。

本当の自分を知っていれば、肉は愚かだと流していけます。

苦しまない、落ち込まないです。

肉のことは所詮どうでもいいことで、

学ぶように仕向けていることだけを感じられれば、それで充分です。


肉は平々凡々で十二分、何をするために生まれてきたのか、

心にしっかりと知る肉であれば、それが最高に幸せな時間を自分に提供しています。

 

 

自分の本質を知っていく学びです。

無知とエゴと欲で凝り固まってきた自分を本来の自分に返していこうとする学びです。


肉、形を本物とするところでは、

無知とエゴと欲で凝固まってきたということも現実のものではありませんでした。


目を覚まさなければなりません。

強い衝撃を自らに用意して自らを覚醒させるという手段を選んでいます。

それが地球人類の選択です。


それは愛のエネルギーに触れた意識の存在があるからです。


帰ろう、帰ろう、意識の世界へ呼び掛けが続きます。

いざないが続きます。

どんなに愚劣であっても、自分達のふるさと、

愛へ帰れることをいついつまでも伝え続けていくでしょう。


愛を、愛に、愛へ、そんな波動が地球という星を包んでいきます。

地球という星は、もちろん、

愛の中にある意識、エネルギーですが、

その呼び掛け、いざないに素直に喜んで呼応していきます。

喜びで喜びでエネルギーを受け入れていきます。

そして、母なる宇宙よ、ありがとう、そんな思いを繰り返し繰り返し伝えてきます。

 

 

楽しく喜んで学びの時間を持つことが幸せなことです。

ですが、同時に愛へ帰る道は厳しく険しいことをしっかりと感じていくことが大切です。


中途半端な思い方では、とてもとても難しいです。

まずは自分の中の切なる思い、心から絞り出す叫びをしっかりと知っていくことに尽きます。


肉を用意して本当に何をしたかったのか

心からの叫びを聞いてください。


肉に生きろ、お前は肉だという思いも同時に感じると思います。

それでもそう叫びながらその思いが泣き叫んでいる、

寂しい、苦しい、助けてくれ、どうにかしてくれと訴えている、そういうことでしょう。


肉に生きろ、肉の喜びと幸せでいいなんて本心から言うわけはないんです。


暗く真っ暗な冷たい狭い狭い中でじっと生き続けてきた思いを、

どうぞ、温かい温もりの中へどこまでも広がっていく明るいところへ連れていってあげてください。


本当の優しさです。本当の温もりです。

それは人としての優しさ、温もりとは比べることができないものです。

本当の優しさ、本当の温もり、そして本当の喜び、心で感じて感じて味わっていきましょう。


肉を持てた今だからこそ、それが現実のものとなるんです。

肉を持っている今、本当の幸せを知ってください。

 

 

 私は本当の喜び、幸せを知っています。

あなたはどうですか。そう断言できますか。

断言できることが喜び、嬉しい、ありがとうのエネルギーをどんどん宇宙へ流していきます。

愛へ帰るエネルギーです。


それ以外、肉に塗れ、肉の中でどうのこうのと生きている間、

ましてやそれをよしとしている間は、どんなに肉、形が整えられているように見えても、

砂上の楼閣に過ぎません。

儚く消えていく影を影とも思わないで生き続けていく愚かさは、

やがてそれぞれの心にそれぞれがしっかりと伝えていきます。


愛しかないからです。

本物の愛のエネルギーを存分に知っていくこれからだということです。

それはもうすでにお伝えしている通り、

形の世界の総崩れという現象です。

地球上のどこへ逃げても、地下深く潜っても、

その愛のエネルギーを避けることはできません。

それよりも、道が示されているんだから、

その意識の流れに沿って自分を生かしていきましょう。

それ以外は、破滅の道まっしぐらです。


全部自分が選んでいくことです。

喜び、永遠の生命か破滅、宇宙のもくずか、ふたつにひとつです。

 

 

 あなたは今世の閉めに向けて学びを遂行していますか。

今世をどのように閉めていくか、それぞれに大きな課題です。

老いも若きも関係ありません。

年齢に関係なく、今元気であるかどうか関係なく、

みんな死に向かっていることは確かです。

肉を持っている以上、肉を置く時が来ます。


今世、心で学んだことを自分の次の転生へと繋ぐことを念頭に置いて学んでください。

250年後の最終時期まで、真実を肉を持って伝えることはありませんが、

三次元最終のお勉強まで自分の中を整えていくことは、今世の学び方次第で可能です。


250年後の舞台設定はすでに整えられています。

そこに予定通りに駒を進めていけるかどうかはそれぞれに係っています。

舞台設定はすでに整えられていますから、駒不足の懸念はありません。

意識の流れは計画通りに、予定通りに遂行されます。

それを確認でき見届けたから、田池留吉という肉を使っての仕事は終了、

一幕が下りたという段階だと前に語らせていただきました。


出会うべくして出会った今世の出会いでした。

それをはっきりと心に知る意識の世界だけを見ていけばいいのだと伝わってきます。

 

 

満を持して今世に臨んできたと心で感じられる、

それが本当の意味で敏感な心と言えると思います。


どんなに何を感じても、根本の変革がなければ空しい結果となります。

 

根本の変革、基盤を変える、意識の転回です。


そして、その上で、自分の行く先を確定して、

その方向にしっかりと歩みを進めている今かどうかということだけが問われます。


満を持して今世に臨んできた、どの程度心で感じていますか。

250年後が本番であることは確かですが、

今世、学びに触れた意識にとって、

今世の学びはその予習の時間をいただいているということなので、

それをおざなりにして、次の転生、その次の転生へと自分を繋いでいくことは至難の業です。


肉を通して学ばせていただいた幸せにも関わらず、

予習の時間をおざなりにするということは、一体どういうことなんでしょうか。

その辺のところ、事の重大さに気付いていない人もまだまだ少なくないかと思います。


今世、学びに繋がっていない意識のほうが、

あるいはひょっとしてということがあるかもしれません。


意識の流れの計画は壮大です。

すべての意識を目覚めへといざなっていく大いなる流れです。

頭脳を誇ってきた人間の哀れさ、愚かさをあらわにしていきます。

それは自らの行先を決める正念場と言えるでしょう。

 

 

 何でもそうです。物事にはポイントというものがあります。

枝葉のところでごちゃごちゃやっていても効率は上がりません。

ごちゃごちゃするのもまた楽しからずやという方もおられると思いますが、

学びについては、特に結果を出していくことが必要です。


いったい私達は何を学んでいるのか、学びのポイントはいったい何なのか、

それをまずは明確にして、着実な足取りでそれぞれの

学びを進めていくことが大切だと私は思います。


年月はあっという間に過ぎ去っていきます。

2019年も残すところ50日余りです。

それだけみんな体力も気力も減退していきます。

若いうちの1年は何ということもありませんが、

年齢を重ねていくと、1年、いいえ1か月の間に、

どんどん肉の体力、気力は減退していきます。

 

それに連れて自分の中の凄まじいエネルギーも減退、

薄く弱くなっていけばいいけれど、なかなかそうはうまくいきません。

凄まじいエネルギーは燃え盛るまま、

その処置に肉はついていけない、

それが現実ではないでしょうか。


それを踏まえて、やはり、いったい自分は何のために生まれてきたのか、

学びはいったい何を伝えてくれているのか、

いつもいつもそこに戻って、喜びながら学びましょう。

 

厳しく厳しく自分を見ていく姿勢、生きる姿勢

失ってはいけないのではないでしょうか。

 

 

250年後が待ち遠しいです。

今が250年後、250年後は今、意識の世界はそうなんですけれど、

けれど、やはり地球上の肉の時間を経て、互いに肉という形を用意して、

そしてそこから発信していく喜びと幸せを

味わい尽くしていこうというのが意識の流れの計画の一端です。


様変わりに変わっている地球という星にありがとうの思いを込めて、

そして私達はさらなる世界へ旅立っていきます。


苦しい転生もすべてにありがとうの思いを伝えて、

そして私達が目指す先、それはさらなる愛の世界です。

 

限りなく限りなく広がっていく喜びと温もりの中へ

ともに行こうという合図で一斉に飛び立っていきます。


ただただただただ嬉しいです。

三次元最終のお勉強をしっかりと遂行していくために、

こうして、今、肉を持って学ばせていただいている私達です。

今世をありがとう、本当にありがとう、肉に塗れてきた愚かな自分に

ただただただただその思いを伝え続けていくこれからの時間です。


どんなに形の世界が崩れ去っていっても、

たったひとつの世界に私達は生きていることを、

心にしっかりとはっきりと感じていく学びをしていきましょう。

 

 

肉を持つ時間を自分に用意した、

その喜びと幸せ、かけがえのない現実を、

限りある肉持つ時間の中で味わって味わっていくだけです。


そして、250年後の肉にバトンタッチして、

その肉を使って、宇宙とともに次元移行を果たす

壮大な意識の流れの中の計画を、

私は着実に遂行していくことに徹していきます。


待ってくれている、喜びで待ってくれている、

一足早く生まれてきて一足早く肉を置いていって、

そして予定通りにという合図を発してくれます。


ありがとう、ありがとうしかありません。

あなたの喜びは私の喜び、あなたの苦しみは私の苦しみ

そう伝えてくれました。

ひとつだとしっかりと力強く伝えてくれた波動だけを信じて、

私は私の勉強を推し進めていくだけです。


肉のあるなしに関わらず、たくさんの友がいる。

真っ暗闇の中で苦しみ喘いできた友がいる。

だから私達はもう私達のふるさとへ帰ろうとただただ呼び掛け合うことができます。

それが嬉しくて幸せです。

 

 

 ともに心を向ける喜びをあなたもどうぞ、しっかりと自分の中に育んでいってください。

肉を持って今何をするべきなのか、心に問いかければ、もうすでに答えは出ているはずです。


肉に生きろと出てきても、あなたはそれが決して本心ではないことを知っています。

それが抵抗勢力だとすでに、あなたの心は関知しているということです。


だから安心してどんどんその思いを受け止めていけばいいだけです。


肉は傀儡(かいらい=操り人形)であってはならないんです。

 


「もう分かっているよ。あなたの思いを私はもうずっとずっと前から知っているよ。

私達は愚かだから、その気付きを素直に受け止めていくことができなかったんだ。

もう素直になろう。帰りたいんだろう。あそこは私達のふるさとだからね。

あの温もりの中へ、喜びの中へ、いっしょに帰ろう。ようやく、そう伝えることができて嬉しいよ。

だからあなたもこの嬉しさ、喜びを素直に受け止めて伝えてあげて。

たくさんのたくさんの友が待っているんだ。それをいっしょにしていこう。

そうすれば、遥か彼方と思っているふるさとはそうでもなかったことが分かってくると思うんだ。」

 

こうして、あなたの中で呼び掛けてください。

自分達がしてもらったように、どうぞ、どうぞ、心で伝え合ってください。

 

 

歩みをともにする喜びを心に広げていきましょう。

心を向ける喜びと幸せを今世の肉を通して知りました。

その喜びと幸せを、どんどん自分の中に広げていってください。


どんなにそれを待っているか。

すんなりと受け取れない現実を目の当たりにしながらも、

心の奥底から聞こえてくる本音をしっかりと受け取っていけばいいんです。

 

もう苦しむのは止めよう、

元あった安らぎの温かい温もりの中へ帰っていこう、

しっかりと力強く伝えてください。


伝えていけるだけのものを自分の中で育んでください。

一歩歩みを前に進めていく勇気は、喜びのエネルギーの中で育っていきます。

 

喜びが自分の中に無尽蔵にあることを、

無尽蔵にあるブラックから教えてもらったらいいんです。


それは嬉しいだけです。

 

自分を見捨て切り裂いてきた自分自身に、

ようやく、ようやく温かい安らぎの思いを向けられる機会に恵まれました。


温もりに背き、苦しみ抜いてきたけれど、

全部自分で選び取っていっただけのことでした。


今ももちろんそうです。

何を選ぶか、どう生きていくか、全部自分にかかっています。

愛ゆえのこと、それが「自分は愛でした」の確たる証しです。

 

 

 

 自分のこれからが見えている、心に感じられる、

その喜びをあなたも、そしてあなたも味わっていますか。


もう言葉はありません。

悪の限りを尽くしてきた意識にとって、

こんな幸せ、喜びの道がずっと示されていたことを感じれば、もう何も言葉ありません。


真っ直ぐに続いていく愛へ帰る道。

 

その道を今世の肉を通して、どうぞ、どうぞ、心で感じ始めてください、

いつまでも肉、肉、肉の真っ暗な中に自分を沈めるのではなく、

そこからふわっと、そしてしっかりと浮かび上がっていきましょう。


そういうチャンスが目の前にぶら下がっているんです。

自分次第です。

いつ、どこで、自分の生きていく方向を180度変えていくかです。


もちろん、学びに触れた人はみんなそうしたいと思っているはずです。

これまでと同じ生き方ではダメだと感じていると思います。


それを、現実のものとするんです。

強い、強い決意のもとで肉をいただいたこと、

そして学びと出会わせていただいたこと、

しっかりと自分の中で味わってください。

 

 

 

 私には選択肢がありません。

意識の私の世界はもちろんもう言うまでもありません。

そして、肉の私の世界にも選択肢がないんです。


まだまだ意識と肉の乖離(かいり)という課題を抱えていますが、

根本のところではもう肉は引いています。

 

肉では決して推し量れない意識の世界を心に感じているから、

日々の生活においても、非常にシンプルです。

 

あれやこれやと触手を伸ばさない、伸ばす気がない、

もう今の生活で十二分に満たされています。


田池留吉の意識の世界が打った布石の通りに学んでいくだけです。

次元移行へ至る250年、300年の準備はすでに万端整えられています。


その波動の世界に触れ、そして波動の世界を

しっかりとした足取りで進んでいく喜びと幸せを感じていきましょう。

感じていけるそれぞれに蘇ってまいりましょう。


心の針を向けて合わせていけば、

自ずと仕事をしていきます。

思う思いの向け先の正確さと信の深さがすべてです。


これまでの転生の延長線上に今世を置かないでください。

全く違う軌道を歩いていく第一歩に今世をしてください。


今世を自身の転換期に。繰り返します。

今世は自身の転換期という位置づけを確かなものにしてください。

 

 

 想定内、想定外を問わず、色々な出来事が起こってきます。

それぞれに自分の心を揺さぶる現象が用意されています。


心は揺れるでしょう。大揺れに揺れる場合も多々あるでしょう。

大変な時を迎えるわけですから、心が揺れないなんてことは考えられないことです。

 

それでも、そんな中でも、心に感じた波動の世界を信じて、

田池留吉、アルバートと思える、呼べる幸せと喜びへ自分を戻してください。


幸せも喜びも外に求めてきたことを心から知って、そうではなかった、

自分の中へ戻っていこうと、自らの舵を切ってください。


もうすでに意識の流れは大いなる仕事をしています。

 

みんな、みんな宇宙の友みんな、その意識の流れの中でともに行こうと喜び合える瞬間を、

今か今かと待っています。


心で感じてください。宇宙を思う瞑想の中で、あなたの心に響いてきているはずなんです。

もうすでにそういう時期を迎えています。


だから、真実の世界から、田池留吉というひとつの肉を持ってきてくれて、

そして、今はその肉がない状態なんです。


ひとつの幕が下りました。

最終の幕開けまで、幕間の学びを、しっかりと進めてまいりましょう。

喜びで進めてまいりましょう。

 

 

お互いに肉は愚かです。

ただ、真の正しい方向へ自分をいざなっていくか否かの違いにより、

互いに愚かな肉を携えてきたけれど、愚かな肉は愚かでなくなります。

確かにこれは難しいです。

今世瞑想を重ね、自分が肉を持ってきた意味を心で感じていくことが必要です。


生れてきた決意を、どこまで心で深く強く感じているかでしょう。

ドロドロの中から肉を持ってきたことが明確に心で分かるまで、

本当に心に響いてくるまで、肉に引きずられる時間となります。

意識だといっても、肉優先の時間を費やしていくでしょう。


それでもいいんです。もがきながら、自分を褒めてください。

自分を現す方向にいくのではなくて、

自分の中で苦しんできた自分をしっかりと認めていきましょう。


誰からも何からも救いの手は届きません。

届くのは真っ暗な自分の中からです。

中がもう本当に求めていることを、本当の自分に戻っていきたいと求めていることを、

真摯に受け止めて喜んで喜んで真っ暗な自分と生きていきましょう。


学びの友、肉あるなしに関わらず、

ともに同じ方向を向いて生きていっているという実感、

手ごたえがあれば、その喜びに勝る喜びはありません。

 

 

 心の針を向ける、合わせる、このトレーニングに励みましょう。


日々、穏やかに生活をしているようでも、

瞬間出すエネルギーを確認する機会は、皆さん多々あるでしょう。

心中、決して穏やかでないことを確認です。

確認して、ふっと思う、その繰り返しを訓練していますか。


そのうえで、それぞれの生活の中で、

静かにゆったりと思う瞑想の時間を持つようにしましょう。


思うこと、思えること、それ自体がすでに喜びです。

思う思いの向け先を伝えていただいた、何よりの何よりの幸せです。


信じる、信じられる喜びが仕事をすることを知っていますか。

心で感じていますか。思うだけでいいんです。

 

宇宙を思い、愛を思い、

本当に心の向け先が合ってくれば、

大きな喜びの仕事をしています。


言葉など要りません。ただ思うことです。

そうやって、時が来るのを待てばいい。

もちろん、大波、小波、肉を持てば様々ありますが、

中心棒はぐらつかない、そういうことです。


そして、いよいよ250年後の時期到来となります。

心から噴き上がってくるエネルギーとして出会える瞬間を、

どうぞ、どなたも見逃さないでください。


今世、あなたはあなたの学びを進め、着実な一歩を歩んでください。


自分の中の愛、愛である自分を信じる信を強くしていってください。

 

 

 出会うべくして出会ったことを確信していますか。

偶然に、何となく、幸運にも、それらの表現は、

田池留吉の意識の世界との出会いに関しては、どれも不適切です。

私達は出会うべくして出会ったんです。

そういう自覚があなたの中にありますか。

自覚して確信になって、その確信が喜びを大きく広げていきます。


私の今世の肉は何ということもない、平々凡々の肉です。

だからよかったんです。

中途半端に肉の能力、特技等々を持って生まれてきたら、

それを伸ばすというか、そこに固執するというか、それで人生を生きていくというか、

そんな本当のルートから大きく道を外れた生き方をやはり選んでいくでしょう。

向上心を持ち高めることをよしとしてきました。

固執してきたと言ってもいいかもしれません。

それは私一人だけではないと思います。

それが人間、私達がこれまで生きてきた道筋において、

何の疑問も抱かなかったことだと思っています。


違う、そうではなかったと、これまで正しいと思って生きてきた様々な生き方の

どこがどう違っていたのかということを、今世の肉を通してはっきりと知るべきです。

知って、自分の生きていく方向を真に正しい方向に変えていくことです。

ただそれだけが待たれています。

自分に待たれています。

本当の自分に待たれています。

愛である自分からのメッセージを聞いてください。

そして素直に真っ直ぐに受けてください。

 

 

地に足をつけて、着実に自分の学びの歩みを進めていくことが大切です。


生れてきた本当の意味を心で知り、

喜びの中で自分の蓄えてきたエネルギーを感じ、

そのエネルギー、自分自身が本来の自分に戻っていける今を喜んでいけること、

これが最高に幸せな人生です。


肉、肉で生きてきた砂を噛むような虚しい人生、

寂しい人生だけにはもうしたくない、中が叫びます。


今の肉だけが私ではない、

私は私の時間は途切れることなくずっと続いていたんだ、

これからもずっと続いていくんだ、

しっかりとはっきりとこの思いを抱えて、

みんなみんな学んでいきましょう。


ようやく、やっと、やっと巡り合えたという喜び、

その実感をどうぞ、あなたもあなたの心で深く、深く味わってください。


宇宙、懐かしいあの宇宙へともに、ともに帰ろう。

 

 

長い、長い、気の遠くなるような長い時間の中で、

自分を落としに落としてきたけれど、けれど、そんな地に落ちた意識も今世、

千載一遇の出会いを用意して、ようやくです。


ようやく夜明けを迎えたという感じです。

 

肉、形の世界の総崩れは、

文字通り、肉基盤で見れば、悲劇としてしか受け取れないけれど、

意識を基盤とすれば、

それは願ってもない喜びの、喜びの出来事だと言えるでしょう。

 

本当の自分達は永遠に生き続ける生命だと、

心で感じ始めたならば、もう言葉も何もありません。

この道真っ直ぐに突き進むことのみが、

自分達の幸せ、喜びの道だとはっきりと感じます。


肉、肉で生きてきた私達です。

今世、学び始めるという自分の計画を計画通りに進めていくことはなかなか難しいです。


学び始めるというのは、肉からの脱却をひとつひとつ済ませていく過程にあって、

そしてそれは意識の転回を意味しますが、

そういう過程に自らの立ち位置があってということです。

形の上で学び始めるというのとは違います。

 

それらの実践を伴ってこそ、ようやく学び始めるということになるでしょう。

肉からの脱却、意識の転回という実践です。


よって、どんなに意識を受けて、それを言葉に変換できても、

つまりチャネリングができても、

基盤が肉ならば、従来の宗教の世界と何ら変わりはないということになります。

 

 

 

 

宇宙に思いを向ける瞑想、

楽しんで喜んでその肉のある限り継続してください。

意識の世界は限りがありません。

つまり、私達の世界はどこまでも続くどこまでも広がっていく世界です。


ちっぽけな限りのある肉、形の中に自分を押し込めていく苦しさは、もう本当に終わりにしましょう。


自分を解き放していきましょう。肉の中では無理です。限界があります。

温かい安らぎの中に、何の縛りもなくゆったりと自分を解き放していけるのは、

瞑想の中で、自分の世界をどんどん感じていくことに尽きます。


宇宙。私達のふるさと、母なる宇宙。

長き時を経て、今世、ようやく自分の中に現実のものとして見えてきた道筋です。


アルバートの波動と出会いたかった心の叫びを、今世の肉を通して、

ようやく表面に出せたこと、出会わせていただいたこと、嬉しく思います。


幸せです。アルバート、どんなにどんなにこの心の中に呼んできたことか。


田池留吉というひとつの肉が出会わせてくれました。

出会いを本当にありがとう。

 

 

 「ブラックのエネルギーがあるから、次元移行を伝える意識の流れは達成される。

私の世界がいくら真実であっても、それだけでは難しい。

すべては私の世界とブラックのエネルギーとが成していくことだ。」


一言一句そのままではないけれど、そういう意味のことを伝えてもらいました。

だから出会いをどんなに喜んでいただいたか、

待っていました、待っていたよ、そんな思いを感じさせていただきました。


意識の流れ。

宇宙が変わっていく意識の流れなんだと、本当に心から喜びました。

出会いを本当にありがとうございましたと、

そんな波動の中でともに学ばせていただいた幸せ、喜びは、私を引導しています。


肉の愚かさに辟易することも多いですが、ふうっと思いを向ければ、

道がしっかりと見えその道を歩いていることを感じるにつけ、

肉の愚かさにただただありがとうです。


自分のこれからが見えている、感じている、それはただただ嬉しい限りです。

今世の肉を持つ時間、250年後の肉を持つ時間、

それはもうほんの僅かですが、楽しんでいきます。

 

 

学びの友からのメールです。少々長いですが一読ください。

この学びで、あなたは一体何を信じていますか。

学びに触れながら、田池留吉の意識の世界に反逆するエネルギーに同調する、

それはどんなに愚劣なことなのか、心で分かりますか。

 

こんにちは。先日のホームページ1775の

第一の危機、第二の危機の反省をというメッセージを読み、

メールを送らせていただいています。


私は第一の危機、第二の危機を体験しました。

私の歳で実際にこの危機を体験したのは私くらいではないかと思います。

第一の危機は直接の体験、第二の危機は間接的な体験でした。


私にはしっかりこの二つの危機の当事者という思いがあります。

折に触れ、反省を繰り返してきましたが、9月の本セミナーから、

やはりまだまだ第一の危機、第二の危機の反省ができていない、

自分の中にしっかりと根付く他力の反省をしなければという思いが強く強く湧き上がり、

反省を始めたところに、1775のメッセージを通じて促しがありました。

正直、これまで何度か反省を試みたものの、

何が間違っていたのか、なぜ自分が第一の危機、

第二の危機に向いていったのか、が明確にわかりませんでした。


田池留吉への反逆、逆賊、抵抗勢力等々、何度もセミナーで聞きました。

反省もしました。でもわかっているようでいて、全くわかっていませんでした。

欲一杯だったから、パワーが欲しかったから。早く何かを感じられる自分になりたかったから。

力を得て、誰からも一目置かれる、認められる素晴らしい自分になりたかったから。

田池先生の教えてくれる内容より、

チャネラーならチャネリングしてくれて具体的でわかりやすいから。

色々理由はありました。でも決定的な何かが欠けていました。


先日、心を見ていてふっと波動がわからなかったと思いました。

自分がどこに向けていたのか、自分が向けた先にあるもの、

その世界がどんな世界なのかが全くわかっていませんでした。

だから、チャネリングの本当の意味もわかりませんでした。

第一の危機、第二の危機を先導していた

チャネラーの方たちがどんなエネルギー、波動を流していたか。

自分が掴んでいった波動、エネルギーとはどんなものか。

そして自分が流していた波動はどんなものか。

そういうところがわかっていませんでした。


今日、母と妹と共に勉強する機会があり、

自分のテーマとして1,2,3で第一の危機、第二の危機に向けてみました。

凄まじかった。凄まじいとしか言いようがありませんでした。

第一の危機に向けたときは瞑想中、ひたすら田池を殺せと叫んでいました。

田池を殺せ、その思いしかなかった。


田池留吉を殺しにいく思い、その思い一色でした。

槍を持ち、銃を持ち、ありとあらゆる武器を持ち、

大群で押し寄せて田池留吉を殺しにかかるような、

凄まじいエネルギーが心の底から吹き上がってきました。


第二の危機も同じようなエネルギーでした。

咆哮、咆哮、咆哮。

田池留吉を殺す思い、全てを破壊し、殺戮するエネルギー

愛に真っ向から刃向かい、温もりを叩き潰すエネルギー。


言葉にできない程、それはそれは凄いエネルギーでした。

そのエネルギーを体感して、やっと自分が向けてきた先、

第一の危機、第二の危機という世界がどんなものかわかりました。

波動の問題でした。頭での反省ではダメでした。

第一の危機、第二の危機に向けた後、田池留吉に向けました。


波動がわかりましたか、とあなたが向けてきた世界がどんなものかわかりましたか、

とこのエネルギーを握ったままで、愛に帰ることはできません、


母なる宇宙に帰ることはできませんと、はっきり伝わってきました。


納得です。愛とは相反するエネルギーです。

田池留吉を真っ向から否定するエネルギーを抱えたままで

田池留吉を真っ直ぐに呼ぶことなんてできません。

心の針を合わせることなどできません。

次元移行など、とてもとても、です。厳しい。

瞑想を通じて大変厳しい自分の現実を確認しました。


しかし、それでもその凄まじいエネルギーとともに、瞑想と反省を重ねるしかありません。

私の現実はとても厳しいのに、瞑想した後、なぜかとても清々しく、

今までわからなかったものがすとんと落ちたような感じです。


今回、瞑想を通して確認できてよかったです。


(この感想を送ろうと読み返して誤字を確認していたら、

心の底に蠢く、田池留吉を信じていない思い、侮る思い、

見下げている思い等々がちらちら見えてきましたので引き続き、瞑想と反省を続けます)。

反省の促し、ありがとうございました。

 

 

 「私は帰ります。」「どこへ。」

「私のふるさと、母なる宇宙へ。」

はっきりと自分の中で確認できていますか。


「帰りたい、帰ろうではないんです。帰ります。帰る道がすでに見えています。

その道に沿って生きていくことが、たったひとつの喜びです。」自分に宣言できますか。


これらのことを自分の中で確認でき、宣言できているかどうか、学びの歩みのポイントです。


未だに肉のあれこれで悩み苦しみ、

そんな中で学びをしていこうとしている現状であるのかどうなのか、精査が必要です。


本当の意味で敏感になりましょう。

 

心の中に真っ直ぐに届く田池留吉、アルバート、

母なる宇宙の波動の世界に生きていることを感じられる、

そんな敏感な心を蘇らせていきましょう。


闇に、自分の作ってきた闇の世界に自らを落としていく苦しみ、辛さ、

哀しみ、空しさ、哀れさ、どうぞ、今の肉を通してじっくり学んで

そして、心を次元移行へと繋いでいけるようなそれぞれに自分を成長させていってください。

 

 

帰りたい、帰ろう、みんなどんな人もそんな心の叫びを抱えて肉をもらいます。

ただその声、思いは、肉を持ち時間が経つにつれて自分の中に隠れていきます。

その声、思いを引っ張り出してくれる現象は、

人生の時間の中で数々あるけれど、

所詮肉というものは愚かだから、

そんなことではなかなか出会えません。


やはり、今世の学びに触れた意識のように、その愚かな肉を通して、

何度も何度も繰り返し伝えていただかないと、肉に埋もれた中から、

自分の切なる思いを拾い上げていくことは、殆ど不可能だと言えるでしょう。


ほんの一握りの人達かもしれません、今世学びに触れたのは。


そのほんの一握り人達も、

自分の作ってきた他力の世界を

自分の中で崩していくことは難しいという現実を目の前にして、

本当にこの道、この道真っ直ぐに一本と生きていくと

意識の世界を変えていっている人は数少ないです。


その今世の学びを踏まえて、

これからそれぞれに大変厳しい転生が幾度か用意されています

果たして、250年後の本番に心を繋いでいけるかどうか不確実性のところもありますが、

そういう個々の事情は意識の流れの前には微々たるものです。

悠然と粛々として流れる意識の流れです。


そういう中で同時期に肉を用意し、

ともに学ばせていただいていることを喜んで、

どうぞ、自分の中の切なる思いをしっかりと現実のものとしていきましょう。


肉なき自分の世界を今、肉ある今、しっかりとはっきりと感じていけることを喜んでください。

 

 

あなたが幸せならばそれでいいんです。

幸せ、あなたの思う幸せとは何ですか。

物に溢れ金に満たされ人との繋がりがあってという

そんなちっぽけなものではないことは分かっておられると思います。


どんなに肉が満たされようとも、それでは心の空洞を埋めることはできません。

本のどこかに書いたように、真実を知らずに生きている人間は心に空洞を抱えています。

それを埋めようと四苦八苦しているんです。

肉を基盤としていては埋められないと知らずに

必死にしているから、四苦八苦の人生となります。

人生の目標を定めそれに向かってチャレンジ、あるいは夢を追う人生、

聞こえはいいかもしれませんが、所詮四苦八苦の人生です。


あなたの心の空洞、今、どんな状態ですか。

ふつふつと湧いてくる喜び、幸せで満たされていますか。

それともまだ空洞のままですか。


心に空いた穴。

空しくて苦しくて寂しくて、底知れぬ不安、恐怖、

あるいは怒りのエネルギーが渦巻いているのではないですか。


真っ直ぐに自分と向き合う勇気、喜びに出会える人生にしていきましょう。


何かを手に入れなくても、もうすでに本来は満たされているのです。

愛に満たされているんです。

それを空洞と感じてしまっている愚かな偽物の自分が現存していることに

心で気付いていけるようなそれぞれに蘇ってまいりましょう。

 

 

 宇宙を思って瞑想をしていますか。

自分の中に母の温もりが確立しているとはっきりと感じておられる方は、

どうぞ、宇宙に思いを向けてください。


闇黒の宇宙。

まだまだ真っ暗闇に閉ざした中で苦しみ続けている闇黒の宇宙に、

帰るところがあることをしっかりと伝えてください。

もう帰ろうと心から伝えてください。


ただし、くれぐれも確認です。

自分の中に母の温もりが確立しているということを確認です。

不確実な方は、むやみやたらと宇宙に向ける瞑想をしないことです。


おそらくそういう方は、宇宙に向ける瞑想をすることに対して、

不安とか恐怖の思いを感じておられると思います。


違うんです。宇宙は喜びです。

どんなに闇黒の凄まじいエネルギーを噴き上げていても、

それは喜びの雄叫びに必ず変わっていけると確信していれば、

宇宙は喜び、その通りです。


闇黒の宇宙から喜びの宇宙にどんどん目覚めていく時期はすでに到来しています。

意識の流れの顕在化です。

形を本物とするブラックの世界は、そう遠くない時間の中で、総崩れです。

粛々と意識の流れが流れている大きな証を、

しっかりとそれぞれの心で喜んで受けていってください。


 

 

先にも語りましたが、

学びの灯は消え去ることなく、

世代を超えて引継ぎが行われていくことに期待しますが、

残念ながら、その方向は段々にずれていくという現実は確かにあります。


それでも、これから意識の顕在化がもたらす様々な現象を見て聞いて、

体験しながら、心を田池留吉の指し示す方向に向けていこう、

それしかないという声、思いは途切れることはないでしょう。


他力的にそういう声、思いが上がってくるのではなくて、

学びに触れていく新たな意識達が、

自分達の心の中から自ずと突き上がってくる声、

思いをしっかりと心で受け止めていく方向に、

それぞれがそれぞれの歩みを進めていかれるということになると思います。


自分の心で感じた波動の世界を信じ、そこから自分の歩みを進めていくという、

すべてが自分の心の中で、自分と自分の中で学んでいく難しさはあるものの、

しっかりと自己確立の道が見え始めたならば、

こんな喜びで幸せなことはないと、しみじみ思う肉の時間となるでしょう。


そうして、自分に用意した肉持つ時間を過ごし、

心を次の転生、その次の転生へと繋いでいければいいんです。


今世をあなたの転換期にという言葉をしっかりと心に刻んで、

250年後の出会いに臨んでください。

 

 

本当の意味で賢い人になりましょう。

頭がどんなに切れても、頭の回転かよくても、

世間に通用する心得があっても、そんなものはほんのつかの間のものです。

そんな儚い喜びや幸せはもういいんです。と私は思います。


一時の喜び、幸せでもいいですか。

肉はなるほど心地良いかもしれません。

色々なことに恵まれ、肉の思い通りに生きていければ、

万々歳の人生だと本心から思っておられる人が圧倒的でしょう。


しかし、私達は肉という形を持っていないから、

肉の喜びとか幸せをどんなに重ねようとも、私達の深部には届きません。


一瞬のうちに消え去っていく儚いものを追い求め、

結果、呪いや恨みや、不安、恐怖、空しさ等の底なしの真っ暗闇へ

自分を落としていった数々の転生を心にどっさりと抱えて、

今世、大切なひとつの肉を自分に用意してきたという事実を、決して軽く受けてはなりません。


今世です。

今世をあなたの転換期にしてくださいというメッセージを繰り返します。


私は、私達は帰ります

 

もうすでに250年後、300年後を射程距離に、

母なる宇宙を目指していく喜びの中にあります。


どうぞ、ご自分の歩みを確かなものに。

そして必ず、必ず、次元移行をともにしてまいりましょう。

 

 

 肉から意識へ、私達に示された課題です。

難しいけれど、そのハードルを飛び越えていくしかありません。

飛び越えていって初めて見えてくる真実の世界です。


肉を基盤として蓄えてきたエネルギー、

思いの世界を自分の中で解き放していくことにすべてがかかっています。


喜んで前向きに学んでいきましょう。

間違い続けてきたのはみんな同じです。

 

ただ、そこからどのように自分を真に正しい方向にいざなっていくかは、それぞれ次第です。

今世に懸けてきた思いの強さを心に感じていけばいくほどに、

もう後がないと心で知っていきます。


それは自分を追い詰めていくというのではなくて、

ただただ本当に恵まれた幸せ者の自分達だと心に知っていくということです。

後がない私達に用意してきたチャンスです。


だからこそ、ここで問題となるのは、学びに触れ学びを始めた今世に、

田池留吉という意識の世界に真っ向から反逆のエネルギーで立ち向かっていったという事実です。

 

その事実は決して見逃すことができない重要なことです。


たとえ、それが学びの過程だからであっても、

仕方がなかったということでうやむやにはできません。


私は部外者だとしている方達も決して少なくはないと思います。

本人が部外者だと思っているならば、当然反省は滞っています。

その辺り、お心当たりのある方は、今一度精査してください。

 

 

長く学ばれてきた学びの友の現状が耳に入ってきます。


大変厳しいです。

大変厳しい現状、それはそれぞれの責任のもとで、自分の中で受けていくしかありませんが、

私の心に上がってきている思いを、この際はっきりと申します。


学びの時間の長い人達。田池先生が命がけで伝えてくれた学びです。


真実の波動の世界を田池留吉というひとつの肉を通して学ばせていただきました。

 

もちろん田池先生も約50年のブラックの時間を持っておられました。

もちろん学びの中心部分は揺らがないものですが、

ともに学ばせていただいた時間の中では色々とありました。


つまり、第一の危機、第二の危機等の中で、

いわゆる学びの雑音部分が大きくなっていた時期があったようにお聞きしています。


中でも、第一の危機と言われるものに関与されてきた方達、

たくさんおられるようですが、

その方達の反省がまだまだおざなりになっているという現実が、

今、それぞれに形となって表れている時期です。

これもまた意識の流れの顕在化というところに起因していると思います。

とにかく、歪み、正しくないものは修正を絶対に促されます。


第一の危機に私は関係ないとそっぽ向いておられる方もあるように思います。


それぞれの問題です。

闇に心を落としたままでは、真実の波動の世界とひとつに溶け込むことは不可能です。


みんな、心して学んでいきましょう。

学びはそんなに容易いものではありません。

 

これから250年に向けて、さらに厳しい転生が用意されているということを、

どの程度心で感じておられるのか分かりませんが、

今という時、今世の学びをまずはしっかりとしてください。

 

 

自分の本当の姿を見失い愚かに生き続けてきた私達です。

どんなに苦しい中を生きてきたか。

しかし、それはみんな自分の愚かさを自らに示していただけのことでした。


それが分からずに、分かる術もなく、今の今まで転生を繰り返してきました。

地球という星を汚しに汚して、そして自分の中の宇宙もまた闇黒の中に沈めてしまいました。

そんな長い長い時間を経て、ようやく、ようやく出会いがあったのです。

 

千載一遇のチャンスの出会いです。


出会いをどんなに待ち望んできたか、

そしてその出会いをどんなに喜んでくれたか、

学びに触れた意識ならば、もうすでに自分の心で感じ味わっていることだと思います。


肉を持って学ぶという難しさをはるかに超えて、

肉を持って学ばせていただける喜び、幸せがそれぞれの心に広がっていると思います。


帰ります。帰りたいのではなく、帰るんです。

私達は帰れるんです。

 

その道筋を、どうぞ、それぞれご自分の心の中に確立してください。

そして、250年後の出会いを果たしていきましょう。

 

 

 意識の流れの顕在化。

それは形の世界を崩していくことです。

その勢いはスピードを増していきます。

そこに働くエネルギーの大きさも私達が未体験のものになっていくでしょう。


すべては気付き、促し、警告です。

 

そのエネルギーがプラスのエネルギーであること

気付いていかない限り、自分を落としていきます。

自らを落としていくんです。

 

なぜならば愛とは逆流の流れを自分の中に引き起こしていくことに気付いていないからです。


自分の中の愛。

確かに確かに存在する愛のエネルギー。

本当の自分。

 

その自分に目覚めていきなさいという本当の自分からのメッセージ

それをどのタイミングで真っ直ぐに受け取っていけるか、ただそれだけです。


肉の人生云々の問題ではありません。

本当に心が敏感であれば、

肉からの脱却をする時期がすでに到来していることを受信し、

その方向にどんどん自分を進めているはずです。


肉としてしか生きられない愚かさ、哀れさを、色々な形を通して、

これからさらにさらに私達に教えてくれます。

 

 

 それぞれに今世、学びに触れ学び始め、学びの時間を経過してきました。

その中で、何を選び何に重きを置いて

自分に残された肉を持つ時間を費やしていくかは、それぞれの問題です。


互いに肉を持って学ぶ時間と空間を共有している学びの友が

身近にいることについては、確かにいいことだと思います。


ただ、どういう状況にあろうとも、見るのは自分の心です。

 

自分の心の針の向け先の管理を怠らずに、

自分と自分の中で学びを進めてください。


すなわち、自己確立がどの程度捗っているのかということを、

いつも心に留め置いてください。


肉体を離せば、

つまり死ねば自分の世界が広がっているだけということが、

はっきりとします。


それを肉を持っている今、

自分の中ではっきりと認識できているかどうなのかを学んでいきましょう。


死は現実です。遠いお話ではありません。

いつまでもあると思うな肉の時間ということを忘れずに、

肉を持って何をしたかったのか、

何をするべきなのか

心して学んでください。

 

 

自分に用意した時間です。

こんなありがたいことはありません。

肉を用意して、自分の培ってきたエネルギーをつぶさに感じ取れる、

そしてそのエネルギーの本来帰るべきところも感じている、

こんな環境の中に自分を置いているなんて、本当に私達は幸せ者です。


何を選び取っていくかを自己選択し、

その結果を自ら受けていけばいいんです。

いたって公平で平等なことです。


正しい心の向け先も伝えていただきました。

実践するかどうか、できるかどうかの問題ではありません。


意識の流れからのメッセージは確かに受け取ったのです。

そういう学びの段階です。

「確かに伝えました。」「はい、確かに受け取りました。」

そういうやり取りがあっての今の学びです。


この道真っ直ぐに、思うは田池留吉一筋の道を淡々と歩いていくことが、

自分の中で、粛々と意識の流れを遂行していくことになります。


その確信のもと、学びの輪が成長しています。

学びの輪の中心、愛に向けて心をひとつにして、それぞれの予定を完遂してください。

 

 

何を選び何を本当に自分の中心に据えて生きていこうとしているのか、

どうぞ、肉を持って学びに触れている間に、自分にしっかりと問いかけていってください。


肉に生きる、今の目に見える形ある肉を自分だとして物事を推し量り、

右へ左へと交わして生きていく生き方、

そんな空しくて儚い生き方から、自分を取り戻していく一歩を踏み出していきましょう。


「どんな肉でもいい、どんな環境でもいい、とにかく私に肉をください。

私をこの世に出してください。そして、真実の波動の世界を学ぶチャンスをください。」


そう切望してきた自分自身の思いに触れてみてください。

そんな瞑想ができてくれば、

心の奥底からの自分の叫びにしっかりと応えていこうという思いになります。

 

自分を救い出したい、

自分のこれからをしっかりと明るい方向へ向けていこう、

そんな思いが次から次へと溢れ出てきます。


これは理屈ではありません。

頭、肉の自分には到底理解できないことです。

そして、肉はやはり愚かだから、肉の方向へ進んでいこうとします。

ですが、一度感じた心の疼き、心のもやもやは、

どうしても、どうしても、何としてもという思いに変わっていくでしょう。


温もりの中へ、喜びの世界へ自分を帰していこう、

素直にしっかりと自分に宣言して、そして、その道を一歩進めていきましょう。

 

 

肉基盤と意識基盤は全く違います。

瞑想をして感じる世界にその違いははっきりと表れます。


と言っても、意識の世界は目に見えない、形はない、色も匂いも何もない

ただそれぞれの心で感じ広げていく世界です。


だから、自分の心で感じそして感じたものを信じていく学びの姿勢が問われます。

波動の世界を信じる信の強さがどの程度のものなのかということです。

そしてその信が強く深くなってくれば、どうでしょうか、

肉のことに思い、エネルギーを傾けていく生き方、考え方は自ずと弱まっているでしょう。


二足の草鞋では絶対に意識の世界、真実の波動の世界を進んでいくことはできません。

肉はできると思っているんです。できません。

そんなに意識の転回、真実の波動の世界を学んでいくことは簡単なことではありません


肉、肉の中に生きてきた意識、私達にとって、それが現実です。


しかし、今世です。

今世を転換期にということで、意識の流れがいよいよはっきりと顕在化してくるのです。

そういうことを、瞑想の中で、自分の心に響いてくればいいと思います。

あとはそれぞれの選択です。そしてその結果はもちろんそれぞれのものです。


ふるさと、たったひとつの自分達のふるさと、愛へ帰る道をともに歩いていきませんか。

 

 

 

 宇宙を思う瞑想。

果てしなくどこまでも広がっていく意識の世界に心を向けて合わせる。

思いを馳せる、馳せられる今の幸せをどなたも心に深く感じてまいりましょう。


私達は、肉、形というちっぽけな世界の中に生きているのではありません。


そうかといって、肉を持って学ぶ時間を用意している今、

やはり肉の法則にはある程度沿って生活をするということは必要です。


最低限度、肉の掟を守り、無用なトラブルは避け、

自分に肉を用意してきた本当の意味を心からしっかりと味わい、

本当に喜び喜びの人生の時を迎えていきましょう。


もう苦しみの奥底に沈み込んでいくだけの転生は終わりにしましょう。


ふわっと浮き上がって、そして遥かなる宇宙、

温かい温もりの喜び、安らぎの宇宙

を目指してそこへ自分を帰していきましょう。


ありがとう、本当にありがとうございましたと心から自分に伝えて、

さらなる進化を果たしていくことが喜びです。

 

 

 

一番大切な、いいえたったひとつの大切な大切なことを心で感じ知り得る、

こんな幸せな転生は初めて、本当に幸せだと思います。


存在しない神、仏を追い求め、宇宙のパワーもまた然りでした。

苦しい、苦しい転生の数々。自分を落とすことしかできなかった転生の数々。

這い上がってきました。奈落の底の底から這い上がってきて、ようやく心に灯した灯りです。


心が叫びます。

心の底から奥底から叫びます。

「やっと、やっと、やっとだ。」


嬉しくてありがたくて、本当にこれは現実なんだと、

長い時間を経てここに行き当たったことを実感しています。


もちろん、本当の自分へ愛へ帰る道はようやく始まったばかりです。

しかし、ようやく巡り合えたことに何はさておいても喜びです。


ブラックのエネルギーだけを量産し垂れ流してきたことを、

しっかりと心で反省し、

それでもこうして生き直すことを待たれていると思えば、

大きな大きな励みとなります。

 

 

 自分が自分に用意した肉を持つ時間。

本当の自分が偽物の自分に用意した肉を持つ時間。

さて、あなたはどのようにその持ち時間を過ごしていますか。


偽物の自分の思いを少しでも本当の自分の思いに変えて、

自分の中の壁を取っ払い隔たりをなくし、

少しでも住み心地の良い、風通しの良い、安住の地を広げていけるような、

そんな時間となれば幸せの道、喜びの道は自ずと見えています。


壁を作り閉鎖的なじめじめとした中にいたと分かるには、

開けた明るい爽やかな空間を感じることが必要でしょう。


そんな空気、風を心に感じ始めれば、

いかに閉鎖的な重苦しい中で固まるしかなかったかを心で知り、

そんな自分にどんどん届けたくなります。


頭も五官も何も要らない。

ただ目を閉じて思う思いの方向が定まってくれば、

意識の世界が自ずと仕事をします。

 

 

 

 私の中では明確な線引きがあります。できています。

それは田池先生の肉がある間の学び、肉がなくなってからの学び。


その肉がある間に学ばせていただいた段階は、予定通り無事終了という認識でいます。

それを土台に今自分の肉がある間の学びの段階に取り組んでいます。

そして、その後、肉がない間の段階、再び肉を持って出会い、

三次元最終段階の仕上げという計画です。


今世、同時期に肉を持たせていただき、ドンピシャの学びをさせていただきました。

的に的中したという感覚です。


それを経て、あとは私の心掛けひとつです。

三次元最終のお勉強を見事クリアして、

そして、さらに意識の世界を学んでいく旅路は限りなく続いていく

そう思いを馳せれば、本当に幸せだと思います。


闇黒の宇宙に成り下がってきた意識の世界に巡ってきた千載一遇のチャンス

そのご自覚のもとに、それぞれの歩みをしっかりと前に一歩出していきましょう。


「ともに帰る、いざ行かん。」深く心に刻んでください。

 

 

心から叫んでいる自分自身をしっかりと受け止めて、

そしてもう帰りましょう

散々自分を苦しめてきました。

奈落の底で苦しみ喘いできた時間は長いです。

長い、長過ぎました。

自分は肉だとする真っ暗な中から抜け出して、

明るくて温かい安らぎの空間に自らをいざなってください。


心の叫び、それは色々な事を通し、現象という形で自分に自分が伝えます。


その時、自分の心を見るということを知らなければ、

つまり、心の針の向け先が自分の外ではなくて、

中に向けるということを実践していなければ、

今、自分に起こっている様々な事に対して、

形の中で最善の処理をするという方向にのみ行きます。


もちろん、ある程度の対策は必要でしょうけれど、

それで終わり、万全というのは違っています。


学びに触れた私達には、

現象というのは心を見る、自分を見るチャンスなんです。

肉として色々な苦痛、困難を伴う現象かもしれませんが、

それ以上に意識の世界、心は悲痛な状態だということです。


思いを向けるその向け先が全部外だったことに、まず気付きましょう。


形の修復は副として、

主は思う思いの向け先はどこなのかをしっかりと確認です。

 

 

心の体験を重ねてください。

学びの場であるセミナーは、それぞれがそれぞれの心で感じ体験して

そして、そこから自分の歩みを前に進めていくということに重点を置いています。


もうひとつの学びの場は、それぞれの日常生活の中です。

様々な出来事、人との関わりを通して、瞬時に自分の中に感じるエネルギーを確認して、

そしてそのエネルギーの質の変換をする作業を淡々としていく、それが私達の日常の時間です。


お金儲け、人助け、世間からの評価を求める、家族の形成等々、

それらは肉を持ってする本来の仕事ではありません。


はっきりとしてください。

自分の中をはっきりとさせて、学びをするのかそれとも、

肉一色のこれまでと同じ生き方をするのか、それぞれの心で選択してください。


あなたが自分の決断をするんです。

自分の人生、自分の生きる道です。


その道がどんな道なのか、とっくりとこれからの時間をかけて自分に伝えてくれるでしょう。


自分が思いの世界に生きているということを、

色々な形を通して自分に知らしめます。

それが愛のパワー、愛ゆえの自分からのメッセージです。

 

 

 欲に塗れ、金に塗れ、神、仏の世界があると信じ、宇宙のパワーを追い求め、

自分を見失ってきた結果を、これまでに嫌というほどに味わってきました。

 

誰一人例外はありません。

 

そんな自分の実態を知っていこうと勇気を振り絞って生まれてきたんです。

学びに触れているんです。そこのところ、はっきりと心で知ってください。


今世、どんなに肉塗れの中で肉一色で生きてきたとしても、

ひとたび学びに触れたその瞬間から、

心から離すことなどできなかったのではないでしょうか。

遅々として進まない学びかもしれませんが、

これしかない、この学びだと心から突き上がってくること、しきりでしょう。

 


くそ田池と叫びながら何とも言えない喜び、嬉しさ、幸せを味わってきましたよね。


心の体験、大切になさってください。

そして、田池先生とともに学ばせていただいた方は、

とんでもない大きな宝物を自分に持たせたと心から喜んでください。

その喜びの思いで、今世の肉ある限り喜んで自分を学んでいきましょう。

そして、次の転生に自分を繋いでください。


「いざ行かん」250年後の出会いから力強い発信があります。

心のど真ん中でしっかりと受け止めて、そして、そして、ともにともに帰りましょう。

 

 

肉の世界は複雑怪奇であっても、

自分の住む意識の世界、思いの世界は出来るだけシンプルにしましょう。


出来るだけシンプルには、控えめな表現です。

限りなくシンプルにを、心掛けてください。


意識の世界には選択肢などなく、ただ一点を目指して生きていくだけです。

一点以外は、全部ブラックです。


あなたの中の田池留吉の世界に心の針を向けて合わせていって、

心に広がっていく波動の世界、意識の世界を感じていれば、

肉の心、表面的な部分は揺れることはあっても、修正は容易いです。

一時揺れても、すうっとまた心の針のぶれを正していくはずです。


揺れっぱなし、ぶれっぱなしなどあり得ません。

そのトレーニングを重ねていく時間が、今世の肉を持って学ぶ時間です。


中心棒の確立、自己確立、どの程度捗っていますか。


それぞれに自ら用意してきた教材を通して、しっかりと学ばせていただきましょう。

 

 

「出会いをありがとうございます。」

目を閉じて思いを向けると、そんな思いがいつも上がってきます。


今度こそはという思いとともに喜びで生まれてきたのに、

喜びでは死ねなかった苦しい心の歴史が山積みです。


本当のことを知らずに真っ暗闇の中へ帰っていった数々の自分。


真っ暗闇の中に沈み込んでいくしかなかった転生だったけれど、

今度こそはという思いが、今世ようやく実現の方向に動き出しました。


それもこれも、千載一遇の出会いを持たせていただいたからこそです。


自分の心に感じ響き伝わってくるということがなければ

、250年後、300年後、次元移行と言われても、雲をつかむようなお話でしょう。


しかし、どんなに肉の中に生きようとしても、

肉、形の世界は悉く崩れ去っていく総崩れの時を体験していけば、

それも何度もそういう体験をすれば、

何かが違っているのではないかというところに行き当たると思います。


「意識の流れは厳然としてある。

そして粛々として仕事をしている。」


さらに目に見える形を通して証明されていきます。

 

 

みんな愛に、本当の自分に帰ることを切望しています。

気付いているかいないかだけのことです。


心で気付いた方から軌道修正を始めればいいんです。

 

自分の生きていく方向はこっちだと明確に心に響いてくれば、

ただひたすらにその方向に心の針を向けて合わせていく作業を淡々とやっていくだけです。


自ずと幸せを感じます。喜び、嬉しさ、安らぎを感じます。


もちろん、自分の中に蓄えてきた凄まじいエネルギーも感じます。


しかし、もうそれによって、

自分を苦しみの底に沈めていくことはないという確信もまた芽生えているから、

どんどんその凄まじいエネルギーを吸収していけるんです。


一点は絶対に揺らがない。

ぶれずにただ一点をしっかりと見て生きていくことが自然になってきます。


今世、肉を持って学びに繋がるという自分の計画が何を意味するのか、

どんなにすごいことなのか、自分の心で分かってきたならば、ただただ嬉しいだけです。

 

その嬉しさは何があっても揺らぐことはない、そういうものです。

 

喜んでいるのに、いたのに、

何かのきっかけでそれが崩れていく、

それは喜びが違っていたのです。

意識の世界ははっきりとしています。

 

 

学びは誰彼の境なく積極的に勧めるというものではないと私は思っています。

ましてや強制するものではありません。


肉一筋、肉一色で生きてきた意識にとって、

肉から意識へ自分の基盤を変えていくことは生易しいものではありません。


相当の覚悟と決意が必要です。そして、それは自分で決めていくことです。


濁流の世の中の流れの中で、いかに自分の本意を極めていくか、

あなたにはその自信がありますか。確信がありますか。


肉の中では人と人との繋がり、関わりがあります。

そのなかで愛しく近しいとしている人達と生きていく方向が完全に違っているということであっても、

あなたは、自分の信じた生き方を貫いていくことができますか。


肉は愛しく近しくても、生きていく方向、見ていく方向が違うということであれば、

住む世界が違っているということです。

その現実をはっきりと認識して生活をしてください。


自分に用意してきた肉を持つ時間、人生の時を大切にしていきましょう。

肉に生きる生き方は苦しみです

しかし、それはそれぞれの心で気付いていく必要があります。

心で気付いたならば、軌道修正に取り組むはずです。

どんなに自分を粗末に、みんなを粗末に扱ってきたかを知るからです。

 

 

 

自分の中の落ちた意識、自分を確認して、そして瞑想。

それが幸せだと感じられるのは、自分のこれから先を心で知っているからです。


肉に生きてきたこれまでの時間はなかったことにはできないけれど、

しかし、やり直し、生き直しができることを学ばせていただきました。


本来の自分の軌道に自分を乗せて、これからを生きていくと思えば、

どこを向いていけばいいのかと、真っ暗闇の中を苦しみ続けてきた苦しみ、

哀しみからようやく自分を解き放していける安堵感が

自分を支えていると分かるから、幸せだと思います。


思いの世界に生きていた自分だったと本当に心から分かっていけば、

その思いの世界が少しでも住み心地のいいところにしたいと思うはずです。

どうすればそうなるのかと、色々と学ばせていただいているのが今世です。


健康で長生きしても、自分の本来生きていくべき方向を知らなければ、

そしてそれに確信が持てなければ、空しい人生だとはっきりと感じます。

 

 

みんな中がドロドロのまま転生を繰り返してきました。

そんな意識が自らのドロドロをしっかりと確認しようと、

今世、肉を用意し学びに集う計画を立ててきました。

しっかりと確認しようとしつつ、同時に自らの過ちを認める口惜しさ、恐怖が、

もちろんあったから、なかなかすんなりとは心で受けていくことはできない学びでした。

肉は学ぼうとしても、中が徹底抗戦の構え、それを崩すということが難しかった。


ああ、こいつがそれを私達に促していくやつなんだ。肉はぼんくらでも中は知っていました。


私は、自分の中に蓄えてきた凄まじいブラックのエネルギーが、

肉を突き破っていくだけでは大変な状態になるということを、

中が素早く察知し、早く分かりたいとする肉の思いに、母の温もりを確立するまではと、

自らに歯止めをかけていたことを知ったとき、ありがたいと思うと同時に、

今世は本当に大切な時なんだと実感してきました。

 

そしてまた、限りがある肉を通しての学びの時間だから、

その時間内に今世は今世の予定を滞りなく終了させる計らいがあると感じてきました。

そう田池留吉の意識の世界は語ってくれていました。

肉をともにして学ばせていただいたことに感謝しかありません。


意識の流れに委ねていくだけなんだ、

肉は何ほどのものでもない、そう思います。

 

 

ともに行こうと呼び掛けています。

ともに意識の流れからのメッセージに従って

次元を超えてまいりましょうと、ただその思いでいます。


この次元を超えて、そして遥かなる宇宙を目指して、ともにともに生きていこうと、

私達は今世という時に肉を自らに用意し、

そして念願だった真実の波動の世界を学ぶチャンスに恵まれました。


田池留吉という一人の肉の人間を通し、

その波動の世界を学ばせていただいた事実を、

それぞれの心でしっかりとかみしめてください。


すごいことでした。

 

そして今、その肉がない今ですが、心に響き伝わってくる波動をしっかりと受けて、

自分達の心の向け先を合わせられるように精進してまいりましょう。


ああ、もうすぐです。

 

三次元最終の学びの時間を経て、

そしてともに生きていく喜びの流れの中に溶け込んでいきましょう。


道を大きく踏み外し自ら苦しんできたけれど、

それもみんなようやく自分のこれからの糧にできることを心で確信して、

今の肉を終えてください。

 

 

闇に沈むのは簡単、というかまだまだ闇に沈んだ状態だというのが現実でしょう。

厳しい査定で学びと取り組んでいきましょう。


肉から意識への転回の進捗度を試すチャンスがそれぞれに用意されています

まずはそういう時間がこれからの肉を持つ時間だということを確認です。


これからは肉を持って肉の人生を生きていくのではないということ、

まず今世はそこを正していきましょう。生きる目的です。

肉を持つ意味をはっきりと自覚できているかどうかです。


生きていく方向、見定めていく方向を確認、

さらに確認してください。


皆さん、それぞれに学びの仲間達とともにお勉強する時間を持っておられるようです。

その時間を有効に活用して、自分の学びを前に進めてください。

学びはここまでというものではありません。


まだまだ、まだまだに違いないけれど、必ず、必ずという思いを持ち続けてください。

諦めて投げ出せば、もうそこで自ら幕を引いていくことになります。

そんな哀しい幕引きとは今世を限りに決別してください。

 

 

本気になって学びと取り組む、つまりは自分と取り組む、

そんな思いを心に自ら感じてこなければ、学びを完遂することは難しいでしょう。


私達みんな過去より他力の道を歩いてきました。他力の道、欲の道です。


神の世界を求め仏の世界に帰依することとはどういうことなのか、

全く、全く何も分からずにきた私達でした。

真っ暗闇のドロドロの波動を垂れ流したまま、

数限りない転生の機会を持たせていただいて今世に至っています。


このことをどう思っていますか。

どういうことなのか、まだ心で分かりませんか。

心で感じることができませんか。

 

どんなに愚かな私達なのかということを

心にしっかりとはっきりと感じることからすべてが始まるのではないでしょうか。


今世、私は心酔した宗教はないと言わないでください。

肉のあなたには記憶はないかもしれませんが、

あなたの心の中、意識の世界にずっしりと重なり合わさっている

神、仏への思いを抱えて、今のその肉を自分に用意した事実は絶対に動かせません。


知っていきましょう。認めていきましょう。

そうしないと、いつまで経っても何も変わりません。

ただ心が少々敏感になっただけです。

その敏感な心で、自分を本当に救い出していくことができますか。

 

愛という本当の自分に目覚めていく道はそんなに生易しい道ではありません。


本当の自分の存在を信じず、信じられずでは、まだまだ真っ暗闇の中。

それが偽らざる自分達の現実です。

 

 

形の世界の総崩れ。

これは意識の転回に必至の出来事です。

 

形の世界が総崩れしていく、

自分達のここは絶対に離せないというものが自分達の目の前から消え去っていく、

そんな現実を目の前にして茫然自失の状態に自らを落としていく過程の中で、

もう後がない状態の中で、ふわっと心に浮き上がってくるものがある、それは一体何なのでしょう。


肉、形を本物とする中では、そういう状態になれば自ら落ちていくしかありませんが、

本当に学んでこられたかどうかの結果がそこで出てきます。


ポーンと飛び出ていく瞬間です。

そこからが意識の世界のお勉強の始まり、始まりです。


その予習を今世、私達はさせていただいています。

意識の流れに同化していくというフレーズが出てきます。

頭では分かりません。説明などできません。

ですが、そうしていくんだなあと心に感じます。

本当の自分に帰る、愛に帰るとはそういうことだと感じます。


今の私達がすることは、思うは田池留吉、田池留吉一筋に生きていく、

ゆったりと喜んで生きていく、それしかありません。

 

 

 

 何のために生まれてきたのか、やはりいつもそこに戻ってください。

そこからいつも始めてください。


本当のこと、真実の波動の世界を心で知っていくためには、

今の私達には肉が必要です。

 

肉を通して自分の蓄えてきた闇黒のエネルギー、

すなわち自分自身を知っていくという学びの段階です。


色々な出来事に遭遇します。色々な人との出会いがあります。

日々の生活を通して、

自分が生まれてきた本当の意味を心で知っていく時間。

それが自分が自分に用意した肉を持つ時間、すなわちいわゆる人生と呼ばれる時間です。


人生の目的を大きく逸脱してきた私達のこれまでの転生だったと、

あなたはどの程度、自分の心で分かっておられますか。


今世を自分の転換期にするということは、意識の転回に取りかかるということです。


学びは宗教ではないんです。

 

自分の存在意義を見極めていく、

つまり本当の自分を取り戻していくため、

私達は生まれてくることをお忘れなく。

 

 

 これまでと同じ轍を踏むことのないように、

今世の肉を持って学ぶ時間を大切になさってください。

自分のために大切になさってください。


それぞれの心の中に作ってきた闇黒の宇宙が

本来の温もりの宇宙へ変わっていけることを信じてください。

信を深めていくこと、喜びで信を深めていくこと、ただそれだけです。


「宇宙へ帰りたかった。宇宙へ帰ります。」

心の叫びをしっかりと受け止めて、肉という壁を崩してください。


全部自分が堰き止めていることを心で知っていけば、ただただ嬉しいだけです。

その堰き止めている思いを緩め弱めていけばいくほどに、

心に喜びが幸せが安らぎが広がっていきます。


宇宙をさらに思える喜びと幸せの中にあることを感じ、

どんどんその中に入っていきます。

よかった、よかった、嬉しい、嬉しい、

ただただそう響き伝わってくる思いの中で、

肉という形を持っている今にありがとうだけです。

 

この形ある私は私であって私でないんだ、

その思いを大きく育てていってください。

 

 

 もう時間はありません。

感じておられると思いますが、1年あっという間に過ぎ去っていきます。

あなたは学びに触れて何年経ちますか。

その結果、今どうですか。あなた幸せですか。

向いていく方向、大丈夫ですか。


死後の自分から、そして再び肉を持ってくる自分から、

今のあなたへ何を伝えてくれていますか。


それぞれにあと何回かの転生があると思います。

厳しい転生です。

その転生を経て、必ず250年後の再会、意識の再会を果たしてください。


安穏と暮らしていける転生ではないですが、

その心の体験は、250年後の呼び掛けにしっかりと反応してくれるでしょう。


250年前、ここ日本の国でともに学んだことを思い出し、

最終転生の残りの肉を持つ時間、

意識と意識の出会いを大いに喜んで楽しんでまいりましょう。

 

疲弊しきった心の奥底から噴き上がってくるエネルギーは、

宇宙、母なる宇宙を目指します。

喜びで喜びでただただ母なる宇宙、

自分達のふるさとへ帰れることを伝え合ってきます。

 

 

肉という狭い小さな中で自分が苦しみ続けていく愚かさに、

一日でも早く 心で気付いてください。


肉の中にいれば、どうしても目に見えて耳に聞こえるものに対して心が向きます。

だから、肉を持ちながら、五官を閉じる瞑想の時間を確保することが必要となってきます。


その瞑想の時間を充分に活用してください。

活用できる環境を整えてください。

若いときは少々身体が疲れていても、気力が落ちることは殆どありません。

自分の中の凄まじいエネルギーを受け止めていける体力、気力のあるうちに

自分の学びをしっかりとやってください。


そして、今世、肉のある間に様々な現象を体験して、

それでも学びをひたすらに真っ直ぐに進めていけるかどうか、自分の心で学んでください。


肉、形の世界は悉く崩壊してまいります。

 

崩壊し尽くしていく中で、それぞれがそれぞれの心を見て心に突き上がってくるエネルギーを、

喜び、温もり、真なる波動の世界へと返していく喜びを味わいましょう。


肉、形を見ていては、自分を見失います。

肉、形の世界を通して、

本当の自分の世界を見る、感じる、

本当の自分の中の愛へ戻っていく、

その道筋をきちんと確立してください。

 

 

 自分の切なる思いを絶対に今世こそ実現する。

固い決意のもと肉を用意してきたんです。

私もあなたも同じです。

ただその自覚があるかどうか、どの程度の自覚なのか、それはみんな違います。


自覚して、予定通り、計画通りに歩んでいると確信があれば幸いです。


全部用意してきました。

それらを活用して意識の流れの中、

次元移行を果たしていくという確たる思いを確認し、

育んでいくことを学んでいます。


宇宙。宇宙へ帰る。心からの願いでした。

この地球上に降り立った瞬間から、私達はその思いを秘めていたのでした。


それを心で感じ始めていくと、ただただ嬉しいだけです。

なぜならば、ようやくその秘めたる思いが実現の方向へ進んでいると心で知るからです。


生きていく方向が定まり、思う方向が定まり、

帰るべきところがあったことを知った、

それは喜び以外のなにものでもありません。


あなたの心が知っています。

どうぞ、正しい瞑想を始めてみてください。

純度が上がってくると、どなたの心にも響いてくることです。


アルバート、そうアルバートを呼んでいるあなたの心が、

あなた自身が心の奥底から突き上がってくるでしょう。

 

 

心ここにあらず。最近特にそんな思いが心に上がってきます。

肉のことについて、強く心惹かれるものは何もなし。

肉については、日々やるべきことを淡々と済ませていけば、もうそれで充分。


特にどこかへ行きたいわけでもなく、

何か美味しいものを食べたいわけでもなく、

購買意欲も生活必需品以外については随分弱まったという感じ。


と言ってさあこれから瞑想をしましょうと意気込んでいるわけでもなし。


瞑想をしましょうとしなくても、

ふうっと思いを馳せる術を心得ているのかなあと思う。

 

そんな中にいることがやはり心地いいから、

肉は取り立てて何もしなくても、幸せ安らぎを感じます。


逆に段取りを整えて心と身体、頭を使う日常は

何て哀しい日常なんだというふうに感じてきます。

肉100%の時は、それが心地よかったけれど、

こうして自分を学ばせていただく時間に恵まれている今は違います。


自分の本来の行き先を今、肉を持っている今、

はっきりと確認できることが何よりも幸せです。

私はともに帰ります。

元あった私のところへ、喜びで帰ります。

アルバートの波動が私の中を貫通した衝撃で目が覚めたのでした。

それが今世の結果です。

 

 

 心のふるさと、母なる宇宙へ。

すべてはその思いの表れでした。

苦しみ続けてきたけれど、ようやく、ようやく今世の肉を通して、

自分の生きていくべき方向が定まりました。


あとは、肉を持っている間は肉の中で流れていくだけです。

流されるのではなく、自分の中の流れに流れながら肉は肉の中に流れていくのです。


もちろん、自分の中の流れと肉の流れは違います。逆流を感じます。


ですが、自分の中の流れ、意識の流れに乗っている

自分自身を感じる心には、何よりも力強い思いが存在します。

ひとつだという思いです。

この流れの中にひとつに溶け合って存在していくことだけが、

喜びと幸せの道だと心に知っているから、ただひたすらに真っ直ぐです。


私達は肉ではありません。

自分の中の自分へ、愛の自分へ蘇っていくことだけが、

私達に残されたたったひとつの喜びの道です。

 

 

 嬉しい。嬉しい。思いをキーで打ち込みます。それが嬉しい。

田池留吉、アルバートとひとつの思いが嬉しい。


ただただ嬉しい。何も要らない。

こうして出会いを持たせていただいている今があることに、

ただただ嬉しさ、喜び、幸せを感じます。


瞑想をすると仲間が響き合ってきます。宇宙の仲間達です。

ともにある喜びの中へ、ひとつになって進んでいける喜びだけです。


宇宙を思う瞑想。

こうして私達はひとつだと互いに伝え合っていけるんです。

形の世界は自ずと崩れていきます。


崩れていくことにどんな思いが飛び出していくか、

そんなことには関係なく、形の世界の崩壊は続いていくでしょう。


何もない、だけどある。

ここに、ここのところに行き当たるまで、

肉という人間は、自分を肉だという思いから自分を救い出すことは不可能です。

「そこから飛び出してきなさい、あなたの住んでいるところはそこではないんですよ。」

絶えず、絶えず、そのいざない、呼び掛けは続いていきます。


「目を覚ましなさい。」

愛というエネルギーが心の奥底から揺さぶりをかけ続けます。

 

 

 出会いを喜んでください。喜んでいきましょう。

たったひとつのふるさと、自分達のたったひとつのふるさとは、愛です

母なる宇宙です。


到底頭では分かりません。ですが、どなたの心にも響き伝わってくるんです。

私達はひとつだからです。肉はバラバラ。一人、一人です。


そこからは真実の世界は何も見えてきません。

その中で、私達は散々苦しんできました。己、己を掲げて自滅してきました。

忘れましたか。どうぞ、しっかりと思い起こしてください。


そんな最低の低、ていたらくの自分達だった、自分達だ、まずそこからです。

それを心で知れば知るほどに気付いていきます。

愛に、本当の自分に引導されていることに。


それは初めからそうでした。

初めから幸せだった、何もなくとも幸せだった、それが私達だった、

そう気付くか気付けないか、その違いだけでした。


その違いは天と地ですが、ようやく、今世を境にして転換していく流れとなりました。

いざないを素直にしっかりと真っ直ぐに受け取ってください。


私達は帰ります。愛へ、母なる宇宙へ帰ります。

250年、300年かけてそのいざない、呼び掛けは怒涛の如くなされていきます。

 

 

何を求めてきたか、何を探してきたか、

そして、どの方向に心を向けていけばいいのか、

みんな自分の中に答えがあるから、

その答えを紐解いていけるように学びなさいと伝えていただきました。

 


手順は母の反省、他力の反省、学びの動機の修正というふうな感じで、

学びを進めてこられたといます。


これらは互いに相乗効果をもたらします。

 

まず母の反省、母を思う瞑想、

ゼロ歳の瞑想を通して母の温もりを

自分の中に確立していけば、

他力の反省が捗ります。

 

他力の反省が進んでいけば、

動機の修正は自ずと進んでいくし、

そうなっていけば、

さらに温もりの世界が確立していきます。

 


そして、最後の詰めは瞑想、正しい瞑想の実践です。

 


瞑想を抜きにしては何も分かりません。

瞑想とは目を閉じて思う、何を思うか、

どの方向に心の針を向けて合わせていくか、

いわゆる正しい瞑想を言います。


肉を持って正しい瞑想を励行していく難しさと喜びが同居する中で、

その比重が自分の中でどのように変わっていますかということだと思います。


正しい瞑想を通して、

宇宙を感じていく喜びを味わっていける肉を持つ時間。

そんな人生、これまでの人生に一度もありませんでした。

 

 

肉が忙し過ぎるというのは、

学んでいくあなたにとって決していい環境ではないでしょう。

 

働き盛り、子育て真っ最中という年代は仕方がないとしても、

そろそろ人生折り返しの年齢を迎える頃には、

本気になって、自分の生きていく方向を

見定めていこうという思いを自ら強くしないと、なかなかでしょう。

肉を持つ時間が長いと肉の連鎖が諸々と生じてきます。

そこから自分の学び一本に推し進めていくためには、やはり決断が要ります


ご承知の通り、自分の基盤を変えていくには、

それ相当のエネルギーが必要ですし、そんなに簡単なことではありません。


加えて体力、気力はもちろん年齢とともに低下していきます。


限られた肉を持つ時間です。

何にエネルギーと時間を割いていくかということです。

中途半端に学んでいませんか。

中途半端な学び方は自分を苦しめるだけです。


結果を出しましょう。

本当に自分が望んできた生き方を知り、

250年後に向けての足掛かり何としてでも今世

あなたの心に残してください。

 

 

綿密に計画を立てそれを実行に移すという強くて固い決意、

思いを抱えて今世生まれてきました。

その思いはいつの瞑想の時も心に響き伝わってくる私自身の思いです。


田池留吉という温もりの世界に徹底抗戦してきたけれど、

ようやくその温もりの世界から、

真実の波動を受け取れる意識の世界が自分の世界

だったことを学ばせていただきました。


徹底的に逆らって、くそ田池、死にさらせの思いを

心の奥底の底から何度も何度も吐き出したからこそ、

それを大きく包み込みただただ吸収してくれている温もりと出会えたのでした。

それが辿り着いた自分の世界だったことを知り、心から懺悔でした。


心の体験は私の宝物です。皆さんもそうだと思います。

どんなに真っ黒を垂れ流してきたか、どんなに宇宙を蹴散らしてきたか、感じて感じてください。

感じていけばいくほどに、どんなに幸せ者の自分達だったかがはっきりと分かります。


幸せです。嬉しいです。心からありがとうです。

 

母なる宇宙へ、愛へ帰りますという自分の思いをしっかりと確認してください。


確認すれば、その思いを愚かな肉に惑わされずに大切に育んでください。

 

 

肝心要の世界が自分の中で確立しているかどうなのか、

まずは自己診断をして、自己判断をして、

そこから自ら出した答えに沿って生きていってください。

自ずと取捨選択する道が定まっていくでしょう。


それでも肉に流れていく傾向があります。

学びも肉も上手くバランスを取ってという考えは根深く心に残っているのではないでしょうか。


それはあまりにも浅はかです。バランスなんて取れません。

肉は上手く渡り合っているつもりでも、

それは意識の世界を軽く軽く見ているということだと私は思っています。


どんなに間違い続けてきた歴史が深いか。

それを今世の学び始めから250年後の本番に向けて修正するという計画なのだから、

それはそれはこれからの転生に自分を繋いでいく厳しさ、険しさは際立っていると感じています。


今世は千載一遇のチャンスという表現を心に叩き込んでください。


そんなことはない、次の転生もその次の転生もチャンスだ、

そして何より250年後の本番があるではないかと思われているかもしれません。

なるほどそうかもしれません。これからの転生はあなたにとってチャンスです。

そして、どなたにも公平に250年後の本番に自分を用意しています


しかし、それもこれも、今世学びに触れた意識にとっては、

今世の学び如何によっては、

事情が違ってくるということも決して見逃せないことなのではないでしょうか。

本当にそうなのかどうなのか、それはあなたの中に聞いてみてください。

 

 

自分を学ぶために生まれてきて学びに繋がったということは、どういうことだと思いますか。

その前に、自分を学ぶために生まれてきたと明確な目的

を確認していますか。


何となく学びに触れているわけではないことを知ってください。


自分の明確な意思決定のもとに学びに繋がっていると、

はっきりと心で感じられたならば、

それを信じてその思いをしっかりと育んでいくべきです。


そうしていくことが喜びだと心は自ずと伝えてくるでしょう。


真っ暗闇の中から這い上がってきた自分に、

本当の温もりと安らぎを伝えていけるチャンスが今という時です。


心のふるさと、愛へ帰ることをどんなに切望してきたか、

母なる宇宙へ帰りたいとどんなに切望してきたか、

真っ暗闇の中でもだえ苦しんでいる自分の叫びを

しっかりと受け止められるように学びの一歩を進めてください。


ともに帰ろうといざない続けている波動の世界をしっかりと心に感じ、

広げ、ひとつに溶け合う喜びと幸せを味わっていきましょう。

 

 

 人と話します。人の話を聞いて自分も語って、色々な話題が飛び交います。

聞いているようで聞いていない自分を感じながら、言葉が流れていきます。


それは退屈な時間ではないし、どうでもいいとも思っていないけれど、

ただ何となく時間が過ぎ去っていく、そんな中に肉は漂っているんだと感じます。


そう言えば、田池先生から「目を開けながら瞑想しいや」と言ってもらったことを思い出します。

それは肉はそこにあるけれど、心は、意識はということだと思います。


いつも心を見る、中に思いを向ける、

特に自分が語った言葉に乗せる思いを確認する習慣をつける、

ということはいつも田池留吉を思っているのです。

 

その中で、肉は語らい、食し、楽しいひと時を過ごす。

あるいは自分の瞬間出すエネルギーの凄まじさを確認し、学びの奥深さを痛感する。


肉はそこにあるけれど、心ここにあらず

肉を持って学びなさいと伝えてくれていたのだと思います。


思う喜び、思える喜びを超える喜びはなしと心に伝わってきます。

 

 

遅々として進まない歩みかもしれません。

それでもいつも基本に戻って真摯に学んでいきましょう。


基本、それは私達はなぜ生まれてきたのか、

何をするために今という時があるのかということです


間違い続けて生きてきたと言われても、自分の心でそうだと分かってこなければ、

やはり自分を正当化してしまいます。肉とはそういうものです。


肉という目に見える形あるものが自分ではないと、

まだまだ自分に言い聞かせている段階ではないでしょうか。


それでもいいではないですか。

事あるごとに、そう自分に言い聞かせ、そしてふうっと目を閉じて思う日常でありましょう。


ゆめゆめ肉にのみ流されていくことなく、

立ち止まって自分の中に思いを向ける習慣の中で、

思う喜び、思える喜びの世界をしっかりと確立してください。


田池留吉と思えることが嬉しい、アルバートと呼べることが嬉しい、

ただただ嬉しい、そんな時間をできるだけたくさん持ってください。

それが豊かな実りある人生の時間です。


そうして、思いは宇宙です。

 

宇宙に思いを馳せる、異語でどんどん宇宙を語る、

そんな喜びと幸せ、温もりを心に広げてまいりましょう。

 

 

 肉というひとつの形を自分に用意してもらったから、

だから、自分の間違いに、凄まじいエネルギーを垂れ流してきて

そのまま真っ暗闇の中に沈み込んでしまった愚かな自分に出会えているんです。


ただ、哀しいかな肉を持てばそんなことはどこかに吹っ飛んでしまって、

肉という形ある自分を自分だと認識して、

そして、性懲りもなく真っ暗なエネルギーをまき散らしていく人生を生きてしまいます。


どこかでその過ちにストップをかけなければと、様々な気付きの場面を設定するけれど、

肉は偉いからそれを何とか克服しようとする方向にのみエネルギーを消費してしまい、

結果、真っ暗な真っ黒なエネルギーをまき散らし、

苦しみの上積みをしていくことは、どこまでも変わることはありませんでした。


思いの方向を変えることを、さらに自分の基盤を変えることを、

ようやく今世の肉を通して、学び始めました。


長い時間、気の遠くなるような長い時間、間違い続けてきたので、

思いの方向を変える、基盤を変えるということは至難の業ですが、

今世を境に変わっていきましょうというメッセージは確かに受け取りました。


波動として受け取ったことは決して忘れられない事実です。


方向を変える、基盤を変えるということ

どなたもきちんとやり遂げてまいりましょう。

 

 

学びに触れ学び始めた人達は殆ど、

肉の思いとしてはこの学びをやっていこうという気持ちだと思います。

だからこそ、何十年と学びから離れずにきたのではないでしょうか。


学びの難しさ、心癖の修正に辟易しながらも、やはりこれだ、

この学びだというところに結局は行き着く、そんな現実を体験されているでしょう。


自分なりに精一杯、自分を学んで今世を閉じていこうという思いは、

殆どどなたにも共感していただけると思っています。


それぞれ自分に用意してきた環境の中で、自分に問いかけ、問いかけ、

母なる宇宙へ、愛へ帰る道を一歩前に踏み出していこうとする

自分自身の思いに向き合っていきましょう。


目を開け生活の流れの中では肉に埋没している現実は否定できませんが、

それでもどんなに忙しくても、瞬間、瞬間ふっと田池留吉を、アルバートを思えるんです。

それを心掛けて実践して、

そして、一日のうち時間は短くても静かにゆったりとして思う習慣をつけることです。


何のために生まれてきたのか、

そこにいつも戻って自分の歩みの軌跡を振り返り、母の温もりの中に戻っていく、

喜びの自分の世界と出会っていく喜びと幸せを今世、確立してください。

 

 

あなたの人生です。自分に用意した肉、環境、時間です。

何のために、そしてどのように使っていくかはあなた次第です。


これまでの転生で、私達はこんな人生生きたくなかったと叫んできたと思います。

ようやく、そうしたのは全部自分の吐き出したものが結実したものだったと、

心で気付き始めている今世なのではないでしょうか。


どう生きたかったのか、何を求めてきたのか、素直に真っ直ぐに自分に聞いて、

何を間違えてきたのかをはっきりと知って、

ただ欲のままに生きてきたこれまでの自分だったと分かっていくことから始めてみましょう。


欲のままに生きてきたというのは、肉基盤では少々納得できないところもあるでしょう。

決して欲だけではなかったと言いたいところですが、

肉基盤ということは、そういうことなんです。


基盤が違えば全く違う世界です。

肉を持って学ぶ難しさがそこにあります。


基盤を変えていく難しさを何度も体験しながら、

しかしこの道、この道だという思いもまた同時に感じておられると思います。


それが本当の自分からのメッセージだと信じて、

自分に用意した肉、環境、時間の中で

自分を転回していくことに取り組んでいきましょう。

 

 

 セミナーに参加できる自分を喜んでいってください。

また、今はセミナーに参加できなくても、

学びに触れたということですから、それをまず喜んでいってください。

 

全部自分の予定してきたことです。

 

それらは心の底から自分のふるさとへ帰りたい、

帰ろうとする思いの表れであると確信を持ってください。


肉でどんなに頑張り、その結果を出したところで、

本当のことが分からずではどうしようもありません。

本当にどうしようもないんです。

肉の世界は影の世界に過ぎないからです。


真っ暗な中からようやくの思いで這い上がってきた思いを、

いつの瞑想のときも思い起こして、自分に呼び掛け呼び掛け、

本当の自分との出会いを果たしていきましょう。


今世の時間はかけがえのない時間です。

自分の中の他力のエネルギーに埋没することなく、

ただひたすら愛へ帰る道を突き進んでいきましょう。


心で分かる学び、心でしか分からない学びです。

体力、気力の続く限り、喜んで喜んで学んでいきましょう。

 

 

 日々、瞑想です。

正しい瞑想の純度を上げて、楽しんで喜んで今という時を生きましょう。


心の針の向け先をいつも確認。

 

肉を持てば、見て聞いて瞬間心から飛び出すエネルギーを学べます。

すごいことではないですか。

肉を持たなければ、そして、

心を見る、心の向け先を知っていなくては、

そんな幸運に巡り合えません。


100%正しいとは言えないけれど、私はそんなに悪い人間ではない、

みんなそう思って生きています。

そんな中で、目を疑うような信じられない極悪非道な行為で

人を傷つける事件などが起こってくると、

当然自分達の住む世界とは違う異様な人間が起こしたものだと決め込んでいきます。


そうではないんです。

みんな自分の心の底の底の奥底の真っ黒なエネルギーに気付いていないだけなんです。


ある日突然起きる、考えられないことが起きる、そうではありません。

それらの狂ったエネルギーは、条件、環境さえ整ってくれば、いつでも飛び出してきます。


それをどのように自分達の中で受け止めていけるのか

それらが自分達の作ってきた他力の世界の出来事だと、

しっかりと受け止めて認めていくことがなければ、ただ自滅の道を行くだけです。


目を覆いたくなるような、耳を塞ぎたくなるような現象が目の前に展開していきます。

心の向け先を知らなければ、

そこから自分を救い出すことは到底不可能、

そんな時をこれから迎えていきます。


私達は、まだまだ他人事としてとらえ、悠長に構えていると思います。

 

 

 肉のことは色々と思い悩むこともあり、選択肢も多々あります。

しかし、意識の世界、本当の意識の世界にはそんなもの一切ありません


ただ一点。向け先、選び先はただ一点です。


何はさておいても、

自分のこれから生きる方向が正しい方向にしっかりと定まっているのかどうなのか

それを今世の肉がある間に確認すべきでしょう。


それは決して生半可な思いでは遂行できません。

今世、自分に肉を用意してきた思いに触れていけば分かります。

どんなに強い決意で今世の時を望んできたのか

正しい瞑想を重ねていけばはっきりと心に響いてきます。


その思いだけが自分を支えているんです。

心の底から絞り出すような切なる思いをしっかりと叶えていこう、

そのためにどうすればいいのか、自分の前途は明るいかと、

本当の自分との約束を違えることなく、今という時を生きていきましょう。


私達は肉の世界に生きているのではなく、

思いの世界に生きているのだということに着目です。

 

 

 明確な目的を持ち、日々の生活を淡々とこなしていける、

幸せな人生ではないでしょうか。

明確な目的、それは言わずと知れたことです。


その目的に沿って、目的を一点に据えて、自分を思う、

すなわち宇宙を思う瞑想、愛を思う瞑想を繰り返し、繰り返しやっていきましょう。


台風が来ます。地震が起きます。

無差別的な殺人事件が多発します。

信号待ち、道路横断中に車という凶器が突っ込んできます。

生まれてきた本当の意味を知らずに

我欲に任せて薬物中毒で自らの身体も心も蝕んでいきます。


災害等の天変地異はもちろんですが、

様々なところから私達自らに自らがそういう形で警笛を鳴らし続けます。

決して他人事ではありません。

無視をしても、いつの日にか、それらの警笛と向き合わざるを得ないでしょう。


大変な時を経ていきます。

自分達の心に作り続けてきた肉、

形の世界を本物とする他力のエネルギーの徹底的な崩壊が現象化していきます。

 

愛のなせる業です。

本物の愛のエネルギーの到来があるからです。


形が崩壊していくことを喜べない心を、

しっかりとそれぞれ真正面から向き合っていくようになっています。


喜びで超えていったとき、そこに広がっていく波動の世界をさらに学んでいけるのでしょう。

 

 

「はい」、「いいえ」をはっきりと明確に。

とくに学びについては自分の思をはっきりと打ち出してください。

よく耳にします。私なんか・・・。そう思う自分の心を見ればいいんです。


どんなに自分に冷たいか、肉を前面に出し聳え立ちの自分をしっかりと確認して、

そして、そこから本来の自分の進むべき道、生きていく方向を自分の中で見極めていかなければ、

どこまでもいつまでも他力のエネルギーの中から自分を解き放つことはできません。

絶対にできません。

ということは、本当の喜びも幸せも程遠いところで苦しみが続いていくということになるでしょう。


肉で、肉としてどんなに喜びと幸せを感じても、

自分が肉というところからの喜びと幸せは偽物なんです。

今、目に見えている形ある一人の人間だけが自分ではないと心で分からなければ、

どんなに頭を誇ったところで無知な状態です。


そういうことも私達は分からずに、たったひとつの肉のためにどれだけの思いを使ってきたか、

自分の首を自分で絞めて殺してきた冷酷な自分になってしまっていた、

心から心から自分に詫びていくべきです。

そして、そんなどうしようもない愚かな自分から、本来の温かい喜びの自分へと、

しっかりと生き直していく道を選んでまいりましょう。


大変です。厳しいです。険しいです。しかし、その道しかありません。

 

 

世の中の流れとは全く違う流れを自分の中に確立して、

そしてその自分の中の流れ、すなわち意識の流れに沿って

過去未来とともに存在していける喜びと幸せを感じてください。


どこを向いていけばいいのか、どちらの方向へ進んでいけばいいのか、

何が本当のことなのか分からずに、

本当に長い長い間、苦しみの中に沈みもがき喘いできました。


当たり前のことですが、肉を持っている以上心は揺れます。

しかし、その軌道修正をどうすればいいのか、

喜んで楽しんでありがとうと伝えながら、

自分の中に戻っていける術を知れば、

もうあとはそれを淡々と繰り返して、

日々の生活を送っていけばいいということです。

 


間違ってきたけれど、狂ってきたけれど、

ようやく自分の帰る道筋を心に知った今世の肉にありがとうしかありません。


宇宙をどんどん心に呼び寄せ、

そしてともに帰れる喜びを味わっていく時間を用意しています。


250年後の来世の私とともに過去の私が歩みをともにできる、

こんな嬉しい巡り合わせはありません。

今世の出会いを本当にありがとうございます。

 

 

 思うは田池留吉です。

思うは田池留吉一筋で生きていく喜びを心に広げていますか。

しっかりとした足取りで自分の人生を歩んでください。


何が本当なのか、何を知りたかったのか、

心の叫びをしっかりと聞いていきましょう。


三次元最終時期に心を向けてみてくださいとお伝えしました。


もう意識の世界はそういう段階です。

 

いつまでも肉の中に留まっていては、せっかくの今世の自分の計画が頓挫してしまいます。


焦る必要は一切ありませんが、また焦ったところでどうしようもありませんが、

今世学びに触れた自分を真剣に思ってください。

今世学びに触れた自分の思いと本気になって真正面から向き合っていくことが待たれています。


真に心の強い人でないと

学びを遂行していくことはできません。

 

欲で学んでも仕方がないことです。

思うは田池留吉、ただこれ一点。

自分の心で確認です。

 

 

 あなたの心を決めてください。

この道を本当に歩いていくのかどうなのか、中途半端な思いは通用しません。


本当にともに学ぶ仲間がたとえ10人でも私はいいんです。

300人いれば御の字です。

こうして今肉を持ち、心を向けていこうと心底から思える仲間が300人いれば上等です。


300人であって300人でないことは明白です。

ひとつの肉の背景にどれだけの宇宙達が連なっているか、

宇宙を思う瞑想を重ねていけば、それはもうそれぞれの心に響いてくるはずです。


この地球上での数限りない転生があって、ようやく、ようやく巡ってきたという感覚でいます。


意識の流れがさらに顕在化していくこれからを経て、

私達は私達のふるさと、母なる宇宙へ帰ります。

ようやく巡ってきたこの時にしっかりと心で応えてまいりましょう。


母なる宇宙。どんなにどんなに帰りたかったか。

心から噴き上がってくる思いにしっかりと応えてまいりましょう。

 

 

三次元最終時期に合わせて、

意識の世界の準備が着々と進んでいることを感じますか。

瞑想の中で、そちらのほうに心を向けてみてください。


三次元最終時期、もう喜びしかありません。

待って待って待ち望んできた宇宙へ帰れるという現実が心に広がっていくとき、

何とも言えない喜びが感じられます。


肉ではない自分を知っていくことは、

自らの存在意義をすべて崩すということになるけれど、

崩れていってこそ見えてくる世界があります。


三次元に留まる思いを一気に崩していく出来事を経て

文字通り心ひとつで生きていく喜びと幸せを確かなものにしましょう。


そのために、こうして今世私達は田池留吉という意識の世界、

波動の世界を学ばせていただく機会を自らに用意しました。


自ら切望してきたことです。

肉から意識への転回を滞りなく進めて、

本来の自分達の軌道にしっかりと乗ってまいりましょう。


ともに、ともに行こう。私とあなたはひとつ。

 

 

どこまでも果てしなく広がっていく意識の世界、

その中に生き続けてきたとはっきりと心で知れば、

もうあとはその世界に心の針を向けていればそれでよかったんです。


その方向が全く分からなかったこれまでの転生の数々でした。

 

思えば通じる本当の喜びと幸せ、安心感を心に育て、

広げていくことが喜びと幸せの道でした。


250年後の再会を経て、意識の流れの中にあることをしっかりと感じ、

そして遂行して、さらなる意識の中核へ進んでいくように計画されています。


肉から意識への転回を速やかにして、その速度を増して、

ずっとずっと広がっていく意識の世界へ歩んでいく喜び、幸せを、

今世の肉を通して学び始めたということ、これは本当にすごいとしか言えません。


すべては自分達の望んできたことでありました。

母なる宇宙へ、私達のふるさと、愛、母なる宇宙へ帰ろうと固い固い決意をしてきた私達の思いを、

それぞれの中で必ず現実のものとしてください。

 

 

 心ひとつで生きていく

肉、形の世界を本物としてきた私達にはとてもとても難しいことです。

本来の自分の姿を見失ってきた過ちを、これからそれぞれが受けていかなければなりません。


形を修復することにのみ心を傾けるのではなく、

もっと根本的な部分に自分自身が触れていくことが必要です。

 

心の揺さぶりは心の叫びです。

 

何を訴えているのか、何を聞いてほしいのか、

自分の心の中に思いをしっかりと向けて、

そして、ああ本当に間違ってきたんだと心から自分に詫びていける

あなたに生まれ変わってまいりましょう。


肉、形を本物とする意識は自分を見捨てています。

自分を見捨ててどこへ行こうとしているのか、瞑想を繰り返し実践して心に聞いてください。


自分の舵を切っていくのは、あなたの中の愛です。

 

その愛である自分を見失ったままでは、船は進みません。

進まないどころか、そのまま沈没して朽ち果てていくしかありません。


朽ち果てて消えてなくなるのではないんです。

朽ち果てた状態がずっと続いていく、苦しみの奥底で苦しみが続いていく、形を変えて。


それをしっかりと心で知るために、今世様々なルートから学びに繋がりました。

 

 

 

それぞれに自分に用意した肉、

肉を持つ時間、環境があります。

それをどのように何を目的として活用していくか、

それはすなわちそれぞれの生き方に直結していきます。


今持っている肉のために、どの程度時間とエネルギーを注いでいくか、

それは価値基準の問題ですが、その割合によって、全く生き方に違いが出てきます。


それはそれぞれが選んでいく生き方であり、何を選び取っていくかは基本的には自由です。

ただ、その自由が果たして自分にとって本当に自由なのかということは、

それぞれのこれからにおいて必ず結果を出してきます。


自分が出す結果です。その結果は自分で受けていかなければなりません。


しっかりと受けていったならば、そこからまた新たな道が見えてきます。


正しいものを自分が選び取っていくまで苦しみは続きますが、

本当の自分はいつまでも待っています。

自分の中の愛はすごい、本当の自分はすごいということです。

 

 

思う喜び、思える喜びを味わっていますか。

思いの向け先はこちらですよと学習の機会をいただいています。

それが今世の私達です。


生きていれば楽しいことも嬉しいことも、反対の悲しいことや、辛いこと、その他色々とあります。

その中で、心を見て自分の生き方が間違ってきたと心で気付いていこうということなんですが、

自分の心で気付くということが何とも難しいものなんです。


いいえ、本当は薄々感じているんですが、

感じていてもなかなかそれをしっかりと認めて

受け入れていくことが難しいということではないでしょうか。


学びに触れても、やはり私達は肉で誤魔化す、肉で紛わすことをしてしまいます。

なかなか芯の部分に行き着かずに、そのずっと手前で、

歩みが留まっている人達がまだまだ多いです。


それでもそれぞれの肉がある間、可能な限り自分を学ぶことに徹していきましょう。

こうして同時期に肉を持って学ばせていただく機会に恵まれたのです。

素直になって、心を開いて喜んで自分を知っていきましょう。

 

 

 

 

 帰っていこう、母なる宇宙へ。


「帰りたい、帰りたい、だけど帰るところが分からない、

どうしてこんなに苦しい、どうしてこんなに悲しい、どうしてこんなに寂しい、

心に渦巻く思いにずっとずっと蓋をして、心の奥に奥に閉じ込めてしまいました。

出てくるなと押し込んでも、出して出してと叫び続けています。

耳を塞ぎ、心を閉じ、苦しさも悲しさも寂しさも、

悔しさ、怒りもみんなみんな自分だと思えませんでした。

確かに色々な思いは自分の中から出てくるのに、それそのものが、

それ自体が自分自身だとはなかなか受け止めていくことはできませんでした。

ましてや、自分が間違った生き方をしてきたなんて思いもしないことでした。」


大体この通りだと思います。

殆どの方は当たらずとも遠からずのこのような思いの中で、

学びをしてこられたのではないかと思います。


学んでいくうちに、ようやく何を自分は間違えてきたのか、

心に見え始めてきたというところでしょうか。


それでもこれから起こりくる様々な現象の中で、

しっかりと自分を見失わずに心の舵を切っていくことは生易しいことではありません。

 

学び始めた私達です。これからが正念場です。

今世はまだ学びの仲間がいたりしていいけれど、

これからの転生、どうぞ覚悟を決めて臨んでください。

今世の学びをしっかりと根付かせ、必ず250年後の再会を果たしてください。

意識での出会いです。

 

 

 みんな色々な事情を抱えています。様々な環境を設定しています。

しかし、今世学びに触れたあなた、

どうぞ、自分を大切にそしてともに歩める仲間がいることを喜んでください。


学びをやっていこう、お母さんを思い、田池留吉を思い、アルバートを思い、

250年後に思いを馳せていこう、心にしっかりとその思いを確立して、

そして、自分の人生をやり直してまいりましょう。


何のために生まれてきたのかというところに、いつもいつも戻って、

しっかりと自分の流してきた思いの世界を確認してください。


自分の本当の姿を見失ったままでは、決して幸せな人生ではないんです。

偽物の自分しか知らなければ、本当に哀しいではないですか。


どんなに世間的に評価を得て、結果金と物に溢れた中に生きても、心は叫んでいます。

帰りたい、帰るところが分からない、苦しい、悲しい、寂しいと悲痛な声を上げている、

思いを発していることを感じていける優しい、優しいご自分に変わってまいりましょう。

 

 

 一日少なくとも一回、パソコンの前に座って、

UTAの輪の中でともに学ぼうのホームページを開く、スマホ等でもいい、

とにかく一日一回は、必ずこのホームページにアクセスしてください。

その習慣をつけてください。そして瞑想です。

目を閉じて思いを向ける時間を生活の中で確保してください。

特別なことではありません。当たり前のことです。


自分を学ぶためにこの世に形を持ってきたんです。

どうしても、何としても、本当のことが、本当の自分と出会いたかったから、

自分に肉を用意したんです。そして、念願通り学びに繋がっています。


自分の中で、これらのことを明確にして、生きていく道を確定しましょう。


今世を転換期に。そして250年後に自分を繋ぐ。


明確な意思の元に、限りある肉の時間を使ってまいりましょう。

 

 

自分に用意してきた今世。

もちろん、今世だけではなくこれまでの数限りない転生もまた全く同じです。

ただ、今世は、自分に用意したひとつの肉を通して

初めて真実の波動の世界を学ぶ計画の中にありました。


それぞれに日々の瞑想の中で、それはすでに確認済みのことだと思います。


心の針を自分の中に向ける時間を絶えず持つ生活を実践してください。


生きる目的が分からずに、周りの状況に翻弄され自分を見失い、

そして周りをその中に巻き込む人達で溢れています。


世の中にはそういう人が溢れているんです。

自分はまともに生きているとそれぞれに思っておられるかもしれませんが、

それはあまりにも現実を知らない哀しいことだと思います。


本当の自分を捨て去り忘れ去り、

地獄の奥底の底のずっと奥底で苦しみ喘いでいる現実もまた忘れ去り、

肉を持っているひと時を本当に無駄に過ごしている、

いいえ、相も変わらずに闇を垂れ流し、真っ暗闇を広げて、

その中に自らを落としていっているということを知らずに気付かずに、

また今世も閉じていくのでしょう。


そんな中で、心を見ることを知った私達です。

微々たる歩みかもしれませんが、

自分のこれから生きていく方向をしっかりと確認できる今があることは何よりの幸せです。

 

 

 ともに歩める喜びを心に感じ広げ、

本当の自分との約束をしっかりと果たしていけるような今世としてください。


今世のこの時間があって、今のこのひとつの肉を持って、

そして自分の周りの人達を含む様々な環境の中で、今、どんな思いでいますか。


ある人は、何もかも捨てて、そこから抜け出していきたい、

切り捨てていきたいとする思いが渦巻いているかもしれません。


ある人は、肉としては居心地がよくて、楽なだけに、なかなかそのぬるま湯から出て、

自分の中を一本に絞っていく踏ん切りがつかないと思っているかもしれません。


どちらにしても、そのままの状態であれば、苦しい人生に違いありません。


田池留吉一本に心の針を向けて合わせて生きていく人生以外は、

どんな人生も苦しみの真っ暗闇の人生でしかありません。


そこのところ、きちんとはっきりと自分の中で線引きができなければ、

所詮は、他力信仰の延長線上にまだまだある自分だとご自覚ください。


何のために生まれてきたのか。

 

いつもどんな時も自分に繰り返し問いかけてください。

繰り返し問いかけても、肉に流れていく、肉の中に埋もれていく、

まだまだそんな私達だという現実を確認しましょう。

 

 

 私達は生きています。

波動としてエネルギーとして生き続けています。


そのことを心で本当に知っていくには、どうしても目に見える形の世界の崩壊が必要です。

それは何も災害等の天変地異ということだけではありません。


あなたには自分が手を離せない何か、思いを切り離せない何かがありませんか。


それは、あなたにとっては本当に大切なもの、単なる物ではなくて、

あなたの生きていく術、支えとなるもの、価値基準、考え等々です。


形の世界の崩壊とは、これまで良しとしてきたそれらのものが、

一切通用しないことを、自分の心で知っていくということでもあります。


いわゆる意識の転回です。

 

肉基盤では、何をどのように感じようとも、意識基盤の世界とは違います。


総崩れ、何もない、何も持てない、何も持たない、

だけど、私は今ここにこうしてあるということをどう思っていけばいいのか、

とにかく、そんな場面、状況がそれぞれのこれからの転生の中に用意されています。


離すということ、転回するということを速やかにすることなしには、

暗闇の真っ暗闇の中から自ら抜け出すことはできないということです。

 

 

段々と段々と、少しずつ少しずつ、シンプルな生き方へ


物にしろ、思いにしろ、あれもこれも、あれもこれも繋ぎ止めておきたい、

抱え込み、囲い込み、そんな生き方をしてきたと思います。


手を離す、思いを離すことをしてこなかった。

切り捨ててきたのは、自分に不都合なことだけ。


肉に生きるとはそういうことでした。

心ひとつで生きていける確かな世界など知る由もありませんでした。

目の前に展開する世界に心を向け、心を奪われ、

その結果疲れ果てて、自らを捨てていったのでした。

それでも形ある世界は実感があるから、

肉を持てばその繰り返しを性懲りもなくやってしまいました。


性懲りもなく同じ過ちをし続けてしまった過去と同じではダメなんです。


何としてでも帰りたい、帰ろう、帰りますの心の叫びに応えていけるあなたであってください。

いいえ、今世のあなたは本気になれば、応えていけるんです。

だから、どうぞ、自分の心の叫びをしっかりと受け止めてください。

受け止めていけるようにすべてを計画して学びに繋がりました。


学びを軽んじることなく、自分を軽んじることなく、

愛へ、たったひとつの心のふるさと愛へ帰っていく道を歩んでください。

 

 

今年も種水判定が昨日の橿原セミナーから始まりました。


この種水判定には色々と皆さん思いがあるようです。

みんな程度の差こそあれ、巫女当時の思いを引きずっているから、

それはそれで仕方がないかと思います。

ただ、苦しい思いの中で判定を受けるのはすっきりとしないし、辛いでしょう。

また、判定をされるということ自体に疑問をお持ちの方もおられると思います。


私は、種水判定というものを次のように思っています。


反転力を数値化するのが種水判定なので、その時自分に出された評価は受けます。

そして、自分の想定よりも下の評価が出れば、それから私は、

反転、そしてオーリングの一連の作業をしっかりとトレーニングします。


皆さんは、反転、そしてオーリングを日常化しておられますか

それを確認してください。

そして、自分の反転力を数値化されたとき、自分の心に瞬間出る思いを確認しましたか。


種水判定は自分を学ぶ時間です。

瞬間思う、瞬間合わせる、念じるのではなく思うんです。

楽しい時間だと思いますが、どうですか。


色々と思いがある人は、オーリングをする人、

それを開く人のペアを組んで、反転、そしてオーリングのトレーニングを重ねて、

きちんと私達にも判定ができます、いかがなものでしょうかと申し出てください。

判定者にも刺激があっていいかと思います。

広く仲良くしっかりと学びたいものです。

 

 

意識の転回。繰り返します。

すべてはそこに係っています。

肉基盤では、どんなに言葉を連ねようとも、真実の世界は分かりません。


確かに学びをしていけば心に響いてくる体験を重ねることになります。

 

ただ、その体験を本当に活かしていくには、

同時に意識の転回、肉から意識へ自分の基盤を変えていく必要があります。


変えていく必要があるといっても、では実際どうすればいいのか、

どうなっていくことが必要なのかということになってきます。


そこで基本に戻ってください。学びの基本は何でしょうか。


正しい瞑想ができるということです。

正しい瞑想ができていくのには、何をしなければならないのか、

こうして、いつも学びの原点に立ち返ることです。


なかなかこれはできません。

瞑想さえしていればそれでいいのではありません。

もちろん瞑想をすることは絶対に必要なことです。

そして、それによって結果を出すことが必要なんです。


ああ心に響いてきた、感じてきた、私は田池留吉、アルバートとともに生きていると、

自己評価のもとに学びを進める以外にありませんが、

それはきちんと自己責任が伴ってくるということをお忘れなく。

自分の放った言葉、特に学びについては、言いっぱなしではいけません。

 

 

 

自分に用意した学びの環境を最大限に活用して、

喜んで喜んで自分を次の転生に繋いでいきましょう。


一足飛びにはいきません。まずは今世です。

今世の今という時間です。ここにすべてが集約されています。

今世、学びに触れた意識にとってはまさにその通りです。

どんな思いで自分に肉という形を用意したか、そしてどんな思いで学びに繋がったか、

どうぞ、どなたも自分の心で感じ知っていってください。

今世、田池留吉の肉と出会い、学びと出会いながら、学びをしない、

つまりいつまでも他力の看板を背負っているとは、どういうことなのでしょうか。

 

ましてや、学びを捨てていく、学びから離れていくことは大罪です。

とんでもないことです。


ただ、それぞれの肉は愚かだし、肉の中に埋もれてしまっている状態だから、

そういうことをそんなに大変なことだとは思えないんです。


全部、今のたったひとつの肉を最優先、最重視しているだけの

愚かな自分だということに気付くべきです。


今の肉だけがあなたではありません。

もちろん、いつの時代の肉であっても、

その肉だけが自分ではなかったということを、はっきりと知るべきです。

愛に背いてきた心のままでは地獄の奥底から抜け出ることは不可能です。

これは紛れもない事実ですが、どこまで心で感じておられるか、それが問題です。

 

 

 

 学びの動機を確認すること、

そして学びの動機はみんなが間違っていますから、その修正を速やかに進めること

これは学びの成果を出すうえで大変大切なことです。


学びに対して熱心というのは形ではありません。


他力、すなわち欲の思いで学びをしても、殆ど効果は出てこないでしょう。


学びに触れた喜びは何となく感じているかもしれませんが、

それはやはり表面上のことでしょう。

根本的に間違いを正さなければ、

殆ど何も変わりはないという現実をしっかりと認識する必要があります。


そういう意味で、学びは難しいということだと思います。


いかに純粋にひたむきに学びと向き合えるか、

つまりは自分と、愚かな狂い続けてきた自分と向き合えるかということに尽きます。


何度も何度も次から次へと出てきます。愚かな自分が出てきます。


それを本当に心からありがとうと受け止めていける自分は幸せだと思えるのは、

その作業を自分の中で淡々と進めていくことにより、味わえるものです。

実践です。自分の中で実践です。

学びの動機の修正の度合い、そして母の温もりを感じている度合いが左右します。

 

 

同じことを言ったりしたりしても、それぞれの心の世界は違います。

もっと端的に言えば、その人が本当に自分の基盤を、

生き方の方向を変えていこうと心から思っているのかどうなのか、

他力の心のまま学びに繋がっているだけなのかどうなのか、ということです。


形を見れば、セミナー参加、現象参加、同じかもしれません。

ただし、今語ったように、その人が、自分の中をどれだけ正しい方向に

解き放していこうとしているか、あるいは旧態依然のままで、

惰性でセミナー参加、現象参加をしているのか、

それは、これからの250年、300年の間にきちんと結果を出してきます。

全部自分が選び取っていった結果です。

誰に何に原因があるわけではありません。


厳しいんです。意識の世界は正確なんです。

素直なんです。

肉の世界、そして、偽物の意識の世界とは次元が違います。

優しさ、温もり、喜びは単なる優しさ、温もり、喜びではありません。


愛へ帰るということは、大変なことです。

裏切り続けてきた意識にとって、

相当な決意、思いで向き合っていかなければならないことです。

お遊びではありません。

なれ合い、じゃれ合い、心を見ないままでは、愛へ帰る道を歩いていくことなどできません。


 

 

 本気で真剣に自分の人生を思ってください。

何のために生まれてきたのか、そこにいつも戻ってください。


生きるということを間違えてきました。

いい人生だったと死んでいった転生もあったでしょう。


しかし、自分の本当の姿を見失ったままでは、いい人生などあり得ませんでした。

ということを死後の自分から学んでください。


どんなにお金があっても、どんなに頭が良くても、どんなに家柄が良くても、

どんなに頑強な肉体を持っていても、自分を見失ったままでは、

真っ暗闇の中から抜け出すことはできなかったんです。


神に祈りを捧げても忠誠を誓っても、真っ暗闇の中から抜け出すことができなかったと、

たくさんの死んだ自分が伝えてきていると思います。


肉という形を自分に用意して、本当に何をしたかったのか、

何を知りたかったのか、自分に問いかけを続けてください。


形を本物だとしてきた心、思いの世界を崩していくことは、

決して容易いことではありません。


しかし、本気になってこの学びで伝えていただいたことと向き合っていきましょう。

残された時間は300年。転生は数回。

しかもこれまでにない厳しい転生です。

今世、本気で学んでください。

 

 

 学びに触れるということは、偶然でもなく何となくでもなく、

自分の計画してきたことです。

環境、事情色々とあってその中で学びを推し進めていくのは容易いことではありませんが、

自分の計画してきたことだということを知ってください。


今世はこれまでの転生とは訳が違うという自覚のもとで、

はっきりとした生きる方向性を確認していきましょう。


今世を転換期に。

これまでの暗くて真っ暗な苦しい転生を、

何とか今世を境にして変えていこうとそれぞれがそれぞれに計画してきたことは確かです。


ただ、このことは自分の心で感じてそして知っていく必要があります。


いいえ、このことだけではなくて、学びについてはどれもこれも、

それぞれの心で感じ知っていくことが必要です。


心が知っているから、自分の中に響き伝わってくるんです。

それを肉で拒否し否定し打ち消してしまうのか、

それとも、ああそうだったんだ、やっぱりそうだったんだと

思いを向けていくかということでしょう。


同時期に学ばせていただいていることを嬉しく思い、

互いに声を掛け合い、思いを同じ方向に向けていきましょう。

そういう仲間があなたの周りにいれば、

それはそれは幸せなことではないでしょうか。


仲間です。上も下もありません。

 

 

 

 学びを生活の中心に置いていこうとしたとき、

NPO法人UTAの輪から配布されているカレンダーをきちんと活用してください。


そこにはセミナーの予定が記入されています。

受付開始日、受付終了日をきちんと確認して、

参加する予定のセミナーの入金日もまたそこに各自記入する習慣をつけてください。


入金したつもりでいて遠いところからセミナー会場にやってきて、

その時あなたの名前がありませんと言われて初めて、

自分のうっかりミスに気づかされるといったことがあるように聞いています。


たとえばこのように、誰しも思い込み、うっかり、ぼんやりはあると思いますが、

ある程度の自助努力でその回数は減らせるのではないでしょうか。


年だから、色々とあって忙しかったから、それも分かりますが、

自分の側からすればそうでも、やはり各自注意確認することが必要だと思います。


肉を持って肉の中で学んでいるのだから、

守るべきところはきちんと守ってそして確認を怠らず、

お互いにできるだけ気持ちよく関わっていきましょう。

下らないことでスタッフの手を煩わせずに、

学びに集中できるセミナー参加でありたいものです。

 

 

 

 セミナー会場で、あるいはインターネットを活用し、

ともに学ぶ環境にあることを喜んでいます。

特にセミナー会場に出向きともに瞑想をする顔ぶれがほぼ定着していることは、

いいことだと思います。


私は、学びの中心核、そこから波及する輪が安定した状態で、

今世の学びを終了できればそれで上出来だと思っています。


本番の250年後に向けてその予習段階である今世の学びの時間を、大切になさってください。


今世、心に伝えていただいた波動の世界を、

本番に見事大輪の花を咲かせることができるように、

真っ直ぐに思うことをやっていきましょう。


学びは自分の心で感じていくということですから、

自分の中にたとえば250年後ということが具体的に響いてこなければ、

次元移行など荒唐無稽のお話としてしか受け取れないと思います。


しかし、感じる方にはそうではありません。

たとえばアルバートと思いを向ければ、自然に中が反応します。

出会いたかった、本当に出会いたかった、

そんな思いが心の底から噴き上がってくる体験を重ねていくでしょう。


説明などできません。

ですが、噴き上がってくる思いは確かにあるんですから、

そういうことを瞑想の中で繰り返し体験して、

そして、肉の自分と意識の自分の違いをはっきりと知って、

本物を選び取っていくという学びの時間になっていくと思います。


そこで確認です。今世の転生は違うんです。

その違いはすでにそれぞれの中で明確になっていますか。

自己評価して、そこからそれぞれに学びを進めてください。

 

 

ともに学んでいこうという空気、雰囲気があなたの身近にあれば、

それを互いに進化させていってください。

ともに学んでいこうと

心から喜んで呼び掛け合ってください。


もちろん、自分の中にというのは言うまでもないことですが、

こうして今互いに肉を持ち、自分を学ぶというチャンスを用意しているんだから、

本来の生きる意味、道筋を確認し合いながら、

そして合言葉通り、250年後の再会を果たし、ともに次元を超えてください。


こんなチャンスはこれから250年の間にそうそうあるものではありません。

 

互いに自分を繋いでいく、繋いでいけるように、

互いから心を、自分の発してきたエネルギーを見させていただきましょう。


実際に田池先生とともに学んでこられた方は幸せ者です。

確かに、そこには時間の長短、肉との関わり合いの違いはありますが、文句なしに幸せ者です。

そして、残念ながら、先生とともに学べなかった方もおられると思いますが、

今、学びに触れているということは確かなことですから、

学びの友とともにしっかりと歩んでいく方向に、自分の生きていく舵を切ってください。


250年後が本番です。

本番に心を向けていけるように自分を学んでいきましょう。

 

 

学びは自分の心で学んでいく、

自分の心でしか分からない、これはその通りです。

 

だから、瞑想なんです。

 

単なる瞑想ではなくて正しい瞑想をそれぞれが学び取っていかなければなりません。


それとともに、心で感じたものをはっきりと表現する

ことも大切なことだと思います。

はっきりと表現するということだから、言葉で語るということになります。


立派なことを、優等生の思いを語るのではなくて、

自分のその時感じたものを一言でもいいからはっきりと言えるようにしましょう。


だらだらと語るのではなく、一言でいいんです。


よかった、嬉しかった、ありがとう、幸せでした、あるいは苦しかった、

どうしていいか分からない、怖い、不安だ、くそばかりが出る、色々とあると思います。


絶対評価のもとで、自分を学ぶ時間を自ら用意しているんだから、

それを最大限活用して、本当の自分との出会いを果たし、

さらなる意識の世界へ進んでいくべきです。


肉、形の世界を本物だとしてきた数々の転生の歴史。

もうそこから自分を軽やかに解き放していく時がきています。


意識の流れの流れとともに生き続けていける自分達でありましょう。

 

 

 何を選び取っていくか、それはそれぞれの課題です。


平時では、田池留吉、アルバート、この道だと思っていても、

さてそれが本物かどうかは、これからの時間、転生で見極めるということになります。


心の闇、くそを吐き出して吐き出して、

それでも次から次へと出てくるくそのエネルギーに尻尾を巻いて退散するのか、

それとも、真っ直ぐに勇気を持って淡々と優しく受け止めていくのか、

それは本当にそれぞれが選び取っていくことです。


道はすでに示されています。

正しい道しるべはどなたの心の中にもあります。

気付くか気付かないか、気付けるか気付けないか、

本当に学んできたのか学んでいるのか、

その真価が問われていくこれからだと思います。


何が自分の基盤になってきたか、なっているか、

これからそれぞれに幾度かの呼び掛けを自分にします。


本当の自分に帰りたい、帰っていこう、帰っていきますの思いが、

自らに呼び掛けを起こしていきます。


なぜだか分かりますか。分かりますよね。


そこを信じて信じて自分の切なる思いを現実のものにしていきましょう。

 

 

 田池留吉と思えることが幸せです。

頼るとか何とかという思いではなく、

ただ田池留吉と思える、呼べる

今世ほど幸せな転生はありません。


初めて、生まれてきてよかったと思えるんです。

肉を用意してきた自分にありがとうが真っ直ぐに言えるんです。


こんな幸せな転生はないです。

環境その他色々とあり心がまだまだ揺れると思いますが、

それでもそれでも学びに触れた私達は幸せ者です。


この喜びと幸せを、

必ずそれぞれ自分の次の転生に繋いでいってください。


そして、250年後に必ず再会を果たしましょう。


もうその思いだけで、これからの学びを進めていきましょう。

みんながみんな間違ってきた、狂い続けてきたんです。

今もなお、肉を本物とする思いの狭間にいるでしょう。


しかし、それも意識の流れが顕在化するこれからの時を経て、

大きく変わっていかなければなりません。いいえ、いくようになっています。


肉を本物とする思いをいかに転回していくか、正念場です。

 

 

 

2019年も後半の6か月を切りました。

時間が飛ぶように過ぎ去っていく中で、

日々淡々とご自分の学びを進めておられると思います。


今の目に見える自分だけが自分ではないと、

どなたも心ではっきりと知っていけるように、日々学んでください。


何のために今という時があるのか、

いつもいつも絶えずそこに戻って、

本当に生きていくとはどういうことなのか、

日々の生活の中で思いを馳せる時間を確保していきましょう。


ということは、

瞑想をする時間をしっかりと確保

してくださいということになります。


日々の生活で楽しみや喜びを味わいながらも、

ただそれだけでは何とも味気ない空虚な人生だということは、

もう学びに触れている方ならばどなたも、自分の心で納得されているでしょう。


本当の喜び人生を歩いていく、広げていく、今世はそれが可能だとお伝えしています。

 

尤もそれはそれぞれ次第ですが、心の向け先ひとつで、

自分の過去も未来も変わっていける不思議とありがたさを、

どうぞ、今世のその肉を通して学んでいくようになさってください。


そして、合言葉、250年後の出会いを果たすを味わってください。

 

 

UTAブックさん主催の「死ぬまで瞑想会」、第一回目無事終了ということです。

どうぞ、参加資格のある方、これからも自分の学びとして、この機会をご活用ください。

どんな企画もご自分の学びの歩みを進めるということを

基本にしていけばいいのではないでしょうか。


ということで、今ふうっと心に上がってきた思いは、

セミナー参加される方達の中で、50代、60代の方達とともに瞑想をする時間を、

セミナーの中で持つ機会を増やそうかなあということです。


もちろん、50歳未満の方達も視野に入れてというのは変わらない思いです。


学びをするのに年齢は関係がありませんが、

しかし、体力、気力のまだあるうちにということも見逃せません。


そういう意味で、50代、60代、そろそろ身体的にも衰えが見え始める時期に差し掛かります。


セミナーで、そういう機会があれば積極的にご参加ください。

 

 

 自分に決めてきた愛へ帰る道をしっかりと歩いていくこと、

いつもそのことを心に留め置いて肉の時間を流していけばいいと思っています。


学びをして、自分の価値基準を変えていかない限り、どうしようもないことを実感してきました。

価値基準を変える、つまり自分の基盤を変えるということです。


そこをしっかりと遂行していかないと話にならないということでしょう。


肉、形を本物としてきた大バカ者の自分をしっかりと確認して、

そんな大バカ者の自分だから何度もチャンスを用意してきたことも、しっかりと確認して、

そのうえで、今、こうして学べる千載一遇のチャンス

自分に用意しているありがたさを感じてください。


心の針を外に向けて生き続けてきたことを心で知っていきましょう。


自分の外に喜びを温もりを真実を探し続けてきたという自覚をしっかりとして、

自分の人生を生き直していく覚悟で、これからの転生を迎えてください。


今世学んだことを心で繋ぎ、

必ず250年後の意識の出会いを果たしていこうの思いで、

どなたも今世を終えてください。


一人ひとりの問題です。

 

 

学びに触れる時期はそれぞれ違います。

殆どは、20年、30年と長く学んでおられますが、そうでない人もいます。

大事なのは、それぞれ学び始めてから、

どれだけ学びの基本に沿って学んできたか、学んでいるかでしょう。


学びの中心部分をしっかりと伝えるという仕事を終えたから、

田池留吉の意識の世界は、一旦肉という形を消しました。


肉を持ってする仕事の終了とともに、今世の肉を捨て、

あとは250年後を待つのみということです。


今世初めて伝えてくれた真の波動の世界に

しっかりと呼応していく喜びと幸せを学ばせていただいた事実があります。


「私達の本当の姿は目に見えません。

波動、エネルギーとして永遠に存在しています。

肉、形を本物とする思いから、

意識、波動を本物とする思いに

180度転回していってください。

すなわち意識の転回を速やかに遂行して、

本当の人生を生きてください。」


意識の流れからのメッセージは確実に現象化してまいります。


天変地異という形で、肉、形の世界が総崩れしていく中で、

何を思っていけるか、何に心の針を向けて合わせていけるか、

一人ひとりの課題となってきます。

250年後の本番に向けて動く 意識の世界を感じてください。

 

 

 体力、気力のある間に学んでください。

学ぼうとする肉の思いはあっても、ある程度の体力、気力がなければ、

その肉の思いを叶えることはできません。

哀しいことですが、如何せん肉を持っている以上、それはどうしようもないことです。

肉を持って学ぶという条件だから、

肉の状態をできる限り学びに適う状態にしていくのも大きなポイントです。


年齢を重ねていくことは避けることができないし、

加齢がもたらす様々な肉的変化を受けながら学んでいくということになってきます。


だから、できればまだまだ体力、気力の充分にある時期に、

自分の学びの道を確立する、つまり自己確立を目指してください。


私自身の経験からそうお伝えしたいと思います。

自己確立さえきちんと出来ているとするならば、

あとは、ぼちぼちまさに自分のペースで学びの歩みを進めていけるのです。


もちろん、日々の生活の中では色々とあるでしょうが、

基本的にはそれは些細なことでしかないと、中から伝えてきます。

そして、本来自分が切望してきたことを淡々と遂行していく喜びと幸せを、

日々の瞑想の中で感じていける喜びを伝えてきます。

 

 

 物質的に何不自由のない生活であっても、

心が不自由であれば決して幸せであるとは言えないでしょう。


では、心が不自由であるとはどういう状態をいうのでしょうか。


不自由、自由でない。

ただ単に自由でないというのではなく、

自分の心の世界、意識の世界は本当に自由なんだろうかと振り返ってみてください。


本来、私達は自由に羽ばたく意識の世界にあったのに、

自ら狭いちっぽけな中に押し込めていったのはなぜなんでしょうか。


自らを押し込めていったという思いはないかもしれません。

そして、その世界が狭いちっぽけな世界とは分かっていなかったかもしれません。

今も分かっていないかもしれません。


しかし、肉、形を本物とする思いの世界は、狭いちっぽけな暗い真っ暗な世界です。

たとえ、物に溢れ人の優しさ、温もりを受けても、肉、形を本物とする思いの世界にいては、

本当のことは何ひとつ分からない、知らない状態だということだから、

本当の幸せ、喜びの人生にはなり得ません。

大事なことは、そのことに、いつ心で気付けるかということだと思います。


何事も自分の心で気付くということが大切です。

頭で知るのではなくて、心で気付いていきましょう。

気付いていけるように学びましょう。

 

 

どなたもこれより、

自分の250年に至る転生に思いを向けて瞑想をする時間を持ってください。


死んだ自分から伝わってくる思いとともに、

これから肉をいただく自分の思いにもしっかりと触れてみてください。


繰り返し、そういう瞑想をしていくと、

今、今肉を持っている今という時がどんなに自分にとって大切な時であり、

かけがえのない時なのか分かってきます。


これまでの転生と同じ価値基準で今世の転生を終えていくことはあってはならないと、

あなたの心にその思いが響いてきますか。


ゆったりと心を向けていく中に、その凛とした思いを感じていきましょう。


あってはならないと心を縛るのではなくて、

真っ直ぐに本当の自分の思いを通していく強さに目覚めていきましょう。


学びに触れたことをどう思っていますか。

本当にすごいことなんだと心で分かっていますか。


死ぬまで瞑想、いいじゃないですか。

今世の肉を通して、しっかりと自分を学んでまいりましょう。

そして、死んでからも瞑想ならなおさらいいですけれど、これは甚だ難しいです。

 

 

自分自身を含む身の回りで

起こってくる現象に不必要なものはありません。

現象だから肉的には不都合なことでしょう。

不都合なことかもしれないけれど、そして、不都合なことだから

ありがとうと受け止めるにはなかなかですが、

そこは肉の心を広げていくことをしなければなりません。


そうしたとき、ある時思えるんです。

これがあったからこうなって、ああなって、結果的にはよかったんだと。


もっと具体的に例を出して言えば分かりやすいと思いますが、私はそう思っています。


ただ、肉の心を広げていくこと、これは難しいですね。

 

意識の世界は本当にすごいから、

ぱっと思えばそれで通じていくんです。

 

ですが、肉はそう簡単にはいきません。

その辺り、私も自分自身の学びとして課題を残しています。

もう少し、愚かな肉を携えて愚かな肉のことを学ぶ予定です。


250年後の来世の私は歯がゆく感じているでしょう。

何やってるの、そう思いながらも、私を全力で応援してくれています。

なぜならば、今の肉を離して、肉のない状態で自分を学んでから

最終の肉を自分に用意するという一連の流れを意識の私はすでに知っているからです。


その流れをすでに知っている意識が、肉という形を持つ、

それが250年後の来世の私です。


その来世の私からのメッセージ。


「今の肉の環境は、恵まれ過ぎている。何をごちゃごちゃやってるの。

さっさと受けていけば何の問題もないじゃない。」と軽くあしらわれています。

その通りです。皆さんも今世の環境の比ではないですよ。

これからの転生の状況は。

だから精一杯今世学んでまいりましょう。

そして今世の結果を必ず250年後に繋いでいくという心意気でいてください。

 

 

 

自分の世界に生きている、自分の思いの世界に生きているということを、

どなたも心で知ってください。確認してください。


その世界がどんな世界なのか、自らに肉という形を用意して自らに見させています。

周りの出来事、人、それによって自分の世界に上がってくる思いを、

つまり自分をしっかりとはっきりと知っていくこと、

それが肉という形を持っている、つまり生まれてきた訳です。

 

このことをはっきりと知るべきです。

肉という意味を取り違えてきたことを、心ではっきりと知って、

本当の人生の時を刻んでいきましょう。


肉体というものは年とともに疲弊していきます。

もちろん、それ以外にも肉体細胞を傷つけて肉体細胞が疲弊、

死滅していく出来事が起こってくる場合があります。

 

今の世の中、健康的に命を長らえさせることが幸せ人生というふうになっていますが、

それは違っています。違うとはっきりと言えますか。


学びに触れた人達は、自分の本質、本当の自分の姿を知らずでは、

到底幸せ人生にはなってこないことを知っています。

 

そして、本当の幸せ喜び人生を歩いていくためには、今何をすべきなのかを知っています。

それだけでももう幸せなことです。

 

だから、その本当にするべきことを、肉を持っている今真摯に淡々とやっていくことです。


その結果、ふと気が付けば本当に幸せな自分がここにあることを、心が教えてくれます。

心を見て、正しい瞑想が継続できる私達でありましょう。

 

 

 

 ともに歩む、自分の中とともに歩む、

そして肉体細胞の思いを感じながら、ともに歩む

簡単なようで難しいことかもしれません。


みんな自分で決めていくこと、行く先の舵を切っていくのは自分だということ、

つまりは全部自分次第だということです。


手を引いてこっちですよと形で示されたならば、話は簡単ですが、

何もかもあなた次第だ、自己選択、自己責任だというのは、縛りもなく強制もなく自由ですが、

他力の中にどっぷりでは、何とも冷たく突き放された感覚があるのではないでしょうか。


そう思う心をそれぞれに見ていけばいいけれど、見ないようにする、

見えなくしているというのも他力の中に落ち込んでしまっている証です。


それほど他力の思いにとらわれている状態だということなんですが、

その認識が甘いのではないでしょうか。


自分勝手にしておいて、その結果はあなたのものだというところは抜きにしている、

私も悪かったけれど、あなたもそしてこれも悪いんじゃないかと責任を転嫁する心癖が、

あなたの心に残っていませんか。


他力のエネルギーのしぶとさを確認しましょう。

 

 

 

 学びの本番は250年後です。

今世はその予習段階です。

とは言え、今世の学びがいかに大切であるか、それぞれの心でお分かりだと思います。


今世をいい加減にして、250年後に飛べません。

今世の学びの結果を受けて、これからの転生が展開されていきます。


誰が決めたわけでもなく、みんな自分で計画してきたことだということを、

どうぞ、日々の瞑想を通して確認してください。


自分が出したものは自分に返ってきて、そして、そのことにより、心を見て、瞑想をして、

さらに自分の生きていく方向、選び取っていくものを決定していくだけのことです。


今世、私達は初めて真なる学びに触れさせていただきました。

今世を境にして180度自分を変えていきましょうというメッセージのもと、

自分の本来生きていく方向、本来選び取っていくものを確認、確認しているのが、

田池先生没後のセミナーの学びの時間です。


それぞれの心で受け止めていくしかありません。

心で受け止めた波動の世界を信じてそして育んでいく、

私もあなたもともにやり続けてまいりましょう。

そして、それぞれ肉を置いていく時期が来れば、

250年後の再会を必ず果たしていこうの合言葉で、肉はお別れしていけばいいんです。


肉が無くなったからと言って、存在が無くなったことではないということについて、

心の理解を深めていきましょう。

 

 

 心も身体も余裕を持って学びと向き合ってください。

気張らなくていいんです。リラックスして、伸び伸びと瞑想を続けてください


瞑想を習慣づけるのは大事なことですが、

しなければならないと構えることはよくありません。

 

学びは修行ではありません。楽しく学んでください。


もちろん、楽しく学ぶとはいい加減な思いで、軽い思いで学ぶということではありません。


素直に真っ直ぐに自分のエネルギーを感じていく、

つまり自分に自分が辟易するのではなくて、自分を楽しんでいきましょう。


こんな凄まじいエネルギーを瞬時に噴き出してしまうんだから、

幸せになんかなれるはずはない、

喜びなど温もりなど分かるはずもない、

自分で心から納得できることを喜んでください。


そして、それでも自分の底の底の奥底には喜びと温もりのエネルギーがあることを

信じなさいと伝えてくれている本当の自分に対して最敬礼です。


そうやって、自分と自分の中で楽しんでください。


ふるさとの歌を口ずさみながら、涙してください。

帰ろう、帰ろうの大合唱に心で応えていきましょう。

 

 

色々な形で、学びの友が積極的にともに学んでいこうと動き出される最近を嬉しく思います。

私は我関せずというところがありますので、積極的には情報収集はしていませんが、

何かの折にそういう動きを感じさせていただいて、何かいいなあと思っています。


それぞれの動きには水先案内人がいるでしょうが、あくまでも水先案内人に徹してください。


ともに学んでいこうという思い、姿勢は絶対に忘れてはいけないでしょう。


みんな間違ってきたのです。みんな狂い続けてきたのです。

正しく生きてきた人など存在しません。


みんな真っ黒だけを宇宙に垂れ流してきたということ、

そして、その回収はそれぞれがやっていく必要があるということ、

そこをぶれずにともに学んでいきましょう。


誰が上、誰が下、そうではなくて、愛へ愛へ帰れる道があることを知って、

その道を自分の足で歩いていく喜びと幸せを、

どなたも心に感じ広げていけるような、

そんな今世の学びの結果にしていこうと呼び掛けます。

 

 

 

 大切なこと、一番大切なことを大切にしてください。

決死の覚悟で生まれてきたことをどなたもお忘れなく。


自分で計画してきたことを、

心を見ることにより、

正しい瞑想をすることにより、

自分で分かっていくことが肝心でしょう。


肉塗れの中ではそれは困難です。

学びが難しいというのは、肉があるからです。

肉があるから、肉と一体化している思いがあるからです。


それを剥がし取っていくことができるかどうかです。上塗りは簡単です。

磨いて磨いて艶を出して、形を整えて、そうすること、そうできることが幸せ、喜びの道、

生きている証だとしてきたんですから、剥がし取っていくことはどれだけ難しく、

エネルギー必要とするかは実感されていると思います。


肉の道を極めるのではなく、肉の道を消していくのです。

消し去ろうとしても消せないけれど、

自分の中から薄く薄くしていくように、

心を見ていきましょう。


何も持たない、何も持てない、ただ思いの世界があるだけ


この事実を肉ある今、心で確認してください。

 

 

今世、学びに触れた方達は、これから250年、300年の間に何度かの転生があります。

必ず肉という形を持ちます。


生れたくない思いを遥かに超えて、肉をくださいと今まで以上に切望してきます。


その思いが、今回のライブ配信の来世、肉を持つ思いに触れる瞑想から感じ取れましたか。


どなたもボロボロの心の状態の中で、

三次元最終の時を迎える計画を立てていることを心で知ってください。


私は、先にホームページに載せた通り、

アルバート殺してやる、アルバート愛していますの凄まじいエネルギーを噴射します。


そして全宇宙とともに次元移行を達成していく意識の流れの中にある喜びをしっかりと確認して、

さらに愛に向かって意識の世界を進んでいきます。

 

それを私は、田池先生の肉がある間に、その意識の世界を学び確認しています。

心で受け取ったから、あとは愚かな肉の思いをしっかりと見て、

自分の計画が頓挫しないように、思いを向けていくだけです。


身体には少々不具合がありますが、

心で受け止めたものを遂行していくことには支障がございません。

 

 

私もあなたもともに学びます。

田池先生の肉を通して、真実の波動の世界を学ばせていただいた私達に残されていることは、

道しるべが指し示した方向を真っ直ぐに見ていくことです。

その方向だけを見ていくことです。


もうやるしかありません。

きちんと心に残してくれた確かな足跡を、しっかりと歩いていきましょう。


「待っています。必ず出会ってください。」


どなたの心にもそう響いてくるはずです。

ただただ待ってくれている思いに、それぞれの心でしっかりと応えていってください。


思えば響く波動の世界を心に感じ、本当の喜びと温もりの道を進んでいきましょう。

 

そして、250年後の意識と意識の出会いを果たし、

心の奥底からアルバート殺してやる、

アルバート愛していますのエネルギーを噴き上げてまいりましょう。


ただただ嬉しい。その舞台設定はすでに整っています。

三次元最終のお勉強です。喜んで喜んで受けていこう。

 

 

これからさらに、想定内、想定外の出来事が起こってくる中で、

心は揺れてももう自分を見失うことなく、道を間違えることなく、

真っ直ぐに前を見て生きていきましょう。


信じる信が問われるこれからです。

何を選び取っていくかでしょう。


田池留吉を選び取ってください。

次元移行を伝える意識の流れに心を委ねてください。

 

肉は何ほどのものでもありません。

肉でできることなど微々たるものです。

 

意識の世界にある自分というものをしっかりと心に感じ、

必ず自分の中で次元移行を果たしてまいりましょう。


心の針の向け先を絶えず確認、管理して

どんなに間違い続けてきても、

帰ってきなさいという呼び掛け、いざないがなされてきたことを、

心から心から知っていただきたいと思います。


帰るところはひとつです。もう帰らねばなりません。

帰りましょう。ひとつになって帰ってまいりましょう。

 

 

 

もう迷うことはないと思います。

心は揺れるかもしれませんが、その揺れが大揺れのまま自分を見失うことはないと思います。


揺れがどこからきているのか、この揺れをどうすればいいのか、

その対処の方法はどこにあるのか、

その問いかけに対する答えは、それぞれの心で出てくるでしょう。

あとはその出てきた回答に対して、どの程度の角度で向き合うことができるかだけです。


どの程度の角度、真正面からしっかりと向き合えるか、

その角度が段々に大きくなって、

結局は自分の心の針の向け先

とんでもない方向に向いていくのか、そういうことでしょう。


それを左右していくのは、それぞれの心の中に巣くう他力のエネルギーの程度であり、

それと並行して感じている母の温もりの厚み、深さ、広さの程度

だと言えると思います。


心の針の向け先の正しい方向を知って、

その方向に針を向けて合わせていく以外に、

本当の自分の生きる道が見えることはありません。


互いに肉は愚かですが、

本当の自分の生きる方向がしっかりと定まっていくように、

学んでまいりましょう。

 

 

半端な思いで学びをしていませんか。

真っ直ぐに学びと向き合えているあなたでしょうか。

そして、今、あなたはあなたの環境その他を通して、

学びに触れている今を心から喜んでいますか。


あなたは特別ではありません

真っ黒だから、どうしようもない状態だから、今世、学びに触れているんです。

 

先日の琵琶湖セミナーの最終日に、

セミナー資料から読ませていただいた中に、

決死の覚悟という文言がありました。

 

決死の覚悟で、自分を救いあげていこうとして、

今世の肉、環境を用意して、学びの時間と空間を自分に用意しました。

 

それは今語った状態だからです。

今世を逃しては難しいということを、今一度、どなたも心に留め置いて、

それぞれの責任のもと、生きていく道を選択してください。


決死の覚悟をしてきた自分は、

あれとこれを平行に進めていくことなどできないということを知っているんです。

心は知っています。中は知っています。知らないのは肉のあなただけです。

 

肉のあなたは色々と言い訳、尤もらしい理由を並べ、正当化します。

しかし、中から決死の覚悟という思いが伝わってきているならば、

それに忠実に肉は沿っていく方向に取捨選択が必要です。


肉の仕事は中の思いを、切なる思いを最大限活かしていくことにあります。


肉を活かすために肉があるのではありません。

 

 

 

 田池留吉の意識の世界が肉を持ち、その肉を通して、

田池留吉の意識の世界をつぶさに学ばせていただいた、感じさせていただいた、

この事実の重みをあなたの心にしっかりと感じて、

そして本来歩んでいく方向に、自分の心の針を向けて合わせてください。


しっかりと向けて合わせてください。欲は一切通用しません。

真摯な思い、ただひたすら真っ直ぐに、

喜んで喜んで真っ黒に作り上げてきた自分の宇宙の崩壊をしてまいりましょう。


崩しても崩してもまだまだです。ですが、その方向に明るい兆しは感じられるはずです。


もう決して狂うことない、不安も恐怖も闘いも何もない、

ただそこに広がっていく安らぎ、温もりを感じ、

その中に生き続けてきた自分達でしたと、

はっきりと知っていくことが、たったひとつの自分を救い上げる道です。


帰ろう、帰りましょう。私達のふるさとへ。

愛、心のふるさとです。

待ってくれています。本当の自分が待ってくれています。

 

 

心、定まっていますか。

生きていく中で色々なことが起こってきますが、その中で一喜一憂せずに、

しっかりと自分の生きていく方向を確認しながら、歩みを着実な歩みを前に進めてください。


見て聞いて心が揺れる状況は、肉を持てばみんなに平等に公平に配分されています。

お分かりのように、そこから肉塗れの自分をどうしていくかが問題です。


形の上での解決策は、模索すればそれなりにあると思いますが、

肉塗れの自分から自分を解き放していく術は、そう簡単なものではありません。


今世、学ばせていただいた私達です。

このチャンスを無駄にすることなく、

自分が本当に生きたかった道を勇気を持って喜んで進んでいきましょう。


自分が一番望んできたことは何だったのか、

静かにゆったりとそして真摯に自分に問いかけていける時間と空間を用意してください。


雑事に自分を紛らわすことなく、しっかりと自分と向き合うことをしてください。

 

 

 

 これからさらに心を揺さぶる大変な時間を用意していますが、

どうぞ、自分の中に確立している信を、その大変な時間を活かして大きく成長させていきましょう。


地獄の奥底に逆戻りするのではなく、

明るい温もりの世界へ自らの一歩を踏み出していきましょう、

踏み出していってください。


どんなにしても出会えなかった、分からなかった本当のこと


心から心から待ち望んできたことが、今それぞれの手が届くところに見えています。

心の目でその事実をしっかりととらえ、

ともに愛へ本当の自分へ帰る道を真っ直ぐに、

ひたすら真っ直ぐに進んでいきましょう。


愛、愛を思えば宇宙。宇宙は愛でした。

私達の宇宙は愛でした。


喜びと温もりに満ち満ちていたあの宇宙へ帰りたいという心から叫ぶ思いに、

それぞれがそれぞれの心でしっかりと応えていくべきです。


私達は応えていけます。

私達の中にある喜びと温もりのエネルギー

しっかりと確認できるこれからなんです。


形の世界の総崩れで、自らを見失うことなく、

喜んで喜んでありがとうと心で受けていける私達に蘇ってまいりましょう。

 

 

 

 何をするために生まれてきたのか

これまでの転生と今世との違いを自分の中で、

はっきりとくっきりと線引きをすることが大切です。


今世を自分の転換期にするということは、ある決断をして、

それを実行しなければならないということになりませんか。


決断、そして実行です。

世の中の流れ、価値基準などどうでもいいんです。


形の上では、ある程度世の中に縛られることがあっても、

それによってこれまでと同じように自分の心を売る、ないがしろにしてはならないんです。


不器用な生き方でもいい、損得勘定など抜きにして、

自分と自分の愚かさと真向かいになって

生きていく生き方を真摯に選び取っていくことが大事です。

それはけれど、本当のことは何か、何をするためにここにあるのかが、

自分の心で分かってこなければできないことです。


肉は金と欲に走る傾向にあります。

欲の垂れ流しをしてきたにもかかわらず、

まだまだそのことに心から気付けていない私達なのではないでしょうか。

 

 

今世は、学びに触れている私達にとっては、大変大切なかけがえのない転生です。

これは確かなことです。

学びに触れたことは、決して偶然でも何となくでもなく、自分自身で強く望んできたことであり、

決死の覚悟という表現も使いましたが、全部自分で計画してきたことでした。


それにもかかわらず、途中で学びから離れるということを選択する人達も確かにいます。


それらは全部、今の肉の都合です。

肉を優先して、そして自分の中の切なる思いにまた蓋をしてしまう心癖から

自分を解き放つことができない哀しい状態を引きずっていると言ってもいいと思います。


けれど、私は基本は
去る者追わずと思っています。

その基本姿勢で、全部自己選択、自己責任だと思っています。


ただ、呼び掛け、いざないはどんな時も絶えずなされている

ということだけはどなたも知っていただきたいと思っています。


そのことに気が付かない、無視する、軽く受け流す、本当に肉は愚かだと思います。

互いに愚かな肉ですけれど、もう意識の流れは着実に動き出しています。

だから、ともに同じ方向を向いて、ともに歩いていきましょう、

喜びと幸せを共有できる喜びを味わっていきましょうと、

宇宙の仲間達とともに、次元移行という意識の流れをしっかりと果たしていこうと、

私はただただそう思うだけです。

 

 

 

 決死の覚悟、決して大げさではないと思います。

決死の覚悟で今世生まれてきた、肉をいただいた、用意した、

正しい瞑想の純度が上がってくると、それがどういうことなのか、はっきりと心で分かります。


何をおいても今世なんです。

学びに触れた方達は今世を逃せば、

次元移行という意識の流れに乗っていくことは難しいというのが実際のところだと思います。


それが決死の覚悟ということだと思います。

自分がいかに愚かであり、他力のエネルギーに自らをがんじがらめにしてきた愚劣さに、

本当に心で気付き知っていきたいと思ったのです。

 

そして、自分を苦しみの奥底から救っていこうという決死の覚悟で、

学びに繋がるという計画を立てました。


どうでしょうか。あなたの心に問いかけて、自分から返ってくる思いはどんな思いでしょうか。


もしこの通りならば、では今、
あなたの学びの進捗度はどうでしょうか。

自分の予定してきたことをクリアしていますか。

クリアしていると答えが出たら、それはそれでいい、

自己評価のもと、しっかりと自分の歩みを進めていってください。


そうでなければ、
しっかりと厳しくそして優しく

自分のこれからを見定めていくような生き方の軌道修正をしてください。

 

 

 繰り返しになります。

大事なことだから、そしてここを違えば、ここが心で分からなければ、

生きていく方向が全く違ってくることは明らかだからです。


それは、なぜ自分は生まれてきたのかということが、

本当に心で感じ分かっているかということです。

頭ではなくて心でです。

 

今世の時間がどんな時間なのか、自分にとってどんな時間なのか、

しっかりと心で分かっていますかといつも自分に問いかけてください。


他力の中に、欲の中に塗れてきた意識の世界です。

その自覚はどの程度ありますか。


面白おかしく適当に生きていくのは容易いことだけど、

学びに触れ心に感じ始めた今世は、

これまでとは少々いいえ、随分事情が違っているはずです。

自分との約束を違えて生きていくと心が疼きます。ざわつきます。


そうじゃないでしょう、

違っているねと伝えてくる本当の自分からのメッセージを聞く耳、心を育成しつつあるからです。


形ある中に自分を置いて、この形の世界から本当に学ぶべきことがあると心で知り得たならば、

目を閉じるだけでいいんです。

目を閉じて思いを向けていく時間の中で、

何とも言いようのない喜びと幸せが心に広がっていきます。


何も要らない。

正しい思いの向け先が分かれば、それでよかったんです。


心の針の向け先をいつもチェックするようにしてください。


次回ライブ配信予定日は、5月30日(木)、午後2時です。

 

 

単純に、シンプルに生きていこう、そして学んでいこう。


はい、いいえを明確に。学びを進めていくについて、これはとても大切なことです。

能書きは要りません。

心の問いかけに、はい、あるいは、いいえを一番に答えてください。


ダラダラ語っているうちに焦点がぼやけます。

言い訳とか言い分とかあると思いますが、学びは単純かつ明確でなければなりません。


1+1=2、1+2=3の世界です。

肉基盤からすれば何とも味気ない、面白みがないというふうに

感じるかもしれませんが、とんでもありません。


1+1=2、1+2=3の世界だから、信じられるのです。

絶対に揺らがない、何があろうとも、どんなに時を経ても決して色褪せない、

変わることのない真実の世界の法則です。それが意識の世界です。


肉基盤からは推し量れない世界です。

そこから推し量り、言い分を通そうとする思いを

心でしっかりと見て反省に繋いでいかなければならないでしょう。


学びは今世が最初です。まだまだ学び始めた段階です。

しかし、本物だから、学びの道筋にしっかりと素直に沿っていけば、

どなたもみんなみんな感じ分かっていくのです。

全部自分の中は知っていたということになります。

本当の自分というものはたったひとつだからです。

 

 

 

本当のことを自分の心で知る、その術、学びの手順を教えていただきましたので、

あとはそれぞれが学びを素直に真摯に進めていくだけです。


肉に塗(まみ)れるのも自分の選択だし、

困難な意識の転回に真正面から向き合う生き方も自分の選択です。


強制もなければ何もありません。あるのは自分の世界だけです。

肉、形は色々とあり、その中においては千差万別、人それぞれでいいと思いがちですが、

そこは言うまでもなく影の世界で実体はなく、千差万別の闇、

ブラックがあるだけで、それがいいということにはなりません。

ただ、自分が肉、形を本物とする思いの中にあれば、その世界は確かに実感があります。

しかしそれだけです。確かな実感があると思っている自分の世界があるだけです。

その世界がどんな世界なのかは別問題であり、それは言わずと知れたことでしょう。


肉から意識への脱却を図る

たったひとつの大きな課題をみんな自分に突きつけて、

何を選び取っていくか自ら決めていくようになっています。

 

 

 60歳を超えても、様々な理由付けをして、

学び一本に絞って生きていくことをしていない人もいます。


自分なりに大義名分はあるのでしょうけれど、後悔しないように再考してみてください。


意識の転回はそんなに容易いものではありません。

そして、意識の転回が起こってこない限り、愛へ帰る道は見えてこないです。


心は色々と感じるでしょうけれど、

生きていく基盤が変わっていく感じ方でないと、

一進一退の歩みではないでしょうか。


前へ半歩、一歩です。

前に踏み出した足は後ろへは戻らない、そんな歩みを心掛けていきましょう。


今世に懸けてきた思いをしっかりと自分の中に思い起こすことが待たれています。

正しい瞑想を通して、いかに大切な今世であるか知ってください。

 

 

肩の力を抜いて、肉はリラックスしてください。

学びに対する姿勢は真剣ですが、心と身体はゆったりとです。


瞑想をする習慣をつけるということは何よりも大切なことですが、

私のお勧めはその他にぼぉーとする時間を持つということです。

 

何をするでもない、ぼぉーとするんです。

 

生活をしていく中においてすることは、

いわゆる用事、雑事はそれぞれに色々とあると思いますが、

それもある程度のところで線を引いてみませんか。


いつまでも独楽鼠のように身体を動かすのではなくて、

何もしない、ぼぉーとする贅沢な時間を持ってみましょう。


ただし、若い人達は、生活資金を稼がなくてはいけませんので、

しっかりと働いて、がっちりと稼いでください。


50歳を超えて60歳を目途に経済的にも時間的にも余裕を持てるようであれば、

それもある意味学びをする環境が整っているということになるでしょう。

 

体力、気力の充実ということについては、若い時には及びませんが、

何もしない、ぼぉーとする贅沢な時間があるというのもいいものです。

 

何もしない、ぼぉーとしていると言っても、

ふっと思いを馳せるということを知っていますので、

結局は瞑想三昧の日々ということでしょうか。

 

 

学びを進めていく原動力になるのは母の温もりです。

どんなに凄まじいエネルギーを感じようとも、

温もりの中へ返していける確たる思いがあれば、

そのエネルギーに翻弄されて道を見失うことは絶対にあり得ないことです。


心が不安定な人は、まず何よりも
母の反省です。

今世自分に肉体をくれた母親に対して使ってきた心、思いをしっかりと見てください。


母親に対しては思いがストレートに出ます。

真っ黒な思いがストレートに出ます。それが自然です。

ストレートに自分の闇の部分を教えてくれる存在が母親だからです。

 

かえって母親を美化し崇めている人は危険です。

そんな立派な母親など存在しません。肉というのは互いに愚かなんです。


その愚かな母を通して愚かな自分から瞬間出る

ブラックのエネルギーを学ばせてもらえるということだから、ありがたいです。


母親の欠点を責めて指摘したときに発する凄まじいエネルギーを確認すれば、

あとやることは、そのエネルギーの反転です。

 

自分の中の温もりへ戻していかない限り、自分の心は軽くならないし、平安はやってこないです。


母の反省を通し、そしてゼロ歳の瞑想を通して

母の温もりが自分の中に確立できれば、

他力の反省が捗ります。

 

粘り強くその作業を進めていく原動力になっているのは、言うまでもなく母の温もりです。


両輪がうまく動き出すと、

凄まじいエネルギーが出てくればくるほどに温もりは広がっていき、

温もりが広がっていけばいくほどに、

瞬間出るエネルギーの凄まじさを感じるという相乗効果をもたらします。

なぜ、相乗効果なのか。

それはその凄まじいエネルギーが喜びのエネルギーだと分かるからです。

そうしていくと正しい瞑想の純度が上がってきて、

次元移行を伝える意識の流れをはっきりと感じてくるということになります。

今世がいかに大切な時間なのかがはっきりと分かります。


千載一遇のチャンス、肝に銘じてください。

 

 

 

 5月の志摩セミナーも無事終了し、思いは6月の琵琶湖セミナーです。

ともに学べる時間と空間がありがたいです。

自らの肉をセミナー会場に運び、そして、自分を学ぶ、波動の世界を学ぶ

これはどんなにお金を積んでも手に入れられない幸せと喜びです。


肉体を離しても持って帰れるものを大切に、

今、肉体を持っている今、しっかりと学ぶべきです。

学べる環境にあり、それを最大限活用できれば、もう何も言うことはありません。


苦しみ狂い長い長い間彷徨い続けてきた私達です。

もちろん、その状態がすべて解消されている訳ではありませんが、

ようやく苦しみの奥底の底の底から

浮かび上がってきた状態をキープできるに至っている現実は確かにあります。

自らの意識の世界を本来の状態に戻していく術を学ばせていただきました。

あなたの学びは進化していますか。


幸せとはどういうことなのか、喜びとはどんな世界なのか、全部自分の心が知っていました。

その自分の心を信じそして大切に育んでいくことだけに専念していきましょう。


帰りたい、帰ろう、帰ります、段々に思いを強くしてください。

一進一退の歩みではなく、前へ前へ一歩、一歩、着実な一歩を出してください。


他力は自滅の道。

自らを破滅破壊していく、つまり自滅の道。

目覚めてまいりましょう。

 

 

今、学べることを喜んでいこう。

素直になって本気で自分を見ていきましょう。

思いの世界に生きている私達です。

自分の目を通し、耳を通し、様々な情報が得られます。

いつも心穏やかに過ごしていくことは難しいです。


大きな揺れ、小さな揺れ、ざわつき、そして一瞬にして突き上がってくるエネルギーの凄まじさ、

目の前の出来事、肉、そして自分の肉体細胞は、それを伝えてくれます。


様々な現象を通して自分を見る、自分の意識の世界、住んでいる世界を確認する、

そして、揺れた心、ざわついた心をしっかりと自分の中の温もりの中に帰していく、

それは肉を持っている今だからこそできることです。


そうして、
学べる今を喜んでいきましょう。


間違い続け狂い続けてきた転生の数々。

ようやく今世、自分の歩み、生き方の方向を

正しい方向に向けていけるチャンスを用意しました。


まだまだ正しい方向に心の針を向けてきちんと合わせるということは難しいでしょうけれど、

それでもやっていくしかありません。やっていきましょう。

強い気持ちで本当の喜びと幸せの世界に帰ってまいりましょう。

 

 

何が大切で、何がどうでもいいことなのか、取捨選択を誤ることのないようにする、

これは当たり前のことですが、当たり前のことがとても難しいです。

 

本当はどうでもいいことなのに、どうでもいいとは思えない、

ついつい引きずってしまう心癖が根深く残っているからです。


間違った生き方をしてきたという自覚、どの程度ありますか。


生き方の根本を変えることを、全力を傾けてやっていく必要があります。


道遠しとため息をつかずに、
道遠しを喜んで学んでいきましょう


道遠しと感じているだけでも幸せなことです。

 

自分が生き続ける生命(いのち)だとも知らずに、

つかの間の喜び、幸せにうつつを抜かし、

実は地獄の奥底の底の底から抜け出せないでいる現実を知らないことが、

どんなに不幸せなことか、もうお分かりだと思います。


肉を持って真実の波動の世界を学ぶチャンスに恵まれたということがどういうことなのか、

さらに心で知ってまいりましょう。

 

 

みんなで歩んでいく道です。

今世、私達の目の前に正しい道しるべを用意していただきました。

私達と同じ次元の肉という形で示していただきました。

今はその肉はないけれど、私達の心の中にはしっかりとその道しるべがあるではないですか。

それをどなたも自分の心を見て、そして日々正しい瞑想を継続して、心で感じ知ってください。


私達は、自分の心を見て、そして日々正しい瞑想を継続していく以外に、

本当の喜びと幸せの自分に出会う術はありません。


今世、その足跡を自分の中に確立して、そして次の転生、さらに次の転生へと自分を繋ぎ、

250年後の最終時期に再会を果たしてください。


それは単なる再会ではありません。

心の中の凄まじいエネルギーを噴き上げる喜びの再会となるに違いありません。


ともに次元を超えていくというはっきりとした思いを、

互いの目の中に、心の中に確認し合い、

文字通りひとつになって更なる意識の世界へと

旅立っていくという大いなる計画にあなたも参加してください。


もちろん、欲では参加できません。

意識の転回を速やかにして、

ただひたすらに真摯に素直に自分の軌道を元に戻すという思いが必要です。

 

 

 

 いい加減な気持ちで学んでいる人はいないと思いますが、

それはどうだか分かりません。

いい加減な気持ちというのはどんな気持ちでしょうか。


決して 
いい加減には学んでいない、

真面目に真剣に学んでいこうとしているということかもしれませんが、

いい加減かどうかは、それぞれが岐路に立ったとき自ずと出てきます。


その時、肉を離せない現実、肉を掴んでいる現実をはっきりと知ることになるかもしれません。

 

決していい加減な気持ちで学んではいないと思ってきたが、

甘かった、やはりいい加減だったと思い知るかもしれません。


しかし、その現実を前にして落ち込んでいる場合ではありません。


肉を離せないとなると、肉を掴んでいるとなると、

そう知った時から総力を傾けて自分の心をしっかりと見ていく必要があります。

自分に問いただすことが必要です。強い気持ちが必要でしょう。


自分が自分にした固い決意、約束を実現していくために、

最後の最後まで諦めずにやっていくしかありません。


誠心誠意自分を生きる、そんな生き方を学んできたのではないでしょうか。

 

 

学びの歩みは一進一退ではダメです。

 

一歩進んだかと思えば、また後戻りしている、

それはおそらく一歩進んでいなかったのでしょう。


一歩進むということは、一歩前に足を踏み出すということです。

踏み出した足はもう後へ戻らないということが、一歩進むということになるかと思います。


そもそも、後へ戻るということはおかしなことです。

波動を感じたから一歩前に歩み出そうとしたのでしょう。

それがまた何らかのことで後ずさりするというと、

あなたが感じた波動の世界とはいったいどんな世界だったのでしょうか。


本当に田池留吉、アルバート、温かい優しい温もりの世界に触れたならば、

もう何があっても歩みは前へ前へしか行きません。と私の体験上、そう語ります。


意識の世界の心の体験は、

肉の世界のそれとは全く次元が違うことが歴然としています。


意識の世界の心の体験をどうぞしっかりと重ねてください。

 

死ねば頭を含む肉体はありません。

まだ肉体があると思っている肉の思いが消えた途端、

奈落の底に真っ逆さまということがないように、

互いにしっかりと学んでまいりましょう。

 

 

今、元気な人もそうでない人も、喜んで喜んで今を思いましょう。


元気な人だけがスムーズに喜んで田池留吉を思えるかというと、そういうものではありません。

元気ということは、肉に向くことも元気ということだからです。

そこが思うは田池留吉一筋に生きる難しさです。

また、今は元気でもこの先、ずっと元気だという保証はないのだから、

元気な時にこそ、つまり何もない時にこそ、しっかりと学びを進めていくべきです。


ところで、生れてから死ぬまで順風満帆の人生であればと思いますが、

なかなかそうはいきません。


みんな
学びに集うきっかけがそれぞれにあったはずです。

きっかけは色々とあるでしょうが、言わば人生における躓きを本当の意味で活かしていくには、

そのきっかけから学びに繋がったことがすごいことだと、心で知っていくことが大切です。


学びに繋がったことが特別なことなのではなくて、

よくぞよくぞ繋がってくれたと心から喜んでいけば、必ず道は見えてきます。


そして、はっきりと自分の進むべき道が見えてくる、感じてくると、

それは相乗的に喜びを広げていく方向に作用していきます。

意識の世界はすごいと納得、納得していきます。

肉は何ほどのものでもないと分かります。

 

 

 すべては自分の心の中の出来事です。

 

今、肉を持っているあなたが自分の心を見る、瞬間流すエネルギーを確認する、

そして、心を田池留吉、アルバートの意識の世界に向けて合わせようとする、

何の欲もなく、ただそうすることが、そうできることが嬉しい、ありがとうとなってくる、

そういう手順通りに自分の中で学んでいますか。


誰も何もあなたを救ってくれません。

自分を救い上げるのは自分だと、しっかりと分かっていきましょう。


肉、形を本物とする思いから自分を解き放していく、

すなわち、意識の転回を成していくことが絶対条件です。


それなくして、
次元移行は果たせません。当たり前のことです。

次元移行を伝える意識の流れに乗る、愛へ帰る道にはその選択肢しかありません。


あと300年の猶予の中、決断の時が迫っています。

300年、あっという間です。

それはこれまでの転生の時間からお分かりだと思います。

それで自分の行き先が決まっていくと言っても決して言い過ぎではありません。

 

 

 

世の中には私達が知り得ない、また想像もつかない悲惨な事が

起こっているという現実があると思います。


ただ、それらに共通するのは闘いのエネルギーです。

闘い、究極的には我らの信じる神と神の闘いです。

そしていつの世も、結局は闘いのエネルギーの中で、

それをもろに受けるのは社会的弱者です。


闘いのエネルギーを心に蓄えたまま、

平和を唱えている本当に愚かで滑稽な人間の生きざまがどんどん露わになっています。


ブラックのエネルギーで自らを操り、自滅破滅の道へ一直線という構図です。

それを全部自分達自身が回収することなしには、

人間は永遠に救われないということでしょう。


人間、肉を本物としてきた思いを宇宙に垂れ流してきた愚か者です。


その一方で、それぞれの心の奥底の慟哭が解き放たれる時が待たれている幸せ者です。

そんな私達です。

私達は自分達の本質、愛に目覚めていかなければなりません。

 

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最後まで 読んでいただいて ありがとうございます。

松岡儀典(まつおかよしのり 1946年・昭和21年の戦後生れです。

(メッセージの分類・編集人)

 


面白いかたちの名刺